若菜上(大島本) First updated 11/15/2001(ver.1-1)
Last updated 2/17/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

若菜上

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「わかな上」(題箋)

  朱雀院の御門・ありしみゆきの後其比
0001【朱雀院の御門】-承平御門になすらふへし
0002【みゆき】-藤裏巻
  ほひよりれいならすなやみわたらせ給・もと
  よりあつしくおはしますうちに・このたひは物
  心ほそくおほしめされて・としころをこなひ
  のほいふかきを・きさいの宮おはしましつる
  程は・よろつはゝかりきこえさせ給て・いまゝて
  おほしとゝこほりつるを・猶そのかたにも
  よをすにやあらむ・世にひさしかるましき
  心ちなんするなとのたまはせて・さるへき御
  心まうけともせさせ給ふ・御こたちは春宮」1オ
  をゝきたてまつりて・女宮たちなん四と
0003【女宮たちなん四ところ】-女一宮落葉宮女四宮是也
  ころおはしましける・その中にふち(ち$ち<朱>)つほと
0004【ふちつほときこえし】-延喜御時承香殿女御正三位源和子ハ光孝天皇の源氏也女御の御腹に慶子韶子斉子内親王三人ありいま女三宮ハ是になすらふるにや
  きこえしは・先帝の源氏にそおはしましける・
  また坊ときこえさせし時・まいり給てたか
  きくらゐにもさたまり給へかりし人の・
  とりたてたる御うしろみもおはせす・はゝ
  かたもそのすちとなく・物はかなきかうい
  はらにてものし給けれは・御ましらひの程
  も心ほそけにて・おほきさいの内侍督を・
  まいらせたてまつり給て・かたはらにならふ」1ウ
  人なく・もてなしきこえなとせし程に・けおされ
  て・みる(る$か<朱>)とも御心の中にいとおしき物には
  思きこえさせ給なから・おりさせ給にしかはかひ
0005【おりさせ給に】-朱雀院の脱履ハ身尽の巻にあり
  なくくちおしくて・世の中をうらみたるやう
  にて・うせ給にし・その御はらの女三宮を・あまた
  の御中にすくれてかなしき物に思かしつき
  きこえ給・その程御とし十三四はかりおはす・
  いまはとそむきすて山こもりしなん後の
  世にたちとまりて・たれをたのむかけにて物
0006【たのむかけ】-\<朱合点> わひ人のわきて(古今292・遍昭集30、河海抄・休聞抄・孟津抄)
  し給はんとすらむと・たゝこの御事をうしろ」2オ
  めたくおほしなけく(く+に・)にし山なる御寺つくり
0007【にし山なる御寺】-仁和寺をいふなり光孝天皇御願寺也又宇多天皇御出家のゝち延喜元年十二月ニ御室仁和寺にたてらる同四年円堂をつくらる又承平御門天暦六年三月御出家ありて四月仁和寺に遷御あり
  はてゝ・うつろはせ給はん程の御いそきをせさせ
  給にそへて・又この宮の御もきの事をおほし
  いそかせ給・院のうちにやんことなくおほす御
  たから物御てうとゝもをは・さらにもいはすはか
  なき御あそひ物まて・すこしゆへあるかき
  りをはたゝこの御方にとりわたしたてまつ
  らせ給て・そのつき/\をなむ・ことみこたち
0008【そのつき/\を】-宇多御門御出家後朱雀院と申承平四年朱雀院御処分の事あり
  には・御そふふんともありける・春宮はかゝる御
0009【御なやみ】-朱雀
  なやみにそへて・世をそむかせ給へき御心つかひ」2ウ
  になと・きかせ給てわたらせ給へり・はゝ女御も
0010【はゝ女御】-承香殿
  そひきこえさせ給てまいり給へり・すくれ
  たる御おほえにしもあらさりしかと・宮の
  かくておはします御すくせの・かきりなくめ
  てたけれは・とし比の御物かたりこまやかに
  きこえさせ給けり・宮にもよろつの事
  世をたもち給はん御心つかひなときこえし
  らせ給・御うしろみともゝこなたかなた・か
  ろ/\しからぬなからひにものし給へは・いと
  うしろやすく思きこえさせ給・この世にうらみ」3オ
0011【この世に】-朱雀院の御詞
  のこる事も侍らす・女宮たちのあまた
  のこりとゝまる行さきをおもひやるなん・
  さらぬ別にもほたしなりぬへかりける・さき
0012【さらぬ別にも】-\<朱合点>
0013【ほたし】-\<朱合点>
  さき人のうへにみきゝしにも・女は心よりほか
  にあは/\しく人におとしめらるゝすくせ
  あるなん・いとくちおしくかなしき・いつれ
  をも思やうならん御世には・さま/\につけて・御
  心とゝめておほしたつねよ・その中にうし
0014【おほしたつねよ】-東宮ニ教申
  ろみなとあるはさるかたにも思ゆつ(つ$つ)り侍り・
  三宮なむいはけなきよはひにて・たゝ」3ウ
  ひとりをたのもしき物とならひて・うち
  すてゝむ後の世にたゝよひさすらへむこと・
  いと/\うしろめたく・かなしく侍と・御目
  おしのこひつゝきこえしらせさせ給・女御にも
0015【女御】-承
  心うつくしきさまにきこえつけさせ給・されと
0016【心うつくし】-慈悲 それをのみたのみ給ふ御心むけなり
0017【されと】-院の御心申
  女御の人よりはまさりてときめき給ひしに・
0018【女御】-源氏宮
  みないとみかはし給しほと・御なからひとも・え
  うるはしからさりしかは・そのなこりにてけにいま
  は・わさとにくしなとはなくとも・まことに心
  とゝめて思うしろみむとまては・おほさす」4オ
  もやとそおしはからるゝかし・あさ夕に
0019【あさ夕に】-作者詞
  この御ことをおほしなけく・としくれ行
  まゝに御なやみまことにをもくなりまさら
  せ給て・みすのとにもいてさせ給はす・御もの
  のけにて時々なやませ給こともありつれと・
  いとかくうちはへ・をやみなきさまにはおはし
  まさゝりつるを・このたひは猶かきりなり
  とおほしめしたり・御くらいをさらせ給つれと・
  猶その世にたのみそめたてまつり給へる人々は・
