蓬生(大島本親本復元) First updated 12/14/2006(ver.1-1)
Last updated 12/14/2006(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

蓬 生

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「蓬生」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「よもきふ」(題箋)

  もしほたれつゝわひ給ひしころをひ
  みやこにもさま/\におほしなけく人
  おほかりしをさてもわか御身のより所ある
  はひとかたの思ひこそくるしけなりしか
  二条のうへなとものとやかにてたひの御
  すみかをもおほつかなからすきこえかよ
  ひ給つゝくらゐをさりたまへるかりの
  御よそひをもたけのこのよのうきふし
  をとき/\につけてあつかひきこえ給
  ふになくさめ給けむなか/\そのかす」1オ

  と人にもしられすたちわかれ給ひし
  ほとの御ありさまをもよその事に思
  ひやり給ふ人/\のしたの心くたき給
  たくひおほかりひたちの宮の君はちゝ
  みこのうせ給ひにしなこりに又思ひあ
  つかふ人もなき御身にていみしう心ほ
  そけなりしを思かけぬ御事のいてき
  てとふらひきこえ給ことたえさりしを
  いかめしき御いきをいにこそことにもあ
  らすはかなきほとの御なさけはかりと」1ウ

  おほしたりしかとまちうけ給ふたもと
  のせはきにおほ空のほしのひかりをたら
  いの水にうつしたる心ちしてすくし給
  しほとにかゝるよのさはきいてきてなへ
  てのようくをほしみたれしまきれに
  わさとふかゝらぬかたの心さしはうちわす
  れたるやうにてとをくおはしましにし
  のちふりはへてしもえたつねきこえ
  給はすそのなこりにしは/\なく/\
  もすくし給しをとし月ふるまゝにあ」2オ

  はれにさひしき御ありさまなりふるき女
  はらなとはいてやいとくちをしき御す
  くせなりけりおほえす神ほとけのあら
  はれたまへらむやうなりし御心はへにかゝる
  よすかも人はいておはするものなりけりと
  ありかたう見たてまつりしをおほかた
  の世の事といひなからまたたのむかた
  なき御ありさまこそかなしけれとつふ
  やきなけくさるかたにありつきたり
  しあなたのとしころはいふかひなきさひ」2ウ

  しさにめなれてすくし給をなか/\すこし
  よつきてならひにける年月にいとたへ
  かたく思なけくへしすこしもさてあり
  ぬへき人/\はをのつからまいりつきて
  ありしをみなつき/\にしたかひていき
  ちりぬ女はらのいのちたえぬもありて
  月日にしたかひてはかみしも人かすす
  くなくなりゆくもとよりあれたりし
  宮のうちいとゝきつねのすみかになり
  てうとましうけとをき木たちにふく」3オ

  ろうのこゑをあさゆふにみゝならしつゝ
  人けにこそさやうのものもせかれてかけ
  かくしけれこたまなとけしからぬ物とも
  ところえてやう/\かたかたちをあらはし
  ものわひしき事のみかすしらぬに
  まれ/\のこりてさふらふ人は猶いとわり
  なしこのす両とものおもしろきいゑ
  つくりこのむかこの宮のこたちを心に
  つけてはなち給はせてむやとほとり
  につきてあむなひし申さするをさやう」3ウ

  にせさせ給ひていとかうものをそろし
  からぬ御すまひにおほしうつろはなむ
  たちとまりさふらふ人もいとたえかた
  しなときこゆれとあないみしや人の
  きゝおもはむこともありいけるよにし
  かなこりなきわさいかゝせむかくおそろ
  しけにあれはてぬれとおやの御かけと
  まりたる心ちするふるきすみかと
  思ふになくさみてこそあれとうちなき
  つゝおほしもかけす御てうとゝもを」4オ
  いとこたいになれたるかむかしやうにてう
  るはしきをなまものゝゆへしらむと思へ
  る人さるものえうしてわさとそのひと
  かの人にせさせ給へるとたつねきゝてあん
  するもをのつからかゝるまつしきあたりと
  おもひあなつりていひくるをれいの女はら
  いかゝはせんそこそはよのつねの事とて
  とりまきらはしつゝめにちかきけふあ
  すのみくるしさをつくろはんとすると
  きもあるをいみしういさめ給ひてみよと」4ウ

