若紫(大島本親本復元) First updated 10/29/2006(ver.1-1)
Last updated 10/31/2006(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

若 紫

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「若紫」巻の書写態度について
 墨筆、朱筆による訂正跡がある。最終丁59オ4行は書体が異なる。
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「わかむらさき」(題箋)

  わらはやみにわらひ給てよろつにまし
  なひかちなとまいらせ給へしるしなく
  てあまたゝひおこり給けれはある人
  きた山になむなにかし寺といふ所に
  かしこきをこなひ人侍るこその夏も
  世におこりて人/\ましなひわつらひ
  しをやかてとゝむるたくひあまた侍
  りきしゝこらうしつる時はうたて侍
  をとくこそ心見させたまはめなときこふ
  れはめしにつかはしたるにおいかゝまりて」1オ

  むろのとにもまかてすと申たれはいかゝ
  はせむいとしのひてものせんとの給て御
  ともにむつましき四五人はかりしてまた
  あか月におはすやゝふかういる所なりけり
  三月のつこもりなれは京の花さかりは
  みなすきにけりやまのさくらはまたさかり
  にていりもておはするまゝにかすみのたゝす
  まひもおかしうみゆれはかゝるありさまも
  ならひ給はすところせき御身にてめつらし
  うおほされけり寺のさまもいとあはれなり」1ウ

  みねたかくふかきいはの中にそひしりいり
  ゐたりけるのほり給ひてたれともしらせ
  給はすいといたうやつれ給へれとしるき御さ
  まなれはあなかしこや一日めし侍しにや
  おはしますらむいまはこの世の事を思ひ
  給へねはけんかたのをこなひもすてわすれて
  侍るをいかてかうおはしましつらむとおとろき
  さはきうちゑみつゝ見たてまつるいとたう
  ときたいとこなりけりさるへきものつ
  くりてすかせたてまつりかちなとまいる」2オ

  ほとひたかくさしあかりぬすこしたちい
  てつゝ見わたし給へはたかき所にてこゝかし
  こ僧房ともあらはに見おろさるるたゝこの
  つゝらおりのしもにおなしこしはなれとう
  るはしくしわたしてきよけなるやら
  うなとつゝけてこたちいとよしあるはなに
  人のすむにかとゝひ給へは御ともなる人これ
  なんなにかしそうつの二とせこもり侍るか
  たに侍るなる心はつかしき人すむなる
  所にこそあなれあやしうもあまりやつ」2ウ

  しけるかなきゝもこそすれなとのたまふ
  きよけなるわらはなとあまたいてきて
  あかたてまつりはなおりなとするもあらはに
  見ゆかしこに女こそありけれそうつはよも
  さやうにはすへ給はしをいかなる人ならむと
  くち/\いふおりてのそくもありおかしけ
  なる女こともわかき人わらはへなんみ
  ゆるといふ君はをこなひしたまひつゝ
  日たくるまゝにいかならんとおほしたる
  をとかうまきらはさせ給ておほしいれぬ」3オ

  なんよく侍るときこゆれはしりへの山に
  たちいてゝ京のかたを見給はるかにかすみ
  わたりてよものこすへそこはかとなうけふり
  わたれるほとゑにいとよくもにたるかなかゝる
  所にすむ人心におもひのこすことはあらし
  かしとの給へはこれはいとあさく侍り人のく
  になとに侍るうみ山のありさまなとを御らん
  せさせ侍らはいかに御ゑいみしうまさら
  せ給はむふしの山なにかしのたけなとか
  たりきこゆるもあり又にしくにのおもし」3ウ

  ろき浦うらいそのうへをいひつゝくるもあり
  てよろつにまきゝはしきこゆちかき所に
  ははりまのあかしのうらこそなをことに侍
  れなにのいたりふかきくまはなけれとたゝ
  うみのおもてをみわたしたるほとなん
  あやしくこと所ににすゆほひるなる所
  に侍るかのくにのさきのかみしほちのむす
  めかしつきたるいゑいといたしかし大臣
  のゝちにていてたちもすへかりける人の
  よのひかものにてましらひもせす近衛」4オ

  の中将をすてゝ申給はれりけるつるさ
  なれとかのくにの人にもすこしあなつら
  れてなにのめいもくにてか又みやこにもか
  へらんといひてかしらもおろし侍りにける
  をすこしおくまりたる山すみもせてさる
  うみつらにいてゐたるひか/\しきやうなれと
  けにかのくにのうちにさも人のこもりゐぬ
  へき所/\はありなからふかきさとは人はな
  れ心すこくわかきさいしのおもひわひぬ
  へきによりかつは心をやれるすまひになん」4ウ

  侍るさいつころまかりくたりて侍りし
  ついてにありさまみたまへによりて侍りし
  かは京にてこそところえぬやうなりけれ
  そこえはるかにいかめしうしめてつくれ
  るさまさはいへとくにのつかさにてしをき
  ける事なれはのこりのよはひゆたかに
  ふへき心かまへもになくしたりけりのちの
  世のつとめもいとよくして中/\ほうしま
  さりしたる人になん侍りけると申せは
  さてそのむすめはとゝひ給ふけしうはあらす」5オ

  かたち心はせなと侍るなりたい/\のくに
  のつかさなとよういことにしてさる心はへみ
  すなれとさらにうけひかすわか身のかく
  いたつらにしつめるたにあるをこの人ひ
  とりにこそあれおもふさまことなりもしわれ
  にをくれてその心さしとけすこのおもひ
  をきつるすくせたかはゝうみにいりねとつね
  にゆいこしをきて侍るなるときこゆれは
  君もおかしときゝ給ふ人/\かいりうはう
  のきさきになるへきいつきむすめなゝり心」5ウ

  たかさくるしやとてわらふかくいふは
  はりまのかみのこのくら人よりことし
  かうふりえたるなりけりいとすきたる
  ものなれはかの入道のゆいこむやふりつ
  へき心はあらんかしさてたゝすみよるならむ
  といひあへりいてさいふともゐ中ひたらむ
  おさなくよりさる所におひいてゝふるめい
  たるおやにのみしたかひたらむははゝこそ
  ゆへあるへけれよきわかうとわらはなとみや
  このやむことなきところ/\よりるいにふれ」6オ

  てたつねとりてまはゆくこそもてなす
  なれなさけなき人なりてゆかはさて心や
  すくてしもえをきたらしをやなといふ
  もあり君なに心ありてうみのそこまてふ
  かうおもひいるらむそこのみるめも
  のむつかしうなとのたまひてたゝならす
  おほしたりかやうにてもなへてならすも
  てひかみたる事このみ給御心なれは御みゝ
  とゝまらむをやとみたてまつるくれかゝり
  ぬれとおこらせ給はすなりぬるにこそは」6ウ

  あめれはやかへらせ給なんとあるをたいとこ御
  ものけなとくはられるさまにおはしまし
  けるをこよひはなをしつかにかちなとまいり
  ていてさせ給へと申すさもある事とみな
  人申す君もかゝるたひねもならひた
  まはねはさすかにおかしくてさらはあか
  月にとの給ふ人なくてもつれ/\なれは夕
  くれのいたうかすたるにまきれてかのこし
  はかきのほとにたちいて給人/\はかへし
  給てこれみつのあそむとのそき給へはたゝ」7オ

  このにしおもてにしも仏すへたてまつ
  りてをこなふあまなりけりすたれすこし
  あけて花たてまつるめり中のはしらに
  よりゐてけうそくのうへにきやうををき
  ていとなやましけによみゐたるあまきみ
  たゝ人と見えす四十よはかりにていとし
  ろうあてにやせたれとつらつきふくらかに
  まみのほとかみのうつくしけにそかれたる
  すゑも中/\なかきよりもこよなういまめ
  かしきものかなとあはれに見給きよけなる」7ウ