  いまもなつかしくめてたき御ありさまを心」4ウ
  やり所にまいりつかうまつり給かきりは・心を
  つくしておしみきこえ給ふ・六条院よりも御
  とふらひしは/\・あり身つからもまいり給へき
  よしきこしめして・院はいといたくよろこひ
  きこえさせ給・中納言の君まいり給へるを・み
0020【中納言の君】-夕霧
  すのうちにめしいれて御物かたりこまやか
  なり・故院のうへのいまはのきさみにあま
0021【故院のうへ】-朱雀院御詞 桐壺御門事
  たの御ゆひこんありし中に・この院の御こと・
0022【この院】-源氏事
  いまのうちの御事なん・とりわきての給
0023【いまのうち】-冷泉院
  をきしを・おほやけとなりて・ことかきりあり」5オ
0024【おほやけとなりて】-朱雀
  けれは・うち/\の御心よせはかはらすなから・はか
0025【はかなきこと】-朧月夜の事
  なきことのあやまりに心をかれたてまつる事
0026【あやまりに】-須磨
  もありけんと思ふを・としころことにふれて
  そのうらみのこし給へるけしきをなん
  もらし給はぬ・さかしき人といへと・身のうへ
  になりぬれは・ことたかひて心うこき・かなら
  すそのむくひみえ・ゆかめる事なんいにしへ
  たにおほかりける・いかならんおりにか・その御心
  はへほころふへからむと・世人もおもむけうた
  かひけるを・つゐにしのひすくし給て・春宮」5ウ
  なとにも心をよせきこえ給・いまはた又なく・
  したしかるへき・中となりむつひかはし給
0027【したしかるへき】-明石姫君東宮の女御になり給ふ事也
  へるも・かきりなく心には思ひなから・本上のを
  ろかなるにそへて・このみちのやみにたち
0028【このみちのやみに】-\<朱合点> 人のおやの心は(後撰1102・古今六帖1412・兼輔集127・大和物語61、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ましり・かたくななるさまにやとて・中/\
  よその事にきこえはなちたるさまにて
  はつ(つ$へ)る内の御事はかの御ゆいこんたかへす・
0029【かの御ゆいこん】-桐ー
  つかうまつりをきてしかはかくすゑの世の
0030【すゑの世のあきらけき君】-冷泉院をハ天暦御門になすらへ奉る也
  あきらけき君として・きしかたの御おもて
  おも・おこし給ふほいのこと・いとうれしくなん」6オ
  この秋の行幸の後・いにしへの事とりそへ
0031【この秋】-十月秋といへる紅葉を賞する故也又ハ春秋のき也
  てゆかしくおほつかなくなんおほえ給・たい
  めんにきこゆへき事ともはへり・かならすみつ
  からとふらひものし給へきよし・もよをし
  申給へなと・うちしほたれつゝのたまはす・
  中納言の君・すき侍にけんかたは・ともかくも
0032【すき侍に】-過也
  おもふたまへわきかたくはへり・としまかり
0033【としまかり】-夕霧返答
  いり侍ておほやけにも・つかうまつり侍
  あひた・世中のことをみたまへまかりあ
  りく程には・大小のことにつけても・うち/\」6ウ
  のさるへき物かたりなとのついてにも・いに
  しへのうれはしきことありてなんなと・うち
  かすめ申さるゝおりは侍らすなん・かくおほや
  けの御うしろみを・つかうまつりさして・しつ
  かなる思をかなへむと・ひとへにこもりゐし
0034【ひとへに】-偏
  後は・なに事をもしらぬやうにて・故院の
0035【故院】-桐
  御ゆいこんのことも・えつかうまつらす・御くら
  ゐにおはしましゝ世には・よはひの程も身
  のうつは物もをよはす・かしこき・かみの人々
  おほくて・その心さしをとけて御らむせら」7オ
  るゝ事もなかりき・いまかくまつりことを
  さりて・しつかにおはしますころほひ・心の
  うちをもへたてなくまいりうけたまはらま
  ほしきを・さすかになにとなく所せき身の
  よそほひにて・をのつから月日をすくす事
  となん・おり/\なけき申給なと・そうし給・
  二十にもまたわつかなる程なれと・いとよく
0036【二十にもまたわつかなる程なれと】-夕霧ありさま御らんして院の思召とりし事
  とゝのひすくして・かたちもさかりににほひ
  て・いみしくきよらなるを・御めにとゝめてうち
  まもらせ給つゝ・このもてわつらはせ給・ひめ」7ウ
0037【ひめ宮】-女三
  宮の御うしろみに・これをやなと人しれす
  おほしよりけり・おほきおとゝのわたりに・いま
0038【おほきおとゝ】-朱雀院# 致仕
  は・すみつかれにたりとな・とし比心えぬさま
  にきゝしる・いとおしかりしを・みゝやすき
  物から・さすかにねたく思ことこそあれと・の
  たまはする御けしきをいかにのたまは
0039【いかにのたまはするにと】-夕霧心中
  するにと・あやしく思めくらすに・このひめ
  宮をかくおほしあつかひて・さるへき人あ
  らは・あつけて心やすく世をも思はなれはや
  となん・おほしのたまはすると・をのつから」8オ
  もりきゝ給・たよりありけれは・さやうの
  すちにやとは思ぬれと・ふと心えかほにも・
  なにかはいらへきこえさせん・たゝはか/\しく
0040【たゝはか/\しく】-これよりハ夕霧御返答
  も侍らぬ身には・よるへもさふらひかたくの
  みなんとはかり・そうしてやみぬ・女房なと
  は・のそきてみきこえて・いとありかたく
  も・みえ給かたちよういかな・あなめてたなと・
  あつまりてきこゆるを・おいしらへるはいて
  さりとも・かの院のかはかりにおはせし御
0041【かの院】-源氏御事
  ありさまには・えなすらひきこえ給はさ」8ウ
  めり・いとめもあやにこそ・きよらにものし
  給しかなと・いひしろふをきこしめして・
0042【きこしめして】-朱雀院
  まことにかれは・いとさまことなりし人そかし・
0043【かれは】-源氏御事夕霧事取ませてありよく見わくへし
  いまは又その世にも・ねひまさりて・ひかる
  とは・これをいふへきにやとみゆるにほひ
