真木柱(大島本親本復元) First updated 1/24/2007(ver.1-1)
Last updated 1/24/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

真木柱

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「真木柱」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「まきはしら」(題箋)

  内にきこしめさむこともかしこしし
  はし人にあまねくもらさしといさめき
  こえ給へとさしもえつゝみあへたまはす
  ほとふれといさゝかうちとけたる御けしき
  もなく思はすにうきすくせなりけりと思ひ
  いり給へるさまのたゆみなきをいみしう
  つらしと思へとおほろけならぬ契のほとあ
  はれにうれしく思ひみるまゝにめてたく
  おもふさまなる御かたちありさまをよその
  ものに見はてゝやみなましよと思たに」1オ

  むねつふれていし山のほとけをも弁の
  おもとをもならへていたゝかまほしうおもへと
  女君のふかくものしとうとみにけれはえ
  ましらはてこもりゐにけりけにそこら
  心くるしけなることゝもをとり/\に見しかと
  心あさき人のためにそてらのけんもあら
  はれけるおとゝも心ゆかすくちおしとおほせと
  いふかひなき事にてたれも/\かくゆるし
  そめ給へることなれはひきかつしゆるさぬ
  けしきを見せむも人のためいとおしう」1ウ

  あいなしとおほしてきしきいとになく
  もてかしつき給いつしかとわか殿にわたい
  たてまつらんことを思いそき給へとかる/\しく
  ふとうちとけわたり給はんにかしこにまち
  とりてよくもおもふましき人のものし給
  なるかいとおしさにことつけ給てなを心の
  とかになたらかなるさまにてをとなくいつかた
  にも人のそしりうらみなかるへくをもて
  なし給へとそきこえ給ちゝおとゝは中/\
  めやすかめりことにこまかなるうしろみなき」2オ

  人のなまほのすいたる宮つかへにいて
  立てくるしけにやあらむとそうしろめた
  かりし心さしはありなから女御かくてもの
  し給をゝきていかゝもてなさましなと
  しのひての給けりけにみかとゝきこゆとも
  人におほしおとしはかなき程に見えたて
  まつり給てもの/\しくもゝてなし給はす
  はあはつけきやうにもあへかりけり三るの
  夜の御せうそこともきこえかはし給ける
  けしきをつたへきゝ給てなむこのおとゝの」2ウ

  きみの御心をあはれにかたしけなくあり
  かたしとはおもひきこえ給けるかうしのひ
  給御なからひのことなれとをのつから人のおかし
  きことにかたりつたへつゝつき/\にきゝ
  もらしつゝありかたきよかたりにそさゝめき
  ける内にもきこしめしてけりくちおしう
  すくせことなりける人なれとさおほししほ
  いもあるを宮つかへなとかけ/\しきすちな
  らはこそは思たへ給はめなとの給はせけり
  しも月になりぬ神わさなとしけくないし」3オ

  所にもことおほかるころにて女くわんとも内侍
  ともまいりつゝいまめかしう人さはかしきに
  大将殿ひるもいとかくろへたるさまにもてな
  してこもりおはするをいと心つきなくかむの
  君はおほしたり宮なとはまいていみしう
  くちおしとおほす兵衛の督はいもうとの北の
  方の御ことをさへ人わらへにおもひなけきて
  とりかさね物おもほしけれとおこかましう
  うらみよりてもいまはかひなしと思かへす大
  将はなにたてるまめ人のとし比いさゝかみ」3ウ

  たれたるふるまひなくてすくし給へる
  なこりなく心ゆきてあらさりしさまに
  このましうよひあか月のうちしのひ給
  へるいていりもえんにしなし給へるを
  おかしと人/\見たてまつる女はわらゝ
  かににきはゝしくもてなし給本上
  もゝてかくしていといたう思むすほゝ
  れ心もてあかぬさまはしるきことなれと
  おとゝのおほすらむこと宮の御心さまの心
  ふかうなさけ/\しうおはせしなとを」4オ

  思いて給にはつかしうくちおしうのみ
  おもほすにもの心つきなき御けしきたえす
  殿もいとおしう人/\も思うたかひける
  すちを心きよくあらはし給て我心なから
  うちつけにねちけたることはこのますかしと
  むかしよりのこともおほしいてゝむらさき
  のうへにもおほしうたかひたりしよなとき
  こえ給いまさらに人の心くせもこそとお
  ほしなから物のくるしうおほされし時さて
  もやとおほしより給しことなれはなを」4ウ

  おほしもたえす大将のおはせぬひるつかた
  わたり給へり女君あやしうなやましけに
  のみもてなひ給てすくよかなるおりもなく
  しほれ給へるをかくてわたり給へれはすこし
  をきあかり給て御木丁にはたかくれてお
  はす殿もよういことにすこしけゝしき
  さまにもてない給ておほかたのこともなとき
  こえ給すくよかなる世のつねの人にならひて
  はましていふかたなき御けはひありさまを
  見しり給にも思ひのほかなる身のをき」5オ

  所なくはつかしきにも涙そこほれけるやう/\
  こまやかなる御物かたりになりてちかき御けう
  そくによりかゝりてすこしのそきつゝき
  こえ給はとおかしけにおもやせ給つるさまの
  見まほしうらうたい事のそひたまへるに
  つけてもよそに見はなつもあまりなる心の
  すさひそかしとくちおし
    おりたちてくみはみねともわたり川
  人のせとはたちきらさりしをおもひのほ
  かなれやとてはなうちかみ給ふけはひ」5ウ

  なつかしうあはれなりをんなはかほをかくして
    みつせ川わたらぬさきにいかてなを
  涙のみをのあはときえなん心おさなの御き
  えところやさてもかのせはよきみちなかなるを
  御てのさきはかりはひきたすけきこえてん
  やとほゝゑみ給てまめやかにはおほししる
  こともあらむかしよになきしれ/\しさも
  又うしろやすさもこの世にたくひなき
  ほとをさりともとなんたのもしきときこえ
  給をいとわりなうきゝくるしとおほいたれ」6オ

