澪標(大島本親本復元) First updated 12/11/2006(ver.1-1)
Last updated 12/11/2006(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

澪 標

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「澪標」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「みをつくし」(題箋)

  さやかにみえ給し夢の後は院のみかと
  の御事をこゝろにかけきこえ給ひてい
  かてかのしつみたまえむつみすくひ奉
  る事をせむとおほしなけきけるを
  かくかへりたまひてはその御いそきし
  給神無月に御八講し給世の人のなひ
  きつかうまつることむかしのやうなりおほ
  きさき御なやみをもくおはしますうち
  にもつゐにこの人をえけたすなりなむ
  事と心やみおほしけれとみかとは院の」1オ

  御ゆいこんをおもひきこえ給ものゝむく
  ひありぬへくおほしけるをなをしたて
  給て御心ちすゝしくなむおほしける
  時ときおこりなやませ給し御めもさは
  やき給ぬれとおほかた世にえなかくあ
  るましうこゝろほそき事とのみひ
  さしからぬ事をおほしつゝつねにめし
  ありてけんしの君はまいり給世中の
  ことなともへたてなくの給はせつゝ御ほい
  のやうなれは大かたの世の人もあいなく」1ウ

  うれしきことによろこひきこえける
  おりゐなむの御こゝろつかひちかくなり
  ぬるにも内侍のかみ心ほそけによをおも
  ひなけき給へるいとあはれにおほされけ
  りおとゝうせ給大宮もたのもしけな
  くのみあつひ給へるにわか世残すくな
  き心ちするになむいといとおしうなこ
  りなきさまにてとまり給はむとすら
  むむかしより人にはおもひおとし給へれ
  とみつからのこゝろさしの又なきならひ」2オ

  にたゝ御事のみなむあはれにおほえ
  けるたちまさる人又御ほいありてみた
  まふともをろかならぬ心さしはしもな
  すらはさらむとおもふさへこそ心くるし
  けれとてうちなき給ふ女君かほはいと
  あかくにほひてこほるはかりの御あい
  行にて涙もこほれぬるをよろつの
  つみわすれてあはれにらうたしと御覧
  せらるなとかみこ(こ+を)たにもたまへるまし
  きくちおしうもあるかなちきりふかき」2ウ

  人のためにはいま見いて給てむとおも
  ふもくちをしやかきりあれはたゝ人
  にてそみたまはむかしなと行すゑの
  ことをさへのたまはするにいとはつかし
  うもかなしうもおほえ給御かたちなと
  なまめかしうきよらにてかきりなき
  御心さしのとし月にそふやうにもてな
  させ給ふにめてたき人なれとさしも
  おも給つらさりしけしき心はへなと
  ものおもひしられたまふまゝになとて」3オ

  わか心のわかくいはけなきにまかせてさる
  さわきをさへひきいてゝわか名を
  はさらにもいはす人の御ためさへなとお
  ほしいつるにいとうき御身なりあくる
  としのきさらきに春宮の御元服
  の事あり十一になり給へとほとより
  おほきにおとなしうきよらにてたゝ
  けむしの大納言の御かほをふたつに
  うつしたらむやうにみえ給ふいとまは
  ゆきまてひかりあひ給へるを世人めて」3ウ

  たきものにきこゆれとはゝ宮はいみ
  しうかたはらいたきことにあひなく御
  こゝろをつくし給ふうちにもめてたし
  とみたてまつり給て世中ゆつりきこ
  え給へき事なとなつかしうきこえ
  しらせ給おなし月の廿よ日御くにゆつ
  りのことにはかなれはおほきさき
  おほしあはてたりかいなきさまなから
  もこゝろのとかに御らんせらるへき事
  をおもふなりとそきこえなくさめ給」4オ

  けるはうにはそ行殿のみこゐ給ひぬ
  世中あらたまりてひきかへ今めか
  しき事ともおほかり源氏大納言内大
  臣になり給ひぬかすさたまりてくつ
  ろく所もなかりけれはくはゝり給也けり
  やかて世のまつりことをしたふへきなれ
  とさやうことはたえすなむとてちしの
  おとゝせふ正したまふへきよしゆつり
  きこえ給ふやまひによりてくらゐをか
  へしたてまつりてしをいよ/\老の」4ウ

  つもりそひてさかしき事侍らしとう
  けひき申給はす人のくにゝもことう
  つり世中さたまらぬおりはふかき山に
  あとをたえたる人たにもおさまれる
  世にはしろかみもはちすいてつかへ
  けるをこそまことのひしりにはしけれ
  やまひにしつみてかへし申給けるくら
  ゐを世中かはりてまたあらため給はむ
  にさらにとかあるましうおほやけわたく
  しさためらるさるためしもありけれは」5オ

  すまひはて給はて太政大臣になり給ふ
  御としも六十三にそなり給世中すさ
  ましきによりかつはこもりゐ給ひしを
  とりかへしはなやき給へは御子ともなと
  しつむやうにものし給へるをみなうかひ
  給とりわきて宰相中将権中納言に
  なり給かの四の君の御はらのひめ君十
  二になり給ふをうちにまいらせむとかし
  つき給ふかのたかさこうたひし君もかう
  ふりせさせていとおもふさまなりはら/\に」5ウ

