藤裏葉(大島本親本復元) First updated 1/29/2007(ver.1-1)
Last updated 1/29/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

藤裏葉

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「藤裏葉」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「藤のうら葉」(題箋)

  御いそきのほとにも宰相の中将はなかめ
  かちにてほれ/\しき心ちするをかつは
  あやしくわかこゝろなからしふねきそかし
  あなかちにかうおもふことならはせきもりの
  うちもねぬへきけしきにおもひよはりた
  まふなるをきゝなからおなしくは人はるからぬ
  さまにみはてんとねんするもくるしう
  おもひみたれ給女君もをとゝのかすめ給しこと
  のすちをもしさもあらはなにのなこりか
  はとなけかしうてあやしくそむき/\に」1オ

  さすかなる御もろ恋なりをとゝもさこそこゝろ
  つよかり給ひしかとたけからぬにおほしわつらひ
  てかの宮にもさやうにおもひたちはてた
  まひなはまたとかくあらためおもひかゝつら
  はむほと人のためもくるしうわか御方さま
  にも人わらはれにをのつからかろ/\しき
  ことやましらむしのふとすれとうち/\の
  ことあやまりもよにもりにたるへしとかく
  まきらはしてなをまけぬへきなめりと
  おほしなりぬうへはつれなくてうらみとけぬ」1ウ

  御中なれはゆくりなくいひよらむもい
  かゝとおほしはゝかりてこと/\しくもて
  なさむも人のおもはむところをこなりいかな
  るつゐてしてかはほのめかすへきなとおほす
  にやよひ廿日おほ殿の大宮の御き日にて
  こくらくしにまうて給へり君たちみな
  ひきつれいきほひあらまほしくかむたちめ
  なともあまたまいりつとひ給へるに宰
  相の中将をさ/\けはひをとらすよそほ
  しくてかたちなとたゝいまのいみしき」2オ

  さかりにねひゆきてとりあつめめてたき
  人の御ありさまなりこのおとゝをはつら
  しとおもひきこえ給しより見えたて
  まつるもこゝろつかひせられていといたう
  よをひしもてしつめて物し給ふをおとゝも
  つねよりはめとゝめ給みす経なと六条の
  院よりもせさせ給へり宰相の君はま
  してよろつをとりもちてあはれにいとなみ
  つかうまつり給ふゆふかけてみなかへり給
  ほと花はみなちりみたれかすみたと/\しき」2ウ

  におとゝむかしをおほしいてゝなまめかしう
  うそ吹なかめ給ふ宰相もあはれなるゆふ
  へのけしきにいとゝうちしめりてあまけ
  ありと人々のさはくになをなかめいりて
  ゐ給へり心ときめきにみたまふことやあり
  けん袖をひきよせてなとかいとこよなくは
  かむし給へるけふのみのりのえにをも
  たつねおほさはつみゆるし給ひてよや
  のこりすくなくなり行すゑの世におもひ
  すて給へるも恨きこゆへくなんとの給へは」3オ

  うちかしこまりてすきにし御おもむけも
  たのみきこえさすへきさまにうけ給をく
  こと侍しかとゆるしなき御けしきに
  はゝかりつゝなんときこえ給心あはたゝし
  きあま風にみなちり/\にきほいかへり
  給ぬきみいかにおもひてれいならすけしき
  はみ給つらんなとよとゝもにこゝろをかけ
  たる御あたりなれははかなきことなれと
  みゝとまりてとやかうやとおもひあかし給ふ
  こゝらのとしころのおもひのしるしにや」3ウ

  かのおとゝもなこりなくおほしよはりてはか
  なきつゐてのわさとはなくさすかにつき
  つきしからんをおほすに四月のついたち
  ころおまへのふちのはないとおもしろう
  咲みたれてよのつねの色ならすたゝにみ
  すくさむことおしきさかりなるにあそひ
  なとし給てくれ行ほとのいとゝ色まされる
  にとうの中将して御せうそこあり一日の花の
  かけのたいめんのあかすおほえ侍しを御いとま
  あらはたちより給ひなんやとあり御文には」4オ

