《概要》
現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「蛍」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同
《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「ほたる」(題箋)
いまはかくおも/\しきほとによろつの
とやかにおほししつめたる御ありさまなれは
たのみきこえさせ給へる人/\さま/\に
つけてみな思ふさまにさたまりたゝよ
はしからてあらまほしくてすくし給ふた
いのひめ君こそいとおしく思ひのほかなる
思ひそひていかにせむとおほしみたるめれ
かのけむかうかりしさまにはなすらふへき
けはひならねとかゝるすちにかてけも人の
思ひよりきこゆへき事ならねは心」1オ
ひとつにおほしつゝさまことにうとましと
おもひきこえ給ふなに事をもおほし
しりにたる御よはひなれはとさまかうさま
におほしあつめつゝはゝ君のおはせすな
りにけるくちをしさもまたとりかへし
おしくかなしくおほゆおとゝもうちい
てそめ給ひてはなか/\くるしくおほせと
人めをはゝかり給ひつゝはかなき事をも
えきこえ給はすくるしくもおほさるゝ
まゝにしけくわたり給ひつゝおまへの人と」1ウ
をくのとやかなるおりはたゝならすけしき
はみきこえ給ふことにむねつふれつゝけ
さやかにはしたなくきこゆへきにはあらね
はたゝみしらぬさまにもてなしきこえ
給ふ人さまのわららかにけちかくものし
たまへはいたくまめたち心し給へと猶を
かしくあいきやうつきたるけはひのみみえ
給へり兵部卿宮なとはまめやかにせめき
こえ給ふ御らうの程はいくはくならぬに
さみたれになりぬるうれへをし給ひてす」2オ
こしけちかきほとをたにゆるし給はゝ思
ふ事をもかたはしはるけてしかなと
きこえ給へるをとのこらむしてなにかは
この君たちのすき給はむはみところあり
なむかしもてはなれてなきこえ給ひそ
御かへりとき/\きこえ給へとてをしへて
かゝせたてまつりたまへといとゝうたておほ
え給へはみたり心ちあしとてきこえ給は
す人/\もことにやむことなくよせおも
きなともおさ/\なしたゝはゝ君の御」2ウ
をちなりけるさい将はかりの人のむすめ
にて心はせなとくちおしからぬかよにお
とろへのこりたるをたつねとり給へるさい将
の君とててなともよろしくかきおほ
かたもおとなひたる人なれはさるへき
おり/\の御かへりなとかゝせたまへはめしい
てゝことはなとの給ひてかゝせ給ふもの
なとのた給ふさまをゆかしとおほすなる
へしさうしみはかくうたてあるものなけかし
さの後はこの宮なとはあはれけにきこえ」3オ
給ふときはすこし見いれ給ふ時もありけ
りなにかとおもふにあらすかく心うき御
けしきみぬわさもかなとさすかにされ
たるところつきておほしけりとのはあいな
くをのれ心けそうして宮をまちきこえ
給ふもしり給はてよろしき御かへりの
あるをめつらしかりていとしのひやかにお
はしましたりつまとのまに御しとねまいら
せてみき丁はかりをへたてにてちかき
ほとなりいといたう心してそらたきもの心」3ウ
にくきほとににほはしてつくろひおはする
さまおやにはあらてむつかしきさかしら
人のさすかにあはれに見えたまふさい将の
君なとも人の御いらへきこえむ事もお
ほえすはつかしくてゐたるをむもれた
りとひきつみ給へはいとわりなし夕
やみすきておほつかなき空のけしき
のくもらはしきにうちしめりたる宮の御
けはひもいとえむなりうちよりほのめく
おひかせもいとゝしき御にほひのたちそひ」4オ
たれはいとふかくかほりみちてかねておほ
しよりもおかしき御けはひを心とゝめた
まひけりうちいてゝ思ふ心のほとをの給
ひつゝけたることのはおとな/\しくひ
