《概要》
大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記
《書誌》
《翻刻資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。
「とこなつ」(題箋)
いとあつき日ひむかしのつり殿に・いて
0001【ひむかしの】-六条院
0002【つり殿】-釣
給ひてすゝみ給ふ・中将の君もさふらひ給
0003【中将の君】-夕ー
ふ・したしき殿上人あまたさふらひて・
にしかはよりたてまつれるあゆ・ちかきかは
0004【にしかは】-桂ー
0005【あゆ】-鮎
0006【ちかきかは】-賀茂ー
のいしふしやうのものおまゑにて・ゝうして
0007【いしふし】-[魚+悪]
まいらす・れいの大殿のきむたち・中将の
0008【大殿】-致ー
0009【中将】-夕ー
御あたりたつねてまいり給へり・さう/\(△△&/\)
しくねふたかりつるおり・よくものし給へる
かなとておほみきまいり・ひみつめして・すひ
0010【ひみつ】-氷 酒ニ漬
0011【すひはむ】-水飯
はむなととり/\にさうときつゝくふ・かせ」1オ
0012【さうときつゝ】-もてさはく心なり
はいとよくふけとも・日のとかにくもりなき
空のにしひになるほと・せみのこゑなとも
0013【せみのこゑなとも】-\<朱合点> 花山院御集 かハ虫ハ声もたてねとせみの羽のいとうすき身にくるしけになく(出典未詳、河海抄・花屋抄・岷江入楚)
いとくるしけにきこゆれは・みつのうへ・むと
0014【むとく】-無徳
くなる・けふのあつかはしさかな・むらいの
0015【むらい】-無礼也
つみは・ゆるされなむやとてよりふし給へり・
いとかゝるころは・あそひなともすさましく・
さすかにくらしかたきこそくるしけれ・宮
つかへするわかき人/\・たへかたからむなをひ
もとかぬほとよ・こゝにてたにうちみたれ・
0016【こゝにてたに】-源詞
このころよにあらむことの・すこしめつらしく」1ウ
ねふたさゝめぬへからむ・かたりてきかせ給
へ・なにとなくおきなひたる心ちして・せけ
むのこともおほつかなしやなとの給へと・
めつらしきことゝてうちいてきこえむ・もの
0017【めつらしきこと】-作者詞
かたりもおほえねは・かしこまりたるやう
にて・みないとすゝしきかうらむに・せなかをし
つゝ・さふらひ給ふ・いかてきゝしことそや・お
0018【いかてきゝし】-源詞
0019【おとゝの】-致ー
とゝのほかはらのむすめ・たつね(ね+い)てゝ・かし
0020【むすめ】-近江ー
つき給ふなると・まねふ人あ(△&あ)りしかは・まこと
にやと・弁少将に・とい給へは・こと/\しくさま」2オ
0021【弁少将】-紅梅のイ
0022【こと/\しく】-紅ー詞
ていひなすへきことにも侍らさりけるを・こ
の春のころをひゆめかたり(△&り)したまひける
0023【ゆめかたり】-致ー 蛍の巻にありこの女は近江の君の母少将君也
を・ほのきゝつたへ侍ける・女のわれなむかこ
0024【女の】-近ー
0025【われなむ】-詞
つへきことあると・なのりいて侍けるを・中将
0026【中将】-柏
のあそむなむ・きゝつけて・まことにさやう
にふれはいぬへきしるしやあると・たつね
0027【ふれはいぬへき】-縁触 侍
とふらひ侍ける・くはしきさまは・えしり侍ら
す・けにこのころめつらしきよかたりにな
0028【けにこのころ】-源詞
む・人/\もし侍なる・かやうのことにそ人の
ためをのつから・けそむなるわさに侍けれと」2ウ
0029【けそむ】-家損 家ノキス
きこゆ・まことなりけりとおほして・いとおほかめる・
0030【おほかめる】-子の事
つらにはなれたらむ・をくるゝかりをしゐて
0031【をくるゝかり】-\<朱合点> るいよりもひとりはなれて飛雁の友にをくるゝ我身かなしも 好忠集<右>(好忠集431、河海抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄) 雁ハ次第ニ飛也<左>
0032【しゐて】-強<シイル>
たつね給ふか・ふくつけきそ・いとゝもしき
に・さやうならむものゝくさはひ・みてまほし
0033【みて】-見出
けれと・なのりも・ゝのうき・ゝはとや思ふらむん・
さらにこそきこえね・さてももてはなれたる
ことにはあらし・らうかはしく・とかくまきれ
給ふめりしほとに・そこきよくすまぬ水
0034【そこ】-底也
0035【きよく】-男早腹子持
に・やとる月はくもりなきやうのいかてかあ
らむと・ほゝゑみての給ふ・中将のきみも」3オ
0036【中将のきみ】-夕霧の事也
くはしく・きゝ給ふことなれは・えしもまめ
0037【まめたゝす】-実法かほせぬ也
たゝす・少将と藤侍従とは・いとから(△&ら)しと
0038【少将】-弁
おもひたり・あそむや・さやうのおちはを
0039【あそむ】-朝臣 夕ー
0040【おちはをたにひろへ】-\<朱合点> 落胤腹といふ心也
たにひろへ・人わろきなのゝちのよに・
のこらむよりは・おなしかさしにてなくさ
0041【おなしかさしにて】-\<朱合点> 兄弟云たとへなり<右> わか宿とたのむ吉野に君しいらはおなしかさしをさしこそハせめ<左>(後撰809・古今六帖2328・伊勢集13、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