  御こともいとあまたつき/\におひいて
  つゝにきわゝしけなるを源氏のおとゝ
  はうらやみ給大殿はらのわかきみ人よ
  りことにうつくしうて内春宮の殿上
  したまふこひめ君のうせ給にしなけき
  を宮おとゝ又さらにあらためておほし
  なけくされとおはせぬなこりもたゝこの
  おとゝの御ひかりによろつにもてなされて
  給てとしころおほししつみつるなこりな
  きまてさかへ給ふなをむかしに御心」6オ

  はへかはらす折ふしことにわたり給なと
  しつゝわか君の御めのとたちさらぬ人
  人も年ころのほとまかてちらさりける
  はみなさるへきことにふれつゝよすかつ
  けむことをおほしをきつるにさいはひ
  人おほくなりぬへし二条院にもおなし
  事まちきこえける人をあはれなる
  ものにおほしてとしころのむねあくは
  かりとおほせは中将なかつかさやうの
  人/\にはほと/\につけつゝなさけをみえ」6ウ

  給に御いとまなくてほかありきもしたまは
  す二条院のひむかしなる宮院の御せう
  ふむなりしをになくあらためつくらせ給
  ふ花ちるさとなとやうの心くるしき人/\
  すませむなとおほしあてゝつくろはせ
  給まことやかのあかしに心くるしけなり
  し事はいかにとおほしわするゝ時なけれは
  おほやけわたくしいそかしきまきれに
  えおほすまゝにもとふらひたまはさり
  けるを三月ついたちのほとこのころや」7オ

  とおほしやるに人しれすあはれにて御
  つかひありけりとくかへりまいりて十六日
  になむ女にてたいらかにものし給ふとつ
  けきこゆめつらしき様にてさへあな
  るをおほすにをろかならすなとて京に
  むかへてかゝることをもせさせさりけむ
  とくちおしうおほさるすくえうに御子三
  人みかときさきかならすならひてう
  まれたまへしなかのおとりは大政大臣
  にてくらゐをきはむへしとかむかへ申」7ウ

  たりし事さしてかなふなめりおほかたか
  みなきくらゐにのほりよをまつりこち
  給ふへき事さはかりかしこかりしあ
  またのさふ人とものきこえあつめたるを
  としころは世のわつらはしさにみなおほし
  けちつるをたうたいのかく位にかなひ
  給ぬることを思のことうれしとおほす
  みつからももてはなれ給へるすちは更にある
  ましきことゝおほすあまたのみこたち
  の中にすくれてらうたきものにおほし」8オ

  たりしかとたゝ人におほしをきてける
  御心を思にすくせとをかりけりうちのかく
  ておはしますをあらはに人のしる事な
  らねとさうにむのことむなしからすと御
  こゝろのうちにおほしけり今ゆくすゑ
  のあらましことをおほすに住吉の神の
  しるへまことにかの人も世になへてならぬ
  すくせにてひか/\しきおやもおよひな
  き心をつかふにやありけむさるにてはかし
  こきすちにもなるへき人のあやしき」8ウ

  せかいにてむまれたらむはいとをしうかたし
  けなくもあるへきかなこのほとすくし
  てむかへてんとおほしてひむかしの院い
  そきつくらすへきよしもよをしお
  ほせ給ふさる所にはか/\しき人しも
  ありかたからむをおほしてこ院にさふら
  ひしせむしのむすめ宮内卿の宰相
  にてなくなりにし人の子なりしをはゝ
  なともうせてかすかなる世にへけるかは
  かなきさまにてこうみたりときこしめし」9オ

  つけたるをしるたよりありてことのついて
  にまねひきこえける人めしてさるへきさ
  まにのたまひちきるまたわかくなに
  心もなき人にてあけ暮人しれぬあは
  らやになかむる心ほそさなれはふかうも
  おもひたとらすこの御あたりのことをひと
  へにめてたうおもひきこえてまいるへき
  よし申させたりいとあはれにかつはおほし
  ていたしたて給ふものゝついてにいみし
  うしのひまきれておはしまひたりさは」9ウ

  きこえなからいかにせましとおもひみたれ
  けるをいとかたしけなきによろつおもひ
  なくさめてたゝのたまはせむまゝにと
  きこゆよろしきひなりけれはいそかし
  たて給ひてあやしうおもひやりなきやう
  なれと思ふさまことなる事にてなむみ
  つからもおほえぬすまひにむすほゝれ
  たりしためしをおもひよそへてしはしね
  むし給へなとことのありやうくはしうか
  たらひ給ふうへの宮つかへ時/\せしかは」10オ

  みたまふおりもありしをいたうおとろへ
  にけりいへのさまもいひしらすあれ
  まとひてさすかにおほきなる所のこ
  たちなとうとましけにいかてすくし
  つらむとみゆ人のさまわかやかにおかし
  けれは御覧しはなたれすとかくたは
  ふれ給ひてとりかへしつへき心ちこそ
  すれいかにとの給ふにつけてもけに
  おなしうは御みちかふもつかうまつりなれ
  はうきみもなくさみなましとみたて」10ウ

  まつる
    かねてよりへたてぬ中とならはねと
  わかれはおしき物にさりけるしたひや
  しなましとのたまへはうちはらひて
    うちつけのわかれをおしむかことにて
  おもはむかたにしたひやはせぬなれてき
  こゆるをいたしとおほすくるまにて
  そ京のほとはゆきはなれけるいとしたし
  き人さしそへ給て夢にもらすまし
  く口かため給てつかはす御はかしさるへき」11オ

