薄雲(大島本親本復元) First updated 12/24/2006(ver.1-1)
Last updated 12/24/2006(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

薄 雲

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「薄雲」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「うす雲」(題箋)

  冬になりゆくまゝにかつらのすまゐ
  いとゝ心ほそさまさりてうはの空なる
  心ちのみしつゝあかしくらすを君も
  猶かくてはえすくさしかのちかき所
  に思たちねとすゝめ給へとつらき所
  おほく心見はてむものこりなき心ち
  すへきをいかにいひてかなといふやう
  に思ひみたれたりさらはこのわか君
  をかくてのみはひなき事なり思心
  あれはかたしけなしたいにきゝをき」1オ

  てつねにゆかしかるをしはしみならは
  させてはかまきの事なとも人しれ
  ぬさまならすしなさんとなむ思ふと
  まめやかにかたらひ給ふさおほすらんと
  おもひわたる事なれはいとゝむねつふ
  れぬあらためてやんことなきかたに
  もてなされ給とも人のもりきかん
  事は中なかにやつくろひかたくお
  ほされんとてはなちかたく思たること
  はりにはあれうしろやすからぬかたにや」1ウ

  なとはなうたかひ給そかしこには年
  へぬれとかゝる人もなきかさうさう
  しくおほゆるまゝに前斎宮のおと
  なひものし給をたにこそあなかち
  にあつかひきこゆめれはましてかく
  にくみかたけなめるほとををろかに
  は見なつましき心はへになと女君の
  御ありさまのおもふやうなることもかた
  り給ふけにいにしへはいかはかりのことに
  さたまり給へきにかとつてにもほの」2オ

  きこえし御心のなこりなくしつまり
  給へるはおほろけの御すくせにもあら
  す人の御ありさまもこゝらの御中
  にすくれ給へるにこそはと思やられて
  かすならぬ人のならひきこゆへき
  おほえにもあらぬをさすかにたちいて
  て人もめさましとおほす事やあらむ
  わか身はとてもかくてもおなし事お
  いさきとをき人の御うへもついには
  かの御心にかゝるへきにこそあめれさり」2ウ

  とならはけにかうなに心なきほとに
  やゆつりきこえましと思ふ又てをは
  なちてうしろめたからむことつれ/\も
  なくさむかたなくてはいかゝあかしくら
  すへからむなにゝつけてかたまさかの
  御たちよりもあらむなとさま/\に思み
  たるゝに身のうき事かきりなしあ
  ま君おもひやりふかき人にてあちき
  なし見たてまつらさらむ事はいと
  むねいたかりぬへけれとつゐにこの御」3オ

  ためによかるへからん事をこそ思はめ
  あさくおほしてのたまふ事にはあらし
  たゝうちたのみきこえてわたしたて
  まつり給てよはゝかたからこそみかとの
  御こもきわ/\におはすめれこのおとゝ
  の君の世にふたつなき御ありさまなか
  ら世につかへ給はこ大納言のいまひと
  きさみなりおとり給てかういはらといは
  れ給しけちめにこそはおはすめれまし
  てたゝ人はなすらふへき事にもあらす」3ウ

  又みこたち大臣の御はらといへと猶さ
  しむかひたるおとりの所には人もおも
  ひおとしおやの御もてなしもえひと
  しからぬものなりましてこれはやむこと
  なき御かた/\にかゝる人いてものし給
  はゝこよなくけたれ給なむほとほとに
  つけておやにもひとふしもてかしつか
  れぬる人こそやかておとしめられぬは
  しめとはなれ御はかまきのほともいみし
  き心をつくすともかゝるみ山かくれにて」4オ

  はなにのはへかあらむたゝまかせきこ
  え給てもてなしきこえ給はむあり
  さまをもきゝ給へとをしふさかしき
  人の心のうらともにもものとはせなと
  するにも猶わたり給てはまさるへしと
  のみいへはおもひよはりにたり殿もしかお
  ほしなからおもはむ所のいとをしさに
  しひてもえのたまはて御はかまきの事
  いかやうにかとの給へる御返によろつの
  事かひなき身にたくへきこえては」4ウ

  けにおひさきもいとをしかるへくおほえ
  侍をたちましりてもいかに人わらへ
  にやときこえたるをいとゝあはれにお
  ほす日なとゝらせ給てしのひやかにさる
  へき事なとの給ひをきてさせ給ふ
  はなちきこえむ事は猶いとあは
  れにおほゆれと君の御ためによかる
  へき事をこそはとねんすめのとをも
  ひきわかれなん事あけくれのものおも
  はしさつれ/\をもうちかたらひてな」5オ

  くさめならひつるにいとゝたつきな
  き事さへとりそへいみしくおほゆ
  へき事と君もなくめのともさるへき
  にやおほえぬさまにて見たてまつりそ
  めてとしころの御心はへのわすれかた
  う恋しうおほえ給へきをうちたえ
  きこゆる事はよも侍らしつゐにはと
  たのみなからしはしにてもよそ/\に
  思のほかのましらひし侍らむかやすから
  すも侍へきかなとうちなきつゝす」5ウ

