《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「松かせ」(題箋)
ひむかしの院つくりたてゝ花ちる里
ときこえしうつろはし給ふにしのた
ゐわた殿なとかけてまところけいし
なとあるへきさまにしをかせ給ふひむ
かしのたいはあかしの御かたとおほしを
きてたりきたのたいはことにひろくつ
くらせ給てかりにてもあはれとおほし
てゆくすゑかけて契たのめ給し人
人つとひすむへきさまにへたて/\しつら
はせ給へるしもなつかしう見ところあり」1オ
てこまかなるしむてんはふたけたま
はす時/\わたり給ふ御すみ所にしてさる
かたなる御しつらひともしをかせ給へり
あかしには御せうそこたえすいまは猶の
ほり給ぬへきことをはのたまへと女は
猶わか身のほとを思ひしるにこよな
くやむことなききはの人/\たに中/\
さてかけはなれぬ御ありさまのつれな
きを見つゝものおもひまさりぬへく
きくをましてなにはかりのおほえなり」1ウ
とてかさしいてましらはむこのわか君
の御もてふせにかすならぬ身のほと
こそあらはれめたまさかにはひわたり
給ふついてをまつ事にて人わらへに
はしたなきこといかにあらむと思ひみた
れてもまたさりとてかゝる所におひ
いてかすまへられ給はさらむもいとあ
はれなれはひたすらにもえうらみそむ
かすおやたちもけにことはりと思ひな
けくに中/\心もつきはてぬむかしはゝ」2オ
きみの御をほちなかつかさの宮とき
こえけるからうし給けるところおほ
ゐかはのわたりにありけるをその御の
ちはか/\しうあひつく人もなくて
としころあれまとふを思いてゝかのとき
よりつたはりてやともりのやうにてある
人をよひとりてかたらふ世中をいまは
と思はてゝかゝるすまひにしつみそ
めしかともすゑのよに思かけぬこと
いてきてなんさらにみやこのすみか」2ウ
もとむるをにはかにまはゆき人中い
とはしたなくゐ中ひにける心ちもし
つかなるましきをふるきところたつ
ねてとなむ思よるさるへきものはあ
けはたさむすりなとしてかたのこと
人すみぬへくはつくろひなされな
むやといふあつかりこのとしころらう
する人もものし給はすあやしきや
うになりてはへれはしもやにそつく
ろひてやとりはへるをこの春のころ」3オ
より内の大殿のつくらせ給ふ御たうちか
くてかのわたりなむいとけさかしうな
りにてはへるいかめしき御たうともたて
ておほくの人なむつくりいとなみは
へるめるしつかなる御ほいならはそれやた
かひはへらむなにかそれもかのとのゝ御かけ
にかたかけてと思ふことありてをのつから
をい/\にうちのことゝもはしてむまつ
いそきておほかたの事ともをものせよ
といふ身つかららうするところにはへら」3ウ
ねとまたしりつたへたまふ人もなけ
れはかこかなるならひにてとしころかく
ろへ侍りつるなりみさうの田はたけ
なといふことのいたつらにあれはへりしか
は故民部大輔の君に申給はりてさる
へきものなとたてまつりてなんらうし
つくり侍なんとそのあたりのたくはへ
の事ともをあやふけに思てひけか
ちにつなしにくきかほをはななとうち
あかめつゝはちふきいへはさらにそのた」4オ
なとやうの事はこゝにしるましたゝ
年ころのやうに思ひてものせよ券なと
はこゝになむあれとすへて世中をすて
たる身にてとしころともかくもたつ
ねしらぬをその事もいまくはしくし
たゝめむなといふにも大とのゝけはひを
かくれはわつらはしくてそのゝちもの
なとおほくうけとりてなんいそきつくり
けるかやうに思ひよるらんともしり給
はてのほらむことをものうかるも心えす」4ウ
