《復元資料》
凡例
1 本稿は、『源氏物語(明融本)・』(東海大学蔵桃園文庫影印叢書 1990(平成2)年6月 東海大学出版会)から、その親本の青表紙本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、他の後人の筆は除いたものである。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「きりつほ」
いつれの御時にか女御更衣あまたさふ
らひ給けるなかにいとやむことなきゝはには
あらぬかすくれて時めき給ありけりはしめより
我はと思あかり給へる御方/\めさましき
ものにおとしめそねみ給おなしほとそれより
下らうの更衣たちはましてやすからす
あさゆふの宮つかへにつけても人の心を
のみうこかしうらみをおふつもりにやありけん」1オ
いとあつしくなりゆき物心ほそけにさと
かちなるをいよ/\あかすあはれなる物におも
ほして人のそしりをも(も#も)えはゝからせ給はす
世のためしにもなりぬへき御もてなし也
かむたちめうへ人なともあいなくめをそ
はめつゝいとまはゆき人の御おほえなりも
ろこしにもかゝることのおこりにこそ世も
みたれあしかりけれとやう/\あめのしたにも」1ウ
あちきなう人のもてなやみくさになりて
楊貴妃のためしもひきいてつへく(く=う)なりゆ
くにいとはしたなきことおほかれとかたし
けなき御心はへのたくひなきをたのみにて
ましらひ給ちゝの大納言はなくなりてはゝ
北の方なむいにしへの人のよしあるにておや
うちくしさしあたりて世のおほえはなやかなる
御方/\にもいたうおとらすなにことのきし/きをも」2オ
もてなし給けれとゝりたてゝはか/\しきうしろ
みしなけれは事ある時は猶より所なく心ほそ
け也さきの世にも御ちきりやふかゝりけん世に
なくきよらなるたまのをのこみこさへうまれ
給ひぬいつしかと心もとなからせ給ていそきまい
らせて御覧するにめつらかなるちこの御かたち
なり一のみこは右大臣の女御の御はらにてよせ
をもくうたかひなきまうけの君と世にもてか/しつきゝこゆれと」2ウ
この御にほひにはならひ給へくもあらさりけれ
はおほかたのやむことなき御おもひにてこの君
をはわたくし物におもほしかしつき給事かき
りなしはしめよりをしなへてのうへ宮つかへし
給へきゝはにはあらさりきおほえいとやむことな
く上すめかしけれとわりなくまつはさせ給あまり
にさるへき御あそひのおり/\なにことにもゆ
へあることのふし/\にはまつまうのほらせ給
ある時にはおほとのこもりすくしてやかて」3オ
さふらはせたまひなとあなかちにおまへさらす
もてなさせ給しほとにをのつからかろき方
にも見えしをこのみこうまれ給てのちはいと心
ことにおもほしをきてたれは坊にもようせす
はこのみこのゐ給へきなめりと一のみこの女御は
おほしうたかへり人よりさきにまいり給て
やむことなき御おもひなへてならすみこたちな
ともおはしませはこの御方の御いさめをのみそ」3ウ
猶わつらはしう心くるしう思ひきこえさせ給
けるかしこき御かけをはたのみきこえなから
おとしめきすをもとめ給人はおほくわか身は
かよはく物はかなきありさまにて中/\なる物
思ひをそし給御つほねはきりつほ也あまた
の御方/\をすきさせ給てひまなき御まへわ
たりに人の御心をつくし給もけにことはり
と見えたりまうのほりたまふにもあまりうち
しきるおり/\はうちはしわたとのゝこゝ」4オ
かしこのみちにあやしきわさをしつゝ御をくり
むかへの人のきぬのすそたへかたくまさなき
こともあり又ある時にはえさらぬめたうのとを
さしこめこなたかなた心をあはせてはした
なめわつらはせ給時もおほかり事にふれてかす
しらすくるしきことのみまされはいといたう思
わひたるをいとゝあはれと御覧して後涼殿に
本よりさふらひ給更衣のさうしをほかに」4ウ
うつさせたまひてうへつほねにたまはすその
怨ましてやらむ方なしこのみこみつにな
り給年御はかまきのこと一の宮のたてまつりし
におとらすくらつかさおさめ殿の物をつくして
いみしうせさせ給それにつけても世のそし
りのみおほかれとこのみこのおよすけもてお
はする御かたち心はへありかたくめつらしきまて
