玉鬘(大島本親本復元) First updated 1/4/2007(ver.1-1)
Last updated 1/4/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

玉 鬘

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「玉鬘」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「玉かつら」(題箋)

  年月へたゝりぬれとあかさりしゆふ
  かほを露わすれ給はす心/\なる人の
  ありさまともを見給ひかさぬるにつけ
  てもあらましかはとはれにくちおしく
  のみおほしいつ右近はなにの人かすなら
  ねとなをそのかた身と見給てらう
  たきものにおほしたれはふる人のか
  すにつかふまつりなれたりすまの御う
  つろひのほとにたいのうへの御方にみ
  な人/\きこえわたし給しほとより」1オ

  そなたにさふらふこゝろよくかいひそめ
  たる物にをむな君もおほしたれと
  心のうちにはこきみものし給はましかはあ
  かしの御方はかりのおほえにはおとりた
  まはさらましさしもふかき御心さしな
  かりけるをたにおとしあふさすとり
  したゝめ給ふ御心なかさなりけれはまいて
  や事なきつらにこそあらさらめこの
  御とのうつりのかすのうちにはましらひ
  給なましと思ふにあかすかなしくなむ」1ウ

  思ひけるかのにしの京にとまりしわか
  君をたにゆくゑもしらすひとへにものを
  思つゝみまたいまさらにかひなき事に
  よりて我名もらすなとくちかため給
  しをはゝかりきこえてたつねてもをと
  つれきこえさりしほとにその御めのと
  のおとこ少弐になりていきけれはくたり
  にけりかのわかきみのよつになるとし
  そつくしへはいきけるはゝ君の御ゆく
  ゑをしらむとよろつの神ほとけに申て」2オ

  よるひるなきこひてさるへき所々をたつ
  ねきこえけれとつゐにえきゝいてすさ
  らはいかゝはせむ若君をたにこそは御かた
  みにみたてまつらめあやしきみちにそ
  へたてまつりてはるかなるほとにおは
  せむ事のかなしきことなをちゝ君に
  ほのめかさむと思けれとさるへきたより
  もなきうちにはゝ君のおはしけむかたも
  しらすたつねとひ給はゝいかゝきこえむま
  たよくも見なれ給はぬにおさなき人を」2ウ

  とゝめたてまつり給はむもうしろめたかる
  へししりなからはたいてくたりねとゆる
  し給へきにもあらすなとをのかしゝかたら
  ひあはせていとうつくしうたゝいまからけ
  たかくきよらなる御さまをことなるしつ
  らひなき舟にのせてこきいつるほとは
  いとあはれになむおほえけるおさなき心
  ちにはゝ君をわすれすおり/\にはゝの
  御もとへゆくかととひ給につけて涙たゆ
  るときなくむすめともゝ思こかるゝを」3オ

  ふなみちゆゝしとかつはいさめけりおもし
  ろきところ/\を見つゝ心わかうおはせし
  物をかゝるみちをもみせたてまつる物にも
  かなおはせましかはわれらはくたらさらまし
  と京のかたを思やらるゝにかへるなみも
  うらやましく心ほそきにふなこともの
  あら/\しきこゑにてうらかなしくも
  とをくきにけるかなとうたふをきくま
  まにふたりさしむかひてなきけり
    ふな人もたれをこふとかおほしまの」3ウ

  うらかなしけにこゑのきこゆる
    こしかたもゆくゑもしらぬおきにいてゝ
  あはれいつくに君をこふらんひなのわかれ
  にをのかしゝ心をやりていひけるかねのみ
  さきすきてわれはわすれすなとよとゝ
  ものことくさになりてかしこにいたりつ
  きてはまいてはるかなるほとを思ひ
  やりてこひなきてこの君をかしつき
  ものにてあかしくらすゆめなとにいとた
  まさかに見え給ときなともありおなし」4オ

  さまなる女なとそひ給ふて見え給へは
  なこり心ちあしくなやみなとしけ
  れは猶よになくなり給にけるなめりと
  思ひなるもいみしくのみなむせうに
  にむはてゝのほりなとするにはるけき
  ほとにことなるいきをいなき人はたゆた
  いつゝすか/\しくもいてたゝぬほとに
  をもきやまひしてしなむとする心ち
  にもこの君の十はかりにもなり給へるさま
  のゆゝしきまておかしけなるを見たて」4ウ

  まつりて我さへうちすてたてまつりて
  いかなるさまにはふれ給はむとすらんあ
  やしき所におひいて給もかたしけなく
  思きこゆれといつしかも京にいてたて
  まつりてさるへき人にもしらせたてま
  つりて御すくせにまかせて見たてまつ
  らむにもみやこはひろき所なれはいと心
  やすかるへしと思いそきつるをこゝな
  から命たへすなりぬる事とうしろめた
  かるおのこゝ三人あるにたゝこの姫君」5オ

  京にいてたてまつるへき事を思へ我みの
  けふをはな思ひそとなむいひをきける
  その人の御ことはたちの人にもしらせすたゝ
  むまこのかしつくへきゆへあるとそいひな
  しけれは人に見せすかきりなくかしつきき
  こゆるほとに俄にうせぬれはあはれに心ほそ
  くてたゝ京のいてたちをすれとこの少
  弐の中あしかりける国の人おほくなと
  してとさまかうさまにおちはゝかりて我に
  もあらてとしをすくすにこの君ねひとゝ」5ウ

  のひ給まゝにはゝ君よりもまさりてきよ
  らにちゝおとゝのすちさへくはゝれはにや
  しなたかくうつくしけなり心はせおほと
  かにあらまほしうものし給きゝついつゝす
  いたるゐ中人とも心かけせうそくかる
  いとおほかりゆゝしくめさましくおほゆ
  れはたれも/\きゝいれすかたちなとは
  さてもありぬへけれといみしきかたわの
  あれは人にも見せてあまになして我
  よのかきりはもたらむといひちらした」6オ

  れはこ少弐のむまこはかたわなむあんな
  るあたらものをといふきくもゆゝしく
  いかさまにして宮こにいてたてまつりて
  ちゝおとゝにしらせたてまつらむいときなき
  ほとをいとらうたしと思きこえ給へり
  しかはさりともおろかには思すてきこえ
  給はしなといひなけくほと仏神に願を
  たてゝなむ念しけるむすめともゝおのこ
  ともゝところにつけたるよすかともいてきて
  すみつきにたり心のうちにこそいそき」6ウ

  思へと京の事はいやとをさかるやうにへ
  たゝりゆくものおほししるまゝによをいと
  うきものにおほして年三なとし給
  廿はかりになり給まゝにおひとゝのほりて
  いとあたらしくめてたしこのすむ所はひ
  せむの国とそいひけるそのわたりにもい
  さゝかよしある人はまつこのせうにのむま
  このありさまをきゝつたへて猶たえす
  をとつれくるもいといみしうみゝかしかまし
  きまてなむ大夫監とてひこのくにゝそ」7オ

