夕顔(大島本親本復元) First updated 10/24/2006(ver.1-1)
Last updated 10/24/2006(ver.1-1)
渋谷栄一復元(C)

  

夕 顔

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「夕顔」巻の書写態度について
 墨筆、朱筆による訂正跡がある。
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「夕かほ」(題箋)

  六条わたりの御しのひありきのころ内
  よりまかて給なかやとりに大弐のめのと
  のいたくわつらひてあまになりにけると
  ふらはむとて五条なるいゑたつねてお
  はしたり御くるまいるへきかとはさしたり
  けれは人してこれ光めさせてまたせ給
  ける程むつかしけなるおほちのさまを見は
  たし給へるにこのいゑのかたはらにひかきと
  いふものあたらしうしてかみははしとみ四
  五けむはかりあけわたしてすたれなと」1オ

  もいとしろうすゝしけなるにおかしき
  ひたいつきのすきかけあまた見えてのそ
  くたちさまよふらむしもつかたおもひやる
  にあなかちにたけたかき心地そするいかな
  るものゝつとへるならむとやうかはりて
  おほさる御くるまもいたくやつしたまへり
  さきもおはせ給はすたれとかしらむと
  うちとけ給てすこしさしのそきたま
  へれはかとはしとみのやうなるをしあけたる
  見いれのほとなくものはかなきすまひをあ」1ウ

  はれにいつこかさしてとおもほしなせは
  たまのうてなもおなしこと也きりかけ
  たつものにいとあをやかなるかつらの心ち
  よけにはひかゝれるにしろき花そお
  のれひとりゑみのまゆひらけたるをち
  かた人に物申とひとりこち給をみすい
  しんついゐてかのしろくさけるをなむ
  ゆふかほと申侍はなのなは人めきてかうあ
  やしきかきねになんさき侍けると申す
  けにいとこいゑかちにむつかしけなるわ」2オ

  たりのこのもかのもあやしくうちよろほ
  いてむね/\しからぬのきのつまなとに
  はひまつはれたるをくちをしの花の契
  やひとふさおりてまいれとのたまへはこのをし
  あけたるかとにいりておるさすかにされたる
  やりとくちにきなるすゝしのひとへはかま
  なかくきなしたるわらはのおかしけなる
  いてきてうちまねくしろきあふきの
  いたうこかしたるをこれにをきてまいらせ
  よ枝もなさけなけなめる花をとてとら」2ウ

  せたれはかとあけてこれ光のあそんいて
  きたるしてたてまつらすかきををきまと
  はし侍ていとふひんなるわさなりやものゝ
  あやめ見給へわくへき人も侍らぬわたり
  なれとらうるはしきおほちにたちおはし
  ましてとかしこまり申すひきいれて
  おり給ふこれみつかあにのあさりむこのみか
  はのかみむすめなとわたりつとひたるほとにか
  くおはしましたるよろこひをまたなきことに
  かしこまるあま君もおきあかりておしけ」3オ

  なき身なれとすてかたくおもふたまへつる
  事はたゝかく御まへにさふらひ御らむせ
  らるゝことのかはり侍なん事をくちおし
  くおもひたまへたゆたいしかといむことの
  しるしによみかへりてなんかくわたり
  おはしますを見たまへ侍ぬれはいまなむ
  あみた仏の御ひかりも心きよくまたれ
  侍へきなときこえてよはけになく日ころ
  おこたりかたくものせらるゝをやすからすなけ
  きわたりつるにかくよをはなるゝさまに」3ウ

  ものしたまへはいとあはれにくちをしうなん
  いのちなかくてなをくらゐたかくなと見
  なし給へさてこそこゝのしなのかみにもさ
  はりなくむまれ給はめこの世にすこし
  うらみのこるはわろきわさとなむきくな
  となみたくみての給かたほなるをたにめの
  とやうのおもふへき人はあさましうまをに
  みなすものをましていとおもたゝしう
  なつさひつかうまつりけん身もいたはし
  うかたしけなくおもほゆへかめれはすゝろ」4オ

  になみたかちなりこともはいと見くるしと
  おもひてそむきぬるよのさりかたきやうに
  身つからひそみ御らむせられ給とつきし
  ろひめくはす君はいとあはれとおもほして
  いはけなかりけるほとに思へき人/\の
  うちすてゝものし給にけるなこりはくゝむ
  人あまたあるやうなりしかとしたしく
  おもひむつふるすちは又なくなんおもほえ
  し人となりてのちはかきりあれはあさ
  ゆふにしもえみたてまつらす心のまゝにと」4ウ

  ふらひまうつる事はなけれと猶ひさし
  うたいめむせぬ時は心ほそくおほゆるを
  さらぬわかれはなくもかなとなんこまやかに
  かたらひ給てをしのこひ給へるそてのにほひ
  もいとせきまてかほりみちたるにけによ
  におもへはをしなへたらぬ人のみすくせそ
  かしとあま君をもとかしと見つることも
  みなうちしほたれけりすほうなと又
  またはしむへき事なとをきてのたまは
  せていて給とてこれみつにしそくめし」5オ

  てありつるあふき御らむすれはもてな
  らしたるうつりかいとしみふかうなつ
  かしくておかしうすさみかきたり
    心あてにそれかとそみるしら露のひかり
  そへたるゆふかほの花そこはかとなくかき
  まきらはしたるもあてはかにゆへつきたれ
  はいとおもひのほかにおかしうおほえ給これ
  みつにこのにしなるいゑはなに人のす
  むそとひきゝたりやとのたまへはれゐの
  うるさき御心とはおもへともえさは申さてこ」5ウ

  の五六日こゝに侍れとはうさの事をおもふ
  給へあつかひはへるほとにとなりの事はえきゝ
  侍らすなとはしたなやかにきこゆれはに
  くしとこそ思たれなされとこのあふきの
  たつぬへきゆへありてみゆるをなをこのは
  たりの心しれらんものをめしてとへとのたま
  へはいりてこのやともりなるおのこをよひ
  てとひきくやうめいのすける人のいゑ
  になんはへりけるおとこはゐ中にさ(さ$ま<朱>)かりて
  めなんわかく・事このみて・はらからなと宮つ」6オ

  かへ人にてきかよふと申くはしき事はしも人
  のえしり侍らぬにやあらむときこゆさらはそ
  の宮つかへ人なゝりしたりかほにものなれて
  いへるかなとめさましかるへききはにやあらんと
  おほせとさしてきこゑかゝれる心のにくか
  らすゝくしかたきそれゐのこのかたにはを
  もからぬ御心なめるかし御たゝうかみにいたう
  あらぬさまにかきかへ給て
    よりてこそそれかともみめたそかれに
  ほの/\みつる花のゆふかほありつるみす」6ウ

  いしんしてつかはすまた見ぬ御さま也
  けれといとしるくおもひあてられ給へる
  御そはめをみすくさてさしおとろかしける
  をいらへたまはてほとへけれはなまはし
  たなきにかくわさとめかしけれはあまへて
  いかにきこえむなといひしろふへかめれと
  めさましとおもひてすいしんはまいりぬ御
  さきのまつほのかにていとしのひていて給ふ
  はしとみはおろしてけりひま/\より見
  ゆるひのひかりほたるよりけにほのかにあはれ」7オ

  なり御心さしの所には木たちせんさい
  なとなへての所ににすいとのとかにこゝろ
  にくゝすみなし給へりうちとけぬ御あり
  さまなとのけしきことなるにありつるかき
  ねおもほしいてらるへくもあらすかしつと
  めてすこしねすくし給てひさしいつるほ
  とにいてたまふあさけのすかたはけに人の
  めてきこえんもことはりなる御さまなりけり
  けふもこのしとみのまへわたりし給ふきし
  かたもすき給けんわたりなれとたゝはかなき」7ウ

