《書誌》
「桐壺」巻の書写者は、聖護院道増である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。そして他の後人の筆は除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「きりつほ」
いつれの御ときにか女御更衣あまたふらひ給ひ
ける中にいとやんことなききはにはあらぬか
すくれてときめき給ふ有けりはしめより我はと
思ひあかりたまひつる御かた/\めさましき物に
おとしめそねみ給ふおなし程それよりけらうの更
衣たちはましてやすからす朝夕のみやつかへにつけ
ても人のこゝろをのみうこかしうらみをおふつもりにや
ありけむいとあつしくなりゆき物心ほそけにさと
かちなるをいよ/\あかすあはれなる物におもほし
て人のそしりをもえはゝからせ給はす世のためしにも」1オ
成ぬへき御もてなしなりかむたちめうへひとなとも
あいなくめをそはめつゝいとまはゆき人の御おほえ
なりもろこしにもかゝることのおこりにこそ世もみたれ
あしかりけれとやう/\天のしたにもあちきなう人
のもてなやみくさに成て楊貴妃のためしも
引いてつへくなり行にいとはしたなきことおほかれ
とかたしけなき御心はへのたくひなき
をたのみにてましらひ給ふちゝの大納言はなく成て
はゝ北のかたなんいにしへのひとのよしあるにておや
うちくしさしあたりて世のおほえ花やかなる御かた/\」1ウ
にもいたうおとらすなに事のきしきをももてなし
給ひけれととりたてゝはか/\しきうしろみしな
けれはことゝある時は猶より所なく心ほそけなり
さきの世にも御ちきりやふかゝりけむ世になくきよら
なる玉のおの子御子さへむまれ給ひぬいつしかと
心もとなからせ給ひていそきまいらせて御覧する
にめつらかなるちこの御かたちなり一の御子は
右大臣の女御の御はらにてよせおもくうたかひなきまう
けの君と世にもてかしつききこゆれとこの御にほひ
にはならひたまふへくもあらさりけれはおほかたのやむ」2オ
ことなき御おもひにてこの君をはわたくし物におもほしか
しつき給ふことかきりなしはしめよりをしなへての
うへ宮つかへし給ふへききはにはあらさりきおほえいとや
むことなく上すめかしけれとわりなくまつはせ給ふ
あまりにさるへき御あそひのおり/\なにことにもゆへ
あることのふし/\にはまつまうのほらせ給ふあるとき
にはおほとのこもり過してやかてまいらせたまひなと
あなかちにおまへさらすもてなさせ給ひし程にをの
つからかろきかたにも見えしをこの御子むまれ給て
後はいと心ことにおもほしをきてたれは坊にもよう」2ウ
せすはこの御子のゐたまふへきなめりと一の御子の女御
は覚しうたかへり人よりさきにまいり給ひてやん
ことなき御おもひなへてならす御子たちなとも
をはしませはこの御かたのいさめをのみそ猶わつ
らはしう心くるしうおもひきこえさせたまひけるかし
こき御かけをたのみきこえなからおとしめきすをもと
めたまふ人はおほく我身はかよはく物はかなき有
さまにて中/\なる物おもひをそし給ふ御つほね
はきりつほなりあまたの御かた/\を過させ給ひて
ひまなき御まへわたりに人の御心をつくし給ふも」3オ
けにことわりと見えたりまうのほり給ふにもあまり
うちしきる折/\はうちはしわたとのゝこゝかしこの道
にあやしき態をしつゝ御送りむかへの人のきぬ
のすそたへかたくまさなきこともありまたある時に
はえさらぬめたうのとをさしこめこなたかなた心
をあはせてはしたなめわつらはせ給ふときもおほ