  ものなと所せきまておほしやらぬくま
  なしめのとにもありかたうこまやかなる
  御いたはりのほとあさからす入道のお
  もひかしつきおもふらむ有さまおもひ
  やるもほゝゑまれたまふことおほゝ又あ
  はれに心くるしうもたゝこの事の御心
  にかゝるもあさからぬにこそは文にもをろか
  にもてなし思ふましとかへす/\いましめ
  たまへり
    いつしかも袖うちかけむおとめこの」11ウ

  世をへてなつるいはのおひさきつのくに
  まては船にてそれよりあなたはむまにて
  いそきいきつきぬ入道まちとりよろ
  こひかしこまりきこゆることかきりなし
  そなたにむきておかみきこえてありかた
  き御心はへをおもふにいよ/\いたはしう
  おそろしきまて思ふちこのいとゆゝし
  きまてうつくしうおはすることたく
  ひなしけにかしこき御心にかしつき△
  こえむとおほしたるはむへなりけりとみた」12オ

  てまつるにあやしきみちにいてたち
  て夢の心ちしつるなけきもさめにけり
  いとうつくしうらふたうおほえてあつかひ
  きこゆこもちの君も月ころ物をのみ
  思ひしつみていとゝよはれる心ちに
  いきたらむともおほえさりつるをこ
  の御をきてのすこしものおもひなく
  さめらるゝにそかしらもたけて御つ
  かひにもになきさまの心さしをつくすとく
  まいりなむといそきくるしかれはお」12ウ

  もふ事ともすこしきこえつゝけて
    ひとりしてなつるは袖のほとなきに
  おほふはかりのかけをしそまつときこ
  えたりあやしきまて御心にかゝりゆかし
  うおほさる女君にはことにあらはしてお
  さおさきこえ給はぬをきゝあはせ給ふ
  こともこそとおほしてさこそあなれ
  あやしうねちけたるわさなりさやも
  おはせなむと思ふあたりには心もとなくて
  おもひのほかにくちおしくなん女にて」13オ

  あなれはいとこそものしけれたつねしらて
  もありぬへき事なれとさはえおもひす
  つましきわさなりけりよひやにやりてみ
  せたてまつらむにくみ給ふなよときこえ
  たまへはおもてうちあかみてあやしう
  つねにかやうなるすちのたまひつくる心
  のほとこそわれなからうとましけれもの
  にくみはいつならふへきにかとゑしたまへは
  いとよくうちゑみてそよたかならはしにか
  あらむおもはすにそみえ給ふや人の心より」13ウ

  ほかなる思ひやりことしてものゑしなと
  したまふよおもへはかなしとてはて/\は
  なみたくみ給ふとしころあかすこひしと思
  きこえ給し御心のうちともおり/\の
  御ふみのかよひなとおほしいつるにはよろ
  つのことすさひにこそあれと思ひけたれ
  給ふこの人をかうまておもひやりことゝふ
  は猶思ふやうの侍そまたきにきこえは又
  ひか心えたまふへけれはとのたまひさし
  て人からのおかしかりしも所からにやめつ」14オ

  らしうおほえきかしなとかたりきこえ給
  あはれなりしゆふへのけふりいひしことなと
  まほならねとそのよのかたちほのみし
  ことのねのなまめきたりしもすへて
  御心とまれるさまにのたまひいつるにも我
  は又なくこそかなしと思ひなけきしかす
  さひにても心をわけ給けむよとたゝならす
  思ひつゝけ給て我はわれとうちそむき
  なかめてあはれなりしよの有さまなとひ
  とりことのやうにうちなけきて」14ウ

    おもふとちなひくかたにはあらすとも
  われそけふりにさきたちなましなにとか
  心うや
    たれにより世をうみ山に行めくり
  たえぬなみたにうきしつむみそいてや
  いかてかみえたてまつらむいのちこそかなひ
  かたかへいものなめれはかなき事にて人
  に心をかれしとおもふもたゝひとつゆへそや
  とてさうの御ことひきよせてかきあはせ
  すさひ給てそゝのかしきこえたまへとかの」15オ

  すくれたりけむもねたきにやてもふれ
  給はすいとおほとかにうつくしうたをやき
  たまへるものからさすかにしふねき所つき
  てものゑししたまへるか中/\あひ行つ
  きてはらたちなし給をおかしう見所あ
  りとおほす五月五日にそいかにはあたるら
  むと人しれすかすへ給てゆかしうあはれに
  おほしやるなに事もいかにかひあるさま
  にもてなしうれしからましくちをしの
  わさやさる所にしも心くるしきさまに」15ウ

  ていてきたるよとおほすおとこ君なら
  ましかはかうしも御心にかけ給ましきを
  かたしけなういとをしうわか御すくせも
  この御事につけてそかたほなりけりとお
  ほさるゝ御つかひいたしたて給ふかならすそ
  のひたかへすまかりつけとのたまへは五日
  いきつきぬおほしやる事もありかたう
  めてたきさまにてまめ/\しき御とふらひ
  もあり
    うみ松やときそともなきかけにゐて」16オ

  なにのあやめもいかにわくらむ心のあくか
  るゝまてなむ猶かくてはえすくすましき
  をおもひたち給ひねさりともうしろめたき
  事はよもとかい給へり入道れいのよろこひ
  なきしてゐたりかゝるおりはいけるかひも
  つくりいてたることはりなりとみゆこゝに
  もよろつところせきまておもひまうけたり
  けれとこの御つかひなくはやみの夜にてこそ
  くれぬへかりけれめのともこの女君のあはれ
  に思やうなるをかたらひ人にて世のなく」16ウ

