胡蝶(大島本親本復元) First updated 1/9/2007(ver.1-1)
Last updated 1/9/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

胡 蝶

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「胡蝶」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「こてふ」(題箋)

  やよひのはつかあまりのころほひ春の御
  前のありさまつねよりことにつくしてにほふ
  花の色とりのこゑほかのさとにはまたふり
  ぬにやとめつらしう見えきこゆ山のこ
  たちなかしまのわたりいろまさるこけの
  けしきなとわかき人/\のはつかに
  心もとなくおもふへかめるにからめいたるふ
  ねつくらせ給けるいそきさうそかせ給ひ
  ておろしはしめさせ給ひはうたつかさ
  の人めして舟のかくせらるみこたちかむ」1オ

  たちめなとあまたまいり給へり中宮
  この比さとにおはしますかの春まつその
  はとはけましきこえ給へりし御かへりも
  この比やとおほしおとゝの君もいかてこの
  花おり御らむせさせむとおほしのたま
  へとついてなくてかるらかにはひわたりはな
  をももてあそひ給ふへきならねはわかき
  女はうたちのものめてしぬへきをふねに
  のせ給うてみなみのいけのこなたにとほ
  しかよはしなさせ給へるをちゐさき山を」1ウ

  へたてのせきに見せたれとそのやまのさ
  きよりこきまひてひむかしのつり殿に
  こなたのわかき人/\あつめさせたまふ
  龍頭鷁首をからのよそひにこと/\しう
  しつらひてかちとりのさをさすわらはへ
  みなみつらゆひてもろこしたゝせてさ
  るおほきなるいけのなかにさしいてたれは
  まことのしらぬくにゝきたらむ心ちして
  あはれにおもしろく見ならはぬ女はうなと
  はおもふなかしまのいりえのいはかけにさし」2オ

  よせて見れははかなきいしのたゝすまひ
  もたゝゑにかいたらむやうなりこなたかなた
  かすみあひたるこすゑともなしきをひ
  きわたせるにおまへのかたははる/\とみ
  やられていろをましたるやなきえたを
  たれたる花もえもいはぬにほひをちらし
  たりほかにはさかりすきたるさくらもいま
  さかりにほおゑみらうをめくれるふちの色も
  こまやかにひらけゆきにけりましていけ
  のみつにかけをうつしたるやまふきしよ」2ウ

  りこほれていみしきさかりなりみつとりと
  ものつかひをはなれすあそひつゝほそき
  えたともをくひてとひちかふをしのなみ
  のあやにもんをましへたるなとものゝゑや
  うにもかきとらまほしきまことにをのの
  えもくいたつへうおもひつゝをくらす
    かせふけはなみの花さへ色みえて
  こやなにたてるやまふきのさき
    はるのいけやゐてのかはせにかよふらん
  きしの山ふきそこもにほへり」3オ

    かめのうへの山たつねしふねのうちに
  おいせぬなをはこゝにのこさむ
    春の日のうらゝにさしてゆくふねは
  さほのしつくも花そちりける
  なとやうのはかなことゝもを心/\にいひ
  かはしつゝゆくかたもかへらむさともわすれ
  ぬへうわかき人/\の心をうつすにことはり
  なる水のおもになむくれかゝるほとにわう
  しやうといふかくいとおもしろくきこゆるに
  心にもあらすつり殿にさしよせられてお」3ウ

  りぬこゝのしつらひいとことそきたるさま
  になまめかしきに御方かたのわかき人とも
  のわれおとらしとつくしたるさうすくかた
  ちはなをこきませたるにしきにおとら
  すみえわたる世にめなれすめつらかなるかく
  ともつかうまつるまひ人なと心ことにえ
  らはせ給て夜にいりぬれはいとあかぬ心ち
  して御前のにはにかゝり火ともしてみはし
  のもとのこけのうへにかく人めしてかんたち
  めみこたちもみなをの/\ひきもの」4オ