  はいとおしうての給まきらはしつゝ内にの
  給はすることなむいとおしきを猶あからさま
  にまひらせたてまつらんをのか物とりやうし
  はてゝはさやうの御ましらひもかたけな
  めるよなめり思そめきこえし心はたかふ
  さまなめれと二条のおとゝは心ゆき給なれは
  心やすくなむなとこまかにきこえ給あは
  れにもはつかしくもきゝ給ことおほかれと
  たゝ涙にまつはれておはすいとかうおほし
  たるさまのこゝろくるしけれはおほすさま」6ウ

  にもみたれ給はすたゝあるへきやう御心
  つかひをゝしへきこえ給かしこにわたり給
  はん事をとみにもゆるしきこえ給ましき
  御けしきなり内へまいり給はむことをやす
  からぬことに大将おほせとそのついてにやまかて
  させたてまつらんの御心つき給てたゝあから
  さまの程をゆるしきこえ給かくしのひかく
  ろへ給御ふるまひもならひ給はぬ心ちに
  くるしけれは我とのゝうちすりししつらひ
  て年比はあらしうつもれうちすて給へり」7オ

  つる御しつらひよろつのきしきをあらため
  いそき給きたの方のおほしなけくらむ御心も
  しり給はすかなしうし給し君たちをも
  めにもとめ給はすなよひかになさけ/\
  しき心うちましりたる人こそとさまかう
  さまにつけても人のためはちかましからん
  ことをはおしはかり思ふところもありけれひた
  おもむきにすくみ給へる御心にて人の御心
  うこきぬへきことおほかり女君人におとり
  給へきことなし人の御本上もさるやんこ」7ウ

  となきちゝみこのいみしうかしつきたて
  まつり給へるおほえよにかろからす御かたちなと
  もいとようおはしけるをあやしうしふ
  ねき御物のけにわつらひ給てこのとし
  ころ人にもに給はすうつし心なきおり/\
  おほく物し給て御中もあくかれてほとへに
  けれとやむことなき物とはまたならふ人なく
  思きこえ給へるをめつらしう御心移る
  方のなのめにたにあらす人にすくれ給へる
  御ありさまよりもかのうたかひをきてみな」8オ

  人のおしはかりしことさへ心きよくてす
  くい給けるなとを有かたうあはれと思
  ましきこえ給もことはりになむ式部卿の宮
  きこしめしていまはしかいまめかしき人をわた
  してもてかしつかんかたすみに人わろ
  くてそひ物し給はむも人きゝやさし
  かるつしをのかあらむこなたはいと人わらへ
  なるさまにしたかひなひかてもものし給なん
  とのたまひてみやのひんかしのたいをは
  らひしつらひてわたしたてまつらんとおほし」8ウ

  の給をおやの御あたりといひなからいまはかきり
  の身にてたちかへりみえたてまつらむことゝ
  思みたれ給にいとゝ御心地もあやまりてうち
  はへふしわつらひ給本上はいとしつかに心よく
  こめき給へる人の時/\心あやまりして
  人にうとまれぬへきことなんうちましり給ひ
  けるすまひなとのあやしうしとけなく
  物のきよらもなくやつしていとむもれいた
  くもてなし給へるをたまをみかけるめうつしに
  心もとまらねととしころの心さしひき」9オ

  かふる物ならねは心にはいとあはれと思ひきこえ
  給きのふけふのいとあさはかなる人の御なからひ
  たによろしきゝはになれはみなおもひのと
  むるかたありてこそ見はつなれいと身も
  くるしけにもてなし給へれはきこゆへき
  こともうちいてきこえにくゝなむとしころ
  契きこゆることにはあらすやよの人にもにぬ
  御ありさまを見たてまつりはてんとこそは
  こゝら思ひしつめつゝすくしくるにえ
  さしもありはつましき御心をきてに」9ウ

  おほしうとむなをさなき人/\も侍れはと
  さまかうさまにつけてをろかにはあらしと
  きこえわたるを女の御心のみたりかはしきま
  まにかくうらみわたり給ひとわたり見はて給
  はぬほとさもありぬへきことなれとまかせて
  こそいましはし御らんしはてめ宮のき
  こしめしうとみてさはやかにふとわたし
  たてまつりてむとおほしの給なんかへりて
  いとかる/\しきまことにおほしをきつること
  にやあらむしはしかうしゝ給へきにやあ」10オ

  らむとうちわらひての給へるいとねたけに
  心やまし御めしうとたちてつかうまつりなれ
  たるもくの君中将のおもとなといふ人/\
  たに程につけつゝやすからすつらしと
  思ひきこえたるをきたの方はうつし心もの
  し給ほとにていとなつかしうゝちなきて
  ゐ給へり身つからはほけたりひか/\しと
  の給はちしむるはことはりなることになむ
  宮の御ことをさへとりませの給うもりきゝ給
  はんはいとおしううき身のゆかりかる/\」10ウ

  しきやうなるみゝなれにて侍れはいまはし
  めていかにもものを思ひ侍らすとてうち
  そむき給へるらうたけなりいとさゝやかなる
  人のつねの御なやみにやせおとろへひわつ
  にてかみいとけうらにてなかゝりけるかわけ
  たるようにおちほそりてけつることもおさ/\
  し給はすなみたにまつはれたるはいとあはれ
  なりこまかににほへるところはなくてちゝ宮に
  にたてまつりてなまめいたるかた△し給へる
   をもてやつし給へれは・いつこのはなやか」11オ

  なるけはひかはあらむ宮の御ことをかろくはいかゝ
  きこゆるおそろしう人きゝかたはになの給
  なしそとこしらへてかのかよひ侍所のいと
  まはゆきたまのうてなにうひ/\しう
  きすくなるさまにていているほともかた/\に
  人めたつらんとかたはらいたけれは心やすく
  うつろはしてんと思侍るなりおほきおとゝの
  さる世にたくひなき御おほえをはさらにも
  きこえす心はつかしういたりふかうおはす
  める御あたりににくけなることもりきこえは」11ウ

