蛍(大島本親本復元) First updated 1/11/2007(ver.1-1)
Last updated 1/11/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「蛍」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「ほたる」(題箋)

  いまはかくおも/\しきほとによろつの
  とやかにおほししつめたる御ありさまなれは
  たのみきこえさせ給へる人/\さま/\に
  つけてみな思ふさまにさたまりたゝよ
  はしからてあらまほしくてすくし給ふた
  いのひめ君こそいとおしく思ひのほかなる
  思ひそひていかにせむとおほしみたるめれ
  かのけむかうかりしさまにはなすらふへき
  けはひならねとかゝるすちにかてけも人の
  思ひよりきこゆへき事ならねは心」1オ

  ひとつにおほしつゝさまことにうとましと
  おもひきこえ給ふなに事をもおほし
  しりにたる御よはひなれはとさまかうさま
  におほしあつめつゝはゝ君のおはせすな
  りにけるくちをしさもまたとりかへし
  おしくかなしくおほゆおとゝもうちい
  てそめ給ひてはなか/\くるしくおほせと
  人めをはゝかり給ひつゝはかなき事をも
  えきこえ給はすくるしくもおほさるゝ
  まゝにしけくわたり給ひつゝおまへの人と」1ウ

  をくのとやかなるおりはたゝならすけしき
  はみきこえ給ふことにむねつふれつゝけ
  さやかにはしたなくきこゆへきにはあらね
  はたゝみしらぬさまにもてなしきこえ
  給ふ人さまのわららかにけちかくものし
  たまへはいたくまめたち心し給へと猶を
  かしくあいきやうつきたるけはひのみみえ
  給へり兵部卿宮なとはまめやかにせめき
  こえ給ふ御らうの程はいくはくならぬに
  さみたれになりぬるうれへをし給ひてす」2オ

  こしけちかきほとをたにゆるし給はゝ思
  ふ事をもかたはしはるけてしかなと
  きこえ給へるをとのこらむしてなにかは
  この君たちのすき給はむはみところあり
  なむかしもてはなれてなきこえ給ひそ
  御かへりとき/\きこえ給へとてをしへて
  かゝせたてまつりたまへといとゝうたておほ
  え給へはみたり心ちあしとてきこえ給は
  す人/\もことにやむことなくよせおも
  きなともおさ/\なしたゝはゝ君の御」2ウ

  をちなりけるさい将はかりの人のむすめ
  にて心はせなとくちおしからぬかよにお
  とろへのこりたるをたつねとり給へるさい将
  の君とててなともよろしくかきおほ
  かたもおとなひたる人なれはさるへき
  おり/\の御かへりなとかゝせたまへはめしい
  てゝことはなとの給ひてかゝせ給ふもの
  なとのた給ふさまをゆかしとおほすなる
  へしさうしみはかくうたてあるものなけかし
  さの後はこの宮なとはあはれけにきこえ」3オ

  給ふときはすこし見いれ給ふ時もありけ
  りなにかとおもふにあらすかく心うき御
  けしきみぬわさもかなとさすかにされ
  たるところつきておほしけりとのはあいな
  くをのれ心けそうして宮をまちきこえ
  給ふもしり給はてよろしき御かへりの
  あるをめつらしかりていとしのひやかにお
  はしましたりつまとのまに御しとねまいら
  せてみき丁はかりをへたてにてちかき
  ほとなりいといたう心してそらたきもの心」3ウ

  にくきほとににほはしてつくろひおはする
  さまおやにはあらてむつかしきさかしら
  人のさすかにあはれに見えたまふさい将の
  君なとも人の御いらへきこえむ事もお
  ほえすはつかしくてゐたるをむもれた
  りとひきつみ給へはいとわりなし夕
  やみすきておほつかなき空のけしき
  のくもらはしきにうちしめりたる宮の御
  けはひもいとえむなりうちよりほのめく
  おひかせもいとゝしき御にほひのたちそひ」4オ

  たれはいとふかくかほりみちてかねておほ
  しよりもおかしき御けはひを心とゝめた
  まひけりうちいてゝ思ふ心のほとをの給
  ひつゝけたることのはおとな/\しくひ
  たふるにすき/\しくはあらていとけはひ
  ことなりおとゝいとおかしとほのきゝおはす
  ひめ君はひんかしおもてにひきいりて
  おほとのこもりにけるをさい将の君の御
  せうそこつたへにゐさりいりたるにつけて
  いとあまりあつかはしき御もてなしなり」4ウ

