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Last updated 11/18/2006(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  


《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「あふひ」(題箋)

  世の中かはりて後よろつものうく
0001【世の中かはりて後】-桐壺御門御位を東宮朱雀院へゆつり給ふ事をいへり
0002【ものうくおほされ】-薄ー院ニ副給ふ
  おほされ・御身のやむことなさもそふ
0003【御身のやむことなさ】-大将成
  にや・かる/\しき御しのひありきも・
  つゝましうて・こゝもかしこも・おほつ
0004【こゝも】-爰
  かなさのなけきをかさね給ふむく
0005【むくひ】-\<朱合点> 酬
  ひにや・なをわれにつれなき人の御
0006【われにつれなき】-古今我を思ふ人をおもはぬ(古今1041・古今六帖2133、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0007【人】-薄
  心をつきせすのみおほしなけく・今
  はましてひまなうたゝ人のやうにて・
  そひおはしますを・いまきさきは
0008【いまきさき】-弘キ殿女御を申
  心やましうおほすにや・うちにのみさ」1オ
  ふらひ給へは・たちならふ人なう・心や
0009【心やすけなり】-桐
  すけなり・おりふしにしたかひては・
  御あそひなとを・このましう世のひゝ
  くはかりせさせ給つゝ・今の御ありさま
  しもめてたし・たゝ春宮をそいと
0010【春宮】-冷 立太子不見
  こひしう思ひきこえ給・御うしろみ
  のなきをうしろめたうおもひきこえ
  て・大将の君によろつきこえつけ
0011【大将の君】-参議
  給ふも・かたはらいたきものからうれし
  とおほす・まことやかの六条のみやす所」1ウ
  の御はらの・せむ坊のひめ君・さい宮に
0012【せむ坊】-さきの春宮なる人を申
  ゐ給にしかは・大将の御心はへもいとた
  のもしけなきをゝさなき御有さまの
  うしろめたさにことつけて・くたりや
  しなましとかねてよりおほしけり・
  院にもかゝることなむときこしめして・
  こ宮のいとやむことなくおほし・とき
0013【こ宮】-前坊事
0014【ときめかし】-御息所事
  めかしたまひしものを・かる/\しう
  をしなへたるさまに・もてなすなるか・
  いとおしきこと・斎宮をも・このみこ」2オ
0015【斎宮】-秋好
  たちのつらになむおもへは・いつかたに
  つけても・おろかならさらむこそよから
  め・心のすさひにまかせて・かくすき
  わさするは・いとよのもとき・おひぬへき
  こと也なと・御けしきあしけれは・わか
0016【御けしき】-源氏
  御こゝちにも・けにとおもひしらるれは
  かしこまりて・さふらひ給・人のため・
0017【人のため】-桐詞
  はちかましき事なく・いつれをもな
  たらかに・もてなして・女のうらみな
  おひそとの給はするにもけしからぬ心の」2ウ
0018【けしからぬ心】-源ノ心中
  おほけなさを・きこしめしつけたらむ
  ときと・おそろしけれは・かしこまりて
  まかて給ぬ・又かく院にもきこしめし
  のたまはするに・人の御名も・我ためも・
  すきかましういとおしきにいとゝ・や
  むことなく心くるしきすちには・思き
  こえ給へと・またあらはれては・わさと
  もてなしきこえ給はす・女もにけなき
  御としのほとを・はつかしうおほして・
0019【御としのほと】-御息廿九 源廿一
  心とけ給はぬけしきなれは・それにつゝみ」3オ
  たるさまにもてなして・院にきこしめし
  いれ・世中の人もしらぬなくなりにた
  るを・ふかうしもあらぬ御心の程を・
  いみしうおほしなけきけり・かゝる事を
  きゝ給にも・あさかほのひめ君は・いかて人
0020【あさかほのひめ君】-桃園式部女
  ににしとふかうおほせは・ゝかなきさまな
  りし御返なとも・おさ/\なし・さりとて
  人にくゝ・はしたなくはもてなし給はぬ・
  御けしきを・君も猶こと也とおほしわたる・
0021【君も】-源氏
  おほ殿にはかくのみ・さためなき御心を心」3ウ
0022【おほ殿】-葵上
  つきなしとおほせと・あまりつゝまぬ御
  けしきの・いふかひなけれはにやあらむ
  ふかうも・えしきこえ給はす・心くるしき
0023【心くるしきさま】-葵上懐妊五ケ月ニアタル
  さまの御心ちになやみ給て・物心ほそ
  けに・おほいたり・めつらしくあはれとお
  もひきこえ給・たれも/\うれしきもの
  から・ゆゝしうおほして・さま/\の御つゝ
  しみせさせたてまつり給・かやうなる程に・
  いとゝ御心のいとまなくて・おほしおこたる
  とはなけれと・とたえおほかるへし・その」4オ
0024【とたえおほかるへし】-去年譲国後入初斎院是ハ二度御禊也初度去年アルヘシ
  ころ斎院・もおりゐ給て・きさきはし(し$ら<朱>)の
  女三の宮ゐ給ぬ・みかときさきとことに
0025【女三の宮】-桐女
  おもひきこえ給へる宮なれは・すちことに
0026【すちことに】-神人ニ
  なり給を・いとくるしうおほしたれと・
  こと宮たちのさるへきおはせす・きし
  きなと・つねのかむわさなれと・いかめしう
0027【かむわさ】-神
  のゝしる・まつりのほとかきりあるおほや
  けことに・そふことおほく・見ところこよ
  なし・人からと見えたり・こけいの日・上
0028【こけいの日】-斎院の御はらへをいへり
  達部なと・かすさたまりてつかうま」4ウ
0029【かすさたまりて】-初度ニワ四月祭以前吉日ニアリ恒例ニワ午日也祭ヨリサキ也爰ハ二度也 御禊勅使大納言中納言各一人参議四人四位五位各四人延喜式
  つり給わさなれと・おほえことにかたちある
  かきりしたかさねの色・うへのはかまの
0030【したかさね】-公卿染装束
  もむ・むまくらまて・みなとゝのへたり・
0031【くら】-唐鞍或倭
  とりわきたるせむしにて・大将の君
  もつかうまつり給・かねてより物見車
0032【つかうまつり給】-大将供奉例貞観三源朝臣定
  心つかひしけり・一条のおほち所なく・むく
  つけきまてさはきたり・所/\の御さ
  しき・心/\にしつくしたるしつらひ人
  の袖くちさへいみしき見ものなり・
  大殿には・かやうの御ありきも・おさ/\し」5オ
  給はぬに・御心ちさへなやましけれは・
  おほしかけさりけるを・わかき人々いてや
  をのかとち・ひきしのひて・見侍らむこそ・はへ
  なかるへけれ・おほよそ人たに・けふのもの
  見には・大将殿をこそは・あやしき山かつ
  さへみたてまつらんとすなれ・とをきくに
  くによりめこを・ひきくしつゝも・まうて
  くなるを御らむせぬは・いとあまりも侍
  かなといふを・大宮きこしめして・御こゝちも
0033【大宮】-母
  よろしきひま也・さふらふ人々も・さう/\し」5ウ
  けなめりとて・にはかに・めくらしおほせ給
  て見給・日たけ行て・きしきも・わさとなら
  ぬさまにて・いてたまへりひまもなうたち
  わたりたるに・よそをしう・ひきつゝきて・
  たちわつらふ・(ふ+よき<朱>)女房車おほくて・さふ/\
0034【たちわつらふ】-車事
0035【さふ/\の人】-雑人
  の人なきひまをおもひさためて・みなさし
  のけさする中に・あんしろのすこしな
0036【なれたる】-古
  れたるか・したすたれのさまなと・よしはめる
  にいたうひきいりて・ほのかなる袖くち・も
  のすそ・かさみなと・ものゝ色いときよら(△&ら)にて・」6オ
0037【かさみ】-わらハのうへにきるきぬ也
  ことさらにやつれたるけはひ・しるく見ゆる
  車ふたつあり・これはさらにさやうにさし
  のけなとすへき・御車にもあらすと・
  くちこはくて・手ふれさせす・いつかた(た+に)も・
  わかき物ともゑひすき・たちさはき
  たるほとの事はえしたゝめあへす・おと
  な/\しき・こせむの人々は・かくななと
  いへとえとゝめあへす・さい宮の御はゝみや
  す所ものおほしみたるゝなくさめにも
  やとしのひていてたまへる也けり・つれ」6ウ
  なしつくれと・をのつから見しりぬ・さは
  かりて(て#にて)は・さないはせそ・大将殿をそ・かう
0038【かうけ】-豪家
  けにはおもひきこゆらむなと・いふをその
  御かたの人もましれは・いとおしと見なから
  よういせむもわつらはしけれは・しらす
  かほをつくる・つゐに御車ともたてつゝけ
  つれは・人たまひのおくに・をしやられて・
0039【人たまひ】-しつしやの事也
  物もみえす・心やましきをはさる物にて・
  かゝるやつれを・それと・しられぬるか・いみ
  しうねたき事かきりなし・しちなとも・」7オ
0040【しち】-榻
  みなをしおられて・すゝろなる車のとう
0041【とう】-轂<ト>
  に・うちかけたれは・又なう人わろく・くや
  しうなにゝ・きつらんと・おもふにかひなし・もの
  も見てかへらんとしたまへと・とおりいてん
  ひまもなきに・ことなりぬといへは・さすかに
  つらき人の御まへわたりの・またるゝも
  心よはしやさゝのくまにたにあらねはにや・
0042【さゝのくまに】-\<朱合点> サヽノクマヒノクマ(ヒノクマ=和国)川ニ駒留テシハシ水カヘ(古今1080・万葉3111、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  つれなくすき給につけても・中/\御
  心つくしなり・けにつねよりも・この
  みとゝのへたる車ともの我も/\と・」7ウ
  のりこほれたるしたすたれのすきまと
  もゝ(ら&ゝ)さらぬかほなれと・ほをゑみつゝしり
  めにとゝめ給もあり・おほ殿のはしるけれは・
