《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「あかし」(題箋)
なを雨風やます神なりしつまらて日
ころになりぬいとゝ物わひしき事かすしら
すきしかた行さきかなしき御ありさま
に心つようしもえおほしなさすいかにせ
ましかゝりとて都に帰らんこともまたよ
にゆるされもなくては人わらはれなること
こそまさらめ猶これよりふかき山をもと
めてやあとたえなましとおほすにも浪
かせにさはかされてなと人のいひつた
へん事後の世まていとかろ/\しき名や」1オ
なかしはてんとおほしみたる夢にもたゝ
おなしさまなる物のみきつゝまつはしき
こゆと見給雲まなくてあけくるゝ日
数にそへて京の方もいとゝおほつかな
くかくなから身をはふらかしつるに
やと心ほそうおほせとかしらさしいつ
へくもあらぬそらのみたれにいてたち
まいる人もなし二条院よりそあなかち
にあやしきすかたにてそをちまいれる
みちかひにてたに人かなにそとたに御覧し」1ウ
わくへくもあらすまつをひはらひつへき
しつのおのむつましう哀におほさるゝも
われなからかたしけなくくしにける心の
ほと思ひしらる御文にあさましくをやみ
なきころのけしきにいとゝ空さへとつる
心ちしてなかめやるかたなくなむ
浦風やいかに吹らむおもひやる袖
うちぬらし波まなきころ哀にかなしき
事ともかきあつめ給へりひきあくるより
いとゝみきはまさりぬへくかきくらす心ち」2オ
し給京にもこの雨風いとあやしき物の
さとしなりとて仁王会なとおこなはるへし
となむきこえ侍し内にまいり給かんたち
めなともすへてみちとちてまつりこと
もたえてなむ侍なとはか/\しうもあら
すかたくなしうかたりなせと京の方の
ことゝおほせはいふかしうて御まへにめしいてゝ
とはせ給たゝれいの雨のをやみなくふりて
風は時/\吹いてつゝ日ころになり侍をれい
ならぬことにおとろき侍なりいとかく地のそこ」2ウ
とほるはかりのひふりいかつちのしつまら
ぬことは侍らさりきなといみしきさまに
おとろきおちてをるかほのいとからきにも
心ほそさそまさりけるかくしつゝ世はつき
ぬへきにやとおほさるゝにその又の日の
あかつきより風いみしうふきしほた
かうみちて浪のをとあらき事いはほも
山ものこるましきけしきなり神のなり
ひらめくさまさらにいはむかたなくておち
かゝりぬとおほゆるにあるかきりさかしき」3オ
人なしわれはいかなるつみををかしてかく
かなしき目をみるらむちゝはゝにもあひ
みすかなしきめこのかほをもみてしぬへ
きことゝなけく君は御心をしつめてなに
はかりのあやまちてかこのなきさに命を
はきはめんとつようおほしなせといと物さ
はかしけれは色/\のみてくらさゝけさせ
給て住吉の神ちかきさかひをしつめまも
り給まことにあとをたれ給神ならはた
すけ給へとおほくの大願をたて給をの」3ウ
をの身つからの命をはさる物にてかゝる御
身のまたなきれいにしつみ給ぬへきこと
のいみしうかなしき心をゝこしてすこし
物おほゆるかきりは身にかえてこの御身
ひとつをすくいたてまつらむととよみ
てもろこゑに仏神を念したてまつる
帝王のふかき宮にやしなはれ給て色
色のたのしみにおこり給しかとふかき
御うつくしみおほやしまにあまねくしつ
めるともからをこそおほくうかへ給しか」4オ
いまなにのむくひにかこゝらよこさまなる
浪風にはおほゝれ給はむ天地ことはり給へつ
みなくてつみにあたりつかさ位をとられ
家をはなれさかひをさりて明くれやす
きそらなくなけき給にかくかなしき
めをさへ命つきなんとするはさきの世の
むくひか此世のをかしか神仏あきらかに
ましまさはこのうれへやすめ給へとみ
社のかたにむきてさま/\の願をたて
給又海のなかのりうわうよろつの神た」4ウ
ちに願をたてさせ給にいよ/\なりとゝろ
きておはしますにつゝきたるらうに
おちかゝりぬほのをもえあかりてらうは
やけぬ心たましゐなくてあるかきりま
とふうしろのかたなるおほゐとのとおほし
き屋にうつしたてまつりてかみ下とな
くたちこみていとらうかはしくなき
とよむ声いかつちにもをとらす空はす
みをすりたるやうにて日も暮にけりやう
やう風なをり雨のあししめり星の光も」5オ
みゆるにこのおまし所のいとめつらかなる
もいとかたしけなくてしん殿にかへし
うつしたてまつらむとするにやけのこ
りたるかたもうとましけにそこらの
人のふみとゝろかしまとへるにみすなとも
みなふきちらしてけり夜をあかしてこそ
はとたとりあへるに君は御ねんすし給
ておほしめくらすにいと心あはたゝし月
さしいてゝしほのちかくみちきけるあと
もあらはになこり猶よせ帰波あらきを」5ウ
柴の戸をしあけてなかめをはします
ちかき世界に物の心をしりきしかた行
さきのことうちおほえとやかくやとはか
はかしうさとる人もなしあやしきあま
ともなとのたかき人おはする所と
てあつまりまいりてきゝもしり給はぬ
ことゝもをさえつりあへるもいとめつ
らかなれとをひもはゝはすこの風い
ましはしやまさらましかはしほのほりて
のこる所なからまし神のたすけをろか」6オ
ならさりけりといふをきゝ給もいと心ほそ
しといへはをろかなり
海にます神のたすけにかゝらすは
しほのやをあひにさすらへなましひねも
すにいりもみつる神のさはきにさこそいへ
いたうこうし給にけれは心にもあらすうち
まとろみ給かたしけなきおまし所なれ
はたゝより居給へるに故院たゝおはしまし
しさまなからたち給てなとかくあやしき
所に物するそとて御てをとりてひきたて」6ウ
給住吉の神のみちひき給まゝにははやふ
なてしてこの浦をさりねとの給はすいと
うれしくてかしこき御影にわかれたて
まつりにしこなたさま/\かなしき事
のみおほく侍れはいまはこのなきさに身
をやすて侍なましときこえ給へは
いとあるましきことこれはたゝいさゝかなる