  ひとふしに御心とまりていかなる人のす
  みかならんとはゆきゝに御めとまり給けりこれ
  光日ころありてまいれりわつらひ侍人
  猶よはけに侍れはとかく見たまひあつ
  かひてなむなときこえてちかくまいりよ
  りてきこゆおほせられしのちなんとなり
  の事しりて侍ものよひてとはせ侍し
  かとはか/\しくも申侍らすいとしのひ
  てさ月のころほひよりものし給人なん
  あるへけれとその人とはさらに家のうち」8オ

  の人にたにしらせすとなん申すとき/\
  なかゝきのかひまみし侍にけにわかき女と
  ものすきかけ見え侍しひらたつものかうと
  はかりひきかけてかしつく人侍なめり
  昨日ゆふ日のなこりなくさしいりて侍し
  にふみかくとてゐて侍し人のかほこそいと
  よく侍しかものおもへるけはひしてある人
  ひともしのひてうちなくさまなとなむ
  しるく見え侍ときこゆ君うちゑみ給て
  しらはやとおもほしたりおほえこそおもかる」8ウ

  へき御身のほとなれと御よはひのほと人の
  なひきめてきこえたるさまなと思に
  はすき給はさらんもなさけなくさう/\し
  かるへしかし人のうけひかぬほとにてたに
  猶さりぬへきあたりの事はこのましうおほ
  ゆるものをとおもひをりもしみたまへうる
  事もや侍とはかなきつゐてつくりいてゝ
  せうそこなとつかはしたりきかきなれ
  たるてしてくちとくかへり事なとし
  侍きいとくちをしうはあらぬわか人ともなん」9オ

  侍めるときこゆれはなをいひよれたつね
  よらてはさう/\しかりなんとの給ふかのしも
  かしもと人の思すてしすまひなれと
  そのなかにも思のほかにくちおしからぬを
  みつけたらはとめつらしくおもほすなり
  けりさてかのうつせみのあさましくつれ
  なきをこのよの人にはたかひておほすに
  おいらかならましかは心くるしきあやまち
  にてもやみぬへきをいとねたくまけてやみ
  なんを心にかゝらぬおりなしかやうのなみ/\」9ウ

  まてはおもほしかゝらさりつるをありしあ
  ま夜のしなさためのゝちいふかしくおも
  ほしなるしな/\あるにいとゝくまなくな
  りぬる御心なめりかしうらもなくまちき
  こえかほなるかたつかた人をあはれとおほさぬ
  にしもあらねとつれなくてきゝゐたらむ
  事のはつかしけれはまつこなたの心みはて
  てとおほすほとにいよの介のほりぬまつ
  いそきまいれりふなみちのしわさとて
  すこしくろみやつれたるたひすかたいと」10オ

  ふつゝかに心つきなしされと人もいやしからぬ
  すちにかたちなとねひたれときよけにて
  たゝならすけしきよしつきてなとそ
  ありけるくにの物語なと申すにゆけたは
  いくつととはまほしくおほせとあひなく
  まはゆくて御心のうちにおほしいつる
  事もさま/\なりものまめやかなるおとな
  をかくおもふもけにおこかましくうしろ
  めたきわさなりやけにこれそなのめならぬ
  かたわへかりけるとむまのかみのいさめおほ」10ウ

  しいてゝいとおしきにつれなき心はねた
  けれと人のためはあはれとおほしなさる
  むすめをはさるへき人にあつけてきた
  の方をはゐてくたりぬへしときゝ給にひとかた
  ならす心あはたゝしくていまひとたひはえある
  ましきことにやとこきみをかたらひ給へと人の
  心をあわせたらんことにてたにかろらかにえ
  しもまきれ給ましきをましてにけなき
  ことにおもひていまさらに見くるしかるへしと
  思はなれたりさすかにたえておもほし」11オ

  わすれなん事もいといふかひなくうか
  るへきことに思てさるへきおり/\の御い
  らへなとなつかしくきこえつゝなけのふて
  つかひにつけたる事のはあやしくら
  うたけにめとまるへきふしくはへなとし
  てあはれとおほしぬへき人のけはひなれは
  つれなくねたきものゝわすれかたきにおほ
  すいまひとかたはぬしつよくなるともかはらす
  うちとけぬへくみえしさまなるをたのみ
  てとかくきゝ給へと御心もうこかすそあり」11ウ

  ける秋にもなりぬ人やりならすこゝろ
  つくしにおほしみたるゝ事ともあり
  ておほとのにはたえまをきつゝうらめし
  くのみおもひきこえ給へり六条わたり
  にもとけかたかりし御けしきをおもむけ
  きこえ給てのちひき返しなのめならん
  はいとをしかしされとよそなりし御心
  まとひのやうにあなかちなる事はなきも
  いかなる事にかとみえたりをんなはいとも
  のをあまりなるまておほししめたる御心」12オ

  さまにてよはひのほともにけなく人のもり
  きかむにいとゝかくつらき御よかれのねさめ/\
  おほししほるゝこといとさま/\なり霧
  のいとふかきあしたいたくそゝのかされ給て
  ねふたけなるけしきにうちなけきつゝ
  いて給ふを中将のおもとみかうしひとまあけ
  て見たてまつりをくり給へとおほしく
  みき丁ひきやりたれは御くしもたけて
  見いたし給へりせむさいの色/\みたれ
  たるをすきかてにやすらひ給へるさま」12ウ

  けにたくひなしらうのかたへおわするに中
  将の君御ともにまいるしをんいろのおりにあ
  ひたるうすもののもあさやかにひきゆひたる
  こしつきたおやかになまめきたりみかへり
  給てすみのまのこうらんにしはしひきすへ
  たまへりうちとけたらぬもてなしかみの
  さかりはめさましくもと見たまふ
    咲花にうつるてふなはつゝめとも
  おらてすきうきけさのあさかほいかゝ
  すへきとてゝをとらへたまへれはいとなれてとく」13オ

    あさきりのはれまもまたぬけしき
  にて花に心をとめぬとそみるとおほやけこと
  にそきこえなすおかしけなるさふらひわら
  はのすかたこのましうことさらめきたるさし
  ぬきすそ露けゝにはなのなかにましりて
  あさかほおりてまいるほとなとゑにかゝまほし
  けなりおほかたにうちみたてまつる人たに
  心とめたてまつらぬはなしものゝなさけしらぬ
  やまかつもはなのかけにはなをやすらはま
  ほしきにやこの御ひかりをみたてまつるあたり」13ウ

  はほと/\につけてわかかなしとおもふむすめを
  つかうまつらせはやとねかひもしはくちおし
  からすと思いもうとなともたる人はいやし
  きにても猶この御あたりにさふらはせんと思
  よらぬはなかりけりましてさりぬへきつ
  いての御ことの葉もなつかしき御けしきを
  みたてまつる人のすこしものゝこゝろおもひ
  しるはいかゝはおろかに思きこえんあけくれう
  ちとけてしもおはせぬを心もとなきことに
  おもふへかめりまことやかのこれみつかあつ」14オ

  かりのかいま見はいとよくあないみとりて
  申すその人とはさらにえおもひみ侍らす人に
  いみしくかくれしのふるけしきになむ
  見え侍をつれ/\なるまゝにみなみのはしとみ
  あるなかやにわたりきつゝくるまのをとすれ
  はわかきものとものゝそきなとすへかめるに
  このしうとおほしきもはひわたる時はへか
  めるかたちなむほのかなれといとらうたけ
  に侍へる一日さきをひてわたるくるまの侍
  しをのそきてわらはへのいそきて右近の」14ウ

  君こそまつものみ給へ中将とのこそこれより
  わたり給ぬれといへはまたよろしきおとない
  てきてあなかまとてかくものからいかてさはし
  るそいてみむとてはひわたるうちはしたつ
  物をみちにてなむかよひ侍いそきくるものはき
  ぬのすそをものにひきかけてよろほひたふ
  れてはしよりもおちぬへけれはいてこのかつら
  きのかみこそさかしうしをきたれとむつかりて
  ものゝそきのこゝろもさめぬめりき君は御な
  をしすかたにてみすいしんとももありし」15オ