  うひろくてかしこにつけてはおほえあり
  いきをひいかめしきつはものありけり
  むくつけき心の中にいさゝかすきたる心まし
  りてかたちある女をあつめてみむと
  思けるこのひめ君を聞つけていみしき
  かたわありとも我はみかくしてもたら
  むといとねむころにいひかゝるをいとむく
  つけくおもひていかてかゝる事をきかて
  あまになりなむとすといはせたりけ
  れはいよ/\あやうかりてをしてこのくにゝ」7ウ

  こえきぬこのをのこともをよひとりて
  かたらふ事は思ふさまになりなはおなし
  心にいきをひをかはすへき事なとかた
  らふにふたりはおもむきにけりしはしこ
  そにけなくあはれと思ひきこえけ
  れをの/\我身のよるへとたのまむ
  にいとたのもしき人なりこれにあし
  くせられてはこのちかきせかいにはめくら
  ひなむやよき人の御すちといふとも
  おやにかすまへられたてまつらすよにしら」8オ

  てはなにのかひかはあらむこの人のかく
  ねむころに思きこえ給へるこそいまは
  御さいはゐなれさるへきにてこそはかゝる
  せかいにもおはしけめにけかくれ給ともな
  にのたけき事かはあらむまけしたま
  しゐにいかりなはせぬ事ともしてんとい
  ひをとせはいといみしときゝてなかのこの
  かみなるふこのすけなむ猶いとたい/\
  しくあたらしき事なりこせうにのの
  給し事もありとかくかまへて京にあけ」8ウ

  たてまつりてんといふむすめともゝなき
  まとひてはゝ君のかひなくてさすらへ
  給ひてゆくゑをたにしらぬかはりに人
  なみ/\にて見たてまつらむとこそ思に
  さる物の中にましり給なむ事とおもひ
  なけくをもしらて我はいとおほえたかき
  みと思てふみなとかきておこすてなと
  きたなけなうかきてからのしきしかうは
  しきかうにいれしめつゝおかしくかきた
  りと思たることはそいとたみたりけるみ」9オ

  つからもこのいゑのしらうをかたらひと
  りてうちつれてきたり三十はかりなる
  をのこのたけたかくもの/\しくふとり
  てきたなけなけれと思なしうとましく
  あらゝかなるふるまひなと見るもゆゝ
  しくおほゆいろあひ心ちよけにこゑいたう
  かれてさへつりゐたりけさう人はよにか
  くれたるをこそよはひとはいひけれさまかへ
  たる春の夕暮なり秋ならねともあや
  しかりけりとみゆ心をやふらしとてをは」9ウ

  おとゝいてあふこせうにのいとなさけひきら
  きらしくものし給しをいかてかあひかた
  らひ申さむと思給しかともさる心さし
  をも見せきこえす侍りしほとにいと
  かなしくてかくれ給にしをそのかはりに
  いかうにつかふまつるへくなむ心さしを
  はけましてけふはいとひたふるにしゐ
  てさふらひつるこのおはしますらむ女君
  すちことにうけ給れはいとかたしけなし
  たゝなにかしらかわたくしの君と思申て」10オ

  いたゝきになむさゝけたてまつるへきおとゝ
  もしふ/\におはしけなる事はよからぬを
  むなともあまたあひしりてはへるをき
  こしめしうとむなゝりさりともすやつ
  はらをひとなみにはし侍なむや我君をは
  きさきのくらゐにおとしたてまつらし
  ものをやなといとよけにいひつゝくいかゝ
  はかくの給をいとさいわひありと思給ふる
  をすくせつたなき人にや侍らむ思はゝか
  る事侍ていかてか人に御らむせられむと」10ウ

  人しれすなけき侍めれは心くるしう見
  給へわつらひぬるといふさらになおほしはゝ
  かりそ天下にめつふれあしおれ給へり
  ともなにかしはつかふまつりやめてむ
  くにのうちの仏神はをのれになむなひ
  き給へるなとほこりゐたりそのひはかり
  といふにこの月はきのはてなりなと
  ゐ中ひたる事をいひのかるおりていく
  きはにうたよまゝほしかりけれはやゝ
  ひさしう思めくらして」11オ

    君にもし心たかはゝまつらなる
  かゝみの神をかけてちかはむこの和歌は
  つかうまつりたりとなむ思ひ給ると
  うちゑみたるもよつかすうゐ/\しや
  あはれにもあらねは返しすへくも思はねとむ
  すめともによますれとまろはましても
  のもおほえすとてゐたれはいとひさしき
  に思わひてうち思けるまゝに
    としをへていのる心のたかひなは
  かゝみの神をつらしとやみむとわなゝ」11ウ

  かしいてたるをまてやこはいかにおほせらるゝ
  とゆくりかによりきたるけはひにおひ
  へておとゝいろもなくなりぬむすめた
  ちさはいへと心つよくわらひてこの人の
  さまことにものし給をひきたかへいつらは
  思はれむを猶ほけ/\しき人のかみかけ
  てきこえひかめ給なめりやととききか
  すをいさり/\とうなつきておかしき
  御くちつきかななにかしらゐ中ひたり
  といふなこそ侍れくちおしきたみには侍」12オ

  らす宮この人とてもなにはかりかあらむ
  みなしりて侍りなおほしあなつりそ
  とてまたよまむと思へれともたらすや
  ありけむいぬめりしらうかかたらひとら
  れたるもいとおそろしく心うくてこの
  ふむこのすけをせむれはいかゝはつかまつる
  へからむかたらひあはすへき人もなしまれ
  まれのはらからはこのけむにおなし心な
  らすとて中たかひにたりこのけむにあた
  まれてはいさゝかのみしろきせむも所」12ウ

  せくなむあるへき中/\なるめをやみむ
  とおもひわつらひにたれとひめ君の人
  しれすおほいたるさまのいと心くるしく
  ていきたらしと思しつみ給へることはりと
  おほゆれはいみしき事を思かまへていて
  たついもうとたちもとしころへぬるよるへ
  をすてゝこの御ともにいてたつあてきと
  いひしはいまは兵部の君といふそそひ
  てよるにけいてゝ舟にのりける大夫
  のけむはひこにかへりいきて四月廿日の」13オ

  ほとに日とりてこむするほとにかくて
  にくるなりけりあねのおもとはるいひろ
  くなりてえいてたゝすかたみにわかれ
  おしみてあひみむ事のかたきを思に
  としへつるふるさとゝてことに見すてかた
  き事もなしたゝまつらの宮のまへの
  なきさとかのあねおもとのわかるゝをなむ
  かへり見せられてかなしかりける
    うき嶋をこきはなれてもゆくかたや
  いつくとまりとしらすもあるかな」13ウ

