若紫(大島本) First updated 9/24/2003(ver.1-1)
Last updated 10/31/2006(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

若 紫


《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「わかむらさき」(題箋)

  わらはやみに・わ(わ+つ<朱>)らひ給て・よろつにまし
0001【わらはやみ】-瘧病
0002【ましなひ】-厭<日>
  なひ・かちなとまいらせ給へと・しるしなく
0003【かちなと】-加ハ隆加也持ハ護持也
  て・あまたゝひおこり給けれは・ある人
  きた山になむ・なにかし寺といふ所に・
0004【きた山】-向南山万
0005【なにかし寺】-鞍馬寺
  かしこき・をこなひ人侍る・こその夏も・
  世におこりて・人/\ましなひわつらひ
  しを・やかてとゝむるたくひ・あまた侍
  りき・しゝこらう(う$か<朱>)しつる時は・うたて侍
  を・とくこそ心見させたまはめなと・きこふ(こふ#こゆ<朱墨>)
  れは・めしにつかはしたるに・おいかゝまりて・」1オ
0006【かゝまり】-屈
  むろのとにもまかてすと申たれは・いかゝ
  はせむ・いとしのひて・ものせんとの給て・御
  ともにむつましき四五人はかりして・また
  あか月に・おはす・やゝふかういる所なりけり・
  三月のつこもりなれは・京の花さかりは
  みなすきにけり・やまのさくらはまたさかり
0007【やまのさくらはまたさかり】-\<朱合点> ふるサトノ花ハちりつゝみよしのゝ山の桜はまたサカリナリ赤人(新古今1979・家持集58、紫明抄・河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 里ハミナチリハテニシヲ足引の山の桜はまたサカリ也躬恒(玉葉集227・躬恒集401、亥本紫明抄・紫明抄/河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  にて・いりもておはするまゝに・かすみのたゝす
  まひも・おかしうみゆれは・かゝるありさまも・
  ならひ給はす・ところせき御身にて・めつらし
0008【ところせき御身】-ひろき心也所もせきあえぬ也
  う(△&う)おほされけり・寺のさまもいとあはれなり・」1ウ
  みねたかくふかき・いは(は+屋)の中にそ・ひしりいり
0009【いは屋の中に】-古今いかならんいはほの中にすまハかは世のうきことのきこえこさらん<左>(古今952・古今六帖1002、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  ゐたりける・のほり給ひて・たれともしらせ
  給はす・いといたうやつれ給へれと・しるき御さ
  まなれは・あなかしこや・一日めし侍しにや・
0010【あなかしこや】-ひしりの詞
  おはしますらむ・いまはこの世の事を・思ひ
  給へねは・けんかたのをこなひも・すてわすれて
0011【けんかた】-修験也
  侍るを・いかてかうおはしましつらむと・おとろき
  さはき・うちゑみつゝ見たてまつる・いとたう
  とき・たいとこなりけり・さるへきものつ
0012【たいとこ】-大徳<ホウシ>
  くりてすかせたてまつり・かちなとまいる」2オ
0013【すかせ】-飲心ナリ
  ほと・ひたかくさしあかりぬ・すこしたちい
  てつゝ・見わたし給へは・たかき所にて・こゝかし
  こ僧房とも・あらはに見おろさるる・たゝこの
  つゝらおりのしもに・おなしこしはなれと・う
0014【つゝらおり】-盤折文集九折文選 清少納言枕草子とをくテちかき物くらまのつゝらおり
  るはしくしわたして・きよけなるやら
0015【らう】-廊
  うなとつゝけて・こたちいとよしあるは・なに
  人のすむにかと・ゝひ給へは・御ともなる人・これ
  なんなにかしそうつの・二とせ・こもり侍るか
0016【なにかしそうつ】-覚忍僧都号北山僧都見栄花物語
  たに侍るなる・心はつかしき人すむなる
0017【心はつかしき】-源氏
  所にこそあなれ・あやしうも・あまりやつ」2ウ
  しけるかな・きゝもこそすれなと・のたまふ・
  きよけなる・わらはなと・あまたいてきて・
  あかたてまつり・はなおりなとするも・あらはに・
  見ゆ・かしこに女こそありけれ・そうつはよも
0018【かしこに】-御共人之詞
  さやうにはすへ給はしを・いかなる人ならむと・
  くち/\いふ・おりてのそくもあり・おかしけ
  なる女ことも・わかき人わらはへなんみ
  ゆるといふ・君はをこなひしたまひつゝ・
  日たくるまゝに・いかならんと・おほしたる
  を・とかうまきらはさせ給て・おほしいれぬ」3オ
0019【とかうまきらはさせ】-大徳詞
  なん・よく侍ると・きこゆれは・しりへの山に・
0020【しりへの山】-門前秋水後秋終日蕭々晩望閑紀納言
  たちいてゝ・京のかたを見給・はるかにかすみ
  わたりて・よものこすへ・そこはかとなう・けふり
  わたれるほと・ゑにいとよくもにたるかな・かゝる
  所にすむ人・心におもひのこすことは・あらし
  かしとの給へは・これはいとあさく・侍り・人のく
0021【これは】-御共人の詞
0022【人のくに】-他国也非異朝
  になとに侍る・うみ山のありさまなとを・御らん
  せさせ(せ+て)侍らは・いかに御ゑいみしうまさら
  せ給はむ・ふしの山・なにかしのたけなと・か
0023【なにかしのたけ】-大峯尺迦嵩<ダケ>あさまいつれにてもありなん
  たりきこゆるもあり・又にしくにの・おもし」3ウ
  ろき浦うら・いそのうへを・いひつゝくるもあり
  て・よろつにまきゝ(ゝ$ら<朱>)はしきこゆ・ちかき所に
0024【ちかき所に】-蔵人大夫良清か物語也良清播磨守子也
  ははりまのあかしのうらこそ・なをことに侍
  れ・なにのいたりふかき・くまはなけれと・たゝ
0025【くま】-隈
  うみのおもてを・みわたしたるほとなん・
  あやしくこと所ににす・ゆほひる(る#か)なる・所
0026【ゆほひかなる】-日本記寛也ひろき心ナリ<右> みよしのゝ大川水のゆほひかにあらぬ物から浪のたつらん(古今六帖1527、源氏古注・河海抄・孟津抄)
  に侍る・かのくにのさきのかみ・しほちのむす
0027【しほちのむすめ】-新発也明石入道是也明石上事自此物語始レリ
  め・かしつきたるいゑ・いといたしかし・大臣
0028【いといたしかし】-かたはらいたきほとなりといふ也
  のゝちにて・いてたちもすへかりける人の・
0029【いてたち】-出立於仕事也
  よのひかものにて・ましらひもせす・近衛」4オ
0030【近衛の中将をすてゝ】-藤原実方朝臣長徳元正月十三日辞左中将任陸奥守即日還昇
  の中将をすてゝ・申給はれりけるつる(る$か<朱>)さ
  なれと・かのくにの人にも・すこしあなつら
  れて・なにのめいもくにてか・又みやこにもか
  へらんといひて・かしらもおろし侍りにける
  を・すこしおくまりたる山すみもせて・さる
0031【おくまり】-奥
  うみつらにいてゐたる・ひか/\しきやうなれと・
  けにかのくにのうちに・さも人のこもりゐぬ
  へき所/\はありなから・ふかきさとは・人はな
  れ心すこく・わかきさいしの・おもひわひぬ
  へきにより・かつは心をやれるすまひになん」4ウ
  侍る・さいつころ・まかりくたりて侍りし
0032【さいつころ】-近曽万葉
  ついてに・ありさまみたまへによりて侍りし
  かは・京にてこそ・ところえぬやうなりけれ・
  そこえ(え#ら)はるかにいかめしうしめて・つくれ
0033【そこら】-幾多
  るさま・さはいへと・くにのつかさにて・しをき
  ける事なれは・のこりのよはひ・ゆたかに
  ふへき・心かまへもになく・したりけり・のちの
0034【になく】-無二
  世のつとめもいとよくして・中/\ほうしま
  さりしたる人になん・侍りけると申せは・
  さてそのむすめはとゝひ給ふ・けしうはあらす・」5オ
0035【さてそのむすめは】-源氏詞
0036【けしうはあらす】-良清詞
  かたち心はせなと侍るなり・たい/\のくに
0037【たい/\のくにのつかさ】-代々国司ハあまたの国司をいふ
  のつかさなと・よういことにして・さる心はへみ
  すなれと・さらにうけひかす・わか身のかく
  いたつらに・しつめるたにあるを・この人ひ
  とりにこそあれ・おもふさまことなり・もしわれ
  にをくれて・その心さしとけす・このおもひ
  をきつる・すくせたかはゝ・うみにいりねと・つね
  にゆいこしをきて侍るなるときこゆれは・
  君もおかしときゝ給ふ・人/\かいりうはう
0038【君】-源氏
0039【人/\】-御供
0040【かいりうはうのきさき】-大香王女事<左>
  のきさきになるへき・いつきむすめなゝり・心」5ウ
  たかさくるしやとてわらふ・かくいふは・
  はりまのかみのこの・くら人より・ことし
  かうふりえたるなりけり・いとすきたる
0041【かうふりえたる】-叙爵也正月五日叙位須巡爵
  ものなれは・かの入道のゆいこむやふりつ
  へき心はあらんかし・さてたゝすみよるならむ
  といひあへり・いてさいふとも・ゐ中ひたらむ・
  おさなくより・さる所におひいてゝ・ふるめい
  たるおやにのみ・したかひたらむは・はゝこそ
  ゆへあるへけれ・よきわかうと・わらはなと・みや
  このやむことなきところ/\より・るいにふれ」6オ
  てたつねとりて・まはゆくこそ・もてなす
  なれ・なさけなき人なりてゆかは・さて心や
0042【なさけなき人】-後々の国司をいふ 素寂説ニ字一説誤也
0043【なりてゆかは】-なりゆかハゝ国の守になりゆくをいふ
  すくてしもえをきたらしをやなといふ
  もあり・君なに心ありて・うみのそこまてふ
0043【君】-源氏
  かうおもひいるらむ・そこのみるめもも#)も・
0044【そこのみるめも】-\<朱合点> 六帖あまのすむ底の見るめもはつかしくいそにおひたるハかめをそつむ(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  のむつかしうなとのたまひて・たゝならす(す#す)
  おほしたり・かやうにても・なへてならす・も
  てひかみたる事・このみ給御心なれは・御みゝ
  とゝまらむをやと・みたてまつる・くれかゝり
  ぬれとおこらせ給はす・なりぬるにこそは」6ウ
  あめれ・はやかへらせ給なんとあるを・たいとこ・御
  もの(の+の)けなとくはら(ら$は<朱>)れるさまにおはしまし
  けるを・こよひはなを・しつかにかちなとまいり
  て・いてさせ給へと申す・さもある事と・みな
  人申す・君もかゝるたひねもならひた
  まはねは・さすかにおかしくて・さらは・あか
  月にとの給ふ・人なくてもつれ/\なれは・夕
  くれのいたうかす(す+み<朱>)たるにまきれて・かのこし
  はかきのほとに・たちいて給・人/\はかへし
  給て・これみつのあそむとのそき給へは・たゝ」7オ
0045【のそき給へは】-源氏墻間見事
  このにしおもてに・しも仏すへたてまつ
  りて・をこなふあまなりけり・すたれすこし
0046【あまなりけり】-紫上祖母按察大納言後室
  あけて・花たてまつるめり・中のはしらに