    わかやとの藤の色こきたそかれに
  たつねやはこぬ春のなこりをけにいと面白き
  枝につけ給へり待つけ給へるもこゝろ
  ときめきせられてかしこまりきこえ給ふ
    中/\に折やまとはむふちのはな
  たそかれときのたと/\しくはときこえて
  くちをしくこそおくしにけれとりなをし
  給へよときこえたまふ御ともにこそとの給へは
  わつらはしきすいしんはいなとて返しつおとゝ
  の御まへにかくなんとて御覧せさせ給ふ」4ウ

  おもふやうありてものし給つるにやあらむ
  さもすゝみものし給はゝこそはすきにしかた
  のけうなかりしうらみもとけめとの給
  御心をこりこよなうねたけなりさしも侍ら
  したいのまへの藤つねよりもおもしろう
  さきて侍なるをしつかなるころほひなれは
  あそひせんなとにや侍らんと申給わさとつ
  かひさゝれたりけるをはやうものしたまへと
  ゆるしたまふいかならむとしたにはくるし
  うたゝならすなをしこそあまりこくて」5オ

  かろひためれひさむきのほとなにとなき
  わか人こそふたあひはよけれひきつくろ
  はんやとてわか御れうの心ことなるにえな
  らぬ御そともくして御ともにもたせてたて
  まつれ給わか御方にてこゝろつかひいみしう
  けさうしてたそかれもすき心やましき
  ほとにまうて給へりあるしの君たち中
  将をはしめて七八人うちつれてむかヘいれ
  たてまつるいつれとなくおかしきかたちと
  もなれとなを人にすくれてあさやかに」5ウ

  きよらなる物からなつかしうよしつきは
  つかしけなりおとゝおましひきつくろ
  はせなとし給ふ御よういをろかならす御
  かうふりなとし給ていてたまふとてきたの
  かたはかき女房なとにのそきてみ給へいと
  かうさくにねひまさる人なりようひなといと
  しつかにもの/\しやあさやかにぬけいて
  およすけたるかたはちゝおとゝにもまさりさま
  にこそあめれかれはたゝいとせちになまめかし
  うあひきやうつきてみるにゑましく世の」6オ

  中わするゝ心ちそしたまふおほやけさ
  まはすこしたはれてあされたるかたなり
  しことはりそかしこれはさえのきはも
  まさり心もちゐをゝしくすくよかにたら
  いたりとよにおほえためりなとの給ひて
  そたいめし給ものまめやかにむへ/\しき
  御ものかたりはすこしはかりにて花のけふに
  うつり給ぬ春の花いつれとなくみなひらけ
  いつる色ことにめをおとろかぬはなきを心みし
  かくうちすてゝちりぬるかうらめしうおほゆる」6ウ

  ころほひこの花のひとりたちをくれて
  夏に咲かゝるほとなんあやしう心にくゝ
  あはれにおほえ侍るいろもはたなつかしき
  ゆかりにしつへしとてうちほゝゑみ給へる
  けしきありてにほひきよけなり月は
  さしいてぬれと花の色さたかにも見えぬ程
  なるをもてあそふに心をよせておほみき
  まいり御あそひなとし給うおとゝほとなく
  そらゑひをし給てみたりかはしくしひゑ
  はし給をさる心していたうすまひなやめり」7オ

  君はすゑのよにはあまるまてあめのしたの
  いふそくにものし給ふめるをよはいふりぬる
  人おもひすて給ふなんつらかりける文籍
  にも家礼といふことあるへくやなにかしの
  をしへもよくおほししるらむとおもひ給ふ
  るをいたうこゝろなやまし給ふとうらみ
  きこゆへくなんなとの給ひてゑいなきにや
  おかしきほとにけしきはみ給いかてかむかしを
  おもふたまへいつる御かはりともにはみをすつ
  るさまにもとこそ思給へしり侍をいかに」7ウ

