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Last updated 4/10/2007(ver.2-2)
渋谷栄一翻字(C)

  

花散里


《概要》
 藤原定家筆本「源氏物語」として、「花散里」「行幸」「柏木」「早蕨」の4帖が知られている。そして、「花散里」と「柏木」は複製本が公刊されている。定家自筆本と思われているが、正確には「花散里」は、全文定家風筆の書体であり、玉上琢弥によれば「行幸」は明らかに定家筆とは異筆であるという。「柏木」は途中までが定家筆で、それ以降は定家筆筆となる。「早蕨」は定家筆とされているが、個人蔵で詳細はよく分からない。

《書誌》
 「花散里」は、定家風筆で、定家自筆とは認め難い筆跡である。また、引歌が付箋に貼付されているが、それも定家筆ではない。

《字母翻刻資料》
凡例
1 本稿は、『青表紙原本 源氏物語 花ちるさと かしは木 花ちるさと かしは木 二帖』(原装影印 古典籍覆製叢刊 前田育徳会尊経閣文庫 昭和53年11月)によった。
2 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )前の文字は、ミセケチ・抹消・補入・併記は、訂正以前の本文中の文字である。ナゾリだけは、訂正以後の文字である。
 ( )内の文字は、記号の前が訂正以前の文字、後が訂正以後の文字である。
3 ヤ行「江」とワ行「越」を翻字した。
4 付箋は(付箋 )と記した。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「花ちるさと」(題箋)

  ひとしれぬ御心つからの物おもはしさはいつと
  なきことな(な+め)れとかくおほかたのよにつけてさへ
  わつらはしうおほしみたるゝことのみまされは
  もの心ほそく世中なへていとはしうおほし
  ならるゝにさすかなることおほかりれいけいてんと
  きこえしは宮たちもおはせす院かくれさせ
  たまひてのちいよ/\あはれなる御ありさまを
  たゝこの大将殿の御心にもてかくされてすくし
  たまふなるへし御をとうとの三のきみうち」1オ

  わたりにてはかなうほのめきたまひしなこり
  のれいの御心なれはさすかにわすれもはてたまはす
  わさともゝてなしたまはぬに人の御心をのみつく
  しはてたまふへかめるをもこのころのこること
  なくおほしみたるゝよのあはれのくさはひには
  思いてたまふにはしのひかたくてさみたれのそら
  めつらしくはれたるくもまにわたり給なにはかりの
  御よそひなくうちやつして御せんなともなくし
  のひてなかゝはのほとおはしすくるにさゝやかなる
  いへのこたちなとよしはめるによくなることを」1ウ

  あつまにしらへてかきあはせにきはゝしく
  ひきなすなり御みゝとまりてかとちかなる所なれは
  すこしさしいてゝみいれたまへはおほきなるかつら
  のきのおひかせにまつりのころおほしいてられてそ
  こはかとなくけはひおかしきをたゝひとめみ給
  しやとりなりとみたまふたゝならすほとへにける
  おほめかしくやとつゝましけれとすきかてにやすらひ
  たまふおりしもほとゝきすなきてわたるもよ
  をしきこえかほなれは御くるまをしかへさせて」2オ

  れいのこれみついれ給
    おちかへりえそしのはれぬほとゝきす
    ほのかたらひしやとのかきねに
  しん殿とおほしきやのにしのつまに人/\ゐたり
  さき/\もきゝしこゑなれはこわつくりけし
  きとりて御せうそこきこゆわかやかなるけしき
  ともしておほめくなるへし
    ほとゝきすことゝふこゑはそれなれと
    あなおほつかなさみたれのそらことさらた」2ウ

  とるとみれはよし/\うへしかきねもとていつる
0001【うへしかきねも】-\<朱合点>
  を人しれぬ心にはねたうもあはれにも思けり
  さもつゝむへきことそかしことわりにもあれはさ
  すかなりかやうのきはにつくしのこせちからう
  たけなりしはやとまつおほしいついかなる
  につけても御心のいとまなくゝるしけなりとし
  月をへても猶かやうにみしあたりなさけす
  くしたまはぬにしもなか/\あまたの人の
  ものおもひくさなりかのほいのところはおほし」3オ

  やりつるもしるく人めなくしつかにておはする
  ありさまをみたまふもいとあはれなりまつ女御
  の御かたにてむかしの御ものかたりなときこえ給に
  夜ふけにけり廿日の月さしいつるほとにいとゝ
  こたかきかけともこくらくみえわたりてちかき
  たちはなのかほりなつかしくにほひて女御の御け
  はひねひにたれとあくまてよういありあてに
  らうたけなりすくれてはなやかなる御をほえ
  こそなかりしかとむつましうなつかしきかたには」3ウ

  おほしたりし物をなと思いてきこえ給につけ
  てもむかしのことかきつらねおほされてうちなき
  たまふほとゝきすありつるかきねのにやおなし
  こゑにうちなくしたひきにけるよとおほ
  さるゝほともえんなりかしいかにしりてかなと
【付箋01】-\<朱合点>「いにしへのことかたらへはほとゝきす/いかにしりてかなくこゑのする」(古今六帖2804・兼輔集31、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  しのひやかにうちすんし給
    たち花のかをなつかしみほとゝきす
【付箋02】-「たち花のかほなつかしみほとゝきす/かたらひしつゝなかぬ日そなき」(出典未詳、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
    はなちるさとをたつねてそとふいにしへの
  わすれかたきなくさめにはなをまいり侍ぬへかり」4オ

  けりこよなうこそまきるゝこともかすそふ
  こともはへりけれおほかたのよにしたかふもの
  なれはむかしかたりもかきくつすへき人すく
  なうなりゆくをましてつれ/\もまきれなくお
  ほさるらんときこえたまふにいとさらなるよ
  なれとものをいとあはれにおほしつゝけたる
  御けしきのあさからぬも人の御さまからにやおほ
  くあはれそゝひにける
    ひとめなくあれたるやとはたちはなの」4ウ

    はなこそのきのつまとなりけれとはかり
  のたまへるさはいへと人にはいとことなりけり
  とおほしくらへらるにしおもてにはわさとなくし
  のひやかにうちふるまひたまひてのそき給へる
  もめつらしきにそへてよにめなれぬ御さま
  なれはつらさもわすれぬへしなにやかやとれいの
  なつかしくかたらひたまふもおほさぬことにあ
  らさるへしかりにもみたまふかきりはをしなへて
  のきはにはあらすさま/\につけていふかひなしと」5オ

  おほさるゝはなけれはにやにくけなくわれも
  人もなさけをかはしつゝすくしたまふなりけり
  それをあいなしと思人はとにかくにかはるも
  ことはりのよのさかとおもひなしたまふあり
  つるかきねもさやうにてありさまかはりにたる
  あたりなりけり」5ウ

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