  くすほとにしはすにもなりぬゆきあ
  られかちに心ほそさまさりてあやし
  くさま/\にもの思ふへかりける身か
  なとうちなけきてつねよりもこの
  君をなてつくろひつゝ見ゐたり雪
  かきくらしふりつもるあしたきしかた
  行すゑの事のこらす思つゝけてれ
  いはことにはしちかなるいてゐなともせぬ
  をみきはのこほりなと見やりて
  しろききぬとものなよゝかなるあまた」6オ

  きてなかめゐたるやうたいかしらつき
  うしろてなとかきりなき人ときこゆ
  ともかうこそはおはすらめと人/\も
  みるおつる涙をかきはらひてかやうなら
  む日ましていかにおほつかなからむとら
  うたけにうちなけきて
    雪ふかみみ山のみちははれすとん
  猶ふみかよへあとたえすしてとのた
  まへはめのとうちなきて
    ゆきまなきよしのゝ山をたつねても」6ウ

  心のかよふあとたえめやはといゝなく
  さむこの雪すこしとけてわたり
  給へりれいはまちきこゆるにさな
  らむとおほゆることによりむねうちつ
  ふれてひとやりならすおほゆわか心に
  こそあらめいなひきこえむをしひて
  やはあちきなとおほゆれとかる/\
  しきやうなりとせめて思かへすいとう
  つくしけにてまへにゐたまへるを見給
  にをろかにはおもひかたかりける人の」7オ

  すくせかなとおもほすこの春より
  おほす御くしあまのほとにてゆら/\
  とめてたくつらつきまみのかほれる
  ほとなといへはさらなりよそのものに
  思やらむほとの心のやみをしはかり
  給にいと心くるしけれはうちかへしの給
  あかすなにかかくくちおしき身のほ
  とならすたにもてなし給はゝときこ
  ゆるものからねんしあへすうちなくけ
  はひあはれなりひめ君はなに心もなく」7ウ

  御車にのらむ事をいそき給よせたる
  所にはゝ君みつからいたきていて給へ
  りかたことのこゑはいとうつくしうて
  袖をとらへてのり給へとひくもいみし
  うおほえて
    すゑとをきふたはの松にひきわかれ
  いつかこたかきかけをみるへきえもいひ
  やらすいみしうなけはさりやあなくる
  しとおほして
    おひそめしねもふかけれはたけくまの」8オ

  松にこまつのちよをならへんのとかに
  をとなくさめ給さることゝはおもひしつ
  むれとえなむたへさりけるめのとの
  少将とてあてやかなる人はかり御はかし
  あまかつやうのものとりてのる人たまひ
  によろしきわか人わらはなとのせて御
  をくりにまいらすみちすからとまりつる
  人の心くるしさをいかにつみやうらむ
  とおほすくらうおはしつきて御車よ
  するよりはなやかにけはひことなるをゐ」8ウ

  なかひたる心ちともははしたなくてや
  ましらはむと思ひつれとにしおもて
  をことにしつらはせ給ひてちひさき御
  てうとともうつくしけにとゝのへさせ
  給へりめのとのつほねにはにしのわたと
  のゝきたにあたれるをせさせ給へりわ
  か君はみちにてねたまひにけりいたきお
  ろされてなきなとはしたまはすこなた
  にて御くたものまいりなとし給へとやう/\
  見めくらしてはゝ君のみえぬをもとめ」9オ

  てらうたけにうちひそみたまへはめの
  とめしいてゝなくさめまきらはしきこ
  え給ふ山里のつれ/\ましていかにとお
  ほしやるはいとおしけれとあけくれおほ
  すさまにかしつきつゝみ給ふはものあひ
  たる心ちし給らむいかにそや人のおもふ
  へきゝすなくことはこのわたりにいておは
  せてとくちおしくおほさるしはしは人/\
  もとめてなきなとし給しかとおほかた心
  やすくおかしき心さまなれはうへにいとよく」9ウ

  つきむつひきこえ給へれはいみしう
  うつくしきものえたりとおほしけり
  こと事なくいたきあつかひもてあそひき
  こえ給ひてめのともをのつからちかうつ
  かうまつりなれにけり又やむことなき人の
  ちあるそへてまいり給御はかまきはなに
  はかりわさとおほしいそく事はなけれと
  けしきことなり御しつらひひゐなあ
  そひの心ちしておかしうみゆまいり給へ
  るまらうとともたゝあけくれのけち」10オ

  めしなけれはあなかちにめもたゝさりき
  たゝひめ君のたすきひきゆい給へる
  むねつきそうつくしけさそひてみえ
  給つる大井にはつきせす恋しきにも
  身のをこたりをなけきそへたりさこそ
  いひしかあま君もいとゝなみたもろなれと
  かくもてかしつかれ給ふをきくはうれし
  かりけりなに事をか中/\とふらひきこ
  え給はむたゝ御かたの人/\にめのとより
  はしめてよになき色あひを思ひいそ」10ウ

  きてそをくりきこえ給けるまちとを
  ならむもいとゝされはよと思はむにいと
  おしけれはとしのうちにしのひてわたり
  給へりいとゝさひしきすまゐにあけく
  れのかしつきくさをさへはなれきこ
  えて思らむことの心くるしけれは御文な
  ともたえまなくつかはす女君もいま
  はことにゑしきこえ給はすうつくしき
  人につみゆるしきこえ給へりとしも
  かへりぬうらゝかなる空に思ふ事なき」11オ