  おとなふたりはかりさてはわらはへそいていり
  あそふ中に十はかりやあらむみえてしろ
  ききぬ山ふきなとのなへたるきてはしり
  きたる女こあまたみえつることもににる
  へうもあらすいみしくおいさきみえてうつ
  くしけなるかたちなりかみはあふきを
  ひろけたるやうにゆら/\としてかほは
  いとあかくすりなしてたてりなに事
  そやわらはへとはらたち給へるかとてあ
  まきみのみあけたるにすこしおほえ」8オ

  たるところあれはこなめりとみ給すゝめ
  のこをいぬきかにかしつるふせこのうちに
  こめたりつるものをとていとくちおしと
  おもへりこのゐたるおとなれいの心なしのかゝる
  わさをしてさいなまるゝこそいと心つきな
  けれいつかたへかまかりぬるいとおかしうやう/\
  なりつるものをからすなともこそみつく
  れとてたちてゆくかみのるゝかにいとなか
  くめやすき人なめり少納言のめのとゝこ
  そ人いふめるはこのこのうしろみなるへし」8ウ

  あま君いてあなおさなやいふかひなうも
  のし給かなをのかかくけふあすにおほゆる
  いのちをはなにともおほしたらてすゝめし
  たひ給ほとよつみうることそとつねにきこ
  ゆるを心うくとてこちやといへはつゐゝたり
  つらつきいとらうたけにてまゆのわたりうち
  けふりいはけなくかいやりたるひたいつ
  きかむさしいみしううつくしねひゆか
  むさまゆかしき人かなとめとまり給さる
  はかきりなう心をつくしきこゆる人に」9オ

  いとようにたてまつれるかまもらるなりけ
  りとおもふにもなみたそおつるあまきみ
  かみをかきなてつゝけつる事をうるさかり
  給へとおかしの御くしやいとはかなうものし
  給こそあはれにうしろめたけれかはかりに
  なれはいとかゝらぬ人もあるものをこ姫君
  は十はかりにて殿にをくれ給ひしほといみ
  しうものはおもひしり給へりしそかし
  たゝいまをのれみすてたてまつらはいかて
  世におはせむとすらむとていみしくなく」9ウ

  を見給もすゝろにかなしおさな心ちにも
  さすかにうちまもりてふしめになりてうつ
  ふしたるにこほれかゝりたるかみつや/\と
  めてたうみゆ
    をひたゝむありかもしらぬわか草を
  をくらす露そきえんそらなき又ゐたる
  おとなけにとうちなきて
    はつ草のおひ行すゑもしらぬまに
  いかてか露のきえんとすらむときこゆるほ
  とに僧都あなたよりきてこなたはあ」10オ

  らはにや侍らむけふしもはしにおはし
  ましけるかなこのかみのひしりのかたに
  源氏の中将のわらはやみましなひにもの
  し給けるをたゝいまなむきゝつけ侍る
  いみしうしのひ給ひけれはしり侍らて
  こゝに侍りなから御とふらひにもまてさりける
  との給へはあないみしやいとあやしき
  さまを人やみつらむとてすたれおろし
  つこの世にのゝしり給ふひかる源氏かゝる
  つゐてに見たてまつり給はんやよをすて」10ウ

  たるほうしの心ちにもいみしう世のう
  れへわすれよはひのふる人の御ありさ
  まなりいて御せうそこきこえんとてたつ
  をとすれはかへり給ひぬあはれなる人をみ
  つるかなかゝれはこのすきものともはかゝる
  ありきをのみしてよくさるましき人
  をもみつくるなりけりたまさかにたち
  いつるたにかく思ひのほかなることをみ
  るよとおかしうおほすさてもいとうつくし
  かりつるちこかななに人ならむかの人の」11オ

  御かはりにあけくれのなくさめにも見は
  やとおもふ心ふかうつきぬうちふし給へる
  に僧都の御てしこれみつをよひいて
  さすほとなき所なれは君もやかてきゝ給ふ
  よきりをはしましけるよしたゝいま
  なむ人申すにおとろきなからさふらへき
  をなにかしこのてらにこもり侍りとはしろ
  しめしなからしのひさせ給へるをうれは
  しくおもひ給へてなんくさの御むしろも
  このはうにこそまうけ侍へけれいとほいな」11ウ

  き事と申給へりいぬる十よ日のほと
  よりわらはやみにわらひ侍るをたひかさ
  なりてたえかたく侍れは人のをしへのま
  まにはかにたつねいり侍りつれとかやうな
  る人のしるしあらはさぬときはしたなかる
  へきもたゝなるよりはいとおしうおもひ
  給へつゝみてなむいたうしのひ侍りつる
  いまそなたにもとの給へりすなはち僧
  都まいり給へりほうしなれといと心はつ
  かしく人からもやむことなく世におもはれ」12オ

  給へる人なれはかる/\しき御ありさまを
  はしたなうおほすかくこもれるほとの御物
  かたりなときこえ給ておなししはのいほり
  なれとすこしすゝしき水のなかれも御
  らんせさせんとせちにきこえ給へはかのまたみ
  ぬ人/\にこと/\しういひきかせつる
  をつゝましうおほせとあはれなりつるあり
  さまもいふかしくておはしぬけにいと心ことに
  よしありておなし木草をもうへなし
  給へり月もなきころなれはやり水にかゝ」12ウ

  り火ともしとゝろなともまいりたりみな
  みおもていときよけにしつらひ給へりそ
  らたきものいと心にくゝかほりいて名香のか
  なとにほひみちたるにきみの御をひかせ
  いとことなれはうちの人/\も心つかひす
  へかめり僧都世のつほねなき御ものかたり
  のち世の事なときこえしらせ給ふわかつ
  みのほとおそろしうあちきなきこゝに
  心をしめていけるかきりこれを思ひなやむ
  へきなめりましてのちの世のいみし」13オ

  かるへきおほしつゝけてかうやうなるす
  まひもせまほしうおほえ給ふものから
  ひるのおもかけ心にかゝりて恋しけれは
  こゝにものしたまふはたれにかたつねきこ
  えまほしき夢をみ給へしかなけふ
  なむ思ひあはせつるときこえ給へはうち
  わらひてうちけなる御夢かたりにそ侍る
  なるたつねさせ給ひても御心をとりせさせ
  給ぬへし故按察大納言は世になくて
  ひさしくなり侍ぬれはえしろしめさし」13ウ

  かしそのきたのかたなむなにかしかいも
  うとに侍るかの按察かくれてのち世をそむ
  きて侍るかこのころわつらふ事侍により
  かく京にもまかてねはたのもし所にこもり
  てものし侍るなりときこえ給かの大納言
  のみむすめものし給ふときゝ給へしは
  すき/\しきかたにはあらてまめやかにきこ
  ゆるなりとをしあてにの給へはむすめたゝ
  ひとり侍しうせてこの十よ年にやな
  り侍りぬらん故大納言内にたてまつらむな」14オ

  とかしこういつき侍しをそのほいのこと
  くもものし侍らてすき侍にしかはたゝ
  このあま君ひとりもてあつかひ侍しほとに
  いかなる人のしわさにか兵部卿の宮なむ
  しのひてかたらひつき給へりけるをもとの
  きたのかたやむことなくなとしてやすからぬ
  事おほくてあけくれものをおもひてなん
  なくなり侍りにしものおもひにやまひつく
  ものとめにちかくみ給へしなと申給ふさ
  らはそのこなりけりとおほしあはせつみ」14ウ

  この御すちにてかの人にもかよひきこえ
  たるにやといとゝあはれにみまほし人の
  ほともあてにおかしう中/\のさかしゝ心な
  くうちかたらひて心のまゝにをしへおほ
  したてゝみはやとおほすいとあはれにも
  のしたまふ事かなそれはとゝめ給ふかたみ
  もなきかとおさなかりつるゆくゑのなをた
  しかにしらまほしくてとひ給へはなく
  なり侍しほとにこそ侍しかそれも女にて
  そゝれにつけてものおもひのもよほしに」15オ

