夕顔(大島本) First updated 3/10/2003(ver.1-1)
Last updated 10/24/2006(ver.2-1)
更新内容 翻刻を見やすくし、注記には番号を付けた。
渋谷栄一翻字(C)

  

夕 顔


《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「夕かほ」(題箋)

  六条わたりの御しのひありきのころ・内
0001【六条わたり】-六条ノ御息所ヘノ事也秋好中宮ノ御母 始テ書
0002【しのひ】-密日本記
0003【内より】-大裏ヨリ也
  よりまかて給なかやとりに・大弐のめのと
0004【大弐のめのと】-惟光カ母 皇子二人親王三人源二人也
  のいたくわつらひてあまになりにける・と
  ふらはむとて・五条なるいゑたつねてお
  はしたり・御くるまいるへきかとはさしたり
0005【かと】-車ノ入門別ニアリ
  けれは・人してこれ光めさせて・またせ給
  ける程・むつかしけなるおほちのさまを見は
0006【むつかしけ】-下京ノ体大路
  たし給へるに・このいゑのかたはらにひかきと
0007【ひかき】-クミタル板垣
  いふもの・あたらしうして・かみははしとみ四
0008【かみ】-上也
0009【はしとみ】-半蔀
  五けむはかりあけわたして・すたれなと」1オ
  もいとしろう・すゝしけなるに・おかしき
  ひたいつきのすきかけあまた見えてのそ
  く・たちさまよふらむ・しもつかた・おもひやる
  にあなかちにたけたかき心地そする・いかな
  るものゝつとへるならむと・やうかはりて
0010【やう】-様也
  おほさる・御くるまもいたくやつしたまへり・
0011【おほさる】-源氏ノ御心
0012【いたくやつし】-女車ノヤウニ也
  さきもおはせ給はす・たれとかしらむと
  うちとけ給て・すこしさしのそきたま
0013【さしのそき】-源ノ也
  へれは・かとは・しとみのやうなるをしあけたる・
  見いれのほとなくものはかなきすまひを・あ」1ウ
  はれにいつこかさしてとおもほしなせは・
0014【いつこかさして】-\<朱合点> 世ノ中ハイツクカサシテワカナラン行トマルヲソ宿トサタムル(古今987、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  たまのうてなもおなしこと也・きりかけ
0015【たまのうてなも】-\<朱合点> 何センニ玉ノウテナモヤヘムクラハヘラン宿ニフタリコソネメ(古今六帖3874、河海抄・細流抄・紹巴抄・岷江入楚)
  たつものに・いとあをやかなるかつらの心ち
0016【あをやかなる】-夕顔ノハイタル物也
  よけに・はひかゝれる(△&る)に・しろき花そ・お
  のれひとり・ゑみのまゆひらけたる・をち
0017【をちかた人に】-\<朱合点> ウチワタスヲチカタ人ニモノ申ワレソノソコニ白クサケルハ何ノ花ソモ(古今1007・古今六帖2510、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  かた人に物申と・ひとりこち給をみすい
0018【みすいしん】-御随身
  しんついゐて・かのしろくさけるをなむ・
  ゆふかほと申侍・はなのなは人めきて・かうあ
  やしきかきねになんさき侍けると申す・
  けにいとこいゑかちに・むつかしけなるわ」2オ
  たりの・このもかのもあやしく・うちよろほ
0019【このもかのも】-\<朱合点> 古ツクハネノコノモ(古今1095、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 此面彼面 後山風ノフキノマニ/\紅葉ハモコノモカノモノニチリヌヘラ也(後撰406、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  いて・むね/\しからぬ・のきのつまなとに・
0020【むね/\しからぬ】-ヨカラヌ也
  はひまつはれたるをくちをしの花の契
0021【はひまつはれたる】-古アカスミテカヘラン人ニ花ノ<左>(古今119・新撰和歌105・古今六帖4285・遍昭集33、河海抄・岷江入楚)
0022【くちをしの花】-源ノ御詞
  や・ひとふさおりてまいれとのたまへは・このをし
  あけたるかとにいりておる・さすかにされたる
0023【されたるやりとくち】-ユカミナトシタル戸也
  やりとくちに・きなるすゝしのひとへはかま・
  なかくきなしたるわらはの・おかしけなる
  いてきて・うちまねく・しろきあふきの・
  いたうこかしたるを・これにをきてまいらせ
0024【いたうこかしたる】-薫物ニシミタル也又説白扇ノツマノ香色ナルヲ云歟ト云々猶薫物可用也
  よ・枝もなさけなけなめる花をとて・とら」2ウ
  せたれは・かとあけてこれ光のあそんいて
0025【かとあけて】-惟光カ私宅ノ門ヲアケテヨリ来
  きたるして・たてまつらす・かきををきまと
0026【かきををきまとはし】-鎰也惟光カ源ニ申詞
  はし侍て・いとふひんなるわさなりや・ものゝ
0027【ふひん】-不便也ヒンナキト云心
  あやめ見給へわくへき人も侍らぬ・わたり
0028【あやめ】-\<朱合点> 綾目又黒白 文目 文ヲアヤトヨム也<右> 奥山ノユツリ葉イカテヲリツランアヤメモシラヌ雪ノフレルニ兼盛<左>(兼盛集153、河海抄・岷江入楚)
  なれと・らうる(る$か<朱>)はしきおほちに・たちおはし
0029【らうかはしき】-下京下臈ヲホキ也
  ましてと・かしこまり申すひきいれて
0030【ひきいれて】-車
  おり給ふ・これみつかあにのあさりむこのみか
0031【あさり】-阿闍リトヨム
  はのかみむすめなとわたりつとひたるほとに・か
  くおはしましたるよろこひをまたなきことに
  かしこまる・あま君もおきあかりて・おしけ」3オ
0032【おしけなき身なれと】-乳母ノ詞
  なき身なれとすてかたくおもふたまへつる
  事は・たゝかく御まへにさふらひ御らむせ
  らるゝことのかはり侍なん事をくちおし
0033【かはり侍なん事】-髪ヲソルヘキノ心
  くおもひたまへたゆたいしかと・いむことの
0034【たゆたいしかと】-猶豫トカケリヤスラフ也
0035【いむこと】-受戒
  しるしに・よみかへりてなん・かくわたり
0036【よみかへりて】-蘇生
  おはしますを・見たまへ侍ぬれは・いまなむ
  あみた仏の御ひかりも心きよくまたれ
  侍へきなときこえてよはけになく・日ころ
0037【日ころ】-源ノ御詞
  おこたりかたくものせらるゝを・やすからすなけ
  きわたりつるに・かくよをはなるゝさまに」3ウ
  ものしたまへは・いとあはれにくちをしうなん・
  いのちなかくてなをくらゐたかくなと見
  なし給へ・さてこそこゝのしなのかみにもさ
0038【こゝのしなのかみ】-九品上品上生ノ事
  はりなくむまれ給はめ・この世にすこし
  うらみのこるは・わろきわさとなむきくな
0039【うらみのこる】-リンシウ正念ノ記ニ一念ノコスヘカラス
  と・なみたくみての給・かたほなるをたにめの
0040【かたほなる】-カタナリナルヲ云
  とやうのおもふへき人は・あさましうまをに
  みなすものを・ましていとおもたゝしう・
  なつさひ・つかうまつりけん・身もいたはし
  う・かたしけなくおもほゆへかめれは・すゝろ」4オ
  になみたかちなり・こともはいと見くるしと
  おもひて・そむきぬるよのさりかたきやうに・
  身つからひそみ・御らむせられ給と・つきし
0041【つきしろひめくはす】-サシツキテ詞ニハイワヌ体也
  ろひめくはす・君はいとあはれとおもほして・
0042【君】-源
  いはけなかりけるほとに・思へき人/\の
0043【いはけなかりけるほとに】-源ノ御詞
  うちすてゝものし給にけるなこりはくゝむ
  人・あまたあるやうなりしかと・したしく
0044【あまたあるやう】-高位ハ乳母アマタアルヘシ
  おもひむつふるすちは・又なくなんおもほえ
  し・人となりてのちは・かきりあれは・あさ
0045【人となりて】-長而 又為人冠着ヨリ也
  ゆふにしも・えみたてまつらす・心のまゝにと」4ウ
  ふらひまうつる事はなけれと・猶ひさし
  う・たいめむせぬ時は心ほそくおほゆるを・
  さらぬわかれはなくもかなとなん・こまやかに
0046【さらぬわかれ】-\<朱合点> 老ヌレハサラヌ別(古今900・業平集57・伊勢物語153、源氏釈・奥入・異本紫明抄・河海抄) 世ノ中ニサラヌワカレ(古今901・業平集58・伊勢物語154、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  かたらひ給て・をしのこひ給へるそてのにほひ
0047【をしのこひ】-泪
  も・いと(と+所<朱>)せきまてかほりみちたるに・けによ
  におもへはをしなへたらぬ人の・みすくせそ
0048【みすくせそかし】-御宿世也
  かしと・あま君を・もとかしと見つることも・
  みなうちしほたれけり・すほうなと又
0049【すほう】-修法也シユワウトヨムヘシ
  またはしむへき事なとをきてのたまは
  せて・いて給とて・これみつにしそくめし」5オ
  て・ありつるあふき御らむす(△&す)れは・もてな
  らしたるうつりかいとしみふかうなつ
0050【しみふかう】-爰ニテ扇ノ歌ノ詞タキモノト用之
  かしくて・おかしうすさみかきたり
    心あてにそれかとそみるしら露のひかり
0051【心あてに】-夕顔ノ上
  そへたるゆふかほの花そこはかとなくかき
0052【そこはかとなく】-誰カ手ノ筋トモナク書也
  まきらはしたるも・あてはかに・ゆへつきたれ
  はいとおもひのほかにおかしうおほえ給・これ
  みつにこのにしなるいゑはなに人のす
0053【このにしなる】-源ノ詞
0054【にしなるいゑ】-夕顔ノヤトノ事
  むそ・とひきゝたりやとのたまへは・れゐの
  うるさき御心とはおもへとも・えさは申さて・こ」5ウ
  の五六日こゝに侍れと・はうさの事をおもふ
0055【はうさ】-病者也ヒヤウシヤトヨムヘシ
  給へあつかひはへるほとに・となりの事は・えきゝ
  侍らすなとはしたなやかにきこゆれは・に
0056【にくしとこそ】-源ノ御詞
  くしとこそ思たれな・されとこのあふきの
  たつぬへきゆへありてみゆるを・なをこのは
  たりの心しれらんものをめしてとへとのたま
  へは・いりてこのやともりなるおのこをよひ
  てとひきく・やうめいのすける人のいゑ
0057【やうめいのすけ】-\<朱合点> 源氏一部ノ内難儀ト云々
  になんはへりける・おとこはゐ中にさ(さ$ま<朱>)かりて・
  めなんわかく・事このみて・はらからなと宮つ」6オ
0058【め】-女
  かへ人にて・きかよふと申・くはしき事はしも人
  のえしり侍らぬにやあらむときこゆ・さらはそ
0059【きこゆ】-惟光カ詞
0060【さらは】-源ノ詞
  の宮つかへ人なゝり・したりかほにものなれて
  いへるかなと・めさましかるへき・きはにやあらんと
  おほせと・さしてきこゑかゝれる心のにくか
  らす・ゝくしかたきそれゐのこのかたには・を
0061【このかた】-好色ノ事
  もからぬ御心なめるかし・御たゝうかみにいたう
0062【御心】-源
  あらぬさまにかきかへ給て
0063【かきかへ給て】-御手ノ跡ヲカヘ給也
    よりてこそそれかともみめたそかれに
0064【よりてこそ】-源ノ
