少女(大島本親本復元) First updated 12/31/2006(ver.1-1)
Last updated 12/31/2006(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

少 女

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「少女」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「をとめ」(題箋)

  としかはりて宮の御はてもすきぬれは
  世中いろあらたまりてころもかへのほとなと
  もいまめかしきをましてまつりのころは
  おほかたの空のけしき心ちよけなるに前
  さい院はつれ/\となかめ給をまへなるか
  つらのしたかせなつかしきにつけてもわかき
  人/\はおもひいつることともあるに大殿より
  みそきの日はいかにのとやかにおほさるらむ
  ととふらひきこえさせ給へりけふは
    かけきやはかはせのなみもたちかへり君かみそきの」1オ

  ふちのやつれをむらさきのかみたてふみすく
  よかにてふちの花につけ給へりおりのあはれ
  なれは御返あり
    ふちころもきしはきのふと思ふまにけふはみそ
  きのせにかはる世をはかなくとはかりあるをれいの御
  めとめ給て見をはす御ふくなをしのほとなとに
  もせんしのもとに所せきまておほしやれる
  ことともあるを院は見くるしきことにおほし
  の給へとをかしやかにけしきはめる御ふみなと
  のあらはこそとかくもきこえかへさめとしころも」1ウ

  おほやけさまのおり/\の御とふらひなとはき
  こえならはし給ていとまめやかなれはいかゝはきこ
  えもまきらはすへからむともてわつらふへし
  女五宮の御かたにもかやうにおりすくさすきこ
  え給へはいとあはれにこの君のきのふけふの
  ちこと思ひしをかくおとなひてとふらひ給
  ふことかたちのいともきよらなるにそへて心さへ
  こそ人にはことにおひいて給へれとほめきこ
  え給をわかき人/\はわらひきこゆこなたに
  もたいめんし給おりはこのおとゝのかくいとねん」2オ

  ころにきこえ給めるをなにかいまはしめたる
  御心さしにもあらすこ宮もすちことに
  なり給てえ見たてまつり給はぬなけきを
  し給てはおもひたちしことをあなかちに
  もてはなれ給しことなとの給ひいてつゝくや
  しけにこそおほしたりしおり/\ありし
  かされとこ大殿のひめ君ものせられしかきり
  は三宮の思ひ給はむことのいとをしさに
  とかく事そへきこゆることもなかりしなり
  いまはそのやむことなくえさらぬすちにても」2ウ

  のせられし人さへなくなられにしかはけに
  なとてかはさやうにておはせましもあしかる
  ましとうちおほえ侍にもさらかへりてかく
  ねんころにきこえ給もさるへきにもあらんと
  なむ思ひ侍なといとこたいにきこえ給を
  心つきなしとおほしてこ宮にもしか心こ
  はきものにおもはれたてまつりてすき侍にし
  をいまさらにまた世になひきはへらんもいと
  つきなきことになむときこえ給てはつか
  しけなる御けしきなれはしゐてもえき」3オ

  こえおもむけ給はす宮人もかみしもみな
  心かけきこえたれは世中いとうしろめたく
  のみおほさるれとかの御身つからは我心をつ
  くしあはれを見えきこえて人の御けし
  きのうちもゆるはむほとをこそまちわたり
  給へさやうにあなかちなるさまに御心やふり
  きこえんなとはおほさるへし大殿はらの
  わか君の御けんふくのことおほしいそく
  を二条の院にてとおほせと大宮のいと
  ゆかしけにおほしたるもことはりに心くるし」3ウ

  けれはなをやかてかの殿にてせさせたて
  まつり給右大将をはしめきこえて御をち
  の殿はらみなかむたちめのやむことなき
  御おほえことにてのみものし給へはあるしかた
  にも我も/\とさるへきことゝもはとり/\に
  つかうまつり給おほかた世ゆすりて所せき
  御いそきのいきおひなり四ゐになしてんと
  おほし世人もさそあらんとおもへるをまた
  いときひはなるほとをわか心にまかせたる世
  にてしかゆくりなからんも中/\めなれたる」4オ

  ことなりとおほしとゝめつあさきにて殿上
  にかへり給を大宮はあかすあさましきことゝ
  おほしたるそことはりにいとをしかりける御たい
  めんありてこの事きこえ給にたゝいまかう
  あなかちにしもまたきにをいつかすましう
   侍れと思ふやう侍て大かくのみちにしはし
  ならはさむのほい侍によりいま二三年をいた
  つらのとしに思ひなしてをのつからおほ
  やけにもつかうまつりぬへきほとにならは
  いま人となり侍なむ身つからはこゝのへのうちに」4ウ

  おいゝて侍て世中のありさまもしり侍らす
  よるひる御前にさふらひてわつかになむは
  かなきふみなともならひ侍したゝかしこき
  御てよりつたへ侍したになにこともひろき
  心をしらぬほとはふみのさへをまねふにもこと
  ふゑのしらへにもねたえすをよはぬ所のおほ
  くなむ侍けるはかなきおやにかしこき子の
  まさるためしはいとかたきことになむ侍
  れはましてつき/\つたはりつゝへたゝり
  ゆかむほとの行さきいとうしろめたなきに」5オ

  よりなむ思ひ給へをきて侍たかきいへの
  子としてつかさかうふり心にかなひ世のなか
  さかりにをこりならひぬれはかくもむなとに
  身をくるしめむことはいとゝをくなむおほ
  ゆへかめるたはふれあそひをこのみて心の
  まゝなる官爵にのほりぬれはときにした
  かふ世人のしたにははなましろきをしつゝ
  ついせうしけしきとりつゝしたかふほとは
  をのつから人とおほえてなきやうなれととき
  うつりさるへき人にたちをくれて世おと」5ウ

  ろふるすゑには人にかるめあなつらるゝにとる
  ところなきことになむ侍なをさえをもとゝ
  してこそやまとたましひの世にもちゐ
  らるゝかたもつよう侍らめさしあたりては
  心もとなきやうに侍れともつゐの世のおも
  しとなるへき心をきてをならひなは侍らす
  なりなむのちもうしろやすかるへきにより
  なむたゝいまははか/\しからすなから
  もかくてはくゝみ侍らはせまりたる大かくの
  しうとてわらひあなつる人もよも侍らしと」6オ

  思ふ給ふるなときこえしらせ給へはうちなけ
  き給てけにかくもおほしよるへかりけることをこの
  大将なともあまりひきたかへたる御ことなり
  とかたふけはへるめるをこのおさな心ちにもいと
  くちおしく大将左衛門督の子ともなとを
  われよりは下らうとおもひおとしたりしたに
  みなをの/\かゝいしのほりつゝおよすけ
  あへるにあさきをいとからしとおもはれたるに
  心くるしく侍なりときこえ給へはうちわらひ
  給ていとおよすけてもうらみ侍なゝりない」6ウ

  とはかなしやこの人のほとよとていとうつ
  くしとおほしたりかくもんなとしてすこし
  ものゝ心え侍らはそのうらみはをのつからとけ
  侍なんときこえ給あさなつくることはひむか
  しの院にてしたまふひんかしのたいをしつ
  らはれたりかむたちめ殿上人めつらしく
  いふかしきことにして我も/\とつとひまいり
  給へりはかせともゝ中/\おくしぬへしはゝ
  かる所なくれいあらむにまかせてなたむる
  事なくきひしうをこなへとおほせ給へは」7オ

  しいてつれなく思ひなしていへよりほかに
  もとめたるそうそくとものうちあはすかた
  くなしきすかたなとをもはちなくおもゝ
  ちこはつかひむへ/\しくもてなしつゝ座に
  つきならひたるさほうよりはしめ見も
  しらぬさまともなりわかききんたちはえ
  たへすほうゑまれぬさるはものわらひなとす
  ましくすくしつゝしつまれるかきりをと
  えりいたしてへいしなともとらせ給へるにすち
  ことなりけるましらひにて右大将民部卿な」7ウ

  とのおほな/\かはらけとり給へるをあさ
  ましくとかめいてつゝをろすおほしかいも
  とあるしはなはたひさうに侍りたうふかく
  はかりのしるしとあるなにかしをしらす
  してやおほやけにはつかうまつりたうふ
  はなはたおこなりなといふに人々みなほこ
  ろひてわらひぬれはまたなりたかしなり
  やまむはなはたひさう也さをひきてた
  ちたうひなんなとをとしいふもいとおかし
  見ならひ給はぬ人々はめつらしくけうありと」8オ

  おもひこのみちよりいてたち給へるかむたち
  めなとはしたりかほにうちほゝゑみなとし
  つゝかゝるかたさまをおほしこのみて心さし
  給かめてたきことゝいとゝかきりなくおもひき
  こえ給へりいさゝかものいふをもせいすなめけ
  なりとてもとかむかしかましうのゝしり
  をるかほとものゝ夜にいりては中/\いますこし
  けちえんなるほかけにさるかうかましく
  わひしけに人わるけなるなとさま/\に
  けにいとなへてならすさまことなるわさなり」8ウ

