常夏(大島本親本復元) First updated 1/14/2007(ver.1-1)
Last updated 1/14/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

常 夏

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「常夏」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「とこなつ」(題箋)

  いとあつき日ひむかしのつり殿にいて
  給ひてすゝみ給ふ中将の君もさふらひ給
  ふしたしき殿上人あまたさふらひて
  にしかはよりたてまつれるあゆちかきかは
  のいしふしやうのものおまゑにてゝうして
  まいらすれいの大殿のきむたち中将の
  御あたりたつねてまいり給へりさう/\
  しくねふたかりつるおりよくものし給へる
  かなとておほみきまいりひみつめしてすひ
  はむなととり/\にさうときつゝくふかせ」1オ

  はいとよくふけとも日のとかにくもりなき
  空のにしひになるほとせみのこゑなとも
  いとくるしけにきこゆれはみつのうへむと
  くなるけふのあつかはしさかなむらいの
  つみはゆるされなむやとてよりふし給へり
  いとかゝるころはあそひなともすさましく
  さすかにくらしかたきこそくるしけれ宮
  つかへするわかき人/\たへかたからむなをひ
  もとかぬほとよこゝにてたにうちみたれ
  このころよにあらむことのすこしめつらしく」1ウ

  ねふたさゝめぬへからむかたりてきかせ給
  へなにとなくおきなひたる心ちしてせけ
  むのこともおほつかなしやなとの給へと
  めつらしきことゝてうちいてきこえむもの
  かたりもおほえねはかしこまりたるやう
  にてみないとすゝしきかうらむにせなかをし
  つゝさふらひ給ふいかてきゝしことそやお
  とゝのほかはらのむすめたつねてゝかし
  つき給ふなるとまねふ人ありしかはまこと
  にやと弁少将にとい給へはこと/\しくさま」2オ

  ていひなすへきことにも侍らさりけるをこ
  の春のころをひゆめかたりしたまひける
  をほのきゝつたへ侍ける女のわれなむかこ
  つへきことあるとなのりいて侍けるを中将
  のあそむなむきゝつけてまことにさやう
  にふれはいぬへきしるしやあるとたつね
  とふらひ侍けるくはしきさまはえしり侍ら
  すけにこのころめつらしきよかたりにな
  む人/\もし侍なるかやうのことにそ人の
  ためをのつからけそむなるわさに侍けれと」2ウ

  きこゆまことなりけりとおほしていとおほかめる
  つらにはなれたらむをくるゝかりをしゐて
  たつね給ふかふくつけきそいとゝもしき
  にさやうならむものゝくさはひみてまほし
  けれとなのりもゝのうきゝはとや思ふらむん
  さらにこそきこえねさてももてはなれたる
  ことにはあらしらうかはしくとかくまきれ
  給ふめりしほとにそこきよくすまぬ水
  にやとる月はくもりなきやうのいかてかあ
  らむとほゝゑみての給ふ中将のきみも」3オ

  くはしくきゝ給ふことなれはえしもまめ
  たゝす少将と藤侍従とはいとからしと
  おもひたりあそむやさやうのおちはを
  たにひろへ人わろきなのゝちのよに
  のこらむよりはおなしかさしにてなくさ
  めむになてうことかあらむとろうし給ふや
  うなりかやうのことにてそうはへはいとよ
  き御なかのむかしよりさすかにひまあり
  けるまいて中将をいたくはしたなめて
  わひさせ給ふつらさをおほしあまりてなま」3ウ

  ねたしとももりきゝ給へかしとおほすなり
  けりかくきゝ給につけてもたいのひめ君
  をみせたらむときまたあなつらはしからぬ
  かたにもてなされなむはやいとものきら/\
  しくかひある所つき給へる人にてよしあし
  きけちめもけさやかにもてはやしまた
  もてけちかろむることも人にことなるお
  とゝなれはいかにものしと思らむおほえぬ
  さまにてこの君をさしいてたらむにえかろ
  くはおほさしいときひしくもてなしてむ」4オ