  なむよはひのすゑに思ひ給へなけき侍る
  めるときこえ給されはよとおほさるあやし
  きことなれとおさなき御うしろみにおほすへ
  くきこえ給てんやおもふ心ありてゆきかゝ
  つらふかたも侍りなから世に心のしまぬにや
  あらんひとりすみにてのみなむまたにけ
  なきほとゝつねの人におほしなすらへて
  はしたなしやなとのたまへはいとうれし
  かるへきおほせことなるをまたむけにい
  はきなきほとに侍めれはたはふれにても御」15ウ

  らんしかたくやそも/\女人は人にもてな
  されておとなにもなり給ふものなれはくは
  しくはえとり申さすかのをはにかたらひ
  侍りてきこえさせむとすくよかにいひても
  のこわきさまし給へれはわかき御心に
  はつかしくてえよくもきこえ給はすあみ
  た仏ものし給たうにする事侍るころに
  なむそやいまたつとめ侍らすすくして
  さふらはむとてのほり給ぬ君は心ちもいと
  なやましきに雨すこしうちそゝきやま」16オ

  かせひやゝかにふきたるにたきのよとみ
  △もまさりておとたかうきこゆすこし
  ねふたけなる経のたえ/\すこくきこゆ
  るなとするろなる人も所からものあはれ
  なりましておほしめくらすことおほくてま
  とろませ給はすそやといひしかとも夜も
  いたうふけにけりうちにも人のねぬけはひ
  しるくていとしのひたれとすゝのけう
  そくにひきならさるゝをとほのきこえな
  つかしううちそよめくをとなひあてはか」16ウ

  なりときゝたまひてほともなくちかけれはと
  にたてわたしたる屏風の中をすこし
  ひきあけてあふきをならし給へはおほえ
  心ちすへかめれときゝしらぬやうにやとて
  ゐさりいつる人あなりすこししそきてあや
  しいかみゝにやとたとるをきゝ給ひてほ
  とけの御しるへはくらきにいりてもらにたかう
  ましかなるものをとの給ふ御こゑのいとは
  かうあてなるにうちいてむこはつかひもはつ
  かしけれといかなるかたのをんしるへにかおほ」17オ

  つかなくときこゆけにうちつけなりとお
  ほめき給はむもことはりなれと
    はつ草のわかはのうへを見つるより
  たひねの袖も露そかはかぬときこえ給ひ
  てむやとの給ふさらにかやうの御せうそこ
  うけ給はりわゝへき人もものしたまはぬ
  さまはしろしめしたりけなるをたれに
  かはときこゆをのつからさるやうありてき
  こゆるなんと思ひなし給へかしとの給へは
  いりてきこゆあないまめかしこの君やよ」17ウ

  ついたるほとにおはするとそおほすらんさ
  るにてはかのわかくさをいかてきい給へるこそ
  そとさま/\あやしきにこゝろみたれて
  ひさしうなれはなさけなしとて
    枕ゆふこよひはかりの露けさをみ山
  のこけにくらへさらなむひかたう侍るも
  のをときこえ給ふかうやうのつゐてなる御
  せうそこはまたさらにきこえしらすならはぬ
  事になむかたしけなくともかゝるついてにま
  め/\しうきこえさすへきことなむとき」18オ

  こえたまへれはあまきみひか事きゝ給へ
  るならむいとむつかしき御けはひになにこと
  をかはいらへきこえむとの給へははしたなうも
  こそおほせと人/\きこゆけにわかやかなる
  人こそうたてもあらめまめやかにのたまふかた
  しけなしとてゐさりより給へりうち
  つけにあさはかなりと御らんせられぬへき
  つゐてなれと心にはさもおほえ侍らねは
  ほとけはをのつからとておとな/\しうは
  つかしけなるにつゝまれてとみにもえうち」18ウ

  いて給はすけにおもひ給へよりかたきつゐてに
  かくまてのたまはせきこえさするもいかゝとの
  給ふあはれにうけたまはる御ありさまをかのす
  き給にけむ御かはりにおほしないてむやいふ
  かひなきほとのよはひにてむつましかるへき
  人にもたちをくれ侍りにけれはあや
  しううきたるやうにてとし月をこそか
  さね侍れおなしさまにものし給ふなるを
  たくひになさせ給へといときこえまほしきを
  かゝるおり侍りかたくてなむおほされん所」19オ

  をもはゝからすうちいて侍りぬるときこえた
  まへはいとうれしう思たまへぬへき事な
  とや侍らんとつゝましうなむあやしき
  身ひとつをたのもし人にする人なむ侍
  れといとまたいふかひなきほとにて御らんし
  ゆるさるゝかたも侍りかたけなれはえなむ
  うけ給はりとゝめられさりけるとの給みなお
  ほつかなからすうけ給はるものをところせ
  うおほしはゝからて思ひ給へよるさまことな
  る心のほとを御らんせよときこえ給へといと」19ウ

  にけなきことをさもしらての給とおほ
  して心とけたる御いらへもなしそうつお
  はしぬれはよしかうきこえそめ侍りぬれはい
  とたのもしうなむとてをしたて給つあ
  かつきかたになりにけれは法花三昧をこ
  なふたうのせむ法のこゑ山おろしにつきて
  きこえくるいとたうとくたきのをとにひゝ
  きあひたり
    吹きまよふみやまおろしに夢さ
  めて涙もよほすたきのをとかな」20オ

    さしくみに袖ぬらしける山水
  にすめる心はさはきやはするみゝなれはへりに
  けりやときこえ給あけ行空はいといたうか
  すみて山のとりともそこはかとなうさえつり
  あひたり名もしらぬ木草のはなともゝ
  色/\にちりましりにしきをしけると
  見ゆるにしかのたゝすみありくもめつら
  しくみ給になやましさもまきれは
  てぬひしりうこきもえせねととかうし
  てこしむまいらせ給ふかれたるこゑのいと」20ウ

  いたうすきひかめるもあはれにくうつきて
  たらによみたり御むかへの人/\まいりて
  をこたり給へるよろこひきこえうちより
  も御とふらひあり僧都世にみえぬさまの御
  くたものなにくれとたにのそこまてほり
  いていとなみきこえ給ことしはかりのちかひ
  ふかう侍りて御をくりにもえまいり侍る
  ましきこと中/\にも思ひ給へらるへきか
  ななときこえ給ておほみきまいり給山水
  に心とまり侍りぬれとうちよりもおほつ」21オ

  かなからせ給へるもかしこけれはなむいまこ
  の花のおりすくさすまいりこむ
    宮人に行てかたらむ山さくら風
  よりさきにきてもみるへくとの給御もて
  なしこわつかひさへめもあやなるに
    うとむけの花まちえたる心ちして
  み山さくらにめこそうつらねときこえた
  まへはほゝゑみて時ありてひとたひひらく
  なるはかたかなるものをとの給ふひしり御
  かはらけ給て」21ウ

    おく山の松の戸ほそをまれに明て
  また見ぬ花のかほを見るかなとうちなき
  てみたてまつるひしり御まもりにとこ
  たてまつる見給て僧都さうとくたい
  しのくたらよりえたまへりけるこむ
  かうしのすゝのたまのさうそくしたる
  やかてそのくによりいれたるはこのからめ
  いたるをすきたるふくろにいれてこえう
  のえたにつけてこむるりのつほともに御
  くすりともいれてふちさくらなとにつけ」22オ

  てところにつけたる御をくりものともさゝけ
  たてまつり給ふきみひしりよりはしめと
  経しつかほうしのふせともまうけのも
  のともさま/\にとりにつかはしたりけれは
  そのわたりの山かつまてさるへきものとも
  給ひ御す経なとしていて給うちにそう
  ついり給てかのきこえ給しことまねひ
  きこえ給へとともかくもたゝいまはきこ
  えむかたなしもし御心さしあらはいま四五
  年をすくしてこそはともかくもとの給へはさ」22ウ

  なむとおなしさまにのみあるをほいなしと
  おほす御せうそこ僧都のもとなるちいさ
  きわらはして
    ゆふまくれほのかに花のいろをみて
  けさはかすみのたちそわつらふ御返し
    まことにや花のあたりはたちうきと
  かすむる空のけしきをもみむとよしある
  てのいとあてなるをうちすてかい給へり御
  車にたてまつるほと大殿よりいつちとも
  なくておはしましにけることゝて御むかへ」23オ

