《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「あふひ」(題箋)
世の中かはりて後よろつものうく
おほされ御身のやむことなさもそふ
にやかる/\しき御しのひありきも
つゝましうてこゝもかしこもおほつ
かなさのなけきをかさね給ふむく
ひにやなをわれにつれなき人の御
心をつきせすのみおほしなけく今
はましてひまなうたゝ人のやうにて
そひおはしますをいまきさきは
心やましうおほすにやうちにのみさ」1オ
ふらひ給へはたちならふ人なう心や
すけなりおりふしにしたかひては
御あそひなとをこのましう世のひゝ
くはかりせさせ給つゝ今の御ありさま
しもめてたしたゝ春宮をそいと
こひしう思ひきこえ給御うしろみ
のなきをうしろめたうおもひきこえ
て大将の君によろつきこえつけ
給ふもかたはらいたきものからうれし
とおほすまことやかの六条のみやす所」1ウ
の御はらのせむ坊のひめ君さい宮に
ゐ給にしかは大将の御心はへもいとた
のもしけなきをゝさなき御有さまの
うしろめたさにことつけてくたりや
しなましとかねてよりおほしけり
院にもかゝることなむときこしめして
こ宮のいとやむことなくおほしとき
めかしたまひしものをかる/\しう
をしなへたるさまにもてなすなるか
いとおしきこと斎宮をもこのみこ」2オ
たちのつらになむおもへはいつかたに
つけてもおろかならさらむこそよから
め心のすさひにまかせてかくすき
わさするはいとよのもときおひぬへき
こと也なと御けしきあしけれはわか
御こゝちにもけにとおもひしらるれは
かしこまりてさふらひ給人のため
はちかましき事なくいつれをもな
たらかにもてなして女のうらみな
おひそとの給はするにもけしからぬ心の」2ウ
おほけなさをきこしめしつけたらむ
ときとおそろしけれはかしこまりて
まかて給ぬ又かく院にもきこしめし
のたまはするに人の御名も我ためも
すきかましういとおしきにいとゝや
むことなく心くるしきすちには思き
こえ給へとまたあらはれてはわさと
もてなしきこえ給はす女もにけなき
御としのほとをはつかしうおほして
心とけ給はぬけしきなれはそれにつゝみ」3オ
たるさまにもてなして院にきこしめし
いれ世中の人もしらぬなくなりにた
るをふかうしもあらぬ御心の程を
いみしうおほしなけきけりかゝる事を
きゝ給にもあさかほのひめ君はいかて人
ににしとふかうおほせはゝかなきさまな
りし御返なともおさ/\なしさりとて
人にくゝはしたなくはもてなし給はぬ
御けしきを君も猶こと也とおほしわたる
おほ殿にはかくのみさためなき御心を心」3ウ
つきなしとおほせとあまりつゝまぬ御
けしきのいふかひなけれはにやあらむ
ふかうもえしきこえ給はす心くるしき
さまの御心ちになやみ給て物心ほそ
けにおほいたりめつらしくあはれとお
もひきこえ給たれも/\うれしきもの
からゆゝしうおほしてさま/\の御つゝ
しみせさせたてまつり給かやうなる程に
いとゝ御心のいとまなくておほしおこたる
とはなけれととたえおほかるへしその」4オ
ころ斎院もおりゐ給てきさきはしの
女三の宮ゐ給ぬみかときさきとことに
おもひきこえ給へる宮なれはすちことに
なり給をいとくるしうおほしたれと
こと宮たちのさるへきおはせすきし
きなとつねのかむわさなれといかめしう
のゝしるまつりのほとかきりあるおほや
けことにそふことおほく見ところこよ
なし人からと見えたりこけいの日上
達部なとかすさたまりてつかうま」4ウ
つり給わさなれとおほえことにかたちある
かきりしたかさねの色うへのはかまの
もむむまくらまてみなとゝのへたり
とりわきたるせむしにて大将の君
もつかうまつり給かねてより物見車
心つかひしけり一条のおほち所なくむく
つけきまてさはきたり所/\の御さ
しき心/\にしつくしたるしつらひ人
の袖くちさへいみしき見ものなり
大殿にはかやうの御ありきもおさ/\し」5オ
給はぬに御心ちさへなやましけれは
おほしかけさりけるをわかき人々いてや
をのかとちひきしのひて見侍らむこそはへ
なかるへけれおほよそ人たにけふのもの
見には大将殿をこそはあやしき山かつ
さへみたてまつらんとすなれとをきくに
くによりめこをひきくしつゝもまうて
くなるを御らむせぬはいとあまりも侍
かなといふを大宮きこしめして御こゝちも
よろしきひま也さふらふ人々もさう/\し」5ウ
けなめりとてにはかにめくらしおほせ給
て見給日たけ行てきしきもわさとなら
ぬさまにていてたまへりひまもなうたち
わたりたるによそをしうひきつゝきて
たちわつらふ女房車おほくてさふ/\
の人なきひまをおもひさためてみなさし
のけさする中にあんしろのすこしな
れたるかしたすたれのさまなとよしはめる
にいたうひきいりてほのかなる袖くちも
のすそかさみなとものゝ色いときよらにて・」6オ
ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる
車ふたつありこれはさらにさやうにさし
のけなとすへき御車にもあらすと
くちこはくて手ふれさせすいつかたも
わかき物ともゑひすきたちさはき
たるほとの事はえしたゝめあへすおと
な/\しきこせむの人々はかくななと
いへとえとゝめあへすさい宮の御はゝみや
す所ものおほしみたるゝなくさめにも
やとしのひていてたまへる也けりつれ」6ウ
なしつくれとをのつから見しりぬさは
かりてはさないはせそ大将殿をそかう
けにはおもひきこゆらむなといふをその
御かたの人もましれはいとおしと見なから
よういせむもわつらはしけれはしらす
かほをつくるつゐに御車ともたてつゝけ
つれは人たまひのおくにをしやられて
物もみえす心やましきをはさる物にて
かゝるやつれをそれとしられぬるかいみ
しうねたき事かきりなししちなとも」7オ
みなをしおられてすゝろなる車のとう
にうちかけたれは又なう人わろくくや
しうなにゝきつらんとおもふにかひなしもの
も見てかへらんとしたまへととおりいてん
ひまもなきにことなりぬといへはさすかに
つらき人の御まへわたりのまたるゝも
心よはしやさゝのくまにたにあらねはにや
つれなくすき給につけても中/\御
心つくしなりけにつねよりもこの
みとゝのへたる車ともの我も/\と」7ウ
のりこほれたるしたすたれのすきまと
もゝさらぬかほなれとほをゑみつゝしり
めにとゝめ給もありおほ殿のはしるけれは
まめたちてわたり給御ともの人々う
ちかしこまり心はへありつゝわたる
をゝしけたれたるありさまこよなう
おほさる
かけをのみみたらし河のつれなきに
身のうきほとそいとしらるゝと涙のこ
ほるゝを人のみるもはしたなけれとめも」8オ
あやなる御さまかたちのいとゝしういて
はへを見さらましかはとおほさるほと/\
につけてさうそく人のありさまいみし
