真木柱(大島本) First updated 9/23/2001(ver.1-1)
Last updated 1/25/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

真木柱

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「まきはしら」(題箋)

  内にきこしめさむこともかしこし・し
0001【内】-冷
0002【きこしめさむこと】-ヒケ玉事
  はし人にあまねく・もらさしといさめき
  こえ給へと・さしもえつゝみあへたまはす・
  ほとふれと・いさゝかうちとけたる御けしき
  もなく・思はすにうきすくせなりけりと・思ひ
  いり給へるさまのたゆみなきを・いみしう
  つらしと思へと・おほろけならぬ契のほとあ
  はれにうれしく思ひ(ひ$<朱>)・みるまゝにめてたく
  おもふさまなる御かたちありさまを・よその
  ものに見はてゝやみなましよと思たに・」1オ
  むねつふれていし山のほとけをも弁の
0003【いし山のほとけ】-聖武
0004【弁のおもと】-玉乳母
  おもとをも・ならへて・いたゝかまほしうおもへと・
  女君のふかくものしとうとみにけれは・え
  ましらはてこもりゐにけり・けにそこら
0005【ましらはて】-弁ー
  心くるしけなることゝもを・とり/\に見しかと・
  心あさき人のためにそ・てらのけんもあら
  はれける・おとゝも心ゆかす・くちおしとおほせと・
0006【おとゝも】-源
  いふかひなき事にて・たれも/\かくゆるし
  そめ給へる・ことなれは・ひきかつ(つ$へ<朱>)しゆるさぬ
  けしきを見せむも・人のためいとおしう・」1ウ
0007【人のため】-ヒケ
  あいなしとおほして・きしきいとになく・
  もてかしつき給・いつしかとわか殿にわたい
  たてまつらんことを思いそき給へと・かる/\しく・
  ふとうちとけわたり給はんに・かしこにまち
0008【かしこに】-本室
  とりて・よくもおもふましき人のものし給
  なるか・いとおしさにことつけ給て・なを心の
0009【なを心のとかに】-玉
  とかになたらかなるさまにて・をとなくいつかた
  にも・人のそしりうらみなかるへくを・もて
  なし給へとそきこえ給・ちゝ(△△&ちゝ)おとゝは中/\
0010【ちゝおとゝ】-致
  めやすかめり・ことにこまかなるうしろみなき」2オ
  人のなまほのすいたる宮つかへに・いて
  立てくるしけにやあらむとそ・うしろめた
  かりし・心さしはありなから・女御かくてもの
0011【女御】-弘ー
  し給をゝきて・いかゝもてなさましなと
  しのひての給けり・けにみかとゝきこゆとも・
  人におほしおとし・はかなき程に見えたて
  まつり給て・もの/\しくもゝてなし給はす
  は・あはつけきやうにもあへかりけり・三る(る$日<朱>)の
0012【あはつけき】-淡付
  夜の御せうそことも・きこえかはし給ける
0013【きこえかはし】-源鬚
  けしきをつたへきゝ給て・なむ・このおとゝの」2ウ
0014【このおとゝのきみ】-源
  きみの御心をあはれにかたしけなくあり
  かたしとはおもひきこえ給ける・かうしのひ
  給御なからひのことなれと・をのつから人のおかし
  きことにかたりつたへつゝ・つき/\にきゝ
  もらしつゝ・ありかたきよかたりにそさゝめき
  ける・内にもきこしめしてけり・くちおしう
  すくせことなりける人なれと・さおほしし・ほ
0015【すくせことなりける人】-玉
  いもあるを・宮つかへなと・かけ/\しきすちな
0016【かけ/\しきすち】-爰ハナサケ心
  らはこそは・思たへ(へ$え<朱>)給はめなとの給はせけり・
  しも月になりぬ・神わさなとしけくないし」3オ
0017【神わさなとしけく】-所々祭有之不及記之
  所にもことおほかるころにて・女くわんとも内侍
  ともまいりつゝいまめかしう人さはかしきに・
  大将殿ひるもいとかくろへたるさまにもてな
  して・こもりおはするを・いと心つきなく・かむの
  君はおほしたり・宮なとはまいていみしう
0018【宮なとは】-蛍
  くちおしとおほす・兵衛の督はいもうとの北の
0019【兵衛の督】-式部卿北兄
0020【北の方】-ヒケ
  方の御ことをさへ・人わらへにおもひなけきて・
  とりかさね物おもほしけれと・おこかましう・
  うらみよりてもいまはかひなしと思かへす・大
  将はなにたてるまめ人のとし比いさゝかみ」3ウ
  たれたるふるまひなくて・すくし給へる
  なこりなく心ゆきてあらさりしさまに・
  このましうよひあか月のうちしのひ給
  へるいていりも・えんにしなし給へるを・
  おかしと人/\見たてまつる・女はわらゝ
0021【女は】-玉
  かににきはゝしくもてなし給本上
  も・ゝてかくして・いといたう思むすほゝ
  れ・心もてあかぬさまはしるきことなれと・
  おとゝのおほすらむこと・宮の御心さまの心
0022【宮の】-蛍
  ふかう・なさけ/\しう・おはせしなとを」4オ
  思いて給に・はつかしうくちおしうのみ
  おもほすに・もの心つきなき御けしきたえす・
  殿もいとおしう人/\も思うたかひける
0023【殿も】-源
  すちを・心きよくあらはし給て・我心なから
  うちつけに・ねちけたることはこのますかしと・
  むかしよりのこともおほしいてゝ・むらさき
  のうへにも・おほしうたかひたりしよなとき
  こえ給・いまさらに人の心くせもこそとお
  ほしなから・物のくるしうおほされし時・さて
  もやとおほしより給しことなれはなを」4ウ
  おほしもたえす・大将のおはせぬひるつかた
  わたり給へり・女君あやしうなやましけに
0024【女君】-玉
  のみもてなひ給て・すくよかなるおりもなく・
  しほれ給へるをかくてわたり給へれは・すこし
  をきあかり給て・御木丁にはたかくれてお
  はす・殿もよういことに・すこし・けゝしき
0025【けゝしき】-賢々
  さまに・もてない給て・おほかたのこと(と+と<朱>)もなとき
  こえ給・すくよかなる世のつねの人にならひて
  は・ましていふかたなき御けはひありさまを・
  見しり給にも・思ひのほかなる身のをき」5オ
  所なく・はつかしきにも涙そこほれける・やう/\
  こまやかなる御物かたりになりて・ちかき御けう
  そくによりかゝりて・すこしのそきつゝき
  こえ給・は(は$い<朱>)とおかしけにおもやせ給つ(つ$へ<朱>)るさまの
  見まほしう・らうたい事のそひたまへるに
  つけても・よそに見はなつもあまりなる心の
  すさひそかしとくちおし
    おりたちてくみはみねともわたり川
0026【おりたちて】-源
  人のせとはたちきらさりしをおもひのほ
  かなれ(れ$り<朱>)やとて・はなうちかみ給ふけはひ」5ウ
  なつかしうあはれなり・をんなはかほをかくして
    みつせ川わたらぬさきにいかてなを
0027【みつせ川】-玉かつら返し 三せ川わたるみさほもなかりけり何に衣をぬきてかくらん(拾遺集543、河海抄・花鳥余情・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  涙のみをのあはときえなん心おさなの御き
0028【心おさなの】-源詞
  えところや・さてもかのせはよきみち・なかなるを・
  御てのさきはかりはひきたすけきこえてん
  やとほゝゑみ給て・まめやかにはおほししる
  こともあらむかし・よになきしれ/\しさも・
  又うしろやすさも・この世にたくひなき
  ほとをさりともとなん・たのもしきときこえ