  なとおほすゆふつけゆく風いとすゝしくて
  かへりうくわかき人/\はおもいたり心やすく
  うちやすみすゝまむややう/\かやうのな
  かにいとはれぬへきよはひなりにけりやとて
  にしのたいにわたり給へはきむたちみな御
  をくりにまいり給ふたそかれときのおほ/\し
  きにおなしなをしのともなれはなにとも
  わきまへられぬにおとゝとひめ君をすこし
  といて給へとてしのひて少将侍従なとゐて
  まうてきたりいとかけりこまほしけに」4ウ

  おもへるを中将のいとしほうの人にてゐて
  こぬむしむなめりかしこの人/\はみな思ふ
  心なきならしなほ/\しききはをたに
  まとのうちなるほとはほとにしたかひて
  ゆかしくおもふへかめるわさなれはこのいへの
  おほえうち/\のくた/\しきほとよりは
  いとよにすきてこと/\しくなむいひ思
  なすへかめるかた/\ものすめれとさすかに
  人のすきこといひよらむにつきなしかしか
  くてものし給ふはいかてさやうならむ人」5オ

  のけしきのふかさあさゝをもみむなと
  さう/\しきまゝにねかひおもひしをほいな
  むかなふ心ちしけるなとさゝめきつゝき
  こえ給ふおまへにみたれかはしきせむさいな
  ともうへさせ給はすなてしこのいろをとゝ
  のへたるからのやまとのませいとなつかしく
  ゆひなしてさきみたれたるゆふはえいみしく
  みゆみなたちよりて心のまゝにもおりとらぬ
  をあかすおもひつゝやすらふいふそくとも
  なりな心もちゐなともとり/\につけてこそ」5ウ

  めやすけれ右の中将はましてすこししつ
  まりて心はつかしきけまさりたりいかに
  そをとつれきこゆやはしたなくもなさ
  しはなちたまひそなとの給ふ中将の
  君はかくよきなかにすくれておかしけに
  なまめき給へり中将をいとひ給ふこそお
  とゝはほいなけれましりものなくきら/\
  しかめる中におほきみたつすちにてかた
  くなゝりとにやとのたまへはきまさはといふ
  人も侍けるをときこえ給ふいてそのみさ」6オ

  かなもてはやされんさまはねかはしからす
  たゝおさなきとちのむすひをきけん
  心もとけすとし月へたて給ふ心むけの
  つらきなりまたけらうなりよのきゝみゝ
  かろしとおもはれはしらすかほにてこゝに
  まかせたまへらむにうしろめたくはありなま
  しやなとうめき給ふさはかゝる御心のへ
  たてある御なかなりけりときゝ給にもおやに
  しられたてまつらむことのいつとなきはあは
  れにいふせくおほす月もなきころなれは」6ウ

  とうろにおほとなふらまいれりなをけちか
  くてあつかはしやかゝり火こそよけれとて
  人めしてかゝり火のたいひとつこなたにとめ
  すおかしけなるわこむのあるひきよせ給
  てかきならし給へはりちにいとよくしらへ
  られたりねもいとよくなれはすこしひき
  給ひてかやうの事は御心にいらぬすちにやと
  月ころ思ひおとしきこえけるかな秋のよの
  月かけすゝしきほといとおくふかくはあらて
  むしのこゑにかきならしあはせたるほとけち」7オ

  かくいまめかしきものゝねなりこと/\しき
  しらへもてなししとけなしやこのものよさ
  なからおほくのあそひもののねはうしを
  とゝのへとりたるなむいとかしこきやまとこ
  とゝはかなくみせてきはもなくしをきたる
  ことなりひろくことくにのことをしらぬ女の
  ためとなむおほゆるおなしくは心とゝめて
  ものなとにかきあはせてならひ給へふかき心
  とてなにはかりもあらすなからまたまことに
  ひきうることはかたきにやあらんたゝいまはこの」7ウ

  うちのおとゝになすらふ人なしかしたゝはか
  なきおなしすかゝきのねによろつのものゝ
  ねこもりかよひていふかたもなくこそひゝきの
  ほれとかたりたまへはほの/\心えていかてと
  おほすことなれはいとゝいふかしくてこのわたり
  にてさりぬへき御あそひのおりなときゝ侍
  なんやあやしき山かつなとのな中にもまね
  ふものあまた侍なることなれはをしなへて
  心やすくやとこそ思ひたまへつれさはす
  くれたるはさまことにや侍らむとゆかしけに」8オ

