松風(大島本親本復元) First updated 12/20/2006(ver.1-1)
Last updated 12/20/2006(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

松 風

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「松風」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「松かせ」(題箋)

  ひむかしの院つくりたてゝ花ちる里
  ときこえしうつろはし給ふにしのた
  ゐわた殿なとかけてまところけいし
  なとあるへきさまにしをかせ給ふひむ
  かしのたいはあかしの御かたとおほしを
  きてたりきたのたいはことにひろくつ
  くらせ給てかりにてもあはれとおほし
  てゆくすゑかけて契たのめ給し人
  人つとひすむへきさまにへたて/\しつら
  はせ給へるしもなつかしう見ところあり」1オ

  てこまかなるしむてんはふたけたま
  はす時/\わたり給ふ御すみ所にしてさる
  かたなる御しつらひともしをかせ給へり
  あかしには御せうそこたえすいまは猶の
  ほり給ぬへきことをはのたまへと女は
  猶わか身のほとを思ひしるにこよな
  くやむことなききはの人/\たに中/\
  さてかけはなれぬ御ありさまのつれな
  きを見つゝものおもひまさりぬへく
  きくをましてなにはかりのおほえなり」1ウ

  とてかさしいてましらはむこのわか君
  の御もてふせにかすならぬ身のほと
  こそあらはれめたまさかにはひわたり
  給ふついてをまつ事にて人わらへに
  はしたなきこといかにあらむと思ひみた
  れてもまたさりとてかゝる所におひ
  いてかすまへられ給はさらむもいとあ
  はれなれはひたすらにもえうらみそむ
  かすおやたちもけにことはりと思ひな
  けくに中/\心もつきはてぬむかしはゝ」2オ

  きみの御をほちなかつかさの宮とき
  こえけるからうし給けるところおほ
  ゐかはのわたりにありけるをその御の
  ちはか/\しうあひつく人もなくて
  としころあれまとふを思いてゝかのとき
  よりつたはりてやともりのやうにてある
  人をよひとりてかたらふ世中をいまは
  と思はてゝかゝるすまひにしつみそ
  めしかともすゑのよに思かけぬこと
  いてきてなんさらにみやこのすみか」2ウ

  もとむるをにはかにまはゆき人中い
  とはしたなくゐ中ひにける心ちもし
  つかなるましきをふるきところたつ
  ねてとなむ思よるさるへきものはあ
  けはたさむすりなとしてかたのこと
  人すみぬへくはつくろひなされな
  むやといふあつかりこのとしころらう
  する人もものし給はすあやしきや
  うになりてはへれはしもやにそつく
  ろひてやとりはへるをこの春のころ」3オ

  より内の大殿のつくらせ給ふ御たうちか
  くてかのわたりなむいとけさかしうな
  りにてはへるいかめしき御たうともたて
  ておほくの人なむつくりいとなみは
  へるめるしつかなる御ほいならはそれやた
  かひはへらむなにかそれもかのとのゝ御かけ
  にかたかけてと思ふことありてをのつから
  をい/\にうちのことゝもはしてむまつ
  いそきておほかたの事ともをものせよ
  といふ身つかららうするところにはへら」3ウ

  ねとまたしりつたへたまふ人もなけ
  れはかこかなるならひにてとしころかく
  ろへ侍りつるなりみさうの田はたけ
  なといふことのいたつらにあれはへりしか
  は故民部大輔の君に申給はりてさる
  へきものなとたてまつりてなんらうし
  つくり侍なんとそのあたりのたくはへ
  の事ともをあやふけに思てひけか
  ちにつなしにくきかほをはななとうち
  あかめつゝはちふきいへはさらにそのた」4オ

  なとやうの事はこゝにしるましたゝ
  年ころのやうに思ひてものせよ券なと
  はこゝになむあれとすへて世中をすて
  たる身にてとしころともかくもたつ
  ねしらぬをその事もいまくはしくし
  たゝめむなといふにも大とのゝけはひを
  かくれはわつらはしくてそのゝちもの
  なとおほくうけとりてなんいそきつくり
  けるかやうに思ひよるらんともしり給
  はてのほらむことをものうかるも心えす」4ウ