おほしわか君のさてつく/\とものし
たまふを後のよに人のいひつたへんい
まひときは人わろきゝすにやとおも
ほすにつくりいてゝそしか/\のところを
なむおもひいてたるときこえさせける人
にましらはむ事をくるしけにのみも
のするはかく思ふなりけりと心え給ふく
ちをしからぬ心のよういかなとおほしな
りぬこれみつのあそむれいのしのふるみ
ちはいつとなくいろひつかうまつる人」5オ
なれはつかはしてさるへきさまにこゝか
しこのようゐなとせさせ給へけりあた
りおかしうてうみつらにかよひたる
ところのさまになむはへりけるときこ
ゆれはさやうのすまゐによしなからす
はありぬへしとおほすつくらせ給ふ御
たうは大かく寺のみなみにあたりて
たきとのゝ心はへなとおとらすおもし
ろき寺也これはかはつらにえもいはぬ
まつかけになにのいたはりもなくたて」5ウ
たるしんてむのことそきたるさまもをの
つから山さとのあはれをみせたりうち
のしつらひなとまておほしよるした
しき人/\いみしうしのひてくたし
つかはすのかれかたくていまはと思ふに
としへつるうらをはなれなむことあは
れに入道の心ほそくてひとりとまらん
ことを思ひみたれてよろつにかなしす
へてなとかく心つくしになりはしめけ
む身にかと露のかゝらぬたくひうらや」6オ
ましくおほゆおやたちもかゝる御む
かへにてのほるさいわいはとしころねて
もさめてもねかひわたりし心さしの
かなふといとうれしけれとあひみて
すくさむいふせさのたへかたうかなし
けれはよるひる思ほれておなしことを
のみさらはわか君をはみたてまつらては侍
へきかといふよりほかの事なしはゝ君
もいみしうあはれなりとしころたにおな
しいほりにもすますかけはなれつれは」6ウ
ましてたれによりてかはかけとゝまらむ
たゝあたにうちみる人のあさはかなる
かたらひたにみなれそなれてわかるゝほ
とはたゝならさめるをましてもてひか
めたるかしらつき心おきてこそたの
もしけなれとまたさるかたにこれこそ
はよをかきるへきすみかなれとありは
てぬいのちをかきりに思て契すくしき
つるをにはかにゆきはなれなむも心
ほそしわかき人/\のいふせう思ひし」7オ
つみつるはうれしきものからみすてかた
きはまのさまをまたはえしもかへら
しかしとよするなみにそへてそてぬ
れかちなり秋のころほひなれはもの
のあはれとりかさねたる心ちしてその
ひとあるあか月に秋風すゝしくてむし
のねもとりあへぬにうみのかたをみいたし
てゐたるに入道れいのこやよりふかうお
きてはなすゝりうちしてをこなひいま
したりいみしう事いみすれとたれも/\」7ウ
いとしのひかたしわか君はいとも/\うつ
くしけによるひかりけむたまの心ちし
て袖よりほかにはなちきこえさりつ
るをみなれてまつはし給へる心さまな
とゆゝしきまてかく人にたかへる身を
いま/\しく思なからかたときみたてまつ
らてはいかてかすくさむとすらむとつ
つみあへす
ゆくさきをはるかにいのるわかれちに
たえぬはおいの涙なりけりいともゆゝ」8オ
しやとてをしのこひかくすあま君
もろともにみやこはいてきこのたひや
ひとり野中のみちにまとはんとてなき
たまふさまいとことはりなりこゝら契かは
してつもりぬるとし月のほとを思へは
かうゝきたることをたのみてすてしよ
にかへるも思へははかなしや御かた
いきてまたあひみむことをいつとてか
かきりもしらぬよをはたのまむをくりに
たにとせちにの給へとかた/\につけて」8ウ
えさるましきよしをいひつゝさすかに
みちのほともいとうしろめたなきけし
きなり世中をすてはしめしにかゝる人