たふるにすき/\しくはあらていとけはひ
ことなりおとゝいとおかしとほのきゝおはす
ひめ君はひんかしおもてにひきいりて
おほとのこもりにけるをさい将の君の御
せうそこつたへにゐさりいりたるにつけて
いとあまりあつかはしき御もてなしなり」4ウ
よろつのことさまにしたかひてこそめやすけ
れひたふるにわかひ給ふへきさまにもあらす
この宮たちをさへさしはなちたる人つて
にきこえ給ましきことなりかし御こゑこそ
おしみ給ふともすこしけちかくたにこそ
なといさめきこえ給へとゐとわりな
くてことつけてもはいゝり給ぬへき御
心はへなれはとさまかうさまにわひし
けれはすへりいてゝもやのきはなるみき
丁のもとにかたはらふし給へるなにくれとこと」5オ
なかき御いらへきこえ給ふこともなくおほ
しやすらふによりたまひてみき丁のかた
ひらをひとへうちかけ給ふにあはせてさと
ひかるものしそくをさしいてたるかとあき
れたりほたるをうすきかたにこのゆふつ
かたいとおほくつゝみをきてひかりをつゝ
みかくし給へりけるをさりけなくとかく
ひきつくろふやうにてにわかにかく
けちえむにひかれるにあさましくて
あふきをさしかくし給へるかたはらめ」5ウ
いとおかしけなりおとろかしきひかりみえ
は宮ものそき給なむわかむすめとお
ほすはかりのおほえにかくまてのたまふ
なめり人さまかたちなといとかくしもく
したらむとはえをしはかり給はしいとよく
すき給ひぬへき心まとはさむとかまへあ
りき給ふなりけりまことのわかひめ君
をはかくしももてさはき給はしうたて
ある御心なりけりこと方よりやをらすへ
りいてゝわたり給ひぬ宮は人のおはする」6オ
ほとさはかりとをしはかり給ふかすこし
けちかきけはひするに御心ときめき
せられ給ひてえならぬうすものゝかたひ
らのひまより見いれ給へるにひとまはかり
へたてたるみわたしにかくおほえなき
ひかりのうちほのめくをおかしと見た
まふ程もなくまきらはしてかくしつ
されとほのかなるひかりえむなることの
つまにもしつへくみゆほのかなれとそひ
やかにふし給へりつるやうたいのおかしかり」6ウ
つるをあかすおほしてけにこのこと御心
にしみにけり
なくこゑもきこえぬむしの思ひたに
人のけつにはきゆるものかはおもひしり給
ひぬやときこえ給ふかやうの御かへしを思
まはさむもねちけたれはときはかりをそ
声はせて身をのみこかすほたるこそ
いふよりまさるおもひなるらめなとはかな
くきこえなして御みつからはひきいり
給ひにけれはいとはるかにもてなし給ふうれ」7オ
はしさをいみしくうらみきこえ給ふす
きすきしきやうなれはゐたまひもあか
さてのきのしつくもくるしさにぬれ/\
よふかくいて給ひぬほとゝきすなとかなら
すうちなきけむかしうるさけれはこそきゝ
もとめね御けはひなとのなまめかしさはい
とよくおとゝの君ににたてまつり給へりと
人/\もめてきこえけりよへいとめおやた
ちてつくろひ給ひし御けはひをうち/\
はしらてあはれにかたしけなしとみない」7ウ
ふひめ君はかくさすかなる御けしきを
わか身つからのうさそかしおやなとにし
られたてまつりよのひとめきたるさまにて
かやうなる御心はへならましかはなとかはいと
にけなくもあらまし人にゝぬありさま
こそつゐによかたりにやならむとおき
ふしおほしなやむさるはまことにゆかしけ
なきさまにはもてなしはてしとおと
とはおほしけりなをさる御心くせなれは
中宮なともいとうるはしくや思ひきこえ」8オ
給へることにふれつゝたゝならすきえう
こかしなとし給へとやむことなき方のを
よひなくわつらはしさにおりたちあら
はしきこえより給はぬをこの君は人の御
さまもけちかくいまめきたるにをのつから
おもひしのひかたきにおり/\人みたてま
つりつけはうたかひおひぬへき御もてなし
なとはうちましるわさなれとありかたく
おほしかへしつゝさすかなる御なかなり