  せちに心にいれて思ひ給へれはさかしあつまと
  そなもたちくたりたるやうなれと御せむの
  御あそひにもまつふむのつかさをめすは人
  のくにはしらすこゝにはこれをものゝおやとし
  たるにこそあめれそのなかにもおやとし
  つへき御てよりひきとり給へらむは心
  ことなりなむかしこゝになともさるへからむお
  りにはものし給ひなむをこのことにておし
  ますなとあきらかにかきならし給はむこと
  やかたからむものゝ上すはいつれのみちも心や」8ウ

  すからすのみそあめるさりともつゐには
  きゝ給てむかしとてしらへすこしひきた
  まふことつひきひういまめかしくおかし
  これにもまされるねやいつらむとおやの
  御ゆかしさたちそひてこの事にてさへい
  かならむ世にさてうちとけひき給はむを
  きかむなと思ひゐたまへりぬきかはの
  せゝのやはらたといとなつかしくうた
  ひたまふおやさくるつまはすこしうち
  わらひつゝわさともなくかきなし給ひ」9オ

  たるすかゝきのほといひしらすおもしろ
  くきこゆいてひき給へさえは人になむはち
  ぬさうふれむはかりこそ心のうちにおもひて
  まきらはす人もありけめおもなくてかれ
  これにあはせつるなむよきとせちにきこえ
  給へとさるゐなかのくまにてほのかに京ひと
  となのりけるふるおほきみ女をしへきこえ
  けれはひかことにもやとつゝましくてゝふ
  れ給はすしはしもひき給はなむきゝと
  る事もやと心もとなきにこの御事に」9ウ

  よりそちかくゐさりよりていかなる風のふ
  きそひてかくはひゝき侍そとよとてう
  ちかたふき給へるさまほかけにいとうつく
  しけなりわらひ給ひてみゝかたからぬ人の
  ためには身にしむ風もふきそふかしと
  てをしやり給ふいと心やまし人/\ちかく
  さふらへはれひのたはふれこともえきこ
  え給はてなてしこをあかてもこの人/\の
  たちさりぬるかないかておとゝにもこの花そ
  のみせたてまつらむよもいとつねなきをと」10オ

  おもふにいにしへもゝのゝつゐてにかたりいて給
  へりしもたゝいまのことゝそおほゆるとてすこ
  しのたまひいてたるにもいとあはれなり
    なてしこのとこなつかしき色をみは
  もとのかきねを人やたつねむこの事の
  わつらはしさにこそまゆこもりも心くるし
  う思ひきこゆれとの給ふ君うちなきて
    山かつのかきほにおひしなてしこの
  もとのねさしをたれかたつねんはかなけ
  にきこえない給へるさまけにいとなつかしく」10ウ

  わかやかなりこさらましかはとうちすし給
  ひていとゝしき御心はくるしきまてなを
  えしのひはつましくおほさるわたり給ふ
  事もあまりうちしきり人のみたてまつ
  りとかむへき程は心のおにゝおほしとゝめ
  てさるへきことをしいてゝ御ふみのかよ
  はぬおりなしたゝこの御ことのみあけくれ
  御心にはかゝりたりなそかくあいなきわさ
  をしてやすからぬものおもひをすらむさ
  思はしとて心のまゝにもあらはよの人の」11オ

  そしりいはむ事のかる/\しさわかためを
  はさるものにてこの人の御ためいとおしかるへ
  しかきりなき心さしといふともはるのうへ
  の御おほえにならふはかりは我心なからえある
  ましくおほししりたりさてそのおとりの
  つらにてはなにはかりかはあらむわか身ひとつ
  こそ人よりはことなれみむ人のあまたか中に
  かゝつらはむすゑにてはなにのおほえかはた
  けからむことなることなき納言のきはのふ
  た心なくて思はむにはおとりぬへきことそと」11ウ

  みつからおほししるにいと/\おしくて宮大
  将なとにやゆるしてましさてもてはなれ
  いさなひとりては思ひもたえなんやいふかひ
  なきにてさもしてむとおほすおりもあり
  されとわたり給ひて御かたちを見給ひいま
  は御ことをしへたてまつりたまふにさへことつ
  けてちかやかになれより給ふひめ君も
  はしめこそむくつけくうたてとも思ひ給
  しかかくてもなたらかにうしろめたき御心は
  あらさりけりとやう/\めなれていとしもうと」12オ