めむに・なてうことかあらむと・ろうし給ふや
0042【ろうし給ふ】-嘲哢
うなり・かやうのことにてそ・うはへはいとよ
0043【いとよき】-上心
き御なかの・むかしよりさすかにひまあり
0044【ひまあり】-有隙<スキ> 源ト中悪
ける・まいて中将をいたくはしたなめて・
わひさせ給ふつらさをおほしあまりて・なま」3ウ
ねたしとも・もりきゝ給へかしとおほすなり
けり・かくきゝ給につけても・たいのひめ君
0045【たいのひめ君】-玉
をみせたらむとき・またあなつらはしからぬ
かたに・もてなされなむはや・いとものきら/\
しくかひある所つき給へる人にて・よしあし
きけちめも・けさやかにもてはやし・また
もてけちかろむることも・人にことなるお
0046【おとゝ】-致ー
とゝなれは・いかにものしと思らむ・おほえぬ
さまにて・この君をさしいてたらむに・えかろ
0047【この君】-玉
くはおほさし・いときひしく・もてなしてむ」4オ
なとおほす・ゆふつけゆく・風いとすゝしくて
かへりうく・わかき人/\はおもいたり・心やすく
うちやすみすゝまむや・やう/\かやうのな
かに・いとはれぬへきよはひ(ひ+にも)・なりにけりやとて・
0048【いとはれぬへき】-源心 厭
にしのたいにわたり給へは・きむたちみな御
0049【にしのたい】-玉
をくりにまいり給ふ・たそかれときのおほ/\し
きに・おなしなをしの(の$)ともなれは・なにとも
わきまへられぬに・おとゝとひめ君をすこし
0050【おとゝ】-源
0051【ひめ君】-玉
といて給へとて・しのひて・少将(将&将)侍従なとゐて
0052【少将侍従なと】-蔵人
0053【ゐて】-将
まうてきたり・いとかけりこまほしけに・」4ウ
0054【こまほしけに】-人々推参シ度
おもへるを・中将のいとしほうの人にて・ゐて
こぬむしむなめりかし・この人/\はみな思ふ
心なきならし・なほ/\しき・きはをたに
まとのうちなるほとは・ほとにしたかひて・
0055【まとのうちなるほと】-只人サヘヒメコセハ
ゆかしくおもふへかめるわさなれは・このいへの
0056【このいへの】-源
おほえ・うち/\のくた/\しきほとよりは・
0057【くた/\しき】-細砕
いとよにすきて・こと/\しくなむいひ思
なすへかめる・かた/\ものすめれと・さすかに
人のすきこと・いひよらむに・つきなしかし・か
0058【すきこと】-数奇
くてものし給ふは・いかてさやうならむ人」5オ
のけしきのふかさあさゝをも・みむなと
さう/\しきまゝに・ねかひおもひしを・ほいな
むかなふ心ちしけるなと・さゝめきつゝき
こえ給ふ・おまへにみたれかはしきせむさいな
0059【おまへに】-玉方
とも・うへさせ給はす・なてしこのいろをとゝ
のへたる・からのやまとの・ませいとなつかしく
0060【からの】-金銭<カラナデシコ>
0061【やまとの】-石竹<ヤマトー>
ゆひなして・さきみたれたるゆふはえ・いみしく
みゆ・みなたちよりて心のまゝにも・おりとらぬ
をあかすおもひつゝやすらふいふそくとも
なりな・心もちゐなともとり/\につけてこそ」5ウ
めやすけれ・右の中将はましてすこししつ
0062【右の中将】-夕
まりて・心はつかしきけまさりたり・いかに
0063【いかに】-源詞
そ(そ+や<朱>)をとつれきこゆや・はしたなくもな・さ
しはなちたまひそなとの給ふ・中将の
君はかくよきなかにすくれて・おかしけに
なまめき給へり・中将をいとひ給ふこそ・お
0064【中将】-夕
0065【おとゝ】-致ー
とゝは・ほいなけれ・ましりものなく・きら/\
しかめる中に・おほきみたつすちにて・かた
0066【かたくなゝり】-頑字也
くなゝりとにやとのたまへは・きまさはといふ
0067【きまさはと】-\<朱合点> 我家詞
人も侍けるをときこえ給ふ・いてそのみさ」6オ
0068【みさかな】-\<朱合点> 我家詞
かな・もてはやされんさまは・ねかはしからす・
0069【ねかはしからす】-御酒ーシキ/\ノ嫁取ハ無疎僕也
たゝおさなきとちの・むすひをきけん
0070【おさなきとち】-夕ー雲ー一所ニテ 源柏ニ恨ノ詞ナリ
0071【むすひをきけん】-\<朱合点> 万 岩代の野中にたてるむすひ松心もとけす昔おもへは(拾遺集854・万葉144・古今六帖2897・人丸集3、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
心もとけす・とし月へたて給ふ心むけの
つらきなり・またけらうなりよのきゝみゝ
0072【けらうなり】-夕ー
かろしとおもはれは・しらすかほにてこゝに
まかせたまへらむに・うしろめたくは・ありなま
しやなとうめき給ふ・さはかゝる御心のへ
たてある御なかなりけりときゝ給にも・おやに
0073【おやに】-玉心
しられたてまつらむことのいつとなきは・あは
れにいふせくおほす・月もなきころなれは・」6ウ
とうろに・おほとなふらまいれり・なをけちか
くて・あつかはしや・かゝり火こそよけれとて・
0074【あつかはしや】-暑
人めしてかゝり火のたいひとつこなたにとめ
0075【かゝり火】-篝
す・おかしけなるわこむのある・ひきよせ給
てかきならし給へは・りちにいとよくしらへ
0076【りちに】-律
られたり・ねもいとよくなれは・すこしひき
給ひて・かやうの事は御心にいらぬすちにやと・