  の人/\きみたちなとあまたまいり給へ
  り頭中将左中弁さらぬきみたちもし
  たひきこえてかうやうの御ともにはつかう
  まつり侍らむと思ひ給ふるをあさましく
  をくらせ給へることゝうらみきこえていと
  いみしき花のかけにしはしもやすら
  はすたちかへり侍らむはあかぬわさかなと
  の給ふいはかくれのこけのうへになみゐ
  てかはらけまいるおちくる水のさまなとゆへ
  あるたきのもとなり頭中将ふところなり」23ウ

  けるふえとりいてゝふきすましたり弁
  のきみあふきはかなううちならしてとよ
  らの寺のにしなるや
うたふ人よりはこと
  なるきみたちを源氏の君いといたううち
  なやみていはによりゐたまへるはたくひな
  くゆゝしき御ありさまにそなに事に
  めうつるましかりけるれいのひちりき
  ふくすいしむさうのふえもたせたるすき
  ものなとありそうつきむをみつからもて
  まいりてこれたゝ御てひとつあそはしてお」24オ

  なしうは山の鳥もおとろかし侍らむとせ
  ちにきこえ給へはみたり心ちいとたへかたき
  ものをときこえ給へとけにゝからすかきな
  らしてみなたち給ぬあかすくちおし
  といふかひなきほうしわらはへも涙をお
  としあへりましてうちにはとしおいたるあ
  まきみたちなとまたさらにかゝる人の御あり
  さまをみさりつれはこの世のものともおほえた
  まはすときこえあへり僧都もあはれな
  にの契にてかゝる御さまなからいとむつかし」24ウ

  きひのもとのすゑの世にうまれ給へらむと
  みるにいとなむかなしきとてめをしのこひ
  給このわかきみおさな心ちにめてたき
  人かなとみたひて宮の御ありさまよりも
  まさり給へるかなゝとの給さらはかの人の
  御こになりておはしませよときこゆれは
  うちうなつきていとようありなむとおほし
  たりひいなあそひにもゑかい給ふにも源氏
  のきみとつくりいてゝきよらなるきぬきせ
  かしつき給ふ君はまつうちにまひり給て」25オ

  日ころの御ものかたりなときこえ給いといた
  うおとろへにけりとてゆゝしとおほし
  めしたりひしりのたうとかりける事
  なとゝはせ給くはしくそうし給へはあさり
  なとにもなるへきものにこそあなれをこ
  なひのらうはつもりておほやけにしろし
  めされさりける事とらうたかりのたま
  はせけり大殿まいりあひ給て御むかへにも
  とおもひ給へつれとしのひたる御ありき
  にいかゝと思ひはゝかりてなむのとやかに一」25ウ

  二日うちやすみ給へとてやかて御をくりつか
  うまつらむと申たまへはさしもおほさねと
  ひかされてまかてたまふわか御車にのせたて
  まつり給ふてみつからはひきいりてたて
  まつれりもてかしつきゝこえ給へる御心はへの
  あはれなるをそさすかに心くるしくおほし
  ける殿にもおはしますらむと心つかひし
  給てひさしく見たまはぬほといとゝたまのう
  てなにみかきしつらひよろつをとゝのへ給
  へり女君れいのはひかくれてとみにも」26オ

  いて給はぬをおとゝせちにきこえ給てから
  うしてわたり給へりたゝゑにかきたるもの
  のひめきみのやうにしすへられてうちみし
  ろき給事もかたくうるはしうてものし
  給へはおもふこともうちかすめ山みちのもの
  かたりをもきこえむはふかひありておかしう
  いらへたまはゝこそあはれならめ世には心もとけ
  すうとくはつかしきものにおほしとしのか
  さなるにそへて御心のへたてもまさるをいと
  くるしくおもはすにとき/\は世のつねなる」26ウ

  御けしきをみはやたへかたうわつらひ侍
  しをもいかゝとたにとひ給はぬこそめつらし
  からぬ事なれと猶うらめしうときこえ給
  からうしてとはぬはつらきものにやあらんと
  しりめかりみをこせ給へるまみいとはつかし
  けにけたかううつくしけなる御かたちなり
  まれまれはあさましの事やとはぬなといふ
  きはゝことにこそ侍なれ心うくもの給ひな
  すかなよとともにはしたなき御もてなしを
  もしおほしなおるおりもやととさまかう」27オ

  さまに心みきこゆるをといとゝおもほしう
  とむなめりかしよしやいのちたにとてよる
  のおましにいり給ひぬ女きみふともいり給は
  すきこえわつらひ給ひてうちなけきてふし
  給へるもなま心つきなきにやあらむねふ
  たけにもてなしてとう世をおほしみたる
  ることおほかりこのわかくさのおひいてむほとの
  なをゆかしきをにけないほとゝおもへりしも
  ことはりそかしいひよりかたき事にも
  あるかないかにかまへてたゝ心やすくむかへと」27ウ

  りてあけくれのなくさめにみん兵部卿
  の宮はいとあてになまめい給へれとにほひやかに
  なともあらぬをいかてかのひとそうにおほえ給らむ
  ひとつきさきはらなれはにやなとおほす
  ゆかりいとむつましきにいかてかとふかうおほ
  ゆ又の日御ふみたてまつれ給へりそうつにも
  ほのめかし給ふへしあまうへにはもてはな
  れたりし御けしきのつゝましさにおもひ
  給ふるさまをもえあらはしはて侍らすなり
  にしをなむかはかりきこゆるにてもをし」28オ

  なへたらぬ心さしのほとを御らんししらはいか
  にうれしうなとあり中にちひさくひきむすひ
  て
    面影は身をもはなす山桜心の
  かきりとめてこしかとよのまの風もうしろ
  めたくなむとあり御てなとはさるものにてた
  たはかなうをしつゝみ給へるさまもまたす
  きたる御めともにはめもあやにこのましう
  見ゆあなかたはらいたやいかゝきこえんとお
  ほしわつらふゆくての御事はなをさり」28ウ

  にも思給へなされしをふりはへさせ給へる
  にきこえさせむかたなくなむまたなにはつ
  をたにはか/\しうつゝけ侍らさめれはか
  ひなくなむさても
    嵐吹おのへのさくらちらぬまを心とめける
  ほとのはかなさいとゝうしろめたかうあり僧
  都の御返もおなしさまなれはくちおしく
  て二三日ありてこれみつをそたてまつれ
  給少納言のめのとゝいふ人あへしたつねて
  くはしふかたらへなとの給しらすさもかゝ」29オ

  らぬくまなき御心かなさはかりいはけなけ
  なりしけはひをとまほならねとも見し
  ほとを思ひやるもおかしわさとかう御ふみある
  をそうつもかしこまりきこえ給ふ少納言
  にせうそこしてあひたりくはしくおほ
  しの給ふさまおほかたの御ありさまなとか
  たることはおほかる人にてつき/\しういひ
  つゝくれといとわりなき御ほとをいかにおほす
  にかとゆゝしうなむたれも/\おほし
  ける御ふみにもいとねむころにかいたまひて」29ウ

  れいの中にかの御はなちかきなむなを
  みたまへまほしきとて
    あさか山あさくも人をおもはぬになとやま
  の井のかけはなるらむ御かへし
    くみそめてくやしときゝし山の井の
  あさきなからやかけをみるへきこれみつも
  おなしことをきこゆこのわつらひ給事よ
  ろしくはこのころすくして京の殿にわた
  り給てなむきこえさすへきとあるを心も
  となうおほすふちつほの宮なやみ給ふ」30オ