  けりおとゝはいとあされかたくなゝる身にて
  けさうしまとはかされなんとの給てみすのうち
  にかくれてそ御らむしけるかすさたまれる
  座につきあまりてかへりまかつる大かくのしう
  ともあるをきこしめしてつり殿のかたに
  めしとゝめてことにものなとたまはせけり
  ことはてゝまかつるはかせさい人ともめしてまた/\
  ふみつくらせ給かむたちめ殿上人もさるへき
  かきりをはみなとゝめさふらはせ給はかせの
  人/\は四ゐんたゝの人はおとゝをはしめたてま」9オ

  つりて絶句つくり給興ある題のもしえりて
  文章博士たてまつるみしかきころの夜なれ
  はあけはてゝそかうする左中弁かうしつかう
  まつるかたちいときよけなる人のこはつかひ
  もの/\しく神さひてよみあけたるほと
  おもしろしおほえ心ことなるはかせなりけり
  かゝるたかきいゑにむまれ給てせかいのゑ
  い花にのみたはふれ給へき御身をもちて
  まとのほたるをむつひえたの雪ならし
  給心さしのすくれたるよしをよろつの」9ウ

  ことによそへなすらへて心/\につくりあつめ
  たるくことにおもしろくもろこしにももて
  わたりつたへまほしけなる夜のふみとも
  なりとなむそのころ世にめてゆすりける
  おとゝの御わさらなりおやめきあはれなる
  ことさへすくれたるを涙おとしてすし
  さわきしかと女のえしらぬことまねふ
  はにくきことをとうたてあれはもらしつうち
  つゝきにうかくといふことせさせ給てやかて
  この院の内に御さうしつくりてまめやかに」10オ

  さえふかき師にあつけきこえ給てそかくもん
  せさせたてまつり給ける大宮の御もとにも
  おさ/\まうて給はすよるひるうつくしみて
  なをちこのやうにのみもてなしきこえ
  給つれはかしこにてはえものならひ給はしとて
  しつかなる所にこめたてまつり給へるなりけり
  一月に三たひはかりをまいり給へとそゆるし
  きこえ給けるつとこもりゐ給ていふせきまゝ
  に殿をつらくもおはしますかなかくくるし
  からてもたかきくらゐにのほり世にもちゐら」10ウ

  るゝ人はなくやはあると思きこえ給へとおほかた
  の人からまめやかにあためきたる所なくおは
  すれはいとよくねんしていかてさるへきふみ
  ともとくよみはてゝましらひもし世にもいて
  たらんと思てたゝ四五月のうちに史記
  なといふふみよみはて給てけりいまは寮試
  うけさせむとてまつ我御まへにて心み
  給れいの大将左大弁式部大輔左中弁
  なとはかりして御師の大内記をめして
  史記のかたきまき/\れうしうけんにはかせ」11オ

  のかへさふへきふし/\をひきいてゝひとわ
  たりよませたてまつり給にいたらぬくも
  なくかた/\にかよはしよみ給へる御まつま
  しるしのこらすあさましきまてありかた
  けれはさるへきにこそおはしけれとたれも
  /\涙おとし給大将はましてこおとゝおはせ
  ましかはときこえいてゝなき給殿もえ心
  つようもてなし給はす人のうへにてかたく
  なゝりと見きゝ侍しを子のおとなふるに
  おやのたちかはりしれゆくことはいくはく」11ウ

  ならぬよはひなからかゝる世にこそ侍けれな
  との給ひてをしのこひ給を見る御師の
  心ちうれしくめいほくありとおもへり
  大将さかつきさし給へはいたうゑいしれ
  ておるかほつきいとやせ/\なり世のひかも
  のにてさえのほとよりはもちゐられすゝ
  けなくて身まつしくなむありけるを
  御らんしうる所ありてかくとりわきめ
  しよせたるなりけり身にあまるまて
  御かへりみを給りてこの君の御とくにたち」12オ

  まちに身をかへたると思へはましてゆく
  さきはならふ人なきおほえにそあらんかし
  大かくにまいり給日はれうもんにかむたちめの
  御くるまともかすしらすつとひたりおほかた
  世にのこりたる人あらしと見えたるに又
  なくもてかしつかれてつくろはれいり給へる
  くわさの君の御さまけにかゝるましらひには
  たへすあてにうつくしけなりれいのあや
  しきものとものたちましりつゝきいたる
  座のすゑをからしとおほすそいとことはり」12ウ

  なるやこゝにてもまたおろしのゝしるもの
  ともありてめさましけれとすこしもおく
  せすよみはて給つむかしおほえて大かく
  のさかゆるころなれはかみなかしもの人我
  も/\とこのみちに心さしあつまれはいよ
  /\世のなかにさえありはか/\しき人おほ
  くなんありける文人擬生なといふなる事
  ともよりうちはしめすか/\しうはて給へれ
  はひとへに心にいれて師もてしもいとゝはけみ
  まし給殿にもふみつくりしけくはかせさい」13オ

  人ともところえたりすへてなに事につけ
  てもみち/\の人のさえのほとあらはるゝ世に
  なむありけるかくてきさきゐ給へきを斎宮
  女御をこそははゝ宮もうしろみとゆへりきこえ
  給しかはとおとゝもことつけ給源氏のうちし
  きりきさきにゐ給はんこと世の人ゆるしきこ
  えすこうきてんのまつ人よりさきにまいり
  給にしもいかゝなとうち/\にこなたかなたに
  心よせきこゆる人/\おほつかなかりきこゆ
  兵部卿宮ときこえしはいまは式部卿にてこの」13ウ

  御時にはましてやんことなき御おほえにておは
  する御むすめほいありてまいり給へりおなし
  こと王女御にてさふらひ給をおなしくは御
  はゝかたにてしたしくおはすへきにこそははゝ
  きさきのをはしまさぬ御かはりのうしろみに
  とことよせてにつかはしかるへくとり/\に
  おほしあらそひたれとなをむめつほゐ
  給ぬ御さいはひのかくひきかへすくれ給へり
  けるを世の人おとろききこゆおとゝ太政大
  臣にあかり給て大将内大臣になり給ぬよの」14オ

  よのなかのことゝもまつりこち給へくゆつり
  きこえ給人からいとすくよかにきゝくしくて
  心もちゐなともかしこくものしたまふかく
  もんをたてゝし給けれはゐんふたきにはまけ
  給しかとおほやけことにかしこくなむは
  ら/\に御ことも十よ人おとなひつゝものし
  給ふもつき/\になりいてつゝおとらすさかへ
  たる御いゑのうちなり女は女御といまひと所
  なむおはしけるわかんとをりはらにてあて
  なるすちはおとるましけれとそのはゝ君」14ウ

  あせちの大納言の北方になりてさしむかへる
  子とものかすおほくなりてそれにませてのち
  のおやにゆつらむいとあいなしとりはなち
  きこえ給ひて大宮にそあつけきこえ給へ
  りける女御にはこよなく思おとしきこえ
  給つれと人からかたちなといとうつくしく
  そおはしける火さの君ひとつにておひいて
  給しかとをの/\とおにあまり給てのちは
  御かたことにてむつましき人なれとおの
  こゝにはうちとくましき物なりとちゝおとゝ」15オ

  きこえ給てけとをくなりにたるをおさ
  な心ちに思ふことなきにしもあらねは
  はかなき花もみちにつけてもひゝなあそ
  ひのついせうをもねんころにまつはれあり
  きて心さしを見えきこえ給へはいみしう
  おもひかはしてけさやにゝはいまもはちきこ
  えたまはす御うしろみともなにかはわかき御
  心とちなれはとしころみならひ給へる御
  あはひをにはかにもいかゝはもてはなれはし
  たなめはきこえんと見るに女君こそなに心」15ウ

  なくおはすれとおとこはさこそものけなき
  ほとゝ見きこゆれおほけなくいかなる御な
  からひにかありけんよそ/\になりてはこれ
  をそしつ心なくおもふへきまたかたおいなる
  てのおいさきうつくしきにてかきかはし
  たまへるふみともの心おさなくてをのつからお
  ちゝるおりあるを御かたの人/\はほの/\
  しれるもありけれとなにかはかくこそと
  たれにもきこえん見かくしつゝあるなるへし
  ところ/\の大きやうともゝはてゝ世中の」16オ

  御いそきもなくのとやかになりぬるころしくれ
  うちしておきのうは風もたゝならぬ夕
  くれに大宮の御かたにうちのおとゝまいり給て
  ひめ君わたしきこえ給て御ことなとひかせ
  たてまつり給宮はよろつのものゝ上すに
  おはすれはいつれもつたへたてまつり給ひは
  こそ女のしたるににくきやうなれとらう
  /\しきものに侍れいまの世にまことしう
  つたへたる人おさ/\侍らすなりにたりなに
  のみこくれの源氏なとかそへ給て女のなかには」16ウ

