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渋谷栄一復元(C)

  

花 宴

《概要》
 現状の明融臨模本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本である藤原定家の青表紙本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 青表紙本復元における定家の本文訂正跡
2 青表紙本復元における定家の付箋
3 青表紙本復元における定家の行間書き入れ注記
4 青表紙本復元における定家仮名遣い
5 青表紙本復元の本文上の問題点 現行校訂本の本文との異同

《復元資料》
凡例
1 本稿は、『源氏物語(明融本)・』(東海大学蔵桃園文庫影印叢書 1990(平成2)年6月 東海大学出版会)から、その親本の青表紙本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、他の後人の筆は除いたものである。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「花の宴」

  きさらきのはつかあまり南殿のさくら
  の宴せさせ給后春宮の御つほね左右
  にしてまうのほり給弘徽殿の女御中宮の
  かくておはするをおりふしことにやすからす
  おほせと物見にはえすくし給はてまいり給
  日いとよくはれてそらのけしきとりのこゑも
  心地よけなるにみこたちかむたちめよりはし
  めてその道のはみなたむゐんたまはりて」1オ

  ふみつくり給宰相中将春といふもし
  たまはれりとのたまふこゑさへれいの人に
  ことなりつきに頭中将人のめうつしも
  たゝならすおほゆへかめれといとめやすくも
  てしつめてこはつかひなともの/\しくすく
  れたりさての人/\はみなおくしかちにはな
  しろめるおほかり地下の人はましてみかと
  春宮の御さえかしこくすくれておはし」1ウ

  ますかゝる方にやむことなき人おほくもの
  し給ころなるにはつかしくはる/\とくも
  りなき庭にたちいつるほとはしたなくて
  やすきことなれとくるしけ也年おいたるはかせ
  とものなりあやしくやつれてれいなれたるも
  あはれにさま/\御覧するなむおかしかりける
  かくともなとはさらにもいはすとゝのへさせ給へり
  やう/\いり日になるほとはるのうくひすさへつると」2オ

  いふまひいとおもしろく見ゆるに源氏の御
  もみちの賀のおりおほしいてられて春宮
  かさしたまはせてせちにせめのたまはするに
  のかれかたくてたちてのとかにそてかへす所を
  ひとをれけしき許まひたまへるにゝるへき
  物なく見ゆ左のおとゝうらめしさもわすれて
  なみたおとし給頭中将いつらをそしとあれは
  柳花苑といふまひをこれはいますこし」2ウ

  すくしてかゝることもやと心つかひやしけむ
  いとおもしろけれは御そたまはりていとめ
  つらしきことに人おもへりかむたちめみなみ
  たれてまひたまへと夜にいりてはことにけ
  ちめも見えすふみなとかうするにも源
  氏のきみの御をはかうしもえよみやらす
  句ことにすしのゝしるはかせともの心にも
  いみしうおもへりかうやうのおりにもまつこの」3オ

  きみをひかりにしたまへれはみかともいかてか
  をろかにおほされむ中宮御めのとまるに
  つけて春宮の女御のあなかちにゝくみ
  給らんもあやしうわかゝうおもふも心うし
【付箋01】-「おもはしと思ふも物をおもふなり/思はしとたにおもはしやなそ」
  とそみつからおほしかへされける
    おほかたに花のすかたを見ましかは
  つゆも心のをかれましやは御心のうちなり
  けむこといかてもりにけん
  夜いたうふけてなむことはてける」3ウ

  かむたちめをの/\あかれきさき春宮かへらせ
  給ぬれはのとやかになりぬるに月いとあかう
  さしいてゝおかしきを源氏のきみゑい心地に
  見すくしかたくおほえ給ひけれはうへの
  人/\もうちやすみてかやうにおもひかけぬ
  ほとにもしさりぬへきひまもやあるとふち
  つほわたりをわりなうしのひてうかゝひ
  ありけとかたらふへきとくちもさしてけれは」4オ