  給を・いとわりなうきゝくるしとおほいたれ」6オ
  は・いとおしうての給まきらはしつゝ・内にの
  給はすることなむ・いとおしきを・猶あからさま
  にまひらせたてまつらん・をのか物と・りやうし
0029【りやうし】-領
  はてゝは・さやうの御ましらひも・かたけな
  めるよなめり・思そめきこえし心はたかふ
  さまなめれと・二条のおとゝは心ゆき給なれは・
0030【二条のおとゝは】-致ー
  心やすくなむなとこまかにきこえ給・あは
0031【あはれにも】-玉
  れにもはつかしくもきゝ給ことおほかれと・
  たゝ涙にまつはれておはす・いとかうおほし
  たるさまのこゝろくるしけれは・おほすさま」6ウ
  にもみたれ給はす・たゝあるへきやう・御心
  つかひを・ゝしへきこえ給・かしこにわたり給
  はん事を・とみにも・ゆるしきこえ給ましき
  御けしきなり・内へまいり給はむことを・やす
  からぬことに大将おほせと・そのついてにや(△△&にや)まかて
  させたてまつらんの御心つき給て・たゝあから
  さまの程をゆるしきこえ給・かくしのひかく
  ろへ給御ふるまひも・ならひ給はぬ心ちに
  くるしけれは・我とのゝうち・すりししつらひ
0032【我との】-ヒケ
  て・年比はあらし・うつもれ・うちすて給へり」7オ
0033【あらし】-荒
  つる・御しつらひよろつのきしきをあらため
  いそき給・きたの方のおほしなけくらむ御心も
  しり給はす・かなしうし給し君たちをも・
  めにもとめ給はす・なよひかになさけ/\
  しき心・うちましりたる人こそ・とさまかう
  さまにつけても・人のためはちかましからん
  ことをは・おしはかり思ふところもありけれ・ひた
  おもむきに・すくみ給へる御心にて・人の御心
  うこきぬへきことおほかり・女君人におとり
0034【女君】-北方
  給へきことなし・人の御本上もさるやんこ」7ウ
  となきちゝみこのいみしう・かしつきたて
0035【ちゝみこ】-式部卿
  まつり給へるおほえよにかろからす・御かたちなと
  もいとようおはしけるを・あやしうしふ
  ねき御物のけに・わつらひ給て・このとし
  ころ人にもに給はす・うつし心なきおり/\
  おほく物し給て・御中もあくかれて・ほとへに
  けれとやむことなき物とは・またならふ人なく
  思きこえ給へるを・めつらしう御心移る
  方のなのめにたにあらす・人にすくれ給へる
  御ありさまよりも・かのうたかひをきて・みな」8オ
  人のおしはかりしことさへ・心きよくて・す
  く(△&く、く=すイ)い給けるなとを・有かたう・あはれと思
  ましきこえ給もことはりになむ・式部卿の宮
  きこしめして・いまはしか・いまめかしき人をわた
  して・もてかしつかん・かたすみに・人わろ
  くて・そひ物し給はむも・人きゝやさし
0036【やさしかる】-\<朱合点> 何をして身のいたつらに老ぬらん年のおもハん事そやさしき(古今1063・古今六帖2185・和漢朗詠763、河海抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  かるつ(つ$へ<朱>)し・をのかあらむこなたは・いと人わらへ
  なるさまにしたかひなひかても・ものし給なん
  と・のたまひて・みやのひんかしのたいを・は
  らひしつらひて・わたしたてまつらんとおほし」8ウ
  の給を・おやの御あたりといひなから・いまはかきり
  の身にて・たちかへりみえたてまつらむことゝ・
  思みたれ給に・いとゝ御心地もあやまりて・うち
  はへふしわつらひ給・本上はいとしつかに心よく・
  こめき給へる人の時/\心あやまりして・
  人にうとまれぬへきことなん・うちましり給ひ
  ける・すまひなとのあやしう・しとけなく
  物のきよらもなく・やつして・いとむもれいた
  く・もてなし給へるを・たまをみかけるめうつしに・
  心もとまらねと・としころの心さしひき」9オ
  かふる物ならねは・心にはいとあはれと思ひきこえ
  給・きのふけふのいとあさはかなる人の御なからひ
  たに・よろしき・ゝはになれは・みなおもひのと
  むるかたありてこそ見はつなれ・いと身も
  くるしけに・もてなし給へ(へ$つ<朱>)れは・きこゆへき
  ことも・うちいてきこえにくゝなむ・としころ
  契きこゆることにはあらすや・よの人にもにぬ
  御ありさまを・見たてまつりはてんとこそは・
  こゝら思ひしつめつゝ・すくしくるに・え
  さしもありはつましき・御心をきてに」9ウ
  おほしうとむな・をさなき人/\も侍れは・と
  さまかうさまにつけて・をろかにはあらしと・
  きこえわたるを・女の御心のみたりかはしきま
  まに・かくうらみわたり給・ひとわたり・見はて給
  はぬほと・さもありぬへきことなれと・まかせて
  こそ・いましはし御らんしはてめ・宮のき
  こしめしうとみて・さはやかに・ふとわたし
  たてまつりてむとおほしの給なん・かへりて・
  いとかる/\しきまことにおほしをきつること
0037【まことに】-誠
  にやあらむ・しはしかうしゝ給へきにやあ」10オ
  らむと・うちわらひての給へる・いとねたけに
  心やまし・御めしうとたちて・つかうまつりなれ
0038【御めしうと】-召人
  たる・もくの君・中将のおもとなといふ人/\
0039【もくの君中将のおもと】-元鬚女房達
  たに・程につけつゝやすからすつらしと
  思ひきこえたるを・きたの方はうつし心もの
  し給ほとにて・いとなつかしう・ゝちなきて
  ゐ給へり・身つからは(は#を)ほけたり・ひか/\しと
  の給はちしむるは・ことはりなることになむ・
  宮の御ことをさへ・とりませの給う・もりきゝ給
0040【宮の】-式部卿ー
0041【御ことを】-北方詞
  はんは・いとおしう・うき身のゆかり・かる/\」10ウ
  しきやうなるみゝなれにて侍れは・いまはし
  めて・いかにもものを・思ひ侍らすとて・うち
  そむき給へる・らうたけなり・いとさゝやかなる
0042【さゝやかなる】-細々<サゝヤカ>
  人のつねの御なやみにやせおとろへ・ひわつ
  にて・かみいとけうらにてなかゝりけるか・わけ
  たるように・おちほそりて・けつることも・おさ/\
  し給はす・なみたにまつはれたるは・いとあはれ
  なり・こまかににほへるところはなくて・ちゝ宮に
  にたてまつりて・なまめいたるかた△(△#ち<朱>)し給へる
   を・もてやつし給へれは・いつこのはなやか」11オ
  なるけはひかはあらむ・宮の御ことをかろくは・いかゝ
  きこゆる・おそろしう人きゝかたはにな・の給
  なしそと・こしらへて・かのかよひ侍所のいと
  まはゆき・たまのうてなに・うひ/\しう
  きすくなるさまにて・いているほともかた/\に
  人めたつらんと・かたはらいたけれは・心やすく
  うつろはしてんと思侍るなり・おほきおとゝの
0043【おほきおとゝ】-源
  さる世にたくひなき御おほえをは・さらにも
  きこえす・心はつかしう・いたりふかう・おはす
  める御あたりに・にくけなること・もりきこえは・」11ウ
  いとなんいとおしう・かたしけなかるへき・なた
  らかにて御中よくて・かたらひてものし給へ
  宮にわたり給へりとも・わするゝ事は侍ら
  し・とてもかうても・いまさらに心さしのへ
  たゝることはあるましけれと・よのきこえ人
  わらへに・まろかためにもかろ/\しうなむ
  侍るへきを・としころのちきりたかへす・か
  たみにうしろみむとおほせと・こしらへき
  こえ給へは・人の御つらさは・ともかくもしり
