空蝉(大島本) First updated 2/24/2003(ver.1-1)
Last updated 10/17/2006(ver.2-1)
更新内容 翻刻を見やすくし、注記には番号を付けた。
渋谷栄一翻字(C)

  

空 蝉


《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「うつせみ」(題箋)

二のならひとあれとはゝ木ゝのつき
なりならひといふへくも見えす
一説には
巻第二 かゝやく日の宮
    このまきもとよりなし
ならひの一 はゝ木ゝ<うつせみは/このまきにこもる>
    二 ゆふかほ」(前遊紙2ウ)

  ねられたまはぬまゝには・我はかく人ににくま
0001【ねられたまはぬまゝには】-源氏ノ心中也帚木ノ巻ノ終ヨリツゝケテ見ルヘシ
0002【我はかく】-源ノ小君ニ対シテノ詞也
  れてもならはぬを・こよひなむはしめてうし
  と・よをおもひしりぬれは・はつかしくて・なから
0003【なからふましうこそ】-小君ニ迷惑サセントテ源ノ御詞也
  ふましうこそ・おもひなりぬれなとのたまへは・
  なみたをさへこほしてふしたり・いとらうたしと
0004【ふしたり】-小君
0005【いとらうたし】-源ノ御心
  おほす・てさくりのほそく・ちいさきほと・かみの・
  いとなかゝらさりし・けはひのさまかよひたるも・
0006【さまかよひたる】-空ニ小君似タル也
  おもひなしにやあはれなり・あなかちに・かゝつらひ
  たとりよらむも・人わろかるへく・まめやかにめさ
  ましと・おほしあかしつゝ・れいのやうにも・のた」1オ
  まひ・まつはさす・夜ふかういてたまへは・このこは・
0007【いてたまへは】-中河ノ紀伊守宿所ヨリ也
0008【こは】-小キミ
  いといとをしく・さう/\しと思ふ・女もなみ/\
0009【女も】-空ノ心
  ならす・かたはらいたしと思ふに・御せうそこ(こ+も)たえ
  てなし・おほしこりにけると思にも・やかてつれなく
  て・やみ給なましかは・うからまし・しゐていと
  をしき御ふるまひの・たえさらむも・うたてある
  へし・よきほとに・かくてとちめてんと・おもふもの
0010【とちめてん】-ツレナクテ過ント也
  から・たゝならす・なかめかちなり・きみは心つきな
0011【心つきなし】-無心付
  しと・おほしなから・かくては・えやむましう・御こゝ
0012【御こゝろ】-源ノ
  ろにかゝり・人わろくおもほしわひて・こきみに・」1ウ
  いとつらうも・うれたうも・おほゆるに・しゐて・
0013【うれたうも】-慨哉慷哉以上日本記
  おもひかへせと・心にしも・したかはす・くるしき
  を・さりぬへきおりみて・た(た+い)めむすへく・たはかれ
0014【たはかれ】-将計或ハ方便トカケリ
  と・のたまひわたれは・わつらはしけれと・かゝる
0015【わつらはしけれと】-小君カ心
  かたにても・のたまひまつはすは・うれしう・
  おほえけり・おさなき心地に・いかならんおりと・まち
  わたるに・きのかみくにゝ・くたりなとして・
  女とち・のとやかなる・ゆふやみの・みちたと/\し
0016【女とち】-トチハ共々ナリ
0017【ゆふやみのみち】-\<朱合点> 夕やみは道たと/\し月待て/かへれわかせこそのまにもみん<朱>(付箋01 古今六帖371・伊勢集437、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  けなる・まきれに・わかくるまにて・ゐてたて
0018【わかくるま】-小君カ車ニ源ヲ
  まつる・このこも・おさなきを・いかならむと・おほせ」2オ
0019【こも】-子也
0020【いかならむ】-源ノ御心
  と・さのみも・えおほし・のとむましけれは・さりけ