  御覧しなすことにか侍らん本よりおろかなる
  心のおこたりにこそとかしこまりきこえ給
  ふ御ときよくさうときてふちのうらはのと
  うちすし給へる御けしきを給はりて頭中将
  はなの色こくことにふさなかきを折てまら
  うとの御さかつきにくはふとりてもてなや
  むにおとゝ
    紫にかことはかけむふちのはな
  まつよりすきてうれたけれとも宰相
  盃をもちなからけしきはかりはいし」8オ

  たてまつり給へるさまいとよしあり
    幾かへり露けき春をすくしきて
  はなのひもとくをりにあふらんとうの中将に
  たまへは
    たをやめの袖にまかへる藤の花
  みる人からや色もまさらむつき/\すん
  なかるめれとゑひのまきれにはか/\しからて
  これよりまさらす七日の夕つく夜かけほ
  のかなるにいけのかゝみのとかにすみわたれり
  けにまたほのかなる木すゑとものさう/\しき」8ウ

  比なるにいたうけしきはみよこたはれる
  松のこたかきほとにはあらぬにかゝれる花の
  さまよのつねならすおもしろし例の
  弁少将こゑいとなつかしくてあしかきをう
  たふおとゝいとけやけうもつかふまつるかなと
  うちみたれ給てとしへにけるこのいゑのと
  うちくはへ給へる御こゑいとおもしろしおか
  しきほとにみたりかはしき御あそひ
  にて物おもひのこらすなりぬめりやう/\
  夜更行ほとにいたうそらなやみして」9オ

  みたり心ちいとたへかたうてまかてん空も
  ほと/\しうこそ侍ぬへけれとのいところゆつり
  給てんやと中将にうれへ給おとゝ朝臣や御や
  すみ所もとめよおきないたうゑひすゝみて
  むらいなれはまかりいりぬといひすてゝいり
  給ぬ中将はなのかけの旅ねよいかにそや
  くるしきしるへにそ侍やといへは松にちきれる
  はあたなる花かはゆゝしやとせめ給中将
  は心のうちにねたのわさやとおもふところ
  あれと人さまのおもふさまにめてたきに」9ウ

  かうもありはてなむと心よせわたることな
  れはうしろやすくみちひきつおとこ君は
  夢かとおほえ給ふにもわかみいとゝいつかしう
  そおほえ給けんかし女はいとはつかしうおもひ
  しみてものし給もねひまされる御あり
  さまいとゝあかぬところなくめやすし世の
  ためしにもなりぬへかりつるみを心もてこそ
  かうまてもおほしゆるさるめれあはれを知
  給はぬもさまことなるわさかなとうらみき
  こえ給中将のすゝみいたしつるあしかきの」10オ

  おもむきはみゝとゝめたまひつやいたきぬし
  哉なかはくちのとこそさしいらへまほし
  かりつれとの給へは女いときゝくるしとおほして
    あさきなをいひなかしける川くちは
  いかゝもらしし関のあらかきあさましとの
  給さまいとこめきたりすこしうちはらひて
    もりにけるくきたのせきを川くちの
  あさきにのみはおほせさらなんとし月のつ
  もりもいとわりなくてなやましきにも
  のおほえすとゑひにかこちてくるしけに」10ウ

  もてなしてあくるもしらすかほなり人/\
  きこえわつらふをおとゝゑたりかほなるあさ
  ゐかなととかめ給ふされとあかしはてゝそ
  いて給ふねくたれの御あさかほみるかひあり
  かし御文はなをしのひたりつるさまの心
  つかひてあるをなか/\今日はえきこえ給
  はぬをものいひさかなきこたちつきしろう
  におとゝわたりて見給ふそいとはりなきや
  つきせさりつる御けしきにいとゝおもひ
  しらるゝ身のほとをたえぬ心に又き△えぬ」11オ

  へきも
    とかむなよしのひにしほるてもたゆみ
  けふあらはるゝ袖のしつくをなといとなれ
  かほなりうちゑみてゝもいみしうもかきら
  れりにけるかななとの給もむかしのなこり
  なし御返いといてきかたけなれは見くる
  しやとてさもおほしはゝかりぬへきこと
  なれはわたり給ぬ御つかひのろくなへて
  ならぬさまにて給へり中将をかしきさまに
  もてなし給ふつねにひきかくしつゝ」11ウ

