空蝉(大島本親本復元) First updated 2/24/2003(ver.1-1)
Last updated 10/13/2006(ver.1-1)
更新内容 翻刻を見やすくし、注記には番号を付けた。
渋谷栄一復元(C)

  

空 蝉


《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「空蝉」巻の書写態度について
 墨筆、朱筆による訂正跡がある。
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「うつせみ」(題箋)

二のならひとあれとはゝ木ゝのつき
なりならひといふへくも見えす
一説には
巻第二 かゝやく日の宮
    このまきもとよりなし
ならひの一 はゝ木ゝ<うつせみは/このまきにこもる>
    二 ゆふかほ」(前遊紙2ウ)

  ねられたまはぬまゝには我はかく人ににくま
  れてもならはぬをこよひなむはしめてうし
  とよをおもひしりぬれははつかしくてなから
  ふましうこそおもひなりぬれなとのたまへは
  なみたをさへこほしてふしたりいとらうたしと
  おほすてさくりのほそくちいさきほとかみの
  いとなかゝらさりしけはひのさまかよひたるも
  おもひなしにやあはれなりあなかちにかゝつらひ
  たとりよらむも人わろかるへくまめやかにめさ
  ましとおほしあかしつゝれいのやうにものた」1オ

  まひまつはさす夜ふかういてたまへはこのこは
  いといとをしくさう/\しと思ふ女もなみ/\
  ならすかたはらいたしと思ふに御せうそこたえ
  てなしおほしこりにけると思にもやかてつれなく
  てやみ給なましかはうからまししゐていと
  をしき御ふるまひのたえさらむもうたてある
  へしよきほとにかくてとちめてんとおもふもの
  からたゝならすなかめかちなりきみは心つきな
  しとおほしなからかくてはえやむましう御こゝ
  ろにかゝり人わろくおもほしわひてこきみに」1ウ
【校訂01】「御せうそこ(こ+も<墨>)」(1ウ3)-

  いとつらうもうれたうもおほゆるにしゐて
  おもひかへせと心にしもしたかはすくるしき
  をさりぬへきおりみてためむすへくたはかれ
  とのたまひわたれはわつらはしけれとかゝる
  かたにてものたまひまつはすはうれしう
  おほえけりおさなき心地にいかならんおりとまち
  わたるにきのかみくにゝくたりなとして
  女とちのとやかなるゆふやみのみちたと/\し
  けなるまきれにわかくるまにてゐてたて
  まつるこのこもおさなきをいかならむとおほせ」2オ
【校訂02】「た(た+い<墨>)めむすへく」(2オ3)-
【付箋01】「夕やみは道たと/\し月待て/かへれわかせこそのまにもみん<朱>」(2オ8)

  とさのみもえおほしのとむましけれはさりけ
  なきすかたにてかとなとさゝぬさきにといそき
  おはす人みぬかたよりひきいれておろしたて
  まつるわらはなれはとのゐ人なともことに見
  いれついせうせす心やすしひむかしのつま
  とにたてたてまつりてわれはみなみのすみ
  のまよりかうしたゝきのゝしりていりぬこ
  たちあらはなりといふなりなそかうあつきに
  このかうしはおろされたるととへはひるよりにし
  の御かたのわたらせ給てこうたせたまふといふ」2ウ

  さてむかひゐたらむをみはやとおもひてやをら
  あゆみいてゝすたれのはさまにいり給ぬこの
  いりつるかうしはまたさゝねはひまみゆるにより
  てにしさまに見とをし給へはこのきはにたて
  たるひやう風はしのかたをしたゝまれたるにま
  きるへき几帳なともあつけれはにやうちか
  けていとよくみいれらる火ちかふともしたり
  もやのなかはしらにそはめる人やわか心かくる
  とまつめとゝめたまへはこきあやのひとへ
  かさねなめりなにゝかあらむうへにきてかし」3オ

  らつきほそやかにちいさき人のものけなき
  すかたそしたるかほなとはさしむかひたらむ
  人なとにもわさとみゆましうもてなしたり
  てつきやせ/\にていたうひきかくしためり
  いまひとりはひむかしむきにてのこる所な
  くみゆしろきうす物のひとへかさね二あひ
  のこうちきたつものないかしろにきなし
  てくれなゐのこしひきゆへるきはまてむね
  あらはにはうそくなるもてなしなりいとし
  ろうおかしけにつふ/\とこゑてそゝろかなる」3ウ

