末摘花(大島本) First updated 11/4/2006(ver.1-1)
Last updated 11/4/2006(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

末摘花


《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「末摘花」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「すゑつむ花」(題箋)

  思へともなをあかさりしゆふかほの露に
  をくれし心地をとし月ふれとおほしわす
  れすこゝもかしこもうちけけぬかきりの
  けしきはみ心ふかきかたの御いとましさ
  にけちかくうちとけたりしあはれににる
  物なう恋しくおもほえ給ふいかてこと/\
  しきおほえはなくいとらうたけならむ人
  のつゝましき事なからむみつけてしか
  なとこりすまにおほしわたれはすこしゆ
  へつきてきこゆるわたりは御みゝとゝめ給」1オ

  はぬくまなきにさてもやとおほしよるはかり
  のけはひあるあたりにこそひとくたりをも
  ほのめかし給ふめるになひきゝこえすも
  てはなれたるはおさ/\あるましきそいとめ
  なれたるやつれなう心つよきはたとしへ
  なうなさけをくるゝまめやかさなとあま
  り物のほとしらぬやうにさてしもすくし
  はてすなこりなくくつをれてなを/\し
  きかたにさたまりなとするもあれはの給
  ひさしつるもおほかりけるかのうつせみを」1ウ

  ものゝおり/\にはねたうおほしいつおきの
  葉もさりぬへきかせのたよりある時はおとろ
  かし給ふおりもあるへしほかけのみたれたり
  しさまはまたさやうにても見まほしく
  おほすおほかたなこりなきものわすれ
  をそえしたまはさりける左衛門のめの
  とゝて大弐のさしつきにおほいたるかむす
  めたいふの命婦とてさふらふわかむとほりの
  兵部のたいふなるむすめなりけりいといたう
  いろこのめるわか人にてありけるを君もめし」2オ

  つかひなとし給はゝはちくせむのかみのめに
  てくたりにけれはちゝ君のもとをさとにて
  ゆきかよふ故ひたちのみこのすゑにまう
  けていみしうかなしうかしつき給ひし
  御むすめ心ほそくてのこりゐたるをものゝ
  ついてにかたりきこえけれはあはれのことやと
  て御心とゝめてとひきゝ給ふ心はへかたちなと
  ふかきかたはえしり侍らすかいひそめ人
  うとうもてなし給へはさへきよひなともの
  こしにてそかたらひ侍るきむをそなつかし」2ウ

  きかたらひ人とおもへるときこゆれはみつ
  のとも
ていまひとくさやうたてあらむとて
  われにきかせよちゝみこのさやうのかたにいと
  よしつきてものし給ふけれはをしなへて
  のてにはあらしとなむおもふとの給へはさや
  うにきこしめすはかりにはあらすや侍らむ
  といへと御心とまるはかりきこえなすをいた
  うけしきはましやこのころのおほろ月
  夜にしのひてものせむまかてよとの給へは
  わつらはしとおもへとうちわたりものとやかなる」3オ

  はるのつれ/\にまかてぬちゝの大輔の君は
  ほかにそすみけるこゝには時/\そかよひける
  命婦はまゝはゝのあたりはすみもつかすひめ君
  の御あたりをむつひてこゝにはくるなりけりの
  たまひしもしるくいさよひの月おかしきほ
  とにおはしたりいとかたはらいたきわさかな
  ものゝねすむへき夜のさまにも侍らさめる
  にときこゆれとなをあなたにわたりてたゝ
  ひとこゑももよをしきこえよむなしくて
  かへらむかねたかるへきをとの給へはうちとけ」3ウ

  たるすみかにすへたてまつりてうしろめたう
  かたしけなしとおもへとしむてむにまいりたれ
  はまたかうしもさなからむめのかおかしきを見
  いたしてものし給よきおりかなと思ひて御こと
  のねいかにまさり侍らむと思給へらるゝよのけし
  きにさそはれ侍りてなむ心あはたゝしきいて
  いりにえうけたまはらぬこそくちをしけれ
  といへはきゝしる人こそあなれもゝしきに
  ゆきかう人のきくはかりやはとてめしよする
  もあいなういかゝきゝ給はむとむねつふる」4オ

  ほのかにかきならし給ふおかしうきこゆなに
  はかりふかきてならねとものゝねからのすちこと
  なるものなれはきゝにくゝもおほされすいとい
  たうあれわたりてさひしき所にさはかりの
  人のふるめかしうところせくかしつきすへたり
  けむなこりなくいかにおもほしのこす事な
  からむかやうの所にこそはむかしものかたり
  にもあはれなる事ともゝありけれなと思ひつ
  つけても物やいひよらましとおほせとうち
  つけにやおほさむと心はつかしくてやすらひ」4ウ

  給命婦かとあるものにていたうみゝならさせ
  たてまつらしと思ひけれはくもりかちに侍る
  めりまらうとのこむと侍りつるいとひかほ
  にもこそいま心のとかにをみかうしまいりな
  むとていたうもそゝのかさてかへりたれは
  なか/\なるほとにてもやみぬるかなもの
  きゝわくほとにもあらてねたうとの給ふ
  けしきおかしとおほしたりおなしくはけ
  ちかきほとのたちきゝせさせよとの給へと心
  にくゝてとおもへはいてやいとかすかなるあり」5オ