  まめたちてわたり給・御ともの人々う
  ちかしこまり心はへありつゝ・わたる
  を・ゝしけたれたるありさま・こよなう
  おほさる
    かけをのみみたらし河のつれなきに
0043【かけをのみ】-六条宮す所
  身のうきほとそいと(と+と<朱>)しらるゝと涙のこ
  ほるゝを・人のみるも・はしたなけれと・めも」8オ
0044【めもあやなる】-\<朱合点> うつくしき物の文を見るやうなる心也<右> 後拾遺紅葉ゝハにしきと見ゆときゝしかとめもあやにこそ今朝ハ成ぬれ俊頼(後拾遺1206) めもあやなき心也ちる事をいへり心かハる也<左>
  あやなる御さまかたちの・いとゝしういて
  はへを・見さらましかはとおほさる・ほと/\
  につけて・さうそく・人のありさまいみし
  く・とゝのへたりと見ゆるなかにも・上達部
  は・いとことなるを・ひと所の御ひかりには・
  をしけたれためり・大将の御かりのすい
0045【御かりのすいしん】-かりそめにもちいる随身也なをある事也
  しんに・殿上のそうなとのすることは・つねの
  ことにもあらすめつらしき行幸なとの
  おりのわさなるを・けふは右近のくら人の
0046【くら人のそう】-蔵人将監をそうといふ也
  そう・つかうまつれり・さらぬみすいしん」8ウ
  ともも・かたちすかたまはゆく・とゝのへて・
  世にもてかしつかれ給へるさま・木
  草もなひかぬはあるましけなり・つほ
  さうそくなといふすかたにて・女はうのいや
0047【女はう】-達心也
  しからぬや又あまなとの世をそむき
  けるなとも・たうれまとひつゝ・物見に
  いてたるも・れいはあなかちなりや・あなに
  くと見ゆるに・けふはことはりに・くちうち
  すけみて・かみきこめたる・あやしの
  ものともの・手をつくりて・ひたいにあて」9オ
0048【手をつくりてひたいにあて】-宋朝ニ司馬相如トいひし君子ノ洛中ニいりし時ハ是を見る物てを額ニクワフト云事通鑑ト云ニアリ
  つゝ・見たてまつりあけたるも・おこかま
  しけなるしつのおまて・をのかかほの
  ならむさまをはしらて・ゑみさかへたり・
  なにとも見いれ給ましき・ゑせす両
0049【両】-領
  のむすめなとさへ・心のかきりつくしたる・
  車ともに・のりさま・ことさらひ・心け
  さうしたるなむおかしき・やう/\の・見
  ものなりける・ましてこゝかしこに・うち
  しのひてかよひ給所/\は・人しれすのみ
  かすならぬなけきまさるもおほかり・」9ウ
  式部卿の宮・さしきにてそみたまひける・
0050【式部卿の宮】-朝父
0051【さしき】-桟敷
  いとまはゆきまて・ねひゆく人のか
0052【いとまはゆきまて】-式部卿心
0053【人】-源
  たちかな・神なとは・めもこそとめ給へと・
  ゆゝしくおほしたり・ひめ君は・としころ
0054【ひめ君】-槿
  きこえわたり給・御心はへの・よの人にゝぬ
  を・なのめならむにてたにあり・まして
  かうしも・いかてと御心とまりけり・いとゝ
  ちかくて見えむまてはおほしよらす・
  わかき人々はきゝにくきまてめて
  きこえあへり・まつりの日は・おほ殿には」10オ
  ものみ給はす・大将の君かの御車の所
  あらそひを・まねひきこゆる人あり
  けれは・いと/\おしう・うしと・おほして・
  なをあたらをもりかに・おはする人の・も
  のになさけをくれ・すく/\しき所つ
  き給へるあまりに・身つからは・さしも
  おほさゝりけめとも・かゝるなからひは・なさけ
  かはすへき物ともおほいたらぬ御をきて
  にしたかひて・つき/\よからぬ人のせさ
  せたるならむかし・みやす所は心はせの(の+いと)」10ウ
  はつかしく・よしありておはする物を・
  いかにおほしうむしにけんと・いとおしくて(△&て)
0055【うむし】-慍<ウレヘ>
  まうて給へりけれと・さい宮のまた本
0056【さい宮】-秋
  の宮におはしませは・さかきのはゝかりに・
  ことつけて心やすくも・たいめむした
  まはす・ことはりとはおほしなから・なそや
  かく・かたみにそは/\しからて・おはせかしと・
  うちつふやかれ給・けふは二条院に・はな
  れおはして・まつりみにいて給・にしの
  たいにわたり給て・これみつに車の」11オ
  事おほせたり・女房いてたつやと
  の給て・ひめ君のいとうつくしけに・つく
0057【ひめ君】-紫上
  ろいたてゝ・おはするを・うちゑみて・見たて
  まつり給・君はいさたまへ・もろともにみむ
0058【君は】-源氏御詞
  よとて・御くしのつねよりも・きよらに
  見ゆるを・かきなて給て・ひさしうそき
  給はさめるを・けふはよき日ならむかしとて・
  こよみのはかせめして・ときとはせなとし
  給ほとに・まつ女房いてねとて・わらはの
  すかたともの・おかしけなるを・御らむすいと・」11ウ
  らうたけなるかみとものすそ・はなやか
  にそきわたして・うきもむのうへのはかま
0059【うきもむのうへのはかま】-わらハはれの時うちはかまのうへにうへのはかまをきる也紋巣ニ霰也
  に・かゝれるほとけさやかにみゆ・君の御
  くしは・われそかむとて・うたて所せうも
  あるかな・いかにおひやらむとすらむと・そき
  わつらひ給・いとなかき人も・ひたいかみは・す
  こしみしかうそあめるを・むけにをくれ
  たるすちのなきや・あまりなさけな
  からむとて・そきはてゝ・ちひろといはひき
  こえ給を・少納言・あはれにかたしけなしと」12オ
  見たてまつる
    はかりなきちひろのそこのみるふさの
0060【はかりなき】-源氏
  おひゆくすゑはわれのみそみむときこえ
  たまへは
    ちひろともいかてかしらむさためなく
0061【ちひろとも】-紫上
  みちひるしほのゝとけからぬにと・ものにか
  きつけておはするさま・らう/\しき
  物から・わかうおかしきを・めてたしとお
  ほす・けふも所もなくたちにけり・むま
0062【むまはのおとゝのほとに】-左近馬場にある屋かた也中将の着する所也一条大宮大内東ツラ也
  はのおとゝのほとに・たてわつらひて・かむ」12ウ
  たちめの車ともおほくて・ものさはかしけ
  なるわたりかなと・やすらひ給に・よろし
  き女車の・いたうのりこほれたるより・
  あふきをさしいてゝ人をまねきよせ
  て・こゝにやはたゝせ給はぬ・所さりき
  こえむときこえたり・いかなるすき物
  ならむとおほされて・所もけによき
  わたりなれは・ひきよせさせ給て・いかて
  え給へる所そと・ねたさになんとのた
  まへは・よしあるあふきのつまをおりて」13オ
    はかなしや人のかさせるあふひゆへ
0063【はかなしや】-源内侍
0064【人のかさせる】-源与紫同車
  神のゆるしのけふをまちけるしめの
0065【しめのうちには】-\<朱合点>
  うちにはとある・てをおほしいつれは・
  かの内侍のすけなりけり・あさましう
  ふりかたくも・いまめくかなと・にくさに・
  はしたなう
    かさしけるこゝろそあたにおもほゆる
0066【かさしける】-源氏返し
  やそうち人になへてあふひを女はつら
  しと思きこえけり
    くやしくもかさしけるかななのみして人」13ウ
0067【くやしくも】-源内侍
  たのめなる草葉はかりをときこゆ・人と
  あひのりて・すたれをたに・あけ給はぬ
  を・心やましうおもふ人おほかり・一日の
  御ありさまの・うるはしかりしに・けふ
  うちみたれてありき給かし・たれならむ
  のりならふ人けしうはあらしはやと・
  をしはかりきこゆ・いとましからぬ・か
  さしあらそひかなと・さう/\しくおほ
  せと・かやうにいとおもなからぬ人はた・人(△&人)
0068【はた】-又也
  あひのり給へるに・つゝまれて・はかなき」14オ
  御いらへも・心やすくきこえんも・まは
  ゆしかし・みやす所は・物をおほしみた
  るゝ事・としころよりも・おほく
  そひにけり・つらきかたにおもひはて
  給へと・いまはとて・ふりはなれ・くたり
  たまひなむは・いと心ほそかりぬへく・
  よの人きゝも・人わらへにならんことゝ
  おほすさりとてたちとまるへく
  おほしなるには・かくこよなきさまに・
  みな思ひくたすへかめに(に$る<朱>)も・やすからす・」14ウ
  つりするあまのうけなれやと・おきふし
0069【つりするあまのうけなれや】-\<朱合点> 古今<墨>いせの海に釣するあまのうけなれや心ひとつをさためかねつる<朱>(古今509・古今六帖3011、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  おほしわつらふけにや御心ちもうきたるやうに
0070【うき】-泛子
  おほされて・なやましうし給・大将殿にはく
  たり給はむ事を・もてはなれてあるし(し#)ましき
  ことなとも・さまたけきこえ給はす・かすなら
  ぬ身を・みまうくおほしすてむも・ことはりな
  れと・いまは猶いふかひなきにても・御らんしはて
  むや・あさからぬには・あらんときこゆ(ゆ$え<朱>)・かゝつらひ給へ
  は・さためかねたまへる御心もやなくさむと・たち
  いて給へりし・みそき河の・あらかりしせに・いとゝ」15オ
  よろつ・いとうくおほしいれたり・大殿には・御ものゝ
0071【御ものゝけめきて】-葵上
  けめきて・いたうわつらひ給へは・たれも/\おほし
  なけくに・御ありきなとひむなき比なれは・二条
  院にも・とき/\そわたり給・さはいへと・やむことなき
  かたはことに思きこえたまへる人の・めつらしき
  事さへ・そひ給へる御なやみなれは・心くるしう
  おほしなけきて・みすほうやなにやなと・わか
  御かたにて・おほく・おこなわせ給ふ・ものゝけいきす
  たまなといふものおほくいてきて・さま/\のな
  のりする中に・人にさらにうつらす・たゝ身つから」15ウ