  なん・いとゝ・くはゝりにたる・うるはしたちて・
  はか/\しきかたにみれは・いつくしくあ
  さやかに・めもをよはぬこゝちするを・又うち
  とけてたはふれことをも・いひみたれあそへは・
  そのかたにつけては・にる物なく・あい行つき」9オ
  なつかしく・うつくしきことのならひなき
  こそ・世にありかたけれ・なに事にもさき
  の世・おしはかられて・めつらかなる人のあり
  さまなり・宮のうちにおひいてゝ・ていわう
  のかきりなく・かなしき物にしたまひ・さは
  かりなてかしつき・みにかへておほしたりし
  かと・心のまゝにもおこらす・ひけして・廿か内
0044【廿か内には】-源十九宰相廿一大将
  には・納言にもならすなりにきかし・ひとつ
  あまりてや宰相にて・大将かけ給へりけん・
0045【宰相にて大将かけ】-参議時任例後二条関白師<モロ>通非参議人任例氏宗公
  それにこれはいとこよなく・すゝみにためる」9ウ
0046【これはいとこよなくすゝみ】-夕霧ハ十九歳ニテ中納言ニ任セル事ヲいへり
  は・つき/\のこのよのおほえのまさるな
  めりかし・まことにかしこきかたのさえ・心もち
  ゐなとは・これもおさ/\おとるましく・
  あやまりてもおよすけまさりたるおほえ・
  いとことなめりなと・めてさせ給・ひめ宮のいと
  うつくしけにてわかくなに心なき御あり
  さまなるをみたてまつり給にも・見はやし
  たてまつり・かつは又かたをひならむ事をは・
  みかくしをしへきこえつへからむ・人のうし
  ろやすからむに・あつけきこえはやなと」10オ
  きこえ給・おとなしき御めのとゝもめしいてゝ・
  御もきの程の事なとのたまはするついてに・
  六条のおとゝの・式部卿のみこのむすめ・おほし
0047【式部卿のみこのむすめ】-紫上事
  たてけんやうに・この宮をあつかりてはくゝまん
  人もかな・たゝ人の中にはありかたし・内には
  中宮さふらひ給・つき/\の女御たちとても
0048【中宮】-秋
  いとやんことなきかきり物せらるゝに・はか/\
  しきうしろみなくてさやうのましらひ
  いと中/\ならむ・この権中納言の朝臣の
0049【権中納言の朝臣】-夕
  ひとりありつる程に・うちかすめてこそ心みる」10ウ
  へかりけれ・わかけれといときやうさくに・おい
  さきたのもしけなる人にこそあめるをとの
  給はす・中納言はもとよりいとまめ人にて・
  とし比もかのわたりに心をかけて・ほかさまに
0050【かのわたり】-雲居雁の事
  思うつろふへくも侍らさりけるに・そのおもひ
  かなひては・いとゝゆるくかた侍らし・かの院
0051【かの院】-源氏御事
  こそ中/\猶いかなるにつけても・人をゆか
  しくおほしたる心はたえす物を(を#)せさせ給ふ
  なれ・その中にもやむことなき御ねかひふか
  くて・前斎院なとをもいまにわすれかたく」11オ
0052【前斎院】-槿
  こそきこえ給なれと申す・いてそのふり
0053【いてその】-朱ー詞
  せぬあたけこそは・いとうしろめたけれとは
  の給すれと・けにあまたの中にかゝつらひて・
  めさましかるへきおもひはありとも・猶やかて
  おやさまにさためたるにて・さもやゆつりをき・
  きこえましなともおほしめすへし・まことに
  すこしもよつきてあらせむと思はん女こも
0054【女】-ヲン
  たらは・おなしくはかの人のあたりにこそはふ
0055【ふれははせ】-触
  れははせまほしけれ・いくはくならぬこの
  世のあひたはさはかり心ゆくありさまにて」11ウ
  こそすくさまほしけれ・われ女ならはおなし
  はらからなりとも・かならすむつひより
  なまし・わかゝりし時なとさなんおほえし・
  まして女のあさむかれんは・いとことはりそや
0056【あさむかれん】-哢
  との給はせて・御心の中にかむの君の御事
0057【かむの君】-朧
  もおほしいてらるへし・この御うしろみとも
0058【この御うしろみ】-女三
  の中にをも/\しき御めのとのせうと・左中弁
0059【左中弁】-六条院の院司かねたるをいふにや
  なるかの院のしたしき人にてとしころつ
0060【かの院】-六
  かうまつるありけりこの宮にも心よせこと
0061【この宮】-朱雀院#
  にてさふらへはまいりたるにあひて物かたり」12オ
  するついてに・うへなむしか/\御けしきあり
0062【うへなむ】-朱ー
  て・きこえ給しを・かの院におりあらは・もらし
0063【かの院に】-六
  きこえさせ給へ・みこたちは・ひとりおはし
  ますこそはれいの事なれと・さま/\につ
  けて心よせたてまつり・なに事につけて
  も御うしろみし給人あるは・たのもしけなり・
  うへをゝきたてまつりて・又ま心におもひき
0064【うへを】-朱
  こえ給へき人もなけれは・おのらはつかう
0065【おのらは】-左中弁詞
  まつるとても・なにはかりの宮つかへにかあらむ・
  我心ひとつにしもあらて・をのつからおもひの」12ウ
  ほかの事も・おはしまし・かる/\しきき
  こえもあらむ時には・いかさまにかは・わつらは
  しからむ・御らんする世にともかくも・この御こと
0066【この御こと】-女三
  さたまりたらは・つかうまつりよくなんあるへき・
  かしこきすちときこゆれと・女はいとすくせ
  さためかたくおはします物なれは・よろつに
  なけかしく・かくあまたの御中に・とりわき
  きこえさせ給につけても・人のそねみあへか
  めるを・いかてちりもすゑたてまつらしとか
0067【ちりもすゑたてまつらし】-\<朱合点> ちりをたにすへし(古今167・古今六帖3625・和漢朗詠299・躬恒集273、異本紫明抄・紫明抄・休聞抄・紹巴抄・花屋抄) 塵斗も人にあしく思ハせたてまつらしの心也又けかされぬ心也
  たらふに・弁いかなるへき御事にか・あらむ・院」13オ
0068【院】-六
  はあやしきまて・御心なかくかりにても
  みそめ給へる人は・御心とまりたるをも・又さし