  よりゐて・けうそくのうへに・きやうををき
  て・いとなやましけによみゐたる・あまきみ
  たゝ人と見えす・四十よはかりにて・いとし
  ろうあてにやせたれとつらつきふくらかに・
  まみのほと・かみのうつくしけに・そかれたる
0047【そかれたる】-垂尼也
  すゑも・中/\なかきよりも・こよなう・いまめ
  かしきものかなと・あはれに見給・きよけなる」7ウ
  おとな・ふたりはかり・さてはわらはへそ・いていり
  あそふ・中に十はかりやあらむ(む+と<朱>)みえて・しろ
0048【十はかり】-紫上是ナリ
  ききぬ・山ふきなとの・なへたるきて・はしり
0049【山ふき】-花山吹面薄朽葉裏黄裏山吹面黄裏紅
  きたる女こ・あまたみえつる・こともににる
  へうもあらす・いみしくおいさきみえて・うつ
  くしけなるかたちなり・かみはあふきを
0050【かたちなり】-長恨哥釵留一股合一扇におもひよそへたり
  ひろけたるやうに・ゆら/\として・かほは
  いとあかくすりなしてたてり・なに事
0051【あかくすりなして】-なきてかほのあかき也
  そや・わらはへと・はらたち給へるかとて・あ
  まきみのみあけたるに・すこしおほえ」8オ
  たるところあれは・こなめりとみ給・すゝめ
  のこをいぬきか・にかしつる・ふせこのうちに・
0052【いぬき】-犬公上東門院の上童に此名アリ
  こめたりつるものをとて・いとくちおしと
  おもへり・このゐたるおとな・れいの心なしの・かゝる
0053【おとな】-少納言乳母の詞ナリ
  わさをして・さいなまるゝこそ・いと心つきな
  けれ・いつかたへかまかりぬる・いとおかしう・やう/\
  なりつるものを・からすなともこそ・みつく
  れとて・たちてゆく・かみの(の$ゆ)るゝかにいとなか
  くめやすき人なめり・少納言のめのとゝこ
  そ人いふめるは・このこのうしろみなるへし・」8ウ
  あま君いて・あなおさなや・いふかひなうも
  のし給かな・をのかかく・けふあすにおほゆる
0054【けふあす】-依所労也
  いのちをは・なにともおほしたらて・すゝめし
  たひ給ほとよ・つみうることそと・つねにきこ
  ゆるを・心うくとて・こちやといへは・つゐゝたり・
  つらつき・いとらうたけにて・まゆのわたりうち
0055【つらつき】-頬
  けふり・いはけなく・かいやりたる・ひたいつ
  きかむさし・いみしううつくし・ねひゆか
0056【ねひゆかむ】-調
  むさまゆかしき人かなと・めとまり給さる
  は・かきりなう・心をつくしきこゆる人に・」9オ
0057【心をつくしきこゆる人】-藤壺女御事 紫上ハ藤つほのめいナリ
  いとようにたてまつれるか・まもらるなりけ
  りとおもふにも・なみたそおつる・あまきみ・
  かみをかきなてつゝ・けつる事を・うるさかり
0058【けつる】-梳
  給へと・おかしの御くしや・いとはかなうものし
  給こそ・あはれにうしろめたけれ・かはかりに
  なれは・いとかゝらぬ人もあるものを・こ姫君
0059【こ姫君】-紫上母兵部卿の室也
  は十はかりにて・殿にをくれ給ひしほと・いみ
0060【殿に】-父大納言事
  しうものはおもひしり給へりしそかし・
  たゝいま・をのれみすてたてまつらは・いかて
  世におはせむとすらむとて・いみしくなく」9ウ
  を・見給もすゝろにかなし・おさな心ちにも・
0061【見給も】-源氏
  さすかにうちまもりて・ふしめになりて・うつ
  ふしたるに・こほれかゝりたるかみ・つや/\と
0062【つや/\と】-厳
  めてたうみゆ
    をひたゝむありかもしらぬわか草を
0063【をひたゝむ】-祖母
0064【ありかもしらぬ】-落着をしらぬ也
  をくらす露そきえんそらなき又ゐたる
0065【をくらす】-をくらかす也
0066【露】-わかみにたとふ
  おとな・けにとうちなきて
0067【おとな】-少納言乳母
    はつ草のおひ行すゑもしらぬまに
0068【はつ草の】-御前女房返し 伊勢物語はつ草のなとめつらしきことのはそうらなく物を思ひける哉(伊勢物語91・新千載1017、花鳥余情・休聞抄・孟津抄)
  いかてか露のきえんとすらむときこゆるほ
  とに・僧都あなたよりきて・こなたはあ」10オ
0069【僧都】-祖母の弟也
  らはにや侍らむ・けふしもはしに・おはし
  ましけるかな・このかみのひしりのかたに・
  源氏の中将の・わらはやみましなひに・もの
  し給けるを・たゝいまなむきゝつけ侍る
  いみしうしのひ給ひけれは・しり侍らて・
  こゝに侍りなから・御とふらひにもまてさりける
  との給へは・あないみしや・いとあやしき
0070【あないみしや】-祖母尼
  さまを・人やみつらむとて・すたれおろし
  つ・この世にのゝしり給ふ・ひかる源氏かゝる
0071【この世にのゝしり給ふ】-僧都詞
  つゐてに・見たてまつり給はんや・よをすて」10ウ
  たるほうしの心ちにも・いみしう世のう
  れへわすれ・よはひのふる・人の御ありさ
  まなり・いて御せうそこきこえんとて・たつ
  をとすれはかへり給ひぬ・あはれなる人をみ
0072【あはれなる人】-源氏心
  つるかな・かゝれはこのすきものともは・かゝる
  ありきをのみして・よくさるましき人
  をも・みつくるなりけり・たまさかにたち
  いつるたに・かく思ひのほかなることをみ
  るよと・おかしうおほす・さてもいとうつくし
  かりつるちこかな・なに人ならむ・かの人の」11オ
0073【かの人】-藤つほ
  御かはりに・あけくれのなくさめにも見は
  やと・おもふ心ふかうつきぬ・うちふし給へる
  に・僧都の御てし・これみつをよひいて
  さす・ほとなき所なれは・君もやかてきゝ給ふ・
  よきりをはしましけるよし・たゝいま
0074【よきり】-過 僧都使詞ナリ
  なむ人申すに・おとろきなからさふらへき
  を・なにかしこのてらにこもり侍りとは・しろ
  しめしなから・しのひさせ給へるを・うれは
0075【うれはしく】-憂
  しくおもひ給へてなん・くさの御むしろも・
0076【くさの御むしろ】-そのかみのいもゐの庭にあまれりし草のむしろもけふやしくらん(続後撰584、異本紫明抄・源氏古注・河海抄・孟津抄・岷江入楚) 天台大師忌月慈恵僧正詠也続後撰也 止観云霄大土絶跡深洞不渉人間結草為席被鹿皮衣
  このはうにこそ・まうけ侍へけれ・いとほいな」11ウ
  き事と申給へり・いぬる十よ日のほと
0077【いぬる十よ日】-源氏返事
  より・わらはやみにわ(わ+つ)らひ侍るを・たひかさ
  なりて・たえかたく侍れは・人のをしへのま
  ま・にはかにたつねいり侍りつれと・かやうな
  る人の・しるしあらはさぬとき・はしたなかる
  へきも・たゝなるよりは・いとおしうおもひ
  給へつゝみてなむ・いたうしのひ侍りつる・
  いまそなたにもとの給へり・すなはち僧
  都まいり給へり・ほうしなれと・いと心はつ
  かしく・人からもやむことなく・世におもはれ」12オ
  給へる人なれは・かる/\しき御ありさまを・
  はしたなうおほす・かくこもれるほとの・御物
  かたりなときこえ給て・おなししはのいほり
0078【おなししはの】-僧都
  なれと・すこしすゝしき水のなかれも・御
  らんせさせんと・せちにきこえ給へは・かのまたみ
0079【かのまたみぬ】-源氏心中
  ぬ人/\に・こと/\しう・いひきかせつる
  を・つゝましうおほせと・あはれなりつるあり
  さまも・いふかしくておはしぬ・けにいと心ことに・
  よしありて・おなし木草をも・うへなし
  給へり・月もなきころなれは・やり水に・かゝ」12ウ
  り火ともしとゝ(ゝ$う<朱>)ろなともまいりたり・みな
  みおもて・いときよけに・しつらひ給へりそ
  らたきもの・いと心にくゝかほりいて・名香のか
  なとにほひみちたるに・きみの御をひかせ
  いとことなれは・うちの人/\も・心つかひす
  へかめり・僧都世のつほ(ほ#)ねなき御ものかたり
  のち世の事なときこえしらせ給ふ・わかつ
  みのほと・おそろしう・あちきなきこゝ(ゝ$と<朱>)に・
  心をしめて・いけるかきり・これを思ひなやむ
  へきなめり・ましてのちの世の・いみし」13オ
  かるへき・おほしつゝけて・かうやうなるす
  まひも・せまほしう・おほえ給ふものから・
  ひるのおもかけ心にかゝりて・恋しけれは・
  こゝにものしたまふは・たれにか・たつねきこ
0080【こゝにものしたまふは】-源氏
  えまほしき夢をみ給へしかな・けふ
0081【夢をみ給へし】-そら事に夢をみたまふとのたまふ也おもしろきかきさま也
  なむ思ひあはせつると・きこえ給へは・うち
  わらひて・うち(ち+つ<朱>)け(△&け)なる御夢かたりにそ侍る
0082【うちつけなる】-僧都
  なる・たつねさせ給ひても・御心をとりせさせ
  給ぬへし・故按察大納言は・世になくて・
  ひさしくなり侍ぬれは・えしろしめさし」13ウ
  かし・そのきたのかたなむ・なにかしかいも
0083【いもうと】-あねをいもうとゝいふ
  うとに侍る・かの按察かくれてのち・世をそむ
  きて侍るか・このころわつらふ事侍により・
  かく京にもまかてねは・たのもし所に・こもり
0084【かく京にもまかてねは】-禁足時分也
  てものし侍るなりときこえ給・かの大納言
0085【かの大納言】-源氏
  のみむすめものし給ふと・きゝ給へしは・
  すき/\しきかたにはあらて・まめやかにきこ
  ゆるなりと・をしあてにの給へは・むすめたゝ
0086【むすめ】-僧都
  ひとり侍しうせてこの十よ年にやな
  り侍りぬらん・故大納言内にたてまつらむな」14オ
  と・かしこういつき侍しを・そのほいのこと
  くもものし侍らて・すき侍にしかは・たゝ
  このあま君・ひとりもてあつかひ侍しほとに・
  いかなる人のしわさにか・兵部卿の宮なむ
  しのひて・かたらひつき給へりけるを・もとの
0087【もとのきたのかた】-紫上のまゝ母ナルヘシ
  きたのかた・やむことなくなとして・やすからぬ
  事おほくて・あけくれものをおもひてなん・
  なくなり侍りにし・ものおもひに・やまひつく
  ものとめにちかくみ給へしなと申給ふ・さ
  らはそのこなりけりと・おほしあはせつ・み」14ウ
0088【みこ】-親王兵部卿宮
  この御すちにて・かの人にも・かよひきこえ
0089【かの人】-藤つほ
  たるにやといとゝあはれに・みまほし人の
  ほとも・あてにおかしう・中/\のさかしゝ(ゝ$ら<朱>)心な
0090【さかしら心】-進心<サカシコゝロ>万葉<右> 古さかしらに夏は人まねさゝのはのさやく霜夜を我ひとりぬる<頭右>(古今1047・古今六帖213、河海抄・孟津抄) 六帖秋の野にゆきて見るへき花の色をたかさかしらにおりてきつらん<頭左>(出典未詳、河海抄・孟津抄)
  く・うちかたらひて・心のまゝに・をしへおほ
  したてゝ・みはやとおほす・いとあはれにも
  のしたまふ事かな・それはとゝめ給ふかたみ
  もなきかと・おさなかりつるゆくゑの・なをた
  しかに・しらまほしくて・とひ給へは・なく
0090【なくなり侍し】-僧都
  なり侍しほとにこそ侍しか・それも女にて
  そゝれにつけて・ものおもひのもよほしに」15オ
0091【ものおもひ】-祖母尼
  なむ・よはひのすゑに・思ひ給へなけき侍る