  の御身に・つとそひたるさまにて・ことにお
  とろ/\しう・わつらはし・きこゆるこ
  ともなけれと・又かたとき・はなるゝおり
  もなき物・ひとつあり・いみしきけんさ
  ともにも・したかはす・しうねきけしき
  おほろけのものにあらすとみえたり・大将
  の君の御かよひ所・こゝかしことおほし
  あつるに・このみやす所・二条の君なと
0072【二条の君】-紫上
  はかりこそは・をしなへてのさまには・おほし
  たらさめれは・うらみの心も・ふかゝらめと・」16オ
  さゝめきて・ものなととはせ給へと・さして
  きこえあつることもなし・ものゝけとても・
  わさとふかき御かたきと・きこゆるも
  なし・すきにける(り&る)御めのとたつ人・もしは
  おやの御かたにつけつゝ・つたはりたる
  ものゝよはめに・いてきたるなと・むね/\
  しからすそみたれあらはるゝ・たゝ
  つく/\とねをのみなき給て・おり/\
  はむねをせきあけつゝ・いみしうたへ
  かたけに・まとふわさをし給へは・いかにおはす」16ウ
  へきにかとゆゝしうかなしくおほしあ
  はてたり・院よりも御とふらひひまなく・
0073【院よりも】-桐
  御いのりのことまておほしよらせ給さ
  まの・かたしけなきにつけても・いとゝおし
  けなる人の御身也・世の中あまねく
  おしみきこゆるを・きゝ給にも・みやす
  所はたゝならすおほさる・としころはいと
  かくしもあらさりし御いとみ心を・は
  かなかりし所の車あらそひに人の御心
  のうこきにけるを・かのとのには・さまても」17オ
  おほしよらさりけり・かゝる御物おもひの
0074【かゝる御物おもひ】-御息
  みたれに・御心ち猶れいならすのみおほ
  さるれは・ほかにわたり給て・みすほうな
0075【ほかにわたり給て】-神事殿
  とせさせ給・大将殿きゝ給て・いかなる御心ち
  にかと・いとおしうおほしをこしてわたり
  給へり・れいならぬたひ所なれは・いたうし
  のひ給・心よりほかなるおこたりなと・つ
0076【心よりほかなる】-源
  みゆるされぬへくきこえつゝけ給て・
  なやみ給人の御ありさまも・うれへきこえ
  給・身つからはさしも思いれ侍らねと・」17ウ
  おやたちのいとこと/\しう・おもひまとはるゝ
  か心くるしさに・かゝるほとをみすくさむ
  とてなむ・よろつを・おほしのとめたる御心
  ならは・いとうれしうなむなと・かたらひきこ
  え給・つねよりも心くるしけなる御けしき
  を・ことはりに・あはれにみたてまつり給・うち
0077【うちとけぬ】-平心
  とけぬあさほらけにいて給・御さまのおかし
0078【いて給】-源
0079【御さま】-御息所心
  きにも・猶ふりはなれなむ事は・おほし
  かへさる・やむことなきかたに・いとゝ心さしそひ
0080【やむことなきかたに】-葵
  給へきこともいてきにたれは・ひとつかたに」18オ
  おほししつまり給なむを・かやうに(に+待<朱>)き
  こえつゝあらむも・心のみつきぬへき事・
  中/\もの思のおとろかさるゝ心ちし給
  に・御ふみはかりそくれつかたある・日ころす
0081【御ふみ】-源
0082【日ころ】-源文詞
  こしおこたるさまなりつる・心ちのにはかに
  いといたう・くるしけに侍るを・えひきよ
  かてなむとあるを・れいのことつけと・見
0083【れいの】-御息ノ
  たまふ物から
    袖ぬるゝ恋ちとかつはしりなからおり
0084【袖ぬるゝ】-宮す所
  たつたこの身つからそうき山の井の水」18ウ
0085【山の井の水】-\<朱合点> くやしくそくみ初てけるあさけれハ袖のみぬるゝ山の井の水<朱>(古今六帖、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  も・ことはりにとそある・御てはなをこゝらの人の
  中に・すくれたりかしと見給ひつゝ・いかに
  そやもある世かな心もかたちも・とり/\にすつ
  へくもなく・又おもひさたむへきもなきを・くる
  しうおほさる御かへりいと・くらうなりにたれと・袖のみ
  ぬるゝや・いかにふかゝらぬ・御事になむ
    あさみにや人はおりたつわかかたは
0086【あさみにや】-源氏返し
  身もそほつまてふかき恋ちをおほろ
  けにてや・この御かへりをみつからきこえさ
  せぬなとあり・おほ殿には・御ものゝけいたうお」19オ
0087【おほ殿】-葵上
  こりて・いみしうわつらひ給・この御いきすたま・
  こちゝおとゝの御らうなといふものありときゝ給
0088【こちゝおとゝ】-御息
0089【御らう】-死霊
  につけて・おほしつゝくれは・身ひとつのうきな
0090【おほしつゝくれは】-御息
  けきよりほかに・人をあしかれなとおもふ
  心もなけれと・物おもひにあくかるなる・たましゐ
  はさもやあらむとおほししらるゝこともあり・と
  しころよろつに思ひのこすことなく・す
  くしつれと・かうしも・くたけぬを・はかなき
  事のおりに・人のおもひけちなきものに・
  もてなすさまなりし・みそきの後・一ふ」19ウ
  しに・おほし・うかれにし心・しつまりかたうおほ
  さるゝけにや・すこし・うちまとろみ給夢
  には・かのひめ君とおほしき人のいときよらにて・
  ある所に・いきて・とかくひきまさくり・うつゝ
0091【いきてとかくひきまさくり】-たけ/\しき心也
  にもにす・たけく・いかき・ひたふる心いてきて・
0092【いかき】-辛労
  うち・かなくるなと・見え給事たひかさなり
  にけり・あな心うやけに・身をすてゝや・いに
0093【身をすてゝやいにけむ】-\<朱合点> 身ヲ捨テイニヤシニケン思フヨリ外ナルモノハ心ナリケリ躬恒(古今977・躬恒集303、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  けむと・うつし心ならすおほえ給・おり/\
0094【うつし心】-現 梅の花木つたひちらす鴬ノうつし心もわかおもハなくに(古今六帖4211、河海抄・休聞抄・孟津抄)
  もあれは・さならぬ事たに人の御ためには・
  よさまのことをしも・いひいてぬ世なれは・」20オ
  ましてこれは・いとよういひなしつへきたよ
  りなりとおほすに・いとなたゝ(ゝ$た<朱>)しう・ひたすら世
  に・なくなりて後に・うらみのこすは・よのつねの
  こと也・それたに人のうへにては・つみふかうゆゝ
  しきを・うつゝの我身なから・さるうとましき
  ことを・いひつけらるゝ・すくせのうきこと
  すへて・つれなき人に・いかて心もかけきこえ
  しと・おほしかへせと・おもふも物をなり・さい
0095【おもふも物をなり】-\<朱合点> おもわしとおもふも物をおもふ也おもわしとたにおもハしやなそ(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  宮は・こそうちにいり給へかりしを・さま/\
  さはる事ありて・この秋入給・九月にはやかて」20ウ
  のゝ宮に・うつろひ給へけれは・ふたゝひの御はらへ
  の・いそきとりかさねて・あるへきに・たゝあや
  しう・ほけ/\しうて・つく/\とふしなやみ
  給を・宮人いみしきたいしにて・御いのりなと・
0096【たいし】-大事
  さま/\つかうまつる・おとろ/\しきさまに
  はあらす・そこはかとなくて・月日をすくし
  給・大将殿も・つねにとふらひきこえ給
  へと・まさるかたのいたうわつらひ給へは・御心のいとま
0097【まさるかた】-葵上
  なけなり・またさるへきほとにも・あらすと・
  みな人もたゆみ給へるに・にはかに御けしき」21オ
  ありて・なやみ給へは・いとゝしき御いのりかすをつ
  くしてせさせ給へれと・れいのしうねき
  御ものゝけ・ひとつさらに・うこかす・やむこと
  なきけむさとも・めつらか也と・もてなやむ・
  さすかに(に+いみしう<朱>)てうせられて・心くるしけに・なき
0098【てうせ】-調
  わひて・すこしゆるへ給へや・大将にきこ
  ゆへき事ありとのたまふ・されはよ・ある
  やうあらんとて・ちかき御き丁のもとに・い
  れたてまつりたり・むけにかきりのさ
  まにものし給を・きこえをかまほし」21ウ
  きことも・おはするにやとて・おとゝも宮も・すこし
  し(し+り<朱>)そき給へり・かちのそうともこゑしつめて・
  法花経をよみたる・いみしうたうとし・み
  き丁のかたひらひきあけてみたてまつり
  給へは・いとおかしけにて・御はらはいみしう・たかう
  てふし給へるさま・よそ人たに・見たてまつらむ
  に心みたれぬへし・ましておしうかなしう
  おほすことはり也・しろき御そに・色あひいと
  はなやかにて・御くしのいとなかうこちた
  きを・ひきゆひて・うちそへたるも・かうて」22オ
  こそらうたけになまめきたるかたそひ
  て・おかしかりけれとみゆ・御てをとらへて・あな
  いみし・心うきめを・みせ給かなとて・物もきこ
  え給はすなき給へは・れいはいとわつらはしう・
  はつかしけなる御まみを・いとたゆけに見
  あけて・うちまもりきこえ給に・涙のこほ
  るゝさまを見給は・いかゝあはれのあさからむ・あま
  りいたうなきたまへは・心くるしきおやたちの
  御事をおほし・又かく見給につけて・くちおしう
  おほえ給にやとおほして・なに事もいと」22ウ
  かうなおほしいれそ・さりとも・けしうはおは
  せし・いかなりとも・かならすあふせあなれは・
  たいめむはありなむ・おとゝ宮なとも・ふかき
0099【おとゝ宮】-父母
  契ある中は・めくりてもたえさなれは・あひ見
  るほとありなむとおほせと・なくさめ給に・いて
  あらすや・身のうへのいとくるしきを・しはしや
0100【身のうへのいとくるしき】-父母ノ深チキリモイラス先我身ノクルシキ也
  すめ給へときこえむとてなむ・かくまいり
0101【かくまいりこむ】-邪気
