First updated 6/14/2001(ver.1-1)
Last updated 12/7/2006(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

明 石


《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「あかし」(題箋)

  なを雨風やます・神なりしつまらて日
  ころになりぬ・いとゝ物わひしき事かすしら
  すきしかた行さきかなしき御ありさま
  に心つようしもえおほしなさす・いかにせ
  ましかゝりとて都に帰らんことも・またよ
0001【都に帰らんこと】-伊周<チカ>上洛例
  にゆるされもなくては人わらはれなること
  こそまさらめ・猶これよりふかき山をもと
  めてやあとたえなましとおほすにも・浪
  かせにさはかさ(さ$△イ、△イ#)れてなと人のいひつた
  へん事後の世まていとかろ/\しき名や」1オ
  なかしはてんとおほしみたる・夢にもたゝ
0002【夢にもたゝおなしさまなる物】-すまの巻に見えたり
  おなしさまなる物のみきつゝまつはしき
  こゆと見給・雲まなくてあけくるゝ日
  数にそへて京の方もいとゝおほつかな
  く・かくなから身をはふらかしつるに
  やと心ほそうおほせと・かしらさしいつ
  へくもあらぬそらのみたれに・いてたち
0003【そらのみたれに】-雨風はけしきをいふ
  まいる人もなし二条院よりそあなかち
  にあやしきすかたにて・そをちまいれる・
0004【あやしきすかたにて】-蓑かさきたるすかたをいふ
  みちかひにてたに・人か・なにそとたに御覧し」1ウ
0005【みちかひにて】-[足+爰]<ミチカヒ><左> \<朱合点> 篁日記 玉ほこの道かひなりし君なれは跡はかもなくなるとしらすや<右>(篁集14、花鳥余情・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  わくへくもあらす・まつをひはらひつへき
  しつのおのむつましう哀におほさるゝも・
  われなからかたしけなく・くしにける心の
0006【かたしけなく】-辱ノ字也身もはつかしき心なり
  ほと思ひしらる・御文にあさましくをやみ
  なきころのけしきに・いとゝ空さへとつる
0007【空さへとつる】-くもりふたかる心ナリ
  心ちして・なかめやるかたなくなむ
    浦風やいかに吹らむおもひやる袖
0008【浦風や】-紫上
  うちぬらし波まなきころ哀にかなしき
  事ともかきあつめ給へり・ひきあくるより(ひきあくるより$)
  いとゝみきはまさりぬへく・かきくらす心ち」2オ
0009【みきはまさりぬへく】-水際<ミキハ> 君こふる涙おちそひ此川のみきはまさりて思ふへらなり 貫之(貫之集730、孟津抄・花屋抄)
  し給・京にもこの雨風いと(いと$)あやしき物の
  さとしなりとて・仁王会なとおこなはるへし
  となむきこえ侍し・内にまいり給かんたち
  めなともすへてみちとちて・まつりこと
  もたえてなむ侍なと・はか/\しうもあら
  すかたくなしうかたりなせと・京の方の
  ことゝおほせは・いふかしうて・御まへにめしいてゝ
  とはせ給・たゝれいの雨のをやみなくふりて
  風は時/\吹いて(て+て)つゝ(つゝ$)日ころになり侍を・れい
  ならぬことにおとろき侍なり・いとかく地のそこ・」2ウ
  とほるはかりのひふりいかつちのしつまら
0010【ひふり】-氷也雹<アラレ>事
  ぬことは侍らさりきなと・いみしきさまに
  おとろきおちてをる・かほのいとからきにも・
0011【からき】-辛苦
  心ほそさそまさりける・かくしつゝ世はつき
  ぬへきにやとおほさるゝに・その又の日の
  あかつきより・風いみしうふき・しほた
  かうみちて・浪のをとあらき事・いはほも
  山ものこるましきけしきなり・神のなり
  ひらめくさまさらにいはむかたなくて・おち
  かゝりぬとおほゆるに・あるかきりさかしき」3オ
  人なし・われはいかなるつみををかして・かく
  かなしき目をみるらむ・ちゝはゝにもあひ
  みすかなしき・めこのかほをもみて・しぬへ
  きことゝなけく・君は御心をしつめてなに
  はかりのあやまち(ち+に)てかこのなきさに命を
  はきはめんとつようおほしなせといと物さ
  はかしけれは・色/\のみてくらさゝけさせ
0012【みてくら】-幣
  給て・住吉の神ちかきさかひをしつめまも
0013【住吉の神】-守往来舟
  り給・まことにあとをたれ給神ならは・た
  すけ給へと・おほくの大願をたて給・をの」3ウ
  をの身つからの命をはさる物にて・かゝる御
  身のまたなきれいにしつみ給ぬへきこと
  のいみしうかなしき心をゝこして・すこし
  物おほゆるかきりは・身にかえて・この御身
  ひとつを・すくいたてまつらむと・とよみ
  て・もろこゑに仏神を念したてまつる・
  帝王のふかき宮にやしなはれ給て・色
  色のたのしみにおこり給しかと・ふかき
  御うつくしみ・おほやしまにあまねく・しつ
0014【御うつくしみ】-慈
0015【しつめる】-沈
  めるともからをこそ・おほくうかへ給しか・」4オ
  いまなにのむくひにか・こゝらよこさまなる
  浪風にはおほゝれ給はむ・天地ことはり給へ・つ
  みなくてつみにあたり・つかさ位をとられ
  家をはなれ・さかひをさりて・明くれやす
  きそらなくなけき給に・かくかなしき
0016【かくかなしき】-これよりは源氏の君の祈祷の趣なり上いへるハつきしたかふ人々の願をいふ
  めをさへ(へ+み)命つきなんとするは・さきの世の
  むくひか・此世のをかしか・神仏あきらかに
  ましまさは・このうれへやすめ給へとみ
  社のかたにむきて・さま/\の願をたて
  給・又海のなかのりうわう・よろつの神た」4ウ
  ちに願をたてさせ給に・いよ/\なりとゝろ
  きて・おはしますに・つゝきたるらうに
0017【おはしますにつゝきたる】-延長八年六月十八日清涼殿霹靂
  おちかゝりぬ・ほのを・もえあかりてらうは
  やけぬ・心たましゐなくて・あるかきりま
0018【たましゐ】-魂
  とふ・うしろのかたなるおほゐとのとおほし
  き屋に・うつしたてまつりて・かみ下とな
  くたちこみて・いとらうかはしくなき
  とよむ・声いかつちにもをとらす・空はす
  みをすりたるやうにて日も暮にけり・やう
  やう風なをり雨のあししめり・星の光も」5オ
0019【風なをり雨のあし】-桂嶺瘴来雲似墨洞庭春尽水如天折子原
  みゆるに・このおまし所のいとめつらかなる
  も・いとかたしけなくて・しん殿にかへし
  うつし・たてまつらむとするに・やけのこ
  りたるかたも・うとましけに・そこらの
  人のふみとゝろかしまとへるに・みすなとも
  みなふきちらしてけり夜をあかしてこそ
  はとたとりあへるに・君は御ねんすし給
  て・おほしめくらすにいと心あはたゝし・月
  さしいてゝしほのちかくみちきけるあと
  もあらはに・なこり猶よせ帰波あらきを・」5ウ
  柴の戸をしあけてなかめをはします・
  ちかき世界に物の心をしり・きしかた行
  さきのこと・うちおほえ・とやかくやと・はか
  はかしうさとる人もなし・あやしき・あま
  ともなとのたかき人おはする所と
  て・あつまりまいりてきゝもしり給はぬ
  ことゝもを・さえつりあへるも・いとめつ
  らかなれと(と+え<朱>)をひもはゝ(ゝ#ら<朱>)はす・この風い
  ましはしやまさらましかは・しほのほりて
  のこる所なからまし・神のたすけをろか」6オ
  ならさりけりと・いふをきゝ給も・いと心ほそ
  しといへはをろかなり
    海にます神のたすけにかゝらすは
0020【海にます】-源氏
0021【神】-底筒男中筒男表筒男
  しほのやをあひにさすらへなましひねも
0022【しほのやをあひ】-しほの八百会 万葉ナリ ふかき心ナリ日本記ニハしほの八百重とあり同心ナリ あらしほのシホノやをあひにやくしほのからくも我は老にけるかな 公任卿(和歌九品14、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  すにいりもみつる神のさはきにさこそいへ
  いたうこうし給にけれは・心にもあらすうち
0023【こうし】-劫の字なるへしくたひれはてたる心ナリ
  まとろみ給・かたしけなきおまし所なれ
  は・たゝより居給へるに・故院たゝおはしまし
0024【故院】-桐
  しさまなからたち給て・なとかくあやしき
  所に物するそとて・御てをとりてひきたて」6ウ
  給・住吉の神のみちひき給まゝには・はやふ
  なてしてこの浦をさりねとの給はす・いと
  うれしくてかしこき御影にわかれたて
  まつりにしこなたさま/\かなしき事
  のみおほく侍れは・いまはこのなきさに身
  をやすて侍なましと・きこえ給へは・
  いとあるましきことこれはたゝいさゝかなる
  物のむくひなり・我は位にありし時あや
  まつことなかりしかと・をのつからをかしあ
  りけれは・そのつみをゝ(ゝ$お)ふる程いとまなくて・」7オ
  この世をかへり見さりつれと・いみしきう
  れへにしつむを見るにたへかたくて・うみ