かりことにふれて数しらすくるしき事のみまされ
はいといたう思ひわひたるをいとゝあはれと御覧して
後涼殿にもとよりさふらひ給かういのさうしをほかに
うつさせ給てうへつほねに給はすそのうらみましてやらん」3ウ
方なしこの御子三に成たまふとし御はかまきの事一
のみやのたてまつりしにおとらすくらつかさおさめ殿の物
をつくしていみしうせさせ給ふそれにつけても世
のそしりのみおほかれとこの御子のおよすけもてをは
する御かたち心はへ有かたくめつらしきまてみえ給ふを
えそねみあえ給はす物の心しりたまふ人はかゝるひとも
世にいてをはする物成けりとあさましきまてめをお
とろかし給ふそのとしのなつみやすん所はかなき心ち
にわつらひてまかてなんとし給ふをいとまさらにゆる
させ給はすとしころ常のあつしさになり給へれは」4オ
御めなれて猶しはし心みよとのみのたまはする
に日々におもり給てたゝ五六日の程にいとよはく
なれははゝきみなく/\そうしてまかてさせたてまつ
り給かゝる折にもあるましきはちもこそと心つ
かひして御子をはとゝめたてまつりて忍ひてそ出た
まふかきりあれはさのみもえとゝめさせ給はす
御覧したに送らぬおほつかなさをいふかたなくお
ほさるいとにほひやかにうつくしけなる人のいたう
おもやせていとあはれと物を思ひしみなからことに
いてゝきこえやらすあるかなきかにきえいりつゝものし」4ウ
給ふを御覧するにきしかた行すゑをおほしめされ
すよろつのことをなく/\契のたまはすれと御いら
へもえきこえ給はすまみなともいとたゆけにて
いとゝなよ/\と我かのけしきにてふしたれはいか
さまにとおほしめしまとはる手くるまのせむし
なとのたまはせてもまたいらせ給ひてはさらにも
えゆるさせ給はすかきりあらんみちにもをくれ
さきたゝしとちきらせ給ひけるをさりともうちすて
てはえゆきやらしとのたまはするを女もいといみし
とみたてまつりて」5オ
かきりとてわかるゝみちのかなしきにいかまほしきは
いのちなりけりいとかく思ひたまへましかはいきもたえ
つゝきこえまほしけなることはありけなれといとくる
しけにたゆけなれはかくなからもかくもな
覧を御覧しはてんとおほしめすにけふはしむへき
御いのりともさるへき人々うけたまはれるこよひより
ときこえいそかせはわりなくおもほしなからまかてさせ
たまふ御むねつとふたかりて露まとろまれすあかしかね
させ給ふ御つかひの行かふ程もなきに猶いふせさ
をかきりなくのたまはせつるを夜中うちすくる」5ウ
程になんたえはて給ぬるとてなきさはけは御つかひも
いとあえなくてかへりまいりぬきこしめす御心まとひ
なに事もおほしめし分れすこもりをはします御
子はかくてもいと御覧せまほしけれとかゝる程に
さふらひたまふ例なきことなれはまかて給ひなん
とすなにことかあらむともおほしたらすさふらう人々
のなきまとひうへも御涙のひまなくなかれをはし
ますをあやしと見たてまつり給へるをよろしき
ことにたにかゝるわかれの悲しからぬはなきわさなるを
まして哀にいふかひなしかきりあれはれいのさほうにおさ」6オ
めたてまつるをはゝ北のかたおなし煙にのほりなん
となきこかれ給ひて御送りの女はうの車にしたひ
のり給ひておたきといふところにいといかめしうその
さほうしたるにをはしつきたる心ちいかはかりかは
ありけむむなしき御からをみる/\猶をはする物と
思ふかいとかひなけれははひになり給はんをみたてまつ
りていまはなき人とひたふるに思ひなりなむとさかし
うのたまへれと車よりも落ぬへうまろひ給へは
思ひつかしと人々もてわつらひきこゆ内より御使