  よろつのことさまにしたかひてこそめやすけ
  れひたふるにわかひ給ふへきさまにもあらす
  この宮たちをさへさしはなちたる人つて
  にきこえ給ましきことなりかし御こゑこそ
  おしみ給ふともすこしけちかくたにこそ
  なといさめきこえ給へとゐとわりな
  くてことつけてもはいゝり給ぬへき御
  心はへなれはとさまかうさまにわひし
  けれはすへりいてゝもやのきはなるみき
  丁のもとにかたはらふし給へるなにくれとこと」5オ

  なかき御いらへきこえ給ふこともなくおほ
  しやすらふによりたまひてみき丁のかた
  ひらをひとへうちかけ給ふにあはせてさと
  ひかるものしそくをさしいてたるかとあき
  れたりほたるをうすきかたにこのゆふつ
  かたいとおほくつゝみをきてひかりをつゝ
  みかくし給へりけるをさりけなくとかく
  ひきつくろふやうにてにわかにかく
  けちえむにひかれるにあさましくて
  あふきをさしかくし給へるかたはらめ」5ウ

  いとおかしけなりおとろかしきひかりみえ
  は宮ものそき給なむわかむすめとお
  ほすはかりのおほえにかくまてのたまふ
  なめり人さまかたちなといとかくしもく
  したらむとはえをしはかり給はしいとよく
  すき給ひぬへき心まとはさむとかまへあ
  りき給ふなりけりまことのわかひめ君
  をはかくしももてさはき給はしうたて
  ある御心なりけりこと方よりやをらすへ
  りいてゝわたり給ひぬ宮は人のおはする」6オ

  ほとさはかりとをしはかり給ふかすこし
  けちかきけはひするに御心ときめき
  せられ給ひてえならぬうすものゝかたひ
  らのひまより見いれ給へるにひとまはかり
  へたてたるみわたしにかくおほえなき
  ひかりのうちほのめくをおかしと見た
  まふ程もなくまきらはしてかくしつ
  されとほのかなるひかりえむなることの
  つまにもしつへくみゆほのかなれとそひ
  やかにふし給へりつるやうたいのおかしかり」6ウ

  つるをあかすおほしてけにこのこと御心
  にしみにけり
    なくこゑもきこえぬむしの思ひたに
  人のけつにはきゆるものかはおもひしり給
  ひぬやときこえ給ふかやうの御かへしを思
  まはさむもねちけたれはときはかりをそ
    声はせて身をのみこかすほたるこそ
  いふよりまさるおもひなるらめなとはかな
  くきこえなして御みつからはひきいり
  給ひにけれはいとはるかにもてなし給ふうれ」7オ

  はしさをいみしくうらみきこえ給ふす
  きすきしきやうなれはゐたまひもあか
  さてのきのしつくもくるしさにぬれ/\
  よふかくいて給ひぬほとゝきすなとかなら
  すうちなきけむかしうるさけれはこそきゝ
  もとめね御けはひなとのなまめかしさはい
  とよくおとゝの君ににたてまつり給へりと
  人/\もめてきこえけりよへいとめおやた
  ちてつくろひ給ひし御けはひをうち/\
  はしらてあはれにかたしけなしとみない」7ウ

  ふひめ君はかくさすかなる御けしきを
  わか身つからのうさそかしおやなとにし
  られたてまつりよのひとめきたるさまにて
  かやうなる御心はへならましかはなとかはいと
  にけなくもあらまし人にゝぬありさま
  こそつゐによかたりにやならむとおき
  ふしおほしなやむさるはまことにゆかしけ
  なきさまにはもてなしはてしとおと
  とはおほしけりなをさる御心くせなれは
  中宮なともいとうるはしくや思ひきこえ」8オ

  給へることにふれつゝたゝならすきえう
  こかしなとし給へとやむことなき方のを
  よひなくわつらはしさにおりたちあら
  はしきこえより給はぬをこの君は人の御
  さまもけちかくいまめきたるにをのつから
  おもひしのひかたきにおり/\人みたてま
  つりつけはうたかひおひぬへき御もてなし
  なとはうちましるわさなれとありかたく
  おほしかへしつゝさすかなる御なかなり
  けり五日にはむまはのおとゝにいて給けるつ」8ウ