  ことありてまかて給へりうへのおほつかなかり
  なけきゝこえ給ふ御けしきもいと/\おし
  うみたてまつりなからかゝるおりたにと心も
  あくかれまとひていつくにもくまうて給はす
  うちにてもさとにてもひるはつれ/\となかめ
  くらしてくるれはわう命婦をせめありき給
  いかゝたはかりけむいとわりなくてみたてまつる
  ほとさへうつゝとはおほえぬそわひしきや宮
  もあさましかりしをおほしいつるたによと
  ともの御ものおもひなるをさてたにやみなむと」30ウ

  ふかうおほしたるにいとうくていみしき
  御けしきなるものからなつかしうらう
  たけにさりとてうちとけすこゝろふかう
  はつかしけなる御もてなしなとのなを人
  にゝさせ給はぬをなとかなのめなることたに
  うちましり給はさりけむとつらうさへそ
  おほさるゝなに事をかはきこえつくし給は
  むくらふの山やとりもとらまほしけ
  なれとあやにくなるみしか夜にてあさ
  ましう中/\なり」31オ

    見ても又あふ夜まれなる夢のうちに
  やかてまきるゝわか身ともかなとむせかへり給
  ふさまもさすかにいみしけれは
    よかたりに人やつたへんたくひなく
  うき身をさめぬ夢になしてもおほし
  みたれたるさまもいとことはりにかたし
  けなし命婦のきみそ御なをしなとはかき
  あつめもてきたる殿におはしてなきねに
  ふしくらし給ひつ御ふみなともれいの御
  らんしいれぬよしのみあれはつねのこと」31ウ

  なからもつらういみしうおほしほれてうち
  へもまひらて二三日こもりおはすれは又いか
  なるにかと御うこかせ給へかめるもおそろ
  しうのみおほえ給ふ宮もなをいと心うきみ
  なりけりとおほしなけくになやまし
  さもまさり給ひてとくまひり給へき御
  つかひしきれとおほしもたゝすまことに
  御心ちれいのやうにもおはしまさぬはいか
  なるにかと人しれすおほす事もあり
  けれは心うくいかならむとのみおほしみたる」32オ

  あつきほとはいとゝおきもあかり給はす三月
  になり給へはいとしるきほとにて人/\見たて
  まつりとかむるにあさましき御すくせの
  ほと心うし人は思ひよらぬことなれはこの月
  まてそうせさせ給はさりける事とおとろき
  きこゆわか御心ひとつにはしるうおほし
  わく事もありけり御ゆ殿なとにもした
  しうつかふまつりてなに事の御けし
  きをもしるく見たてまつりしれる御めの
  とこの弁命婦なとそあやしとおもへと」32ウ

  かたみにいひあはすへきにあらねはなを
  のかれかたかりける御すくせをそ命婦はあさ
  ましとおもふうちには御ものゝけのまきれ
  にてとみにけしきなうおはしましけるやう
  にそそうしけむかしみる人もさのみおもひ
  けりいとゝあはれにかきりなうおほされて
  御つかひなとのまなきも空おそろしう
  ものをおほす事ひまなし中将のきみ
  もおとろ/\しうさまことなる夢をみ給
  てあはするものをめしてとはせ給へはをよ」33オ

  ひなうおほしもかぬすちのことをあはせけり
  その中にたかいめありてつゝしませ給ふへき
  ことなむ侍るといふにわつらはしくおほえて
  みつからの夢にはあらす人の御事をかたる
  なりこの夢あふまて又人にまねふなと
  の給て心のうちにはいかなる事ならむとお
  ほしわたるにこの女宮の御事きゝ給ひて
  にいとゝしくいみしき事のはつくしき
  こえ給へと命婦もおもふにいとむくつけう
  わつらはしさまさりてさらにたいかるへき」33ウ

  かたなしはかなきひとくたりの御返のた
  まさかなりしもたえはてにたり七月にな
  りてそまひり給ひけるめつらしうあはれ
  にていとゝしき御おもひのほとかきりなし
  すこしふくらかになり給ひてうちなやみ
  おもやせたまへるはたけににるものなくめて
  たしれいのあけくれこなたにのみおは
  しまして御あそひもやう/\おかしき
  空なれは源氏の君もいとまなくめ
  しまつはしつゝ御ことふえなとさま/\」34オ

  につかうまつらせ給ふいみしうつゝみ給へと
  しのひかたきけしきのもりいつるおり/\
  宮もさすかなる事ともをおほくおほし
  つゝけゝりかの山てらの人はよろしくな
  りていて給にけり京のすみかたつねて
  時/\の御せうそこなとありおなしさまにのみ
  あるもことはりなるうちにこの月ころはあり
  しにまさる物おもひにこと/\なくてすきゆく
  秋のすゑつかたいともの心ほそくてなけき
  給ふ月のおかしき夜しのひたる所にから」34ウ

  うして思ひたち給へるをしられめいてうち
  そゝくおはする所は六条京極わたりにて内
  よりなれはすこしほととをき心ちするにあ
  れたるいゑのこたちいとものふりてこくらく
  みえたるありれいの御ともにはなれぬこれ
  みつなむこ按察の大納言のいゑに侍りて
  ものゝたよりにとふらひて侍しかはかのあまうへ
  いたうよわり給にたれはなに事もおほえす
  となむ申して侍しときこゆれはあはれの
  事やとふらふへかりけるをなとかさなむともの」35オ

  せさりしいりてせうそこせよとのたまへは
  人いれてあないせさすわさとかうたちよ
  り給へる事といはせたれはいりてかく御とふら
  ひになむおはしましたるといふにおとろき
  ていとかたはらいたき事かなこの日ころむけに
  いとたのもしけなくならせ給ひにたれは御た
  いめんなともあるましといへともかへしたて
  まつらむはかしこしとてみなみのひさしひ
  きつくろひひていれたてまつるいとむつか
  しけに侍れとかしこまりをたにとて」35ウ

  ゆくりなうものふかきおまし所になむと
  きこゆけにかゝる所はれいにたかひておほさる
  つねに思ひ給へたちなからかひなきさま
  にのみもてなさせ給ふにつゝまれ侍りて
  なむなやませ給ふことをもくともうけた
  まはゝさりけるおほつかなさなときこえ給ふ
  みたり心ちはいつともなくのみ侍るかかきりの
  さまになり侍りていとかたしけなくたち
  よらせ給へるにみつからきこえさせぬことの
  たまはすることのすちたまさかにもおほ」36オ

  しめしかはらぬやう侍らはかくわりなきよ
  はひすき侍りてかならすかすまへさせ給へ
  いみしう心ほそきにみたまへをくなんねかひ
  侍るみちのほたしに思たまへられぬへき
  なときこえ給へりいとちかけれは心ほそけな
  る御こゑたえ/\きこえていとかたしけなき
  わさにも侍るかなこの君たにかしこまり
  もきこえたまつへきほとならましかはと
  の給ふあはれにきゝ給てなにかあさう思ひ
  給へ△△事ゆへかうすき/\しきさまを」36ウ

  見えたてまつらむいかなるちきりにか見たて
  まつりそめしよりあはれにおもひきこ
  ゆるもあやしきまてこの世の事には
  おほえ侍らぬなとの給てかひなき心地のみし
  侍るをかのいはけなうものし給御ひとこゑ
  いかてとの給へはいてやよろつおほししらぬ
  さまにおほとのこもりいりてなときこゆ
  るおりしもあなたよりくるをとしてう
  へこそこのてらにありし源氏のきみこそ
  おはしたなれなと見たまはぬとの給ふを」37オ

  人/\いとかたはらいたしと思ひてあなかま
  ときこゆいさみしかは心地のあしさなくさ
  みきとの給ひしかはそかしとかしこきこと
  きこえたりとおほしての給ふいとおかし
  ときい給へと人/\のくるしと思ひたれは
  きかぬやうにてまめやかなる御とふらひをき
  こえをき給てかへり給ひぬけにいふかひなの
  けはひやさりともいとようをしへてむとおほす
  又の日もいとまめやかにとふらひきこえ給ふれ
  いのちひさくて」37ウ