けり五日にはむまはのおとゝにいて給けるつ」8ウ
いてにわたり給へりいかにそや宮は夜やふ
かし給ひしいたくもならしきこえしわつ
らはしきけそひ給へる人そやひとの心
やふりものゝあやまちすましき人はかた
くこそありけれなといけみころしみいまし
めおはする御さまつきせすわかくきよけ
に見え給つやも色もこほるはかりなる御
そになをしはかなくかさなれるあはひ
もいつこにくはゝれるきよらにかあらむこ
のよの人のそめいたしたると見えすつね」9オ
の色もかへぬあやめもけふはめつらかにおか
しくおほゆるかほりなとも思ふ事なくは
おかしかりぬへき御ありさまかなとひめ君
おほす宮より御ふみありしろきうすやう
にて御てはいとよしありてかきなし給へりみる
ほとこそおかしけれまねひいつれはことなる
ことなしや
けふさへやひく人もなきみかくれに
おふるあやめのねのみなかれんためしにも
ひきいてつへきにむすひつけ給へれはけふ」9ウ
の御かへりなとそゝのかしをきていて給ひぬ
これかれもなをときこゆれは御心にもいかゝ
おほしけむ
あらはれていとゝあさくもみゆるかなあや
めもわかすなかれけるねのわか/\しくと
はかりほのかにそあめるてをいますこしゆ
へつけたらはと宮はこのましき御心にいさゝか
あかぬことゝみたまひけむかしくすたまな
とえならぬさまにて所/\よりおほかりお
ほししつみつるとしころのなこりなき御」10オ
ありさまにてこゝろゆるひ給ふ事もおほ
かるにおなしくは人のきすつくはかりの
ことなくてもやみにしかなといかゝおほさゝ
らむとのはひむかしの御方にもさしの
そき給ひて中将のけふのつかさのて
つかひのついてにをのこともひきつれ
てものすへきさまにいひしをさる心し
給へまたあかきほとにきなむものそあ
やしくこゝにはわさとならすしのふること
をもこのみこたちのきゝつけてとふらひも」10ウ
のし給へはをのつからこと/\しくなむある
をようゐしたまへなときこえ給ふむまは
のおとゝはこなたのらうよりみとおすほと
とをからすわかき人々わたとのゝとあけ
てものみよや左のつかさにいとよしある
官人おほかるころなりせう/\の殿上人に
おとるましとのたまへはものみむことを
いとおかしとおもへりたいの御方よりもわら
はへなともの見にわたりきてらうのとくち
にみすあをやかにかけわたしていまめきたる」11オ
すそこのみき丁ともたてわたしわらは
しもつかへなとさまよふさうふかさねのあこ
めふたあひのうすものゝかさみきたるわら
はへそにしのたいのなめるこのましく
なれたるかきり四人しもつかへはあふちの
すそこの裳なてしこのわかはのいろし
たるからきぬけふのよそひともなりこな
たのこきひとかさねになてしこかさね
のかさみなとおほとかにてをの/\いとみ
かほなるもてなしみところありわかやか」11ウ
なる殿上人なとはめをたてゝけしきはむ
ひつしの時にむまはのおとゝにいて給ひ
てけにみこたちおはしつとひたりてつか
ひのおほやけことにはさまかはりてす
けたちかきつれまいりてさまことにいまめ
かしくあそひくらし給ふ女はなにのあ
やめもしらぬことなれととねりともさへ
えむなるさうそくをつくして身をなけ
たるてまとはしなとをみるそおかしかり
けるみなみのまちもとをしてはる/\と」12オ
あれはあなたにもかやうのわかき人ともはみ
けり打毬楽らくそむなとあそひてかち
まけのらさうとものゝしるもよにいりは
てゝなに事もみえすなりはてぬとねり
とものろくしな/\給はるいたくふけてひと
ひとみなあかれ給ひぬおとゝはこなたに
おほとのこもりぬ物かたりなときこえ給
て兵部卿宮の人よりはこよなくものし
給かなかたちなとはすくれねとようゐけ
しきなとよしありあいきやうつきたる」12ウ
君なりしのひてみたまひつやよしとい
へとなをこそあれとのたまふ御おとうとに