  見きこえ給はすさるへき御いらへもなれ/\し
  からぬほとにきこえかはしなとしてみるまゝ
  にいとあいきやうつきかほりまさり給へれ
  はなをさてもえすくしやるましくおほしかへ
  すさはまたさてこゝなからかしつきすへ
  てさるへきおり/\にはかなくうちしのひ
  ものをもきこえてなくさみなむやかくま
  たよなれぬほとのわつらはしさこそ心くる
  しくはありけれをのつからせきもりつよく
  ともものゝ心しりそめいとおしきおもひ」12ウ

  なくてわか心も思ひいりなはしけくともさはら
  しかしとおほしよるいとけしからぬことなり
  やいよ/\心やすからす思ひわたらむくるし
  からむなのめにおもひすくさむことのとさ
  まかくさまにもかたきそよつかすむつかし
  き御かたらいなりけるうちの大殿はこの
  いまの御むすめのことをとのゝ人もゆるさす
  かろみいひよにもほきたることゝそりしき
  こゆときゝ給ふに少将のことのついてにおほき
  おとゝのさることやとふらひ給し事かたり」13オ

  きこゆれはさかしこゝにこそはとしころをと
  にもきこえぬやまかつのこむかへとりてもの
  めかしたつれおさ/\人のうへもときたまはぬ
  おとゝのこのわたりのことはみゝとゝめてそおと
  しめたまふやこれそおほえある心ちしける
  との給ふ少将のかのにしのたいにすへ給へる
  人はいとこともなきけはひみゆるわたりになむ
  侍なる兵部卿宮なといたう心とゝめての給ひ
  わつらふとかおほろけにはあらしとなむ人/\
  をしはかりはへめると申給へはいてそれはかの」13ウ

  おとゝの御むすめとおもふはかりのおほえの
  いといみしきそ人のこゝろみなさこそある
  よなめれかならすさしもすくれし人/\し
  きほとならはとしころきこえなましあた
  らおとゝのちりもつかすこのよにはすき
  給へる御身のおほえありさまにおもたゝし
  きはらにむすめかしつきてけにきすなか
  らむとおもひやりめてたきかものしたま
  はぬはおほかたのこのすくなくて心もとなき
  なめりかしおとりはらなれとあかしのおもと」14オ

  のうみいてたるはしもさるよになきすくせに
  てあるやうあらむとおほゆかしそのいまひめ
  君はようせすはしちの御こにもあらしかし
  さすなかにいとけしきある所つき給へる人
  にてもてない給ふならむといひをとし給
  さていかゝさためらるなるみここそまつはし
  えたまはむもとよりとりわきて御なかよし
  人からもきやうさくなる御あはひともなら
  むかしなとの給ひてはなをひめ君の御こと
  あかすくちおしかやうに心にくゝもてなして」14ウ

  いかにしなさむなとやすからすいふかしからせ
  ましものをとねたけれはくらゐさはかりと
  みさらむかきりはゆるしかたくおほすなり
  けりおとゝなともねんころにくちいれかへさひ
  給はむにこそはまくるやうにてもなひかめと
  おほすにおとこかたはさらにいられきこえ
  給はす心やましくなむとかくおほしめく
  らすまゝにゆくりもなくかるらかにはひ
  わたり給へり少将も御ともにまいり給ふひめ君
  はひるねし給へるほとなりうすものゝひとへ」15オ

  をきたまひてふし給へるさまあつかはしく
  はみえすいとらうたけにさゝやかなりすき
  給へるはたつきなといとうつくしけなるて
  つきしてあふきをも給へりけるなからかひ
  なをまくらにてうちやられたる御くしの
  ほといとなかくこちたくはあらねといとをか
  しきすゑつきなり人/\ものゝうしろにより
  ふしつゝうちやすみたれはふともおとろい
  給はすあふきをならし給へるになに心もな
  くみあけ給へるまみらうたけにてつらつき」15ウ