見えたまふをえそねみあへたまはす物の
こゝろしり給人はかゝる人も世にいて」5オ
おはする物なりけりとあさましきまてめをお
とろかし給その年の夏みやす所はかなき
心地にわつらひてまかてなんとし給をいとま
さらにゆるさせ給はす年ころつねのあつし
さになりたまへれは御めなれて猶しはし心
見よとのみのたまはするに日々にをもり給て
たゝ五六日のほとにいとよはうなれははゝ君
なく/\そうしてまかてさせたてまつりたまふ」5ウ
かゝるおりにもあるましきはちもこそと心つかひ
してみこをはとゝめたてまつりてしのひてそ
いて給かきりあれはさのみもえとゝめさせ給はす
御覧したにをくらぬおほつかなさをいふ方
なくおもほさるいとにほひやかにうつくしけ
なる人のいたうおもやせていとあはれと物を
思ひしみなから事にいてゝもきこえやらす
あるかなきかにきえいりつゝものし給を御覧
するにきし方ゆくすゑおほしめされす」6オ
よろつのことをなく/\ちきりのたまはすれと
御いらへもえきこえ給はすまみなともいとた
ゆけにていとゝなよ/\とわれかのけしきにて
ふしたれはいかさまにとおほしめしまとはる
てくるまの宣旨なとのたまはせても又いらせ
給てさらにえゆるさせ給はすかきりあらむ
みちにもをくれさきたゝしとちきらせ給けるを
さりともうちすてゝはえゆきやらしとのたま/はするを」6ウ
女もいといみしと見たてまつりて
かきりとてわかるゝ道のかなしきに
いかまほしきはいのちなりけりいとかく思
たまへましかはといきもたえつゝきこえま
ほしけなる事はありけなれといとくるし
けにたゆけなれはかくなからともかくもなら
むを御覧しはてむとおほしめすにけふ
はしむへきいのりともさるへき人/\うけたま/はれる」7オ
こよひよりときこえいそかせはわりなくおも
ほしなからまかてさせたまふ御むねつとふ
たかりてつゆまとろまれすあかしかねさせ給
御つかひのゆきかふほともなきに猶いふせ
さをかきりなくのたまはせつるを夜中うち
すくるほとになむたえはて給ぬるとてなき
さはけは御つかひもいとあえなくてかへりま
いりぬきこしめす御心まとひなにこともお」7ウ
ほしめしわかれすこもりおはしますみこは
かくてもいと御覧せまほしけれとかゝるほとに
さふらひ給れいなき事なれはまかて給な
むとすなにことかあらむともおほしたらす
さふらふ人/\のなきまとひうへも御なみた
のひまなくなかれおはしますをあやしと
見たてまつり給へるをよろしきことにたにかゝ
るわかれのかなしからぬはなきわさなるを
ましてあはれにいふかひなしかきりあれは」8オ
れいのさほうにおさめたてまつるをはゝ北の方
おなしけふりにのほりなむとなきこかれ給
て御をくりの女房のくるまにしたひのり
給ておたきといふ所にいといかめしうそのさほ
うしたるにおはしつきたる心地いかはかりかは
ありけむゝなしき御からを見る/\猶おはする
物とおもふかいとかひなけれははひになり
たまはむを見たてまつりていまはなき人と」8ウ
ひたふるに思なりなんとさかしうのたまひつれ
とくるまよりもおちぬへうまろひ給へは
さは思つかしと人/\もてわつらひきこゆ
内より御つかひあり三位のくらひをくり給
よし勅使きてその宣命よむなんかなし
きことなりける女御とたにいはせすなりぬる
かあかすくちおしうおほさるれはいまひと
きさみの位をたにとをくらせ給なりけり」9オ
これにつけてもにくみ給人/\おほかり物思ひ
しり給はさまかたちなとのめてたかりし事
心はせのなたらかにめやすくにくみかたかり
しことなといまそおほしいつるさまあしき
御もてなしゆへこそすけなうそねみ給
しか人からのあはれになさけありし御心を
うへの女房なともこひしのひあへりなくて
0001【なくてそとは】-\<朱合点>「ある時はありのすさひににくかりき/なくてそ人はこひしかりける」(付箋02 出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 大島本0069)
そとはかゝるおりにやと見えたりはかなく」9ウ
日ころすきてのちのわさなとにもこまかに
とふらはせ給ほとふるまゝにせむ方なう
かなしうおほさるゝに御方/\の御とのゐなと
もたえてし給はすたゝなみたにひちて