  きこえす・よの人にも・にぬ身のうきをなむ・」12オ
  宮にもおほしなけきて・いまさらに人わらへ
  なることゝ御心をみたり給なれはいとおしう・
  いかてか見えたてまつらんとなむ・大殿の北の
0044【大殿の北の方】-紫
  方ときこゆるもこと人にやは物し給・かれは
0045【物し給】-玉取立
  しらぬさまにて・おいゝて給へる人のすゑの世
0046【すゑの世に】-北妹
  にかく人のおやたち・もてない給つらさを
  なんおもほしの給なれと・こゝにはともかくも
0047【こゝには】-我
  おもはすや・もてない給はんさまをみるはかり
  との給へは・いとようの給を・れいの御心たかひ
0048【いとようの給を】-ヒケ詞
  にや・くるしきこともいてこむ・大殿の北方」12ウ
  の・しり給事にも侍らす・いつきむすめの
  やうにて・物し給へは・かくおもひおとされたる
  人のうへさ(さ$ま<朱>)てはしり給なんや・人の御おやけ
  なくこそものし給へかめれ・かゝることのきこえ
  あらは・いとゝくるしかへきことなと・日ゝとひ・いり
  ゐて・かたらひ申給・くれぬれは心もそらにうき
  たちて・いかていてなんとおもほすに・雪かき
  たれてふる・かゝるそらにふりいてむも・人め
  いとおしう・この御けしきもにくけに・ふ
  すへうらみなとし給はゝ・中/\ことつけて」13オ
  我もむかひ火つくりてあるへきを・いとをひら
0049【むかひ火】-人ノ腹立にこちより腹立かけたるをいふ
  かにつれなう・もてなし給へるさまのいと
  心くるしけれは・いかにせむとおもひみたれ
  つゝ・かうしなともさなからはしちかう・うち
  なかめてゐ給へり・北の方けしきを見て・
  あやにくなめる雪をいかてわけ給はんとす
  らむ・よもふけぬめりやと・そゝのかし給・いまは
0050【よもふけぬめりや】-\<朱合点> 六 道もなしいかてかゆかん白雪のふりおほふ竹のよもふけにけり(古今六帖726、河海抄・岷江入楚)
  かきり・とゝむともと・思ひめくらし給へる気
  色いとあはれなり・かゝるにはいかてかとの給も
  のから・なをこのころはかり心の程をしらて・と」13ウ
  かく人のいひなし・おとゝたちも・ひたり右に・
  きゝおほさんことを・はゝかりてなん・とたえあ
  らむは・いとおしき・思ひしつめて・猶見はて
  たまへ・こゝになとわたしては心やすく侍
  なむ・かくよのつねなる御気色見え給時は・
  ほかさまにわくる心もうせてなん・あはれに
  思ひきこゆるなと・かたらひ給へは・立とまり給
0051【立とまり給ても】-北方詞
  ても・御心のほかならんは・中/\くるしうこそ
  あるへけれ・よそにても思たにをこせ給はゝ・
  袖のこほりもとけなんかしなと・なこやかに」14オ
0052【袖のこほりも】-\<朱合点> 思つゝねなくにあくる冬の夜ハ袖の氷もとけすも有哉<朱>(後撰481、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いひゐ給へり・御ひとりめして・いよ/\たき
  しめさせたてまつり給・身つからはなえたる御
  そとも・うちとけたる御すかた・いとゝほそうか
  よはけなり・しめりておはする・いと心くるし・
  御めのいたうなきはれたるそ・すこし物し
  けれと・いとあはれと見る時は・つみなうおほ
  して・いかてすくしつるとし月そと・なこり
  なううつろふ心の・いとかろきそやとは・思ふ/\
  なを心けさうはすゝみて・そらなけきをうち
  しつゝ・なをさうそくし給て・ちいさきひとり・」14ウ
  とりよせて・袖にひきいれてしゐ給へり・
0053【袖にひきいれて】-ヒケ
  なつかしき程になえたる御さうそくに・かた
  ちも・かのならひなき・御光にこそ・おさな(な$る<朱>)れと・いと
  あさやかに・おをしきさまして・たゝ人と見え
  す心はつかしけなり・さふらひに人/\こゑ
  して・雪すこしひまあり・夜はふけぬらん・
  かしなとさすかに・まほにはあらてそゝのかし
  きこえて・こはつくりあへり・中将・もくなと・あ
  はれのよやなと・うちなけきつゝ・かたらひて
  ふしたるに・さうしみはいみしう思ひしつ」15オ
  めて・らうたけによりふし給へりとみる程に・
  にはかにおきあかりて・おほきなるこのした
  なりつるひとりをとりよせて・とのゝうし
  ろによりて・さといかけ給ほと・人のやゝみあふ
  る程もなう・あさましきにあきれて物し
  給・さるこまかなるはゐの・めはなにもいりて・
  おほゝれて物もおほえす・はらひすて給へと・
  たちみちたれは・御そともぬき給つ・うつし
  心にてかくし給そと思はゝ・又かへり見すへく
  もあらす・あさましけれと・れいの御ものゝけ」15ウ
  の人にうとませむとするわさと・御前なる人々
  も・いとおしう見たてまつる・たちさはきて・
  御そともたてまつりかへなとすれと・そこら
  のはいの・ひんのわたりにもたちのほり・よろ
  つの所にみちたる心ちすれは・きよらを
  つくし給わたりに・さなからまうてたまふへき
  にもあらす・心たかひとはいひなから・なを
  めつらしう見しらぬ人の御有さまなり
  やと・つまはしきせられ・うとましうなりて・
  あはれと思つる心ものこらねと・このころ」16オ
  あらたてゝは・いみしきこといてきなむとお
  ほししつめて・よなかになりぬれと・そうなと
  めしてかちまいりさはく・よはゐのゝしり給
  こゑなと思ひうとみ給はんにことはりなり・
  よ一夜うたれひかれなきまとひあかし給て・
  すこしうちやすみ給へる程に・かしこへ御文
0054【かしこへ】-玉
  たてまつれ給・よへにはかに・きえいる人のはへ
  しにより・ゆきの気色もふりいて・かたく
  やすらひはへしに・身さへひえてなむ・
  御心をはさる物にて・人いかにとりなし侍」16ウ
  けんと・きすくにかき給へり
0055【きすくに】-木強
    心さへそらにみたれし雪もよに
0056【心さへ】-大将
  ひとりさえつるかたしきの袖たえかたく
  こそと・しろきうすやうに・つゝやかにかい(い+給)へれ
  と・ことにおかしきところもなし・てはいときよ
  けなり・さえかしこくなとそものし給ける・
0057【さえ】-才
  かむの君よかれをなにともおほされぬに・
0058【よかれ】-\<朱合点> たか里に衣
  かく心ときめきし給へるを・みもいれ給はねは・
  御かへりなし・おとこむねつふれて・思くら
  し給・北方は猶いとくるしけにし給へは・」17オ
  みす法なと・はしめさせ給・心のうちにもこの
  比はかりたにことなく・うつし心にあらせ給へ
  とねんし給・まことの心はへのあはれなるを
  見すしらすはかうまて・おもひすくすへくも
  なきけうとさかなとおもひゐ給へり・く
0059【けうとさ】-気疎
  るれはれいのいそきいて給・御さうそくの
  事なとも・めやすくしなしたまはす・よに
  あやしううちあはぬさまにのみ・むつ
  かり給を・あさやかなる御なをしなとも・え
  とりあへ給はて・いと見くるし・よへのは・やけ」17ウ
  とをりて・うとましけにこかれたるにほひな
  とも・ことやうなり・御そともにうつりかもしみ
  たり・ふすへられける程あらはに・人もうし(うし&うし)
  給ぬへけれは・ぬきかへて・御ゆとのなと・いたう
  つくろひ給・もくの君・御たきものしつゝ
    ひとりゐてこかるゝむねのくるしきに
0060【ひとりゐて】-もくの君
  思ひあまれるほのをとそ見しなこりな
  き御もてなしは・見たてまつる人たに・た
  たにやはとくちおほひてゐたる・まみいと