  ほの/\みつる花のゆふかほありつるみす」6ウ
  いしんしてつかはす・また見ぬ御さま也
0065【また見ぬさま也】-夕顔ノ心
  けれと・いとしるくおもひあてられ給へる
  御そはめを・みすくさて・さしおとろかしける
  を・いらへたまはてほとへけれは・なまはし
  たなきに・かくわさとめかしけれはあまへて
  いかにきこえむなといひしろふへかめれと・
  めさましとおもひてすいしんはまいりぬ・御
0066【まいりぬ】-カヘリマイル也
  さきのまつほのかにて・いとしのひていて給ふ・
0067【さきのまつ】-タイ松ナリ
  はしとみはおろしてけり・ひま/\より見
  ゆるひのひかりほたるよりけにほのかにあはれ」7オ
0068【ほたるよりけに】-古夕サレハホタルヨリケニ(古今562・古今六帖4013・友則集12・寛平后宮歌合58、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  なり・御心さしの所には・木たちせんさい
0069【御心さし】-六条ノ御息所
  なとなへての所に・にすいとのとかにこゝろ
  にくゝすみなし給へり・うちとけぬ御あり
0070【うちとけぬ】-御息所ノ御事
  さまなとのけしきことなるに・ありつるかき
0071【ありつるかきね】-夕顔ノコト也
  ねおもほしいてらるへくもあらすかし・つと
  めてすこしねすくし給て・ひさしいつるほ
  とにいてたまふ・あさけのすかたは・けに人の
0072【あさけの】-朝明形
0073【すかた】-源ノ
  めてきこえんも・ことはりなる御さまなりけり・
  けふもこのしとみのまへわたりし給ふ・きし
0074【しとみ】-夕顔ノ
  かたもすき給けんわたりなれと・たゝはかなき」7ウ
  ひとふしに御心とまりて・いかなる人のす
  みかならんとはゆきゝに御めとまり給けり・これ
  光・日ころありてまいれり・わつらひ侍人
0075【わつらひ侍人】-惟カ詞
  猶よはけに侍れは・とかく見たまひあつ
  かひてなむなときこえて・ちかくまいりよ
  りてきこゆ・おほせられしのちなん・となり
  の事しりて侍ものよひてとはせ侍し
  かと・はか/\しくも申侍らす・いとしのひ
  てさ月のころほひよりものし給人なん
  あるへけれと・その人とはさらに家のうち」8オ
  の人にたにしらせすとなん申す・とき/\
  なかゝきのかひまみし侍に・けにわかき女と
0076【なかゝき】-\<朱合点> 古冬ナカラ春ノ隣ノチカケレハ中垣ヨリソ花ハチリケル<左>(古今1021・古今六帖1349・深養集18、河海抄・孟津抄)
  ものすきかけ見え侍・しひらたつもの・かう(う$こ<朱>)と
0077【しひら】-褶 ウワモノ事也
  はかりひきかけて・かしつく人侍なめり・
  昨日ゆふ日のなこりなくさしいりて侍し
  にふみかくとてゐて侍し人のかほこそ・いと
0078【かほ】-夕顔
  よく侍しか・ものおもへるけはひして・ある人
  ひともしのひて・うちなくさまなとなむ
  しるく見え侍ときこゆ・君うちゑみ給て
0079【君】-源
  しらはやとおもほしたり・おほえこそおもかる」8ウ
  へき御身のほとなれと・御よはひのほと人の
  なひきめてきこえたるさまなと・思に
  は・すき給はさらんもなさけなく・さう/\し
  かるへしかし人のうけひかぬほとにてたに・
  猶さりぬへきあたりの事は・このましうおほ
  ゆるものをと・おもひをり・もしみたまへうる
  事もや侍と・はかなきつゐてつくりい(△&い)てゝ・
  せうそこなと・つかはしたりき・かきなれ
  たるてしてくちとくかへり事なとし
  侍き・いとくちをしうはあらぬわか人ともなん」9オ
  侍めるときこゆれは・なをいひよれ・たつね
0080【なをいひよれ】-源ノ御詞
  よらてはさう/\しかりなんとの給ふ・かのしも
0081【さう/\しかり】-無曲ノ心ハ
0082【かのしもかしもと】-二ノ巻ノ品サタメノ時
  か・しもと人の思すてしすまひなれと・
  そのなかにも・思のほかにくちおしからぬを・
  みつけたらはとめつらしくおもほすなり
  けり・さてかのうつせみのあさましくつれ
0083【うつせみ】-小君カアネノ事
  なきを・このよの人にはたかひておほすに・
0084【このよの人にたかひて】-カクヤヒメノ事引
  おいらかならましかは・心くるしきあやまち
  にてもやみぬへきを・いとねたくまけてやみ
  なんを・心にかゝらぬおりなし・かやうのなみ/\」9ウ
  まては・おもほしかゝらさりつるを・ありしあ
  ま夜のしなさためのゝち・いふかしくおも
  ほしなる・しな/\あるに・いとゝくまなくな
  りぬる御心なめりかし・うらもなくまちき
  こえかほなるかたつかた人を・あはれとおほさぬ
0085【かたつかた人】-軒ハノ荻
  にしもあらねと・つれなくてきゝゐたらむ
0086【つれなくて】-ウツセミノ事
  事のはつかしけれは・まつこなたの心みはて
0087【こなた】-ウツセミ
  てとおほすほとに・いよの介のほりぬ・まつ
  いそきまいれり・ふなみちのしわさとて・
0088【まいれり】-源氏へ
  すこしくろみやつれたるたひすかた・いと」10オ
  ふつゝかに・心つきなし・されと人もいやしからぬ
  すちに・かたちなとねひたれときよけにて・
0089【ねひ】-老也
  たゝな(△&な)らすけしきよしつきてなとそ・
  ありける・くにの物語なと申すに・ゆけたは
0090【ゆけたはいくつと】-伊与ノ湯ノユケタハイクツ(風俗歌)
  いくつととはまほしくおほせと・あひなく
  まはゆくて・御心のうちに・おほしいつる
  事も・さま/\なり・ものまめやかなるおとな
  を・かくおもふもけにおこかましく・うしろ
  めたきわさなりや・けにこれそ・なのめならぬ
  かたわ(わ+な)へかりけると・むまのかみのいさめ・おほ」10ウ
  しいてゝ・いとおしきに・つれなき心はねた
  けれと・人のためは・あはれとおほしなさる・
  むすめをはさるへき人にあつけて・きた
0091【むすめ】-軒ハノ荻也
0092【きたの方】-ウツセミ
  の方をはゐてくたりぬへしときゝ給に・ひとかた
  ならす心あはたゝしくて・いまひとたひはえある
  ましきことにやと・こきみをかたらひ給へと・人の
0093【こきみを】-ウツセミノ兄弟
  心をあわせたらんことにてたに・かろらかに・え
  しもまきれ給ましきを・ましてにけなき
  ことにおもひて・いまさらに見くるしかるへしと
  思はなれたり・さすかにたえておもほし」11オ
0094【思はなれ】-ウツノ心
  わすれなん事も・いといふかひなく・うか
  るへきことに思て・さるへきおり/\の御い
  らへなと・なつかしくきこえつゝ・なけのふて
  つかひにつけたる事のは・あやしくら
  うたけに・めとまるへきふしくはへなとし
  て・あはれとおほしぬへき人のけはひなれは・
  つれなくねたきものゝわすれかたきにおほ
  す・いまひとかたは・ぬしつよくなるとも・かはらす
0095【いまひとかた】-軒ハノ荻
  うちとけぬへくみえしさまなるをたのみ
  て・とかくきゝ給へと・御心もうこかすそあり」11ウ
  ける・秋にもなりぬ・人やりならす・こゝろ
0096【秋にもなりぬ】-夏ヨリ秋ニウツル
0097【人やりならす】-古人ヤリノ道ナラ<頭>(古今388・新撰和歌185、異本紫明抄・河海抄・孟津抄)
  つくしにおほしみたるゝ事ともあり
  て・おほとのにはたえまをきつゝ・うらめし
0098【おほとの】-葵ノ上ノ御父
  くのみおもひきこえ給へり・六条わたり
  にも・とけかたかりし御けしきを・おもむけ
  きこえ給てのち・ひき返しなのめならん
0099【なのめ】-十分ナラヌ事也
  は・いとをしかし・されとよそなりし御心
  まとひのやうに・あなかちなる事はなきも・
  いかなる事にかとみえたり・をんなはいとも
0100【をんなはいとものをあまりなるまておほししめたる御心さまにて】-物ノケノ事奥ニ書ヘキ端也
  のをあま(ま$ま)りなるまておほししめたる御心」12オ
  さまにて・よはひのほとも・にけなく人のもり
0101【よはひのほと】-六宮ハ源ヨリ姉也源十六宮ス廿四
  きかむに・いとゝかくつらき御よかれのねさめ/\
  おほししほるゝこといとさま/\なり・霧
  のいとふかきあした・いたくそゝのかされ給て
  ねふたけなるけしきにうちなけきつゝ
  いて給ふを・中将のおもと・みかうしひとまあけ
0102【中将のおもと】-六宮ノ官女
  て・見たてまつりをくり給へと・おほしく・
  みき丁ひきやりたれは・御くしもたけて
  見いたし給へり・せむさいの色/\みたれ
  たるを・すきかてにやすらひ給へるさま」12ウ
0103【すきかてに】-難過也
  けにたくひなし・らうのかたへおわするに・中
0104【らう】-廊也
  将の君御ともにまいる・しをんいろのおりにあ
0105【あひたる】-アイタルト句ヲ切テウスモノヽモト心得ヘシ紫苑色ノキヌニウスモノヽモ也
  ひたる・うすもののも・あさやかにひきゆひたる
  こしつき・たおやかになまめきたり・みかへり
0106【こし】-腰也
0107【みかへり】-源ノ
  給てすみのまのこうらんにしはしひきすへ
0108【ひきすへ】-中将ヲ
  たまへり・うちとけたらぬもてなしかみの
  さかりは・めさましくもと見たまふ
    咲花にうつるてふなはつゝめとも
0109【咲花に】-源ノ中将ニツカワス
  おらてすきうきけさのあさかほいかゝ
  すへきとて・ゝをとらへたまへれは・いとなれてとく」13オ
0120【てを】-手也
0121【なれて】-早ク也
    あさきりのはれまもまたぬけしき
0122【あさきりの】-中将
  にて花に心をとめぬとそみるとおほやけこと
0123【花に心を】-花ニ心トハ宮ス所ニトリナシテ云也
0124【おほやけこと】-宮ス所ノ御事に也
  にそきこえなす・おかしけなるさふらひわら
0125【さふらひわらは】-童女也
  はのすかたこのましう・ことさらめきたるさし
  ぬき(き+の<朱>)すそ露けゝにはなのなかにましりて
  あさかほおりてまいるほとなと・ゑにかゝまほし
  けなり・おほかたにうちみたてまつる人たに
  心とめたてまつらぬはなし・ものゝなさけしらぬ
  やまかつも・はなのかけにはなをやすらはま
0126【やまかつもはなのかけには】-\<朱合点> 古今ノ序ニアリ
  ほしきにや・この御ひかりをみたてまつるあたり」13ウ
  は・ほと/\につけて・わかかなしとおもふむすめを・
  つかうまつらせはやとねかひ・もしはくちおし
  からすと・思いもうとなともたる人は・いやし
  きにても猶この御あたりにさふらはせんと・思
  よらぬはなかりけり・ましてさりぬへきつ
  いての御ことの葉も・なつかしき御けしきを
  みたてまつる人のすこしものゝこゝろおもひ
  しるは・いかゝはおろかに思きこえん・あけくれう
  ちとけてしもおはせぬを・心もとなきことに
  おもふへかめり・まことやかのこれみつか・あつ」14オ
0127【これみつかあつかりのかいまみ】-惟光カ夕顔ノメシロニ付タ人ヲアツカリト云
  かりの・かいま見は・いとよくあないみとりて
  申す・その人とはさらにえおもひみ(み$え<朱>)侍らす・人に
  いみしく・かくれしのふるけしきになむ
  見え侍を・つれ/\なるまゝに・みなみのはしとみ
  あるなかやにわたりきつゝ(る&ゝ)・くるまのをとすれ