  おもひ給ひてこそしおかせ給ひけめなと
  てかかろ/\しき人のいゑのかさりとは
  なさむなき人の御ほいたかはむかあは
  れなることゝのたまひてさるわさはせ
  させ給はすはかなきことにても見とふ
  らひきこゆる人はなき御身なりたゝ
  御せうとのせむしの君はかりそまれ
  にも京にいてたまふ時はさしのそき
  給へとそれもよになきふるめき人にて
  おなしきほうしといふなかにもたつき」5オ

  なくこのよをはなれたるひしりにもの
  し給てしけき草よもきをたにかき
  はらはむものとも思ひより給はすかゝる
  まゝにあさちはにはのおもゝみえすしけ
  きよもきはのきをあらそひておひの
  ほるむくらはにしひむかしのみかとをとち
  こめたるそたのもしけれとくつれかち
  なるめくりのかきをむまうしなとのふみ
  ならしたるみちにてはる夏になれははな
  ちかうあけまきの心さへそめさましき」5ウ

  八月野わきあらかりしとしらうともゝ
  たうれふししものやとものはかなきい
  たふきなりしなとはほねのみわつかに
  のこりてたちとまるけすたになしけ
  ふりたえてあはれにいみしきことおほ
  かりぬす人なといふひたふる心あるものも
  思やりのさひしけれはにやこの宮をはふ
  ようのものにふみすきてよりこさりけ
  れはかくいみしきのらやふなれとも
  さすかにしんてむのうちはかりはありし」6オ

  御しつらひかはらすつやゝかにかいはきな
  とする人もなしちりはつもれとまきるゝ
  ことなきうるはしき御すまひにてあかし
  くらし給ふはかなきふるうたものかたり
  なとやうのすさひことにてこそつれ/\
  をもまきらはしかゝるすまひをもおも
  ひなくさむるわさなめれさやうのことに
  も心をそくものしたまふわさとこのまし
  からねとをのつからまたいそくことなき
  程はおなし心なるふみかよはしなとうち」6ウ

  してこそわかき人はきくさにつけても
  心をなくさめたまふへけれとおやのもてか
  しつき給ひし御心をきてのまゝに世中
  をつゝましきものにおほしてまれにも
  ことかよひ給ふへき御あたりをもさらに
  なれたまはすふりにたるみつしあけ
  てからもりてはこやのとしかくやひめ
  のものかたりのゑにかきたるをそ
  とき/\のまさくりものにしたまふふる
  うたとてもおかしきやうにえりいてた」7オ

  いをもよみ人をもあらはし心えたるこそ
  みところもありけれうるはしきかむやかみ
  みちのくにかみなとのふくためるにふる
  ことゝものめなれたるなとはいとすさま
  しけなるをせめてなかめ給ふおり/\は
  ひきひろけ給ふいまの世の人のすめる
  きやううちよみをこなひなといふことはい
  とはつかしくし給て見たてまつる人も
  なけれとすゝなとゝりよせ給はすかやう
  にうるはしくそものし給ける侍従なと」7ウ

  いひし御めのとこのみこそとしころあくかれ
  はてぬものにてさふらひつれとかよひまいり
  し斎院うせ給ひなとしていとたえかたく
  心ほそきにこのひめきみのはゝかたの
  はらからよにおちふれてす両のきた
  のかたになり給へるありけりむすめとも
  かしつきてよろしきわか人ともゝむけ
  にしらぬところよりはおやともゝまうてかよ
  ひしをと思てとき/\いきかよふこの
  ひめ君はかく人うとき御くせなれはむ」8オ