    いはけなきたつの一こゑきゝしより
  あしまになつむ舟そえならぬおなし
  人にや
ことさらおさなくかきなし給へる
  もいみしうおかしけなれはやかて御てほむに
  と人/\きこゆ少納言そきこえたるとは
  せ給へるはけふをもすくしかたけなるさまに
  て山寺にまかりわたるほとにてかうとはせ給
  へるかしこまりはこの世ならてもきこえさ
  せむとありいとあはれとおほす秋の夕はま
  して心のいとまなくおほしみたるゝ人」38オ

  の御あたりに心をかけてあなかちなるゆかり
  もたつねまほしき心もまさり給ふなる
  へしきえむ空なきとありし夕おほ
  しいてられてこひしくも又みはおとり
  やせむとさすかにあやふし
    手につみていつしかも見むむらさきの
  ねにかよひけるのへのわか草十月に
  すさく院の行かうあるへしまひ人なと
  やむ事なきいゑのこともかむたちめ殿上人
  ともなともそのかたにつき/\しきはみな」38ウ

  えらせ給へれはみこたち大臣よりはしめて
  とり/\のさえともならひ給いとまなし山
  さと人にもひさしくをとつれ給はさりける
  をおほしいてゝふりはへつかはしたり
  けれはそうつのかへり事のみありたち
  ぬる月の廿日のほとになむつゐにむなしく
  見給へなしてせけむのたうりなれとかな
  しひ思ひ給ふるなとあるを見給に世のなか
  のはかなさもあはれにうしろめたけに思へ
  りし人もいかならむおさなきほとに恋」39オ

  やすらむこみや所にをくれたてまつりし
  なとはる/\しからねと思ひいてゝあさからす
  とふらひ給へり少納言ゆへなからす御かへり
  なときこえたりいみなとすきて京のとのに
  なときゝ給へはほとへて身つからのとかなる
  夜おはしたりいとすこけにあれたる所の
  ひとすくなゝるにいかにおさなき人おそろ
  しからむとみゆれいの所にいれたてまつり
  て少納言御ありさまなとうちなきつゝきこえ
  つゝくるにあいなう御そてもたゝならす宮」39ウ

  にわたしたてまつらむと侍めるをこひめき
  みのいとなさけなくうきものに思ひきこ
  え給へりしにいとむけにちこならぬよはひ
  の又はか/\しう人のおもむけをも見しり
  給はすなかそらなる御ほとにてあまたものし
  給ふなる中のあなつらはしき人にてやま
  しり給はんなとすき給ぬるもよとゝもにおほ
  しなけきつることしるきことおほく侍るに
  かくかたしけなきなけの御ことのはゝのちの御
  心もたとりきこえさせすいとうれしう」40オ

  おもひ給へられぬへきおりふしに侍りなから
  すこしもなそらひなるさまにもものし
  給はす御としよりもわかひてならひ給へれは
  いとかたはらいたく侍るときこゆなにかかう
  くりかへしきこえしらする心のほとをつゝ
  み給らむそのいふかひなき御心のありさま
  のあはれにゆかしうおほえたまふもちきり
  ことになむ心なからおもひしられけるなを人
  つてならてきこえしらせはや
    あしわかのうらにみるめはかたくとも」40ウ

  こはたちなからかへるなみかはめさましから
  むとの給へはけにこそいとかしこけれとて
    よるなみの心もしらてわかのうらに
  たまもなひかぬほとそうきたるわりなき
  事ときこゆるさまのなれたるにすこし
  つみゆるされ給ふなそこえさらんうちすし
  たまへるを身にしみてわかき人/\おもへり
  君はうへをこいきこえ給ひてなきふし
  たまへるに御あそひかたきとものなをしき
  たる人のおはする宮のおはしますな」41オ

  めりときこゆれはおきいて給ひて少納言よ
  なをしきたりつらむはいたつらに宮のおはする
  かとてよりおはしたる御こゑいとらゝたし
  宮にはあらねと又おほしはなつへうももあ
  らすこちとの給ふをはつかしかりし人と
  さすかにきゝなしてあしういひてけりとお
  ほしてめのとにさしよりていさかしねふ
  たきにとの給へはいまさらになとしのひ給ら
  むこのひさのうへにおほとのこもれよいます
  こしより給へとの給へはめのとのされはこそ」41ウ

  かう世つかぬ御ほとにてなむとてをしよせた
  てまつりたれはなに心もなくゐたまへるに
  てをさしいれてさくり給へれはなよゝかなる
  御そにかみはつや/\とかゝりてすゑのふさやか
  にさくりつけられたるいとうつくしうおもひや
  らるてをとらへたまへれはうたてれいならぬ
  人のかくちかつき給へるはおそろしうてね
  なむといふものをとてしひてひきいり給に
  つきてすへりいりていまはまろそ思へき
  人なうとみ給そとのたまふめのといてあ」42オ

  なうたてやゆゝしうも侍るかなきこえさ
  せしらせ給ともさらになにのしるしも侍ら
  しものをとてくるしけに思ひたれはさり
  ともかゝる御ほとをいかゝはあらんなをたゝ世に
  しらぬ心さしのほとを見はて給へとの給あ
  られふりあれてすこき夜のさまなりいか
  てかう人すくなに心ほそうてすくし給ふ
  らむとうちなひ給ていとみすてかたきほ
  となれはみかうしまいりねものおそ
  ろしき夜のさまなめるをとのゐ人にて」42ウ

  侍らむ人/\ちかふさふらはれよかしとて
  いとなれかほにみ帳のうちにいり給へはあや
  しうおもひのほかにもとあきれてたれ
  も/\ゐたりめのとはうしろめたなうわ
  りなしとおもひとあらましうきこえさ
  はくへきならねはうちなけきつゝゐたり
  わかきみはいとおそろしういかならんとわな
  なかれていとうつくしき御はたつきもそゝ
  ろさむけにおほしたるをらうたくおほえ
  てひとへはかりをゝしくゝみてわか御心」43オ

  ちもかつはうたておほえ給へとあはれにうち
  かたらひ給ひていさたまへよおかしきゑなと
  おほくひゝなあそひなとするところにと心に
  つくへき事をの給ふけはひのいとなつかし
  きをおさなき心ちにもいといたうをちすさ
  すかにむつかしうねもいらすおほえてみしろ
  きふしたまへり夜ひとよ風ふきあるゝ
  にけにかうおはせさらましかはいかに心ほ
  そからましおなしくはよろしきほとにお
  はしまさましかはとさゝめきあへりめのとは」43ウ

  うしろめたさにいとちかふさふらふかせすこ
  しふきやみたるに夜ふかういて給ふも
  ことありかほなりやいとあはれにみたてまつる
  御ありさまをいまはましてかたときのまも
  おほつかなかるへしあけくれなかめ侍ると
  ころにわたしたてまつらむかくてのみはいかゝ
  ものをちし給はさりけりとの給へは宮も御
  むかへになときこえの給ふめれとこの御四十
  九日すくしてや思ふ給ふるときこゆれは
  たのもしきすちなからもよそ/\にてな」44オ

  らひ給へるはおなしうこそうとうおほえたま
  はめいまよりみたてまつれとあさからぬ心さ
  しはまさりぬへくなむとてかいなてつゝ
  かへりみかちにていて給ひぬいみしうき
  りわたれる空もたゝならぬにしもはいとし
  ろうをきてまことのけさうもおかしかり
  ぬへきにさう/\しのひひおもはすいとしのひ
  てかよひ給ふところのみちなりけるをお
  ほしいてゝかとうちたゝかせ給へときゝつくる
  ひとなしかひなくて御ともにこゑある人して」44ウ

  うたはせ給ふ
    あさほらけきりたつ空のまよひにも
  行すきかたきいもかかとかなとふたかへりはかり
  うたひたるによしあるしもつかひをいたして
    たちとまりきりのまかきのすきうくは
  草の戸さしにさはりしもせしといひ
  かけて入ぬ又人もいてこねはかへるもなさ
  けなけれとあけゆく空もはしたなく
  て殿へおはしぬおかしかりつる人のなこり
  恋しくひとりゑみしつゝふし給へりひ」45オ