  うちなけきてなをあらしに徽殿のほ
  そとのにたちよりたまへれは三のくちあ
  きたり女御はうへの御つほねにやかてまう
  のほり給にけれは人すくなゝるけはひ也
  おくのくるゝともあきて人をともせす
  かやうにて世中のあやまちはするそかし
  と思てやおらのほりてのそき給人はみな
  ねたるへしいとわかうおかしけなるこゑの」4ウ

  なへての人とはきこえぬおほろ月よにゝる
【付箋02】-「てりもせすくもりもはてぬ春の夜に/おほろ月よにゝるものそなき」
  物そなきとうちすしてこなたさまにはく
  るものかいとうれしくてふとそてをとらへ
  給女おそろしとおもへるけしきにてあな
  むくつけこはたそとのたまへとなにかうとま
  しきとて
    ふかき夜のあはれをしるもいる月の
  おほろけならぬちきりとそ思とてやおら
  いたきおろしてとはをしたてつあさま」5オ

  しきにあきれたるさまいとなつかしうおか
  しけなりわなゝく/\こゝに人とのたまへと
  まろはみな人にゆるされたれはめしよせ
  たりともなんてうことかあらんたゝしのひ
  てこそとの給こゑにこの君なりけりときゝ
  さためていさゝかなくさめけりわひしとお
  わひしとおもへる物からなさけなくこわ/\し
  うは見えしとおもへりゑひ心地やれいならさ」5ウ

  りけんゆるさむことはくちをしきに女もわか
  うたをやきてつよき心もしらぬなるへし
  らうたしと見給にほとなくあけゆけは心
  あわたゝし女はましてさま/\におもひみ
  たれたるけしき也猶なのりし給へいかてか
  きこゆへきかうてやみなむとはさりともお
  ほされしとのたまへは
    うき身世にやかてきえなはたつねても
  草のはらをはとはしとや思といふさま」6オ

  えむになまめきたりことはりやきこえたか
  へたるもしかなとて
    いつれそとつゆのやとりをわかむまに
  こさゝかはらに風もこそふけわつらは
  しくおほすことならすはなにかつゝまむ
  もしすかい給かともいひあへす人/\をきさは
  きうへの御つほねにまいりちかふけしきとも
  しけくまよへはいとわりなくてあふきはかりを」6ウ

  しるしにとりかへていて給ぬきりつほには
  ひと/\おほくさふらひておとろきたるもあ
  れはかゝるをさもたゆみなき御しのひあり
  きかなとつきしろひつゝそらねをそしあへ
  るいり給ひてふし給へれとねいられすおか
  しかりつる人のさまかな女御の御をとうと
  たちにこそはあらめまたよになれぬは五六
  の君ならんかし帥宮の北のかた頭中将のすさめぬ」7オ

  四の君なとこそよしときゝしか中/\それなら
  ましかはいますこしおかしからまし六は春宮
  にたてまつらんと心さし給へるをいとおしうも
  あるへいかなわつらはしうたつねんほとも
  まきらはしさてたえなんとはおもはぬけ
  しきなりつるをいかなれはことかよはすへきさ
  まをゝしへすなりぬらんなとよろつに思も
  心のとまるなるへしかうやうなるにつけても」7ウ

  まつかのわたりのありさまのこよなうおくまりたる
  はやとありかたう思ひくらへられ給その日は
  後宴のことありてまきれくらし給つさう
  のことつかうまつり給昨日の事よりもなまめ
  かしうおもしろしふちつほはあかつきに
  まうのほり給にけりかのありあけいてやし
  ぬらむと心もそらにて思ひいたらぬくまなき
  よしきよこれみつをつけてうかゝはせ給けれは」8オ