  もふかゝらさりけるをも・かた/\につけてた
  つねとり給つゝ・あまたつとへきこえ給へれと・
  やんことなくおほしたるは・かきりありてひと
0069【ひとかた】-紫上事
  かたなめれは・それにことよりてかひなけなる
  すまひし給ふ・かた/\こと(こと#こそ<朱>)はおほかめるを・御
  すくせありて・もしさやうにおはしますやう
  もあらは・いみしき人ときこゆとも・たち
  ならひておしたち給事は・えあらしとこそ」13ウ
0070【おしたち】-圧
  はおしはからるれと・猶いかゝとはゝからるゝ
  ことありてなんおほゆるさるはこの世のさ
  かえすゑの世にすきて・身に心もとなき
  ことはなきを・女のすちにてなん・人のもとき
  をもおひ・我心にもあかぬ事もあるとなん・
  つねにうち/\のすさひことにも・おほしの給
  はすなる・けにをのれらかみたてまつる
0071【をのれらか】-左中弁
  にもさなんおはします・かた/\につけて御影
  にかくし給へる人・みなその人ならすたち
  くたれるきはにはものし給はねと・かきりある」14オ
  たゝ人ともにて・院の御ありさまにならふ
0072【院の】-六
  へきおほえくしたるやはおはすめる・それに
  おなしくは・けにさもおはしまさは・いかにたく
  ひたる御あはひならむと・かたらふを・めのと
0073【めのと】-女三
  又ことのついてに・しか/\なん・なにかしのあ
0074【しか/\なん】-左中弁
  そむに・ほのめかし侍しかは・かの院には・かならす
0075【かの院】-六
  うけひき申させ給てむ・とし比の御ほいか
  なひておほしぬへきことなるを・こなたの
  御ゆるしまことにありぬへくは・つたへきこ
  えんとなん申侍しを・いかなるへきことにか」14ウ
  は侍らむ・程/\につけて人のきは/\お
  ほしわきまへつゝ・ありかたき御心さまに物
  し給なれと・たゝ人たに・又かゝつらひおもふ人たち
  ならひたることは・人のあかぬことにしはへ
  めるを・めさましき事もや侍らむ・御うし
  ろみのそみ給人々はあまたものし給めり・よく
  おほしさためてこそ・よく侍らめ・かきりなき
  人ときこゆれと・いまの世のやうとては・みな
  ほからかにあるへかしくて・世の中を御心とす
0076【ほからかに】-調達
  くし給つへきも・おはしますへかめるを・」15オ
  ひめ宮はあさましくおほつかなく・心もと
  なくのみみえさせ給に・さふらふ人々はつかう
  まつるかきりこそ侍らめ・おほかたの御心を
  きてにしたかひきこえて・さかしき・しも
  人もなひきさふらふこそたよりあることに
  侍らめ・とりたてたる御うしろみものし給は
  さらむは・猶心ほそきわさになん侍へきとき
  こゆ・しかおもひたとるによりなん・みこたち
  のよつきたるありさまは・うたてあは/\し
  きやうにもあり・又たかききはといへとも・」15ウ
  女はおとこにみゆるにつけてこそ・くやし
  けなる事もめさましきおもひも・をのつから
  うちましるわさなめれと・かつは心くるしく
  思ひみたるゝを・又さるへき人にたちをくれ
  て・たのむかけともに・わかれぬる後・心をたてゝ
  世中にすくさむ事も・むかしは人の心
  たひらかにて・世にゆるさるましき程の事
  をは・思をよはぬものとならひたりけん・いま
  の世にはすき/\しくみたりかはしきことも・
  るいにふれて・きこゆめりかし・昨日まて」16オ
  たかきおやのいへにあかめられかしつかれし人
  のむすめの・けふはなを/\しくくたれるき
  はのすき物ともになをたちあさむかれて
  なきおやのおもてをふせ・かけをはつかし
  むるたくひおほくきこゆる・いひもてゆ
  けはみなおなしことなり・程/\につけてす
  くせなといふなることは・しりかたきわさなれ
  は・よろつにうしろめたくなん・すへてあし
  くもよくもさるへき人の心にゆるしをき
  たるまゝにて・世中をすくすは・すくせ/\」16ウ
  にて後の世におとろへあるときも・身つから
0077【後の世】-末世
  のあやまちにはならす・ありへてこよなき・
0078【へて】-経
  さいはひあり・めやすきことになるおりは・
  かくてもあしからさりけりとみゆれと・猶
  たちまちにふとうちきゝつけたる程は・
  おやにしられすさるへき人もゆるさぬに・心
  つからのしのひわさしいてたるなん・女の身
  にはますことなき・きすとおほゆるわさ
  なる・なを/\しきたゝ人のなからひにて
0079【たゝ人】-凡
  たに・あはつけく心つきなき事なり・」17オ
  身つからの心よりはなれて・あるへきにも
0080【身つからの心よりはなれて】-三界唯ー
  あらぬを・思ふ心よりほかに人にもみえ・すく
  せのほとさためられんなむ・いとかる/\しく
  身のもてなしあり・さま/\おしはからるゝ事
  なるを・あやしく物はかなき心さまにやと
0081【心さまにや】-女三
  みゆめる御さまなるを・これかれの心にまかせ
0082【これかれ】-乳母共
  てもてなしきこゆな(な+る)さやうなることの世に
0083【きこゆなる】-朱
  もりいてんこといとうき事なりなとみすて
  たてまつり給はん後の世をうしろめた(△&た)けに
0084【後の世】-朱
  思きこえさせ給へれは・いよ/\わつらはしく」17ウ
  思あへり・いますこし物をも思ひしり給ほと
0085【思あへり】-乳母共
0086【いますこし】-朱詞
  まて見すくさんとこそは・としころねんし
  つるをふかきほいもとけすなりぬへき心ち
  のするに・思もよをされてなん・かの六条のおとゝ
0087【かの六条のおとゝ】-源
  はけにさりともものゝ心えて・うしろやす
  きかたはこよなかりなんを・かた/\にあまた
  ものせらるへき人々をしるへきにもあらすかし・
  とてもかくても人の心から也・のとかにおち
  ゐておほかたの世のためしともうしろや
  すきかたはならひなくものせらるゝ人なり・」18オ
  さらてよろしかるへき人たれはかりかは