  人の頭つきひたいつきものあさやかにまみ
  くちつきいとあひきやうつきはなやかなるか
  たちなりかみはいとふさやかにてなかくはあらねと
  さかりはかたのほときよけにすへていとねち
  けたる所なくおかしけなる人とみえたりむへ
  こそおやのよになくは思らめとおかしく見
  給心ちそなをしつかなるけをそへはやと
  ふとみゆるかとなきにはあるましこうちは
  てゝけちさすわたりこゝろとけにみえてき
  は/\とさうとけはおくの人はいとしつかに」4オ

  のとめてまち給へやそこは持にこそあらめ
  このわたりのこうをこそなといへといてこのたひ
  はまけにけりすみの所いて/\とおよひを
  かゝめてとをはたちみそよそなとかさふるさま
  いよのゆけたもたと/\しかるましうみゆす
  こししなをくれたりたとしへなくゝちおほひて
  さやかにもみせねとめをしつけたまへれは
  をのつからそはめもみゆめすこしはれたる
  心ちしてはななともあさやかなるところなふ
  ねひれてにほはしきところもみえすいひた」4ウ
【校訂03】「はたち(ち#<朱>)」(4ウ4)-
【校訂04】「そはめも(も=にイ<朱>)みゆ」(4ウ8)-

  つれはわろきによれるかたちをいといたうもて
  つけてこのまされる人よりは心あらむとめとゝ
  めつへきさましたりにきわゝしうあひき
  やうつきおかしけなるをいよ/\ほこりかに
  うちとけてわらひなとそほるれはにほひお
  ほくみえてさるかたにいとおかしき人さまなり
  あはつけしとはおほしなからまめならぬ御こゝ
  ろはこれもえおほしはなつましかりけり
  みたまふかきりの人はうちとけたる世なくひ
  きつくろひそはめたるうはへをのみこそ見」5オ

  給へかくうちとけたる人のありさまかいま見
  なとはまたし給はさりつることなれはなに
  心もなうさやかなるはいとおしなからひさしう
  みたまふまほしきにこきみいてくる心ちす
  れはやをらいて給ぬわたとのゝとくちに
  よりゐたまへりいとかたしけなしとおもひて
  れいならぬ人侍てえちかふもより侍らすさ
  てこよひもやかへしてんとするいとあさまし
  うからうこそあへけれとのたまへはなとて
  かあなたにかへり侍りなはたはかり侍なんとき」5ウ
【校訂05】「みたまふ(ふ$は)まほしきに」(5ウ4)-

  こゆさもなひかしつへきけしきにこそは
  あらめわらはなれとものゝこゝろはへ人のけし
  きみつへくしつまれるをとおほすなり
  けり五うちはてつるにやあらむうちそよめく
  心ちしてひと/\あかるゝけはひなとす也わか
  君はいつくにおはしますならむこのみかうしは
  さしてんとてならすなりしつまりぬなりいりて
  さらはたはかれとの給このこもいもうとの御
  こゝろはたはむところなくまめたちたれは
  いひあはせむかたなくて人すくなゝらんおりに」6オ

  いれたてまつらんと思なりけりきのかみのいもう
  ともこなたにあるか我にかいまみせさせよと
  のたまへといかてかさは侍らんかうしには几帳
  そへて侍ときこゆさかしされともおかしく
  おほせとみつとはしらせしいとおしとおほして
  夜ふくることの心もとなさをの給こたみはつま
  とをたゝきているみな人/\しつまりねにけり
  このさうしくちにまろはねたらむかせふきと
  をせとてたゝみひろけてふすこたちひむかし
  のひさしにいとあまたねたるへしとはなちつる」6ウ

  はらへもそなたに入てふしぬれはとはかりそら
  ねして火あかきかたにひやう風をひろけて
  かけほのかなるにやをら入たてまつるいかに
  そおこかましき事もこそとおほすにいと
  つゝましけれとみちひくまゝにもやの木丁
  のかたひらひきあけていとやをらいり給とすれ
  とみなしつまれるよの御そのけはひやはらか
  なるしもいとしるかりけり女はさうそわす
  れ給をうれしきにおもひなせとあやしくゆめ
  のやうなることをこゝろにはなるゝおりなきころ」7オ
【校訂06】「はら(ら+は<墨>)へも」(7オ1)-
【校訂07】「ゆめ(△&め)のやうなる」(7オ9)-