  にいりなきさにのほり・いたくこうしにたれと・
  かゝるついてに・内裏にそうすへきことの
  あるによりなむ・いそきのほりぬると(△&と)て・た
  ちさり給ぬ・あかすかなしくて御ともにまい
  りなんとなきいり給て・見あけ給へれは
  人もなく・月のかほのみきら/\として・夢
  の心ちもせす・御けはひとまれるこゝちし
  て・空の雲哀にたなひけり・年比夢の内」7ウ
  にもみたてまつらて・こひしうおほつかなき
  御さまを・ほのかなれとさたかにみたてまつり
  つるのみ・面かけにおほえ給て・我かくかなしひ
  をきはめ・命つきなんとしつるを・たすけに
  かけり給へると・哀におほすによくそかゝる
  さはきもありけると・なこりたのもしう・
  うれしうおほえ給ことかきりなし・むねつとふた
  かりて・中/\なる御心まとひに・うつゝのかなし
  きこともうち忘・夢にも御いらへを・います
  こしきこえすなりぬることゝ・いふせさに又」8オ
  やみえ給ふと・ことさらにね入給へと・さらに御
  めもあはてあか月かたに成にけり・なきさ
  にちいさやかなる舟よせて・人二三人はかり
  この旅の御やとりをさしてまいる・なに人な
  らむとゝへは・明石の浦よりさきのかみ
  しほちの御ふねよそひてまいれる也(△&也)源少
0025【しほち】-新発
0026【源少納言】-良清
  納言さふらひ給はゝ・たいめして事の心と
  り申さんといふ・よしきよおとろきて入道
  は・かの(の+国の)とくゐにて・年ころあひかたらひ侍れ(れ+つれイ)と・
  わたくしにいさゝかあひうらむること侍て・こと」8ウ
0027【わたくしにいさゝか】-良清か明石入道の女を心かけたるを入道ゆるさぬ事をうらむる也
  なるせうそこをたにかよはさて・ひさしう
  なり侍ぬるを浪のまきれにいかなることかあ
  らむとおほめく・君の御夢なともおほし
  あはすることもありて・はやあへとの給へは・
  舟にいきてあひたり・さはかりはけしかり
  つる波かせにいつのまにかふなてしつらむ
  と・心えかたくおもへり・いぬるついたちの
  ひ夢に・さまことなる物の・つけしらする
  こと侍しかは・しむしかたき事とおもふ給
  へしかと・十三日にあらたなるしるしみせむ・」9オ
  舟よそひまうけて・かならす雨風やま
  はこの浦にをよせよとかねてしめす
  ことの侍しかは・心みに舟のよそひをまうけ
  てまち侍しに・いかめしき雨風・いかつち
  のおとろかし侍つれは・人の御かとにも夢を
  しむして・国をたすくるたくひおほう侍
  けるを・もちゐさせ給はぬまても・このいま
  しめの日をすくさす・このよしをつけ申
  侍らんとて・舟いたし侍つるに・あやしき風
  ほそう吹て・この浦につき侍ること・まことに」9ウ
  神のしるへたかはすなん・こゝに(に+も)もししろ
  しめすことや侍つらんとてなむ・いとはゝり
  おほく侍れと・このよしを(を$)申給へといふ・
  よしきよ忍やかに・つたへ申君おほし
  まはすに・ゆめうつゝさま/\しつかならす・
  さとしのやうなる事共を・きしかた
  行末おほしあはせて・よの人のきゝつ
  たへん後のそしりも・やすからさるへき
  を・はゝかりてまことの神のたすけにも
  あらむを・そむく物ならは・又これよりま」10オ
  さりて人わらはれなるめをやみむ・うつゝ
0028【うつゝ】-現
  (+さま<朱>)の人の心たに・猶くるしはかなきことを
  もつゝみて・我よりよはひまさりもしは位
  たかく・時よのよせいま一きはまさる人には・
  なひきしたかひて・その心むけをた
  とるへき物なりけり・しりそきてとかなし
0029【しりそきてとかなし】-功成名遂<トケテ>身退者天之道 老子
  とこそ昔さかしき人もいひをきけれ・
  けふ(ふ$に)かく命をきはめ・よに又なきめ(め+の)かき
  りを見つくしつ・さらにのちのあとの名を
  はふくとても・たけき事もあらし・夢」10ウ
  の中にもちゝ御門の御をしへありつれ
0030【ちゝ御門】-桐
  は・又なにことかは(は#)うたかはむとおほして・御
  返の給しらぬせかいにめつらしきうれへの
0031【しらぬせかいに】-源
  かきりみつれと・宮この方よりとて・ことゝ
  ひをこする人もなし・たゝ行ゑなき
  空の月日の光はかりを・故郷の友と
  なかめ侍に・うれしきつり舟をなむ・かの
0032【うれしきつり舟】-\<朱合点> 浪にのみぬれつる物を吹風のたよりうれしき海人の釣舟(後撰1224・古今六帖2862・貫之集553、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  浦にしつやかにかくろふへきくま侍り
  なんやとの給・かきりなくよろこひかしこま
  り申ともあれかくもあれ夜の明はて」11オ
  ぬさきに・御舟にたてまつれとて・れいの
0033【御舟に】-源明石へ
  したしきかきり四五人はかりして・たて
  まつりぬれいの風いてきて・とふやうに
0034【とふやうに】-舟をはやとりといふ事あり 風土記 住吉ノ大倉<オホクラ>むきテトヘハこそはや鳥といはめいつれはや鳥(風土記18、休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  あかしにつき給ぬ・たゝはひわたる程に・かた
  時のまといへと猶あやしきまてみゆる風
  の心なり・はまのさまけにいと心ことなり・人
  しけうみゆるのみなむ・御ねかひにそむき
  ける・入道のらうしめたる所/\・うみのつら
0035【入道の】-明石
0036【らうしめ】-領ナリ
  にも・山かくれにも・とき/\につけてけふを
  さかすへきなきさのとまや・おこなひをし」11ウ
  て・後世のことを思ひすましつへき山みつ
  のつらに・いかめしきたうをたてゝ・三昧を
  おこなひ・此世のまうけに秋のた(た+の)みをかりを
  さめ・のこりのよはひつむへき・いねのくら
0037【よはひつむへき】-\<朱合点> 拾秋ことにかりつるいねハつみつれと老にける身そ置所なき 忠見(拾遺集1124、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  まちともなと・おり/\所につけたるみ所
  ありて・しあつめたり・たかしほにおちてこ
  の比むすめなとは・をかへのやとにうつし
  てすませけれは・このはまのたちに心や
  すくおはします・舟より御車にたてまつ
  りうつるほと・日やう/\(△△&う/\)さしあかりて・ほのかに」12オ
  見たてまつるより・老わすれ・よはひのふる
  心ちして・ゑみさかへて(て+まつ)住吉の神を・かつ/\
  おかみたてまつる・月日の光をてにえた
0038【月日の光を】-わかなの巻に明石の入道の夢に月日の光を手にとるとみえたりその夢に思あはすへし
  てまつりたる心ちして・いとなみつかうまつ
  る事ことはりなり・所のさまをはさらにも
  いはす・つくりなしたる心はへ・木たちた
  ていし・せむさいなとのありさま・えもいは
  ぬ入江の水なと・ゑにかゝは心のいたりすく
  なからんゑしは・かきをよふましとみゆ・月こ
  ろの御すまゐよりは・こよなくあきらかに」12ウ
  なつかし(し+き)御しつらひなと・えならすして
  すまゐけるさまなと・けに都のやむこと
  なき所/\にことならす・えむにまはゆき
  さまはまさりさまにそみゆる・すこし御
  心しつまりては・京の御文ともきこえ給・ま
  いれりし使はいまはいみしきみちにい
  てたちて・かなしきめをみるとなきし
  つみて・あ(あ+の)すまにとまりたるをめして・
  身にあまれる物ともおほくたまひて
  つかはす・むつましき御いのりのしとも・さる」13オ
  へき所/\にはこの程の御ありさまくは
  しくいひつかはすへし・入道の宮はかりには
0039【入道の宮】-藤壺
  めつらかにてよみ帰さまなときこえ給・二条
  院のあはれなりしほとの御かへりはかき
  もやり給はす・うちをき/\をしのこひ
  つゝきこえ給・御けしき猶ことなり・返々
  いみしきめのかきりをつくしはてつる
  ありさまなれは・いまはと世を思ひはなるゝ
  心のみまさり侍れと・かゝみをみてもと
0040【かゝみをみても】-紫上の哥須磨の巻に見えたり
  の給し面かけのはなるゝよなきを・かくお」13ウ
  ほつかなく(く#な)からやと・こゝらかなしきさま/\
  のうれはしさは・さしをかれて
    はるかにもおもひやるかなしらさりし
0041【はるかにも】-源氏返
  浦よりをちにうらつたひして夢の内
  なる心ちのみして・さめはてぬほと・いかに
  ひかことおほからむと・けにそこはかとなく
  かきみたり給へるしもそ・いと見まほしき
  そはめなるを・いとこよなき御心さしの
  ほとゝ・人/\見たてまつる・をの/\古郷
  に心ほそけなることつてすへかめり・をや」14オ
  みなかりし空のけしき・なこりなくす
  みわたりてあさりするあまともほこらし
0042【あさりする】-\<朱合点> あさりするよさのあま人ほこるらし浦風ぬるみ霞わたれり(恵慶集1、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  けなり・すまはいと心ほそくあまのいは