  なき・すかたにて・かとなとさゝぬ・さきにと・いそき
  おはす・人みぬかたより・ひきいれて・おろしたて
0021【おはす】-空ノ所也
  まつる・わらはなれは・とのゐ人なとも・ことに・見
  いれ・ついせうせす・心やすし・ひむかしの・つま
0022【ついせう】-追従トカケリアヤシミハゝカラヌ心也
  とに・たてたてまつりて・われはみなみの・すみ
0023【たてたてまつりて】-源
0024【われは】-小君
  のまより・かうしたゝき・のゝしりて・いりぬ・こ
  たち・あらはなりといふなり・なそかうあつきに・
  このかうしは・おろされたるととへは・ひるよりにし
  の御かたのわたらせ給て・こうたせたまふといふ・」2ウ
0025【御かた】-ヲ 軒端ノ荻伊与ノ守カムスメ
  さてむかひゐたらむを・みはやとおもひて・やをら
  あゆみいてゝ・すたれのはさまにいり給ぬ・この
  いりつるかうしは・またさゝねは・ひまみゆるにより
  て・にしさまに・見とをし給へは・このきはにたて
  たるひやう風・はしのかた・をしたゝまれたるに・ま
  きるへき・几帳なとも・あつけれはにや・うちか
  けて・いとよくみいれらる・火ちかふともしたり・
  もやの・なかはしらに・そはめる人や・わか心かくる
0026【もや】-母屋
  と・まつめとゝめたまへは・こきあやのひとへ
0027【こきあや】-紅ノ色ノコキ也
  かさねなめり・なにゝかあらむ・うへにきて・かし」3オ
0028【なにゝか】-遠キ心也
  らつき・ほそやかに・ちいさき人の・ものけなき
  すかたそしたる・かほなとは・さしむかひたらむ
  人なとにも・わさとみゆましう・もてなしたり・
  てつき・やせ/\にて・いたうひきかくしためり・
  いまひとりは・ひむかしむきにて・のこる所な
0029【いまひとり】-軒端ノ荻
  くみゆ・しろきうす物のひとへかさね・二あひ
  のこうちきたつもの・ないかしろに・きなし
  て・くれなゐの・こしひきゆへるきはまて・むね
0030【こし】-袴腰也
  あらはに・はうそくなる・もてなしなり・いとし
0031【はうそく】-傍側トカケリアラワナル心也ハウラツナル心也引ツクロハヌサマ也
  ろう・おかしけに・つふ/\と・こゑて・そゝろかなる・」3ウ
0032【そゝろかなる】-尖トカケリ
  人の頭つき・ひたいつき・ものあさやかに・まみ・
  くちつき・いとあひきやうつき・はなやかなるか
  たちなり・かみはいとふさやかにて・なかくはあらねと・
  さかりは・かたのほと・きよけに・すへて・いとねち
0033【さかりは】-下場
  けたる・所なくおかしけなる・人とみえたり・むへ
0034【むへ】-宜
  こそ・おやの・よになくは・思らめと・おかしく・見
  給・心ちそ・なをしつかなる・けをそへはやと・
  ふと・みゆる・かとなきには・あるまし・こうちは
  てゝ・けちさす・わたりこゝろとけにみえて・き
0035【けち】-結又闕
0036【こゝろとけ】-心疾也心ハヤキ也
  は/\と・さうとけは・おくの人は・いとしつかに・」4オ
0037【さうとけ】-早速也物サハカシキ様也
  のとめて・まち給へや・そこは・持にこそあらめ・
  このわたりの・こうをこそなといへと・いてこのたひ
0038【こう】-劫
  はまけにけり・すみの所・いて/\と・およひを
  かゝめて・とを・はたち(ち#<朱>)・みそ・よそなと・かさふるさま
0039【とをはたみそよそ】-十 廿 三十 四十
  いよのゆけたも・たと/\しかるましうみゆ・す
  こししなをくれたり・たとしへなく・ゝちおほひて・
  さやかにも・みせねと・めをしつけたまへれは・
  をのつからそはめも(も=にイ<朱>)みゆ・めすこしはれたる
0040【めすこし】-目ノ上腫タル様也一説晴タル也ヒタイノ高キ心地如何