くとゝのへたりと見ゆるなかにも上達部
はいとことなるをひと所の御ひかりには
をしけたれためり大将の御かりのすい
しんに殿上のそうなとのすることはつねの
ことにもあらすめつらしき行幸なとの
おりのわさなるをけふは右近のくら人の
そうつかうまつれりさらぬみすいしん」8ウ
とももかたちすかたまはゆくとゝのへて
世にもてかしつかれ給へるさま木
草もなひかぬはあるましけなりつほ
さうそくなといふすかたにて女はうのいや
しからぬや又あまなとの世をそむき
けるなともたうれまとひつゝ物見に
いてたるもれいはあなかちなりやあなに
くと見ゆるにけふはことはりにくちうち
すけみてかみきこめたるあやしの
ものともの手をつくりてひたいにあて」9オ
つゝ見たてまつりあけたるもおこかま
しけなるしつのおまてをのかかほの
ならむさまをはしらてゑみさかへたり
なにとも見いれ給ましきゑせす両
のむすめなとさへ心のかきりつくしたる
車ともにのりさまことさらひ心け
さうしたるなむおかしきやう/\の見
ものなりけるましてこゝかしこにうち
しのひてかよひ給所/\は人しれすのみ
かすならぬなけきまさるもおほかり」9ウ
式部卿の宮さしきにてそみたまひける
いとまはゆきまてねひゆく人のか
たちかな神なとはめもこそとめ給へと
ゆゝしくおほしたりひめ君はとしころ
きこえわたり給御心はへのよの人にゝぬ
をなのめならむにてたにありまして
かうしもいかてと御心とまりけりいとゝ
ちかくて見えむまてはおほしよらす
わかき人々はきゝにくきまてめて
きこえあへりまつりの日はおほ殿には」10オ
ものみ給はす大将の君かの御車の所
あらそひをまねひきこゆる人あり
けれはいと/\おしううしとおほして
なをあたらをもりかにおはする人のも
のになさけをくれすく/\しき所つ
き給へるあまりに身つからはさしも
おほさゝりけめともかゝるなからひはなさけ
かはすへき物ともおほいたらぬ御をきて
にしたかひてつき/\よからぬ人のせさ
せたるならむかしみやす所は心はせの」10ウ
はつかしくよしありておはする物を
いかにおほしうむしにけんといとおしくて
まうて給へりけれとさい宮のまた本
の宮におはしませはさかきのはゝかりに
ことつけて心やすくもたいめむした
まはすことはりとはおほしなからなそや
かくかたみにそは/\しからておはせかしと
うちつふやかれ給けふは二条院にはな
れおはしてまつりみにいて給にしの
たいにわたり給てこれみつに車の」11オ
事おほせたり女房いてたつやと
の給てひめ君のいとうつくしけにつく
ろいたてゝおはするをうちゑみて見たて
まつり給君はいさたまへもろともにみむ
よとて御くしのつねよりもきよらに
見ゆるをかきなて給てひさしうそき
給はさめるをけふはよき日ならむかしとて
こよみのはかせめしてときとはせなとし
給ほとにまつ女房いてねとてわらはの
すかたとものおかしけなるを御らむすいと」11ウ
らうたけなるかみとものすそはなやか
にそきわたしてうきもむのうへのはかま
にかゝれるほとけさやかにみゆ君の御
くしはわれそかむとてうたて所せうも
あるかないかにおひやらむとすらむとそき
わつらひ給いとなかき人もひたいかみはす
こしみしかうそあめるをむけにをくれ
たるすちのなきやあまりなさけな
からむとてそきはてゝちひろといはひき
こえ給を少納言あはれにかたしけなしと」12オ
見たてまつる
はかりなきちひろのそこのみるふさの
おひゆくすゑはわれのみそみむときこえ
たまへは
ちひろともいかてかしらむさためなく
みちひるしほのゝとけからぬにとものにか
きつけておはするさまらう/\しき
物からわかうおかしきをめてたしとお
ほすけふも所もなくたちにけりむま
はのおとゝのほとにたてわつらひてかむ」12ウ
たちめの車ともおほくてものさはかしけ
なるわたりかなとやすらひ給によろし
き女車のいたうのりこほれたるより
あふきをさしいてゝ人をまねきよせ
てこゝにやはたゝせ給はぬ所さりき
こえむときこえたりいかなるすき物
ならむとおほされて所もけによき
わたりなれはひきよせさせ給ていかて
え給へる所そとねたさになんとのた
まへはよしあるあふきのつまをおりて」13オ
はかなしや人のかさせるあふひゆへ
神のゆるしのけふをまちけるしめの
うちにはとあるてをおほしいつれは
かの内侍のすけなりけりあさましう
ふりかたくもいまめくかなとにくさに
はしたなう
かさしけるこゝろそあたにおもほゆる
やそうち人になへてあふひを女はつら
しと思きこえけり
くやしくもかさしけるかななのみして人」13ウ
たのめなる草葉はかりをときこゆ人と
あひのりてすたれをたにあけ給はぬ
を心やましうおもふ人おほかり一日の
御ありさまのうるはしかりしにけふ
うちみたれてありき給かしたれならむ
のりならふ人けしうはあらしはやと
をしはかりきこゆいとましからぬか
さしあらそひかなとさう/\しくおほ
せとかやうにいとおもなからぬ人はた人
あひのり給へるにつゝまれてはかなき」14オ
御いらへも心やすくきこえんもまは
ゆしかしみやす所は物をおほしみた
るゝ事としころよりもおほく
そひにけりつらきかたにおもひはて
給へといまはとてふりはなれくたり
たまひなむはいと心ほそかりぬへく
よの人きゝも人わらへにならんことゝ
おほすさりとてたちとまるへく
おほしなるにはかくこよなきさまに
みな思ひくたすへかめにもやすからす」14ウ
つりするあまのうけなれやとおきふし
おほしわつらふけにや御心ちもうきたるやうに
おほされてなやましうし給大将殿にはく
たり給はむ事をもてはなれてあるしましき
ことなともさまたけきこえ給はすかすなら
ぬ身をみまうくおほしすてむもことはりな
れといまは猶いふかひなきにても御らんしはて
むやあさからぬにはあらんときこゆかゝつらひ給へ
はさためかねたまへる御心もやなくさむとたち
いて給へりしみそき河のあらかりしせにいとゝ」15オ
よろついとうくおほしいれたり大殿には御ものゝ
けめきていたうわつらひ給へはたれも/\おほし
なけくに御ありきなとひむなき比なれは二条
院にもとき/\そわたり給さはいへとやむことなき
かたはことに思きこえたまへる人のめつらしき
事さへそひ給へる御なやみなれは心くるしう
おほしなけきてみすほうやなにやなとわか
御かたにておほくおこなわせ給ふものゝけいきす
たまなといふものおほくいてきてさま/\のな
のりする中に人にさらにうつらすたゝ身つから」15ウ
の御身につとそひたるさまにてことにお
とろ/\しうわつらはしきこゆるこ
ともなけれと又かたときはなるゝおり
もなき物ひとつありいみしきけんさ
ともにもしたかはすしうねきけしき
おほろけのものにあらすとみえたり大将
の君の御かよひ所こゝかしことおほし
あつるにこのみやす所二条の君なと
