《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「すゑつむ花」(題箋)
思へともなをあかさりしゆふかほの露に
をくれし心地をとし月ふれとおほしわす
れすこゝもかしこもうちけけぬかきりの
けしきはみ心ふかきかたの御いとましさ
にけちかくうちとけたりしあはれににる
物なう恋しくおもほえ給ふいかてこと/\
しきおほえはなくいとらうたけならむ人
のつゝましき事なからむみつけてしか
なとこりすまにおほしわたれはすこしゆ
へつきてきこゆるわたりは御みゝとゝめ給」1オ
はぬくまなきにさてもやとおほしよるはかり
のけはひあるあたりにこそひとくたりをも
ほのめかし給ふめるになひきゝこえすも
てはなれたるはおさ/\あるましきそいとめ
なれたるやつれなう心つよきはたとしへ
なうなさけをくるゝまめやかさなとあま
り物のほとしらぬやうにさてしもすくし
はてすなこりなくくつをれてなを/\し
きかたにさたまりなとするもあれはの給
ひさしつるもおほかりけるかのうつせみを」1ウ
ものゝおり/\にはねたうおほしいつおきの
葉もさりぬへきかせのたよりある時はおとろ
かし給ふおりもあるへしほかけのみたれたり
しさまはまたさやうにても見まほしく
おほすおほかたなこりなきものわすれ
をそえしたまはさりける左衛門のめの
とゝて大弐のさしつきにおほいたるかむす
めたいふの命婦とてさふらふわかむとほりの
兵部のたいふなるむすめなりけりいといたう
いろこのめるわか人にてありけるを君もめし」2オ
つかひなとし給はゝはちくせむのかみのめに
てくたりにけれはちゝ君のもとをさとにて
ゆきかよふ故ひたちのみこのすゑにまう
けていみしうかなしうかしつき給ひし
御むすめ心ほそくてのこりゐたるをものゝ
ついてにかたりきこえけれはあはれのことやと
て御心とゝめてとひきゝ給ふ心はへかたちなと
ふかきかたはえしり侍らすかいひそめ人
うとうもてなし給へはさへきよひなともの
こしにてそかたらひ侍るきむをそなつかし」2ウ
きかたらひ人とおもへるときこゆれはみつ
のともにていまひとくさやうたてあらむとて
われにきかせよちゝみこのさやうのかたにいと
よしつきてものし給ふけれはをしなへて
のてにはあらしとなむおもふとの給へはさや
うにきこしめすはかりにはあらすや侍らむ
といへと御心とまるはかりきこえなすをいた
うけしきはましやこのころのおほろ月
夜にしのひてものせむまかてよとの給へは
わつらはしとおもへとうちわたりものとやかなる」3オ
はるのつれ/\にまかてぬちゝの大輔の君は
ほかにそすみけるこゝには時/\そかよひける
命婦はまゝはゝのあたりはすみもつかすひめ君
の御あたりをむつひてこゝにはくるなりけりの
たまひしもしるくいさよひの月おかしきほ
とにおはしたりいとかたはらいたきわさかな
ものゝねすむへき夜のさまにも侍らさめる
にときこゆれとなをあなたにわたりてたゝ
ひとこゑももよをしきこえよむなしくて
かへらむかねたかるへきをとの給へはうちとけ」3ウ
たるすみかにすへたてまつりてうしろめたう
かたしけなしとおもへとしむてむにまいりたれ
はまたかうしもさなからむめのかおかしきを見
いたしてものし給よきおりかなと思ひて御こと
のねいかにまさり侍らむと思給へらるゝよのけし
きにさそはれ侍りてなむ心あはたゝしきいて
いりにえうけたまはらぬこそくちをしけれ
といへはきゝしる人こそあなれもゝしきに
ゆきかう人のきくはかりやはとてめしよする
もあいなういかゝきゝ給はむとむねつふる」4オ
ほのかにかきならし給ふおかしうきこゆなに
はかりふかきてならねとものゝねからのすちこと
なるものなれはきゝにくゝもおほされすいとい
たうあれわたりてさひしき所にさはかりの
人のふるめかしうところせくかしつきすへたり
けむなこりなくいかにおもほしのこす事な
からむかやうの所にこそはむかしものかたり
にもあはれなる事ともゝありけれなと思ひつ
つけても物やいひよらましとおほせとうち
つけにやおほさむと心はつかしくてやすらひ」4ウ
給命婦かとあるものにていたうみゝならさせ
たてまつらしと思ひけれはくもりかちに侍る
めりまらうとのこむと侍りつるいとひかほ
にもこそいま心のとかにをみかうしまいりな
むとていたうもそゝのかさてかへりたれは
なか/\なるほとにてもやみぬるかなもの
きゝわくほとにもあらてねたうとの給ふ
けしきおかしとおほしたりおなしくはけ
ちかきほとのたちきゝせさせよとの給へと心
にくゝてとおもへはいてやいとかすかなるあり」5オ
さまに思ひきえて心くるしけにものし給ふ
めるをうしろめたきさまにやといへはけにさも
ある事にはかに我も人もうちとけてかたらふ
へき人のきはゝきはとこそあれなとあはれに