あり三位のくらひ送り給ふよし勅使きたりてその」6ウ
宣命よむなんかなしき事成ける女御とたにいはせす
なりぬるかあかすくちをしうおほさるれはいま一き
さみのくらひをたにと送らせ給ふなりけり是に
つけてもにくみ給ふ人々おほかり物おもひしり給ふ
はさまかたちのめてたかりし事心はせのなたら
かにめやすくにくみかたかりしことなといまそおほし
いつるさまあしき御もてなしゆへこそすけなうそ
ねみ給ひしか人からのあはれに情有し御心をうへ
の女はうなとも恋しのひあへりなくてそとはかゝる
折にやとみえたりはかなく日ころ過てのちのわさなとも」7オ
こまかにとふはせ給ほとふるまゝにせむかたなうかなし
うおほさるゝに御かた/\の殿ゐなともたえてし給は
すたゝ涙にひちてあかしくらさせ給へはみたてまつる
人さへ露けき秋なりなき跡まて人のむねあく
ましかりける人の御おほえかなとそ弘徽殿なとに
は猶ゆるしなうのたまひける一の宮をみたてまつ
らせ給ふにもわか宮の御こひしさをのみおもほし出
つゝしたしき女房御めのとなとをつかはしつゝ有
さまをきこしめす野分たちてにはかにはたさむき
夕暮の程常よりもおほしいつることおほくてゆけ」7ウ
いの命婦といふをつかはす夕附夜のおかしき程に
出したてさせ給てやかてなかめをはしますかうやう
のおりは御あそひなとせさせ給ひしに心ことなる
物の音をかきならしはかなくきこえいつることの葉も
人よりはこと成しけはひかたちのおもかけにつとそひてお
ほさるゝにもやみのうつゝには猶おとりけり命婦かしこ
にまてつきて門ひきいるゝよりけはひあはれなりやもめ
すみなれと人ひとりの御かしつきにとかくつくろひ
たてゝめやすき程にて過したまひつるやみにくれて
ふししつみたまへるほとにくさもたかく成暴風に」8オ
いとゝあれたる心ちして月かけはかりそ八重むくらにも
さはらすさしいりたる南おもてにおろしてはゝきみ
もとみに物ものたまはすいまゝてとまり侍るか
いとうきをかゝる御つかひの蓬生のつゆ分いり給ふ
につけてもいとはつかしうなんとてけにたふましく
ないたまふまいりてはいとゝ心くるしう御きもゝつくるやう
になんと内侍の典侍のそうし給しを物おもふたまへ
しらぬ心ちにもけにこそいとしのひかたく侍けれと
てやゝためらひておほせ事つたへきこゆしはしは
夢かとのみたとられしをやう/\思ひしつまるにし」8ウ
もさむへき方はいかにすへきわさにかともとひ
あはすへきひとたになきを忍ひてはまいり給なん
や若宮のいとおほつかなく露けき中にすくし
給ふも心くるしうおほさるゝをとくまいりたまへなと
はか/\しうものたまはせやらすむせかへらせ給つゝ
かつはひとも心よはくみたてまつらんとおほしつゝまぬ
にしもあらぬ御けしきの心くるしさにうけ給はり
はてぬやうにてなんまかて侍りぬるとて御ふみたて
まつるめもみえ侍らぬにかくかしこき仰ことを光にて
なむとて見たまふ程へはすこし打まきるゝこともや」9オ
と待すくす月日にそへていと忍ひかたきはわりなき
わさになんいはけなき人をいかにと思ひやりつゝもろ
ともにはくゝまぬおほつかなさを今は猶むかしの
かたみになすらへてものしたまへなとこまやかにかゝせた
まへり
宮城野のつゆふきむすふ風の音にこはきか本を
思ひこそやれとあれとえみたまひはてすいのちなかさ
のいとつらう思ふたまへしらるゝにまつの思はんこと
たにはつかしうおもふたまへ侍れはもゝしきに行かひ
侍らんことはましていとはゝかりおほくなむかしこき」9ウ
おほせ事をたひ/\うけ給なから身つからはえなむ
思ひたまへたつましき若みやはいかにおもほししるにかま