  やもまれなりしを・人しけきいとひは
  し給しかと・こゝは又さまことにあはれなる
  ことおほくて・よろつにおほしなくさまる・
  あかしの入道おこなひつとめたるさま
  いみしう思ひすましたるを・たゝこの
  むすめひとりを・もてわつらひたるけし
0043【むすめ】-明石上
  きいとかたはらいたきまて・時/\もらし」14ウ
  うれへきこゆ・御心ちにもおかしときゝをき
0044【おかしときゝをき】-わかむらさきの巻にて北山にてよし清か物語せしなり
  給し人なれは・かくおほえなくてめくり
  おはしたるも・さるへき契あるにやと
  おほしなから・猶かう身をしつめたる程は・
  おこなひよりほかの事は思はし・宮こ
  の人もたゝなるよりはいひ(ひ$ひ)しにたかふと
0045【いひしにたかふ】-\<合点> ほとふるもおほつかなさもおもほえすいひしにたかふとはかりはうし(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  おほさむも・心はつかしうおほさるれは・
  けしきたち給ことなし・ことにふれて
  心はせありさまなへてならすもありける
  かなと・ゆかしうおほされぬる(る#に)しもあらす・」15オ
  こゝにはかしこまりてみつからも・をさ/\
  まいらす・ものへたゝりたるしものやに
  さふらふ・さるはあけくれみたてまつらま
0046【さふらふ】-入道
  ほしうあかすおもひきこえて・おもふ心を
  かなへむと・仏神をいよ/\ねんしたてま
  つる・としは六十はかりになりたれと・いとき
  よけにあらまほしうおこなひさらほひ
0047【おこなひさらほひ】-勤行によりてやせさらほいたる心ナリ [骨+尭]ナリ
  て・人のほとのあてはかなれはにやあらむ・
  うちひかみ・ほれ/\しきことはあれと・い
  にしへのか(か$こ)とをもしりて物きたなからす・」15ウ
  よしつきたることもましれゝは昔物
  かたりなとせさせてきゝ給にすこし
  つれ/\のまきれなり・とし比おほやけ
  わたくし御いとまなくて・さしもきゝをき
  給はぬよのふることゝも・くつしいてゝ・かゝ
  る所をも人をも見さらましかは・さう/\
  しくやとまてけふありとおほす事も
0048【けふあり】-興
  ましる・かうはなれきこゆれと・いとけた
  かう・心はつかしき御ありさまに・さこそいひし
  か・つゝましうなりて・我おもふことは・心のまゝ」16オ
  にもえうちいてきこえぬを・心もとなうく
  ちおしと・はゝ君といひあはせてなけく・
0049【はゝ君】-尼
  さうしみはをしなへての人たに・めやす
0050【さうしみ】-明石上
  きは見えぬせかひに・世にはかゝる人もおは
  しけりと・見たてまつりしにつけて・身
  の程しられていとはるかにそ・思ひきこえける・
  おやたちのかくおもひあつかふをきくに
  も・にけなきことかなと思に・たゝなるよ
  りは物あはれなり・四月になりぬ衣かへの
  御さうそく・御丁のかたひらなとよしある」16ウ
  さまにしいてつゝ・よろつにつかうまつりいと
  なむを・いとおしうすゝろなりとおほせと・
  人さまのあくまて思あかりたるさまのあ
  てなさ(さ$る)におほしゆるして見給・京よりも
  うちしきりたる御とふらひともたゆみな
  くおほかり・のとやかなる夕月夜にうみ
  のうへくもりなく見えわたれるも・すみ
  なれ給し故郷の池水思ひまかへられ給に・
  いはむかたなくこひしきこと・いつかたと
  なく行ゑなき心ちし給て・たゝめのまへ」17オ
  にみやらるゝは・あはちしま成けり・あはと
0051【あはと】-\<朱合点> 阿波渡也 渡ナリ 躬恒哥 淡路にてあわとはるかにみし月のちかき今夜ハ所からかも(新古今1515・古今六帖332・躬恒集463、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  はるかに(に+なと)の給て
    あはとみるあはちのしまのあはれさへ
0052【あはとみる】-此哥のあはと見るハ海のうへにあはのやうに淡路嶋のうかひ出たる心ナリ 日本記にも潮水のあハこりて嶋となるといふ事あり
  のこるくまなくすめるよの月ひさしう・
  てふれ給はぬきむを・ふくろよりとりいて
  給て・はかなくかきならし給へる御さまを・み
  たてまつる人もやすからす哀にかなしう
  おもひあへり・かうれうといふ・てをあるかきり
0053【かうれう】-\<朱合点> 広陵
0054【てを】-琴ノ秘曲 [秋+山]康か花陽の亭にして神人に会て伝たる曲也此神人ハ昔の伶倫の変化也
  ひきすまし給へるに・かのをかへの家も
  松のひゝき波の音にあひて・心はせあるわか」17ウ
  人は・身にしみておもふへかめり・なにとも
  (+きゝ)わくましき・このも・かのもの・しはふる人
0055【このもかのも】-此おもてかの面なり
0056【しはふる人】-柴振人 皺古人
  ともゝ・すゝろはしくて・はま風をひきあ
  りく・入道もえたへてくやう法たゆみ
0057【くやう法】-三密六度供養法也
  て・いそきまいれり・さらにそむきにし世の
  中もとりかへし思ひいてぬへく侍り・のち
  の世にねかひ侍ところのありさまも・思ひ(思ひ#おもふ給へ)やら
  るゝ夜のさまかなと・なく/\めてきこゆ・我
  我(我#)御心にも・おり/\の御あそひ・その人かの
  人の・ことふえもしはこゑのいてしさまに」18オ
  時/\につけてよにめてられ給しありさま・
  みかとよりはしめたてまつりて・もてかし
  つきあかめたてまつり給しを・人のうへ
  も我御身のありさまも・おほしいてられて・
  夢の心ちし給まゝに・かきならし給へるこゑ
  も心すこくきこゆる人は涙もとゝめあへ
  す・をかへにひわ・生(生#笙)のこととりにやりて・
0058【笙】-箏歟
  入道ひわの法師になりて・いとおかしうめつ
  らしき・てひとつふたつひきたり・さうの
  御ことまいりたれは・すこしひき給も・さま/\」18ウ
  いみしうのみ思ひきこえたり・いとさし
  もきこえぬ物のね(ね+た)に・おりからこそはま
  さるものなるを・はる/\と物のとゝこほり
  なき海つらなるに・中/\春秋のはなも
  みちのさかりなるよりは・たゝそこはかと
  なうしけれるかけとも・なまめかしきに・
  くひなのうちたゝきたるは・たか門
0059【たか門さして】-\<合点> またよひにうちきてたゝく水鶏かなたか門さしていれぬなるらん(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  さしてと哀におほゆ・ねもいとになう
0060【ねも】-琴
  いつることゝもをいとなつかしうひきな
0061【こと】-琴
  らしたるも・御心とまりて・これは女のな」19オ
  つかしきさまにて・しとけなうひきたる
  こそおかしけれと・大方にの給を入道は
  あひなくうちゑみて・あそはすよりなつ
  かしきさまなるは・いつこのか侍らん・なに
  かし延喜の御てよりひきつたへたること・
  し(し=三イ)たいになんなり侍ぬるを・かうつたなき身
  にて・この世のことはすてわすれ侍ぬる
  を・物のせちに・いふせき・おり/\は・かきならし
  侍しを・あやしうまねふものゝ侍こそ・し
0062【あやしう】-明石上事箏上手也
  ねむに・かのせむ大王の御てにかよひて」19ウ
0063【せむ大王】-延喜帝御事
  侍れ・山ふしのひかみゝに・まつかせをきゝ
0064【山ふしの】-\<朱合点> 松風に耳なれにける山伏ハ琴をことゝもおもハさりけ願 寿玄法師<左>(出典未詳、花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・花屋抄・孟津抄・岷江入楚)
0065【まつかせ】-\<朱合点> 琴のねに峯の松風通らしいつれのをよりしらへそめけん 斎宮女御<右>(拾遺集451・拾遺抄514・古今六帖3397・和漢朗詠集469・斎宮女御集57、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  わたし侍にやあらん・いかて・これの(の#も)しのひ
  て・きこしめさせてしかなと・きこゆ
  るまゝに・うちわなゝきて涙おとすへ
  かめり・君ことをこととも聞給ましかり
0066【君ことを】-\<朱合点> 上手ニテマシマセハ
  けるあたりにねたきわさかなとてをし
  やり給に・あやしう昔より笙(△&笙)は女なんひ
0067【笙】-女箏ヲモ引ハ入道かめ此云出ナリ
  きとる物なりける・さかの御つたへにて女五
0068【女五の宮】-嵯峨の御女五宮繁子内親王
  の宮さる世のなかの上すに物し給ける
0069【上す】-上手
  を・その御すちにてとりたてゝ・つたふる」20オ
  人なし・すへてたゝいま世に名をとれ
  る人/\・かきなての心やりはかりに
0070【かきなて】-掻 撫
  のみあるを・こゝにかうひきこめ給へりける・
  いとけうありける事かな・いかてかはきく
  へきとの給・きこしめさむにはなにの
0071【きこしめさむ】-入道
  はゝりか侍らん・おまへにめしても・あき