0077【御心に】-玉
月ころ思ひおとしきこえけるかな・秋のよの
0078【思ひおとし】-思落
0079【秋のよの】-入秋節歟
月かけすゝしきほと・いとおくふかくはあらて・
むしのこゑにかきならしあはせたるほと・けち」7オ
かくいまめかしきものゝねなり・こと/\しき
しらへもてなししとけなしや・このものよさ
なからおほくのあそひもののねはうしを・
0080【はうしを】-調子
とゝのへとりたるなむ・いとかしこきやまとこ
0081【やまとこと】-和琴作始
とゝ・はかなく・みせてきはもなく・しをきたる
ことなり・ひろくことくにのことをしらぬ女の
ためとなむおほゆる・おなしくは心とゝめて
ものなとにかきあはせてならひ給へ・ふかき心
とてなにはかりもあらすなから・またまことに
ひきうることはかたきにやあらん・たゝいまはこの」7ウ
うちのおとゝに・なすらふ人なしかし・たゝはか
なきおなし・すかゝきのねに・よろつのものゝ
0082【すかゝき】-菅攅
ねこもりかよひて・いふかたもなくこそひゝきの
ほれとかたりたまへは・ほの/\心えていかてと
おほすことなれは・いとゝいふかしくて・このわたり
0083【このわたり】-玉かつらの君の詞也
にてさりぬへき御あそひのおりなと・きゝ侍
なんや・あやしき山かつなとのな中にも・まね
ふものあまた侍なることなれは・をしなへて
心やすくやとこそ思ひたまへつれ・さはす
くれたるは・さまことにや侍らむとゆかしけに・」8オ
せちに心にいれて思ひ給へれは・さかしあつまと
0084【さかし】-源 さよ也
そ・なもたちくたりたるやうなれと・御せむの
御あそひにも・まつふむのつかさをめすは・人
0085【ふむのつかさ】-和琴云
0086【人のくにはしらす】-伊弉ー始
のくにはしらす・こゝにはこれを・ものゝおやとし
たるにこそあめれ・そのなかにも・おやとし
つへき御てより・ひきとり給へらむは・心
0087【御てより】-致ー上手故たくみなる面白き詞也
ことなりなむかし・こゝになともさるへからむお
りには・ものし給ひなむを・このことにておし
0088【ておします】-手不惜
ますなと・あきらかにかきならし給はむこと
やかたからむ・ものゝ上すはいつれのみちも・心や」8ウ
すからすのみそあめる・さりともつゐには
きゝ給てむかしとて・しらへすこしひきた
まふ・ことつひ・きひう(きひう$いとになく<朱>)いまめかしくおかし・
0089【こと】-事字也
0090【ことつひ】-そのすかたかほつほみたる物からもの/\しくけたかくこまやかにあひたる心也
これにもまされるねやいつらむと・おやの
0091【これにも】-玉
御ゆかしさたちそひて・この事にてさへい
かならむ世にさて・うちとけひき給はむを・
きかむなと思ひゐたまへり・ぬきかはの
0092【ぬきかはのせゝのやはらたと】-\<朱合点> 貫川の瀬ゝのたまくらといはんとて下のもしを略していへりうたふ時かやうにきこゆるにや
せゝのやはらたと・いとなつかしく・うた
0093【うたひたまふ】-源
ひたまふ・おやさく(△&く)るつまは・すこしうち
0094【おやさくるつま】-貫川の詞にあり
わらひつゝ・わさともなくかきなし給ひ」9オ
たる・すかゝきのほといひしらすおもしろ
くきこゆ・いてひき給へ・さえ(△&え)は人になむはち
0095【さえ】-才也
ぬ・さうふれむはかりこそ心のうちにおもひて
0096【さうふれむ】-\<朱合点> 唐書にハ想夫憐とかくこゝにハ想夫恋とかく心ハ同事也
まきらはす人もありけめ・おもなくて・かれ
0097【おもなくて】-物にはちぬ心なり
これにあはせつるなむよきと・せちにきこえ
給へと・さるゐなかのくまにて・ほのかに京ひと
0098【ゐなかのくまにて】-かくれたる心なりこれハ玉かつらの心なり
と・なのりける・ふるおほきみ女をしへきこえ
0099【ふるおほきみ女】-古 姓をたまはらぬ王孫事
けれは・ひかことにもやと・つゝましくて・ゝふ
れ給はす・しはしもひき給はなむ・きゝと
0100【しはしも】-玉詞
る事もやと・心もとなきに・この御事に」9ウ
よりそ・ちかくゐさりよりて・いかなる風のふ
0101【いかなる風の】-これハ玉かつらの詞なり
きそひて・かくはひゝき侍そとよとて・う
ちかたふき給へるさま・ほかけにいとうつく
しけなり・わらひ給ひて・みゝかたからぬ人の
0102【わらひ給ひて】-源
0103【みゝかたからぬ人】-これハ源氏の返答也云事キカヌ也
ためには・身にしむ風も・ふきそふかしと
て・をしやり給ふ・いと心やまし人/\ちかく
さふらへは・れひのたはふれことも・えきこ
え給はて・なてしこをあかても・この人/\の
0104【なてしこをあかても】-夕顔 山児<カツ>のかきをありとも
たちさりぬるかな・いかておとゝにもこの花そ
0105【おとゝにも】-致ー
のみせたてまつらむ・よもいとつねなきをと」10オ
おもふに・いにしへも・ゝのゝつゐてに・かたりいて給
0106【いにしへもゝのゝつゐてに】-雨夜の物語の次になてしこの事をの給へりし事なり
へりしも・たゝいまのことゝそ・おほゆるとて・すこ
しのたまひいてたるにも・いとあはれなり
なてしこのとこなつかしき色をみは
0107【なてしこの】-源氏
もとのかきねを人やたつねむこの事の・
0108【もとのかきねを】-夕かほのうへの事也
わつらはしさにこそ・まゆこもりも・心くるし