  にて心とけたるいたにねられすなむひるはな
  かめ夜はねさめかちなれは春ならぬこのめもい
  となくなけかしきに五うちつる君こよひは
  こなたにといまめかしくうちかたらひて
  ねにけりわかき人はなにこゝろなくいとよう
  まとろみたるへしかゝるけはひのいとかうは
  しくうちにほふにかほをもたけたるにひとへ
  うちかけたる几帳のすきまにくらけれと
  うちみしろきよるけはひいとしるしあさ
  ましくおほえてともかくも思わかれすや」7ウ

  をらおきいてゝすゝしなるひとへをひとつ
  きてすへりいてにけり君はいり給てたゝひとり
  ふしたるをこゝろやすくおほすゆかのしもに
  二人はかりそふしたるきぬをゝしやりて
  より給へるにありしけはひよりはもの/\し
  くおほゆれとおもほしうもよらすかしいき
  たなきさまなとそあやしくかはりてやう/\
  みあらはし給てあさましくこゝろやましけれ
  と人たかへとたとりてみえんもおこかましく
  あやしとおもふへし本いの人をたつねよらむ」8オ

  もかはかりのかるゝこゝろあめれはかひなふ
  おこにこそおもはめとおほすかのおかしかり
  つるほかけならはいかゝはせむにおほしなるも
  わろき御こゝろあさゝなめりかしやう/\めさ
  めていとおほえすあさましきにあきれたる
  けしきにてなにのこゝろふかくいとおしき
  ようゐもなし世中をまたおもひしらぬほ
  とよりはされはみたるかたにてあえかにもおも
  ひまとはすわれともしらせしとおほせとい
  かにしてかゝることそとのちに思めくらさむもわか」8ウ

  ためにはことにもあらねとあのつらき人の
  あなかちになをつゝむもさすかにいとをし
  けれはたひ/\の御かたゝかへにことつけ給し
  さまをいとよういひなし給ふたとらむ人は心
  えつへけれとまたいとわかき心地にさこそさ
  しすきたるやうなれとえしも思わかすに
  くしとはなけれと御心とまるへきゆへもなき
  心ちしてなをかのうれたき人の心をいみしく
  おほすいつくにはいまきれてかたくなしと
  おもひゐたらむかくしうねき人はありかた」9オ

  きものをとおほすしもあやにくにまきれかた
  ふおもひいてられ給この人のなま心なくわか
  やかなるけはひもあはれなれはさすかに
  なさけ/\しくちきりをかせ給人しりたる
  ことよりもかやうなるはあはれもそふ事と
  なむ昔人もいひけるあひおもひたまへよ
  つゝむことなきにしもあらねはみなから
  心にもえまかすましくなんありけるまたさる
  へき人/\もゆるされしかしとかねてむね
  いたくなん忘てまちたまへよなとなを/\し」9ウ

  くかたらひ給人の思侍らんことのはつかしきに
  なんえきこえさすましきとうらもなく
  いふなへて人にしらせはこそあらめこのちい
  さきうへ人につたへてきこえんけしきなく
  もてなし給へなといひをきてかのぬきすへし
  たるとみゆるうす衣をとりていて給ぬこ君
  ちかふふしたるをおこし給へはうしろめたう
  おもひつゝねけれはふとおとろきぬとをやをら
  をしあくるにおいたるこたちのこゑにてあ
  れはたそとおとろ/\しくとふわつらはしく」10オ

  てまろそといらふ夜中にこはなそとあり
  かせ給とさかしかりてとさまへくいとにくゝて
  あらすこゝもとへいつるそとて君ををしいて
  たてまつるにあかつきちかき月くまなく
  さしいてゝふと人のかけみえけれはまたおは
  するはたそとゝふ民部のおもとなめりけしう
  はあらぬおもとのたけたちかなといふたけ
  たかき人のつねにわらはるゝをいふ也けりおい
  人これをつらねてありきけるとおもひていま
  たゝ今たちならひ給ひなむといふ/\われ」10ウ