  さまに思ひきえて心くるしけにものし給ふ
  めるをうしろめたきさまにやといへはけにさも
  ある事にはかに我も人もうちとけてかたらふ
  へき人のきはゝきはとこそあれなとあはれに
  おほさるゝ人の御ほとなれはなをさやうのけし
  きをほのめかせとかたらひ給ふまたちきり
  給へるかたやあらむいとしのひてかへりたまふ
  うへのまめにおはしますともてなやみきこえ
  させ給ふこそおかしうおもふ給へらるゝおり/\
  侍れかやうの御やつれすかたをいかてか御らむ」5ウ

  しつけむときこゆれはたちかへりうちわらひて
  こと人のいはむやうにとかなあらはされそこれ
  をあた/\しきふるまひといはゝ女のあり
  さまくるしからむとのたまへはあまりいろめい
  たりとおほしており/\かうの給ふをはつか
  しと思ひてものもいはすしむ殿のかたに
  人のけはひきくやうもやとおほしてやをら
  たちのき給ふすいかいのたゝすこしおれ
  のこりたるかくれのかたにたちより給ふにも
  とよりたてるおとこありけりたれならむ」6オ

  心かけたるすきものありけりとおほしてかけに
  つきてたちかくれ給へはとうの中将なりけり
  このゆふつかたうちよりもろともにまかて給ひ
  けるやかて大殿にもよらす二条の院にもあらて
  ひきわかれ給ひけるをいつちならむとたゝなら
  てわれもゆくかたあれとあとにつきてうかゝ
  ひけりあやしきむまにかりきぬすかたのな
  いかしろにてきけれはえしりたまはぬに
  さすかにかうことかたにいりたまひぬれは心も
  えす思ひけるほとにものゝねにきゝついてた」6ウ

  てるにかへりやいて給ふとしたまつなりけりき
  みはたれともえ見わき給はてわれとしられし
  とぬきあしにあゆみ給ふにふとよりてふりすて
  させ給へるつらさに御をくりつかうまつりつるは
    もろともにおほうち山はいてつれと
  いるかた見せぬいさよひのつきとうらむる
  もねたけれとこの君と見給ふすこしおかし
  うなりぬ人の思おもひよらぬ事よとにくむ/\
    さとわかぬかけをは見れとゆく月の
  いるさの山をたれかたつぬるかうしたひあ」7オ

  りかはいかにせさせ給はむときこえ給まこと
  はかやうの御ありきにはすいしむからこそは
  かはかしきこともあるへけれをくらさせ給
  はてこそあらめやつれたる御ありきはかる/\
  しき事もいてきなとをしかへしいさめた
  てまつるかうのみ見つけらるゝをねたしと
  おほせとかのなてしこはえたつねしらぬを
  をもきこうに御心のうちにおほしいつをの/\
  ちきれるかたにもあまえてえゆきわかれ給
  はすひとつくるまにのりて月のおかしき」7ウ

  ほとにくもかくれたるみちのほとふえふき
  あはせて大殿におはしぬさきなともをはせ給
  はすしのひいりて人みぬらうに御なをしと
  もめしてきかへ給つれなういまくるやうにて御
  ふえともふきすさひておはすれはおとゝれ
  いのきゝすくし給はてこまふえとりいて
  給へりいと上すにおはすれはいとおもしろう
  ふき給御ことめしてうちにもこのかたに
  心えたる人/\にひかせ給ふ中つかさのき
  みわさとひはゝひけと頭の君心かけたる」8オ

  をもてはなれてたゝこのたまさかなる御
  けしきのなつかしきをはえそむききこえ
  ぬにをのつからかくれなくて大宮なともよろ
  しからすおほしなりたれはものおもはしく
  はしたなきこゝちしてすさましけにより
  ふしたりたえて見たてまつらぬ所にかけ
  はなれなむもさすかに心ほそくおもひみた
  れたり君たちはありつるきむのねを
  おほしいてゝあはれけなりつるすまゐの
  さまなともやうかへておかしう思ひつゝけあらまし」8ウ

  事にいとおかしうらうたき人のさてとし
  月をかさねゐたらむとき見そめていみしう
  心くるしくは人にもゝてさはかるはかりやわか
  心もさまあしからむなとさへ中将は思ひけりこの
  君のかうけしきはみありき給をまさにまて
  はすくし給ひてむやとなまねたうあやうかり
  けりそのゝちこなたかなたよりふみなとやり
  給へしいつれもかへり事見えすおほつかなく
  心やましきあまりうたてもあるかなさやう
  なるすまひする人はもの思ひしりたる」9オ

  けしきはかなき木くさそらのけしきに
  つけてもとりなしなとして心はせをしはか
  らるゝおり/\あらむこそあはれなるへけれ
  をもしとてもいとかうあまりうもれたらむ
  は心つきなくわるひたりと中将はまいて心い
  られしけりれいのへたてきこえ給はぬこゝ
  ろにてしか/\のかへり事は見給や心みにか
  すめたりしこそはしたなくてやみにし
  かとうれふれはされはよいひよりにけるをやと
  ほゝゑまれていさみむとしも思はねはにや」9ウ

  みるとしもなしといらへ給を人わきゝけると
  思ふにいとねたし君はふかうしもおもはぬ
  事のかうなさけなきをすさましくお
  もひなり給にしかとかうこの中将のいひあ
  りきけるをことおほくいひなれたらむ方に
  そなひかむかししたりかほにてもとの事
  をおもひはなちたらむけしきこそうれはし
  かるへけれとおほして命婦をまめやかにかたらひ
  給おほつかなくもてはなれたる御けしき
  なむいと心うきすき/\しきかたにうた」10オ