  つましくもいひかよひ給はすをのれ
  をはおとしめ給ておもてふせにおほし
  たりしかはひめ君の御ありさまの心く
  るしけなるもえとふらひきこえすなと
  なまにくけなることはともいひきかせつゝ
  とき/\きこえけりもとよりありつき
  たるさやうのなみ/\の人はなか/\よ
  き人のまねに心をつくろひ思ひあかる
  もおほかるをやむことなきすちなからも
  かうまておつへきすくせありけれはにや」8ウ

  心すこしなを/\しき御をはにそあり
  けるわかかくおとりのさまにてあなつら
  はしくおもはれたりしをいかてかゝるよの
  すゑに此きみをわかむすめとものつか
  ひ人になしてしかな心はせなとのふる
  ひたるかたこそあれいとうしろやすきう
  しろみならむと思てとき/\こゝにわたら
  せ給て御ことのねもうけたまはらまほし
  かる人なむはへるときこえけり此侍従も
  つねにいひもよをせと人にいとむ心には」9オ

  あらてたゝこちたき御ものつゝみなれ
  はさもむつひ給はぬをねたしとなむお
  もひけるかゝるほとにかのいへあるし大にゝ
  なりぬむすめともあるへきさまに見△
  きてくたりなむとすこの君を猶も
  いさなはむの心ふかくてはるかにかくま△
  かりなむとするに心ほそき御ありさま
  のつねにしもとふらひきこえねとちかき
  たのみはへりつるほとこそあれいとあは
  れにうしろめたくなむなとことよかる」9ウ

  をさらにうけひきたまはねはあなにく
  こと/\しや心ひとつにおほしあかるともさる
  やふはらにとしへ給ふ人を大将とのもや
  むことなくしも思ひきこえたまはしな
  とゑんしうけひけりさるほとにけに世中
  にゆるされ給ひてみやこにかへり給と雨
  のしたのよろこひにてたちさはく我も
  いかて人よりさきにふかき心さしを御ら
  むせられんとのみ思ひきをふおとこ女に
  つけてたかきをもくたれるをも人の」10オ

  心はへを見たまふにあはれにおほししる
  ことさま/\なりかやうにあはたゝしき
  ほとにさらにおもひいて給ふけしきみえ
  てつき日へぬいまはかきりなりけりとし
  ころあらぬさまなる御さまをかなしういみ
  しきことを思ひなからももえいつるはる
  にあひ給はなむとねしわたりつれとた
  ひかはらなとまてよろこひおもふなる御
  くらゐあらたまりなとするをよそに
  のみきくへきなりけりかなしかりしおり」10ウ

  のうれはしさはたゝわか身ひとつのために
  なれるとおほえしかひなきよかなと心く
  たけてつらくかなしけれは人しれすね
  をのみなき給ふ大二のきたのかたされは
  よまさにかくたつきなく人わろき御
  ありさまをかすまへ給ふ人はありなむや
  仏ひしりもつみかろきをこそみちひ
  きよくしたまふなれかゝる御ありさまに
  てたけくよをおほし宮うへなとのおは
  せしときのまゝにならひ給へる御心をこり」11オ

  のいとをしきことゝいとゝおこかましけ
  に思て猶おもほしたちねよのうきとき
  は見えぬ山ちをこそはたつぬなれゐ中な
  とはむつかしきものとおほしやるらめと
  ひたふるに人わろけにはよもゝてなし
  きこえしなといとことよくいへはむけに
  くむしにたる女はらさもなひき給は
  なむたけきこともあるましき御身をい
  かにおほしてかくたてたる御心ならむと
  もときつふやく侍従もかの大二のおひた」11ウ

  つ人かたらひつきてとゝむへくもあらさり
  けれは心よりほかにいてたちて見たてま
  つりをかんかいと心くるしきをとてそゝの
  かしきこゆれと猶かくかけはなれてひさ
  しうなり給ひぬる人にたのみをかけ給
  御心のうちにさりともありへてもおほし
  いつるついてあらしやはあはれに心ふかき
  契をしたまひしにわか身はうくて
  かくわすられたるににこそあれかせのつ
  てにてもわれかくいみしきありさまをき」12オ