はかりこそはをしなへてのさまにはおほし
たらさめれはうらみの心もふかゝらめと」16オ
さゝめきてものなととはせ給へとさして
きこえあつることもなしものゝけとても
わさとふかき御かたきときこゆるも
なしすきにける御めのとたつ人もしは
おやの御かたにつけつゝつたはりたる
ものゝよはめにいてきたるなとむね/\
しからすそみたれあらはるゝたゝ
つく/\とねをのみなき給ており/\
はむねをせきあけつゝいみしうたへ
かたけにまとふわさをし給へはいかにおはす」16ウ
へきにかとゆゝしうかなしくおほしあ
はてたり院よりも御とふらひひまなく
御いのりのことまておほしよらせ給さ
まのかたしけなきにつけてもいとゝおし
けなる人の御身也世の中あまねく
おしみきこゆるをきゝ給にもみやす
所はたゝならすおほさるとしころはいと
かくしもあらさりし御いとみ心をは
かなかりし所の車あらそひに人の御心
のうこきにけるをかのとのにはさまても」17オ
おほしよらさりけりかゝる御物おもひの
みたれに御心ち猶れいならすのみおほ
さるれはほかにわたり給てみすほうな
とせさせ給大将殿きゝ給ていかなる御心ち
にかといとおしうおほしをこしてわたり
給へりれいならぬたひ所なれはいたうし
のひ給心よりほかなるおこたりなとつ
みゆるされぬへくきこえつゝけ給て
なやみ給人の御ありさまもうれへきこえ
給身つからはさしも思いれ侍らねと」17ウ
おやたちのいとこと/\しうおもひまとはるゝ
か心くるしさにかゝるほとをみすくさむ
とてなむよろつをおほしのとめたる御心
ならはいとうれしうなむなとかたらひきこ
え給つねよりも心くるしけなる御けしき
をことはりにあはれにみたてまつり給うち
とけぬあさほらけにいて給御さまのおかし
きにも猶ふりはなれなむ事はおほし
かへさるやむことなきかたにいとゝ心さしそひ
給へきこともいてきにたれはひとつかたに」18オ
おほししつまり給なむをかやうにき
こえつゝあらむも心のみつきぬへき事
中/\もの思のおとろかさるゝ心ちし給
に御ふみはかりそくれつかたある日ころす
こしおこたるさまなりつる心ちのにはかに
いといたうくるしけに侍るをえひきよ
かてなむとあるをれいのことつけと見
たまふ物から
袖ぬるゝ恋ちとかつはしりなからおり
たつたこの身つからそうき山の井の水」18ウ
もことはりにとそある御てはなをこゝらの人の
中にすくれたりかしと見給ひつゝいかに
そやもある世かな心もかたちもとり/\にすつ
へくもなく又おもひさたむへきもなきをくる
しうおほさる御かへりいとくらうなりにたれと袖のみ
ぬるゝやいかにふかゝらぬ御事になむ
あさみにや人はおりたつわかかたは
身もそほつまてふかき恋ちをおほろ
けにてやこの御かへりをみつからきこえさ
せぬなとありおほ殿には御ものゝけいたうお」19オ
こりていみしうわつらひ給この御いきすたま
こちゝおとゝの御らうなといふものありときゝ給
につけておほしつゝくれは身ひとつのうきな
けきよりほかに人をあしかれなとおもふ
心もなけれと物おもひにあくかるなるたましゐ
はさもやあらむとおほししらるゝこともありと
しころよろつに思ひのこすことなくす
くしつれとかうしもくたけぬをはかなき
事のおりに人のおもひけちなきものに
もてなすさまなりしみそきの後一ふ」19ウ
しにおほしうかれにし心しつまりかたうおほ
さるゝけにやすこしうちまとろみ給夢
にはかのひめ君とおほしき人のいときよらにて
ある所にいきてとかくひきまさくりうつゝ
にもにすたけくいかきひたふる心いてきて
うちかなくるなと見え給事たひかさなり
にけりあな心うやけに身をすてゝやいに
けむとうつし心ならすおほえ給おり/\
もあれはさならぬ事たに人の御ためには
よさまのことをしもいひいてぬ世なれは」20オ
ましてこれはいとよういひなしつへきたよ
りなりとおほすにいとなたゝしうひたすら世
になくなりて後にうらみのこすはよのつねの
こと也それたに人のうへにてはつみふかうゆゝ
しきをうつゝの我身なからさるうとましき
ことをいひつけらるゝすくせのうきこと
すへてつれなき人にいかて心もかけきこえ
しとおほしかへせとおもふも物をなりさい
宮はこそうちにいり給へかりしをさま/\
さはる事ありてこの秋入給九月にはやかて」20ウ
のゝ宮にうつろひ給へけれはふたゝひの御はらへ
のいそきとりかさねてあるへきにたゝあや
しうほけ/\しうてつく/\とふしなやみ
給を宮人いみしきたいしにて御いのりなと
さま/\つかうまつるおとろ/\しきさまに
はあらすそこはかとなくて月日をすくし
給大将殿もつねにとふらひきこえ給
へとまさるかたのいたうわつらひ給へは御心のいとま
なけなりまたさるへきほとにもあらすと
みな人もたゆみ給へるににはかに御けしき」21オ
ありてなやみ給へはいとゝしき御いのりかすをつ
くしてせさせ給へれとれいのしうねき
御ものゝけひとつさらにうこかすやむこと
なきけむさともめつらか也ともてなやむ
さすかにてうせられて心くるしけになき
わひてすこしゆるへ給へや大将にきこ
ゆへき事ありとのたまふされはよある
やうあらんとてちかき御き丁のもとにい
れたてまつりたりむけにかきりのさ
まにものし給をきこえをかまほし」21ウ
きこともおはするにやとておとゝも宮もすこし
しそき給へりかちのそうともこゑしつめて
法花経をよみたるいみしうたうとしみ
き丁のかたひらひきあけてみたてまつり
給へはいとおかしけにて御はらはいみしうたかう
てふし給へるさまよそ人たに見たてまつらむ
に心みたれぬへしましておしうかなしう
おほすことはり也しろき御そに色あひいと
はなやかにて御くしのいとなかうこちた
きをひきゆひてうちそへたるもかうて」22オ
こそらうたけになまめきたるかたそひ
ておかしかりけれとみゆ御てをとらへてあな
いみし心うきめをみせ給かなとて物もきこ
え給はすなき給へはれいはいとわつらはしう
はつかしけなる御まみをいとたゆけに見
あけてうちまもりきこえ給に涙のこほ
るゝさまを見給はいかゝあはれのあさからむあま
りいたうなきたまへは心くるしきおやたちの
御事をおほし又かく見給につけてくちおしう
おほえ給にやとおほしてなに事もいと」22ウ
かうなおほしいれそさりともけしうはおは
せしいかなりともかならすあふせあなれは
たいめむはありなむおとゝ宮なともふかき
契ある中はめくりてもたえさなれはあひ見
るほとありなむとおほせとなくさめ給にいて
あらすや身のうへのいとくるしきをしはしや
すめ給へときこえむとてなむかくまいり
こむともさらに思はぬを物おもふ人のた
ましひはけにあくかるゝ物になむありけると
なつかしけにいひて」23オ
なけきわひ空にみたるゝわかたまを
むすひとゝめよしたかへのつまとの給こゑ
けはひその人にもあらすかはりたまへり