  あらむ・兵部卿宮人からはめやすしかし
0088【兵部卿宮】-蛍
  おなしきすちにてことひとゝわきまへ
  おとしむへきにはあらねと・あまりいたくな
  よひよしめく程に・をもきかたをくれて・す
  こしかろひたるおほえやすゝみにたらむ・
  猶さる人はいとたのもしけなくなんある・又
  大納言の朝臣のいへつかさ・のそむなるさる
0089【大納言の朝臣】-無系図
  かたにものまめやかなるへき事にはあなれと・
  さすかにいかにそや・さやうにおしなへたるきはゝ」18ウ
0090【いかにそや】-如何
  猶めさましくなんあるへき・むかしもかうやうなる
  えらひには・なに事も人にことなるおほえあるに
  ことよりてこそありけれ・たゝひとへに又なく・
  もちゐんかたはかりを・かしこきことに思さた
  めん(ん+は<朱>)いとあかすくちおしかるへきわさになん・右
0091【右衛門督】-柏木事
  衛門督のしたにわふなるよし内侍督の物
  せられし・その人はかりなんくらゐなといますこし
  物めかしき程になりなは・なとかはとも・思より
  ぬへきをまたとしいとわかくてむけにかろ
  ひたるほと也・たかき心さしふかくてやもめにて」19オ
  すくしつゝ・いたくしつまり思あかれるけ
  しき・人にはぬけてさえなとも・こともなくつゐ
  には世のかためとなるへき人なれは・行すゑも
  たのもしけれと・猶又このためにと思はてむ
  にはかきりそあるやと・よろつにおほしわつ
0092【かきりそあるや】-爰マテ朱ー詞
  らひたり・かうやうにもおほしよらぬあね宮たち
  をは・かけてもきこえなやまし給人もなし・
  あやしくうち/\にのたまはする御さゝめき
  事ともの・をのつからひろこりて心をつくす
  人々おほかりけり・おほきおとゝも・この衛門督」19ウ
0093【おほきおとゝ】-致仕詞
  のいまゝてひとりのみありてみこたちならすは・
  えしとおもへるをかゝる御さためともいてきたなる
  をりに・さやうにもおもむけたてまつりてめし
  よせられたらむ時・いかはかり我ためにもめん
  ほくありてうれしからむとおほしの給て・
  内侍のかんの君にはかのあね北方してつたへ
0094【あね北方】-姉 四君
  申給なりけり・よろつかきりなきことの葉を
  つくしてそうせさせ御けしきたまはらせ給・兵部
0095【兵部卿宮】-蛍
  卿宮は左大将の北の方をきこえはつし給て
0096【左大将の北の方】-玉
  きゝ給らん所もありかたほならむことはとえり」20オ
  すくし給にいかゝは御心うこかさらむかきりなく
0097【うこかさらむ】-立
  おほしいられたり・藤大納言はとしころ院
  の別当にて・したしくつかうまつりてさふ
  らひなれにたるを・御山こもりし給なん・のちより
  所なく心ほそかるへきにこの宮の御うしろみ
0098【この宮】-女三
  に事よせて・かへり見させ給へく御けしきせち
  に給はりたまふなるへし・権中納言もかゝる
0099【権中納言】-夕
  事ともをきゝ給ふに・人つてにもあらすさは
  かりおもむけさせたまへりし御けしきを・見
  たてまつりてしかは・をのつからたよりにつけて」20ウ
  もらしきこしめさるゝ事もあらはよもゝ
  てはなれてはあらしかしと・心ときめきもし
  つへけれと・女君のいまはとうちとけてたのみ
0100【女君】-雲井
  給へるを・としころつらきにもことつけつへ
0101【ことつけ】-カコツケ
  かりし程たに・ほかさまの心もなくて・すくし
  てしをあやにくに・いまさらにたちかへりに
  わかに物をや思はせきこえん・なのめならす
  やむことなきかたに・かゝつらひなは・なに事も
  思まゝならて・ひたりみきにやすからすは
  我身もくるしくこそはあらめなと・もとより」21オ
  すき/\しからぬ心なれは・思しつめつゝうち
  いてねと・さすかにほかさまにさたまりはて
  給はんも・いかにそやおほえて・みゝはとまりけり・
0102【みゝはとまりけり】-耳ニトマル
  春宮にもかゝる事ともきこしめして・さし
  あたりたるたゝいまのことよりも・後の世
  のためしともなるへき事なり・人から
  よろしとてもたゝ人はかきりあるを・猶しか
  おほしたつことならは・かの六条院にこそ・おや
  さまにゆつりきこえさせ給はめとなん・わさとの
  御せうそことはあらねと御けしきありける」21ウ
  を・まちきかせ給てもけにさること也・いとよく
0103【まちきかせ給て】-朱
  おほしのたまはせたりと・いよ/\御心たゝせ給て・
0104【御心たゝせ給て】-思立
  まつかの弁してそ・かつ/\あないつたへきこえさ
  せ給ける・この宮の御事かくおほしわつらふ
0105【この宮の御事】-源氏御詞御心中
  さまは・さき/\もみなきゝをき給へれは・心くるし
  きことにもあなるかな・さはありとも院の御
  世のゝこりすくなしとて・こゝには又いくはく
  たちをくれたてまつるへしとてか・その御うし
  ろみの事をはうけとりきこえん・けにしたいを
  あやまたぬにて・いましはしの程ものこりとま」22オ
  るかきりあらは・おほかたにつけては・いつれの
  御子たちをも・よそにきゝはなちたてまつる
  へきにもあらねと・又かくとりわきて・きゝをき
  たてまつりてんをは・ことにこそはうしろみきこ
  えめとおもふを・それたにいとふちやうなる世
  のさためなさなりやとの給て・ましてひと
  つ(つ$<朱>)に・たのまれたてまつるへきすちにむつひ
  なれきこえんことは・いと中/\にうちつゝき
  世をさらむきさみ心くるしく・みつからの
  ためにもあさからぬほたしになんあるへき・中」22ウ
0106【中納言】-夕
  納言なとは年わかくかろ/\しきやうなれと・
  行さきとをくて人からもつゐにおほやけの
  御うしろみともなりぬへき・おいさきなんめれは・
  さもおほしよらむに・なとかこよなからむされと
  いといたくまめたちて・思ふ人さたまりにてそ
  あめれは・それにはゝからせたまふにやあらむなと