  こむとも・さらに思はぬを・物おもふ人のた
0102【物おもふ人のたましひはけにあくかるゝ】-後物おもへハさはの蛍も我身よりあくかれにける玉かとそみる(後拾遺1162、花鳥余情・一葉抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ましひは・けにあくかるゝ物になむありけると・
  なつかしけにいひて」23オ
    なけきわひ空にみたるゝわかたまを
0103【なけきわひ】-宮息所物ゝ気に入て
  むすひとゝめよしたかへのつまとの給こゑ・
0104【むすひとゝめよしたかへのつま】-玉ハみつ主ハ誰ともしらねとも結ひとゝめよしたかひの妻吉備誦文(袋草紙290、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  けはひその人にもあらす・かはりたまへり・
  いとあやしとおほしめくらすに・たゝかの
  みやす所也けり・あさましう人のとかく
  ゆふを・よからぬものとものいひいへ(へ$つ<朱>)ることも(△&も)・
  きゝにくゝおほしての給けつを・めに見す/\・
  世にはかゝる事こそはありけれと・うとましう
  なりぬあな心うとおほされて・かくの給
0105【かくの給へと】-源
  へとたれとこそしらね・たしかにの給へと・」23ウ
  の給へはたゝそれなる御ありさまにあさまし
  とはよのつね也・人々ちかうまいるもかたはら
  いたうおほさる・すこし御こゑもしつまり
  給へれは・ひまおはするにやとて・宮の御
  ゆもてよせ給へるに・かきおこされ給てほと
  なくうまれ給ぬ・うれしとおほす事か
0106【うまれ給ぬ】-夕霧誕生
  きりなきに・人にかりうつし給へる御ものゝ
  けとも・ねたかりまとふけはひいと物さは
  かしうて・のちのこと・又いと心もとなし・いふ
0107【のちのこと】-胞衣<エナ>
  かきりなきくわんともたてさせ給けに」24オ
  や・たいらかに事なりはてぬれは・山の
  さす・なにくれやむことなきそうとも・した
  りかほに・あせをしのこひつゝ・いそきまか
  てぬ・おほくの人の心をつくしつる・日ころの
  なこりすこしうちやすみて・今はさり
  ともとおほす・みすほうなとは・又/\はし
  めそへさせ給へと・まつはけうあり・めつら
0108【けう】-興
  しき御かしつきに・みな人ゆるへり・院
0109【御かしつき】-男子
  をはしめたてまつりて・みこたち・かむ
  たちめのこるなきうふやしなひとも」24ウ
  のめつらかに・いかめしきを夜ことにみのゝ
  しる・おとこにてさへおはすれは・そのほとの
  さほうにきはゝしくめてたし・かの宮す
  所はかゝる御ありさまをきゝ給てもたゝならす・
  かねてはいとあやうくきこえしを・たいら
  かにも・はたと・うちおほしけり・あやしう
  われにもあらぬ御心ちをおほしつゝくるに・
  御そなとも・たゝけしのかにしみかへりたる・
0110【御そ】-御息所
0111【けし】-芥子
  あやしさに・御ゆするまいり・御そきかへ
0112【御ゆする】-沐浴
  なとし給て・心え(え$み<朱>)たまへと・猶おなしやう」25オ
  にのみあれは・わか身なからたに・うとましうお
  ほさるゝに・まして人のいひおもはむことなと・
  人にの給へき事ならね(△&ね)は・心ひとつにおほし
  なけくに・いとゝ御心かはりもまさりゆく・大将
  殿は心ちすこしのとめ給て・あさましかりし
  ほとの・とはすかたりも心うくおほしいて
  られつゝ・いとほとへにけるも心くるしう・又けち
  かう見たてまつらむにはいかにそや・うたて
  おほゆへきを・人の御ためいとおしうよろつ
0113【御ため】-御息
  におほして・御ふみはかりそありける・いたうわ」25ウ
0114【わつらひ給し人】-葵上
  つらひ給し人の御なこりゆゝしう・心ゆるひ
  なけにたれもおほしたれは・ことはりにて御あ
  りきもなし・猶いとなやましけにのみ
  したまへは・れいのさまにても・またたいめん
0115【また】-源誰にも
  し給はす・わか君のいとゆゝしきまて見え
0116【わか君】-夕霧
  給御ありさまを・いまかう(う$ら<朱>)いとさまことに・もて
  かしつききこえ給さまおろかならす・こと
  あひたる心ちして・おとゝもうれしういみし
0117【おとゝ】-摂政
  とおもひきこえ給へるに・たゝこの御心ち
0118【御心ち】-葵上
  おこたりはて給はぬを・心もとなくおほせと・」26オ
  さはかりいみしかりしなこりにこそはとおほ
0119【いみしかりし】-難産
  して・いかてかは内(内$さ<朱>)のみは心をもまとはし給はん・
  わか君の御まみのうつくしさなとの・春宮
0120【わか君の】-源氏心
0121【春宮】-冷ー連枝の心ヲフクマセリ
  にいみしうにたてまつり給へるをみたて
  まつり給ても・まつこひしうおもひ出られ
  させ給に・しのひかたくて・まいり給はむと
0122【まいり】-源
  て・うちなとにも・あまりひさしうまいり
  侍らねは・いふせさにけふなむ・うひたちし
  侍を・すこしけちかきほとにてきこえ
  させはや・あまりおほつかなき御心のへたて」26ウ
  かなと・うらみきこえ給へれは・けにたゝひ
0123【うらみきこえ給へれは】-葵上
  とへに・えむにのみあるへき御中にもあらぬ
  を・いたうおとろへ給へりといひなから・もの
  こしにてなとあへきかはとてふし給へる所
  に・おましちかうまいりたれは・いりて物
  なときこえ給・御いらへ時々きこえ給も
  猶いとよはけ也・されとむけになき人とお
  もひきこえし御ありさまを・おほしいつ
  れは・夢の心ちしてゆゝしかりしほとの
  事ともなときこえ給ついてにも・かの」27オ
  むけにいきもたえたるやうにおはせしかひき
  かへしつふ/\とのたまひし事とも・おほし
  いつるに心うけれは・いさやきこえまほ
  しきこといとおほかれと・またいとたゆけ
  におほしためれはこそとて・御ゆまいれなと
  さへ・あつかひきこえ給を・いつならひ給
  けんと人々あはれかりきこゆ・いとおかしけ
  なる人のいたうよはりそこなはれて・あるか
  なきかのけしきにてふし給へるさま
  いとらうたけに心くるしけなり・御くしの」27ウ
  みたれたるすちもなく・はら/\とかゝれる枕の
  ほとありかたきまてみゆれは・としころなに
  ことをあかぬことありておもひつらむと・あや
  しきまてうちまも(も+ら<朱>)れ給・院なとにまい
  りていととうまかてなむ・かやうにておほ
  つかなからすみたてまつらはうれしかるへきを・
  宮のつとおはするに心ちなくやと・つゝ
  みてすくしつるもくるしきを・猶やう/\
  心つよくおほしなして・れいのおまし所に
  こそあさ(さ$ま<朱>)りわかくもてなし給へは・かたへは」28オ
  かくもものし給そなときこえをき給て・
  いときよけにうちさうそきていて給を・
0124【いて給を】-源
  つねよりはめとゝめて見いたしてふし給
0125【めとゝめて】-葵
  へり・秋のつかさめしあるへきさためにて・
0126【秋のつかさめし】-京官
  大殿もまいり給へは・君たちも・いたはり・の
0127【君たちも】-摂政子
0128【いたはり】-労
0129【のそみ給事】-官
  そみ給(て&給)事ともありて・とのゝ御あたりは
  なれ給はねは・みなひきつゝきいて給ぬ・
  とのゝうち人すくなにしめやかなるほとに・
  にはかにれいの御むねをせきあけて・
0130【にはかに】-葵上
  いといたうまとひ給・うちに御せうそこ」28ウ
  きこえ給ほともなく・たえいり給ぬ・あしを
  そらにて・たれも/\まかて給ぬれは・ちもく
0131【ちもく】-除目
  の夜なりけれと・かくわりなき御さはりなれ
  は・みな事やふれたるやう也・のゝしりさ
  はくほと夜中はかりなれは・山のさすなに
  くれのそうつたちも・えさうしあへ
  給はす・いまはさりともとおもひたゆみ
  たりつるに・あさましけれは・とのゝうちの
  人ものにそあたる・所/\の御とふらひの
  つかひなと・たちこみたれと・えきこえ」29オ
  つかす・ゆすりみちて・いみしき御心まとひ
0132【つかす】-不次
0133【ゆすり】-響
  ともいとおそろしきまて見え給・御ものゝけ
  のたひ/\とりいれたてまつりしをおほし
  て・御まくらなとも・さなから二三日みたて
  まつり給へと・やう/\かはり給ことゝもの
  あれは・かきりとおほしはつるほと・たれも/\
  いといみし・大将殿はかなしきことにことを
  そへて・世の中をいとうき物におほししみ
  ぬれは・たゝならぬ御あたりのとふらひとも
  も・心うしとのみそ・なへておほさるゝ・院に」29ウ
  おほしなけきとふらひきこえさせ給さま・
  かへりておもたゝしけなるを・うれしき
  を(を$せ<朱>)もましりて・おとゝは御涙のいとまなし・
  人の申すにしたかひて・いかめしきことゝ
  もを・いきやかへり給と・さま/\にのこる事
  なく・かつそこな(な+は)れ給事とものあるを・見
  る/\もつきせすおほしまとへと・かひなく
  て・日ころになれは・いかゝはせむとて・鳥へ
  野に・ゐてたてまつるほと・いみしけなる事
  おほかり・こなたかなたの御をくりの人」30オ
  とも・てら/\の念仏そうなと・そこらひ
  ろき野に所もなし・院をはさらにも
  申さす・きさいの宮春宮なとの御つかひ・
  さらぬ所/\のも・まいりちかひて・あかす
  いみしき御とふらひをきこえ給・おとゝは
  えたちあかり給はす・かゝるよはひのすゑ
  に・わかくさかりのこにをくれたてまつり
  てもこよふことゝはちなき給を・こゝらの
  人かなしうみたてまつる・夜もすからいみしう
  のゝしりつるきしきなれと・いともはかなき」30ウ
  御かはねはかりを御なこりにて・あか月ふか
  くかへり給・つねの事なれと・人ひとりか