  御ありさまはいとゝめてたくみかきあらた
  めたる御よそひにまいりつとひ給める人
  のおとなしきほとのは七日御よろこひ
  なとし給ふひきつれ給へりわかやかな
  るはなにともなく心ちよけにみえ給つ
  きつきの人も心のうちには思ふこともや
  あらむうはへはほこりかに見ゆるころほ
  ひなりかしひむかしの院のたいの御か
  たもありさまはこのましうあらまほし
  きさまにさふらふ人/\わらはへのすか」11ウ

  たなとうちとけす心つかひしつゝすく
  し給にちかきしるしはこよなくてのとか
  なる御いとまのひまなとにはふとはいわたり
  なとし給へとよるたちとまりなとやう
  にわさとは見え給はすたゝ御心さまの
  おいらかにこめきてかはかりのすくせな
  りける身にこそあらめと思ひなしつゝ
  ありかたきまてうしろやすくのとかに
  ものし給へはおりふしの御心をきてなとも
  こなたの御ありさまにおとるけちめこよ」12オ

  なからすもてなし給てあなつりきこゆ
  へうはあらねはおなしこと人まいりつ
  かうまつりてへたうとんゝ事をこた
  らす中/\みたれたる所なくめやすき
  御ありさまなり山さとのつれ/\をもた
  えすおほしやれはおほやけわたくしも
  のさはかしきほとすくしてわたり給と
  てつねよりことにうちけさうし給て
  さくらの御なをしにえならぬ御そひき
  かさねてたきしめさうそき給ひてま」12ウ

  かり申し給さまくまなきゆふひにい
  とゝしくきよらに見え給ふ女君たゝな
  らすみたてまつりをくり給ふひめ君は
  いはけなく御さしぬきのすそにかゝりて
  したひきこえ給ほとにとにもいて給ひ
  ぬへけれはたちとまりていとあはれとお
  ほしたりこしらへをきてあすかへりこ
  む
くちすさひていて給にわたとのゝ
  とくちにまちかけて中将の君し
  てきこえ給へり」13オ

    舟とむるをちかた人のなくはこそ
  あすかへりこむせなとまちみめいたう
  なれてきこゆれはいとにほひやかにほゝ
  ゑみて
    行てみてあすもさねこむ中/\に
  をちかた人は心をくとんなに事とも
  きゝわかてされありき給人をうへは
  うつくしとみ給へはをちかた人のめさ
  ましきもこよなくおほしゆるされにた
  りいかに思をこすらむ我にていみし」13ウ

  う恋しかりぬへきさまをとうちまも
  りつゝふところにいれてうつくしけ
  なる御ちをくゝめ給つゝたはふれゐた
  まへる御さまみところおほかりおまへなる
  人/\はなとかおなしくはいてやなと
  かたらひあへりかしこにはいとのとやか
  に心はせあるけはひにすみなしていへの
  ありさまもやうはなれめつらしきにみ
  つからのけはひなとはみるたひことにやむ
  ことなき人/\なとにおとるけちめこよ」14オ

  なからすかたちよういあらまほしうね
  ひまさりゆくたゝよのつねのおほえ
  にかきまきれたらはさるたくひなくやは
  と思ふへきを世ににぬひかものなるお
  やのきこえなとこそくるしけれ人の
  ほとなとはさてもあるへきをなとおほす
  はつかにあかぬほとにのみあれはにや心の
  とかならすたちかへり給ふもくるし
  くて夢のわたりのうきはしかとのみう
  ちなけかれてさうのことのあるをひき」14ウ

  よせてかのあかしにてさ夜ふけたりし
  ねもれいのおほしいてらるれはひはを
  わりなくせめたまへはすこしかきあはせ
  たるいかてかうのみひきくしけむとおほ
  さるわか君の御ことなとこまやかにかたり
  給つゝおはすこゝはかゝるところなれとか
  やうにたちとまり給ふおり/\あれは
  はかなきくたものこはいゐはかりはき
  こしめすときもありちかきみてらかつ
  らとのなとにおはしましまきらはしつゝ」15オ

  いとまおにはみたれ給はねと又いとけさや
  かにはしたなくをしなへてのさまには
  もてなし給はぬなとこそはいとおほえこ
  とにはみゆめれ女もかゝる御心のほとをみ
  しりきこえてすきたりとおほすはか
  りのことはしいてす又いたくひけせす
  なとして御心をきてにもてたかふ事
  なくいとめやすくそありけるおほろけ
  にやむことなき所にてたにかはかりもう
  ちとけ給事なくけたかき御もてなしを」15ウ

  きゝをきたれはちかきほとにましらひて
  は中/\いとめなれて人あなつられなる
  事ともゝそあらましたまさかにてかや
  うにふりはへ給へるこそたけき心ちすれと
  思へしあかしにもさこそいひしかこの御
  心をきてありさまをゆかしかりておほつか
  なからす人はかよはしつゝむねつふるゝ事
  もあり又おもたゝしくうれしと思事
  もおほくなむありけるそのころおほ
  きおとゝうせ給ぬ世のおもしとおはし」16オ