いり給はんことをのみなんおほしいそくめれはことはり
にかなしうみたてまつり侍るなとうち/\に思ふたまへ
るさまをそうしたまへゆゝしき身に侍れはかくて
をはしますもいま/\しうかたしけなくなむとの
たまふみやはおほとのこもりにけりみたてまつりてくはし
う御ありさまもそうし侍らまほしきを待をはしま
す覧に夜ふけ侍ぬへしとていそくくれまとふ心の
やみもたへかたき片はしをたにはるくはかりにきこえ」10オ
まほしう侍をわたくしにも心のとかにまかてたまへとし
ころうれしくおもたゝしきついてににて立より給ひし
物をかゝる御せうそこにてみたてまつるかへす/\つれなき
いのちにも侍るかなむまれし時より思ふ心有し人
にて故大納言いまはとなるまてたゝこの人のみやつかへ
のほいかならすとけさせたてまつれわれなく成ぬと
てくちをしう思ひくつをるなと返々いさめをかれ
侍しかははか/\しううしろみ思ふ人もなきましらひ
は中/\成へきことゝ思ひたまへなからたゝかのゆいこむ
をたかへしとはかりにいたしたて侍しを身にあまるまて」10ウ
の御心さしのよろつにかたしけなきに人けなきはちを
かくしつゝましらひたまふめりつるをひとのそねみふ
かくつもりやすからぬことおほくなりそひ侍りつるに
よこさまなるやうにてつゐにかく成侍ぬれはかへりては
つらくなんかしこき御心さしを思ひたまへられはへる
これもわりなきこゝろのやみになんといひもやらす
むせかへり給程によもふけぬうへもしかなん我御心
なからあなかちに人めおとろくはかりおほされしもなかゝ
るましきなりけりといまはつらかりけるひとの契り
になむ世にいさゝかもひとの心をまけたることはあ」11オ
らしと思ふをたゝこの人のゆへにてあまたさるましき
人のうらみをおひしはて/\はかう打すてられて心
おさめむかたなきにいとゝ人わろうかたくなになり侍
るもさきの世ゆかしうなむとうちかへしつゝ御しほ
たれかちにのみをはしますとかたりてつきせすなく/\
夜いたうふけぬれはこよひすくさす御返そうせむ
といそきまいる月はいりかたにそらきようすみわた
れるに風いとすゝ敷成てくさむらの虫のこゑ/\もよほし
かほなるもいとたちはなれにくきくさの本なり
鈴むしのこゑのかきりをつくしてもなかき夜あかす」11ウ
ふるなみたかなえものりやらす
いとゝしく虫の音しけき浅茅生に露をきそふる
雲のうへひとかこともきこえつへくなむといはせ給ふおか
しき御送り物なと有へき折にもあらねはたゝかの御
かたみにとてかゝるようもやと残したまへりける御さうそく
一くたり御くしあけのてうとめく物そへたまふわかき人々
悲しきことはさらにもいはすうちわたりをあさゆふに
ならひていとさう/\しくうへの御ありさまなとおもひ
いてきこゆれはとくまいりたまはんことをそゝのかし聞
ゆれとかくいま/\しき身のそひたてまつらんもいと人」12オ
きゝうかるへしまた見たてまつらてしはしもあらむは
いとうしろめたう思ひきこえ給てすか/\ともえまいらせ
たてまつり給はぬなりけり命婦はまたおほとのこもら
せ給はさりけるとあはれにみたてまつるおまへのつほ前栽
のいとおもしろきさかりなるを御覧するやうにて忍ひや
かに心にくきかきりの女房四五人さふらはせ給て御物
かたりせさせ給ふ成けりこのころ明くれ御覧する長
恨哥の御ゑ亭子院のかゝせ給て伊せつらゆきによ
ませたまへるやまと言の葉をももろこしの歌をも
たゝそのすちをそまくらことにせさせ給ふいとこまやかに」12ウ
ありさまとはせ給ふあはれなりつること忍ひやかにそうす
御返御覧すれはいともかしこきはをき所も侍らす