あかしくらさせたまへは見たてまつる人さへ
つゆけき秋也なきあとまて人のむねあ
くましかりける人の御おほえかなとそ弘
徽殿なとには猶ゆるしなうのたまひける」10オ
一の宮を見たてまつらせ給にもわか宮の御こひ
しさのみおもほしいてつゝしたしき女房
御めのとなとをつかはしつゝありさまをきこ
しめす野わきたちてにはかにはたさむき
ゆふくれのほとつねよりもおほしいつること
おほくてゆけひの命婦といふをつかはすゆ
ふつくよのおかしきほとにいたしたてさせ給
てやかてなかめおはしますかうやうのおりは」10ウ
御あそひなとせさせ給しに心ことなる物のねを
かきならしはかなくきこえいつる事のはも
人よりはことなりしけはひかたちのおもかけ
につとそひておほさるゝにもやみのうつゝには
0002【やみのうつゝには】-\<朱合点>「むはたまのやみのうつゝはさたかなる/夢にいくらもまさらさりけり」(付箋03 古今647・古今六帖2034、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 大島本0075)
猶おとりけり命婦かしこにまてつきて
かとひきいるゝよりけはひあはれ也やもめ
すみなれと人ひとりの御かしつきにとかくつ
くろひたてゝめやすきほとにてすくし給つる」11オ
やみにくれてふしゝつみ給へるほとに草もたか
くなり野わきにいとゝあれたる心地して月影
はかりそやへむくらにもさはらすさしいりたる
0003【やへむくらにも】-\<朱合点>「とふ人もなきやとなれとくる春は/やへむくらにもさはらさりけり」(付箋04 新撰和歌7・古今六帖1306・貫之集207、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 大島本0078)
みなみをもてにおろしてはゝ君もとみにえ
物ものたまはすいまゝてとまり侍かいとうきを
かゝる御つかひのよもきふのつゆわけいり給につ
けてもいとはつかしうなんとてけにえたふま
しくない給まいりてはいとゝ心くるしう心きもゝ
つくるやうになんと内侍のすけのそうし給し」11ウ
を物おもふたまへしらぬ心地にもけにこそ
いとしのひかたう侍けれとてやゝためらひて
おほせことつたへきこゆしはしはゆめかとのみ
たとられしをやう/\思ひしつまるにしもさむ
へき方なくたへかたきはいかにすへきわさにか
ともとひあはすへき人たになきをしのひて
はまいり給ひなんやわか宮のいとおほつかなく
つゆけきなかにすくし給も心くるしうおほさ
るゝをとくまいり給へなとはか/\しうものたま/はせ」12オ
やらすむせかへらせ給つゝかつは人も心よはく
見たてまつるらんとおほしつゝまぬにしもあら
ぬ御けしきの心くるしさにうけたまはりは
てぬやうにてなんまかて侍ぬるとて御ふみたて
まつるめも見え侍らぬにかくかしこきおほせこと
をひかりにてなんとて見給ほとへはすこしう
ちまきるゝこともやとまちすくす月日にそへて
いとしのひかたきはわりなきわさになんいは/けなき人を」12ウ
いかにと思ひやりつゝもろともにはくゝまぬおほ
つかなさをいまは猶むかしのかたみになすら
へてものしたまへなとこまやかにかゝせたまへり
宮木のゝつゆふきむすふ風のをとに
こはきかもとを思ひこそやれとあれとえ
見たまひはてすいのちなかさのいとつらう
思給へしらるゝに松のおもはむことたにはつ
かしう思給へ侍れはもゝしきにゆきかひ侍
らむことはましていとはゝかりおほくなん」13オ
かしこきおほせことをたひ/\うけたまはりなか
らみつからはえなん思たまへたつましきわか宮
はいかにおもほしゝるにかまいりたまはむ事を
のみなんおほしいそくめれはことはりにかな
しう見たてまつり侍なとうち/\に思たまふる
さまをそうし給へゆゝしき身に侍れはかくて
おはしますもいま/\しうかたしけなくなんと
のたまふ宮はおほとのこもりにけり見たてま
つりてくはしう御ありさまもそうし侍」13ウ
らまほしきをまちおはしますらむに夜ふ
け侍ぬへしとていそくくれまとふ心のやみも
0004【心のやみも】-\<朱合点> ひとのおやの心はやみにあらねとも/こを思道に迷ぬる哉(付箋05 後撰1102・古今六帖1412・兼輔集127・大和物語61、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 大島本0095)