いとあやしとおほしめくらすにたゝかの
みやす所也けりあさましう人のとかく
ゆふをよからぬものとものいひいへることも
きゝにくゝおほしての給けつをめに見す/\
世にはかゝる事こそはありけれとうとましう
なりぬあな心うとおほされてかくの給
へとたれとこそしらねたしかにの給へと」23ウ
の給へはたゝそれなる御ありさまにあさまし
とはよのつね也人々ちかうまいるもかたはら
いたうおほさるすこし御こゑもしつまり
給へれはひまおはするにやとて宮の御
ゆもてよせ給へるにかきおこされ給てほと
なくうまれ給ぬうれしとおほす事か
きりなきに人にかりうつし給へる御ものゝ
けともねたかりまとふけはひいと物さは
かしうてのちのこと又いと心もとなしいふ
かきりなきくわんともたてさせ給けに」24オ
やたいらかに事なりはてぬれは山の
さすなにくれやむことなきそうともした
りかほにあせをしのこひつゝいそきまか
てぬおほくの人の心をつくしつる日ころの
なこりすこしうちやすみて今はさり
ともとおほすみすほうなとは又/\はし
めそへさせ給へとまつはけうありめつら
しき御かしつきにみな人ゆるへり院
をはしめたてまつりてみこたちかむ
たちめのこるなきうふやしなひとも」24ウ
のめつらかにいかめしきを夜ことにみのゝ
しるおとこにてさへおはすれはそのほとの
さほうにきはゝしくめてたしかの宮す
所はかゝる御ありさまをきゝ給てもたゝならす
かねてはいとあやうくきこえしをたいら
かにもはたとうちおほしけりあやしう
われにもあらぬ御心ちをおほしつゝくるに
御そなともたゝけしのかにしみかへりたる
あやしさに御ゆするまいり御そきかへ
なとし給て心えたまへと猶おなしやう」25オ
にのみあれはわか身なからたにうとましうお
ほさるゝにまして人のいひおもはむことなと
人にの給へき事ならねは心ひとつにおほし
なけくにいとゝ御心かはりもまさりゆく大将
殿は心ちすこしのとめ給てあさましかりし
ほとのとはすかたりも心うくおほしいて
られつゝいとほとへにけるも心くるしう又けち
かう見たてまつらむにはいかにそやうたて
おほゆへきを人の御ためいとおしうよろつ
におほして御ふみはかりそありけるいたうわ」25ウ
つらひ給し人の御なこりゆゝしう心ゆるひ
なけにたれもおほしたれはことはりにて御あ
りきもなし猶いとなやましけにのみ
したまへはれいのさまにてもまたたいめん
し給はすわか君のいとゆゝしきまて見え
給御ありさまをいまかういとさまことにもて
かしつききこえ給さまおろかならすこと
あひたる心ちしておとゝもうれしういみし
とおもひきこえ給へるにたゝこの御心ち
おこたりはて給はぬを心もとなくおほせと」26オ
さはかりいみしかりしなこりにこそはとおほ
していかてかは内のみは心をもまとはし給はん
わか君の御まみのうつくしさなとの春宮
にいみしうにたてまつり給へるをみたて
まつり給てもまつこひしうおもひ出られ
させ給にしのひかたくてまいり給はむと
てうちなとにもあまりひさしうまいり
侍らねはいふせさにけふなむうひたちし
侍をすこしけちかきほとにてきこえ
させはやあまりおほつかなき御心のへたて」26ウ
かなとうらみきこえ給へれはけにたゝひ
とへにえむにのみあるへき御中にもあらぬ
をいたうおとろへ給へりといひなからもの
こしにてなとあへきかはとてふし給へる所
におましちかうまいりたれはいりて物
なときこえ給御いらへ時々きこえ給も
猶いとよはけ也されとむけになき人とお
もひきこえし御ありさまをおほしいつ
れは夢の心ちしてゆゝしかりしほとの
事ともなときこえ給ついてにもかの」27オ
むけにいきもたえたるやうにおはせしかひき
かへしつふ/\とのたまひし事ともおほし
いつるに心うけれはいさやきこえまほ
しきこといとおほかれとまたいとたゆけ
におほしためれはこそとて御ゆまいれなと
さへあつかひきこえ給をいつならひ給
けんと人々あはれかりきこゆいとおかしけ
なる人のいたうよはりそこなはれてあるか
なきかのけしきにてふし給へるさま
いとらうたけに心くるしけなり御くしの」27ウ
みたれたるすちもなくはら/\とかゝれる枕の
ほとありかたきまてみゆれはとしころなに
ことをあかぬことありておもひつらむとあや
しきまてうちまもれ給院なとにまい
りていととうまかてなむかやうにておほ
つかなからすみたてまつらはうれしかるへきを
宮のつとおはするに心ちなくやとつゝ
みてすくしつるもくるしきを猶やう/\
心つよくおほしなしてれいのおまし所に
こそあさりわかくもてなし給へはかたへは」28オ
かくもものし給そなときこえをき給て
いときよけにうちさうそきていて給を
つねよりはめとゝめて見いたしてふし給
へり秋のつかさめしあるへきさためにて
大殿もまいり給へは君たちもいたはりの
そみ給事ともありてとのゝ御あたりは
なれ給はねはみなひきつゝきいて給ぬ
とのゝうち人すくなにしめやかなるほとに
にはかにれいの御むねをせきあけて
いといたうまとひ給うちに御せうそこ」28ウ
きこえ給ほともなくたえいり給ぬあしを
そらにてたれも/\まかて給ぬれはちもく
の夜なりけれとかくわりなき御さはりなれ
はみな事やふれたるやう也のゝしりさ
はくほと夜中はかりなれは山のさすなに
くれのそうつたちもえさうしあへ
給はすいまはさりともとおもひたゆみ
たりつるにあさましけれはとのゝうちの
人ものにそあたる所/\の御とふらひの
つかひなとたちこみたれとえきこえ」29オ
つかすゆすりみちていみしき御心まとひ
ともいとおそろしきまて見え給御ものゝけ
のたひ/\とりいれたてまつりしをおほし
て御まくらなともさなから二三日みたて
まつり給へとやう/\かはり給ことゝもの
あれはかきりとおほしはつるほとたれも/\
いといみし大将殿はかなしきことにことを
そへて世の中をいとうき物におほししみ
ぬれはたゝならぬ御あたりのとふらひとも
も心うしとのみそなへておほさるゝ院に」29ウ
おほしなけきとふらひきこえさせ給さま
かへりておもたゝしけなるをうれしき
をもましりておとゝは御涙のいとまなし
人の申すにしたかひていかめしきことゝ
もをいきやかへり給とさま/\にのこる事
なくかつそこなれ給事とものあるを見
る/\もつきせすおほしまとへとかひなく
て日ころになれはいかゝはせむとて鳥へ
野にゐてたてまつるほといみしけなる事
おほかりこなたかなたの御をくりの人」30オ
ともてら/\の念仏そうなとそこらひ
ろき野に所もなし院をはさらにも
申さすきさいの宮春宮なとの御つかひ
さらぬ所/\のもまいりちかひてあかす
いみしき御とふらひをきこえ給おとゝは
えたちあかり給はすかゝるよはひのすゑ
にわかくさかりのこにをくれたてまつり
てもこよふことゝはちなき給をこゝらの
人かなしうみたてまつる夜もすからいみしう