  めるときこえ給・されはよとおほさる・あやし
0092【されはよ】-源氏
  きことなれと・おさなき御うしろみにおほすへ
  くきこえ給てんや・おもふ心ありて・ゆきかゝ
0093【ゆきかゝつらふかた】-葵上
  つらふかたも侍りなから・世に心のしまぬにや
  あらん・ひとりすみにてのみなむ・またにけ
  なきほとゝつねの人におほしなすらへて・
  はしたなし(し$く<朱>)やなとのたまへは・いとうれし
0094【いとうれしかるへき】-僧都
  かるへきおほせことなるを・またむけにい
  はきなきほとに・侍めれは・たはふれにても・御」15ウ
  らんしかたくや・そも/\女人は・人にもてな
0095【そも/\女人は】-法師の詞にかきなす
  されて・おとなにもなり給ふものなれは・くは
  しくはえとり申さす・かのをはに・かたらひ
  侍りて・きこえさせむと・すくよかにいひて・も
  のこわきさまし給へれは・わかき御心に・
  はつかしくて・えよくもきこえ給はす・あみ
  た仏ものし給たうに・する事侍るころに
  なむ・そやいまたつとめ侍らす・すくして
  さふらはむとて・のほり給ぬ・君は心ちもいと
  なやましきに・雨すこしうちそゝき・やま」16オ
  かせひやゝかにふきたるに・たきのよとみ
  △(△#)もまさりて・おとたかうきこゆ・すこし
  ねふたけなる(る+と)経のたえ/\すこくきこゆ
  るなと・する(る$す<朱>)ろなる人も・所から・ものあはれ
  なり・ましておほしめくらすことおほくて・ま
  とろませ給はす・そやといひしかとも・夜も
  いたうふけにけり・うちにも人のねぬけはひ
  しるくて・いとしのひたれと・すゝのけう
0096【けうそく】-脇息 枕草子云すゝのけうそくなとにあたりてなりたるこそ心にくけれ
  そくに・ひきならさるゝをとほのきこえ・な
  つかしう・うちそよめく・をとなひ・あてはか」16ウ
  なりときゝたまひて・ほともなくちかけれは・と
  にたてわたしたる屏風の中を・すこし
  ひきあけて・あふきをならし給へは・おほえ
  (+なき<朱>)心ちすへかめれと・きゝしらぬやうにやとて・
  ゐさりいつる人あなり・すこししそきて・あや
0097【人】-少納言乳母
0098【しそきて】-退
  し・い(い$ひ<朱>)かみゝにやと・たとるを・きゝ給ひて・ほ
0099【きゝ給ひて】-源氏
  とけの御しるへは・くらきにいりてもさらにたかう
  ましかなるものをと・の給ふ御こゑのいとは
0100【の給ふ御こゑの】-少納乳母
  かうあてなるに・うちいてむこはつかひも・はつ
  かしけれと・いかなるかたのをん(をん$御<朱>)しるへにか・おほ」17オ
  つかなくときこゆ・けにうちつけなりと・お
0101【けにうちつけなり】-源氏
  ほめき給はむも・ことはりなれと
    はつ草のわかはのうへを見つるより
0102【はつ草の】-源氏
  たひねの袖も露そかはかぬときこえ給ひ
  てむやとの給ふ・さらにかやうの御せうそこ・
0103【さらにかやうの】-少納言乳母
  うけ給はりわゝ(ゝ$く<朱>)へき人も・ものしたまはぬ
  さまは・しろしめしたりけなるを・たれに
  かはときこゆ・をのつから・さるやうありてき
0104【をのつから】-源氏
  こゆるな(な+ら)んと・思ひなし給へかしとの給へは・
  いりてきこゆ・あないまめかし・この君やよ」17ウ
0105【いりてきこゆ】-少納言乳母
0106【あないまめかし】-祖母尼
0107【よついたる】-をとなしき人也
  ついたるほとにおはするとそ・おほすらん・さ
  るにては・かのわかくさを・いかてきい給へるこそ(そ$と<朱>)
  そと・さま/\あやしきに・こゝろみたれて・
  ひさしうなれは・なさけなしとて
    枕ゆふこよひはかりの露けさをみ山
0108【枕ゆふ】-祖母
0109【み山のこけに】-高光集おくやまの苔の衣にくらへなんいつれか露ハこほれまさると(高光集45・新古今1626・多武峯少将物語34、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  のこけにくらへさらなむひかたう侍るも
  のをときこえ給ふ・かうやうのつゐてなる・御
0110【かうやうの】-源氏
  せうそこは・またさらにきこえしらす・ならはぬ
  事になむ・かたしけなくとも・かゝるついてに・ま
  め/\しう・きこえさすへきことなむとき」18オ
  こえたまへれは・あまきみ・ひか事・きゝ給へ
  るならむ・いとむつかしき御けはひに・なにこと
  をかはいらへきこえむとの給へは・はしたなうも
  こそおほせと・人/\きこゆ・けにわかやかなる
0111【けに】-尼上
  人こそ・うたてもあらめ・まめやかにのたまふ・かた
  しけなしとて・ゐさりより給へり・うち
0112【うちつけに】-源氏
  つけに・あさはかなりと・御らんせられぬへき・
  つゐてなれと・心にはさもおほえ侍らねは・
  ほとけはをのつからと(△&と)て・おとな/\しうは
  つかしけなるに・つゝまれて・とみにもえうち」18ウ
  いて給はす・けにおもひ給へよりかたきつゐてに・
0113【けに】-尼上
  かくまてのたまはせきこえさするも・いかゝとの
  給ふ・あはれにうけたまはる御ありさまを・かのす
0114【あはれに】-源氏
  き給にけむ・御かはりに・おほしないてむや・いふ
  かひなきほとのよはひにて・むつましかるへき
  人にも・たちをくれ侍りにけれは・あや
0115【人にもたちをくれ】-源氏母ト祖母とにをくれし事也
  しううきたるやうにて・とし月をこそか
  さね侍れ・おなしさまに・ものし給ふなるを・
0116【おなしさま】-紫上も同ほとの事也と
  たくひになさせ給へと・いときこえまほしきを
  かゝるおり侍りかたくてなむ・おほされん所」19オ
  をも・はゝからす・うちいて侍りぬると・きこえた
  まへは・いとうれしう・思たまへぬへき・(き+御)事な
0117【いとうれしう】-尼上
  (+からもきこしめしひかめたる事な)とや侍らんと・つゝましうなむ・あやしき
  身ひとつを・たのもし人に・する人なむ侍
  れと・いとまたいふかひなきほとにて・御らんし
  ゆるさるゝかたも・侍りかたけなれは・えなむ
  うけ給はりとゝめられさりけるとの給・みなお
  ほつかなからす・うけ給はるものを・ところせ
  う・おほしはゝからて・思ひ給へよるさまことな
  る心のほとを・御らんせよときこえ給へと・いと」19ウ
0118【いと】-尼上
  にけなきことを・さもしらて・の給とおほ
  して・心とけたる御いらへもなし・そうつお
  はしぬれは・よしかうきこえそめ侍りぬれは・い
0119【よしかう】-源氏
  とたのもしうなむとて・をしたて給つ・あ
0120【をしたて給つ】-障子ヲ
  かつきかたになりにけれは・法花三昧をこ
0121【法花三昧】-心観ニ四種三昧あり
  なふ・たうのせむ法のこゑ・山おろしにつきて・
0122【せむ法】-懺法天台御作也
  きこえくる・いとたうとく・たきのをとに・ひゝ
  きあひたり
    吹きまよふみやまおろしに夢さ
0123【吹きまよふ】-源氏
  めて涙もよほすたきのをとかな」20オ
    さしくみに袖ぬらしける山水
0124【さしくみに】-そうつ さしよりに也やかてといふ心也 或抄云さしくむハ指出也涙くむも泪の出ナリ<右> 後撰いにしへの野中のし水みるからにさしくむ物ハ泪成けり<左>(後撰813、異本紫明抄・河海抄・孟津抄)
  にすめる心はさはきやはするみゝなれはへりに
  けりやと・きこえ給・あけ行空は・いといたうか
  すみて・山のとりとも・そこはかとなうさえつり
  あひたり・名もしらぬ木草のはなとも・ゝ
0125【名もしらぬ木草】-文集草堂記縁陰蒙々朱実離々不識其名四皓一色
  色/\にちりましり・にしきをしけると
0126【にしきをしける】-\<朱合点> 元輔集花のかけにしきをしけるこよひかなたゝまくほしき庭と見えつゝ(後拾遺139・元輔集92、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  見ゆるに・しかのたゝすみありく(△&く)も・めつら
  しく・み給に・なやましさもまきれは
  てぬ・ひしり・うこきもえせねと・とかうし
  て・こしむまいらせ給ふ・かれたるこゑの・いと」20ウ
0127【こしむ】-護身
  いたうすきひかめるも・あはれに・くうつきて・
0128【すきひかめる】-老人の声の調子にのきさる也
0129【くう】-功ナリ
  たらによみたり・御むかへの人/\・まいりて・
  をこたり給へる・よろこひきこえ・うちより
  も・御とふらひあり・僧都・世にみえぬさまの御
  くたものなにくれと・たにのそこまて・ほり
  いて・いとなみきこえ給・ことしはかりの・ちかひ
0130【ことしはかりのちかひ】-僧都禁足
  ふかう侍りて・御をくりにも・えまいり侍る
  ましきこと・中/\にも・思ひ給へらるへきか
  ななと・きこえ給て・おほみきまいり給・山水
0131【山水に】-源氏
  に・心とまり侍りぬれと・うちよりもおほつ」21オ
  かなからせ給へるも・かしこけれはなむ・いまこ
  の花のおりすくさす・まいりこむ
    宮人に行てかたらむ山さくら風
0132【宮人に】-源氏
  よりさきにきてもみるへくとの給御もて
  なし・こわつかひさへ・めもあやなるに
    うとむけの花まちえたる心ちして
0133【うとむけの】-僧都返し<右> 天台之優曇華三千一現之則金輪王出云々優曇華翻為瑞応 法華経如優曇鉢華時一現耳<左>
  み山さくらにめこそうつらねときこえた
  まへは・ほゝゑみて・時ありて・ひとたひひらく
  なるはかたかなるものをとの給ふ・ひしり・御
  かはらけ給て」21ウ
    おく山の松の戸ほそをまれに明て
0134【おく山の】-ひしり
  また見ぬ花のかほを見るかなとうちなき
  て・みたてまつるひしり御まもりに・とこ
0135【とこ】-独鈷
  たてまつる・見給て僧都・さうとくたい
0136【さうとくたいし】-聖徳太子
  しの・くたらより・えたまへりける・こむ
0137【くたら】-百済国也
0138【こむかうしのすゝ】-法隆寺太子宝物中金剛子念珠在之 元興寺資材帳第九云喜多迦子金剛子此等皆自百済国所献也云々
  かうしのすゝの・たまのさうそくしたる・
  やかてそのくによりいれたる・はこのからめ
  いたるを・すきたるふくろにいれて・こえう
0139【すきたるふくろ】-万葉はり袋われハたハりぬすり袋いまハえくしか翁さたせん(万葉集4157、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  のえたにつけて・こむるりのつほともに・御
0140【こむるり】-紺瑠璃壺
  くすりともいれて・ふちさくらなとにつけ」22オ
  て・ところにつけたる・御をくりものともさゝけ
  たてまつり給ふ・きみひしりよりはしめ・と
0141【と経】-読経
  経しつか(か#る<朱>)ほうしの・ふせともまうけのも
  のとも・さま/\にとりにつかはしたりけれは・
  そのわたりの山かつまて・さるへきものとも
  給ひ・御す経なとして・いて給・うちにそう
  ついり給て・かのきこえ給しこと・まねひ
  きこえ給へと・ともかくも・たゝいまはきこ