  おまへよりまかて給けるほとにたゝいま北のちん
  よりかねてよりかくれたちて侍りつるくるまとも
  まかりいつる御方/\のさと人侍つる中に四位の
  少将右中弁なといそきいてゝをくりし侍つる
  や弘徽殿の御あかれならむと見たまへつる
  けしうはあらぬけはひともしるくてくるま
  みつはかり侍つときこゆるにもむねうちつふ
  れたまふいかにしていつれとしらんちゝおとゝ」8ウ

  なときゝてこと/\しうもてなさむもいかにそ
  やまた人のありさまよく見さためぬほとは
  わつらはしかるへしさりとてしらてあらむ
  はたいとくちおしかるへけれはいかにせまし
  とおほしわつらひてつく/\となかめふし給
  へりひめ君いかにつれ/\ならん日ころにな
  れはくしてやあらんとらうたくおほしやる
  かのしるしのあふきはさくらかさねにてこき/かたに」9オ

  かすめる月をかきて水にうつしたる心はへ
  めなれたれとゆへなつかしうもてならし
  たり草のはらをはといひしさまのみ心に
  かゝり給へは
    世にしらぬ心地こそすれありあけの
  月のゆくゑをそらにまかへてとかきつけ給
  てをきたまへりおほいとのにもひさしうな
  りにけるとおほせとわかきみも心くるしけれは」9ウ

  こしらへむとおほして二条院へおはしぬ見る
  まゝにいとうつくしけにおひなりてあい
  行つきらう/\しき心はへいとこと也あかぬ所
  なうわか御心のまゝにをしへなさむとお
  ほすにかなひぬへしおとこの御をしへなれは
  すこし人なれたることやましらむと思こ
  そうしろめたけれ日ころの御ものかたり御
  ことなとをしへくらしていて給をれいのと」10オ

  くちをしうおほせといまはいとようならは
  されてわりなくはしたひまつはさすおほい
  殿にはれいのふともたいめんし給はす
  つれ/\とよろつおほしめくらされてさうの
  御ことまさくりてやはらかにぬる(る+夜)はなくて
  うたひ給おとゝわたり給てひと日のけうあり
  しこときこ江給こゝらのよはひにてめいわ
  うの御世四代をなむ見侍ぬれとこのたひの」10ウ

  やうにふみともきやうさくにまひかく物の
  ねともとゝのほりてよはひのふることなむ侍
  らさりつるみち/\のものゝ上手ともおほかる
  ころをひくはしうしろしめしとゝのへ
  させたまへるけ也おきなもほと/\まひいてぬ
  へき心地なむし侍しときこえ給へはことに
  とゝのへをこなふことも侍らすたゝおほやけこ
  とにそしうなる物のしともをこゝかしこに」11オ

  たつね侍し也よろつのことよりは柳花苑
  まことにこうたいのれいともなりぬへく見給へ
  しにましてさかゆくはるにたちいてさせたま
【付箋03】-「今こそあれわれも昔はおとこ山/さか行時もありし物を」
  へらましかは世のめんほくにや侍らまし
  ときこ江給弁中将なとまいりあひてかうら
  んにせなかをしつゝとり/\にものゝねとも
  しらへあはせてあそひ給いとおもしろし
  かのありあけのきみははかなかりしゆめを」11ウ

  おほしいてゝいと物なけかしうなかめたまふ
  春宮にはう月許とおほしさためたれは
  いとわりなうおほしみたれたるをおとこも
  たつねたまはむにあとはかなくはあらねと
  いつれともしらてことにゆるしたまはぬあ
  たりにかゝつらはむも人わるく思わつらひ
  給にやよひの廿よ日右大殿のゆみのけちに
  かむたちめみこたちおほくつとへたまひて」12オ

  やかてふちの宴し給花さかりはすきにたる
  をほかのちりなむとやをしへられたりけん
【付箋04】-「みる人もなき山里の桜はな/ほかのちりなむ後そさかまし」
  をくれてさくさくらふた木そいとおもしろ
  きあたらしうつくり給へる殿を宮たちの
  御裳きの日みかきしつらはれたりはな/\と
  ものし給とのゝやうにてなにこともいまめかし
  うもてなし給へり源氏の君にもひとひ
  内にて御たいめんのついてにきこえ給しかと」12ウ