  かくろへありきし御つかひけふはをもゝち
  なと人々しくふるまふめり右近のそう
  なる人のむつましうおほしつかひ給なり
  けり六条のおとゝもかくときこしめして
  けり宰相つねよりもひかりそひてまいり
  給へれはうちまもり給てけさはいかに文なと
  ものしつやさかしき人も女のすちには
  みたるゝためしあるを人わろくかゝつらひ
  心いられせてすくされたるなんすこし
  人にぬけたりける御心とおほえける」12オ

  おとゝのみをきてのあまりすくみてなこ
  りなくくつをれ給ぬるをよ人もいひ出る
  事あらんやさりとても我かたゝけうおもひ
  かほに心をこりしてすき/\しき心はへ
  なともくし給ふなさこそおいらかにおほき
  なる心をきてとみゆれとしたの心はへ
  をかしからすくせありて人見えにくき
  ところつき給へる人なりなと例の教へ
  きこえ給ことうちあひめやすき御あはひと
  おほさる御ことも見えすすこしかこのかみ」12ウ

  はかりと見え給ふほか/\にてはおなしかほと
  うつしとりたるとみゆるを御まへにては
  さま/\あなめてたと見え給へりおとゝはうす
  き御なをししろき御そのからめきたる
  かもんけさやかにつや/\とすきたるをたて
  まつりてなをつきせすあてになまめ
  かしうおはします宰相殿すこし色
  ふかき御なをしに丁子そめのこかるゝまて
  しめるしろきあやのなつかしきをき給
  へることさらめきてえんに見ゆ灌仏ゐて」13オ

  たてまつりて御導師をそくまいりけれは
  日暮て御かた/\よりはらはへいたしふせなと
  おほやけさまにかはらす心/\にし給へりお
  まへのさほうをうつして君たちなともま
  いりつとひてなか/\うるはしきこせんより
  もあやしう心つかひせられておくしかちなり
  宰相はしつこゝろなくいよ/\けさうしひき
  つくろひていて給ふをわさとならねとなさけ
  たち給わか人はうらめしとおもふもあり
  けりとしころのつもりとりそへておもふ」13ウ

  やうなる御なからひなめれはみつもゝらむやは
  あるしのおとゝいとゝしきちかまさりをうつ
  くしき物におほしていみしうもてかし
  つききこえ給ふまけぬるかたのくちおし
  さはなをおほせとつみものこるましうそ
  まめやかなる御心さまなとのとしころこと心
  なくてすくしたまへるなとをありかたく
  おほしゆるす女御の御有様なとよりもはな
  やかにめてたくあらまほしけれはきたのかた
  さふらふ人/\なとは心よからすおもひいふ」14オ

  もあれとなにのくるしき事かはあらむ
  あせちの北の方なともかゝるかたにてうれしと
  おもひきこえ給けりかくて六条院の
  御いそきは二十よ日のほとなりけりたいの上
  みあれにまうて給とてれいの御かた/\いさ
  なひきこえ給へとなか/\さしもひきつゝ
  きて心やましきをおほしてたれも/\
  もとり給てこと/\しきほとにもあらす
  御くるま二十斗して御前なともくた/\しき
  人数おほくもあらすことそきたるしもけはひ」14ウ

  ことなりまつりの日のあか月にまうへた
  まひてかへさには物御覧すへき御さしきに
  おはします御方かたの女房おの/\くる
  まひきつゝきて御まへところしめたるほと
  いかめしうかれはそれとゝをめよりおとろ
  おとろ/\しき御いきほひなりおとゝは
  中宮の御はゝ宮す所の車をしさけられ
  たまへりしをりのことおほしいてゝ時に
  より心おこりしてさやうなることなん
  なさけなき事なりけるこよなくおもひ」15オ