0109【まゆこもりも】-\<朱合点> これは玉かつらのこもりゐて父にしられ給ハぬを心くるしきと也 古今 たらちねのおやのかふこの(拾遺集867・古今六帖1411・3087・人丸集187、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
う思ひきこゆれとの給ふ・君うちなきて
0110【君うちなきて】-玉
山かつのかきほにおひしなてしこの
0111【山かつの】-玉かつら返し
もとのねさしをたれかたつねんはかなけ
0112【もとのねさしを】-本事まてハ内の大殿もなにかたつね給ハんたゝとく対面あらせ給へかしの心なり
にきこえない給へるさま・けにいとなつかしく」10ウ
わかやかなり・こさらましかはと・うちすし給
0113【こさらましかはと】-\<朱合点> 本哥あるへし未見出之云々
ひて・いとゝしき御心はくるしきまて・なを
えしのひはつましくおほさる・わたり給ふ
事も・あまりうちしきり人のみたてまつ
りとかむへき程は・心のおにゝおほしとゝめ
て・さるへきことをしいてゝ・御ふみのかよ
はぬおりなし・たゝこの御ことのみ・あけくれ
御心にはかゝりたり・なそかくあいなきわさ
をして・やすからぬものおもひをすらむ・さ
思はしとて・心のまゝにもあらはよの人の」11オ
そしりいはむ事の・かる/\しさわかためを
はさるものにて・この人の御ため・いとおしかるへ
し・かきりなき心さしといふとも・はるのうへ
0114【はるのうへ】-紫
の御おほえに・ならふはかりは・我心なから・えある
ましく・おほししりたり・さてそのおとりの
0115【おとりのつらにては】-紫より
つらにては・なにはかりかはあらむ・わか身ひとつ
こそ人よりはことなれ・みむ人のあまたか中に・
かゝつらはむすゑにては・なにのおほえかはた
0116【かゝつらはむ】-懸
けからむ・ことなることなき納言のきはの・ふ
た心なくて・思はむには・おとりぬへきことそと・」11ウ
みつからおほししるに・いと/\おしくて・宮大
0117【宮】-蛍
0118【大将】-鬚
将なとにや・ゆるしてまし・さてもてはなれ・
0119【もてはなれ】-我御事
いさなひとりては・思ひもたえなんや・いふかひ
0120【いさなひとりては】-納言なとのきはの人をいふ
なきにて・さもしてむとおほすおりもあり・
されとわたり給ひて・御かたちを見給ひ・いま
は御こと・をしへたてまつりたまふにさへ・ことつ
けて・ちかやかに・なれより給ふ・ひめ君も
0121【ひめ君も】-玉かつらの君
はしめこそ・むくつけく・うたてとも思ひ給
0122【むくつけく】-蚕
しか・かくても・なたらかにうしろめたき御心は
0123【なたらかに】-平
あらさりけりと・やう/\めなれて・いとしもうと」12オ
見きこえ給はす・さるへき御いらへも・なれ/\し
からぬほとにきこえかはしなとして・みるまゝ
にいとあいきやうつき・かほりまさり給へれ
は・なをさても・えすくしやるましく・おほしかへ
すさは・またさてこゝなからかしつきすへ
て・さるへきおり/\に・はかなくうちしのひ・
ものをもきこえて・なくさみなむや・かくま
たよなれぬほとの・わつらはしさこそ・心くる
しくはありけれ・をのつからせきもりつよく
0124【せきもりつよく】-\<朱合点>
とも・ものゝ心しりそめ・いとおしきおもひ」12ウ
なくて・わか心も思ひいりなは・しけくとも・さはら
0125【思ひいりなは】-\<朱合点> 莵玖波山はやましけ山 源重之(新古今1013・重之集308、源氏釈・奥入異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0126【しけくとも】-\<朱合点>
しかしと・おほしよる・いとけしからぬことなり
や・いよ/\心やすからす思ひわたらむ・くるし
からむ・なのめにおもひすくさむことの・とさ
まかくさまにもかたきそ・よつかす・むつかし
き御かたらいなりける・うちの大殿は・この
いまの御むすめのことを・とのゝ人もゆるさす・
0127【いまの御むすめ】-近江君の事也
かろみいひ・よにも・ほきたることゝ・そりしき
こゆときゝ給ふに・少将のことのついてに・おほき
0128【少将】-弁
0129【おほきおとゝ】-源
おとゝのさることや・とふらひ給し事・かたり」13オ
きこゆれは・さかし(し+そ)こゝ(ゝ$<朱>)にこそは・としころをと
0130【さかしそこにこそは】-致ー詞 源
にもきこえぬ・やまかつのこ・むかへとりて・もの
0131【やまかつのこ】-玉
めかしたつれ・おさ/\人のうへもときたまはぬ・
おとゝのこのわたりのことは・みゝとゝめてそおと
0132【おとゝ】-源
しめたまふや・これそおほえある心ちしける
0133【おほえある心ち】-面目シキ
との給ふ・少将のかのにしのたいにすへ給へる
0134【少将】-弁
0135【にしのたいにすへ給へる人】-玉
人は・いとこともなき・けはひみゆるわたりになむ
侍なる・兵部卿宮なと・いたう心とゝめて・の給ひ
0136【兵部卿宮】-蛍
わつらふとか・おほろけにはあらしとなむ・人/\
をしはかりはへめると申給へは・いてそれはかの」13ウ
0137【いてそれは】-致ー詞
おとゝの御むすめと・おもふはかりのおほえの・
0138【おとゝ】-源
いといみしき(き&き)そ人のこゝろ・みなさこそある
よなめれ・かならす・さしもすくれし・人/\し