物のむくひなり我は位にありし時あや
まつことなかりしかとをのつからをかしあ
りけれはそのつみをゝふる程いとまなくて」7オ
この世をかへり見さりつれといみしきう
れへにしつむを見るにたへかたくてうみ
にいりなきさにのほりいたくこうしにたれと
かゝるついてに内裏にそうすへきことの
あるによりなむいそきのほりぬるとてた
ちさり給ぬあかすかなしくて御ともにまい
りなんとなきいり給て見あけ給へれは
人もなく月のかほのみきら/\として夢
の心ちもせす御けはひとまれるこゝちし
て空の雲哀にたなひけり年比夢の内」7ウ
にもみたてまつらてこひしうおほつかなき
御さまをほのかなれとさたかにみたてまつり
つるのみ面かけにおほえ給て我かくかなしひ
をきはめ命つきなんとしつるをたすけに
かけり給へると哀におほすによくそかゝる
さはきもありけるとなこりたのもしう
うれしうおほえ給ことかきりなしむねつとふた
かりて中/\なる御心まとひにうつゝのかなし
きこともうち忘夢にも御いらへをいます
こしきこえすなりぬることゝいふせさに又」8オ
やみえ給ふとことさらにね入給へとさらに御
めもあはてあか月かたに成にけりなきさ
にちいさやかなる舟よせて人二三人はかり
この旅の御やとりをさしてまいるなに人な
らむとゝへは明石の浦よりさきのかみ
しほちの御ふねよそひてまいれる也源少
納言さふらひ給はゝたいめして事の心と
り申さんといふよしきよおとろきて入道
はかのとくゐにて年ころあひかたらひ侍れと
わたくしにいさゝかあひうらむること侍てこと」8ウ
なるせうそこをたにかよはさてひさしう
なり侍ぬるを浪のまきれにいかなることかあ
らむとおほめく君の御夢なともおほし
あはすることもありてはやあへとの給へは
舟にいきてあひたりさはかりはけしかり
つる波かせにいつのまにかふなてしつらむ
と心えかたくおもへりいぬるついたちの
ひ夢にさまことなる物のつけしらする
こと侍しかはしむしかたき事とおもふ給
へしかと十三日にあらたなるしるしみせむ」9オ
舟よそひまうけてかならす雨風やま
はこの浦にをよせよとかねてしめす
ことの侍しかは心みに舟のよそひをまうけ
てまち侍しにいかめしき雨風いかつち
のおとろかし侍つれは人の御かとにも夢を
しむして国をたすくるたくひおほう侍
けるをもちゐさせ給はぬまてもこのいま
しめの日をすくさすこのよしをつけ申
侍らんとて舟いたし侍つるにあやしき風
ほそう吹てこの浦につき侍ることまことに」9ウ
神のしるへたかはすなんこゝにもししろ
しめすことや侍つらんとてなむいとはゝり
おほく侍れとこのよしを申給へといふ
よしきよ忍やかにつたへ申君おほし
まはすにゆめうつゝさま/\しつかならす
さとしのやうなる事共をきしかた
行末おほしあはせてよの人のきゝつ
たへん後のそしりもやすからさるへき
をはゝかりてまことの神のたすけにも
あらむをそむく物ならは又これよりま」10オ
さりて人わらはれなるめをやみむうつゝ
の人の心たに猶くるしはかなきことを
もつゝみて我よりよはひまさりもしは位
たかく時よのよせいま一きはまさる人には
なひきしたかひてその心むけをた
とるへき物なりけりしりそきてとかなし
とこそ昔さかしき人もいひをきけれ
けふかく命をきはめよに又なきめかき
りを見つくしつさらにのちのあとの名を
はふくとてもたけき事もあらし夢」10ウ
の中にもちゝ御門の御をしへありつれ
は又なにことかはうたかはむとおほして御
返の給しらぬせかいにめつらしきうれへの
かきりみつれと宮この方よりとてことゝ
ひをこする人もなしたゝ行ゑなき
空の月日の光はかりを故郷の友と
なかめ侍にうれしきつり舟をなむかの
浦にしつやかにかくろふへきくま侍り
なんやとの給かきりなくよろこひかしこま
り申ともあれかくもあれ夜の明はて」11オ
ぬさきに御舟にたてまつれとてれいの
したしきかきり四五人はかりしてたて
まつりぬれいの風いてきてとふやうに
あかしにつき給ぬたゝはひわたる程にかた
時のまといへと猶あやしきまてみゆる風
の心なりはまのさまけにいと心ことなり人
しけうみゆるのみなむ御ねかひにそむき
ける入道のらうしめたる所/\うみのつら
にも山かくれにもとき/\につけてけふを
さかすへきなきさのとまやおこなひをし」11ウ
て後世のことを思ひすましつへき山みつ
のつらにいかめしきたうをたてゝ三昧を
おこなひ此世のまうけに秋のたみをかりを
さめのこりのよはひつむへきいねのくら
まちともなとおり/\所につけたるみ所
ありてしあつめたりたかしほにおちてこ
の比むすめなとはをかへのやとにうつし
てすませけれはこのはまのたちに心や
すくおはします舟より御車にたてまつ
りうつるほと日やう/\さしあかりてほのかに」12オ
見たてまつるより老わすれよはひのふる
心ちしてゑみさかへて住吉の神をかつ/\
おかみたてまつる月日の光をてにえた
てまつりたる心ちしていとなみつかうまつ
る事ことはりなり所のさまをはさらにも
いはすつくりなしたる心はへ木たちた
ていしせむさいなとのありさまえもいは
ぬ入江の水なとゑにかゝは心のいたりすく
なからんゑしはかきをよふましとみゆ月こ
ろの御すまゐよりはこよなくあきらかに」12ウ
なつかし御しつらひなとえならすして
すまゐけるさまなとけに都のやむこと
なき所/\にことならすえむにまはゆき
さまはまさりさまにそみゆるすこし御
心しつまりては京の御文ともきこえ給ま
いれりし使はいまはいみしきみちにい
てたちてかなしきめをみるとなきし
つみてあすまにとまりたるをめして
身にあまれる物ともおほくたまひて
つかはすむつましき御いのりのしともさる」13オ
へき所/\にはこの程の御ありさまくは
しくいひつかはすへし入道の宮はかりには
めつらかにてよみ帰さまなときこえ給二条
院のあはれなりしほとの御かへりはかき