  いとなんいとおしうかたしけなかるへきなた
  らかにて御中よくてかたらひてものし給へ
  宮にわたり給へりともわするゝ事は侍ら
  しとてもかうてもいまさらに心さしのへ
  たゝることはあるましけれとよのきこえ人
  わらへにまろかためにもかろ/\しうなむ
  侍るへきをとしころのちきりたかへすか
  たみにうしろみむとおほせとこしらへき
  こえ給へは人の御つらさはともかくもしり
  きこえすよの人にもにぬ身のうきをなむ」12オ

  宮にもおほしなけきていまさらに人わらへ
  なることゝ御心をみたり給なれはいとおしう
  いかてか見えたてまつらんとなむ大殿の北の
  方ときこゆるもこと人にやは物し給かれは
  しらぬさまにておいゝて給へる人のすゑの世
  にかく人のおやたちもてない給つらさを
  なんおもほしの給なれとこゝにはともかくも
  おもはすやもてない給はんさまをみるはかり
  との給へはいとようの給をれいの御心たかひ
  にやくるしきこともいてこむ大殿の北方」12ウ

  のしり給事にも侍らすいつきむすめの
  やうにて物し給へはかくおもひおとされたる
  人のうへさてはしり給なんや人の御おやけ
  なくこそものし給へかめれかゝることのきこえ
  あらはいとゝくるしかへきことなと日ゝとひいり
  ゐてかたらひ申給くれぬれは心もそらにうき
  たちていかていてなんとおもほすに雪かき
  たれてふるかゝるそらにふりいてむも人め
  いとおしうこの御けしきもにくけにふ
  すへうらみなとし給はゝ中/\ことつけて」13オ

  我もむかひ火つくりてあるへきをいとをひら
  かにつれなうもてなし給へるさまのいと
  心くるしけれはいかにせむとおもひみたれ
  つゝかうしなともさなからはしちかううち
  なかめてゐ給へり北の方けしきを見て
  あやにくなめる雪をいかてわけ給はんとす
  らむよもふけぬめりやとそゝのかし給いまは
  かきりとゝむともと思ひめくらし給へる気
  色いとあはれなりかゝるにはいかてかとの給も
  のからなをこのころはかり心の程をしらてと」13ウ

  かく人のいひなしおとゝたちもひたり右に
  きゝおほさんことをはゝかりてなんとたえあ
  らむはいとおしき思ひしつめて猶見はて
  たまへこゝになとわたしては心やすく侍
  なむかくよのつねなる御気色見え給時は
  ほかさまにわくる心もうせてなんあはれに
  思ひきこゆるなとかたらひ給へは立とまり給
  ても御心のほかならんは中/\くるしうこそ
  あるへけれよそにても思たにをこせ給はゝ
  袖のこほりもとけなんかしなとなこやかに」14オ

  いひゐ給へり御ひとりめしていよ/\たき
  しめさせたてまつり給身つからはなえたる御
  そともうちとけたる御すかたいとゝほそうか
  よはけなりしめりておはするいと心くるし
  御めのいたうなきはれたるそすこし物し
  けれといとあはれと見る時はつみなうおほ
  していかてすくしつるとし月そとなこり
  なううつろふ心のいとかろきそやとは思ふ/\
  なを心けさうはすゝみてそらなけきをうち
  しつゝなをさうそくし給てちいさきひとり」14ウ

  とりよせて袖にひきいれてしゐ給へり
  なつかしき程になえたる御さうそくにかた
  ちもかのならひなき御光にこそおさなれといと
  あさやかにおをしきさましてたゝ人と見え
  す心はつかしけなりさふらひに人/\こゑ
  して雪すこしひまあり夜はふけぬらん
  かしなとさすかにまほにはあらてそゝのかし
  きこえてこはつくりあへり中将もくなとあ
  はれのよやなとうちなけきつゝかたらひて
  ふしたるにさうしみはいみしう思ひしつ」15オ

  めてらうたけによりふし給へりとみる程に
  にはかにおきあかりておほきなるこのした
  なりつるひとりをとりよせてとのゝうし
  ろによりてさといかけ給ほと人のやゝみあふ
  る程もなうあさましきにあきれて物し
  給さるこまかなるはゐのめはなにもいりて
  おほゝれて物もおほえすはらひすて給へと
  たちみちたれは御そともぬき給つうつし
  心にてかくし給そと思はゝ又かへり見すへく
  もあらすあさましけれとれいの御ものゝけ」15ウ

  の人にうとませむとするわさと御前なる人々
  もいとおしう見たてまつるたちさはきて
  御そともたてまつりかへなとすれとそこら
  のはいのひんのわたりにもたちのほりよろ
  つの所にみちたる心ちすれはきよらを
  つくし給わたりにさなからまうてたまふへき
  にもあらす心たかひとはいひなからなを
  めつらしう見しらぬ人の御有さまなり
  やとつまはしきせられうとましうなりて
  あはれと思つる心ものこらねとこのころ」16オ

  あらたてゝはいみしきこといてきなむとお
  ほししつめてよなかになりぬれとそうなと
  めしてかちまいりさはくよはゐのゝしり給
  こゑなと思ひうとみ給はんにことはりなり
  よ一夜うたれひかれなきまとひあかし給て
  すこしうちやすみ給へる程にかしこへ御文
  たてまつれ給よへにはかにきえいる人のはへ
  しによりゆきの気色もふりいてかたく
  やすらひはへしに身さへひえてなむ
  御心をはさる物にて人いかにとりなし侍」16ウ

  けんときすくにかき給へり
    心さへそらにみたれし雪もよに
  ひとりさえつるかたしきの袖たえかたく
  こそとしろきうすやうにつゝやかにかいへれ
  とことにおかしきところもなしてはいときよ
  けなりさえかしこくなとそものし給ける
  かむの君よかれをなにともおほされぬに
  かく心ときめきし給へるをみもいれ給はねは
  御かへりなしおとこむねつふれて思くら
  し給北方は猶いとくるしけにし給へは」17オ

  みす法なとはしめさせ給心のうちにもこの
  比はかりたにことなくうつし心にあらせ給へ
  とねんし給まことの心はへのあはれなるを
  見すしらすはかうまておもひすくすへくも
  なきけうとさかなとおもひゐ給へりく
  るれはれいのいそきいて給御さうそくの
  事なともめやすくしなしたまはすよに
  あやしううちあはぬさまにのみむつ
  かり給をあさやかなる御なをしなともえ
  とりあへ給はていと見くるしよへのはやけ」17ウ