きほとならは・としころきこえなまし・あた
らおとゝの・ちりもつかすこのよには・すき
0139【おとゝ】-源
0140【すき給へる】-数奇 過
給へる御身のおほえありさまに・おもたゝし
0141【おもたゝしき】-面立
きはらに・むすめかしつきて・けにきすなか
らむと・おもひやりめてたきか・ものしたま
はぬは・おほかたのこのすくなくて・心もとなき
なめりかし・おとりはらなれとあかしのおもと」14オ
の・うみいてたるはしも・さるよに・なきすくせに
て・あるやうあらむとおほゆかし・そのいまひめ
0142【いまひめ君】-玉
君はようせすは・しちの御こにもあらしかし・
さすなかに・いとけしきある所つき給へる人
にて・もてない給ふならむと・いひをとし給・
0143【をとし給】-下
さていかゝさためらるなる・みここそまつはし
0144【みこ】-蛍
えたまはむ・もとよりとりわきて・御なかよし・
人からも・きやうさくなる御あはひともなら
むかしなとの給ひては・なをひめ君の御こと
0145【ひめ君の御こと】-雲居の雁事也
あかすくちおし・かやうに心にくゝもてなして・」14ウ
いかにしなさむなと・やすからすいふかしからせ
ましものをと・ねたけれは・くらゐさはかりと・
0146【くらゐ】-夕霧の事
みさらむかきりは・ゆるしかたく・おほすなり
けり・おとゝなともねんころにくちいれかへさひ
0147【おとゝ】-源
給はむにこそは・まくるやうにても・なひかめと
おほすに・おとこかたはさらにいら(△&ら)れきこえ
0148【おとこ】-夕
0149【いられ】-イラタス
給はす・心やましくなむ・とかくおほし・めく
らすまゝに・ゆくりもなくかるらかに・はひ
0150【はひわたり給へり】-致ー
わたり給へり・少将も御ともにまいり給ふ・ひめ君
0151【少将】-弁
0152【ひめ君】-雲
はひるねし給へるほとなり・うすものゝひとへ」15オ
をきたまひてふし給へるさま・あつかはしく
はみえす・いとらうたけにさゝやかなり・すき
給へるはたつきなと・いとうつくしけなる・て
つきしてあふきをも給へりけるなから・かひ
なをまくらにて・うちやられたる・御くしの
ほと・いとなかくこちたくはあらねと・いとをか
しきすゑつきなり・人/\ものゝうしろにより
ふしつゝ・うちやすみたれは・ふともおとろい
給はす・あふきをならし給へるに・なに心もな
0153【あふきをならし給へる】-致ー
くみあけ給へる・まみらうたけにて・つらつき」15ウ
あかめるも・おやの御めには・うつくしくのみみゆ・
うたゝねは・いさめきこゆるものを・なとかいとも
0154【うたゝねは】-\<朱合点>
のはかなきさまにては・おほとのこもりける・人/\
もちかくさふらはて・あやしや・女は身をつ
0155【女は身をつねに心つかいして】-致ー詞
ねに・心つかいして・まもりたらむなん・よかるへ
き・心やすくうちすてさまに・もてなしたる
しなゝき事なり・さりとて・いとさかしく・身か
0156【身かためて】-護身法なと也
ためてふとうのたらによみて・いむつくり
0157【ふとう】-不動
0158【たらに】-陀蘿尼
てゐたらむも・にくし・うつゝの人にもあまり
けとをく・ものへたてかましきなと・けた」16オ
かきやうとても・人にくゝ心うつくしくはあらぬ
わさなり・おほきおとゝのきさきかねのひめ
0159【おほきおとゝの】-源
0160【きさきかねのひめ君】-明石中宮
君ならはしたまふなるをしへは・よろつのこと
にかよはしなたらめて・かと/\しきゆへもつ
けし・たと/\しくおほめくこともあらしと・
ぬるらかにこそ・をきて給ふなれ・けにさもある
ことなれと・人として心にもするわさにもたてゝ・
なひくかたは・かたとあるものなれは・おひいて
0161【かたと】-方
給ふさまあらむかし・この君のひとゝなり宮
0162【この君】-明ー
つかへに・いたしたて給はむよのけしきこそ・」16ウ
いとゆかしけれなとのたまひて・思やうにみた
てまつらむと・おもひしすちはかたうなりにたる・
御身なれと・いかて人わらはれならすしなしたて
まつらむとなむ・人のうへのさま/\なるを
きくことにおもひみたれ侍・心みことに・ねんころ
0163【心み】-試
からむ人の・ねき事にな・しはしなひき給
0164【ねき事】-\<朱合点> 神の気色ヲ執心<右> ねき事をさのみきゝけん<左>(古今1055、河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
ひそ・思さま侍なと・いとらうたしと・おもひつゝ
きこえ給ふ・むかしはなに事もふかくも
0165【むかしは】-雲心
おもひしらて・なか/\さしあたりて・いとをしか
0166【いとをしかりし】-夕
りしことのさはきにも・おもなくて・みえたて」17オ
まつりけるよと・いまそおもひいつるに・むねふ
たかりて・いみしくはつかしき・大宮よりもつ
0167【大宮】-雲ウハ
ねに・おほつかなき事を・うらみきこえ給へと・か
くの給ふるか・つゝましくて・えわたりみたて
まつり給はす・おとゝこのきたのたいのいま
0168【おとゝ】-致ー
0169【きたのたいのいま姫君】-近江
姫君を・いかにせむさかしらに・むかへゐてき(き+く、く$<朱>)て
人かく・そしるとて・かへしをくらむも・いとかる
かるしくものくるをしきやうなり・かくて