  かひよせ給にこそあらめさりとみしかき心はへ
  つかはぬものを人の心ののとやかなる事な
  くておもはすにのみあるになむをのつ
  からわかあやまちにもなりぬへき心のとかにて
  おやはらからのもてあつかひうらむるもなう
  心やすからむ人はなか/\なむらうたかる
  へきをとの給へはいてやさやうにおかしき
  かたの御かさやとりにはえにしもやとつき
  なけにこそみえ侍れひとへにものつゝみしひ
  きいりたるかたはしもありかたうものし」10ウ

  給ふ人になむと見るありさまかたりきこゆ
  らう/\しうかとめきたる心はなきなめりいと
  こめかしうおほとかならむこそらうたくはある
  へけれとおほしわすれすの給ふわらはやみに
  わつらひ給人しれぬものをもひのまきれ
  も御心のいとまなきやうにてはるなつすき
  ぬ秋のころほひしつかにおほしつゝけてか
  のきぬたのをともみゝにつきてきゝにく
  かりしさへ恋しうをほしいてらるゝまゝに
  ひたちの宮にはしは/\きこえ給へとなを」11オ

  おほつかなうのみあれはよつかす心やましう
  まけてはやましの御心さへそひて命婦をせめ
  給いかなるやうそいとかゝる事こそまたし
  らねといとものしとおもひてのたまへはいと
  おしと思ひてもてはなれてにけなき御事と
  もおもむけ侍らすたゝおほかたの御ものつゝ
  みのわりなきにてえさしいて給はぬとなむ
  み給ふるときこゆれはそれこそはよつからぬ事
  なれものおもひしるましきほとひとり身をえ
  心にまかせぬほとこそ事はりなれなに事も」11ウ

  思しつまり給へらむと思ふこそそこはかと
  なくつれ/\に心ほそうのみおほゆるをおなし
  心にいらへ給はむはねかひかなふ心ちなむすへ
  きなにやかやとよつけるすちならてその
  あれたるすのこにたゝすまゝほしきなりいと
  うたて心えぬ心ちするをかの御ゆるしなう
  ともたはかれかし心いられしうたてあるもてな
  しにはよもあらしなとかたらひ給ふなを世に
  ある人のありさまをおほかたなるやうにて
  きゝあつめみゝとゝめ給くせのつき給へるを」12オ

  さう/\しきよひゐなとにはかなきついてに
  さる人こそとはかりきこえいてたりしにかく
  わさとかましうのたまひわたれはなまわつら
  はしくをむな君の御ありさまもよつかはしく
  よしめきなともあらぬを中/\なるみちひき
  にいとおしき事やみえむなむと思ひけれと
  君のかうまめやかにの給ふにきゝいれさらむも
  ひか/\しかるへしちゝみこおはしけるおりに
  たにふりにたるあたりとてをとなひきこゆる
  人もなかりけるをましていまはあさちはくる」12ウ

  人もあとたえたるにかくよにめつらしき御
  けはひのもりにほひくるをはなま女はらなとも
  ゑみまけてなをきこえ給へとそゝのかした
  てまつれとあさましうものつゝみしたまふ
  心にてひたふるに見もいれ給はぬなりけり命婦
  はさらはさりぬへからんおりにものこしにきこえ
  給はむほと御心につかすはさてもやみねかし
  又さるへきにてかりにもおはしかよはむをとか
  め給へき人なしなとあためきたるはやり
  心はうち思ひてちゝきみにもかゝる事なと」13オ

  もいはさりけり八月廿よ日よひすくるまて
  またるゝ月の心もとなきにほしのひかりはかり
  さやけくまつのこすゑふく風のをと心ほそ
  くていにしへの事かたりいてゝうちなきなとし
  給いとよきおりかなと思ひて御せうそこやき
  こえつらむれいのいとしのひておはしたり月
  やう/\いてゝあれたるまかきのほとうとまし
  くうちなかめ給ふにきむそゝのかされてほのか
  にかきならし給ほとけしうはあらすすこし
  けちかういまめきたるけをつけはやそみた」13ウ

  れたる心には心もとなくおもひいたる人めしな
  き所なれは心やすくいりたまふ命婦をよは
  せ給いましもおとろきかほにいとかたはらいた
  きわさかなしか/\こそおはしましたなれつ
  ねにかううらみきこえ給ふを心にかなはぬよし
  をのみいなひきこえ侍れはみつからことはりも
  きこえしらせむとの給ひわたるなりいかゝきこ
  えかへさむなみ/\のたはやすき御ふる
  まひならねは心くるしきをものこしにて
  きこえ給はむ事きこしめせといへはいと」14オ

  はつかしと思て人にものきこえむやうも
  しらぬをとておくさまへゐさりいり給さまいと
  うゐ/\しけなりうちわらひていとわか/\
  しうおはしますこそ心くるしけれかきり
  なき人もおやなとおはしてあつかひうしろ
  見きこえ給ふほとこそわかひたまふもこと
  はりなれかはかり心ほそき御ありさまになを
  よをつきせすおほしはゝかるはつきなう
  こそとをしへきこゆさすかに人のいふ事は
  つようもいなひぬ御心にていらへきこえてたゝ」14ウ

  きけとあらはかうしなとさしてはありなむとの
  給すのこなとはひむなう侍りなむをしたち
  てあは/\しき御心なとはよもなといとよく
  いひなしてふたまのきはなるさうしてつか
  らいとつよくさして御しとねうちをきひ
  きつくろふいとつゝましけにおほしたれと
  かやうの人にものいふらむ心はへなとも夢に
  しり給はさりけれは命婦のかういふをあるやう
  こそはと思ひてものし給めのとたつおい人
  なとはさうしにいりふしてゆふまとひしたる」15オ