  たかうおほとのこもりおきてふみやり給ふ
  にかくへきこと葉もれいならねはふてう
  ちをきつゝすさひゐたまへりおかしき
  ゑなとをやり給ふかしこにはけふしも宮
  わたり給へりとしころよりもこよなう
  あれまさりひろうものふりたる所のいとゝ
  人すくなにひさしけれはみわたし給て
  かゝる所にはいかてかしはしもおさなき人の
  すくし給はむ猶かしこにわたしたてま
  つりてむなにのところせきほとにもあら」45ウ

  すめのとはさうしなとしてさふらひなむ君
  はわかき人/\あれはもろともにあそひていと
  ようものし給ひなむなとの給ふちかう
  よひよせたてまつりたまへるにかの御うつり
  かのいみしうえむにしみかへらせ給へれは
  おかしの御にほひや御そはいとなへてと心くる
  しけにおほいたりとしころもあつし
  くさたすき給へる人にそひ給へるにかし
  こにわたりてみならし給へなとものせしを
  あやしううとみ給て人も心をくめりしを」46オ

  かゝるおりにしもものし給はむも心くるし
  うなとの給へはなにかは心ほそくともしはしは
  かくておはしましなむすこしものゝこゝ
  ろおほししりなむにわたらせ給はむこそ
  よくは侍へけれときこゆよるこひきこえ
  たまふにはかなきものもきこしめさす
  とてけにいといたうおもやせ給へれといとあて
  にうつくしくなか/\みえたまふなにか
  さしもおほすいまは世になき人の御
  事はかひなしをのれあれはなとかたらひ」46ウ

  きこえ給ひてくるれはかへらせ給ふをいと
  心ほそしとおほゐてない給へは宮うちなき
  給ひていとかうおもひないり給そけふあす
  わたしたてまつらむなとかへす/\こし
  らへをきていて給ひぬなこりもなくさめ
  かたうなきゐ給へりゆくさきの身のあらむ
  事なとまてもおほししらすたゝ年ころ
  たちはなるゝおりなうまつはしならひて
  いまはなき人となり給ひにけるとおほすかい
  みしきにおさなき御心ちなれとむねつ」47オ

  とふたかりてれいのやうにもあそひ給はす
  ひるはさてもまきらはし給ふをゆふくれと
  なれはいみしくくし給へはかくてはいかてか
  すこし給はむとなくさめわひてめのとも
  なきあへりきみのもとよりはこれみつ
  をたてまつれ給へりまいりくへきをうち
  よりめしあれはなむ心くるしうみたて
  まつりしもしつ心なくとてとのゐ人たて
  まつれ給へりあちきなうもあるかなたは
  ふれにてもものゝはしめにこの御事よ」47ウ

  宮きこしめしつけはさふらふ人/\の
  をろかなるにそさいなまむあなかしこも
  のゝついてにいはけなくうちいてきえさせ
  給ふなゝといふもそれをはなにともおほし
  たらぬそあさましきや少納言はこれみつに
  あはれなるものかたりともしてありへて
  のちやさるへき御すくせのかれきこえ給
  はぬやうもあらむたゝいまはかけてもいと
  にけなき御事と見たてまつるをあやしう
  おもひよるかたなうみたれ侍りけふもみや」48オ

  わたらせ給てうしろやすくつかうまつれ心
  おさなくもてなしきこゆなとの給はせ
  つるもいとはつらはしうたゝなるよりはかゝる
  御すき事も思ひいてられ侍りつるなと
  あいなけれはいたうなけかしけにもいひ
  なさすたいふもいかなることにかあらむと心
  えかたふおもふまひりてありさまなときこえ
  けれはあはれにおほしやらるれとさて
  かよひ給はむもさすかにすゝろなる心ち
  してかる/\しうもてひかめたると人も」48ウ

  やもりきかむなとつゝましけれはたゝむかへ
  てむとおほす御ふみはたひ/\たてまつれ
  給くるれはれいのたいふをそたてまつれ給ふ
  さはる事とものありてえまいりこぬをろ
  かにやなとあり宮よりあすにはかに御む
  かへにとのたまはせたりつれは心あはたゝしく
  てなむとしころのよもきふをかれなむも
  さすかに心ほそくさふらふ人/\も
  おもひたれてとことすくなにいひておさ/\
  あへしらはすものぬひいとなむけはひなと」49オ

  しるけれはまいりぬきみは大殿におはしける
  にれいの女君とみにもたいめむしたまはす
  ものむつかしくおほえ給てあつまをすかゝ
  きてひたちにはたをこそつくれいふうたを
  こゑはいとなまめきてすさひゐたまへりま
  いりたれはめしよせてありさまとひたまふ
  しか/\なときこゆれはくちおしうおほ
  してかの宮にわたりなはわさとむかへいて
  むもすき/\しかるへしおさなき人を
  ぬすみいてたりともときおもひなむその」49ウ

  さきにしはし人にもくちかためてわたし
  てむとおほしてあか月かしこにものせむ
  車のそうそくなからすいしんひとりふたり
  おほせをきたれとの給ふうけたまはりて
  たちぬきみいかにせましきこえありて
  すきかましきやうなるへきこと人のほとたに
  ものをおもひしり女の心かはしける事と
  をしはかられぬへくは世のつねなりちゝ宮の
  たつねいて給へらむもはしたなうすゝろ
  なるへきをとおほしみたるれとさてはつ」50オ

  してむはいとくちおしかへけれはまた夜ふ
  かういて給女きみれいのしふ/\に心もと
  けすものし給かしこにいとせちにみるへ
  き事の侍るをおもひ給へいてゝたちかへり
  まいりきなむとていて給へはさふらふ人々
  もしらさりけりわか御かたにて御なをしなと
  はたてまつるこれみつはかりを馬にのせて
  おはしぬかとうちたゝかせ給へは心しらぬ物の
  あけたるに御くるまをやをらひき入させて
  たいふつまとをならしてしはふけは少納言」50ウ

  きゝしりていてきたりこゝにおはしますと
  いへはおさなき人は御とのこもりてなむなと
  かいと夜ふかうはいてさせ給へるとものゝたよ
  りとおもひていふ宮へわたらせ給へかなるを
  そのさきにきこえをかむとてなむとの
  給へはなに事もか侍らむいかにはか/\しき
  御いらへきこえさせ給はむとてうちわらひ
  てゐたりきみいり給へはいとかたはらいたくうち
  とけてあやしきふる人ともの侍るにと
  きこえさすまたおとろい給はしないて」51オ

  御めさましきこえむかゝるあさきりをし
  らてはぬるものかとて入給へはやともえきこ
  えすきみはなに心もなくねたまへるを
  いたきおとろかし給におとろきて宮の御
  むかへにおはしたるとねをひれておほし
  たり御くしかきつくろひなとし給ていさ
  給へ宮の御つかひにてまいりきつるそとの給
  にあらさりけりとあきれておそろしと
  おもひたれはあな心うまろもおなし人そ
  とてかきいたきていて給へはたいふ少納言」51ウ

  なとこはいかにときこゆこゝにはつねにもえ
  まいらぬかおほつかなけれは心やすき所にと
  きこえしを心うくわたり給へるなれはまし
  てきこえかたかへけれは人ひとりまいられ
  よかしとの給へは心あはたゝしくてけふはい
  とひむなくなむ侍へき宮のわたらせ給はん
  にはいかさまにかきこえやらんをのつからほ
  とへてさへきにおはしまさはともかうも侍
  るなむをいと思ひやりなきほとのことに
  侍れはさふらふ人/\くるしう侍るへし」52オ

  ときこゆれはよしのちにも人はまいりなむ
  とて御車よせさせ給へはあさましういかさま
  にと思ひあへりわか君もあやしとおほ
  してない給ふ少納言とゝめきこえむかたな
  けれはよへぬひし御そともひきさけてみ
  つからもよろしきゝぬきかへてのりぬ二条
  院はちかけれはまたあかうもならぬほとにお
  はしてにしのたいに御車よせており給ふ
  わかきみをはいとかろらかにかきいたきて
  おろし給ふ少納言なをいと夢の心ちし」52ウ