もやり給はすうちをき/\をしのこひ
つゝきこえ給御けしき猶ことなり返々
いみしきめのかきりをつくしはてつる
ありさまなれはいまはと世を思ひはなるゝ
心のみまさり侍れとかゝみをみてもと
の給し面かけのはなるゝよなきをかくお」13ウ
ほつかなくからやとこゝらかなしきさま/\
のうれはしさはさしをかれて
はるかにもおもひやるかなしらさりし
浦よりをちにうらつたひして夢の内
なる心ちのみしてさめはてぬほといかに
ひかことおほからむとけにそこはかとなく
かきみたり給へるしもそいと見まほしき
そはめなるをいとこよなき御心さしの
ほとゝ人/\見たてまつるをの/\古郷
に心ほそけなることつてすへかめりをや」14オ
みなかりし空のけしきなこりなくす
みわたりてあさりするあまともほこらし
けなりすまはいと心ほそくあまのいは
やもまれなりしを人しけきいとひは
し給しかとこゝは又さまことにあはれなる
ことおほくてよろつにおほしなくさまる
あかしの入道おこなひつとめたるさま
いみしう思ひすましたるをたゝこの
むすめひとりをもてわつらひたるけし
きいとかたはらいたきまて時/\もらし」14ウ
うれへきこゆ御心ちにもおかしときゝをき
給し人なれはかくおほえなくてめくり
おはしたるもさるへき契あるにやと
おほしなから猶かう身をしつめたる程は
おこなひよりほかの事は思はし宮こ
の人もたゝなるよりはいひしにたかふと
おほさむも心はつかしうおほさるれは
けしきたち給ことなしことにふれて
心はせありさまなへてならすもありける
かなとゆかしうおほされぬるしもあらす」15オ
こゝにはかしこまりてみつからもをさ/\
まいらすものへたゝりたるしものやに
さふらふさるはあけくれみたてまつらま
ほしうあかすおもひきこえておもふ心を
かなへむと仏神をいよ/\ねんしたてま
つるとしは六十はかりになりたれといとき
よけにあらまほしうおこなひさらほひ
て人のほとのあてはかなれはにやあらむ
うちひかみほれ/\しきことはあれとい
にしへのかとをもしりて物きたなからす」15ウ
よしつきたることもましれゝは昔物
かたりなとせさせてきゝ給にすこし
つれ/\のまきれなりとし比おほやけ
わたくし御いとまなくてさしもきゝをき
給はぬよのふることゝもくつしいてゝかゝ
る所をも人をも見さらましかはさう/\
しくやとまてけふありとおほす事も
ましるかうはなれきこゆれといとけた
かう心はつかしき御ありさまにさこそいひし
かつゝましうなりて我おもふことは心のまゝ」16オ
にもえうちいてきこえぬを心もとなうく
ちおしとはゝ君といひあはせてなけく
さうしみはをしなへての人たにめやす
きは見えぬせかひに世にはかゝる人もおは
しけりと見たてまつりしにつけて身
の程しられていとはるかにそ思ひきこえける
おやたちのかくおもひあつかふをきくに
もにけなきことかなと思にたゝなるよ
りは物あはれなり四月になりぬ衣かへの
御さうそく御丁のかたひらなとよしある」16ウ
さまにしいてつゝよろつにつかうまつりいと
なむをいとおしうすゝろなりとおほせと
人さまのあくまて思あかりたるさまのあ
てなさにおほしゆるして見給京よりも
うちしきりたる御とふらひともたゆみな
くおほかりのとやかなる夕月夜にうみ
のうへくもりなく見えわたれるもすみ
なれ給し故郷の池水思ひまかへられ給に
いはむかたなくこひしきこといつかたと
なく行ゑなき心ちし給てたゝめのまへ」17オ
にみやらるゝはあはちしま成けりあはと
はるかにの給て
あはとみるあはちのしまのあはれさへ
のこるくまなくすめるよの月ひさしう
てふれ給はぬきむをふくろよりとりいて
給てはかなくかきならし給へる御さまをみ
たてまつる人もやすからす哀にかなしう
おもひあへりかうれうといふてをあるかきり
ひきすまし給へるにかのをかへの家も
松のひゝき波の音にあひて心はせあるわか」17ウ
人は身にしみておもふへかめりなにとも
わくましきこのもかのものしはふる人
ともゝすゝろはしくてはま風をひきあ
りく入道もえたへてくやう法たゆみ
ていそきまいれりさらにそむきにし世の
中もとりかへし思ひいてぬへく侍りのち
の世にねかひ侍ところのありさまも思ひやら
るゝ夜のさまかなとなく/\めてきこゆ我
我御心にもおり/\の御あそひその人かの
人のことふえもしはこゑのいてしさまに」18オ
時/\につけてよにめてられ給しありさま
みかとよりはしめたてまつりてもてかし
つきあかめたてまつり給しを人のうへ
も我御身のありさまもおほしいてられて
夢の心ちし給まゝにかきならし給へるこゑ
も心すこくきこゆる人は涙もとゝめあへ
すをかへにひわ生のこととりにやりて
入道ひわの法師になりていとおかしうめつ
らしきてひとつふたつひきたりさうの
御ことまいりたれはすこしひき給もさま/\」18ウ
いみしうのみ思ひきこえたりいとさし
もきこえぬ物のねにおりからこそはま
さるものなるをはる/\と物のとゝこほり
なき海つらなるに中/\春秋のはなも
みちのさかりなるよりはたゝそこはかと
なうしけれるかけともなまめかしきに
くひなのうちたゝきたるはたか門
さしてと哀におほゆねもいとになう
いつることゝもをいとなつかしうひきな
らしたるも御心とまりてこれは女のな」19オ
つかしきさまにてしとけなうひきたる
こそおかしけれと大方にの給を入道は
あひなくうちゑみてあそはすよりなつ
かしきさまなるはいつこのか侍らんなに
かし延喜の御てよりひきつたへたること
したいになんなり侍ぬるをかうつたなき身
にてこの世のことはすてわすれ侍ぬる
を物のせちにいふせきおり/\はかきならし
侍しをあやしうまねふものゝ侍こそし
ねむにかのせむ大王の御てにかよひて」19ウ
侍れ山ふしのひかみゝにまつかせをきゝ
わたし侍にやあらんいかてこれのしのひ
てきこしめさせてしかなときこゆ