  ほとなりわかき人二三人あるはよにめてられ
  給ふ御ありさまをゆかしきものに思ひき
  こえて心けさうしあへりよろしき御そたて
  まつりかへくつろひきこゆれはさうしみはなに
  の心けさうもなくておはすおとゝこはいとつ
  きせぬ御さまをうちしのひよういし給へる御け
  はひいみしうなまめきて見しらむ人にこそ見
  せめはへあるましきわたりをあないとおしと命
  婦はおもへとたゝおほとかにものし給ふをそう
  しろやすうさしすきたる事は見えたてまつ」15ウ

  り給はしとおもひけるわかつねにせめられたて
  まつるつみさりことに心くるしき人の御もの
  思ひやいてこむなとやすからす思ひゐたり君は
  人の御ほとをおほせはされくつかへるいまやうの
  よしはみよりはこよなうおくゆかしうとおほ
  さるゝにいたうそゝのかされてゐさりより
  給へるけはひしのひやかにえひのかいとなつ
  かしうかほりいてゝおほとかなるをされはよと
  おほすとしころ思ひわたるさまなといとよくの
  給つゝくれとましてちかき御いらへはたえてなし」16オ

  わりなのわさやとうちなけき給ふ
    いくそたひ君かしゝまにさけぬらん
  ものないひそといはぬたのみにのたまひもす
  てゝよかしたまたすきくるしとの給ふ女
【付箋01】-「おもはすはおもはすとやはいひいてぬ/なと世中のたまたすきなる<朱>」(自筆本奥入10)
  君の御めのとこししうとてはやりかなるわか
  人いと心もとなうかたはらいたしと思ひてさし
  よりてきこゆ
    かねつきてとちめむことはさすかにて
  こたえまうきそかつはあやなきいとわかひ
  たるこゑのことにおもりかならぬを人つて」16ウ

  にはあらぬやうにきこえなせはほとよりはあ
  まえてときゝ給へとめつらしきかなか/\くれ
  ふたかるわさかな
    いはぬをもいふにまさるとしりなから
  をしこめたるはくるしかりけりなにやかや
  とはかなき事なれとおかしきさまにも
  まめやかにもの給へとなにのかひなしいと
  かゝるもさまかはりおもふかたことにものし給ふ
  人にやとねたくてやをらをしあけていり
  たまひにけり命婦あなうたてたゆめ給」17オ

  へるといとおしけれはしらすかほにてわかかたへいに
  けりこのわか人ともはたよにたくひなき
  御ありさまのをときゝにつみゆるしきこえて
  おとろおとろしうもなけかれすたゝおも
  ひもよらすにはかにてさる御心もなきをそ
  思ひけるさうしみはたゝわれにもあらすはつ
  かしくつゝましきよりほかの事またなけ
  れはいまはかゝるそあはれなるかしまたよな
  れぬ人うちかしつかれたると見ゆるし給ふ
  ものから心えすなまいとおしとおほゆる御さ」17ウ

  まなりなに事につけてかは御心のとまらむう
  ちうめかれてよふかういて給ひぬ命婦はいかな
  らむとめさめてきゝふせりけれとしりかほ
  ならしと御をくりにともこはつくらす君もや
  をらしのひていて給にけり二条の院におは
  してうちふし給ひてもなを思ふにかなひ
  かたきよにこそとおほしつゝけてかるらかなら
  ぬ人の御ほと心くるしとそおほしける
  思ひみたれておはするに頭中将おはして
  こよなき御あさいかなゆへあらむかしとこそ」18オ

  思ひ給へらるれといへはおきあかり給て心や
  すきひとりねのとこにてゆるひにけりやうち
  よりかとの給へはしかまかて侍るまゝなりすさ
  く院の行幸けふなむかく人まひ人
  さためらるへきよしよへうけたまはりしを
  おとゝにもつたへ申さむとてなむまかて侍
  るやかてかへりまいりぬへう侍るといそかしけ
  なれはさらはもろとにとて御かゆこはいひめし
  てまらうとにもまいり給てひきつゝけたれ
  とひとつにたてまつりてなをいとねふたけな」18ウ

  りととかめいてつゝかくい給事おほかりと
  そうらみきこえ給ふことともおほくさた
  めらるゝ日にてうちにさふらひくらし給つ
  かしこにはふみをたにといとをしくおほ
  しいてゝゆふつかたそありける雨ふりいてゝ
  所せくもあるにかさやとりむとはたおほ
  されすやありけむかしこにはまつほとすき
  て命婦もいといとをしき御さまかなと心う
  くおもひけりさうしみは御心のうちにはつ
  かしう思ひ給てけさの御ふみのくれぬれと」19オ

  なか/\とかとも思ひわき給はさりけり
    ゆふきりのはるゝけしきもまたみぬに
  いふせさそふるよひのあめかなくもままち
  いてむほといかに心もとなうとありおはします
  ましき御けしきを人/\むねつふれて
  おもへとなをきこえさせ給へとそゝのかしあ
  へれといとゝおもひみたれ給へるほとにてえ
  かたのやうにもつゝけたまはねはよふけぬ
  とてししうそれいのをしへきこゆる
    はれぬよの月まつさとをおもひやれ」19ウ