  いてにわたり給へりいかにそや宮は夜やふ
  かし給ひしいたくもならしきこえしわつ
  らはしきけそひ給へる人そやひとの心
  やふりものゝあやまちすましき人はかた
  くこそありけれなといけみころしみいまし
  めおはする御さまつきせすわかくきよけ
  に見え給つやも色もこほるはかりなる御
  そになをしはかなくかさなれるあはひ
  もいつこにくはゝれるきよらにかあらむこ
  のよの人のそめいたしたると見えすつね」9オ

  の色もかへぬあやめもけふはめつらかにおか
  しくおほゆるかほりなとも思ふ事なくは
  おかしかりぬへき御ありさまかなとひめ君
  おほす宮より御ふみありしろきうすやう
  にて御てはいとよしありてかきなし給へりみる
  ほとこそおかしけれまねひいつれはことなる
  ことなしや
    けふさへやひく人もなきみかくれに
  おふるあやめのねのみなかれんためしにも
  ひきいてつへきにむすひつけ給へれはけふ」9ウ

  の御かへりなとそゝのかしをきていて給ひぬ
  これかれもなをときこゆれは御心にもいかゝ
  おほしけむ
    あらはれていとゝあさくもみゆるかなあや
  めもわかすなかれけるねのわか/\しくと
  はかりほのかにそあめるてをいますこしゆ
  へつけたらはと宮はこのましき御心にいさゝか
  あかぬことゝみたまひけむかしくすたまな
  とえならぬさまにて所/\よりおほかりお
  ほししつみつるとしころのなこりなき御」10オ

  ありさまにてこゝろゆるひ給ふ事もおほ
  かるにおなしくは人のきすつくはかりの
  ことなくてもやみにしかなといかゝおほさゝ
  らむとのはひむかしの御方にもさしの
  そき給ひて中将のけふのつかさのて
  つかひのついてにをのこともひきつれ
  てものすへきさまにいひしをさる心し
  給へまたあかきほとにきなむものそあ
  やしくこゝにはわさとならすしのふること
  をもこのみこたちのきゝつけてとふらひも」10ウ

  のし給へはをのつからこと/\しくなむある
  をようゐしたまへなときこえ給ふむまは
  のおとゝはこなたのらうよりみとおすほと
  とをからすわかき人々わたとのゝとあけ
  てものみよや左のつかさにいとよしある
  官人おほかるころなりせう/\の殿上人に
  おとるましとのたまへはものみむことを
  いとおかしとおもへりたいの御方よりもわら
  はへなともの見にわたりきてらうのとくち
  にみすあをやかにかけわたしていまめきたる」11オ

  すそこのみき丁ともたてわたしわらは
  しもつかへなとさまよふさうふかさねのあこ
  めふたあひのうすものゝかさみきたるわら
  はへそにしのたいのなめるこのましく
  なれたるかきり四人しもつかへはあふちの
  すそこの裳なてしこのわかはのいろし
  たるからきぬけふのよそひともなりこな
  たのこきひとかさねになてしこかさね
  のかさみなとおほとかにてをの/\いとみ
  かほなるもてなしみところありわかやか」11ウ

  なる殿上人なとはめをたてゝけしきはむ
  ひつしの時にむまはのおとゝにいて給ひ
  てけにみこたちおはしつとひたりてつか
  ひのおほやけことにはさまかはりてす
  けたちかきつれまいりてさまことにいまめ
  かしくあそひくらし給ふ女はなにのあ
  やめもしらぬことなれととねりともさへ
  えむなるさうそくをつくして身をなけ
  たるてまとはしなとをみるそおかしかり
  けるみなみのまちもとをしてはる/\と」12オ

  あれはあなたにもかやうのわかき人ともはみ
  けり打毬楽らくそむなとあそひてかち
  まけのらさうとものゝしるもよにいりは
  てゝなに事もみえすなりはてぬとねり
  とものろくしな/\給はるいたくふけてひと
  ひとみなあかれ給ひぬおとゝはこなたに
  おほとのこもりぬ物かたりなときこえ給
  て兵部卿宮の人よりはこよなくものし
  給かなかたちなとはすくれねとようゐけ
  しきなとよしありあいきやうつきたる」12ウ

