関屋(大島本親本復元) First updated 12/14/2006(ver.1-1)
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渋谷栄一翻字(C)

  

関 屋

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「関屋」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「せき屋」(題箋)

  いよのすけといひしは故院かくれさ
  せ給て又のとしひたちになりてくた
  りしかはかのはゝき木もいさなはれ
  にけりすまの御たひゐもはるかにき
  きて人しれすおもひやりきこえぬ
  にしもあらさりしかとつたへきこ
  ゆへきよすかたになくてつくはね
  の山をふきこす風もうきたる心
  ちしていさゝかのつたへたになく
  てとし月かさなりにけりかきれる」1オ

  事もなかりし御たひゐなれと京に
  かへりすみ給て又のとしの秋そひた
  ちはのほりけるせき入日しもこの
  殿いし山に御くわむはたしにまうて
  給ひけり京よりかのきのかみなとい
  ひしこともむかへにきたる人/\こ
  の殿かくまうて給ふへしとつけけ
  れはみちのほとさはかしかりなむも
  のそとてまたあか月よりいそきける
  を女車おほくところせうゆるきくる」1ウ

  にひたけぬうちいてのはまくるほと
  にとのあわた山こえ給ひぬとて御せ
  むの人/\みちもさりあへすきこ
  みぬれはせき山にみなおりゐてこゝか
  しこのすきのしたに車ともかき
  おろしこかくれにゐかしこまりて
  すくしたてまつる車なとかたへは
  をくらかしさきにたてなとしたれと
  なをるいひろくみゆくるまとをは
  かりそ袖くちものゝいろあひなとも」2オ

  もりいてゝ見えたるゐ中ひすよし
  ありてさい宮の御くたりなにそやう
  のおりのものみ車おほしいてらる殿
  もかく世にさかへいて給ふめつらしさ
  にかすもなきこせむともみなめとゝ
  めたり九月つこもりなれはもみちの
  色/\こきませしもかれの草むら
  むらおかしう見えわたるにせきやより
  さとくつれいてたるたひすかたとも
  の色/\のあをのつき/\しきぬい」2ウ

  ものくゝりそめのさまもさるかたに
  おかしう見ゆ御車はすたれおろし給
  ひてかのむかしのこきみいま右衛門の
  すけなるをしめしよせてけふの御せき
  むかへはえおもひすて給はしなとの給ふ
  御心のうちいとあはれにおほしいつること
  おほかれとおほそうにてかひなし女も
  人しれすむかしのことわすれねはと
  りかへしてものあはれなり
    ゆくとくとせきとめかたき涙をや」3オ

  たえぬし水と人は見るらむえしり
  給はしかしと思ふにいとかひなしいし山
  よりいて給ふ御むかへに右衛門のすけまい
  りてそまかりすきしかしこまりなと
  申すむかしわらはにていとむつましう
  らうたきものにし給ひしかはかうふ
  りなとえしまてこの御とくにかくれた
  りしをおほえぬよのさはきありしこ
  ろものゝきこえにはゝかりてひたちに
  くたりしをそすこし心をきてとし」3ウ

  ころはおほしけれと色にもいたし給は
  すむかしのやうにこそあらねとなをし
  たしきいへ人のうちにはかそへたまひ
  けりきのかみといひしもいまはかうちの
  かみにそなりにけるそのをうとの右
  近のそうとけて御ともにくたりをそ
  とりわきてなしいて給ひけれはそれに
  そたれもおもひしりてなとてすこ
  しもよにしたかふ心をつかひけんなと
  おもひいてけるすけめしよせて御せう」4オ

  そこありいまはおほしわすれぬへき
  ことを心なかくもおはするかなと思
  ひゐたりへるはちきりしられしをさは
  おほししりけむや
    わくら葉にゆきあふ道をたのみ
  しも猶かひなしやしほならぬうみせきもり
  のさもうらやましくめさましかりしか
  なとありとしころのとたえもうひ/\
  しくなりにけれと心にはいつとなくたゝ
  いまのこゝちするならひになむすき/\」4ウ

  しういとゝにくまれむやとて給へれは
  かたしけなくてもていきて猶きこえ
  給へむかしにはすこしおほしのくことあら
  むと思給ふるにおなしやうなる御心の
  なつかしさなむいとゝありかたきすさひ
  ことそようなきことゝ思へとえこそす
  くよかにきこえかへさね女にてはま
  けきこえ給へらむにつみゆるされ
  ぬへしなといふいまはましていとはつか
  しうよろつのことうひ/\しき心ちす」5オ

  れとめつらしきにやえしのはれさりけむ
    あふさかの関やいかなるせきなれは
  しけきなけきの中をわくらん夢の
  やうになむときこえたりあはれも
  つらさもわすれぬふしとおほしをかれ
  たる人なれはおり/\は猶のたまひう
  こかしけりかゝるほとにこのひたちの
  かみおいのつもりにやなやましくのみ
  してもの心ほそかりけれはこともにたゝ
  この君の御ことをのみいひをきてよろ」5ウ

  つの事たゝこの御心にのみまかせてあ
  りつる世にかはらてつかうまつれとのみ
  あけくれいひけり女君心うきすくせ
  ありてこの人にさへをくれていかなるさ
  まにはふれまとふへきにかあらんと思ひ
  なけき給ふを見るにいのちのかきり
  あるものなれはおしみとゝむへきかたもな
  しいかてかこの人の御ためにのこし
  をくたましひもかなわかことものこゝろ
  もしらぬをとうしろめたうかなしき」6オ

  ことにいひ思へと心にえとゝめぬものにて
  うせぬしはしこそさのたまひしものを
  なとなさけつくれとうはへこそあれ
  つらきことおほかりとあるもかゝるもよ
  のことはりなれはみひとつのうきことにて
  なけきあかしくらすたゝこのかはち
  のかみのみそむかしよりすき心ありて
  すこしなさけかりけるあはれにのたまひ
  をきしかすならすともおほしうとま
  てのたまはせよなとついそうしより」6ウ

  ていとあさましき心の見えけれはう
  きすくせある身にてかくいきとまり
  てはて/\はめつらしきことともをきゝ
  そふるかなと人しれす思ひしりて人に
  さなむともしらせてあまになりに
  けりある人/\いふかひなしとおもひな
  けくかみもいとつらうをのれをいとひ
  給ふほとにのこりの御よはひはおほくも
  のし給らむいかてかすくし給ふへき
  なとそあいなのさかしらやなとそはへるめる」7オ

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