  けちたりし人もなけきおふやうにてな
  くなりにきとそのほとはの給ひけちての
  こりとまれる人の中将はかくたゝ人にて
  わつかになりのほるめり宮はならひなき
  すちにておはするも思へはいとこそあはれ
  なれすへていとさためなき世なれはこそなに
  事もおもふさまにていけるかきりのよを
  すくさまほしけれとのこり給はむすゑ
  の世なとのたとしへなきおとろへなとをさへ
  思はゝからるれはとうちかたらひ給てかむ」15ウ

  たちめなとも御さしきにまいりつとひ
  給へれはそなたにいて給ぬ近衛つかさの
  つかひはとうの中将なりけりかのおほとの
  にていてたつ所よりその人/\はまいり
  たまふけるとうないしのすけもつかひなり
  けりおほえことにてうちとうくうよりはし
  め奉りて六条院なとよりも御とふらひとも
  ところせきまて御心よせいとめてたし
  宰相の中将いてたちのところにさへとふ
  らひ給へりうちとけすあはれをかはし」16オ

  給御中なれはかくやむことなきかたにさた
  まり給ぬるをたゝならすうちおもひけり
    なにとかやけふのかさしよかつ見つゝ
  おほめくまてもなりにけるかなあさましと
  あるをおりすくし給はぬはかりをいかゝ思ひ
  けんいと物さはかしくるまにのるほとなれと
    かさしてもかつたとらるゝくさのなは
  かつらをおりし人やしるらんはかせなら
  てはときこえたりはかなけれとねたき
  いらへとおほすなをこのないしにそおもひ」16ウ

  はなれすはひまきれ給へきかくて御まいり
  はきたのかたそひ給ふへきをつねになか/\
  しうえそひさふらひ給はしかゝるつゐてに
  かの御うしろみをやそへましとおほすうへもつ
  ゐにあるへきことのかくへたゝりてすくし
  給ふをかの人もゝのしとおもひなけかるらむ
  この御心にもいまはやう/\おほつかなくあ
  はれにおほししるらんかた/\心をかれたて
  まつらんもあいなしとおもひなり給て此
  をりにそへたてまつり給へまたいとあえ」17オ

  かなるほともうしろめたきにさふらふ人と
  てもわか/\しきのみこそおほかれ御めのと
  たちなともみをよふことの心いたるかきり
  あるをみつからはえつとしもさふらはさらむ
  ほとうしろやすかるへくときこえ給へはいと
  よくおほしよる哉とおほしてさなんとあ
  なたにもかたらひの給けれはいみしく
  うれしくおもふことかなひ侍る心ちして人
  のさうそくなにかのこともやむことなき
  御ありさまにおとるましくいそきたつ」17ウ

  あまきみなんなをこの御をいさきみたて
  まつらんの心ふかゝりけるいま一度見奉る
  よもやといのちをさへしふねくなして
  ねんしけるをいかにしてかはとおもふも
  かなし其よはうへそひてまいり給ふに御
  てくるまさて車にもたちくたりうちあゆみ
  なと人わるかるへきをわかためはおもひ
  はゝからすたゝかくみかきたてまつり給ふ
  たまのきすにてわかかくなからうるをかつは
  いみしう心くるしう思まいりのきしき」18オ

  人のめおとろく斗のことはせしとおほし
  つゝめとをのつからよのつねのさまにそ
  あらぬやかきりもなくかしつきすへたて
  まつり給てうへはまことにあはれにうつくし
  とおもひきこえ給ふにつけても人にゆつる
  ましうまことにかゝる事もあらましかはと
  おほすおとゝも宰相の君もたゝこの事
  ひとつをなんあかぬ事かなとおほしける
  三日すこしてそうへはまかてさせ給たちか
  はりてまいり給よ御たいめんありかく」18ウ

  おとなひ給けちめになんとし月の程も
  しられ侍れはうと/\しきへたてはのこる
  ましくやとなつかしうの給て物語なとし
  給これもうちとけぬるはしめなめり物なと
  うちいひたるけはひなとむへこそはとめさま
  しう見給またいとけたかうさかりなる
  御けしきをかたみにめてたしとみてそこ
  らの御なかにもすくれたる御心さしにて
  ならひなきさまにさたまり給けるもいと
  ことはりとおもひしらるゝにかうまてたち」19オ