  おほしわか君のさてつく/\とものし
  たまふを後のよに人のいひつたへんい
  まひときは人わろきゝすにやとおも
  ほすにつくりいてゝそしか/\のところを
  なむおもひいてたるときこえさせける人
  にましらはむ事をくるしけにのみも
  のするはかく思ふなりけりと心え給ふく
  ちをしからぬ心のよういかなとおほしな
  りぬこれみつのあそむれいのしのふるみ
  ちはいつとなくいろひつかうまつる人」5オ

  なれはつかはしてさるへきさまにこゝか
  しこのようゐなとせさせ給へけりあた
  りおかしうてうみつらにかよひたる
  ところのさまになむはへりけるときこ
  ゆれはさやうのすまゐによしなからす
  はありぬへしとおほすつくらせ給ふ御
  たうは大かく寺のみなみにあたりて
  たきとのゝ心はへなとおとらすおもし
  ろき寺也これはかはつらにえもいはぬ
  まつかけになにのいたはりもなくたて」5ウ

  たるしんてむのことそきたるさまもをの
  つから山さとのあはれをみせたりうち
  のしつらひなとまておほしよるした
  しき人/\いみしうしのひてくたし
  つかはすのかれかたくていまはと思ふに
  としへつるうらをはなれなむことあは
  れに入道の心ほそくてひとりとまらん
  ことを思ひみたれてよろつにかなしす
  へてなとかく心つくしになりはしめけ
  む身にかと露のかゝらぬたくひうらや」6オ

  ましくおほゆおやたちもかゝる御む
  かへにてのほるさいわいはとしころねて
  もさめてもねかひわたりし心さしの
  かなふといとうれしけれとあひみて
  すくさむいふせさのたへかたうかなし
  けれはよるひる思ほれておなしことを
  のみさらはわか君をはみたてまつらては侍
  へきかといふよりほかの事なしはゝ君
  もいみしうあはれなりとしころたにおな
  しいほりにもすますかけはなれつれは」6ウ

  ましてたれによりてかはかけとゝまらむ
  たゝあたにうちみる人のあさはかなる
  かたらひたにみなれそなれてわかるゝほ
  とはたゝならさめるをましてもてひか
  めたるかしらつき心おきてこそたの
  もしけなれとまたさるかたにこれこそ
  はよをかきるへきすみかなれとありは
  てぬいのちをかきりに思て契すくしき
  つるをにはかにゆきはなれなむも心
  ほそしわかき人/\のいふせう思ひし」7オ

  つみつるはうれしきものからみすてかた
  きはまのさまをまたはえしもかへら
  しかしとよするなみにそへてそてぬ
  れかちなり秋のころほひなれはもの
  のあはれとりかさねたる心ちしてその
  ひとあるあか月に秋風すゝしくてむし
  のねもとりあへぬにうみのかたをみいたし
  てゐたるに入道れいのこやよりふかうお
  きてはなすゝりうちしてをこなひいま
  したりいみしう事いみすれとたれも/\」7ウ

  いとしのひかたしわか君はいとも/\うつ
  くしけによるひかりけむたまの心ち
  て袖よりほかにはなちきこえさりつ
  るをみなれてまつはし給へる心さまな
  とゆゝしきまてかく人にたかへる身を
  いま/\しく思なからかたときみたてまつ
  らてはいかてかすくさむとすらむとつ
  つみあへす
    ゆくさきをはるかにいのるわかれちに
  たえぬはおいの涙なりけりいともゆゝ」8オ

  しやとてをしのこひかくすあま君
    もろともにみやこはいてきこのたひや
  ひとり野中のみちにまとはんとてなき
  たまふさまいとことはりなりこゝら契かは
  してつもりぬるとし月のほとを思へは
  かうゝきたることをたのみてすてしよ
  にかへるも思へははかなしや御かた
    いきてまたあひみむことをいつとてか
  かきりもしらぬよをはたのまむをくりに
  たにとせちにの給へとかた/\につけて」8ウ

  えさるましきよしをいひつゝさすかに
  みちのほともいとうしろめたなきけし
  きなり世中をすてはしめしにかゝる人
  のくににおもひくたりはへりしことゝも
  たゝ君の御ためと思ふやうにあけくれ
  の御かしつきも心にかなふやうもやと
  思ひたまへたちしかと身のつたなかり
  けるきはの思しらるゝことおほかりし
  かはさらにみやこにかへりてふるすらうの
  しつめるたくひにてまつしきいへのよも」9オ