  心ちして・はななとも・あさやかなるところなふ・
  ねひれて・にほはしきところもみえす・いひた」4ウ
  つれは・わろきによれるかたちを・いといたうもて
  つけて・このまされる人よりは・心あらむと・めとゝ
0041【人】-ノキハノ荻
  めつへき・さましたり・にきわゝしう・あひき
  やうつき・おかしけなるを・いよ/\ほこりかに
  うちとけて・わらひなと・そほるれは・にほひお
0042【そほるれ】-タワフルゝ也
  ほくみえて・さるかたに・いとおかしき人さまなり・
  あはつけしとはおほしなから・まめならぬ御こゝ
0043【まめ】-実也
  ろは・これも・えおほしはなつましかりけり・
  みたまふかきりの人は・うちとけたる世なく・ひ
0044【みたまふかきりの人】-源ノ世上ノ人ノ事
  きつくろひそはめたるうはへをのみこそ見」5オ
  給へ・かくうちとけたる人のありさま・かいま見
0045【かいま見】-<万葉>垣間見 [門+免]<伊勢物語真名ノ本>
  なとは・またし給はさりつることなれは・なに
  心もなう・さやかなるは・いとおしなから・ひさしう・
  みたまふ(ふ$は)まほしきに・こきみ・いてくる心ちす
0046【まほしき】-源ノ御心中
  れは・やをらいて給ぬ・わたとのゝ・とくちに
  よりゐたまへり・いとかたしけなしとおもひて・
0047【いとかたしけなし】-小君カ心中
  れいならぬ人侍て・えちかふもより侍らす・さ
0048【れいならぬ】-小君カ詞
0049【人】-軒端ノ荻
0050【さてこよひもや】-源ノ御詞
  てこよひもやかへしてんとする・いとあさまし
  う・からうこそあへけれとのたまへは・なとて
0051【あへけれ】-アルヘケレ也
0052【なとてか】-小君カ詞
  か・あなたにかへり侍りなは・たはかり侍なんとき」5ウ
  こゆ・さもなひかしつへき・けしきにこそは
0053【さも】-源ノ御心中
  あらめ・わらはなれと・ものゝこゝろはへ・人のけし
  き・みつへくしつまれるをとおほすなり
0054【をと】-ヲ文字ヤスメ字也
  けり・五うちはてつるにやあらむ・うちそよめく
  心ちして・ひと/\あかるゝけはひなとす也・わか
0055【あかるゝ】-別ル也
0056【わか】-若也
  君は・いつくにおはしますならむ・このみかうしは
  さしてんとて・ならすなり・しつまりぬなり・いりて
0057【いりて】-源ノ御詞
  さらは・たはかれとの給このこも・いもうとの御
0058【こも】-子也
0059【いもうと】-空ノ事也小君心中
  こゝろは・たはむところなくまめたちたれは・
  いひあはせむかたなくて・人すくなゝらんおりに・」6オ
  いれたてまつらんと思なりけり・きのかみのいもう
0060【きのかみの】-源ノ御詞
0061【いもうと】-軒ハノ荻
  ともこなたにあるか・我にかいまみせさせよと・
  のたまへと・いかてかさは侍らん・かうしには几帳
0062【いかてか】-小君カ詞
  そへて侍ときこゆ・さかしされとも・おかしく
0063【さかし】-サアル也
  おほせと・みつとは・しらせし・いとおしと・おほして・
0064【しらせし】-小君ニ
  夜ふくることの・心もとなさをの給・こたみは・つま
0065【こたみ】-今度也
  とをたゝきている・みな人/\しつまりねにけり・
0066【いる】-小君
  このさうしくちに・まろはねたらむ・かせふきと
0067【かせふきとをせ】-\<朱合点> 風吹と人ニハいひて戸ハさゝしあけんと君にいひてし物を(古今六帖1371、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  をせとて・たゝみひろけて・ふす・こたち・ひむかし
0068【ひろけて】-屏風也
0069【こたち】-御達
  の・ひさしに・いとあまたねたるへし・とはなちつる・」6ウ