るまゝにうちわなゝきて涙おとすへ
かめり君ことをこととも聞給ましかり
けるあたりにねたきわさかなとてをし
やり給にあやしう昔より笙は女なんひ
きとる物なりけるさかの御つたへにて女五
の宮さる世のなかの上すに物し給ける
をその御すちにてとりたてゝつたふる」20オ
人なしすへてたゝいま世に名をとれ
る人/\かきなての心やりはかりに
のみあるをこゝにかうひきこめ給へりける
いとけうありける事かないかてかはきく
へきとの給きこしめさむにはなにの
はゝりか侍らんおまへにめしてもあき
人のなかにてたにこそふることきゝは
やす人は侍けれひわなむまことのねを
ひきしつむる人いにしへもかたう侍しを
おさ/\とゝこほることなうなつかしきて」20ウ
なとすちことになんいかてたとるにか
侍らんあらき浪のこゑにましるはかなし
くもおもふ給へられなからかきつむる物な
けかしさまきるゝおり/\も侍りなと
すきゐたれはおかしとおほしてさうのこと
とりかへてたまはせたりけにいとすく
してかいひきたりいまの世にきこえぬ
すちひきつけててつかひいといたうから
めきゆのねふかうすましたり伊勢
の海ならねときよきなきさにかひや」21オ
ひろはむなとこゑよき人にうたはせて
われも時/\拍しとりてこゑうちそへ給
をことひきさしつゝめてきこゆ御くた物
なとめつらしきさまにてまいらせ人/\に
さけしひそしなとしてをのつから物わす
れしぬへき夜のさまなりいたく深行
まゝにはま風すゝしうて月もいり
かたになるまゝにすみまさりしつかなるほと
に御物語のこりなくきこえてこの浦に
すみはしめしほとの心つかひ後の世をつと」21ウ
むるさまかきくつしきこえてこのむす
めのありさまとはすかたりにきこゆおかし
きものゝさすかにあはれときゝ給ふしも
ありいととり申かたき事なれとわかきみ
かうおほえなきせかいにかりにてもうつろひ
おはしましたるはもしとしころおいほうし
のいのり申侍神仏のあはれひおはしまして
しはしのほと御心をもなやましたてまつる
にやとなんおもふたまふるそのゆゑはす
みよしのかみをたのみはしめたてまつりて」22オ
この十八ねんになり侍ぬめのわらはいと
きなう侍しよりおもふ心侍てとしこと
の春秋ことにかならすかの御やしろにまい
ることなむ侍ひるよるの六時のつとめ
にみつからのはちすのうへのねかひをは
さるものにてたゝこの人をたかきほいか
なへたまへとなんねんし侍さきのよのちき
りつたなくてこそかくくちおしき山
かつとなり侍けめをや大臣のくらゐを
たもちたまへりきみつからかくゐなか」22ウ
のたみとなりにて侍りつき/\さのみお
とりまからはなにの身にかなり侍らんと
かなしく思侍をこれはむまれしとき
よりたのむところなん侍いかにして宮
このたかき人にたてまつらんと思ふ心
ふかきによりほと/\につけてあまた
のひとのそねみをおひみのためからき
めをみるをり/\もおほく侍れとさらに
くるしみとおもひ侍らす命のかきりは
せはき衣にもはくゝみ侍なむかく」23オ
なから見すて侍なは浪のなかにもまし
りうせねとなんをきて侍なとすへて
まねふへくもあらぬことゝもをうちな
きうちなききこゆ君も物をさま/\
おほしつゝくるおりからはうち涙くみつゝ
きこしめすよこさまのつみにあたりて
思ひかけぬせかいにたゝよふもなにのつみ
にかとおほつかなく思ひつるこよひの御
物かたりにきゝあはすれはけにあさからぬ
さきの世のちきりにこそはと哀になむ」23ウ
なとかはかくさたかに思ひしり給けること
をいまゝてはつけ給はさりつらむ都は
なれし時より世のつねなきもあちき
なうおこなひよりほかの事なくて月日
をふるに心もみなくつをれにけりかゝる人
物し給とはほのきゝなからいたつら人をは
ゆゝしき物にこそおもひすて給らめと思ひ
くしつるをさらはみちひき給へきにこそ
あなれ心ほそきひとりねのなくさめに
もなとの給をかきりなくうれしと思へり」24オ
ひとりねは君もしりぬやつれ/\と
思ひあかしのうらさひしさをまして年
月おもひ給へわたるいふせさををしはか
らせ給へときこゆるけはひうちわなゝ
きたれとさすかにゆへなからすされとうら
なれ給へらむ人はとて
たひころもうらかなしさにあかしかね
草の枕は夢もむすはすとうちみたれ
給へる御さまはいとそあいきやうつきいふ
よしなき御けはひなる数しらぬ事とも」24ウ
きこえつくしたれとうるさしやひか
ことゝもにかきなしたれはいとゝをこに
かたくなしき入道の心はへもあらはれぬ
へかめりおもふことかつ/\かなひぬる心ち
してすゝしう思ひゐたるに又の日のひる
つかたをかへに御文つかはす心はつかしき
さまなめるも中/\かゝる物のくまにそ
思ひのほかなることもこもるへかめると心つ
かひし給てこまのくるみ色のかみにえ
ならすひきつくろひて」25オ
をちこちもしらぬ雲ゐになかめわひ
かすめしやとの木すゑをそとふおもふに
はとはかりやありけん入道も人しれす
まちきこゆとてかの家にきゐたり
けるもしるけれは御つかひいとまはゆき
まてゑはす御返いとひさしうちにいり
てそゝのかせとむすめはさらにきかす
はつかしけなる御文のさまにさしいてむ
てつきもはつかしつゝまし人の御程
我身のほと思ひこよなくて心ちあしと」25ウ
てよりふしぬいひわひて入道そかくいと
かしこきはゐなかひて侍るたもとにつゝみ
あまりぬるにやさらに見たまへもをよ
ひ侍らぬかしこさになんさるは
なかむらんおなし雲ゐをなかむるは
思ひもおなし思ひなるらむとなん見給る
いとすき/\しやときこえたりみちの
くにかみにいたうふるめきたれとかきさま
よしはみたりけにもすきたるかなと
めさましうみ給御つかひになへてならぬ」26オ
たまもなとかつけたり又の日せんしかき
は見しらすなんとて
いふせくもこゝろにものをなやむかな
やよやいかにとゝふ人もなみいひかたみとこ