0072【あき人のなかに】-琵琶引ノ女ハ商人ノ成妻
  人のなかにてたにこそ・ふることきゝは
0073【ふること】-楽天なかされて江州の司馬なれる時事似源
  やす人は侍けれ・ひわなむまことのねを
  ひきしつむる人・いにしへもかたう侍しを・
  おさ/\とゝこほることなう・なつかしきて」20ウ
  なと・すちことになんいかてたとるにか
0074【いかてたとるにか】-たと/\しきにはあらすよくたつねしりたる心ナリ
  侍らん・あらき浪のこゑにましるは・かなし
  くもおもふ給へられなから・かきつむる物な
  けかしさ・まきるゝおり/\も侍りなと
  すきゐたれはおかしとおほして・さうのこと
0075【すき】-数寄
0076【さうのこと】-入道はしめハひわを引たるを又箏を給てひかせきゝタマヘル也
  とりかへてたまはせたり・けにいとすく
  してかいひきたり・いまの世にきこえぬ
  すちひきつけててつかひいといたうから
  めき・ゆのねふかうすましたり・伊勢
0077【ゆのね】-由の音に上手へたのあるナリ
0078【伊勢の海】-催馬ー
  の海ならねときよきなきさにかひや」21オ
0079【きよきなきさに】-\<朱合点> 伊せの海のきよきなきさのしほかひになのりそやつまんかひやひろはん 伊せ海(催馬楽「伊勢海」、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ひろはむなと・こゑよき人にうたはせて・
  われも時/\拍(△&拍)しとりてこゑうちそへ給
0080【われも】-源氏の君のとき/\拍子をとりてうたひ給ふ
  を・ことひきさしつゝめてきこゆ・御くた物
  なとめつらしきさまにてまいらせ・人/\に
  さけしひそしなとして・をのつから物わす
0081【しひそし】-殺也つよく酒をしゐてうれへしめたる心ナリ
  れしぬへき夜のさまなり・いたく深行
  まゝにはま風すゝしうて・月もいり
  かたになるまゝに・すみまさり・しつかなるほと
  に・御物語のこりなくきこえて・この浦に
  すみはしめしほとの心つかひ・後の世をつと」21ウ
  むるさま・かきくつしきこえて・このむす
0082【むすめ】-明石上事
  めのありさまとはすかたりにきこゆ・おかし
0083【おかし】-源心中
  きものゝさすかにあはれときゝ給・ふしも
  あり・いととり申かたき事なれとわかきみ
0084【いととり申かたき】-入道詞
0085【わかきみ】-源
  かうおほえなきせかいに・かりにてもうつろひ
  おはしましたるは・もしとしころおいほうし
  のいのり申侍・神仏のあはれひおはしまして・
  しはしのほと御心をもなやましたてまつる
  にやとなんおもふたまふる・そのゆゑはす
  みよしのかみを・たのみはしめたてまつりて・」22オ
  この十八ねんになり侍ぬ・めのわらはいと
0086【めのわらは】-むすめの事なり
  きなう侍しより・おもふ心侍てとしこと
  の春秋ことにかならす・かの御や(△△&御や)しろにまい
  ることなむ侍・ひるよるの六時のつとめ
  に・みつからのはちすのうへのねかひをは
  さるものにて・たゝこの人をたかきほいか
  なへたまへとなん・ねんし侍・さきのよのちき
  りつたなくてこそ・かくくちおしき山
  かつとなり侍けめ・をや大臣のくらゐを
0087【をや大臣】-入道
  たもちたまへりき・みつからかくゐなか」22ウ
  のたみとなりにて侍り・つき/\さのみお
  とりまから(ら#ら)は・なにの身にかなり侍らんと
  かなしく思侍を・これはむまれしとき
  より・たのむところなん侍・いかにして宮
  このたかき人にたてまつらんと思ふ心
  ふかきにより・ほと/\につけてあまた
0088【ほと/\につけて】-わか紫の巻に代/\の国のつかさなとさる心はへみすれとさらにうけひかすとあり あまたの人のそねみをふとハこの事なり
  のひとの・そねみをおひ・みのため・からき
  めをみるをり/\もおほく侍れと・さらに
  くるしみとおもひ侍らす・命のかきりは
  せはき衣にもはくゝみ侍なむ・かく」23オ
0089【せはき衣にも】-\<朱合点> 後拾遺いとけなき衣の袖はせはくともこふのうへをハなてつくしてん 公任<右>(後拾遺434・公任集555、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚) 同 おもひやれまた鶴の子のおさなきを千代もとなつる袖のせはきを 藤三位<左>(後拾遺444)
  なから見すて侍なは・浪のなかにもまし
  りうせねとなんをきて侍なとすへて
  まねふへくもあらぬことゝもをうちな
  きうちなききこゆ・君も物をさま/\
0090【君も】-源氏
  おほしつゝくるおりからは・うち涙くみつゝ
  きこしめす・よこさまのつみにあたりて
  思ひかけぬせかいにたゝよふも・なにのつみ
  にかとおほつかなく思ひつる・こよひの御
  物かたりに・きゝあはすれは・けにあさからぬ
  さきの世のちきりにこそはと哀になむ・」23ウ
  なとかはかくさたかに思ひしり給けること
  を・いまゝてはつけ給はさりつらむ・都は
  なれし時より・世のつねなきもあちき
  なう・おこなひよりほかの事なくて・月日
  をふるに・心もみなくつをれにけり・かゝる人
  物し給とは・ほのきゝなからいたつら人をは・
  ゆゝしき物にこそおもひすて給らめと・思ひ
  くしつるを・さらはみちひき給へきにこそ
  あなれ・心ほそきひとりねのなくさめに
  もなとの給を・かきりなくうれしと思へり」24オ
0091【かきりなく】-入道
    ひとりねは君もしりぬやつれ/\と
0092【ひとりねは】-明石入道
  思ひあかしのうらさひしさをまして年
  月おもひ給へわたる・いふせさををしはか
  らせ給へときこゆるけはひ・うちわなゝ
  きたれと・さすかにゆへなからす・されとうら
0093【されとうらなれ】-\<朱合点> 浦なれたるや浦の浦哉風ハふかねとさゝら浪立 葛城 催馬楽(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  なれ給へらむ人はとて
    たひころもうらかなしさにあかしかね
0094【たひころも】-けんし
  草の枕は夢もむすはすとうちみたれ
  給へる御さまは・いとそあいきやうつき・いふ
  よしなき御けはひなる・数しらぬ事とも」24ウ
  きこえつくしたれと・うるさしやひか
  ことゝもにかきなしたれは・いとゝをこに
  かたくなしき入道の心はへも・あらはれぬ
  へかめり・おもふことかつ/\かなひぬる心ち
0095【おもふこと】-源心入道ノ心歟
  して・すゝしう思ひゐたるに・又の日のひる
  つかたをかへに御文つかはす・心はつかしき
  さまなめるも・中/\かゝる物のくまにそ
  思ひのほかなることもこもるへかめると・心つ
  かひし給て・こまのくるみ色のかみにえ
0096【くるみ色】-面薄青裏白
  ならす・ひきつくろひて」25オ
    をちこちもしらぬ雲ゐになかめわひ
0097【をちこちも】-源氏
  かすめしやとの木すゑをそとふおもふに
0098【おもふには】-\<朱合点> 古今おもふにハしのふる事そまけにける色にハいてしと思ひし物を 業平(古今503・古今六帖2682、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  は・とはかりやありけん入道も人しれす
  まちきこゆとて・かの家にきゐたり
  けるもしるけれは・御つかひいとまはゆき
  まてゑはす・御返いとひさし・うちにいり
  てそゝのかせとむすめはさらにきかす・
  はつかしけなる御文のさまに・さしいてむ
  てつきも・はつかし(し+う)つゝまし人の御程・
  我身のほと思ひ(ひ#に)こよなくて・心ちあしと」25ウ
  てよりふしぬ・いひわひて入道そかく・いと
0099【かく】-返事
  かしこきはゐなかひて侍るたもとにつゝみ
0100【たもとにつゝみ】-\<朱合点> うれしさを何につゝまんから衣たもとゆたかにたてといはましを<右>(古今865・新撰和歌317・古今六帖3276、河海抄・一葉抄細流抄・岷江入楚) うれしさを昔ハ袖につゝみけり今夜ハ身にもあまりぬる哉<左>(新勅撰456・和漢朗詠773、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  あまりぬるにや・さらに見たまへもをよ
  ひ侍らぬかしこさになん・さるは
    なかむらんおなし雲ゐをなかむるは
0101【なかむらん】-入道返し
  思ひもおなし思ひなるらむとなん見給る
  いとすき/\しやときこえたり・みちの
  くにかみにいたうふるめきたれと・かきさま
  よしはみたり・けにもすきたるかなと
  めさましうみ給・御つかひになへてならぬ」26オ
  たまもなとかつけたり・又の日せんしかき
0102【たまも】-\<朱合点> 伊勢の海に年へてすみし海人なれとかゝる見るめハかつかさりしを いせ(後撰1279、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
0103【せんしかき】-宣旨かきとは仰かきなり さきの文を入道のかきたるをいふナリ
  は見しらすなんとて