こめをきたれは・まことに・かしつくへき心ある
かと人のいひなすなるもねたし・女御の御」17ウ
0170【女御の御方】-弘徽
方なとに・ましらはせて・さるおこのものに・
しないてむ・人のいとかたはなるものに・いひおと
すなる・かたちはたいと・さいふはかりにやはある
なとおほして・女御の君にかの人まいらせむ・見
0171【女御の君】-弘ー
くるしからむことなとは・おいしらへるねうはう
なとして・つゝますいひをしへさせ給ひて・
御らむせよ・わかき人/\のことくさには・な
わらはせさせ給ふそ・うたてあはつけき
やうなりと・わらひつゝきこえ給ふ・なとかいと
さ(△&さ)ことのほかには侍らむ・中将なとのいとに」18オ
0172【中将】-柏
なく・思ひ侍けん・かねことに・たらすと・いふは
かりにこそははへらめ・かくの給ひさはくをはし
たなう思はゝるにも・かたへはかゝやかしきにや
0173【かたへは】-我事也
と・いとはつかしけにてきこえさせ給ふ・この
御ありさまは・こまかにおかしけさはなくて・
0174【御ありさまは】-弘徽殿女御の御かたちをいふなり
いとあてにすみたるものゝなつかしきさま
そひて・おもしろきむめの花のひらけさし
0175【おもしろき】-弘ー体
たる・あさほらけおほえて・のこりおほかり・け
にほゝゑみ給へるそ・人にことなりけると・見た
0176【ほゝゑみ給へる】-\<朱合点> 匂わねとほゝえむ梅の花をこそ我もおかしと折てなかむれ(好忠集26、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
てまつり給ふ・中将のいとさいへと・心わかきた」18ウ
0177【中将】-柏 柏木中将心さかしとはいへともわかく遠慮もなく近江君を尋出したると也
とりすくなさになと申給ふも・いとをしけ
なる人のみおほえかな・やかてこの御方のた
0178【この御方】-近江居所
よりに・たゝすみおはして・のそき給へは・すた
0179【のそき給へは】-致ー
れたかくをしはりて・こせちの君とて・され
0180【こせちの君】-無系図
たるわか人のあると・すくろくをそうち給
0181【すくろく】-双六
ふ・てをいとせちにをしもみて・せうさい/\
0182【せうさい/\】-小目也
とこふこゑそ・いとしたときや・あなうたてと
0183【したとき】-舌早
おほして・御ともの人のさきほふせ(せ$を)もてかき
0184【御ともの人の】-致ー
0185【てかきせいし給ふて】-手にてあわく
せいし給ふて・なをつまとのほそめなる
より・さうしのあきあひたるをみいれ給ふ・こ」19オ
0186【さうし】-障子
のいとこもはたけしきはやれる・御かへし
や/\と・ゝうをひねりて・とみにうちいてす・な
0187【とうをひねりて】-筒
0188【なかにおもひはありやすらむ】-\<朱合点>
かにおもひはありやすらむ・いとあさえたるさま
ともしたり・かたちはひちゝかに・あい行つきたる
さまして・かみうるはしく・つみかろけなるを・
0189【つみかろけなるを】-心浅云
ひたいのいとちかやかなると・こゑのあはつけ
さとに・そこなはれたるなめり・とりたてゝよし
とはなけれと・こと人とあらかふへくもあらす・かゝ
0190【かゝみにおもひあはせられ】-我かほを鏡にて見るに近江君の似かよひたれハ我すくせ心うく思給ふなり
みにおもひあはせられたまふに・いとすくせ心
つきなし・かくてものし給ふは・つきなく・う」19ウ
ゐうゐしくなとやある・ことしけくのみありて・
とふらひまうてすやとの給へは・れいのいとし
0191【れいの】-近江
たとにてかくてさふらふは・なにのもの思ひ
か侍らむ・としころおほつかなく・ゆかしく思ひ
きこえさせし御かほ・つねにえみたてまつらぬ
はかりこそ・てうたぬ心ちしはへれときこえ
0192【てうたぬ心ち】-向掌<テウツ> 双六ノ吉手ニヨソヘリ
0193【きこえ給ふ】-致ー
給ふ・けにみにちかくつかふ人も・おさ/\なき
に・さやうにてもみなゝ(ゝ$ら<朱>)したてまつらんと・かね
てはおもひしかと・えさしもあるましきわさ
なりけり・なへてのつかうまつり人こそ・とあるも」20オ
かゝるも・をのつから・たちましらひて・人のみゝ
をもめをも・かならすしもとゝめぬものなれは・
心やすかへかめれ・それたに・その人のむすめ・
かの人のこと・しらるゝきはになれは・おやはら
からのおもてふせなるたくひおほかめり・まして
との給ひさしつる・御けしきのはつかしき
も・しらす・なにか・そは・こと/\しくおもひ給
0194【なにか】-近江詞
0195【そは】-ソレ
ひて・ましらひはへらはこそ・ところせからめお
0196【おほみおほつほとり】-延喜斎院式云大壺一合云々小便つゝの事也<右> 御尿イハリ壺<左>
ほみおほつほ・とりにも・つかうまつりなむと・き
こえ給へは・えねんし給はて・うちわらひ給ひて・」20ウ
0197【えねんし給はて】-致
につかはしからぬやくなゝり・かくたまさかに・あへ
0198【やく】-役
るおやの・けうせむの心あらは・このもの・ゝた
0199【けうせむ】-孝
まふこゑを・すこしのとめて・きかせたまへ・さらは
いのちも・のひなむかしとおこめいたまへるお
0200【おこめいたまへる】-ヲコカマシ
とゝにて・ほゝゑみてのまふ・したの本上にこそは
侍らめ・おさなく侍し時たに・こはゝのつねに