0128【なかや】-中屋也俗ニ中居
  は・わかきものとものゝそきなとすへかめるに・
  このしうとおほしきも・はひわたる時はへか
0129【しう】-夕顔
  める・かたちなむほのかなれと・いとらうたけ
  に侍へる・一日さきをひてわたるくるまの侍
  しを・のそきてわらはへのいそきて・右近の」14ウ
0130【右近の君】-夕顔ノ乳母
  君こそまつものみ給へ・中将とのこそこれより
0131【中将との】-頭ノ中将源氏ノコシウト也
  わたり給ぬれといへは・またよろしきおとない
  てきて・あなかまとてかくものから・いかてさはし
0132【あなかま】-\<朱合点> 物ナ云ソト云
0133【てかく】-手掻
  るそ・いてみむとてはひわたる・うちはしたつ
0134【うちはし】-ウチ渡ス橋ト云
  物をみちにてなむかよひ侍・いそきくるものは・き
  ぬのすそをも(△&も)のにひきかけて・よろほひたふ
  れて・はしよりもおちぬへけれは・いてこのかつら
  きのかみこそ・さかしうしをきたれと・むつかりて
0135【さかしう】-ワロク也
  ものゝそきのこゝろもさめぬめりき・君は御な
0136【君は】-頭中将ノ事ヲ小人ノ詞也
  をしすかたにてみすいしんとももありし・」15オ
  なにかしくれかしとかすえしは頭中将
  のすいしん・そのことねりわらはをなんしるしに
0137【ことねりわらは】-小舎人童也小舎人トハ童ノ惣名也少将ノ召具スルヲ云也
  いひはへりしなときこゆれは・たしかにその
  くるまをそ見ましとのたまひて・もしかのあ
  はれに・わすれさりし人にやとおもほしよるも・
0138【わすれさりし人】-二ノ巻ノナテシコヨミシ事也
  いとしらまほしけなる御けしきをみて・わた
  くしのけさうもいとよくしをきて・あないも
  のこる所なく見給へをきなから・たゝわれとち
  としらせて・ものなといふ・わかきおもとの侍
  を・そらおほれしてなむ・かくれさ(さ#ま<朱>)かりあり」15ウ
  く・いとよくかくしたりとおもひて・ちいさき
  こともなとの侍か・ことあやまりしつへきも・
  いひまきらはして・また人なきさまをしゐて
  つくり侍なとかたりてわらふ・あま君のとふ
0139【あま君の】-源ノ御詞
  らひにものせんつゐてにかいま見せさせ
  よとのたまひけり・かりにてもやとれるす
  まひのほとを思に・これこそかの人のさため
0140【かの人のさため】-雨夜ノシナサタメノ事也
  あなつりし・しものしなゝら(△&ら)め・そのなかに
  おもひのほかにおかしき事もあらはなと
  おほすなりけり・これみついさゝかの事も」16オ
  御心にたかはしと思に・をのれもくまなき
  すき心にて・いみしくたはかりまとひあり(△△&あり)
  きつゝ・しひておはしまさせそめてけり・この
0141【このほとの事くた/\しけれはれいのもらしつ】-草子ノ地
  ほとの事くた/\しけれはれいのもらし
0142【くた/\しけれは】-細砕日本記
  つ・女さしてその人とたつねいて給はねは・われ
0143【われ】-源氏ノ
  もなのりをし給はて・いとわりなくやつれ給
  つゝ・れいならすおりたちありき給は・をろかに
  おほされぬなるへしとみれは・わかむまをは・たて
0144【わかむまをは】-惟光カ馬ヲ源ヘ
  まつりて御ともにはしりありく・けさう
0145【けさうひと】-気装人又仮相人惟光我ナカラノ心
  ひとのいとものけなきあしもとを見つけられ」16ウ
  て侍らんとき・からくもあるへかなと(ゝ&と)わふれと・
  人にしらせ給はぬまゝに・かのゆふかほのしるへ
  せしすいしんはかり・さてはかほむけにしる
  ましきわらはひとりはかりそ・ゐておはしける・
  もし思よるけしきもやとて・となりになかや
  とりをたにし給はす・女もいとあやしく・
0146【女】-夕顔
  心えぬ心ちのみして・御つかひに人をそへ・
  あか月の道をうかゝはせ御ありか見せむと
  たつぬれと・そこはかとなく・まとはしつゝ・
  さすかにあはれにみては・えあるましく」17オ
  この人の御心にかゝりたれは・ひむなくかろ/\
  しき事とおもほしかへしわひつゝ・いとし
0147【しは/\】-シケク也
  は/\おはします・かゝるすちはまめ人のみた
  るゝおりもあるを・いとめやすくしつめ給て・
  人のとかめきこゆへきふるまひはし給はさり
  つるを・あやしきまて・けさのほとひるまのへ
  たても・おほつかなくなとおもひわつらはれ給
  へは・かつはいとものくるおしく・さまてこゝろ
0148【さまて】-源ノ我ト也
  とゝむへき事のさまにもあらすと・いみしく
  思さまし給に・人のけはひいとあさましく・」17ウ
0149【思さまし給】-\<朱合点> イツクニカ思ヒサムルトミル人ノ心ナラテソウキ所ナキ(出典未詳)
  やはらかにおほときて・ものふかくをもきかたは
  をくれてひたふるにわかひたるものから・
0150【をくれてひたふるにわかひたるものから】-此一段皆夕顔ノアリサマ
  よをまたしらぬにもあらす・いとやむことなき
  にはあるまし・いつくにいとかうしもとまる
  心そと・かへす/\おほす・いとことさらめきて・
  御さうそくをもやつれたるかりの御そをたて
0151【かりの御そ】-狩衣 短裳<カリキヌ>
  まつる・さまをかへかほをもほのみせたまは
  す・夜ふかきほとに・人をしつめていていり
  なとし給へは・むかしありけんものゝへむ
  けめきて・うたておもひなけかるれと・人の」18オ
  さ(さ$御<朱>)けはひはたてさくりもしるへきわさ
  なりけれは・たれはかりにかはあらむ・猶この
  すきものゝしいてつるわさなめりと・たいふ
0152【たいふ】-惟光カ事
  をうたかひなから・せめてつれなくしらすかほ
  にてかけておもひよらぬさまにたゆま(ま$ま<朱>)すあ
  されありけは・いかなることにかと心えかたく女
  かたもあやしうやうたかひたる物おもひ
0153【やうたかひたる】-不審也
  をなむしける・君もかくうらなくたゆ
0154【君も】-源ノ
  めて・はひかくれなは・いつこをはかりとか我
  もたつねん・かりそめのかくれかと・はた見ゆ」18ウ
  めれは・いつかたにも/\うつろひゆかむ日を・
  いつともしらしとおほすに・をひまとはして・
  なのめにおもひなしつへくは・たゝかはかり
  のすさひにてもすきぬへきことを・さらに
  さてすくしてんとおほされす・と(と#<朱>)人めをお
  ほしてへたてをき給よな/\なとはいとしのひ
  かたくく(△&く)るしきまておほえ給へは・なをた
  れとなくて・二条院にむかへてん・もしき
0155【二条院】-源ノ住給フ所
  こえありて・ひんなかるへき事なりとも・さる
  へきにこそは・我心なからいとかく人に・しむ」19オ
  事はなきを・いかなる契にかはありけんなと
  おもほしよる・いさいと心やすき所にてのと
0156【いさ】-源ノ夕顔ニノ御詞
  かにきこえんなとかたらひ給へは・なをあやし
0157【なをあやしう】-夕顔ノ心詞
  うかくのたまへと・よつかぬ御もてなしなれは・
  ものおそろしくこそあれと・いとわかひていへ
  は・けにとほをゑまれ給て・けにいつれかき
0158【けにと】-源ノ御心詞
  つねなるらんな・たゝはかられ給へかしとなつかし
0159【はかられ給へ】-タハカラレ給ヘ也
  けにのたまへは・女もいみしくなひきてさも
0160【女】-顔也
  ありぬへく思たり・よになくかたはなる事也
  とも・ひたふるにしたかふ心はいとあはれけ」19ウ
  なる人と見たまふに・なをかの頭中将のと
0161【とこなつ】-二ノ巻ニアリ
  こなつうたかはしく・かたりし心さままつ
  おもひいてられ給へと・しのふるやうこそはと
  あなかちにもとひいてたまはす・けしき
  はみて・ふとそむきかへ(へ$く<朱>)るへきこゝろさま
  なとはなけれは・かれ/\にとたえをかむおり
0162【かれ/\に】-頭中ナト絶ノ故ニ如此成タル人ナレハナリ
  こそは・さやうにおもひかはることもあらめ・心
0163【ことも】-ト絶マシキト也
  なからもすこしうつろふ事あらむこそ
  あはれなるへけれとさへおほしけり・八月
0164【八月】-ハツキトモヨム
  十五夜くまなき月かけひまおほかる・いた」20オ
0165【いた屋】-夕顔ノ宿也
  屋のこりなくもりきて・見ならひたま
  はぬすまゐの・さまもめつらしきに・あか月
  ちかくなりにけるなるへし・となりのいゑ/\
  あやしきしつのおのこゑ/\めさまして・
  あはれいとさむしや・ことしこそなりはひにも
0166【あはれ】-シツノヲノ語
0167【なりはひ】-農
  たのむところすくなく・ゐ中のかよひも思
  かけねは・いと心ほそけれ・きたとのこそきゝ給ふ
0168【きたとの】-誰共ナシ
  やなと・いひかはすもきこゆ・いとあはれなる
  をのかしゝのいとなみに・おきいてゝ・そゝめき
0169【をのかしゝ】-各自恣
  さはくもほとなきを・女いとはつかしくおもひ」20ウ
0170【女】-顔
  たり・えんたちけしきはまむ人は・きえ
  もいりぬへきすまひのさまなめりかし・さ
  れと・のとかにつらきもうきもかたはらいた
  きことも思いれたるさまならて・わかもてな
  しありさまはいとあてはかにこめかしく
  て・またなくらうかはしきとなりのよう
0171【らうかはしき】-ミタリカワシキ<朱>
  いなさを・いかなる事ともきゝしりたるさま
0172【きゝしりたる】-夕顔ノ上ノ体
  ならねは・なか/\はちかゝやかんよりは・つみ
  ゆるされてそ見えける・こほ/\となる神
  よりも・おとろ/\(ゝ&/\)しく・ふみとゝろかすから」21オ
0173【からうす】-碓
  うすのをとも・まくらかみとおほゆる・あな
0174【まくらかみ】-枕ニ近キ也枕上
  みゝかしかましと・これにそおほさるゝ・なに
  のひゝきともきゝいれ給はす・いとあやしう
0175【きゝいれ給はす】-源ノ
  めさましきおとなひとのみきゝたまふ・
  くた/\しきことのみおほかり・しろたへの衣
0176【しろたへの衣】-シロキ袷也
  うつきぬたのをともかすかに・こなたかなた
  きゝわたされ・そらとふかりのこゑとりあつ
  めてしのひかたきことおほかり・はしちかき
  おまし所なりけれは・やりとをひきあけ
  てもろともに見いたしたまふ・ほとなきには」21ウ
  にされたるくれ(れ+竹<朱>)・せむさいのつゆはなを
0177【されたるくれ竹】-枝ナトノユカミタル竹也
  かゝる所もおなしこときらめきたり・むしの
  声/\みたりかはしく・かへのなかのきり/\
  すたにまとをにきゝならひたまへる・
  御みゝにさしあてたるやうに・なきみたるゝ
0178【御みゝ】-源氏
  をなか/\さまかへておほさるゝも・御心さし
  ひとつのあさからぬに・よろつのつみゆるさ
  るゝなめりかし・しろきあはせうす色の・
0179【しろきあはせ】-夕顔
  なよゝかなるをかさねて・はなやかならぬ
0180【なよゝかなる】-薄色柔
  すかた・いとらうたけにあえかなる心ち」22オ
  して・そこと・とりたて(ゝ&て)ゝすくれたる事
  もなけれと・ほそやかにたを/\として・
  物うちいひたるけはひあな心くるしと・
  たゝいとらうたく見ゆ・心はみたるかたを
  すこしそへたらはと・みたまひなから・猶うち
  とけてみまほしくおほさるれは・いさたゝこ