のたひはいといたうなよひたるうすやう
にいとうつくしけにかきたまへりわかき
人のめてさらむもいとあまりむもれいた
からむめてたしとはみれとなすらひなら
ぬ身の程のいみしうかひなけれは中/\
世にあるものとたつねしり給につけて」26ウ
涙くまれてさらにれいのとうなきを
せめていはれてあさからすしめたるむら
さきのかみにすみつきこくうすくま
きらはして
おもふらんこゝろほとやゝよいかに
また見ぬ人のきゝかなやまむての
さまかきたるさまなとやむことなき人に
いたうをとるましう上すめきたり京の
ことおほえておかしと見給へとうちしき
りてつかはさむも人めつゝましけれは」27オ
二三日へたてつゝつれ/\なる夕くれもし
は物あはれなる明ほのなとやうにまきら
はしており/\おなし心に見しりぬへ
き程をしはかりてかきかはし給ににけ
なからす心ふかう思ひあかりたるけしき
も見てはやましとおほす物からよし
きよからうしていひしけしきもめさま
しう年比心つけてあらむをめのまへ
に思ひたかへんもいとおしうおほしめくら
されて人すゝみまいらはさるかたにても」27ウ
まきらはしてんとおほせと女はた中/\
やむことなききはの人よりもいたう
思ひあかりてねたけにもてなしきこえ
たれは心くらへにてそすきける京のこと
をかく関へたゝりてはいよ/\おほつかな
く思ひきこえ給ていかにせましたはふ
れにくゝもあるかなしのひてやむかへた
てまつりてましとおほしよはるをり/\
あれとさりともかくてやはとしをかさ
ねんといまさらに人わろき事をはと」28オ
おほししつめたりそのとしおほやけ
にものゝさとししきりて物さはかしき
事おほかり三月十三日かみなりひら
めき雨風さはかしき夜みかとの御夢
に院の御門御まへのみはしのもとに
たゝせ給て御けしきいとあしうてに
らみきこえさせ給をかしこまりてお
はしますきこえさせ給こともおほかり
源氏の御事なりけんかしいとおそろし
ういとおしとおほしてきさきにきこえ」28ウ
させ給けれは雨なとふり空みたれたる
夜は思なしなることはさそ侍るかろ/\
しきやうにおほしおとろくましきこ
とゝきこえ給にらみ給しにめ見あは
せ給と見しけにや御め△わつらひ給
てたへかたうなやみ給御つゝしみ内に
も宮にもかきりなくせさせ給おほ
きおとゝうせ給ぬことはりの御よはひ
なれとつき/\にをのつからさはかし
きことあるに大宮もそこはかとなうわ」29オ
つらひ給て程ふれはよはり給やうなる
内におほしなけくことさま/\なりなを
此源氏の君まことにおかしなきにて
かくしつむならはかならすこのむくひ
ありなんとなむおほえ侍いまは猶も
とのくらゐをもたまひてむとたひ/\
おほしの給を世のもときかろ/\しき
やうなるへしつみにおちて都をさりし
人を三ねんをたにすくさすゆるされむ
ことはよの人もいかゝいひつたへ侍らんなとき」29ウ
さきかたくいさめ給におほしはゝかるほと
に月日かさなりて御なやみともさま/\に
をもりまさらせ給あかしにはれいの秋浜
風のことなるにひとりねもまめやかに
物わひしうて入道にもおり/\かたらはせ
給とかくまきらはしてこちまいらせよと
のたまいてわたり給はむことをはあるま
しうおほしたるをさうしみはたさらに
思たつへくもあらすいとくちおしきゝ
はのゐ中人こそかりにくたりたる人の」30オ
うちとけことにつきてさやうにかろらかに
かたらふはさをもすなれ人数にもおほ
されさらん物ゆへわれはいみしき物思ひ
をやそへんかくをよひなき心をおもへ
るおやたちもよこもりてすくす年
月こそあいなたのみに行すゑ心にくゝ
思らめ中/\なる心をやつくさむと思ひ
てたゝこの浦にをはせん程かゝる御文は
かりをきこえかはさむこそをろかなら
ね年比をとにのみ聞ていつかはさる人」30ウ
の御ありさまをほのかにも見たてまつ
らんなと思ひかけさりし御すまゐにて
まほならねとほのかにも見たてまつり
よになき物ときゝつたへし御ことのね
をも風につけてきゝ明くれの御ありさ
まおほつかなからてかくまてよにある物
とおほしたつぬるなとこそかゝるあま
のなかにくちぬる身にあまることな
れなとおもふにいよ/\はつかしうて
露もけちかきことは思ひよらすおや」31オ
たちはこゝらの年比のいのりのかなふ
へきを思ひなからゆくりかに見せたて
まつりておほし数まへさらん時いかなる
なけきをかせんと思やるにゆゝしく
てめてたき人ときこゆともつらう
いみしうもあるへき哉めにもみえぬ
仏神をたのみたてまつりて人の御心を
もすくせをもしらてなとうちかへし
思ひみたれたり君はこの比の波のをと
にかの物のねをきかはやさらすはかひな」31ウ
くこそなとつねはの給しのひてよろしき
日みてはゝ君のとかく思ひわつらふをき
きいれすてしともなとにたにしらせす
心ひとつにたちゐかゝやくはかりしつら
ひて十三日の月の花やかにさしいてたる
にたゝあたら夜のときこえたり君は
【付箋01】-「あたら夜の月と花とをゝなしくは/あはれしれらん人に見せはや」(自筆本奥入12)
すきのさまやとおほせと御なをしたて
まつりひきつくろひて夜ふかしていて給
御くるまはになくつくりたれと所せし
とて御むまにて出給これみつなとはかり」32オ
をさふらはせ給やゝとをくいる所なり
けりみちの程もよもの浦/\見わたし
給ておもふとちみまほしき入江の月
影にもまつこひしき人の御事を思ひ
出きこえ給にやかてむまひきすきて
おもむきぬへくおほす
秋のよの月けのこまよわかこふる
雲ゐをかけれときのまもみんとうち
ひとりこたれ給つくれるさまこふかくい
たき所まさりて見所あるすまゐなり」32ウ
うみのつらはいかめしうおもしろくこれは
心ほそくすみたるさまこゝにゐて思ひ
のこすことはあらしとおほしやらるゝに
物哀なり三昧たうちかくてかねの声
松かせにひゝきあひて物かなしういは