こそものし給へとねひまさりてそみえ給
ひけるとしころかくおりすくさすわたり
むつひきこえ給ふときゝ侍れとむかし
の内わたりにてほのみたてまつりし後おほ
つかなしかしいとよくこそかたちなとね
ひまさり給ひにけれそちのみこよく
ものしたまふめれとけはひおとりておほ
君けしきにそものし給ひけるとのた」13オ
まへはふとみしりたまひにけりとおほせと
ほゝゑみてなをあるをよしともあしとも
かけ給はす人のうへをなむつけおとしめ
さまの事いふ人をはいとおしきものにした
まへは右大将なとをたに心にくき人にす
めるをなにはかりかはあるちかきよすかに
てみむはあかぬ事にやあらむとみたまへ
とことにあらはしてものたまはすいまはた
たおほかたの御むつひにておましなとも
こと/\にておほとのこもるなとてかくはな」13ウ
れそめしそと殿はくるしかり給ふおほかた
なにやかやともそはみきこえ給はてと
しころかくおりふしにつけたる御あそひとも
を人つてに見きゝ給ひけるにけふめつ
らしかりつることはかりをそこのまちのお
ほえきら/\しとおほしたる
そのこまもすさめぬ草となにたてる
みきはのあやめけふやひきつるとおほと
かにきこえ給なにはかりの事にもあらね
とあはれとおほしたり」14オ
にほとりにかけをならふるわかこまは
いつかあやめにひきわかるへきあいたちなき
御事ともなりやあさゆふのへたてあるやうな
れとかくてみたてまつるは心やすくこそ
あれたはふれ事なれとのとやかにおは
する人さまなれはしつまりてきこえなし
給ふゆかをはゆつりきこえ給ひてみき
丁ひきへたてゝおほとのこもるけちかくな
とあらむすちをはいとにけなかるへきす
ちに思ひはなれはてきこえ給へれはあ」14ウ
なかちにもきこえ給はすなかあめれいの
としよりもいたくしてはるゝかたなく
つれ/\なれは御方/\ゑものかたりなとの
すさひにてあかしくらし給ふあかしの御
かたはさやうのことをもよしありてしなし
給てひめ君の御方にたてまつり給ふにし
のたいにはましてめつらしくおほえ給ことの
すちなれはあけくれかきよみいとなみ
おはすつきなからぬわか人あまたあり
さま/\にめつらかなる人のうへなとをま」15オ
ことにやいつはりにやいひあつめたる中に
もわかありさまのやうなるはなかりけり
とみたまふすみよしのひめ君のさしあた
りけむおりはさるものにていまのよのおほえ
もなを心ことなめるにかそへのかみかほと/\
しかりけむなとそかのけむかゆゝしさをおほ
しなすらへ給ふとのもこなたかなたに
かゝるものとものちりつゝ御めにはなれね
はあなむつかし女こそものうるさからす人
にあさむかれむとむまれたるものなれ」15ウ
こゝらのなかにまことはいとすくなからむを
かつしる/\かゝるすゝろ事に心をうつし
はかられ給ひてあつかはしきさみたれの
かみのみたるゝもしらてかき給ふよとて
わらひ給ものからまたかゝるよのふる事
ならてはけになにをかまきるゝことなきつ
れつれをなくさめましさてもこのいつ
はりとものなかにけにさもあらむとあは
れをみせつき/\しくつゝけたるはたは
かなしことゝしりなからいたつらに心うこきら」16オ
うたけなるひめ君のものおもへるみるにかた
心つくかしまたいとあるましき事かなと
見る/\おとろ/\しくとりなしけるか
めおとろきてしつかにまたきくたひそ
にくけれとふとおかしきふしあらはなる
なともあるへしこのころおさなき人の
女はうなとに時/\よまするをたちきけ
はものよくいふものゝよにあるへきかなそ
らことをよくしなれたるくちつきよりそ
いひいたすらむとおほゆれとさしもあら」16ウ
しやとのたまへはけにいつはりなれたる人
やさま/\にさもくみ侍らむたゝまことのこ
とゝこそ思ふ給へられけれとてすゝりをゝし
やり給へはこちなくもきこえおとしてける
かな神よゝり世にあることをしるしをきける