  ふきものとり/\にしたまふものゝし
  ともことにすくれたるかきりそうてうふき
  てうへにまちとる御ことゝものしらへいとは
  なやかにかきたてゝあなたうとあそひ
  給ふほといけるかひありとなにのあや
  めもしらぬしつのをもみかとのわたりひま
  なきむまくるまのたちとにましりて
  ゑみさかへきゝけりそらのいろものゝねも
  はるのしらへひゝきいとことにまさりける
  けちめを人/\おほしわくらむかし夜」4ウ

  もすからあそひあかし給かへりこゑに喜春
  楽たちそひて兵部卿みやあをやき
  おりかへしおもしろくうたひ給あるしの
  おとゝもことくはへ給ふ夜もあけぬあさ
  ほらけのとりのさえつりを中宮はも
  のへたてゝねたうきこしめしけりいつも
  春の光をこめ給へるおほ殿なれと心をつ
  くるよすかのまたなきをあかぬ事にお
  ほす人/\もありけるににしのたいの
  ひめ君こともなき御ありさまおとゝの」5オ

  きみもわさとおほしあかめきこえたまふ
  御けしきなとみなよにきこえいてゝお
  ほししもしるく心なひかし給人おほかる
  へしわか身さはかりとおもひあかり給ふき
  はの人こそたよりにつけつゝけしきはみ
  こといてきこえ給ふもありけれえしもう
  ちいてぬ中の思ひにもえぬへきわかきむた
  ちなともあるへしそのうちにことの心をし
  らてうちのおほいとのの中将なとはすきぬ
  へかめり兵部卿の宮はたとしころおはし」5ウ

  けるきたの方もうせ給てこのみとせはか
  りひとりすみにてわひたまへはうけはりてい
  まはけしきはみたまふけさもいといたう
  そらみたれしてふちのはなをかさして
  なよひさうとき給へる御さまいとおかしお
  とゝもおほしゝさまかなふとしたにはおほ
  せとせめてしらすかほゝつくり給御かはらけ
  ついてにいみしうもてなやみたまうてお
  もふ心侍らすはまかりにけ侍なましいとたえ
  かたしやとすまひ給ふ」6オ

    むらさきのゆへにこゝろをしめたれは
  ふちに身なけんなやはおしけきとておとゝ
  の君におなしかさしをまいり給いといたう
  ほをゑみ給ひて
    ふちに身をなけつへしやとこの春は
  花のあたりをたちさらて見よとせちに
  とゝめたまへはえたちあかれ給はてけさの
  御あそひましていとおもしろしけふは中宮
  のみと経のはしめなりけりやかてまかて給は
  てやすみ所とりつゝひの御よそひにかへ給ふ」6ウ

  人/\もおほかりさはりあるはまかてなとも
  したまふむまの時はかりにみなあなたにまいり
  給ふおとゝの君をはしめたてまつりてみな
  つきわたり給ふ殿上人なとものこるなくま
  いるおほくはおとゝの御いきほひにもてなさ
  れ給ひてやむことなくいつくしき御あり
  さまなりはるのうへの御心さしにほとけには
  なたてまつらせ給ふとりてふにさうそき
  わけたるわらはへ八人かたちなとことにとゝ
  のへさせ給ひてとりにはしろかねのはなか」7オ

  めにさくらをさしてふはこかねのかめにやま
  ふきをおなしきはなのふさいかめしう世
  になきにほひをつくさせ給へりみなみの
  御まへのやまきはよりこきいてゝをまへにい
  つるほと風ふきてかめのさくらすこしうち
  ちりまかふいとうらゝかにはれてかすみのま
  よりたちいてたるはいとあはれになまめき
  てみゆわさとひらはりなともうつされす
  おまへにわたれるらうをかく屋のさまにして
  かりにあくらともをめしたりわらはへともみ」7ウ

  はしのもとによりてはなともたてまつる
  行香の人/\とりつきてあかにくはへさせ
  給御せうそこ殿の中将の君してきこえ
  給へり
    はなそのゝこてふをさへやしたくさに
  秋まつむしはうとく見るらむ宮かの紅葉
  の御かへりなりけりとほおゑみて御らむすき
  のふの女はうたちもけに春のいろはえお
  とさせ給ましかりけりとはなにおれつゝきこ
  えあへりうくひすのうらゝかなるねにとり」8オ