  つる人なれはおほやけにもおほしなけ
  くしはしこもり給しほとをたにあめの
  したのさはきなりしかはましてかなしと
  おもふ人おほかり源氏のおとゝもいとくち
  おしくよろつことをしゆつりきこえて
  こそいとまもありつるを心ほそく事し
  けくもおほされてなけきおはす御かとは
  御としよりはこよなうおとな/\しうね
  ひさせ給て世のまつりことんうしろめた
  く思きこえ給へきにはあらねとん又と」16ウ

  りたてゝ御うしろみし給へき人もなき
  をたれにゆつりてかはしつかなる御ほいも
  かなはむとおほすにいとあかすくちおし
  のちの御わさなとにも御こともむまこに
  すきてなんこまやかにとふらひあつかひ
  給ひけるそのとしおほかたよのなかさ
  はかしくておほやけさまにものゝさとし
  しけくのとかならてあまつ空にもれいに
  たかへる月日ほしのひかりみえくもの
  たゝすまひありとのみ世の人おとろ」17オ

  く事おほくてみち/\のかむかへふみとん
  たてまつれるにもあやしく世になへて
  ならぬ事ともましりたり内のおとゝ
  の身なむ御心のうちにわつらはしくおほし
  しらるゝ事ありける入道きさいの宮春
  のはしめよりなやみわたらせ給て三月には
  いとをもくならせ給ぬれは行幸なとあ
  り院にわかれたてまつらせ給ひしほとは
  いといはけなくてものふかくもおほされさり
  しをいみしうおほしなけきたる御け」17ウ

  しきなれは宮もいとかなしくおほしめさる
  ことしはかならすのかるましきとしと
  思給へつれとおとろ/\しき心ちにも
  侍らさりつれはいのちのかきりしりかほに
  侍らむも人やうたてこと/\しうおもは
  むとはゝかりてなむくとくの事なと
  もわさとれいよりもとりわきてしも
  侍らすになりにけるまいりて心のとかにむ
  かしの御物かたりもなと思ひ給へなからう
  つしさまなるおりすくなく侍てくち」18オ

  おしくいふせくてすき侍ぬることゝいと
  よはけにきこえ給三十七に△おはしまし
  けるされといとわかくさかりにおはします
  さまをおしくかなしとみたてまつらせ給
  つゝしませ給へき御としなるにはれ/\
  しからて月ころすきさせ給事をたに
  なけきわたり侍つるに御つゝしみなとをも
  つねよりことにせさせ給はさりける事と
  いみしうおほしめしたりたゝこのころ
  におとろきてよろつの事せさせ給ふ月」18ウ

  ころはつねの御なやみとのみうちたゆみ
  たりつるを源氏のおとゝもふかくおほ
  しいりたりかきりあれはほとなくかへ
  らせ給もかなしき事おほかり宮いと
  くるしうてはか/\しうものもきこえ
  させ給はす御心のうちにおほしつゝくる
  にたかきすくせ世のさかへもならふ人
  なく心のうちにあかす思ふことん人に
  まさりける身とおほししらるうへの夢
  の中にもかゝる事の心をしらせ給はぬ」19オ

  をさすかに心くるしうみたてまつり給て
  これのみそうしろめたくむすほゝれたる
  事におほしをかるへき心ちし給けるお
  とゝはおほやけかたさまにてもかくやむこ
  となき人のかきりうちつゝきうせ給な
  む事をおほしなけく人しれぬあは
  れはたかきりなくて御いのりなとおほ
  しよらぬ事なしとしころおほしたえ
  たりつるすちさへいまひとたひきこえ
  すなりぬるかいみしくおほさるれはちか」19ウ

  き御き丁のもとによりて御ありさまな
  ともさるへき人/\にとひきゝ給へは
  したしきかきりさふらひてこまかにきこ
  ゆ月ころなやませ給へる御心ちに御をこ
  なひを時のまもたゆませ給はすせさ
  せ給ふつもりのいとといたうくつをれ
  させ給にこのころとなりてはかうしなと
  をたにふれさせ給はすなりにたれは
  たのみ所なくならせ給にたることゝなき
  なけく人/\おほかり院の御ゆい」20オ

  こむにかなひてうちの御うしろみつかう
  まつり給こととしころおもひしり侍こと
  おほかれとなにゝつけてかはその心よせこと
  なるさまをももらしきこえむとの
  みのとかに思ひ侍けるをいまなむあは
  れにくちおしくとほのかにのたまは
  するもほの/\きこゆるに御いらへもき
  こえやり給はすなき給さまいといみ
  しなとかうしも心よはきさまにと人め
  をおほしかへせといにしへよりの御ありさ」20ウ

  まをおほかたの世につけてもあたらし
  くおしき人の御さまを心にかなふ
  わさならねはかけとゝめきこえむかたな
  くいふかひなくおほさるゝ事かきり
  なしはか/\しからぬ身なからもむ
  かしより御うしろみつかうまつるへき事
  を心のいたるかきりをろかならすおもひ
  給ふるにおほきおとゝのかくれ給ぬる
  をたに世中心あはたゝしく思給へ
  らるゝに又かくおはしませはよろつに」21オ

  心みたれ侍て世に侍らむ事ものこり
  なき心ちなむし侍なときこえ給
  ほとにともしひなとのきえいるやう
  にてはて給ぬれはいふかひなくかなし
  き事をおほしなけくかしこき御身
  のほとゝきこゆる中にも御心はへなとの
  世のためしにもあまねくあはれにおはし
  ましてかうけに事よせて人のうれへ
  とある事なとんをのつからうちましる
  をいさゝかもさやうなる事のみたれな」21ウ

