研究文献目録 研究文献目録 研究文献目録
Last updated 6/18/2005
Maintained by Eiichi Shibuya

藤原定家の古典籍書写及び仮名遣いに関する研究文献目録

(1995/07/19 中村一夫氏作成 更新 渋谷 栄一 2005/6/18現在)

1 【単行本】

1929年(昭和4年)  山田孝雄『仮名遣の歴史』宝文館
1933年(昭和8年)  木枝増一『仮名遣研究史』賛成社
1941年(昭和16年) 池田亀鑑『古典の批判的処置に関する研究』岩波書店
1967年(昭和42年) 呉文炳『定家珠芳』
1982年(昭和57年) 大野晋『仮名遣と上代語』岩波書店
1998年(平成10年) 小松英雄『日本語書記史原論』笠間書院
2002年(平成14年) 遠藤和夫『定家仮名遣の研究』笠間書院

2 【論文】

《1950年・昭和25年〜1959年・昭和34年》
1950年(昭和25年)12月 大野晋「仮名遣の起源について」(『国語と国文学』昭和25年12月)

1958年(昭和33年) 馬淵和夫「定家かなづかいと契沖かなづかい」(『続日本文法講座』2)
1958年(昭和33年) 鈴木真喜男「「地」のかな 定家自筆本における」(『国語研究』8)

《1960年・昭和35年〜1969年・昭和44年》
1961年(昭和36年)3月  小林芳規「平安時代の平仮名文に用いられた表記様式1」(『国語学』44)
1961年(昭和36年)6月 小林芳規「平安時代の平仮名文に用いられた表記様式2」(『国語学』45)
1961年(昭和36年)9月 石坂正蔵「定家の区別した仮名について」(『国語学』46)

1967年(昭和42年)6月 小松英雄「三巻本「色葉字類抄」における「ヲ」「オ」の分布とその分析」(『国語学』69)
1967年(昭和42年)6月 永山 勇「定家流仮名遣から古典的仮名遣へ―宣長の場合―」(『文学・語学』 44)

1968年(昭和43年)3月 大野晋「藤原定家の仮名遣について」(『国語学』72)

1969年(昭和44年)6月 迫野虔徳「定家の仮名遣いの成立について」(『語文研究(九州大学)』27)
1969年(昭和44年) 馬淵和夫「「平安かなづかい」について」(『佐伯梅友博士古稀記念国語学論集』)

《1970年・昭和45年〜1979年・昭和54年》
1973年(昭和48年)3月 清水義秋「定家の用字と注釈意識 漢字の場合」(『相模工業大学紀要 』7-1)
1973年(昭和48年)6月 小笠原一「「又」と「まだ」・「事(こと)」と「来(こ)と」―定家自筆本に関して―」(『学芸国語国文学』8)

1974年(昭和49年)3月 小松英雄「仮名文の表記原理 試論的序説」(『国文学漢文学論叢』19)
1974年(昭和49年)5月 小松英雄「藤原定家の文字遣 「を」「お」の中和を中心として」(『言語生活』5月)
1974年(昭和49年)8月 迫野虔徳「定家の「仮名もじ遣」」(『語文研究(九州大学)』37)

1975年(昭和50年)6月 西崎 亨「「藤原定家の仮名遣について」―「千穎集」の場合の『オ』『ヲ』について―」(『国学院雑誌』76-6)

1976年(昭和51年)1月 小笠原一「定家自筆本のかなの用法 「越」の場合」(『学芸国語国文学』12)
1976年(昭和51年)3月 遠藤和夫「「定家かなづかひ」の再評価」(『国文学ノート』14)
1976年(昭和51年)10月 小笠原一「定家自筆本における撥音表記 ―『奥入』を中心として―」(『国学院雑誌』77-10)

1978年(昭和53年)1月 津本信博「『土佐日記』『更級日記』に見る定家の書写意識」 『学術研究(国語国文学)』26 1978年
1978年(昭和53年) 迫野虔徳「藤原定家の仮名遣」(『春日和男教授退官記念語文論叢』)

1979年(昭和54年)6月 植喜代子「藤原定家の変体仮名の用法について」(『国文学攷』82)
1979年(昭和54年)12月 清水義秋「藤原定家の用字と解釈と―土左日記「なくひ」の語義をめぐって―」(『平安文学研究』62)

《1980年・昭和55年〜1989年・平成1年》
1981年(昭和56年)3月 安宅克己「定家本土佐日記の文章--藤原定家の古典書写の態度--」(『青山語文』11)
1981年(昭和56年)10月 坂本清恵「京大本『古今秘注抄』における定家仮名遣」(『国文学研究』75)
1981年(昭和56年)12月 望月正道「定家本『土佐日記』の表記について」(『語文研究(九州大学)』51)