  のかくはなやかにきゝわたされていけのみ
  つとりもそこはかとなくさへつりわたるに
  きうになりはつるほとあかすおもしろし
  てうはましてはかなきさまにとひたちて
  やまふきのませのもとにさきこほれたる
  花のかけにまひいつる宮のすけをはしめて
  さるへきうへ人ともろくとりつゝきてわらはへ
  にたふとりにはさくらのほそなかてふにはやま
  ふきかさね給はるかねてしもとりあへたる
  やうなりものゝしともはしろきひとかさねこし」8ウ

  さしなとつき/\にたまふ中将の君にはふち
  のほそなかそへて女のさうそくかつけ給
  ふ御かへりきのふはねになきぬへくこそは
    こてふにもさそはれなましこゝろありて
  やへ山ふきをへたてさりせはとそありける
  すくれたる御らうともにかやうの事はた
  えぬにやありけむおもふやうにこそ見えぬ
  御くちつきともなめれまことやかの見も
  のゝ女はうたち宮のにはみなけしき
  あるをくりものともせさせ給ふけりさやう」9オ

  のことくはしけれはむつかしあけくれにつけて
  もかやうのはかなき御あそひしけく心をや
  りてすくし給へはさふらふ人もをのつから
  ものおもひなきこゝちしてなむこなたか
  なたにもきこえかはし給ふにしのたい
  の御方はかのたうかのおりの御たいめんのゝ
  ちはこなたにもきこえかはし給ふかき御心
  もちゐやあさくもいかにもあらむけしき
  いとらうありなつかしき心はへとみえて
  人の心へたつへくもものしたまはぬひとさ」9ウ

  まなれはいつかたにもみな心よせきこえ給へ
  りきこえ給人いとあまたものし給され
  とおとゝおほろけにおほしさたむへくもあら
  すわか御心にもすくよかにおやかりはつま
  しき御心やそふらむちゝおとゝにもしらせや
  してましなとおほしよるおり/\もありと
  のゝ中将はすこしけちかくみすのもとなと
  にもよりて御いらへ身つからなとするも女は
  つゝましうおほせとさるへきほとゝ人/\も
  しりきこえたれは中将はすく/\しくて」10オ

  おもひもよらす内のおほいとのゝ君たち
  はこの君にひかれてよろつにけしきはみ
  わひありくをその方のあはれにはあら
  てしたに心くるしうまことのおやにさもしら
  れたてまつりにしかなと人しれぬ心にかけ
  たまへれとさやうにももらしきこえ給
  はすひとへにうちとけたのみきこえ給心
  むけなとらうたけにわかやかなりにるとは
  なけれとなをはゝ君のけはひにいとよくおほ
  えてこれはかとめいたるところそゝひたるこ」10ウ

  ろもかへのいまめかしうあらたまれるころほひ
  そらのけしきなとさへあやしうそこはか
  となくおかしきをのとやかにおはしませは
  よろつの御あそひにてすくし給ふにたい
  の御方に人/\の御ふみしけくなりゆくを
  おもひしことゝおかしうおほいてともすれは
  わたり給ひつゝこらむしさるへきには御か
  へりそゝのかしきこえ給ひなとするを
  うちとけすくるしいゝことにおほいたり
  兵部卿の宮のほとなくいられかましき」11オ

  わひことゝもをかきあつめたまへるおほむふ
  みをこらむしつけてこまやかにわらひ給ふ
  はやうよりへたつることなうあまたのみこ
  たちの御なかにこのきみをなんかたみに
  とりわきておもひしにたゝかやうのすち
  のことなむゐみしうへたておもふ給ひてや
  みにしをよのすゑにかくすき給へる心はえ
  をみるかおかしうもあはれにもおほゆるかな
  なを御かへりなときこえ給へすこしもゆ
  へあらむ女のかのみこよりほかにまたこと」11ウ