  おなし心になかめせすともくち/\にせめ
  られてむらさきのかみのとしへにけれははひ
  をくれふるめいたるにてはさすかにもしつ
  よう中さたのすちにてかみしもひとしく
  かい給へりみるかひなううちをき給ふいかに
  をもふらんと思ひやるもやすからすかゝること
  をくやしなとはいふにやあらむさりとていかゝ
  はせむわれはさりとも心なかく見はてゝ
  むとおほしなす御心をしらねはかしこにはい
  みしうそなけい給けるおとゝ夜にいりて」20オ

  まかて給にひかれたてまつりて大殿にをはし
  ましぬ行幸のことをけふありとおもほし
  て君たちあつまりての給ひをの/\まひ
  ともならひ給ふをそのころの事にてす
  きゆくものゝねともつねよりもみゝかしか
  ましくてかた/\いとみつゝれゐの御あそ
  ひならす大ひちりきさくはちのふえなと
  のおほこゑをふきあけつゝたいこをさへかう
  らむのもとにまろはしよせててつからうち
  ならしあそひおはさふす御いとまなきやう」20ウ

  にてせちにおほす所はかりにこそぬすま
  はれ給へかのわたりにはいとをほつかなくあき
  くれはてぬなをたのみこしかひなくてすき
  ゆく行幸ちかくなりてしかくなとのゝしる
  ころそ命婦はまいれるいかにそなととひたま
  いていとをしとはおほしたりありさまきこえ
  ていとかうもてはなれたる御心はえはみた
  まふる人さへ心くるしくなとなきぬはかり
  おもへり心にくゝもてなしてやみなむとおもへ
  りし事をくたいてける心もなくこの人」21オ

  のおもふらむをさへおほすさうしみのものは
  いはておほしうつもれ給らむさまおもひやり
  給ふもいとおしけれはいとまなきほとそやわり
  なしとうちなけい給てものおもひしらぬやう
  なる心さまをこらさむと思ふそかしとほゝ
  ゑみ給へるわかううつくしけなれはわれもうち
  ゑまるゝ心ちしてわりなの人にうらみられ給ふ
  御よはひやおもひやりすくなう御心のまゝなら
  むもことはりとおもふこの御いそきのほとす
  くしてそ時/\おはしけるかのむらさきの」21ウ

  ゆかりたつねとり給ひてそのうつくしみに心
  いり給ひて六条わたりにたにかれまさりたま
  ふめれはましてあれたるやとはあはれにおほし
  をこたらすなからものうきそわりなかりける
  と所せき御ものはちを見あらはさむの御心も
  ことになうてすきゆくをまたうちかへし見
  まさりするやうもありかしてさくりのたと
  たとしきにあやしう心えぬ事もあるにや
  みてしかなとおもほせとけさやかにとりな
  さむもまはゆしうちとけたるよひゐの」22オ

  ほとやをらいり給ひてかうしのはさまより
  見給ひけりされとみつからは見え給へくもあ
  らすき丁なといたくそこなはれたるもの
  からとしへにけるたちとかはらすおしやり
  なとみたれねは心もとなくてこたち四五人
  ゐたり御たいひそくやうのもろこしのもの
  なれとひとわろきになにのくさはひもな
  くあはれけなるまかてゝ人/\くふすみ
  のまはかりにそいとさむけなる女はらしろき
  きぬのいひしらすすゝけたるにきたなけ」22ウ

  なるしひらひきゆひつけたるこしつきかた
  くなしけなりさすかにくしをしたれてさ
  したるひたいつきないけうはう内侍所の
  ほとにかゝるものともあるはやとおかしかけ
  ても人のあたりにちかうふるまふものとも
  しりたまはさりけりあはれさもさむきとし
  かないのちなかけれはかゝる世にもあふものな
  りけりとてうちなくもありこ宮をはしまし
  し世をなとてからしと思ひけむかくたのみ
  なくてもすくるものなりけりとてとひたち」23オ

  ぬへくふるふもありさま/\に人わろき事
  ともをうれへあへるをきゝ給もかたはらいた
  けれはたちのきてたゝいまおはするやうに
  てうちたゝき給ふそゝやなといひて火とり
  なをしかうしはなちていれたてまつるしゝう
  はさい院にまいりかよふわか人にてこのころは
  なかりけりいよ/\あやしうひなひたるかきり
  にてみならはぬ心ちそするいとゝうれふなり
  つるゆきかきたれいみしうふりけり空の
  けしきはけしうかせふきあれておほとな」23ウ

  ふらきえにけるをともしつくる人もなしかの
  ものにをそはれしおりおほしいてられてあれ
  たるさまはおとらさめるをほとのせはう人
  けのすこしあるなとになくさめたれと・
  すこううたていさとき心ちする夜のさま
  なりおかしうもあはれにもやうかへて心とまり
  ぬへきありさまをいとむもれすくよかにて
  なにのはへなきをそくちをしうおほす
  からうしてあけぬるけしきなれはかうしてつ
  からあけ給てまへのせむさいのゆきを見」24オ

  たまふふみあけたるあともなくはる/\とあれ
  わたりていみしうさひしけなるにふりいてゝゆ
  かむ事もあはれにておかしきほとの空も
  見給へつきせぬ御心のへたてこそわりなけれ
  とうらみきこえ給ふまたほのくらけれと
  ゆきのひかりにいとゝきよらにわかう見え
  給ふをおい人ともゑみさかへて見たてまつる
  はやいてさせ給へあちきなし心うつくしき
  こそなとをしへきこゆれはさすかに人のき
  こゆる事をえいなひ給はぬ御心にてとかうひ」24ウ