  さめにしけりおさ/\おとらぬ人もるひに
  ふれてむかへとりてあらすれとこよなく
  おとろへたるみやつかへ人なとのいはほの
  中たつぬるかおちとまれるなとこそあ
  れこれはこよなうこめき思あかれりきゝ
  所ある世の物かたりなとしておとゝの君
  の御ありさま世にかしつかれ給へる御おほ
  えのほとも女心ちにまかせてかきりなく
  かたりつくせはよにかくおほしいつはかりの
  なこりとゝめたるみもいとたけくやう/\」17オ

  おもひなりけり御ふみももろともにみて
  心のうちにあはれかうこそおもひの外に
  めてたきすくせはありけれうきものはわ
  かみこそありけれとおもひつゝけらるれ
  とめのとのことはいかになとこまかにとふら
  はせ給へるもかたしけなくなに事もなくさめ
  けり御返には
    かすならぬみしまかくれになくたつを
  けふもいかにととふ人そなきよろつに思ふ
  給へむすほゝるゝ有さまをかく給まかの」17ウ

  御なくさめにかけ侍いのちのほともはかな
  くなむけにうしろやすくおもふ給へを
  くわさもかなとまめやかにきこえたり
  うちかへし見給つゝあはれとなかやかに
  ひとりこち給を女君しりめにみをこせ
  てうらよりをちにこく船のとしのひや
  かにひとりこちなかめ給ふをまことはかく
  まてとりなし給ふよこはたゝかはかりのあは
  れそやところのさまなとうち思ひやる時/\
  きしかたの事わすれかたきひとりことを」18オ

  ようこそきゝすんい給はねなとうらみき
  こえ給てうはつゝみはかりを見せたてまつ
  らせ給ふふんなとのいとゆへつきてやむこ
  となき人くるしけなるをかゝれはなめり
  とおほすかくこの御心とり給ふほとに花
  ちる里をあれはて給ひぬるこそいと
  をしけれおほやけこともしけく所せき
  御みにおほしはゝかるにそへてもめつらし
  く御めおとろくことのなきほと思ひし
  つめ給なめりさみたれつれ/\なるころお」18ウ

  ほやけわたくし物しつかなるにおほしおこ
  してわたり給へりよそなからもあけ暮に
  つけてよろつにおほしやりとふらひきこ
  え給をたのみにてすくい給所なれはいま
  めかしう心にくきさまにそはみうらみ給
  ふへきならねは心中やすけなり年比に
  いよ/\あれまさりすこけにておはす女
  御の君に御物かたりきこえ給て西のつ
  まとに夜ふかして立より給へり月おほろ
  にさし入ていとゝえむなる御ふるまひつ」19オ

  きもせすみえ給ふいとゝつゝましけれと
  はしちかふうちなかめ給けるさまなから
  のとやかにてものし給ふけはひいとめや
  すしくひなのいとちかふなきたるを
    くひなたにおとろかさすはいかにして
  あれたるやとに月をいれましといとなつ
  かしういひけち給へるそとり/\にすて
  かたきよかなかゝるこそ中/\みもくるし
  けれとおほす
    をしなへてたゝくくひなにおとろかは」19ウ

  うはの空なる月もこそいれうしろめた
  うとはなをことにきこえ給へとあた/\
  しきすちなとうたかはしき御こゝろはへ
  にはあらすとし比まちすくしきこえ給へ
  るもさらにをろかにはおほされさりけり
  空ななかめそとたのめきこえ給ひし
  おりの事ものたまひいてゝなとてた
  くひあらしといみしうものを思しつ
  みけむうきみからはおなしなけかしさ
  にこそとのたまへるもおいらかにらうたけ」20オ

  なりれいのいつこの御ことのはにかあらむ
  つきせすそかたらひなくさめきこえ
  給かやうのついてにもかの五せちをおほし
  わすれす又見てしかなと心にかけ給へ
  れといとかたき事にてえまきれ給す
  女ものおもひたえぬをおやは萬におもひ
  いふ事もあれとよにへんことを思ひたへ
  たり心やすきとのつくりしてはかやうの人
  つとへてもおもふさまにかしつき給ふへき
  人もいてものし給はゝさる人のうしろみに」20ウ

  もとおほすかの院のつくりさま中/\
  みところおほくいまいまめひたりよしある
  すらうなとをえりてあて/\にもよをし
  給ふないしのかむの君なをえおもひは
  なちきこえ給はすこりすまにたちかへ
  り御心はへもあれと女はうきにこり給
  てむかしのやうにもあひしらへきこえ給
  はす中/\ところせうさう/\しう世中お
  ほさる院はのとやかにおほしなりて時/\
  つけておかしき御あそひなとこのましけ」21オ

  にておはします女御かういみなれいのこと
  さふらひ給へと春宮の御はゝ女御のみそ
  とりたてゝ時めき給ふ事もなくかむ
  の君の御おほえにをしけたれたまへ
  りしをかくひきかへめてたき御さいは
  ひにてはなれいてゝ宮にそひたてまつり
  給へるこのおとゝの御とのゐところはむかし
  のしけいさなりなしつほに春宮はおはし
  ませはちかとなりの御心よせになに事も
  きこえかよひて宮をもうしろみたて」21ウ
  まつり給にらたう后の宮御くらゐをまた
  あらため給へきならねは太上天皇になす
  らへてみふ給まはらせ給院司ともなりて
  さまことにいつくし御をこなひくとく
  の事をつねの御いとなみにておはします
  としころ世にはゝかりていていりもかたく
  みたてまつり給はぬなけきをいふせく
  おほしけるにおほすさまにてまいりまか
  て給もいとめてたけれはおほきさきは
  うきものはよなりけりとおほしなけく」22オ