  いたし・されといかなる心にて・かやうの人に物を」18オ
  いひけんなとのみそ・おほえ給ける・なさけなき
  ことよ(△&よ)
    うきことを思ひさはけはさま/\に
0061【うきことを】-大将
  くゆる(△&る)けふりそいとゝたちそふいとことのほ
  かなることゝもの・もしきこえあらは・ちうけんに
0062【ちうけん】-中間
  なりぬへき身なめりと・うちなけきていて
  給ぬ・一夜はかりのへたてたに・まためつら
  しう・おかしさまさりておほえ給ありさまに・
  いとゝ心をわへくもあらすおほえて・心う
  けれはひさしうこもりゐ給へり・すほう」18ウ
  なとしさはけと・御ものゝけこちたくお
  こりて・のゝしるをきゝ給へは・あるましき・ゝ
  すもつきはちかましき事かならすあり
  なんと・おそろしうて・よりつき給はす・
  殿にわたり給時もことかたにはなれゐ給て・
  きみたちはかりをそ・よひはなちて・見たて
  まつり給・女ひとゝころ十二三はかりにて・また
0063【十二三はかりにて】-槙ー
  つき/\おとこふたりなんおはしける・ちかき
0064【おとこふたり】-藤中納言 頭中将
  としころとなりては・御中もへたゝりかち
  にてならはし給へれと・やむことなうたち」19オ
  ならふかたなくて・ならひ給へれは・いまはかきり
  と見給に・候ふ人/\もいみしうかな
  しとおもふ・ちゝ宮きゝ給て・いまはしか・かけ
  はなれて・もていて給らむに・さて心つよく
  ものし給・いとをもなう人わらへなる事
  なり・をのかあらむよのかきりは・ひたふるに
  しも・なとかしたかひ・くつをれたまはむとき
  こえ給て・にはかに御むかへあり・北方御心地
  すこしれいになりて・よの中をあさましう
  思なけき給に・かくときこえ給へれは・しいて」19ウ
  たちとまりて・人のたえはてんさまを見
  はてゝ・思とちめむも・いますこし人わらへに
  こそあらめなと・おほしたつ・御せうとの君
  たち・兵衛督は・かん達部におはすれは・こと/\
  しとて・中将・侍従・民部大輔なと御車三は
  かりしておはしたり・さこそはあへる(る$か<朱>)めれと・
  かねて思つることなれと・さしあたりて・けふ
  をかきりとおもへは・候ふ人/\も・ほろ/\と
  なきあへり・としころならひ給はぬ・旅
  すみに・せはくはしたなくては・いかてか」20オ
  あまたは候はん・かたへはをの/\さとにまかてゝ・
  しつまらせ給なむになと・さためて人/\を
  のかしゝ・はかなき物ともなとさとにはらひ
  やりつゝみたれちるへし・御てうとゝもはさる
  へきは・みなしたゝめをきなとするまゝに・かみ
  しもなきさはきたるは・いとゆゝ(ゝ$ゆ<朱>)しく見ゆ・君
  たちはなに心もなくて・ありき給を・はゝき
  みみなよひすゑ給て・身つからはかく・心うき
  すくせ・いまは見はてつれは・この世にあとゝ
  むへきにもあらす・ともかくもさすらへなん・」20ウ
  おいさきとをうて・さすかにちりほひ給はんあ
  りさまとものかなしうもあへいかな・ひめ
0065【ひめ君】-槙ー
  君はとなるとも・かうなるとも・をのれにそひ
  給へ・中/\おとこ君たちは・えさらすまうて
  かよひ見えたてまつらんに・人の心とゝめ給へ
  くもあらす・はしたなうてこそ・たゝよはめ・
  宮のおはせんほと・かたのやうにましらひを
0066【宮】-式部卿
  すとも・かのおとゝたちの御心にかゝれる世
  にて・かく心・をくへきわたりそと・さすかに・
  しられて・人にもなりたゝむことかたし・」21オ
  さりとて・山はやしに・ひきつゝきましらむ
  事・のちの世まていみしきことゝなき給に・
  みなふかき心は思は(は$わ<朱>)かねと・うちひそみて・なき
  おはさうす・むかし物語なとをみるにも・よの
  つねの心さしふかきおやたに・時にうつろ
  ひ・人にしたかへは・おろかにのみこそなりけれ・
  ましてかたのやうにて・みるまへにたに・名残
  なきこゝろは・かかり所ありても・ゝてない給
  はしと・御めのとゝもさしつとひての給な
  けく・日もくれゆきふりぬへき空の気色も・」21ウ
  心ほそう見ゆる夕へなり・いたうあれ侍なん・
0067【あれ侍なん】-空
  はやうと・御むかへのきんたち・そゝのかし
  きこえて・御めをしのこひつゝ・なかめおはす・ひ
  め君は殿いとかなしうしたてまつり給ならひ
  に見たてまつらては・いかてかあらむ・いまなとも
0068【見たてまつらては】-殿を槙ー
  きこえて・またあひみぬやうもこそあれと
  おもほすに・うつふし・/\て・えわたるましと
  おもほしたるを・かくおほしたるなんいと
0069【かくおほしたる】-乳母共
  心うきなと・こしらへきこえ給・たゝいまも
  わたり給はなんと・まちきこえ給へと・かくゝ(ゝ$く<朱>)れな」22オ
  むに・まさにうこき給なんや・つねにより
  ゐ給・ひんかしおもてのはしらを人にゆつる
  心ちし給もあはれにて・ひめ君ひは(は$<朱>)わた色の
0070【ひめ君】-真木柱上
  かみのかさね・たゝいさゝかにかきて・はしらの
  ひはれたる・はさまに・かうかいのさきして・おし
  いれ給
    いまはとてやとかれぬともなれきつる
0071【いまはとて】-姫君
  まきのはしらはわれをわするなえもかき
  やらてなき給・はゝ君いてやとて
    なれきとはおもひいつともなにゝより」22ウ
0072【なれきとは】-母北方
  たちとまるへきまきの柱そ御前なる人々
  もさま/\にかなしく・さしも思はぬ木草
  のもとさへ・恋しからんことゝめとゝめて・は
  なすゝりあへり・もくの君は殿の御方の
  人にてとゝまるに中将のおもと
    あさけれといし間の水はすみはてゝ
  やともる君やかけはなるへき思かけさり
  しことなり・かくてわかれたてまつらんこと
  よといへは・もく
    ともかくもいはまの水のむすほゝれ」23オ
  かけとむへくもおもほえぬよをいてやとて・
  うちなく御くるまひきいてゝ・かへり見るも・
  またはいかてかは見むと・はかなき心地す・木
  すゑをも・めとゝめて・かくるゝまてそかへり
0073【かくるゝまて】-\<朱合点> 君かすむ宿の梢をゆく/\とかくるゝまてに帰りみし哉<朱>(拾遺集351・拾遺抄227、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  見給けるきみかすむゆへにはあらて(△&て)こゝら
0074【きみ】-母北方
  としへ給へる御すみかのいかてか・しのひところ
  なくはあらむ・宮にはまちとりいみしうお
  ほしたり・はゝきたのかたなきさはき
  給て・おほきおとゝを・めてたきよすかと思き
  こえ給つ(つ$へ<朱>)れと・いかはかりのむかしのあたかたき」23ウ
  にか・おはしけむとこそおもほゆれ・女御をも
0075【女御】-冷泉院
  ことにふれはしたなく・もてなし給し
  かと・それは御中のうらみとけさりし程・思
  しれとにこそはありけめと・おほしの給・よの
  人もいひなししたに・なをさやはあるへき・
  人ひとりを思かしつき給はんゆへは・ほとりまて
0076【人ひとり】-紫上事
  もにほふためしこそあれと・心えさりしを・ま
  してかくすゑにすゝろなる・まゝこかしつき
0077【まゝこかしつき】-玉かつら
  をして・をのれふるし給へるいとほしみに・
0078【ふるし給へる】-古今 秋といへは余所にそきゝしあた人の我をふるせる名にそ有けれ(古今824、河海抄・花屋抄)