におひたる松の根さしも心はへあるさま
なりこゝかしこのありさまなと御覧す
むすめすませたる方は心ことにみかきて
月いれたるま木の戸くちけしきこと
にをしあけたりうちやすらひなにかとの」33オ
給にもかうまては見えたてまつらしと
ふかう思に物なけかしうてうちとけぬ
心さまをこよなうも人めきたるかなさし
もあるましききはの人たにかはかりいひ
よりぬれは心つようしもあらすならひた
りしをいとかくやつれたるにあなつらはしき
にやとねたうさま/\におほしなやめり
なさけなうをしたゝむもことのさまに
たかへり心くらへにまけんこそ人わろけ
れなとみたれうらみ給さまけに物思ひし」33ウ
らむ人にこそみせまほしけれちかき木
丁のひもにさうのことのひきならされ
たるもけはひしとけなくうちとけな
からかきまさくりける程みえておかしけ
れはこのきゝならしたることをさへや
なとよろつにのたまふ
むつことをかたりあはせむ人もかな
うき世の夢もなかはさむやと
あけぬ夜にやかてまとへる心には
いつれを夢とわきてかたらむほのかなる」34オ
けはひ伊勢のみやす所にいとようおほ
えたりなに心もなくうちとけてゐたり
けるをかう物おほえぬにいとわりなくてちか
かりけるさうしのうちに入ていかてかため
けるにかいとつよきをしゐてもをした
ち給はぬさまなりされとさのみもいかてか
あらむ人さまいとあてにそひへて心はつ
かしきけはひそしたるかうあなかちなり
ける契をおほすにもあさからすあはれ
なり御心さしのちかまさりするなるへし」34ウ
つねはいとはしき夜のなかさもとく明ぬ
る心ちすれは人にしられしとおほすも
心あはたゝしうてこまかにかたらひをき
ていて給ぬ御文いとしのひてそけふはある
あひなき御心のおになりやこゝにもかゝる
こといかてもらさしとつゝみて御つかひこと
ことしうももてなさぬをむいたくおも
へりかくて後はしのひつゝ時/\おはす程
もすこしはなれたるにをのつから物いひ
さかなきあまのこもやたちましらんと」35オ
おほしはゝかる程をされはよと思ひなけ
きたるをけにいかならむと入道も極
楽のねかひをは忘てたゝこの御けしき
をまつことにはすいまさらに心をみたるも
いと/\おしけなり二条の君の風のつ
てにももりきゝ給はむ事はたはふれに
ても心のへたてありけると思うとまれ
たてまつらんこゝろくるしうはつかしう
おほさるゝもあなかちなる御心さしのほ
となりかしかゝる方のことををはさすかに」35ウ
心とゝめてうらみ給へりしおり/\なとて
あやなきすさひことにつけても思はれた
てまつりけむなとゝりかへさまほしう人
のありさまをみ給につけてもこひしさの
なくさむかたなけれれいよりも御文
こまやかにかき給てまことやわれなから心
よりほかなる猶さりことにてうとまれたて
まつりしふし/\を思出さへむねいたき
に又あやしうものはかなき夢をこそみ
侍しかかうきこゆるとはすかたりにへた」36オ
てなき心の程はおほしあはせよちかひし
【付箋02】-「忘れしとちかひしことを(の&を)あやまたす(たは&たす)/みかさの山の神もことはれ」(自筆本奥入16)
こともなとかきてなにことにつけても
しほ/\とまつそなかるゝかりそめの
みるめはあまのすさひなれともとある御
返なに心なくらうたけにかきてはてに
忍ひかねたる御夢かたりにつけても思ひ
あはせらるゝことおほかるを
うらなくも思ひけるかなちきりしを
松より波はこえし物そとおひらかなる
物からたゝならすかすめ給へるをいと哀に」36ウ
うちをきかたくみ給てなこりひさしう
しのひの旅ねもし給はす女思しも
しるきにいまそまことに身もなけつへ
き心ちする行すゑみしかけなるお
やはかりをたのもしき物にていつの世
に人なみ/\になるへき身と思はさり
しかとたゝそこはかとなくてすくしつる
とし月はなにことをか心をもなやまし
けむかういみしう物思はしき世にこ
そありけれとかねてをしはかり思ひし」37オ
よりもよろつにかなしけれとなたらかに
もてなしてにくからぬさまに見えたて
まつるあはれとは月日にそへておほしま
せとやむことなきかたのおほつかなく
て年月をすくし給ひたゝならすうち
思ひをこせ給らむかいと心くるしけれはひ
とりふしかちにてすくし給ゑをさま/\
かきあつめて思ことゝもをかきつけ・返こと
きくへきさまにしなし給へりみむ人の
心にしみぬへき物のさまいかてか空に」37ウ
かよふ御心ならむ二条の君も物あはれに
なくさむ方なくおほえ給おり/\おな
しやうにゑをかきあつめ給つゝやかて我
御ありさまにきのやうにかき給へりいか
なるへき御さまともにかあらむ年かは
りぬ内に御くすりのことありて世中
さま/\にのゝしるたうたいの御こは右
大臣のむすめ承香殿の女御の御はら
におとこみこむまれ給へる二になり給
へはいといはけなし春宮にこそはゆつ」38オ
りきこえ給はめおほやけの御うし
ろみをし世をまつりこつへき人をお
ほしめくらすにこの源氏のかくしつみ
給こといとあたらしうあるましきことな
れはつゐに后の御いさめをそむきてゆ
るされ給へきさためいてきぬこそより
后も御物のけなやみ給いさま/\の物の
さとしゝきりさはかしきをいみしき
御つゝしみともをし給しるしにやよろ
しうおはしましける御めのなやみさへこの」38ウ
比をもくならせ給て物心ほそくおほさ
れけれは七月廿よ日の程に又かさね
て京へかへり給へき宣旨くたるつゐのこ
とゝおもひしかとよのつねなきにつけても
いかになりはつへきかとなけき給をかう
にはかなれはうれしきにそへても又この
浦を今はと思はなれむことをおほし
なけくに入道さるへき事と思ひな
からうちきくよりむねふたかりておほ
ゆれと思ひのことさかへ給はゝこそは我お」39オ
もひのかなふにはあらめなと思ひなをす
そのころはよかなれなくかたらひ給六月は
かりより心くるしきけしきありてなや