  きつけたまはゝかならすとふらひいてたま
  ひてんと年ころおほしけれはおほかたの
  御いへゐもありしよりけにあさましけれ
  とわか心もてはかなき御てうとゝもなと
  もとりうしなはせ給はす心つよくおなし
  さまにてねんしすこし給ふなりけりねな
  きかちにいとゝおほししつみたるはたゝやま
  人のあかきこのみひとつをかほにはなた
  ぬとみえ給ふ御そはめなとはおほろけの
  人の見たてまつりゆるすへきにもあら」12ウ

  すかしくはしくはきこえしいとをしう
  ものいひさかなきやうなり冬になり
  ゆくまゝにいとゝかきつかむかたなく
  かなしけになかめすこし給ふかの殿には
  こ院の御れうの御八講世中ゆすりて
  したまふことにそうなとはなへてのはめ
  さすさえすくれをこなひにしみたう
  ときかきりをえらせ給けれはこのせむし
  の君まいりたまへりけりかへりさまにた
  ちより給てしか/\権大納言殿の御八」13オ

  講にまいりて侍つるなりいとかしこうい
  ける上とのかさりにおとらすいかめし
  うおもしろきことゝものかきりをなむし
  給つる仏ほさつのへんけの身にこそ
  ものし給めれいつゝのにこりかきよに
  なとてむまれ給けむといひてやかていて
  給ひぬことすくなに世の人にゝぬ御あは
  ひにてかひなき世のものかたりをたに
  えきこえあはせ給はすさてもかはかり
  つたなき身のありさまをあはれにおほ」13ウ

  つかなくてすくし給は心うの仏菩薩
  やとつらうおほゆるをけにかきりなめ
  りとやう/\思なり給に大弐のきたの
  かたにはかにきたりれいはさしもむつ
  ひぬをさそひたてむの心にてたてま
  つるへき御さうそくなとてうして
  よき車にのりておももちけしき
  ほこりかにもの思ひなけなるさまして
  ゆくりもなくはしりきてかとあけさ
  するより人わろくさひしきことかき」14オ

  りもなしひたりみきのともみなよろほ
  ひたうれにけれはをのこともたすけて
  とかくあけさはくいつれかこのさひしきや
  とにもかならすわけたるあとあなる
  つのみち
たとるわつかにみなみを
  もてのかうしあけたるまによせたれは
  いとゝはしたなしとおほしたれとあさま
  しうすゝけたるき丁さしいてゝ侍従
  いてきたりかたちなとをとろへにけり
  としころゐたうつゐえたれと猶ものき」14ウ

  よけによしあるさましてかたしけな
  くともとりかへつへくみゆいてたち
  なむことを思ひなから心くるしきあり
  さまのみすてたてまつりかたきをしゝう
  のむかへになむまいりきたる心うくお
  ほしへたてゝ御身つからこそあからさま
  にもわたらせ給はねこの人をたにゆる
  させ給へとてなむなとかうあはれけなる
  さまにはとてうちもなくへきそかしさ
  れとゆくみちに心をやりていと心ち」15オ

  よけなりこ宮おはせしときをのれ
  をはおもてふせなりとおほしすてたり
  しかはうと/\しきやうになりそめに
  しかととしころもなにかはやむことなき
  さまにおほしあかり大将殿なとおはし
  ましかよふ御すくせのほとをかたしけ
  なく思ひ給へられしかはなむゝつひ
  きこえさせんもはゝかることおほくて
  すくしはむへるを世中のかくさためも
  なかりけれはかすならぬ身はなか/\心や」15ウ

  すく侍ものなりけりをよひなく見たて
  まつりし御ありさまのいとかなしく心
  くるしきをちかきほとはをこたる
  おりものとかにたのもしくなむはへ
  りけるをかくはるかにまかりなむと
  すれはうしろめたくあはれになむおほ
  え給ふなとかたらへと心とけてもいら
  へ給はすいとうれしきことなれとよに
  にぬさまにてなにかはかうなからこそく
  ちもうせめとなむ思はへるとのみのた」16オ