  しほうなる人のゆき所あるましきをとて・とり」24オ
0079【しほうなる人】-鬚
  よせもてかしつき給は・いかゝつらからぬと・いひつゝ
  けのゝしり給へは・宮はあなきゝにくや・よになむ
0080【宮】-式部
  つけられ給はぬおとゝを・くちにまかせてな・おと
  しめ給そ・かしこき人は思ひをき・かゝるむくひ
  もかなと・おもふことこそはものせられけめ・さおもはる
  る我身のふかうなるにこそはあらめ・つれなう
0081【ふかう】-不幸
  て・みなかのしつみ給しよのむくひは・う
  かへしつめ・いとかしこくこそは・思わたい給め
  れ・をのれひとりをは・さるへきゆかりと思て
  こそは・ひとゝせもさる世のひゝきに・家よりあまる」24ウ
0082【さる世のひゝき】-宮五十賀紫上取立乙女巻
  ことゝもゝありしか・それをこの生の・めいほく
  にてやみぬへきなめりとの給に・いよ/\はら
  たちて・まか/\しきことなとをいひちらし
  給・このおほきたのかたそさかな物なりける・
  大将の君・かくわたり給にけるをきゝて・いと
  あやしうわか/\しきなからひのやうに・
  ふすへかほにて・物し給けるかな・さうしみは
0083【さうしみ】-北ー
  しか・ひきゝりに・きは/\しき心もなき物を・
  宮のかくかる/\しうおはすると思て・きむ
0084【きむたち】-我子
  たちもあり・人めもいとおしきに思みたれ」25オ
  て・かむのきみにかくあやしきことなん侍る・中
0085【かくあやしき】-人心然
  /\こゝろやすくは思給なせと・さてかたすみに
  かくろへてもありぬへき人の心やすさを・おた
  しう思給へつるに・にはかにかの宮もの
  し給ならむ・人のきゝ見ることもなさけなき
  を・うちほのめきてまいりきなむとていて
  給・よきうへの御そやなきのしたかさね・あをにひ
0086【あをにひ】-大将別当なと着之
  のきのさしぬきゝ給て・ひきつくろひ
  給へる・いともの/\し・なとかは・にけなからむと
  人/\は見たてまつるを・かむの君はかゝる」25ウ
  ことゝもをきゝ給につけても・身の心つきな
  うおほししらるれは・見もやり給はす・
  宮にうらみきこえむとて・まうて給まゝに・
  まつとのにおはしたれは・もくの君なといて
  きて・ありしさまかたりきこゆ・ひめきみ
  の御ありさまきゝ給て・をゝしくねんし給
0087【をゝしく】-雄抜
  へと・ほろ/\とこほるゝ御気色いとあはれ
  なり・さてもよの人にもにすあやしき事
  ともを見すくす・こゝらのとしころの心
  さしを見しり給はすありけるかな・いと」26オ
  思のまゝならむ人は・いまゝてもたちとまる
  へくやはある・よし・かのさうしみはとてもかく
  ても・いたつら人と見え給へはおなしことなり・
  をさなき人/\もいかやうにもてなし給は
  むとすらむとうちなけきつゝ・かのまきはし
  らを見給にてもをさなけれと・心はへのあはれに
  恋しきまゝに・みちすから涙をしのこひつゝ
  まうて給つ(つ$へ<朱>)れは・たいめむし給へくもあらす・
  なにかたゝ時にうつる心のいまはしめてか
0088【なにか】-宮詞
  はり給にもあらす・としころ思うかれ給さま」26ウ
  きゝわたりても・ひさしくなりぬるをいつ
  くをまた思ひなをるへきおりとかまたむ・
  いとゝひか/\しきさまにのみこそ見えはて
  給はめと・いさめ申給ことはりなり・いとわか/\
0089【いとわか/\しき】-ヒケ詞
  しき心ちもし侍かな・おもほしすつまし
  き人/\も侍れはと・のとかに思侍ける心の
  をこたりを・かへす/\きこえてもやるかた
  なし・いまはたゝなたらかに御らんしゆるし
  て・つみさりところなう・よ人にもことはらせ
  てこう(う$<朱>)そ・かやうにももてない給はめなと・き」27オ
  こえわつらひておはす・ひめ君をたに見たて
  まつらむときこえ給つ(つ$へ<朱>)れと・いたしたてまつる
  へくもあらす・おとこきみたち十なるは・殿上し
0090【おとこきみたち】-後藤中納言
  給いとうつくし人にほめられて・かたちなと
  ようはあらねといとらう/\しう・物の心
  やう/\しり給へり・つきの君は八はかりにて・いと
0091【つきの君】-後右兵衛督
  らうたけに・ひめ君にもおほえたれは・かき
  なてつゝあこをこそは恋しき御かたみにも
  みるへかめれなと・うちなきて・かたらひ給・宮
  にも御気色給はらせ給へと・かせをこりて」27ウ
  ためらひ侍程にてとあれは・はしたなくて
  いて給ぬ・こきんたちをは・車にのせて・かた
  らひおはす・六条殿にはえゐておはせねは・
  とのにとゝめてなをこゝにあれ・きてみ(み+んイ<朱>)にも
  心やすかるへくとの給・うちなかめていと心ほ
  そけに見をくりたるさまとも・いとあはれ
  なるにもの思くはゝりぬる心地すれと・女
  きみの御さまのみるかひありて・めてたきに
  ひか/\しき御さまを思くらふるにも・こよ
  なくてよろつをなくさめ給・うちたえて」28オ
  をとつれもせすはしたなかりしに・ことつ
  けかほなるを・宮にはいみしう・めさまし
  かりなけき給・はるのうへもきゝ給て・こゝに
  さへうらみらるゝゆへに・なるかくるしきこ
  とゝなけき給を・おとゝの君いとおしと
  おほして・かたき事なり・をのか心ひとつにも
  あらぬ人のゆかりに・内にも心をきたるさまに
  おほしたなり・兵部卿の宮なともえし
  給ときゝしを・さいへと思やりふかうおは
  する人にて・きゝあきらめうらみとけ給に」28ウ
  たなり・をのつから人のなからひはしのふること
  と思へと・かくれなき物なれは・しかおもふへき
  つみもなしとなん思侍との給・かゝることゝも
  のさはきに・かむの君の御けしきいよ/\
  はれまなきを・大将はいとおしと思あつかひ
  きこえて・このまいり給はむ△(△#)とありし
  こともたえきれて・さまたけきこえつるを・
  うちにも・なめく・心あるま(ま#さ)まにきこしめし・
0092【なめく】-無礼
  人/\もおほすところあらむ・おほやけ人を・
  たのみたる人は・なくやはあると・思かへして」29オ
  としかへりてまいらせたてまつり給・おとこ
0093【まいらせ】-入内
  たうかありけれは・やかてその程に・きしきいと
  いかめかしく・になくてまいり給・かた/\のお
  とゝたち・この大将の御いきをひさへさし
0094【この大将】-ヒケ
  あひ・宰相中将ねんころに心しらひきこえ
0095【宰相中将】-夕
  給・せうとのきみたちも・かゝるおりにとつと
0096【せうとのきみたち】-玉
  ひ・ついせうしよりて・かしつき給さまいと
  めてたし・承香殿のひんかしおもてに・御
0097【御局】-玉
  局したり・にしに宮の女御はおはしけれは・
0098【宮の女御】-式部
  めたうはかりのへたてなるに・御心の中は・」29ウ
  はるかにへたゝりけんかし・御方/\いつれ
  となく・いとみかはし給てうちわたり・心にくゝ
  おかしきころをひなり・ことにみたりかはしき
  かういたち・あまたもさふらひ給はす・中
0099【中宮】-秋好
  宮・こき殿の女御・この宮の女御・左大殿の
0100【こき殿】-致仕御子
0101【この宮の女御】-式部卿御女
0102【左大殿のの女御】-ヒケ黒御いもふと
  の女御なと・さふらひ給・さては中納言・さい将の
  御むすめふたりはかりそ候給ける・たうかは
  かた/\に・さと人まいりさまことに・けに・(に+に)き
  わゝしきみ物なれは・たれも/\きよらをつ
  くし・袖くちのかさなり・こちたく・めて」30オ