  おほきおとゝの山さとにこめをき給へる人こそ
  いと上手ときゝ侍れものゝ上すのゝちに侍れと
  すゑになりて山かつにてとしへたる人の
  いかてさしもひきすくれけんかのおとゝいと
  心ことにこそ思ひてのたまふおり/\侍れ
  こと事よりはあそひのかたのさえはなをひろう
  あはせかれこれにかよはし侍こそかしこけれ
  ひとりことにて上すとなりけんこそめつらしき
  ことなれなとのたまひて宮にそゝのかしき
  こえ給へはちうさすことうゐ/\しくなりに」17オ

  けりやとの給へ△おもしろうひきたまふさい
  はひにうちそへて猶あやしうめてたかりける
  人なりやおいのよにもたまつらぬ女こをまう
  けさせたてまつりて身にそへてもやつし
  ゐたらすやむことなきにゆつれる心おきて
  こともなかるへき人なりとそきゝ侍なとか
  つ御ものかたりきこえ給女はたゝ心はせより
  こそ世にもちゐらるゝ物に侍けれなと人のうへ
  のたまひゐてゝ女御をけしうはあらすな
  に事も人におとりてはおひいてすかしと思」17ウ

  給しかと思はぬひとにをされぬるすくせに
  なん世はおもひのほかなるものとおもひ侍ぬる
  この君をたにいかて思ふさまに見なし
  侍らんとう宮の御けんふくたゝいまの
  ことになりぬるをと人しれす思ふ給へ
  心さしたるをかういふさいわい人のはらのき
  さきかねこそ又をひすきぬれたちいて
  給つらんにましてきしろふ人ありかたくやと
  うちなけき給へはなとかさしもあらむこの
  いゑにさるすちの人いてものし給はてやむ」18オ

  あらしとこおとゝのおもひ給て女御の御
  ことをもゐたちいそき給しものをおはせま
  しかはかくもてひかむることもなからましなと
  この御ことにてそおほきおとゝもうらめしけに
  おもひきこえたまへるひめ君の御さまの
  いときひはにうつくしうてさうの御ことひ
  き給を御くしのさかりかむさしなとのあ
  てになまめかしきをうちまもり給へははち
  ちひてすこしそはみ給へるかたはらめつら
  つきうつくしけにてとりゆのてつきいみ」18ウ

  しうつくりたるものゝ心ちするを宮もかきり
  なくかなしとおほしたりかきあはせなと
  ひきすさひ給ておしやり給つおとゝわこ
  むひきよせ給てりちのしらへのなか/\
  いまめきたるをさる上すのみたれてかい
  ひき給へるいとおもしろしおまへの木すゑ
  ほろ/\とのこらぬにおいこたちなとこゝか
  しこの御木丁のうしろにかしらをつとへ
  たり
風のちからけたしすくなしうち
  すし給て琴のかむならねとあやしくも」19オ

  のあはれなる夕かな猶あそはさんやとて秋風
  楽にかきあはせてさうかし給へるこゑいとお
  もしろけれはみなさま/\おとゝをもいと
  うつくしと思ひきこえ給にいとゝそへむと
  にやあらむ火さの君まいり給へりこなたに
  とて御木丁へたてゝいれたてまつり給へり
  おさ/\たいめむもえたまはらぬかなゝと
  かくこの御かくもんのあなかちならんさえの
  ほとよりあまりすきぬるもあちきなきわさ
  とおとゝもおほししれることなるをかくをきて」19ウ

  きこえ給やうあらんとは思たまへなからかう
  こもるおはすることなむ心くるしう侍ときこえ
  給てとき/\はことわさし給へふゑのねにもふる
  ことはつたはるものなりとて御ふゑたてまつり
  給いとわかうおかしけなるねにふきたてゝい
  みしうおもしろけれは御ことゝもをはしはし
  とゝめておとゝはうしおとろ/\しからすうちな
  らし給てはきか花すりとうたひ給大
  殿もかやうの御あそひに心とゝめ給ていそかし
  き御まつりことゝもをはのかれ給なりけり」20オ

  けにあちきなきよに心のゆくわさをして
  こそすくし侍なまほしけれなとの給て御か
  はらけまいり給にくらうなれは御となふゝま
  いり御ゆつけくたものなとたれも/\きこ
  しめす姫君はあなたにわたしたてまつり
  給さしいてけとをくもてなし給ひ御ことの
  ねはかりをもきかせたてまつらしといまはこよな
  くへたてきこえ給をいとをしきことありぬへ
  き世なるこそとちかうつかうまつる大宮の
  御かたのねひ人ともさゝめきけりおとゝいて」20ウ

  給ぬるやうにてしのひて人にものゝたまふとて
  たち給へりけるをやおらかいほそりていて給
  みちにかゝるさゝめきことをするにあやしう
  なり給て御みゝとゝめ給へはわか御うへをそ
  いふかしこかり給へと人のおやよをのつからお
  れたることこそいてくへかめれ子をしるといふ
  はそら事なめりなとそつきしろふあさま
  しくもあるかなされはよおもひよらぬこと
  にはあらねといはけなきほとにうちたゆみ
  て世はうき物にもありけるかなとけしきを」21オ

  つふ/\と心え給へとをともせていて給ぬ御さ
  きをふこゑのいかめしきにそ殿はいまこそ
  いてさせ給けれいつれのくまにおはしましつ
  らんいまさへかゝるあたけこそといひあへりさゝ
  めきことの人/\はいとかうはしきかのうちそ
  よめきいてつるは火さの君のおはしつるとこそ
  思ひつれあなむくつけやしりうことやほのき
  こしめしつらんわつらはしき御心をとわひ
  あへり殿はみちすからおほすにいとくちおしく
  あしきことにはあらねとめつらしけなきあはひ」21ウ

  に世人も思いふへきことおとゝのしゐて女
  御をゝししつめ賜もつゝきにわくらはに人に
  まさる事もやとこそ思ひつれねたくもある
  かなとおほす殿の御なかのおほかたにはむかし
  もいまもいとよくおはしなからかやうのかた
  にてはいとみきこえ給ひしなこりもおほし
  いてゝ心うけれはねさめかちにてあかし給大
  宮をもさやうのけしきには御らんすらん
  ものをよになくかなしくし賜御むまこ
  にてまかせて見たまふならんと人/\の」22オ

  いひしけしきをねたしとおほすに御心う
  こきてすこしをゝしくあさやきたる御心に
  はしつめかたし二日はかりありてまいり給へり
  しきりにまいり給ときは大宮もいと御心ゆき
  うれしきものにおほゐたり御あまひたい
  ひきつくろひうるはしき御こうちきなと
  たてまつりそへてこなからはつかしけにおは
  する御人さまなれはまおならすそ見え
  たてまつり給おとゝ御けしきあしくてこゝ
  にさふらふもはしたなく人々いかに見侍らん」22ウ

  と心をかれにたりはか/\しき身にはへら
  ねと世に侍らんかきり御めかれす御らんせられ
  おほつかなきへたてなくとこそ思ひ給ふ
  れよからぬものゝうへにてうらめしと思ひ
  きこえさせつへきことのいてまうてきたるを
  かうも思ふ給へしとかつはおもひ給れとなを
  しつめかたく侍てなんと涙をしのこひ給に
  宮けさうし給える御かほの色たかひて
  御めもおほきになりぬいかやうなることにて
  かいまさらのよはひのすゑに心をきてはおほ」23オ

  さるらんときこえ給もさすかにいとおしけれ
  とたのもしき御かけにおさなきものをたて
  まつりをきて身つからをは中/\おさなく
  より見たまへもつかすまつめにちかきかま
  しらひなとはか/\しからぬを見たまえ
  なけきいとなみつゝさりとも人となさせ給
  てんとたのみわたり侍つるにおもはすなる
  ことの侍けれはいとくちをしうなんまことに
  あめのしたならふ人なきいうそくにはもの
  せらるめれとしたしきほとにかゝるは人の」23ウ

  きゝおもふところもあはつけきやうになむ
  なにはかりのほとにもあらぬなからひにたに
  し侍るをかの人の御ためにもいとかたはなること
  なりさしはなれきら/\しうめつらしけ
  あるあたりにいまめかしうもてなさるゝにそ
  おかしけれゆかりむつひねちけかましき
  さまにておとゝもきゝおほとところ侍なん
  さるにてもかゝることなんとしらせ給てこと
  さらにもてなしすこしゆかしけあること
  をませてこそ侍らめおさなき人々の心に」24オ

  まかせて御らんしはなちけるを心うく思ふ
  給ふなときこえ給にゆめにもしり給はぬこと
  なれはあさましうおほしてけにかうの
  給もことはりなれとかけてもこの人/\のした
  の心なんしり侍らさりけるけにいとくちをし
  きことはこゝにこそましてなけくへく侍れも
  ろともにつみをおほせ給はてうらめしき
  ことになんみたてまつりしより心ことに思ひ
  侍てそこにおほしいたらぬことをもすくれ
  たるさまもてなさむとこそ人しれす思ひ」24ウ