  侍るをいかにし侍へき事にかとやすらへは
  そは心なゝり御身つからわたしたてまつり
  つれはかへりなむとあらはをくりせむかし
  との給にわらひておりぬにはかにあさまし
  うむねもしつかならす宮のおほしの
  給はむこといかになりはて給ふへき御ありさま
  にかとてもかくてもたのもしき人/\に
  をくれ給へるかいみしさとおもふに涙のとま
  らぬをさすかにゆゝしそれはねむし
  ゐたりこなたはすみ給はぬたいなれは御帳」53オ

  なともなかりけりこれみつめしてみ帳御
  屏風なとあたり/\したてさせ給御き丁の
  かたひらひきおろしおましなとたゝひき
  つくろふはかりにてあれはひむかしのたい
  に御とのゐものめしにつかはしてお
  ほとのこもりぬわか君はゐとむくつけく
  いかにする事もなむとふるはれ給へとさす
  かにこゑたてゝもえなき給はす少納言
  かもとにねむとの給こゑいとわかしいまはさは
  おほとのこもるましきそよとをしへきこえ」53ウ

  給へはいとわひしくてなきふし給へりめの
  とはうちもふされすものもおほえすおき
  ゐたりあけゆくまゝに見わたせはおとゝの
  つくりさましつらひさまさらにもいはす
  にはのすなこもたまをかさねたらむ
  やうに見えてかゝやく心地するにはしたなく
  おもひゐたれとこなたには女なともさふらは
  さりけりけうときまらうとなとのまいる
  おりふしのかたなりけれはおとこともそみ
  すのとにありけるかく人むかへ給へりとき」54オ

  く人たれならむおろけにはあらしと
  さゝめく御てうつ御かゆなとこなたにま
  いるひたかうねをき給てひとなくてあし
  かめるをさるへき人/\ゆふつけてこそ
  はむかへさせ給はめとの給てたいにはらはへめ
  しにつかはすちゐさきかきりことさらに
  まいれてありけれはいとおかしけにて四人
  まいりたり君は御そにまとはれてふし給へる
  をせめておこしてかう心うくなをはせそすゝ
  ろなる人はかうはありなむや女は心やはらか」54ウ

  なるなむよきなといまよりをしへきこえ給
  御かたちはさしはなれてみしよりもきよら
  にてなつかしうゝちかたらひつゝおかしきゑ
  あそひ物ともとりにつかはしてみせたてまつ
  り御心につく事ともをし給やう/\おきゐて
  み給ににひいろのこまやかなるかうちなえ
  たるともをきてなに心なくうちゑみなと
  してゐ給へるかいとうつくしきかりわれも
  うちゑまれて見給ひむかしのたいにわた
  り給へるにたちいてゝにはのこたちいけ」55オ

  のかたなとのそき給へはしもかれのせむさい
  ゑにかけるやうにおもしろくてみも
  しらぬしゐ五ゐこきませにひまなういて
  いりつゝけにおかしき所かなとおほす御屏風
  ともなといとおかしきゑを見つゝなくさめて
  おはするもはかなしや君は二三日うちへもま
  いり給はてこの人をなつけかたらひきこえ
  給やかてほむにとおほすにやてならひゑなと
  さま/\にかきつゝみせたてまつり給いみし
  うおかしけにかきあつめ給へりむさしのと」55ウ

  いへはかこたれぬとむらさきのかみにかい給へるす
  みつきのいとことなるをとりて見ゐたまへり
  すこしちいさくて
    ねは見ねとあはれとそおもふむさしのゝ
  露わけわふる草のゆかりをとありいて君
  もかい給へとあれはまたようはかゝすとてみ
  あけ給へるかなに心なくうつくしけなれ
  はうちほゝゑみてよからねとむけにかゝぬこそ
  わろけれをしへきこえむかしとの給へは
  うちそはみてかい給てつきふてとり給へる」56オ

  さまのおさなけなるもらうたうのみおほ
  ゆれは心なからあやしとおほすかきそこな
  ひつとはちてかくし給をせめて見たまへは
    かこつへきゆへをしらねはおほつかな
  いかなる草のゆかりなるらんとわかけれと
  おいさきみえてふくよかにかい給へりこあま
  きみのにそわたりけるいまめかしきてほむ
  ならはゝいとようかいたまひてむとみ給ひ
  ゐなゝとわさとやともつくりつゝけてもろ
  ともにあそひつゝこよなきもの思のまき」56ウ

  らはしなりかのとまりにし人/\宮わたり
  給てたつねきこえ給けるにきこえやる
  かたなくてそわひあへりけるしはし人にし
  らせしと君もの給少納言も思ふ事な
  れはせちにくちかためやりたりたゝ行ゑも
  しらす少納言かいてかくしきこえたると
  のみきこえさするに宮もいふかひなうお
  ほしてこあま君もかしこにわたり給は
  む事をいとものしとおほしたりし
  事なれはめのとのいとさしすくしたる」57オ

  心はせのあまりおいらかにわたさむをひむ
  なしなとはいはてこゝろにまかせゐて
  はふらかしつるなめりとなく/\かへり給ぬも
  しきゝいてたてまつらはつけよとの給も
  わつらはしくそうつの御もとにもたつねき
  こえ給へとあとはかなくてあたらしかり
  し御かたちなと恋しくかなしと
  おほすきたのかたもはゝきみをにくしと思
  きこえ給ける心もうせてわか心にまかせつ
  へうおほしけるにたかひぬるはおちをし」57ウ

  うおほしけりやう/\人まいりあつま
  りぬ御あそひかたきのわらはへちこともいと
  めつらかにいまめかしき御ありさまともな
  れはおもふ事なくてあそひあへりきみは
  おとこきみのおはせすなとしてさう/\
  しきゆふくれなとはかりそあま君をこひ
  きこえ給てうちなきなとし給へと宮お
  はことにおもひいてきこえ給はすもとより
  見ならひきこえ給はてならひ給へれはいまは
  たゝこのゝちのおやをいみしうむつひ」58オ

  まつはしきこえ給ものよりおはすれはまつ
  いてむかひてあはれにうちかたらひ御ふと
  ころにいりゐていさゝかうとくはつかしとも
  おもひたらすさるかたにいみしうらう
  たきわさなりけりさかしう心あり
  なにくれとむつかしきすちになりぬれ
  はわか心地もすこしたかふふしもいてく
  やと心をかれ人もうらみかちに思ひのほかの
  事をのつからいてくるをいとをかしきもて
  あそひなりむすめなとはたかはかりになれは」58ウ

  心やすくうちふるまひへたてなきさま
  にふしおきなとはえしもすましき
  をこれはいとさまかはりたるかしつき
  くさなりとおもほいためり」59オ

(白紙)」59ウ

  伊行
【奥入01】あまのすむそこのみるめもはつかしく
  いそにおいたるわかめをそかる(戻)
【奥入02】従冥入於冥 法華経(戻)
【奥入03】可川良支乃天良乃末戸名留や止与良乃
  天良乃尓之な留や 江の波為尓之良太万々
  川かくや末之良たましつくや於之止と於之止々
  之可之天波久尓曽左可江无や和伊戸曽止々
  せむ也於々止々止之屯とおゝし屯止と屯と(戻)
【奥入04】すみそめのくらふのやまに入ひとはことる/\」60オ

  そかへるへらなる
   此哥くらまの山也想は此哥之心更不叶
  くらふの山の本哥尤有事故歟 未勘出(戻)
【奥入05】みなといりのあしわけを舟さいりおほみ
  おなし人にやたるむと思し(戻)
【奥入06】人しれぬ身はいそけともとしをへて
  なとこえかたきあふさかのせき(戻)
【奥入07】 風俗常陸哥
  ひたちには田をつくれ田れをかねやまをこえ野
  をもこえ君かあまたきませる(戻)」60ウ

inserted by FC2 system