  たくとゝのへ給・春宮の女御も・いとはなやかに
0103【春宮の女御】-今上母承香ーヒケ妹
  もてなし給て・みやはまたわかくおはしませと・
  すへていといまめかし・御前・中宮の御方・すさく
0104【中宮】-秋ー
  院とにまいりて・よいたうふけにけれは・六条
  の院には・このたひは・所を(を$せ<朱>)しとはふき給・朱
  雀院よりかへりまいりて・春宮の御方/\
  めくるほとによあけぬ・ほの/\とおかしき
  あさほらけに・いたくえひみたれたるさ
  まして・たけかはうたひけに(に$る<朱>)程を見れは・う
  ちの大殿のきんたちは四五人はかり・殿上人」30ウ
  のなかにこゑすくれ・かたちきよけにて・うち
  つゝき給へる・いとめてたし・わらはなる
0105【わらはなる八らう君】-致仕御おとゝの末子母柏木同
  八らう君は・むかひはらにていみしうかし
0106【むかひはら】-本妻向腹
  つき給か・いとうつくしうて・大将とのゝ太らう
0107【大将との】-ヒケ
0108【太らう】-藤中納言
  君とたちなみたるを・かむのきみも・よそ
0109【よそ人】-八郎君
  人と見給はねは・御めとまりけり・やむこと
  なくましらひなれ給へる・御かた/\よりも・
  この御つほねの袖くちおほかたの気はひ・いま
  めかしう・おなしものゝ色あひかさなりなれ
  と・ものよりことにはなやかなり・さうしみ」31オ
  も女房(△△&女房)たちも・かやうに御心やりて・しはしは
  すくい給はましとおもひあへり・みなおなし
  こと・かつけわたすわたのさまもにほひか・こと
  にらう/\しう・しない給て・こなたはみつ
0110【こなた】-玉
0111【みつむまや】-水駅
  むまやなりけれと・気はひ・にきはゝ(△&ゝ)しく
  人/\心けさうしそ(△&そ)して・かきりあるみ
  あるしなとの(△&の)ことゝもゝしたるさまこと
  にようゐありてなむ・大将殿せさせ給へり
  ける・とのゐところにゐ給て・日ゝとひき
0112【ゐ給て】-ヒケー
  こえくらし給ことは・よさりまかてさせ」31ウ
0113【まかてさせ】-玉
  たてまつりてん・かゝるついてにとおほし
  うつるらん・御宮つかへなむやすからぬとのみ・
0114【うつるらん】-宮仕心
  おなしことを・せめきこえ給へと・御かへりなし・
0115【御かへり】-玉
  さふらふ人/\そ・おとゝの心あはたゝし
0116【おとゝ】-源
  き程ならて・まれ/\の御まいりなれは・御心
0117【御心】-内ノ
  ゆかせ給はかりゆるされありてを・まかてさせ
  給へと・きこえさせ給しかは・こよひはあまり・
0118【きこえさせ】-女房達
  すか/\しうやときこえたるを・いとつ
0119【いとつらし】-ヒケ
  らしと思て・さはかりきこえし物を・さ
  も心にかなはぬよかなとうちなけきて」32オ
  ゐ給へり・兵部卿の宮御前の御あそひに
0120【兵部卿の宮】-蛍
  候給て・しつ心なくこの御つほねのあたり
0121【御つほね】-玉
  思やられ給へは・ねんしあまりてきこえ
  給へり・大将はつかさの御さうしにそおはし
0122【つかさの御さうしに】-左大将ハ在宜陽門廊南右ー陽明門
  ける・これよりとて・とりいれたれは・しふ/\に・
  見たまふ
0123【見たまふ】-玉
    みやま木にはねうちかはしゐる鳥の
0124【みやま木に】-兵部卿宮 ヒケヲタトフ
0125【鳥】-玉
  またなくねたき春にもあるかなさへつるこゑ
0126【またなく】-無
0127【さへつる】-\<朱合点> われそふりゆくの心也
  もみゝとゝめられてなんとあり・いとおしう
  おもてあかみてきこえんかたなく思ゐ給へ」32ウ
0128【おもてあかみて】-玉
  るに・うへわたらせ給・月のあかきに御かたち
0129【うへ】-冷
  は・いふよしなく・きよらにて・たゝかのおとゝの
  御気はひに・たかふところなく・おはします・
  かゝる人は・又もおはしけりと見たてまつり
  給・かの御心はへは・あさからぬも・うたてもの
0130【かの御心はへ】-源氏の御事を玉かつらの心に思給ふ事也
  思くはゝりしを・これはなとかは・さしもお
  ほえさせ給はん・いとなつかしけに思しこ
  とのたかひにたる・うらみをの給するに・
  おもて・をかんかたなくそおほえ給や・かほをも
0131【おもて】-面也
  てかくして・御いらへもえきこえたまはねは・」33オ
  あやしうおほつかなきわさかな・よろこひ
0132【よろこひ】-内侍のかみの慶賀の事也
  なとも・思しり給はんと・思ふことあるを・きゝ
  いれ給はぬさまにのみあるは・かゝる御くせなり
  けりと・の給はせて
    なとてかくはひあひかたきむらさきを
0133【なとてかく】-御門
0134【はひあひかたき】-あくにて染物也
  心にふかく思ひそめけむこく(く&く)なりはつまし
  きにやとおほせらるゝ・さまいとわかくき
  よらにはつかしきを・たかひ給へるところ
0135【たかひ給へる】-源氏の御かほに似給ふ也
  やあると思なくさめてきこえ給・宮つかへ
  のらうもなくて・ことしかゝいし給へる心にや」33ウ
0136【かゝい】-加階 内侍従三位
    いかならん色ともしらぬむらさきを
0137【いかならん】-玉かつら返し
  心してこそ人はそめけれいまよりなむ思
  給へしるへきときこえ給へは・うちえみて・その
0138【うちえみて】-冷
  いまよりそめ給はんこそかいなかへいことな
  れ・うれふへき人あらは・ことはりきかまほし
  くなむと・いたううらみさせ給御けしき
  のまめやかにわつらはしけれは・いとうたても
  あるかなとおほえて・おかしきさまをもみえ
  たてまつらし・むつかしきよのくせなり
  けりと思に・まめたちてさふらひたまへは・」34オ
  えおほすさまなるみたれこともうちいて
  させたまはて・やう/\こそはめなれめとおほ
  しけり・大将はかくわたらせ給へるをきゝ
  給て・いとゝしつ心なけれはいそきまと
  はし給・身つからもにけなきこともいてき
  ぬへき身なりけりと・心うきにえのとめ給
  はす・まかてさせ給へきさま・つき/\
  しきことつけともつくりいてゝ・ちゝお
  とゝなとかしこくたはかり給てなん・御いとま
  ゆるされ給ける・さらは物こりして・またい」34ウ
  たしたてぬ人もそある・いとこそかゝ(ゝ#ら)けれ・
  人よりさきにすゝみにし心さしの・ひとに
  をくれてけしきとりしたかふよ・むかしの
  なにかしかためしも・ひきいてつへき心地
0139【なにかしかためし】-平定文忍テカタラヒシ女俄ニ人ニムカヘラレケレハ 昔せし我兼言のかなしきハいかに契りし名残なるらん 定文(後撰710、河海抄・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 女返し うつゝにてたれ契けんさためなき夢路にまとふ我ハ我かハ(後撰711、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  なむするとて・まことにいとくちおしとお
  ほしめしたり・きこしめしゝにもこ
  よなきちかまさりをはしめより・さる御
  心なからんにてたにも御らんしすくすまし
  きを・まいていとねたうあかすおほさるされと・
  ひたふるにあさきかたにおもひうとまれし」35オ
  とて・いみしう心ふかきさまに・の給契て
  なつけ給も・かたしけなう・我はわれと思も
  のをとおほす・御てくるまよせてこなた
  かなたの御かしつき人とも心もとなかり・