  はら(ら+は)へも・そなたに入て・ふしぬれは・とはかりそら
0070【そらねして】-小君
  ねして・火あかきかたに・ひやう風をひろけて・
  かけほのかなるに・やをら入たてまつる・いかに
0071【入たてまつる】-源ヲ
  そ・おこかましき事もこそとおほすに・いと
  つゝましけれと・みちひくまゝに・もやの木丁
  のかたひら・ひきあけて・いとやをらいり給とすれ
  と・みなしつまれるよの・御そのけはひ・やはらか
  なるしも・いとしるかりけり・女はさうそわす
  れ給を・うれしきにおもひなせと・あやしくゆめ(△&め)
  のやうなることを・こゝろにはなるゝおりなきころ」7オ
  にて・心とけたるいたに・ねられすなむ・ひるはな
0072【ひるはなかめ】-\<朱合点> 女ノ哥也 ヨルハサメヒルハナカメニクラサレテ春ハコノ目ソイトナカリケル(一条摂政御集132、河海抄・一葉集・細流抄・岷江入楚)
  かめ・夜はねさめかちなれは・春ならぬ・このめも・い
0073【いとなく】-無暇也
  となく・なけかしきに・五うちつる君・こよひは
0074【君】-軒ハノヲキ
  こなたにと・いまめかしく・うちかたらひて
0075【こなたに】-空ノ方
  ねにけり・わかき人はなにこゝろなく・いとよう
0076【わかき人】-ノキハノヲキ
  まとろみたるへし・かゝるけはひの・いとかうは
  しくうちにほふに・かほをもたけたるに・ひとへ
0077【かほ】-空ノ
  うちかけたる几帳の・すきまにくらけれと・
  うちみしろきよるけはひ・いとしるし・あさ
0078【あさましく】-空ノ心中
  ましくおほえて・ともかくも思わかれす・や」7ウ
  をらおきいてゝ・すゝしなるひとへを・ひとつ
  きて・すへりいてにけり・君はいり給て・たゝひとり
0079【君】-源
0080【たゝひとり】-ノキハノヲキヲ空トヲホス
  ふしたるを・こゝろやすくおほす・ゆかのしもに・
  二人はかりそ・ふしたる・きぬをゝしやりて・
  より給へるに・ありしけはひよりは・もの/\し
  く・おほゆれと・おもほしうもよらすかし・いき
0081【いきたなき】-ヨクネルヲ云
  たなき・さまなとそ・あやしくかはりて・やう/\・
  みあらはし給て・あさましく・こゝろやましけれ
0082【みあらはし給て】-軒ハノヲキト知
  と・人たかへと・たとりてみえんも・おこかましく・
0083【人たかへと】-源ノ心中
  あやしと・おもふへし・本いの人をたつねよらむ」8オ
0084【本いの人】-空ノ事
  も・かはかり・のかるゝこゝろあめれは・かひなふ・
  おこにこそおもはめと・おほす・かのおかしかり
  つる・ほかけならは・いかゝはせむに・おほしなるも・
  わろき御こゝろあさゝなめりかし・やう/\めさ
0085【わろき御こゝろあさゝなめりかし】-草子地
0086【やう/\めさめて】-軒ハノヲキヲトロク也心中
  めて・いとおほえす・あさましきに・あきれたる
  けしきにて・なにのこゝろふかく・いとおしき
  ようゐもなし・世中をまたおもひしらぬほ
  とよりは・されはみたるかたにて・あえかにもおも
  ひまとはす・われともしらせしとおほせと・い
0087【おほせと】-源ノ
  かにして・かゝることそと・のちに思めくらさむも・わか」8ウ
  ためには・ことにもあらねと・あのつらき人の・
0088【人】-空
  あなかちに・なをつゝむも・さすかに・いとをし
  けれは・たひ/\の・御かたゝかへに・ことつけ給し
  さまを・いとよういひなし給ふ・たとらむ人は・心
  えつへけれと・またいとわかき心地に・さこそ・さ
0089【さしすきたる】-碁ウツ時ノ事
  しすきたるやうなれと・えしも思わかす・に
  くしとはなけれと・御心とまるへきゆへもなき
  心ちしてなをかのうれたき人の・心をいみしく・