のゝしりつるきしきなれといともはかなき」30ウ
御かはねはかりを御なこりにてあか月ふか
くかへり給つねの事なれと人ひとりか
あまたしも見給はぬことなれはにやたくひ
なくおほしこかれたり八月廿よ日の在明
なれは空もけしきもあはれすくなから
ぬにおとゝのやみにくれまとひ給へるさま
を見たまふもことはりにいみしけれは空の
みなかめられ給て
のほりぬるけふりはそれとわかねとも
なへて雲ゐのあはれなる哉とのにおはし」31オ
つきて露まとろまれ給はすとしころの
御ありさまをおほしいてつゝなとてつゐに
はをのつから見なをし給てむとのとかにお
もひてなをさりのすさひにつけてもつら
しとおほえられたてまつりけむよをへて
うとくはつかしき物におもひてすきはて
給ぬるなとくやしき事おほくおほし
つゝけらるれとかひなしにはめる御そたて
まつれるも夢の心ちしてわれさきたゝ
ましかはふかくそそめ給はましとおほすさへ」31ウ
かきりあれはうすゝみ衣あさけれと
涙そ袖をふちとなしけるとてねむすし
給へるさまいとゝなまめかしさまさりて
経しのひやかによみ給つゝ法かい三まいふ
けん大しとうちの給へるおこなひなれたるほうし
よりはけなりわか君を見たてまつり給に
もなにゝしのふのといとゝ露けゝれとかゝる
かたみさへなからましかはとおほしなくさむ
宮はしつみいりてそのまゝにおきあかり
給はすあやうけに見え給を又おほし」32オ
さはきて御いのりなとせさせ給はらなう
すきゆけは御わさのいそきなとせさせ
給もおほしかけさりしことなれはつき
せすいみしうなむなのめにかたほなるを
たに人のおやはいかゝおもふめるましてこと
はり也又たくひおはせぬをたにさう/\しく
おほしつるに袖のうへの玉のくたけたりけむ
よりもあさましけなり大将の君は
二条院にたにあからさまにもわたり給はす
あはれに心ふかうおもひなけきておこなひ」32ウ
をまめにし給ひつゝあかしくらし給所/\には
御ふみはかりそたてまつり給かの宮す所
はさい宮はさ衛門のつかさにいり給にけれは
いとゝいつくしき御きよまはりにことつけ
てきこえもかよひ給はすうしとおもひしみ
にし世もなへていとはしうなり給てかゝる
ほたしたにそはさらましかはねかはしき
さまにもなりなましとおほすにはまつ
たいのひめ君のさう/\しくてものし
給らむありさまそふとおほしやらる・」33オ
よるはみ丁のうちにひとりふし給にとの
ゐの人々はちかうめくりてさふらへとかた
はらさひしくて時しもあれとねさめ
かちなるにこゑすくれたるかきりえりさ
ふらはせ給念仏の暁かたなとしのひかたし
ふかき秋のあはれまさり行風のをと身に
しみけるかなとならはぬ御ひとりねにあかし
かね給へるあさほらけのきりわたれるに
菊のけしきはめる枝にこきあをに
ひのかみなるふみつけてさしをきてい」33ウ
にけりいまめかしうもとて見給へは宮す所
の御てなりきこえぬほとはおほししら
むや
人の世をあはれときくも露けきに
をくるゝ袖をおもひこそやれたゝいまの
空におもひ給へあまりてなむとあり
つねよりもいうにもかい給へるかなとさすか
にをきかたうみ給物からつれなの御とふ
らひやと心うしさりとてかきたえをと
なうきこえさらむもいとおしく人の御」34オ
なのくちぬへき事をおほしみたるす
きにし人はとてもかくてもさるへきにこそは
物し給けめなにゝさることをさた/\と
けさやかに見きゝけむとくやしきは
我御心なから猶えおほしなをすましき
なめりかし斎宮の御きよまはりもわつら
はしくやなとひさしうおもひわつらひ給へと
わさとある御返なくはなさけなくやとて
むらさきのにはめるかみにこよなうほとへ
侍にけるを思給へおこたらすなからつゝ」34ウ
ましきほとはさらはおほししるらむやとて
なむ
とまる身もきえしもおなし露の世に
心をくらむほとそはかなきかつはおほし
けちてよかし御らんせすもやとてたれ
にもときこえ給へりさとにおはする
ほとなりけれはしのひて見給てほのめかし
給へるけしきを心のおにゝしるくみ給て
されはよとおほすもいといみし猶いとかき
りなき身のうさ也けりかやうなるきこ」35オ
えありて院にもいかにおほさむ故前坊の
おなしき御はらからといふ中にもいみしう
おもひかはしきこえさせ給てこの斎宮
の御ことをもねんころにきこえつけませ
給しかはその御かはりにもやかて見たてま
つりあへるはむなとつねにの給せてやかて
うちすみし給へとたひ/\きこえさせ給
しをたにいとあるましきことゝおもひは
なれにしをかく心よりほかにわか/\しき
物思をしてつゐにうき名をさへなかし」35ウ
はてつへきことゝおほしみたるゝになをれいの
さまにもおはせすさるは大かたの世につけて
心にくゝよしあるきこえありてむかし
より名たかく物し給へは野の宮の御う
つろひのほとにもおかしういまめきたる事
おほくしなして殿上人とものこのましき
なとは朝夕の露わけありくをその比の
やくになむするなときゝ給ても大将
の君はことはりそかしゆへはあくまて
つき給へる物をもし世中にあきはてゝ」36オ
くたり給なはさう/\しくもあるへきかなとさ
すかにおほされけり御法事なとすきぬれ
と正日まては猶こもりおはすならはぬ御つ
れ/\を心くるしかり給て三位中将は
つねにまいり給つゝ世中の御物かたり
なとまめやかなるも又れいのみたりかはし
き事をもきこえいてつゝなくさめき
こえ給にかの内侍そうちわらひ給くさ
はひにはなるめる大将の君はあないとおし
やをはおとゝのうへないたうかろめ給ひ」36ウ
そといさめ給物からつねにおかしとおほし
たりかのいさよひのさやかならさりし
秋の事なとさらぬもさま/\のすきこ
とゝもをかたみにくまなくいひあらはし給
はて/\はあはれなる世をいひ/\てうちなき
なともし給けり時雨うちして物あはれなる
暮つかた中将の君にひ色のなをしさし
ぬきうすらかに衣かへしていとおゝしう
あさやかに心はつかしきさましてまいり
給へり君はにしのつまのかうらんにをし」37オ
かゝりて霜かれのせむさいみ給ほと也
けり風あらゝかにふきしくれさとしたる
ほと涙もあらそふ心ちして雨となり雲
とや成にけんいまはしらすとうちひとり
こちてつらつゑつき給へる御さま女にては
みすてゝなくならむ玉しひかならすとまり
なむかしと色めかしき心ちにうちまも
られつゝちかうついゐ給へれはしとけなく
うちみたれ給へるさまなからひもはかりをさ
しなをし給これはいますこしこまや」37ウ
かなる夏の御なをしに紅のつやゝかなる
ひきかさねてやつれ給へるしも見ても
あかぬ心ちそする中将もいとあはれなる
まみになかめたまへり
雨となりしくるゝ空のうき雲を
いつれのかたとわきてなかめむゆくゑなし
やとひとりことのやうなるを
見し人の雨となりにし雲井さへ