  おはせねはくちおしうものゝはえなしとお
  ほして御この四位少将をたてまつり給
    わかやとの花しなへてのいろならは
  なにかはさらに君をまたまし
  内におはするほとにてうへにそうし給
  したりかほなりやとわらはせ給てわさと
  あめ(め+る)をはやうものせよかし女みこたち
  なともおいゝつるところなれはなへての」13オ

  さまには思ふましきをなとのたまはす
  御よそひなとひきつくろひ給ていたう
  くるゝほとにまたれてそわたり給さくらの
  からのきの御なをしえひそめのしたかさね
  しりいとなかくひきてみな人はうへのきぬ
  なるにあされたるおほきみすかたのなま
  めきたるにていつかれいりたまへる御さま
  けにいとことなり花のにほひもけをさ」13ウ

  れて中/\ことさましになんあそひなといと
  おもしろうし給て夜すこしふけゆく
  ほとに源氏のきみいたくゑいなやめるさ
  まにもてなし給てまきれたちたまひぬ
  しむてんに女一宮女三宮のおはします
  ひんかしのとくちにおはしてよりゐたま
  へりふちはこなたのつまにあたりて
  あれはみかうしともあけわたして人/\」14オ

  いてゐたりそてくちなとたうかのおりおほ
  えてことさらめきもていてたるをふさ
  わしからすとまつふちつほわたりおほ
  しいてらるなやましきにいといたうしひ
  られてわひにて侍りかしこけれとこのお
  まへにこそはかけにもかくさせたまはめ
  とてつまとのみすをひきゝたまへはあな
  わつらはしよからぬ人こそやむことなき」14ウ

  ゆかりはかこち侍なれといふけしきを見給
  におも/\しうはあらねとをしなへての
  わかうとゝもにはあらすあてにおかしき
  けはひしるしそらたき物いとけふたう
  くゆりてきぬのをとなひいとはなやかに
  ふるまひなして心にくゝおくまりたる
  けはひはたちをくれいまめかしきこと
  をこのみたるわたりにてやむことなき」15オ

  御方/\もの見たまふとてこのとくちはしめ
  給へるなるへしさしもあるましきこと
  なれとさすかにおかしうおもほされて
  いつれならむとむねうちつふれてあふき
  をとられてからきめを見る
うちおほ
  とけたるこゑにいひなしてよりゐたまへり
  あやしくもさまかへけるこまうとかなといら
  ふるは心しらぬにやあらんいらへはせて」15ウ

  たゝ時/\うちなけくけはひする方によりかゝ
  りて木丁こしにてをとらへて
    あつさゆみいるさの山にまとふ哉
    ほの見し月のかけや見ゆると
  なにゆへかとをしあてにのたまふをえし
  のはぬなるへし
    心いる方ならませはゆみはりの
  月なきそらにまよはましやはといふこゑ
  たゝそれ也いとうれしきものから」16オ

(白紙)」16ウ

【奥入01】なをあらしに詞 万葉集第七
     黙然不有 なをあらしと事なしくさにいふ事ウ
           きゝしれはすくなかりけり(戻)
【奥入02】貫河律
     ぬ支可波乃世々乃や波良多末久良
     や波良加尓 ぬ留与波名久天 於也左
     久留川末於や左久留川末波末之天留
     波之 之加左良波也波支乃伊知尓久川
     加比尓加牟 久川加波々 千加伊乃保曽之支乎」17オ

     可戸 左之波支天 宇波毛と利支天
     美や知加与波牟(戻)
【奥入03】石川呂
     伊之加波の己末宇と尓於比乎と良礼天
     可良支久以須留 己比須留
     伊可奈留以可奈留於比曽波奈多の於比の
     奈可波多伊礼太留加可也留可あ也留加
     奈可波太伊礼太留可(戻)」17ウ

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