0181【みまほしく】-源ノ夕顔ノ上ヲ
  のわたりちかき所に心やすくて・あかさむ・か
  くてのみは・いとくるしかりけりとのたまへは・
  いかて(て+か<朱>)にわかならんと・いとおいらかにいひて
0182【いかてか】-顔ノ詞
  ゐたり・この世のみならぬ契なとまてたの」22ウ
  めたまふに・うちとくる心はへなと・あや
  しく・やうかはりて・よなれたる人ともおほ
  えねは・人のおもはむ所もえはゝかり給はて・
  右近をめしいてゝすいしんをめさせた
0183【右近】-夕顔ノ上ノ仕女房
  まひて・御くるまひきいれさせ給・このある
  人/\もかゝる御心さしのおろかならぬを
  見しれは・おほめかしなからたのみかけ
  きこえたり・あけかたもちかうなりにけり・
  とりのこゑなとはきこえて・みたけさうし
0184【みたけさうし】-御嶽精進ハ三年ノモノ也 明玉朝モヨヒキノ川上ヲナカムレハカネノミタケニ雪フリニケリ(夫木抄11238、休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  にやあらん・たゝおきなひたるこゑに・ぬか」23オ
0185【ぬかつく】-礼拝スル事也<右> 額突 ヲカム也<左>
  つくそきこゆる・たちゐのけはひたへ
  かたけにおこなふ・いとあはれにあしたの
0186【あしたの露にことならぬ】-朝露貧名利 夕陽憂子孫
  露にことならぬよを・なにをむさほる身の
  いのりにかときゝ給ふ・南無当来導師
0187【南無当来導師】-河海ニクワシクアリ
  とそおかむなる・かれきゝたまへこの世とのみ
  はおもはさりけりと・あはれかりたまひて
    うはそくかおこなふみちをしるへにて
0188【うはそくか】-源ノ御哥 ウハソクハ山伏ナトノ心
  こむ世もふかき契たかふな長生殿のふる
0189【長生殿のふるき】-\<朱合点>
  きためし
ゆゝしくて・はねをかはさむとは・
0190【ゆゝしくて】-イマ/\シキ也
  ひきかへてみろくのよをかねたまふ・ゆく」23ウ
  さきの御たのめ・いとこちたし
0191【こちたし】-ヲヒタヽシキナリ ヲホキ心
    さきの世の契しらるゝ身のうさに
0192【さきの世の】-顔ノ返 サキノ世ハ後ノ事也親ナトニモ頭ノ中将ニモ早ク別タレハ行スヱモアヤウシト也
  ゆくすゑかねてたのみかたさよかやうの
  すちなとも・さるは心もとなかめり・いさよふ
0193【いさよふ月に】-\<朱合点>
  月にゆくりなく・あくかれんことを・女は思
0194【ゆくりなく】-不意ト書カヘリミモナキ也
  やすらひ・とかくの給ふほと・にはかに・くもかく
0195【にはかに】-凶ナルヨシナリ
  れて・あけゆく空いとおかしはしたなき
  ほとにならぬさきにと・れゐのいそき
  いて給て・かろらかにうちのせたまへれは
  右近そのりぬる・そのわたりちかきなにかし」24オ
0196【なにかしの院】-河原院ノ事也融公ノ所
  の院におはしましつきて・あつかり・めし
0197【あつかり】-諸院ニ別当アツカリアリ
  いつる程あれたるかとのしのふくさしけり
  て・見あけられたる・たとしへなくこくらし・
  きりもふかく露けきに・簾をさへあけ
  給へれは・御そてもいたくぬれにけり・また
  かやうなることをならはさりつるを・心つく
  しなることにもありけるかな
    いにしへもかくやは人のまとひけん我また
0198【いにしへも】-源氏ノ
  しらぬ篠の目のみちならひたまへりや
  とのたまふ・女はちらひて」24ウ
    山のはの心もしらてゆく月はうはの
0199【山のはの】-顔ノ 源ノ御心モシラテト也
  空にて影やたえなむ心ほそくとて・ものおそ
0200【影やたえなむ】-顔ノワカ身ノ事
  ろしうすこけにおもひたれは・かのさしつとひ
0201【さしつとひたるすまひ】-下京ノ事
  たるすまひのならひならんとおかしくお
0202【すまひ】-顔ノ小家ノ事
  ほす・御車いれさせてにしのたいにおまし
  なとよそふほと・かうらんに御くるまひきか
  けてたちたまへり・右近ゑんある心ちし
  て・きしかたの事なとも人しれす思ひい
0203【きしかたの事】-頭中ノ事
  てけり・あつかりいみしく・けいめいしありく
0204【けいめいしありく】-驚テナト云心也カシコマル心
  けしきにこの御ありさましりはてぬ・」25オ
  ほの/\とものみゆるほとにおりたまひぬ
0205【おりたまひぬ】-車ヨリ
  めり・かりそめなれときよけにしつらひたり・
  御ともに人もさふらはさりけり・ふひんなる
  わさかなとて・むつましきしもけいしにて・殿
0206【しもけいし】-下家司也
0207【殿にも】-葵ノ上ノ父
  にもつかうまつるものなりけれは・まいりより
  て・さるへき人めすへきにやなと申さすれ
  と・ことさらに人くましきかくれかもとめたる
  なる(る$り<朱>)・さらに心よりほかに・もらすなとくちかた
  めさせ給・御かゆなといそきまいらせたれと・
  とりつく御まかなひうちあはす・またし」25ウ
0208【あはす】-似合ぬ也
  らぬことなる御たひねに・おきなかゝ(△&ゝ)はとちきり
0209【おきなかゝは】-\<朱合点> にほ鳥のおき中川はかはるとも君とかたらふ事つきめやは<朱>(古今六帖1499・万葉集4482、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  給ことよりほかのことなし・ひたくるほとにおき
  給て・かうしてつからあけたまふ・いといたく
0210【てつから】-源ノ
  あれて人めもなく・はる/\と見わたされ
  て・こたちいとうとましくものふりたり・
  けちかきくさきなとはことに見ところな
  く・みな秋のゝ(ゝ+ら)にて・いけもみくさにうつ
0211【秋のゝらにて】-\<朱合点> 里ハアレテ人ハフリニシヤトナレヤ庭モマカキモ秋ノ野らナル<朱>(古今248・古今六帖1317・遍昭集20、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  もれたれは・いとけゝ(ゝ$う<朱>)とけになりにける所
0212【けうとけに】-ウトクト云心ニヨム
  かな・へちなうのかたにそ・さうしなとして・
0213【へちなう】-別納也小寝殿也
0214【さうし】-曹子
  人すむへかめれと・こなたははなれたり・」26オ
  けうそ(そ$と<朱>)くもなりにける所かな・さりともお
0215【けうとく】-気疎也
  になともわれをは見ゆるしてんとの給ふ・か
  ほはなをかくし給へれと・女のいと・つらしと
  おもへれは・けにかはかりにてへたてあらむも・
  ことのさまに・たかひたりとおほして
    夕露にひもとく花は玉ほこのたよ
0216【夕露に】-源ノ
  りにみえしえにこそありけれつゆのひ
0217【えに】-縁也
  かりやいかにとの給へは・しりめに見おこせて
    光ありと見しゆふかほのうは露はたそ
0218【光ありと】-顔ノ返哥也源氏ト見シハ空目ナリケリト云心也光ナシトソシルニハアラス今コソ真実ノ源ト見シト云也
  かれ時のそらめなりけりとほのかにいふおかし」26ウ
0219【おかしとおほしなす】-源ノ
  とおほしなす・けにうちとけたまへる
  さま・よになくところから・まいてゆゝしき
0220【さま】-源
  まて見え給・つきせす・へたてたまへるつ
0221【つきせす】-源ノ御詞
  らさに・あらはさしと・おもひつるものを・いま
  たになのりし給へ・いとむくつけしとの給
0222【なのりし給へ】-顔に
  へと・あまの子なれはとて・さすかにうちとけ
0223【あまの子なれは】-\<朱合点> 白波ノヨスル渚ニ世ヲツクス海士ノ子ナレハ宿モサタメス<頭朱>(新古今1703・和漢朗詠722、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ぬさま・いとあひたれたり・よしこれも・我からな
0224【あひたれたり】-ヨハ/\シキ体也
0225【我からなめり】-\<朱合点> アマノカル藻ニスムノ哥(古今807・新撰和歌351・古今六帖1875・伊勢物語120、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 顔ノ海士ノ子ナレハノ哥ヲ引故ニ又アマノカルモノ哥引給也面白シ
  めりとうらみ・かつはかたらひくらし給・これみつ
  たつねきこえて・御くた物なとまいらす・
  右近か・いはむことさすかにいとをしけれは・」27オ
  ちかくもえさふらひよらす・かくまてたとりあ
0226【かくまて】-惟光カ心中
  りき給ふ・おかしうさもありぬへきありさま
  にこそはと・をしはかるにも・我いとよく思ひより
  ぬへかりしことを・ゆつりきこえて・心ひろさよ
  なと・めさましうおもひをる・たとしへなく
  しつかなるゆふへの空をなかめ給て・おくの
  かたはくらう物むつかしと女はおもひたれは
  はしの簾をあけてそひふし給り夕
0227【そひふし】-副臥
  はへを見かはして女もかゝるありさまを・思ひ
  のほかにあやしき心地はしなから・よろつ」27ウ
  のなけきわすれて・すこしうちとけ行
  けしきいとらうたし・つと御かたはらに(に#に)・そひ
  くらして・ものをいとおそろしと思ひたるさま・
  わかう心くるし・かうし・とくおろし給て・おほ
  となふらまいらせて・なこりなくなりにたる
  御ありさまにて・なを心のうちのへたてのこし
  たまへるなむ・つらきとうらみ給うちにい
0228【うち】-御門
  かに・もとめさせ給らんを・いつこにたつぬらん
0230【もとめ】-尋也
  と・おほしやりて・かつはあやしの心や・六条は
  たりにもいかに思みたれたまふらん・うらみ」28オ
  られんにくるしうことはりなりと・いとをし
  きすちはまつおもひきこえ給・なに心もなき
0231【なに心もなき】-顔ノ体
  さしむかひを・あはれとおほすまゝに・あまり心
0232【心ふかく】-顔ニ六宮スヲ思クラヘ給
  ふかく・見る人もくるしき御ありさまを・す
  こしとりすてはやと思くらへられ給ける・よ
  ひすくるほと・すこしねいり給へるに・御ま
  くらかみに・いとおかしけなる・女いて・をのかいと
0233【女】-物ノケノ女也六宮也
0234【をのかいと】-物ノケノ詞
  めてたしと見たてまつるをは・たつねおもほさて・
  かくことなることなき人をいておはして・とき
  めかし給こそ・いとめさましくつらけれとて・」28ウ
  この御かたはらの人をかきをこさむとすとみ給・
0235【人を】-顔也
  物におそはるゝ心ちして・おとろき給へれは・火も
  きえにけり・うたておほさるれは・たちをひき
  ぬきて・うちをき給て・右近をおこし給・これも
  おそろしと思たるさまにてまいりよれり・わた
0236【わた殿なる】-源ノ御詞
  殿なるとのゐ人おこして・しそくさして
  まいれといへとのたまへは・いかてかまからんくらう
0237【いかてかまからん】-右近カ詞
  てといへは・あなわか/\しとうちわらひ給ひ
0238【あなわか/\し】-源ノ御詞
  て手をたゝき給へは・やまひこのこたふるこゑ
0239【やまひこ】-\<朱合点> 山孫<ヒコ><右> 古打ワヒテヨハヽンコエニ山<頭>(古今539・後撰969・古今六帖997・貫之集655、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  いとうとまし・人は(は$え<朱>)きゝつけてまいらぬに・」29オ