くるしかりをしへ侍し・めうほうしのへたうたい
0201【めうほうしのへたうたいとこ】-妙法寺の大徳したはやにありけるにあやかりけるなるへしー江洲神崎郡本尊観音云々
とこの・うふやに侍ける・あへものとなん・なけき
侍たうひし・いかて・このしたとさ・やめはへらむ
と・思ひさはきたるも・いとけうやうの心ふかく・あ」21オ
はれなりとみ給ふ・そのけちかく・いりたち
たりけむ・たいとこゝそはあちきなかりけれ・
たゝそのつみのむくひなゝり・をしことと
0202【をしことともり】-[疔-丁+音] 言 [疔-丁+悪]
もりとそ・たいそうそしりたる・つみにも・かす
0203【たいそう】-大乗
0204【たいそうそしりたるつみ】-碎ー 若得為人聾盲[疔-丁+音][疔-丁+悪]乃至謗斯経故獲罪如是
へたるかしとの給ひて・こなからはつかしく・おは
0205【こなからはつかしく】-弘徽殿女御の事也
する御さまに・みえたてまつらむこそ・はつかし
けれ・いかにさためてかくあやしきけはひも
たつねす・むかへよせけむと・おほし・人/\も
あまたみつき・いひちらさんことゝ・おもひかへし
給ふものから・女御さとに・ものし給ふ・とき/\」21ウ
わたりまいりて・人のありさまなとも見ならひ
給へかし・ことなることなき人も・をのつから人
に・ましらひ・さるかたになれは・さてもありぬか
し・さる心して・みえたてまつりたまひなん
やとの給へは・いとうれしき事にこそ侍なれ・
0206【いとうれしき事】-近江詞
たゝいかても/\御方/\に・かすまへしろしめ
されんこと(と&と)をなん・ねてもさめても・としころ
なにことを・思たまへつるにもあらす・御ゆる
したに侍らは・みつをくみ・いたゝきても・つかう
まつりなんと・いとよけに・いますこしさえつれ」22オ
は・いふかひなしとおほして・いとしか・おりたちて・
0207【いふかひなしとおほして】-致
たきゝひろい給はすとも・まいり給ひなん・
0208【たきゝひろい】-\<朱合点> 提婆品云採菓汲水拾薪 設食 拾 法華経を我(拾遺集1346、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
たゝかのあへものにしけん・のりのしたにとを
0209【あへものに】-妙
0210【とをくは】-遠
くはとおこことに・の給ひなすをもしらす・
おなしき大臣ときこゆる中にも・いときよ
0211【おなしき大臣】-致ー云
けにもの/\しく・はなやかなるさまして・
おほろけの人・みえにくき御けしきをも・見
しらす・さていつか・女御とのには・まいり侍らんす
0212【さていつか】-近
るときこゆれは・よろしきひなとやいふへ
からむ・よし・こと/\しくは・なにかは・さ思はれ」22ウ
は・けふにてもとの給ひすてゝわたり給ひぬ・よき
0213【わたり給ひぬ】-致ー 帰
四位五位たちの・いつききこえて・うちみし
ろき給にも・いといかめしき御いきをいなるを・
みをくりきこえて・いてあなめてたの我おやゝ・
かゝりけるたねなから・あやしきこいへに・おひ
いてけることゝの給ふ・こせちあまりこと/\し
0214【こせちあまり】-五節 詞
く・はつかしけにそ・おはする・よろしきおや
の思ひかしつかむにそ・たつねいてられ給はまし
といふもわりなし・れ(れ+い)の君の人のいふこと・や
0215【れいの君の】-近ー 五ー
ふり給ひて・めさまし・いまはひとつくちに・」23オ
ことはなませられそ・あるやうあるへき身に
こそあめれと・はらたち給かほやう・けちかく
あひきやうつきて・うちそほれたるは・さるかた
におかしく・つみゆるされたり・たゝいと・ひなひ
0216【つみゆるされたり】-近ー体
0217【たゝいとひなひ】-自覚を物語家に批判したる心なり
あやしきしも人のなかにおや(や#)ひいて給へれ
0218【しも人】-下
は・ものいふさまもしらす・ことなる・ゆへなきこと
はをも・こゑのとやかに・をししつめて・いひいた
したるは・うちきく(く$き<朱>)みゝことに・おほえ・おかし
からぬうたかたりをするも・こゑつかひ・つきつき
しくて・のこりおもはせ・もとすゑおしみたるさま」23ウ
0219【もとすゑ】-後ー哥の本末ト云
にて・うちすむしたるは・ふかきすち・思ひえぬ
ほとの・うちきゝには・おかしかなりと・みゝもと
まるかしいと・心ふかくよしあることをいひゐた
りとも・よろしき心ちあらむときこゆへ
くもあらす・あはつけき・こはさまにのた
まひいつることは・こは/\しくことはたみて・わ
0220【ことはたみて】-東ニテヤシ 迂
かまゝに・ほこりならひたる・めのとの・ふところ
に・ならひたるさまに・もてなし・いとあやしきに・
やつるゝなりけり・いといふかひなくはあらす・み
0221【いといふかひなくは】-近江君の哥なとよむをいふ
そもしあまり・もとすゑあはぬ・うたくちと」24オ
くうちつゝけなとし給ふ・さて女御とのに・ま
0222【さて女御とのに】-近江詞
いれとの給つるを・しふしふなるさまならは・
ものしくもこそおほせ・よさりまうてむ・おとゝ
の君・天下におほすとも・この御方/\のす
0223【この御方/\の】-女御
けなくし給はむには・とのゝうちには・たてり
なんはやとの給ふ・御おほえの程・いとかろら(ろら&ろら)か
なりや・まつ御ふみたてまつり給あしかきの