  のはをかはすへき人こそ世におほえねいと
  けしきある人の御さまそやとわかき人
  はめて給ひぬへくきこえしらせ給へとつゝ
  ましくのみおほいたり右大将のいとまめやか
  にこと/\しきさましたる人のこひのやま
  にはくしのたうれまねひつへきけしきに
  うれへたるもさるかたにおかしとみなみくら
  へ給なかにからのはなたのかみのいとなつ
  かしうしみふかうにほへるをいとほそくちひ
  さくむすひたるありこれはいかなれはかく」12オ

  むすほゝれたるにかとてひきあけたまへり
  いとおかしうて
    おもふとも君はしらしなわきかへり
  いはもるみつにいろし見えねはかきさま
  ゐまめかしうそほれたりこれはいかなる
  そとゝひきこえ給へとはか/\しうもき
  こえ給はす右近をめしいてゝかやうにをとつ
  れきこえん人をはひとえりしていらへ
  なとはせさせよすき/\しうあされかまし
  きいまやうの人のひんないことしいてな」12ウ

  とするをのこのとかにしもあらぬ事なり
  われにて思ひしにもあなゝさけなうらめし
  うもとそのおりにこそむしむなるにや
  もしはめさましかるへききはゝけやけう
  なともおほえけれわさとふかゝらてはな
  てふにつけたるたよりことは心ねたうもて
  ないたるなか/\心たつやうにもありまたさて
  わすれぬるはなにのとかゝはあらむものゝ
  たよりはかりのなをさりことにくちとう心
  えたるもさらてありぬへかりけるのちの」13オ

  なむとありぬへきわさなりすへて女のも
  のつゝみせす心のまゝにものゝあはれもしり
  かほつくりおかしき事をも見しらんなん
  そのつもりあちきなかるへきを宮大将は
  おほな/\なをさりことをうちいて給へき
  にもあらすまたあまりものゝほとしらぬやう
  ならんも御ありさまにたかへりそのきはより
  しもは心さしのおもむきにしたかひてをあは
  れをもわき給へらうをもかそへ給へなと
  きこえ給へはきみはうちそむきておはする」13ウ

  そはめいとおかしけなりなてしこのほそな
  かにこのころのはなのいろなる御こうち
  きあはひけちかういまめきてもてなし
  なともさはいへとゐなかひ給へりしなこり
  こそたゝありにおほとかなるかたにのみは
  みえ給ひけれ人のありさまを見しり給ふ
  まゝにいとさまようなよひかにけさうなとも
  心してもてつけたまへれはいとゝあかぬ所な
  くはなやかにうつくしけなりこと人とみ
  なさむはいとくちおしかへうおほさるうこむ」14オ

  もうちゑみつゝ見たてまつりておやとき
  こえんにはにけなうわかくおはしますめり
  さしならひたまへらむんはしもあはひめてた
  しかしとおもひゐたりさらに人の御せうそ
  こなとはきこえつたふる事はへらすさき
  さきもしろしめし御らむしたるみつよつ
  はひきかへしはしたなめきこえむもいかゝ
  とて御ふみはかりとりいれなとし侍めれと御か
  へりはさらにきこえさせ給ふおりはかりな
  むそれをたにくるしいことにおほいたると」14ウ

  きこゆさてこのわかやかにむすほゝれたる
  はたかそいといたうかいたるけしきかなとほ
  ほゑみて御らんすれはかれはしふねうとゝめ
  てまかりにけるにこそ内のおほいとのゝ中
  将のこのさふらふみてこそをもとより見
  しり給へりけるつたへにて侍けるまた
  見いるゝ人も侍らさりしにこそときこ
  ゆれはいとらうたき事かなけらうなり
  ともかのぬしたちをはいかゝいとさはゝした
  なめむ公卿といへとこの人のおほえにかな」15オ

  らすしもならふましきこそおほかれさる
  なかにもいとしつまりたる人なりをの
  つから思ひあはする世もこそあれけち
  えむにはあらてこそいひまきらはさめ見
  ところあるふみかきかなゝととみにも
  うちをきたまはすかうなにやかやときこ
  ゆるをもおほす所やあらむとやゝまし
  きをかのおとゝにしられたてまつり給は
  む事もまたわか/\しうなにとなき
  ほとにこゝらとしへ給へる御なかにさしいて給」15ウ