おほさるゝ人の御ほとなれはなをさやうのけし
きをほのめかせとかたらひ給ふまたちきり
給へるかたやあらむいとしのひてかへりたまふ
うへのまめにおはしますともてなやみきこえ
させ給ふこそおかしうおもふ給へらるゝおり/\
侍れかやうの御やつれすかたをいかてか御らむ」5ウ
しつけむときこゆれはたちかへりうちわらひて
こと人のいはむやうにとかなあらはされそこれ
をあた/\しきふるまひといはゝ女のあり
さまくるしからむとのたまへはあまりいろめい
たりとおほしており/\かうの給ふをはつか
しと思ひてものもいはすしむ殿のかたに
人のけはひきくやうもやとおほしてやをら
たちのき給ふすいかいのたゝすこしおれ
のこりたるかくれのかたにたちより給ふにも
とよりたてるおとこありけりたれならむ」6オ
心かけたるすきものありけりとおほしてかけに
つきてたちかくれ給へはとうの中将なりけり
このゆふつかたうちよりもろともにまかて給ひ
けるやかて大殿にもよらす二条の院にもあらて
ひきわかれ給ひけるをいつちならむとたゝなら
てわれもゆくかたあれとあとにつきてうかゝ
ひけりあやしきむまにかりきぬすかたのな
いかしろにてきけれはえしりたまはぬに
さすかにかうことかたにいりたまひぬれは心も
えす思ひけるほとにものゝねにきゝついてた」6ウ
てるにかへりやいて給ふとしたまつなりけりき
みはたれともえ見わき給はてわれとしられし
とぬきあしにあゆみ給ふにふとよりてふりすて
させ給へるつらさに御をくりつかうまつりつるは
もろともにおほうち山はいてつれと
いるかた見せぬいさよひのつきとうらむる
もねたけれとこの君と見給ふすこしおかし
うなりぬ人の思おもひよらぬ事よとにくむ/\
さとわかぬかけをは見れとゆく月の
いるさの山をたれかたつぬるかうしたひあ」7オ
りかはいかにせさせ給はむときこえ給まこと
はかやうの御ありきにはすいしむからこそは
かはかしきこともあるへけれをくらさせ給
はてこそあらめやつれたる御ありきはかる/\
しき事もいてきなとをしかへしいさめた
てまつるかうのみ見つけらるゝをねたしと
おほせとかのなてしこはえたつねしらぬを
をもきこうに御心のうちにおほしいつをの/\
ちきれるかたにもあまえてえゆきわかれ給
はすひとつくるまにのりて月のおかしき」7ウ
ほとにくもかくれたるみちのほとふえふき
あはせて大殿におはしぬさきなともをはせ給
はすしのひいりて人みぬらうに御なをしと
もめしてきかへ給つれなういまくるやうにて御
ふえともふきすさひておはすれはおとゝれ
いのきゝすくし給はてこまふえとりいて
給へりいと上すにおはすれはいとおもしろう
ふき給御ことめしてうちにもこのかたに
心えたる人/\にひかせ給ふ中つかさのき
みわさとひはゝひけと頭の君心かけたる」8オ
をもてはなれてたゝこのたまさかなる御
けしきのなつかしきをはえそむききこえ
ぬにをのつからかくれなくて大宮なともよろ
しからすおほしなりたれはものおもはしく
はしたなきこゝちしてすさましけにより
ふしたりたえて見たてまつらぬ所にかけ
はなれなむもさすかに心ほそくおもひみた
れたり君たちはありつるきむのねを
おほしいてゝあはれけなりつるすまゐの
さまなともやうかへておかしう思ひつゝけあらまし」8ウ
事にいとおかしうらうたき人のさてとし
月をかさねゐたらむとき見そめていみしう
心くるしくは人にもゝてさはかるはかりやわか
心もさまあしからむなとさへ中将は思ひけりこの
君のかうけしきはみありき給をまさにまて
はすくし給ひてむやとなまねたうあやうかり
けりそのゝちこなたかなたよりふみなとやり
給へしいつれもかへり事見えすおほつかなく
心やましきあまりうたてもあるかなさやう
なるすまひする人はもの思ひしりたる」9オ
けしきはかなき木くさそらのけしきに
つけてもとりなしなとして心はせをしはか
らるゝおり/\あらむこそあはれなるへけれ
をもしとてもいとかうあまりうもれたらむ
は心つきなくわるひたりと中将はまいて心い
られしけりれいのへたてきこえ給はぬこゝ
ろにてしか/\のかへり事は見給や心みにか
すめたりしこそはしたなくてやみにし
かとうれふれはされはよいひよりにけるをやと
ほゝゑまれていさみむとしも思はねはにや」9ウ
みるとしもなしといらへ給を人わきゝけると
思ふにいとねたし君はふかうしもおもはぬ
事のかうなさけなきをすさましくお
もひなり給にしかとかうこの中将のいひあ
りきけるをことおほくいひなれたらむ方に
そなひかむかししたりかほにてもとの事
をおもひはなちたらむけしきこそうれはし
かるへけれとおほして命婦をまめやかにかたらひ
給おほつかなくもてはなれたる御けしき
なむいと心うきすき/\しきかたにうた」10オ
かひよせ給にこそあらめさりとみしかき心はへ