1982年(昭和57年)8月 竹村信治「「木芙蓉」(源氏小鏡・広島大学蔵本)の本文について 定家仮名遣と定家仮託とのかかわりなど」(『古代中世国文学』3)

1983年(昭和58年)11月 楢田良照「定家本『更級日記』における漢字の用法について」(『佐賀大国文』11)

1984年(昭和59年)3月 工藤紀子「定家本土左日記仮名字母索引」(『東洋大学 短大論集 日本文学編』20)
1984年(昭和59年)4月 江口正弘「十六夜日記諸本の仮名遣 室町期以後の定家仮名遣の一断面」(『国語と国文学』61-4)
1984年(昭和59年)5月 小松英雄「定家仮名遣の軌跡」(『日本語学』5月)

1987年(昭和62年)6月 小松英雄「きしかた考」(『国語国文』6月)
1987年(昭和62年) 大野久枝「藤原定家の使用歌語 袖中抄と共通する歌語の分布から」(『國學院大学大学院文学研究科論集』14)

1988年(昭和63年) 大野久枝「定家の嗅覚的表現のある歌の特色 にほふとかをる」(『国学院大学大学院紀要 文学研究科』18)

《1990年・平成2年〜1997年・平成9年》
1990年(平成2年) 鈴木 恵「定家自筆本近代秀歌仮名総索引」(『新潟大学教育学部紀要(人文・社会)』30-2)
1990年(平成2年) 田中初恵「定家の枕詞」(『語文(日本大学)』75)
1990年(平成2年) 名倉隆雄「藤原俊成筆『広田社歌合』における藤原定家の表記法との関連性について」(『中央大学国文』32)

1994年(平成6年)12月 藤本孝一「尊経閣文庫蔵『土左日記』(国宝)の書誌的研究」(『京都文化博物館紀要 朱雀』第7集)

1995年(平成7年)3月 柴田雅生「自筆本『奥入』所引の訓点をめぐって」(『国語学研究(東北大)』34)
1995年(平成7年)3月 池田利夫「藤原定家のハツ音識別表記確立と崩壊」(『国語と国文学』3月)

1996年(平成8年)3月 渋谷栄一『藤原定家自筆の仮名文字に関するテキストデータベースと画像データベースの作成研究--定家本「土左日記」本文の基礎的研究--』(高千穂商科大学)

《1998年・平成10年 1月〜12月》
1998年(平成10年)1月 浅野春江「『定家の立場を考える」(『解釈』44-1)
1998年(平成10年)1月 斎麻子「名所歌と名所絵の融合−『最勝四天王院名所障子絵』を中心に−」(『日本文学ノート』33)
1998年(平成10年)1月 依田泰「藤原定家の古典書写−嘉禄二年本『古今集』の場合−」(『汲古』32)
1998年(平成10年)1月 佐藤和歌子「『百人一首』成立諸論−『百人秀歌』との関わりとともに−」(『日本文学ノート』33)
1998年(平成10年)1月 田中初恵「定家における業平「ちはやぶる」歌」(『日本文学ノート』33)
1998年(平成10年)2月 村上もと「藤原定家自筆本『近代秀歌』の仮名遣いについて−定家仮名遣いとの関係から見た−」(『東洋大学大学院紀要(文学研究科)』34)
1998年(平成10年)3月 片桐洋一「『土左日記』定家筆本と為家筆本」(『国文学(関西大学)』77)
1998年(平成10年)3月 渡部泰明「紫のねずりの衣−『顕註密勘』注解ノート−」(上智大学『国文学科紀要』15)
1998年(平成10年)3月 今井明「定家の「破題」的詠法と『顕註密勘』」(『香椎潟』43)
1998年(平成10年)3月 島田良二「百人一首の撰歌について(続)」(『明星大学研究紀要(言語文化学科)』6)
1998年(平成10年)3月 千古利恵子「新古今和歌集伝本攷−仏教大学附属図書館蔵本の位置づけ−」(『仏教大学大学院紀要』26)
1998年(平成10年)4月 海野圭介「『三代集之間事』考(下)」(『詞林』23)
1998年(平成10年)5月 近藤美智子「定家の歌における「虫明の瀬戸」」(『古典研究』5)
1998年(平成10年)5月 近藤香「藤原定家の秀歌摂取−『定家八代抄』の羇旅歌を例に−」(立正大学大学院『日本語・日本文学研究』2)
1998年(平成10年)6月 大取一馬「新勅撰和歌集古写本二種」(『日本仏教文化論叢下』)
1998年(平成10年)6月 家郷隆文「隠岐本新古今集の切出歌」(『日本仏教文化論叢下』)
1998年(平成10年)7月 加藤睦「藤原定家「千五百番歌合百首」覚書」(立教大学『日本文学』80)
1998年(平成10年)7月 加藤良徳「定家仮名遣再考」(名古屋大学『国語国文学』82)
1998年(平成10年)7月 清水勝・山崎桂子「入枝本『新古今和歌集』の紹介」(『鹿児島女子大学研究紀要』20-1)
1998年(平成10年)8月 浅田 徹「定家本とは何か」(『国文学解釈と教材の研究』平成10年8月)
1998年(平成10年)9月 小林一彦「<翻・複>校本『定家卿自歌合』−二松学舎大学附属図書館竹清文庫蔵「廿四番歌合」翻刻付七本校異−」(『三田国文』28)
1998年(平成10年)10月 八木意知男「藤原定家の祇園社」(『講座平安文学論究』13)
1998年(平成10年)11月 渡辺裕美子「陸奥の幽玄−『最勝四天王院名所障子絵』をめぐって−」(『明月記研究』3)
1998年(平成10年)12月 佐藤茂樹「定家初句表現の方法(『初学百首』)−終止形・連体形同形初句表現、連体形表現について−」(『日本文芸研究』50-3)
1998年(平成10年)12月 佐藤茂樹「定家「霜まよふ」について−縮約化による表現効果とその景−」(広島女学院大学『国語国文学誌』28)
1998年(平成10年)12月 佐佐木幸綱「『定家所伝本金槐和歌集』と信綱」(『冷泉家時雨亭叢書(月報)』27)
1998年(平成10年)12月 森晴彦「『新勅撰集』の御子左家−撰者・定家の入集意図と詞書の機能について−」(『研究と資料』40)