    いふせくもこゝろにものをなやむかな
0104【いふせくも】-源氏
  やよやいかにとゝふ人もなみいひかたみとこ
0105【やよやいかに】-古今やよやまてやよ時雨 ヤマ也(古今152・古今六帖4446・小町集7、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
0106【いひかたみ】-\<朱合点> 恋シトモマタ見ヌ人ハイヒカタミ心ニ物ノナケカシキ哉(出典未詳、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  のたひはいといたうなよひたるう(△&う)すやう
0107【なよひたるうすやうに】-うつくしき紙をいふ
  に・いとうつくしけにかきたまへり・わかき
  人のめてさらむもいとあまりむもれいた
  からむ・めてたしとはみれと・なすらひなら
  ぬ身の程のいみしうかひなけれは中/\
  世にあるものとたつねしり給につけて・」26ウ
  涙くまれて・さらにれいのとうなきを・
0108【とうなき】-動
  せめていはれて・あさからすしめたるむら
0109【せめて】-入道ニ責ラレテ
0110【しめたる】-たき物にしめたる也
  さきのかみに・すみつきこくうすくま
  きらはして
    おもふらんこゝろ(ろ+の)ほとやゝよいかに
0111【おもふらん】-明石上
  また見ぬ人のきゝかなやまむての
0112【また見ぬ人】-明石上 我身事
  さまかきたるさまなと・やむことなき人に
  いたうをとるましう上すめきたり・京の
  ことおほえて・おかしと見給へと・うちしき
  りてつかはさむも人めつゝ(ゝ#つ)ましけれは」27オ
  ・二三日へたてつゝ・つれ/\なる夕くれもし
  は物あはれなる明ほのなとやうに・まきら
  はして・おり/\おなし心に見しりぬへ
  き程・をしはかりてかきかはし給に・にけ
  なからす心ふかう思ひあかりたるけしき
  も見ては・やましとおほす物から・よし
  きよからうしていひしけしきも・めさま
0113【らうして】-領
  しう年比心つけてあらむを・めのまへ
  に思ひたかへんもいとおしう・おほしめくら
  されて・人すゝみまいらは・さるかたにても」27ウ
  まきらはしてんとおほせと・女はた中/\
  やむことなききは(△&は)の人よりも・いたう
  思ひあかりて・ねたけにもてなしきこえ
  たれは・心くらへにてそすきける・京のこと
  をかく関へたゝりては・いよ/\おほつかな
  く思ひきこえ給て・いかにせましたはふ
0114【たはふれにくゝ】-\<朱合点> ありぬやと心みかてらあひみねハたはふれにくきまてそ恋しき(古今1025、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  れにくゝもあるかなしのひてや・むかへた
0115【しのひてや】-紫上の事也
  てまつりてましとおほしよはるをり/\
  あれとさりともかくてやはとしをかさ
  ねんと・いまさらに人わろき事をはと」28オ
  おほししつめたり・そのとしおほやけ
  にものゝさとししきりて・物さはかしき
  事おほかり・三月十三日かみなりひら
0116【三月十三日】-これは須磨にての事也
  めき・雨風さはかしき夜みかとの御夢
  に・院の御門御まへのみはしのもとに
0117【院の御門】-桐
  たゝせ給て・御けしきいとあしうて・に
  らみきこえさせ給を・かしこまりてお
  はします・きこえさせ給こともおほかり
  源氏の御事なりけんかし・いとおそろし
0118【いとおそろしう】-朱
  ういとおしとおほして・きさきにきこえ」28ウ
0119【いとおし】-源シ
0120【きさき】-大后
  させ給けれは・雨なとふり空みたれたる
  夜は思なしなることはさそ侍る・かろ/\
  しきやうにおほしおとろくましきこ
  とゝきこえ給・にらみ給しにめ見あは
0121【にらみ給し】-桐
  せ給と見しけにや・御め△(△#)わつらひ給
0122【御めわつらひ】-朱雀院の御目わつらひ給ふるハ三条天皇即位の後御耳目あきらかならさる事をおもひよせたりそれは民部卿元方の霊又寛算供奉か霊ともいへり
  て・たへかたうなやみ給・御つゝしみ内に
  も宮にもかきりなくせさせ給・おほ
0123【おほきおとゝ】-二条太政大臣
  きおとゝうせ給ぬ・ことはりの御よはひ
  なれと・つき/\にをのつからさはかし
  きことあるに・大宮も・そこはかとなうわ」29オ
0124【大宮】-大后
  つらひ給て・程ふれはよはり給やうなる・
  内におほしなけくことさま/\なり・なを
  此源氏の君まことにおかしなきにて・
0125【おかし】-犯
  かくしつむならは・かならすこのむくひ
  ありなんとなむおほえ侍・いまは猶も
  とのくらゐをもたまひてむと・たひ/\
  おほしの給を・世のもときかろ/\しき
  やうなるへし・つみにおちて都をさりし
  人を三ねんをたにすくさす・ゆるされむ
0126【三ねん】-獄令云凡流移人至配所六載以後聴仕即本犯不応流而特配流者三載以後聴仕
  ことはよの人も・いかゝいひつたへ侍らんなと・き」29ウ
  さきかたくいさめ給に・おほしはゝかるほと
  に月日かさなりて・御なやみともさま/\に
  をもりまさらせ給・あかしにはれいの秋・浜
  風のことなるにひとりねもまめやかに
  物わひしうて・入道にもおり/\かたらはせ
  給・とかくまきらはして・こちまいらせよと
  のたまいて・わたり給はむことをはあるま
  しうおほしたるを・さうしみ・はた・さらに
0127【さうしみ】-明石上事
  思たつへくもあらす・いとくちおしきゝ
  はのゐ中人こそ・かりにくたりたる人の」30オ
  うちとけことにつきて・さやうにかろらかに
  かたらふは(は$わ)さをもすなれ・人数にもおほ
  されさらん物ゆへ・われはいみしき物思ひ
  をやそへん・かくをよひなき心をおもへ
  るおやたちも・よこもりて・すくす年
0128【よこもりて】-世にこもりゐたるをいふ又人のおさなき程をも世こもるといふ
  月こそ・あいなたのみに・行すゑ心にくゝ
  思らめ・中/\なる心をやつくさむと・思ひ
  て・たゝこの浦にをはせん程・かゝる御文は
  かりをきこえかはさむこそ・をろかなら
  ね・年比をとにのみ聞て・いつかはさる人」30ウ
  の御ありさまを・ほのかにも見たてまつ
  らんなと思ひかけさりし御すまゐにて
  まほならねと・ほのかにも見たてまつり・
  よになき物ときゝつたへし御ことのね
0129【御こと】-琴
  をも・風につけてきゝ明くれの御ありさ
  まおほつかなからて・かくまてよにある物
  とおほしたつぬるなとこそ・かゝるあま
  のなかにくちぬる身にあまることな
  れなとおもふに・いよ(△&よ)/\はつかしうて・
  露もけちかきことは・思ひよらす・おや」31オ
  たちはこゝらの年比のいのりのかなふ
0130【こゝら】-多
  へきを思ひなから・ゆくりかに見せたて
  まつりておほし数まへさらん時・いかなる
  なけきをかせんと思やるにゆゝしく
  て・めてたき人ときこゆともつらう
  いみしうもあるへき哉・めにもみえぬ
  仏神をたのみたてまつりて・人の御心を
  もすくせをもしらてなと・うちかへし
  思ひみたれたり・君はこの比の波のをと
0131【君】-源氏
  に・かの物のねをきかはや・さらすはかひな」31ウ
  くこそなとつねはの給・しのひてよろしき
  日みて・はゝ君のとかく思ひわつらふをき
0132【思ひわつらふ】-明石上
  きいれす・てしともなとにたにしらせす・
0133【てしとも】-弟子入道のゆへにいふ
  心ひとつにたちゐかゝやくはかりしつら
  ひて・十三日の月の花やかにさしいてたる
  に・たゝあたら夜のときこえたり・君は
0134【あたら夜の】-\<朱合点>「あたら夜の月と花とをゝなしくは/あはれしれらん人に見せはや」(付箋01 後撰103・信明集99、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 万葉に新夜とも又悋夜ともかけり
  すきのさまやとおほせと御なをしたて
  まつりひきつくろひて・夜ふかしていて給・
  御くるまはになくつくりたれと・所せし
  とて御むまにて出給・これみつなとはかり」32オ
  をさふらはせ給・やゝとをくいる所なり
  けり・みちの程もよもの浦/\見わたし
  給て・おもふとちみまほしき入江の月
0135【おもふとち】-\<合点> 六帖おもふとちいさ見にゆかん玉津嶋入江の底にしつむ月かけ(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  影にも・まつこひしき人の御事を思ひ
  出きこえ給に・やかてむまひきすきて
0136【むまひきすきて】-すくに都へのほらはやとおもひ給ふナリ
  おもむきぬへくおほす
    秋のよの月けのこまよわかこふる
0137【秋のよの】-けんし岡の道にて 久方の月毛の駒を打はやめきぬらんとのみ君を待かな(古今六帖1430、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  雲ゐをかけれときのまもみんとうち