  なにかしくれかしとかすえしは頭中将
  のすいしんそのことねりわらはをなんしるしに
  いひはへりしなときこゆれはたしかにその
  くるまをそ見ましとのたまひてもしかのあ
  はれにわすれさりし人にやとおもほしよるも
  いとしらまほしけなる御けしきをみてわた
  くしのけさうもいとよくしをきてあないも
  のこる所なく見給へをきなからたゝわれとち
  としらせてものなといふわかきおもとの侍
  をそらおほれしてなむかくれさかりあり」15ウ

  くいとよくかくしたりとおもひてちいさき
  こともなとの侍かことあやまりしつへきも
  いひまきらはしてまた人なきさまをしゐて
  つくり侍なとかたりてわらふあま君のとふ
  らひにものせんつゐてにかいま見せさせ
  よとのたまひけりかりにてもやとれるす
  まひのほとを思にこれこそかの人のさため
  あなつりししものしなゝらめそのなかに
  おもひのほかにおかしき事もあらはなと
  おほすなりけりこれみついさゝかの事も」16オ

  御心にたかはしと思にをのれもくまなき
  すき心にていみしくたはかりまとひあり
  きつゝしひておはしまさせそめてけりこの
  ほとの事くた/\しけれはれいのもらし
  つ女さしてその人とたつねいて給はねはわれ
  もなのりをし給はていとわりなくやつれ給
  つゝれいならすおりたちありき給はをろかに
  おほされぬなるへしとみれはわかむまをはたて
  まつりて御ともにはしりありくけさう
  ひとのいとものけなきあしもとを見つけられ」16ウ

  て侍らんときからくもあるへかなとわふれと
  人にしらせ給はぬまゝにかのゆふかほのしるへ
  せしすいしんはかりさてはかほむけにしる
  ましきわらはひとりはかりそゐておはしける
  もし思よるけしきもやとてとなりになかや
  とりをたにし給はす女もいとあやしく
  心えぬ心ちのみして御つかひに人をそへ
  あか月の道をうかゝはせ御ありか見せむと
  たつぬれとそこはかとなくまとはしつゝ
  さすかにあはれにみてはえあるましく」17オ

  この人の御心にかゝりたれはひむなくかろ/\
  しき事とおもほしかへしわひつゝいとし
  は/\おはしますかゝるすちはまめ人のみた
  るゝおりもあるをいとめやすくしつめ給て
  人のとかめきこゆへきふるまひはし給はさり
  つるをあやしきまてけさのほとひるまのへ
  たてもおほつかなくなとおもひわつらはれ給
  へはかつはいとものくるおしくさまてこゝろ
  とゝむへき事のさまにもあらすといみしく
  思さまし給に人のけはひいとあさましく」17ウ

  やはらかにおほときてものふかくをもきかたは
  をくれてひたふるにわかひたるものから
  よをまたしらぬにもあらすいとやむことなき
  にはあるましいつくにいとかうしもとまる
  心そとかへす/\おほすいとことさらめきて
  御さうそくをもやつれたるかりの御そをたて
  まつるさまをかへかほをもほのみせたまは
  す夜ふかきほとに人をしつめていていり
  なとし給へはむかしありけんものゝへむ
  けめきてうたておもひなけかるれと人の」18オ

  さけはひはたてさくりもしるへきわさ
  なりけれはたれはかりにかはあらむ猶この
  すきものゝしいてつるわさなめりとたいふ
  をうたかひなからせめてつれなくしらすかほ
  にてかけておもひよらぬさまにたゆますあ
  されありけはいかなることにかと心えかたく女
  かたもあやしうやうたかひたる物おもひ
  をなむしける君もかくうらなくたゆ
  めてはひかくれなはいつこをはかりとか我
  もたつねんかりそめのかくれかとはた見ゆ」18ウ

  めれはいつかたにも/\うつろひゆかむ日を
  いつともしらしとおほすにをひまとはして
  なのめにおもひなしつへくはたゝかはかり
  のすさひにてもすきぬへきことをさらに
  さてすくしてんとおほされすと人めをお
  ほしてへたてをき給よな/\なとはいとしのひ
  かたくくるしきまておほえ給へはなをた
  れとなくて二条院にむかへてんもしき
  こえありてひんなかるへき事なりともさる
  へきにこそは我心なからいとかく人にしむ」19オ

  事はなきをいかなる契にかはありけんなと
  おもほしよるいさいと心やすき所にてのと
  かにきこえんなとかたらひ給へはなをあやし
  うかくのたまへとよつかぬ御もてなしなれは
  ものおそろしくこそあれといとわかひていへ
  はけにとほをゑまれ給てけにいつれかき
  つねなるらんなたゝはかられ給へかしとなつかし
  けにのたまへは女もいみしくなひきてさも
  ありぬへく思たりよになくかたはなる事也
  ともひたふるにしたかふ心はいとあはれけ」19ウ

  なる人と見たまふになをかの頭中将のと
  こなつうたかはしくかたりし心さままつ
  おもひいてられ給へとしのふるやうこそはと
  あなかちにもとひいてたまはすけしき
  はみてふとそむきかへるへきこゝろさま
  なとはなけれはかれ/\にとたえをかむおり
  こそはさやうにおもひかはることもあらめ心
  なからもすこしうつろふ事あらむこそ
  あはれなるへけれとさへおほしけり八月
  十五夜くまなき月かけひまおほかるいた」20オ

  屋のこりなくもりきて見ならひたま
  はぬすまゐのさまもめつらしきにあか月
  ちかくなりにけるなるへしとなりのいゑ/\
  あやしきしつのおのこゑ/\めさまして
  あはれいとさむしやことしこそなりはひにも
  たのむところすくなくゐ中のかよひも思
  かけねはいと心ほそけれきたとのこそきゝ給ふ
  やなといひかはすもきこゆいとあはれなる
  をのかしゝのいとなみにおきいてゝそゝめき
  さはくもほとなきを女いとはつかしくおもひ」20ウ

  たりえんたちけしきはまむ人はきえ
  もいりぬへきすまひのさまなめりかしさ
  れとのとかにつらきもうきもかたはらいた
  きことも思いれたるさまならてわかもてな
  しありさまはいとあてはかにこめかしく
  てまたなくらうかはしきとなりのよう
  いなさをいかなる事ともきゝしりたるさま
  ならねはなか/\はちかゝやかんよりはつみ
  ゆるされてそ見えけるこほ/\となる神
  よりもおとろ/\しくふみとゝろかすから」21オ

  うすのをともまくらかみとおほゆるあな
  みゝかしかましとこれにそおほさるゝなに
  のひゝきともきゝいれ給はすいとあやしう
  めさましきおとなひとのみきゝたまふ
  くた/\しきことのみおほかりしろたへの衣
  うつきぬたのをともかすかにこなたかなた
  きゝわたされそらとふかりのこゑとりあつ
  めてしのひかたきことおほかりはしちかき
  おまし所なりけれはやりとをひきあけ
  てもろともに見いたしたまふほとなきには」21ウ

  にされたるくれせむさいのつゆはなを
  かゝる所もおなしこときらめきたりむしの
  声/\みたりかはしくかへのなかのきり/\
  すたにまとをにきゝならひたまへる
  御みゝにさしあてたるやうになきみたるゝ
  をなか/\さまかへておほさるゝも御心さし
  ひとつのあさからぬによろつのつみゆるさ
  るゝなめりかししろきあはせうす色の
  なよゝかなるをかさねてはなやかならぬ
  すかたいとらうたけにあえかなる心ち」22オ

  してそこととりたてゝすくれたる事
  もなけれとほそやかにたを/\として
  物うちいひたるけはひあな心くるしと
  たゝいとらうたく見ゆ心はみたるかたを
  すこしそへたらはとみたまひなから猶うち
  とけてみまほしくおほさるれはいさたゝこ
  のわたりちかき所に心やすくてあかさむか
  くてのみはいとくるしかりけりとのたまへは
  いかてにわかならんといとおいらかにいひて
  ゐたりこの世のみならぬ契なとまてたの」22ウ