なゝり日本記なとはたゝかたそはそかしこ
れらにこそみち/\しくくはしき事
はあらめとてわらひ給ふその人のうへとて
ありのまゝにいひいつる事こそなけれよき
もあしきも世にふる人のありさまのみる」17オ
にもあかすきくにもあまることを後の世に
もいひつたへさせまほしきふし/\を心に
こめかたくていひをきはしめたるなりよき
さまにいふとてはよき事のかきりえりい
てゝ人にしたかはむとては又あしきさま
のめつらしき事をとりあつめたるみなか
たかたにつけたるこのよのほかのことならす
かし人のみかとのさえつくりやうかはる
おなしやまとのくにのことなれはむかしいま
のにかはるへしふかきことあさき事の」17ウ
けちめこそあらめひたふるにそら事と
いひはてむもことの心たかひてなむあり
けるほとけのいとうるはしき心にてときを
き給へる御法もはうへむといふ事あり
てさとりなきものはこゝかしこたかふうた
かひをゝきつへくなんはうとう経の中
におほかれといひもてゆけはひとつむねに
ありてほたいとほむなうとのへたゝりな
むこの人のよきあしきはかりの事は
かはりけるよくいへはすへてなに事もむ」18オ
なしからすなりぬやとものかたりをいと
わさとのことにのたまひなしつさてかゝるふ
る事の中にまろかやうにしほうなる
しれものゝ物語はありやいみしくけとをき
ものゝひめ君も御心のやうにつれなくそ
おほめきしたるはよにあらしないさたくひ
なきものかたりにして世につたへさせんと
さしよりてきこえ給へはかほゝひきいれ
てさらすともかくめつらかなる事はよかた
りにこそはなり侍ぬへかめれとのたまへはめ」18ウ
つらかにやおほえ給けにこそまたなき心ち
すれとてよりゐたまへるさまいとあされたり
思ひあまりむかしのあとをたつぬれと
おやにそむけるこそたくひなきふけう
なるはほとけのみちにもいみしくこそい
ひたれとのたまへとかほもゝたけ給はねは
御くしをかきやりつゝいみしくうらみ給へ
はからうして
ふるきあとをたつぬれとけになかなりけり
このよにかゝるおやの心はときこえ給も」19オ
心はつかしけれはいといたくもみたれ給はす
かくしていかなるへき御あれさまならむむら
さきのうへもひめ君の御あつらへにことつ
けて物かたりはすてかたくおほしたり
くまのゝものかたりのゑにてあるをいと
よくかきたるゑかなとてこらむすちゐ
さき女君のなに心もなくてひるねした
まへる所をむかしのありさまおほしいてゝ
女君はみたまふかゝるわらはとちたにいかに
されたりけりまろこそなをためしにしつ」19ウ
へく心のとけさは人にゝさりけれときこえ
いて給へりけにたくひおほからぬ事とも
はこのみあつめ給へりけりかしひめ君の御
まへにてこのよなれたるものかたりなとな
よみきかせ給ひそみそか心つきたるも
のゝむすめなとはおかしとにはあらねとかゝる
事よにはありけりとみなれ給はむそゆゝ
しきやとのたまふもこよなしとたい
の御方きゝ給はゝ心をき給ひつへくなむ
うへ心あさけなる人まねともはみるにも」20オ
かたはらいたくこそうつほのふちはら君の
むすめこそいとおもりかにはか/\しき人
にてあやまちなかめれとすくよかにいひいて
たるしわさも女しき所なかめるそひとやうな
めるとのたまへはうつゝの人もさそあるへかめ
るひと/\しくたてたるおもむきことに
てよきほとにかまへぬやよしなからぬお
やの心とゝめておほしたてたる人のこめかし
きをいけるしるしにてをくれたる事おほ
かるはなにわさしてかしつきしそとおや」20ウ
のしわさゝへおもひやらるゝこそいとをしけ
れけにさいへとその人のけはひよとみえ
たるはかひありおもたゝしかしことはの
かきりまはゆくほめをきたるにしいてたる
わさいひいてたることのなかにけにとみえ
きこゆる事なきいと見をとりするわさ
なりすへてよからぬ人にいかてひとほめ