  大将もいと物むつかしうたちそひさは
  き給まて・えおはしましはなれす・かう
  いときひしき・ちかきまもりこそ・むつかし
0140【ちかきまもり】-近ー大ー
  けれと・にくませ給
    九重にかすみへたては梅のはなたゝ
0141【九重に】-御門
  かはかりも匂ひこしとやことなることな」35ウ
0142【匂ひこし】-来
  きことなれとも・御ありさま気はひをみたて
  まつる程は・おかしくもやありけん・のを
0143【のをなつかしみ】-御門の御返事を尚侍のかきをきたるといふにや但一本ニ此詞なし尚侍の心也
  なつかしみ・あかいつへきよを・おしむへかめる
0144【おしむへかめる】-大将の心をいふ
  人も・身をつみて・心くるしうなむ・いかてか
  きこゆへきとおほしなやむも・いとかた
0145【おほしなやむ】-御門の御心をいふ
0146【いとかたしけなし】-玉ー心
  しけなしと・見たてまつる
    かはかりは風にもつてよはなのえに
0147【かはかりは】-玉かつら
  たちならふへきにほひなくともさすかに
  かけはなれぬ気はひをあはれとおほし
  つゝ・かへり見かちにてわたらせ給ぬ・やかて」36オ
  こよひかのとのにとおほしまうけたるを・
  かねてはゆるされあるましきにより・もらし
  きこえ給はて・にはかにいとみたりかせの
0148【にはかに】-ヒケ御詞
0149【みたりかせ】-乱心地
  なやましきを・心やすき所にうちや
  すみ侍らむ程・よそ/\にてはいとおほつかなく
  侍らむをと・おいらかに申ない給て・やかてはた
  したてまつり給・ちゝおとゝ・にはかなるを
0150【ちゝおとゝ】-致仕
  きしきなきやうにやとおほせと・あなかち
0151【きしき】-嫁娶儀式
  にさはかりのことを・いひさまたけんも・
  人の心をくへしとおほせは・ともかくも・」36ウ
  もとよりしたいならぬ人の御ことなれはと
  そきこえ給ける・六条殿そ・いとゆくりなく
  ほいなしとおほせと・なとかはあらむ女も・しほ
0152【しほやくけふり】-すまの海人のしほやくけふり(古今708・古今六帖789・1783、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  やくけふりのなひきけるかたを・あさましと
  おほせと・ぬすみもていきたらましとおほ
  しなすらへて・いとうれしく・心ちおちゐ
  ぬ・かのいりゐさせ給へりしことを・いみし
0153【いりゐさせ給へりし】-御門の御事也
  うえしきこえさせ給も・心つきなく・な
  を/\しき心ちして・よには心とけぬ
  御もてなし・いよ/\気しきあし・かの宮に」37オ
0154【かの宮に】-式部卿宮
  もさこそたけうの給しか・いみしうおほし
  わふれと・たえてをとつれす・たゝ思ことか
  なひぬる御かしつきに・あけくれいとなみてす
  くし給・二月にもなりぬ大殿はさてもつれなき
  わさなりや・いとかうきは/\しうとしも
  思はて・たゆめられたるねたさを・人わろく
  すへて御心にかゝらぬおりなく・恋しう思
  いてられ給・すくせなといふもの・をろかならぬ
  ことなれと・わかあまりなる心にて・かく人やり
  ならぬものは思そかしと・おきふしおもかけ(け+に<朱>)そ」37ウ
  みえ給・大将のおかしやかに・わらゝかなる気も
  なき人に・そひゐたらむに・はかなきたはふれ
  ことも・つゝましうあいなくおほされて
  ねんし給を・あめいたうふりていとのと
  やかなるころ・かやうのつれ/\もまきらはし
  所にわたり給て・かたらひ給しさまなとの・
  いみしうこひしけれは・御ふみたてまつり
0155【御ふみ】-源
  給・右近かもとにしのひてつかはすも・かつは
  思はむことをおほすに・なにこともえつゝけ
  給はて・たゝおもはせたることゝもそありける」38オ
    かきたれてのとけき比の春雨に
0156【かきたれて】-源氏
  ふるさと人をいかにしのふやつれ/\にそへ
  ても(も#)うらめしう思いてらるゝことおほう侍を・
  いかてかわ(△&わ)きゝ(△&ゝ)こゆへからむなとあり・ひまに
0157【ひまに】-玉
  しのひてみせたてまつれは・うちなきてわか
  心にも程ふるまゝに思いてられ給御さまを・
  まほに恋しやいかて見たてまつらんなとは・え
  の給はぬおやにてけにいかてかは・たいめもあ
  らむとあはれなり・時/\むつかしかりし
  御けしきを・心つきなう思きこえしなとは・」38ウ
  この人にもしらせたまはぬことなれは・心ひ
0158【この人】-右近
  とつにおほしつゝくれと・右近はほのけしき
  見けり・いかなりけることならむとは・いまに
  心えかたく思ける・御返きこゆるもはつかし
  けれと・おほつかなくやはとてかき給
    なかめする軒のしつくに袖ぬれて
0159【なかめする】-玉かつら返し
  うたかた人をしのはさらめや程ふるころは
0160【うたかた人】-寧人
  けにことなるつれ/\もまさり侍けり・あな
  かしこと・ゐや/\しくかきなし給へり・
0161【ゐや/\しく】-恭
  ひきひろけて・たま水のこほるゝやうに」39オ
0162【たま水のこほるゝやうに】-\<朱合点> 流行末せきとむる玉水のこほれもあへすおつる涙ハ(出典未詳、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  おほさるゝを・人も見は・うたてあるへしと・
  つれなくもてなし給へと・むねにみつ心
  ちして・かのむかしのかむの君を・朱雀院の
0163【むかしのかむの君】-朧月夜事
  きさきの・せちにとりこめ給し・おりなとおほ
0164【きさき】-大ー
  しいつれと・さしあたりたることなれは
0165【さしあたり】-玉かつらの事
  にや・これはよつかすそあはれなりける・すい
  たる人は心からやすかるましきわさなり
  けり・いまはなにゝつけてか・心をも見たら
  まし・にけなき恋のつまなりやと・さまし
  わひ給て・御ことかきならして・なつかしう」39ウ
  ひきなし給し・つまをとおもひいてられ給・
  あつまのしらへをすかゝきて・たまもは・な
0166【たまもは】-\<朱合点> 上野風俗哥鴨サヘキヰル原ノ池ノ玉モハナカリソ
  かりそと
うたひ・すさひ給も・恋しき人に
  見せたらは・あはれすくすましき御さまなり・
  内にも・ほのかに御らんせし御かたちありさま
  を・心にかけ給て・あかもたれひきいにし
0167【あかもたれひき】-\<朱合点> 万<墨> たちて思ひいてもそ思ふくれなゐのあかもたれひきいにしすかたを<朱>(新勅撰940・万葉2555・古今六帖3333、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  すかたをとにくけなるふることなれと・御ことく
  さになりてなむ・なかめさせ給ける・御文はし
0168【御文】-冷
  のひ/\にありけり・身をうき物に・思しみ
  給て・かやのすさひことをも・あいなくおほし」40オ
  けれは・心とけたる御いらへもきこえ給はす・
  なをかのありかたかりし・御心をきてを・かた
  かたにつけておもひしみ給へる御ことそ・はすら
  れさりける・三月になりて・六条とのゝ御前
  のふち山ふきのおもしろきゆふはへを見
  給につけても・まつみるかひありてい給へ
  りし御さまのみ・おほしいてらるれは・春の
  御前をうちすてゝ・こなたにわたりて御らむ
  す・くれたけのませに・はさとなうさきかゝり
0169【ませ】-架
  たるにほひいとおもしろし・いろに衣を」40ウ