  の給て・身つからはおほしはなれたるさまなるを・
  弁はおほろけの御さためにもあらぬを・かくの
0107【おほろけの】-弁詞
  給へは・いとおしくくちおしくも思て・うち/\
  におほしたちにたるさまなと・くはしくき」23オ
  こゆれは・さすかにうちえみつゝいとかなしく
0108【いとかなしく】-源氏御詞
  したてまつり給みこなめれは・あなかちにかく
  きしかた行さきのたとりもふかきなめり
  かしな・たゝうちにこそたてまつり給はめ・やん
  ことなきまつの人々・おはすといふことはよし
0109【まつの人々】-早参宮仕
  なき事なり・それにさはるへき事にもあら
  す・かならすさりとてすゑの人をろかなる
  やうもなし・こ院の御時におほきさきの・はう
  のはしめの女御にて・いきまき給しかと・
0110【いきまき】-怒姿也
  むけのすゑにまいり給へりし・入道の宮に」23ウ
0111【入道の宮】-薄雲也
  しはしはおされ給にきかし・このみこの御はゝ女
  御こそは・かの宮の御はらからにものしたまひ
  けめ・かたちもさしつきにはいとよしといはれ
  給し人なりしかは・いつかたにつけても・このひ
  め宮をしなへてのきはにはよもおはせしを
  なと・いふかしくは思きこえ給へしとしもくれぬ・
  朱雀院には御こゝち猶をこたるさまにもお
  はしまさねは・よろつあはたゝしくおほしたちて・
  御もきの事おほしいそくさまきしかた行
0112【御もき】-女三
  さきありかたけなるまて・いつくしくのゝしる・」24オ
  御しつらひはかへ殿のにしおもてに・御きちやう
0113【かへ殿】-柏 朱ー西対ニアリ
  よりはしめて・こゝのあやにしきをませさせ
  給はす・もろこしのきさきのかさりをおほし
  やりて・うるはしくこと/\しくかゝ(△&ゝ)やくはかり
  とゝのへさせ給へり・御こしゆひにはおほきおとゝ
0114【御こしゆひ】-康子内親王之小一条左大臣ニ例
0115【おほきおとゝ】-致仕
  をかねてよりきこえさせ給へりけれはこと/\
  しくおはする人にてまいりにくゝおほしけ
  れと院の御事をむかしよりそむき申給
  はねはまいり給・いまふた所の大臣たち・その
  のこり上達部なとは・わりなきさはりあるも」24オ
  あなかちにためらひ・たすけつゝまいり給・みこ
0116【みこたち】-宮
  たち八人・殿上人はたさらにもいはす・内春宮
  の・のこらすまいりつとひて・いかめしき御
  いそきのひゝき也・院の御ことこのたひこそ・
0117【院】-朱
  とちめなれと・みかと・春宮を・はしめたてまつ
0118【とちめ】-限
  りて・心くるしくきこしめしつゝ・蔵人所・
  おさめとのゝから物とも・おほくたてまつら
0119【から物】-宝
  せ給へり・六条院よりも人々のろく・そん者
0120【そん者】-尊 徳爵歯備一ー
  の大臣の御ひきいて物なと・かの院よりそ・
  たてまつらせ給ける・中宮よりも御さうそく・」25オ
0121【中宮】-秋
  くしのはこ心ことにてうせさせ給て・かのむかし
0122【むかしのみくしあけのく】-斎宮
  のみくしあけの・くゆへあるさまにあらた
  めくはへて・さすかにもとの心はえも・うしな
  はす・それとみせて・その日の夕つかたたてまつ
  れさせ給・宮の権の佐・院の殿上にもさふらふ
0123【宮の権の佐】-無系ー
  を御使にて・ひめ宮の御方にまいらすへく・のた
0124【ひめ宮】-女三
  まはせつれと・かゝることそ中にありける
    さしなからむかしをいまにつたふれはたまの
0125【さしなから】-中宮より三宮へ
  をくしそ神さひにける院御らむしつけて
  あはれにおほしいてらるゝ事もありけり・」25ウ
  あえ物けしうもあらしとゆつりきこえ給
  へるほとけにおもたゝしきかむさしなれは・御返
  もむかしのあはれをはさしをきて
    さしつきにみる物にもかよろつ世をつけ
0126【さしつきに】-朱雀院返し サス心
  のをくしの神さふるまてとそいはひきこえ
  給へる・御心ちいとくるしきをねんしつゝ・おほし
  おこして・この御いそきはてぬれは・三日すくして・
  つゐに御くしおろし給・よろしき程の人の
0127【御くし】-朱ー
  うへにてたに・いまはとて・さまかはるはかなしけ
  なるわさなれは・ましていとあはれけに御かた/\も」26オ
  おほしまとふ・内侍のかんの君は・つとさふらひ
0128【内侍のかんの君】-朧
0129【つとさふらひ】-集
  給て・いみしくおほしいりたるを・こしらへかね
  給て・子を思ふ道はかきりありけり・かく思し
  つみ給へる・別のたへかたくもあるかなとて・御心み
  たれぬへけれと・あなかちに御けうそくにかゝり
  給て・山の座主よりはしめて・御いむことのあさ
0130【山の座主】-朱ー例歟
  り三人・さふらひて・ほうふくなとたてまつる
  程・この世をわかれ給・御さほういみしくかなし・
  けふは・世を思すましたる僧たちなとたに・涙も
  えとゝめねは・まして女宮たち女御更衣」26ウ
  こゝらの男女・かみしも・ゆすりみちて・なき
0131【ゆすり】-動
  とよむに・いと心あはたゝしう・かゝらてしつ
  やかなる所に・やかてこもるへくおほしまう
  けゝる・ほいたかひておほしめさるゝも・たゝ
  このをさなき宮にひかされてとおほしのた
  まはす・内よりはしめたてまつりて・御とふらひ
  のしけさいとさらなり・六条院もすこし御
  心ちよろしくときゝたてまつらせ給てま
  いり給・御たうはりの御ふなとこそ・みなおなしこと
0132【御ふ】-勅旨田千町三千戸也
  おりゐのみかとゝ・ひとしく・さたまり給へれ」27オ
0133【おりゐのみかと】-仙洞
  と・まことの太上天皇の儀式には・うけはり給
  はす・世のもてなし思きこえたるさまなとは・心
  ことなれと・ことさらにそき給て・れいのこと/\
0134【こと/\しからぬ御車】-檳榔唐庇ナトハ後々ニ出来物也
  しからぬ御車にたてまつりて・上達部なと