  めたまふにうちとくる心はへなとあや
  しくやうかはりてよなれたる人ともおほ
  えねは人のおもはむ所もえはゝかり給はて
  右近をめしいてゝすいしんをめさせた
  まひて御くるまひきいれさせ給このある
  人/\もかゝる御心さしのおろかならぬを
  見しれはおほめかしなからたのみかけ
  きこえたりあけかたもちかうなりにけり
  とりのこゑなとはきこえてみたけさうし
  にやあらんたゝおきなひたるこゑにぬか」23オ

  つくそきこゆるたちゐのけはひたへ
  かたけにおこなふいとあはれにあしたの
  露にことならぬよをなにをむさほる身の
  いのりにかときゝ給ふ南無当来導師
  とそおかむなるかれきゝたまへこの世とのみ
  はおもはさりけりとあはれかりたまひて
    うはそくかおこなふみちをしるへにて
  こむ世もふかき契たかふな長生殿のふる
  きためし
ゆゝしくてはねをかはさむとは
  ひきかへてみろくのよをかねたまふゆく」23ウ

  さきの御たのめいとこちたし
    さきの世の契しらるゝ身のうさに
  ゆくすゑかねてたのみかたさよかやうの
  すちなともさるは心もとなかめりいさよふ
  月にゆくりなくあくかれんことを女は思
  やすらひとかくの給ふほとにはかにくもかく
  れてあけゆく空いとおかしはしたなき
  ほとにならぬさきにとれゐのいそき
  いて給てかろらかにうちのせたまへれは
  右近そのりぬるそのわたりちかきなにかし」24オ

  の院におはしましつきてあつかりめし
  いつる程あれたるかとのしのふくさしけり
  て見あけられたるたとしへなくこくらし
  きりもふかく露けきに簾をさへあけ
  給へれは御そてもいたくぬれにけりまた
  かやうなることをならはさりつるを心つく
  しなることにもありけるかな
    いにしへもかくやは人のまとひけん我また
  しらぬ篠の目のみちならひたまへりや
  とのたまふ女はちらひて」24ウ

    山のはの心もしらてゆく月はうはの
  空にて影やたえなむ心ほそくとてものおそ
  ろしうすこけにおもひたれはかのさしつとひ
  たるすまひのならひならんとおかしくお
  ほす御車いれさせてにしのたいにおまし
  なとよそふほとかうらんに御くるまひきか
  けてたちたまへり右近ゑんある心ちし
  てきしかたの事なとも人しれす思ひい
  てけりあつかりいみしくけいめいしありく
  けしきにこの御ありさましりはてぬ」25オ

  ほの/\とものみゆるほとにおりたまひぬ
  めりかりそめなれときよけにしつらひたり
  御ともに人もさふらはさりけりふひんなる
  わさかなとてむつましきしもけいしにて殿
  にもつかうまつるものなりけれはまいりより
  てさるへき人めすへきにやなと申さすれ
  とことさらに人くましきかくれかもとめたる
  なるさらに心よりほかにもらすなとくちかた
  めさせ給御かゆなといそきまいらせたれと
  とりつく御まかなひうちあはすまたし」25ウ

  らぬことなる御たひねにおきなかゝはとちきり
  給ことよりほかのことなしひたくるほとにおき
  給てかうしてつからあけたまふいといたく
  あれて人めもなくはる/\と見わたされ
  てこたちいとうとましくものふりたり
  けちかきくさきなとはことに見ところな
  くみな秋のゝにていけもみくさにうつ
  もれたれはいとけゝとけになりにける所
  かなへちなうのかたにそさうしなとして
  人すむへかめれとこなたははなれたり」26オ

  けうそくもなりにける所かなさりともお
  になともわれをは見ゆるしてんとの給ふか
  ほはなをかくし給へれと女のいとつらしと
  おもへれはけにかはかりにてへたてあらむも
  ことのさまにたかひたりとおほして
    夕露にひもとく花は玉ほこのたよ
  りにみえしえにこそありけれつゆのひ
  かりやいかにとの給へはしりめに見おこせて
    光ありと見しゆふかほのうは露はたそ
  かれ時のそらめなりけりとほのかにいふおかし」26ウ

  とおほしなすけにうちとけたまへる
  さまよになくところからまいてゆゝしき
  まて見え給つきせすへたてたまへるつ
  らさにあらはさしとおもひつるものをいま
  たになのりし給へいとむくつけしとの給
  へとあまの子なれはとてさすかにうちとけ
  ぬさまいとあひたれたりよしこれも我からな
  めりとうらみかつはかたらひくらし給これみつ
  たつねきこえて御くた物なとまいらす
  右近かいはむことさすかにいとをしけれは」27オ

  ちかくもえさふらひよらすかくまてたとりあ
  りき給ふおかしうさもありぬへきありさま
  にこそはとをしはかるにも我いとよく思ひより
  ぬへかりしことをゆつりきこえて心ひろさよ
  なとめさましうおもひをるたとしへなく
  しつかなるゆふへの空をなかめ給ておくの
  かたはくらう物むつかしと女はおもひたれは
  はしの簾をあけてそひふし給り夕
  はへを見かはして女もかゝるありさまを思ひ
  のほかにあやしき心地はしなからよろつ」27ウ

  のなけきわすれてすこしうちとけ行
  けしきいとらうたしつと御かたはらにそひ
  くらしてものをいとおそろしと思ひたるさま
  わかう心くるしかうしとくおろし給ておほ
  となふらまいらせてなこりなくなりにたる
  御ありさまにてなを心のうちのへたてのこし
  たまへるなむつらきとうらみ給うちにい
  かにもとめさせ給らんをいつこにたつぬらん
  とおほしやりてかつはあやしの心や六条は
  たりにもいかに思みたれたまふらんうらみ」28オ

  られんにくるしうことはりなりといとをし
  きすちはまつおもひきこえ給なに心もなき
  さしむかひをあはれとおほすまゝにあまり心
  ふかく見る人もくるしき御ありさまをす
  こしとりすてはやと思くらへられ給けるよ
  ひすくるほとすこしねいり給へるに御ま
  くらかみにいとおかしけなる女いてをのかいと
  めてたしと見たてまつるをはたつねおもほさて
  かくことなることなき人をいておはしてとき
  めかし給こそいとめさましくつらけれとて」28ウ

  この御かたはらの人をかきをこさむとすとみ給
  物におそはるゝ心ちしておとろき給へれは火も
  きえにけりうたておほさるれはたちをひき
  ぬきてうちをき給て右近をおこし給これも
  おそろしと思たるさまにてまいりよれりわた
  殿なるとのゐ人おこしてしそくさして
  まいれといへとのたまへはいかてかまからんくらう
  てといへはあなわか/\しとうちわらひ給ひ
  て手をたゝき給へはやまひこのこたふるこゑ
  いとうとまし人はきゝつけてまいらぬに」29オ

  この女君いみしくわなゝきまとひていか
  さまにせむとおもへりあせもしとゝになり
  てわれかのけしきなり物をちをなんわり
  なくせさせたまふ本上にていかにおほさるゝ
  にかと右近もきこゆいとかよはくてひるも
  そらをのみ見つるものをいとおしとおほして
  われ人をおこさむ手たゝけは山ひこのこた
  ふるいとうるさしこゝにしはしちかくとて
  右近をひきよせ給てにしのつまとにいてゝ
  とををしあけ給へれはわたとのゝ火もきえに」29ウ

  けり風すこしうち吹たるに人はすくなくて
  さふらふかきりみなねたりこの院のあつか
  りのこむつましくつかひたまふわかきおのこ
  又うへはらはひとりれゐのすい身はかりそあり
  けるめせは御こたへしておきたれはしそくさし
  てまいれすいしんもつるうちしてたえす
  こわつくれとおほせよ人はなれたる所に心
  とけていぬるものかこれ光の朝臣のきたり
  つらんはとゝはせ給へはさふらひつれとおほせ
  こともなしあか月に御むかへにまいるへき」30オ