  君なりしのひてみたまひつやよしとい
  へとなをこそあれとのたまふ御おとうとに
  こそものし給へとねひまさりてそみえ給
  ひけるとしころかくおりすくさすわたり
  むつひきこえ給ふときゝ侍れとむかし
  の内わたりにてほのみたてまつりし後おほ
  つかなしかしいとよくこそかたちなとね
  ひまさり給ひにけれそちのみこよく
  ものしたまふめれとけはひおとりておほ
  君けしきにそものし給ひけるとのた」13オ

  まへはふとみしりたまひにけりとおほせと
  ほゝゑみてなをあるをよしともあしとも
  かけ給はす人のうへをなむつけおとしめ
  さまの事いふ人をはいとおしきものにした
  まへは右大将なとをたに心にくき人にす
  めるをなにはかりかはあるちかきよすかに
  てみむはあかぬ事にやあらむとみたまへ
  とことにあらはしてものたまはすいまはた
  たおほかたの御むつひにておましなとも
  こと/\にておほとのこもるなとてかくはな」13ウ

  れそめしそと殿はくるしかり給ふおほかた
  なにやかやともそはみきこえ給はてと
  しころかくおりふしにつけたる御あそひとも
  を人つてに見きゝ給ひけるにけふめつ
  らしかりつることはかりをそこのまちのお
  ほえきら/\しとおほしたる
    そのこまもすさめぬ草となにたてる
  みきはのあやめけふやひきつるとおほと
  かにきこえ給なにはかりの事にもあらね
  とあはれとおほしたり」14オ

    にほとりにかけをならふるわかこまは
  いつかあやめにひきわかるへきあいたちなき
  御事ともなりやあさゆふのへたてあるやうな
  れとかくてみたてまつるは心やすくこそ
  あれたはふれ事なれとのとやかにおは
  する人さまなれはしつまりてきこえなし
  給ふゆかをはゆつりきこえ給ひてみき
  丁ひきへたてゝおほとのこもるけちかくな
  とあらむすちをはいとにけなかるへきす
  ちに思ひはなれはてきこえ給へれはあ」14ウ

  なかちにもきこえ給はすなかあめれいの
  としよりもいたくしてはるゝかたなく
  つれ/\なれは御方/\ゑものかたりなとの
  すさひにてあかしくらし給ふあかしの御
  かたはさやうのことをもよしありてしなし
  給てひめ君の御方にたてまつり給ふにし
  のたいにはましてめつらしくおほえ給ことの
  すちなれはあけくれかきよみいとなみ
  おはすつきなからぬわか人あまたあり
  さま/\にめつらかなる人のうへなとをま」15オ

  ことにやいつはりにやいひあつめたる中に
  もわかありさまのやうなるはなかりけり
  とみたまふすみよしのひめ君のさしあた
  りけむおりはさるものにていまのよのおほえ
  もなを心ことなめるにかそへのかみかほと/\
  しかりけむなとそかのけむかゆゝしさをおほ
  しなすらへ給ふとのもこなたかなたに
  かゝるものとものちりつゝ御めにはなれね
  はあなむつかし女こそものうるさからす人
  にあさむかれむとむまれたるものなれ」15ウ

  こゝらのなかにまことはいとすくなからむを
  かつしる/\かゝるすゝろ事に心をうつし
  はかられ給ひてあつかはしきさみたれの
  かみのみたるゝもしらてかき給ふよとて
  わらひ給ものからまたかゝるよのふる事
  ならてはけになにをかまきるゝことなきつ
  れつれをなくさめましさてもこのいつ
  はりとものなかにけにさもあらむとあは
  れをみせつき/\しくつゝけたるはたは
  かなしことゝしりなからいたつらに心うこきら」16オ

  うたけなるひめ君のものおもへるみるにかた
  心つくかしまたいとあるましき事かなと
  見る/\おとろ/\しくとりなしけるか
  めおとろきてしつかにまたきくたひそ
  にくけれとふとおかしきふしあらはなる
  なともあるへしこのころおさなき人の
  女はうなとに時/\よまするをたちきけ
  はものよくいふものゝよにあるへきかなそ
  らことをよくしなれたるくちつきよりそ
  いひいたすらむとおほゆれとさしもあら」16ウ

  しやとのたまへはけにいつはりなれたる人
  やさま/\にさもくみ侍らむたゝまことのこ
  とゝこそ思ふ給へられけれとてすゝりをゝし
  やり給へはこちなくもきこえおとしてける
  かな神よゝり世にあることをしるしをきける
  なゝり日本記なとはたゝかたそはそかしこ
  れらにこそみち/\しくくはしき事
  はあらめとてわらひ給ふその人のうへとて
  ありのまゝにいひいつる事こそなけれよき
  もあしきも世にふる人のありさまのみる」17オ