  もこのとよりいてゝくわひしけれはえはた
  をしかへさてわたとのゝくちにかひそひてかく
  れたち給へれはこのおもとさしよりておもと
  はこよひはうへにやさふらひ給つるおとゝひより
  はらをやみていとわりなけれはしもに侍つる
  を人すくななりとてめししかはよへまうのほり
  しかとなをえふましくなむとうれふいら
  へもきかてあなはら/\いまきこえんとてすき
  ぬるにからふしていてたまふなをかゝるありきは
  かろ/\しくあやしかりけりといよ/\おほし」11オ
【校訂08】「なをえ(え+た<墨>)ふましく」(11オ7)-

  こりぬへしこ君御くるまのしりにて二条院
  におはしましぬありさまの給ひておさなかり
  けりとあはめ給てかの人のこゝろをつまはし
  きをしつゝうらみ給いとをしうてものもえ
  きこえすいとふかうにくみ給へかめれは身も
  うくおもひはてぬなとかよそにてもなつかしき
  いらへはかりはし給ましき伊与の介におとりける
  みこそなと心つきなしとおもひてのたまふあり
  つるこうちきをさすかに御そのしたにひきい
  れておほとのこもれりこ君をおまへにふせて」11ウ

  よろつにうらみかつはかたらひ給あこはらうた
  けれとつらきゆかりにこそえおもひはつまし
  けれとまめやかにのたまふをいとわひしと思
  たりしはしうちやすみ給へとねられ給はす御
  すゝりいそきめしてさしはへたる御ふみには
  あらてたゝうかみにてならひのやうにかきす
  さひたまふ
    うつせみのみをかへてける木のもとに
  なを人からのなつかしきかなとかきたまへるを
  ふところにひき入てもたりかの人もいかにお」12オ

  もふらんといとをしけれとかた/\おもほしかへ
  して御ことつけもなしかのうす衣はこうち
  きのいとなつかしき人かにしめるをみちかく
  ならしてみゐたまへりこ君かしこにいきたれ
  はあねきみまちつけていみしくの給ふあさ
  ましかりしにとかうまきらはしても人のおもひ
  けむことさり所なきにいとなむわりなきいと
  かう心おさなきをかつはいかにおもほすらんとて
  はつかしめ給ひたりみきにくるしう思へと
  かの御てならひとりいてたりさすかにとりてみ給」12ウ

  かのもぬけをいかに伊勢をのあまの
  なれてやなと思もたゝならすいとよろつに
  みたれてにしの君も物はつかしき心ちしてわ
  たり給にけりまたしる人もなきことなれは人
  しれすうちなかめてゐたりこきみのわたりありく
  につけてもむねのみふたかれと御せうそこも
  なしあさましと思ひうるかたもなくてされたる
  心にも(△&も)のあはれなるへしつれなき人もさこそ
  しつむれいとあさはかにもあらぬ御けしき
  をありしなからのか身ならはととり返すも」13オ
【校訂09】「心にも(△&も)のあはれ」(13オ8)-
【付箋02】「すゝか川いせをのあまのすて衣/しほなれたりと人やみるらん<朱>」(13オ1)

  のならねとしのひかたけれはこの御たゝうかみ
  のかたつかたに
    うつせみのはねにをく露の木かくれて
    しのひ/\にぬるゝそてかな」13ウ

  追注加之
  なかゝみ 何神字 長歟中歟
  問安家答云なかゝみ天一神也
  世俗所称事旧事(△&事)可為中字歟
  金[木+貴]経云天一立中央為十二将定吉凶
  断事者也如此文者中字無不審歟
  凡天一神巡方八方猶天子巡狩方
  岳云々毎其方名号注異未有中
  有中(有中$<朱>)神之号只和語凡俗之詞所
  伝承也件方忌事古今所違来也(「帚木」注 竄入)」14オ
【校訂10】「旧事(△&事)」(14オ4)-
【校訂11】「有中(有中$<朱>)」(14オ9)-

【奥入01】すゝか山いせをのあまのぬれ衣
    しほなれたりと人や見るらん(戻)
【奥入02】とりかへす物にもかなや世中を
    ありしなからのわか身とおもはん(「帚木」巻から転載)(戻)

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