つかはぬものを人の心ののとやかなる事な
くておもはすにのみあるになむをのつ
からわかあやまちにもなりぬへき心のとかにて
おやはらからのもてあつかひうらむるもなう
心やすからむ人はなか/\なむらうたかる
へきをとの給へはいてやさやうにおかしき
かたの御かさやとりにはえにしもやとつき
なけにこそみえ侍れひとへにものつゝみしひ
きいりたるかたはしもありかたうものし」10ウ
給ふ人になむと見るありさまかたりきこゆ
らう/\しうかとめきたる心はなきなめりいと
こめかしうおほとかならむこそらうたくはある
へけれとおほしわすれすの給ふわらはやみに
わつらひ給人しれぬものをもひのまきれ
も御心のいとまなきやうにてはるなつすき
ぬ秋のころほひしつかにおほしつゝけてか
のきぬたのをともみゝにつきてきゝにく
かりしさへ恋しうをほしいてらるゝまゝに
ひたちの宮にはしは/\きこえ給へとなを」11オ
おほつかなうのみあれはよつかす心やましう
まけてはやましの御心さへそひて命婦をせめ
給いかなるやうそいとかゝる事こそまたし
らねといとものしとおもひてのたまへはいと
おしと思ひてもてはなれてにけなき御事と
もおもむけ侍らすたゝおほかたの御ものつゝ
みのわりなきにてえさしいて給はぬとなむ
み給ふるときこゆれはそれこそはよつからぬ事
なれものおもひしるましきほとひとり身をえ
心にまかせぬほとこそ事はりなれなに事も」11ウ
思しつまり給へらむと思ふこそそこはかと
なくつれ/\に心ほそうのみおほゆるをおなし
心にいらへ給はむはねかひかなふ心ちなむすへ
きなにやかやとよつけるすちならてその
あれたるすのこにたゝすまゝほしきなりいと
うたて心えぬ心ちするをかの御ゆるしなう
ともたはかれかし心いられしうたてあるもてな
しにはよもあらしなとかたらひ給ふなを世に
ある人のありさまをおほかたなるやうにて
きゝあつめみゝとゝめ給くせのつき給へるを」12オ
さう/\しきよひゐなとにはかなきついてに
さる人こそとはかりきこえいてたりしにかく
わさとかましうのたまひわたれはなまわつら
はしくをむな君の御ありさまもよつかはしく
よしめきなともあらぬを中/\なるみちひき
にいとおしき事やみえむなむと思ひけれと
君のかうまめやかにの給ふにきゝいれさらむも
ひか/\しかるへしちゝみこおはしけるおりに
たにふりにたるあたりとてをとなひきこゆる
人もなかりけるをましていまはあさちはくる」12ウ
人もあとたえたるにかくよにめつらしき御
けはひのもりにほひくるをはなま女はらなとも
ゑみまけてなをきこえ給へとそゝのかした
てまつれとあさましうものつゝみしたまふ
心にてひたふるに見もいれ給はぬなりけり命婦
はさらはさりぬへからんおりにものこしにきこえ
給はむほと御心につかすはさてもやみねかし
又さるへきにてかりにもおはしかよはむをとか
め給へき人なしなとあためきたるはやり
心はうち思ひてちゝきみにもかゝる事なと」13オ
もいはさりけり八月廿よ日よひすくるまて
またるゝ月の心もとなきにほしのひかりはかり
さやけくまつのこすゑふく風のをと心ほそ
くていにしへの事かたりいてゝうちなきなとし
給いとよきおりかなと思ひて御せうそこやき
こえつらむれいのいとしのひておはしたり月
やう/\いてゝあれたるまかきのほとうとまし
くうちなかめ給ふにきむそゝのかされてほのか
にかきならし給ほとけしうはあらすすこし
けちかういまめきたるけをつけはやそみた」13ウ
れたる心には心もとなくおもひいたる人めしな
き所なれは心やすくいりたまふ命婦をよは
せ給いましもおとろきかほにいとかたはらいた
きわさかなしか/\こそおはしましたなれつ
ねにかううらみきこえ給ふを心にかなはぬよし
をのみいなひきこえ侍れはみつからことはりも
きこえしらせむとの給ひわたるなりいかゝきこ
えかへさむなみ/\のたはやすき御ふる
まひならねは心くるしきをものこしにて
きこえ給はむ事きこしめせといへはいと」14オ
はつかしと思て人にものきこえむやうも
しらぬをとておくさまへゐさりいり給さまいと
うゐ/\しけなりうちわらひていとわか/\
しうおはしますこそ心くるしけれかきり
なき人もおやなとおはしてあつかひうしろ
見きこえ給ふほとこそわかひたまふもこと
はりなれかはかり心ほそき御ありさまになを
よをつきせすおほしはゝかるはつきなう
こそとをしへきこゆさすかに人のいふ事は
つようもいなひぬ御心にていらへきこえてたゝ」14ウ
きけとあらはかうしなとさしてはありなむとの
給すのこなとはひむなう侍りなむをしたち
てあは/\しき御心なとはよもなといとよく
いひなしてふたまのきはなるさうしてつか
らいとつよくさして御しとねうちをきひ
きつくろふいとつゝましけにおほしたれと
かやうの人にものいふらむ心はへなとも夢に