  あかめるもおやの御めにはうつくしくのみみゆ
  うたゝねはいさめきこゆるものをなとかいとも
  のはかなきさまにてはおほとのこもりける人/\
  もちかくさふらはてあやしや女は身をつ
  ねに心つかいしてまもりたらむなんよかるへ
  き心やすくうちすてさまにもてなしたる
  しなゝき事なりさりとていとさかしく身か
  ためてふとうのたらによみていむつくり
  てゐたらむもにくしうつゝの人にもあまり
  けとをくものへたてかましきなとけた」16オ

  かきやうとても人にくゝ心うつくしくはあらぬ
  わさなりおほきおとゝのきさきかねのひめ
  君ならはしたまふなるをしへはよろつのこと
  にかよはしなたらめてかと/\しきゆへもつ
  けしたと/\しくおほめくこともあらしと
  ぬるらかにこそをきて給ふなれけにさもある
  ことなれと人として心にもするわさにもたてゝ
  なひくかたはかたとあるものなれはおひいて
  給ふさまあらむかしこの君のひとゝなり宮
  つかへにいたしたて給はむよのけしきこそ」16ウ

  いとゆかしけれなとのたまひて思やうにみた
  てまつらむとおもひしすちはかたうなりにたる
  御身なれといかて人わらはれならすしなしたて
  まつらむとなむ人のうへのさま/\なるを
  きくことにおもひみたれ侍心みことにねんころ
  からむ人のねき事になしはしなひき給
  ひそ思さま侍なといとらうたしとおもひつゝ
  きこえ給ふむかしはなに事もふかくも
  おもひしらてなか/\さしあたりていとをしか
  りしことのさはきにもおもなくてみえたて」17オ

  まつりけるよといまそおもひいつるにむねふ
  たかりていみしくはつかしき大宮よりもつ
  ねにおほつかなき事をうらみきこえ給へとか
  くの給ふるかつゝましくてえわたりみたて
  まつり給はすおとゝこのきたのたいのいま
  姫君をいかにせむさかしらにむかへゐてきて
  人かくそしるとてかへしをくらむもいとかる
  かるしくものくるをしきやうなりかくて
  こめをきたれはまことにかしつくへき心ある
  かと人のいひなすなるもねたし女御の御」17ウ

  方なとにましらはせてさるおこのものに
  しないてむ人のいとかたはなるものにいひおと
  すなるかたちはたいとさいふはかりにやはある
  なとおほして女御の君にかの人まいらせむ見
  くるしからむことなとはおいしらへるねうはう
  なとしてつゝますいひをしへさせ給ひて
  御らむせよわかき人/\のことくさにはな
  わらはせさせ給ふそうたてあはつけき
  やうなりとわらひつゝきこえ給ふなとかいと
  さことのほかには侍らむ中将なとのいとに」18オ

  なく思ひ侍けんかねことにたらすといふは
  かりにこそははへらめかくの給ひさはくをはし
  たなう思はゝるにもかたへはかゝやかしきにや
  といとはつかしけにてきこえさせ給ふこの
  御ありさまはこまかにおかしけさはなくて
  いとあてにすみたるものゝなつかしきさま
  そひておもしろきむめの花のひらけさし
  たるあさほらけおほえてのこりおほかりけ
  にほゝゑみ給へるそ人にことなりけると見た
  てまつり給ふ中将のいとさいへと心わかきた」18ウ

  とりすくなさになと申給ふもいとをしけ
  なる人のみおほえかなやかてこの御方のた
  よりにたゝすみおはしてのそき給へはすた
  れたかくをしはりてこせちの君とてされ
  たるわか人のあるとすくろくをそうち給
  ふてをいとせちにをしもみてせうさい/\
  とこふこゑそいとしたときやあなうたてと
  おほして御ともの人のさきほふせもてかき
  せいし給ふてなをつまとのほそめなる
  よりさうしのあきあひたるをみいれ給ふこ」19オ

  のいとこもはたけしきはやれる御かへし
  や/\とゝうをひねりてとみにうちいてすな
  かにおもひはありやすらむいとあさえたるさま
  ともしたりかたちはひちゝかにあい行つきたる
  さましてかみうるはしくつみかろけなるを
  ひたいのいとちかやかなるとこゑのあはつけ
  さとにそこなはれたるなめりとりたてゝよし
  とはなけれとこと人とあらかふへくもあらすかゝ
  みにおもひあはせられたまふにいとすくせ心
  つきなしかくてものし給ふはつきなくう」19ウ