  とをりてうとましけにこかれたるにほひな
  ともことやうなり御そともにうつりかもしみ
  たりふすへられける程あらはに人もうし
  給ぬへけれはぬきかへて御ゆとのなといたう
  つくろひ給もくの君御たきものしつゝ
    ひとりゐてこかるゝむねのくるしきに
  思ひあまれるほのをとそ見しなこりな
  き御もてなしは見たてまつる人たにた
  たにやはとくちおほひてゐたるまみいと
  いたしされといかなる心にてかやうの人に物を」18オ

  いひけんなとのみそおほえ給けるなさけなき
  ことよ
    うきことを思ひさはけはさま/\に
  くゆるけふりそいとゝたちそふいとことのほ
  かなることゝものもしきこえあらはちうけんに
  なりぬへき身なめりとうちなけきていて
  給ぬ一夜はかりのへたてたにまためつら
  しうおかしさまさりておほえ給ありさまに
  いとゝ心をわへくもあらすおほえて心う
  けれはひさしうこもりゐ給へりすほう」18ウ

  なとしさはけと御ものゝけこちたくお
  こりてのゝしるをきゝ給へはあるましきゝ
  すもつきはちかましき事かならすあり
  なんとおそろしうてよりつき給はす
  殿にわたり給時もことかたにはなれゐ給て
  きみたちはかりをそよひはなちて見たて
  まつり給女ひとゝころ十二三はかりにてまた
  つき/\おとこふたりなんおはしけるちかき
  としころとなりては御中もへたゝりかち
  にてならはし給へれとやむことなうたち」19オ

  ならふかたなくてならひ給へれはいまはかきり
  と見給に候ふ人/\もいみしうかな
  しとおもふちゝ宮きゝ給ていまはしかかけ
  はなれてもていて給らむにさて心つよく
  ものし給いとをもなう人わらへなる事
  なりをのかあらむよのかきりはひたふるに
  しもなとかしたかひくつをれたまはむとき
  こえ給てにはかに御むかへあり北方御心地
  すこしれいになりてよの中をあさましう
  思なけき給にかくときこえ給へれはしいて」19ウ

  たちとまりて人のたえはてんさまを見
  はてゝ思とちめむもいますこし人わらへに
  こそあらめなとおほしたつ御せうとの君
  たち兵衛督はかん達部におはすれはこと/\
  しとて中将侍従民部大輔なと御車三は
  かりしておはしたりさこそはあへるめれと
  かねて思つることなれとさしあたりてけふ
  をかきりとおもへは候ふ人/\もほろ/\と
  なきあへりとしころならひ給はぬ旅
  すみにせはくはしたなくてはいかてか」20オ

  あまたは候はんかたへはをの/\さとにまかてゝ
  しつまらせ給なむになとさためて人/\を
  のかしゝはかなき物ともなとさとにはらひ
  やりつゝみたれちるへし御てうとゝもはさる
  へきはみなしたゝめをきなとするまゝにかみ
  しもなきさはきたるはいとゆゝしく見ゆ君
  たちはなに心もなくてありき給をはゝき
  みみなよひすゑ給て身つからはかく心うき
  すくせいまは見はてつれはこの世にあとゝ
  むへきにもあらすともかくもさすらへなん」20ウ

  おいさきとをうてさすかにちりほひ給はんあ
  りさまとものかなしうもあへいかなひめ
  君はとなるともかうなるともをのれにそひ
  給へ中/\おとこ君たちはえさらすまうて
  かよひ見えたてまつらんに人の心とゝめ給へ
  くもあらすはしたなうてこそたゝよはめ
  宮のおはせんほとかたのやうにましらひを
  すともかのおとゝたちの御心にかゝれる世
  にてかく心をくへきわたりそとさすかに
  しられて人にもなりたゝむことかたし」21オ

  さりとて山はやしにひきつゝきましらむ
  事のちの世まていみしきことゝなき給に
  みなふかき心は思はかねとうちひそみてなき
  おはさうすむかし物語なとをみるにもよの
  つねの心さしふかきおやたに時にうつろ
  ひ人にしたかへはおろかにのみこそなりけれ
  ましてかたのやうにてみるまへにたに名残
  なきこゝろはかかり所ありてもゝてない給
  はしと御めのとゝもさしつとひての給な
  けく日もくれゆきふりぬへき空の気色も」21ウ

  心ほそう見ゆる夕へなりいたうあれ侍なん
  はやうと御むかへのきんたちそゝのかし
  きこえて御めをしのこひつゝなかめおはすひ
  め君は殿いとかなしうしたてまつり給ならひ
  に見たてまつらてはいかてかあらむいまなとも
  きこえてまたあひみぬやうもこそあれと
  おもほすにうつふし/\てえわたるましと
  おもほしたるをかくおほしたるなんいと
  心うきなとこしらへきこえ給たゝいまも
  わたり給はなんとまちきこえ給へとかくゝれな」22オ

  むにまさにうこき給なんやつねにより
  ゐ給ひんかしおもてのはしらを人にゆつる
  心ちし給もあはれにてひめ君ひはわた色の
  かみのかさねたゝいさゝかにかきてはしらの
  ひはれたるはさまにかうかいのさきしておし
  いれ給
    いまはとてやとかれぬともなれきつる
  まきのはしらはわれをわするなえもかき
  やらてなき給はゝ君いてやとて
    なれきとはおもひいつともなにゝより」22ウ

  たちとまるへきまきの柱そ御前なる人々
  もさま/\にかなしくさしも思はぬ木草
  のもとさへ恋しからんことゝめとゝめては
  なすゝりあへりもくの君は殿の御方の
  人にてとゝまるに中将のおもと
    あさけれといし間の水はすみはてゝ
  やともる君やかけはなるへき思かけさり
  しことなりかくてわかれたてまつらんこと
  よといへはもく
    ともかくもいはまの水のむすほゝれ」23オ