  はむ事はいかゝとおもひめくらし侍るなを世
  のひとのあめるかたにさたまりてこそはひと
  ひとしうさるへきついてもものしたまは
  めとおもふを宮はひとりものし給やうなれ
  とひとからいといたうあためいてかよひた
  まふところあまたきこえめしうとゝかに
  くけなるなのりする人ともなむかすあま
  たきこゆるさやうならむ事はにくけなう
  てみなほいたまはむ人はいとようなたら
  かにもてけちてむすこし心にくせありて」16オ

  は人にあかれぬへきことなむをのつからいて
  きぬへきをその御心つかひなむあへき大
  将はとしへたる人のいたうねひすきたるを
  いとひかてにともとむなれとそれも人/\わ
  つらはしかるなりさもあへい事なれはさま
  さまになむ人しれす思ひさためかね侍る
  かうさまのことはおやなとにもさはやかに
  わかおもふさまとてかたりいてかたきことなれと
  さはかりの御よはひにもあらすいまは
  なとかなにことをも御心にわいたまはさらむ」16ウ

  まろをむかしさまになすらへてはゝ君と思
  ひないたまへ御心にあかさらむことは心くるしく
  なといとまめやかにてきこえ給へはくるし
  うて御いらへきこえむともおほえ給は
  すいとわか/\しきもうたておほえてな
  にこともおもひしり侍らさりけるほとより
  おやなとは見ぬものにならひ侍てともか
  くも思ふたまへられすなむときこえ給
  さまのいとおいらかなれはけにとおほいて
  さらは世のたとひのゝちのをそれとおほ」17オ

  いてをろかならぬ心さしのほとも見あら
  はしはて給てむやなとうちかたらひ給
  おほすさまのことはまはゆけれはえうち
  いて給はすけしきあることはゝとき/\
  ませ給へと見しらぬさまなれはすゝろに
  うちなけかれてわたり給おまへちかきくれ
  たけのいとわかやかにおいたちてうちなひく
  さまのなつかしきにたちとまり給うて
    ませのうちにねふかくうへし竹のこの
  をのかよゝにやおひわかるへきおもへはうらめし」17ウ

  かへい事そかしとみすをひきあけてき
  こえ給へはゐさりいてゝ
    いまさらにいかならむよかわかたけの
  おいはしめけむねをはたつねんなか/\にこそ
  侍らめときこえ給ふをいとあはれとおほし
  けりさるは心のうちにはさもおもはすかし
  いかならむおりきこえいてむとすらむと
  心もとなくあはれなれとこのおとゝの御心
  はへのいとありかたきをおやときこゆとも
  もとより見なれたまはぬはえかうしもこ」18オ

  まやかならすやとむかしものかたりを見
  給にもやう/\人のありさま世中のあるやう
  を見しり給へはいとつゝましう心としられ
  たてまつらむことはかたかるへうおほすとの
  はいとゝらうたしとおもひきこえ給ふうへ
  にもかたり申たまふあやしうなつかしき人
  のありさまにもあるかなかのいにしへのはあま
  りはるけ所なくそありしこの君はものゝ
  ありさまも見しりぬへくけちかきこゝろ
  さまそひてうしろめたからすこそ見ゆれな」18ウ

  とほめたまふたゝにしもおほすましき御心
  さまをみしり給へれはおほしよりてものゝ
  心えつへくはものし給ふめるをうらなくし
  もうちとけたのみきこえ給らんこそ心
  くるしけれとのたまへはなとたのもしけ
  なくやはあるへきときこえ給へはいてやわ
  れにてもまたしのひかたうものおもはしき
  おりおりありし御心さまの思ひいてらるゝふし
  ふしなくやはとほゝゑみてきこえ給へは
  あな心とゝおほいてうたてもおほしよるかな」19オ