  まへはけにしかなむおほさるへけれといけ
  る身をすてかくむくつけきすまひ
  するたくひははへらすやあらむ大将殿
  のつくりみかき給はむにこそはひきか
  へたまのうてなにもなりかへらめとはた
  のもしうはへれとたゝいまは式部卿
  の宮の御むすめよりほかに心わけ給
  ふかたもなかなりむかしよりすき/\
  しき御心にてなをさりにかよひ給ひ
  けるところ/\みなおほしはなれにたな」16ウ

  りましてかうものはかなきさまにて
  やふはらにすくし給へる人をは心きよ
  くわれをたのみ給へるありさまとたつ
  ねきこえたまふ事いとかたくなむ
  あるへきなといひしらするをけにとお
  ほすもいとかなしくてつく/\となき
  給されとうこくへうもあらねはよろつ
  にいひわつらひくらしてさらは侍従を
  たにと日のくるゝまゝにいそけは心あ
  はたゝしくてなく/\さらはまつけふは」17オ

  かうせめ給ふをくりはかりにまうてはへらむ
  かのきこえ給ふもことはりなりまたおほし
  わつらふもさることにはへれは中にみた
  まふるも心くるしくなむとしのひて
  きこゆこの人さへうちすてゝむとする
  をうらめしうもあはれにもおほせとい
  ひとゝむへきかたもなくていとゝねをの
  みたけきことにてものし給ふかたみに
  そへ給ふへきみなれ衣もしほなれたれ
  はとしへぬるしるしみせ給ふへきものな」17ウ

  くてわか御くしのおちたりけるをとり
  あつめてかつらにしたまへるか九尺よ
  はかりにていときよらなるをおかしけ
  なるはこにいれてむかしのくのえかうの
  いとかうはしきひとつほくして給ふ
    たゆましきすちをたのみし玉か
  つら思ひのほかにかけはなれぬるこ
  まゝのゝ給ひをきしこともありしかは
  かひなき身なりとも見はてゝむとこ
  そ思ひつれうちすてらるゝもことはり」18オ

  なれとたれにみゆつりてかとうらめし
  うなむとていみしうない給ふこの人も
  ものもきこえやらすまゝのゆいこむ
  はさらにもきこえさせすとしころの
  しのひかたきよのうさをすくしはへり
  つるにかくおほえぬみちにいさなはれ
  てはるかにまかりあくかるゝことゝて
    玉かつらたえてもやましゆくみちの
  たむけの神もかけてちかはむいのち
  こそしりはへらねなといふにいつらくら」18ウ

  うなりぬとつふやかれて心も空にて
  ひきいつれはかへり見のみせられけるとし
  ころわひつゝもゆきはなれさりつる人の
  かくわかれぬることをいと心ほそうおほ
  すによにもちゐらるましきおい人
  さへゐてやことはりそいかてかたちとま
  り給はむわれらもえこそねつしは
  つましけれとをのかみゝにつけたるたよ
  りとも思いてゝとまるましう思へるを
  人わろくきゝおはすしもつきはかりに」19オ

  なれはゆきあられかちにてほかには
  きゆるまもあるをあさひゆふひをふせ
  くよもきむくらのかけにふかうつもり
  てこしのしら山思ひやらるゝ雪のうち
  にいているしも人たになくてつれ/\と
  なかめ給ふはかなきことをきこえなくさ
  めなきみわらひみまきらはしつる人
  さへなくてよるもちりかましき御丁の
  うちもかたはらさひしくものかなしく
  おほさるかのとのにはめつららしひにいとゝ」19ウ