  かけとむへくもおもほえぬよをいてやとて
  うちなく御くるまひきいてゝかへり見るも
  またはいかてかは見むとはかなき心地す木
  すゑをもめとゝめてかくるゝまてそかへり
  見給けるきみかすむゆへにはあらてこゝら
  としへ給へる御すみかのいかてかしのひところ
  なくはあらむ宮にはまちとりいみしうお
  ほしたりはゝきたのかたなきさはき
  給ておほきおとゝをめてたきよすかと思き
  こえ給つれといかはかりのむかしのあたかたき」23ウ

  にかおはしけむとこそおもほゆれ女御をも
  ことにふれはしたなくもてなし給し
  かとそれは御中のうらみとけさりし程思
  しれとにこそはありけめとおほしの給よの
  人もいひなししたになをさやはあるへき
  人ひとりを思かしつき給はんゆへはほとりまて
  もにほふためしこそあれと心えさりしをま
  してかくすゑにすゝろなるまゝこかしつき
  をしてをのれふるし給へるいとほしみに
  しほうなる人のゆき所あるましきをとてとり」24オ

  よせもてかしつき給はいかゝつらからぬといひつゝ
  けのゝしり給へは宮はあなきゝにくやよになむ
  つけられ給はぬおとゝをくちにまかせてなおと
  しめ給そかしこき人は思ひをきかゝるむくひ
  もかなとおもふことこそはものせられけめさおもはる
  る我身のふかうなるにこそはあらめつれなう
  てみなかのしつみ給しよのむくひはう
  かへしつめいとかしこくこそは思わたい給め
  れをのれひとりをはさるへきゆかりと思て
  こそはひとゝせもさる世のひゝきに家よりあまる」24ウ

  ことゝもゝありしかそれをこの生のめいほく
  にてやみぬへきなめりとの給にいよ/\はら
  たちてまか/\しきことなとをいひちらし
  給このおほきたのかたそさかな物なりける
  大将の君かくわたり給にけるをきゝていと
  あやしうわか/\しきなからひのやうに
  ふすへかほにて物し給けるかなさうしみは
  しかひきゝりにきは/\しき心もなき物を
  宮のかくかる/\しうおはすると思てきむ
  たちもあり人めもいとおしきに思みたれ」25オ

  てかむのきみにかくあやしきことなん侍る中
  /\こゝろやすくは思給なせとさてかたすみに
  かくろへてもありぬへき人の心やすさをおた
  しう思給へつるににはかにかの宮もの
  し給ならむ人のきゝ見ることもなさけなき
  をうちほのめきてまいりきなむとていて
  給よきうへの御そやなきのしたかさねあをにひ
  のきのさしぬきゝ給てひきつくろひ
  給へるいともの/\しなとかはにけなからむと
  人/\は見たてまつるをかむの君はかゝる」25ウ

  ことゝもをきゝ給につけても身の心つきな
  うおほししらるれは見もやり給はす
  宮にうらみきこえむとてまうて給まゝに
  まつとのにおはしたれはもくの君なといて
  きてありしさまかたりきこゆひめきみ
  の御ありさまきゝ給てをゝしくねんし給
  へとほろ/\とこほるゝ御気色いとあはれ
  なりさてもよの人にもにすあやしき事
  ともを見すくすこゝらのとしころの心
  さしを見しり給はすありけるかないと」26オ

  思のまゝならむ人はいまゝてもたちとまる
  へくやはあるよしかのさうしみはとてもかく
  てもいたつら人と見え給へはおなしことなり
  をさなき人/\もいかやうにもてなし給は
  むとすらむとうちなけきつゝかのまきはし
  らを見給にてもをさなけれと心はへのあはれに
  恋しきまゝにみちすから涙をしのこひつゝ
  まうて給つれはたいめむし給へくもあらす
  なにかたゝ時にうつる心のいまはしめてか
  はり給にもあらすとしころ思うかれ給さま」26ウ

  きゝわたりてもひさしくなりぬるをいつ
  くをまた思ひなをるへきおりとかまたむ
  いとゝひか/\しきさまにのみこそ見えはて
  給はめといさめ申給ことはりなりいとわか/\
  しき心ちもし侍かなおもほしすつまし
  き人/\も侍れはとのとかに思侍ける心の
  をこたりをかへす/\きこえてもやるかた
  なしいまはたゝなたらかに御らんしゆるし
  てつみさりところなうよ人にもことはらせ
  てこうそかやうにももてない給はめなとき」27オ

  こえわつらひておはすひめ君をたに見たて
  まつらむときこえ給つれといたしたてまつる
  へくもあらすおとこきみたち十なるは殿上し
  給いとうつくし人にほめられてかたちなと
  ようはあらねといとらう/\しう物の心
  やう/\しり給へりつきの君は八はかりにていと
  らうたけにひめ君にもおほえたれはかき
  なてつゝあこをこそは恋しき御かたみにも
  みるへかめれなとうちなきてかたらひ給宮
  にも御気色給はらせ給へとかせをこりて」27ウ

  ためらひ侍程にてとあれははしたなくて
  いて給ぬこきんたちをは車にのせてかた
  らひおはす六条殿にはえゐておはせねは
  とのにとゝめてなをこゝにあれきてみにも
  心やすかるへくとの給うちなかめていと心ほ
  そけに見をくりたるさまともいとあはれ
  なるにもの思くはゝりぬる心地すれと女
  きみの御さまのみるかひありてめてたきに
  ひか/\しき御さまを思くらふるにもこよ
  なくてよろつをなくさめ給うちたえて」28オ

  をとつれもせすはしたなかりしにことつ
  けかほなるを宮にはいみしうめさまし
  かりなけき給はるのうへもきゝ給てこゝに
  さへうらみらるゝゆへになるかくるしきこ
  とゝなけき給をおとゝの君いとおしと
  おほしてかたき事なりをのか心ひとつにも
  あらぬ人のゆかりに内にも心をきたるさまに
  おほしたなり兵部卿の宮なともえし
  給ときゝしをさいへと思やりふかうおは
  する人にてきゝあきらめうらみとけ給に」28ウ