  ならひきこゆるちきりをろかなりやはと
  おもふ物からいて給ふきしきのいとことによそほ
  しく御手車なとゆるされ給て女御の御
  有様にことならぬをおもひくらふるにさすかな
  るみのほとなりいたうつくしけにひゝなのやう
  なる御有様を夢の心ちしてみたてまつる
  にも涙のみとゝまらぬはひとつものとそ見えさり
  けるとしころよろつになけきしつみ
  さま/\うきみとおもひくしつるいのちも
  のへまほしうはれ/\しきにつけて誠に」19ウ

  住吉の神もをろかならすおもひしらるおもふ
  さまにかしつききこえてこゝろをよ
  はぬことはたおさ/\なき人のらう/\しさ
  なれはおほかたのよせおほえよりはしめな
  へてならぬ御有様かたちなるに宮もわかき
  御心ちにいと心ことにおもひきこえ給へりいと
  見たまへる御かた/\の人なとはこのはゝ君の
  かくてさふらひ給をきすにいひなしなとす
  れとそれにけたるへくもあらすいまめか
  しうならひなきことをはさらにもいはす」20オ

  心にくゝよしある御けはひをはかなきことに
  つけてもあらまほしうもてなしきこえ
  給へれは殿上人なともめつらしきいとみと
  ころにてとり/\にさふらふ人々も心をかけ
  たる女房のようい有様さへいみしくとゝのへ
  なし給へり上もさるへきをりふしには
  まいり給御なからひあらまほしううちとけ
  行にさりとてさしすきものなれすあな
  つらはしかるへきもてなしはたつゆなく
  あやしくあらまほしき人のありさま」20ウ

  心はへ也おとゝもなかゝらすのみおほさるゝ
  御よのこなたにとおほしつる御まいりのかひ
  あるさまにみたてまつりなし給て心からなれと
  世にうきたるやうにて見くるしかりつる宰相
  の君も思なくめやすきさまにしつまり
  給ぬれは御心おちゐはて給て今はほいもと
  けなんとおほしなるたいのうへの御有様の
  見すてかたきにも中宮おはしませはをろかな
  らぬ御心よせ也此御方にも世にしられたる
  おやさまにはまつおもひきこえ給ふへけれは」21オ

  さりともとおほしゆつりけり夏の御方の
  時にはなやき給ましきも宰相の物し
  給へはとみなとり/\にうしろめたからすおほ
  しなり行あけむとしよそちになり給
  御賀のことをおほやけよりはしめ奉りて
  おほきなるよのいそき也その秋太上天皇に
  なすらふ御くらゐえ給ふてみふくはゝり
  つかさかうふりなとみなそひ給かゝらてもよ
  の御心にかなはぬことなけれとなをめつらし
  かりけるむかしのれいをあらためて院し」21ウ

  ともなとなりさまことにいつくしうなりそひ
  給へはうちにまいり給へき事かたかるへきをそ
  かつはおほしけるかくてもなをあかすみかとは
  おほして世の中をはゝかりてくらゐをえ
  ゆつりきこえぬことをなむ朝夕の御嘆き
  くさなりける内大臣にあかり給て宰相の
  中将中納言になり給ぬ御よろこひにいて
  給ひかりいとゝまさり給へるさまかたちより
  はしめてあかぬことなきをあるしのおとゝも
  なか/\人におされまし宮つかへよりはと」22オ

  おほしなをる女君の大輔のめのと六位す
  くせとつふやきしよひのこと物のをり/\
  におほしいてけれはきくのいとおもしろく
  うつろひたるを給はせて
    あさみとりわかはの菊を露にても
  こきむらさきの色とかけきやからかりしを
  りのひとことはこそわすられねといとにほひ
  やかにほゝゑみて給へりはつかしういとをしき
  物からうつくしうみたてまつる
    ふた葉よりなたゝるそのゝ菊なれは」22ウ