  えむかたなし・もし御心さしあらは・いま四五
  年をすくしてこそは・ともかくもとの給へは・さ」22ウ
  なむと・おなしさまにのみあるを・ほいなしと
  おほす・御せうそこ・僧都のもとなるちいさ
  きわらはして
    ゆふまくれほのかに花のいろをみて
0142【ゆふまくれ】-源氏<右> 古今山桜霞の間よりほのかにもみてし人こそ恋しかりけれ<左>(古今479・貫之集547、源氏古注)
  けさはかすみのたちそわつらふ御返し
    まことにや花のあたりはたちうきと
0143【まことにや】-御返し
  かすむる空のけしきをもみむとよしある
  ての・いとあてなるを・うちすてかい給へり・御
  車にたてまつるほと・大殿より・いつちとも
  なくて・おはしましにけることゝて・御むかへ」23オ
  の・人/\きみたちなとあまたまいり給へ
  り・頭中将左中弁・さらぬきみたちも・し
  たひきこえて・かうやうの御ともには・つかう
  まつり侍らむと思ひ給ふるを・あさましく
  をくら(ら+さ<朱>)せ給へることゝうらみきこえて・いと
  いみしき花のかけに・しはしもやすら
  はす・たちかへり侍らむは・あかぬわさかなと
  の給ふ・いはかくれのこけのうへに・なみゐ
0144【こけのうへに】-林間煖酒焼紅葉石上題詩掃緑苔
  て・かはらけまいる・おちくる水のさまなと・ゆへ
  あるたきのもとなり・頭中将・ふところなり」23ウ
  けるふえとりいてゝ・ふきすましたり・弁
  のきみ・あふきはかなううちならして・とよ
  らの寺のにしなるや
うたふ・人よりはこと
0145【とよらの寺のにしなるや】-\<朱合点> 催馬楽かつらきの寺のまへなるやとよらの寺のにしなるやえのは井に白玉<シラタマ>しつくやましら玉しつくや(催馬楽「葛城」、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・源氏古注・河海抄)
  なる・きみたちを・源氏の君・いといたううち
  なやみて・いはによりゐたまへるは・たくひな
  くゆゝしき御ありさまにそ・なに事に(に+も<朱>)
  めうつるましかりける・れいのひちりき
0146【ひちりき】-篳篥
  ふくすいしむ・さうのふえ(え#え<朱>)もたせたる・すき
  ものなとあり・そうつきむをみつからもて
0147【きむ】-琴
  まいりて・これたゝ御てひとつ・あそはして・お」24オ
  なしうは・山の鳥も・おとろかし侍らむと・せ
0148【山の鳥もおとろかし】-列子瓠巴皷琴瑟鳥舞而魚躍而遊矣<右> 遊仙屈云玄鶴俯而聴琴<左>
  ちにきこえ給へは・みたり心ち・いとたへかたき
  ものをときこえ給へとけにゝ(ゝ+く<朱>)からすかきな
  らして・みなたち給ぬ・あかすくちおし・
  といふかひなき・ほうしわらはへも・涙をお
  としあへり・ましてうちにはとしおいたるあ
  まきみたちなと・またさらにかゝる人の御あり
  さまをみさりつれは・この世のものともおほえた
  まはすときこえあへり・僧都も・あはれな
  にの契にてかゝる御さまなから・いとむつかし」24ウ
  きひのもとのすゑの世に・うまれ給へらむと・
  みるにいとなむかなしきとて・めをしのこひ
  給・このわかきみ・おさな心ちに・めてたき
0149【わかきみ】-紫上なり
  人かなと・みた(た+ま)ひて・宮の御ありさまよりも・
  まさり給へるかなゝ(ゝ$な<朱>)との給・さらはかの人の
  御こになりて・おはしませよと・きこゆれは・
  うちうなつきて・いとようありなむとおほし
  たり・ひいなあそひにも・ゑかい給ふにも・源氏
  のきみと・つくりいてゝ・きよらなるきぬきせ・
  かしつき給ふ・君はまつうちにまひり給て・」25オ
0150【君】-源氏
  日ころの御ものかたりなときこえ給・いといた
  うおとろへにけりとて・ゆゝしとおほし
  めしたり・ひしりの・たうと(と$と<朱>)かりける事
0151【たうとかりける事】-灌頂<左>
  なとゝはせ給・くはしくそうし給へは・あさり
0152【あさり】-阿闍梨
  なとにも・なるへきものにこそあなれ・をこ
  なひのらうはつもりて・おほやけに・しろし
  めされさりける事と・らうたかりのたま
  はせけり・大殿まいりあひ給て・御むかへにも
  とおもひ給へつれと・しのひたる御ありき
  に・いかゝと思ひはゝかりてなむ・のとやかに・一」25ウ
  二日うちやすみ給へとて・やかて御をくりつか
  うまつらむと申たまへは・さしもおほさねと・
  ひかされてまかてたまふ・わか御車にのせたて
  まつり給ふて・みつからはひきいりて・たて
  まつれり・もてかしつきゝこえ給へる・御心はへの
  あはれなるをそさすかに心くるしくおほし
  ける・殿に(△&に)も・おはしますらむと・心つかひし
  給て・ひさしく見たまはぬほと・いとゝたまのう
  てなに・みかきしつらひ・よろつをとゝのへ給
  へり・女君・れいのはひかくれて・とみにも」26オ
0153【女君】-葵上
  いて給はぬを・おとゝせちにきこえ給て・から
  うしてわたり給へり・たゝゑにかきたるもの
  のひめきみのやうにしすへられて・うちみし
  ろき給事もかたく・うるはしうてものし
  給へは・おもふこともうちかすめ・山みちのもの
  かたりをも・きこえむは(は$・い<朱>)ふかひありておかしう・
  いらへたまはゝこそあはれならめ・世には心もとけ(け#け<朱>)
  す・うとくはつかしきものにおほし(し+て<朱>)・としのか
  さなるにそへて・御心のへたてもまさるを・いと
  くるしく・おもはすにとき/\は・世のつねなる」26ウ
  御けしきをみはや・たへかたうわつらひ侍
  しをも・いかゝとたに・とひ給はぬこそめつらし
  からぬ事なれと・猶うらめしうときこえ給・
  からうして・とはぬはつらきものにやあらんと・
0154【とはぬはつらき】-\<朱合点> 後わすれねといひしにかなふ君なれハ問ぬはつらき物にそありける<右>(後撰928・古今六帖2119、源氏古注・河海抄・細流抄・孟津抄・岷江入楚) 六帖うらむへきほとハなけれと大かたもとハぬハつらき物にそありける<左>(出典未詳、源氏古注)
  しりめかり(かり$に<朱>)みをこせ給へる・まみいとはつかし
  けに・けたかう・うつくしけなる・御かたちなり・
  まれまれは・あさましの(の+御<朱>)事や・とはぬなといふ
  きはゝ・ことにこそ侍なれ・心うくもの給ひな
  すかなよとともにはしたなき御もてなしを・
  もしおほしなおるおりもやと・とさまかう」27オ
  さまに・心みきこゆ(△&ゆ)るを(を#ほ)と・いとゝおもほしう
  とむなめりかし・よしやいのちたにとて・よる
0155【いのちたに】-\<朱合点> 命たに心にかなふ物ならは何かハ人をうらみしもせん<朱>(古今387・新撰和歌199・古今六帖2359・和漢朗詠640、奥入・異本紫明抄・紫明抄・源氏古注・河海抄)
  のおましにいり給ひぬ・女きみふともいり給は
  す・きこえわつらひ給ひて・うちなけきてふし
0156【きこえわつらひ】-源氏
  給へるも・なま心つきなきにやあらむ・ねふ
  たけに・もてなして・と(と+か<朱>)う世をおほしみたる
  ることおほかり・このわかくさの・おひいてむほとの・
  なをゆかしきを・にけないほとゝ・おもへりしも・
0157【にけないほと】-上ニこの詞あり
  ことはりそかし・いひよりかたき事にも
  あるかな・いかにかまへて・たゝ心やすくむかへと」27ウ
  りて・あけくれのなくさめにみん・兵部卿
  の宮は・いとあてになまめい給へれと・にほひやかに
  なとも・あらぬを・いかてかのひと(人&ひと)そうに・おほえ給らむ・
0158【いかてかのひとそうに】-孫也これハ紫上ノ父ヲさしをきて藤つほの女御に似たまへる事をいへり
  ひとつ・きさきはらなれはにやなとおほす・
0159【ひとつきさきはら】-兵部卿宮と藤つほとハをなし后はら也先帝の御すゑとも也
  ゆかりいとむつましきに・いかてかと・ふかうおほ
  ゆ・又の日・御ふみたてまつれ給へり・そうつにも・
  ほのめかし給ふへし・あまうへには・もてはな
  れたりし・御けしきの・つゝましさに・おもひ
  給ふるさまをも・えあらはしはて侍らすなり
  にしをなむ・かはかりきこゆるにても・をし」28オ
  なへたらぬ・心さしのほとを・御らんししらは・いか
  にうれしうなとあり・中にちひさくひきむすひ
  て
    面影は身をもはな(な+れ<朱>)す山桜心の
0160【面影は】-源氏
  かきりとめてこしかとよのまの風も・うしろ
0161【とめて】-留
0162【よのまの風】-\<朱合点> 後拾遺あさまたきおきてそくつる梅の花よのまのかせのうしろめたさに元良親王(拾遺集29・拾遺抄14、異本紫明抄・紫明抄・源氏古注・河海抄)
  めたくなむとあり・御てなとはさるものにて・た
  たはかなう・をしつゝみ給へるさまも・ま(ま=さイ)たす
0163【をしつゝみ給へるさま】-つゝみやう嫁娶記に見えタリ
0164【さたすきたる】-央之半スキタルナリ一説サタハ比ナリ中サタモ中比ナリ万葉おきの浪へナミのキヨリサタノ浦のこのサタスキテのちこひんにも是モ此比也乎レイ半過也(万葉集2741、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  きたる御めともには・めもあやにこのましう
  見ゆ・あなかたはらいたや・いかゝきこえんと・お
0165【かたはら】-片腹
  ほしわつらふ・ゆくての御事は・なをさり」28ウ
0166【ゆくての】-過さまの御詞也又便ナリ
  にも・思給へなされしを・ふりはへさせ給へる
0167【ふりはへ】-うちはへ也
  に・きこえさせむかたなくなむ・またなにはつ
0168【なにはつをたに】-\<朱合点> 古今序に難波津あさ香山の哥をてならふ人のはしめにもしける一字つゝかく也
  をたに・はか/\しう・つゝけ侍らさめれは・か
  ひなくなむ・さても
    嵐吹おのへのさくらちらぬまを心とめける
0169【嵐吹】-あま君
  ほとのはかなさいとゝうしろめたか(か$<朱>)う(う+と<朱>)あり・僧
  都の御返も・おなしさまなれは・くちおしく
  て・二三日ありて・これみつをそ・たてまつれ
  給・少納言のめのとゝいふ人あへし・たつねて・
  くはしふかたらへなとの給しらす・さもかゝ」29オ
0170【さもかゝらぬくまなき】-惟光か心
  らぬ・くまなき御心かな・さはかりいはけなけ
  なりしけはひをと・まほならねとも・見し
0171【まほ】-真帆
  ほとを・思ひやるも・おかし・わさとかう御ふみある
  を・そうつもかしこまりきこえ給ふ・少納言
  に・せうそこして・あひたり・くはしくおほ
  しの給ふさま・おほかたの御ありさまなとか
  たる・ことはおほかる人にて・つき/\しう・いひ
  つゝくれと・いとわりなき御ほとを・いかにおほす
  にかと・ゆゝしうなむ・たれも/\・おほし
  ける・御ふみにもいとねむころにかいたまひて・」29ウ
  れいの中にかの御はなちかきなむ・なを
0172【御はなちかき】-放書也一字つゝかきたる也<右> うつほの物語なかたゝの大将わか宮の御れうにかきてまいらせたる手本にもはなちかきあり<左>
  みたまへまほしきとて
    あさか山あさくも人をおもはぬになとやま
0173【あさか山】-源氏