かゝるおほせことにつけてもかきくらすみたりこゝちになむ
あらきかせふせきしかけの枯しより小萩かうへそ
しつこゝろなきなとやうにみたりかはしきを心おさめさりけ
る程と御覧しゆるすへしいとかうしも見えしと覚し
しつむれとさらにえしのひあへさせ給はす御覧しはし
めしとし月のことさへかきあつめよろつにおほしつゝ
けられてときのまもおほつかなかりしをかくても月日は
へにけりとあさましうおほしめさる故大納言のゆい」13オ
こむあやまたす宮つかへのほいふかく物したりしよろ
こひはかひあるさまにとこそ思ひわたりつれいふかひなし
やとうちのたまはせていとあはれにおほしやるかくても
をのつから若みやなとおひ出たまはゝさるへきつゐても
有なんいのちなかくとこそ思ひねんせめなとのたまは
すかの送り物御らんせさすなき人のすみかたつねいて
たりけむしるしのかむさしならましかはとおもほすもい
とかひなし
たつねゆくまほろしもかなつてにても玉のありかを
そことしるへくゑにかける楊貴妃のかたちはいみしき絵し」13ウ
といへとも筆かきり有けれはいとにほひすくなし大
液芙蓉未央柳もけにかよひたりしかたちを
からめいたるよそひはうるはしうこそ有けめなつかし
うらうたけ成しをおほしいつるに花とりのいろにも
音にもよそふへきかたそなきあさ夕のことくさにはね
をならへ枝をかはさんと契らせ給ひしにかなはさりける
いのちの程そつきせすうらめしきかせの音むしの
音につけて物のみかなしうおほさるゝに弘徽殿に
は久しくうへの御つほねにもまうのほりたまはす月
のおもしろきによふくるまてあそひをそし給ふいとす」14オ
さましう物しときこしめすこのころの御けしきをみ
たてまつるうへ人女ほうなとはかたはらいたしと聞けり
いとをしたちかと/\しき所ものし給ふ御かたにて
ことにもあらすおほしけちてもてなし給ふ成へし
月もいりぬ
雲のうへも涙にくるゝ秋の月いかに住らむ
浅茅生の宿おほしめしやりつゝともし火をかゝけつ
くしておきをはします右近のつかさのとのゐ申の
こゑきこゆるはうしに成ぬるなるへし人めをおほして
よるのおとゝにいらせたまひてもまとろませ給ふことかたし」14ウ
あしたにおきさせ給ふとてもあくるもしらてとおほしい
つるにも猶朝まつりことはをこたらせ給ぬへかめり物
なともきこしめさすあさかれゐのけしきはかりふれ
させたまひて大正しのおものなとはいとはるかにおほし
めしたれははいせんにさふらうかきりは心くるしき
御けしきをみたてまつりなけくすへてちかうさふらうか
きりは男女いとわりなき態かなといひあはせつゝ
なけくさるへきちきりこそはをはしけめそこらの人の
そしりうらみをもはゝからせ給はすこの御ことにふれ
たることをはたうりをもうしなはせ給ふいまはた」15オ
かく世中のことをもおもほしすてたるやうに成行は
いとたい/\しきわさなりと人のみかとのためしまて
引いてさゝめきなけきけり月日へて若みやまいり
給ぬいとゝこの世の物ならすきよらにおよすけたまへれ
はいとゆゝしうおほしたりあくるとしの春坊さた
まり給にもいと引こさまほしうおほせと御うしろみ
すへき人もなく又世のうけひくましきこと成けれは
なか/\あやうくおほしはゝかりて色にもいたさせ給
はす成ぬるをさはかりおほしたれとかきりこそ有けれ
と世人もきこえ女御も御心をちゐ給ぬかの御」15ウ
をは北のかたなくさむ方なくおほししつみてをはすらん
所にたつねゆかむとねかひ給ひししるしにやつゐに
うせ給ひぬれはまたこれを悲しひおほす事かき
りなし御子むつになり給ふとしなれはこのたひは