  にもあかすきくにもあまることを後の世に
  もいひつたへさせまほしきふし/\を心に
  こめかたくていひをきはしめたるなりよき
  さまにいふとてはよき事のかきりえりい
  てゝ人にしたかはむとては又あしきさま
  のめつらしき事をとりあつめたるみなか
  たかたにつけたるこのよのほかのことならす
  かし人のみかとのさえつくりやうかはる
  おなしやまとのくにのことなれはむかしいま
  のにかはるへしふかきことあさき事の」17ウ

  けちめこそあらめひたふるにそら事と
  いひはてむもことの心たかひてなむあり
  けるほとけのいとうるはしき心にてときを
  き給へる御法もはうへむといふ事あり
  てさとりなきものはこゝかしこたかふうた
  かひをゝきつへくなんはうとう経の中
  におほかれといひもてゆけはひとつむねに
  ありてほたいとほむなうとのへたゝりな
  むこの人のよきあしきはかりの事は
  かはりけるよくいへはすへてなに事もむ」18オ

  なしからすなりぬやとものかたりをいと
  わさとのことにのたまひなしつさてかゝるふ
  る事の中にまろかやうにしほうなる
  しれものゝ物語はありやいみしくけとをき
  ものゝひめ君も御心のやうにつれなくそ
  おほめきしたるはよにあらしないさたくひ
  なきものかたりにして世につたへさせんと
  さしよりてきこえ給へはかほゝひきいれ
  てさらすともかくめつらかなる事はよかた
  りにこそはなり侍ぬへかめれとのたまへはめ」18ウ

  つらかにやおほえ給けにこそまたなき心ち
  すれとてよりゐたまへるさまいとあされたり
    思ひあまりむかしのあとをたつぬれと
  おやにそむけるこそたくひなきふけう
  なるはほとけのみちにもいみしくこそい
  ひたれとのたまへとかほもゝたけ給はねは
  御くしをかきやりつゝいみしくうらみ給へ
  はからうして
    ふるきあとをたつぬれとけになかなりけり
  このよにかゝるおやの心はときこえ給も」19オ

  心はつかしけれはいといたくもみたれ給はす
  かくしていかなるへき御あれさまならむむら
  さきのうへもひめ君の御あつらへにことつ
  けて物かたりはすてかたくおほしたり
  くまのゝものかたりのゑにてあるをいと
  よくかきたるゑかなとてこらむすちゐ
  さき女君のなに心もなくてひるねした
  まへる所をむかしのありさまおほしいてゝ
  女君はみたまふかゝるわらはとちたにいかに
  されたりけりまろこそなをためしにしつ」19ウ

  へく心のとけさは人にゝさりけれときこえ
  いて給へりけにたくひおほからぬ事とも
  はこのみあつめ給へりけりかしひめ君の御
  まへにてこのよなれたるものかたりなとな
  よみきかせ給ひそみそか心つきたるも
  のゝむすめなとはおかしとにはあらねとかゝる
  事よにはありけりとみなれ給はむそゆゝ
  しきやとのたまふもこよなしとたい
  の御方きゝ給はゝ心をき給ひつへくなむ
  うへ心あさけなる人まねともはみるにも」20オ

  かたはらいたくこそうつほのふちはら君の
  むすめこそいとおもりかにはか/\しき人
  にてあやまちなかめれとすくよかにいひいて
  たるしわさも女しき所なかめるそひとやうな
  めるとのたまへはうつゝの人もさそあるへかめ
  るひと/\しくたてたるおもむきことに
  てよきほとにかまへぬやよしなからぬお
  やの心とゝめておほしたてたる人のこめかし
  きをいけるしるしにてをくれたる事おほ
  かるはなにわさしてかしつきしそとおや」20ウ

  のしわさゝへおもひやらるゝこそいとをしけ
  れけにさいへとその人のけはひよとみえ
  たるはかひありおもたゝしかしことはの
  かきりまはゆくほめをきたるにしいてたる
  わさいひいてたることのなかにけにとみえ
  きこゆる事なきいと見をとりするわさ
  なりすへてよからぬ人にいかてひとほめ
  させしなとたゝこのひめ君のてむつか
  れ給ふましくとよろつにおほしのた
  まふまゝはゝのはらきたなきむかしもの」21オ