みけりかくわかれ給へきほとなれはあや
にくなるにやありけむありしよりも哀
におほしてあやしう物思へき身にも有
けるかなとおほしみたる女はさらにもいは
すおもひしつみたりいとことはりなりや
思ひのほかにかなしきみちにいてたち
給しかとつゐには行めくりきなむとか」39ウ
つはおほしめもなくさめきこのたひは
うれしき方の御いてたちの又やは帰
みるへきとおほすにあはれなりさふらふ
人/\ほと/\につけてはよろこひ
おもふ京よりも御むかへに人/\まいり
心地よけなるをあるしの入道涙に
くれて月もたちぬ程さへ哀なる空の
けしきになそや心つから今も昔も
すゝろなる事にて身をはふらかすらむ
とさま/\におほしみたれたるを心しれる」40オ
人/\はあなにくれいの御くせそと見た
てまつりむつかるめり月ころは露人に
けしき見せす時/\はひまきれなとし
給へるつれなさをこの比あやにくに中/\
人の心つくしにかとつきしろふ少納言
しる人してきこえいてしはしめの事な
さゝめきあへるをたゝならすおもへりあ
さてはかりに成てれいのやうにいたくも
ふかさてわたり給へりさやかにもまたみた
まはぬかたちなといとよし/\しうけた」40ウ
かきさましてめさましうもありける
かなと見すてかたくゝちをしうおほ
さるさるへきさまにしてむかへむとお
ほしなりぬさやうにそかたらひなくさめ
給おとこの御かたちありさまはたさらに
もいはすとしころの御おこなひにいたく
おもやせ給へるしもいふかたなくめてた
き御ありさまにて心くるしけなるけしき
にうち涙くみつゝあはれふかく契給へるはた
たかはかりをさいはひにてもなとかやま」41オ
さらむとまてそ見ゆめれとめてたきに
しも我身の程をおもふもつきせす波の
声秋の風には猶ひゝきことなり塩やく
煙かすかにたなひきてとりあつめたる所
のさまなり
このたひはたちわかるとももしほやく
けふりはおなしかたになひかむとのたまへは
かきつめてあまのたくものおもひにも
いまはかひなきうらみたにせし哀に
うちなきてことすくなゝる物からさるへき」41ウ
ふしの御いらへなとあさからすきこゆこ
のつねにゆかしかり給物のねなとさらに
きかせたてまつらさりつるをいみしう
うらみ給さらはかたみにもしのふはかりの
一ことをたにとの給て京よりもてをはし
たりしきんの御ことゝりにつかはして心
ことなるしらへをほのかにかきならし給へ
るふかき夜のすめるはたとへんかたなし
入道えたへてさうのこととりてさしいれ
たりみつからもいとゝ涙さへそゝのかされ」42オ
てとゝむへきかたなきにさそはるゝなる
へししのひやかにしらへたる程いと上すめ
きたり入道の宮の御ことのねをたゝいまの
又なき物に思ひきこえたるはいまめかし
うあなめてたときく人の心ゆきてかた
ちさへ思やらるゝことはけにいとかきりなき
御ことのねなりこれはあくまてひきすま
し心にくゝねたきねそまされるこの
御心にたにはしめてあはれになつかしうまた
みゝなれ給はぬてなと心やましきほとに」42ウ
ひきさしつゝあかすおほさるゝにも月
ころなとしゐても聞ならささりつらむ
とくやしうおほさる心のかきり行さき
の契をのみし給きんは又かきあはする
まてのかたみにとのたまふおんな
猶さりにたのめをくめるひとことを
つきせぬねにやかけてしのはんいふとも
なきくちすさひをうらみ給て
あふまてのかたみにちきる中のをの
しらへはことにかはらさらなむこのねたか」43オ
はぬさきにかならすあひみむとたのめ給
めりされとたゝわかれむ程のわりなさ
をおもひむせひたるもいとことはりなり
たち給あか月は夜ふかくいて給て御むか
への人/\もさはかしけれは心も空なれ
と人まをはからひて
うちすてゝたつもかなしきうら波の
なこりいかにと思ひやるかな御かへり
年へつるとまやもあれてうき波の
かへるかたにや身をたくへましとうち思ひ」43ウ
けるまゝなるをみ給にしのひ給へとほろ/\
とこほれぬ心しらぬ人/\は猶かゝる御すさ
ひなれととしころといふはかりなれ給へる
をいまはとおほすはさもあることそかし
なとみたてまつるよしきよ△なとはを
ろかならすおほすなむめりかしとにくゝ
そ思うれしきにもけにけふをかきりに
このなきさをわかるゝことなと哀かりて
くち/\しほたれいひあへる事ともあめ
りされとなにかはとてなむ入道けふの」44オ
御まうけいといかめしうつかうまつれり人
人しものしなまて旅のさうそくめつら
しきさまなりいつのまにかしあへけむ
と見えたり御よそひはいふへくもあらす
みそひつあまたかけたまはすまことの都
のつとにしつへき御をくり物ともゆへつ
きて思ひよらぬくまなしけふたてまつる
へきかりの御さうそくに
よる波にたちかさねたるたひ衣
しほとけしとや人のいとはむとあるを」44ウ
御覧しつけてさはかしけれと
かたみにそかふへかりけるあふことの
日かすへたてん中のころもをとて心さし
あるをとてたてまつりかふ御身になれたる
ともをつかはすけにいまひとへしのはれ給へ
きことをそふる形見なめりえならぬ御そ
ににほひのうつりたるをいかゝ人の心にも
しめさらむ入道いまはと世をはなれ侍にし
身なれともけふの御をくりにつかうまつら
ぬことなと申てかひをつくるもいとをし」45オ
なからわかき人はわひぬへし
よをうみにこゝらしほしむ身と成て
猶このきしをえこそはなれね心のやみは
いとゝまとひぬへく侍れはさかひまてたにと
きこえてすき/\しきさまなれとおほし
いてさせ給おり侍らはなと御けしき給はる
いみしう物を哀とおほして所/\うちあかみ
給へる御まみのわたりなといはむかたな
くみえ給思ひすてかたきすちもあめれは
いまいとゝくみなをし給てむたゝこのす」45ウ
みかこそ見すてかたけれいかゝすへきとて
宮こいてし春のなけきにおとらめや
としふる浦をわかれぬる秋とてをしの