おほししりてこひなきたまふ年ころなれむつひき
こえたまへるをみたてまつりをく悲しひをなむ返々の
給ひける今は内にのみさふらひたまふなゝつに成給へ
はふみはしめなとせさせたまひて世にしらすさとうかし
こくをはすれはあまりおそろしきまて御覧すいまは
たれも/\えにくみ給はし母きみなくてたにらう」16オ
たうし給へとて弘徽殿なとにもわたらせたまふ御
ともにはやかてみすの内にいれたてまつり給ふいみ
しきものゝふあたかたきなりともみてはうちゑま
れぬへきさまのしたまへれはえさしはなちたまはす女
御子たちふた所この御はらにをはしませとなすらひ
給へきたにそなかりける御かた/\もかくれたまはす今
よりなまめかしうはつかしけにおはすれはいとおかし
う打とけぬあそひくさにたれも/\思ひきこえ
たまへりわさとの御かくもんはさる物にてこと笛の音
にもくもゐをひゝかしすへていひつゝけはこと/\しうう」16ウ
たてそ成ぬへき人の御さま成けるそのころこまうとのま
いれるにかしこきさう人有けるをきこしめして宮
の中にめさんことは宇多のみかとの御いましめあれは
いみしう忍ひてこの御子をこうろくわんにつかはした
り御うしろ見たちてつかうまつる右大弁の子のやうに思
はせてゐてたてまつるにさう人おとろきてあまたたひ
かたふきあやしふ国のおやと成て帝王のかみなき
くらゐにのほるへきさうをはします人のそなたにて見
れはみたれうれふることやあらむおほやけのかためと成て天
下をたすくるかたにてみれは又そのさうたかふへしと云」17オ
弁もいとさえかしこきはかせにていひかはしたることゝ
もなむいとけうありけるふみなとつくりかはして
けふ明日かへりさりなんとするにかくありかたきひとにたい
めむしたるよろこひかへりては悲しかるへき心はへを
おもしろくつくりたるに御子もいとあはれなる句を
つくりたまへるをかきりなうめてたてまつりていみしき
送り物ともをさゝけたてまつるおほやけよりもおほくの
ものたまはすをのつからことひろこりてもらさせたまはねと
春宮のおほちおとゝなといかなることにかとおほしう
たかひてなん有けるみかとかしこき御こゝろにやまとさう」17ウ
をおほせて覚しよりにけるすちなれはいまゝてこの
君を御子にもなさせ給はさりけるをさう人はまこと
にかしこかりけりとおほして無品の親王の外戚の
よせなきにてはたゝよはさし我御世もいとさため
なきをたゝ人にておほやけの御うしろみをするなむ
行さきもたのもしけなめることゝおほしさためてい
よ/\みち/\のさえをならはせ給ふきはことにかしこく
てたゝ人にはいとあたらしけれとみこと成たま
ひなは世のうたかひをひ給ぬへく物し給へは
すくようのかしこき道のひとにかむかへさせたまふにも」18オ
おなしさまに申せはけむしになしたてまつるへく
おほしをきてたりとし月にそへてみやす所の御ことを
おほし忘るゝ折なしなくさむやとさるへき人々
をまいらせたまへとなすらひにおほさるゝたにいと
かたき世かなとうとましうのみよろつにおほし成
ぬるに先帝の四の宮の御かたちすくれたまへるきこえ
たかくをはします母きさき世になくかしつききこえ
給ふをうへにさふらう内侍のすけは先帝の御ときの
人にてかの宮にもしたしうまいりなれたりけれはいはけ
なくをはしましゝ時よりみたてまつりいまもほのみたて」18ウ
まつりてうせ給ひにしみやす所の御かたちににたまへ
る人を三代のみやつかへにつたはりぬるにえみたて
まつりつけぬをきさいの宮の姫みやこそいとよう
おほえてをい出てさせ給へりけれありかたき御