  あまたしも見給はぬことなれはにや・たくひ
  なくおほしこかれたり・八月廿よ日の在明
  なれは・空もけしきも・あはれすくなから
  ぬに・おとゝのやみにくれまとひ給へるさま
  を見たまふも・ことはりにいみしけれは・空の
  みなかめられ給て
    のほりぬるけふりはそれとわかねとも
0134【のほりぬる】-源氏
  なへて雲ゐのあはれなる哉とのにおはし」31オ
  つきて・露まとろまれ給はす・としころの
  御ありさまをおほしいてつゝ・なとてつゐに
  は・をのつから・見なをし給てむと・のとかにお
  もひて・なをさりのすさひにつけても・つら
  しとおほえられたてまつりけむ・よをへて・
  うとくはつかしき物におもひて・すきはて
  給ぬるなと・くやしき事おほくおほし
  つゝけらるれとかひなし・にはめる御そたて
0135【にはめる御そ】-にふ色の事也
  まつれるも夢の心ちして・われさきたゝ
  ましかは・ふかくそ・そめ給はましとおほすさへ・」31ウ
    かきりあれはうすゝみ衣あさけれと
0136【かきりあれは】-源氏
  涙そ袖をふちとなしけるとてねむすし
  給へるさま・いとゝなまめかしさまさりて・
  経しのひやかによみ給つゝ・法かい三まいふ
  けん大しと・うちの給へる・おこなひなれたるほうし
  よりは・けなり・わか君を見たてまつり給に
0137【けなり】-勝
  も・なにゝ・しのふのと・いとゝ露けゝれと・かゝる
0138【なにゝしのふの】-\<朱合点> 後むすひをくかたみのこたになかりせは何にしのふの草をつままし<朱>(後撰1187・古今六帖3133、源氏釈奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  かたみさへなからましかはと・おほしなくさむ・
  宮はしつみいりて・そのまゝにおきあかり
0139【宮は】-葵上母宮
  給はす・あやうけに見え給を・又おほし」32オ
  さはきて・御いのりなとせさせ給・はら(ら$か<朱>)なう
  すきゆけは・御わさの・いそきなとせさせ
  給も・おほしかけさりしことなれは・つき
  せすいみしうなむ・なのめにかたほなるを
  たに・人のおやはいかゝおもふめる・ましてこと
  はり也・又たくひおはせぬをたに・さう/\しく
  おほしつるに・袖のうへの玉のくたけたりけむ
  よ
りもあさましけなり・大将の君は
  二条院にたに・あからさまにもわたり給はす・
  あはれに心ふかうおもひなけきて・おこなひ」32ウ
  をまめにし給ひつゝ・あかしくらし給・所/\には
  御ふみはかりそたてまつり給・かの宮す所
  は・さい宮は・さ衛門のつかさにいり給にけれは・
  いとゝいつくしき・御きよまはりにことつけ
0140【御きよまはり】-潔斎
  て・きこえもかよひ給はす・うしとおもひしみ
  にし世もなへていとはしうなり給て・かゝる
  ほたしたに・そはさらましかは・ねかはしき
  さまにも・なりなましとおほすには・まつ
  たいのひめ君の・さう/\しくてものし
  給らむありさまそ・ふとおほしやらるゝ・」33オ
  よるは・み丁のうちにひとりふし給に・との
  ゐの人々は・ちかうめくりてさふらへと・かた
  はらさひしくて・時しもあれと・ねさめ
0141【時しもあれ】-\<朱合点> 時しもあれ秋やハ人のわかるへきさるは夜さむになれる比しも<朱>(古今839・古今六帖2478・忠岑集162、源氏釈・奥入・異本紫明抄・河海抄)
  かちなるに・こゑすくれたるかきり・えりさ
  ふらはせ給・念仏の暁かたなと・しのひかたし・
  ふかき秋のあはれまさり行・風のをと身に
0142【風のをと身にしみけるかな】-\<朱合点> 吹よれハ身にもしみける秋かせを色なき物と思ひけるかな(続古今306・古今六帖423、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  しみけるかなと・ならはぬ御ひとりねに・あかし
  かね給へるあさほらけの・きりわたれるに・
  菊のけしきはめる枝に・こきあをに
0143【こきあをに】-花田にあをけのましりたる也
  ひのかみなるふみつけて・さしをきてい」33ウ
  にけり・いまめかしうもとて・見給へは・宮す所
  の御てなり・きこえぬほとはおほしし(し+る<朱>)ら
  むや
    人の世をあはれときくも露けきに
0144【人の世を】-宮す所
  をくるゝ袖をおもひこそやれたゝいまの
  空におもひ給へあまりてなむとあり・
  つねよりも・いうにも・かい給へるかなと・さすか
0145【つねよりも】-源氏心中様
0146【いう】-幽
  に・をきかたうみ給物から・つれなの御とふ
  らひやと心うし・さりとてかきたえをと
  なうきこえさらむもいとおしく・人の御」34オ
  なのくちぬへき事を・おほしみたる・す
0147【すきにし人は】-葵上事
  きにし人はとてもかくても・さるへきにこそは
  物し給けめ・なにゝさることをさた/\と・
0148【さた/\と】-タシカ
  けさやかに・見きゝけむと・くやしきは
  我御心なから・猶えおほしなをすましき
  なめりかし・斎宮の御きよまはりも・わつら
  はしくやなと・ひさしうおもひわつらひ給へと・
  わさとある御返なくは・なさけなくやとて・
  むらさきのにはめるかみに・こよなう・ほとへ
0149【むらさきのにはめるかみに】-花田にあか花の入たる色也
  侍にけるを・思給へおこたらすなから・つゝ」34ウ
0150【つゝましき】-慎心也
  ましきほとは・さらはおほししるらむやとて
  なむ
    とまる身もきえしもおなし露の世に
0151【とまる身も】-源氏返し
  心をくらむほとそはかなきかつはおほし
  けちてよかし・御らんせすもやとて・たれ
0152【御らんせすもや】-穢所文
  にもときこえ給へり・さとにおはする
  ほとなりけれは・しのひて見給てほのめかし
  給へるけしきを・心のおにゝしるくみ給て・
  されはよとおほすもいといみし・猶いとかき
  りなき身のうさ也けり・かやうなるきこ」35オ
  えありて・院にもいかにおほさむ・故前坊の
0153【故前坊】-桐兄弟秋ーモ御門ノメイ也
  おなしき御はらからといふ中にも・いみしう
  おもひかはしきこえさせ給て・この斎宮
  の御ことをもねんころにきこえつけま(ま$さ<朱>)せ
  給しかは・その御かはりにも・やかて見たてま
  つりあへる(へる$つか<朱>)はむなと・つねにの給せて・やかて
  うちすみし給へと・たひ/\きこえさせ給
0154【うちすみ】-院ノ御息
  しをたに・いとあるましきことゝおもひは
  なれにしを・かく心よりほかに・わか/\しき
  物思をして・つゐにうき名をさへ・なかし」35ウ
  はてつへきことゝおほしみたるゝに・なをれいの
  さまにもおはせす・さるは大かたの世につけて・
  心にくゝ・よしあるきこえありて・むかし
  より名たかく物し給へは・野の宮の御う
0155【野の宮の御うつろひ】-二年メノ八月也去年初度ハ見エタリ
  つろひのほとにも・おかしういまめきたる事
  おほくしなして・殿上人とものこのましき
  なとは・朝夕の露わけありくを・その比の
  やくになむするなときゝ給ても・大将
  の君はことはりそかしゆへはあくまて・
  つき給へる物を・もし世中にあきはてゝ」36オ
  くたり給なは・さう/\しくもあるへきかなと・さ
  すかにおほされけり・御法事なとすきぬれ
  と・正日まては・猶こもりおはす・ならはぬ御つ
0156【正日】-四十九日
  れ/\を・心くるしかり給て・三位中将は・
0157【三位中将】-摂政
  つねにまいり給つゝ・世中の御物かたり
  なとまめやかなるも・又れいのみたりかはし
  き事をもきこえいてつゝ・なくさめき
  こえ給に・かの内侍そ・うちわらひ給・くさ
  はひにはなるめる・大将の君はあないとおし
  や・をはおとゝのうへないたう・かろめ給ひ」36ウ
0158【をはおとゝ】-ウハ 源内ヲ云
  そと・いさめ給物から・つねにおかしとおほし
  たり・かのいさよひのさやかならさりし
0159【かのいさよひの】-末摘巻
  秋の事なと・さらぬも・さま/\のすきこ
  とゝもを・かたみにくまなくいひあらはし給・
  はて/\はあはれなる世を・いひ/\て・うちなき
  なともし給けり・時雨うちして物あはれなる
  暮つかた・中将の君にひ色のなをしさし
0160【中将の君】-三位兄弟服三ケ月服廿日
0161【なをし】-平絹
  ぬきうすらかに・衣かへして・いとおゝしう・
0162【うすらかに】-十月更衣ノ次色ヲ薄ス
0163【おゝしう】-雄々 男々シキ也
  あさやかに心はつかしきさましてまいり
  給へり・君はにしのつまのかうらんにをし」37オ
  かゝりて・霜かれのせむさいみ給ほと也
  けり・風あらゝかにふき・しくれさとしたる
  ほと・涙もあらそふ心ちして・雨となり雲
0164【雨となり】-\<朱合点>
  とや成にけん・いまはしらす
うちひとり
  こちて・つらつゑつき給へる御さま・女にては
  みすてゝ・なくならむ玉しひ・かならす・とまり
  なむかしと・色めかしき心ちに・うちまも
  られつゝ・ちかうついゐ給へれは・しとけなく
  うちみたれ給へるさまなから・ひもはかりをさ
0165【ひもはかりを】-本妻服三ケ月依忌無更衣紐斗替之
  しなをし給・これはいますこし・こまや」37ウ
0166【こまやかなる】-にふ色のこきをいふ也
  かなる夏の御なをしに・紅のつやゝかなる・
0167【紅のつやゝかなる】-紅の衣ハふくしやもきる物也巌光
  ひきかさねて・やつれ給へるしも・見ても
  あかぬ心ちそする・中将もいとあはれなる・
  まみに・なかめたまへり
    雨となりしくるゝ空のうき雲を
0168【雨となり】-三位中将
  いつれのかたとわきてなかめむゆくゑなし
  やと・ひとりことのやうなるを
    見し人の雨となりにし雲井さへ
0169【見し人の】-源氏