  侍れものけなき程を心のやみにまとひ
  ていそきものせんとはおもひよらぬことになん
  さてもたれかはかゝることはきこえけんよからぬ
  よの人のことにつきてきはたけくおほし
  の給ふもあちきなくむなしきことにて人
  の御なやけかれんとのたまへはなにのうき
  たる事にか侍らんさふらふめる人/\もかつは
  みなもときわらふへかめるものをいとくちをし
  くやすからす思ふたまへらるゝやとてたち
  給ぬしれるとちはいみしういとおしく」25オ

  おもふ一夜のしりうことの人/\はまして心ち
  もたかひてなにゝかゝるむつものかたりをし
  けんと思なけきあへり姫君はなにもなくて
  おはするにさしのそき給つれはいとらう
  たけなる御さまをあはれに見たてまつり
  給わかき人といひなから心おさな/\ものし
  給けるをしらてかく人なみ/\に思ける
  我こそまさりてはかなかりけれとて御めの
  とゝもをさいなみたまふにきこえんかたなし
  かやうの事はかきりなきみかとの御いつき」25ウ

  むすめもをのつからあやまつためし
  むかし物かたりにもあめれとけしきを
  しりつたふる人さるへきひまにてこそあら
  めこれはあけくれたちましり給てとし
  ころをはしましつるをなにかはいはけなき
  御ほとを宮の御もてなしよりさしすくし
  てもへたてきこえさせんとうちとけてすく
  しきこえつるをとしはかりよりはけさやか
  なる御もてなしになりにて侍めるにわか
  き人とてもうちまきれはみいかにそやよつ」26オ

  きたる人もおはすへかめるを夢にみたれ
  たる所おはしまさゝめれはさらに思よら
  さりけることゝをのかとちなけくよしし
  はしかゝることもらさしかくれあるまし
  きことなれと心をやりてあらぬことゝたにいひ
  なされなされよいまかしこにわたしたて
  まつりてん宮の御心のいとつらきなりそこ
  たちはさりともいとかゝれとしもおもはれ
  さりけんとの給へはいとおしきなかにもうれ
  しくの給と思ひてあないみしや大納言殿に」26ウ

  きゝ給はんことをさへ思ひ侍れはめてたきにても
  たゝ人のすちはなにのめつらしさにか思ひ
  たまへかけんときこゆ姫君はいとおさなけ
  なる御さまにてよろつに申給へともかひある
  へきにもあらねはうちなき給ていかにしてか
  いたつらになり給ましきわさはすへからんと
  しのひてさるへきとちの給て大宮をのみそ
  うらみきこえ給宮はいと/\おしとおほす
  なかにもおとこ君の御かなしさはすくれ給
  にやあらんかゝる心のありけるもうつくしう」27オ

  おほさるゝになさけなくこよなきことのや
  うにおほしのたまへるをなとかさしもあるへ
  きもとよりいたう思つき給ことなくてかく
  まてかしつかんともおほしたゝさりしをわか
  かくもてなしそめたれはこそ春宮の御ことをも
  おほしかけためれとりはつしてたゝ人の
  すくせあらはこの君よりほかにまさるへき
  人やはあるかたちありさまよりはしめてひ
  としき人のあるへきかはこれよりおよひなか
  らんきはにもとこそおもへと我心さしのまされ」27ウ

  はにやおとゝをうらめしう思きこえ給御心
  のうちをみせたてまつりたらはまして
  いかにうらみきこえ給はんかくさはかるらん
  ともしらてくわさの君まいり給へり一夜も
  人めしけうて思ふことをもえきこえすなり
  にしかはつねよりもあはれにおほえ給けれは
  夕つかたおはしたるなるへし宮れいは
  せひしらすうちゑみてまちよろこひきこ
  え給をまめたちて物かたりなときこ
  え給ついてに御ことにより内のおとゝのえん」28オ

  してものし給にしかはいとなんいとおしき
  ゆかしけなきことをしも思そめ給て人に
  ものおもはせ給つへきか心くるしきことかう
  もきこえしと思へとさる心もしり給はて
  やとおもへはなんときこえ給へは心にかゝれるこ
  とのすちなれはふと思ひよりぬおもてあかみて
  なに事にか侍らんしつかなる所にこもり侍
  にしのちともかくも人にましるおりなけれ
  はうらみ給へきこと侍らしとなん思たまふ
  るとていとはつかしと思へるけしきをあは」28ウ

  れに心くるしうてよしいまよりたによう
  いし給へとはかりにてこと/\にいひなし
  給ふついとゝふみなともかよはんことのかた
  きなめりと思ふにいとなけかしものまいり
  なとし給へとさらにまいらてねたまひぬる
  やうなれと心も空にて人しつまる程になか
  さうしをひけとれいはことにさしかため
  なともせぬをつとさして人のをともせす
  いと心ほそくおほえてさうしによりかゝり
  てゐたまへるに女君もめをさまして」29オ

  風のをとのたけにまちとられてうちそ
  よめくにかりのなきわたるこゑのほのかに
  きこゆるにおさなき心ちにもとかくおほし
  みたるゝにや雲井のかりも我ことやと
  ひとりうち給ふけはひわかうらうたけ
  なりいみしう心もとなけれはこれあけさせ給へ
  小侍従やさふらふとの給へとをともせす御めの
  とこなりけりひとりことをきゝ給けるも
  はつかしうてあいなく御かほもひきいれ給
  へとあはれはしらぬにしもあらぬそにく」29ウ

  きやめのとたちなとちかくふしてうちみし
  ろくもくるしけれはかたみにをともせす
    さ夜中にともよひわたるかりかねに
  うたてふきそふ荻のうはかせ身にもしみ
  けるかなとおもひてつゝけて宮のおまへにかへり
  てなけきかちなるも御めさめてやきかせ
  給らんとつゝましくみしろきふし給
  へりあいなく物はつかしうてわか御かたに
  とくいてゝ御ふみかき給へれとこしゝうも
  えあい給はすかの御かたさまにもえいかす」30オ

  むねつふれておほえ給女はたさはかれ
  給しことのみはつかしうて我身やいかゝ
  あらむ人やいかゝおもはんともふかくおほし
  いれすおかしうらうたけにてうちかたらふ
  さまなとをうとましとも思はなれ給はさり
  けり又かうさはかるへきこともおほさゝりけるを
  御うしろみともゝいみしうあはめきこゆれ
  はえこともかよはし給はすおとなひたる人
  やさるへきひまをもつくりいつらむおと
  こ君もいますこし物はかなきとしの」30ウ

  ほとにてたゝいとくちおしとのみ思ふおとゝは
  そのまゝにまいりたまはす宮をいとつらしと
  おもひきこえ給北の方にはかゝる事なんと
  けしきも見せたてまつり給はすたゝおほ
  かたいとむつかしき御けしきにて中宮
  のよそおひことにてまいり給へるに女御の
  世中おもひしめりてものし給を心くるし
  うむねいたきにまかてさせたてまつりて
  心やすくうちやすませたてまつらんさすかに
  うへとつとさふらはせ給てよるひるおはし」31オ

  ますめれはある人々も心ゆるゐせすくる
  しうのみわふめるにとの給てにはかにまか
  てさせたてまつり給御いとまもゆるされ
  かたきをうちむつかりたまてうへはしふ/\
  におほしめしたるをしゐて御むかへし給
  つれ/\におほされんをひめ君わたして
  もろともにあそひなとし給へ宮にあつけ
  たてまつりたるうしろやすけれといとさ
  くしりおよすけたる人たちましりて
  をのつからけちかきもあいなきほとになり」31ウ

  にたれはなんときこえ給てにはかにわたしき
  こえ給宮いとあへなしとおほしてひとりも
  のせられし女なくなり給てのちいとさう
  さうしく心ほそかりしにうれしうこの君
  をえていけるかきりのかしつきものと思ひ
  てあけくれにつけておいのむつかしさも
  なくさめんとこそおもひつれおもひのほかに
  へたてありておほしなすもつらくなとき
  こえたまへはうちかしこまりて心にあかす
  おもふたまへらるゝ事はしかなんおもふたま」32オ

  へらるゝとはかりきこえさせしになむふかく
  へたて思たまふることはいかてか侍らむうちに
  さふらふか世の中うらめしけにてこの比
  まかてゝ侍るにいとつれ/\におもひてくし
  侍れは心くるしう見給ふるをもろともに
  あそひわさをもしてなくさめよとおもふ
  たまへてなむあからさまにものし侍とてはく
  くみ人となさせたまへるををろかにはよも思ひ
  きこえさせしと申給へはかうおほしたち
  にたれはとゝめきこえさせ給ふともおほしかへす」32ウ