のくににおもひくたりはへりしことゝも
たゝ君の御ためと思ふやうにあけくれ
の御かしつきも心にかなふやうもやと
思ひたまへたちしかと身のつたなかり
けるきはの思しらるゝことおほかりし
かはさらにみやこにかへりてふるすらうの
しつめるたくひにてまつしきいへのよも」9オ
きむくらもとのありさまあらたむるこ
きをかくし
ともなきものからおほやけわたくしに
おこかましきなをひろめておやの御
なきかけをはつかしめむ事のいみし
さになむやかてよをすてつるかと
てなりけりと人にもしられにしをそ
のかたにつけてはよう思ひはなちて
けりとおもひ侍るに君のやう/\おと
なひ給ひものおもほししるへきにそへ
てはなとかうくちをしきせかいにてにし」9ウ
まなくなけきわたりはへりしまゝに仏
神をたのみきこえてさりともかう
つたなき身にひかれて山かつのいほり
にはましりたまはしと思ふ心ひとつを
たのみ侍しにおもひよりかたくてうれし
き事ともをみたてまつりそめてもな
かなか身のほとをとさまかうさまに
かなしうなけきはへりつれとわか君の
かういておはしましたる御すくせのたの」10オ
もしさにかゝるなきさに月日をすくし
給はむもいとかたしけなう契ことにおほ
え給へはみたてまつらさらむ心まとひは
しつめかたけれとこの身はなかくよを
すてし心はへり君たちはよをてらし給
ふへきひかりしるけれはしはしかゝる山か
つの心をみたり給ふはかりの御契こそは
ありけめ天にむまるゝ人のあやしき
みつのみちにかへるらむ一時に思なすら
へてけふなかくわかれたてまつりぬいのち」10ウ
つきぬときこしめすとも後のことお
ほしいとなむなさらぬわかれに御心うこ
かし給ふなと△いひはなつものからけふ
りともならむゆふへまてわか君の御こ
とをなむ六時のつとめにも猶心きた
なくうちませはへりぬへきとてこれに
そうちひそみぬる御車はあまたつ
つけむもところせくかたへつゝわけむも
わつらはしとて御ともの人/\もあなか
ちにかくろへしのふれはふねにてしの」11オ
ひやかにとさためたりたつのときにふ
なてし給ふむかし人もあはれといひける
うらのあさきりへたゝりゆくまゝにいと
ものかなしくて入道は心すみはつまし
くあくかれなかめゐたりこゝらとし
をへていまさらにかへるもなをおもひつき
せすあま君はなき給
かのきしに心よりにしあま舟のそむ
きしかたにこきかへる哉御かた
いくかへりゆきかふ秋をすくしつゝ」11ウ
うき木のりてわれかへるらんおもふかたの風
にてかきりけるひたかへすいり給ぬ人に
みとかめられしの心もあれはみちの程
もかろらかにしなしたりいへのさまもお
もしろうてとしころへつるうみつらに
おほえたれはところかへたる心ちもせす
むかしのこと思ひいてられてあはれなる
ことおほかりつくりそへたるらうなとゆへ
あるさまにみつのなかれもおかしうしな
したりまたこまやかなるにはあらねとも」12オ
すみつかはさてもありぬへししたしきけ
いしにおほせ給て御まうけのことせさせ
給けりわたり給はむことはとかうおほ
したはかるほとにひころへぬなか/\もの
思ひつゝけられてすてしいへゐも恋し
うつれ/\なれはかの御かたみのきむをか
きならすおりのいみしうしのひかたけれ
は人はなれたるかたにうちとけてすこし
ひくに松風はしたなくひゝきあひたり
あま君ものかなしけにてよりふし給へるに」12ウ
おきあかりて
身をかへてひとりかくれる山さとに
きゝしににたる松風そふく御かた
ふるさとに見しよのともをこひわひて
さえつることをたれかわくらんかやうにも
のはかなくてあかしくらすにおとゝ中/\