《1999年・平成11年 1月〜12月》
1999年(平成11年)1月 山本信吉「藤原定家の筆跡について−『明月記』自筆本を中心に−」(『国華』1239)
1999年(平成11年)2月 今井明「藤原定家・万葉集関係歌一覧」(『文芸と思想』63)
1999年(平成11年)3月 今井明「『五代簡要』と定家の詠作−建保期の定家歌・補説−」(『香椎潟』44)
1999年(平成11年)3月 川平ひとし「『定家卿自歌合』箋註(二)」(『跡見学園女子大学国文学科報』27)
1999年(平成11年)5月 吉海直人「冷泉家本『百人秀歌』の本文について」(『文学・語学』163)
1999年(平成11年)6月 遠藤邦基「定家仮名づかいの世界−「「つひに」を「つゐに」と書くこと−」(『大阪市立大学文学部創立五十周年記念国語国文学論集』)
1999年(平成11年)7月 矢板真人「『毎月抄』成立攷−為家との関係を中心に−」(『研究と資料』41)
1999年(平成11年)7月 加藤良徳「藤原定家の異体仮名の用法」(『国語と国文学』76-7)
1999年(平成11年)8月 奥野陽子「藤原定家の用字法−自筆本拾遺愚草における仮名の異なる掛詞を中心に−」(『国語国文』68-8)
1999年(平成11年)10月 渡辺裕美子「『五代簡要』の増補と詠歌−『万葉集』をめぐって−」(『国文学研究』129)
1999年(平成11年)12月 遠藤邦基「定家の表記意識−「「なほ」を「猶」と書くことの意味−」(『国語国文藻』)
1999年(平成11年)12月 海野圭介「僻案抄の伝本と生成」(『和歌文学研究』79)