しり給はさりけれは命婦のかういふをあるやう
こそはと思ひてものし給めのとたつおい人
なとはさうしにいりふしてゆふまとひしたる」15オ
ほとなりわかき人二三人あるはよにめてられ
給ふ御ありさまをゆかしきものに思ひき
こえて心けさうしあへりよろしき御そたて
まつりかへくつろひきこゆれはさうしみはなに
の心けさうもなくておはすおとゝこはいとつ
きせぬ御さまをうちしのひよういし給へる御け
はひいみしうなまめきて見しらむ人にこそ見
せめはへあるましきわたりをあないとおしと命
婦はおもへとたゝおほとかにものし給ふをそう
しろやすうさしすきたる事は見えたてまつ」15ウ
り給はしとおもひけるわかつねにせめられたて
まつるつみさりことに心くるしき人の御もの
思ひやいてこむなとやすからす思ひゐたり君は
人の御ほとをおほせはされくつかへるいまやうの
よしはみよりはこよなうおくゆかしうとおほ
さるゝにいたうそゝのかされてゐさりより
給へるけはひしのひやかにえひのかいとなつ
かしうかほりいてゝおほとかなるをされはよと
おほすとしころ思ひわたるさまなといとよくの
給つゝくれとましてちかき御いらへはたえてなし」16オ
わりなのわさやとうちなけき給ふ
いくそたひ君かしゝまにさけぬらん
ものないひそといはぬたのみにのたまひもす
てゝよかしたまたすきくるしとの給ふ女
【付箋01】-「おもはすはおもはすとやはいひいてぬ/なと世中のたまたすきなる<朱>」(自筆本奥入10)
君の御めのとこししうとてはやりかなるわか
人いと心もとなうかたはらいたしと思ひてさし
よりてきこゆ
かねつきてとちめむことはさすかにて
こたえまうきそかつはあやなきいとわかひ
たるこゑのことにおもりかならぬを人つて」16ウ
にはあらぬやうにきこえなせはほとよりはあ
まえてときゝ給へとめつらしきかなか/\くれ
ふたかるわさかな
いはぬをもいふにまさるとしりなから
をしこめたるはくるしかりけりなにやかや
とはかなき事なれとおかしきさまにも
まめやかにもの給へとなにのかひなしいと
かゝるもさまかはりおもふかたことにものし給ふ
人にやとねたくてやをらをしあけていり
たまひにけり命婦あなうたてたゆめ給」17オ
へるといとおしけれはしらすかほにてわかかたへいに
けりこのわか人ともはたよにたくひなき
御ありさまのをときゝにつみゆるしきこえて
おとろおとろしうもなけかれすたゝおも
ひもよらすにはかにてさる御心もなきをそ
思ひけるさうしみはたゝわれにもあらすはつ
かしくつゝましきよりほかの事またなけ
れはいまはかゝるそあはれなるかしまたよな
れぬ人うちかしつかれたると見ゆるし給ふ
ものから心えすなまいとおしとおほゆる御さ」17ウ
まなりなに事につけてかは御心のとまらむう
ちうめかれてよふかういて給ひぬ命婦はいかな
らむとめさめてきゝふせりけれとしりかほ
ならしと御をくりにともこはつくらす君もや
をらしのひていて給にけり二条の院におは
してうちふし給ひてもなを思ふにかなひ
かたきよにこそとおほしつゝけてかるらかなら
ぬ人の御ほと心くるしとそおほしける
思ひみたれておはするに頭中将おはして
こよなき御あさいかなゆへあらむかしとこそ」18オ
思ひ給へらるれといへはおきあかり給て心や
すきひとりねのとこにてゆるひにけりやうち
よりかとの給へはしかまかて侍るまゝなりすさ
く院の行幸けふなむかく人まひ人
さためらるへきよしよへうけたまはりしを
おとゝにもつたへ申さむとてなむまかて侍
るやかてかへりまいりぬへう侍るといそかしけ
なれはさらはもろとにとて御かゆこはいひめし
てまらうとにもまいり給てひきつゝけたれ
とひとつにたてまつりてなをいとねふたけな」18ウ
りととかめいてつゝかくい給事おほかりと
そうらみきこえ給ふことともおほくさた
めらるゝ日にてうちにさふらひくらし給つ
かしこにはふみをたにといとをしくおほ
しいてゝゆふつかたそありける雨ふりいてゝ
所せくもあるにかさやとりせむとはたおほ
されすやありけむかしこにはまつほとすき
て命婦もいといとをしき御さまかなと心う
くおもひけりさうしみは御心のうちにはつ
かしう思ひ給てけさの御ふみのくれぬれと」19オ
なか/\とかとも思ひわき給はさりけり
ゆふきりのはるゝけしきもまたみぬに
いふせさそふるよひのあめかなくもままち
いてむほといかに心もとなうとありおはします
ましき御けしきを人/\むねつふれて
おもへとなをきこえさせ給へとそゝのかしあ
へれといとゝおもひみたれ給へるほとにてえ
かたのやうにもつゝけたまはねはよふけぬ
とてししうそれいのをしへきこゆる
はれぬよの月まつさとをおもひやれ」19ウ
おなし心になかめせすともくち/\にせめ
られてむらさきのかみのとしへにけれははひ
をくれふるめいたるにてはさすかにもしつ