しつ心なくおほさるれは人めをもえはゝ
かりあへ給はてわたり給を女君にはかく
なむとたしかにしらせたてまつり給は
さりけるをれゐのきゝもやあはせ給」13オ
ふとてせうそこきこえ給ふかつらに
みるへきことはへるをいさや心にもあらて
ほとへにけりとふらはむといひし人さへ
かのわたりちかくきゐてまつなれは心
くるしくてなむさかのゝみたうにもか
さりなき仏の御とふらひすへけれは二三
日は侍なんときこえ給かつらの院とい
ふところにはかに△つくらせ給ふときく
はそこにすへ給へるにやとおほすに心つ
きなけれはおのゝえさへあらため給はむ」13ウ
ほとやまちとをにと心ゆかぬ御けしき
なりれいのくらへくるしき御心いにしへ
のありさまなこりなしと世人もいふなる
ものをなにやかやと御心とり給程にひ
たけぬしのひやかにこせむうときは
ませて御心つかひしてわたり給ひぬた
そかれときにおはしつきたりかりの
御そにやつれ給へりしたに世にしらぬ心
ちせしをましてさる御心してひきつ
くろひ給へる御なをしすかたよになく」14オ
なまめかしうまはゆき心ちすれは思ひ
むせへる心のやみもはるゝやうなりめ
つらしうあはれにてわか君をみたまふ
もいかゝあさくおほされんいまゝてへた
てけるとし月たにあさましくくや
しきまておもほす大とのはらの君を
うつくしけなりとよ人もてさはくは猶
ときよによれは人の見なすなりけり
かくこそはすくれたる人の山くちはしるかり
けれとうちゑみたるかほのなに心なきか」14ウ
あいきやうつきにほひたるをいみしうら
うたしとおほすめのとのくたりし程は
をとろへたりしかたちねひまさりてつき
ころの御ものかたりなとなれきこゆるを
あはれにさるしほ屋のかたはらにすくし
つらむことをおほしのたまふこゝにもいと
さとはなれてわたらむこともかたきを猶
かのほいあるところにうつろひ給へとの
たまへといとうゐ/\しきほとすくして
ときこゆるもことはりなりよひと夜よろ」15オ
つに契かたらひあかし給ふつくろふへき
ところ/\のあつかりいまくはへたるけい
しなとにおほせらるかつらの院にわたり
給ふへしとありけれはちかきみさう
の人/\まいりあつまりたりけるも
みなたつねまいりたりせむさいともの
おれふしたるなとつくろはせ給ふこゝ
かしこのたていしともゝみなまろひうせ
たるをなさけありてしなさはおかしかり
ぬへきところかなかゝるところをわさとつく」15ウ
ろふもあいなきわさなりさてもすくし
はてねはたつときものうく心とまるく
るしかりきなときしかたのことものた
まひいてゝなきみわらひみうちとけ
のたまへるいとめてたしあま君のそ
きて見たてまつるにおいもわすれもの思
ひもはるゝ心ちしてうちゑみぬひんかしの
わたとのゝしたよりいつるみつの心はへ
つくろはせ給とていとなまめかしきうち
きすかたうちとけ給へるをいとめて」16オ
たううれしと見たてまつるにあかの
くなとのあるをみたまふにおほしい
てゝあま君はこなたにかいとしとけなき
すかたなりけりやとて御なをしめしい
てゝたてまつるき丁のもとにより給
てつみかろくおほしたてたまへる人のゆ
へは御おこなひのほとあはれにこそおもひ
なしきこゆれいといたく思すまし給へ
りし御すみかをすてゝうきよにかへり
給へる心さしあさからすまたかしこにはいか」16ウ
にとまりて思をこせ給ふらむとさま/\
になむといとなつかしうの給すてはへ
りし世をいまさらにたちかへり思ひ
たまへみたるゝををしはからせ給ひけ
れはいのちなかさのしるしも思ひ給
へしられぬるとうちなきてあらいそかけ