  この女君いみしくわなゝきまとひて・いか
0240【女君】-顔
  さまにせむとおもへり・あせもしとゝになり
0241【しとゝになりて】-\<朱合点> 秋霧ノシトヽニヌレテヨフコトリサホノ山ヘニ鳴渡ル也<左>(出典未詳、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  て・われかのけしきなり・物をちをなんわり
0242【われかの】-ワレカ人カノ心也
0243【物をちを】-右近カ詞
  なくせさせたまふ・本上にて・いかにおほさるゝ
  にかと・右近もきこゆ・いとかよはくて・ひるも
  そらをのみ見つるものをいとおしとおほして・
0244【そらをのみ見つる】-死相ノ一也
0245【いとおし】-憐也
  われ人を・おこさむ手たゝけは山ひこのこた
  ふるいとうるさし・こゝにしはしちかくとて・
  右近をひきよせ給てにしのつまとにいてゝ・
  とををしあけ給へれは・わたとのゝ火もきえに」29ウ
  けり・風すこしうち吹たるに・人はすくなくて・
  さふらふかきりみなねたり・この院のあつか
  りのこ・むつましくつかひたまふわかきおのこ・
  又うへはらはひとりれゐのすい身はかりそあり
0246【うへはらは】-殿上童
  ける・めせは御こたへしておきたれは・しそくさし
  てまいれ・すいしんも・つるうち(△&ち)してたえす・
0247【つるうちして】-\<朱合点> 万アツサ弓末ノ原ニ鳥カリスル君カユツルノタエント思フナ(万葉集2646、河海抄・孟津抄)
  こわつくれとおほせよ・人はなれたる所に・心
  とけて・いぬるものか・これ光の朝臣のきたり
0248【いぬる】-ネル事
  つらんはと・ゝはせ給へは・さふらひつれと・おほせ
  こともなしあか月に御むかへにまいるへき」30オ
  よし申てなんまかて侍りぬるときこゆ・この
  かう申す物はたきくちなりけれは・ゆつるいと
0249【たきくち】-殿イ人也左近ニアタルヨイノ程也亥ノ時也
  つき/\しくうちならして・ひあやうしと
0250【ひあやうし】-誰何火行
  いふ/\・あつかりかさこ(こ#う<朱>)しのかたにいぬなり・うち
0251【うち】-大内
  を・おほしやりて・なたいめんは・すきぬらん・た
0252【なたいめん】-\<朱合点> 名対面
0253【たきくちのとのゐ申】-\<朱合点>
  きくちのとのゐ申いまこそとをしはかり給は・
  またいたうふけぬにこそは・返いりて・さくり
0254【返いりて】-源ノ
  給へは・女君はさなからふして・右近はかたはらに
  うつふし/\たり・こはなそ・あなものくるおしの
0255【こはなそ】-源ノ詞
  ものをちや・あれたる所は・きつねなとやう」30ウ
  のものゝ人をおひやかさんとて・けおそろしう
  おもはするならん・まろあれはさやうの物には・おと
  されしとて・ひきおこし給・いとうたてみたり心ち
0256【いとうたて】-右近カ詞
  のあしう侍れは・うつふし/\て・侍や・御まへにこそ・
0257【御まへ】-顔
  わりなくおほさるらめといへは・そよなとかう
0258【そよなとかう】-源ノ顔ニ御詞
  はとて・かひさくり給ふに・いきもせす・ひきうこ
  かしたまへと・なよ/\として・われにもあらぬ
  さまなれは・いといたくわかひたる人にて・物に
  けとられぬるなめりと・せむかたなき心ちし
  給・しそくもてまいれり・右近も・うこくへき」31オ
  さまにもあらねは・ちかきみ几帳をひきよせて・
  なをもてまいれとの給・れいならぬ事にて・御まへ
  ちかくも・えまいらぬつゝましさに・なけし
  にもえのほらす・なをもてこや・所にしたかひ
  てこそとて・めしよせて見給へは・たゝこのま
  くらかみにゆめに見えつる・かたちしたる女・
  おもかけにみえてふときこ(こ#<朱>)えうせぬ・むかしの
0259【むかしの物かたり】-\<朱合点>
  物かたりなとにこそ・かゝる事はきけと・いと
  めつらかにむくつけゝれと・まつこの人いかに
  なりぬるそと・おもほす心さはきに身のうへ」31ウ
  もしられ給はす・そひふしてやゝとおとろかし
0260【おとろかし】-源ノ
  給へと・たゝひえに・ひえ入て・いきはとくたえ
0261【ひえ入て】-顔
0262【いき】-息
  はてにけり・いはむかたなし・たのもしく・
  いかにといひふれ給へき人もなし・ほうし
  なとをこそはかゝるかたのたのもしきものには
  おほすへけれと・さこそつよかり給へと・わかき
0263【さこそ】-源ノ心
  御心にて・いふかひなくなりぬるを・見たまふに
0264【いふかひなくなりぬる】-顔ノ死スル事
  やるかたなくて・つといたきて・あか君いきいて
0265【あか君】-我君也
  給へ・いといみしきめなみせ給そとのたまへと・
  ひえ入にたれは・けはひものうとくなりゆく・」32オ
  右近はたゝあなむつかしと思ける心ち・み
  なさめてなきまとふさまいといみし・南殿の
0266【南殿】-ナテン<朱>
  おにのなにかしのおとゝ・おひやかしけるた
  とひ
・おほしいてゝ・心つよく・さりともい
  たつらになりはて給はし・よるのこゑはおとろ/\
  し・あなかまと・いさめ給て・いとあはたゝしきに・
  あきれたる心ちし給・このおとこをめして・こゝに
0267【このおとこ】-シソクサシテマイリシ男
0268【こゝにいとあやしう】-源ノ御詞
  いとあやしう・物におそはれたる人のなや
  ましけなるを・たゝいまこれみつのあそむ
  のやとる所にまかりて・いそきまいるへき」32ウ
  よしいへとおほせよ・なにかしあさりそこに
0269【なにかしあさり】-惟光兄ノ阿闍梨也
  ものするほとならは・こゝにくへきよししのひ
  ていへ・かのあま君なとのきかむに・おとろ/\
  しくいふな・かゝるありきゆるさぬ人なり
  なとものゝたまふやうなれと・むねふたかり
  て・この人をむなしくしなしてんことの・
  いみしくおほさるゝにそへて・大かたの・む
0270【むく/\しさ】-蠢ヲソロシキ心
  く/\しさたとへんかたなし・夜中も・す
  きにけんかし・風のやゝあら/\しう吹
  たるはまして・松のひゝきこふかくきこえて・け」33オ
  しきあるとりのからこゑになきたるも・ふ
0271【とり】-梟也
  くろうはこれにやとおほゆ・うち思めくらすに・
  こなたかなたけとおく・うとましきに・人こゑ
  はせす・なとてかくはかなきやとりはとりつる
  そと・くやしさもやらんかたなし・右近は
0272【くやしさ】-悲源ノ御心
  物もおほえす・君につとそひたてまつりて・
  わなゝきしぬへし・またこれもいかならんと・
  心そらにてとらへ給へり・われひとりさかし
  き人にて・おほしやるかたそなきや・火はほ
  のかにまたゝきて・もやのきはにたてたる」33ウ
0273【またゝきて】-灯ノヒラメクヲ人ノ目タヽキニヨセタリ
0274【もや】-母屋
  ひやう風のかみ・こゝかしこのくま/\しく・
0275【くま/\しく】-カクレ/\也
  おほえ給に・ものゝあしおとひし/\とふみならし
  つゝ・うしろより/\くる心ちす・これ光とく
  まいらなんとおほす・ありかさためぬものにて・
0276【ありかさためぬ】-\<朱合点> 風ノウヘニアリカサタメぬ塵ノ身ハ行ゑモシラス成ぬヘラ也引(古今989・新撰和歌355・古今六帖798、河海抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  こゝかしこ尋けるほとに・夜のあくるほとの
  ひさしさは・千世をすくさむ心ち給・からう(う#う)し
0277【千世をすくさむ心ち】-\<朱合点> イワヌマハチト世ヲスクス心チシテ待ハマコトニ久シカリケリ引(後拾遺667、源氏釈・奥入異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  て・鳥のこゑはるかにきこゆるに・いのちをか
  けてなにのちきりにかゝるめをみるらむ・
  我心なから・かゝるすちにおほけなく・ある
0278【我心なから】-源ノ
0279【おほけなく】-藤ツホニ心カケ給事
  ましき心のむくひに・かくきしかたゆくさ」34オ
  きのためしとなりぬへきことはあるなめり・し
  のふともよにあることかくれなくて・うちに
0280【うちに】-父御門
  きこしめさむをはしめて・人の思いはん
  事・よからぬわらはへのくちすさひになるへき
  なめり・あり/\ておこかましきなをとるへき
  かなと・おほしめくらす・からうして・これみつの
  あそんまいれり・夜中あか月といはす御心に
  したかへるものゝ・こよひしもさふらはて・めし
  にさへ・おこたりつるを・にくしとおほすもの
  から・めしいれて・のたまひいてんことのあえな」34ウ
  きにふともゝのいはれ給はす・右近たいふ
0281【たいふ】-惟光
  のけはひきくに・はしめよりの事うち思い
  てられてなくを・君もえたへ(△&へ)給はて・我ひとり
  さかしかり・いたきも給へりけるに・この人にいき
0282【も給へり】-持也
0283【この人】-惟光也源ノ御心
  をのへたまひてそ・かなしきこともおほされける
  とはかりいといたくえもとゝめすなきたまふ・
  やゝためらひて・こゝにいとあやしきことのある
0284【こゝに】-源ノ惟ニ御詞
  を・あさましといふにもあまりてなんあり・
  かゝるとみの事にはす経なとをこそはすなれ
  とて・そのことゝもゝせさせんくわんなともたて」35オ
  させむとて・あま(ま#さ<朱>)りものせよといひつるはとの
  給に・昨日山へまかりのほりにけり・まついと
0285【昨日山へ】-惟光カ詞
  めつらかなることにも侍かな・かねてれいならす
0286【れいならす】-不例
  御心地ものせさせ給ことや侍つらん・さることもな
0287【さることも】-源ノ御詞
  かりつとてなきたまふさまいとおかし・けに
  らうたくみたてまつる人も・いとかなしくて・をの
  れもよゝとなきぬ・さいへととしうちねひ・
0288【よゝとなきぬ】-\<朱合点> 君ニヨリヨヽ/\ヨヽトヨヽヨヽト音ヲノミソナクヨヽ/\ヨヽト引六帖ノ哥(古今六帖2175、河海抄孟津抄・岷江入楚)
  世中のとある事と・しほしみぬる人こそ・
  ものゝおりふしは・たのもしかりけれ・いつれ
  も/\わかきとちにて・いはむかたもなけれと・こ」35ウ
  の院もりなとに・きかせむことはいとひむなか
  るへし・この人ひとりこそむつましくも
  あらめ・をのつからものいひもらしつへき・くゑ
0289【くゑそく】-ケンソクトヨム
  そくもたちましりたらむ・まつこの院を
  いておはしましねといふ・さてこれより人
  すくなゝる所は・いかてかあらんとのたまふ・けに
0290【けに】-惟カ詞
  さそ侍らん・かのふるさとは女房なとのかな
0291【ふるさと】-夕顔ノ上ノ前ノ宿
  しひにたへす・なきまとひ侍らんに・となり
  しけくとかむるさと人おほく侍らんに・をの
  つからきこえ侍らんを・山寺こそなをかやう」36オ
  の事・をのつからゆきましり・物まきるゝこと
  侍らめと・思まはして・むかし見たまへし女房
  のあまにて侍・ひむかし山の辺に・うつし
  たてまつらん・これみつか・ちゝの朝臣のめのと
  に侍しものゝ・みつわくみてすみ侍なり・