  あさき色わく露もなかりきいかに心をかせ
  給へりけるにかといとなれてくるしかる御
  いきおひまさりてかゝる御すまひもところ
  せけれは三条殿にわたり給ぬすこしあれ
  にたるをいとめてたくすりしなして宮のお
  はしましゝかたをあらためしつらひてすみ
  給ふむかしおほえてあはれにおもふさまなる
  御すまひなりせんさいともなとちいさき木
  ともなりしもいとしけきかけとなり
  一村薄も心にまかせてみたれたりける」23オ

  つくろはせ給やり水のみくさもかきあら
  ためていと心行たるけしきなりおかしき
  ゆふ暮のほとをふたところなかめ給てあさ
  ましかりしよの御おさなさの物語なとし
  給に恋しきこともおほく人のおもひけむこ
  ともはつかしう女きみはおほしいつふる人
  とものまかてちらすさま/\にさふらひける
  なとまうのほりあつまりていとうれしと
  おもひあへりおとこ君
    なれこそは岩もるあるしみし人の」23ウ

  ゆくゑはしるややとのまし水女きみ
    なき人のかけたにみえすつれなくて
  こゝろをやれるいさらゐの水なとの給ほとに
  おとゝ内よりまかて給けるをもみちの色に
  おとろかされてわたり給へりむかしおはさゐし
  御有様にもおさ/\かはる事なくあたり/\
  おとなしくすまひ給へるさまはなやかなるを
  みたまふにつけてもいと物あはれにおほさる
  中納言もけしきことにかほすこしあかみて
  いとゝしつまりて物し給あらまほしく」24オ

  うつくしけなる御あはひなれと女はまたかゝる
  かたちのたくひもなとかなからんとみえ給へり
  おとこはきはもなくきよらにをはすふる
  人ともおまへにところえてかみさひたること
  ともきこえいつありつる御手習とものちり
  たるを御らんしつけてうちしほたれ給こ
  のみつの心たつねまほしけれとおきなは
  こといみしくとの給ふ
    そのかみのおい木はむへもくちぬれむ
  うへしこ松もこけおひにけりおとこ君の」24ウ

  御さいしやうのめのとつらかりし御心もわすれ
  ねはしたりかほに
    いつれをもかけとそたのむふたはより
  ねさしかはせる松のすゑ/\おい人ともゝ
  かやうのすちにきこえあつめたるを中納言は
  おかしとおほす女君はあいなくおもてあかみ
  くるしときゝ給ふ神無月の二十日あまりの
  ほとに六条院に行幸あり紅葉のさかり
  にてけふあるへきたひの行幸なるに朱
  雀院にも御せうそこありて院さへわたり」25オ

  おはしますへけれは世にめつらしく有難き
  ことにてよ人も心をおとろかすあるしの院方も
  御心をつくしめもあやなる御心まうけを
  せさせ給ふみの時に行幸ありてまつむまは
  殿に左右のつかさの御馬ひきならへて左右
  近衛たちそひたるさほう五月のせちにあや
  めわかれすかよひたりひつしくたるほとにみなみ
  のしん殿にうつりおはします道のほとのそり
  橋わた殿にはにしきをしきあらはなるへ
  き所にはせんしやうをひきいつくしう」25ウ

  しなさせ給へりひんかしのいけに船とも
  うけてみつしところのうかひのおさ院の
  うかひをめしならへてうをおろさせ給へり
  ちいさきふなともくいたりわさとの御らんとは
  なけれともすきさせ給ふみちのけふはかり
  になん山のもみちいつかたもおとらねと西の
  おまへは心ことなるをなかのらうのかへをくつ
  し中門をひらきて霧のへたてなくて御
  覧せさせ給ふ御さふたつよそひてあるしの
  御さはくたれるをせむしありてなを給ふほと」26オ