に心くるしうおもひきこえさせはへり
しふたはのまつもいまはたのもしき
御をひさきといはゐきこえさするを
あさきねさしゆへやいかゝとかた/\心」17オ
つくされはへるなときこゆるけはひ
よしなからねはむかしものかたりにみこ
のすみ給けるありさまなとかたらせ給
ふにつくろはれたるみつのをとなひかこ
とかましうきこゆ
すみなれし人はかへりてたとれとも
しみつはやとのあるしかほなるわさとは
なくていひけつさまみやひかによしと
きゝ給ふ
いさらゐははやくのこともわすれしを」17ウ
もとのあるしやおもかはりせるあはれとう
ちなかめてたち給ふすかたにほひ世に
しらすとのみおもひきこゆみてらにわた
り給ふて月ことの十四五日つこもりの
日おこなはるへきふけむかうあみたさ
かの△仏の三昧をはさるものにて又/\く
はへをこなはせ給ふへきさためをかせ給
ふたうのかさり仏の御具なとめくらし
おほせらる月のあかきにかへり給ふあり
しよのことおほしいてらるゝおりすくさす」18オ
かのきむの御ことさしいてたりそこはかと
なくものあはれなるにえしのひ給はて
かきならし給ふまたしらへもかはらすひき
かへしそのおりいまの心ちし給ふ
ちきりしにかはらぬことのしらへにて
たえぬ心のほとはしりきや女
かはらしと契しことをたのみにて
まつのひゝきにねをそへしかなときこ
えかはしたるもにけなからぬこそは身
にあまりたるありさまなめれこよなうね」18ウ
ひまさりにけるかたちけはひえおもほ
しすつましうわか君はたつきもせす
まほられ給ふいかにせましかくろへたる
さまにておいゝてむか心くるしうくちを
しきを二条の院にわたして心のゆくか
きりもてなさは後のおほえもつみ
まぬかれなむかしとおもほせとまた
思はむ事いとをしくてえうちいて
給はてなみたくみて見たまふおさな
き心ちにすこしはちらひたりしかやう」19オ
やううちとけてものいひわらひなとし
てむつれたまふをみるまゝににほひま
さりてうつくしいたきておはするさま
みるかひありてすくせこよなしとみえ
たりまたの日は京へかへらせ給ふへけれはす
こしおほとのこもりすくしてやかてこれ
よりいて給ふへきをかつらの院に人/\
おほくまいりつとひてこゝにも殿上人
あまたまいりたり御さうすくなとしたま
いていとはしたなきわさかなかくみあらは」19ウ
さるへきくまにもあらぬをとてさはかし
きにひかれていて給ふ心くるしけれはさり
けなくまきらはしてたちとまり給へる
とくちにめのとわか君いたきてさしい
てたりあはれなる御けしきにかきな
てたまてみてはいとくるしかりぬへき
こそいとうちつけなれいかゝすへきいとさ
とゝほしやとのたまへははるかに思た
まへたえたりつるとしころよりもい
まからの御もてなしのおほつかなう侍」20オ
らむは心つくしになときこゆわか君てを
さしいてゝたち給へるをしたひ給へはつ
いゐたまてあやしうものおもひたえぬ
身にこそありけれしはしにてもくるし
やいつらなともろともにいてゝはおしみた
まはぬさらはこそ人心ちもせめとのた
まへはうちわらひて女君にかくなむとき
こゆ中/\もの思ひみたれてふしたれは
とみにしもうこかれすあまり上すめかし
とおほしたり人/\もかたはらいたかれは」20ウ
しふ/\にゐさりいてゝき丁にはたかくれ
たるかたはらめいみしうなまめいてよし
ありたをやきたるけはひみこたち
といはむにもたりぬへしかたひらひき
やりてこまやかにかたらひ給ふとてと
はかりかへりみ給へるにさこそしつめつれ
みをくりきこゆいはむかたなきさかり
の御かたちなりいたうそひやき給へり
しかすこしなりあふほとになり給ひに