かたち人になんとそうしけるにまことにやと御心とま
りてねんころにきこえさせ給ひけりはゝきさきあ
なおそろしや春宮の女御のいとさかなくてきり壺
の更衣のあらはにはかなくもてなされにしためしも
ゆゝしうと覚しつゝみてすか/\しうもおほしたゝ
さりける程にきさきもうせ給ひぬ心ほそきさま」19オ
にてをはしますにたゝわか女み子たちのおなしつ
らに思ひきこえんといとねんころにきこえさせたまふ
さふらふ人々御うしろ見たち御せうとの兵部卿の
御子なとかく心ほそくてをはしまさむよりは内すみ
せさせ給て御こゝろもなくさむへくなとおほし成て
まいらせたてまつり給へり藤つほときこゆけに御
かたちありさまあやしきまてそおほえたまへるこれは
人の御きはまさりて思ひなしめてた
くひともえおとしめきこえ給はねはうけはりてあかぬ
事もなしかれは人のゆるしきこえさりしに御心」19ウ
さしあやにく成しそかしおほしまきるとはなけれと
をのつから御心うつろひてこよなうおほしなくさむやうな
るにもあはれなるわさ成けりけむしの君は御
あたりさりたまはぬをましてしけくわたらせたまふ
御かたはえはちあへたまはすいつれの御かたも我人
におとらんとおほいたるやはあるとり/\にいとめて
たけれとうちおとなひたまへるにいとわかううつくしけ
にてせちにかくれ給へとをのつからもりみたてまつるはゝ
みやす所もかけたにおほえ給はぬをいとようにたまへり
と内侍のすけのきこえけるをわかき御心ちにいと哀と」20オ
思ひきこえ給て常にまいらまほしくなつさいみたてま
つらはやとおほえたまふうへもかきりなき御おもひとちに
てなうとみ給そあやしくよそへきこえつへき心ちなん
するなめしとおほさてらうたくし給へつらつきま
みなとはいとようにたりしゆへかよひてみえ給ふも
にけなからすなむなときこえつけ給つれはおさなこ
こちにもはかなき花もみちにつけても心なしとみえたて
まつるこよなう心よせきこえたまへれはこきてんの女御
又この宮とも御なかそは/\しきゆへうちそへて本より
のにくさもたちいてゝとみたてまつりたまひ名たかう」20ウ
をはするみやの御かたちにも猶にほはしさはたとへん方
なくうつくしけなるを世のひとひかるきみときこゆ
藤つほならひたまひて御おほえもとり/\なれは
かゝやく日の宮ときこゆこの君の御わらはすかたいとかへ
まうくおほせと十二にて御けんふくし給ふゐたちおほ
しいとなみてかきりあることに事をそへさせ給ふ
ひとゝせの春宮の御元服南殿にて有しきしき
よそほしかりし御ひゝきにおとらせ給はすところ
/\の饗なとくらつかさこくさう院なとおほやけこと
につかうまつれるおろそかなる事もそととりわき」21オ
おほせ事ありてきよらをつくしてつかうまつれりを
はします殿のひむかしのひさしひんかしむきにいし
たてゝくわんさの御座ひきいれの大臣の御座御
まへにありさるの時にて源氏まいりたまふみつ
らゆいたまへるつらつきかほの匂ひさまかへ給はん事
おしけなり大蔵卿くら人つかうまつるいときよらな
る御くしをそく程心くるしけなるをうへはみやす所のみ
ましかはとおほしいつるにたへかたきを心つよくねんし
かへさせ給ふかうふりし給て宮すところにまかて給
て御そたてまつりかへておりてはいしたてまつり給ふ」21ウ
さまにみな人涙おとし給ふ御かとはたましてえ
忍ひあえ給はすおほしまきるゝ折もありつる昔
の事とりかへし悲しくおほさるいとかうきひは
なる程はあけおとりやとうたかはしくおほされつる
をあさましううつくしけさそひ給へりひきいれ
の大臣の御子はらにたゝひとりかしつきたまふ御むすめ