    ゆくさきも見えぬ浪路とふなてして
  風にまかする身こそうきたれいとあとはか
  なき心ちしてうつふし/\給へりかくにけ
  ぬるよしをのつからいひいてつたへはまけ
  したましゐにてをひきなむと思に心も
  まとひてはや舟といひてさまことにな
  むかまへたりけれは思かたの風さへすゝみ
  てあやうきまてはしりのほりぬひ
  ひきのなたもなたらかにすきぬかい
  そくの舟にやあらんちいさき舟のとふ」14オ

  やうにてくるなといふものありかいそく
  のひたふるならむよりもかのおそろ
  しき人のをひくるにやと思ふにせむ
  かたなし
    うきことにむねのみさはくひゝきには
  ひゝきのなたもさはらさりけりかはしり
  といふところちかつきぬといふにそす
  こしいき出る心ちする例のふなこと
  ともからとまりよりかはしりをすほと
  はとうたふこゑのなさけなきもあはれに」14ウ

  きこゆふむこのすけあはれになつかしう
  うたひすさみていとかなしきめこもわ
  すれぬとて思はけにそみなうちすてゝ
  けるいかゝなりぬらんはか/\しく身の
  たすけと思らうとうともはみないて
  きにけり我あしとおもひてをひまと
  はしていかゝしなすらんと思にこゝろをさ
  なくもかへりみせていてにけるかなとす
  こし心のとまりてそあさましき事を
  思つゝくるに心よはくうちなかれぬ胡」15オ

  の地のせいしをはむなしくすて/\つ
  すするを兵部の君きゝてけにあやしの
  わさやとしころしたかひきつる人の心に
  も俄にたかひてにけいてにしをいか
  に思ふらんとさま/\思つゝけらるゝかへ
  るかたとてもそこところといきつくへき
  ふるさともなししれる人といひよるへき
  たのもしき人もおほえすたゝひと所の
  御ためによりこゝらのとし月すみなれ
  つるせかひをはなれてうかへる浪風にたゝ」15ウ

  よひて思めくらすかたなしこの人をも
  いかにしたてまつらむとするそとあき
  れておほゆれといかゝはせむとていそき
  入ぬ九条にむかししれりける人のゝこ
  りたりけるをとふらひいてゝそのやと
  りをしめをきて宮このうちといへとは
  かはかしき人のすみたるわたりにも
  あらすあやしきいちめあき人の
  中にていふせく世の中をおもひつゝ
  秋にもなりゆくまゝにきしかたゆく」16オ

  さきかなしき事おほかり豊後のすけ
  といふたのもし人もたゝ水鳥のくかに
  まとへる心ちしてつれ/\にならはぬあり
  さまのたつきなきを思にかへらむにもは
  したなく心をさなくいてたちにけるを
  思ふにしたかひきたりし物ともゝるいに
  ふれてにけさりもとのくにゝかへりちりぬ
  すみつくへきやうもなきをはゝおとゝ
  あけくれなけきいとをしかれはなにかこの
  身はいとやすく侍り人ひとりの御身に」16ウ

  かへたてまつりていつちも/\まかりうせ
  なむにとかあるましわれらいみしきいき
  をひになりてもわか君をさる物の中に
  はふらしたてまつりてはなに心ちかせま
  しとかたらひなくさめて神仏こそはさる
  へきかたにもみちひきしらせたてまつり
  給はめちかきほとにやはたの宮と申は
  かしこにてもまいりいのり申給しまつ
  らはこさきおなしやしろなりかのくに
  をはなれ給とてもおほくの願たて申給」17オ

  きいま都にかへりてかくなむ御しるしを
  えてまかりのほりたるとはやく申給
  へとてやはたにまうてさせたてまつるそれ
  のわたりしれる人にいひたつねてこしとて
  はやくおやのかたらひし大とくのこれる
  をよひとりてまうてさせたてまつるうち
  つきては仏の御中にははつせなむひの
  もとのうちにはあらたなるしるしあら
  はし給ともろこしにたにきこえあむな
  りましてわかくにのうちにこそとをき」17ウ

  くにのさかひとてもとしへ給えれはわか
  きみをはましてめくみ給てんとていたし
  たてまつる殊更にかちよりとさた
  めたりならはぬ心ちにいとわひしくくる
  しけれと人のいふまゝにものもおほえ
  てあゆみ給いかなるつみふかき身にて
  かゝるよにさすらふらむわかおやよになく
  なり給へりとも我をあはれとおほさはおは
  すらむ所にさそひ給へもし世におはせは
  御かほみせ給へと仏をねんしつゝありけむ」18オ

  さまをたにおほえねはたゝおやおはせまし
  かはとはかりのかなしさをなけきわたり給
  へるにかくさしあたりて身のわりなきま
  まにとりかへしいみしく覚つゝからうし
  てつはいちといふ所に四日といふみのとき
  はかりにいける心ちもせていきつき給
  へりあゆむともなくとかくつくろひた
  れとあしのうらうこかれすわひしけ
  れはせんかたなくてやすみ給このたの
  もし人なるすけゆみやもちたる人ふ」18ウ

  たりさてはしもなる物わらはなと三四人
  をんなはらあるかきり三人つほさうそく
  してひすましめくものふるきけす女
  ふたりはかりとそあるいとかすかにしのひ
  たりおほみあかしのことなとこゝにてし
  くはへなとするほとに日くれぬいゑある
  しのほうし人やとしたてまつらむとす
  る所になに人のものし給そあやしき
  女ともの心にまかせてとむつかるをめさ
  ましくきくほとにけに人々きぬこれ」19オ

  もかちよりなめりよろしき女ふたりし
  も人ともそおとこ女かすおほかむめるむま
  四五ひかせていみしくしのひやつした
  れときよけなるおとこともなとあり
  ほうしはせめてこゝにやとさまほしくし
  てかしらかきありくいとおしけれと
  またやとりかへむもさまあしくわつ
  らはしけれは人々はおくに入りほかに
  かくしなとしてかたへはかたつかたにより
  ぬせ上なとひきへたてゝおはしますこ」19ウ

  のくる人もはつかしけもなしいたうかいひ
  そめてかたみに心つかひしたりさるはかの
  よとゝもにこひなく右近なりけりとし
  月にそへてはしたなきましらひのつき
  なくなり行身を思ひなやみてこの
  み寺になむたひ/\まうてける例なら
  ひにけれはかやすくかまへたりけれとかち
  よりあゆみたへかたくてよりふしたるに
  このふんこのすけとなりのせ上のもとに
  よりきてまいり物なるへしおしきてつ」20オ

  からとりてこれは御まへにまいらせ給へ御た
  いなとうちあはていとかたはらいたしや
  といふを聞に我なみの人にはあらし
  と思て物ゝはさまよりのそけはこの
  おとこのかほ見し心ちすたれとはえお
  ほえすいとわかゝりしほとを見しにふ
  とりくろみてやつれたれはおほくのとし
  へたてたるめにはふとしも見わかぬなり
  けり三条ここにめすとよひよする女を
  見れは又みし人なりこ御方にしも人なれ」20ウ