  おほす・いつくに・はいまきれて・かたくなしと・
  おもひゐたらむ・かくしうねき人は・ありかた」9オ
  きものをと・おほすしも・あやにくにまきれかた
  ふ・おもひいてられ給・この人の・なま心なく・わか
0090【この人】-ノキハノヲキ
  やかなるけはひも・あはれなれは・さすかに・
  なさけ/\しく・ちきりをかせ給・人しりたる
  ことよりも・かやうなるはあはれもそふ事と
  なむ・昔人もいひける・あひおもひたまへよ・
  つゝむことなきにしもあらねは・みなから・
0091【みなから】-身也
  心にも・えまかすましくなんありける・またさる
  へき人/\も・ゆるされしかしと・かねてむね
  いたくなん・忘てまちたまへよなと・なを/\し」9ウ
  くかたらひ給・人の思侍らんことの・はつかしきに
0092【人の思侍らん】-ノキハノ荻カ詞
  なん・えきこえさすましきと・うらもなく
  いふ・なへて人にしらせはこそあらめ・このちい
0093【なへて】-源ノ御詞
0094【ちいさきうへ人】-小君カ事
  さき・うへ人につたへてきこえん・けしきなく
  もてなし給へなといひをきて・かのぬきすへし
  たるとみゆる・うす衣をとりて・いて給ぬ・こ君
  ちかふふしたるを・おこし給へは・うしろめたう
  おもひつゝねけれは・ふとおとろきぬ・とをやをら・
  をしあくるに・おいたるこたちのこゑにて・あ
  れは・たそと・おとろ/\しくとふ・わつらはしく」10オ
  て・まろそと・いらふ・夜中に・こは・なそとあり
0095【まろそ】-小君カ詞
0096【夜中】-コタチノ詞
  かせ給と・さかしかりて・とさまへく・いとにくゝて
0097【さかしかりて】-イサメタル也
0098【とさま】-外也
0099【いとにくゝて】-小君カ心中
  あらすこゝもとへ・いつるそとて・君ををしいて
  たてまつるに・あかつきちかき月くまなく
  さしいてゝ・ふと人のかけみえけれは・またおは
  するはたそとゝふ・民部のおもとなめりけしう
0100【おもと】-侍者<オモト> 白氏文集御許<ヲモト>トモ 空ノツカイ人也
  はあらぬ・おもとのたけたちかなといふ・たけ
  たかき人の・つねにわらはるゝをいふ也けり・おい
  人・これをつらねて・ありきけるとおもひて・いま
0101【つらねて】-行列也
  たゝ今・たちならひ給ひなむといふ/\・われ」10ウ
0102【たちならひ】-ヲモトノタケニ小君ノナラント也
  もこのとよりいてゝく・わひしけれは・えはた
  をしかへさて・わたとのゝくちに・かひそひて・かく
0103【かくれたち給へれは】-源ノ
  れたち給へれは・このおもとさしよりて・おもと
  は・こよひは・うへにやさふらひ給つる・おとゝひより・
  はらをやみて・いとわりなけれは・しもに侍つる
  を・人すくななりとて・めししかは・よへまうのほり
  しかと・なをえ(え+た)ふましくなむとうれふ・いら
0104【たふましく】-コラヘましき也
  へもきかて・あなはら/\・いまきこえんとて・すき
0105【はら】-腹
  ぬるに・からふしていてたまふ・なをかゝるありきは・
  かろ/\しく・あやしかりけりと・いよ/\おほし」11オ
  こりぬへし・こ君御くるまのしりにて・二条院
  におはしましぬ・ありさまの給ひて・おさなかり
  けりと・あはめ給て・かの人のこゝろを・つまはし
0106【あはめ】-アワ/\シクニクム心也
0107【かの人】-空ノ
  きをしつゝうらみ給・いとをしうて・ものも・え
0108【うらみ】-源ノ
0109【いとをしうて】-小君カ心
  きこえす・いとふかう・にくみ給へかめれは・身も
  うく・おもひはてぬ・なとかよそにても・なつかしき
0110【なとか】-源ノ御詞
  いらへはかりは・し給ましき・伊与の介に・おとりける