  きむくらもとのありさまあらたむるこ
  ともなきものからおほやけわたくしに
  おこかましきなをひろめておやの御
  なきかけをはつかしめむ事のいみし
  さになむやかてよをすてつるかと
  てなりけりと人にもしられにしをそ
  のかたにつけてはよう思ひはなちて
  けりとおもひ侍るに君のやう/\おと
  なひ給ひものおもほししるへきにそへ
  てはなとかうくちをしきせかいにてにし」9ウ

  きをかくしこゆらんと心のやみはれ
  まなくなけきわたりはへりしまゝに仏
  神をたのみきこえてさりともかう
  つたなき身にひかれて山かつのいほり
  にはましりたまはしと思ふ心ひとつを
  たのみ侍しにおもひよりかたくてうれし
  き事ともをみたてまつりそめてもな
  かなか身のほとをとさまかうさまに
  かなしうなけきはへりつれとわか君の
  かういておはしましたる御すくせのたの」10オ

  もしさにかゝるなきさに月日をすくし
  給はむもいとかたしけなう契ことにおほ
  え給へはみたてまつらさらむ心まとひは
  しつめかたけれとこの身はなかくよを
  すてし心はへり君たちはよをてらし給
  ふへきひかりしるけれはしはしかゝる山か
  つの心をみたり給ふはかりの御契こそは
  ありけめ天にむまるゝ人のあやしき
  みつのみちにかへるらむ一時に思なすら
  へてけふなかくわかれたてまつりぬいのち」10ウ

  つきぬときこしめすとも後のことお
  ほしいとなむなさらぬわかれに御心うこ
  かし給ふなと△いひはなつものからけふ
  りともならむゆふへまてわか君の御こ
  とをなむ六時のつとめにも猶心きた
  なくうちませはへりぬへきとてこれに
  そうちひそみぬる御車はあまたつ
  つけむもところせくかたへつゝわけむも
  わつらはしとて御ともの人/\もあなか
  ちにかくろへしのふれはふねにてしの」11オ

  ひやかにとさためたりたつのときにふ
  なてし給ふむかし人もあはれといひける
  うらのあさきりへたゝりゆくまゝにいと
  ものかなしくて入道は心すみはつまし
  くあくかれなかめゐたりこゝらとし
  をへていまさらにかへるもなをおもひつき
  せすあま君はなき給
    かのきしに心よりにしあま舟のそむ
  きしかたにこきかへる哉御かた
    いくかへりゆきかふ秋をすくしつゝ」11ウ

  うき木のりてわれかへるらんおもふかたの風
  にてかきりけるひたかへすいり給ぬ人に
  みとかめられしの心もあれはみちの程
  もかろらかにしなしたりいへのさまもお
  もしろうてとしころへつるうみつらに
  おほえたれはところかへたる心ちもせす
  むかしのこと思ひいてられてあはれなる
  ことおほかりつくりそへたるらうなとゆへ
  あるさまにみつのなかれもおかしうしな
  したりまたこまやかなるにはあらねとも」12オ

  すみつかはさてもありぬへししたしきけ
  いしにおほせ給て御まうけのことせさせ
  給けりわたり給はむことはとかうおほ
  したはかるほとにひころへぬなか/\もの
  思ひつゝけられてすてしいへゐも恋し
  うつれ/\なれはかの御かたみのきむをか
  きならすおりのいみしうしのひかたけれ
  は人はなれたるかたにうちとけてすこし
  ひくに松風はしたなくひゝきあひたり
  あま君ものかなしけにてよりふし給へるに」12ウ

  おきあかりて
    身をかへてひとりかくれる山さとに
  きゝしににたる松風そふく御かた
    ふるさとに見しよのともをこひわひて
  さえつることをたれかわくらんかやうにも
  のはかなくてあかしくらすにおとゝ中/\
  しつ心なくおほさるれは人めをもえはゝ
  かりあへ給はてわたり給を女君にはかく
  なむとたしかにしらせたてまつり給は
  さりけるをれゐのきゝもやあはせ給」13オ