0174【なとやまの井の】-万葉アサカ山カケさへみゆる<右> さきに難波ツヲタニツゝケ給ハぬとあるゆへにあさか山ヲよみ給へり<左>
  の井のかけはなるらむ御かへし
    くみそめてくやしときゝし山の井の
0175【くみそめて】-あま君 六帖くやしくそくみそめてけるあさけれは袖のみぬるゝ山の井の水(古今六帖987、異本紫明抄・紫明抄・源氏古注・河海抄)
  あさきなからやかけをみるへきこれみつも・
  おなしことをきこゆ・このわつらひ給事・よ
0176【おなしこと】-尼上未無頼状之由を申す
  ろしくはこのころすくして・京の殿に・わた
0177【京の殿に】-故按察大納言宿所六条京極也
  り給てなむ・きこえさすへきとあるを・心も
  となうおほす・ふちつほの宮・なやみ給ふ」30オ
0178【なやみ給ふ】-病悩四月はしめ三月の末也
  ことありて・まかて給へり・うへのおほつかなかり・
  なけきゝこえ給ふ・御けしきもいと/\おし
  うみたてまつりなから・かゝるおりたにと・心も
  あくかれまとひて・いつくにもく(く$/\<朱>)・まうて給はす・
  うちにても・さとにても・ひるはつれ/\と・なかめ
  くらして・くるれはわう命婦をせめありき給・
0179【わう命婦】-王氏の命婦也王女御なといふかことし
  いかゝたはかりけむ・いとわりなくて・みたてまつる
0180【みたてまつる】-源氏ニ会合ハ四月事也
  ほとさへうつゝとは・おほえぬそわひしきや・宮
  もあさましかりしを・おほしいつるたに・よと
0181【よとともの】-一生のあいたのこゝろなり
  ともの・御ものおもひなるを・さてたにやみなむと・」30ウ
  ふかうおほしたるに・いとうくて・いみしき
  御けしきなるものから・なつかしうらう
  たけに・さりとてうちとけすこゝろふかう
0182【こゝろふかう】-密<ミツ>通継母事高宗例天皇后大宗后也桓武通井上内親王光仁后也
  はつかしけなる・御もてなしなとの・なを人
  にゝさせ給はぬを・なとかなのめなることたに・
0183【なのめなること】-わるき所たにましりたまはんそなり
  うちましり給はさりけむと・つらうさへそ
  おほさるゝ・なに事をかは・きこえつくし給は
  む・くらふの山やとりもとらまほしけ
0184【くらふの山】-\<朱合点> 古今梅の花にほふ春へハくらふ山やみにこゆれとしるくそありける<右>(古今39・新撰和歌9) 拾遺すみ染のくらふの山にいる人ハたとる/\そかへるへらなる(後撰832・古今六帖884、源氏釈・奥入・紫明抄・源氏古注・河海抄) 六帖くらふ山くらしと名にハたてれともいもかりといはゝよるもこえなん(古今六帖913、源氏古注花鳥余情・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 六帖哥すこしかなへりとなん<左>
  なれと・あやにくなるみしか夜にて・あさ
  ましう・中/\なり」31オ
    見ても又あふ夜まれなる夢のうちに
0185【見ても又】-源氏
  やかてまきるゝわか身ともかなと・むせかへり給
  ふさまも・さすかにいみしけれは
    よかたりに人やつたへんたくひなく
0186【よかたりに】-藤つほ
  うき身をさめぬ夢になしてもおほし
  みたれたるさまも・いとことはりにかたし
  けなし・命婦のきみそ・御なをしなとはかき
  あつめ・もてきたる・殿におはして・なきねに・
0187【なきねに】-ねをなくをうち返していへり あふことのいまハなきねの夢ならていつかハ君を又ハみるへき上東門院崩後(新古今811・栄花物語89)
  ふしくらし給ひつ・御ふみなとも・れいの御
  らんしいれぬよしのみあれは・つねのこと」31ウ
  なからも・つらういみしうおほしほれて・うち
  へもまひらて・二三日こもりおはすれは・又いか
  なるにかと・御(御+心<朱>)うこかせ給へかめるも・おそろ
  しうのみおほえ給ふ・宮もなをいと心うきみ
  なりけりと・おほしなけくに・なやまし
  さもまさり給ひて・とくまひり給へき・御
  つかひしきれと・おほしもたゝす・まことに
  御心ちれいのやうにも・おはしまさぬは・いか
  なるにかと・人しれすおほす事もあり
  けれは・心うくいかならむとのみおほしみたる・」32オ
  あつきほとは・いとゝおきもあかり給はす・三月
  になり給へは・いとしるきほとにて・人/\見たて
  まつりとかむるに・あさましき御すくせの
  ほと心うし・人は思ひよらぬことなれは・この月
  まてそうせさせ給はさりける事とおとろき
  きこゆ・わか御心ひとつにはしるうおほし
  わく事もありけり・御ゆ殿なとにも・した
  しうつかふまつりて・なに事の御けし
  きをも・しるく見たてまつりしれる・御めの
  とこの弁・命婦なとそ・あやしとおもへと・」32ウ
0188【弁命婦】-親行本弁ト命婦ト切句
  かたみにいひあはすへきにあらねは・なを
  のかれかたかりける・御すくせをそ・命婦はあさ
  ましとおもふ・うちには御ものゝけのまきれ
  にて・とみにけしきなうおはしましけるやう
  にそ・そうしけむかし・みる人もさのみおもひ
  けり・いとゝあはれに・かきりなうおほされて・
  御つかひなとの(の+ひ)まなきも・空おそろしう・
  ものをおほす事ひまなし・中将のきみ
  も・おとろ/\しう・さまことなる夢を・み給
  て・あはするものをめして・とはせ給へは・をよ」33オ
  ひなうおほしもか(か+け)ぬ・すちのことをあはせけり・
0189【おほしもかけぬすちのこと】-源氏君の御子后の御腹にいてきたまふへきよしあハする歟
  その中にたかいめありて・つゝしませ給ふへき
0190【たかいめ】-源氏の御子をハ父御門の御子と人の思ハんするやうの事也
  ことなむ侍るといふに・わつらはしくおほえて・
  みつからの夢にはあらす・人の御事をかたる
  なり・この夢あふまて・又人にまねふなと
  の給て・心のうちには・いかなる事ならむと・お
  ほしわたるに・この女宮の御事きゝ給ひて(△&て)
  (+もしさるやうもやとおほしあはせたまふ)に・いとゝしく・いみしき事のはつくしき
  こえ給へと・命婦もおもふに・いとむくつけう・
  わつらはしさまさりて・さらにたい(い#は)かるへき」33ウ
  かたなし・はかなきひとくたりの御返のた
  まさかなりしも・たえはてにたり・七月にな
0191【七月】-フツキ
  りてそまひり給ひける・めつらしうあはれ
  にて・いとゝしき御おもひのほと・かきりなし・
  すこしふくらかに・なり給ひてうちなやみ・
0192【ふくらかに】-懐孕四ケ月ナリ
  おもやせたまへる・はたけににるものなくめて
  たし・れいのあけくれ・こなたにのみおは
  しまして・御あそひもやう/\おかしき
  空なれは・源氏の君も・いと(△&と)まなく・め
  しまつはしつゝ・御こと・ふえ・なと・さま/\」34オ
  に・つかうまつらせ給ふ・いみしうつゝみ給へと・
  しのひかたきけしきの・もりいつるおり/\・
  宮もさすかなる事ともを・おほくおほし
  つゝけゝり・かの山てらの人は・よろしくな
0193【よろしくなりて】-紫上祖母
  りて・いて給にけり・京の(の+御)すみか・たつねて・
  時/\の御せうそこなとあり・おなしさまにのみ
  あるも・ことはりなるうちに・この月ころは・あり
0194【ありしにまさる】-\<朱合点> 薄雲の御事のまさり給へる也<右> 伊勢物語いとひてハたれか別のかたからんありしにまさるけふハかなしも(古今六帖2356・伊勢物語93・業平集74、異本紫明抄・紫明抄・源氏古注・河海抄) 謙徳公集わすれなんいまはと思ふ時にコソありしにまさる物おもひハすれ<左>(一帖条摂政御集20・玉葉集1677、源氏古注・花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚
  しにまさる・物おもひに・こと/\なくて・すきゆく
  秋のすゑつかた・いともの心ほそくて・なけき
  給ふ・月のおかしき夜・しのひたる所に・から」34ウ
  うして・思ひたち給へるを・しら(ら$く<朱>)れめいて・うち
  そゝく・おはする所は・六条京極わたりにて・内
  よりなれは・すこしほととをき心ちするに・あ
  れたるいゑのこたちいとものふりて・こくらく・
  みえたるあり・れいの御ともにはなれぬこれ
  みつなむ・こ按察の大納言のいゑに侍りて・
0195【こ按察の大納言のいゑ】-これも六条京極辺也
  ものゝたよりに・とふらひて侍しかは・かのあまうへ・
  いたうよわり給にたれは・なに事もおほえす
  となむ申して侍しと・きこゆれは・あはれの
0196【あはれの事や】-源氏
  事や・とふらふへかりけるを・なとかさなむともの」35オ
  せさりし・いりてせうそこせよとのたまへは・
  人いれてあないせさす・わさとかうたちよ
  り給へる事と・いはせたれは・いりてかく御とふら
  ひになむ・おはしましたるといふに・おとろき
  て・いとかたはらいたき事かな・この日ころ・むけに
  いとたのもしけなくならせ給ひにたれは・御た
  いめんなともあるましといへとも・かへしたて
  まつらむは・かしこしとて・みなみのひさし・ひ
  きつくろひひ(<後>ひ$<朱>)て・いれたてまつる・いとむつか
  しけに侍れと・かしこまりをたにとて・」35ウ
  ゆくりなう・ものふかきおまし所になむと
0197【ゆくりなう】-不意日
  きこゆ・けにかゝる所は・れいにたかひておほさる・
  つねに思ひ給へたちなから・かひなきさま
0198【つねに思ひ給へたちなから】-源氏
  にのみ・もてなさせ給ふに・つゝまれ侍りて
  なむ・なやませ給ふこと・をもくともう(△&う)けた
  まはゝ(ゝ$ら<朱>)さりける・おほつかなさなときこえ給ふ・
  みたり心ちは・いつともなくのみ侍るかかきりの
0199【みたり心ち】-尼君
  さまに・なり侍りて・いとかたしけなく・たち
  よらせ給へるに・みつからきこえさせぬこと・の
  たまはすることのすち・たまさかにも・おほ」36オ
  しめしかはらぬやう侍らは・かくわりなきよ
  はひすき侍りて・かならすかすまへさせ給へ・
  いみしう心ほそき(き$け<朱>)にみたまへをくなん・ねかひ
  侍るみちの・ほたしに思たまへられぬへき
  なときこえ給へり・いとちかけれは・心ほそけな
  る御こゑたえ/\きこえて・いとかたしけなき
  わさにも侍るかな・この君たに・かしこまり
  もきこえたまつへきほとならましかはと・
  の給ふ・あはれにきゝ給て・なにかあさう思ひ
0200【あはれに】-源氏
  給へ(へ+む)△△(△△#)事ゆへ・かうすき/\しきさまを・」36ウ
  見えたてまつらむ・いかなるちきりにか・見たて
  まつりそめしより・あはれにおもひきこ
  ゆるも・あやしきまて・この世の事には
  おほえ侍らぬなと・の給て・かひなき心地のみし
0201【かひなき】-源氏
  侍るを・かの(△&の)いはけなうものし給・御ひとこゑ
  いかてとの給へは・いてや・よろつおほししらぬ
0202【いてやよろつ】-尼君方の女房
  さまにおほとのこもりいりてなと・きこゆ
  るおりしも・あなたよりくるをとして・う
0203【うへこそ】-姫君 上ハ尼上也 宜也
  へこそこの・てらにありし・源氏のきみこそ・
  おはしたなれ・なと見たまはぬと・の給ふを・」37オ