  へき御心ならぬにいとあかすくちおしう
  おほされて人の心こそうきものはあれと
  かくをさなき心ともにも我にへたてゝうと
  ましかりけることに又さもこそあらめ
  おとゝのものゝ心をふかうしり給なからわれ
  をえんしてかくゐてわたしたまふことかし
  こにてこれよりうしろやすきこともあらし
  とうちなきつゝの給おりしもくわさの君
  まいり給へりもしいさゝかのひまもやとこの
  ころはしけうほのめき給なりけり内のおとゝ」33オ

  の御くるまのあれは心のおにゝはしたなくて
  やをらかくれて我御かたにいりゐ給へり内の
  大とのゝきんたち左少将少納言兵衛佐侍従
  たいふなといふもみなこゝにはまいりつとひたれ
  とみすのうちはゆるしたまはす左衛門督権中
  納言なともこと御はらなれと故殿の御もて
  なしのまゝにいまもまいりつかうまつり
  給ことねんころなれはその御こともゝさま/\
  まいり給へとこの君ににるにほひなく見ゆ
  大宮の御心さしもなすらひなくおほし」33ウ

  たるをたゝこのひめ君をそけちかうらう
  たきものとおほしかしつきて御かたはら
  さけすうつくしきものにおほしたりつる
  をかくてわてり給なんかいとさう/\しき
  ことをおほすとのはいまのほとにうちにまいり
  侍りて夕つかたむかへにまいり侍らんとて
  いて給ぬいふかひなきことをなたらかに
  いひなしてさてもやあらましとおほせ
  と猶いと心やましけれは人の御程のすこし
  もの/\しくなりなんにかたはならす見」34オ

  なしてその程心さしのふかさあさゝのおもむ
  きをも見さためてゆるすともことさら
  なるやうにもてなしてこそあらめせいし
  いさむともひと所にてはおさなき心のまゝに
  見くるしうこそあらめ宮もよもあなかちに
  せいし給ことあらしとおほせは女御の御
  つれ/\にことつけてこえにもかしこにもお
  いらかにいひなしてわたし給なりけり宮の
  御ふみにておとゝこそうらみもしたまはめ
  君はさりとも心さしのほともしり給らん」34ウ

  わたり見え給へときこえたまへれはいとをかし
  けにひきつくろひてわたり給へり十四
  になんおはしけるかたなりにみえ給へと
  いとこめかしうしめやかにうつくしきさまし
  給へりかたはらさけたてまつらすあけくれ
  のもてあそひものに思ひきこえつるをいとさう
  さうしくもあるへきかなのこりすくなき
  よはひのほとにて御ありさまを見はつまし
  きことゝいのちをこそ思ひつれいま更に見
  すてゝうつろひ給やいつちならむとおもへは」35オ

  いとこそあはれなれとてなきたまふひめ君は
  はつかしきことをおほせはかほももたけ給
  はてたゝなきにのみなき給おとこ君の御
  めのとさい将の君いてきておなしきみと
  こそたのみきこえさせつれくちおしく
  かくわたせ給こと殿はことさまにおほしなる
  ことおはしますともさやうにおほしなひかせ
  給ななとさゝめききこゆれはいよ/\はつ
  かしとおほしてものもの給はすいてむつかし
  きことなきこえられそ人の御すくせすくせ」35ウ

  いとさためかたくとの給ふいてやものけ
  なしとあなつりきこえさせ給と侍めりかし
  さりともけにわか君人におとりきこえさせ給
  ときこしめしあはせよとなま心やましきまゝ
  にいふくわさの君ものゝうしろにいりゐて見
  給に人のとかめむもよろしき時こそくるし
  かりけれいと心ほそくてなみたおしのこ
  ひつゝおはするけしきを御めのといと心くるし
  う見て宮にとかくきこえたはかりて夕まくれ
  の人のまよひにこいめむせさせ給へりかたみ」36オ

  にものはつかしくむねつふれてものもいは
  てなき給おとゝの御心のいとつらけれはさは
  れ思ひやみなんとおもへとこひしうおはせ
  むこそわりなかるへけれなとてすこしひま
  ありぬへかりつるひころよそにへたてつら
  むとの給さまもいとわかうあはれけなれはま
  ろもさこそはあらめとの給恋しとはおほし
  なんやとの給へはすこしうなつき給さまも
  おさなけなり御となふらまいり殿まかて給
  けはひこちたくをひのゝしる御まきのこゑ」36ウ

  に人々そゝやなとをちさはけはいとおそろしと
  おほしてわなゝき給さもさはかれはとひたふる
  心にゆるしきこえ給はす御めのとまいりてもと
  めたてまつるにけしきをみてあな心つき
  なやけに宮しらせ給はぬ事にはあらさりけり
  とおもふにいとつらくいてや△りけるよかなと
  のゝおほしの給事はさらにもきこえす大納言
  殿にもいかにきかせ給はんめてたくともものゝ
  はしめの六位すくせよとつふやくもほのき
  こゆたゝこのひやうふのうしろにたつね△」37オ

  きてなけくなりけりおとこ君我をはくらゐ
  なしとてはしたなむるなりけりとおほすに
  世の中うらめしけれはあはれもすこしさむ
  る心地してめさましかれきゝたまへ
    くれなゐのなみたにふかき袖の色をあさみ
  とりにやいひしほるへきはつかしとのたまへは
    いろ/\に身のうきほとのしらるゝはいかに
  そめける中のころもそとものの給はてぬに
  殿いり給へはわりなくてわたり給ぬおとこ
  君はたちとまりたる心ちもいと人わるく」37ウ

  むねふたかりて我御かたにふし給ぬ御車
  三はかりにてしのひやかにいそきいてたまふ
  けはひをきくもしつ心なけれは宮のおまへ
  よりまいり給へとあれとねたるやうにてう
  こきもし給はす涙のみとまらねはなけきあ
  かしてしものいとしろきにいそきいて給ふ
  うちはれたるまみも人に見えんかはつかしき
  に宮はためしまつはすへかめれは心やすき所
  にとていそきいて給なりけりみちのほと人
  やりならす心ほそく思ひつゝくるに空の」38オ

  けしきもいたうくもりてまたくらかりけり
    しもこほりうたてむすへるあけくれのそら
  かきくらしふるなみたかな大殿にはことし
  五節たてまつり給なにはかりの御いそき
  ならねとわらはへのさうそくなとちかうなり
  ぬとていそきせさせ給ふひんかしの院には
  まいりの夜の人々のさうそくせさせ給ふ
  殿には大かたのことゝも中宮よりもわらは
  しもつかへのれうなとえならてたてまつれ
  給へりすきにしとし五節なととまれ」38ウ

  りしかさう/\しかりしつもりとりそへうへ
  人の心ちもつねよりもはなやかにおもふへ
  かめるとしなれは所々いとみていといみし
  くよろつをつくし給きこえあり按察大
  納言左衛門督うへの五節にはよしきよいま
  はあふみのかみにて左中弁なるなんたてまつ
  りけるみなとゝめさせ給て宮つかへすへく
  おほせことことなるとしなれはむすめを
  をの/\たてまつり給殿のまひひめは
  これみつのあそんの津のかみにて左京大夫」39オ

  かけたるか女かたちなといとをかしけなるきこ
  えあるをめすからいことに思ひたれと大納言
  のほかはらのむすめをたてまつらるなるに
  あそんのいつきむすめいたしたてたら
  むなにのはちかあるへきとさいなめは
  わひておなしくは宮つかへやかてせさすへし
  思をきてたりまひならはしなとはさとにて
  いとようしたてゝかしつきなとしたしふ身
  にそふへきはいみしうえりとゝのへてその日の
  夕つけてまいらせたり殿にも御かた/\の」39ウ

  わらはしもつかへのすくれたるをと御らんし
  くらへえりいてらるゝ心ちともはほと/\につ
  けていとおもたゝしけなり御前にめして御
  らんせむうちならしに御まへをわたらせてと
  さため給すつへうもあらすとり/\なる
  わらはへのやうたいかたちをおほしわつらひ
  ていま一ところのれうをこれよりたてまつ
  らはやなとわらひ給たゝもてなしよう
  いによりてそえらひにいりける大かくの君
  むねのみふたかりてものなともみいれられ」40オ

  すくむしいたくてふみもよまてなかめふ
  し給へるを心もやなくさむとたちいてゝまき
  れありき給さまかたちはめてたくをかし
  けにてしつやかになまめい給へれはわかき女
  房なとはいとをかしと見たてまつるうへ
  の御かたにはみすのまへにたにものちかうも
  もてなし給はすわか御心ならひいかにおほす
  にかありけむうと/\しけれはこたちなと
  もけとをきをけふはものゝまきれにいり
  たち給へるなめりまい姫かしつきおろして」40ウ