  たなりをのつから人のなからひはしのふること
  と思へとかくれなき物なれはしかおもふへき
  つみもなしとなん思侍との給かゝることゝも
  のさはきにかむの君の御けしきいよ/\
  はれまなきを大将はいとおしと思あつかひ
  きこえてこのまいり給はむ△とありし
  こともたえきれてさまたけきこえつるを
  うちにもなめく心あるままにきこしめし
  人/\もおほすところあらむおほやけ人を
  たのみたる人はなくやはあると思かへして」29オ

  としかへりてまいらせたてまつり給おとこ
  たうかありけれはやかてその程にきしきいと
  いかめかしくになくてまいり給かた/\のお
  とゝたちこの大将の御いきをひさへさし
  あひ宰相中将ねんころに心しらひきこえ
  給せうとのきみたちもかゝるおりにとつと
  ひついせうしよりてかしつき給さまいと
  めてたし承香殿のひんかしおもてに御
  局したりにしに宮の女御はおはしけれは
  めたうはかりのへたてなるに御心の中は」29ウ

  はるかにへたゝりけんかし御方/\いつれ
  となくいとみかはし給てうちわたり心にくゝ
  おかしきころをひなりことにみたりかはしき
  かういたちあまたもさふらひ給はす中
  宮こき殿の女御この宮の女御左大殿の
  の女御なとさふらひ給さては中納言さい将の
  御むすめふたりはかりそ候給けるたうかは
  かた/\にさと人まいりさまことにけにき
  わゝしきみ物なれはたれも/\きよらをつ
  くし袖くちのかさなりこちたくめて」30オ

  たくとゝのへ給春宮の女御もいとはなやかに
  もてなし給てみやはまたわかくおはしませと
  すへていといまめかし御前中宮の御方すさく
  院とにまいりてよいたうふけにけれは六条
  の院にはこのたひは所をしとはふき給朱
  雀院よりかへりまいりて春宮の御方/\
  めくるほとによあけぬほの/\とおかしき
  あさほらけにいたくえひみたれたるさ
  ましてたけかはうたひけに程を見れはう
  ちの大殿のきんたちは四五人はかり殿上人」30ウ

  のなかにこゑすくれかたちきよけにてうち
  つゝき給へるいとめてたしわらはなる
  八らう君はむかひはらにていみしうかし
  つき給かいとうつくしうて大将とのゝ太らう
  君とたちなみたるをかむのきみもよそ
  人と見給はねは御めとまりけりやむこと
  なくましらひなれ給へる御かた/\よりも
  この御つほねの袖くちおほかたの気はひいま
  めかしうおなしものゝ色あひかさなりなれ
  とものよりことにはなやかなりさうしみ」31オ

  も△△たちもかやうに御心やりてしはしは
  すくい給はましとおもひあへりみなおなし
  ことかつけわたすわたのさまもにほひかこと
  にらう/\しうしない給てこなたはみつ
  むまやなりけれと気はひにきは△しく
  人/\心けさうし△してかきりあるみ
  あるしなと△ことゝもゝしたるさまこと
  にようゐありてなむ大将殿せさせ給へり
  けるとのゐところにゐ給て日ゝとひき
  こえくらし給ことはよさりまかてさせ」31ウ

  たてまつりてんかゝるついてにとおほし
  うつるらん御宮つかへなむやすからぬとのみ
  おなしことをせめきこえ給へと御かへりなし
  さふらふ人/\そおとゝの心あはたゝし
  き程ならてまれ/\の御まいりなれは御心
  ゆかせ給はかりゆるされありてをまかてさせ
  給へときこえさせ給しかはこよひはあまり
  すか/\しうやときこえたるをいとつ
  らしと思てさはかりきこえし物をさ
  も心にかなはぬよかなとうちなけきて」32オ

  ゐ給へり兵部卿の宮御前の御あそひに
  候給てしつ心なくこの御つほねのあたり
  思やられ給へはねんしあまりてきこえ
  給へり大将はつかさの御さうしにそおはし
  けるこれよりとてとりいれたれはしふ/\に
  見たまふ
    みやま木にはねうちかはしゐる鳥の
  またなくねたき春にもあるかなさへつるこゑ
  もみゝとゝめられてなんとありいとおしう
  おもてあかみてきこえんかたなく思ゐ給へ」32ウ

  るにうへわたらせ給月のあかきに御かたち
  はいふよしなくきよらにてたゝかのおとゝの
  御気はひにたかふところなくおはします
  かゝる人は又もおはしけりと見たてまつり
  給かの御心はへはあさからぬもうたてもの
  思くはゝりしをこれはなとかはさしもお
  ほえさせ給はんいとなつかしけに思しこ
  とのたかひにたるうらみをの給するに
  おもてをかんかたなくそおほえ給やかほをも
  てかくして御いらへもえきこえたまはねは」33オ

  あやしうおほつかなきわさかなよろこひ
  なとも思しり給はんと思ふことあるをきゝ
  いれ給はぬさまにのみあるはかゝる御くせなり
  けりとの給はせて
    なとてかくはひあひかたきむらさきを
  心にふかく思ひそめけむこくなりはつまし
  きにやとおほせらるゝさまいとわかくき
  よらにはつかしきをたかひ給へるところ
  やあると思なくさめてきこえ給宮つかへ
  のらうもなくてことしかゝいし給へる心にや」33ウ

    いかならん色ともしらぬむらさきを
  心してこそ人はそめけれいまよりなむ思
  給へしるへきときこえ給へはうちえみてその
  いまよりそめ給はんこそかいなかへいことな
  れうれふへき人あらはことはりきかまほし
  くなむといたううらみさせ給御けしき
  のまめやかにわつらはしけれはいとうたても
  あるかなとおほえておかしきさまをもみえ
  たてまつらしむつかしきよのくせなり
  けりと思にまめたちてさふらひたまへは」34オ