  ゐうゐしくなとやあることしけくのみありて
  とふらひまうてすやとの給へはれいのいとし
  たとにてかくてさふらふはなにのもの思ひ
  か侍らむとしころおほつかなくゆかしく思ひ
  きこえさせし御かほつねにえみたてまつらぬ
  はかりこそてうたぬ心ちしはへれときこえ
  給ふけにみにちかくつかふ人もおさ/\なき
  にさやうにてもみなゝしたてまつらんとかね
  てはおもひしかとえさしもあるましきわさ
  なりけりなへてのつかうまつり人こそとあるも」20オ

  かゝるもをのつからたちましらひて人のみゝ
  をもめをもかならすしもとゝめぬものなれは
  心やすかへかめれそれたにその人のむすめ
  かの人のことしらるゝきはになれはおやはら
  からのおもてふせなるたくひおほかめりまして
  との給ひさしつる御けしきのはつかしき
  もしらすなにかそはこと/\しくおもひ給
  ひてましらひはへらはこそところせからめお
  ほみおほつほとりにもつかうまつりなむとき
  こえ給へはえねんし給はてうちわらひ給ひて」20ウ

  につかはしからぬやくなゝりかくたまさかにあへ
  るおやのけうせむの心あらはこのものゝた
  まふこゑをすこしのとめてきかせたまへさらは
  いのちものひなむかしとおこめいたまへるお
  とゝにてほゝゑみてのまふしたの本上にこそは
  侍らめおさなく侍し時たにこはゝのつねに
  くるしかりをしへ侍しめうほうしのへたうたい
  とこのうふやに侍けるあへものとなんなけき
  侍たうひしいかてこのしたとさやめはへらむ
  と思ひさはきたるもいとけうやうの心ふかくあ」21オ

  はれなりとみ給ふそのけちかくいりたち
  たりけむたいとこゝそはあちきなかりけれ
  たゝそのつみのむくひなゝりをしことと
  もりとそたいそうそしりたるつみにもかす
  へたるかしとの給ひてこなからはつかしくおは
  する御さまにみえたてまつらむこそはつかし
  けれいかにさためてかくあやしきけはひも
  たつねすむかへよせけむとおほし人/\も
  あまたみつきいひちらさんことゝおもひかへし
  給ふものから女御さとにものし給ふとき/\」21ウ

  わたりまいりて人のありさまなとも見ならひ
  給へかしことなることなき人もをのつから人
  にましらひさるかたになれはさてもありぬか
  しさる心してみえたてまつりたまひなん
  やとの給へはいとうれしき事にこそ侍なれ
  たゝいかても/\御方/\にかすまへしろしめ
  されんことをなんねてもさめてもとしころ
  なにことを思たまへつるにもあらす御ゆる
  したに侍らはみつをくみいたゝきてもつかう
  まつりなんといとよけにいますこしさえつれ」22オ

  はいふかひなしとおほしていとしかおりたちて
  たきゝひろい給はすともまいり給ひなん
  たゝかのあへものにしけんのりのしたにとを
  くはとおこことにの給ひなすをもしらす
  おなしき大臣ときこゆる中にもいときよ
  けにもの/\しくはなやかなるさまして
  おほろけの人みえにくき御けしきをも見
  しらすさていつか女御とのにはまいり侍らんす
  るときこゆれはよろしきひなとやいふへ
  からむよしこと/\しくはなにかはさ思はれ」22ウ

  はけふにてもとの給ひすてゝわたり給ひぬよき
  四位五位たちのいつききこえてうちみし
  ろき給にもいといかめしき御いきをいなるを
  みをくりきこえていてあなめてたの我おやゝ
  かゝりけるたねなからあやしきこいへにおひ
  いてけることゝの給ふこせちあまりこと/\し
  くはつかしけにそおはするよろしきおや
  の思ひかしつかむにそたつねいてられ給はまし
  といふもわりなしれの君の人のいふことや
  ふり給ひてめさましいまはひとつくちに」23オ