0292【みつわくみて】-\<朱合点> 後年フレハワカクロカミモ白川ノミツハクムマテナリニケル哉(後撰1219、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  あたりは・人しけきやうに侍れと・いとかこかに
0293【かこかに】-カコメル心ヒソカニ也
  侍りときこえて・あけはなるゝほとのまき
  れに御車よす・この人をえいたき給ふ
  ましけれは・うはむしろにをしくゝみて・
  これみつのせたてまつる・いとさゝやかにて・」36ウ
  うとましけもなく・らうたけなり・したゝ
  かにしも・えせねは・かみはこほれいてたるも・
  めくれまとひて・あさましう・かなしとおほ
  せは・なりはてんさまをみむとおほせと・はや
0294【はや】-惟カ詞
  御むまにて二条院へおはしまさん・人さはかし
  くなり侍らぬほとにとて・右近をそへての
  すれはかちより君にむまはたてまつりて・くゝ
  りひきあけなとして・かつはいとあやしく・
  おほえぬをくりなれと・御けしきのいみし
  きを見たてまつれは・身をすててゆくに・」37オ
  君は物もおほえ給はす・われかのさまにてお
  はしつきたり・人々いつこより・おはします
0295【人々】-二条院ノ
  にか・なやましけに・みえさせ給なといへと・み丁
  のうちに入給て・むねをゝさへておもふに・いと
0296【むねをゝさへて】-源ノ御心
  いみしけれは・なとて・のりそひて・いかさりつ
  らん・いきかへりたらんとき・いかなる心地せん・
  みすてゝゆきあかれにけりと・つらくやおも
0297【あかれ】-別ル也
  はむと・心まとひの中にもおもほすに御むね
  せきあくる心ちし給・御くしもいたく・身も
  あつき・心ちして・いとくるしくまとはれた」37ウ
  まへは・かくはかなくて・我もいたつらになり
  ぬるなめりとおほす・日たかくなれと・おき
  あかりたまはねは・人々あやしかりて・御か
  ゆなとそゝのかしきこゆれと・くるしくて・
  いと心ほそくおほさるゝに・うちより御つかひあり・
0298【うち】-父御門
  昨日えたつねいてたてまつらさりしより・
  おほつかなからせ給・大殿のきんたちまいり
0299【大殿のきんたち】-葵ノ上ノ兄弟君
  給へと・頭中将はかりをたちなからこなたに
0300【頭中将】-夕顔ノ上ノ昔ノヲトコ
  いりたまへとのたまひてみすのうちなから
  の給ふ・めのとにて侍ものゝ・この五月のころ」38オ
0301【めのと】-源ノ頭中ニ御詞
  をいより・おもくわつらひ侍しか・かしらそり
  いむことうけなとして・そのしるしにや・よみ
  かへりたりしを・このころまたおこりてよはく
  なんなりにたる・いま一たひとふらひみよと
  申たりしかは・いときなきよりなつさひし
0302【なつさひ】-ナルゝ也
  ものゝ・いまはの・きさみにつらしとやおも
  はんとおもふ給へて・まかれりしに・そのいゑな
  りける・しも人のやまひしけるか・にはかに
  いてあえて・なくなりにけるを・おちはゝ
0303【いてあえて】-死スルモノハ早ク出ス物也
  かりて・日をくらしてなんとりいて侍ける」38ウ
  を・きゝつけ侍しかは・神事なるころ・いと
  ふひんなることゝ思たまへ・かしこまりて
  えまいらぬなり・このあか月よりしはふき
  やみにや侍らん・かしらいといたくてくるしく侍
  れは・いとむらいにてきこゆることなとのたまふ・
0304【むらい】-無礼也
  中将さらは・さるよしをこそそうし侍らめ・
  よへも御あそひにかしこく・もとめたてまつら
0305【かしこく】-カタシケナク也
  せ給て・御気色あしく侍りきときこえ給
  て・たちかへりいかなるいきふれにかゝらせ
0306【いきふれ】-△風ノケカレ也
  給そや・のへやらせ給ことこそ・まことゝ思給へ」39オ
  られねといふに・むねつふれ給て・かくこま
0307【かくこまかに】-源ノ御詞
  かにはあらて・たゝおほえぬ・けからひにふれたる
  よしをそうし給へ・いとこそたい/\しく侍れと・
0308【たい/\しく】-モツタイナキナト云心
  つれなくの給へと・心の中にはいふかひなくかなし
  きことをおほすに・御心ちもなやましけれは・
  人にめもみあはせたまはす・くら人の弁
0309【くら人の弁】-頭中ノ弟
  をめしよせて・まめやかにかゝるよしをそう
  せさせ給・大殿なとにもかゝることありて・えま
  いらぬ・御せうそこなときこえ給・日くれてこ
  れみつまいれり・かゝるけからひありとのた」39ウ
  まひてまいる人/\もみなたちなからま
0310【まかつれは】-罷出ル也
  かつれは人しけからす・めしよせていかにそ・
  いまはと見はてつやとのたまふまゝに・袖を御
  かほにをしあてゝなき給・これ光もなく/\
  いまはかきりにこそは物し給めれ・なか/\とこ
  もり侍らんもひんなきを・あすなん日よろし
  く侍らは・とかくの事いとたうときらうそうの
  あひしりて侍に・いひかたらひつけ侍ぬると
  きこゆ・そひたりつる女はいかにとの給へは・それ
0311【女】-右近カ事
0312【それなん】-惟光カ詞
  なん又えいくましく侍める・われもをくれしと」40オ
  まとひ侍て・けさはたにゝおち入ぬとなん・み給へ
  つる・かのふるさと人に・つけやらんと申せと・し
0313【ふるさと人】-夕顔ノモトノ宿ノ事
  はし思ひしつめよと・ことのさま思めくらして
  となん・こしらへをき侍つると・かたりきこゆるま
  まに・いといみしとおほして・我もいと心ちなや
  ましく・いかなるへきにかとなんおほゆるとの給
  ふ・なにかさらにおもほしものせさせ給・さるへき
  にこそよろつのこと侍らめ・人にももらさし
  とおもふ給ふれは・これ光おりたちてよろ
  つはものし侍なと申す・さかし・さみな思な」40ウ
0314【さみな】-サヤウニ也
  せと・うかひたる心のすさひに・人をいたつらにな
  しつる・かことおひぬへきか・いとからき也・少将の
0315【少将の命婦】-源ノメノト
  命婦なとにもきかすな・あま君ましてかやう
  のことなといさめらるゝを・心はつかしくなん
  おほゆへきと・くちかため給ふ・さらぬほうしはら
  なとにも・みないひなすさまことに侍ときこ
  ゆるにそ・かゝりたまへる・ほのきく女房なと
  あやしくなにことならん・けからひのよし
  のたまひて・うちにもまいり給はす・また
  かくさゝめきなけき給ふと・ほの/\あや」41オ
  しかる・さらにことなくしなせと・そのほ
  とのさほうのたまへと・なにかこと/\しく
  すへきにも侍らすとてたつかいとかなしく
  おほさるれは・ひんなしとおもふへけれと・いま
  ひとたひかのなきからを・見さらむか・いといふ
  せかるへきを・あ(あ$む<朱>)まにてものせんとの給ふを・
  いとたい/\しきことゝはおもへと・さおほされんは
  いかゝせむ・はやおはしまして・夜ふけぬさ
  きにかへらせおはしませと申せは・このころ
  の御やつれにまうけたまへる・かりの御さ」41ウ
  うそくきかへなとしていて給ふ・御心ちかき
  くらしいみしくたへ(△&へ)かたけれは・かくあや
  しきみちにいてたちても・あやうかりし
  ものこりに・いかにせんとおほしわつらへと・な
  をかなしさのやるかたなく・たゝいまのからを
  見ては・又いつの世にか・ありしかたちをも見
  むとおほしねむして・れゐのたいふすいし
  むをくしていて給ふ・みちとをくおほゆ・
  十七日の月さしいてゝ・かはらのほと御さきの
  火もほのかなるに・とりへのゝかたなと見」42オ
0316【とりへのゝかた】-\<朱合点> 拾鳥へ山谷ニ烟ノモエタヽハハカナクミエシ我トシラナン(拾遺集1324・拾遺抄569、河海抄・孟津抄)
 やりたるほとなと・物むつかしきもなにともおほ
0317【むつかしき】-ヲソロシキ
  え給はす・かきみたる心ちし給ておはしつきぬ
0318【おはしつきぬ】-夕顔薨シタ寺
  あたりさへすこきに・いたやのかたはらに・た
  うたてゝおこなへるあまのすまゐいとあはれ
0319【あま】-惟光カ親ノ乳母ノ子
  なり・みあかしのかけほのかにすきて見ゆ・
  その屋には・女ひとりなくこゑのみして・
  とのかたにほうしはら二三人物語しつゝ・
  わさとのこゑたてぬねん仏そ・する・てら/\
  のそやもみなおこなひはてゝいとしめやか也・
  きよみつのかたそひかりおほくみえ人の」42ウ
0320【きよみつのかた】-十七日ノ夜ナレハ也
  けはひもしけかりける・このあまきみのこなる
  たいとこのこゑたうとくて・きやうゝちよみ
  たるに・涙ののこりなくおほさる・いりたま
0321【おほさる】-源ノ
  へれはひとりそむけて・右近はひやう風へたてゝ
  ふしたり・いかにわひしからんとみ給ふ・おそろ
0322【いかに】-源ノ御心
  しきけもおほえす・いとらうたけなる
  さまして・またいさゝか・かはりたるところ
0323【さまして】-顔ノ事
  なし・てをとらへて・われにいま一たひこゑを
0324【われに】-源ノ御詞
  たにきかせ給へ・いかなるむかしのちきり
  にかありけん・しはしのほとに心をつくして」43オ
  あはれにおもほえしを・うちすてゝまとはし
  給か・いみしきことゝこゑもおしますなき給ふ
  ことかきりなし・たいとこたちもたれとはしら
  ぬにあやしとおもひて・みな涙をとし
  けり・右近をいさ二条(条+院<朱>)へとのたまへと・とし
0325【いさ二条院へ】-源ノ御詞
0326【としころおさなく侍しより】-右近カ詞
  ころおさなく侍しより・かた時たちはなれ
  たてまつらす・なれきこえつる人に・にはかに
  わかれたてまつりて・いつこにかかへり侍らん・
  いかになり給にきとか人にもいひ侍らん・かな
  しきことをはさる物にて・人にいひさはかれ」43ウ
  侍らんか・いみしきことゝ・いひてなきまとひて・
  けふりにたくひてしたひまいりなんと
  いふ・ことはりなれと・さなむ世の中はある・わかれと
0327【ことはり】-源ノ御詞
0328【わかれといふもの】-\<朱合点>
  いふものかなしからぬはなし・とあるもかゝるも・お
  なしいのちのかきりある物になんある・おもひ
  なくさめて・われをたのめとの給こしらへて・
  かくいふ我身こそは・いきとまるましき心地
  すれとの給ふも・たのもしけなしや・これ光
  夜はあけかたになり侍ぬらん・はやかへらせ給
  なんときこゆれは・かへりみのみせられて・む」44オ
  ねもつとふたかりて・いてたまふ・みちいと露
  けきに・いとゝしき朝きりに・いつことも
  なくまとふ心ちし給ふ・ありしなからうちふし
0329【うちふし】-死タル夕顔ノ事
  たりつるさま・うちかはし給へりしか・わか御く
  れなゐの御その・きられたりつるなといか
  なりけん契にかと・みちすからおほさる・御むま
  にも・はか/\しくのりたまふましき御さま
  なれは・またこれ光そひたすけておはし
  まさするに・つゝみのほとにて・御むまより
0330【つゝみ】-賀茂川ノ也
  すへりおりていみしく御心ちまとひけれは・」44ウ
  かゝるみちの空にて・はふれぬへきにやあらん・
0331【みちの空にて】-\<朱合点> 立テ行ゆくゑモシラスカクノミソ道ノ空ニテマトフヘラナル(平中物語91、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  さらにえいきつくましき心ちなんする