  人/\いとかたはらいたしと・思ひて・あなかま
  ときこゆ・いさみしかは・心地のあしさ・なくさ
0204【いさみしかは】-姫君
  みきと・の給ひしかはそかしと・かしこきこと・
  きこえたりとおほして・の給ふ・いとおかし
0205【いとおかし】-源氏
  ときい給へと・人/\の・くるしと思ひたれは・
  きかぬやうにて・まめやかなる御とふらひを・き
  こえをき給てかへり給ひぬ・けにいふかひなの
  けはひや・さりともいとよう・をしへてむとおほす・
  又の日も・いとまめやかにとふらひきこえ給ふ・れ
  いのちひさくて」37ウ
    いはけなきたつの一こゑきゝしより
0206【いはけなき】-源氏
  あしまになつむ舟そえならぬおなし
0207【なつむ】-泥ナリ
0208【えならぬ】-たゝならぬ也
0209【おなし人にや】-\<朱合点> みなと入のあしハケをふねさはりおほみおなし人にやこひんと思ひし<右>(拾遺集853・拾遺抄272・万葉2755、源氏釈・奥入・異本紫明抄・源氏古注・河海抄) 古今ほりへこくたなゝしをふねこきかへりおなしをやこひワたりなん<左>(古今732、源氏古注・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・花屋抄・孟津抄・岷江入楚
  人にや
とことさら・おさなくかきなし給へる
  も・いみしうおかしけなれは・やかて御てほむに
  と・人/\きこゆ・少納言そきこえたる・とは
0210【とはせ給へるは】-尼上ノ女の事
  せ給へるは・けふをもすくしかたけなるさまに
  て・山寺にまかりわたるほとにてかうとはせ給
  へる・かしこまりは・この世ならても・きこえさ
  せむとあり・いとあはれとおほす・秋の夕は・ま
0211【秋の夕は】-いつとても恋しからすハなけれとも秋のゆふへハあやしかりけり(古今546・小町集101、源氏古注)
  して心のいとまなくおほしみたるゝ人」38オ
0212【人】-藤つほ
  の・御あたりに・心をかけて・あなかちなるゆかり
0213【ゆかり】-紫上ハ藤つほのめい也
  も・たつねまほしき・心もまさり給ふなる
  へし・きえむ空なきとありし・夕おほ
0214【きえむ空なき】-尼君哥詞
  しいてられて・こひしくも・又みはおとり
  やせむと・さすかにあやふし
    手につみていつしかも見むむらさきの
0215【手につみて】-源氏
0216【むらさきの】-古今紫の一本ゆへに<左>(古今867・古今六帖3500、河海抄細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ねにかよひけるのへのわか草十月に
0217【ねにかよひける】-藤つほのゆかり也
  すさく院の行かうあるへし・まひ人なと・
0218【すさく院】-三条朱雀四町後院也
  やむ事なき・いゑのことも・かむたちめ・殿上人
0219【いゑのことも】-良家子
  ともなとも・そのかたにつき/\しきは・みな」38ウ
  えらせ給へれは・みこたち・大臣よりはしめて・
  とり/\のさえとも・ならひ給・いとまなし・山
  さと人にも・ひさしくをとつれ給はさりける
  を・おほしいてゝ・ふりはへつかはしたり
  けれは・そうつのかへり事のみあり・たち
0220【たちぬる月の廿日のほと】-九月廿日也中旬比まてハ尼君京殿に侍り
  ぬる月の廿日のほとになむ・つゐにむなしく
  見給へなして・せけむのたうりなれと・かな
  しひ思ひ給ふる(る$る<朱>)なとあるを・見給に・世のなか(る&か)
  のはかなさも・あはれに・うしろめたけに思へ
  りし人も・いかならむお(△&お)さなきほとに恋」39オ
  やすらむ・こみや(や+す)所に・をくれたてまつりし
0221【こみやす所】-桐壺更衣事
  なと・はる(る$か<朱>)/\しからねと・思ひいてゝ・あさからす
  とふらひ給へり・少納言ゆへなからす・御かへり
  なときこえたり・いみなとすきて・京のとのに
  なときゝ給へはほとへて・身つからのとかなる
  夜・おはしたり・いとすこけにあれたる所の・
  ひとすくなゝるに・いかにおさなき人・おそろ
  しからむとみゆ・れいの所にいれたてまつり
  て・少納言御ありさまなとうちなきつゝ・きこえ
  つゝくるに・あいなう御そてもたゝならす・宮」39ウ
0222【宮に】-父兵部卿宮
  にわたしたてまつらむと・侍めるを・こひめき
0223【こひめきみ】-紫上母
  みの・いとなさけなくうきものに・思ひきこ
  え給へりしに・いとむけにちこならぬよはひ
0224【ちこならぬ】-十歳許也
  の・又はか/\しう・人のおもむけをも見しり
  給はす・なかそらなる御ほとにて・あまたものし
0225【ものし給ふなる】-兵部卿宮の本の北方の腹に女一人冷泉院女御又一人鬚黒大将室也
  給ふなる中の・あなつらはしき人にてや・ま
  しり給はんなと・すき給ぬるも・よとゝもに(△&に)おほ
0226【すき給ぬる】-祖母
  しなけきつること・しるきことおほく侍るに・
  かくかたしけなき・なけの御ことのはゝ・のちの御
0227【なけの】-無気ないかしろ也なをさりの心也
0228【のちの御心】-祖母の後世の心なり
  心も・たとりきこえさせす・いとうれしう・」40オ
  おもひ給へられぬへきおりふしに・侍りなから・
  すこしも・なそらひなるさま(△&ま)にも・ものし
  給はす・御としよりも・わかひて・ならひ給へれは・
  いとかたはらいたく侍るときこゆ・なにかかう・
0229【なにかかう】-源氏
  くりかへしきこえしらする・心のほとをつゝ
  み給らむ・そのいふかひなき御心のありさま
  の・あはれにゆかしうおほえたまふも・ちきり
  ことになむ・心なからおもひしられける・なを人
  つてならて・きこえしらせはや
    あしわかのうらにみるめはかたくとも」40ウ
0230【あしわかの】-源氏<墨> あしわかのうらにきよする白波のしらしな君ハわか思ふとも<朱>(古今六帖631・新勅撰631、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) アシノ世ノワカキニヨセタリコゝニテハワカ恋ニヨセタリ<墨>
  こはたちなからかへるなみかはめさましから
0231【めさましからむ】-面白も有るましからん心ナリ<左>
  むとの給へは・けにこそいとかしこけれとて
    よるなみの心もしらてわかのうらに
0232【よるなみの】-少納言返し
  たまもなひかぬほとそうきたるわりなき
  事ときこゆるさまの・なれたるにすこし
  つみゆるされ給ふ・なそこえさらんうちすし
0233【なそこえさらん】-\<朱合点> 人しれす身ハイソケトモとしをへてなそこへかたきあふ坂の関(後撰731・一条摂政御集6、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  たまへるを・身にしみてわかき人/\おもへり・
  君はうへをこいきこえ給ひて・なきふし
0234【君は】-紫上
  たまへるに・御あそひかたきともの・なをしき
0235【なをしきたる人】-源氏
  たる人のおはする・宮のおはしますな」41オ
  めりときこゆれは・おきいて給ひて・少納言よ・
0236【おきいて】-紫上
  なをしきたりつらむはいた(た#)つらに(に#)・宮のおはする
  かとて・よりおはしたる御こゑ・いとらゝ(ゝ$う)たし・
  宮にはあらねと・又おほしはな(△&な)つへうもも(<後>も#)あ
0237【宮にはあらねと】-源氏
  らす・こちとの給ふを・はつかしかりし人と・
0238【はつかしかりし】-紫上
  さすかにきゝなして・あしういひてけりとお
  ほして・めのとにさしよりて・いさかし・ねふ
0239【めのとに】-少納言
0240【いさかし】-率
  たきにと・の給へは・いまさらになとしのひ給ら
0241【いまさらに】-源氏
  む・このひさのうへに・おほとのこもれよ・います
  こしより給へとの給へは・めのとのされはこそ・」41ウ
0242【めのと】-少納言
  かう世つかぬ御ほとにてなむとて・をしよせた
  てまつりたれは・なに心もなくゐたまへるに・
0243【なに心もなく】-紫上
  てをさしいれて・さくり給へれは・なよゝかなる
0244【てをさしいれて】-源氏
  御そに・かみはつや/\とかゝりて・すゑのふさやか
  に・さくりつけられたるいとうつくしうおもひや
  らる(る+る)・てをとらへたまへれは・うたてれいならぬ
0245【うたて】-紫上
  人の・かくちかつき給へるは・おそろしうて・ね
  なむといふものをとて・しひてひきいり給に
  つきて・すへりいりて・いまはまろそ思へき
0246【つきて】-源氏
  人・なうとみ給そとのたまふ・めのといてあ」42オ
0247【めのと】-少納言
  なうたてやゆゝしうも侍るかな・きこえさ
  せしらせ給とも・さらになにのしるしも侍ら
  しものをとて・くるしけに思ひたれは・さり
0248【さりとも】-源氏
  ともかゝる御ほとを・いかゝはあらん・なをたゝ世に
  しらぬ心さしのほとを・見はて給へとの給・あ
  られふりあれて・すこき夜(△&夜)のさまなり・いか
0249【いかてかう】-源氏
  てかう人すくなに・心ほそうてすくし給ふ
  らむと・うちなひ給て・いとみすてかたきほ
  となれは・みかうしまいりね・ものおそ
  ろしき夜のさまなめるを・とのゐ人にて」42ウ
  侍らむ・人/\ちかふさふらはれよかしとて・
  いとなれかほに・み帳のうちに・いり給へは・あや
  しうおもひのほかにもと・あきれて・たれ
  も/\ゐたり・めのとはうしろめたなうわ
  りなしとおもひ(ひ$へ<朱>)と・あらましうきこえさ
0250【あらましう】-荒
  はくへきならねは・うちなけきつゝ・ゐたり・
  わかきみは・いとおそろしう・いかならんと・わな
  なかれて・いとうつくしき・御はたつきも・そゝ
  ろさむけに・おほしたるを・らうたくおほえ
  て・ひとへはかりをゝしくゝみて・わか御心」43オ
  ちもかつはうたておほえ給へと・あはれにうち
  かたらひ給ひて・いさたまへよ・おかしきゑなと
  おほく・ひゝなあそひなとするところにと・心に
  つくへき事を・の給ふけはひの・いとなつかし
  きを・おさなき心ちにも・いといたうをちす・さ
  すかに・むつかしうねもいらす・おほえて・みしろ
  きふしたまへり・夜ひとよ風ふきあるゝ
  に・けにかうおはせさらましかは・いかに心ほ
  そからまし・おなしくは・よろしきほとに・お
  はしまさましかはと・さゝめきあへり・めのとは・」43ウ
  うしろめたさに・いとちかふさふらふ・かせすこ
  しふきやみたるに・夜ふかういて給ふも・
  ことありかほなりや・いとあはれにみたてまつる
0251【いとあはれに】-源氏
  御ありさまを・いまはまして・かたときのまも・
  おほつかなかるへし・あけくれなかめ侍ると
  ころに・わたしたてまつらむ・かくてのみは・いかゝ
  ものをちし給はさりけりとの給へは・宮も御
0252【宮も】-少納言
  むかへになときこえの給ふめれと・この御四十
0253【この御四十九日】-十一月九日これにあたる也
  九日すくしてや(や+なと<朱>)・思ふ給ふると・きこゆれは・
  たのもしきすちなからも・よそ/\にてな」44オ