  さるへきかきり車にてそ・つかうまつり給へる・
  院にはいみしくまちよろこひきこえさせ給
0135【院には】-朱雀院御事
  て・くるしき御心ちをおほしつよりて・御た
  いめんあり・うるはしきさまならすたゝおはし
  ますかたに・おましよそひくはへて・いれ
  たてまつり給へる・御ありさまみたてまつり」27ウ
0136【御ありさま】-源氏御心中
  給ふに・きしかた行さきくれてかなしく・とめ
  かたくおほさるれは・とみにもえためらひ給
  はす・故院にをくれたてまつりしころほひより・
  世のつねなくおもふ給へられしかは・このかたのほい
  ふかくすゝみ侍にしを・心よはくおもふたまへた
  ゆたふことのみ侍つゝ・つゐにかくみたてまつりなし
  侍まて・をくれたてまつり侍ぬる心のぬるさ
  を・はつかしく思たまへらるゝかな・身にとりて
  は・ことにもあるましくおもふ給へたち侍
  おり/\あるを・さらにいとしのひかたきことおほ」28オ
  かりぬへきわさにこそ侍けれと・なくさめかた
  くおほしたり・院も物心ほそくおほさるゝに・
0137【院】-朱雀院
  え心つよからす・うちしほたれ給ひつゝ・いにしへ
  いまの御物かたりいとよはけにきこえさせ
  給て・けふかあすかとおほえ侍つゝさすかに
0138【けふあすかと】-\<朱合点> 我世をは(新古今1651・伊勢物語158・業平集28、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  程へぬるをうちたゆみて・ふかきほいのはし
  にてもとけすなりなん事と・思おこして
  なん・かくてものこりのよはひなくは・をこなひ
  の心さしもかなふましけれと・まつかりにても
  のとめをきて・念仏をたにと(△&と)思ひ侍る・はか/\」28ウ
0139【のとめをきて】-ノトカ
  しからぬ身にても・世になからふることたゝこの
  心さしにひきとゝめられたると・おもふ給へしられ
  ぬにしもあらぬを・いままてつとめなき・を
  こたりをたにやすからすなんとて・おほしを
  きてたるさまなとくはしくの給はする
  つゐてに・女みこたちをあまたうちすて
  侍なん・心くるしき中にも又思ゆつる人なき
  をは・とりわきうしろめたくみわつらひ
  侍とて・まほにはあらぬ御けしき心くるしく
0140【御けしき】-源氏
  みたてまつり給・御心のうちにもさすかにゆ」29オ
0141【御心のうち】-源
  かしき御ありさまなれは・おほしすくしかた
  くて・けにたゝ人よりもかゝるすちには・わた
  くしさまの御うしろみなきはくちおしけ
  なるわさになん侍ける・春宮かくておはし
  ませはいとかしこきすゑの世のまうけの
0142【世のまうけの君】-儲弐
  君と・あめのしたのたのみ所にあふき・きこ
  えさするを・ましてこの事ときこえをかせ
  給はんことは・ひとことゝしておろそかにかろめ
  申給へきに侍らねは・さらに行さきのことおほ
  しなやむへきにも侍らねと・けに事かきり」29ウ
  あれはおほやけとなり給よのまつりこと・御
  心にかなふへしとはいひなから・女の御ためになに
  はかりのけさやかなる御心よせあるへきにも侍
  らさりけり・すへて女の御ためには・さま/\
  まことの御うしろみとすへき物は猶さるへき
  すちに契をかはし・えさらぬことにはくゝみ
  きこゆる・御まもりめ侍なん・うしろやすかるへ
  き事にはつるを・猶しひて後の世の御うたかひ
  のこるへくは・よろしきにおほしえらひて・
  しのひてさるへき御あつかりを・さためをかせ」30オ
  給へきになむはへなるとそうし給・さやうに
0143【さやうに】-朱雀院御詞
  思よる事侍れと・それもかたき事になん
  ありける・いにしへのためしをきゝ侍にも・世を
0144【いにしへのためし】-忠仁
  たもつさかりのみこにたに人をえらひて・さる
  さまの事をし給へるたくひおほかりけり・まし
  てかくいまはとこの世をはなるゝきはにて・
  こと/\しく思へきにもあらねと・又しかすつる
  中にも・すてかたき事ありて・さま/\に思
  わつらひ侍ほとに・やまひはをもりゆく・又とり
  かへすへきにもあらぬ月日のすきゆけは・」30ウ
  心あはたゝしくなむ・かたはらいたきゆつり
  なれと・このいはけなき内親王ひとり・とり
0145【内親王】-女三
  わきてはくゝみおほしてさるへきよすかをも・
  御心におほしさためて・あつけ給へときこえ
  まほしきを・権中納言なとの・ひとりものし
0146【権中納言】-夕
  つる程・すゝみよるへくこそありけれ・おほいまう
0147【おほいまうち君】-致仕
  ち君に・せんせられて・ねたくおほえ侍ときこ
  え給・中納言の朝臣・のまめやかなるかたは・
0148【中納言の朝臣の】-源氏御詞
  いとよくつかうまつりぬへく侍を・なに事
  もまたあさくて・たよりすくなくこそ」31オ
  侍らめ・かたしけなくともふかき心にてうし
  ろみきこえさせ侍らむに・おはします御かけに・
  かはりては・おほされしを・たゝ行さきみしかくて・
  つかうまつりさすことや侍らむと・うたかはし
  きかたのみなん・心くるしくはへり(り#る)へきと・う
  けひき申給つ・夜にいりぬれは・あるしの院
  かたもまらうとの・上達部たちも・みな御前
  にて・御あるしのことさうし物にて・うるはしからす・
0149【さうし】-精進
  なまめかしくせさせ給へり・院の御前に・せん
0150【院の御前にせんかうのかけはん】-朝覲行幸時主上御前物紫檀懸盤六本有打敷等浅香ー准之「うちしきとうせんかうとうしゆんかうせう」(付箋01)「ともちるぎやうがうのときしゆしやうごせんもつしたんのかけばん六ほんあり」(付箋02)
  かうのかけはんに御はちなと・むかしにかはり」31ウ
0151【御はちなと】-応量器ト云「をふりやうきといふ」(付箋03)
  てまいるを・人々涙おしのこひ給・あはれなる
  すちの事ともあれと・うるさけれはかゝす・
  夜ふけてかへり給ふ・ろくともつき/\に