  ひとりこたれ給・つくれるさまこふかくい
0138【ひとりこたれ給】-都の事也
  たき所まさりて見所あるすまゐなり・」32ウ
  うみのつらはいかめしうおもしろく・これは
  心ほそくすみたるさま・こゝにゐて思ひ
  のこすことはあらしとおほしやらるゝに
  物哀なり・三昧たうちかくてかねの声
0139【たう】-堂
  松かせにひゝきあひて・物かなしういは
0140【いはにおひたる】-古今 たねしあれは(古今512・古今六帖2556、源注拾遺・源注余滴)
  におひたる松の根さしも心はへあるさま
  なり(り+前栽ともに虫のこゑをつくしたり)こゝかしこのありさまなと御覧す・
  むすめすませたる方は心ことにみかきて
  月いれたるま木の戸くちけしきこと(こと#)
0141【月いれたる】-\<朱合点> 槙の戸をやすらひにこそさゝさらめいかに明ぬる秋の夜ならん<右>(出典未詳、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 月いれたる槙戸口は源氏第一詞と定家卿は申侍ると也<左>
  に(に#はかり)をしあけたり・うちやすらひなにかとの」33オ
  給にも・かうまては見えたてまつらしと
  ふかう思に・物なけかしうてうちとけぬ
  心さまを・こよなうも人めきたるかな・さし
  もあるましききはの人たにかはかりいひ
  よりぬれは・心つようしもあらすならひた
  りしを・いとかくやつれたるにあなつらはしき
  にやと・ねたうさま/\におほしなやめり・
  なさけなうをしたゝむもことのさまに
  たかへり・心くらへにまけんこそ人わろけ
  れなとみたれうらみ給さま・けに物思ひし」33ウ
  らむ人にこそみせまほしけれ・ちかき木
  丁のひもにさうのことのひきならされ
  たるも・けはひしとけなくうちとけな
  から・かきまさくりける程みえておかしけ
  れは・このきゝならしたることをさへや
0142【きゝならしたる】-このほと入道の物かたりにせし事なとをかたり給ふ也
  なとよろつにのたまふ
    むつことをかたりあはせむ人もかな
0143【むつことを】-けんし 六帖今更にむつことのねに引かゝりこけの山路をわすれやらなん(古今六帖1447、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  うき世の夢もなかはさむやと
    あけぬ夜にやかてまと(と#と)へる心には
0144【あけぬ夜に】-明石上
  いつれを夢とわきてかたらむほのかなる」34オ
  けはひ伊勢のみやす所にいとようおほ
  えたり・なに心もなくうちとけてゐたり
0145【なに心もなく】-明石上
  けるを・かう物おほえぬにいとわりなくて・ちか
  かりけるさうしのうちに入て・いかてかため
0146【さうし】-障子
  けるにか・いとつよきを・しゐてもをした
0147【をしたち】-源ノ
  ち給はぬさまなり・されとさのみもいかてか
  あらむ・人さまいとあてにそひへて心はつ
  かしきけはひそしたるかうあなかちなり
  ける契をおほすにも・あさからすあはれ
  なり御心さしのちかまさりするなるへし・」34ウ
  つねはいとはしき夜のなかさもとく明ぬ
  る心ちすれは・人にしられしとおほすも
  心あはたゝしうて・こまかにかたらひをき
  ていて給ぬ・御文いとしのひてそけふはある
0148【御文】-明石上
  あひなき御心のおになりや・こゝにもかゝる
0149【あひなき御心のおに】-京のきこえなと思給ふをいふなり
  こといかてもらさしとつゝみて御つかひこと
  ことしうも・もてなさぬをむ(む+ね)いたくおも
  へり・かくて後はしのひつゝ時/\おはす程
  も・すこしはなれたるにをのつから物いひ
  さかなきあまのこもや・たちましらんと」35オ
  おほしはゝかる程を・されはよと思ひなけ
  きたるを・けにいかならむと入道も極
  楽のねかひをは忘て・たゝこの御けしき
  をまつことにはす・いまさらに心をみたるも・
  いと/\おしけなり・二条の君の風のつ
0150【二条の君】-紫
  てにももりきゝ給はむ事はたはふれに
  ても心の・へたてありけると思うとまれ
  たてまつらん・こゝろくるしう・はつかしう
  おほさるゝも・あなかちなる御心さしのほ
  となりかし・かゝる方のことをを(を#)は(は&は)さすかに」35ウ
  心とゝめてうらみ給へりしおり/\なとて・
  あやなきすさひことにつけても・(も+さ)思はれた
  てまつりけむなとゝりかへさまほしう人
  のありさまをみ給につけても・こひしさの
  なくさむかたなけれ(れ+は)・れいよりも御文
  こまやかにかき給て・まことやわれなから心
0151【まことや】-文詞
  よりほかなる猶さりことにて・うとまれたて
  まつりしふし/\を思出(出+ル<朱>)さへ・むねいたき
  に又あやしうものはかなき夢をこそみ
  侍しか・かうきこゆるとはすかたりに・へた」36オ
  てなき心の程はおほしあはせよ・ちかひし
0152【ちかひしことも】-\<朱合点>「忘れしとちかひしことを(の&を)あやまたす(たは&たす)/みかさの山の神もことはれ」(付箋02 出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  こともなとかきて・なにことにつけても
    しほ/\とまつそなかるゝかりそめの
0153【しほ/\と】-源氏何事に付けてもにつゝけてしほ/\と
0154【かりそめの】-あかしのうへの事也
  みるめはあまのすさひなれともとある御
  返なに心なくらうたけにかきて・はてに(はてに#)
  忍ひかねたる御夢かたりにつけても・思ひ
0155【忍ひかねたる】-これは二条の君の返事の詞也
  あはせらるゝことおほかるを
    うらなくも思ひけるかなちきりしを
0156【うらなくも】-紫の上也 心に表裏なきをいふ
  松より波はこえし物そとおひらかなる
0157【松より波は】-古今君ををきてあたし心を(古今1003、花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 浦ちかくふりくる雪は白波ノ末ノ松山コスカトソミル(古今326・拾遺集239・古今六帖717・興風集7・63・寛平后宮歌合143、孟津抄・岷江入楚)
  物からたゝならすかすめ給へるを・いと哀に」36ウ
  うちをきかたくみ給て・なこりひさしう・
  しのひの旅ねもし給はす・女思しも
0158【しのひの旅ね】-明石ノ上と
0159【女思しも】-明石上心中ありさま
  しるきに・いまそまことに身もなけつへ
0160【身もなけつへき】-<合点> 拾おなしくは君とならひの池にこそ身もなけつとも人にきかれめ 興風(後撰855・古今六帖1678、異本紫明抄・紫明抄・河海抄) たつねくる身をしとわすはよさの海に身もなけつへき心ちこそすれ(出典未詳)
  き心ちする行すゑみしかけなるお
  やはかりをたのもしき物にて・いつの世
  に人なみ/\になるへき身と思はさり
  しかと・たゝそこはかとなくて・すくしつる
  とし月はなにことをか心をもなやまし
  けむ・かういみしう物思はしき世にこ
  そありけれと・かねてをしはかり思ひし」37オ
  よりもよろつにかなしけれと・なたらかに
  もてなして・にくからぬさまに見えたて
  まつる・あはれとは月日にそへておほしま
0161【あはれと】-源心中
  せと・やむことなきかたのおほつかなく
0162【やむことなき】-紫
  て・年月をすくし給ひ(△&ひ)・たゝならすうち
  思ひをこせ給らむか・いと心くるしけれはひ
  とりふしかちにてすくし給・ゑをさま/\
0163【ゑを】-源
  かきあつめて思ことゝもをかきつけ・返こと
  きくへきさまにしなし給へり・みむ人の
  心にしみぬへき物のさま(ま+なり)・いかてか空に」37ウ
  かよふ御心ならむ・二条の君も物あはれに
0164【二条の君】-紫
  なくさむ方なくおほえ給おり/\おな
  しやうにゑをかきあつめ給つゝ・やかて我
  御ありさまにきのやうにかき給へり・いか
0165【にき】-日記
  なるへき御さまともにかあらむ・年かは
0166【年かはりぬ】-源氏廿七になり給ふ也
  りぬ・内に御くすりのことありて世中
  さま/\にのゝしる・たうたいの御こは右
0167【たうたい】-朱
  大臣のむすめ・承香殿の女御の御はら
0168【むすめ】-鬚妹
  に・おとこみこむまれ給へる二になり給
0169【おとこみこ】-今上
0170【二に】-二歳事始具也
  へはいといはけなし・春宮にこそはゆつ」38オ
0171【春宮】-冷ー
  りきこえ給はめ・おほやけの御うし
  ろみをし世をまつりこつへき人を・お
  ほしめくらすにこの源氏のかくしつみ
  給こと・いとあたらしうあるましきことな
  れは・つゐに后の御いさめを・そむきて・ゆ
  るされ給へきさためいてきぬ・こそより
  后も御物のけなやみ給い・さま/\の物の
  さとしゝきり・さはかしきをいみしき
  御つゝしみともをし給しるしにや・よろ
  しうおはしましける・御めのなやみさへこの」38ウ
0172【御めのなやみ】-朱
  比をもくならせ給て・物心ほそくおほさ
  れけれは・七月廿よ日の程に又かさね