たへかたきかたはしをたにはるく許にきこえ
まほしう侍をわたくしにも心のとかにまかて
たまへ年ころうれしくおもたゝしきついて
にてたちより給し物をかゝる御せうそこにて
見たてまつる返/\つれなきいのちにも侍かな
むまれし時より思ふ心ありし人にて故大
納言いまはとなるまてたゝこの人の宮」14オ
つかへのほいかならすとけさせたてまつれ我なく
なりぬとてくちおしう思くつをるなと返々い
さめをかれ侍しかははか/\しうゝしろみ思
へき人もなきましらひはなか/\なるへき事と
思給へなからたゝかのゆいこんをたかへしと許に
いたしたて侍しを身にあまるまての御心さしの
よろつにかたしけなきに人けなきはちをかく
しつゝましらひ給ふめりつるを人のそねみ
ふかくつもりやすからぬことおほくなりそひ」14ウ
侍つるによこさまなるやうにてつゐにかく
なり侍ぬれはかへりてはつらくなむかしこき
御心さしを思給へられ侍これもわりなき心の
やみになむといひもやらすむせかへり給ほとに
夜もふけぬうへもしかなんわか御心なからあ
なかちに人めおとろく許おほされしもなかゝ
るましきなりけりと今はつらかりける人のち
きりになん世にいさゝかも人の心をまけたる事
はあらしと思ふをたゝこの人のゆへにて」15オ
あまたさるましき人のうらみをおひしはて/\
はかうゝちすてられて心おさめむ方なきに
いとゝ人わろうかたくなになりはつるもさき
の世ゆかしうなむとうち返しつゝ御しほ
たれかちにのみおはしますとかたりてつき
せすなく/\夜いたうふけぬれはこよひ
すくさす御返そうせむといそきまいる月
はいりかたのそらきようすみわたれるに」15ウ
風いとすゝしくなりてくさむらのむしのこゑ/\
もよほしかほなるもいとたちはなれにくき
草のもと也
すゝむしのこゑのかきりをつくしても
なかき夜あかすふるなみた哉えも
のりやらす
いとゝしく虫のねしけきあさちふに
つゆをきそふるくものうへ人」16オ
かこともきこえつへくなむといはせ給ふおか
しき御をくり物なとあるへきおりにもあらねは
たゝかの御かたみにとてかゝるようもやとのこ
したまへりける御さうそくひとくたり御くし
あけのてうとめく物そへ給ふわかき人/\
かなしきことはさらにもいはす内わたりを
あさゆふにならひていとさう/\しくうへの御
ありさまなと思ひいてきこゆれはとくまいり
たまはん事をそゝのかしきこゆれとかく」16ウ
いま/\しき身のそひたてまつらむもいと人
きゝうかるへし又見たてまつらてしはしも
あらむはいとうしろめたう思ひきこ江給て
すか/\ともえまいらせたてまつり給はぬなりけり
命婦はまたおほとのこもらせたまはさり
けるとあはれに見たてまつるおまへのつほ
せんさいのいとおもしろきさかりなるを御覧
するやうにてしのひやかに心にくきかきりの
女房四五人さふらはせ給て御物かたりせさせ」17オ
給なりけりこのころあけくれ御覧する長
恨哥の御ゑ亭子院のかゝせ給て伊勢つらゆき
によませ給へるやまとことのはをもゝろこしの
うたをもたゝそのすちをそまくらことにせ
させ給いとこまやかにありさまとはせたまふ
あはれなりつる事しのひやかにそうす御返
御覧すれはいともかしこきはをき所も侍らす
かゝるおほせことにつけてもかきくらすみたり」17ウ
心地になん
あらき風ふせきしかけのかれしより
こはきかうへそしつ心なきなとやうにみた
りかはしきを心おさめさりけるほとゝ御覧
しゆるすへしいとかうしも見えしとおほ
しゝつむれとさらにえしのひあへさせ給はす
御覧しはしめし年月の事さへかきあ
つめよろつにおほしつゝけられて時の
まもおほつかなかりしをかくても月日は」18オ
へにけりとあさましうおほしめさる故大
さし
納言のゆいこんあやまたす宮つかへのほいふか
くものしたりしよろこひはかひあるさまに
とこそ思(思+わたり)つれいふかひなしやとうちのたまは
せていとあはれにおほしやるかくてもをのつから
わか宮なとおひいて給はゝさるへきついてもあ
りなむいのちなかくとこそ思ねむせめなとの
たまはすかのをくり物御覧せさすなき人
のすみかたつねいてたりけんしるしのかむ」18ウ