こひ給へるにいとゝ物おほえすしほたれま
さるたちゐもあさましうよろほふさう
しみの心ちたとふへきかたなくてかうし
も人に見えしと思ひしつむれと身の
うきをもとにてわりなきことなれとうち
すて給へるうらみのやるかたなきに
たけきことゝはたゝ涙にしつめりはゝ君」46オ
もなくさめわひてはなにゝかく心つくし
なることを思ひそめけむすへてひか/\
しき人にしたかひける心のをこたりそと
いふあなかまやおほしすつましきことも
物し給めれはさりともおほすところあらむ
思なくさめて御ゆなとをたにまいれあな
ゆゝしやとてかたすみにより居たりめの
と母君なとひかめる心をいひあはせつゝい
つしかいかておもふさまにて見たてまつ
らむと年月をたのみすくしいまや」46ウ
思かなふとこそたのみきこえつれ心くる
しき事をも物はしめに見るかなとなけく
をみるにもいとおしけれはいとゝほけられて
ひるは日ゝとひいをのみねくらしよるは
すくよかにおきゐてすゝの行ゑもしら
すなりにけりとててをゝしすりてあふ
きゐたりてしともにあはめられて月夜
にいてゝ行道するものはやり水にたふれ
入にけりよしあるいはのかたそはにこしも
つきそこなひてやみふしたる程になん」47オ
すこし物まきれける君はなにはのかたに
わたりて御はらへし給て住吉にもたいらか
にて色/\の願はたし申へきよし御つか
ひして申させ給にはかに所せうみつから
はこのたひえまうて給はすことなる御せう
えうなとなくていそきまいり給ぬ二条
院におはしつきて宮この人も御との人
も夢の心ちしてゆきあひよろこひなき
ともゆゝしきまてたちさはきたり
女君もかひなき物におほしすてつる命」47ウ
うれしうおほさるらむもかしいとうつくし
けにねひとゝのほりて御物思ひのほとに
所せかりし御くしのすこしつかれたる
しもいみしうめてたきをいまはかくて
みるへきそかしと御心おちゐるにつけて
は又かのあかすわかれし人のおもへりし
さま心くるしうおほしやらる猶よとゝも
にかゝるかたにて御心のいとまそなきやそ
の人のことゝもなときこえいて給へりお
ほしいてたる御けしきあさからすみゆる」48オ
をたゝならすや見たてまつり給らんわさ
とならす身をは思はすなとほのめかし
給そをかしうらうたくおもひきこえ給
かつみるにたにあかぬ御さまをいかてか/\
へたてつる年月そとあさましきまて
おもほすにとりかへし世中もいとうらめ
しうなんほともなくもとの御位あらたまり
て数よりほかの権大納言になり給つき/\
の人もさるへきかきりはもとのつかさ返し
給はり世にゆるさるゝほとかれたりし木の春」48ウ
にあへる心ちしていとめてたけなりめしあり
て内にまいり給御前にさふらひ給にねひ
まさりていかてさる物むつかしきすまゐ
にとしへ給つらむと見たてまつる女房
なとの院の御時さふらひて老しらへる
ともはかなしくていまさらになきさはき
めてきこゆうへもはつかしうさへおほし
めされて御よそひなとことにひきつくろひ
ていておはします御心ちれいならて日こ
ろへさせ給けれはいたうおとろへさせ給へるを」49オ
昨日けふそすこしよろしうおほされける
御物かたりしめやかにありて夜に入ぬ十五
夜の月おもしろうしつかなるにむかしの
ことかきくつしおほしいてられてしほた
れさせ給物心ほそくをほさるゝなるへし
あそひなともせす昔きゝし物のねなと
もきかて久うなりにけるかななとのたま
はするに
わたつ海にしなへうらふれひるのこの
あしたゝさりし年はへにけりときこえ」49ウ
給へりいとあはれに心はつかしうおほされて
宮はしらめくりあひけるときしあれは
わかれし春のうらみのこすないとなまめ
かしき御ありさまなり院の御ために八講お
こなはるへきことまついそかせ給春宮
を見たてまつり給にこよなくおよすけ
させ給てめつらしうおほしよろこひたる
をかきりなく哀と見たてまつり給御さへ
もこよなくまさらせ給て世をたもたせ
給はむにはゝかりあるましくかしこく」50オ
みえさせたまふ入道の宮にも御心すこ
しゝつめて御たいめんの程にも哀なる事と
もあらむかしまことやかのあかしにはかへ
る浪に御文つかはすひきかくしてこまやか
にかき給めり波のよる/\いかに
なけきつゝあかしの浦にあさ霧の
たつやと人を思ひやるかなかのそちの
むすめの五節あいなく人しれぬ物おもひ
さめぬる心ちしてまくなきつくらせてさ
しをかせけり」50ウ
すまの浦に心をよせしふな人の
やかてくたせる袖をみせはやてなとこ
よなくまさりにけりと見おほせ給てつか
はす
帰てはかことやせましよせたりし
なこりに袖のひかたかりしをあかすをか
しとおほししなこりなれはおとろかされ
給ていとゝおほしいつれとこの比はさや
うの御ふるまひさらにつゝみ給めり花ちる
さとなとにもたゝ御せうそこなとはかり」51オ
にておほつかなく中/\うらめしけなり」51ウ
せきふきこゆる<行平中納言哥可尋
能宣朝臣哥似之>
三五夜中新月色 二千里外故人心
去年今夜侍清涼 秋憶詩篇独断腸
恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香
馬長無驚時変改 一葉一落是春秋
史記
趙高指鹿謂馬<秦二世時>
王昭君
翠黛紅顔錦繍粧 泣尋沙塞出家郷」52オ
辺風吹断秋心緒 瀧水流添夜涙行
胡角一声霜後夢 漢宮万里月前腸
昭君若贈黄金賂 寔是終身奉帝王
たゝこれ西にゆくなり 未勘
うれしきもひとつなみたそこほれけり
文集 香鑪峯下新卜山居草堂
五架之間新草堂 石階松柱竹編墻
十年三月卅日別徽之於[水+豊]上
十四年三月十一日遇徽之於峡中
停舟夷陵三宿之別言不然者以詩終寔」52ウ
七言十七誼之中
一別五年方見面 語到天明竟不眠
生涯共寄蒼波上 郷国倶抛白日辺
往時渺茫都似夢 旧遊零落半帰泉
酔悲灑涙春盃裏 吟苦支顛暁燭前
已上すまのまきの奥書也
謬書之」53オ