よう中さたのすちにてかみしもひとしく
かい給へりみるかひなううちをき給ふいかに
をもふらんと思ひやるもやすからすかゝること
をくやしなとはいふにやあらむさりとていかゝ
はせむわれはさりとも心なかく見はてゝ
むとおほしなす御心をしらねはかしこにはい
みしうそなけい給けるおとゝ夜にいりて」20オ
まかて給にひかれたてまつりて大殿にをはし
ましぬ行幸のことをけふありとおもほし
て君たちあつまりての給ひをの/\まひ
ともならひ給ふをそのころの事にてす
きゆくものゝねともつねよりもみゝかしか
ましくてかた/\いとみつゝれゐの御あそ
ひならす大ひちりきさくはちのふえなと
のおほこゑをふきあけつゝたいこをさへかう
らむのもとにまろはしよせててつからうち
ならしあそひおはさふす御いとまなきやう」20ウ
にてせちにおほす所はかりにこそぬすま
はれ給へかのわたりにはいとをほつかなくあき
くれはてぬなをたのみこしかひなくてすき
ゆく行幸ちかくなりてしかくなとのゝしる
ころそ命婦はまいれるいかにそなととひたま
いていとをしとはおほしたりありさまきこえ
ていとかうもてはなれたる御心はえはみた
まふる人さへ心くるしくなとなきぬはかり
おもへり心にくゝもてなしてやみなむとおもへ
りし事をくたいてける心もなくこの人」21オ
のおもふらむをさへおほすさうしみのものは
いはておほしうつもれ給らむさまおもひやり
給ふもいとおしけれはいとまなきほとそやわり
なしとうちなけい給てものおもひしらぬやう
なる心さまをこらさむと思ふそかしとほゝ
ゑみ給へるわかううつくしけなれはわれもうち
ゑまるゝ心ちしてわりなの人にうらみられ給ふ
御よはひやおもひやりすくなう御心のまゝなら
むもことはりとおもふこの御いそきのほとす
くしてそ時/\おはしけるかのむらさきの」21ウ
ゆかりたつねとり給ひてそのうつくしみに心
いり給ひて六条わたりにたにかれまさりたま
ふめれはましてあれたるやとはあはれにおほし
をこたらすなからものうきそわりなかりける
と所せき御ものはちを見あらはさむの御心も
ことになうてすきゆくをまたうちかへし見
まさりするやうもありかしてさくりのたと
たとしきにあやしう心えぬ事もあるにや
みてしかなとおもほせとけさやかにとりな
さむもまはゆしうちとけたるよひゐの」22オ
ほとやをらいり給ひてかうしのはさまより
見給ひけりされとみつからは見え給へくもあ
らすき丁なといたくそこなはれたるもの
からとしへにけるたちとかはらすおしやり
なとみたれねは心もとなくてこたち四五人
ゐたり御たいひそくやうのもろこしのもの
なれとひとわろきになにのくさはひもな
くあはれけなるまかてゝ人/\くふすみ
のまはかりにそいとさむけなる女はらしろき
きぬのいひしらすすゝけたるにきたなけ」22ウ
なるしひらひきゆひつけたるこしつきかた
くなしけなりさすかにくしをしたれてさ
したるひたいつきないけうはう内侍所の
ほとにかゝるものともあるはやとおかしかけ
ても人のあたりにちかうふるまふものとも
しりたまはさりけりあはれさもさむきとし
かないのちなかけれはかゝる世にもあふものな
りけりとてうちなくもありこ宮をはしまし
し世をなとてからしと思ひけむかくたのみ
なくてもすくるものなりけりとてとひたち」23オ
ぬへくふるふもありさま/\に人わろき事
ともをうれへあへるをきゝ給もかたはらいた
けれはたちのきてたゝいまおはするやうに
てうちたゝき給ふそゝやなといひて火とり
なをしかうしはなちていれたてまつるしゝう
はさい院にまいりかよふわか人にてこのころは
なかりけりいよ/\あやしうひなひたるかきり
にてみならはぬ心ちそするいとゝうれふなり
つるゆきかきたれいみしうふりけり空の
けしきはけしうかせふきあれておほとな」23ウ
ふらきえにけるをともしつくる人もなしかの
ものにをそはれしおりおほしいてられてあれ
たるさまはおとらさめるをほとのせはう人
けのすこしあるなとになくさめたれと・
すこううたていさとき心ちする夜のさま
なりおかしうもあはれにもやうかへて心とまり
ぬへきありさまをいとむもれすくよかにて
なにのはへなきをそくちをしうおほす
からうしてあけぬるけしきなれはかうしてつ
からあけ給てまへのせむさいのゆきを見」24オ
たまふふみあけたるあともなくはる/\とあれ
わたりていみしうさひしけなるにふりいてゝゆ
かむ事もあはれにておかしきほとの空も
見給へつきせぬ御心のへたてこそわりなけれ
とうらみきこえ給ふまたほのくらけれと
ゆきのひかりにいとゝきよらにわかう見え
給ふをおい人ともゑみさかへて見たてまつる
はやいてさせ給へあちきなし心うつくしき
こそなとをしへきこゆれはさすかに人のき
こゆる事をえいなひ給はぬ御心にてとかうひ」24ウ