0254【たのもしき】-源氏
0255【すち】-宮
0256【よそ/\にて】-紫上事
  らひ給へるは・おなしうこそ・うとうおほえたま
0257【おなしうこそ】-まゝ母と
  はめ・いまよりみたてまつれと・あさからぬ心さ
0258【いまより】-源氏みつからの給ふ
  しは・まさりぬへくなむとて・かいなてつゝ・
  かへりみかちにて・いて給ひぬ・いみしうき
  りわたれる空も・たゝならぬに・しもはいとし
  ろうをきて・まことのけさうも・おかしかり
  ぬへきに・さう/\しのひ(のひ$うおも<朱>)ひおも(も#<朱>)はす・いとしのひ
  て・かよひ給ふところの・みちなりけるを・お
0259【かよひ給ふところ】-上に見えつる同人歟
  ほしいてゝ・かとうちたゝかせ給へと・きゝつくる
  ひとなし・かひなくて・御ともにこゑある人して・」44ウ
  うたはせ給ふ
0260【うたはせ給ふ】-男の哥うたハせて女にきかする事伊勢物語
    あさほらけきりたつ空のまよひにも
0261【あさほらけ】-猿丸太夫集云あひしれる女の家のまへをわたるとて草をむすひていれたりける いもかかとゆきすきかねて草むすふ風吹とくなあハん日まてに(猿丸集5・新千載1018、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  行すきかたきいもかかとかなとふたかへりはかり
  うたひたるに・よしあるしもつかひをいたして
0262【しもつかひ】-下仕
    たちとまりきりのまかきのすきうくは
  草の戸さしにさはりしもせしといひ
0263【草のとさし】-\<朱合点> 後撰門たゝくにあけさりける女のもとへつとめてせうそこつかハしたりける返事に いふからにつらさそまさる秋のよの草のとさしにさハるへしやハ(後撰901、異本紫明抄・源氏古注・河海抄)
  かけて入ぬ・又人もいてこねは・かへるもなさ
  けなけれと・あけゆく空も・はしたなく
  て殿へおはしぬ・おかしかりつる人の・なこり
0264【おかしかりつる人】-紫上
0265【なこり恋しく】-\<朱合点> 六帖よもすからたつさハりつるいもかそてなこり恋しくおもほゆる哉(古今六帖2595、源氏古注・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)
  恋しく・ひとりゑみしつゝ・ふし給へり・ひ」45オ
  たかうおほとのこもりおきて・ふみやり給ふ
  に・かくへきこと葉も・れいならねは・ふてう
  ちをきつゝ・すさひゐたまへり・おかしき
  ゑなとをやり給ふ・かしこには・けふしも・宮
0266【宮】-兵部卿宮
  わたり給へり・としころよりも・こよなう
  あれまさり・ひろうものふりたる所の・いとゝ
  人すくなに・ひさしけれは・みわたし給て・
  かゝる所には・いかてかしはしも・おさなき人の
  すくし給はむ・猶かしこに・わたしたてま
  つりてむ・なにのところせき・ほとにもあら」45ウ
  す・めのとはさうしなとして・さふらひなむ・君
0267【さうし】-曹司
  はわかき人/\あれは・もろともに・あそひて・いと
  ようものし給ひなむなとの給ふ・ちかう
  よひよせたてまつりたまへるに・かの御うつり
  かの・いみしうえむに・しみかへらせ給へれは・
  おかしの御にほひや・御そはいとなへてと・心くる
  しけに・おほいたり・としころも・あつし
0268【としころも】-継母のいへる詞
0269【あつしく】-故祖母
  く・さたすき給へる人に・そひ給へるに・かし
  こに・わたりて・みならし給へなと・ものせしを・
  あやしううとみ給て・人も心をくめりしを」46オ
0270【あやしう】-宮御詞加給ふ也
0271【人】-祖母
  かゝるおりにしも・ものし給はむも・心くるし
  うなとの給へは・なにかは・心ほそくとも・しはしは
0272【なにかは】-少納言
  かくて・おはしましなむ・すこしものゝこゝ
  ろおほししりなむに・わたらせ給はむこそ・
  よくは侍へけれときこゆ・よる(る+ひる<朱>)こひ(△&ひ)きこえ
0273【よるひるこひきこえ】-祖母を
  たまふに・はかなきものも・きこしめさす
  とて・けにいといたうおもやせ給へれと・いとあて
  にうつくしく・なか/\みえたまふ・なにか
0274【なにか】-宮
  さしもおほす・いまは世になき人の御
  事は・かひなし・をのれあれは・なと・かたらひ」46ウ
  きこえ給ひて・くるれはかへらせ給ふを・いと
0275【いと心ほそし】-紫上
  心ほそしとおほゐて・ない給へは・宮うちなき
  給ひて・いとかうおもひないり給そ・けふあす
  わたしたてまつらむなと・かへす/\こし
  らへをきていて給ひぬ・なこりもなくさめ
  かたう・なきゐ給へり・ゆくさきの身のあらむ
  事なとまても・おほししらす・たゝ年ころ・
  たちはなるゝおりなう・まつはしならひて・
  いまはなき人と・なり給ひにけると・おほすか・い
  みしき(う&き)に・おさなき御心ちなれと・むねつ」47オ
  とふたかりて・れいのやうにも・あそひ給はす・
  ひるはさてもまきらはし給ふを・ゆふくれと
  なれは・いみしくくし給へは・かくてはいかてか・
0276【くし】-苦
  すこし給はむと・なくさめわひて・めのとも・
  なきあへり・きみのもとよりは・これみつ
0277【きみ】-源氏
  を・たてまつれ給へり・まいりくへきを・うち
  よりめしあれはなむ・心くるしう・みたて
  まつりしも・しつ心なくとて・とのゐ人たて
  まつれ給へり・あちきなうもあるかな・たは
0278【あちきなうも】-少納言
  ふれにても・ものゝはしめに・この御事よ・」47ウ
  宮きこしめしつけは・さふらふ人/\の・
  をろかなるにそさいなまむ・あなかしこ・も
  のゝついてに・いはけなく・うちいてき(き+こ)えさせ
  給ふなゝ(ゝ$な<朱>)といふも・それをはなにとも・おほし
  たらぬそ・あさましきや・少納言はこれみつに・
  あはれなるものかたりともして・ありへて
  のちや・さるへき御すくせ・のかれきこえ給
  はぬやうもあらむ・たゝいまは・かけてもいと
  にけなき御事と・見たてまつるを・あやしう
  (+おほしの給はするも・いかなる御こゝろにか)おもひよるかたなう・みたれ侍り・けふもみや」48オ
  わたらせ給て・うしろやすくつかうまつれ・心
  おさなく・もてなしきこゆなと・の給はせ
  つるも・いとはつらはしう・たゝなるよりは・かゝる
  御すき事も・思ひいてられ侍りつるなと
  (+いひて・この人も・事ありかほにや思はむなと・)あいなけれは・いたうなけかしけにも・いひ
0279【この人】-惟光
  なさす・たいふも・いかなることにかあらむと・心
0280【たいふ】-大夫
  えかたふおもふ・まひりてありさまなと・きこえ
  けれは・あはれにおほしやらるれと・さて
  かよひ給はむも・さすかにすゝろなる心ち
  して・かる/\しうもてひかめたると・人も」48ウ
  やもりきかむなと・つゝましけれは・たゝむかへ
  てむとおほす・御ふみはたひ/\たてまつれ
  給・くるれはれいのたいふをそたてまつれ給ふ・
  さはる事とものありて・えまいりこぬ(ぬ+ヲ)をろ
  かにやなとあり・宮よりあすにはかに・御む
0281【宮より】-少納言
  かへにと・のたまはせたりつれは・心あはたゝしく
  てなむ・としころのよもきふを・かれなむも・
  さすかに心ほそく・さふらふ人/\も・
  おもひ(ひ+み<朱>)たれてと・ことすくなにいひて・おさ/\
  あへしらはす・ものぬひ・いとなむけはひなと・」49オ
  しるけれは・まいりぬ・きみは大殿に・おはしける
0282【きみ】-源氏
  に・れいの女君・とみにもたいめむしたまはす・
0283【女君】-葵上
  ものむつかしくおほえ給て・あつまをすかゝ(ゝ#か<朱>)
0284【あつまをすかかきて】-\<朱合点> 和琴名又東<アツマ>調とて秘曲アリ<右> 菅攬片攬とて和琴ヲ神楽催馬楽ニ合トキの手也<頭>
  きて・ひたちにはたをこそつくれいふうたを・
0285【ひたちにはたをこそつくれ】-\<朱合点> ひたちにハ田ヲコソツクレたれをかね山ヲ三野ヲ君かあまたきませりあなヨキマせりや常陸哥風俗四首秘曲の一也
  こゑはいとなまめきて・すさひゐたまへり・ま
0286【まいりたれは】-惟光
  いりたれは・めしよせて・ありさまとひたまふ・
  しか/\なときこゆれは・くちおしうおほ
  して・かの宮にわたりなは・わさとむかへいて
  むも・すき/\しかるへし・おさなき人を・
  ぬすみいてたりと・もときおも(も$<朱>)ひなむ・その」49ウ
  さきにしはし・人にもくちかためて・わたし
  てむとおほして・あか月かしこにものせむ・
  車のそうそく(く+さ)なからすいしんひとりふたり
  おほせをきたれと・の給ふ・うけたまはりて
  たちぬ・きみいかにせまし・きこえありて・
  すきかましきやうなるへきこと・人のほとたに
  ものをおもひしり・女の心かはしける事と・
  をしはかられぬへくは・世のつねなり・ちゝ宮の・
  たつねいて給へらむも・はしたなうすゝろ
  なるへきをと・おほしみたるれと・さてはつ」50オ
0287【はつしてむ】-とりはつしてんの也
  してむは・いとくちおしかへけれは・また夜ふ
  かういて給・女きみれいのしふ/\に・心もと
0288【女きみ】-葵上
  けす・ものし給・かしこにいとせちにみるへ
  き事の侍るを・おもひ給へいてゝ・たちかへり
  まいりきなむとて・いて給へは・さふらふ人々
  も・しらさりけり・わか御かたにて・御なをしなと
  はたてまつる・これみつはかりを・馬にのせて
  おはしぬ・かとうちたゝかせ給へは・心しらぬ物の・
  あけたるに・御くるまをやをらひき入させて・
  たいふ・つまとをならして・しはふけは・少納言」50ウ
  きゝしりて・いてきたり・こゝにおはしますと
  いへは・おさなき人は・御とのこもりてなむ・なと
  かいと夜ふかうは・いてさせ給へると・ものゝたよ
  りとおもひていふ・宮へわたらせ給へかなるを・
0289【宮へ】-源氏
  そのさきに・きこえをかむとてなむと・の
  給へは・なに事も(も#に)か侍らむ・いかにはか/\しき・
0290【なに事に】-少納言
  御いらへきこえさせ給はむとて・うちわらひ
  てゐたり・きみいり給へは・いとかたはらいたくうち
  とけて・あやしきふる人ともの・侍るにと
  きこえさす・またおとろい給はしな・いて」51オ
  御めさましきこえ(△&え)む・かゝるあさきりをし
  らては・ぬるものかとて・入給へは・やともえきこ
  えす・きみはなに心もなく・ねたまへるを・
  いたきおとろかし(△△△△&とろかし)給に・おとろきて・宮の御
  むかへに・おはしたると・ねをひれておほし
  たり・御くしかきつくろひなとし給て・いさ
  給へ・宮の御つかひにて・まいりきつるそと・の給
  に・あらさりけりと・あきれて・おそろしと・
  おもひたれは・あな心う・まろもおなし人そ
  とて・かきいたきて・いて給へは・たいふ・少納言」51ウ
  なと・こはいかにときこゆ・こゝにはつねにもえ
  まいらぬか・おほつかなけれは・心やすき所にと
  きこえしを・心うくわたり給へるなれは・まし
  てきこえかたかへけれは・人ひとりまいられ