  おとゝはことにふれていとはつかしけに
  つかまつり心よせきこえ給も中/\いとをし
  けなるを人もやすからすきこえけり
  兵部卿のみことしころの御こゝろはへのつ
  らくおもはすにてたゝ世のきこえをのみ
  おほしはゝかりたまひし事をおとゝはう
  きものにおほしをきてむかしのやうにも
  むつひきこえ給はすなへての世にはあ
  まねくめてたき御心なれとこの御あたり
  は中/\なさけなきふしもうちませ給」22ウ

  を入道の宮はいとをしうほいなきことに
  みたてまつり給へり世中の事たゝな
  かはをわけておほきおとゝこのおとゝの
  御まゝなり権中納言の御むすめその年
  の八月にまいらせ給おほち殿ゐたちて
  きしきなといとあらまほし兵部卿宮
  のなかの君もさやうに心さしてかしつ
  き給名たかきをおとゝは人よりまさり
  給へとしもおほさすなむありけるいかゝ
  し給はむとすらむその秋すみよしに」23オ

  まうて給願ともはたし給へけれはいかめしき
  御ありきにて世中ゆすりてかむたちめ
  殿上人我も/\とつかふまつり給おりしも
  かのあかしの人としことのれいのことにてま
  うつるをこそことしはさはる事あり
  てをこたりけるかしこまりとりかさねて
  おもひたちけり船にてまうてたりきし
  にさしつくるほとみれはのゝしりてまう
  て給ふ人けはひなきさにみちていつく
  △しきかむたからをもてつゝけたりかく」23ウ

  人とをつゝなとさうそくをとゝのへかたちを
  えらひたりたかまうて給へるそととふめれ
  は内大臣殿の御願はたしにまうて給ふ
  をしらぬ人もありけりとてはかなき程
  のけすたに心ちよけにうちはらふけに
  あさましう月日もこそあれ中/\この
  御有さまをはるかにみるも身のほとく
  ちをしうおほゆさすかにかけはなれた
  てまつらぬすくせなからかくくちおしき
  きわの物たにもの思なけにてつかうま」24オ

  つるをいろふしに思ひたるになにのつみふ
  かき身にて心にかけておほつかなうおもひ
  きこえつゝかゝりける御ひゝきをもしら
  てたちいてつらむなとおもひつゝくる
  にいとかなしうて人しれすしほたれけり松
  はらのふかみとりなるに花もみちをこ
  きちらしたるとみゆるうへのきぬの
  こきうすきかすしらす六位の中にも蔵
  人はあをいろしるくみえてかのかもの
  みつかきうらみし右近のせうもゆけゐ」24ウ

  になりてこと/\しけなるすいしんくし
  たる蔵人なりよしきよもおなしすけにて
  人よりことにもの思ひなきけしきにてお
  とろおとろしきあかきぬすかたいときよ
  けなりすへて見し人/\ひきかへはなやか
  になに事おもふらむとみえてうちちり
  たるにわかやかなるかむたちめ殿上人
  の我も/\もとおもひいとみむまくらな
  とまてかさりをとゝのへみかき給へるはい
  みしきものにゐなか人もおもへり御車」25オ

  をはるかにみやれはなか/\心やましくて
  恋しき御かけをもえみたてまつらすか
  はらのおとゝの御れいをまねひてわらはす
  いしんを給はり給けるいとをかしけにさう
  そきみつらゆひてむらさきすそこの
  もとゆひなまめかしうたけすかたとゝ
  のひうつくしけにて十人さまことにいま
  めかしうみゆおほとのはらのわか君かきり
  なくかしつきたてゝむまそひはらはの
  ほとみなつくりあはせてやうかへてさう」25ウ

  そきわけたり雲井はるかにめてたく
  みゆるにつけてもわか君のかすならぬさまに
  てものし給をいみしと思いよ/\みやし
  ろかたをおかみきこゆくにのかみまい
  りて御まうけれいの大臣なとのまいり給
  よりはことによになくつかうまつりけむ
  かしいとはしたなけれはたちましりかす
  ならぬ身のいさゝかの事せむに神も
  みいれかすまへ給ふへきにもあらすかへら
  むにも中そらなりけふはなにはに船さ」26オ

  しとめてはらへをたにせむとてこきわた
  りぬ君はゆめにもしり給はす夜ひと
  よ色/\のことをせさせ給ふまことに神
  のよろこひ給へき事をしつくしてき
  しかたの御願にもうちそへありかたきまて
  あそひのゝしりあかし給これみつやうの
  人は心のうちに神の御とくをあはれに
  めてたしとおもふあからさまにたちいて
  給へるにさふらひてきこえいてたり
    すみよしのまつこそものはかなしけれ」26ウ

  神世のことをかけておもへはけにとおほし
  いてゝ
    あらかりしなみのまよひに住よしの
  神をはかけてわすれやはするしるしあり
  なとのたまふもいとめてたしかのあかしの
  舟このひゝきにをされてすきぬる事も
  きこゆれはしらさりけるよとあはれに
  おほす神の御しるへをおほしいつるもをろ
  かならねはいさゝかなるせうそこをたに
  して心なくさめはや中/\におもふらむ」27オ