  つまとのまにひやうふなとたてゝかりそめの
  しつらひなるにやをらよりてのそき給へは
  なやましけにてそひふしたりたゝかの人
  の御ほとゝ見えていますこしそひやかにやう
  たいなとのことさらひをかしき所はまさりて
  さへみゆくらけれはこまかには見えねとほとの
  いとよくおもひいてらるゝさまに心うつるとは
  なけれとたゝにもあらてきぬのすそをひき
  ならい給になに心もなくあやしとおもふに
    あめにますとよをかひめのみや人もわか心」41オ

  さすしめをわするなおとめこか袖ふる山のみつ
  かきのとのたまふそうちつけなりけるわかう
  をかしきこゑなれとたれともえ思ひたとられ
  すなまむつかしきにけさうしそふとてさはき
  つるうしろみともちかうよりて人さはかしう
  なれはいとくちをしうてたちさり給ぬものうか
  り給を五節にことつけてをしなとさまかは
  れる色ゆるされてまいり給きひはにきよら
  なるものからまたきにおよすけてされあり
  き給みかとよりはしめたてまつりておほし」41ウ

  たるさまなへてならす世にめつらしき御お
  ほえなり五節のまいるきしきはいつれと
  もなく心々にになくし給へるをまひひめの
  かたち大殿と大納言殿とはすくれたりと
  めてのゝしるけにいとをかしけなれとこゝしう
  うつくしけなることはなを大殿のにはえ思ふ
  ましかりけりものきよけにいまめきてそ
  のものともみゆましうしたてたるやうたい
  なとのありかたうをかしけなるをかうほめら
  るゝなめりれいのまゐひめともよりはみな」42オ

  すこしおとなひつゝけに心ことなるとしなり
  殿まいり給て御らんするにむかし御めとまり
  給しおとめのすかたをほしいつたつの日の
  くれつかたつかはす御ふみのうち思ひやるへし
    おとめ子も神さひぬらしあまつ袖ふかき
  世のともよはひへぬれはとし月のつもりを
  かそへてうちおほしけるまゝのあはれをえ
  しのひたまはぬはかりのをかしうおほゆるも
  はかなしや
    かけていへはけふのことゝそおもほゆる日」42ウ

  影のしもの袖にとけしもあをすりのかみよく
  とりあへてまきらはしかいたるこすみうす
  すみさうかちにうちませみたれたるも人の
  ほとにつけてはをかしと御らんす冠者の君
  も人のめとまるにつけても人しれすおもひ
  ありき給へとあたりちかくたによせす
  いとけゝしうもてなしたれはものつゝまし
  きほとの心にはなけかしうてやみぬかたちは
  しもいと心につきてつらき人のなくさめにも
  みるわさしてんやとおもふやかてみなとめさせ」43オ

  給て宮つかへすへき御けしきありけれと
  このたひはまかてさせてあふみのはからさき
  のはらへ津のかみはなにはといとみてまかてぬ
  大納言もことさらにまいらすへきよしそう
  せさせ給左衛門督その人ならぬをたてまつり
  てとかめけれとそれもとゝめさせ給つのかみは
  内侍のすけあきたるにとまうさせたれは
  さもやいたはらましと大殿もおほいたるを
  かの人はきゝ給ひていとくちおしとおもふわか
  としのほとくらゐなとかくものけなからすは」43ウ

  こひみてまし物をおもふ心ありとたにしられ
  てやみなん事とわさとのことにはあらねと
  うちそへてなみたくまるゝおり/\ありせ
  うとのわらは殿上するつねにこの君にま
  いりつかうまつるをれいよりもなつかしう
  かたらひ給て五節はいつかうちへまいるととひ
  給ことしとこそはきゝ侍れときこゆかほの
  いとよかりしかはすゝろにこそ恋しけれ
  ましかつねにみるらむもうらやましき
  をまた見せてんやとの給へはいかてかさは侍」44オ

  らん心にまかせてもえ見侍らすをのこはら
  からとてちかくもよせ侍らねはましていかて
  かきんたちには御らんせさせんときこゆさらは
  ふみをたにとてたまへりさき/\かやうの事は
  いふものをとくるしけれとせめてたまへはいと
  おしうてもていぬとしのほとよりはされて
  やありけんをかしと見けりみとりのうすやう
  のこのましきかさねなるにてはまたいとわか
  けれとおいさき見えていとをかしけに
    日影にもしるかりけめやをとめこかあま」44ウ

  のは袖にかけし心はふたりみる程にちゝぬし
  ふとよりきたりおそろしうあきれてえ
  ひきかくさすなそのふみそとてとるにお
  もてあかみてゐたりよからぬわさしけりと
  にくめはせうとにけていくをよひよせてたか
  そととへはとのゝくわさの君のしか/\のたまう
  て給へるといへはなこりなくうちえみていかに
  うつくしき君の御され心なりきんちゝは
  おなしとしなれといふかひなくはかなかめり
  かしなとほめてはゝ君にもみすこの君」45オ

  たちのすこし人かすにおほしぬへからまし
  かは宮つかへよりはたてまつりてまし殿の
  御心をきて見るにみそめ給てん人を御心とは
  わすれ給ふましきとこそいとたのもし
  けれあかしの入道のためしにやならまし
  なといへとみないそきたちにたりかの人は
  ふみをたにえやり給はすたちまさるかたの
  ことし心にかゝりてほとふるまゝにわりなく
  こひしきおもかけにまたあひ見てやと思ふ
  よりほかのことなし宮の御もとへあいなく心う」45ウ

  くてまいり給はすおはせしかたとしころ
  あそひなれし所のみ思ひいてらるゝ事まさ
  れはさとさへうくおほえ給つゝまたこもりゐ
  給へり殿はこのにしのたいにそきこえあつけ
  たてまつり給ける大宮の御世の△△りすく
  なけなるをおはせすなりなんのちもかくおさ
  なきほとより見ならしてうしろみおほせ
  ときこへ給へはたゝの給まゝの御心にてなつかし
  うあはれに思ひあつかひたてまつり給ほのかに
  なと見たてまつるにもかたちのまほならす」46オ

  もおはしけるかなかゝる人をも人はおもひ
  すて給はさりけりなと我あなかちにつら
  き人の御かたちを心にかけて恋しとおもふも
  あちきなしや心はへのかやうにやはらかな
  らむ人をこそあひおもはめと思ふまた
  むかひてみるかひなからんもいとをしけなり
  かくてとしへ給ひにけれと殿のさやうなる御
  かたち御心とみ給うてはまゆふはかりのへたて
  さしかくしつゝなにくれともてなしまきら
  はし給めるもむへなりけりと思心のうちそ」46ウ

  はつかしかりける大宮のかたちことに
  おはしませとまたいときよらにおはし
  こゝにもかしこにも人はかたちよきものと
  のみめなれ給へるをもとよりすくれさりける
  御かたちのやゝさたすきたる心地してやせ
  やせに御くしすくなゝるなとかかくそしら
  はしきなりけりとしのくれにはむ月の御さう
  そくなと宮はたゝこの君ひと所の御ことをま
  しることなういそいたまふあまたくたりい
  ときよらにしたてたまへるを見るももの」47オ

  うくのみおほゆれはついたちなとにはかな
  らすしも内へまいるましう思ひ給ふ△に
  なにゝかくいそかせ給らんときこえ給へはな
  とてかさもあらんおひくつをれたらむ人の
  やうにもの給かなとの給へはおいねとく
  つをれたか心ちそするやとひとりこちて
  うちなみたくみてゐ給へりかのことを思な
  らんといと心くるしうて宮もうちひそみ
  給ぬおとこくちおしききはのひとたに心
  をたかうこそつかうなれあまりしめやかにかく」47ウ

  なものし給そなにとかかうなかめかちに
  思ひいれ給へきゆゝしうとの給もなにかわ六
  位なと人のあなつり侍めれはしはしのことゝ
  はおもふたまふれと内へまいるも物うくてなん
  こおとゝおはしまさましかはたはふれにても
  人にはあなつられ侍らさらましものへたてぬ
  おやにおはすれといとけゝしうさしはなちて
  おほいたれはおはしますあたりにたやすくも
  まいりなれ侍らすひんかしの院にてのみなん
  おまへちかく侍るたいの御かたこそあはれにも」48オ

  のし給へおやいまひと所おはしまさましかは
  なに事を思ひ侍らましとてなみたの
  おつるをまきらはい給へるけしきいみしう
  あはれなるに宮はいとゝほろ/\となき給て
  はゝにもをくるゝ人はほと/\につけてさの
  みこそあはれなれとをのつからすくせ/\に
  人となりたちぬれはをろかにおもふもなき
  わさなるを思ひいれぬさまにてものし給へ
  こおとゝのいましはしたにものし給へかし
  かきりなきかけにはおなしことゝたのみきこ」48ウ

  ゆれと思ふにかなはぬことのおほかるかな内のおとゝ
  の心はへもなへての人にはあらすと世人も
  めていふなれとむかしにかはることのみまさり
  ゆくにいのちなかさもうらめしきにおいま
  きとをき人さへかくいさゝかにても世を思ひ
  しめり給へれはいとなむよろつうらめしき
  よなるとてなきをはしますついたちにも大
  殿は御ありきしなけれはのとやかにておは
  しますよしふさのおとゝときこえける
  いにしへのれいになすらへてあをむまひ」49オ