いとゝ時雨にかきくらす比との給御けし
きもあさからぬほとしるく見ゆれはあや」38オ
しうとし比はいとしもあらぬ御心さしを院
なとゐたちての給はせおとゝの御もてなしも
心くるしう大宮の御かたさまにもてはなる
ましきなとかた/\にさしあひたれはえし
もふまりすて給はてものうけなる御けし
きなからありへ給なめりかしといとおしう
見ゆるおり/\ありつるをまことにやむ
ことなくをもきかたはことに思きこえ給
けるなめりと見しるにいよ/\くちおしう
おほゆよろつにつけてひかりうせぬる」38ウ
心ちしてくんしゐありけりかれたる下草
の中にりんたうなてしこなとのさきいて
たるをおらせ給て中将のたち給ぬる
のちにわか君の御めのとの宰相の君して
草かれのまかきにのこるなてしこを
わかれし秋のかたみとそ見るにほひおと
りてや御らんせらるらむときこえ給
へりけになに心なき御ゑみかほそいみ
しううつくしき宮は吹風につけて
たに木の葉よりけにもろき御涙は」39オ
ましてとりあへ給はす
いまも見てなか/\袖をくたすかなかき
ほあれにしやまとなてしこ猶いみしう
つれ/\なれはあさかほの宮にけふの
あはれはさりとも見しり給らむとおし
はからるゝ御心はへなれはくらきほとなれと
きこえ給たえまとをけれとさのもの
となりにたる御ふみなれはとかなくて
御らむせさす空の色したるからのかみに
わきてこのくれこそ袖は露けゝれ」39ウ
物おもふ秋はあまたへぬれといつも時雨
はとあり御手なとの心とゝめてかき給へる
つねよりもみ所ありてすくしかたきほと
なりと人もきこえみつからもおほされ
けれは大うち山をおもひやりきこえ
なからえやはとて
秋きりにたちをくれぬときゝしより
時雨ゝ空もいかゝとそおもふとのみほのか
なるすみつきにておもひなし心にくし
なに事につけても見まさりはかたき」40オ
世なめるをつらき人しもこそとあはれに
おほえ給人の御心さまなるつれななから
さるへきおり/\のあはれをすくし給はぬ
これこそかたみになさけも見はつへき
わさなれ猶ゆへつきよしつきて人め
に見ゆはかりなるはあまりのなむもいて
きけりたいのひめ君をさはおほしたてし
とおほすつれ/\にて恋しと思らむ
かしとわするゝおりなけれとたゝめおや
なき子をゝきたらむ心ちして見ぬほと」40ウ
うしろめたくいかゝおもふらむとおほえぬ
そ心やすきわさなりけるくれはて
ぬれは御となふらちかくまいらせ給て
さるへかきりの人/\御まへにて物語
なとせさせ給中納言の君といふはとし
ころしのひおほししかとこの御思ひの
ほとは中/\さやうなるすちにもかけ
給はすあはれなる御心かなと見たてま
つる大かたにはなつかしううちかたらひ
給てかうこの日ころありしよりけに」41オ
たれも/\まきるゝかたなく見なれ/\
てえしもつねにかゝらすは恋しから
しやいみしき事をはさる物にてたゝ
うちおもひめくらすこそたへかたきこと
おほかりけれとの給へはいとゝみななきて
いふかひなき御事はたゝかきくらす心ち
し侍はさる物にてなこりなきさまに
あくかれてさせ給はむほと思給ふる
こそときこえもやらすあはれと見わ
たし給てなこりなくはいかゝは心あさくも」41ウ
とりなし給哉心なかき人たにあらは
見はて給ひなむ物を命こそはかなけれと
て火をうちなかめたまへるまみのうち
ぬれ給へるほとそめてたきとりわきて
らうたくし給しちいさきわらはのお
やともゝなくいと心ほそけにおもへるこ
とはりに見給てあてきはいまはわれを
こそはおもふへき人なめれとのたまへはいみ
しうなくほとなきあこめ人よりはくろう
そめてくろきかさみくわむさうのはかま」42オ
なときたるもおかしきすかた也むかし
をわすれさらむ人はつれ/\をしのひても
をさなき人を見すてすものし給へ
見し世のなこりなく人/\さへかれなは
たつきなさもまさりぬへくなむなとみな
心なかゝるへきことゝもをの給へといてや
いとゝまちとをにそなり給はむとおもふ
にいとゝ心ほそし大とのは人々にきは/\
ほとをきつゝはかなきもてあそひ物とも
又まことにかの御かたみなるへき物なとわ」42ウ
さとならぬさまにとりなしつゝみなくはらせ
給けり君はかくてのみもいかてかはつく/\
とすくし給はむとて院へまいり給御
車さしいてゝこせむなとまいりあつまる
ほとおりしりかほなる時雨うちそゝきて
木の葉さそふ風あはたゝしう吹は
らひたるにおまへにさふらふ人々もの
いと心ほそくてすこしひまありつる
袖ともうるひわたりぬよさりはやかて
二条院にとまり給へしとてさふらひの」43オ
人/\もかしこにてまちきこえんと
なるへしをの/\たちいつるにけふにしもと
ちむましき事なれと又なくものか
なしおとゝも宮もけふのけしきに
またかなしさあらためておほさる宮の
御まへに御せうそこきこえ給へり院に
おほつかなかりのた給するによりけふなむ
まいり侍あからさまにたちいて侍につ
けてもけふまてなからへ侍にけるよとみ
たり心ちのみうこきてなむきこえ」43ウ
させむも中/\に侍へけれはそなたにもまいり
侍らぬとあれはいとゝしく宮はめも見え給はす
しつみいりて御返もきこえ給はすおとゝ
そやかてわたり給へるいとたへかたけにおほ
して御袖もひきはなち給はす見たて
まつる人/\もいとかなし大将の君はよをお
ほしつゝくることいとさま/\にてなき
給さまあはれに心ふかき物からいとさま
よくなまめき給へりおとゝひさしう
ためらひ給てよはひのつもるにはさしも」44オ
あるましきことにつけてたに涙もろなる
わさに侍をましてひるよなうおもひ給
へまとはれ侍心をえのとめ侍らねは人めも
いとみたりかはしう心よはきさまに侍へ
けれは院なとにもまいり侍らぬ也ことの
ついてにはさやうにおもむけそうせさせ
給へいくはくも侍るましきおいのすゑに
うちすてられたるかつらうも侍かなと
せめて思ひしつめての給けしきいと
わりなし君もたひ/\はなうちかみて」44ウ
をくれさきたつほとのさためなさは世の
さかと見給へしりなからさしあたりておほ
え侍心まとひはたくひあるましきわさ
となむ院にもありさまそうし侍らむに
おしはからせ給てむときこえ給さらは
時雨もひまなく侍めるを暮ぬほとにと
そゝのかしきこえ給うち見まはし給
にみき丁のうしろさうしのあなたなと
のあきとおるたるなとに女はう卅人
はかりおしこりてこきうすきにひ色とも」45オ
をきつゝみないみしう心ほそけにてうちし
ほたれつゝゐあつまりたるをいとあはれとみ
給おほしすつましき人もとまりたまへ
れはさりともものゝついてにはたちよらせ給
はしやなとなくさめ侍をひとへにおもひや
りなき女はうなとはけふをかきりにおほ
しすてつる古郷と思くむしてなかく
わかれぬるかなしひよりもたゝ時/\な
れつかうまつるとし月のなこりなかるへ
きをなけき侍めるなむことはりなるうち」45ウ