  く人のつかふまつる事をも世のくる
  しみとあるへきことをはとゝめ給ふく
  とくのかたとてもすすむるにより給
  ていかめしうめつらしうし給人なとんむ
  かしのさしき世にみなありけるをこれ
  はさやうなる事なくたゝもとより
  のたからものえ給ふへきつかさかう
  ふりみふのものゝさるへきかきりして
  まことに心ふかきことゝものかきりをし
  をかせ給へれはなにとわくましき山ふし」22オ

  なとまておしみきこゆおさめたてまつ
  るにも世中ひゝきてかなしとおもはぬ
  人なし殿上人なとなへてひとつ色に
  くろみわたりてものゝはへなき春の
  くれなり二条院の御まへのさくらを御
  らむしても花のえむのおりなとおほ
  しいつことしはかりはとひとりこち
  給て人のみとかめつへけれは御ね
  むすたうにこもりゐ給て日ひとひなき
  くらし給ゆふ日はなやかにさして山き」22ウ

  はのこすゑあらはなるに雲のうすく
  わたれるかにひ色なるをなにことも御
  めとゝまらぬころなれといとものあはれ
  におほさる
    入日さすみねにたなひくうす雲は
  もの思ふ袖に色やまかへる人きかぬ
  所なれはかひなし御わさなともすきて
  ことゝもしつまりてみかともの心ほそく
  おほしたりこの入道の宮の御はゝき
  さきの御世よりつたはりてつき/\の御」23オ

  いのりのしにてさふらひける僧都古宮
  にもいとやむことなくしたしきもの
  におほしたりしをおほやけにもをもき
  御をほえにていかめしき御願ともおほ
  くたてゝ世にかしこきひしりなりけ
  る年七十はかりにていまはをはりの
  をこなひをせむとてこもりたるか宮の
  御ことによりていてたるをうちよりめし
  ありてつねにさふらはせ給このころは
  猶もとのことくまいりさふらはるへきよし」23ウ

  おとゝもすゝめのたまへはいまはよゐな
  といとたへかたうおほえ侍れとおほ
  せことのかしこきによりふるきこゝろさ
  しをそへてとてさふらふにしつかなるあか
  月に人もちかくさふらはすあるはまか
  てなとしぬるほとにこたいにうちし
  はふきつゝ世中の事ともそうし
  給ふついてにいとそうしかたくかへり
  てはつみにもやまかりあたらむと思給
  へはゝかるかたおほかれとしろしめさぬに」24オ

  つみをもくて天けんおそろしく
  思給えらるゝ事を心にむせひ侍つゝ
  いのちをはり侍りなはなにのやくか
  は侍らむ仏も心きたなしとやおほしめ
  さむとはかりそうしさしてえうちいて
  ぬ事ありうへなに事ならむこの世に
  うらみのこるへく思ふ事やあらむ法し
  はひしりといへともあるましきよこ
  さまのそねみふかくうたてあるものをと
  おほしていはけなかりし時よりへたて」24ウ

  思ふ事なきをそこにはかくしのひのこ
  されたる事ありけるをなむつらく
  おもひぬるとのたまはすれはあなかしこ
  さらにほとけのいさめまもり給しむ
  こんのふかきみちをたにかくしとゝむる
  事なくひろめつかうまつり侍りまして
  心にくまある事なに事にか侍らむこれ
  はきしかたゆくさきの大事と侍事
  をすきおはしましにし院きさいの
  宮たゝいま世をまつりこち給おとゝの御」25オ

  ためすへてかへりてよからぬ事にやも
  りいて侍らむかゝるおい法しの身には
  たとひうれへ侍りともなにのくひか侍らむ
  仏天のつけあるによりてそうし侍な
  りわか君はらまれおはしましたりし時
  より故宮のふかくおほしなけく事あ
  りて御いのりつかうまつらせ給ゆへなむ
  侍しくはしくは法しの心にえさと
  り侍らすことのたかひめありておとゝ
  よこさまのつみにあたり給し時いよ/\」25ウ

  をちおほしめしてかさねて御いのりとん
  うけ給はり侍しをおとゝもきこしめ
  してなむ又さらにことくはへおほせられ
  て御くらゐにつきおはしましゝまて
  つかうまつる事とも侍しそのうけ給
  はりしさまとてくはしくそうするを
  きこしめすにあさましうめつらかにて
  おそろしうもかなしうもさま/\に御心
  みたれたりとはかり御いらへもなけれは
  そうつすゝみそうしつるをひんなく」26オ

  おほしめすにやとわつらはしく思ひて
  やをらかしこまりてまかつるをめしと
  とめて心にしらてすきなましかは後の
  世まてのとかめあるへかりけることをいまゝ
  てしのひこめられたりけるをなむかへり
  てはうしろめたき心なりとおもひぬる
  又このことをしりてもらしつたふるた
  くひあらむとの給はすさらになにかしと
  王命婦とよりほかの人この事のけし
  きみたる侍らすさるによりなむいとお」26ウ