きつくろいてゐさりいて給へり見ぬやうに
てとのかたをなかめ給へれとしりめはたゝなら
すいかにそうちとけまさりのいさゝかもあ
らはうれしからむとおほすもあなかちなる
御心なりやまつゐたけのたかくをせなかに
みえ給ふにされはよとむねつふれぬうちつ
きてあなかたわと見ゆるものははななりけり
ふとめそとまるふけむほさつのゝりものとお
ほゆあさましうたかうのひらかにさきの
かたすこしたりていろつきたる事ことの」25オ
ほかにうたてありいろはゆきはつかしくし
ろうてさおにひたひつきこよなうはれたる
になをしもかちなるおもやうはおほかたおと
ろおとろしうなかきなるへしやせたまへる
事いとをしけにさらほひてかたのほとなと
はいたけなるまてきぬのうへまてみゆなに
にのこりなう見あらはしつらむと思ものから
めつらしきさまのしたれはさすかにうちみや
れ給ふかしらつきかみのかゝりはしもうつ
くしけにめてたしとおもひきこゆる人/\」25ウ
にもおさ/\おとるましううちきのすそに
たまりてひかれたるほと一尺はかりあまり
たらむと見ゆきたまへるものともをさへ
いひたつるもものいひさかなきやうなれと
むかしものかたりにも人の御さうそくをこそ
まついひためれゆるしいろのわりなううはし
らみたるひとかさねなこりなうくろきう
ちきかさねてうはきにはふるきのかはき
ぬいときよらにかうはしきをき給へりこた
いのゆへつきたる御さうそくなれとなを」26オ
わかやかなる女の御よそひにはにけなうおとろ
おとろしき事いともてはやされたりされと
けにこのかはなうてはたさむからましとみゆる
御かほさまなるを心くるしと見給ふなに
事もいはれ給はすわれさへくちとちたる
心ちしたまへとれいのしゝまも心みむとと
かうきこえ給ふにいたうはちらひてくちお
ほひしたまへるさへひなひふるめかしうこと
ことしくきしき官のねりいてたるひち
もちおほえてさすかにうちゑみ給へるけし」26ウ
きはしたなうすゝろひたりいとをしく
あはれにていとゝいそきいて給ふたのもしき
人なき御ありさまを見そめたる人にはう
とからす思ひむつひ給はむこそほいある心
ちすへけれゆるしなき御けしきなれはつら
うなとことつけて
あさひさすのきのたるひはとけなから
なとかつらゝのむすほゝるらむとの給へとた
たむくとうちわらひていとくちをもけなる
もいとおしけれはいて給ひぬ御車よせたる」27オ
中もむのいといたうゆかみよろほひてよめに
こそしるきなからもよろつかくろへたる事
おほかりけれいとあはれにさひしくあれまとへる
にまつのゆきのみあたゝかけにふりつめる
山さとの心ちしてものあはれなるをかの人/\
のいひしむくらのかとはかうやうなる所なり
けむかしけに心くるしくらうたけならん
人をこゝにすゑてうしろめたう恋しと
おもはゝやあるましきものおもひはそれにま
きれなむかしとおもふやうなるすみかに」27ウ
あはぬ御ありさまはとるへきかたなしと思ひな
からわれならぬ人はまして見しのひてむやわか
かうて見なれけるはこみこのうしろめたし
とたくへをきたまひけむたましひのしる
へなめりとそおほさるゝたち花の木のうつ
もれたるみすいしむめしてはらはせた
まふうらやみかほにまつのきのをのれお
きかへりてさとこほるゝゆきもなにた
つすゑのとみゆるなとをいとふかゝらす
ともなたらかなるほとにあひしらはむ人」28オ
もかなと見給御車いつへきかとはまたあけ
さりけれはかきのあつかりたつねいてたれはおき
なのいといみしきそいてきたるむすめにや
むまこにやはしたなるおほきさの女の
きぬはゆきにあひてすゝけまとひさむし
と思へるけしきふかうあやしきものに火を
たゝほのかにいれてそてくゝみにもたりお
きなかとをえあけやらねはよりてひきた
すくるいとかたくなゝり御ともの人よりてそ
あけつる」28ウ
ふりにけるかしらの雪をみるひとも
おとらすぬらすあさのそてかなわかきもの
はかたちかくれすとうちすし給ひても花
の色にいてゝいとさむしと見えつる御をもか
けふとおもひいてられてほゝゑまれたま
ふ頭中将にこれを見せたらむときいかなる
事をよそへいはむつねにうかゝひくれはいま
見つけられなむとすへなうおほす世の
つねなるほとのことなる事なさならはおも
ひすてゝもやみぬへきをさたかに見たま」29オ
ひてのちは中/\あはれにいみしくてまめや
かなるさまにつねにをとつれ給ふるきの
かはならぬあやわたなとおい人とものきるへ
きものゝたくひかのおきなのためま
てかみしもおほしやりてたてまつり給ふ
かやうのまめやか事もはつかしけならぬを
心やすくさるかたのうしろみにてはくゝま
むとおもほしとりてさまことにさならぬう
ちとけわさもし給けりかのうつせみの
うちとけたりしよひのそはめにはいとわ」29ウ
ろかりしかたちさまなれともてなしにかくさ