  ふとてせうそこきこえ給ふかつらに
  みるへきことはへるをいさや心にもあらて
  ほとへにけりとふらはむといひし人さへ
  かのわたりちかくきゐてまつなれは心
  くるしくてなむさかのゝみたうにもか
  さりなき仏の御とふらひすへけれは二三
  日は侍なんときこえ給かつらの院とい
  ふところにはかに△つくらせ給ふときく
  はそこにすへ給へるにやとおほすに心つ
  きなけれはおのゝえさへあらため給はむ」13ウ

  ほとやまちとをにと心ゆかぬ御けしき
  なりれいのくらへくるしき御心いにしへ
  のありさまなこりなしと世人もいふなる
  ものをなにやかやと御心とり給程にひ
  たけぬしのひやかにこせむうときは
  ませて御心つかひしてわたり給ひぬた
  そかれときにおはしつきたりかりの
  御そにやつれ給へりしたに世にしらぬ心
  ちせしをましてさる御心してひきつ
  くろひ給へる御なをしすかたよになく」14オ

  なまめかしうまはゆき心ちすれは思ひ
  むせへる心のやみもはるゝやうなりめ
  つらしうあはれにてわか君をみたまふ
  もいかゝあさくおほされんいまゝてへた
  てけるとし月たにあさましくくや
  しきまておもほす大とのはらの君を
  うつくしけなりとよ人もてさはくは猶
  ときよによれは人の見なすなりけり
  かくこそはすくれたる人の山くちはしるかり
  けれとうちゑみたるかほのなに心なきか」14ウ

  あいきやうつきにほひたるをいみしうら
  うたしとおほすめのとのくたりし程は
  をとろへたりしかたちねひまさりてつき
  ころの御ものかたりなとなれきこゆるを
  あはれにさるしほ屋のかたはらにすくし
  つらむことをおほしのたまふこゝにもいと
  さとはなれてわたらむこともかたきを猶
  かのほいあるところにうつろひ給へとの
  たまへといとうゐ/\しきほとすくして
  ときこゆるもことはりなりよひと夜よろ」15オ

  つに契かたらひあかし給ふつくろふへき
  ところ/\のあつかりいまくはへたるけい
  しなとにおほせらるかつらの院にわたり
  給ふへしとありけれはちかきみさう
  の人/\まいりあつまりたりけるも
  みなたつねまいりたりせむさいともの
  おれふしたるなとつくろはせ給ふこゝ
  かしこのたていしともゝみなまろひうせ
  たるをなさけありてしなさはおかしかり
  ぬへきところかなかゝるところをわさとつく」15ウ

  ろふもあいなきわさなりさてもすくし
  はてねはたつときものうく心とまるく
  るしかりきなときしかたのことものた
  まひいてゝなきみわらひみうちとけ
  のたまへるいとめてたしあま君のそ
  きて見たてまつるにおいもわすれもの思
  ひもはるゝ心ちしてうちゑみぬひんかしの
  わたとのゝしたよりいつるみつの心はへ
  つくろはせ給とていとなまめかしきうち
  きすかたうちとけ給へるをいとめて」16オ

  たううれしと見たてまつるにあかの
  くなとのあるをみたまふにおほしい
  てゝあま君はこなたにかいとしとけなき
  すかたなりけりやとて御なをしめしい
  てゝたてまつるき丁のもとにより給
  てつみかろくおほしたてたまへる人のゆ
  へは御おこなひのほとあはれにこそおもひ
  なしきこゆれいといたく思すまし給へ
  りし御すみかをすてゝうきよにかへり
  給へる心さしあさからすまたかしこにはいか」16ウ

  にとまりて思をこせ給ふらむとさま/\
  になむといとなつかしうの給すてはへ
  りし世をいまさらにたちかへり思ひ
  たまへみたるゝををしはからせ給ひけ
  れはいのちなかさのしるしも思ひ給
  へしられぬるとうちなきてあらいそかけ
  に心くるしうおもひきこえさせはへり
  しふたはのまつもいまはたのもしき
  御をひさきといはゐきこえさするを
  あさきねさしゆへやいかゝとかた/\心」17オ