  とひさしくつかふまつりなれてかのかくれ
  給へりし御すみかまてありし物なりけり
  とみなしていみしく夢のやうなりしう
  とおほしき人はいとゆかしけれとみゆ
  へくもかまへす思わひてこの女にとはむ
  兵藤たといひし人もこれにこそあらめ
  姫君のおはするにやと思よるにいと心も
  となくてこのなかへたてなる三条を
  よはすれとくひ物に心いれてとみにも
  こぬいとにくしとおほゆるもうちつけ」21オ

  なりやからうしておほえすこそ侍れつ
  くしのくにゝはたとせはかりへにけるけ
  すの身をしらせ給へき京人よひとたか
  へにや侍らむとてよりきたりゐ中ひ
  たるかいねりにききぬなときていといた
  うふとりにけり我かよはひもいとゝおほえ
  てはつかしけれとなをさしのそけわれ
  をは見しりたりやとてかほさしいてた
  りこの女のてをうちてあかおもとにこそ
  おはしましけれあなうれしともうれしい」21ウ

  つくよりまいり給たるそうへはおはします
  やといとおとろ/\しくなくわかき物に
  て見なれしよを思ひ出るにへたてきに
  けるとし月かそへられていとあはれなり
  まつおとゝはおはすや若君はいかゝなり
  給にしあてきときこえしはとて君の
  御事はいひいてすみなおはしますひめ
  君もおとなになりておはしますまつ
  おとゝにかくなむときこえむとて入ぬ
  みなおとろきて夢の心ちもする哉」22オ

  いとつらくいはむかたなく思きこゆる
  ひとにたいめしぬへき事よとてこの
  へたてによりきたりけとをくへたてつる
  ひやうふたつものなこりなくをしあけて
  まついひやるへきかたなくなきかはすお
  ひ人はたゝわか君はいかゝなり給にしこゝ
  らのとしころ夢にてもおはしまさむ所
  をみむと大願をたつれとはるかなるせか
  いにて風のをとにてもえきゝつたへた
  てまつらぬをいみしくかなしと思におひ」22ウ

  の身ののこりとゝまりたるもいと心う
  けれとうちすてたてまつり給へる若君
  のらうたくあはれにておはしますをよ
  みちのほたしにもてわつらひきこえ
  てなむまたゝき侍といひつゝくれは
  昔そのおりいふかひなかりし事よりも
  いらへむかたなくわつらはしと思へとも
  いてやきこえてもかひなし御かたはは
  やうせ給にきといふまゝに二三人なから
  むせかへりいとむつかしくせきかねたりひ」23オ

  くれぬといそきたちて御あかしの事と
  もしたゝめはてゝいそかせは中/\いと心あ
  はたゝしくてたちわかるもろともにや
  といへとかたみにともの人のあやしと思へ
  けれはこのすけにもことのさまたにいひしら
  せあへす我も人もことにはつかしくはあらて
  みなをりたちぬ右近は人しれすめとゝめて
  見るになかにうつくしけなるうしろて
  のいといたうやつれてう月のひとへめくもの
  にきこめ給へるかみのすきかけいとあたらし」23ウ

  くめてたくみゆ心くるしうかなしと見
  たてまつるすこしあしなれたる人はとく
  みたうにつきにけりこの君をもてわつ
  らひきこえつゝそやをこふほとに
  そのほり給へるいとさはかしく人まうて
  こみてのゝしる右近かつほねは仏のみ
  きのかたにちかきまにしたりこの御し
  はまたふかゝらねはにやにしのまにとを
  かりけるをなをこゝにおはしませとたつ
  ねかはしいひたれはおとこともをはとゝめ」24オ

  てすけにかう/\といひあはせてこなたに
  うつしたてまつるかくあやしき身なれと
  たゝいまのおほとのになむさふらひ侍れ
  はかくかすかなるみちにてもらうかはし
  き事は侍らしとたのみ侍ゐ中ひたる
  人をはかやうの所にはよからぬなまもの
  とものあなつらはしうするもかたしけな
  き事なりとて物かたりいとせまほしけ
  れとおとろ/\しきをこなひのまき
  れさはかしきにもよほされて仏をかみ」24ウ

  たてまつる右近は心のうちにこの人を
  いかてたつねきこえむと申はたりつる
  にかつ/\かくて見たてまつれはいまは
  思のことおとゝの君のたつねたてまつらむ
  の御心さしふかゝめるにしらせたてまつりて
  さいわひあらせたてまつり給へなと申け
  りくに/\よりゐ中人おほくまうてた
  りけりこのくにのかみのきたのかたも
  まうてたりけりいかめしくいきをひた
  るをうらやみてこの三条かいふやう大ひ」25オ

  さにはこと/\も申さしあか姫君たいに
  のきたのかたならはたうこくの受領の
  きたのかたになしたてまつらむ三条ら
  もすいふんにさかへてかへり申はつかう
  まつらむとひたいにてをあてゝねむし
  いりてをり右近いとゆゝしくもいふかなと
  聞ていといたくこそゐ中ひにけれな中
  将殿は昔の御おほえたにいかゝおはしま
  しゝましていまはあめのしたを御心にかけ
  給へる大臣にていかはかりいつかしき御中に」25ウ

  御方しも受領のめにてしなさたまりてお
  はしまさむよといへはあなかまたまへ大
  臣たちもしはしまて大弐のみたちの
  うへのしみつの御寺観音寺にまいり給
  しいきおひはみかとのみゆきにやはおと
  れるあなむくつけとてなをさらに手を
  ひきはなたすおかみ入てをりつくし
  人は三日こもらむと心さし給へり右
  近はさしも思はさりけれとかゝるつい
  てのとかにきこえむとてこもるへき」26オ

  よし大とこよひていふ御あかし文なとかき
  たる心はへなとさやうの人はくた/\し
  うわきまへけれはつねのことにて例のふ
  ちはらのるりきみといふか御ためにた
  てまつるよくいのり申給へその人このこ
  ろなむ見たてまつりいてたるそのくわん
  もはたしたてまつるへしといふをきく
  もあはれなり法師いとかしこき事かな
  たゆみなくいのり申侍るしるしにこそ
  侍れといふいとさはかしうよ一夜をこな」26ウ

  ふなりあけぬれはしれる大とこのはう
  におりぬものかたり心やすくとなるへし
  姫君のいたくやつれ給へるはつかしけに
  おほしたるさまいとめてたくみゆおほえ
  ぬたかきましらひをしておほくの
  人をなむ見あつむむれと殿のうへの
  御かたちににる人おはせしとなむとし
  ころ見たてまつるをまたおひいて給姫
  君の御さまいとことはりにめてたくおは
  しますかしつきたてまつり給さまも」27オ