たつねゆくまほろしも哉つてにても
たまのありかをそことしるへく
ゑにかける楊貴妃のかたちはいみしきゑしと
いへともふてかきりありけれはいとにほひす
くなし大液芙蓉未央柳もけにかよひ
たりしかたちをからめいたるよそひはうる
わしうこそありけめありけめなつかしうらう
たけなりしをおほしいつるに花とりのいろ」19オ
にもねにもよそふへき方そなきあさゆふの
ことくさにはねをならへ枝をかさはむとち
0005【はねをならへ枝をかさはむ】-\<朱合点> 在天願作比翼鳥/在地願為連理枝(付箋06 白氏文集「長恨歌」)
きらせ給しにかなはさりけるいのちのほと
そつきせすうらめしき風のをとむしのねに
つけて物のみかなしうおほさるゝに弘徽殿
には久しくうへの御つほねにもまうのほり
給はす月のおもしろきに夜ふくるまてあそ
ひをそし給なるいとすさましうものしと
きこしめすこのころの御けしきを見たて」19ウ
まつるうへ人女房なとはかたはらいたしときゝ
けりいとをしたちかと/\しき所ものしたまふ
御方にて事にもあらすおほしけちてもて
なし給なるへし月もいりぬ
雲のうへもなみたにくるゝ秋の月
いかてすむらんあさちふのやとおほしめし
やりつゝともし火をかゝけつくしておきお
0006【ともし火をかゝけつくして】-\<朱合点> 夕殿蛍飛思悄然/秋灯挑尽未能眠(付箋07 白氏文集「長恨歌」)
はします右近のつかさのとのゐ申のこゑ
きこゆるはうしになりぬるなるへし」20オ
人めをおほしてよるのおとゝにいらせ給ても
まとろませ給ことかたしあしたにおきさせ
給とてもあくるもしらてとおほしいつるにも
0007【あくるもしらて】-\<朱合点> たますたれあくるもしらすねし物を/ゆめにも見しと思ひかけきや(付箋08 伊勢集55、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 大島本0127)
猶あさまつりことはをこたらせ給ひぬへかめり
0008【あさまつりことは】-\<朱合点> 春宵苦短日高起/従此君王不早朝(付箋09 白氏文集「長恨歌」)
物なともきこしめさすあさかれひのけしき許
ふれさせ給て大正しのおものなとはいと
はるかにおほしめしたれははいせんにさふ
らふかきりは心くるしき御けしきを見たて
まつりなけくすへてちかうさふらふかきりは」20ウ
おとこ女いとわりなきわさかなといひあはせつゝ
なけくさるへきちきりこそはおはしましけめ
そこらの人のそしりうらみをもはゝからせ
給はすこの御事にふれたる事をはたう
りをもうしなはせ給ひいまはたかく世中
のことをもおもほしすてたるやうになり
ゆくはいとたい/\しきわさなりと人のみ
かとのためしまてひきいてさゝめきなけき
けり月日へてわか宮まいり給ひぬいとゝ」21オ
この世の物ならすきよらにおよすけ給へれは
いとゆゝしうおほしたりあくる年の春坊さ
たまり給にもいとひきこさまほしうおほせ
と御うしろみすへき人もなく又世のう
けひくましき事なりけれはなか/\あやう
くおほしはゝかりていろにもいたさせ給はす
なりぬるをさはかりおほしたれとかきりこそあ
りけれと世人もきこえ女御も御心おちゐた
まひぬかの御をは北の方なくさむ方なく」21ウ
おほしゝつみておはすらむ所にたつねゆ
かむとねかひ給ひしゝるしにやつゐにうせ給ひ
ぬれは又これをかなしひおほすことかきりなし
みこむつになり給年なれはこのたひはお
ほしゝりてこひなき給年ころなれむつひ
きこえ給つるを見たてまつりをくかなしひを
なむ返々のたまひけるいまは内にのみさふ
らひ給なゝつになり給へはふみはしめなと
せさせ給て世にしらすさとうかしこく」22オ
おはすれはあまりおそろしきまて御覧す
いまはたれも/\えにくみ給はしはゝきみ
なくてたにらうたうし給へとて弘徽殿なと
にもわたらせ給御ともにはやかてみすの内に
いれたてまつり給いみしき物のふあたかたきな
りとも見てはうちゑまれぬへきさまのし給
へれはえさしはなち給はす女みこたちふ
た所この御はらにおはしませとなすらひ給
へきたにそなかりける御方/\もかくれ給はす」22ウ
いまよりなまめかしうはつかしけにおはすれは
いとおかしうゝちとけぬあそひくさにた