れてくちおしうはあらさりきかしおとる
へきほとの人なりやはけにしなにもよらぬわ
さなりけり心はせなたらかにねたけなり
しをまけてやみにしかなとものゝおり
ことにはおほしいつとしもくれぬ内のとの
ゐ所におはしますにたいふの命婦まいれり
御けつりくしなとにはけさうたつすちな
く心やすきものゝさすかにの給たはふれ
なとしてつかひならし給へれはめしなき」30オ
時もきこゆへき事あるおりはまうのほりけり
あやしき事の侍をきこえさせさらむも
ひか/\しうおもひ給へわつらひてとほゝゑみ
てきこえやらぬをなにさまの事そわれに
はつゝむ事あらしとなむおもふとの給へはいか
かはみつからのうれへはかしこくともまつこそ
はこれはいときこえさせにくゝなむといたうこと
こめたれはれいのえむなるとにくみ給か
の宮より侍る御ふみとてとりいてたりまし
てこれはとりかくすへき事かはとてとり給」30ウ
ふもむねつふるみちのくにかみのあつこえ
たるににほひはかりはふかうしめ給へりいとよう
かきおほせたりうたも
からころも君かこゝろのつらけれは
たもとはかくそそほちつゝのみ心えすうち
かたふき給へるにつゝみにころもはこのお
もりかにこたいなるうちをきてをしいて
たりこれをいかてかはかたはらいたく思ひ給へ
さらむされとついたちの御よそひとてわ
さと侍めるをはしたなうははかへし侍らす」31オ
ひとりひきこめ侍らむも人の御心たかひ侍へ
けれは御らむせさせてこそはときこゆれは
ひきこめられなむはからかりなましそてまき
【付箋02】-「白露はけふはなふりそ白たえの/そてまきほさむ人もなき身に<朱>」(自筆本奥入04)
ほさむ人もなき身にいとの給ひてことにも
のいはれ給はすさてもあさましのくちつき
やこれこそはてつからの御事のかきりなめれ
侍従こそとりなをすへかめれまたふてのし
りとるはかせそなかへきといふかひなくおほ
す心をつくしてよみいて給へらむほとをお
ほすにいともかしこきかたとはこれをもいふ」31ウ
へかりけりとほゝゑみて見給ふを命婦おもて
あかみて見たてまつるいまやういろのえゆ
るすましくつやなうふるめきたるなおし
のうらうへひとしうこまやかなるいとなを/\しう
つま/\そみえたるあさましとおほすにこ
のふみをひろけなからはしにてならひすさひ
給ふをそはめに見れは
なつかしき色ともなしになにゝこの
すゑつむ花をそてにふれけむ色こきは
【付箋03】-「くれなゐを色こき花とみしかとも/人をあくたにうつろひにけり<朱>」(自筆本奥入05)
なとみしかともなとかきけかし給ふ花のと」32オ
かめをあるやうあらむとおもひあはするおり/\
の月かけなとをいとおしきものからをかし
うおもひなりぬ
くれなゐのひと花ころもうすくとも
ひたすらくたすなをしたてすは心くるし
のよやといといたうなれてひとりこつをよき
にはあらねとかうやうのかいなてにたにあら
ましかはとかへす/\くちをし人のほとの心
くるしきになのくちなむはさすかなりひと
ひとまいれはとりかくさむやかゝるわさは人」32ウ
のするものにやあらむとうちうめき給ふな
にゝこらむせさせつらむわれさへ心なきやうに
といとはつかしくてやをらおりぬまたの日うへに
さふらへはたいはむ所にさしのそき給てく
はやきのふのかへり事あやしく心はみすく
さるゝとてなけ給へり女はうたちなに
事ならむとゆかしかるたゝ梅の花の色
のことみかさの山のをとめをはすてゝと
うたひすさひていて給ひぬるを命婦は
いとおかしとおもふ心しらぬ人/\はなそ御ひと」33オ
りゑみはとかめあへりあらすさむきしも
あさにかいねりこのめる花のいろあひやみ
えつらむ御つゝしりうたのいとおしきとい
へはあなかちなる御事かなこのなかにはにほ
へる花もなかめりさこむの命婦ひこのう
ねゑやましらひつらむなと心もえすいひ
しろふ御かへりたてまつりたれは宮には
女はうつとひて見めてけり
あはぬよをへたつるなかのころもてに
かさねていとゝ見もしみよとやしろきかみ」33ウ
にすてかひ給へるしもそなか/\おかしけ
なるつこもりの日ゆふつかたかの御ころもはこ
に御れうとて人のたてまつれる御そひとく
えひそめのをりものゝ御そ又やまふきかな
にそいろ/\見えて命婦そたてまつりたる
ありしいろあひをわろしとや見たまひけんと
思ひしらるれとかれはたくれなゐのおも/\し
かりしをやさりともきえしとねひ人ともは
さたむる御うたもこれよりのはことはりきこえて
したゝかにこそあれ御かへりはたゝおかしきかた」34オ
にこそなとくち/\にいふひめ君もおほろけ
ならてしいて給へるわさなれはものにかきつけ
てをき給へりけりついたちのほとすき
てことしおとこたうかあるへけれはれいの
所/\あそひのゝしり給ふにものさはかしけれ