ける御すかたなとかくてこそもの/\し」21オ
かりけれと御さしぬきのすそまてなま
めかしうあいきやうのこほれいつるそあ
なかちなるみなしなるへきかのとけ
たりしくら人もかへりなりにけりゆけ
ひのせうにてことしかうふりえてけり
むかしにあらため心ちよけにて御はかし
とりによりきたり人かけをみつけてき
しかたのものわすれしはへらねとかし
こけれはこそうら風おほえ侍つるあか
月のねさめにもおとろかしきこえさす」21ウ
へきよすかたになくてとけしきは
むをやへたつ山はさらにしまかくれにもおと
らさりけるをまつもむかしのとたと
られつるにわすれぬ人もものし給ひ
けるにたのもしなといふこよなしやわ
れも思ひなきにしもあらさりしをなと
あさましうおほゆれといまことさらに
とうちけさやきてまいりぬいとよそ
ほしくさしあゆみ給ふほとかしかまし
うをひはらひて御車のしりに頭中将」22オ
兵衛督のせたまふいとかる/\しきか
くれかみあらはされぬるこそねたうと
いたうからかり給よへの月にくちをしう
御ともにをくれ侍にけるとおもひ給へら
れしかはけさきりをわけてまいり侍
つる山のにしきはまたしう侍りけりのへ
の色こそさかりにはへりけれなにかしのあ
そむのこたかにかゝつらひてたちをくれ
侍ぬるいかゝなりぬらむなといふけふは
猶かつらとのにとてそなたさまにおはし」22ウ
ましぬにはかなる御あるししさはきて
うかひともめしたるにあまのさへつりお
ほしいてらるのにとまりぬるきむたち
ことりしるしはかりひきつけさせたるお
きのえたなとつとにしてまいれりお
ほみきあまたゝひすむなかれてかは
のわたりあやうけなれはゑひにまきれ
ておはしましくらしつをの/\絶句なと
つくりわたして月はなやかにさしいつる
ほとにおほみあそひはしまりていといま」23オ
めかしひきものひはわこむはかりふえと
も上すのかきりしておりにあひたるて
うしふきたつるほとかは風吹あはせて
おもしろきに月たかくさしあかりよろ
つの事すめるよのやゝふくるほとに
殿上人四五人はかりつれてまいれりう
へにさふらひけるを御あそひありけるつい
てにけふは六日の御ものいみあくひにてか
かならすまいり給へきをいかなれはとお
ほせられけれはこゝにかうとまらせ給にける」23ウ
よしきこしめして御せうそこあるなり
けり御つかひはくら人の弁なりけり
月のすむかはのをちなる里なれは
かつらのかけはのとけかるらむうらや
ましうとありかしこまりきこえさせ
給ふうへの御あそひよりもなをところか
らのすこさそへたるものゝねをめてゝ
またゑひくはゝりぬこゝにはまうけの
ものもさふらはさりけれはおほゐにわ
さとならぬまうけのものやといひつか」24オ
はしたりとりあへたるにしたかひてまいら
せたりきぬひつふたかけにてあるを御つ
かひの弁はとくかへりまいれは女のさうす
くかつけたまふ
ひさかたのひかりにちかき名のみして
あさゆふきりもはれぬ山里行幸まち
きこえ給ふ心はへなるへし中におひ
たるとうちすんし給ふついてにかのあわ
ちしまをおほしいてゝみつねかところから
かとおほめきけむことなとの給ひいてたる」24ウ
にものあはれなるゑいなきともあるへし
めくりきててにとるはかりさやけきや
あはちのしまのあはとみし月頭中将
うき雲にしはしまかひし月かけの
すみはつるよそのとけかるへき左大弁
すこしおとなひてこ院の御ときにもむ
つましうつかうまつりなれし人なりけり
雲のうへのすみかをすてゝよはの月
いつれのたにゝかけかくしけむ心/\にあま
たあめれとうるさくてなむけちかううち」25オ