  きせちゑの日内のきしきをうつしてむ
  かしのためしよりもことそへていつかしき
  御ありさまなりきさらきの廿日あまりす
  さく院に行かうあり花さかりはまたしき
  程なれとやよひは故宮の御忌月なりとく
  ひらけたるさくらのいろもいとおもしろ
  けれは院にも御よういことにつくろひみかゝ
  せ給ひ行幸につかうまつり給上達部みこた
  ちよりはしめ心つかひし給へり人々みなあ
  を色にさくらかさねをき給みかとはあ」49ウ

  かいろの御そたてまつれりめしありて
  おほきおとゝまいり給おなしあかいろを
  き給へれはいよ/\ひとつものとかゝやきて
  見えまかはせ給人々のさうそくよういつね
  にことなり院もいときよらにねひまさら
  せ給て御さまのよういなまめきたるかたに
  すゝませ給へりけふはわさとの文人もめさ
  すたゝそのさえかしこしときこえたるかく
  生十人をめす式部のつかさの心みの題を
  なすらへて御たい給ふ大殿のたらう君」50オ

  の心み給へきなめりおくたかきものともは
  ものもおほえすつなかぬふねにのりて池に
  はなれいてゝいとすへなけなりひやう/\くた
  りてかくの船ともこきまひて調子ともそ
  うする程の山かせのひゝきおもしろくふき
  あはせたるに火さの君はかうくるしき道
  ならてもましらひあそひぬへきものをと
  世中うらめしうおほえ給けり春鴬囀まふ
  ほとにむかしの花宴のほとおほしいてゝ
  院のみかとも又さはかりの事みてんやと」50ウ

  の給はするにつけてそのよの事あはれにおほし
  つゝけらるまひはつるほとにおとゝ院に
  御かはらけまいり給
    うくひすのさえつるこゑはむかしにて
  むつれし花のかけそかはれる院のうへ
    こゝのへをかすみへたつるすみかにも春と
  つけくる鴬のこゑ帥の宮ときこえしいま
  は兵部卿にていまのうへに御かはらけまいり給
    いにしへをふきつたへたるふえ竹にさえつる
  鳥のねさへかはらぬあさやかにそうしなし」51オ

  給へるよういことにめてたしとらせ給て
    鴬のむかしをこひてさえつるはこつたふ
  花の色やあせたるとの給はする御ありさま
  こよなくゆへ/\しくおはしますこれは御
  わたくしさまにうち/\のことなれはあまた
  にもなかれすやなりにけんまたかきおとして
  けるにやあらん楽所とをくておほつかなけれ
  は御前に御ことゝもめす兵部卿の宮ひは内の
  おとゝ和琴さうの御こと院の御まへにまいりて
  琴はれいのおほきおとゝに給はりたまふせめ」51ウ

  きこえ給さるいみしき上手のすくれたる
  御てつかひとものつくし給へるねはたとへんかた
  なしさうかの殿上人あまたさふらふあなた
  うと
そひてつきにさくら人月おほろに
  さしいてゝをかしきほとになかしまのはた
  りにこゝかしこかゝり火ともともしておほ
  みあそひはやみぬ夜ふけぬれとかゝるつゐ
  てにおほきさいの宮おはしますかたをよき
  てとふらひきこえさせ給はさらんもなさけ
  なけれはかへさにわたらせ給おとともろとも」52オ

  にさふらひ給きさきまちよろこひ給て御
  たいめんありいといたうさたすき給にける
  御けはひにもこ宮を思ひいてきこえ給て
  かくなかくおはしますたくひもおはしける
  ものをとくちおしうおもほすいまはかくふり
  ぬるよはひによろつの事わすられ侍にける
  をいとかたしけなくわたりおはしまいたる
  になんさらにむかしの御代のこと思ひいてられ
  侍とうちなき給さるへき御かけともにをく
  れ侍てのちはるのけちめも思ひたまへわか」52ウ

  れぬをけふなむなくさめ侍ぬる又/\もと
  きこえ給おとゝもさるへきさまにきこえ
  てことさらにさふらひてなんときこえ給
  のとやかならてかへらせ給ひゝきにもきさ
  きは猶むねうちさはきていかにおほし
  いつらむ世をたもち給へき御すくせはけ
  たれぬものにこそといにしへをくひおほす
  内侍のかんの君ものとやかにおほしいつるにあ
  はれなる事おほかりいまもさるへきおり
  風のつてにもほのめききこえ給ことたえさる」53オ

  へしきさきはおほやけにそうせさせ給こと
  ある時々そ御たうはりのつかさかうふりなに
  くれの事にふれつゝ御心にかなはぬときそ
  いのちなかくてかゝる世のすゑを見ることゝ
  とりかへさまほしうよろつおほしむつかり
  けるおひもておはするまゝにさかなさも
  まさりて院もくらへくるしうたとへかたく
  そおもひきこえ給けるかくて大かくの君
  その日のふみうつくしうつくり給て進士に
  なり給ぬ年つもれるかしこきものともを」53ウ

  えらはせ給しかときうたいの人わつかに三人
  なんありける秋のつかさめしにかうふりえて
  侍従になり給ぬかの人の御ことわするゝ世
  なけれとおとゝのせちにまもりきこえ
  給もつらけれはわりなくてなともたい
  めんし給はす御せうそこはかりさりぬへき
  たよりにきこえ給てかたみに心くるしき
  御なかなり大殿しつかなる御すまひをおなし
  くはひろく見所ありてこゝかしこにて
  おほつかなき山さと人なとをもつとへすま」54オ

  せんの御心にて六条京極のわたりに中宮
  の御ふるき宮のほとりをよまちをこめて
  つくらせ給式部卿宮あけんとしそ五十になり
  給ける御賀の事たいのうへおほしまうくる
  におとゝもけにすくしかたきことゝもなりと
  おほしてさやうの御いそきもおなしくめつらし
  からん御いへゐにてといそかせ給年かへりて
  ましてこの御いそきのこと御としみのこと
  かく人まひ人のさためなとを御心に
  いれていとなみ給経仏法事の日のさう」54ウ

  そくろくなとをなんうへはいそかせ給けるひん
  かしの院にわけてし給ことともあり御
  なからひましていとみやひかにきこえかはし
  てなんすくし給ける世中ひゝきゆす
  れる御いそきなるを式部卿宮にもきこ
  しめしてとしころ世中にはあまねき
  御心なれとこのわたりをはあやにくになさけ
  なくことにふれてはしたなめ宮人をも御
  よういなくうれはしきことのみおほかるに
  つらしと思をき給事こそはありけめといと」55オ

  をしくもからくもおほしけるをかくあまた
  かゝつらひ給へる人々おほかるなかにとりわき
  たる御思ひすくれて世に心にくゝめてたき
  ことに思ひかしつかれ給へる御すくせをそ我
  いへまてはにほひこねとめいほくにおほす
  に又かくこの世にあまるまてひゝかしいと
  なみ給はおほえぬよはひのすゑのさかへにも
  あるへきかなとよろこひ給を北のかたは
  心ゆかすものしとのみおほしたり女御
  御ましらひのほとなとにもおとゝの御よう」55ウ

  いなきやうなるをいよ/\うらめしとおもひ
  しみ給へるなるへし八月にそ六条院つくり
  はてゝわたり給ひつしさるのまちは中宮の
  御ふる宮なれはやかておはしますへしたつみ
  は殿のおはすへきまちなりうしとらはひん
  かしの院にすみ給たいの御かたいぬゐのま
  ちはあかしの御かたとおほしおきてさせ給
  へりもとありける池山をもひんなき所なる
  をはくつしかへて水のおもむき山のをきて
  をあらためてさま/\に御かた/\の御ねかい」56オ

  の心はへをつくらせ給へりみなみのひんかしは
  山たかく春の花の木かすをつくしてうへ
  池のさまおもしろくすくれておまへちかき
  せんさい五えうこうはいさくらふちやまふき
  いはつゝしなとやうの春のもてあそひを
  わさとはうへて秋のせんさいをはむら/\
  ほのかにませたり中宮の御まちをはもとの
  山にもみちのいろこかるへきうへ木ともを
  そへていつみの水とをくすましやり水
  のをとまさるへきいはほたてくはへたき」56ウ

  おとして秋の野をはるかにつくりたるそ
  のころにあひてさかりにさきみたれたりさ
  かの大井のわたりの野山むとくにけお
  されたる秋なりきたのひんかしはすゝし
  けなるいつみありてなつのかけによれり
  まへちかきせんさいくれたけした風すゝし
  かるへくこたかきもりのやうなる木とも
  こふかくおもしろくやまさとめきてうの
  花のかきねことさらにしわたしてむかし
  おほゆる花たちはななてしこさうひ」57オ