  そろしう侍天へむしきりにさとし世中
  しつかならぬはこのけなりいときなくも
  のゝ心しろしめすましかりつるほとこそ
  侍つれやう/\御よはひたりおはしま
  してなに事もわきまへさせ給へき時
  にいたりてとかをもしめすなりよろつの
  事おやの御世よりはしまるにこそ侍な
  れなにのつみともしろしめさぬかおそ
  ろしきにより思給へけちてしことをさら
  に心よりいたし侍へりぬることゝなく/\き」27オ

  こゆるほとにあけはてぬれはまかてぬ
  うへは夢のやうにいみしき事をきか
  せ給て色/\におほしみたれさせ給故
  院の御ためもうしろめたくおとゝのか
  くたゝ人にて世につかへ給もあはれに
  かたしけなかりける事かた/\おほし
  なやみて日たくるまていてさせ給はねはか
  くなむときゝ給ておとゝもおとろき
  てまいり給へるを御らむするにつけても
  いとゝしのひかたくおほしめされて御涙」27ウ

  のこほれさせ給ぬるをおほかた故宮の御
  事をひるよなくおほしめしたるころな
  れはなめりとみたてまつり給その日式
  部卿のみこうせ給ぬるよしそうするに
  いよ/\世中のさはかしき事をなけき
  おほしたりかゝるこゝろなれはおとゝはさと
  にもえまかて給はてつとさふらひ給ふし
  めやかなる御物かたりのついてに世はつ
  きぬるにやあらむもの心ほそくれいなら
  ぬ心ちなむするをあめのしたもかくの」28オ

  とかならぬによろつあわたゝしくなむ
  故宮のおほさむ所によりてこそ世間
  の事も思ひはゝかりつれいまは心やすき
  さまにてもすくさまほしくなむとか
  たらひきこえ給いとあるましき御事
  なり世のしつかならぬことはかならすま
  つりことのなをくゆかめるにもより侍
  らすさかしき世にしもなむよからぬ事
  ともゝ侍けるひしりのみかとの世にもよ
  こさまのみたれいてくる事もろこしにも」28ウ

  侍けるわかくににもさなむ侍ましてこ
  とはりのよはひとんの時いたりぬるをお
  ほしなけくへき事にも侍らすなと
  すへておほくのことゝもをきこえ給
  かたはしまねふもいとかたはらいたしや
  つねよりもくろき御よそひにやつし
  給へる御かたちたかふ所なしうへもとし
  ころ御かゝみにもおほしよる事なれとき
  こしめしゝ事のゝちは又こまかにみたて
  まつり給ふつゝことにいとあはれにおほし」29オ

  めさるれはいかてこのことをかすめきこえ
  はやとおほせとさすかにはしたなくも
  おほしぬへき事なれはわかき御心ちに
  つゝましくてふとんえうちいてきこえ
  給はぬほとはたゝおほかたの事ともを
  つねよりことになつかしうきこえさせ
  給ふうちかしこまり給へるさまにていと
  御けしきことなるをかしこき人の御めには
  あやしとみたてまつり給へといとかくさた/\
  ときこしめしたらむとはおほささりけ」29ウ

  りうへは王命婦にくはしきことはとはま
  ほしうおほしめせといまさらにしかしのひ
  給ひけむことしりにけりとかの人にもおも
  はれしたゝおとゝにいかてほのめかしとひ
  きこえてさき/\のかゝる事のれいはあ
  りけりやときかむとそおほせとさらに
  ついてもなけれはいよ/\御かくもむをせ
  させ給つゝさま/\のふみとんを御らんする
  にもろこしにはあらはれてもしのひても
  みたりかはしき事いとおほかりけり日」30オ

  本にはさらに御らんしうる所なしたとひ
  あらむにてもかやうにしのひたらむ事を
  はいかてかつたへしるやうのあらむとする
  一世の源氏又納言大臣になりて後にさ
  らにみこにもなりくらゐにもつき給
  つるもあまたのれいありけり人からのかし
  こきに事よせてさもやゆつりきこえ
  ましなとよろつにそおほしける秋の
  つかさめしに太政大臣になり給へき事
  うち/\にさため申給つゐてになむみかと」30ウ

  おほしよするすちのこともらしきこえ
  給けるをおとゝいとまはゆくおそろし
  うおほしてさらにあるましきよしを申
  返し給故院の御心さしあまたのみこ
  たちの御中にとりわきておほしめし
  なからくらゐをゆつらせ給はむ事を
  おほしめしよらすなりにけりなにかそ
  の御心あらためてをよはぬきはにはのほり
  侍らむたゝもとの御をきてのまゝに
  おほやけにつかうまつりていますこしの」31オ

  よはひかさなり侍りなはのとかなるを
  こなひにこもり侍りなむと思ひ給ふる
  とつねの御ことのはにかはらすそうし
  給へはいとくちおしうなむおほしける
  太政大臣になり給へきさためあれとしは
  しとおほす所ありてたゝ御くらゐそ
  ひてうしくるまゆるされてまいりまかて
  したまふをみかとあかすかたしけなきも
  の思ひきこえ給て猶みこになり給へ
  きよしをおほしのたまはすれと世中の」31ウ