  ならひなかめるにかうやつれ給へるさまの
  おとり給ましく見え給はありかたう
  なむおとゝの君ちゝみかとの御時より
  そこらの女御きさきそれよりしもはの
  こりなく見たてまつりあつめ給へる御
  めにもたうたいの御はゝきさきときこ
  えしとこの姫君の御かたちとをなむ
  よき人とはこれをいふにやあらむとおほ
  ゆるときこえ給みたてまつりならふる
  にかのきさきの宮をはしりきこえす」27ウ

  姫君はきよらにおはしませとまたかた
  なりにておひさきそをしはかられ給うへ
  の御かたちはなをたれかならひ給はむとな
  む見給殿もすくれたりとおほした
  めるをことにいてゝはなにかはかすへのう
  ちにはきこえ給はむ我にならひ給へる
  こそ君はおほけなけれとなむたはふれ
  きこえ給見たてまつるにいのちのふる
  御ありさまともをまたさるたくひおはし
  ましなむやとなむ思侍にいつくる」28オ

  おとり給はむ物はかきりある物なれはす
  くれ給へりとていたゝきをはなれたる
  ひかりやはおはするたゝこれをすくれた
  りとはきこゆへきなめりかしとうち
  ゑみてみたてまつれはおひ人もうれしと
  思ふかゝる御さまをほと/\あやしき所に
  しつめたてまつりぬへかりしにあたらしく
  かなしうていゑかまとをもすておとこ
  をんなのたのむへきこともにもひきわ
  かれてなむかへりてしらぬよの心ちする」28ウ

  京にまうてこしあかおもとはやくよきさ
  まにみちひききこえ給へたかき宮つ
  かへし給人はをのつからゆきましりたる
  たよりものし給らむちゝおとゝにきこ
  しめされかすまへられ給へきたはかり
  おほしかまへよといふはつかしうおほい
  てうしろむき給へりいてや身こそか
  すならねと殿も御まへちかくめしつかひ
  給へはものゝおりことにいかにならせ給に
  けんときこえいつるをきこしめしを」29オ

  きてわれいかてたつねきこえむと思を
  きゝいてたてまつりたらはとなむの給は
  するといへはおとゝの君はめてたくおはし
  ますともさるやむ事なきめともおはし
  ますなりまつまことのおやとおはするおと
  とにをしらせたてまつり給へなといふに
  ありしさまなとかたりいてゝよにわすれ
  かたくかなしき事になむおほして
  かの御かはりにみたてまつらむこもすく
  なきかさう/\しきに我子をたつね」29ウ

  いてたると人にはしらせてとそのかみより
  の給なり心のおさなかりける事はよろつ
  にものつゝましかりしほとにてえたつ
  ねてもきこえてすこしゝほとにせう
  にゝなり給へるよしは御なにてしりにき
  まかり申しにとのにまいり給えりし
  ひほのみたてまつりしかともえきこえ
  てやみにきさりとも姫君をはかのあり
  しゆふかほの五条にそとゝめたてまつ
  り給へらむとそ思ひしあないみしや」30オ

  ゐ中人にておはしまさましよなとうち
  かたらひつゝひひといむかしものかたり
  ねむすなとしつゝまいりつとふ人のあり
  さまともみくたさるゝかたなりまへより
  行水をははつせ川といふなりけり右近
    二もとの杉のたちとをたつねすは
  ふる河のへに君をみましやうれしきせ
  にもときこゆ
    はつせ河はやくの事はしらねとも
  けふのあふ瀬に身さへなかれぬとうち」30ウ

  なきておはするさまいとめやすしかた
  ちはいとかくめてたくきよけなからゐ
  中ひこち/\しうおはせましかはいかに
  たまのきすならましいてあはれいかてかく
  おひいて給けむとおとゝをうれしく思はゝ
  君はたゝいとわかやかにおほとかにてやは/\
  とそたをやき給へりしこれはけたかくもて
  なしなとはつかしけによしめき給へりつくし
  を心にくゝ思なすにみなみし人はさとひに
  たるに心えかたくなむくるれは御たうにのほ」31オ

  りてまたの日もをこなひくらし給秋
  風たによりはるかに吹のほりていとはたさむ
  きにものいとあはれなる心もと△にはよろつ
  思つゝけられて人なみ/\ならむ事もあ
  りかたきことゝおもひしつみつるをこの人
  のものかたりのつゐてにちゝおとゝの御あり
  さまはら/\のなにともあるましき御ことも
  みな物めかしなしたて給をきけはかゝるした
  くさたのもしくそおほしなりぬるいつとても
  かたみにやとる所もとひかはしてもしまたを」31ウ

  ひまとはしたらむときとあやうく思けり
  右近か家は六条の院ちかきわたりなりけれは
  ほと遠からていひかはすもたつきいてきぬる
  心ちしけり右近はおほとのにまいりぬこの事
  をかすめきこゆるついてもやとていそくなり
  けり御かとひきいるゝよりけはひことに
  ひろ/\としてまかてまいりする車おほく
  まよふかすならてたちいつるもまはゆき心
  ちするたまのうてななりその夜は御前にも
  まいらて思ひふしたりまたのひよへさとよ」32オ

  りまいれる上臈わか人とものなかにとりわき
  て右近をめしいつれはおもたゝしくおほゆお
  とゝも御覧してなとかさとゐはひさしくし
  つるそ例ならすやまめ人のひきたかへこ
  まかへるやうもありかしおかしき事なと
  ありつらむかしなと例のむつかしうたはふ
  れ事なとの給まかてゝ七日にすき侍ぬれ
  とおかしき事は侍かたくなむ山ふみし侍
  てあはれなる人をなむ見給へつけたりし
  なに人そとゝひ給ふふときこえいてんも」32ウ

  又うへにきかせたてまつらてとりわき申たらん
  をのちに聞給うてはへたてきこえけりとや
  おほさむなと思みたれていまきこえさせ侍
  らむとて人/\まいれはきこえさしつお
  ほとなふらなとまいりてうちとけならひ
  おはします御ありさまともいとみるかひおほ
  かりおむな君は廿七八にはなり給ぬらんかし
  さかりにきよらにねひまさり給へりすこし
  ほとへて見たてまつるはまたこのほとにこそ
  にほひくはゝり給にけれとみえ給かの人を」33オ

  いとめてたしおとらしと見たてまつりしか
  と思なしにや猶こよなきにさいわひのなき
  とあるとはへたてあるへきわさかなと見あはせ
  らるおほとのこもるとて右近を御あしまい
  りにめすわかき人はくるしとてむつかる
  めり猶としへぬるとちこそ心かはしてむつひ
  よかりけれとの給へは人/\しのひてわらふさり
  やたれかそのつかひならひ給はむをはむつ
  からんうるさきたはふれ事いひかゝり給をわ
  つらはしきになといひあへりうへもとしへ」33ウ