  よし申てなんまかて侍りぬるときこゆこの
  かう申す物はたきくちなりけれはゆつるいと
  つき/\しくうちならしてひあやうしと
  いふ/\あつかりかさこしのかたにいぬなりうち
  をおほしやりてなたいめんはすきぬらんた
  きくちのとのゐ申いまこそとをしはかり給は
  またいたうふけぬにこそは返いりてさくり
  給へは女君はさなからふして右近はかたはらに
  うつふし/\たりこはなそあなものくるおしの
  ものをちやあれたる所はきつねなとやう」30ウ

  のものゝ人をおひやかさんとてけおそろしう
  おもはするならんまろあれはさやうの物にはおと
  されしとてひきおこし給いとうたてみたり心ち
  のあしう侍れはうつふし/\て侍や御まへにこそ
  わりなくおほさるらめといへはそよなとかう
  はとてかひさくり給ふにいきもせすひきうこ
  かしたまへとなよ/\としてわれにもあらぬ
  さまなれはいといたくわかひたる人にて物に
  けとられぬるなめりとせむかたなき心ちし
  給しそくもてまいれり右近もうこくへき」31オ

  さまにもあらねはちかきみ几帳をひきよせて
  なをもてまいれとの給れいならぬ事にて御まへ
  ちかくもえまいらぬつゝましさになけし
  にもえのほらすなをもてこや所にしたかひ
  てこそとてめしよせて見給へはたゝこのま
  くらかみにゆめに見えつるかたちしたる女
  おもかけにみえてふときこ(こ#<朱>)えうせぬむかしの
  物かたりなとにこそかゝる事はきけといと
  めつらかにむくつけゝれとまつこの人いかに
  なりぬるそとおもほす心さはきに身のうへ」31ウ

  もしられ給はすそひふしてやゝとおとろかし
  給へとたゝひえにひえ入ていきはとくたえ
  はてにけりいはむかたなしたのもしく
  いかにといひふれ給へき人もなしほうし
  なとをこそはかゝるかたのたのもしきものには
  おほすへけれとさこそつよかり給へとわかき
  御心にていふかひなくなりぬるを見たまふに
  やるかたなくてつといたきてあか君いきいて
  給へいといみしきめなみせ給そとのたまへと
  ひえ入にたれはけはひものうとくなりゆく」32オ

  右近はたゝあなむつかしと思ける心ちみ
  なさめてなきまとふさまいといみし南殿の
  おにのなにかしのおとゝおひやかしけるた
  とひ
おほしいてゝ心つよくさりともい
  たつらになりはて給はしよるのこゑはおとろ/\
  しあなかまといさめ給ていとあはたゝしきに
  あきれたる心ちし給このおとこをめしてこゝに
  いとあやしう物におそはれたる人のなや
  ましけなるをたゝいまこれみつのあそむ
  のやとる所にまかりていそきまいるへき」32ウ

  よしいへとおほせよなにかしあさりそこに
  ものするほとならはこゝにくへきよししのひ
  ていへかのあま君なとのきかむにおとろ/\
  しくいふなかゝるありきゆるさぬ人なり
  なとものゝたまふやうなれとむねふたかり
  てこの人をむなしくしなしてんことの
  いみしくおほさるゝにそへて大かたのむ
  く/\しさたとへんかたなし夜中もす
  きにけんかし風のやゝあら/\しう吹
  たるはまして松のひゝきこふかくきこえてけ」33オ

  しきあるとりのからこゑになきたるもふ
  くろうはこれにやとおほゆうち思めくらすに
  こなたかなたけとおくうとましきに人こゑ
  はせすなとてかくはかなきやとりはとりつる
  そとくやしさもやらんかたなし右近は
  物もおほえす君につとそひたてまつりて
  わなゝきしぬへしまたこれもいかならんと
  心そらにてとらへ給へりわれひとりさかし
  き人にておほしやるかたそなきや火はほ
  のかにまたゝきてもやのきはにたてたる」33ウ

  ひやう風のかみこゝかしこのくま/\しく
  おほえ給にものゝあしおとひし/\とふみならし
  つゝうしろより/\くる心ちすこれ光とく
  まいらなんとおほすありかさためぬものにて
  こゝかしこ尋けるほとに夜のあくるほとの
  ひさしさは千世をすくさむ心ち給からうし
  て鳥のこゑはるかにきこゆるにいのちをか
  けてなにのちきりにかゝるめをみるらむ
  我心なからかゝるすちにおほけなくある
  ましき心のむくひにかくきしかたゆくさ」34オ

  きのためしとなりぬへきことはあるなめりし
  のふともよにあることかくれなくてうちに
  きこしめさむをはしめて人の思いはん
  事よからぬわらはへのくちすさひになるへき
  なめりあり/\ておこかましきなをとるへき
  かなとおほしめくらすからうしてこれみつの
  あそんまいれり夜中あか月といはす御心に
  したかへるものゝこよひしもさふらはてめし
  にさへおこたりつるをにくしとおほすもの
  からめしいれてのたまひいてんことのあえな」34ウ

  きにふともゝのいはれ給はす右近たいふ
  のけはひきくにはしめよりの事うち思い
  てられてなくを君もえたへ給はて我ひとり
  さかしかりいたきも給へりけるにこの人にいき
  をのへたまひてそかなしきこともおほされける
  とはかりいといたくえもとゝめすなきたまふ
  やゝためらひてこゝにいとあやしきことのある
  をあさましといふにもあまりてなんあり
  かゝるとみの事にはす経なとをこそはすなれ
  とてそのことゝもゝせさせんくわんなともたて」35オ

  させむとてあまりものせよといひつるはとの
  給に昨日山へまかりのほりにけりまついと
  めつらかなることにも侍かなかねてれいならす
  御心地ものせさせ給ことや侍つらんさることもな
  かりつとてなきたまふさまいとおかしけに
  らうたくみたてまつる人もいとかなしくてをの
  れもよゝとなきぬさいへととしうちねひ
  世中のとある事としほしみぬる人こそ
  ものゝおりふしはたのもしかりけれいつれ
  も/\わかきとちにていはむかたもなけれとこ」35ウ

  の院もりなとにきかせむことはいとひむなか
  るへしこの人ひとりこそむつましくも
  あらめをのつからものいひもらしつへきくゑ
  そくもたちましりたらむまつこの院を
  いておはしましねといふさてこれより人
  すくなゝる所はいかてかあらんとのたまふけに
  さそ侍らんかのふるさとは女房なとのかな
  しひにたへすなきまとひ侍らんにとなり
  しけくとかむるさと人おほく侍らんにをの
  つからきこえ侍らんを山寺こそなをかやう」36オ

  の事をのつからゆきましり物まきるゝこと
  侍らめと思まはしてむかし見たまへし女房
  のあまにて侍ひむかし山の辺にうつし
  たてまつらんこれみつかちゝの朝臣のめのと
  に侍しものゝみつわくみてすみ侍なり
  あたりは人しけきやうに侍れといとかこかに
  侍りときこえてあけはなるゝほとのまき
  れに御車よすこの人をえいたき給ふ
  ましけれはうはむしろにをしくゝみて
  これみつのせたてまつるいとさゝやかにて」36ウ

  うとましけもなくらうたけなりしたゝ
  かにしもえせねはかみはこほれいてたるも
  めくれまとひてあさましうかなしとおほ
  せはなりはてんさまをみむとおほせとはや
  御むまにて二条院へおはしまさん人さはかし
  くなり侍らぬほとにとて右近をそへての
  すれはかちより君にむまはたてまつりてくゝ
  りひきあけなとしてかつはいとあやしく
  おほえぬをくりなれと御けしきのいみし
  きを見たてまつれは身をすててゆくに」37オ