  いと見しらすしもあらしとてわつらはしけ
  れはの給ひさして心のうちに人のかうをしは
  かり給ふにもいかゝはあへからむとおほしみた
  れかつはひか/\しうけしからぬわかこゝろの
  ほともおもひしられ給ふけり心にかゝれるまゝ
  にしは/\わたり給ひつゝ見たてまつり給あ
  めのうちふりたるなこりのいとものしめやか
  なるゆふつかた御まへのわかゝえてかしわき
  なとのあをやかにしけりあひたるかなにとなく
  心ちよけなるそらを見いたし給ひてわし」19ウ

  てまたきよしうちすし給うてまつこ
  のひめ君の御さまのにほひやけさをおほし
  いてられてれいのしのひやかにわたり給へり
  てならひなとしてうちとけ給へりけるをお
  きあかり給てはちらひ給へるかほのいろあ
  ひいとおかしなこやかなるけはひのふとむかし
  おほしいてらるゝにもしのひかたくてみそめ
  たてまつりしはいとかうしもおほえ給はすと
  思ひしをあやしうたゝそれかとおもひまか
  へらるゝおり/\こそあれあはれなるわさな」20オ

  りけり中将のさらにむかしさまのにほひ
  にもみえぬならひにさしもにぬものと思ふにか
  かる人もゝのしたまうけるよとてなみたくみ
  給へりはこのふたなる御くたものゝなかに
  たちはなのあるをまさくりて
    たちはなのかほりしそてによそふれは
  かはれるみともおもほえぬかなよとゝもの
  心にかけてわすれかたきになくさむことなくて
  すきつるとしころをかくて見たてまつる
  はゆめにやとのみおもひなすをなをえこそ」20ウ

  しのふましけれおほしうとむなよとて御て
  をとらへたまへれは女かやうにもならひ給は
  さりつるをいとうたておほゆれとおほかなる
  さまにてものし給ふ
    そてのかほよそふるからにたちはなの
  みさへはかなくなりもこそすれむつかし
  とおもひてうつふし給へるさまいみしうなつ
  かしうてつきのつふ/\とこゑ給へるみなり
  はたつきのこまやかにうつくしけなるに
  中/\なるものおもひそふこゝちしたまてけ」21オ

  ふはすこしおもふこときこえしらせ給ひける
  女は心うくいかにせむとおほえてわなゝ
  かるけしきもしるけれとなにかかくうと
  ましとはおほいたるいとよくもてかくして
  人にとかめらるへくもあらぬ心のほとそよさ
  りけなくてをもてかくし給へあさくも思
  きこえさせぬ心さしにまたそふへけれは世
  にたくひあるましきこゝちなんするをこの
  をとつれきこゆる人/\にはおほしおとすへ
  くやはあるいとかうふかき心ある人は世に」21ウ

  ありかたかるへきわさなれはうしろめたくのみ
  こそとのたまふいとさかしらなる御おや心な
  りかしあめはやみてかせのたけになる
  はなやかにさしいてたる月かけおかしき
  よのさまもしめやかなるに人/\はこまやか
  なる御ものかたりにかしこまりをきてけ
  ちかくもさふらはすつねに見たてまつり給ふ
  御なかなれとかくよきおりしもありかた
  けれはことにいてたまへるついての御ひたふる
  心にやなつかしい程なる御そとものけはひは」22オ

  いとようまきらはしすへしたまひてちかやか
  にふし給へはいと心うく人のおもはむ事も
  めつらかにいみしうおほゆまことのおやの御
  あたりならましかはおろかには見はなち給ふ
  ともかくさまのうき事はあらましやと
  かなしきにつゝむとすれとこほれいてつゝ
  いとこゝろくるしき御けしきなれはかうお
  ほすこそつらけれもてはなれしらぬ人たによの
  ことはりにてみなゆるすわさなめるをかくとし
  へぬるむつましさにかはかりみえたてまつるや」22ウ

  なにのうとましかるへきそこれよりあなか
  ちなる心はよも見せたてまつらしおほろ
  けにしのふるにあまるほとをなくさむる
  そやとてあはれけになつかしうきこえ
  給事おほかりましてかやうなるけはひは
  たゝむかしの心ちしていみしうあはれなり
  わか御心なからもゆくりかにあはつけきこと
  とおほししらるれはいとよくおほしかへし
  つゝ人もあやしとおもふへけれはいたう夜も
  ふかさていて給ぬおもひうとみたまははいと」23オ