  かしとおほすみやしろたちたまて所/\
  にせうえうをつくし給ふなにはの御はら
  へなゝせによそをしうつかまつるほりえ
  のわたりを御らむしていまはたおなし
  なにはなると御こゝろにもあらてうちすし
  給へるを御車のもとちかきこれみつうけ
  給はりやしつらむさるめしもやとれいに
  ならひてふところにまうけたるつかみし
  かきふてなと御車とゝむる所にてたて
  まつれりおかしとおほしてたゝうかみに」27ウ

    みをつくしこふるしるしにこゝまても
  めくりあひけるえにはふかしなとて給へ
  れはかしこのこゝろしれるしも人して
  やりけりこまなめてうちすき給ふにも
  心のみうこくに露はかりなれとあはれにかた
  しけなくおほえてうちなきぬ
    かすならてなにはのこともかひなきに
  なとみをつくしおもひそめけむたみ
  のゝしまにみそきつかうまつる御はらへのも
  のにつけてたてまつる日暮かたになり」28オ

  行ゆふしほみち△きて入えのたつも
  こゑおしまぬほとのあはれなるおりからなれ
  はにや人めもつゝますあひみまほしく
  さへおほさる
    露けさのむかしににたるたひころも
  たみのゝしまのなにはかくれすみちのまゝ
  にかひあるせうえうあそひのゝしり給へと
  御心にはなをかゝりておほしやるあそひ
  とものつとひまいれるかむたちめとき
  こゆれとわかやかにことこのましけなるは」28ウ

  みなめとゝめ給へかめりされといてやおかしき
  ことも物のあはれも人からこそあへけれなの
  めなることをたにすこしあわきかたによ
  りぬるは心とゝむるたよりもなきもの
  をとおほすにをのか心をやりてよしめき
  あへるもうとましうおほしけりかの人は
  すくしきこえて又の日そよろしかりけれ
  は御てくらたてまつるほとにつけたる
  願ともなとかつ/\はたしける又中/\物
  おもひそはりてあけ暮くちおしき身を」29オ

  おもひなけくいまや京におはしつくらむと
  おもふ日かすもへす御つかひありこのころの
  ほとにむかへむことをそのたまへるいとたのも
  しけにかすまへのたまふめれといさやまた
  しまこきはなれなか空に心ほそきことや
  あらむとおもひわつらふ入道もさてい
  たしはなたむといとうしろめたうさり
  とてかくうつもれすくさむをおもはむも
  中/\きしかたの年ころよりも心つくし
  なりよろつにつゝましうおもひたちかたき」29ウ

  事をきこゆまことやかのさい宮もかはり
  給にしかはみやすむ所のほり給てのちか
  はらぬさまになに事もとふらひきこえ
  給事はありかたきまてなさけをつくし給
  へとむかしたにつれなかりし御心はへの中/\
  ならむ名残は見しとおもひはなち給へれ
  はわたり給なとすることはことになしあなか
  ちにうこかしきこえ給てわか心なから
  しりかたくとかくかゝつらはむ御ありきなと
  も所せうおほしなりにたれはしゐたる」30オ

  さまにもおはせすさい宮をそいかにねひなり
  給ぬらむとゆかしうおもひきこえ給なをか
  の六条のふる宮をいとよくすりしつく
  ろひたりけれはみやひかにてすみ給けりよ
  しつき給へることふりかたくてよき女房な
  とおほくすいたる人のつとひところにてもの
  さひしきやうなれと心やれるさまにてへ
  たまふほとににはかにをもくわつらひ給ひ
  てものゝいと心ほそくおほされけれはつみ
  ふかきところほとりにとしへつるもいみし」30ウ

  うおほしてあまになり給ひぬおとゝきゝ給
  てかけ/\しきすちにはあらねとなをさる
  かたのものをもきこえあはせ人におもひ
  きこえつるをかくおほしなりにけるかく
  ちをしうおほえ給へはおとろきなからわた
  り給へりあかすあはれなる御とふらひきこ
  え給ふちかき御まくらかみにおましよそ
  ひてけうそくにをしかゝりて御返なとき
  こえ給ふもいたうよはり給へるけはひ
  なれはたえぬこゝろさしのほとはえ見え」31オ

  たてまつらてやとくちおしうていみしう
  ない給かくまてもおほしとゝめたりけるを
  女もよろつにあはれにおほして斎宮の御
  事をそきこえ給心ほそくてとまり給は
  むをかならすことにふれてかすまへきこ
  え給へ又みゆつる人もなくたくひなき御
  ありさまになむかひなきみなからもいまし
  はし世中をおもひのとむるほとはとさま
  かうさまにものをおほししるまて見たて
  まつらむとこそ思たまへつれとてもきえ」31ウ

  いりつゝない給かゝる御事なくてたにおもひ
  はなちきこえさすへきにもあらぬをまし
  て心のをよはむにしたひてはなに事
  もうしろみきこえむとなんおもふ給ふる
  さらにうしろめたくなおもひきこえ給そ
  なときこえたまへはいとかたき事ま
  ことにうちたのむへきおやなとにてみゆ
  つる人たに女おやにはなれぬるはいとあ
  はれなることにこそ侍めれましておもほし
  人めかさむにつけてもあちきなきかた」32オ

  やうちましり人に心もをかれ給はむ
  うたてあるおもひやり事なれとかけて
  さやうのよついたるすちにおほしよるな
  うき身をつみ侍にも女はおもひの外にて
  もの思をそふるものになむ侍けれはいか
  てさるかたをもてはなれてみたてまつら
  むとおもふ給ふるなときこえ給へはあひ
  なくもの給かなとおほせととしころによろ
  つおもふ給へしりにたるものをむかし
  のすき心の名残ありかほにの給ひなすも」32ウ