  君は物もおほえ給はすわれかのさまにてお
  はしつきたり人々いつこよりおはします
  にかなやましけにみえさせ給なといへとみ丁
  のうちに入給てむねをゝさへておもふにいと
  いみしけれはなとてのりそひていかさりつ
  らんいきかへりたらんときいかなる心地せん
  みすてゝゆきあかれにけりとつらくやおも
  はむと心まとひの中にもおもほすに御むね
  せきあくる心ちし給御くしもいたく身も
  あつき心ちしていとくるしくまとはれた」37ウ

  まへはかくはかなくて我もいたつらになり
  ぬるなめりとおほす日たかくなれとおき
  あかりたまはねは人々あやしかりて御か
  ゆなとそゝのかしきこゆれとくるしくて
  いと心ほそくおほさるゝにうちより御つかひあり
  昨日えたつねいてたてまつらさりしより
  おほつかなからせ給大殿のきんたちまいり
  給へと頭中将はかりをたちなからこなたに
  いりたまへとのたまひてみすのうちなから
  の給ふめのとにて侍ものゝこの五月のころ」38オ

  をいよりおもくわつらひ侍しかかしらそり
  いむことうけなとしてそのしるしにやよみ
  かへりたりしをこのころまたおこりてよはく
  なんなりにたるいま一たひとふらひみよと
  申たりしかはいときなきよりなつさひし
  ものゝいまはのきさみにつらしとやおも
  はんとおもふ給へてまかれりしにそのいゑな
  りけるしも人のやまひしけるかにはかに
  いてあえてなくなりにけるをおちはゝ
  かりて日をくらしてなんとりいて侍ける」38ウ

  をきゝつけ侍しかは神事なるころいと
  ふひんなることゝ思たまへかしこまりて
  えまいらぬなりこのあか月よりしはふき
  やみにや侍らんかしらいといたくてくるしく侍
  れはいとむらいにてきこゆることなとのたまふ
  中将さらはさるよしをこそそうし侍らめ
  よへも御あそひにかしこくもとめたてまつら
  せ給て御気色あしく侍りきときこえ給
  てたちかへりいかなるいきふれにかゝらせ
  給そやのへやらせ給ことこそまことゝ思給へ」39オ

  られねといふにむねつふれ給てかくこま
  かにはあらてたゝおほえぬけからひにふれたる
  よしをそうし給へいとこそたい/\しく侍れと
  つれなくの給へと心の中にはいふかひなくかなし
  きことをおほすに御心ちもなやましけれは
  人にめもみあはせたまはすくら人の弁
  をめしよせてまめやかにかゝるよしをそう
  せさせ給大殿なとにもかゝることありてえま
  いらぬ御せうそこなときこえ給日くれてこ
  れみつまいれりかゝるけからひありとのた」39ウ

  まひてまいる人/\もみなたちなからま
  かつれは人しけからすめしよせていかにそ
  いまはと見はてつやとのたまふまゝに袖を御
  かほにをしあてゝなき給これ光もなく/\
  いまはかきりにこそは物し給めれなか/\とこ
  もり侍らんもひんなきをあすなん日よろし
  く侍らはとかくの事いとたうときらうそうの
  あひしりて侍にいひかたらひつけ侍ぬると
  きこゆそひたりつる女はいかにとの給へはそれ
  なん又えいくましく侍めるわれもをくれしと」40オ

  まとひ侍てけさはたにゝおち入ぬとなんみ給へ
  つるかのふるさと人につけやらんと申せとし
  はし思ひしつめよとことのさま思めくらして
  となんこしらへをき侍つるとかたりきこゆるま
  まにいといみしとおほして我もいと心ちなや
  ましくいかなるへきにかとなんおほゆるとの給
  ふなにかさらにおもほしものせさせ給さるへき
  にこそよろつのこと侍らめ人にももらさし
  とおもふ給ふれはこれ光おりたちてよろ
  つはものし侍なと申すさかしさみな思な」40ウ

  せとうかひたる心のすさひに人をいたつらにな
  しつるかことおひぬへきかいとからき也少将の
  命婦なとにもきかすなあま君ましてかやう
  のことなといさめらるゝを心はつかしくなん
  おほゆへきとくちかため給ふさらぬほうしはら
  なとにもみないひなすさまことに侍ときこ
  ゆるにそかゝりたまへるほのきく女房なと
  あやしくなにことならんけからひのよし
  のたまひてうちにもまいり給はすまた
  かくさゝめきなけき給ふとほの/\あや」41オ

  しかるさらにことなくしなせとそのほ
  とのさほうのたまへとなにかこと/\しく
  すへきにも侍らすとてたつかいとかなしく
  おほさるれはひんなしとおもふへけれといま
  ひとたひかのなきからを見さらむかいといふ
  せかるへきをあまにてものせんとの給ふを
  いとたい/\しきことゝはおもへとさおほされんは
  いかゝせむはやおはしまして夜ふけぬさ
  きにかへらせおはしませと申せはこのころ
  の御やつれにまうけたまへるかりの御さ」41ウ

  うそくきかへなとしていて給ふ御心ちかき
  くらしいみしくたへかたけれはかくあや
  しきみちにいてたちてもあやうかりし
  ものこりにいかにせんとおほしわつらへとな
  をかなしさのやるかたなくたゝいまのからを
  見ては又いつの世にかありしかたちをも見
  むとおほしねむしてれゐのたいふすいし
  むをくしていて給ふみちとをくおほゆ
  十七日の月さしいてゝかはらのほと御さきの
  火もほのかなるにとりへのゝかたなと見」42オ

 やりたるほとなと物むつかしきもなにともおほ
  え給はすかきみたる心ちし給ておはしつきぬ
  あたりさへすこきにいたやのかたはらにた
  うたてゝおこなへるあまのすまゐいとあはれ
  なりみあかしのかけほのかにすきて見ゆ
  その屋には女ひとりなくこゑのみして
  とのかたにほうしはら二三人物語しつゝ
  わさとのこゑたてぬねん仏そするてら/\
  のそやもみなおこなひはてゝいとしめやか也
  きよみつのかたそひかりおほくみえ人の」42ウ

  けはひもしけかりけるこのあまきみのこなる
  たいとこのこゑたうとくてきやうゝちよみ
  たるに涙ののこりなくおほさるいりたま
  へれはひとりそむけて右近はひやう風へたてゝ
  ふしたりいかにわひしからんとみ給ふおそろ
  しきけもおほえすいとらうたけなる
  さましてまたいさゝかかはりたるところ
  なしてをとらへてわれにいま一たひこゑを
  たにきかせ給へいかなるむかしのちきり
  にかありけんしはしのほとに心をつくして」43オ

  あはれにおもほえしをうちすてゝまとはし
  給かいみしきことゝこゑもおしますなき給ふ
  ことかきりなしたいとこたちもたれとはしら
  ぬにあやしとおもひてみな涙をとし
  けり右近をいさ二条へとのたまへととし
  ころおさなく侍しよりかた時たちはなれ
  たてまつらすなれきこえつる人ににはかに
  わかれたてまつりていつこにかかへり侍らん
  いかになり給にきとか人にもいひ侍らんかな
  しきことをはさる物にて人にいひさはかれ」43ウ

  侍らんかいみしきことゝいひてなきまとひて
  けふりにたくひてしたひまいりなんと
  いふことはりなれとさなむ世の中はあるわかれと
  いふものかなしからぬはなしとあるもかゝるもお
  なしいのちのかきりある物になんあるおもひ
  なくさめてわれをたのめとの給こしらへて
  かくいふ我身こそはいきとまるましき心地
  すれとの給ふもたのもしけなしやこれ光
  夜はあけかたになり侍ぬらんはやかへらせ給
  なんときこゆれはかへりみのみせられてむ」44オ

  ねもつとふたかりていてたまふみちいと露
  けきにいとゝしき朝きりにいつことも
  なくまとふ心ちし給ふありしなからうちふし
  たりつるさまうちかはし給へりしかわか御く
  れなゐの御そのきられたりつるなといか
  なりけん契にかとみちすからおほさる御むま
  にもはか/\しくのりたまふましき御さま
  なれはまたこれ光そひたすけておはし
  まさするにつゝみのほとにて御むまより
  すへりおりていみしく御心ちまとひけれは」44ウ