  きつくろいてゐさりいて給へり見ぬやうに
  てとのかたをなかめ給へれとしりめはたゝなら
  すいかにそうちとけまさりのいさゝかもあ
  らはうれしからむとおほすもあなかちなる
  御心なりやまつゐたけのたかくをせなかに
  みえ給ふにされはよとむねつふれぬうちつ
  きてあなかたわと見ゆるものははななりけり
  ふとめそとまるふけむほさつのゝりものとお
  ほゆあさましうたかうのひらかにさきの
  かたすこしたりていろつきたる事ことの」25オ

  ほかにうたてありいろはゆきはつかしくし
  ろうてさおにひたひつきこよなうはれたる
  になをしもかちなるおもやうはおほかたおと
  ろおとろしうなかきなるへしやせたまへる
  事いとをしけにさらほひてかたのほとなと
  はいたけなるまてきぬのうへまてみゆなに
  にのこりなう見あらはしつらむと思ものから
  めつらしきさまのしたれはさすかにうちみや
  れ給ふかしらつきかみのかゝりはしもうつ
  くしけにめてたしとおもひきこゆる人/\」25ウ

  にもおさ/\おとるましううちきのすそに
  たまりてひかれたるほと一尺はかりあまり
  たらむと見ゆきたまへるものともをさへ
  いひたつるもものいひさかなきやうなれと
  むかしものかたりにも人の御さうそくをこそ
  まついひためれゆるしいろのわりなううはし
  らみたるひとかさねなこりなうくろきう
  ちきかさねてうはきにはふるきのかはき
  ぬいときよらにかうはしきをき給へりこた
  いのゆへつきたる御さうそくなれとなを」26オ

  わかやかなる女の御よそひにはにけなうおとろ
  おとろしき事いともてはやされたりされと
  けにこのかはなうてはたさむからましとみゆる
  御かほさまなるを心くるしと見給ふなに
  事もいはれ給はすわれさへくちとちたる
  心ちしたまへとれいのしゝまも心みむとと
  かうきこえ給ふにいたうはちらひてくちお
  ほひしたまへるさへひなひふるめかしうこと
  ことしくきしき官のねりいてたるひち
  もちおほえてさすかにうちゑみ給へるけし」26ウ

  きはしたなうすゝろひたりいとをしく
  あはれにていとゝいそきいて給ふたのもしき
  人なき御ありさまを見そめたる人にはう
  とからす思ひむつひ給はむこそほいある心
  ちすへけれゆるしなき御けしきなれはつら
  うなとことつけて
    あさひさすのきのたるひはとけなから
  なとかつらゝのむすほゝるらむとの給へとた
  たむくとうちわらひていとくちをもけなる
  もいとおしけれはいて給ひぬ御車よせたる」27オ

  中もむのいといたうゆかみよろほひてよめに
  こそしるきなからもよろつかくろへたる事
  おほかりけれいとあはれにさひしくあれまとへる
  にまつのゆきのみあたゝかけにふりつめる
  山さとの心ちしてものあはれなるをかの人/\
  のいひしむくらのかとはかうやうなる所なり
  けむかしけに心くるしくらうたけならん
  人をこゝにすゑてうしろめたう恋しと
  おもはゝやあるましきものおもひはそれにま
  きれなむかしとおもふやうなるすみかに」27ウ

  あはぬ御ありさまはとるへきかたなしと思ひな
  からわれならぬ人はまして見しのひてむやわか
  かうて見なれけるはこみこのうしろめたし
  とたくへをきたまひけむたましひのしる
  へなめりとそおほさるゝたち花の木のうつ
  もれたるみすいしむめしてはらはせた
  まふうらやみかほにまつのきのをのれお
  きかへりてさとこほるゝゆきもなにた
  つすゑのとみゆるなとをいとふかゝらす
  ともなたらかなるほとにあひしらはむ人」28オ

  もかなと見給御車いつへきかとはまたあけ
  さりけれはかきのあつかりたつねいてたれはおき
  なのいといみしきそいてきたるむすめにや
  むまこにやはしたなるおほきさの女の
  きぬはゆきにあひてすゝけまとひさむし
  と思へるけしきふかうあやしきものに火を
  たゝほのかにいれてそてくゝみにもたりお
  きなかとをえあけやらねはよりてひきた
  すくるいとかたくなゝり御ともの人よりてそ
  あけつる」28ウ

    ふりにけるかしらの雪をみるひとも
  おとらすぬらすあさのそてかなわかきもの
  はかたちかくれす
うちすし給ひても花
  の色にいてゝいとさむしと見えつる御をもか
  けふとおもひいてられてほゝゑまれたま
  ふ頭中将にこれを見せたらむときいかなる
  事をよそへいはむつねにうかゝひくれはいま
  見つけられなむとすへなうおほす世の
  つねなるほとのことなる事なさならはおも
  ひすてゝもやみぬへきをさたかに見たま」29オ

  ひてのちは中/\あはれにいみしくてまめや
  かなるさまにつねにをとつれ給ふるきの
  かはならぬあやわたなとおい人とものきるへ
  きものゝたくひかのおきなのためま
  てかみしもおほしやりてたてまつり給ふ
  かやうのまめやか事もはつかしけならぬを
  心やすくさるかたのうしろみにてはくゝま
  むとおもほしとりてさまことにさならぬう
  ちとけわさもし給けりかのうつせみの
  うちとけたりしよひのそはめにはいとわ」29ウ