  いとゝ時雨にかきくらす比との給御けし
  きも・あさからぬほとしるく見ゆれは・あや」38オ
  しうとし比は・いとしもあらぬ御心さしを・院
  なとゐたちての給はせ・おとゝの御もてなしも
  心くるしう・大宮の御かたさまに・もてはなる
  ましきなと・かた/\にさしあひたれは・えし
  もふま(ま#<朱>)りすて給はて・ものうけなる御けし
  きなから・ありへ給なめりかしと・いとおしう
0170【へ給】-経
  見ゆるおり/\ありつるを・まことにやむ
  ことなくをもきかたは・ことに思きこえ給
  けるなめりと・見しるにいよ/\くちおしう
  おほゆ・よろつにつけて・ひかりうせぬる」38ウ
  心ちして・くんしゐあ(あ$たか<朱>)りけり・かれたる下草
0171【くんしゐたかりけり】-苦痛
  の中に・りんたうなてしこなとのさきいて
  たるを・おらせ給て・中将のたち給ぬる
  のちに・わか君の御めのとの宰相の君して
    草かれのまかきにのこるなてしこを
0172【草かれの】-源氏大宮へ
  わかれし秋のかたみとそ見るにほひおと
0173【にほひおとりてや】-葵上まし/\し時ほとハよも夕きりをは思給ハしと也
  りてや御らんせらるらむときこえ給
  へり・けになに心なき御ゑみかほそ・いみ
  しううつくしき・宮は吹風につけて
  たに・木の葉よりけにもろき御涙は」39オ
0174【木の葉よりけにもろき御涙】-嵐ふく嶺の木のはのひにそへてもろく成行我涙かな俊成(定家十体245)
  ましてとりあへ給はす
    いまも見てなか/\袖をくたすかなかき
0175【いまも見て】-大宮
  ほあれにしやまとなてしこ猶いみしう
  つれ/\なれは・あさかほの宮にけふの
  あはれはさりとも見しり給らむと・おし
  はからるゝ御心はへなれは・くらきほとなれと
0176【ほと】-もの<左>
  きこえ給・たえまとをけれと・さのもの
0177【さのもの】-さやうのさる物
  となりにたる御ふみなれは・とかなくて
  御らむせさす・空の色したるからのかみに
    わきてこのくれこそ袖は露けゝれ」39ウ
0178【わきてこの】-源氏
  物おもふ秋はあまたへぬれといつも時雨
0179【いつも時雨は】-\<朱合点> 古今神無月いつも時雨ハふりしかとかく袖ひつる折ハなかりき<朱>(出典未詳、源氏釈・奥入・ゐ本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  はとあり・御手なとの心とゝめてかき給へる・
  つねよりもみ所ありて・すくしかたきほと
  なりと人もきこえ・みつからもおほされ
  けれは・大うち山を・おもひやりきこえ
0180【大うち山を】-白雲の九重にたつみねなれハおほうち山とむへもいひけり<右朱>(新勅撰1265・兼輔集98、源氏釈・奥入・ゐ本紫明抄・紫明抄・河海抄) 左大将直房大内宣陽門ノ内廊<左墨>
0181【おもひやりきこえなから】-源ヲ思ヤル心中ヲシリ給ハシト也
  なからえやはとて
0182【えやはとて】-\<朱合点> 色ならハうつるはかりもそめてまし思ふ心をしる人のなさ(しる人のなさ#えやはみせける<墨>)<朱>(後撰631、奥入・異本紫明抄・河海抄)
    秋きりにたちをくれぬときゝしより
0183【秋きりに】-あさかほの宮
  時雨ゝ空もいかゝとそおもふとのみほのか
  なるすみつきにて・おもひなし心にくし・
  なに事につけても・見まさりはかたき」40オ
  世なめるを・つらき人しもこそとあはれに
0184【つらき人しもこそと】-\<朱合点>
  おほえ給・人の御心さまなる・つれななから
  さるへき・おり/\のあはれをすくし給はぬ・
  これこそかたみに・なさけも・見はつへき・
  わさなれ・猶ゆへつきよしつきて・人め
  に見ゆはかりなるは・あまりのなむもいて
  きけり・たいのひめ君を・さはおほしたてし
0185【たいのひめ君】-紫
  とおほす・つれ/\にて恋しと思らむ
  かしと・わするゝおりなけれと・たゝめおや
  なき子を・ゝきたらむ心ちして・見ぬほと」40ウ
  うしろめたく・いかゝおもふらむとおほえぬ
  そ心やすきわさなりける・くれはて
  ぬれは・御となふらちかくまいらせ給て・
  さるへ(へ+き<朱>)かきりの人/\御まへにて物語
  なとせさせ給・中納言の君といふは・とし
0186【中納言の君】-葵女房
  ころしのひおほししかと・この御思ひの
  ほとは・中/\さやうなるすちにもかけ
  給はす・あはれなる御心かなと見たてま
  つる・大かたには・なつかしう・うちかたらひ
  給て・かうこの日ころありしより・けに」41オ
  たれも/\・まきるゝかたなく見なれ/\
0187【見なれ/\て】-\<朱合点> みなれきの見なれそなれてはなれなハ恋しからんや恋しからしや<朱>(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  て・えしもつねにかゝらすは・恋しから
  しやいみしき事をは・さる物にて・たゝ
  うちおもひめくらすこそ・たへかたきこと
  おほかりけれとの給へは・いとゝみななきて・
  いふかひなき御事は・たゝかきくらす心ち
  し侍は・さる物にて・なこりなきさまに・
  あくかれ(れ+は)てさせ給はむほと思給ふる
  こそと・きこえもやらす・あはれと見わ
  たし給て・なこりなくは・いかゝは心あさくも」41ウ
  とりなし給哉・心なかき人たにあらは・
  見はて給ひなむ物を・命こそはかなけれと
  て・火をうちなかめたまへる・まみのうち
  ぬれ給へるほとそ・めてたきとりわきて・
  らうたくし給し・ちいさきわらはの・お
0188【ちいさきわらは】-葵上アテキ後ニ兵部ノ君
  やともゝなく・いと心ほそけにおもへる・こ
  とはりに見給て・あてきは・いまはわれを
  こそは・おもふへき人なめれと・のたまへはいみ
  しうなく・ほとなきあこめ・人よりはくろう
0189【ほとなき】-短心
  そめて・くろきかさみ・くわむさうのはかま」42オ
0190【くわむさう】-からし色ともいふ
  なときたるも・おかしきすかた也・むかし
  をわすれさらむ人は・つれ/\をしのひても・
  をさなき人を・見すてすものし給へ・
  見し世のなこりなく・人/\さへかれなは・
  たつきなさも・まさりぬへくなむなと・みな
  心なかゝるへきことゝもをの給へと・いてや
  いとゝまちとをにそ・なり給はむとおもふ
  に・いとゝ心ほそし・大とのは・人々に・きは/\・
  ほとをきつゝ・はかなき・もてあそひ物とも・
0191【もてあそひ物】-遺物事
  又まことにかの御かたみなるへき物なと・わ」42ウ
  さとならぬさまに・とりなしつゝ・みなくはらせ
  給けり・君はかくてのみも・いかてかは・つく/\
0192【君は】-源
  とすくし給はむとて・院へまいり給御
  車さしいてゝ・こせむなとまいりあつまる
  ほと・おりしりかほなる時雨うちそゝきて・
  木の葉さそふ風・あはたゝしう・吹は
  らひたるに・おまへにさふらふ人々もの
  いと心ほそくて・すこしひまありつる
  袖とも・うるひわたりぬ・よさりはやかて
  二条院に・とまり給へしとて・さふらひの」43オ
0193【二条院】-紫
  人/\もかしこにて・まちきこえんと
  なるへし・をの/\たちいつるに・けふにしもと
  ちむましき事なれと・又なくものか
  なし・おとゝも・宮も・けふのけしきに・
0194【おとゝ】-摂政
0195【宮】-母
  またかなしさあらためておほさる・宮の
0196【宮】-母
  御まへに・御せうそこきこえ給へり・院に
0197【御せうそこ】-源
0198【院】-桐
  おほつかなかりのた給するにより・けふなむ
  まいり侍・あからさまに・たちいて侍につ
  けても・けふまてなからへ侍にけるよと・み
  たり心ちのみ・うこきてなむきこえ」43ウ
  させむも・中/\に侍へけれは・そなたにもまいり
  侍らぬとあれは・いとゝしく・宮はめも見え給はす・
  しつみいりて・御返もきこえ給はす・おとゝ
  そやかてわたり給へる・いとたへかたけにおほ
  して・御袖も・ひきはなち給はす・見たて
  まつる人/\もいとかなし・大将の君は・よをお
  ほしつゝくること・いとさま/\にて・なき
  給さまあはれに心ふかき物から・いとさま
  よくなまめき給へり・おとゝひさしう
  ためらひ給て・よはひのつもるには・さしも」44オ
0199【よはひ】-おとゝの詞
  あるましきことにつけてたに・涙もろなる
  わさに侍を・ましてひるよなう・おもひ給
  へまとはれ侍心を・えのとめ侍らねは・人めも
  いとみたりかはしう・心よはきさまに侍へ
  けれは・院なとにも・まいり侍らぬ也・ことの
  ついてには・さやうにおもむけそうせさせ
  給へ・いくはくも侍るましきおいのすゑに・
  うちすてられたるか・つらうも侍かなと・
  せめて思ひしつめての給けしき・いと
  わりなし・君もたひ/\はなうちかみて・」44ウ
0200【君も】-源氏
  をくれさきたつほとのさためなさは世の
0201【をくれさきたつ】-\<朱合点> 末露
  さかと見給へしりなから・さしあたりておほ
  え侍・心まとひは・たくひあるましきわさ
  となむ・院にも・ありさまそうし侍らむに・
  おしはからせ給てむときこえ給・さらは
0202【さらは】-摂政
  時雨も・ひまなく侍めるを・暮ぬほとにと・
  そゝのかしきこえ給・うち見まはし給
  に・みき丁のうしろさうしの・あなたなと
  のあきとおる(る$り<朱>)たるなとに・女はう卅人
  はかり・おしこりて・こきうすき・にひ色とも」45オ
0203【おしこりて】-凝集
  を・きつゝ・みないみしう心ほそけにてうちし
  ほたれつゝ・ゐあつまりたるを・いとあはれとみ
  給・おほしすつましき人も・とまりたまへ
0204【おほしすつましき人】-夕霧
  れは・さりともものゝついてには・たちよらせ給
  はしやなと・なくさめ侍を・ひとへにおもひや