  つくされはへるなときこゆるけはひ
  よしなからねはむかしものかたりにみこ
  のすみ給けるありさまなとかたらせ給
  ふにつくろはれたるみつのをとなひかこ
  とかましうきこゆ
    すみなれし人はかへりてたとれとも
  しみつはやとのあるしかほなるわさとは
  なくていひけつさまみやひかによしと
  きゝ給ふ
    いさらゐははやくのこともわすれしを」17ウ

  もとのあるしやおもかはりせるあはれとう
  ちなかめてたち給ふすかたにほひ世に
  しらすとのみおもひきこゆみてらにわた
  り給ふて月ことの十四五日つこもりの
  日おこなはるへきふけむかうあみたさ
  かの△仏の三昧をはさるものにて又/\く
  はへをこなはせ給ふへきさためをかせ給
  ふたうのかさり仏の御具なとめくらし
  おほせらる月のあかきにかへり給ふあり
  しよのことおほしいてらるゝおりすくさす」18オ

  かのきむの御ことさしいてたりそこはかと
  なくものあはれなるにえしのひ給はて
  かきならし給ふまたしらへもかはらすひき
  かへしそのおりいまの心ちし給ふ
    ちきりしにかはらぬことのしらへにて
  たえぬ心のほとはしりきや女
    かはらしと契しことをたのみにて
  まつのひゝきにねをそへしかなときこ
  えかはしたるもにけなからぬこそは身
  にあまりたるありさまなめれこよなうね」18ウ

  ひまさりにけるかたちけはひえおもほ
  しすつましうわか君はたつきもせす
  まほられ給ふいかにせましかくろへたる
  さまにておいゝてむか心くるしうくちを
  しきを二条の院にわたして心のゆくか
  きりもてなさは後のおほえもつみ
  まぬかれなむかしとおもほせとまた
  思はむ事いとをしくてえうちいて
  給はてなみたくみて見たまふおさな
  き心ちにすこしはちらひたりしかやう」19オ

  やううちとけてものいひわらひなとし
  てむつれたまふをみるまゝににほひま
  さりてうつくしいたきておはするさま
  みるかひありてすくせこよなしとみえ
  たりまたの日は京へかへらせ給ふへけれはす
  こしおほとのこもりすくしてやかてこれ
  よりいて給ふへきをかつらの院に人/\
  おほくまいりつとひてこゝにも殿上人
  あまたまいりたり御さうすくなとしたま
  いていとはしたなきわさかなかくみあらは」19ウ

  さるへきくまにもあらぬをとてさはかし
  きにひかれていて給ふ心くるしけれはさり
  けなくまきらはしてたちとまり給へる
  とくちにめのとわか君いたきてさしい
  てたりあはれなる御けしきにかきな
  てたまてみてはいとくるしかりぬへき
  こそいとうちつけなれいかゝすへきいとさ
  とゝほしやとのたまへははるかに思た
  まへたえたりつるとしころよりもい
  まからの御もてなしのおほつかなう侍」20オ

  らむは心つくしになときこゆわか君てを
  さしいてゝたち給へるをしたひ給へはつ
  いゐたまてあやしうものおもひたえぬ
  身にこそありけれしはしにてもくるし
  やいつらなともろともにいてゝはおしみた
  まはぬさらはこそ人心ちもせめとのた
  まへはうちわらひて女君にかくなむとき
  こゆ中/\もの思ひみたれてふしたれは
  とみにしもうこかれすあまり上すめかし
  とおほしたり人/\もかたはらいたかれは」20ウ

  しふ/\にゐさりいてゝき丁にはたかくれ
  たるかたはらめいみしうなまめいてよし
  ありたをやきたるけはひみこたち
  といはむにもたりぬへしかたひらひき
  やりてこまやかにかたらひ給ふとてと
  はかりかへりみ給へるにさこそしつめつれ
  みをくりきこゆいはむかたなきさかり
  の御かたちなりいたうそひやき給へり
  しかすこしなりあふほとになり給ひに
  ける御すかたなとかくてこそもの/\し」21オ