  て京へかへり給へき宣旨くたる・つゐのこ
0173【つゐの】-遂
  とゝおもひしかと・よのつねなきにつけても・
  いかになりはつへき(き+に)かとなけき給を・かう
  にはかなれは・うれしきにそへても・又この
  浦を今はと思はなれむことをおほし
  なけくに・入道さるへき事と思ひな
  からうちきくよりむねふたかりておほ
  ゆれと・思ひのことさかへ給はゝこそは・我お」39オ
  もひのかなふにはあらめなと思ひなをす・
  そのころはよかなれなくかたらひ給・六月は
  かりより心くるしきけしきありてなや
0174【心くるしきけしき】-みな月の比より明石の上たゝもなくなり給ふ也
  みけり・かくわかれ給へきほとなれは・あや
  にくなるにやありけむありしよりも哀
  におほして・あやしう物思へき身にも有
  けるかなとおほしみたる・女はさらにもいは
  すおもひしつみたりいとことはりなりや・
  思ひのほかにかなしきみちにいてたち
  給しかと・つゐ(ゐ=イ)には行めくりきなむと・か」39ウ
  つはおほしめも(めも#)なくさめき・このたひは
  うれしき方の御いてたちの・又やは帰
  みるへきとおほすにあはれなり・さふらふ
  人/\ほと/\につけては・よろこひ
  おもふ京よりも御むかへに人/\まいり・
  心地よけなるをあるしの入道涙に
  くれて・月もたちぬ程さへ哀なる空の
0175【月もたちぬ】-七月になる也
0176【程さへ哀なる空】-これよりは源氏の君の御心といふ
  けしきに・なそや心つから今も昔も
  すゝろなる事にて身をはふらかすらむ
  と・さま/\におほしみたれたるを心しれる」40オ
  人/\は・あなにく・れいの御くせそと見た
  てまつりむつかるめり月ころは露人に
  けしき見せす時/\はひまきれなとし
  給へるつれなさをこの比あやにくに中/\(/\+の)
  人の心つくしにかとつきしろふ・少納言
0177【少納言】-良清か事也
  しる人してきこえいてしはしめの事な(な+と)
  さゝめきあへるをたゝならすおもへり・あ
  さてはかりに成てれいのやうにいたくも・
  ふかさてわたり給へり・さやかにもまたみた
  まはぬかたちなと・いとよし/\しう・けた」40ウ
  かきさましてめさましうもありける
  かなと・見すてかたくゝちをしうおほ
  さる・さるへきさまにしてむかへむとお
  ほしなりぬ・さやうにそかたらひなくさめ
  給・おとこの御かたちありさまはたさらに
  もいはす・としころの御おこなひにいたく
  おもやせ給へるしも・いふかたなくめてた
  き御ありさまにて・心くるしけなるけしき
  にうち涙くみつゝ・あはれふかく契給へるは・た
  たかはかりをさいはひにても・なとかやま」41オ
  さらむとまてそ見ゆめれと・めてたきに
  しも我身の程をおもふもつきせす・波の
  声秋の風には猶ひゝきことなり・塩やく
  煙かすかにたなひきて・とりあつめたる所
  のさまなり
    このたひはたちわかるとももしほやく
0178【このたひは】-源氏
  けふりはおなしかたになひかむとのたまへは
    かきつめてあまのたくものおもひにも
0179【かきつめて】-明石上
  いまはかひなきうらみたにせし哀に
  うちなきてことすくなゝる物から・さるへき」41ウ
  ふしの御いらへなとあさからすきこゆ・こ
0180【このつねに】-詞
  のつねにゆかしかり給物のねなと・さらに
  きかせたてまつらさりつるを・いみしう
  うらみ給・さらはかたみにも・しのふはかりの
  一ことをたにとの給て・京よりもてをはし
  たりしきんの御ことゝりにつかはして・心
  ことなるしらへを・ほのかにかきならし給へ
  る・ふかき夜のすめるはたとへんかたなし・
  入道えたへてさうのこととりてさしいれ
  たり・みつからもいとゝ涙さへそゝのかされ」42オ
  てとゝむへきかたなきにさそはるゝなる
  へし・しのひやかにしらへたる程いと上すめ
  きたり・入道の宮の御ことのねをたゝいまの
0181【入道の宮】-薄
  又なき物に思ひきこえたるは・いまめかし
  うあなめてたときく人の心ゆきて・かた
  ちさへ思やらるゝことは・けにいとかきりなき
  御ことのねなり・これはあくまてひきすま
  し心にくゝねたきねそまされる・この
  御心にたにはしめてあはれになつかしう・また
  みゝなれ給はぬてなと・心やましきほとに」42ウ
  ひきさしつゝ・あかすおほさるゝにも・月
  ころなとしゐても・聞ならささりつらむ
  と・くやしうおほさる心のかきり行さき
  の契をのみし給・きんは又かきあはする
  まてのかたみにとのたまふおんな
    猶さりにたのめをくめるひとことを
0182【猶さりに】-明石上
0183【ひとことを】-琴によせたり
  つきせぬねにやかけてしのはんいふとも
0184【ねにやかけて】-なくねによせたり
  なきくちすさひをうらみ給て
    あふまてのかたみにちきる中のをの
0185【あふまての】-けんし
0186【中のを】-六より十まての緒をいふにや調子のをなるへし
  しらへはことにかはらさらなむこのねたか」43オ
0187【たかはぬさき】-早速心
  はぬさきにかならすあひみむとたのめ給
  めり・されとたゝわかれむ程のわりなさ
  をおもひむせひ(ひ#)たるもいとことはりなり・
  たち給あか月は夜ふかくいて給て御むか
0188【たち給】-源京へ七月
  への人/\もさはかしけれは・心も空なれ
  と人まを・はからひて
    うちすてゝたつもかなしきうら波の
0189【うちすてゝ】-けんし
0190【たつもかなしき】-帰京の心をよせたり
  なこりいかにと思ひやるかな御かへり(かへり$返<朱>)
    年へつるとまやもあれてうき波の
0191【年へつる】-明石上この哥の心はうらみたる心ナリ
  かへるかたにや身をたくへましとうち思ひ」43ウ
  けるまゝなるをみ給にしのひ給へと・ほろ/\
  とこほれぬ・心しらぬ人/\は猶かゝる御すさ(さ#ま)
  ひなれと・としころといふはかりなれ給へる
  を・いまはとおほすはさもあることそかし
  なとみたてまつる・よしきよ△(△#)なとはを
  ろかならす・おほすなむめりかしとにくゝ
  そ思・うれしきにもけにけふをかきりに・
  このなきさをわかるゝことなと哀かりて
  くち/\しほたれいひ(△&ひ)あへる事ともあめ
  り・されとなにかはとてなむ・入道けふの」44オ
  御まうけいといかめしうつかうまつれり人
  人しものしなまて旅のさうそくめつら
0192【さうそく】-装束
  しきさまなり・いつのまにか・しあへけむ
  と見えたり・御よそひはいふへくもあらす・
  みそひつあまたかけたまはす・まことの都
  のつとにしつへき御をくり物とも・ゆへつ
  きて思ひよらぬくまなし・けふたてまつる
  へきかりの御さうそくに
    よる波にたちかさねたるたひ衣
0193【よる波に】-入道
  しほとけしとや人のいとはむとあるを」44ウ
0194【しほとけし】-しほたれたる心ナリ
  御覧しつけて・さはかしけれと
    かたみにそかふへかりけるあふことの
0195【かたみにそ】-源氏
  日かすへたてん中のころもをとて心さし
  あるをとてたてまつりかふ・御身になれたる
0196【御身になれたる】-この用と御身になれたる御そを形見にとてとゝめおき給ふナリ
  ともをつかはす・けにいまひとへしのはれ給へ
  きことをそふる形見なめり・えならぬ御そ
  ににほひのうつりたるを・いかゝ人の心にも
  しめさらむ・入道いまはと世をはなれ侍にし
  身なれとも・けふの御をくりにつかうまつら
  ぬことなと申て・かひをつくるも・いとをし」45オ
  なからわかき人はわ(わ+ら)ひぬへし
    よをうみにこゝらしほしむ身と成て
0197【よをうみに】-入道 よをいとふを海によそへたる也
  猶このきしをえこそはなれね心のやみは
0198【このきし】-このきしとハうき世のきしなり
  いとゝまとひぬへく侍れはさかひまてたにと
0199【さかひまて】-在所ノ
  きこえて・すき/\しきさまなれと・おほし
  いてさせ給おり侍らはなと・御けしき給はる
  ・いみしう物を哀とおほして所/\・うちあかみ
0200【うちあかみ給へる】-なかんとてハまつかほのあかくなるをいふなり
  給へる御まみのわたりなと・いはむかたな
  くみえ給・思ひすてかたきすちもあめれは・
  いまいと・ゝく・みなをし給てむ・たゝこのす」45ウ
  みかこそ見すてかたけれ・いかゝすへきとて
    宮こいてし春のなけきにおとらめや
0201【宮こいてし】-源氏
  としふる浦をわかれぬる秋とてをしの
  こひ給へるに・いとゝ物おほえすしほたれま
  さる・たちゐもあさましうよろほふ・さう
0202【よろほふ】-父母恩重経云阿嬢懐子十月之中起座不安[敬+手]重担飲不下如長病人
  しみの心ちたとふへきかたなくて・かうし
  も人に見えしと思ひしつむれと・身の
  うきを・もとにてわりなきことなれと・うち
  すて給へるうらみのやるかたなきに・
  たけきことゝはたゝ涙にしつめり・はゝ君」46オ
0203【はゝ君】-明石上母
  もなくさめわひてはなにゝかく心つくし