  くたになとやうの花のくさ/\をうへて春秋
  の木草そのなかにうちませたりひんかし
  おもてはわけてむまはのおとゝつくりらち
  ゆいてさ月の御あそひところにて水の
  ほとりにさうふうへしけらせてむかひにみ
  まやして世になき上めともをとゝのへた
  てさせ給へりにしのまちはきたおもてつ
  きわけてみくらまちなりへたてのかきに
  松の木しけくゆきをもてあそはんたより
  によせたり冬のはしめあさしもむすふ」57ウ

  へき菊のまかきわれはかほなるはゝそ
  はらおさ/\なもしらぬみ山木とものこふ
  かきなとをうつしうへたりひかんのころほひ
  わたり給ひとたひにとさためさせ給しかと
  さはかしきやうなりとて中宮はすこしの
  へさせ給れいのおいらかにけしきはまぬ花
  ちるさとそその夜そひてうつろひ給はる
  の御しつらひはこのころにあはねといと心こと
  なり御くるま十五御前四ゐ五かちにて六ゐ殿
  上人なとはさるへきかきりをえらせ給へり」58オ

  こちたきほとにはあらす世のそしりもやと
  はふき給へれはなにこともおとろ/\しう
  いかめしきことはなしいまひとかたの御けし
  きもおさ/\おとし給はてしゝうの君そひて
  そなたはもてかしつき給へはけにかうもある
  へきことなりけりと見えたり女房のさうし
  まちともあて/\のこまけそおほかたの
  ことよりもめてたかりける五六日すきて中
  宮まかてさせ給この御けしきはたさはいへ
  といとところせし御さいはいのすくれたまへり」58ウ

  けるをはさるものにて御ありさまの心にくゝ
  おもりかにおはしませはよにおもく思はれ給へる
  ことすくれてなんおはしましけるこのまち/\
  のなかのへたてにはへいともらうなとをとかく
  ゆきかよはしてけちかくをかしきあはひに
  しなし給へりなか月になれはもみちむら/\色
  つきて宮のおまへえもいはすおもしろし
  風うち吹たる夕くれに御はこのふたにいろ
  いろの花もみちをこきませてこなたに
  たてまつらせ給へりおほきやかなるはらはの」59オ

  こきあこめしおんのおりものかさねてあか
  くちはのうすものゝかさみいといたうなれて
  らうわたとののそりはしをわたりてまいる
  うるはしききしきなれとわらはのをかしき
  をなんえおほしすてさりけるさる所にさふ
  らひなれたれはもてなしありさまほかのには
  にすこのましうをかし御せうそこには
    心から春まつそのはわかやとの紅葉を
  風のつてにたに見よわかき人々御つかひ
  もてはやすさまにもをかし御返はこの御はこ」59ウ

  のふたにこけしきいはほなとの心はへして
  五えうのえたに
    風にちる紅葉はかろし春の色をいはね
  の松にかけてこそ見めこのいはねのまつ
  もこまかに見れえならぬつくりことゝも
  なりけりとりあへすおもひより給へるゆへ/\
  しさなとをおかしく御らんす御まへなる人/\
  もめてあへりおとゝこの紅葉の御せうそこい
  とねたけなめり春の花さかりにこの御
  いらへはきこえ給へこのころ紅葉をいひ」60オ

  くたさむはたつたひめのおもはんこともある
  をさししそきて花のかけにたちかくれて
  こそつよきことはいてこめときこえ給もいと
  わかやかにつきせぬ御ありさまのみところお
  ほかるにいとゝ思やうなる御すまひにてきこ
  えかよはし給大井の御かたはかうかた/\の
  御うつろひさたまりてかすならぬ人はいつ
  となくまきらはさむとおほして神無月
  になんわたり給ける御しつらひことのあり
  さまをとらすしてわたしたてまつり給」60ウ

  ひめ君の御ためをおほせは大かたのさほうも
  けちめこよなからすいともの/\しくもて
  なさせ給へり」61オ

(白紙)」61ウ

【奥入01】孫康家貧無油常映雪読書車胤<字郎/子>
    南平人好読書無油夏月則絹嚢数十蛍火
    照書(戻)
【奥入02】文選豪士賦序云
    落葉俟微風以隕而風之力蓋寡孟甞遭
    雍門而泣而琴之感已未何者欲隕葉無所
    候丞風将墜之泣不足繁哀響也注曰
    草木遭霜者不可以風過又云雍門
    閣以琴見孟甞君々々々曰先未鼓琴亦
    能令文悲乎対曰臣竊為足下有所
    悲千秋萬歳後墳墓生荊棘游章牧」62オ

    竪躑躅其之歌其上孟甞君之尊貴所
    猶若此乎於是孟甞君喟然太息涕
    承睫而未下雍門引琴而鼓之徐動宮
    微揮角羽終成曲孟甞君遂歔欷歔
    <悲怨/也>欷<泣余/声也>(戻)
【奥入03】更衣<律>(戻)
【奥入04】安名尊<呂>(戻)
【奥入05】五節にことつけてなおしなとさまかはれるいろゆるされて
    雖六位昇殿禁色雑袍之宣旨定有先例歟可尋勘(戻)
【奥入06】寮試」62ウ

    寮頭已下各一員博士以下各一員参着試
    庁出貢挙夾名等博士加署渡寮々頭見了
    下見以下以[竹+冊]匣三合置試衣座前又以読書
    等置頭博士秀才<謂之試/博士>并試衣等前次第
    召試衆々々把巻進(+出)幔門下允仰云仮<シルシ>に試
    衣捐立仮允又仰云敷居に試衣捐於敷
    居下脱沓着座置帙置頭仰云[竹+冊]衣唯シ
    探[竹+冊]<三史之問今日/読[竹+冊]也>膝行置試博士前試博士
    対寮頭云史記乃本紀乃一乃巻三乃巻世
    家乃上帙乃五乃巻下帙乃一乃巻伝乃中乃帙乃」63オ

    七乃巻頭仰云令読与試衣各披帙把巻
    引音読之頭仰云古々末天試博士対頭云
    文得タリ頭云注せ寮甞捧簡称注由之
    試衣退出堂盤於幔外仰登料酒肴事(戻)
(*以下「初音」奥入が混入)
    踏哥儀新儀式正月十四日打熨斗嚢持者
    位袍初音巻麹塵袍白下襲高巾子冠自所
    渡之当夜歌頭以下相率集中院暫也自月
    華門参入行列右近陣前庭時剋出御々座
    <孫庇南/四間平文御倚子>内蔵寮舁禄綿机立前庭
    <南第四/間>王卿依召参上<簀子南第三間菅/円座人多及南廊小板敷>賜」63ウ

    酒肴於王卿御厨子所供御酒踏哥人進
    南殿西頭始奏調子訖入仙華門列立庭上
    踏哥周旋三度後列立御前<内蔵寮当御前/立高机積綿百屯>言吹
    進出当綿案立奏祝詞懐嚢持二声嚢
    持称唯進而計綿数奏絹鴨曲次奏此殿曲訖
    着座<行立間掃部/寮当御階南辺>一許丈立床子為哥頭已下
    舞人以上座相対北為上仁寿殿西階南立床子
    為位管着座南廊壁下南西東上敷畳立
    机為打熨斗嚢持座着有諸司二分吹管者
    着之同壁下北面西上敷畳為殿上持臣座」64オ

    内蔵舁四尺台盤三基立舞人已上前八尺
    台盤一巻為管絃者<座并備/肴饌>次王卿已下々殿
    勧盃侍臣所雑色以下行酒三四巡後漸奏
    調子唱竹河曲即起床列立三四唱後舞人
    已上雙舞進半東階内侍二人相今被
    綿月舞且還<女蔵人二人持綿匣/候内侍後>但弾琴者
    已下男蔵人一人伝取御簾中於庭中被之
    奏我家曲退出自北此廊戸其後踏哥所々
    暁更帰参御座如初歌頭舞人賜座於庭中<相対/西上>
    管絃者在横切<北上/西面>打熨斗嚢持座在南<西上>」64ウ

    <北西折/薦座>出御之後歌頭已下依召参入<王卿先/候簀子>着
    座賜之酒饌此間奏管弦数巡之後賜禄
    有差事畢退出<哥頭支子染褂各一領哥掌踏掌/同色衾一条吹物弾物襖子一領>
    <打熨斗嚢持絹一疋>踏哥曲 多久行
     万春楽踏哥之曲名也
    万春楽のことは
    はんすらく<二反>くれうえんそうおくせんねん<二反>
    くゑんせいくゑうくゑねんくわうれい<二反>
     これハ催馬楽にて候多氏はかりつたへてゝすへて
     踏哥ニハわかいへこのとのはんすらくなにそもそ」65オ

     このさいはら四をうたひ候 三反 呂ニ候
    はちすの中のせかい 下品下生心歟
    此殿」65ウ

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