  ほいなくなむよしをのつからとてとはくら
  うなりうちはおほとのあふらのほのかに
  ものよりとほりてみゆるをもしやと
  おほしてやをらみき丁のほころひよ
  り見たまへは心もとなきほとのほかけ
  に御くしいとおかしけにはなやかにそき
  てよりゐたまへるゑにかきたらむさまして
  いみしうあはれなり丁のひむかしおもて
  にそひふし給へるそみやならむかしみき
  丁のしとけなくひきやられたるより御」33オ

  めとゝめてみとをし給へれはつらつえ
  つきていとものかなしとおほいたるさまな
  りはつかなれといとうつくしけならむと
  みゆ御くしのかゝりたるほとかしらつき
  けはひあてにけたかきものからひちゝか
  にあひ行つき給へるけはひしるくみえ
  給へは心もとなくゆかしきにもさはかりの
  たまふものをとおほしかへすいとくるしさ
  まさり侍かたしけなきをはやわたらせ
  給ねとて人にかきふせられ給ふちかくま」33ウ

  いりきたるしるしによろしうおほされは
  うれしかるへきを心くるしきわさかな
  いかにおほさるゝそとてのそき給ふけし
  きなれはいとをそろしけに侍やみたり
  心ちのいとかくかきりなるおりしもわたら
  せ給へるはまことにあさからすなむおもひ
  侍ことをすこしもきこえさせつれは
  さりともとたのもしくなむときこえ
  させ給かゝる御ゆいこむのつらにおほし
  けるもいとゝあはれになむこ院のみこた」34オ

  ちあまたものし給へとしたしくむつひ
  おもほすもおさ/\なきをうへのおなし
  みこたちのうちにかすまへきこえしかは
  さこそはたのみきこえ侍らめすこしおと
  なしきほとになりぬるよはひなからあつ
  かふ人もなけれはさう/\しきをなと
  きこえてかへり給ぬ御とふらひいますこし
  たちまさりてしは/\きこえ給ふ七八日
  ありてうせ給にけりあえなうおほさるゝに
  よもいとはかなくてもの心ほそくおほされて」34ウ

  うちへもまいり給はすとかくの御事なと
  をきてさせ給ふ又たのもしき人もこと
  におはせさりけりふかき斎宮の宮つか
  さなとつかうまつりなれたるそわつかに事
  ともさためける御みつからもわたり給へ
  り宮に御せうそこきこえ給なに事も
  おほえ侍らてなむと女別当してきこえ
  給へりきこえさせの給をきし事もは
  へしをいまはへたてなきさまにおほされは
  うれしくなむときこえ給て人/\めし」35オ

  いてゝあるへき事ともおほせ給ふいとたの
  もしけにとしころの御心はへとりかへし
  つへうみゆいといかめしうとのゝ人/\かすも
  なうつかうまつらせ給へりあはれにうちなか
  めつゝ御さうしにてみすおろしこめてをこ
  なはせ給ふ宮にはつねにとふらひきこえ
  給やう/\御心しつまり給てはみつから御かへ
  りなときこえ給ふつゝましうおほしたれ
  と御めのとなとかたしけなしとそゝのかし
  きこゆるなりけり雪みそれかきみたれあるゝ」35ウ

  日いかに宮のありさまかすかになかめ給ふら
  むとおもひやりきこえ給て御つかひたて
  まつれ給へりたゝいまの空をいかに御覧す
  らむ
    ふりみたれひまなき空になき人の
  あまかけるらむやとそかなしき空いろの
  かみのくもらはしきにかい給へりわかき人の
  御めにとゝまるはかりと心してつくろひ給
  へるいとめもあやなり宮はいときこえにくゝ
  したまへとこれかれ人つてにはいとひむな」36オ

  きことゝせめきこゆれはにひいろのかみ
  のいとかうはしうえむなるにすみつき
  なとまきらはして
    きえかてにふるそかなしきかきくらし
  わか身それともおもほえぬよにつゝましけ
  なるかきさまいとおほとかに御てすくれて
  はあらねとらうたけにあてはかなるすち
  にみゆくたり給しほとより猶あらすおほし
  たりしをいまは心にかけてともかくもきこえ
  よりぬへきそかしとおほすにはれいのひ」36ウ

  きかへしいとをしくこそこ宮すむとこ
  ろのいとうしろめたけに心をき給しをこと
  はりなれと世中の人もさやうにおもひより
  ぬへきことなるをひきたかへこゝろきよく
  てあつかひきこえむうへのいますこしも
  のおほししるよはひにならせ給なは内す
  みせさせたてまつりてさう/\しきにかし
  つきくさにこそとおほしなるいとまめや
  かにねんころにきこえ給てさるへきおり/\
  はわたりなとし給ふかたしけなくともむかし」37オ

  の御名残におほしなすらへてけとをから
  すもてなさせ給はゝなむほいなる心ちす
  へきなときこえたまへとわりなくもの
  はちをしたまふおくまりたる人さまに
  てほのかにも御こゑなときかせたてまつらむ
  はいとになくめつらかなる事とおほした
  れは人/\もきこえわつらひてかゝる御
  心さまうれへきこえあへり女へたう内侍なと
  いふ人/\あるははなれたてまつらぬわかむ
  とをりなとにて心はせある人/\おほかる」37ウ