れも/\思きこえ給へりわさとの御かくもんは
さる物にてことふえのねにもくもゐをひゝ
かしすへていひつゝけはこと/\しうゝたてそ
なりぬへき人の御さまなりけるそのころ
こまうとのまいれるなかにかしこきさうにん
ありけるをきこしめして宮のうちにめさむ/ことは」23オ
宇多のみかとの御いましめあれはいみし
うしのひてこのみこをこうろくわんにつか
0009【こうろくわん】-鴻臚舘(池田本・伏見天皇本)
はしたり御うしろみたちてつかうまつる
右大弁の子のやうにおもはせてゐてたてま
つるに相人おとろきてあまたゝひかたふき
あやしふくにのおやとなりて帝王のかみなき
くらゐにのほるへきさうおはします人のそ
なたにて見れはみたれうれふる事やあらむ
おほやけのかためとなりて天下をたすくる」23ウ
方にて見れは又そのさうたかふへしといふ
弁もいとさえかしこきはかせにていひかは
したる事ともなむいとけうありけるふ
みなとつくりかはしてけふあすかへりさり
なむとするにかくありかたき人にたいめん
したるよろこひかへりてはかなしかるへき
心はへをおもしろくつくりたるにみこもいと
あはれなる句をつくりたまへるをかきり
なうめてたてまつりていみしきをくり物と/もを」24オ
さゝけたてまつるおほやけよりもおほくの物
たまはすをのつから事ひろこりてもらさせ
給はねと春宮のおほちおとゝなといかなる
事にかとおほしうたかひてなんありける
みかとかしこき御心にやまとさうをおほせて
おほしよりにけるすちなれはいまゝてこの君
をみこにもなさせたまはさりけるを相人は
まことにかしこかりけりとおほして無品の親
王の外尺のよせなきにてはたゝよはさし」24ウ
わか御世もいとさためなきをたゝ人にておほ
やけの御うしろみをするなむゆくさきも
たのもしけなめることゝおほしさためて
いよ/\みち/\のさえをならはさせ給きは
ことにかしこくてたゝ人にはいとあたらし
けれとみことなり給なは世のうたかひおひ
給ぬへくものし給へはすくえうのかしこき
みちの人にかむかへさせ給にもおなしさまに
申せは源氏になしたてまつるへくおほし」25オ
をきてたり年月にそへてみやす所の御事
をおほしわするゝおりなしなくさむやと
さるへき人/\まいらせ給へとなすらひにおほ
さるゝたにいとかたき世かなとうとましうの
みよろつにおほしなりぬるに先帝の四
の宮の御かたちすくれ給へるきこえたかく
おはしますはゝ后世になくかしつきゝこ
えたまふをうへにさふらふ内侍のすけは
先帝の御時の人にてかの宮にもした」25ウ
しうまいりなれたりけれはいはけなくおは
しましゝ時より見たてまつりいまもほの見
たてまつりてうせ給にしみやす所の御かた
ちにゝたまへる人を三代のみやつかへにつ
たはりぬるにえ見たてまつりつけぬをき
さいの宮のひめ宮こそいとようおほえて
おひいてさせ給へりけれありかたき御か
たち人になんとそうしけるにまことにや
と御心とまりてねむころにきこえさせ給けり」26オ
はゝきさきあなおそろしや春宮の女御の
いとさかなくてきりつほのかういのあらはに
はかなくもてなされにしためしもゆゝしう
とおほしつゝみてすか/\しうもおほしたゝ
さりけるほとに后もうせ給ひぬ心ほそき
さまにておはしますにたゝわか女みこた
ちのおなしつらに思きこえむといとねむ
ころにきこえさせ給さふらふ人/\御うしろ
みたち御せうとの兵部卿のみこなとかく」26ウ
心ほそくておはしまさむよりはうちすみ
せさせ給て御心もなくさむへくなとおほし
なりてまいらせたてまつり給へりふちつほと
きこゆけに御かたちありさまあやしきまて
そおほえ給へるこれは人の御きはまさり
て思ひなしめてたく人もえおとしめきこえ
給はねはうけはりてあかぬことなしかれは
人のゆるしきこ江さりしに御心さしあや
にくなりしそかしおほしまきるとは」27オ
なけれとをのつから御心うつろひてこよなう
おほしなくさむやうなるもあはれなるわさ
なりけり源氏のきみは御あたりさり給はぬ
をましてしけくわたらせ給御方はえはち
あへたまはすいつれの御方も我人におとらむ
とおほいたるやはあるとり/\にいとめてたけ
れとうちおとなひ給へるにいとわかうゝつくし
けにてせちにかくれ給へとをのつからもり見た