  えおほすさまなるみたれこともうちいて
  させたまはてやう/\こそはめなれめとおほ
  しけり大将はかくわたらせ給へるをきゝ
  給ていとゝしつ心なけれはいそきまと
  はし給身つからもにけなきこともいてき
  ぬへき身なりけりと心うきにえのとめ給
  はすまかてさせ給へきさまつき/\
  しきことつけともつくりいてゝちゝお
  とゝなとかしこくたはかり給てなん御いとま
  ゆるされ給けるさらは物こりしてまたい」34ウ

  たしたてぬ人もそあるいとこそかゝけれ
  人よりさきにすゝみにし心さしのひとに
  をくれてけしきとりしたかふよむかしの
  なにかしかためしもひきいてつへき心地
  なむするとてまことにいとくちおしとお
  ほしめしたりきこしめしゝにもこ
  よなきちかまさりをはしめよりさる御
  心なからんにてたにも御らんしすくすまし
  きをまいていとねたうあかすおほさるされと
  ひたふるにあさきかたにおもひうとまれし」35オ

  とていみしう心ふかきさまにの給契て
  なつけ給もかたしけなう我はわれと思も
  のをとおほす御てくるまよせてこなた
  かなたの御かしつき人とも心もとなかり
  大将もいと物むつかしうたちそひさは
  き給まてえおはしましはなれすかう
  いときひしきちかきまもりこそむつかし
  けれとにくませ給
    九重にかすみへたては梅のはなたゝ
  かはかりも匂ひこしとやことなることな」35ウ

  きことなれとも御ありさま気はひをみたて
  まつる程はおかしくもやありけんのを
  なつかしみあかいつへきよをおしむへかめる
  人も身をつみて心くるしうなむいかてか
  きこゆへきとおほしなやむもいとかた
  しけなしと見たてまつる
    かはかりは風にもつてよはなのえに
  たちならふへきにほひなくともさすかに
  かけはなれぬ気はひをあはれとおほし
  つゝかへり見かちにてわたらせ給ぬやかて」36オ

  こよひかのとのにとおほしまうけたるを
  かねてはゆるされあるましきによりもらし
  きこえ給はてにはかにいとみたりかせの
  なやましきを心やすき所にうちや
  すみ侍らむ程よそ/\にてはいとおほつかなく
  侍らむをとおいらかに申ない給てやかてはた
  したてまつり給ちゝおとゝにはかなるを
  きしきなきやうにやとおほせとあなかち
  にさはかりのことをいひさまたけんも
  人の心をくへしとおほせはともかくも」36ウ

  もとよりしたいならぬ人の御ことなれはと
  そきこえ給ける六条殿そいとゆくりなく
  ほいなしとおほせとなとかはあらむ女もしほ
  やくけふりのなひきけるかたをあさましと
  おほせとぬすみもていきたらましとおほ
  しなすらへていとうれしく心ちおちゐ
  ぬかのいりゐさせ給へりしことをいみし
  うえしきこえさせ給も心つきなくな
  を/\しき心ちしてよには心とけぬ
  御もてなしいよ/\気しきあしかの宮に」37オ

  もさこそたけうの給しかいみしうおほし
  わふれとたえてをとつれすたゝ思ことか
  なひぬる御かしつきにあけくれいとなみてす
  くし給二月にもなりぬ大殿はさてもつれなき
  わさなりやいとかうきは/\しうとしも
  思はてたゆめられたるねたさを人わろく
  すへて御心にかゝらぬおりなく恋しう思
  いてられ給すくせなといふものをろかならぬ
  ことなれとわかあまりなる心にてかく人やり
  ならぬものは思そかしとおきふしおもかけそ」37ウ

  みえ給大将のおかしやかにわらゝかなる気も
  なき人にそひゐたらむにはかなきたはふれ
  こともつゝましうあいなくおほされて
  ねんし給をあめいたうふりていとのと
  やかなるころかやうのつれ/\もまきらはし
  所にわたり給てかたらひ給しさまなとの
  いみしうこひしけれは御ふみたてまつり
  給右近かもとにしのひてつかはすもかつは
  思はむことをおほすになにこともえつゝけ
  給はてたゝおもはせたることゝもそありける」38オ

    かきたれてのとけき比の春雨に
  ふるさと人をいかにしのふやつれ/\にそへ
  てもうらめしう思いてらるゝことおほう侍を
  いかてか△き△こゆへからむなとありひまに
  しのひてみせたてまつれはうちなきてわか
  心にも程ふるまゝに思いてられ給御さまを
  まほに恋しやいかて見たてまつらんなとはえ
  の給はぬおやにてけにいかてかはたいめもあ
  らむとあはれなり時/\むつかしかりし
  御けしきを心つきなう思きこえしなとは」38ウ

  この人にもしらせたまはぬことなれは心ひ
  とつにおほしつゝくれと右近はほのけしき
  見けりいかなりけることならむとはいまに
  心えかたく思ける御返きこゆるもはつかし
  けれとおほつかなくやはとてかき給
    なかめする軒のしつくに袖ぬれて
  うたかた人をしのはさらめや程ふるころは
  けにことなるつれ/\もまさり侍けりあな
  かしことゐや/\しくかきなし給へり
  ひきひろけてたま水のこほるゝやうに」39オ

  おほさるゝを人も見はうたてあるへしと
  つれなくもてなし給へとむねにみつ心
  ちしてかのむかしのかむの君を朱雀院の
  きさきのせちにとりこめ給しおりなとおほ
  しいつれとさしあたりたることなれは
  にやこれはよつかすそあはれなりけるすい
  たる人は心からやすかるましきわさなり
  けりいまはなにゝつけてか心をも見たら
  ましにけなき恋のつまなりやとさまし
  わひ給て御ことかきならしてなつかしう」39ウ

  ひきなし給しつまをとおもひいてられ給
  あつまのしらへをすかゝきてたまもはな
  かりそと
たひすさひ給も恋しき人に
  見せたらはあはれすくすましき御さまなり
  内にもほのかに御らんせし御かたちありさま
  を心にかけ給てあかもたれひきいにし
  すかたをとにくけなるふることなれと御ことく
  さになりてなむなかめさせ給ける御文はし
  のひ/\にありけり身をうき物に思しみ
  給てかやのすさひことをもあいなくおほし」40オ