0224【あしかきの】-\<朱合点> 古 人しれぬ思やなにそあしかきのまちかけれともあふよしをなみ(古今506・古今六帖2809、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
まちかきほとにはさふらいなから・いまゝて
かけふむはかりのしるしも侍らぬは・なこその
0225【かけふむはかりの】-\<朱合点> 立よらハかけふむはかりなりけれとあひみぬ関を誰かすへけん 九条右大臣(後撰682・古今六帖1031、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0226【なこそのせきを】-\<朱合点> 新勅 みるめかる海人のゆきゝのみなとちに名こその関も我すへなくに 小町(新勅撰652・小大君集145)
せきをやすへさせ給へらむとなんしらねと」24ウ
も・むさしのといへはかしこけれともあなかしこ
0227【むさしのといへは】-\<朱合点> 六 しらねとも武蔵野といへはかこたれぬよしやそことハ紫のゆへ(古今六帖3507、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0228【かしこけれとも】-をそれかましけれといふ心なり
や/\と・てむかちにてうらには・まことやくれ
にもまいりこむと思ふ給へたつは・いとふには
0229【いとふには】-\<朱合点> にくさのみの引哥 拾 いとふにはへ引 にくさのみますたの池のねぬなわのいとふにはゆる物にそ有ける(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
ゆるにやいてや/\あやしきは・みなせかはにを
0230【みなせかはにを】-\<朱合点> 手跡のあしきをいふなり アシキテヲ引哥 みなせ川へ引 六 あしき手を猶よきやうに水無川底の水くつの枝ならすとも(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
とて・またはしにかくそ
く(く&く)さわかみひたちのうらのいかゝさき
0231【くさわかみ】-近江君
0232【いかゝさき】-近江
いかてあひみんたこのうらなみおほかはみつ
0233【たこのうらなみ】-駿河 駿河なる田子の浦なみたゝぬ日ハあれとも君を恋ぬ日ハなし(古今489、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
0234【おほかはみつ】-\<朱合点> 万 無心ノ所意ノ哥 万 みよしのゝ大かハのへの藤浪のなみにおもハゝ我こいめやは(古今699、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
のと・あをきしきしひとかさねにいとさう
かちに・いかれるてのそのすちともみえす・たゝ
よひたる・かきさまもしり(り#も<朱>)・なかにわりなく・ゆへ」25オ
はめり・くたりのほとはしさまに・すちかひて
0235【くたり】-行
たうれぬへくみゆるを・うちゑみつゝみて・さ
すかにいとほそく・ちひさく・まきむすひて
なてしこの花につけたり・ひすましわらはゝ(ゝ#<朱>)し
0236【ひすましわらは】-下女房事
も・いとなれて・きよけなる・いまゝいりなりけり・
女御の御方の・大はむ所によりて・これまいら
せ給へといふ・しもつかへみしりて・きたのたいに
0237【きたのたい】-近ー 居所
さふらふわらはなりけりとて・御ふみとりいる・た
いふの君といふもてままいりて・ひきときて
こらむせさす・女御ほゝゑみて・うちをかせ給」25ウ
0238【女御】-弘ー
へるを・中納言の君といふ・ちかくいて・そは/\み
けり・いといまめかしき御ふみのけしきにもは
へめるかなと・ゆかしけに思ひたれは・さうの
0239【さうのもしは】-女御の御詞也
もしはえみしらねはにやあらむ・もとすゑな
くも見ゆるかなとて給へり・かへりことかく・ゆへ
0240【かへりことかく】-中納言
ゆへしくかゝすはわろしとやおもひおとされ
ん・やかてかき給へとゆつり給ふ・もていてゝ
こそあらね・わかき人は・ものおかしくて・みな
うちわらひぬ・御かへりこへは・おかしきことの
すちにのみまつはれてはへめれは・きこえ」26オ
させにくゝこそ・せむしかきめきては・いとおし
からむとて・たゝ御ふみめきてかく・ちかきしる
しなきおほつかなさは・うらめしく
ひたちなるするかのうみのすまの浦に
0241【ひたちなる】-梅壺
なみたちいてよはこさきの松とかきて
よみきこゆれは・あなうたてまことに身つから
のにもこそいひなせと・かたはらいたけに・おほ
したれと・それはきかむ人わきまへ侍なむ
とて・をしつゝみて・いたしつ・御かた・みておかし
0242【御かた】-近ー
0243【おかしの御くちつきや】-褒美詞
の御くちつきや・まつとのたまへるをとて・いと」26ウ
0244【御くちつき】-哥
0245【まつと】-松を待と
あまえたる・たきものゝかを・かへすかへすた
0246【あまえたる】-アマツラノ也
きしめゐ給へり・へにといふもの・いとあから
かに・かいつけて・かみけつりつくろひ給へる・
さるかたに・にきはゝしく・あひきやうつき
たり・御たいめんのほと・さしすくしたること
もあらむかし」27オ
六条院卅六歳六月の事也以哥并詞為巻
名竪並也
任庭訓加頭書畢 良鎮」27ウ
二校了<朱>」(前遊紙1オ)