  かりけれと御さしぬきのすそまてなま
  めかしうあいきやうのこほれいつるそあ
  なかちなるみなしなるへきかのとけ
  たりしくら人もかへりなりにけりゆけ
  ひのせうにてことしかうふりえてけり
  むかしにあらため心ちよけにて御はかし
  とりによりきたり人かけをみつけてき
  しかたのものわすれしはへらねとかし
  こけれはこそうら風おほえ侍つるあか
  月のねさめにもおとろかしきこえさす」21ウ

  へきよすかたになくてとけしきは
  むをやへたつ山はさらにしまかくれにもおと
  らさりけるをまつもむかしのとたと
  られつるにわすれぬ人もものし給ひ
  けるにたのもしなといふこよなしやわ
  れも思ひなきにしもあらさりしをなと
  あさましうおほゆれといまことさらに
  とうちけさやきてまいりぬいとよそ
  ほしくさしあゆみ給ふほとかしかまし
  うをひはらひて御車のしりに頭中将」22オ

  兵衛督のせたまふいとかる/\しきか
  くれかみあらはされぬるこそねたうと
  いたうからかり給よへの月にくちをしう
  御ともにをくれ侍にけるとおもひ給へら
  れしかはけさきりをわけてまいり侍
  つる山のにしきはまたしう侍りけりのへ
  の色こそさかりにはへりけれなにかしのあ
  そむのこたかにかゝつらひてたちをくれ
  侍ぬるいかゝなりぬらむなといふけふは
  猶かつらとのにとてそなたさまにおはし」22ウ

  ましぬにはかなる御あるししさはきて
  うかひともめしたるにあまのさへつりお
  ほしいてらるのにとまりぬるきむたち
  ことりしるしはかりひきつけさせたるお
  きのえたなとつとにしてまいれりお
  ほみきあまたゝひすむなかれてかは
  のわたりあやうけなれはゑひにまきれ
  ておはしましくらしつをの/\絶句なと
  つくりわたして月はなやかにさしいつる
  ほとにおほみあそひはしまりていといま」23オ

  めかしひきものひはわこむはかりふえと
  も上すのかきりしておりにあひたるて
  うしふきたつるほとかは風吹あはせて
  おもしろきに月たかくさしあかりよろ
  つの事すめるよのやゝふくるほとに
  殿上人四五人はかりつれてまいれりう
  へにさふらひけるを御あそひありけるつい
  てにけふは六日の御ものいみあくひにてか
  かならすまいり給へきをいかなれはとお
  ほせられけれはこゝにかうとまらせ給にける」23ウ

  よしきこしめして御せうそこあるなり
  けり御つかひはくら人の弁なりけり
    月のすむかはのをちなる里なれは
  かつらのかけはのとけかるらむうらや
  ましうとありかしこまりきこえさせ
  給ふうへの御あそひよりもなをところか
  らのすこさそへたるものゝねをめてゝ
  またゑひくはゝりぬこゝにはまうけの
  ものもさふらはさりけれはおほゐにわ
  さとならぬまうけのものやといひつか」24オ

  はしたりとりあへたるにしたかひてまいら
  せたりきぬひつふたかけにてあるを御つ
  かひの弁はとくかへりまいれは女のさうす
  くかつけたまふ
    ひさかたのひかりにちかき名のみして
  あさゆふきりもはれぬ山里行幸まち
  きこえ給ふ心はへなるへし中におひ
  たるとうちすんし給ふついてにかのあわ
  ちしまをおほしいてゝみつねかところから
  かとおほめきけむことなとの給ひいてたる」24ウ

  にものあはれなるゑいなきともあるへし
    めくりきててにとるはかりさやけきや
  あはちのしまのあはとみし月頭中将
    うき雲にしはしまかひし月かけの
  すみはつるよそのとけかるへき左大弁
  すこしおとなひてこ院の御ときにもむ
  つましうつかうまつりなれし人なりけり
    雲のうへのすみかをすてゝよはの月
  いつれのたにゝかけかくしけむ心/\にあま
  たあめれとうるさくてなむけちかううち」25オ