  ぬるとちうちとけすきはたむつかり給はん
  とやさるましき心と見ねはあやふしなと右
  近にかたらひてわらひ給いとあひきやうつ
  きおかしきけさへそひ給へりいまはおほや
  けにつかへいそかしき御ありさまにもあらぬ
  御身にて世中のとやかにおほさるゝまゝに
  たゝはかなき御たはふれ事をの給おかし
  く人の心をみ給あまりにかゝるふる人を
  さへそたはふれ給かのたつねいてたりけむ
  やなにさまの人そたうときすきやうさか」34オ

  たらひていてきたるかとゝひ給へはあな見
  くるしやはかなくきえ給にしゆふかほの
  露の御ゆかりをなむ見給へつけたりし
  ときこゆけにあはれなりける事かなとし
  ころはいつくにかとの給へはありのまゝには
  きこえにくくてあやしき山さとに
  なむ昔人もかたへはかはらて侍けれはその
  よの物かたりしゐて侍てたへかたく思給へ
  りしなときこえゐたりよし心しり給はぬ
  御あたりにとかくしきこえ給へはうへあなわつ」34ウ

  らはしねふたきに聞いるへくもあらぬ物を
  とて御そてして御みゝふたき給つかたちなと
  はかのむかしの夕顔とおとらしやなとの給
  へはかならすさしもいかてかものし給はんと
  思給へりしをこよなうこそおひまさりて見
  え給しかときこゆれはおかしの事や
  たれはかりとおほゆこの君とゝのた給へは
  いかてかさまてはときこゆれはしたりかほに
  こそ思へけれ我ににたらはしもうしろや
  すしかしとおやめきての給かくきゝそめて」35オ

  のちはめしはなちつゝさらはかの人このわたり
  にわたいたてまつらんとしころものゝついてこ
  とにくちおしうまとはしつる事を思いて
  つるにいとうれしく聞いてなからいまゝて
  おほつかなきもかひなきことになむちゝ
  おとゝにはなにかしられんいとあまたもてさ
  はかるめるかかすならていまはしめたちまし
  りたらんか中/\なる事こそあらめわれは
  かうさう/\しきにおほえぬ所よりたつね
  いたしたるともいはんかしすきものともの心」35ウ

  つくさするくさはひにていといたうもて
  なさむなとかたらひ給へはかつ/\いとうれ
  しく思つゝたゝ御心になむおとゝにしらせ
  たてまつらむともたれかはつたへほのめ
  かし給はむいたつらにすきものし給しか
  はりにはともかくもひきたすけさせ給
  はむ事こそは罪かろませ給はめときこゆ
  いたうもかこちなすかなとほゝゑみなから
  涙くみ給へりあはれにはかなかりける契と
  なむとしころ思わたるかくてつとへかた/\」36オ

  のなかにかのおりの心さしはかり思とゝむる人
  なかりしをいのちなかくてわか心なかさをも
  見侍るたくひおほかめる中にいふかひなくて
  右近はかりをかたみに見るはくちおしくな
  む思ひわするゝときなきにさてもの
  し給はゝいとこそほいかなう心ちすへけれとて
  御せうそこたてまつれ給かの末摘花のいふ
  かひなかりしをおほしいつれはさやうにしつみて
  おひいてたらむ人のありさまうしろめたく
  てまつふみのけしきゆかしくおほさるゝ」36ウ

  なりけりものまめやかにあるへかしくかき給て
  はしにかくきこゆるを
    しらすともたつねてしらむみしま江に
  おふるみくりのすちたえしをとなむ
  ありける御文みつからまかてゝの給さまなと
  きこゆ御さうそく人/\のれうなとさま/\
  ありうへにもかたらひきこえたまへるなるへ
  しみくしけとのなとにもまうけのものめし
  あつめて色あひしさまなとことなるをとえ
  らせ給へれはゐ中ひたるめともにはまして」37オ

  めつらしきまてなむ思けるさうしみはたゝ
  かことはかりにてもまことのおやの御けはひな
  らはこそうれしからめいかてかしらぬ人の御あ
  たりにはましらはむとおもむけてくるし
  けにおほしたれとあるへきさまを右近き
  こえしらせ人/\もをのつからさて人たち給
  ひなはおとゝの君もたつねしりきこえ給な
  むおやこの御ちきりはたえてやまぬもの
  なり右近かかすにも侍らすいかてか御らむし
  つけられむと思給えしたに仏かみの御みち」37ウ

  ひき侍らさりけりやましてたれも/\たいらかに
  たにおはしまさはとみなきこえなくさむ
  まつ御返をとせめてかゝせたてまつるいとこよ
  なくゐ中ひたらむものをとはつかしく
  おほいたりからのかみのいとかうはしきをとり
  いてゝかゝせたてまつる
    かすならぬみくりやなにのすちなれは
  うきにしもかくねをとゝめけむとのみ
  ほのかなりてははかなたちよろほはしけれ
  とあてはかにてくちおしからねは御心おち」38オ

  ゐにけりすみ給へき御かた御らむするにみな
  みのまちにはいたつらなるたいともなと△
  なしいきをひことにすみゝち給へれはけ
  せうに人しけくもあるへし中宮おはし
  まちはかやうの人もすみぬへくのとやか
  なれとさてさふらふ人のつらにや聞なさむ
  とおほしてすこしむもれたれとうしとら
  のまちのにしのたいふとのにてあるをこと
  かたへうつしてとおほすあひすみにもしのひ
  やかに心よくものし給御方なれはうちかたらひ」38ウ

  てもありなむとおほしをきつうへにもいまそ
  かのありし昔のよの物かたりきこえいて
  給けるかく御心にこめ給事ありけるをう
  らみきこえ給ふわりなしや世にある人
  のうへとてやとはすかたりはきこえいて
  むかゝるついてにへたてぬこそは人にはことに
  は思きこゆれとていとあはれけにおほし
  いてたり人のうへにてもあまたみしにいと
  思はぬ中も女といふ物の心ふかきをあ
  また見聞しかはさらにすき/\しき心は」39オ

  つかはしとなむ思しををのつからさるましき
  をもあまた見し中にあはれとひたふるに
  らふたきかたはまたたくひなくなむ思
  いてらるゝよにあらましかはきたのまちに
  ものする人のなみにはなとか見さらまし
  人のありさまとり/\になむありけるか
  とかとしうおかしきすちなとはをくれた
  りしかともあてはかにらうたくもありしか
  ななとの給さりともあかしのなみにはたち
  ならへ給はさらましとの給なをきたのおとゝ」39ウ
【付箋01】-「たまかつら三」