  よかしとの給へは・心あはたゝしくて・けふはい
  とひむなくなむ侍へき・宮のわたらせ給はん
  には・いかさまにかきこえやらん・をのつからほ
  とへて・さ(さ+る)へきにおはしまさは・ともかうも侍(侍+り)
  る(る#)なむを・いと思ひやりなきほとのことに
  侍れは・さふらふ人/\・くるしう侍るへし」52オ
  ときこゆれは・よしのちにも・人はまいりなむ
  とて・御車よせさせ給へは・あさましう・いかさま
  にと思ひあへり・わか君も・あやしとおほ
  してない給ふ・少納言とゝめきこえむかたな
  けれは・よへぬひし御そとも・ひきさけて・み
  つからもよろしきゝぬ・きかへてのりぬ・二条
  院は・ちかけれは・またあかうもならぬほとにお
0291【ちかけれは】-迎紫上二条西対事
  はして・にしのたいに・御車よせて・おり給ふ
  わかきみをは・いとかろらかにかきいたきて
  おろし給ふ・少納言なを・いと夢の心ちし」52ウ
  侍るを・いかにし侍へき事にかと・やすらへは
  そは心なゝ(ゝ$な<朱>)り・御身つからわたしたてまつり
0292【そは】-か(か$そ)れは心也トいへり
0293【御身つから】-紫上の事
  つれは・かへりなむとあらは・をくりせむかし
  との給に・わらひて・おりぬ・にはかにあさまし
  う・むねもしつかならす・宮のおほしの
  給はむこと・いかになりはて給ふへき御ありさま
  にか・とてもかくても・たのもしき人/\に・
  をくれ給へるか・いみしさとおもふに・涙のとま
  らぬを・さすかにゆゝしそ(そ#け)れは・ねむし
  ゐたり・こなたはすみ給はぬたいなれは・御帳」53オ
0294【御】-ミ
  なともなかりけり・これみつめして・み帳御
  屏風なとあたり/\し(△&し)たてさせ給・御き丁の
  かたひら・ひきおろし・おましなと・たゝひき
0295【おましなと】-御席なともとよりまかれてあれはひきひろく斗也といへり
  つくろふはかりにてあれは・ひむかしのたい
  に・御とのゐもの・めしにつかはして・お
  ほとのこもりぬ・わか君は・ゐ(△&ゐ)とむくつけく
  いかにする事もな(な+ら<朱>)むと・ふるはれ給へと・さす
  かにこゑたてゝもえなき給はす・少納言
  かもとに・ねむとの給・こゑいとわかし・いまはさは・
  おほとのこもるましきそよと・をしへきこえ」53ウ
  給へは・いとわひしくて・なきふし給へり・めの
  とはうちもふされす・ものもおほえす・おき
  ゐたり・あけゆくまゝに・見わたせは・おとゝの
  つくりさましつらひさま・さらにもいはす・
  にはのすなこも・たまをかさねたらむ
  やうに見えて・かゝやく心地するに・はしたなく・
  おもひゐたれと・こなたには女なとも・さふらは
  さりけり・けうときまらうとなとの・まいる
  おりふしの・かたなりけれは・おとこともそ・み
  すのとにありける・かく人むかへ給へりと・き」54オ
  く人たれならむ・お(お+ほ)ろけにはあらしと・
  さゝめく・御てうつ御かゆなと・こなたにま
  いる・ひたかうねをき給て・ひとなくて・あし
  かめるを・さるへき人/\・ゆふつけてこそ
  は・むかへさせ給はめと・の給て・たいにはらはへめ
  しにつかはす・ちゐさきかきり・ことさらに
  まいれて(て$と<朱>)ありけれは・いとおかしけにて・四人
  まいりたり・君は御そにまとはれて・ふし給へる
  を・せめておこして・かう心うくなをはせそ・すゝ
  ろなる人は・かうはありなむや・女は・心やはらか」54ウ
0296【女は心やはらか】-源英明男女婚姻賦云至剛者男最柔者女
  なるなむ・よきなといまより・をしへきこえ給・
  御かたちは・さしはなれて・みしよりも・きよら
  にて・なつかしうゝちかたらひつゝ・おかしきゑ
  あそひ物とも・とりにつかはして・みせたてまつ
  り・御心につく事ともをし給・やう/\おきゐて
  み給に・にひいろの・こまやかなるか・うちなえ
0297【にひいろ】-眼者来着火色例有之
0298【こまやかなる】-濃鈍色許一着之由故之先賢誤也然共火色のこまやかなるとよむへし
  たるともをきて・なに心なく・うちゑみなと
  して・ゐ給へるか・いとうつくしきかり(かり$に<朱>・)われも
  うちゑまれて・見給・ひむかしのたいに・わた
  り給へるに・たちいてゝ・にはのこたち・いけ」55オ
  のかたなと・のそき給へは・しもかれのせむさい・
  ゑにかけるやうに・おもしろくて・みも
  しらぬしゐ五ゐ・こきませに・ひまなういて
  いりつゝ・けにおかしき所かなと・おほす・御屏風
  ともなといとおかしきゑを・見つゝなくさめて・
  おはするも・はかなしや・君は二三日・うちへもま
  いり給はて・この人を・なつけかたらひ・きこえ
  給やかてほむにとおほすにや・てならひゑなと
  さま/\にかきつゝみせたてまつり給・いみし
  うおかしけに・かきあつめ給へり・むさしのと」55ウ
0299【むさしのといへは】-\<朱合点> 六帖<墨>しらねともむさし野といへハかこたれぬよしやさこそハむらさきのゆへ<朱>(古今六帖3507、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・源氏古注・河海抄)
  いへは・かこたれぬと・むらさきのかみに・かい給へる・す
  みつきのいと・ことなるをとりて見ゐたまへり・
  すこしちいさくて
    ねは見ねとあはれとそおもふむさしのゝ
0300【ねは見ねと】-源氏 寝事をよせたり
  露わけわふる草のゆかりをとあり・いて君
  もかい給へと・あれは・またようは・かゝすとてみ
  あけ給へるか・なに心なく・うつくしけなれ
  は・うちほゝゑみて・よからねと・むけにかゝぬこそ
  わろけれ・をしへきこえむかしとの給へは・
  うちそはみて・かい給・てつきふてとり給へる」56オ
  さまの・おさなけなるも・らうたうのみ・おほ
  ゆれは・心なからあやしとおほす・かきそこな
  ひつと・はちてかくし給を・せめて見たまへは
    かこつへきゆへをしらねはおほつかな
0301【かこつへき】-紫上 実方集かこつへきゆへもなき身にむさしのゝわか紫をなにゝかくらん(実方集169、源氏古注・花鳥余情・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  いかなる草のゆかりなるらんと(と+いと)わかけれと・
  おいさきみえて・ふくよかにかい給へり・こあま
  きみのにそ・わ(わ$<朱>に<墨>)たりける・いまめかしきてほむ
  ならはゝ(△&ゝ)いとようかいたまひてむとみ給・ひ
  ゐなゝと・わさとやともつくりつゝけて・もろ
  ともに・あそひつゝ・こよなきもの思の・まき」56ウ
0302【こよなき】-藤つほの事
  らはしなり・かのとまりにし人/\・宮わたり
  給て・たつねきこえ給けるに・きこえやる
  かたなくてそ・わひあへりける・しはし人にし
  らせしと・君もの給・少納言も思ふ事な
  れは・せちにくちかためやりたり・たゝ行ゑも
  しらす・少納言かいてかくしきこえたると
  のみ・きこえさするに・宮もいふかひなうお
  ほして・こあま君も・かしこにわたり給は
0303【かしこに】-継母のあり所
  む事を・いとものしとおほしたりし
  事なれは・めのとのいとさしすくしたる・」57オ
  心はせのあまり・おいらかにわたさむを・ひむ
0304【ひむなし】-無便之
  なしなとはいはて・こゝろにまかせ・ゐて
  はふらかしつるなめりと・なく/\かへり給ぬ・も
0305【はふらかし】-古今身ハすてつ心をたにもはふらさしついにハいかゝなるとしるへく<右>(古今1064・古今六帖2153・新撰和歌329、紫明抄・源氏古注) 放埓<左>
  しきゝいてたてまつらは・つけよとの給も・
  わつらはしく・そうつの御もとにも・たつねき
  こえ給へと・あとはかなくて・あたらしかり
  し・御かたちなと・恋しくかなしと
  おほす・きたのかたも・はゝきみをにくしと・思
  きこえ給ける心もうせて・わか心に・まかせつ
  へう・おほしけるに・たかひぬるは・お(お$く<朱>)ちをし」57ウ
  う・おほしけり・やう/\人・まいりあつま
0306【やう/\人まいり】-紫上の女房達
  りぬ・御あそひかたきのわらはへちことも・いと
  めつらかに・いまめかしき御ありさまともな
  れは・おもふ事なくて・あそひあへり・きみは
  おとこきみのおはせすなとして・さう/\
  しきゆふくれなとはかりそ・あま君をこひ
  きこえ給て・うちなきなとし給へと・宮お
  はことにおもひいてきこえ給はす・もとより
  見ならひきこえ給はて・ならひ給へれは・いまは
  たゝこのゝちのおやを・いみしうむつひ」58オ
  まつはしきこえ給・ものよりおはすれは・まつ
  いてむかひて・あはれにうちかたらひ・御ふと
  ころにいりゐて・いさゝかうとく・はつかしとも・
  おもひたらす・さるかたにいみしう・らう
  たきわさなりけり・さかしう(う$ら)心あり・
0307【さかしら】-是は嫉の事
  なにくれと・むつかしきすちになりぬれ
  は・わか心地も・すこしたかふふしも・いてく
  やと心をかれ・人もうらみかちに・思ひのほかの
  事・をのつからいてくるを・いとをかしき・もて
  あそひなり・むすめなと・はたかはかりになれは・」58ウ
0308【はた】-将
0309【かはかり】-如此許
  心やすくうちふるまひ・へたてなきさま
  に・ふしおきなとは・えしもすましき
  を・これはいとさまかはりたる・かしつき
  くさなりと・おもほいためり」59オ

<イ本也><朱>
源氏の君の哥て(△&て)を(を$に)につみていつしかもみん紫のねにかよひけるのへの若草
此哥をもて巻の名とせりわかむらさきとつゝきたる詞ハ見えす式部卿の
姫君を紫の上となつけ侍るハ藤つほの女御の御ゆかり尋出たるによれり
源氏十七歳の三月より冬まての事みえたりイ本」59ウ

  伊行
【奥入01】あまのすむそこのみるめもはつかしく
  いそにおいたるわかめをそかる(戻)
【奥入02】従冥入於冥 法華経(戻)
【奥入03】可川(川$川<朱>)良支乃天良乃末戸名留や止与良乃
  天良乃尓之な留や 江の波為尓(尓$尓<朱>)之良太万々(々$之<朱>)
  川(川$徒<朱>)かく(かく$く<朱>)や末之良たましつくや於之止と於之止々
  之可之天波久尓曽左可江无や和伊戸曽止々
  せむ也於々止々止之屯とおゝし屯止と屯と(戻)
【奥入04】すみそめのくらふのやまに入ひとはことる/\」60オ
  そかへるへらなる
   此哥くらまの山也想は此哥之心更不叶
  くらふの山の本哥尤有事故歟 未勘出(戻)
【奥入05】みなといりのあしわけを舟さい(い$ハ<朱>)りおほみ
  おなし人にやたる(たる$こひ<朱>)むと思し(戻)
【奥入06】人しれぬ身はいそけともとしをへて
  なとこえかたきあふさかのせき(戻)
【奥入07】 風俗常陸哥
  ひたちには田を(を+こそ)つくれ田れをかねやまをこえ野
  をもこえ君かあまたきませる(戻)」60ウ

以哥為巻ノ名<手ニツミテイツシカモミン紫ノ/根ニカヨヒケル野ヘノワカ草>
源氏十七歳ノ三月ヨリ冬マテノコトアリ(前遊紙1オ貼紙)

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