  ことはなませられそあるやうあるへき身に
  こそあめれとはらたち給かほやうけちかく
  あひきやうつきてうちそほれたるはさるかた
  におかしくつみゆるされたりたゝいとひなひ
  あやしきしも人のなかにおやひいて給へれ
  はものいふさまもしらすことなるゆへなきこと
  はをもこゑのとやかにをししつめていひいた
  したるはうちきくみゝことにおほえおかし
  からぬうたかたりをするもこゑつかひつきつき
  しくてのこりおもはせもとすゑおしみたるさま」23ウ

  にてうちすむしたるはふかきすち思ひえぬ
  ほとのうちきゝにはおかしかなりとみゝもと
  まるかしいと心ふかくよしあることをいひゐた
  りともよろしき心ちあらむときこゆへ
  くもあらすあはつけきこはさまにのた
  まひいつることはこは/\しくことはたみてわ
  かまゝにほこりならひたるめのとのふところ
  にならひたるさまにもてなしいとあやしきに
  やつるゝなりけりいといふかひなくはあらすみ
  そもしあまりもとすゑあはぬうたくちと」24オ

  くうちつゝけなとし給ふさて女御とのにま
  いれとの給つるをしふしふなるさまならは
  ものしくもこそおほせよさりまうてむおとゝ
  の君天下におほすともこの御方/\のす
  けなくし給はむにはとのゝうちにはたてり
  なんはやとの給ふ御おほえの程いとかろらか
  なりやまつ御ふみたてまつり給あしかきの
  まちかきほとにはさふらいなからいまゝて
  かけふむはかりのしるしも侍らぬはなこその
  せきをやすへさせ給へらむとなんしらねと」24ウ

  もむさしのといへはかしこけれともあなかしこ
  や/\とてむかちにてうらにはまことやくれ
  にもまいりこむと思ふ給へたつはいとふには
  ゆるにやいてや/\あやしきはみなせかはにを
  とてまたはしにかくそ
    くさわかみひたちのうらのいかゝさき
  いかてあひみんたこのうらなみおほかはみつ
  のとあをきしきしひとかさねにいとさう
  かちにいかれるてのそのすちともみえすたゝ
  よひたるかきさまもしりなかにわりなくゆへ」25オ

  はめりくたりのほとはしさまにすちかひて
  たうれぬへくみゆるをうちゑみつゝみてさ
  すかにいとほそくちひさくまきむすひて
  なてしこの花につけたりひすましわらはゝし
  もいとなれてきよけなるいまゝいりなりけり
  女御の御方の大はむ所によりてこれまいら
  せ給へといふしもつかへみしりてきたのたいに
  さふらふわらはなりけりとて御ふみとりいるた
  いふの君といふもてままいりてひきときて
  こらむせさす女御ほゝゑみてうちをかせ給」25ウ

  へるを中納言の君といふちかくいてそは/\み
  けりいといまめかしき御ふみのけしきにもは
  へめるかなとゆかしけに思ひたれはさうの
  もしはえみしらねはにやあらむもとすゑな
  くも見ゆるかなとて給へりかへりことかくゆへ
  ゆへしくかゝすはわろしとやおもひおとされ
  んやかてかき給へとゆつり給ふもていてゝ
  こそあらねわかき人はものおかしくてみな
  うちわらひぬ御かへりこへはおかしきことの
  すちにのみまつはれてはへめれはきこえ」26オ

  させにくゝこそせむしかきめきてはいとおし
  からむとてたゝ御ふみめきてかくちかきしる
  しなきおほつかなさはうらめしく
    ひたちなるするかのうみのすまの浦に
  なみたちいてよはこさきの松とかきて
  よみきこゆれはあなうたてまことに身つから
  のにもこそいひなせとかたはらいたけにおほ
  したれとそれはきかむ人わきまへ侍なむ
  とてをしつゝみていたしつ御かたみておかし
  の御くちつきやまつとのたまへるをとていと」26ウ

  あまえたるたきものゝかをかへすかへすた
  きしめゐ給へりへにといふものいとあから
  かにかいつけてかみけつりつくろひ給へる
  さるかたににきはゝしくあひきやうつき
  たり御たいめんのほとさしすくしたること
  もあらむかし」27オ

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