  なることを・思ひそめけむすへてひか/\
  しき人にしたかひける・心のをこたりそと
  いふ・あなかまやおほしすつましきことも
  物し給めれは・さりともおほすところあらむ
  思なくさめて・御ゆなとをたにまいれ・あな
  ゆゝしやとてかたすみにより居たり・めの
  と母君なとひかめる心をいひあはせつゝ・い
  つしかいかておもふさまにて見たてまつ
  らむと年月をたのみすくし・いまや」46ウ
  思かなふとこそたのみきこえつれ・心くる
  しき事をも・物はしめに見るかなとなけく
  をみるにもいとおしけれは・いとゝほけられて・
0204【ほけられて】-耄<ホレタリ>
  ひるは日ゝとひ・いをのみねくらし・よるは
0205【ひるは日ゝとひ】-一日ハぬる事はかりする心也明石入道のありさま也
  すくよかにおきゐて・すゝの行ゑもしら
  すなりにけりとて・てをゝしすりてあふ
0206【て】-手
  きゐたり・てしともにあはめられて月夜
0207【てし】-弟子
  にいてゝ行道するものは・やり水にたふれ
  入にけり・よしあるいはのかたそはにこしも
  つきそこなひて・やみふしたる程になん・」47オ
  すこし物まきれける・君はなにはのかたに
0208【君は】-源氏
  わたりて御はらへし給て・住吉にもたいらか
  にて色/\の願はたし申へきよし・御つか
  ひして申させ給・にはかに所せう(う+て)みつから
  はこのたひえまうて給はす・ことなる御せう
0209【せうえう】-逍遥
  えうなとなくていそきま(ま#)いり給ぬ・二条
  院におはし(し+まし)つきて・宮この人も御との人
  も夢の心ちしてゆきあひ・よろこひなき
  ともゆゝしきまてたちさはきたり・
  女君もかひなき物におほしすてつる命」47ウ
0210【女君】-紫上
  うれしうおほさるらむも(も#)かし・いとうつくし
  けに・ねひとゝのほりて御物思ひのほとに
  所せかりし御くしのすこし・つ(つ#へ)かれたる
  しもいみしうめてたきを・いまはかくて
  みるへきそかしと・御心おちゐるにつけて・
  は(は&は)又かのあかすわかれし人のおもへりし
0211【かのあかすわかれし人】-明石上事
  さま心くるしうおほしやらる・猶よ(よ&よ)とゝも
  にかゝるかたにて・御心のいとまそなきや・そ
  の人のことゝもなときこえいて給へり・お
  ほしいてたる御けしきあさからすみゆる」48オ
  を・たゝならすや見たてまつり給らん・わさ
  とならす身をは思はすなと・ほのめかし
0212【身をは思はす】-\<合点> 拾わすらるゝ身をハおもはすちかひてし人の命のおしくもあるかな(拾遺集870・拾遺抄351・古今六帖2967、大和物語118、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  給そをかしうらうたくおもひきこえ給・
  かつみるにたに・あかぬ御さまをいかてか/\(か/\#)
  へたてつる年月そと・あさましきまて
  おもほすに・とりかへし世中もいとうらめ
  しうなん・ほともなくもとの御位あらたまり
0213【もとの御位】-この間のくらゐハ参議の大将なれハすなハちその官位にあらたまりてやかて権大納言にあかり給ふ也
  て・数よりほかの権大納言になり給・つき/\
0214【数よりほかの権大納言】-職員令大納言二人寛平遺誡大納言勿過正権三人
  の人もさるへきかきりはもとのつかさ返し
  給はり世にゆるさるゝほと・かれたりし木の春」48ウ
  にあへる心ちしていとめてたけなり・めしあり
  て内にまいり給・御前にさふらひ給に・ねひ
  まさりて・いかて・さる物むつかしきすまゐ
  に・としへ給つらむと見たてまつる・女房
  なとの院の御時さふらひて・老しらへる
  ともは・かなしくていまさらになきさはき
  めてきこゆ・うへもはつかしうさへおほし
  めされて・御よそひなとことにひきつくろひ
  ていておはします・御心ちれいならて日こ
  ろへさせ給けれは・いたうおとろへさせ給へるを・」49オ
  昨日けふそすこしよろしうおほされける・
  御物かたりしめやかにありて夜に入ぬ・十五
  夜の月おもしろうしつかなるに・むかしの
  ことかき(き+つ<朱>)くつ(つ#<朱>)しおほしいてられてしほた
0215【かきつくし】-詞
  れさせ給・物心ほそくをほさるゝなるへし・
  あそひなともせす昔きゝし物のねなと
  も・きかて久うなりにけるかなな(な#)と・のたま
  はするに
    わたつ海にしなへうらふれひるのこの
0216【わたつ海に】-\<朱合点> 源氏 古今秋萩にうらふれおれハ足引の山したとよみ鹿そ鳴なる(古今216、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
0217【ひるのこの】-蛭の子をよめるハ三とせといはん為也
  あしたゝさりし年はへにけりときこえ」49ウ
0218【あしたゝさりし】-かそいろハいかに哀とおもふらん三とせになりぬ足たゝすして(和漢朗詠697、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  給へりいとあはれに心はつかしうおほされて
    宮はしらめくりあひけるときしあれは
0219【宮はしらめくり】-御門返し 伊弉諾伊弉冊の尊天の御柱をめくりて一面にあひ給ふ事をいへり蛭の子足たゝぬともよせ侍り
  わかれし春のうらみのこすないとなまめ
  かしき御ありさまなり・院の御ために八講お
0220【院の】-桐
  こなはるへきこと・まついそかせ給・春宮
  を見たてまつり給に・こよなくおよすけ
  させ給て・めつらしうおほしよろこひたる
  を・かきりなく哀と見たてまつり給御さへ
  もこよなくまさらせ給て・世をたもたせ
  給はむに・はゝかりあるましくかしこく」50オ
  みえさせたまふ・入道の宮にも・御心すこ
0221【入道の宮】-藤壺
  しゝつめて・御たいめんの程にも哀なる事と
  もあらむかし・まことやかのあかしにはかへ
0222【かへる浪に】-打かへりの人のかへりにつけて文やり給ふ也
  る浪に・御文つかはす・ひきかくして・こまやか
  にかき給めり波のよる/\いかに
0223【波のよる/\】-\<朱合点> 伊勢集あまを舟われも思をつけてしを浪のよる/\まつと思ハん(出典未詳、異本紫明抄・花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
    なけきつゝあかしの浦にあさ霧の
0224【なけきつゝ】-けんし 明石の浦をたちて都へのほるかと待給ふ心ナリ
  たつやと人を思ひやるかなかのそちの
  むすめの五節あいなく人しれぬ物おもひ
0225【物おもひ】-まさる心にいへり
  さめぬる心ちして・まくなきつくらせて・さ
0226【まくなき】-摩愚那岐別可習也
  しをかせけり」50ウ
    すまの浦に心をよせしふな人の
0227【すまの浦に】-五節君
  やかてくたせる袖をみせはやてなとこ
  よなく・まさりにけりと見おほせ給て・つか
  はす
    帰てはかことやせましよせたりし
0228【帰ては】-源氏
0229【かことやせまし】-かこちやせまし也
  なこりに袖のひかたかりしをあかすをか
0230【なこり】-浪をいへり 後いたつらに立かへりにし白浪の名残に袖のひる時もなし(後撰884・朝忠集12、異本紫明抄・花鳥余情・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  しとおほししなこりなれはおとろかされ
  給て・いとゝおほしいつれと・この比はさや
  うの御ふるまひさらにつゝみ給めり・花ちる
  さとなとにもたゝ御せうそこなとはかり」51オ
  にて・おほつかなく中/\うらめしけなり

  源氏廿六歳の三月十三日須磨より明石に浦つたひして
  廿七の七月帰京まて二年の事あり以哥并詞為
  巻名」51ウ

  せきふきこゆる<行平中納言哥可尋
          能宣朝臣哥似之>
  三五夜中新月色 二千里外故人心
  去年今夜侍清涼 秋憶詩篇独断腸
  恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香
  馬長無驚時変改 一葉一落是春秋
  史記
   趙高指鹿謂馬<秦二世時>
  王昭君
  翠黛紅顔錦繍粧 泣尋沙塞出家郷」52オ
  辺風吹断秋心緒 瀧水流添夜涙行
  胡角一声霜後夢 漢宮万里月前腸
  昭君若贈黄金賂 寔是終身奉帝王
  たゝこれ西にゆくなり 未勘
  うれしきもひとつなみたそこほれけり
   文集 香鑪峯下新卜山居草堂
  五架之間新草堂 石階松柱竹編墻
  十年三月卅日別徽之於[水+豊]上
  十四年三月十一日遇徽之於峡中
  停舟夷陵三宿之別言不然者以詩終寔」52ウ
  七言十七誼之中
  一別五年方見面 語到天明竟不眠
  生涯共寄蒼波上 郷国倶抛白日辺
  往時渺茫都似夢 旧遊零落半帰泉
  酔悲灑涙春盃裏 吟苦支顛暁燭前
   已上すまのまきの奥書也
             謬書之」53オ

二校<朱>」(表表紙蓋紙)

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