  御うしろみし給へき人なし権中納言
  大納言になりて右大将かけ給へるをい
  まひときわあかりなむになに事もゆ
  つりてむさてのちにともかくもしつかなる
  さまにとそおほしける猶おほしめくら
  すに故宮の御ためにもいとをしう又
  うへのかくおほしめしなやめるをみたて
  まつり給もかたしけなきにたれかゝる
  事をもらしそうしけむとあやしう
  おほさる命婦はみくしけ殿のかはりたる」32オ

  所にうつりてさうし給はりてまいりた
  りおとゝたいめむし給てこの事をも
  しものゝついてにつゆはかりにてももらし
  そうし給事やありしとあないし給へ
  とさらにかけてもきこしめさむことを
  いみしき事におほしめしてかつはつみ
  うる事にやとうへの御ためを猶おほ
  しめしなけきたりしときこゆるにもひとか
  たならす心ふかくおはせし御ありさまなと
  つきせすこひきこえ給斎宮の女御は」32ウ

  おほししもしるき御うしろみにてやむこと
  なき御おほえなり御よういありさまなと
  も思さまにあらまほしうみえ給へれは
  かたしけなきものにもてかしつききこ
  え給へり秋ころ二条院にまかて給へりし
  むてんの御しつらひいとゝかゝやくはかりし給
  ていまはむけのおやさまにもてなしてあ
  つかひきこえ給ふ秋のあめいとしつかに
  ふりておまへのせむさいの色/\みたれたる
  露のしけさにいにしへの事ともかきつゝ」33オ

  けおほしいてられて御袖もぬれつゝ
  女御の御かたにわたり給へりこまやかなる
  にひいろの御なをしすかたにて世中の
  さはかしきなとことつけ給てやかて御さう
  しむなれはすゝひきかくしてさまよくもて
  なし給へるつきせすなまめかしき御あり
  さまにてみすのうちにいり給ぬみき帳は
  かりをへたてゝみつからきこえ給ふせむ
  さいとんこそのこりなくひもとき侍りに
  けれいとものすさましきとしなるを心」33ウ

  やりて時しりかほなるもあはれにこそと
  てはしらによりゐたまへるゆふはえい
  とめてたしむかしの御事ともかの野宮
  にたちわつらひしあけほのなとをき
  こえいて給いとものあはれとおほしたり
  宮もかくれはとにやすこしなき給けは
【付箋01】-\<朱合点>「いにしへの昔のことをいとゝしく/かくれハそてのつゆけかかりける<朱>」(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ひいとらうたけにてうちみしろき給ほ
  ともあさましくやはらかになまめき
  ておはすへかめるみたてまつらぬこそ
  くちをしけれとむねのうちつふるゝそ」34オ

  うたてあるやすきにしかたことに思ひな
  やむへきことんなくて侍りぬへかりし世
  中にも猶心からすき/\しき事につけて
  もの思のたえすも侍けるかなさるましき
  事ともの心くるしきかあまた侍りし中
  につゐに心もとけすむほゝれてやみぬる
  ことふたつなむ侍るひとつはこのすき給
  にし御ことよあさましうのみ思ひつめ
  てやみ給ひにしかなかき世のうれわしき
  ふしと思ひ給へられしをかうまてもつかう」34ウ

  まつり御らんせらるゝをなむなくさめ
  におもふ給へなせともえしけふりのむす
【付箋02】-\<朱合点>「むすほゝれもえしけふりもいかゝせん/きみたにこめよなかき契を<朱>」(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ほゝれたまひけむは猶いふせうこそ思
  給へらるれとていまひとつはのたまひ
  さしつなかころ身のなきにしつみ侍し
  ほとかた/\に思ひ給へし事はかたはし
  つゝかなひにたりひんかしの院にものする
  人のそこはかとなくて心くるしうおほ
  えわたり侍りしもおたしう思ひなりにて
  侍り心はへのにくからぬなと我も人もみ」35オ

  たまへあきらめていとこそさはやかなれは
  かくたちかへりおほやけの御うしろみつ
  かうまつるよろこひなとはさしも心にふか
  くしますかやうなるすきかましきか
  たはしつめかたうのみ侍をおほろけに
  しのひたる御うしろみとはおほししらせ給
  らむやあはれとたにのたまはせすはいか
  にかひなく侍らむとの給へはむつかしうて
  御いらへもなけれはさりやあな心うとてこと
  事にいひまきらはし給ついまはいかてのと」35ウ

  やかにいける世のかきり思ふ事のこさす
  後のよのつとめも心にまかせてこもりゐな
  むと思ひ侍をこの世の思いてにしつへ
  きふしの侍らぬこそさすかにくちおし
  う侍りぬへけれかならすおさなき人
  の侍おいさきいとまちとをなりやかたし
  けなくとも猶このかとひろけさせ給
  て侍らすなりなむのちにもかすまへ
  させ給へなときこえ給ふ御いらへはいと
  おほとかなるさまにからうしてひとこと」36オ