  をはめさましと心をき給へりひめ君のいと
  うつくしけにてなに心もなく聞給からう
  たけれはまたことはりそかしとおほしかへ
  さるかくいふは九月の事なりけり給はむ
  事すか/\しくもいかてかはあらむよろ
  しきわらはわか人なともとめさすつくしに
  てはくちおしからぬ人/\も京よりちりほ
  ひきたるなとをたよりにつけてよひあ
  つめなとしてさふらせしも俄にまとひい
  て給しさはきにみなをくらしてけれはまた」40オ

  人もなし京はをのつからひろき所なれはいち
  めなとやうのものいとよくもとめつゝいてゝそ
  の人の御子なとはしらせさりけり右近かさとの
  五条にまつしのひてわたしたてまつりて
  人/\えりとゝのへさうそくとゝのへなとして
  十月にそわたり給おとゝひむかしの御かた
  にきこえつけたてまつり給あはれと思し人
  のものうししてはかなき山さとにかくれゐに
  けるををさなき人のありしかはとしころも
  人しれすたつね侍しかともえきゝいてゝなむ」40ウ

  をうなになかまてすきにけるをおほえぬかた
  よりなむきゝつけたるときにたにとてうつ
  ろはし侍なりとてはゝもなくなりにけり
  中将をきこえつけたるにあしくやはある
  おなしことうしろみ給へ山かつめきておひい
  てたれはひなひたることおほからむさるへく
  ことにふれてをしへ給へといとこまやかに
  きこえ給けにかゝる人のおはしけるをしり
  きこえさりけるよ姫君のひとところものし
  給かさう/\しきによき事かなとおひらか」41オ

  にの給かのおやなりし人は心なむありかたき
  まてよかりし御心もうしろやすく思きこゆ
  れはなとの給つき/\しくうしろむ人な
  ともことおほからてつれ/\に侍るをうれしかる
  へき事になむの給殿のうちの人は御む
  すめともしらてなに人またたつねいて給
  へるならむむつかしきふる物あつかひかな
  といひけり御車三つはかりして人のすかたと
  もなと右近あれはゐ中ひすしたてたり
  とのよりそあやなにくれとたてまつれ給」41ウ

  へるそのよやかておとゝのきみわたり給へり
  昔ひかる源氏なといふ御なは聞わたりたて
  まつりしかととしころのうゐ/\しさにさしも
  思きこえさりけるをほのかなるおほとな
  ふらにみきちやうのほころひよりはつか
  に見たてまつるいとゝおそろしくさへそおほ
  ゆるやわたり給かたのとを右近かいはなては
  このとくちにいるへき人は心ことにこそとわ
  らひ給いてひさしなるをましについゐ給
  てひこそいとけさうひたる心ちすれおや」42オ

  のかほはゆかしきものとこそきけさもおほさ
  ぬかとてき丁すこしをしやり給わりな
  くはつかしけれはそはみておはするやうた
  いなといとめやすく見ゆれはうれしくて
  いますこしひかり見せむやあまり心にくし
  との給へは右近かゝけてすこしよすおもな
  の人やとすこしわらひ給けにとおほゆる御
  まみのはつかしけさなりいさゝかもこと人と
  へたてあるさまにもの給なさすいみしくおや
  めきてとしころ御ゆくゑをしらて心にかけ」42ウ

  ぬひまなくなけき侍をかうて見たてまつ
  るにつけても夢の心ちしてすきにしかた
  の事ともとりそへしのひかたきにえなむ
  きこえられさりけるとて御めをしのこひ給
  まことにかなしうおほしいてらる御としの
  ほとかそへ給ておやこのなかのかく年へた
  るたくひあらし物を契つらくもありけ
  るかないまはものうゐ/\しくわかひ給へき
  御ほとにもあらしをとしころの御物かたりな
  ときこえまほしきになとかおほつかなく」43オ

  はとうらみ給にきこえむ事もなくはつ
  かしけれはあしたゝすしつみそめ侍にけるのち
【付箋02】-\<朱合点>「<日本紀 ひるのこ>かそいろもいかにあはれとおもふらん/三とせになりぬあしたゝすして」(和漢朗詠697、源氏釈奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  何事もあるかなきかになむとほのかに
  きこえ給こゑそ昔人にいとよくおほえて
  わかひたりけるほゝゑみてしつみ給けるを
  あはれともいまはまたたれかはとて心はへ
  いふかひなくはあらぬ御いらへとおほす右近
  にあるへき事の給はせてわたり給ぬめやす
  く物し給をうれしくおほしてうへにもかたり
  きこえ給さる山かつの中にとしへたれはいかに」43ウ

  いとをしけならんとあなつりしをかへりて
  こゝろはつかしきまてなむ見ゆるかゝる
  ものありといかて人にしらせて兵部卿宮
  なとのこのまかきのうちこのましうし給
  心みたりにしかなすきものとものいとうる
  はしたちてのみこのわたりにみゆるもかゝ
  るもののくさわひのなきほとなりいたう
  もてなしてし哉猶うちあはぬ人のけ
  色見あつめむとの給へはあやしの人の
  おやゝまつ人の心はけまさむ事をさきに」44オ

  おほすよけしからすとの給まことに君を
  こそいまの心ならましかはさやうにもてなし
  てみつへかりけれいとむしんにしなしてし
  わさそかしとてわらひ給におもてあかみて
  おはするいとわかくおかしけなりすゝり
  ひきよせ給うててならひに
    こひわたる身はそれなれと玉かつら
  いかなるすちをたつねきつらむあはれと
  やかてひとりこち給へはけにふかくおほし
  ける人のなこりなめりと見給中将の君」44ウ

  にもかゝる人をたつねいてたるをようゐして
  むつひとふらへとの給けれはこなたにまうて
  給て人かすならすともかゝるものさふらふと
  まつめしよすへくなむ侍ける御わたりの
  ほとにもまいりつかふまつらさりけることゝい
  とまめ/\しうきこえ給へはかたはらいた
  きまて心しれる人は思心のかきりつくしたり
  し御すまゐなりしかとあさましうゐ中
  ひたりしもたとしへなくそ思くらへらる
  るや御しつらひよりはしめいまめかしう」45オ

  けたかくておやはらからとむつひきこえ
  給御さまかたちよりはしめ目もあやにおほ
  ゆるにいまそ三条も大弐をあなつらはし
  く思ひけるましてけむかいきさしけはひ
  おもひいつるもゆゝしき事かきりなし
  ふんこのすけの心はへをありかたきものに
  君もおほししり右近も思いふおほそう
  なるは事もをこたりぬへしとてこなた
  のけいしともさためあるへきことゝもをき
  てさせ給ふんこのすけもなりぬ年比ゐ中」45ウ