しつまりたる御物かたりすこしうちみた
れてちとせもみきかまほしき御あり
さまなれはをのゝえもくちぬへけれとけ
ふさへはとていそきかへり給ふものともしな
しなにかつけてきりのたえまにたち
ましりたるもせむさいのはなにみえま
かひたるいろあひなとことにめてたし近
衛つかさのなたかきとねりものゝふしと
もなとさふらふにさう/\しけれはその
こまなとみたれあそひてぬきかけ給ふ色」25ウ
色秋のにしきを風のふきおほふかと
みゆのゝしりてかへらせたまふひゝきおほ
ゐにはものへたてゝきゝてなこりさひし
うなかめ給ふ御せうそこをたにせてと
おとゝも御心にかゝれりとのにおはしてと
はかりうちやすみ給ふ山さとの御物かた
りなときこえ給ふいとまきこえし
ほとすきつれはいとくるしうこそこの
すきものとものたつねきていといたうし
ひとゝめしにひかされてけさはいとなやまし」26オ
とておほとのこもれりれいの心とけす
みえ給へとみしらぬやうにてなすらひ
ならぬ程をおほしくらふるもわるき
わさなめりわれはわれと思なし給へとを
しへきこえ給ふくれかゝるほとに内へまい
り給ふにひきそはめていそきかき給ふ
はかしこへなめりそはめこまやかにみゆ
うちさゝめきてつかはすをこたちなとに
くみきこゆそのよはうちにもさふらひ給
ふへけれととけさりつる御けしきとりに」26ウ
夜ふけぬれとまかて給ひぬありつる
御かへりもてまいれりえひきかくし給は
て御らんすことににくかるへきふしも
みえねはこれやりかくし給へむつかしや
かゝるものゝちらむもいまはつきなきほと
になりにけりとて御けうそくによりゐ
給ひて御心のうちにはいとあはれに恋しう
おほしやらるれはひをうちなかめてことに
ものたまはすふみはひろこりなからあれ
と女君見たまはぬやうなるをせめてみ」27オ
かくし給ふ御ましりこそわつらはしけれ
とてうちゑみ給へる御あいきやうところせ
きまてこほれぬへしさしより給ひて
まことはらうたけなるものをみしかは
ちきりあさくもみえぬをさりとてもの
めかさむほともはゝかりおほかるに思ひな
むわつらひぬるおなし心におもひめくらして
御心に思さため給へいかゝすへきこゝにて
はくゝみたまてんやひるのこかよはひにも
なりにけるをつみなきさまなるも思ひ」27ウ
すてかたうこそいはけなけなるしも
つかたもまきらはさむなとおもふをめさま
しとおほさすはひきゆひたまへかしと
きえ給ふおもはすにのみとりなし給ふ
御心のへたてをせめてみしらすうらなく
やはとてこそいはけなからん御心にはいと
ようかなひぬへくなんいかにうつくしき
ほとにとてすこしうちゑみ給ひぬち
こをわりなうらうたきものにしたまふ
御心なれはえていたきかしつかはやと」28オ
おほすいかにせましむかへやせましとお
ほしみたるわたり給こといとかたしさかのゝ
みたうの念仏なとまちいてゝ月に
ふたゝひはかりの御ちきりなめりとしの
わたりにはたちまさりぬへかめるをゝよひ
なきことゝおもへとも猶いかゝものおもはし
からぬ」28ウ
【奥入01】史記項羽本記
富貴不帰故郷如衣錦夜行(戻)
【奥入02】夜光玉卞和玉也
斉威王二十四年与魏王会田於郊魏王問
曰王亦有宝乎威王曰無有梁王曰若寡
人国小尚有径寸之珠照車前後各十二
乗者十枚奈何以万乗之国而無宝乎威
王曰寡人之所以為宝与王異吾臣有檀
子者使南城則楚人不敢為冦東方
元泗上十二諸侯皆来朝吾臣有盻子」29オ
者使守高唐則趙人不敢漁於河吾吏
有黔夫者使守徐州則燕人祭北門
趙人祭西門徒而従者七千余家臣有種
首者使備盗賊則道不拾遺将以照千
里豈特十二乗哉梁恵王慙不懌而去(戻)」29ウ