  みこそなと・心つきなしとおもひて・のたまふあり
  つる・こうちきを・さすかに・御そのしたに・ひきい
  れて・おほとのこもれり・こ君を・おまへにふせて」11ウ
  よろつにうらみ・かつはかたらひ給・あこはらうた
0111【あこは】-ナンヂ也
  けれと・つらきゆかりにこそ・えおもひはつまし
  けれと・まめやかに・のたまふを・いとわひしと思
  たり・しはしうちやすみ給へと・ねられ給はす・御
  すゝり・いそきめして・さしはへたる・御ふみには
  あらて・たゝうかみに・てならひのやうに・かきす
  さひたまふ
    うつせみのみをかへてける木のもとに
  なを人からのなつかしきかなとかきたまへるを・
  ふところにひき入て・もたり・かの人もいかに・お」12オ
0112【もたり】-持也
0113【かの人】-軒ハノヲキ
  もふらんと・いとをしけれと・かた/\おもほしかへ
  して・御ことつけもなし・かのうす衣は・こうち
  きの・いとなつかしき・人かにしめるを・みちかく
0114【みちかく】-源ノ御身
  ならして・みゐたまへり・こ君かしこに・いきたれ
0115【かしこに】-空ノ方
  は・あねきみまちつけて・いみしくの給ふ・あさ
  ましかりしに・とかうまきらはしても・人のおもひ
0116【とかう】-空ノ詞
  けむこと・さり所なきに・いとなむわりなき・いと
  かう・心おさなきを・かつはいかに・おもほすらんとて・
0117【おもほす】-源ノ御心ヲ空ノ小君ニ云キカスル也
  はつかしめ給ひたりみきにくるしう思へと
0118【ひたりみきに】-小君カ心源ト空トヲ左右ト云
  かの御てならひとりいてたり・さすかにとりてみ給」12ウ
0119【み給】-空ノ
  かのもぬけをいかに伊勢をのあまの
0120【伊勢をのあまの】-\<朱合点> すゝか川いせをのあまのすて衣/しほなれたりと人やみるらん<朱>(付箋02 後撰718・一条摂政御集35、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  なれてやなと思も・たゝならす・いとよろつに
0121【思も】-空ノ心中
  みたれて・にしの君も・物はつかしき心ちして・わ
0122【にしの君】-ノキハノヲキ
  たり給にけり・またしる人もなきことなれは・人
  しれすうちなかめてゐたり・こきみのわたりありく
  につけても・むねのみふたかれと・御せうそこも
  なし・あさましと思ひうるかたもなくて・されたる
  心に・も(△&も)のあはれなるへし・つれなき人もさこそ
0123【つれなき人】-空ノ事也心中也
  しつむれ・いとあさはかにもあらぬ・御けしき
  を・ありしなからのわか身ならはと・とり返すも」13オ
0124【ありしなからの】-\<朱合点>
0125【わか身ならは】-男ナキ時ナラハノ心
  のならねと・しのひかたけれは・この御たゝうかみ
  のかたつかたに
    うつせみのはねにをく露の木かくれて
    しのひ/\にぬるゝそてかな」13ウ

  追注加之
  なかゝみ 何神字 長歟中歟
  問安家答云なかゝみ天一神也
  世俗所称事旧事(△&事)可為中字歟
  金[木+貴]経云天一立中央為十二将定吉凶
  断事者也如此文者中字無不審歟
  凡天一神巡方八方猶天子巡狩方
  岳云々毎其方名号注異未有中
  有中(有中$<朱>)神之号只和語凡俗之詞所
  伝承也件方忌事古今所違来也(「帚木」注 竄入)」14オ

【奥入01】すゝか山いせをのあまのぬれ衣
    しほなれたりと人や見るらん(戻)
【奥入02】とりかへす物にもかなや世中を
    ありしなからのわか身とおもはん(「帚木」巻から転載)(戻)

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