  しつまりたる御物かたりすこしうちみた
  れてちとせもみきかまほしき御あり
  さまなれはをのゝえもくちぬへけれとけ
  ふさへはとていそきかへり給ふものともしな
  しなにかつけてきりのたえまにたち
  ましりたるもせむさいのはなにみえま
  かひたるいろあひなとことにめてたし近
  衛つかさのなたかきとねりものゝふしと
  もなとさふらふにさう/\しけれはその
  こまなとみたれあそひてぬきかけ給ふ色」25ウ

  色秋のにしきを風のふきおほふかと
  みゆのゝしりてかへらせたまふひゝきおほ
  ゐにはものへたてゝきゝてなこりさひし
  うなかめ給ふ御せうそこをたにせてと
  おとゝも御心にかゝれりとのにおはしてと
  はかりうちやすみ給ふ山さとの御物かた
  りなときこえ給ふいとまきこえし
  ほとすきつれはいとくるしうこそこの
  すきものとものたつねきていといたうし
  ひとゝめしにひかされてけさはいとなやまし」26オ

  とておほとのこもれりれいの心とけす
  みえ給へとみしらぬやうにてなすらひ
  ならぬ程をおほしくらふるもわるき
  わさなめりわれはわれと思なし給へとを
  しへきこえ給ふくれかゝるほとに内へまい
  り給ふにひきそはめていそきかき給ふ
  はかしこへなめりそはめこまやかにみゆ
  うちさゝめきてつかはすをこたちなとに
  くみきこゆそのよはうちにもさふらひ給
  ふへけれととけさりつる御けしきとりに」26ウ

  夜ふけぬれとまかて給ひぬありつる
  御かへりもてまいれりえひきかくし給は
  て御らんすことににくかるへきふしも
  みえねはこれやりかくし給へむつかしや
  かゝるものゝちらむもいまはつきなきほと
  になりにけりとて御けうそくによりゐ
  給ひて御心のうちにはいとあはれに恋しう
  おほしやらるれはひをうちなかめてことに
  ものたまはすふみはひろこりなからあれ
  と女君見たまはぬやうなるをせめてみ」27オ

  かくし給ふ御ましりこそわつらはしけれ
  とてうちゑみ給へる御あいきやうところせ
  きまてこほれぬへしさしより給ひて
  まことはらうたけなるものをみしかは
  ちきりあさくもみえぬをさりとてもの
  めかさむほともはゝかりおほかるに思ひな
  むわつらひぬるおなし心におもひめくらして
  御心に思さため給へいかゝすへきこゝにて
  はくゝみたまてんやひるのこかよはひにも
  なりにけるをつみなきさまなるも思ひ」27ウ

  すてかたうこそいはけなけなるしも
  つかたもまきらはさむなとおもふをめさま
  しとおほさすはひきゆひたまへかしと
  きえ給ふおもはすにのみとりなし給ふ
  御心のへたてをせめてみしらすうらなく
  やはとてこそいはけなからん御心にはいと
  ようかなひぬへくなんいかにうつくしき
  ほとにとてすこしうちゑみ給ひぬち
  こをわりなうらうたきものにしたまふ
  御心なれはえていたきかしつかはやと」28オ

  おほすいかにせましむかへやせましとお
  ほしみたるわたり給こといとかたしさかのゝ
  みたうの念仏なとまちいてゝ月に
  ふたゝひはかりの御ちきりなめりとしの
  わたりにはたちまさりぬへかめるをゝよひ
  なきことゝおもへとも猶いかゝものおもはし
  からぬ」28ウ

【奥入01】史記項羽本記
  富貴不帰故郷如衣錦夜行(戻)
【奥入02】夜光玉卞和玉也
  斉威王二十四年与魏王会田於郊魏王問
  曰王亦有宝乎威王曰無有梁王曰若寡
  人国小尚有径寸之珠照車前後各十二
  乗者十枚奈何以万乗之国而無宝乎威
  王曰寡人之所以為宝与王異吾臣有檀
  子者使南城則楚人不敢為冦東方
  元泗上十二諸侯皆来朝吾臣有盻子」29オ

  者使守高唐則趙人不敢漁於河吾吏
  有黔夫者使守徐州則燕人祭北門
  趙人祭西門徒而従者七千余家臣有種
  首者使備盗賊則道不拾遺将以照千
  里豈特十二乗哉梁恵王慙不懌而去(戻)」29ウ

inserted by FC2 system