  心うくこそあるへけれよその人はかうほれ/\
  しうはあらぬものそよかきりなくそこひし
  らぬこゝろさしなれはひとのとかむへきさま
  にはよもあらしたゝむかしこひしきなくさ
  めにはかなきことをもきこえんおなし心に
  いらへなとし給へといとこまかにきこへ給へと
  われにもあらぬさましていと/\うしとおほ
  いたれはいとさはかりには見たてまつらぬ御
  心はへをいとこよなくもにくみたまふへかめる
  かなとなけきたまいてゆめけしきなくて」23ウ

  をとていて給ひぬ女君も御としこそすく
  し給ひにたるほとなれ世中をしりたま
  はぬなかにもすこしうちよなれたる人の
  ありさまをたに見しりたまはねはこれより
  けちかきさまにもおほしよらすおもひの
  ほかにもありけるよかなとなけかしきにいと
  けしきもあしけれはひと/\御心ちなや
  ましけに見え給ふともてなやみきこゆ
  とのゝ御けしきのこまやかにかたしけなくも
  おはしますかなまことの御おやときこゆとも」24オ

  さらにかはかりおほしよらぬことなくはもてな
  しきこえ給はしなと兵部なともしのひ
  てきこゆるにつけていとゝおもはすに心つき
  なき御心のありさまをうとましう思はて
  たまふにも身そ心うかりけるまたのあし
  た御文とくありなやましかりてふし給へれと
  人/\御すゝりなとまいりて御かへりとくと
  きこゆれはしふ/\に見たまふしろき
  かみのうはへはおひらかにすく/\しきにいと
  めてたうかいたまへりたくひなかりし御けし」24ウ

  きこそつらきしもわすれかたういかに
  人見たてまつりけむ
    うちとけてねも見ぬものをわかく
  さのことありかほにむすほゝるらむおさな
  くこそものし給ひけれとさすかにおや
  かりたる御ことはもいとにくしと見たまひ
  て御かへり事きこえさらむも人めあや
  しけれはふくよかなるみちのくにかみに
  たゝうけたまはりぬみたり心ちのあしう
  侍れはきこえさせぬとのみあるにかやう」25オ

  のけしきはさすかにすくよかなりとほゝ
  ゑみてうらみ所ある心ちしたまふうたて
  ある心かないろにゐてたまひてのちはおほ
  たのまつのとおもはせたることなくむつ
  かしうきこえ給ことおほかれはいとゝところ
  せきこゝちしてをき所なきものおもひ
  つきていとなやましうさへし給ふかくてこ
  との心しる人はすくなうてうときもした
  しきもむけのおやさまに思きこえた
  るをかうやうのけしきのもりいてはいみ」25ウ

  しう人わらはれにうきなにもあるへきかな
  ちゝおとゝなとのたつねしり給にてもまめ
  まめしき御心はへにもあらさらむものから
  ましていとあはつけうまちきゝおほさんこ
  とゝよろつにやすけなうおほしみたる宮
  大将なとはとのゝ御けしきもてはなれぬ
  さまにつたへきゝ給うていとねんころにき
  こえたまふこのいはもる中将もおとゝ
  の御ゆるしを見てこそかたよりにほの
  きゝてまことのすちをはしらすたゝひとへ」26オ

  にうれしくてをりたちうらみきこ
  えまとひありくめり」26ウ

【奥入01】かめのうへの山
    蓬莱の心也 楽府
    眼穿不見蓬莱嶋不見蓬莱不敢
    帰童男臥如舟中老徐福更成多
    誑誕(戻)
【奥入02】風生竹夜窓間臥月照松時台上
    行(戻)
【奥入03】和して又きよし
    文集第十九
    早夏朝帰閑斎独処
    四月天気和<ワシテ>且<マタ>清<キヨシ>」27オ

    緑槐陰<カケ>合<アツウテ>沙堤平ナリ(戻)」27ウ

  二交了<朱>」(前遊紙1オ)

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