とけおはします事は侍さりつれとさりとも
つゐにはとあいなたのめし侍つるをけに
こそ心ほそきゆふへに侍れとてもなき給
ぬいとあさはかなる人々のなけきにも侍
なるかなまことにいかなりともとのとかに思給
へつるほとはをのつから御めかるゝおりも侍つ
らむを中/\いまはなにをたのみにてかは
おこたり侍らんいま御らんしてむとてい
て給をおとゝ見をくりきこえ給ていり給
へるに御しつらひよりはしめありしにかはる」46オ
事もなけれとうつせみのむなしき心ちそ
枕ふるき衾たれとともにか
し給御丁のまへに御すゝりなとうちゝら
して手ならひすて給へるをとりてめをお
しゝほりつゝみ給をわかき人々はかなしき
中にもほをゑむあるへしあはれなるふる
事ともからのもやまとのもかきけかし
つゝさうにもまなにもさま/\めつらしき
さまにかきませ給へりかしこの御てやと
空をあふきてなかめ給よそ人にみたて
まつりなさむかおしきなるへしふるき」46ウ
なき玉そいとゝかなしきねしとこの
あくかれかたき心ならひに又霜の花
しろしとある所に
君なくてちりつもりぬるとこなつの
露うちはらひいく夜ねぬらむ一日の
花なるへし枯てましれり宮に御らん
せさせ給ていふかひなき事をはさる物
にてかゝるかなしきたくひ世になくやはと
思なしつゝ契なかゝらてかく心を」47オ
まとはすへくてこそはありけめとかへりては
つらくさきの世を思やりつゝなむさまし
侍をたゝ日ころにそへて恋しさのたへ
かたきとこの大将の君のいまはとよそに
なり給はむなんあかすいみしく思たまへ
らるゝ一日ふつかも見給はすかれ/\におは
せしをたにあかすむねいたく思侍しを
あさゆふのひかりうしなひてはいかてかな
からふへからんと御こゑもえしのひあへ給はす
ない給におまへなるおとな/\しき人」47ウ
なといとかなしくてさとうちなきたる
そゝろさむきゆふへのけしき也わかき人々
は所/\にむれゐつゝをのかとちあはれなる
事ともうちかたらひてとのゝおほしの
たまはするやうに我君をみたてまつりて
こそはなくさむへかめれと思ふもいとはかなき
ほとの御かたみにこそとてをの/\あから
さまにまかてゝまいらむといふもあれは
かたみにわかれおしむほとのかしゝあはれなる
事ともおほかり院へまいり給へれはいと」48オ
いたうおもひやせにけりさうしにて日を
ふるけにやと心くるしけにおほしめしてお
まへにて物なとまいらせ給てとやかくやと
おほしあつかひきこえさせ給へるさまあ
はれにかたしけなし中宮の御かたにまい
り給へれは人/\めつらしかり見たてまつる
命婦の君して思つきせぬ事ともを
ほとふるにつけてもいかにと御せうそこきこ
え給へりつねなき世は大かたにもおもふ給
へしりにしをめにちかく見侍つるにいと」48ウ
はしきことおほく思給へみたれしもたひ/\
の御せうそこになくさめ侍てなむけふまて
もとてさならぬおりたにある御けしきとり
そへていと心くるしけなりむもんのうへの
御そににひ色の御したかさねえいまき給
へるやつれすかたはなやかなる御よそひよりも
なまめかしさまさり給へり春宮にも
ひさしうまいらぬおほつかなさなときこ
え給て夜ふけてそまかて給二条院に
はかた/\はらひみかきておとこ女まち」49オ
きこえたり上らうともみなまうのほりて
われも/\とさうそきけさうしたるをみる
につけてもかのゐなみくむしたりつるけし
きともそあはれにおもひいてられ給御さう
そくたてまつりかへてにしのたいにわたり
たまへり衣かへの御しつらひくもりなくあさ
やかに見えてよきわか人わらはへのなりす
かためやすくとゝのへて少納言かもてなし
心もとなき所なう心にくしと見給ひめ
君いとうつくしうひきつくろひておはす」49ウ
ひさしかりつるほとにいとこよなうこそおと
なひ給にけれとてちいさきみき丁ひき
あけて見たてまつり給へはうちはみてはら
ひ給へる御さまあかぬと所なしほかけの御かた
はらめかしらつきなとたしかの心つくし
きこゆる人にたかふ所なくなり行かな
と見給にいとうれしちかくより給て
おほつかなかりつるほとの事ともなときこえ
給て日ころの物かたりのとかにきこえま
ほしけれといま/\しうおほえ侍れはしはし」50オ
ことかたにやすらひてまいりこむ今はとたえ
なく見たてまつるへけれはいとはしうさへや
おほされむとかたらひきこえ給を少納言
はうれしときく物から猶あやうく思き
こゆやむことなきしのひ所おほうかゝ
つらひ給へれは又わつらはしきやたち
かはり給はむと思ふそにくき心なるや
御方にわたり給て中将の君といふ御
あしなとまいりすさひておほとのこも
りぬあしたにはわか君の御ともに御ふみ」50ウ
たてまつり給あはれなる御返を見給にもつ
きせぬ事とものみなむいとつれ/\になか
めかちなれとなにとなき御ありきももの
うくおほしなられておほしもたゝれすひめ
君のなに事もあらまほしうとゝのひは
てゝいとめてたうのみ見え給をにけなからぬ
ほとにはたみなし給へれはけしきはみたる
事なとおり/\きこえこゝろみ給へと見
もしり給はぬけしき也つれ/\なるまゝに
たゝこなたにてこうちへんつきなとし」51オ
つゝ日をくらし給に心はへのらう/\しく
あいきやうつきはかなきたはふれこと
のなかにもうつくしきすちをしいて給へは
おほしはなちたる年月こそたゝさるかたの
らうたさのみはありつれしのひかたくなりて
心くるしけれといかゝ有けむ人のけちめ
見たてまつりわくへき御中にもあらぬに
おとこ君はとくおき給て女君はさらに
おき給はぬあしたあり人々いかなれは
かくおはしますならむ御心ちのれい」51ウ
ならすおほさるゝにやと見たてまつりな
けくに君はわたり給とて御すゝりの
はこを御帳のうちにさしいれておはし
にけり人まにからうしてかしらもたけ
給へるにひきむすひたるふみ御枕のもと
にありなに心もなくひきあけて見給へは
あやなくもへたてけるかなよをかさね
さすかになれしよるの衣をとかき
すさひ給へるやう也かゝる御心おはすらむ
とはかけてもおほしよらさりしかはなとて」52オ
かう心うかりける御心をうらなくたのもしき
物におもひきこえけむとあさましうおほ
さるひるつかたにたり給てなやましけに
し給らむはいかなる御心ちそけふはこもうた
てさう/\しやとてのそき給へはいよ/\
御そひきかつきてふし給へり人々はしり
そきてつゝさふらへはより給てなとかく
いふせき御もてなしそおもひのほかに心く
こそおはしけれな人もいかにあやしとおもふ
らむとて御ふすまをひきやり給へれは」52ウ
あせにをしひたしてひたいかみもいたうぬれ
給へりあなうたてこれはいとゆゝしき
わさそよとてよろつにこしらへきこえ
給へとまことにいとつらしと思給て露
の御いらへもし給はすよし/\さらに見えたて
まつらしいとはつかしなとえし給て御