  ろかりしかたちさまなれともてなしにかくさ
  れてくちおしうはあらさりきかしおとる
  へきほとの人なりやはけにしなにもよらぬわ
  さなりけり心はせなたらかにねたけなり
  しをまけてやみにしかなとものゝおり
  ことにはおほしいつとしもくれぬ内のとの
  ゐ所におはしますにたいふの命婦まいれり
  御けつりくしなとにはけさうたつすちな
  く心やすきものゝさすかにの給たはふれ
  なとしてつかひならし給へれはめしなき」30オ

  時もきこゆへき事あるおりはまうのほりけり
  あやしき事の侍をきこえさせさらむも
  ひか/\しうおもひ給へわつらひてとほゝゑみ
  てきこえやらぬをなにさまの事そわれに
  はつゝむ事あらしとなむおもふとの給へはいか
  かはみつからのうれへはかしこくともまつこそ
  はこれはいときこえさせにくゝなむといたうこと
  こめたれはれいのえむなるとにくみ給か
  の宮より侍る御ふみとてとりいてたりまし
  てこれはとりかくすへき事かはとてとり給」30ウ

  ふもむねつふるみちのくにかみのあつこえ
  たるににほひはかりはふかうしめ給へりいとよう
  かきおほせたりうたも
    からころも君かこゝろのつらけれは
  たもとはかくそそほちつゝのみ心えすうち
  かたふき給へるにつゝみにころもはこのお
  もりかにこたいなるうちをきてをしいて
  たりこれをいかてかはかたはらいたく思ひ給へ
  さらむされとついたちの御よそひとてわ
  さと侍めるをはしたなうははかへし侍らす」31オ

  ひとりひきこめ侍らむも人の御心たかひ侍へ
  けれは御らむせさせてこそはときこゆれは
  ひきこめられなむはからかりなましそてまき
【付箋02】-「白露はけふはなふりそ白たえの/そてまきほさむ人もなき身に<朱>」(自筆本奥入04)
  ほさむ人もなき身にいとの給ひてことにも
  のいはれ給はすさてもあさましのくちつき
  やこれこそはてつからの御事のかきりなめれ
  侍従こそとりなをすへかめれまたふてのし
  りとるはかせそなかへきといふかひなくおほ
  す心をつくしてよみいて給へらむほとをお
  ほすにいともかしこきかたとはこれをもいふ」31ウ

  へかりけりとほゝゑみて見給ふを命婦おもて
  あかみて見たてまつるいまやういろのえゆ
  るすましくつやなうふるめきたるなおし
  のうらうへひとしうこまやかなるいとなを/\しう
  つま/\そみえたるあさましとおほすにこ
  のふみをひろけなからはしにてならひすさひ
  給ふをそはめに見れは
    なつかしき色ともなしになにゝこの
  すゑつむ花をそてにふれけむ色こきは
【付箋03】-「くれなゐを色こき花とみしかとも/人をあくたにうつろひにけり<朱>」(自筆本奥入05)
  なとみしかともなとかきけかし給ふ花のと」32オ

  かめをあるやうあらむとおもひあはするおり/\
  の月かけなとをいとおしきものからをかし
  うおもひなりぬ
    くれなゐのひと花ころもうすくとも
  ひたすらくたすなをしたてすは心くるし
  のよやといといたうなれてひとりこつをよき
  にはあらねとかうやうのかいなてにたにあら
  ましかはとかへす/\くちをし人のほとの心
  くるしきになのくちなむはさすかなりひと
  ひとまいれはとりかくさむやかゝるわさは人」32ウ

  のするものにやあらむとうちうめき給ふな
  にゝこらむせさせつらむわれさへ心なきやうに
  といとはつかしくてやをらおりぬまたの日うへに
  さふらへはたいはむ所にさしのそき給てく
  はやきのふのかへり事あやしく心はみすく
  さるゝとてなけ給へり女はうたちなに
  事ならむとゆかしかるたゝ梅の花の色
  のこと
かさの山のをとめをはすてゝと
  うたひすさひていて給ひぬるを命婦は
  いとおかしとおもふ心しらぬ人/\はなそ御ひと」33オ

  りゑみはとかめあへりあらすさむきしも
  あさにかいねりこのめる花のいろあひやみ
  えつらむ御つゝしりうたのいとおしきとい
  へはあなかちなる御事かなこのなかにはにほ
  へる花もなかめりさこむの命婦ひこのう
  ねゑやましらひつらむなと心もえすいひ
  しろふ御かへりたてまつりたれは宮には
  女はうつとひて見めてけり
    あはぬよをへたつるなかのころもてに
  かさねていとゝ見もしみよとやしろきかみ」33ウ

  にすてかひ給へるしもそなか/\おかしけ
  なるつこもりの日ゆふつかたかの御ころもはこ
  に御れうとて人のたてまつれる御そひとく
  えひそめのをりものゝ御そ又やまふきかな
  にそいろ/\見えて命婦そたてまつりたる
  ありしいろあひをわろしとや見たまひけんと
  思ひしらるれとかれはたくれなゐのおも/\し
  かりしをやさりともきえしとねひ人ともは
  さたむる御うたもこれよりのはことはりきこえて
  したゝかにこそあれ御かへりはたゝおかしきかた」34オ

  にこそなとくち/\にいふひめ君もおほろけ
  ならてしいて給へるわさなれはものにかきつけ
  てをき給へりけりついたちのほとすき
  てことしおとこたうかあるへけれはれいの
  所/\あそひのゝしり給ふにものさはかしけれ
  とさひしき所のあはれにをほしやらるれは
  なぬかの日のせちゑはてゝ夜にいりて御せむ
  よりまかて給ひけるを御とのゐ所にやかて
  とまり給ぬるやうにてよふかしておはしたり
  れいのありさまよりはけはひうちそよめき」34ウ

