《書誌》
「花散里」は、定家風筆で、定家自筆とは認め難い筆跡である。また、引歌が付箋に貼付されているが、それも定家筆ではない。
《字母翻刻資料》
凡例
1 本稿は、『青表紙原本 源氏物語 花ちるさと かしは木 花ちるさと かしは木 二帖』(原装影印 古典籍覆製叢刊 前田育徳会尊経閣文庫 昭和53年11月)によった。
2 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )前の文字は、ミセケチ・抹消・補入・併記は、訂正以前の本文中の文字である。ナゾリだけは、訂正以後の文字である。
( )内の文字は、記号の前が訂正以前の文字、後が訂正以後の文字である。
3 ヤ行「江」とワ行「越」を翻字した。
4 付箋は(付箋 )と記した。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「花ちるさと」(題箋)
ひとしれぬ御心つからの物おもはしさはいつと
なきことな(な+め)れとかくおほかたのよにつけてさへ
わつらはしうおほしみたるゝことのみまされは
もの心ほそく世中なへていとはしうおほし
ならるゝにさすかなることおほかりれいけいてんと
きこえしは宮たちもおはせす院かくれさせ
たまひてのちいよ/\あはれなる御ありさまを
たゝこの大将殿の御心にもてかくされてすくし
たまふなるへし御をとうとの三のきみうち」1オ
わたりにてはかなうほのめきたまひしなこり
のれいの御心なれはさすかにわすれもはてたまはす
わさともゝてなしたまはぬに人の御心をのみつく
しはてたまふへかめるをもこのころのこること
なくおほしみたるゝよのあはれのくさはひには
思いてたまふにはしのひかたくてさみたれのそら
めつらしくはれたるくもまにわたり給なにはかりの
御よそひなくうちやつして御せんなともなくし
のひてなかゝはのほとおはしすくるにさゝやかなる
いへのこたちなとよしはめるによくなることを」1ウ
あつまにしらへてかきあはせにきはゝしく
ひきなすなり御みゝとまりてかとちかなる所なれは
すこしさしいてゝみいれたまへはおほきなるかつら
のきのおひかせにまつりのころおほしいてられてそ
こはかとなくけはひおかしきをたゝひとめみ給
しやとりなりとみたまふたゝならすほとへにける
おほめかしくやとつゝましけれとすきかてにやすらひ
たまふおりしもほとゝきすなきてわたるもよ
をしきこえかほなれは御くるまをしかへさせて」2オ
れいのこれみついれ給
おちかへりえそしのはれぬほとゝきす
ほのかたらひしやとのかきねに
しん殿とおほしきやのにしのつまに人/\ゐたり
さき/\もきゝしこゑなれはこわつくりけし
きとりて御せうそこきこゆわかやかなるけしき
ともしておほめくなるへし
ほとゝきすことゝふこゑはそれなれと
あなおほつかなさみたれのそらことさらた」2ウ
とるとみれはよし/\うへしかきねもとていつる
0001【うへしかきねも】-\<朱合点>
を人しれぬ心にはねたうもあはれにも思けり
さもつゝむへきことそかしことわりにもあれはさ
すかなりかやうのきはにつくしのこせちからう
たけなりしはやとまつおほしいついかなる
につけても御心のいとまなくゝるしけなりとし
月をへても猶かやうにみしあたりなさけす
くしたまはぬにしもなか/\あまたの人の
ものおもひくさなりかのほいのところはおほし」3オ
やりつるもしるく人めなくしつかにておはする
ありさまをみたまふもいとあはれなりまつ女御
の御かたにてむかしの御ものかたりなときこえ給に
夜ふけにけり廿日の月さしいつるほとにいとゝ
こたかきかけともこくらくみえわたりてちかき
たちはなのかほりなつかしくにほひて女御の御け
はひねひにたれとあくまてよういありあてに
らうたけなりすくれてはなやかなる御をほえ
こそなかりしかとむつましうなつかしきかたには」3ウ
おほしたりし物をなと思いてきこえ給につけ
てもむかしのことかきつらねおほされてうちなき
たまふほとゝきすありつるかきねのにやおなし
こゑにうちなくしたひきにけるよとおほ
さるゝほともえんなりかしいかにしりてかなと
【付箋01】-\<朱合点>「いにしへのことかたらへはほとゝきす/いかにしりてかなくこゑのする」(古今六帖2804・兼輔集31、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
しのひやかにうちすんし給
たち花のかをなつかしみほとゝきす
【付箋02】-「たち花のかほなつかしみほとゝきす/かたらひしつゝなかぬ日そなき」(出典未詳、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
はなちるさとをたつねてそとふいにしへの
わすれかたきなくさめにはなをまいり侍ぬへかり」4オ
けりこよなうこそまきるゝこともかすそふ
こともはへりけれおほかたのよにしたかふもの
なれはむかしかたりもかきくつすへき人すく
なうなりゆくをましてつれ/\もまきれなくお
ほさるらんときこえたまふにいとさらなるよ
なれとものをいとあはれにおほしつゝけたる
御けしきのあさからぬも人の御さまからにやおほ
くあはれそゝひにける
ひとめなくあれたるやとはたちはなの」4ウ
はなこそのきのつまとなりけれとはかり
のたまへるさはいへと人にはいとことなりけり
とおほしくらへらるにしおもてにはわさとなくし
のひやかにうちふるまひたまひてのそき給へる
もめつらしきにそへてよにめなれぬ御さま
なれはつらさもわすれぬへしなにやかやとれいの
なつかしくかたらひたまふもおほさぬことにあ
らさるへしかりにもみたまふかきりはをしなへて
のきはにはあらすさま/\につけていふかひなしと」5オ
おほさるゝはなけれはにやにくけなくわれも
人もなさけをかはしつゝすくしたまふなりけり
それをあいなしと思人はとにかくにかはるも
ことはりのよのさかとおもひなしたまふあり
つるかきねもさやうにてありさまかはりにたる
あたりなりけり」5ウ