春宮よりも御けしきあるを覚しわつらふ事あり
けりこのきみにたてまつらんの御心なりけりうちにも
御けしき給はらせ給へりけれはさらはこのおりのうしろみ
なかめるをそひふしにもともよほさせ給けれはさ」22オ
おほしたりさふらひにまかて給て人々おほみきなとまい
る程に御子たちの御さのすゑにけむしつきたま
へりおとゝけしきはみきこえ給ふ事あれと物の
つゝましき程にてともかくもあへしらいきこえたま
はす御まへより内侍宣旨うけたまはりつたへておと
とまいりたまへきめしあれはまいりたまふ御ろくの物
うへのみやうふとりて給ふしろきおほうちきに御そ
ひとくたりれいのことなり御さか月のつゐてに
いときなきはつもとゆひになかき世を契るこゝろは
むすひこめつや御心はへありておとろかさせ給ふ」22ウ
むすひつる心もふかきもとゆひにこきむらさきの
いろしあせすはとそうしてなかはしよりおりてふたう
し給ふひたりのつかさの御馬蔵人ところのたかすへ
てたまはり給ふみはしのもとに御子たちかむたちめ
つらねてろくとも品々にたまはり給ふそのひのおまへ
のおりひつものこ物なと右大弁なんうけたまはりて
つかうまつらせけるとむしきろくのからひつともなと
所せきまて春宮の御元ふくのおりにも数まされ
りなか/\かきりもなくいかめしうなむその夜おとゝ
の御さとにけむしのきみまかてさせ給ふさほう世にめつ」23オ
らしきまてもてかしつききこえ給へりいときひは
にてをはしたるをゆゝしううつくしと思ひきこえ
たまへり女きみはすこしすこしたまへる程にいとわ
かうをはすれはにけなふはつかしとおほいたり此お
とゝの御おほえいとやむことなきにはゝ宮内のひとつ
きさいはらになんをはしけれはいつかたにつけても
いと花やかなるにこの君さへかくをはしそひぬれは
東宮の御おほちにてつゐに世中をしり給へき右の
おとゝの御いきをひは物にもあらすおされたまへり御ことも
あまたはら/\にものしたまふ宮の御はらは蔵人の少将にて」23ウ
いとわかうおかしきを右のおとゝの御なかはいとよからねと
え見過したまはてかしつき給ふ四の君にあはせ給へり
おとらすもてかしつきたるはあらまほしき御あはひともになん
けむしの君はうへの常にめしまつはせは心やすくさとすみも
えし給はす心のうちにはたゝ藤つほの御ありさまをたくひ
なしと思ひきこえてさやうならん人をこそ見めにる人なく
もをはしけるかなおほいとのゝ君いとをかしけにかしつかれ
たるひとゝはみゆれと心にもつかすおほえ給ておさなきほと
の心ひとつにかゝりていとくるしきまてそをはしける
おとなに成給て後は有しやうにみすのうちにもいれたまはす」24オ
御あそひの折/\こと笛の音にきこえかよひほのかなる御声
をなくさめにてうちすみのみこのましうおほえ給五六日さ
ふらひ給ておほい殿に二三日なとたえ/\まかて給へとたゝ今は
おさなき御程につみなく覚しなしていとなみかしつき聞え給ふ御
かた/\の人々世中にをしなへたらぬをえりとゝのへをくりてさふ
らはせ給ふ御心につくへき御あそひをしおほな/\おほしいた
つくうちには本のしけいしや御さうしにてはゝみやす所の御
かたの人々まかてちらすさふらはせ給ふさとのとのは修理
しきたくみつかさに宣旨くたりてになうあらためつく
らせ給ふもとの木たち山のたゝすまひおもしろき」24ウ
所なりけるをいけの心ひろくしなしてめてたくつくり
のゝしるかゝるところに思ふやうならん人をすへてすまはや
とのみなけかしうおほしわたるひかる君と云名はこ
まうとのめてきこえてつけたてまつりけるとそいひ
つたへたるとなむ」25オ