てまつるはゝみやす所もかけたにおほえた」27ウ
まはぬをいとように給へりと内侍のすけの
きこえけるをわかき御心地にいとあはれと
思きこ江給てつねにまいらまほしくなつ
さひ見たてまつらはやとおほえ給うへも
かきりなき御おもひとちにてなうとみ給
そあやしくよそへきこ江つへき心地なん
するなめしとおほさてらうたくし給へつ
らつきまみなとはいとようにたりしゆへ
かよひて見え給もにけなからすなむなと」28オ
きこえつけ給へれはおさな心地にもはかなき
花もみちにつけても心さしを見えたてま
つるこよなう心よせきこ江給へれは弘徽殿
女御又この宮とも御なかそは/\しきゆへ
うちそへて本よりのにくさもたちいてゝもの
しとおほしたり世にたくひなしと見たて
まつり給ひなたかうおはする宮の御かたちにも
猶にほはしさはたとへむ方なくうつく
しけなるを世の人ひかるきみときこゆ」28ウ
ふちつほならひ給て御おほえもとり/\なれ
はかゝやく日の宮ときこゆこのきみの御わら
はすかたいとかへまうくおほせと十二にて
御元服したまふゐたちおほしいとなみて
かきりある事に事をそへさせ給ひとゝせ
の春宮の御元服南殿にてありしきしき
よそほしかりし御ひゝきにおとさせ給はす
ところ/\のきやうなとくらつかさこくさうゐんなと」29オ
おほやけことにつかうまつれるおろそかなる
こともそとゝりわきおほせことありてきよ
らをつくしてつかうまつれりおはします
殿のひむかしのひさしひむかしむきにいし
たてゝ火んさの御座ひきいれの大臣の御さ
御前にありさるの時にて源氏まいり給み
つらゆひたまへるつらつきかほのにほひ
さまかへたまはむ事おしけなり大蔵卿」29ウ
くらひとつかうまつるいときよらなる御く
しをそくほと心くるしけなるをうへは
みやす所の見ましかはとおほしいつるに
たへかたきを心つよくねむしかへさせ給
かうふりし給て御やすみ所にまかてたまひて
御そたてまつりかへておりてはいしたてまつり
給さまにみな人なみたおとし給みかとは
たましてえしのひあへ給はすおほしまき
るゝおりもありつるむかしのことゝり返し」30オ
かなしくおほさるいとかうきひわなるほとは
あけをとりやとうたかはしくおほされ
つるをあさましうゝつくしけさそひ給
へりひきいれの大臣のみこはらにたゝひと
りかしつき給おほむ女春宮よりも御け
0001【女】-ムスメ(池田本)
しきあるをおほしわつらふ事ありけるこの
きみにたてまつらむの御心なりけり内
にも御けしきたまはらせ給へりけれは」30ウ
さらはこのおりのうしろみなかめるをそ
ひふしにもともよほさせ給けれはさお
ほしたりさふらひにまかて給て人/\お
ほみきなとまいるほとみこたちの御さのす
ゑに源氏つき給へりおとゝけしきはみ
きこ江給事あれと物のつゝましきほとにて
ともかくもあへしらひきこ江給はすおまへ
より内侍せんしうけたまはりつたへて/おとゝまいりたまふへき」31オ
めしあれはまいり給御ろくの物うへの
命婦とりてたまふしろきおほうちきに
御そひとくたりれいの事也御さかつきの
ついてに
いときなきはつもとゆひになかき世を
ちきる心はむすひこめつや
御心はえありておとろかさせ給
むすひつる心もふかきもとゆひに」31ウ
こきむらさきの色しあせすは
とそうしてなかはしよりおりてふた
うし給ひたりのつかさの御むまくら人
所のたかすへてたまはり給みはしの
もとにみこたちかむたちめつらねて
ろくともしな/\にたまはり給その日の
おまへのおりひつものこものなと右大弁
なむうけたまはりてつかうまつらせける」32オ
とんしきろくのからひつともなと所せきまて
春宮の御元服のおりにもかすまされり
なか/\かきりもなくいかめしうなんその
夜おとゝの御さとに源氏のきみまかて
させたまふさほう世にめつらしきまても
てかしつきゝこえ給へりいときひはにて
おはしたるをゆゝしうゝつくしと思きこ江
給へり女きみはすこしすくし給へるほとに」32ウ
いとわかうおはすれはにけなくはつかしと
おほいたりこのおとゝの御おほえいとやむ
ことなきにはゝ宮内のひとつきさいは
らになむおはしけれはいつかたにつけても
いとはなやかなるにこの君さへかくおはし
そひぬれは春宮の御おほちにてつゐに
世中をしり給へき右のおとゝの御いきをひは