  ひしつみたりし心ちに俄になこりなくいか
  てかかりにてもたちいてみるへきよすかな
  くおほえしおほ殿のうちをあさゆふにいて
  入ならし人をしたかへ事をこなふ身とな
  れ△はいみしきめいほくと思けりおとゝの
  君の御心をきてのこまかにありかたうおは
  します事いとかたしけなしとしのくれに
  御しつらひのこと人々の御しやうそくなと
  やむ事なき御つらにおほしをきてたる
  かゝりともゐ中ひたることやと山かつの」46オ

  かたにあなつりをしはかりきこえ給て
  てうしたるもたてまつり給ふついてにをり
  物とものわれも/\と手をつくしてをり
  つゝもてまいれるほそなかこうちきの
  色/\さま/\なるを御覧するにいとおほかり
  ける物ともかなかた/\にうらやみなくこそ
  物すへかりけれとうへに聞え給へはみくし
  け殿につかうまつるれも此方にせさせ給へ
  るもみなとうてさせ給へりかゝるすちはた
  いとすくれて世になき色あひにほひを染」46ウ

  つけ給へはありかたしと思ひ聞え給ふこゝか
  しこのうち殿よりまいらせたるうち物とも
  御覧しくらへてこきあかきなとさま/\
  をえらせ給つゝ御そひつころもはことも
  に入させ給ふておとなひたるしやうらうと
  もさふらひてこれはかれはととりくしつゝ
  入うへもみ給ていつれもおとりまさるけち
  めも見えぬ物ともなめるをき給はん人
  の御かたちに思よそへつゝたてまつれ給へか
  しきたる物のさまにゝぬはひか/\しくも」47オ

  ありかしとの給へはおとゝうちわらひてつれ
  なくて人の御かたちをしはからむの御心な
  めりなさてはいつれをとかおほすときこえ給へ
  はそれもかゝみにてはいかてかとさすかはち
  らひておはすこうはいのいともむうき
  たるゑひ染の御こうちきいまやう色のい
  とすくれたるとはかの御れうさくらのほ
  そなかにつやゝかなるかいねりとりそへて
  はひめ君の御れうなりあさはなたのかいふ
  のをり物をりさまなまめきたれとにほひ」47ウ

  やかならぬにいとこきかいねりくして夏の
  御かたにくもりなくあかきにやまふきの花
  のほそなかはかのにしのたいにたてまつれ
  給をうへはみぬやうにておほしあはすうちの
  おとゝのはなやかにあなきよけとは見え
  なからなまめかしう見えたるかたのまし
  らぬににたるなめりとけにをしはらるゝ
  をいろにはいたし給はねと殿みやり給へる
  にたゝならすいてこのかたちのよそへは人
  はらたちぬへき事なりよきとても物ゝ」48オ

  色はかきりあり人のかたちはをくれたる
  も又なをそこひある物をとてかのすゑつ
  むはなの御れうにやなきのをり物のよし
  あるからくさをみたれをれるもいとなまめ
  きたれは人しれすほゝゑまれ給むめのお
  りえたてううとひちかひからめいたるし
  ろきこうちきにこきかつやゝかなるかさ
  ねてあかしの御かたに思やりけたかきを
  うへはめさましと見給うつせみのあま君
  にあをにひのをりものいと心はせあるを」48ウ

  見つけ給て御れうにあるくちなしの御そ
  ゆるし色なるそへ給ておなし日き給へき
  御せうそこきこえめくらし給けににつ
  いたるみむの御心なりけりみな御返ともたゝ
  ならす御つかひのろく心/\なるにすゑつ
  むひむかしの院におはすれはいますこし
  さしはなれえんなるへきをうるはしく
  ものし給人にてあるへき事はたかへ給はす
  山ふきのうちきの袖くちいたくすゝけ
  たるをうつほにてうちかけ給へり御ふみには」49オ

  いとかうはしきみちのくにかみのすこしと
  しへあつきかきはみたるにいてや給へるは
  中/\にこそ
    きてみれはうらみられけりからころも
  かへしやりてん袖をぬらして御てのすち
  ことにあふよりにたりいといたくほゝゑみ給て
  とみにもうちをき給はねはうへ何事ならむ
  と見おこせ給へり御つかひにかつけたる物をいと
  わひしくかたはらいたしとおほして御気
  色あしけれはすへりまかてぬいみしくを」49ウ

  のをのはさゝめきわらひけりかやうにわり
  なうふるめかしうかたはらいたき所のつ
  き給へるさかしらにもてわつらひぬへうおほ
  すはつかしきまみなりこたいのうたよみ
  はからころもたもとぬるゝかことこそはなれ
  ねなまろもそのつらそかしさらにひと
  すちにまつはれていまめきたることの葉に
  ゆるき給はぬこそねたきことははたあれ
  人のなかなる事をおりふしおまへなとの
  わさとあるうたよみの中にてはまとひは」50オ

  なれぬみもしそかしむかしのけさうのお
  かしきいとみにはあた人といふいつもしを
  やすめところにうちをきてことの葉のつ
  つきたよりある心ちすへかめりなとわらひ
  給よろつのさうしうた枕よくあなひしり
  みつくしてそのうちのこと葉をとりいつる
  によみつきたるすちこそつようはかはら
  さるへけれひたちのみこのかきをき給へりけ
  るかうやかみのさうしをこそ見よとておこ
  せたりしかわかのすいなういとところせうや」50ウ

  まひさるへき所おほかりしかはもとよりをくれ
  たるかたのいとゝなか/\うこきすへくも見え
  さりしかはむつかしくてかへしてきよく
  あなひしり給へる人のくちつきにてはめ
  なれてこそあれとておかしくおほいたるさ
  まそいとをしきやうへいとまめやかにて
  なとてかへし給けむかきとゝめてひめ君
  にも見せたてまつり給へかりける物をこゝに
  もものゝなかなりしもむしみなそこな
  ひてけれはみぬ人はた心ことにこそはとを」51オ

  かりけれとの給ひめ君の御かくもんにいとような
  からんすへて女はたてゝこのめる事まうけて
  しみぬるはさまよからぬことなり何事もいと
  つきなからむはくちおしからむたゝこゝろの
  すちをたゝよはしからすもてしつめをき
  てなたらかならむのみなむめやすかるへかり
  けるなとの給て返しはおほしもかけねは
  かへしやりてむとあめるにこれよりをし返
  し給はさらむもひか/\しからむとそゝの
  かしきこえ給なさけすてぬ御心にてかき」51ウ

  給いと心やすけなり
    かへさむといふにつけてもかたしきの
  よるの衣をおもひこそやれことはりなりやと
  そあめる」52オ

(白紙)」52ウ

【奥入01】世中にあらましかはと思ふ人
    なきかおほくもなりにけるかな
     非源氏以前哥歟不可為彼
     本哥如何(戻)
【奥入02】文集 楽府 伝戎人
    涼源ノ郷井<ヲハ>不<スナシヌ>得見<コト>胡地<ノ>妻子<ヲハ>
    虚<ムナシク>棄<ステ>捐<スツ>(戻)」53オ

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