すゝりあけてみ給へと物もなけれはわか
の御ありさまやとらうたく見たてまつり給
て日ひとひいりゐてなくさめきこえ給
へととけかたき御けしきいとゝらうたけ」53オ
なりそのよさりゐのこもちゐまいらせ
たりかゝる御思のほとなれはこと/\しきさま
にはあらてこなたはかりにおかしけなるひ
わりこなとはかりを色/\にてまいれるをみ給
て君みなみのかたにいて給てこれみつを
めしてこのもちゐかうかす/\に所せき
さまにはあらてあすのくれにまいらせよけ
ふはいま/\しき日也けりとうちほゝゑみて
の給御けしきを心とき物にてふと思よ
りぬこれみつたしかにもうけたまはらて」53ウ
けにあいきやうのはしめは日えりしてき
こしめすへき事にこそさてもねのこは
いくつかつかうまつらすへう侍らむとま
めたちて申せはみつかひとつかにてもあらむ
かしとの給に心えはてゝたちぬ物なれの
さまやときみはおほす人にもいはて手
つからといふはかりさとにてそつくりゐた
りける君はこしらへわひ給ていまは
しめぬすみもてきたらむ人の心ちす
るもいとおかしくてとし比あはれとおもひ」54オ
きこえつるはかたはしにもあらさりけり
人の心こそうたてある物はあれいまは一夜
もへたてむ事のわりなかるへき事
とおほさるの給しもちゐしのひていたう
夜ふかしてもてまいれり少納言はおと
なしくてはつかしくやおほさむと思やり
ふかく心しらひてむすめの弁といふを
よひいてゝこれしのひてまいらせ給へとて
かうこのはこをひとつさしいれたりたし
かに御枕かみにまいらすへきいはひの物」54ウ
に侍あなかしこあたになといへはあやしと
おもへとあたなる事はまたならはぬ物を
とてとれはまことにいまはさるもしいませ
給へよゝもましり侍らしといふわかき人
にてけしきもえふかく思よらねはもてま
いりて御枕かみの御き丁よりさしいれ
たるを君それいのきこえしらせ給らむ
かし人はえしらぬにつとめてこのはこを
まかてさせ給へるにそしたしきかきり
の人/\おもひあはする事ともありける」55オ
御さえともなといつのまにかしいてけむ
けそくいときよらにしてもちゐの
さまもことさらひいとおかしうとゝのへたり
少納言はいとかうしもやとこそ思きこ
えさせつれあはれにかたしけなくお
ほしいたらぬ事なき御心はへをまつ
うちなかれぬさてもうち/\にのたまは
せよなかの人もいかにおもひつらむと
さらめきあへりかくて後はうちにも院
にもあからさまにまいり給へる程たに」55ウ
しつ心なくおもかけに恋しけれはあやしの
心やとわれなからおほさるかよひ給し所
/\よりはうらめしけにおとろかしきこえ
給なとすれはいとおしとおほすもあれと
新手枕の心くるしくてよをやへた
てむとおほしわつらはるれはいと物うくて
なやましけにのみもてなし給て世中
のいとうくおほゆるほとすくしてなむ人
にもみえたてまつるへきとのみいらへ給つゝ
すくし給いまきさきはみくしけ殿」56オ
猶この大将にのみ心つけたまへるをけに
はたかくやむことなかりつる方もうせ給ぬ
めるをさてもあらむになとかくちおしからむ
なとおとゝの給にいとにくしと思ひきこ
え給て宮つかへもおさ/\しくたにしな
し給へらはなとかあしからむとまいらせ
たてまつらむことをおほしはけむ君も
をしなへてのさまにはおほえさりしを
くちをしとはおほせとたゝいまはことさま
にわくる御心もなくてなにかはかはかりみし」56ウ
△ゝめ世にかくておもひさたまりなむ人
のうらみもおふましかりけりといとゝあ
やうくおほしこりにたりかのみやす所
はいと/\ほしけれとまことのよるへとた
のみきこえむにはかならす心をかれぬへ
し年ころのやうにてみすくし給はゝ
さるへきおりふしにものきこえあはする
人にてはあらむなとさすかにことのほか
にはおほしはなたすこのひめ君をいまゝ
てよ人もその人ともしりきこえぬも物け」57オ
なきやう也ちゝ宮にしらせきこえてむ
とおもほしなりて御もきの事人に
あまねくはの給はねとなへてならぬさま
におほしまうくる御よういなといとあり
かたけれと女君はこよなううとみきこえ
給て年ころよろつにたのみきこえて
まつはしきこえけるこそあさましき心
なりけれとくやしうのみおほしてさやか
にも見あはせたてまつり給はすきこえ
たはふれ給もくるしうわりなき物に」57ウ
おほしむすほゝれてありしにもあらす
なり給へる御ありさまをおかしうもいとお
しうもおほされて年ころおもひきこ
えしほいなくなれはまさらぬ御けしき
の心うきことゝうらみきこえ給ほとに
としもかへりぬついたちの日はれいの院に
まいり給てそ内春宮なとにもまいり
給それより大とのにまかて給へりおとゝ
あたらしき年ともいはすむかしの
御事ともきこえいて給てさう/\しく」58オ
かなしとおほすにいとゝかくさへわたり
給へるにつけてねむしかへし給へと
たへかたうおほしたり御年のくはゝるけ
にやもの/\しきけさへそひ給てあり
しよりけにきよらに見え給たちいてゝ
御かたにいり給へれは人々もめつらしう見
たてまつりてしのひあへすわかきみ見たて
まつり給へはこよなうおよすけてわらひ
かちにおはするもあはれ也まみくちつきたゝ
春宮の御おなしさまなれは人もこそ見」58ウ
たてまつりとかむれと見給御しつらひな
ともかはらすみそかけの御さうそくなと
れいのやうにしかけられたるに女のかなら
はぬこそはへなくさう/\しけれはへな
けれ宮の御せうそこにてけふはいみしく
思給へしのふるをかくわたらせ給へるになむ
中/\なときこえ給てむかしにならひ
侍にける御よそひも月ころはいとゝ涙
にきりふたかりて色あひなく御らむ
せられ侍らむと思給れとけふはかりは」59オ
猶やつれさせたまへとていみしくし
つくし給へる物とも又かさねてたてま
つれ給へりかならすけふたてまつるへきと
おほしける御したかさねは色もをりさまも
よのつねならす心ことなるをかひなくや
はとてきかへ給こさらましかはくちをしう
おほさましと心くるし御返に春やき
ぬるともまつ御らむせられになんまいり侍
つれと思給へいてらるゝ事おほくてえ
きこえさせ侍らす」59ウ
あまた年けふあらためし色ころも
きては涙そふるこゝちするえこそおも
ひたまへしつめねときこえ給へり御返
あたらしきとしともいはすふる物は
ふりぬる人の涙なりけりをろかなるへ
きことにそあらぬや
【奥入01】[敬+手]掌上珠摧心中丹<古願文歟>
此事非さ本文歟追可勘(戻)
【奥入02】有所嗟 二首 劉夢得
[广+臾]令楼中初見時 武昌春柳似胸支」60オ
相逢相失両如夢 為雨為雲今不知
鄂渚濛々烟雨微 女郎魂遂暮雲帰
只応長在漢陽渡 化作鴛鴦一隻飛
夢得ハ白楽天同時之人也
思ふ人にをくれてつくれる詩也(戻)
【奥入03】鴛鴦(鴦$鴦<朱>)瓦冷霜華重旧枕故
衾誰与為(戻)」60ウ