  ものさはかしき御ありさまにていとやむ
  ことなくおほされぬところ/\にはわさとも
  えをとつれ給はすましてその人はまた
  よにやおはすらむとはかりおほしいつるお
  りもあれとたつね給ふへき御心しも
  いそかてありふるにとしかはりぬう月
  はかりに花ちるさとを思いてきこえ
  給ひてしのひてたいのうへに御いとまき
  こえていて給ふひころふりつるなこりの
  雨いますこしそゝきておかしきほとに」20オ
  月さしいてたりむかしの御ありきおほ
  しいてられてえんなる程のゆふつく
  よにみちのほとよろつの事おほし
  いてゝおはするにかたもなくあれたる
  いへのこたちしけくもりのやうなるを
  すき給ふおほきなる松にふちのさき
  かゝりてつきかけになよひたるかせに
  つきてさとににほふかなつかしくそこ
  はかとなきかほりなりたちはなにかはり
  ておかしけれはさしいて給へるにやなき」20ウ

  もいたうしたりてついひちもさはらねは
  みたれふしたり見し心ちするこたちか
  なとおほすははやうこの宮なりけり
  いとあはれにてをしとゝめさせ給れいの
  これみつはかゝる御しのひありきに
  をくれねはさふらひけりめしよせてこゝは
  ひたちの宮そかしなしか侍ときこゆ
  こゝにありし人はまたやなかむらんとふ
  らふへきをわさとものせむもところせし
  かゝるついてにいりてせうそこせよよく」21オ

  たつね入てをうちいてよ人たかへして
  はおこならむとの給こゝにはいとゝなかめ
  まさるころにてつく/\とおはしけるに
  ひるねのゆめにこ宮の見え給ひけれは
  さめていとなこりかなしくおほしてもり
  ぬれたるひさしのはしつかたをしのこ
  はせてこゝかしこのおましひきつくろ
  はせなとしつゝれいならすよつき給ひて
    なき人をこふるたもとのひまなきに
  あれたるのきのしつくさへそふも心く」21ウ

  るしきほとになむありけるこれみつ
  入てめくる/\人のをとするかたやと
  みるにいさゝかの人けもせすされはこそ
  ゆきゝのみちに見いるれと人すみけ
  もなきものをと思てかへりまいる程に
  月あかくさしいてたるに見れはかうし
  ふたまはかりあけてすたれうこくけし
  きなりわつかに見つけたる心ちおそろ
  しくさへおほゆれとよりてこわつくれ
  はいとものふりたるこゑにてまつしはふき」22オ

  をさきにたてゝかれはたれそなに人そ
  とゝふなのりして侍従の君ときこえし
  人にたいめん給はらむといふそれはほか
  になんものし給ふされとおほしわく
  ましき女なむ侍といふこゑいたうね
  ひすきたれときゝしおゐ人ときゝし
  りたりうちには思ひもよらすかり
  きぬすかたなるおとこしのひやかに
  もてなしなこやかなれは見ならはす
  なりにけるめにてもしきつねなとのへん」22ウ

  けにやとおほゆれとちかうよりてたし
  かになむうけ給はらほしきかはらぬ御あ
  りさまならはたつねきこえさせ給へき
  御心さしもたえすなむおはしますめる
  かしこよひもゆきすきかてにとまらせ
  給へるをいかゝきこえさせむうしろやす
  くをといへは女ともうちわらひてかはら
  せ給御ありさまならはかゝるあさちかはら
  をうつろひ給はてははへりなんやたゝをし
  はかりてきこえさせ給へかしとしへたる人」23オ

  の心にもたくひあらしとのみめつらか
  なるよをこそは見たてまつりすこしは
  へるとやゝくつしいてゝとはすかたりも
  しつへきかむへかしけれはよし/\まつかく
  なむきこえさせんとてまいりぬなとか
  いとひさしかりつるいかにそむかしのあ
  ともみえぬよもきのしけさかなとの給へ
  はしか/\なむたとりよりてはへりつる侍
  従かをはの少将とゐひはへりしおい人
  なんかはらぬこゑにてはへりつるとあり」23ウ

  さまきこゆいみしうあはれにかゝるしけ
  きなかになに心ちしてすくし給ふらむ
  いまゝてとはさりけるよとわか御心のなさ
  けなさもおほししらるいかゝすへきかゝる
  しのひありきもかたかるへきをかゝるつ
  いてならてはえたちよらしかはらぬあり
  さまならはけにさこそはあらめとをしは
  からるゝ人さまになむとはのたまひなか
  らふといり給はむ事猶つゝましう
  おほさるゆへある御せうそこもいときこえ」24オ