  とのたまふに・これみつ心地まとひて・わか・
  はか/\しくは・さのたまふとも・かゝるみちに・
  いて/\たてまつるへきかはとおもふに・いと心あは
  たゝしけれは・か(か+わ)のみつにてをあらひて・きよ
  みつのくわんをんをねむしたてまつりても
  すへなくおもひまとふ・君もしゐて御心を
0332【君】-源
  おこして・心のうちに仏をねんし給て・
  またとかくたすけられ給てなん・二条院」45オ
0333【また】-又<朱>
  へかへり給ける・あやしう夜ふかき御ありき
  を・人々みくるしきわさかな・このころれいより
0334【人々】-二条ノ院ノ
  も・しつ心なき御しのひありきのしきる中
0335【しきる】-シケキ也
  にも昨日の御けしきの・いとなやましうおほ
  したりしに・いかてかくたとりありき給ふ
  らんと・なけきあへり・まことにふし給ぬるまゝ
  に・いといたくくるしかり給て・二三日になりぬ
  るに・むけによはるやうにし給・うちにもきこ
  しめしなけくことかきりなし・御いのり
  かた/\にひまなくのゝしる・まつりはらへ・す」45ウ
0336【すほう】-修法<ワウ>トヨム<頭>
  ほうなといひつくすへくもあらす・よにたく
  ひなくゆゝしき御ありさまなれは・よになか
0337【ゆゝしき】-光源氏ト云心也
  くおはしますましきにやと・あめのしたの
  人のさはきなり・くるしき御心ちにも・かの右近
  をめしよせて・つほねなとちかくたまひて
  さふらはせ給ふ・これ光心ちもさはきまとへと・
  思のとめて・この人のたつきなしとおもひ
0338【この人】-右近
  たるを・もてなしたすけつゝさふらはす・君は
  いさゝかひまありて・おほさるゝ時はめしいてゝ
  つかひなとすれは・ほとなくましらひつき」46オ
  たり・ふくいとくろくして・かたちなとよからねと・
0339【ふくいとくろくして】-服喪黒也主君ノ服ヲ右近着タル也説々不用之
  かたわに見くるしからぬわかうとなり・あやしう
0340【あやしう】-源ノ御詞
  みしかゝりける御契にひかされて・われも
  よにえあるましきなめ(め+り<朱>・)としころのたのみ・
  うしなひて心ほそくおもふらん・なくさめに
  もゝしなからへは・よろつにはくゝまむとこそ
  思しか・ほとなく又たちそひぬへきか・くち
  をしくもあるへきかなと・しのひやかにの給て・
  よはけになき給へは・いふかひなきことをは
0341【いふかひなき】-顔ノ事ヲハサシヲキ源ヲ思ふ也
  をきて・いみしくおしとおもひきこゆ・殿の」46ウ
  うちの人あしをそらにておもひまとふ・うち
  より御つかひあめのあしよりもけにしけし・
  おほしなけきおはしますをきゝ給に・いとかた
  しけなくて・せめてつよくおほしなる・大殿
0342【大殿】-ヲホイトノトモヲホトノトモヨム
  も・けいめいし給て・おとゝ日々にわたり給
  つゝ・さま/\のことをせさせ給ふしるしにや・
  廿よ日いとおもくわつらひ給つれと・ことなる
  なこりのこらす・おこたるさまにみえ給・け
0343【おこたる】-快気
  からひいみ給しも・ひとへにみちぬるよなれは・
  おほつかなけらせ給・御心わりなくて・うちの」47オ
0344【御心】-父御門ノ
  御とのゐ所にまいりたまひなとす・大殿
  わか御くるまにて・むかへたてまつり給て・御物
0345【御物いみ】-病後ノツヽシミ
  いみなにやと・むつかしうつゝしませたてまつり
  給・われにもあらすあらぬ世によみかへりたる
  やうにしはしはおほえ給ふ・九月廿日の程にそ・
  おこたりはて給て・いといたくおもやせ給へれと・
  なか/\(/\+いみ<朱>)しくなまめかしくて・なかめかちに
  ねをのみなきたまふ・見たてまつりとかむる
  人もありて・御ものゝけなめりなといふもあり・
  右近をめしいてゝのとやかなる夕くれに・」47ウ
  物語なとし給て・なをいとなむあやしき
0346【なをいとなむあやしき】-源ノ御詞
  なとてその人としられしとはかくい給へりしそ・
  まことにあまのこなりとも・さはかりにおもふを
  しらて・へたて給しかはなんつらかりしと・のた
  まへは・なとてか・ふか(△&か)くかくしきこえ給ことは侍らん・
0347【なとて】-右近カ詞
  いつのほとにてかはなにならぬ御なのりをきこえ
  給はん・はしめよりあやしうおほえぬさま
  なりし御ことなれは・うつゝともおほえすなん
  あるとのたまひて・御なかくしもさはかりに
0348【御なかくし】-名也源モ名ノリ給ハサリシヲ顔ノ恨シト也
  こそはときこえ給なから・なをさりにこそ」48オ
  まきらはし給らめとなん・うきことにおほし
  たりしときこゆれは・あいなかりける心くらへ
0349【あいなかりける】-源ノ御詞
  ともかな・われはしかへたつる心もなかりき・たゝ
  かやうに人にゆるされぬふるまひをなん・
  またならはぬことなる・うちにいさめの給はする
0350【うちに】-父御門ノ
  を・はしめつゝむことおほかる事にて・はかなく
  人にたはふれことをいふも・ところせうとり
  なし・うるさき身のありさまになんあるを・
  はかなかりしゆふへより・あやしう心にかゝり
0351【ゆふへより】-夕カホ物シ時
  て・あなかちにみたてまつりしも・かゝるへき」48ウ
  契こそはものし給けめと・おもふもあはれになん・
  またうちかへ(へ$へ<朱>)しつらうおほゆる・かうなかゝる
  ましきにては・なとさしも心にしみてあは
  れとおほえ給けん・猶くはしくかたれ・いまは
  なに事をかくすへきそ・七日/\に仏かゝせて
  もたかためとか・心のうちにもおもはんとの給へは・
  なにかへたてきこえさせ侍らん・みつからしのひ
0352【なにかへたてきこえさせ侍らん】-右近カ詞
  すくし給しことを・なき御うしろに・くちさか
  なくやはと思ふたまふはかりになん・おやたちは
  はやうせ給にき・三位の中将となんきこえ」49オ
0353【三位の中将】-顔ノ父
  し・いとらうたき物におもひきこえ給へりし
  かと・我身のほとの心もとなさを・おほすめり
  しに・いのちさへたへ(え&へ)給はすなりにしのち・
0354【いのちさへたへ給はすなりにしのち】-父ウセ給テ後也
  はかなきものゝたよりにて・頭中将なんまた
  少将にものし給し時・みそめたてまつらせ
  給て・三年はかりは心さしあるさまに・かよひ
  給しを・こそのあきころ・かの右の大殿より・
0355【右の大殿】-頭中将ノシウト
  いとおそろしきことのきこえま(ま+ウ<朱>)てこしに・物
0356【いとおそろしきこと】-本北ノ方ヨリヲドシ給フ也
0357【まてこし】-マウテトヨム
0358【物をちをちをわりなくし給し御心】-顔ノ
  をちをわりなくし給し御心に・せんかたなく
  おほしをちて・にしの京に御めのとすみ」49ウ
  侍所になん・はひかくれ給へりし・それもいと
  みくるしきに・すみわひ給(て&給)て・山さとに
0359【すみわひ給て】-\<朱合点> 伊住ワヒヌ今ハカキリト(後撰1083・業平集78・伊勢物語107、河海抄・一葉抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  うつろひなんとおほしたりしを・ことしよりは・
  ふたかりけるかたに侍けれは・たかふとて・あや
  しき所に物し給しを・見あらはされたて
  まつりぬることゝ・おほしなけくめりし・よの
  人ににす・ものつゝみをし給て・人に物
  おもふけしきをみえんを・はつかしきものに
  したまひて・つれなくのみ・もてなして
  御らむせられたてまつり給めりしかと・」50オ
  かたりいつるに・されはよとおほしあはせて・
0360【されはよ】-源ノ御心詞
  いよ/\あはれまさりぬ・おさなき人まとはし
0361【おさなき人】-玉カツラノ事
  たりと・中将のうれへしはさる人やととひ
  た(△&た)まふ・しかおとゝしの春そ物し給へりし・
0362【しかおとゝしの】-右近カ詞
  女にていとらうたけになんとかたる・さてい
0363【さていつこにそ】-源ノ詞
  つこにそ人にさとは・しらせてわれにえさせ
  よ・あとはかなくいみしとおもふ御かたみに・いと
  うれしかるへくなんとの給ふ・かの中将にもつたふ
  へけれと・いふかひなきかことをいなん・とさま
  かうさまにつけて・はくゝまむに・とかある」50ウ
  ましきを・そのあらんめのとなとにも・こと
  さまにいひなしてものせよかしなと
  かたらひ給ふ・さらはいとうれしくなん侍へき・
0364【さらは】-右近カ詞
  かのにしの京にておひいて給はんは・心くるしく
  なん・はか/\しくあつかふ人なしとてかし
  こになときこゆ・夕暮のしつかなるに空の
0365【夕暮のしつかなるに空】-二条院ノ体
  けしきいとあはれに・御まへのせむさい・かれ/\
  に・むしのねもなきかれて・もみちのやう/\
  いろつくほと・ゑにかきたるやうにおもしろ
  きを・見わたして心よりほかにおかしき」51オ
  ましらいかなと・かのゆふかほのやとりを思
  いつるも・はつかし・たけのなかに・いゑはとゝ
0366【たけのなかに】-六条院ノハ梟也鳩モナキタリケルト為意也爰ニテ次ノ段ニナキヲ書出スト心得ヘシ
  いふとりの・ふつつかになくをきゝ給て・かの
0367【きゝ給て】-源ノ
  ありし院にこのとりのなきしを・いとお
  そろしとおも(△&も)ひたりしさまのおもかけに
0368【おもひ】-夕顔の
  らうたくおほしいてらるれは・としはいくつ
  にかものし給しあやしく・よの人にゝす・あ
  へかに見え給しも・かくなかゝるましくてなり
  けりとのたまふ・十九にやなり給けん右近
0369【十九にや】-右近カ詞
  はなくなりにける御めのとの・すてをきて」51ウ
  侍けれは・三位の君のらうたかり給て・かの
0370【三位の君】-顔ノ父
0371【らうたかり】-右近ヲ也
  御あたりさらすおほ(ほ=ヲ)したて給しを・おもひ
  たまへいつれは・いかてかよに侍らんすらん・いと
0372【いとしも人に】-\<朱合点> おもふとていとしも人にむつれけんしかならひてそみねは恋しき<朱>(拾遺集900・拾遺抄326、源氏釈奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  しも人にと・くやしくなんものはかなけに
  ものしたまいし人の・御心をたのもし
  き人にてとしころならひ侍けることゝき
  こゆ・はかなひたるこそはらうたけれ・かし
0373【はかなひたるこそは】-源ノ御詞
  こく人になひかぬいと心つきなきはさなり・
  身つからはか/\しく・すくよかならぬ心
  ならひに・女はたゝやはらかにとりはつして・」52オ
  人にあさむかれぬへきか・さすかにもの
  つゝみし・みん人の心にはしたかはんなむ・
  あはれにて我心のまゝに・とりなをしてみん
  に・なつかしくおほゆへきなとのたまへは・この
0374【このかた】-右近カ心
  かたの御このみには・もてはなれたまはさりけり
  と・思給ふるにもくちをしく侍わさかなとて
  なく・そらのうちくもりて・風ひやかなるに・いと
  いたくなかめ給て
    見し人の煙を雲となかむれはゆふへの空も
0375【見し人の】-源ノ空ノクモリタルヨリヨミ出給ふ也