《2000年・平成12年 1月〜12月》
2000年(平成12年)1月 平林盛得「<翻・複>藤原定家自筆記文草案」(『日本歴史』620)
2000年(平成12年)2月 後藤重郎「『定家八代抄』に関する一考察−奥書をめぐって」(『和歌史論叢』)
2000年(平成12年)3月 依田泰「『土佐日記』定家筆と為家筆に関する一考察」(学習院大学『国語国文学会誌』43)
2000年(平成12年)3月 清水義昭「尊経閣文庫蔵『土左日記』は定家右筆にあらず」(二松学舎大学『東洋学研究所集刊』31)
2000年(平成12年)3月 川平ひとし「定家仮託書研究の理論と方法に関する覚書−真正性・擬(偽)託性ならびにテキスト的−心的混態化について」(『跡見学園女子大学国文学科報』28)
2000年(平成12年)3月 浅田徹「<翻・複>下官抄の諸本−付・大東急記念文庫蔵「定家卿模本」翻刻」(『国文学研究資料館紀要』26)
2000年(平成12年)3月 片桐洋一「初期本の定家本古今和歌集−関西大学図書館所蔵建保五年奥書本瞥見」(関西大学『国文学』80)
2000年(平成12年)3月 島津忠夫「百人一首の性格−第一次本から第二次本へ」(『京都語文』5)
2000年(平成12年)3月 瓜生美恵「『百人一首』六十一番歌について」(九州女子大学『語学と文学』30)
2000年(平成12年)4月 菊池圭介「藤原定家自筆かな文献における動詞表記について−いわゆる「おくりがな」を漢字とかなの使用法の中に位置づけて考える」(『国語国文学論考』)
2000年(平成12年)6月 日比野浩信「肖柏奥書本『定家物語』について」(『汲古』37)
2000年(平成12年)7月 佐藤恒雄「御物藤原定家筆書状草案について」(『香川大学教育学部研究報告(第1部)』110)
2000年(平成12年)7月 吉海直人「『百人秀歌』の再検討−『百人一首』との比較を通して」(『国学院雑誌』101-7)
2000年(平成12年)10月 兼築信行「<翻・複>別本『八代集秀逸』の新資料」(『国文学研究』132)
2000年(平成12年)10月 吉海直人「<翻・複>『百人一首兼載抄』の翻刻と解題」(同志社女子大学『日本語日本文学』12)
2000年(平成12年)10月 石神秀美「『百人一首応永抄』小論−応永の奥書を疑う」(『中世文学の展開と仏教』)
2000年(平成12年)12月 松井律子「<翻・複>天理大学附属図書館蔵『定家家隆歌合』(解題と翻刻)」(『就実語文』21)
2000年(平成12年)12月 島津忠夫「<百人一首成立論の諸問題」(『武庫川国文』56)

《2001年・平成13年 1月〜12月》
2001年(平成13年)1月 海野圭介「<翻・複>『僻案抄』古筆資料の検討」(『古代中世文学研究論集』3)
2001年(平成13年)1月 「<翻・複>京極黄門定家真跡」(『貴重典籍叢書文学篇』20)
2001年(平成13年)2月 兼築信行「別本『八代集秀逸』の文献学的検討」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要(第3分冊)』46)
2001年(平成13年)3月 今井明「忘却と暗誦そして忽忘−『五代簡要』と『定家八代抄』」(『講座平安文学論究』15)
2001年(平成13年)3月 吉田珠世「『顕注密勘』論−密勘の生成をめぐって」(フェリス女学院大学『日文大学院紀要』8)
2001年(平成13年)3月 浅田徹「下官集の定家−差異と自己」(『国文学研究資料館紀要』27)
2001年(平成13年)3月 加藤良徳「藤原定家による仮名文書記システムの改新」(『国語学』51-1)
2001年(平成13年)4月 依田泰「藤原定家の用字小考−自筆本『古今集』における掛詞について」(『国語国文』70-4)
2001年(平成13年)6月 新田奈穂子「『五代簡要』の標記について」(『芸文研究』80)
2001年(平成13年)11月 藤本孝一「藤原定家の書写と古筆切−『公忠朝臣集』『花山僧正集』を中心に」(『王朝文学の本質と変容韻文編』)

《2002年・平成14年 1月〜12月》
2002年(平成14年)2月 藤本憲信「定家本の仮名「乃」について」(『国語国文学研究』37)
2002年(平成14年)6月 上野順子「『奥入』攷−「引歌」から「本歌取」へ」(『和歌文学研究』84)
2002年(平成14年)6月 依田泰「藤原定家の文字運用−掛詞における「越」字について」(『日本文学』51-6)
2002年(平成14年)9月 川平ひとし「古典に生きた生涯−テキストの人」(『文人の眼』4)
2002年(平成14年)9月 浅田徹「定家と古典−定家は古典をどう読んだのか」(『文人の眼』4)
2002年(平成14年)9月 「<翻・複>『僻案抄』」(『貴重典籍叢書文学篇』15)
2002年(平成14年)12月 吉海直人「『百人一首為家本』について」(『同志社女子大学学術研究年報』53)

《2003年・平成15年 1月〜12月》
2003年(平成14年)2月 
2003年(平成14年)6月 
2003年(平成14年)6月 
2003年(平成14年)9月 
2003年(平成14年)9月 
2003年(平成14年)9月 
2003年(平成14年)12月 


E-mail eshibuya@takachiho.ac.jp(研究室)


inserted by FC2 system