  めてたく見えたれとみかとはなをかきりある
  いや/\しさをつくしてみせたてまつり給
  はぬことをなんおほしける池のいをゝ左少将取
  蔵人所のたかゝいのきたのにかりつかまつ
  れる鳥ひとつかひを右のすけさゝけてしん
  殿のひんかしより御まへにいてゝみはしの
  左右にひさをつきてそうすおほきおとゝ仰
  こと給ててうしておものにまいるみこたちか
  むたちめなとの御まうけもめつらしきさまに
  つねのことともをかへてつかうまつらせ給へり」26ウ

  みな御ゑいになりて暮かゝるほとにかく
  所の人めすわさとの大かくにはあらすなまめ
  かしきほとに殿上のわらはへまひつかうまつる
  朱雀院の紅葉の賀れいのふる事おほ
  しいてらる賀皇恩といふものをそうす
  るほとにおほきおとゝの御おとこのとをはかり
  なるせちにおもしろうまふうちのみかと御
  そぬきて給ふおほきおとゝおりてふたう
  し給あるしの院きくをおらせ給てせいかい
  はのをりをおほしいつ」27オ

    色まさるまかきの菊もをり/\に
  袖うちかけし秋をこふらしおとゝそのお
  りはおなしまひにたちならひきこえ給ひ
  しをわれも人にはすくれたまへるみなから
  なをこのきはゝこよなかりけるほとおほし
  しらるしくれおりしりかほなり
    むらさきの雲にまかへるきくのはな
  にこりなきよのほしかとそみるときこそ
  ありけれと聞え給ふゆふ風のふきしく
  もみちの色々こきうすきにしきをしき」27ウ

  たるわた殿のうへ見えまかふにはのおもにかた
  ちをかしきわらはへのやむことなきいへの
  こともなとにてあをきあかきしらつるはみす
  はうゑひそめなとつねのことれいのみつらに
  ひたい斗のけしきを見せてみしかき物
  ともをほのかにまひつゝもみちのかけにかへ
  りいるほと日のくるゝもいとほしけなりかく
  しよそなとおとろ/\しくはせすうへの御あそひ
  はしまりてふんのつかさの御ことゝもめす
  物のけうせちなるほとにこせんにみな御こと」28オ

  ともまいれり宇多の法師かはらぬ声
  も朱雀院はいとめつらしくあはれにき
  こしめす
    秋をへて時雨ふりぬる里人も
  かゝるもみちのをりをこそみねうらめし
  けにそおほしたるやみかと
    よのつねのもみちとやみるいにしへの
  ためしにひけるにはのにしきをときこえ
  しらせ給ふ御かたちいよ/\ねひとゝのほり
  給てたゝひとつ物とみえさせ給を中納言」28ウ

  さふらひ給かこと/\ならぬこそめさましか
  めれあてにめてたきけはひやおもひな
  しにをとりさらんあさやかににほはしき
  所はそひてさへみゆふへつかうまつり給いと
  おもしろしさうかの殿上人みはしに
  さふらふなかに弁の少将のこゑすくれたり
  なをさるへきにこそと見えたる御なからひ
  なめり」29オ

(白紙)」29ウ

【奥入01】宇陀法師
    新儀式<四月旬儀>
    若有奏絃哥事者近衛府音楽記
    内侍奉仰出御屏風南辺召大臣々々起
    座跪候御屏風南頭即勅可召堪管
    絃親王公卿等大臣奉仰退還召出居令
    置草塾於御帳東西一許丈大臣先進
    着草塾次人依召移着大臣召書司
    々々一人執和琴出車障子戸献之
    <謂宇陀法/師也>各奏絲竹或召加殿上侍臣能歌」30オ

    者預之王卿廻勧盃数曲之後奏見参
    長保二年十一月十五日<小野右府>新宮之後
    初出御南殿曰大臣以下管絃人着御前
    草塾次召書司々々
    女嬬凡宇陀法師出自御障子戸置
    草塾前又絲竹之器次々取出皆書
    司女官役之
    或記云
    延久四年宇治殿御命云於南殿御遊之
    時召宇陀法師<和/琴>其詞云<御タナ/ラシ>此詞有」30ウ

    故之宇陀法師以檜作之先一条院
    御時内裏焼已々時焼失之(戻)」31オ

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