  かゝるみちの空にてはふれぬへきにやあらん
  さらにえいきつくましき心ちなんする
  とのたまふにこれみつ心地まとひてわか
  はか/\しくはさのたまふともかゝるみちに
  いて/\たてまつるへきかはとおもふにいと心あは
  たゝしけれはかのみつにてをあらひてきよ
  みつのくわんをんをねむしたてまつりても
  すへなくおもひまとふ君もしゐて御心を
  おこして心のうちに仏をねんし給て
  またとかくたすけられ給てなん二条院」45オ

  へかへり給けるあやしう夜ふかき御ありき
  を人々みくるしきわさかなこのころれいより
  もしつ心なき御しのひありきのしきる中
  にも昨日の御けしきのいとなやましうおほ
  したりしにいかてかくたとりありき給ふ
  らんとなけきあへりまことにふし給ぬるまゝ
  にいといたくくるしかり給て二三日になりぬ
  るにむけによはるやうにし給うちにもきこ
  しめしなけくことかきりなし御いのり
  かた/\にひまなくのゝしるまつりはらへす」45ウ

  ほうなといひつくすへくもあらすよにたく
  ひなくゆゝしき御ありさまなれはよになか
  くおはしますましきにやとあめのしたの
  人のさはきなりくるしき御心ちにもかの右近
  をめしよせてつほねなとちかくたまひて
  さふらはせ給ふこれ光心ちもさはきまとへと
  思のとめてこの人のたつきなしとおもひ
  たるをもてなしたすけつゝさふらはす君は
  いさゝかひまありておほさるゝ時はめしいてゝ
  つかひなとすれはほとなくましらひつき」46オ

  たりふくいとくろくしてかたちなとよからねと
  かたわに見くるしからぬわかうとなりあやしう
  みしかゝりける御契にひかされてわれも
  よにえあるましきなめとしころのたのみ
  うしなひて心ほそくおもふらんなくさめに
  もゝしなからへはよろつにはくゝまむとこそ
  思しかほとなく又たちそひぬへきかくち
  をしくもあるへきかなとしのひやかにの給て
  よはけになき給へはいふかひなきことをは
  をきていみしくおしとおもひきこゆ殿の」46ウ

  うちの人あしをそらにておもひまとふうち
  より御つかひあめのあしよりもけにしけし
  おほしなけきおはしますをきゝ給にいとかた
  しけなくてせめてつよくおほしなる大殿
  もけいめいし給ておとゝ日々にわたり給
  つゝさま/\のことをせさせ給ふしるしにや
  廿よ日いとおもくわつらひ給つれとことなる
  なこりのこらすおこたるさまにみえ給け
  からひいみ給しもひとへにみちぬるよなれは
  おほつかなけらせ給御心わりなくてうちの」47オ

  御とのゐ所にまいりたまひなとす大殿
  わか御くるまにてむかへたてまつり給て御物
  いみなにやとむつかしうつゝしませたてまつり
  給われにもあらすあらぬ世によみかへりたる
  やうにしはしはおほえ給ふ九月廿日の程にそ
  おこたりはて給ていといたくおもやせ給へれと
  なか/\しくなまめかしくてなかめかちに
  ねをのみなきたまふ見たてまつりとかむる
  人もありて御ものゝけなめりなといふもあり
  右近をめしいてゝのとやかなる夕くれに」47ウ

  物語なとし給てなをいとなむあやしき
  なとてその人としられしとはかくい給へりしそ
  まことにあまのこなりともさはかりにおもふを
  しらてへたて給しかはなんつらかりしとのた
  まへはなとてかふかくかくしきこえ給ことは侍らん
  いつのほとにてかはなにならぬ御なのりをきこえ
  給はんはしめよりあやしうおほえぬさま
  なりし御ことなれはうつゝともおほえすなん
  あるとのたまひて御なかくしもさはかりに
  こそはときこえ給なからなをさりにこそ」48オ

  まきらはし給らめとなんうきことにおほし
  たりしときこゆれはあいなかりける心くらへ
  ともかなわれはしかへたつる心もなかりきたゝ
  かやうに人にゆるされぬふるまひをなん
  またならはぬことなるうちにいさめの給はする
  をはしめつゝむことおほかる事にてはかなく
  人にたはふれことをいふもところせうとり
  なしうるさき身のありさまになんあるを
  はかなかりしゆふへよりあやしう心にかゝり
  てあなかちにみたてまつりしもかゝるへき」48ウ

  契こそはものし給けめとおもふもあはれになん
  またうちかへしつらうおほゆるかうなかゝる
  ましきにてはなとさしも心にしみてあは
  れとおほえ給けん猶くはしくかたれいまは
  なに事をかくすへきそ七日/\に仏かゝせて
  もたかためとか心のうちにもおもはんとの給へは
  なにかへたてきこえさせ侍らんみつからしのひ
  すくし給しことをなき御うしろにくちさか
  なくやはと思ふたまふはかりになんおやたちは
  はやうせ給にき三位の中将となんきこえ」49オ

  しいとらうたき物におもひきこえ給へりし
  かと我身のほとの心もとなさをおほすめり
  しにいのちさへたへ給はすなりにしのち
  はかなきものゝたよりにて頭中将なんまた
  少将にものし給し時みそめたてまつらせ
  給て三年はかりは心さしあるさまにかよひ
  給しをこそのあきころかの右の大殿より
  いとおそろしきことのきこえまてこしに物
  をちをわりなくし給し御心にせんかたなく
  おほしをちてにしの京に御めのとすみ」49ウ

  侍所になんはひかくれ給へりしそれもいと
  みくるしきにすみわひ給て山さとに
  うつろひなんとおほしたりしをことしよりは
  ふたかりけるかたに侍けれはたかふとてあや
  しき所に物し給しを見あらはされたて
  まつりぬることゝおほしなけくめりしよの
  人ににすものつゝみをし給て人に物
  おもふけしきをみえんをはつかしきものに
  したまひてつれなくのみもてなして
  御らむせられたてまつり給めりしかと」50オ

  かたりいつるにされはよとおほしあはせて
  いよ/\あはれまさりぬおさなき人まとはし
  たりと中将のうれへしはさる人やととひ
  たまふしかおとゝしの春そ物し給へりし
  女にていとらうたけになんとかたるさてい
  つこにそ人にさとはしらせてわれにえさせ
  よあとはかなくいみしとおもふ御かたみにいと
  うれしかるへくなんとの給ふかの中将にもつたふ
  へけれといふかひなきかことをいなんとさま
  かうさまにつけてはくゝまむにとかある」50ウ

  ましきをそのあらんめのとなとにもこと
  さまにいひなしてものせよかしなと
  かたらひ給ふさらはいとうれしくなん侍へき
  かのにしの京にておひいて給はんは心くるしく
  なんはか/\しくあつかふ人なしとてかし
  こになときこゆ夕暮のしつかなるに空の
  けしきいとあはれに御まへのせむさいかれ/\
  にむしのねもなきかれてもみちのやう/\
  いろつくほとゑにかきたるやうにおもしろ
  きを見わたして心よりほかにおかしき」51オ

  ましらいかなとかのゆふかほのやとりを思
  いつるもはつかしたけのなかにいゑはとゝ
  いふとりのふつつかになくをきゝ給てかの
  ありし院にこのとりのなきしをいとお
  そろしとおもひたりしさまのおもかけに
  らうたくおほしいてらるれはとしはいくつ
  にかものし給しあやしくよの人にゝすあ
  へかに見え給しもかくなかゝるましくてなり
  けりとのたまふ十九にやなり給けん右近
  はなくなりにける御めのとのすてをきて」51ウ