  はかりかすめ給へるけはひいとなつかしけなる
  にきゝつきてしめ/\とくるゝまておは
  すはか/\しきかたののそみはさるもの
  にてとしのうちゆきかはる時/\の花もみ
  ち空のけしきにつけても心のゆくことん
  し侍りにしかな春の花のはやし秋の野
  のさかりをとり/\に人あらそひ侍ける
  そのころのけにと心よるはかりあらはなる
  さためこそ侍らさなれもろこしには春の
  花のにしき
しくものなしといひはへ」36ウ
  めりやまとことのはには秋のあはれを
  とりたてゝおもへるいつれもとき時につ
  けてみたまふにめうつりてえこそ花
  鳥の色をもねをもわきまへ侍らね
  せはきかきねのうちなりともそのおりの
  心みしるはかり春の花の木をもうへわた
  し秋の草をもほりうつしていたつらなる
  のへのむしをもすませて人に御らむ
  せさせむと思給るをいつかたにか御心よせ
  侍へからむときこえ給にいときこえに」37オ

  くき事とおほせとむけにたえて御いら
  へきこえ給はさらんもうたてあれはまして
  いかゝ思わき侍らむけにいつとなきなかに
  あやしときゝしゆふへこそはかなうき
  え給ひにし露のよすかにも思給へら
  れぬへけれとしとけなけにのたまひけ
  つもいとらうたけなるにえしのひ給はて
    君もさはあはれをかはせ人しれす
  わか身にしむる秋のゆふ風しのひかたき
  おり/\も侍かしときこえ給にいつこの」37ウ

  御いらへかはあらむ心えすとおほしたる御
  けしきなりこのついてにえこめ給はて
  うらみきこえ給ことゝもあるへしいま
  すこしひかことんし給つへけれともいとう
  たてとおほいたるもことはりにわか御心
  もわか/\しうけしからすとおほしかへ
  してうちなけき給へるさまの物ふかう
  なまめかしきも心つきなうそおほし
  なりぬるやをらつゝひきいり給ぬる
  けしきなれはあさましうもうとませ」38オ

  給ぬるかなまことに心ふかき人はかくこそ
  あらさなれよしいまよりはにくませ給な
  よつらからむとてわたり給ひぬうちし
  めりたる御にほひのとまりたるさへうと
  ましくおほさる人/\みかうしなとまい
  りてこの御しとねのうつりかいひしらぬ
  ものいかてかくとりあつめやなきの
【付箋03】-\<朱合点>「むめかゝをさくらの花にゝほはせて/やなきの(の=か)えたにさかせてし哉<朱>」(後拾遺32、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  えたにさかせたる御ありさまならんゆゝ
  しうときこえあへりたいにわたり給
  てとみにもいり給はすいたうなかめては」38ウ

  しちかうふし給へりとうろとをくかけ
  てちかく人/\さふらはせ給てもの
  かたりなとせさせ給かうあなかちなる
  事にむねふたかるくせの猶ありける
  よとわか身なからおほししらるこれは
  いとにけなき事なりおそろしうつ
  みふかきかたはおほうまさりけめ
  といにしへのすきは思ひやりすくなき
  ほとのあやまちに仏神もゆるし給
  ひけんとおほしさますもなをこのみち」39オ

  はうしろやすくふかきかたのまさりける
  かなとおほししられ給女御は秋のあはれを
  しりかほにいらへきこえてけるもくやしう
  はつかしと御心ひとつにものむつかしう
  てなやましけにさへし給をいとすくよか
  につれなくてつねよりもおやかりあり
  き給ふ女君に女御の秋に心をよせ給へり
  しもあはれに君の春のあけほのに心し
  め給へるもことはりにそあれ時/\につ
  けたる木草の花によせても御心とまる」39ウ

  はかりのあそひなとしてしかなとおほ
  やけわたくしのいとなみしけき身こ
  そふさはしからねいかて思ふ事して
  しかなとたゝ御ためさう/\しくやと
  思こそ心くるしけれなとかたらひきこえ
  給山里の人もいかになとたえすおほ
  しやれとところせさのみまさる御身に
  てわたり給事いとかたし世中をあち
  きなくうしと思ひしるけしきなと
  かさしもおもふへき心やすくたちい」40オ

  てゝおほそうのすまゐはせしと思へる
  をおほけなしとはおほすものからいと
  をしくてれいのふたんの御念仏に
  ことつけてわたりたまへりすみなるゝ
  まゝにいと心すこけなる所のさまにいと
  ふかゝらさらむ事にてたにあはれそひ
  ぬへしましてみたてまつるにつけても
  つらかりける御ちきりのさすかにあさか
  らぬを思ふに中/\にてなくさめかたき
  けしきなれはこしらへかね給いとこしけ」40ウ

  き中よりかゝり火とものかけのやり
  水のほたるにみえまかふもおかしかゝる
  すまゐ(△&ゐ)にしほしまさらましかはめつら
  かにおほえましとの給に
    いさりせしかけわすられぬかゝり火は
  身のうき舟やしたひきにけん思ひ
  こそまかへられ侍れときこゆれは
    あさからぬしたの思ひをしらねはや
  猶かゝり火のかけはさはけるたれうき
  ものとをしかへしうらみ給へるおほかた」41オ

  ものしつかにおほさるゝころなれはたう
  とき事ともに御心とまりてれいよりは
  ひころへたまふにやすこしおもひまき
  れけむとそ」41ウ

【奥入01】桜人<呂>(戻)
【奥入02】石季倫居金谷 春秋独林
    作五十里錦障
    文集草堂
    春有錦繍谷花 夏有石門澗雲
    秋有虎溪月 冬有鑪峯雪(戻)」42オ

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