  まほしけれと見たまひしほとのくちを
  そさもまたかはらすは御つかひのたちわ
  つらはむもいとをしうおほしとゝめつこ
  れみつもさらにえわけさせ給ふましき
  よもきの露けさになむはへる露す
  こしはらはせてなむいらせ給ふへきとき
  こゆれは
    たつねてもわれこそとはめみちもなく
  ふかきよもきのもとの心をとひとりこち
  て猶をり給へは御さきの露をむまの」24ウ

  むちしてはらひつゝいれたてまつるあま
  そゝきも猶秋のしくれめきてうちそ
  そけは御かささふらふけにこのした露は
  あめにまさりてときこゆ御さしぬき
  のすそはいたうそをちぬめりむかし
  たにあるかなきかなりし中門なとま
  してかたもなくなりていり給ふにつけ
  てもいとむとくなるをたちましり
  みる人なきそ心やすかりけるひめ君は
  さりともとまちすくし給へる心もしる」25オ

  くうれしけれといとはつかしき御あり
  さまにてたいめむせんもいとつゝましく
  おほしたり大二のきたかたのたてまつ
  りをきし御そともをも心ゆかすおほ
  されしゆかりに見いれたまはさりける
  をこの人/\のかうの御からひつにいれ
  たりけるかいとなつかしきかしたるを
  たてまつりけれはいかゝはせむにきかへ
  給ひてかのすゝけたる御き丁ひき
  よせておはすいり給てとしころのへた」25ウ

  てにも心はかりはからすなん思ひやり
  きこえつるをさしもおとろかい給はぬ
  うらめしさにいまゝて心みきこえつるを
  すきならぬこたちのしるさにえすき
  てなむまけきこえにけるとてかたひら
  をすこしかきやり給へれはれいのいと
  つゝましけにとみにもいらへきこえ給
  はすかくはかりわけいり給へるかあさか
  らぬに思おこしてそほのかにきこえ
  いて給けるかゝる草かくれにすくし給」26オ

  ひけるとし月のあはれもをろかならす
  またかはらぬ心ならひに人の御心のうち
  もたとりしらすなからわけいりはへりつる
  露けさなとをいかゝおほすとしころ
  のをこたりはたなへてのよにおほし
  ゆるすらむいまよりのちの御心にかな
  はさらむなんいひしにたかうつみもおう
  へきなとさしもおほされぬこともなさ
  けなさけしうきこえなし給ふこと
  ともあへめりたちとゝまり給はむも」26ウ

  ところのさまよりはしめまはゆき御
  ありさまなれはつき/\しうのたま
  ひすくしていて給ひなむとすひきう
  えしならねとまつのこたかくなりに
  けるとし月のほともあはれに夢のやうなる
  御身のありさまもおほしつゝけらる
    ふちなみのうちすきかたくみえつるは
  まつこそやとのしるしなりけれかすふれ
  はこよなうつもりぬらむかしみやこに
  かはりにけることのおほかりけるもさま/\」27オ

  あはれになむいまのとかにそひなのわかれ
  におとろへしよのものかたりもきこえ
  つくすへきとしへたまへらむ春秋の
  くらしかたさなともたれにかはうれへ給
  はむとうらもなくおほゆるもかつはあ
  やしうなむなときこえ給へは
    としをへてまつしるしなきわかやとを
  花のたよりにすきぬはかりかとしのひ
  やかにうちみしろき給へるけはひも袖の
  かもむかしよりはねひまさり給へるにやと」27ウ

  おほさる月入かたになりてにしのつま
  とのあきたるよりさはるへきわたとの
  たつやもなくのきのつまものこりな
  けれはいと花やかにさしいりたれはあたり
  あたりみゆるにむかしにかはらぬ御しつ
  らひのさまなと忍草にやつれたるうへ
  の見るめよりはみやひかに見ゆるをむ
  かしものかたりに塔こほちたる人
  りけるをおほしあはするにおなしさ
  まにてとしふりにけるもあはれなりひ」28オ