物にもあらすをされ給へり御こともあまた」33オ
はら/\にものし給宮の御はらは蔵人
少将にていとわかうおかしきを右のおとゝ
の御なかはいとよからねとえ見すくし給
はてかしつき給四の君にあはせ給へり
おとらすもてかしつきたるはあらまほ
しき御あはひともになん源氏の君
はうへのつねにめしまつはせは心やすく
さとすみもえし給はす心のうちには」33ウ
たゝふちつほの御ありさまをたくひな
しと思きこえてさやうならむ人をこそ
見めにる人なくもおはしけるかなおほ
いとのゝきみいとおかしけにかしつかれ
たる人とは見ゆれと心にもつかすおほえ
給ておさなきほとのこゝろひとつにかゝりて
いとくるしきまてそおはしけるおとなに
なり給てのちはありしやうにみすの内/にも」34オ
いれたまはす御あそひのおり/\ことふえの
ねにきこえかよひほのかなる御こゑをなく
さめにて内すみのみこのましうおほえ給
五六日さふらひ給ておほいとのに二三日な
とたえ/\にまかて給へとたゝいまはおさ
なき御ほとにつみなくおほしなして
いとなみかしつききこ江給御方/\の人/\
世中にをしなへたらぬをえりとゝのへす」34ウ
くりてさふらはせ給御心につくへき御
あそひをしおほな/\おほしいたつく
内にはもとのしけいさを御さうしにて
0002【しけいさ】-淑景舎(池田本・伏見天皇本・大島本0214)
はゝみやす所の御方の人/\まかてちらす
さふらはせ給さとの殿はすりしきた
0003【すりしき】-修理職(池田本・伏見天皇本)
くみつかさに宣旨くたりてになうあら
ためつくらせたまふもとのこたち山のたゝ
すまひおもしろき所なりけるを池の」35オ
こゝろひろくしなしてめてたくつくりのゝ
しるかゝる所におもふやうならむ人をすへ
てすまはやとのみなけかしうおほし
わたるひかるきみといふ名はこまうとの
めてきこえてつけたてまつりけるとそい
ひつたへたるとなむ」35ウ
【奥入01】対此如何 芙蓉似面柳如眉(戻)
【奥入02】在天願作比翼鳥 在地願為連理枝(戻)
【奥入03】たますたれあくるもしらすねし物を
ゆめにも見しと思ひかけきや(戻)
書加之
【奥入04】寛平遺誡
外蕃之人必所召見<シム>者<モノ>在簾中見之
不可直<タヽチニ>対<ムカフ>耳李環<クワイニ>朕已失<セリ>之慎之(戻)」36オ
【奥入05】<古哥也可用此一両首>(小字)
今更にとふへき人もおもほえす
やへむくらしてかとさせりてへ
とふ人もなきやとなれとくる春は
やへむくらにもさはらさりけり(戻)
【奥入06】まくらことに あけくれのことくさといふ心也(戻)
【奥入07】かたみのかむさし
長恨哥 伝
指碧衣女取金釵鈿合各折其中
授使者曰為我謝太上皇謹献是物尋(戻)」36ウ
【奥入08】ともし火をかゝけつくして 同長恨哥
夕殿蛍飛思悄然 秋灯挑尽未能眠(戻)
【奥入09】あさまつりことはをこたらせ給
春夜苦<イト>短<ミシカクシテ>日高<タケテ>起<オク> 従是<コレヨリ>君王不早朝<アサマツリコトシタマ>(戻)
【奥入10】右近のつかさのとのゐ申
亥一刻左近衛夜行官人初奏時<終子/四刻>
丑一刻右近衛宿申事至卯一刻
内竪亥一刻奏宿簡(戻)」37オ
【奥入11】延長七年二月十六日当代源氏二人元服垂
母屋壁代撤昼御座其所立倚子御座孫庇第
二間有引入左右大臣座其南第一間置円座二枚
為冠者座<並西面円座前置円座又其/下置理髪具皆盛柳筥>先両大臣被召
着円座引入訖還着本座次冠者二人退下
於侍所改衣装此間両大臣給禄於庭前拝
舞<不着/沓>出仙華門於射場着沓撤禄次冠者二人
入仙華門於庭中拝舞退出参仁和寺帰参先是
宸儀御侍所倚子親王左右大臣已下同候有盃酒御遊」37ウ
両源氏候此座<候四位親王/之次依仰也>深更大臣已下給禄両源
氏宅各調屯食廿具令分諸陣所々(戻)
【奥入12】天慶三年親王元服日屯食事
内蔵寮十具穀倉院十具已上検校太政大臣仰調之衛府
五具<督仰/調之>列立南殿版位東其東春興殿西立辛櫃
十合件等物有宣旨自長楽門出入上卿仰弁官分所々
史二人勾当其事仰検非違使令分給弁官三大政官二
左右近三左右兵衛二左右衛門二蔵人所二内記所一薬殿一
御書所一内竪所一校書殿一作物所一内侍所四
采女一内教坊一糸所一匣殿一(戻)」38オ