させしなとたゝこのひめ君のてむつか
れ給ふましくとよろつにおほしのた
まふまゝはゝのはらきたなきむかしもの」21オ
かたりもおほかるを心みえに心つきなし
とおほせはいみしくえりつゝなむかきとゝ
のへさせゑなとにもかゝせ給ひける中将の
君をこなたにはけとをくもてなしきこ
え給へれとひめ君の御方にはさしもさし
はなちきこえ給はすならはし給ふわか
よの程はとてもかくてもおなしことなれと
なからむよを思ひやるになをみつきおも
ひしみぬる事ともこそとりわきてはお
ほゆへけれとてみなみおもてのみすのうち」21ウ
はゆるし給へりたいはむ所女はうのなか
はゆるし給はすあまたおはせぬ御なから
ひにていとやむことなくかしつききこ
え給へりおほかたの心もちゐなともいと
もの/\しくまめやかにものし給ふき
みなれはうしろやすくおほしゆつれり
またいはけたる御ひゝなあそひなとのけ
はひの見ゆれはかの人のもろともに
あそひてすくしゝとし月のまつ思ひいてら
るれはひゐなのとのゝみやつかへいとよくし」22オ
給ひており/\にうちしほたれ給けりさも
ありぬへきあたりにははかなしことものた
まひふるゝはあまたあれとたのみかくへく
もしなさすさるかたになとかはみさらむと
心とまりぬへきをもしゐてなをさり事
にしなしてなをかのみとりのそてをみえ
なをしてしかなと思ふ心のみそやむこと
なきふしにはとまりけるあなかちになと
かゝつらひまとはゝたふるゝ方にゆるし
給ひもしつへかめれとつらしとおもひし」22ウ
おり/\いかて人にもことはらせたてまつら
むとおもひをきしわすれかたくてさうし
みはかりにはをろかならぬあはれをつくし
みせておほかたにはいられおもへらすせうと
の君たちなともなまねたしなとのみ
おもふことおほかりたいのひめ君の御あり
さまを右中将はいとふかく思ひしみてい
ひよるたよりもいとはかなけれはこの君
をそかこちよりけれとひとのうへにては
もとかしきわさなりけりとつれなくいら」23オ
へてそものし給ひけるむかしのちゝおとゝ
たちの御なからひににたり内のおとゝは御
こともはら/\いとおほかるにそのおひいてたる
おほえ人からにしたかひつゝ心にまかせたる
やうなるおほえいきほひにてみななしたて
給ふ女はあまたもおはせぬを女御もかくおほ
しゝことのとゝこほり給ひひめ君もかくこと
たかふさまにてものしたまへはいとくちおしと
おほすかのなてしこをわすれ給はすものゝ
おりにもかたりいて給ひしことなれはいかにな」23ウ
りにけむものはかなかりけるおやの心にひかれ
てらうたけなりしひとを行ゑしらすな
りたることすへて女こといはむものなんいか
にもいかにもめはなつましかりけるさかしら
にわかこといひてあやしきさまにてはふれ
やすらむとてもかくてもきこえいてこは
とあはれにおほしわたる君たちにももし
さやうなるなのりする人あらはみゝとゝめ
よ心のすさひにまかせてさるましき事
もおほかりし中にこれはいとしかをし」24オ
なへてのきはにもおもはさりし人のはか
なきものうむしをしてかくすくなかり
けるものゝくさはひひとつをうしなひ
たることのくちおしき事とつねにのたま
ひいつなかころなとはさしもあらすうちわ
すれ給ひけるを人のさま/\につけておんな
こかしつきたまへるたくひともにわかおもほ
すにしもかなはぬかいと心うくほいなく
おほすなりけり夢みたまひていとよくあ
はするものめしてあはせ給ひけるにもし」24ウ
としころ御心にしられ給はぬ御こを人のものに
なしてきこしめしいつることやときこえ
たりけれは女この人のこになる事はおさ
おさなしかしいかなる事にかあらむなとこ
のころそおほしのたまふへかめる」25オ
イ本
胡蝶同年事也竪並也以哥并詞為巻名
六条院卅六歳五月事在之
任大殿御意加首筆者也 良鎮」(後遊紙1ウ)
二校<朱>」(表表紙蓋紙)