  たふるにものつゝみしたるけはひのさす
  かにあてやかなるも心にくゝおほされて
  さるかたにてわすれしと心くるしく思
  ひしをとしころさま/\のものおもひに
  ほれ/\しくてへたてつるほとつらし
  とおもはれつらむといとをしくおほす
  かの花ちるさともあさやかにいまめかし
  うなとははなやなき給はぬところにて
  御めうつしこよなからぬにとかおほうかくれ
  にけりまつりこけいなとのほと御いそき」28ウ

  ともにことつけて人のたてまつりたるも
  の色/\におほかるをさるへきかきり御心
  くはへ給ふ中にもこの宮にはこまやかに
  おほしよりてむつましき人/\におほせ
  事給ひしもへともなとつかはしてよもき
  はらはせめくりの見くるしきにいたか
  きといふものうちかためつくろはせ給
  ふかうたつねいて給へりときゝつたへん
  につけてもわか御ためめむほくなけれは
  わたり給事はなし御ふみいとこまやか」29オ

  にかき給ひて二条院いとちかきところをつ
  くらせ給ふをそこになむわたしたて
  まつるへきよろしきわらはへなともと
  めさふらはせたまへなと人/\のうへま
  ておほしやりつゝとふらひきこえ給へは
  かくあやしきよもきのもとにはをきと
  ころなきまて女はらも空をあふき
  てなむそなたにむきてよろこひき
  こえけるなけの御すさひにてもをしな
  へたるよのつねの人をはめとゝめ見えた」29ウ

  て給はす世にすこしこれはとおもほへ
  こゝちにとまるふしあるあたりをたつ
  ねより給ふものと人のしりたるにかく
  ひきたかへなに事もなのめにたに
  あらぬ御ありさまをものめかしいて
  給ふはいかなりける御心にかありけむ
  これもむかしのちきりなめりかしいまはかき
  りとあなつりはてゝさま/\にまよひ
  ちりあかれしうへしもの人/\われも/\
  まいらむとあらそひいつる人もあり心」30オ

  はへなとはたむもれいたきまてよくお
  はする御ありさまに心やすくならひてこと
  なることなきなます両なとやうのいへに
  ある人はならはすはしたなき心ちす
  るもありてうちつけの心見えにまいり
  かへり君はいにしへにもまさりたる御いき
  をいのほとにてものゝおもひやりもま
  してそひ給ひにけれはこまやかにおほし
  をきてたるににほひいてゝ宮のうち
  やう/\人め見えきくさのはもたゝ」30ウ

  すこくあはれにみえなされしをやり水
  かきはらひせむさいのもとたちもす
  すしうしなしなとしてことなるおほ
  えなきしもけいしのことにつかまほし
  きはかく御心とゝめておほさるゝ事な
  めりとみよりて御けしき給はりつゝつ
  いせうしつかうまつるふたとせはかりこ
  のふる宮になかめ給てひんかしの院といふ
  ところになむ後はわたしたてまつり給
  けるたいめんし給ふ事なとはいとかた」31オ

  けれとちかきしめのほとにておほかた
  にもわたり給にさしのそきなとし給ひ
  つゝいとあなつらはしけにもてなしきこ
  えたまはすかの大二のきたのかたのほ
  りておとろきおもへるさま侍従かうれしき
  ものゝいましはしまちきこえさりける心あさ
  さをはつかしう思へるほとなとをいますこし
  とはすかたりもせましけれといとかしらいたうう
  るさくものうけれはなむいまゝたもついてあ
  らむおりに思いてゝきこゆへきとそ」31ウ

【奥入01】五濁<見法華経>(戻)
【奥入02】蒋[言+羽]<字元卿> 舎中竹下開三逕(戻)
【奥入03】顔叔子といふ人おとこ他行のほと
    そのおとこのうたかるのために塔の
    かへをこほちてよもすからともし
    あかしてゐたる事也(戻)」32オ

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