とさひしき所のあはれにをほしやらるれは
なぬかの日のせちゑはてゝ夜にいりて御せむ
よりまかて給ひけるを御とのゐ所にやかて
とまり給ぬるやうにてよふかしておはしたり
れいのありさまよりはけはひうちそよめき」34ウ
ついたり君もすこしたをやき給へるけし
きもてつけたまへりいかにそあらためてひき
かへたらむときとそおほしつゝけらるゝ日さし
いつるほとにやすらひなしていて給ふひむかし
のつまとをしあけたれはむかひたるらうの
うへもなくあはれたれはひのあしほとなくさし
いりてゆきすこしふりたるひかりにいとけ
さやかに見いれらる御なをしなとたてま
つるを見いたしてすこしさしいてゝかたはら
ふし給へるかしらつきこほれいてたるほと」35オ
いとめてたしおひなをりを見いてたらむ
時とおほされてかうしひきあけ給へりいと
おしかりしものこりにあけもはて給はてけ
うそくををしよせてうちかけて御ひんくき
のしとけなきをつくろひ給ふわりなうふる
めきたるきやうたいのからくしけかゝ
けのはこなととりいてたりさすかにおとこ
の御くさへほの/\あるをされておかしと見
給ふ女の御さうそくけふはよつきたりと
見ゆるはありしはこの心はをさなからなり」35ウ
けりさもおほしよらすけふあるもむつきてしる
きうはきはかりそあやしとおほしけることし
たにこゑすこしきかせたまへかしまたるゝ
ものはさしをかれて御けしきのあらたまらむ
なむゆかしきとの給へはさえつるはるはと
【付箋04】-「百千鳥さえつる春ハ物ことに/あらたまれとも我そふりゆく<朱>」(自筆本奥入07)
かしうしてわなゝかしいてたりさりやとし
へぬるしるしよとうちわらひ給て夢かと
【付箋05】-「夢とこそおもふへけれとおほつかな/ねぬに見しかハわきそかねぬる<朱>」(自筆本奥入08)
そみるとうちすしていて給ふを見をく
りてそひふし給へりくちおほひのそは
めよりなをかのすゑつむ花いとにほひや」36オ
かにさしいてたり見くるしのわさやとおほ
さる二条の院におはしたれはむらさきの君
いともうつくしきかたおひにてくれなゐは
かうなつかしきもありけりと見ゆるにむ
もんのさくらのほそなかなよらかにきな
してなに心もなくてものし給ふさまいみしう
らうたしこたいのをは君の御なこりにて
はくろめもさたしかりけるをひきつくろは
せ給へれはまゆのけさやかになりたるもう
つくしうきよらなり心からなとかううき」36ウ
世をみあつかふらむかく心くるしきものを
も見てゐたらてとおほしつゝれいのもろ
ともにひいなあそひし給ゑなとかきて色
とり給よろつにおかしうすさひちらし給
けりわれもかきそへ給ふかみいとなかき女
をかき給ひてはなにへにをつけて見給
ふにかたにかきても見まうきさまし
たりわか御かけのきやうたいにうつれるかい
ときよらなるを見給ひててつからこの
あかはなをかきつけにほはして見給ふに」37オ
かくよきかほたにさてましれらむは見く
るしかるへかりけりひめ君みていみしく
わらひ給まろかかくかたはになりなむと
きいかならむとのたまへはうたてこそあ
らめとてさもやしみつかむとあやうく思ひ
給へりそらのこひをしてさらにこそしろ
まねようなきすさひわさなりやうち
にいかにの給はむすらむといとまめやか
にの給をいと/\おしとおほしてよりての
こひ給へはへいちうかやうに色とりそへ給な」37ウ
【付箋06】-「我にこそつらさハ君かみすれとも/人にすみつくかほのけしきよ<朱>」(自筆本奥入15)
あかゝらむはあえなむとたはふれ給さまいと
おかしきいもせとみえ給へりひのいとうらゝか
なるにいつしかとかすみはたれるこすゑ
ともの心もとなき中にもむめはけしきは
【付箋07】-「にほはねとほおゑむ梅の花をこそ/われもおかしとおりてなかむれ<朱>」(自筆本奥入16)
みほゝゑみわたれるとりわきて見ゆはしか
くしのもとのこうはいゝとゝくさく花に
て色つきにけり
くれなゐのはなそあやなくうとまるゝ
梅のたちえはなつかしけれといてやとあ
いなくうちうめかれ給ふかゝる人/\のす」38オ
ゑすゑいかなりけむ」38ウ
伊行
【奥入01】琴詩酒伴皆抛我雪月花時
尤憶君(奥入05)
【奥入02】伊毛可々度世奈可々度申支酒支可祢天也
和可由可波比知可左乃比知可左のあめも
やふらなむしてたをさあまやとり可左や
とりて末からむしてたをさ(戻)
【奥入03】文集秦中吟
夜深煙火尽 霰雪白紛々 幼者形不蔽」39オ
老者体無温 悲端与寒気 併入鼻中辛(戻)
【奥入04】求子の哥をかすかにてはみかさ山とうたふ(戻)
【奥入05】文集六十二
北窓三友
今日北窓下 自問何所為 欣然得三友
三友者為誰 琴罷輙挙酒 々罷輙吟詩
三友逓相引 脩隈無已時 一弾△<カナフ>中心
一詠暢四支 猶恐中有問 以酔弥縫之
みつともはこれ也(戻)」39ウ