  むつましきかな(な+と<朱>)ひとりこち給へと・えさし」52ウ
0376【さしいらへもきこえす】-右近カ心
  いらへもきこえす・かやうにておはせましかはと
  おもふにも・むねふたかりておほゆ・みゝかしか
0377【みゝかしかましかりし】-源ノ御心
  ましかりし・きぬたのをとをおほしいつるさへ・
  恋しくて・まさになかき夜とうちすむ
0378【まさになかき夜】-\<朱合点> 八月九月正長夜千声万声無止時白氏<朱>(白氏文集「長恨歌」)
  してふしたまへり・かのいよのいゑのこ君
0379【かのいよの】-ウツセミノ事
  まいるおりあれと・ことにありしやうなること
  つてもし給はねは・うしとおほしはてにける
  を・いとをしと思に・かくわつらひ給ふをきゝ
0380【思に】-ウツノ心
  て・さすかにうちなけきけり・とをくゝ
0381【くたりなと】-伊与ノ介ガイルエヘクタル也
  たりなとするを・さすかに心ほそけれは・」53オ
  おほしわすれぬるかと・心みにうけ給なや
0382【おほしわすれ】-源ノ
0383【うけ給なや】-文言
  むを・ことにいてゝはえこそ
    とはぬをもなとかととはてほとふるにいかは
0384【とはぬをも】-ウツセミ
  かりかはおもひみたるゝますたはまことに
0385【ますたはまことに】-\<朱合点> ねぬナワノクルシカルラン君ヨリモワレソマス田ノイケルカイナキ(拾遺集894、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  なむときこえたり・めつらしきにこれも
  あはれわすれ給はす・いけるかひなきや・
0386【いけるかひなきや】-源ノ御返し文言
  たか・いはましことにか
    うつせみの世はうき物としりにしをたま(たま$また<朱>)
0387【うつせみの】-源ノ
0388【また】-又<朱>
  ことの葉にかゝるいのちよはかなしやと・御
  てもうちわなゝかるゝに・みたれかき給へる・」53ウ
  いとゝうつくしけなり・なをかのもぬけを
  わすれ給はぬをいとをしうもおかしうも思
  けり・かやうににくからすはきこえかはせと・け
0389【かやうに】-草子ノ地ノ詞
  ちかくとは思ひよらす・さすかにいふかひなか
  らすは見えたてまつりて・やみなんとおもふ
  なりけり・かのかたつかたは・くら人の少将を
0390【かたつかた】-軒ハノ荻也
  なんかよはすときゝ給・あやしやいかにおもふらん
  と・少将の心のうちもいとをしく・またかの
0391【また】-又也
0392【かの人】-軒荻
  人のけしきもゆかしけれは・こ君して・
  しに返りおもふ心は・しり給へりやと・いひつかはす」54オ
0393【しに返り】-フカク思ふト也
0394【いひつかはす】-源ノ也
    ほのかにも軒はの荻をむすはすは露の
0395【ほのかにも】-源ノ 此哥ヨリ軒ハノ荻ト云
  かことをなにゝかけましたかやかなるおきに
0396【かことを】-ウラミ也
  つけてしのひてとの給つ(つ$へ)れと・とりあ
  やまちて少将もみつけて・われなりけりと
  おもひあはせは・さりともつみゆるしてんと
  おもふ・御心おこりそあひなかりける・少将の
  なきかほ(かほ$おり<朱>)にみすれは・心うしとおもへとかく
0397【心うしとおもへと】-軒ハノ荻ノ心
  おほしいてたるもさすかにて御返・くちと
  きはかりを・かことにてとらす
    ほのめかす風につけてもした荻の」54ウ
0398【ほのめかす】-軒ハノ荻 半ハトハ少将ト源トノ心
  なかはゝ霜にむすほゝれつゝてはあしけなるを・
  まきらはし・されはみてかいたるさましな
  なし・ほかけにみしかほおほしいてらる・うち
0399【ほかけにみし】-ウツセミノ巻ニテ碁ウチシ夜ノ事也
  とけてむかひゐたる人は・えうとみはつ
0400【人】-ウツ
  ましきさまもしたりしかな・なにの心はせ
0401【なにの心はせ】-軒ハノヲキ
  ありけもなくさうとき・ほこりたりし
  よとおほしいつるにゝくからす・なをこり
0402【こりすまに】-\<朱合点> コリスマニ又モナキ名ハ立ぬヘシ人ニクカラぬ世にしスマヘハ(古今631、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  すまに又もあたなたちぬへき御心の
  すさひなめり・かの人の四十九日しのひて・
0403【かの人】-夕顔ノ
0404【四十九日】-ナヽナヌカトヨム
  ひえの法花堂にて・ことそかす・さうそく」55オ
  よりはしめて・さるへき物ともこまかにすき
  やうなとせさせ給ぬ・きやう仏のかさりまて・
  おろかならす・これみつかあにのあさり・いと
  たうとき人にて・になうしけり・御ふみの
  しにて・むつましくおほす・もんさうはかせ
0405【もんさうはかせ】-文章博士<モンジヤウハカセ>トヨム
  めして願文つくらせ給ふ・その人となくて
  あはれとおもひし人のはかなきさまになり
  にたるを・あみた仏にゆつりきこゆる
  よし・あはれけにかきいて給へれは・たゝ
0406【かきいて給へれは】-供養文也
0407【たゝかくなから】-ハカセノ詞
  かくなからくはふへきこと侍らさめりと申す・」55ウ
0408【くはふへきこと侍らさめり】-ナヲスヘキ所ナシト也
  しのひ給へと御涙もこほれて・いみしく
0409【しのひ給へと】-源ノ
  おほしたれは・なに人ならむ・その人とき
  こえもなくて・かうおほし・なけかすはかりなり
  けん・すくせのたかさといひけり・しのひて・てう
  せさせ給へりける・さうそくのはかまを・とり
  よせさせ給て
    なく/\もけふはわかゆふしたひもをいつれ
0410【なく/\も】-源ノ 施シ給フハカマニ夕顔現世ノ時ノ装束ノヤウニ手ヲフレ給也哀ナル哥トソ
0411【いつれの世にか】-ナキ人ナレハカクイヘリ<右> 亡者四十九日迄ハ中有ニタヽヨフ也<左>
  の世にかとけてみるへきこのほとまては・
  たゝようなるを・いつれのみちにさた
  まりてを(を+も)むくらんとおもほしやりつゝ・」56オ
  ねんすをいとあはれにし給・頭中将をみ
  給ふにもあいなく・むねさはきて・かのなて
0412【なてしこ】-玉カツラ
  しこのおひたつありさま・きかせまほし
  けれと・かことにおちて・うちいて給はす・かれ(かれ#)
  かの夕かほのやとりには・いつかたにと思まと
  へと・そのまゝにえたつねきこえす・右近
  たにをとつれねは・あやしと思なけき
  あへり・たしかならねと・けはひをさはかり
  にやと・さゝめきしかは・これみつをかこち
  けれと・いとかけはなれけしきなくいひ」56ウ
  なして・なをおなしこと・すきありきけれは・
  いとゝゆめの心ちして・もしすりやうの
0413【ゆめの心ちして】-夕顔ノ宿ノモノトモノ心
0414【すりやう】-受領トヨム
  こともの・すき/\しきか・頭の君にをちき
0415【頭の君】-頭ノ中将ニ也
  こえて・やかていてくたりにけるにやとそ・思
0416【いて】-将也
  よりける・このいゑあるしそにしのきやうの
0417【このいゑあるし】-揚名ノツマ也顔ノ家主
  めのとのむすめなりける・三人そのこはありて
0418【めのと】-玉カツラノ乳母也
  右近はこと人なりけれは・思ひへたてゝ御あり
  さまを・きかせぬなりけりと・なきこひけり・
  右近い(い#は<朱>)たかしかましくいひさはかんをおも
  ひて・きみもいまさらにもらさしと」57オ
  しのひ給へは・わかきみのうへをたにえき
0419【わかきみ】-玉カツラノ事
  かす・あさましくゆくゑなくて・すき(き+ゆく<朱>)君は
0420【君】-源也
  ゆめをたに見はやとおほしわたるに・この
  法事し給て・またのよほのかにかの
  ありし院なからそひたりし女のさま
  もお(△&お)なしやうにて見えけれは・あれたりし所
  にすみけんものゝ・われにみいれけんたより
  に・かくなりぬることゝおほしいつるにも・ゆゝし
  くなん・いよのすけ神無月のついたちころ
  にくたる・女はうのくたらんにとて・たむけ」57ウ
0421【女はう】-ウツセミ
  心ことにせさせ給・またうち/\にもわさと
  し給てこまやかに・おかしきさまなる
  くしあふき・おほくして・ぬさなとわさとか
  ましくて・かのこうちきも・つかはす
0422【かのこうちき】-ウツセミノ巻ノうす衣也
    あふまてのかた見はかりとみしほとにひたすら
0423【あふまての】-源ノ<右> アフ迄ノ形見トテコソトヽメケメ泪ニウカフモクツナリケリ<左>(古今745・古今六帖3136・興風集15、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  袖のくちにけるかなこまかなることゝもあれと・
0424【こまかなる】-地ノ詞
  うるさけれはかゝす・御つかひかへりにけれと・こ
  君してこうちきの御返はかりはきこえさせたり
    せみのはもたちかへてける夏衣かへすを
0425【せみのはも】-ウツノ 時節ノ秋ニ成タル心歟河海ニハ冬ノ装束ヲソヘタルカト云々
  みてもねはなかれけりおもへとあやしう人に」58オ
  にぬ心つよさにても・ふりはなれぬるかなと
  思つゝけたまふ・けふそ・冬たつ日なりける
0426【冬たつ日】-ツ文字スムト云々
  もしるく・うちしくれて空のけしきいと
  あはれなり・なかめ暮し給て
0427【なかめ暮し給て】-古今神無月フリミ<頭>(後撰445・古今六帖209・和漢朗詠355)
    すきにしもけふわかるゝも二みちにゆく
0428【すきにしも】-源ノ御哥 過ニシハ夕顔今日別ルヽハウツセミノ事<右> 過ニシモ今行末モ二道ニナヘテ別ノナキ世ナリセハ<左>(斎宮女御集174、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  かたしらぬ秋のくれかななをかく人しれぬ
0429【なをかく人しれぬ】-地ノ詞也奥マテ
  ことはくるしかりけりとおほししりぬらん
  かし・かやうのくた/\しき事はあなかちに
  かくろへしのひ給しもいとをしくて・みな
  もらしとゝめたるを・なと・みかとの御こならん」58ウ
  からに・見ん人さへかたほならす・物ほめかち
  なると・つくりことめきてとりなす人もの
  し給けれはなん・あま(ま$ま<朱>)りものいひさかなき
0430【ものいひさかなき】-\<朱合点> 古爰ニシモ何ニホフラン<頭>(拾遺集1098・拾遺抄411・遍昭集23、河海抄・孟津抄)
  つみさりところなく」59オ

(白紙)」59ウ

【奥入01】揚名介
    此事源氏第一之難儀也非可勘知事(戻)
【奥入02】長恨哥
    七月七日長生殿夜半無人私語時
    在天願作比翼鳥天長地久有時尽
    此恨綿々無絶期(戻)
【奥入03】いはぬまはちとせをすくす心ちして
    まつはまことに久しかりけり此哥近代
    哥歟
    不立此證哥(戻)」60オ
【奥入04】貞信公於南殿御後被取釼鞘給抜
    釼給之由在大鏡無他所見歟人口伝歟(戻)」60ウ

巻ノ名ハ哥ト詞ヲ以テ号ス此巻ハ若紫ノ
横竪ノ並也源氏十七歳ノ二月ヨリ次ノ年ノ
春迄ノ事アリ若紫ノ巻ハ三月ヨリシテ
同年ノ冬迄ノ事アリ(前遊紙1ウ貼紙)

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