  ついたり君もすこしたをやき給へるけし
  きもてつけたまへりいかにそあらためてひき
  かへたらむときとそおほしつゝけらるゝ日さし
  いつるほとにやすらひなしていて給ふひむかし
  のつまとをしあけたれはむかひたるらうの
  うへもなくあはれたれはひのあしほとなくさし
  いりてゆきすこしふりたるひかりにいとけ
  さやかに見いれらる御なをしなとたてま
  つるを見いたしてすこしさしいてゝかたはら
  ふし給へるかしらつきこほれいてたるほと」35オ

  いとめてたしおひなをりを見いてたらむ
  時とおほされてかうしひきあけ給へりいと
  おしかりしものこりにあけもはて給はてけ
  うそくををしよせてうちかけて御ひんくき
  のしとけなきをつくろひ給ふわりなうふる
  めきたるきやうたいのからくしけかゝ
  けのはこなととりいてたりさすかにおとこ
  の御くさへほの/\あるをされておかしと見
  給ふ女の御さうそくけふはよつきたりと
  見ゆるはありしはこの心はをさなからなり」35ウ

  けりさもおほしよらすけふあるもむつきてしる
  きうはきはかりそあやしとおほしけることし
  たにこゑすこしきかせたまへかしまたるゝ
  ものはさしをかれて御けしきのあらたまらむ
  なむゆかしきとの給へはさえつるはるはと
【付箋04】-「百千鳥さえつる春ハ物ことに/あらたまれとも我そふりゆく<朱>」(自筆本奥入07)
  かしうしてわなゝかしいてたりさりやとし
  へぬるしるしよとうちわらひ給て夢かと
【付箋05】-「夢とこそおもふへけれとおほつかな/ねぬに見しかハわきそかねぬる<朱>」(自筆本奥入08)
  そみるとうちすしていて給ふを見をく
  りてそひふし給へりくちおほひのそは
  めよりなをかのすゑつむ花いとにほひや」36オ

  かにさしいてたり見くるしのわさやとおほ
  さる二条の院におはしたれはむらさきの君
  いともうつくしきかたおひにてくれなゐは
  かうなつかしきもありけりと見ゆるにむ
  もんのさくらのほそなかなよらかにきな
  してなに心もなくてものし給ふさまいみしう
  らうたしこたいのをは君の御なこりにて
  はくろめもさたしかりけるをひきつくろは
  せ給へれはまゆのけさやかになりたるもう
  つくしうきよらなり心からなとかううき」36ウ

  世をみあつかふらむかく心くるしきものを
  も見てゐたらてとおほしつゝれいのもろ
  ともにひいなあそひし給ゑなとかきて色
  とり給よろつにおかしうすさひちらし給
  けりわれもかきそへ給ふかみいとなかき女
  をかき給ひてはなにへにをつけて見給
  ふにかたにかきても見まうきさまし
  たりわか御かけのきやうたいにうつれるかい
  ときよらなるを見給ひててつからこの
  あかはなをかきつけにほはして見給ふに」37オ

  かくよきかほたにさてましれらむは見く
  るしかるへかりけりひめ君みていみしく
  わらひ給まろかかくかたはになりなむと
  きいかならむとのたまへはうたてこそあ
  らめとてさもやしみつかむとあやうく思ひ
  給へりそらのこひをしてさらにこそしろ
  まねようなきすさひわさなりやうち
  にいかにの給はむすらむといとまめやか
  にの給をいと/\おしとおほしてよりての
  こひ給へはへいちうかやうに色とりそへ給な」37ウ
【付箋06】-「我にこそつらさハ君かみすれとも/人にすみつくかほのけしきよ<朱>」(自筆本奥入15)

  あかゝらむはあえなむとたはふれ給さまいと
  おかしきいもせとみえ給へりひのいとうらゝか
  なるにいつしかとかすみはたれるこすゑ
  ともの心もとなき中にもむめはけしきは
【付箋07】-「にほはねとほおゑむ梅の花をこそ/われもおかしとおりてなかむれ<朱>」(自筆本奥入16)
  みほゝゑみわたれるとりわきて見ゆはしか
  くしのもとのこうはいゝとゝくさく花に
  て色つきにけり
    くれなゐのはなそあやなくうとまるゝ
  梅のたちえはなつかしけれといてやとあ
  いなくうちうめかれ給ふかゝる人/\のす」38オ
  ゑすゑいかなりけむ」38ウ

  伊行
【奥入01】琴詩酒伴皆抛我雪月花時
  尤憶君(奥入05)
【奥入02】伊毛可々度世奈可々度申支酒支可祢天也
  和可由可波比知可左乃比知可左のあめも
  やふらなむしてたをさあまやとり可左や
  とりて末からむしてたをさ(戻)
【奥入03】文集秦中吟
  夜深煙火尽 霰雪白紛々 幼者形不蔽」39オ

  老者体無温 悲端与寒気 併入鼻中辛(戻)
【奥入04】求子の哥をかすかにてはみかさ山とうたふ(戻)
【奥入05】文集六十二
  北窓三友
  今日北窓下 自問何所為 欣然得三友
  三友者為誰 琴罷輙挙酒 々罷輙吟詩
  三友逓相引 脩隈無已時 一弾△<カナフ>中心
  一詠暢四支 猶恐中有問 以酔弥縫之
  みつともはこれ也(戻)」39ウ

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