  けれは心とけたる御いらへもきこえ給はす
  なをかのありかたかりし御心をきてをかた
  かたにつけておもひしみ給へる御ことそはすら
  れさりける三月になりて六条とのゝ御前
  のふち山ふきのおもしろきゆふはへを見
  給につけてもまつみるかひありてい給へ
  りし御さまのみおほしいてらるれは春の
  御前をうちすてゝこなたにわたりて御らむ
  すくれたけのませにはさとなうさきかゝり
  たるにほひいとおもしろしいろに衣を」40ウ

  なとの給て
    思はすにいてなかみちへたつとも
  いはてそこふる山ふきのはなかほにみゝつゝ
  なとの給もきく人なしかくさすかにもて
  はなれたることはこのたひそおほしける
  けにあやしき御心のすさひなりや
  かりのこのいとおほかるを御らんしてかんし
  たち花なとやうにまきらはしてわさと
  ならすたてまつれ給御文はあまり人もそ
  めたつるなとおほしてすくよかにおほつかなき」41オ

  月日もかさなりぬるをおもはすなる御もてなし
  なりとうらみきこゆるも御心ひとつにのみは
  あるましうきゝ侍れはことなるついてならては
  たいめむのかたからんをくちおしう思給る
  なとおやめにかき給て
    おなしすにかへりしかひの見えぬかな
  いかなる人かてににきるらんなとかさしもなと
  心やましうなんなとあるを大将も見た
  まひてうちわらひて女はまことのおやの御
  あたりにもたはやすくうちわたりみえたて」41ウ

  まつり給はむことついてなくてあるへきことに
  あらすましてなそこのおとゝのおり/\思ひ
  はなたすうらみことはし給とつふやくも
  にくしときゝ給御返こゝにはえきこえしと
  かきにくゝおほいたれはまろきこえんとか
  はるもかたはらいたしや
    すかくれてかすにもあらぬかりのこを
  いつかたにかはとりかへすへきよろしからぬ
  御けしきにおとろきてすき/\しやと
  きこえ給へりこの大将のかゝるはかなしこと」42オ

  いひたるもまたこそきかさりつれめつらしう
  とてわらひ給心のうちにはかくらうし
  たるをいとからしとおほすかのもとのきた
  の方は月日へたゝるまゝにあさましともの
  を思しつみいよ/\ほけしれてものし給
  大将とのゝおほかたのとふらひなに事をも
  くはしうおほしをきてきむたちをは
  かはらす思ひかしつき給へはえしもかけ
  はなれ給はすまめやかなるかたのたのみ
  はおなしことにてなむものし給けるひめ君」42ウ

  をそたえかたく恋きこえ給へとたえて見せ
  たてまつり給はすはかき御心のうちにこ
  のちゝ君をたれも/\ゆるしなううらみ
  きこえていよ/\へたて給ことのみまされは
  心ほそくかなしきにおとこ君たちはつねに
  まいりなれつゝかむのきみの御ありさまな
  とをもをのつからことにふれてうちかた
  りてまろらをもらうたくなつかしうなんし
  給あけくれおかしきことをこのみてものし
  給なといふにうらやましうかやうにても」43オ

  やすらかにふるまう身ならさりけんをな
  けき給あやしうおとこ女につけつゝ人に
  物を思はするかむのきみにておはしける
  そのとしの十一月にいとおかしきちこをさ
  へいたきいてたまへれは大将も思やうに
  めてたしともてかしつき給ことかきり
  なしそのほとのありさまいはすとも思ひ
  やりつへきことそかしちゝおとゝもをのつ
  から思やうなる御すくせとおほしたりはさと
  かしつき給きむたちにも御かたちなとは」43ウ

  おとり給はすとうの中将もこのかむの君を
  いとなつかしきはらからてむつひきこえ給
  ものからさすかなる御気しきうちませつゝ
  宮つかひにかひありて物し給はまし物をと
  このはか君のうつくしきにつけてもいまゝ
  てみこたちおはせぬなけきを見たて
  まつるにいかにめいほくあらましとあまり
  のことをそ思ての給おほやけことはあるへ
  きさまにしりなとしつゝまいり給ことそや
  かてかくてやみぬへかめるさてもありぬへき」44オ

  ことなりかしまことやかのうちのおほいとのゝ
  御むすめのないしのかみのそみしきみも
  さるをゝくせなれはいろめかしうさまよふ
  心さへそひてもてわつらひ給女御もついに
  あわ/\しきことこの君そひきいてんと
  ともすれは御むねつふし給へとおとゝの
  いまはなましらいそとせいしの給をたに
  きゝいれすましらひいてゝものし給いかなる
  おりにか有けむ殿上人あまたおほえこと
  なるかきりこの女御の御かたにまいりて」44ウ

  物のねなとしらへなつかしき程のひやうし
  うちくはへてあそふ秋のゆふへのたゝならぬ
  に宰相の中将もよりおはしてれいならす
  みたれてものなとの給を人/\めつらし
  かりてなを人よりことにもとめつるにこの
  あふみの君人/\のなかをしわけていて
  ゐ給あなうたてやこはなそとひきいるれと
  いとさかなけににらみてはりゐたれはわつ
  らはしくてあふなきことやの給いてんとつき
  かはすにこのよにめなれぬまめ人をしも」45オ

  これそなゝとめてゝさゝめきさはくこゑいと
  しるし人/\いとくるしと思にこゑいとさ
  はやかにて
    奥津ふねよるへなみ路にたゝよはゝ
  さほさしよらむとまりをしへよなゝし
  をふねこきかへりおなし人をやあな
  はるやいといふをいとあやしうこの御方に
  はかうようゐなきこときこえぬものをと
  思まはすにこのきく人なりけりとおかしうて
    よるへなみ風のさはかす舟人も思はぬ」45ウ

  かたにいそつたいせすとてはしたなかめ
  りとや」46オ

(白紙)」46ウ

【奥入01】風俗 <上野哥>
    乎志多加戸加毛左戸支井留波良
    乃伊介乃也多末毛波万祢奈加利曽
    於比毛須加祢也万祢奈加利曽也(戻)」47オ

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