  へしこの人しれすおもふかたのましらひ
  をせさせたてまつらむに人におとりた
  まふましかめりいかてさやかに御かたちをみ
  てしかなとおほすもうちとくへき御おや
  心にはあらすやありけむわか御心もさためか
  たけれはかくおもふといふ事も人にもも
  らし給はす御わさなとの御事をもとり
  わきてせさせたまへはありかたき御心を
  宮人もよろこひあへりはかなくすくる
  月日にそへていとゝさひしく心ほそき」38オ

  事のみまさるにさふらふ人/\もやう/\
  あれゆきなとしてしもつかたの京極わた
  りなれは人けとをく山てらの入あひの
  こゑ/\にそへてもねなきかちにてそすく
  し給ふおなしき御おやときこえしなか
  にもかた時のまもたちはなれたてまつり
  給はてならはしたてまつり給ひて斎宮
  にもおやそひてくたり給事はれいなきこと
  なるをあなかちにいさなひきこえ給し御
  心にかきりあるみちにてはたくひきこえ給」38ウ

  はすなりにしをひるよなうおほしなけき
  たりさふらふ人/\たかきもいやしきも
  あまたありされとおとゝの御めのとたち
  たにこゝろにまかせたる事ひきいたしつ
  まつるなゝとおやかり申給へはいとはつかし
  き御ありさまにひんなき事きこしめ
  しつけられしといひおもひつゝはかなき
  事のなさけも更につくらす院にもかの
  くたり給し大極殿のいつかしかりしき
  しきにゆゝしきまてみえ給し御かたち」39オ

  をわすれかたうおほしをきけれはまいり
  給て斎院なと御はらからの宮/\おはし
  ますたくひにてさふらひ給へとみやす所
  にもきこえ給きされとやむことなき
  人/\さふらひ給ふにかす/\なる御うしろ
  みもなくてやとおほしつゝみうへはいと
  あつしうおはしますもおそろしう又も
  のおもひやくはへ給はんとはゝかりすくし
  給しをいまはましてたれかはつかうまつら
  むと人/\おもひたるをねむころに院」39ウ

  にはおほしのたまはせけりおとゝきゝ給
  て院より御けしきあらむをひきたかへ
  よことり給はむをかたしけなき事と
  おほすに人の御ありさまのいとらうたけ
  に見はなたむは又くちをしうて入道の
  宮にそきこえたまひけるかう/\のこと
  をなむおもふ給へわつらふにはゝみやすむ
  所いとおも/\しく心ふかきさまにも
  のし侍しをあちきなきすき心にまかせ
  てさるましきなをもなかしうきもの」40オ

  におもひをかれ侍にしをなんよにいとおし
  くおもひたまふるこの世にてそのうらみ
  の心とけすすき侍にしをいまはとなり
  てのきはにこの斎宮の御事をなむ
  ものせられしかはさもきゝをき心に
  ものこすましうこそはさすかにみを
  き給けめとおもひ給ふるにもしのひかた
  うおほかたのよにつけてたに心くるし
  き事は見きゝすくされぬわさに侍
  をいかてなきかけにてもかのうらみわす」40ウ

  るはかりとおもひ給ふるをうちにもさ
  こそおとなひさせ給へといときなき
  御よはひにおはしますをすこし物の心
  しる人はさふらはれてもよくやとおもひ
  給ふるを御ためになときこえたまへはい
  とようおほしよりけるを院にもおほ
  さむ事はけにかたしけなういとをし
  かるへけれとかの御ゆひこむをかこちて
  しらすかほにまいらせたてまつりたまへ
  かしいまはたさやうの事わさともおほ」41オ

  しとゝめす御をこなひかちになり給て
  かうきこえ給をふかうしもおほしとかめ
  しとおもひたまふるさえは御けしき
  ありてかすまへさせ給はゝもよをしは
  かりのことをそふるになし侍らむとさま
  かうさまにおもひたまへのこす事な
  きにかくまてさはかりの心かまへもま
  ねひ侍るによ人やいかにとこそはゝかり
  侍れなときこえたまてのちにはけに
  しらぬやうにてこゝにわたしたてまつりて」41ウ

  むとおほす女君にもしかなん思ひかた
  らひきこえてすくひ給はむにいとよき
  ほとなるあはひならむときこえしらせ
  たまへはうれしきことにおほして御
  御わたりのことをいそき給ふ入道の宮
  兵部卿の宮の姫君をいつしかとかし
  つきさはき給ふめるをおとゝのひまあ
  る中にていかゝもてなしたまはむと心
  くるしくおほす権中納言の御むすめ
  はこき殿の女御ときこゆおほとのゝ御こ」42オ

  にていとよそほしうもてかしつきたま
  ふうへもよき御あそひかたきにおほいたり
  宮の中の君もおなしほとにおはすれはう
  たてひゐなあそひの心ちすへきをおとな
  しき御うしろ見はいとうれしかるへいことゝお
  ほしの給てさる御けしききこえ給つゝ
  おとゝのよろつにおほしいたらぬことなくお
  ほやけかたの御うしろ見はさらにもいはす
  あけ暮につけてこまかなる御心はへの
  いとあはれにみえ給ふをたのもしきものに」42ウ

  おもひきこえ給ていとあつしくのみおは
  しませはまいりなとし給ても心やすくさふ
  らひたまふこともかたきをすこしおとなひ
  てそひさふらはむ御うしろみはかならすある
  へきことなりけり」43オ

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