  かたりもおほかるを心みえに心つきなし
  とおほせはいみしくえりつゝなむかきとゝ
  のへさせゑなとにもかゝせ給ひける中将の
  君をこなたにはけとをくもてなしきこ
  え給へれとひめ君の御方にはさしもさし
  はなちきこえ給はすならはし給ふわか
  よの程はとてもかくてもおなしことなれと
  なからむよを思ひやるになをみつきおも
  ひしみぬる事ともこそとりわきてはお
  ほゆへけれとてみなみおもてのみすのうち」21ウ

  はゆるし給へりたいはむ所女はうのなか
  はゆるし給はすあまたおはせぬ御なから
  ひにていとやむことなくかしつききこ
  え給へりおほかたの心もちゐなともいと
  もの/\しくまめやかにものし給ふき
  みなれはうしろやすくおほしゆつれり
  またいはけたる御ひゝなあそひなとのけ
  はひの見ゆれはかの人のもろともに
  あそひてすくしゝとし月のまつ思ひいてら
  るれはひゐなのとのゝみやつかへいとよくし」22オ

  給ひており/\にうちしほたれ給けりさも
  ありぬへきあたりにははかなしことものた
  まひふるゝはあまたあれとたのみかくへく
  もしなさすさるかたになとかはみさらむと
  心とまりぬへきをもしゐてなをさり事
  にしなしてなをかのみとりのそてをみえ
  なをしてしかなと思ふ心のみそやむこと
  なきふしにはとまりけるあなかちになと
  かゝつらひまとはゝたふるゝ方にゆるし
  給ひもしつへかめれとつらしとおもひし」22ウ

  おり/\いかて人にもことはらせたてまつら
  むとおもひをきしわすれかたくてさうし
  みはかりにはをろかならぬあはれをつくし
  みせておほかたにはいられおもへらすせうと
  の君たちなともなまねたしなとのみ
  おもふことおほかりたいのひめ君の御あり
  さまを右中将はいとふかく思ひしみてい
  ひよるたよりもいとはかなけれはこの君
  をそかこちよりけれとひとのうへにては
  もとかしきわさなりけりとつれなくいら」23オ

  へてそものし給ひけるむかしのちゝおとゝ
  たちの御なからひににたり内のおとゝは御
  こともはら/\いとおほかるにそのおひいてたる
  おほえ人からにしたかひつゝ心にまかせたる
  やうなるおほえいきほひにてみななしたて
  給ふ女はあまたもおはせぬを女御もかくおほ
  しゝことのとゝこほり給ひひめ君もかくこと
  たかふさまにてものしたまへはいとくちおしと
  おほすかのなてしこをわすれ給はすものゝ
  おりにもかたりいて給ひしことなれはいかにな」23ウ

  りにけむものはかなかりけるおやの心にひかれ
  てらうたけなりしひとを行ゑしらすな
  りたることすへて女こといはむものなんいか
  にもいかにもめはなつましかりけるさかしら
  にわかこといひてあやしきさまにてはふれ
  やすらむとてもかくてもきこえいてこは
  とあはれにおほしわたる君たちにももし
  さやうなるなのりする人あらはみゝとゝめ
  よ心のすさひにまかせてさるましき事
  もおほかりし中にこれはいとしかをし」24オ

  なへてのきはにもおもはさりし人のはか
  なきものうむしをしてかくすくなかり
  けるものゝくさはひひとつをうしなひ
  たることのくちおしき事とつねにのたま
  ひいつなかころなとはさしもあらすうちわ
  すれ給ひけるを人のさま/\につけておんな
  こかしつきたまへるたくひともにわかおもほ
  すにしもかなはぬかいと心うくほいなく
  おほすなりけり夢みたまひていとよくあ
  はするものめしてあはせ給ひけるにもし」24ウ

  としころ御心にしられ給はぬ御こを人のものに
  なしてきこしめしいつることやときこえ
  たりけれは女この人のこになる事はおさ
  おさなしかしいかなる事にかあらむなとこ
  のころそおほしのたまふへかめる」25オ

  イ本
  胡蝶同年事也竪並也以哥并詞為巻名
  六条院卅六歳五月事在之
   任大殿御意加首筆者也 良鎮」(後遊紙1ウ)

  二校<朱>」(表表紙蓋紙)

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