  りなき女はうなとは・けふをかきりに・おほ
  しすてつる・古郷と思くむして・なかく
  わかれぬる・かなしひよりも・たゝ時/\・な
0205【わかれぬる】-葵上
0206【なれつかうまつる】-源
  れつかうまつるとし月のなこりなかるへ
  きをなけき侍めるなむ・ことはりなる・うち」45ウ
  とけおはします事は侍さりつれと・さりとも
  つゐにはと・あいなたのめし侍つるを・けに
  こそ・心ほそきゆふへに侍れとてもなき給
  ぬ・いとあさはかなる人々のなけきにも侍
  なるかな・まことに・いかなりともと・のとかに思給
  へつるほとはをのつから御めかるゝおりも侍つ
  らむを・中/\いまはなにをたのみにてかは・
  おこたり侍らん・いま御らんしてむとてい
  て給を・おとゝ見をくりきこえ給て・いり給
  へるに・御しつらひよりはしめ・ありしにかはる」46オ
  事もなけれと・うつせみのむなしき心ちそ
0207【うつせみのむなしき心ち】-葵曹司体
  し給・御丁のまへに・御すゝりなと・うちゝら
  して・手ならひすて給へるをとりて・めをお
0208【めをおしゝほりつゝみ給】-摂政
  しゝほりつゝみ給を・わかき人々は・かなしき
  中にも・ほをゑむあるへし・あはれなるふる
  事とも・からのも・やまとのもかきけかし
  つゝ・さうにも・まなにも・さま/\めつらしき
  さまにかきませ給へり・かしこの御てやと・
  空をあふきてなかめ給・よそ人にみたて
  まつりなさむか・おしきなるへし・ふるき」46ウ
0209【ふるき枕ふるき衾たれとともにか】-\<朱合点> 鴛鴦ノ瓦冷霜ノ花重旧枕故衾誰与共
  枕・ふるき衾・たれとともにか
・ある所に
    なき玉そいとゝかなしきねしとこの
0210【なき玉そ】-源氏手習ニ<右> 古今声をたにきかてわかるゝ玉よりもなき床にねん君そかなしき<左>(古今858・古今六帖2497、花鳥余情・一葉抄・細流抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  あくかれかたき心ならひに又霜の花
  しろしとある所に
0211【しろしとある所に】-二人子也時ノ事ヲ思ヨセ侍リ
  君なくてちりつもりぬるとこなつの
0212【君なくて】-同
  露うちはらひいく夜ねぬらむ一日の
0213【一日の花なるへし】-大宮へたてまつれし花のこりてありし也 竜タン撫子付草枯
  花なるへし・枯てましれり・宮に御らん
  せさせ給て・いふかひなき事をはさる物
  にて・かゝるかなしきたくひ世になくやはと・
  思なしつゝ・契なかゝらて・かく心を」47オ
  まとはすへくてこそは・ありけめとかへりては・
  つらく・さきの世を・思やりつゝなむ・さま・し
  侍を・たゝ日ころにそへて・恋しさのたへ
  かたきと・この大将の君の・いまはとよそに
  なり給はむなん・あかすいみしく思たまへ
  らるゝ・一日ふつかも(△&も)見(見+え)給はす・かれ/\におは
  せしをたに・あかすむねいたく思侍しを・
  あさゆふのひかりうしなひては・いかてか・な
  からふへからんと・御こゑも・えしのひあへ給はす・
  ない給に・おまへなるおとな/\しき人」47ウ
  なと・いとかなしくて・さとうちなきたる・
  そゝろさむきゆふへのけしき也・わかき人々
  は所/\に・むれゐつゝ・をのかとちあはれなる
  事とも・うちかたらひて・とのゝおほしの
  たまはするやうに・我(我#わか)君をみたてまつりて
0214【わか君】-夕
  こそは・なくさむへかめれと・思ふもいとはかなき
  ほとの御かたみにこそとて・をの/\あから
  さまに・まかてゝまいらむといふもあれは・
  かたみにわかれおしむほと・(と+を)のかしゝ・あはれなる
  事ともおほかり・院へまいり給へれは・いと」48オ
0215【まいり給へれは】-源
  いたうおもひ(ひ$<朱>)やせにけり・さうしにて・日を
  ふるけにやと・心くるしけに・おほしめして・お
  まへにて物なとまいらせ給て・とやかくやと・
  おほしあつかひきこえさせ給へるさまあ
  はれにかたしけなし・中宮の御かたに・まい
0216【中宮】-薄
  り給へれは・人/\めつらしかり・見たてまつる・
  命婦の君して・思つきせぬ事ともを・
0217【思つきせぬ】-\<朱合点>
  ほとふるにつけても・いかにと御せうそこきこ
  え給へり・つねなき世は・大かたにもおもふ給
  へしりにしを・めにちかく見侍つるに・いと」48ウ
  はしきことおほく・思給へみたれしも・たひ/\
  の御せうそこに・なくさめ侍てなむ・けふまて
  もとて・さな(な#)らぬおりたにある・御けしきとり
  そへて・いと心くるしけなり・むもんのうへの
0218【むもんのうへ】-ふくしやのきる也
  御そに・にひ色の御したかさね・えいまき給
  へる・やつれすかた・はなやかなる御よそひよりも・
  なまめかしさまさり給へり・春宮にも・
  ひさしうまいらぬおほつかなさなと・きこ
  え給て・夜ふけてそまかて給・二条院に
  は・かた/\・はらひ・みかきて・おとこ女・まち」49オ
  きこえたり・上らうとも(△&も)・みなまうのほりて・
  われも/\と・さうそきけさうしたるを・みる
  につけても・かのゐなみくむしたりつるけし
0219【ゐなみ】-卅人斗女房
  きともそ・あはれにおもひいてられ給・御さう
0220【御さうそくたてまつりかへて】-自八月至十月三ケ月除服
  そくたてまつりかへて・にしのたいにわたり
0221【にしのたい】-紫
  たまへり・衣かへの御しつらひ・くもりなくあさ
0222【衣かへの御しつらひ】-源氏君三月のふくをぬきて衣をかへし給ふ也
  やかに見えて・よきわか人わらはへのなりす
  かた・めやすく・とゝのへて・少納言かもてなし・
0223【少納言】-紫女房
  心もとなき所なう・心にくしと見給・ひめ
0224【ひめ君】-紫
  君いとうつくしう・ひきつくろひて・おはす・」49ウ
  ひさしかりつるほとに・いとこよなうこそ・おと
  なひ給にけれとて・ちいさきみき丁ひき
  あけて・見たてまつり給へは・うち(ち+そ)はみて・は(は#わ)ら
  ひ給へる御さま・あかぬと所なし・ほかけの御かた
  はらめ・かしらつきなと・たし(し$た<朱>)かの心つくし
0225【心つくしきこゆる人】-藤壺事
  きこゆる人に・たかふ所なくなり行かな
  と見給に・いとうれし・ちかくより給て・
  おほつかなかりつるほとの事ともなときこえ
  給て・日ころの物かたりのとかにきこえま
  ほしけれと・いま/\しうおほえ侍れは・しはし・」50オ
  ことかたにやすらひてまいりこむ・今はとたえ
  なく見たてまつるへけれは・いとはしうさへや
  おほされむと・かたらひきこえ給を・少納言
  は・うれしときく物から・猶あやうく思き
  こゆやむことなきしのひ所おほうかゝ
  つらひ給へれは・又わつらはしきやたち
  かはり給はむと思ふそ・にくき心なるや
  御方にわたり給て・中将の君といふ・御
  あしなとまいりすさひて・おほとのこも
  りぬ・あしたにはわか君の御(御+も)とも(も#)に御ふみ」50ウ
  たてまつり給・あはれなる御返を見給にも・つ
  きせぬ事とものみなむ・いとつれ/\に・なか
  めかちなれと・なにとなき御ありきも・もの
  うくおほしなられて・おほしもたゝれす・ひめ
  君のなに事もあらまほしう・とゝのひは
  てゝ・いとめてたうのみ見え給を・にけなからぬ
  ほとに・はたみなし給へれは・けしきはみたる
  事なと・おり/\きこえこゝろみ給へと・見
  もしり給はぬけしき也・つれ/\なるまゝに・
  たゝこなたにて・こうち・へんつきなとし」51オ
0226【こうち】-碁
0227【へんつき】-突
  つゝ・日をくらし給に・心はへのらう/\しく・
  あいきやうつきはかなき・たはふれこと
  のなかにも・うつくしきすちを・しいて給へは・
  おほしはなちたる・年月こそ・たゝさるかたの・
  らうたさのみはありつれ・しのひかたくなりて・
  心くるしけれと・いかゝ有けむ・人のけちめ・
  見たてまつりわくへき御中にもあらぬに・
  おとこ君は・とくおき給て・女君はさらに
  おき給はぬあしたあり・人々いかなれは
  かくおはしますならむ・御心ちのれい」51ウ
  ならすおほさるゝにやと・見たてまつりな
  けくに・君はわたり給とて・御すゝりの
0228【君は】-源
  はこを・御帳のうちに・さしいれておはし
0229【さしいれて】-返哥あれの心
  にけり・人まにからうして・かしらもたけ
  給へるに・ひきむすひたるふみ・御枕のもと
  にあり・なに心もなく・ひきあけて見給へは
    あやなくもへたてけるかなよをかさね
0230【あやなくも】-源(源#)
  さすかになれしよるの衣をとかき
  すさひ給へるやう也・かゝる御心おはすらむ
  とは・かけてもおほしよらさりしかは・なとて」52オ
0231【なとてかう】-紫
  かう心うかりける御心を・うらなくたのもしき
  物におもひきこえけむと・あさましうおほ
  さる・ひるつかたに(に$わ<朱>)たり給て・なやましけに
  し給らむは・いかなる御心ちそ・けふはこもうた
  て・さう/\しやとて・のそき給へは・いよ/\
  御そひきかつきてふし給へり・人々はしり
  そきて(て#)つゝさふらへは・より給てなとかく・
  いふせき御もてなしそ・おもひのほかに心(心+う)く
  こそおはしけれな・人もいかにあやしとおもふ
  らむとて・御ふすまをひきやり給へれは・」52ウ
  あせにをしひたして・ひたいかみもいたうぬれ
  給へり・あなうたて・これはいとゆゝしき
  わさそよとて・よろつにこしらへきこえ
  給へと・まことにいとつらしと思給て・露
  の御いらへもし給はす・よし/\さらに見えたて
  まつらし・いとはつかしなとえし給て・御
  すゝりあけて・み給へと物もなけれは・わか