  侍けれは三位の君のらうたかり給てかの
  御あたりさらすおほしたて給しをおもひ
  たまへいつれはいかてかよに侍らんすらんいと
  しも人にとくやしくなんものはかなけに
  ものしたまいし人の御心をたのもし
  き人にてとしころならひ侍けることゝき
  こゆはかなひたるこそはらうたけれかし
  こく人になひかぬいと心つきなきはさなり
  身つからはか/\しくすくよかならぬ心
  ならひに女はたゝやはらかにとりはつして」52オ

  人にあさむかれぬへきかさすかにもの
  つゝみしみん人の心にはしたかはんなむ
  あはれにて我心のまゝにとりなをしてみん
  になつかしくおほゆへきなとのたまへはこの
  かたの御このみにはもてはなれたまはさりけり
  と思給ふるにもくちをしく侍わさかなとて
  なくそらのうちくもりて風ひやかなるにいと
  いたくなかめ給て
    見し人の煙を雲となかむれはゆふへの空も
  むつましきかなひとりこち給へとえさし」52ウ

  いらへもきこえすかやうにておはせましかはと
  おもふにもむねふたかりておほゆみゝかしか
  ましかりしきぬたのをとをおほしいつるさへ
  恋しくてまさになかき夜とうちすむ
  してふしたまへりかのいよのいゑのこ君
  まいるおりあれとことにありしやうなること
  つてもし給はねはうしとおほしはてにける
  をいとをしと思にかくわつらひ給ふをきゝ
  てさすかにうちなけきけりとをくゝ
  たりなとするをさすかに心ほそけれは」53オ

  おほしわすれぬるかと心みにうけ給なや
  むをことにいてゝはえこそ
    とはぬをもなとかととはてほとふるにいかは
  かりかはおもひみたるゝますたはまことに
  なむときこえたりめつらしきにこれも
  あはれわすれ給はすいけるかひなきや
  たかいはましことにか
    うつせみの世はうき物としりにしをたま
  ことの葉にかゝるいのちよはかなしやと御
  てもうちわなゝかるゝにみたれかき給へる」53ウ

  いとゝうつくしけなりなをかのもぬけを
  わすれ給はぬをいとをしうもおかしうも思
  けりかやうににくからすはきこえかはせとけ
  ちかくとは思ひよらすさすかにいふかひなか
  らすは見えたてまつりてやみなんとおもふ
  なりけりかのかたつかたはくら人の少将を
  なんかよはすときゝ給あやしやいかにおもふらん
  と少将の心のうちもいとをしくまたかの
  人のけしきもゆかしけれはこ君して
  しに返りおもふ心はしり給へりやといひつかはす」54オ

    ほのかにも軒はの荻をむすはすは露の
  かことをなにゝかけましたかやかなるおきに
  つけてしのひてとの給つれととりあ
  やまちて少将もみつけてわれなりけりと
  おもひあはせはさりともつみゆるしてんと
  おもふ御心おこりそあひなかりける少将の
  なきかほにみすれは心うしとおもへとかく
  おほしいてたるもさすかにて御返くちと
  きはかりをかことにてとらす
    ほのめかす風につけてもした荻の」54ウ

  なかはゝ霜にむすほゝれつゝてはあしけなるを
  まきらはしされはみてかいたるさましな
  なしほかけにみしかほおほしいてらるうち
  とけてむかひゐたる人はえうとみはつ
  ましきさまもしたりしかななにの心はせ
  ありけもなくさうときほこりたりし
  よとおほしいつるにゝくからすなをこり
  すまに又もあたなたちぬへき御心の
  すさひなめりかの人の四十九日しのひて
  ひえの法花堂にてことそかすさうそく」55オ

  よりはしめてさるへき物ともこまかにすき
  やうなとせさせ給ぬきやう仏のかさりまて
  おろかならすこれみつかあにのあさりいと
  たうとき人にてになうしけり御ふみの
  しにてむつましくおほすもんさうはかせ
  めして願文つくらせ給ふその人となくて
  あはれとおもひし人のはかなきさまになり
  にたるをあみた仏にゆつりきこゆる
  よしあはれけにかきいて給へれはたゝ
  かくなからくはふへきこと侍らさめりと申す」55ウ

  しのひ給へと御涙もこほれていみしく
  おほしたれはなに人ならむその人とき
  こえもなくてかうおほしなけかすはかりなり
  けんすくせのたかさといひけりしのひててう
  せさせ給へりけるさうそくのはかまをとり
  よせさせ給て
    なく/\もけふはわかゆふしたひもをいつれ
  の世にかとけてみるへきこのほとまては
  たゝようなるをいつれのみちにさた
  まりてをむくらんとおもほしやりつゝ」56オ

  ねんすをいとあはれにし給頭中将をみ
  給ふにもあいなくむねさはきてかのなて
  しこのおひたつありさまきかせまほし
  けれとかことにおちてうちいて給はすかれ
  かの夕かほのやとりにはいつかたにと思まと
  へとそのまゝにえたつねきこえす右近
  たにをとつれねはあやしと思なけき
  あへりたしかならねとけはひをさはかり
  にやとさゝめきしかはこれみつをかこち
  けれといとかけはなれけしきなくいひ」56ウ

  なしてなをおなしことすきありきけれは
  いとゝゆめの心ちしてもしすりやうの
  ことものすき/\しきか頭の君にをちき
  こえてやかていてくたりにけるにやとそ思
  よりけるこのいゑあるしそにしのきやうの
  めのとのむすめなりける三人そのこはありて
  右近はこと人なりけれは思ひへたてゝ御あり
  さまをきかせぬなりけりとなきこひけり
  右近いたかしかましくいひさはかんをおも
  ひてきみもいまさらにもらさしと」57オ

  しのひ給へはわかきみのうへをたにえき
  かすあさましくゆくゑなくてすき君は
  ゆめをたに見はやとおほしわたるにこの
  法事し給てまたのよほのかにかの
  ありし院なからそひたりし女のさま
  もおなしやうにて見えけれは・あれたりし所
  にすみけんものゝわれにみいれけんたより
  にかくなりぬることゝおほしいつるにもゆゝし
  くなんいよのすけ神無月のついたちころ
  にくたる女はうのくたらんにとてたむけ」57ウ

  心ことにせさせ給またうち/\にもわさと
  し給てこまやかにおかしきさまなる
  くしあふきおほくしてぬさなとわさとか
  ましくてかのこうちきもつかはす
    あふまてのかた見はかりとみしほとにひたすら
  袖のくちにけるかなこまかなることゝもあれと
  うるさけれはかゝす御つかひかへりにけれとこ
  君してこうちきの御返はかりはきこえさせたり
    せみのはもたちかへてける夏衣かへすを
  みてもねはなかれけりおもへとあやしう人に」58オ

  にぬ心つよさにてもふりはなれぬるかなと
  思つゝけたまふけふそ冬たつ日なりける
  もしるくうちしくれて空のけしきいと
  あはれなりなかめ暮し給て
    すきにしもけふわかるゝも二みちにゆく
  かたしらぬ秋のくれかななをかく人しれぬ
  ことはくるしかりけりとおほししりぬらん
  かしかやうのくた/\しき事はあなかちに
  かくろへしのひ給しもいとをしくてみな
  もらしとゝめたるをなとみかとの御こならん」58ウ

  からに見ん人さへかたほならす物ほめかち
  なるとつくりことめきてとりなす人もの
  し給けれはなんあまりものいひさかなき
  つみさりところなく」59オ

(白紙)」59ウ

【奥入01】揚名介
    此事源氏第一之難儀也非可勘知事(戻)
【奥入02】長恨哥
    七月七日長生殿夜半無人私語時
    在天願作比翼鳥天長地久有時尽
    此恨綿々無絶期(戻)
【奥入03】いはぬまはちとせをすくす心ちして
    まつはまことに久しかりけり此哥近代
    哥歟
    不立此證哥(戻)」60オ

【奥入04】貞信公於南殿御後被取釼鞘給抜
    釼給之由在大鏡無他所見歟人口伝歟(戻)」60ウ

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