0170【いろに衣を】-\<朱合点> かたみなるいろに衣は<朱>(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 六 口なしの色に衣を染しよりいかて心に物をこそおもへ(出典未詳、河海抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  なとの給て
    思はすにいて(て+の<朱>)なかみちへたつとも
0171【思はすに】-源氏
  いはてそこふる山ふきのはなかほにみゝ(ゝ$へ<朱>)つゝ
0172【かほにみへつゝ】-\<朱合点> 人丸集 夕されハ野へに鳴てふ顔鳥のかほにも見えつゝわすられなくに(古今六帖4488、河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  なとの給も・きく人なしかくさすかに・もて
  はなれたることはこのたひそおほしける・
  けにあやしき御心のすさひなりや・
  かりのこのいとおほかるを御らんして・かんし・
0173【かりのこ】-鴨
  たち花なとやうに・まきらはして・わさと
  ならすたてまつれ給・御文はあまり人もそ・
0174【御文】-源
  めたつるなと・おほしてすくよかにおほつかなき」41オ
  月日も・かさなりぬるを・おもはすなる御もてなし
  なりと・うらみきこゆるも・御心ひとつにのみは・
  あるましうきゝ侍れは・ことなるついてならては・
  たいめむのかたからんを・くちおしう思給る
  なと・おやめに(に$き)かき給て
    おなしすにかへりしかひの見えぬかな
0175【おなしすに】-源氏
0176【かひ】-卵
  いかなる人かてににきるらんなとかさしもなと
0177【さしもなと】-さしも契りしことのたかひたるを心やましきといへるなり
  心やましうなんなとあるを・大将も見た
  まひて・うちわらひて女はまことのおやの御
0178【まことのおや】-詩云女子有行遠父母兄弟ト云心也
  あたりにも・たはやすく・うちわたりみえたて」41ウ
  まつり給はむこと・ついてなくてあるへきことに
  あらす・ましてなそこのおとゝのおり/\思ひ
  はなたす・うらみことはし給と・つふやくも・
  にくしときゝ給御返こゝには・えきこえしと・
0179【きゝ給】-玉
  かきにくゝおほいたれは・まろきこえんと・か
  はるも・かたはらいたしや
    すかくれてかすにもあらぬかりのこを
0180【すかくれて】-ヒケクロ
0181【かりのこ】-鴨
  いつかたにかはとりかへ(へ#く)すへきよろしからぬ
  御けしきにおとろきてすき/\しやと
0182【御けしき】-源
  きこえ給へり・この大将のかゝるはかなしこと」42オ
  いひたるも・またこそ・きかさりつれ・めつらしう
  とて・わらひ給心のうちには・かくらうし
  たるを・いとからしとおほす・かのもとのきた
  の方は・月日へたゝるまゝに・あさましともの
  を思しつみ・いよ/\ほけしれてものし給・
  大将とのゝおほかたのとふらひなに事をも
  くはしうおほしをきて・きむたちをは
  かはらす思ひかしつき給へは・えしもかけ
  はなれ給はす・まめやかなるかたのたのみ
  は・おなしことにてなむものし給ける・ひめ君」42ウ
0183【ひめ君】-槙
  をそたえかたく恋きこえ給へと・たえて見せ
  たてまつり給はす・はかき御心のうちに・こ
  のちゝ君を・たれも/\ゆるしなううらみ
  きこえて・いよ/\へたて給ことのみまされは・
  心ほそくかなしきに・おとこ君たちは・つねに
  まいりなれつゝ・かむのきみの御ありさまな
  とをも・をのつからことにふれて・うちかた
  りて・まろらをも・らうたくなつかしうなんし
  給・あけくれおかしきことをこのみてものし
  給なといふに・うらやましうかやうにても・」43オ
  やすらかにふるまう身ならさりけんをな
  けき給・あやしうおとこ女につけつゝ・人に
  物を思はするかむのきみにて(て$そ<朱>)おはしける・
  そのとしの十一月に・いとおかしきちこをさ
  へ・いたきいてたまへれは・大将も思やうに
  めてたしと・もてかしつき給ことかきり
  なし・そのほとのありさまいはすとも・思ひ
  やりつへきことそかし・ちゝおとゝも・をのつ
  から思やうなる御すくせとおほしたり・はさと
  かしつき給きむたちにも・御かたちなとは」43ウ
  おとり給はす・とうの中将も・このかむの君を・
  いとなつかしきはらから(ら+に)て・むつひきこえ給
  ものから・さすかなる御気しきうちませつゝ(ゝ$つ)
  宮つかひにかひありて物し給はまし物をと・
  このはか君のうつくしきにつけても・いまゝ
  てみこたち(ち+の<朱>)おはせぬなけきを・見たて
  まつるに・いかにめいほくあらましと・あまり
  のことをそ思ての給・おほやけことはあるへ
0184【あるへきさまに】-ないしのかみの我につきたる事ハかハらすしり給へと内へまいり給ふ事ハあるへからすと也
  きさまに・しりなとしつゝまいり給ことそ・や
  かてかくて・やみぬへかめる・さてもありぬへき」44オ
  ことなりかし・まことやかのうちのおほいとのゝ
  御むすめの・ないしのかみ・のそみしきみも
0185【きみ】-近江
  さるをゝくせなれは・いろめかしう・さまよふ
  心さへそひて・もてわつらひ給・女御もついに
0186【女御】-弘ー殿
  あわ/\しきこと・この君そひきいてんと・
  ともすれは・御むねつふし給へと・おとゝの
  いまはなましらいそと・せいしの給をたに
  きゝいれす・ましらひいてゝものし給・いかなる
  おりにか有けむ・殿上人あまたおほえこと
  なるかきり・この女御の御かたにまいりて・」44ウ
  物のねなとしらへなつかしき程の・ひやうし・
  うちくはへてあそふ秋のゆふへのたゝならぬ
  に・宰相の中将も・よりおはして・れいならす
0187【宰相の中将】-夕ー
  みたれてものなとの給を・人/\めつらし
  かりて・なを人よりことにもとめつるに・この
  あふみの君・人/\のなかを・(を+を)しわけていて
  ゐ給・あなうたてや・こはなそと・ひきいるれと・
  いとさかなけに・にらみて・はりゐたれは・わつ
  らはしくて・あふなきことや・の給いてんと・つき
0188【あふなき】-無奥
0189【つきかはす】-指
  かはすに・このよにめなれぬまめ人をしも・」45オ
  これそなゝとめてゝ・さゝめきさはく・こゑいと
  しるし・人/\いとくるしと思に・こゑいとさ
  はやかにて
    奥津ふねよるへなみ路にたゝよはゝ
0190【奥津ふね】-近江君
0191【ふね】-定本波とあり<朱>
  さほさしよらむとまりをしへよ(よ+た)なゝし
0192【たなゝしをふね】-\<朱合点> 棚 古今<墨> 堀江こく<朱>
  をふねこきかへりおなし人をや・あな
  はるやい(い#)といふをいとあやしうこの御方に
  は・かうようゐなきこときこえぬものをと
  思まはすに・このきく人なりけりと・おかしうて
    よるへなみ風のさはかす舟人も思はぬ」45ウ
0193【よるへなみ】-夕霧
  かたにいそつたいせすとてはしたなかめ
  りとや

  イ本
  源氏卅七歳自十月明とし卅八の秋まて竪並也」46オ

(白紙)」46ウ

【奥入01】風俗 <上野哥>
    乎志多加戸加毛左戸支井留波良
    乃伊介乃也多末毛波万祢奈加利曽
    於比毛須加祢也万祢奈加利曽也(戻)」47オ

二校了<朱>」(表表紙蓋紙)

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