  の御ありさまやとらうたく見たてまつり給
  て・日ひとひいりゐてなくさめきこえ給
  へと・とけかたき御けしき・いとゝらうたけ」53オ
  なり・そのよさり・ゐのこ・もちゐまいらせ
  たり・かゝる御思のほとなれは・こと/\しきさま
0232【かゝる御思】-紫
  にはあらて・こなたはかりに・おかしけなる・ひ
  わりこなとはかりを・色/\にてまいれるをみ給
  て・君みなみのかたにいて給て・これみつを
  めして・このもちゐ・かうかす/\に・所せき
0233【かうかす/\に】-可為白一色
  さまにはあらて・あすのくれにまいらせよ・け
  ふはいま/\しき日也けりと・うちほゝゑみて
0234【いま/\しき日】-重日
  の給御けしきを・心とき物にて・ふと思よ
  りぬ・これみつたしかにもうけたまはらて・」53ウ
  けにあいきやうのはしめは・日えりして・き
0235【あいきやうのはしめ】-嫁娶の三日あたる夜餅を枕上にをく事ハ死人のにする也偕<トモ>老同穴契男女同
  こしめすへき事にこそ・さてもねのこは・
  いくつかつかうまつらすへう侍らむと・ま
  めたちて申せは・みつかひとつかにてもあらむ
0236【みつかひとつかにても】-源 秘事也一段別ニ可習也
  かしとの給に・心えはてゝたちぬ・物なれの
0237【心えはてゝ】-惟光
  さまやときみはおほす・人にもいはて・手
  つからといふはかり・さとにてそつくりゐた
  りける・君はこしらへわひ給て・いまは
  しめ・ぬすみもてきたらむ人の心ちす
  るもいとおかしくて・とし比あはれとおもひ」54オ
  きこえつるはかたはしにもあらさりけり・
  人の心こそうたてある物はあれ・いまは一夜
  もへたてむ事のわりなかるへき事
  とおほさる・の給しもちゐしのひていたう
  夜ふかして・もてまいれり・少納言はおと
  なしくて・はつかしくやおほさむと思やり
  ふかく心しらひて・むすめの弁といふを
  よひいてゝ・これしのひてまいらせ給へとて・
  かうこのはこをひとつさしいれたり・たし
  かに御枕かみにまいらすへき・いはひの物」54ウ
  に侍・あなかしこ・あたになといへは・あやしと
  おもへと・あたなる事は・またならはぬ物を
  とてとれは・まことに・いまはさるもし・いませ
0238【いまはさるもし】-いまハに句をきりてさるもしとよむ説あり又秘説在之可習之
  給へよ・ゝもましり侍らしといふ・わかき人
  にてけしきもえふかく思よらねは・もてま
  いりて・御枕かみの御き丁より・さしいれ
  たるを君それいのきこえしらせ給らむ
  かし・人はえしらぬにつとめて・このはこを・
  まかてさせ給へるにそ・したしきかきり
0239【まかてさせ】-食ヲ退<マカル>
  の人/\おもひあはする事ともありける・」55オ
  御さえ(え$ら)ともなと・いつのまにかしいてけむ・
  けそく・いときよらにして・もちゐの
  さまも・ことさらひ・いとおかしうとゝのへたり・
  少納言はいとかうしもやとこそ・思きこ
  えさせつれ・あはれにかたしけなくお
  ほしいたらぬ事なき御心はへを・まつ
  うちなかれぬ・さてもうち/\にのたまは
0240【うち/\に】-内々に仰よかし
  せよな・かの人もいかにおもひつらむと
  さら(ら$さ<朱>)めきあへり・かくて後は・うちにも・院
  にも・あからさまにまいり給へる程たに・」55ウ
0241【まいり給へる】-源
  しつ心なくおもかけに恋しけれは・あやしの
  心やとわれなからおほさる・かよひ給し所
  /\よりは・うらめしけにおとろかしきこえ
  給なとすれは・いとおしとおほすもあれと・
  新手枕の心くるしくて・よをやへた
0242【新手枕】-\<朱合点> わか草の新手枕をまきそめて夜をやへたてんにくからなくに<朱>(古今六帖2749・万葉2547、孟津抄)
  てむとおほしわつらはるれは・いと物うくて
  なやましけにのみもてなし給て・世中
  のいとうくおほゆるほとすくしてなむ・人
  にもみえたてまつるへきとのみいらへ給つゝ
  すくし給・いまきさきはみくしけ殿」56オ
0243【いまきさき】-大后心
0244【みくしけ殿】-朧
  猶この大将にのみ心つけたまへるを・けに
  はたかくやむことなかりつる方も・うせ給ぬ
  めるを・さてもあらむになとかくちおしからむ
  なと・おとゝの給に・いとにくしと思ひきこ
  え給て・宮つかへもおさ/\しくたにしな
  し給へらは・なとかあしからむとまいらせ
0245【まいらせ】-朧
  たてまつらむことをおほしはけむ・君も
0246【君も】-源
  をしなへてのさまにはおほえさりしを・
  くちをしとはおほせと・たゝいまはことさま
  にわくる御心もなくて・なにかはかはかり・みし」56ウ
  △ゝ(△ゝ#か)め(め=覧歟)世に・かくておもひさたまりなむ人
  のうらみも・おふましかりけりと・いとゝあ
  やうくおほしこりにたり・かのみやす所
  はいと/\ほしけれと・まことのよるへとた
  のみきこえむには・かならす心をかれぬへ
  し・年ころのやうにてみすくし給はゝ
  さるへきおりふしにものきこえあはする
  人にてはあらむなと・さすかにことのほか
  にはおほしはなたす・このひめ君をいまゝ
0247【ひめ君】-紫上
  てよ人も・その人ともしりきこえぬも物け」57オ
  なきやう也・ちゝ宮にしらせきこえてむ
0248【ちゝ宮】-兵部卿宮
  とおもほしなりて・御もきの事・人に
  あまねくはの給はねと・なへてならぬさま
  におほしまうくる・御よういなといとあり
  かたけれと・女君は・こよなううとみきこえ
  給て・年ころよろつにたのみきこえて・
  まつはしきこえけるこそ・あさましき心
  なりけれと・くやしうのみおほして・さやか
  にも見あはせたてまつり給はす・きこえ
  たはふれ給も・くるしうわりなき物に」57ウ
  おほしむすほゝれて・ありしにもあらす
  なり給へる御ありさまを・おかしうもいとお
  しうもおほされて・年ころおもひきこ
  えしほいなくなれは・まさらぬ御けしき
0249【なれはまさらぬ】-\<朱合点> み狩スルカタノヽヲノヽナラ柴ノナレハマサラテ恋ソマサレル<朱>(万葉集3062・新古今1050、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  の心うきことゝうらみきこえ給ほとに・
  としもかへりぬ・ついたちの日はれいの院に
  まいり給てそ・内春宮なとにもまいり
  給・それより大とのにまかて給へり・おとゝ
0250【大との】-摂政
0251【おとゝ】-葵上の父
  あたらしき年ともいはす・むかしの
  御事ともきこえいて給て・さう/\しく」58オ
  かなしとおほすに・いとゝかくさへわたり
  給へるにつけて・ねむしかへし給へと・
  たへかたうおほしたり・御年のくはゝるけ
  にや・もの/\しきけさへそひ給て・あり
  しよりけに・きよらに見え給・たちいてゝ・
  御かたにいり給へれは・人々もめつらしう見
  たてまつりてしのひあへす・わかきみ見たて
0252【わかきみ】-夕霧
  まつり給へは・こよなうおよすけて・わらひ
0253【こよなうおよすけて】-二歳
  かちにおはするもあはれ也・まみ・くちつきたゝ
  春宮の御おなしさまなれは・人もこそ見」58ウ
0254【春宮】-冷泉院
  たてまつりとかむれと見給・御しつらひな
  ともかはらす・みそかけの御さうそくなと
0255【みそかけ】-懸也 衣架也
  れいのやうに・しかけられたるに・女のか・なら
  はぬこそ・はへなくさう/\しけれ(けれ$く<朱>)はへな
  けれ・宮の御せうそこにて・けふはいみしく
0256【宮】-葵上母
  思給へしのふるを・かくわたらせ給へるになむ・
  中/\なときこえ給て・むかしにならひ
  侍にける御よそひも・月ころはいとゝ涙
  に・きりふたかりて色あひなく御らむ
  せられ侍らむと思給れと・けふはかりは」59オ
  猶やつれさせたまへとて・いみしくし
  つくし給へる物とも又かさねて・たてま
  つれ給へり・かならすけふたてまつるへきと
  おほしける御したかさねは・色もをりさまも
  よのつねならす・心ことなるを・かひなくや
0257【かひなくやは】-卑下詞
  はとてきかへ給・こさらましかは・くちをしう
  おほさましと心くるし・御返に春やき
0258【春やきぬる】-\<朱合点> あたらしくあへる今年をもゝとせの春やきぬると鴬そなく<朱>(古今六帖16・貫之集218、源氏釈奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ぬるとも・まつ御らむせられになんまいり侍
  つれと・思給へいてらるゝ事おほくて・え
  きこえさせ侍らす」59ウ
    あまた年けふあらためし色ころも
0259【あまた年】-源
0260【色ころも】-ウツクシ
  きては涙そふるこゝちするえこそおも
  ひたまへ・しつめねときこえ給へり御返
    あたらしきとしともいはすふる物は
0261【あたらしき】-おとゝ返し
  ふりぬる人の涙なりけりをろかなるへ
  きことにそあらぬや

【奥入01】[敬+手]掌上珠摧心中丹<古願文歟>
   此事非さ本文歟追可勘(戻)
【奥入02】有所嗟 二首 劉夢得
  [广+臾]令楼中初見時 武昌春柳似胸支」60オ
  相逢相失両如夢 為雨為雲今不知
  鄂渚濛々烟雨微 女郎魂遂暮雲帰
  只応長在漢陽渡 化作鴛鴦一隻飛
   夢得ハ白楽天同時之人也
   思ふ人にをくれてつくれる詩也(戻)
【奥入03】鴛鴦(鴦$鴦<朱>)瓦冷霜華重旧枕故
  衾誰与為(戻)

  歌をもて巻の名とせり源氏廿一二歳の事あり花のえんハ源氏十九の時
の事也廿歳の事ハ物語に見えす
   以大殿仰加頭書者也イ本 良鎮イ本」60ウ

一校了<朱> 二交了<朱>(表表紙蓋紙)

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