  たまふ・別当大納言も御をくりにまいり給・
  あるしの院は・けふの雪に・いとゝ御風くはゝりて・
  かきみたりなやましくおほさるれと・この宮の
  御こと・きこえさためつるを・心やすくおほしけり・
  六条院はなま心くるしう・さま/\おほしみ
  たる・むらさきのうへもかゝる御さためなと・かね
  ても・ほのきゝ給けれとさしもあらし・前斎院」32オ
0152【前斎院】-槿
  をもねんころにきこえ給やうなりしかと・
  わさとしも・おほしとけすなりにしをなと
  おほして・さることやあるとも・とひきこえ
  給はす・なに心もなくておはするに・いとおしく
0153【いとおしく】-源氏御心
  この事をいかにおほさん・我心は露もかはるま
  しく・さることあらむにつけては・中/\いとゝふか(か=カ)
0154【ふかさこそ】-\<朱合点> 我ためハいとゝあさくや成ぬらん野中のし水ふかさまされハ(後撰784、花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  さこそまさらめ・みさため給はさらむほと・いかに
  思うたかひ給はんなと・やすからすおほさる・いま
  のとしころとなりてはまして・かた身(身$見)に
  へたてきこえ給ことなく・あはれなる御なか」32ウ
  なれは・しはし心にへたてのこしたる事あら
  むも・いふせきを・その夜はうちやすみて・あかし
  給つ・又の日雪うちふり・空のけしきも物
  あはれに・すきにしかた行さきの御物かたりき
  こえかはし給・院のたのもしけなくなり給に
0155【院のたのもし】-源氏御詞
  たる・御とふらひにまいりて・あはれなる事とも
  のありつるかな・女三宮の御事を・いとすてかた
  けにおほして・しか/\なむのたまはせつけし
  かは・心くるしくて・えきこえいなひすなり
  にしを・こと/\しくそ人はいひなさんかし・いまは」33オ
  さやうのことも・うゐ/\しく・すさましく思ひ
  なりにたれは・人つてにけしきはませ給し
  には・とかくのかれきこえしを・たいめんのつい
  てに・心ふかきさまなる事ともを・の給つゝけ
  しにはえすく/\しくもかへさひ申さてなん・
  ふかき御山すみに・うつろひ給はん程にこそは・
  わたしたてまつらめ・あちきなくやおほさる
  へき・いみしきことありとも・御ためあるより・
  かはる事はさらにあるましきを・心なをき給そ
  よ・かの御ためこそ心くるしからめ・それもかたは」33ウ
  ならすもてなしてむ・たれも/\のとかにて・
  すくし給はゝなときこえ給・はかなき御すま(ま#さ)ひ
  ことをたに・めさましき物におほして・心やす
  からぬ御心さまなれは・いかゝおほさんとおほすに・
  いとつれなくて・あはれなる御ゆつりにこそ
0156【あはれなる】-紫上御詞
  はあなれ・こゝにはいかなる心を・をきたてまつる
  へきにか・めさましく・かくてなと・とかめらるまし
  くは・心やすくてもはへなんを・かのはゝ女御
  の御方さまにても・うとからすおほしかすまへて
0157【うとからす】-源氏ノ君ハ紫ノヲハ
  むやと・ひけし給を・あまりかううちとけ給・」34オ
0158【あまりかう】-源氏御詞
  御ゆるしも・いかなれはとうしろめたくこそ
  あれ・まことはさたにおほしゆるいて・われも
  人も心えてなたらかにもてなしすくし給はゝ・
  いよ/\あはれになむ・ひかこときこえなとせん
  人の事きゝいれ給な・すへて世の人のくちと
  いふ物なん・たかいひいつる事ともなく・をの
  つから人のなからひなとうちほをゆかみ・おも
0159【人のなからひ】-\<朱合点> 万 人中を人そさくなるゆめよきし人のなかこときゝたつな君(万葉663、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
0160【ほをゆかみ】-方 曲
  はすなる事いてくる物なるを・心ひとつに
  しつめて・ありさまにしたかふなんよき・また
  きに・さはきて・あいなきものうらみし給なと・いと」34ウ
  よくをしへきこえ給・心のうちにも・かくそらより
  いてきにたるやうなる事にて・のかれ給
  かたきを・にくけにもきこえなさし・我心
  にはゝかり給ひいさむることにしたかひ給へ
  き・をのかとちの心より・おこれるけさうにも
  あらす・せかるへきかたなきものから・おこかまし
  く思むすほゝるゝさま・世人に・もりきこえし・
  式部卿宮のおほきたの方つねに・うけはしけ
0161【式部卿宮】-兵
0162【おほきたの方】-紫継母
0163【うけはしけなる】-呪詛
  なる事ともを・の給いてつゝ・あちきなき(き$く<朱>)
  大将の御ことにてさへ・あやしくうらみそねみ」35オ
0164【大将】-鬚
0165【御こと】-玉
0166【そねみ給ふ】-紫
  給ふなるを・かやうにきゝて・いかに・いちしるく
0167【かやうに】-女三
  思あはせ給はんなと・おひらかなる人の御心と
  いへと・いかてかは・かはかりのくまはなからむ・いまは
  さりともと・のみ我身を思ひあかりうらなく
  て・すくしける世の・人わらへならん事を・したに
  は思つゝけ給へと・いとおひらかにのみもてなし
0168【おひらかに】-紫心
  給へり・としもかへりぬ・朱雀院には・ひめ宮・
  六条院に・うつろひ給はん御いそきをし給
  きこえ給へる人々・いとくちおしくおほし
0169【きこえ給へる人々】-兵部ー 柏木
  なけく・内にも御心はえありてきこえ給」35ウ
  ける程に・かゝる御さためをきこしめして・お
  ほしとまりにけり・さるはことしそよそちに
0170【よそちに】-源
  なり給けれは・御賀の事おほやけにもき
0171【おほやけにも】-冷
  こしめしすくさす世中のいとなみにて・か
  ねてよりひゝくを・ことのわつらひおほく・いか
  めしき事はむかしよりこのみ給はぬ御心にて・
  みなかへさひ申給・正月二十三日ねのひなるに・
0172【正月二十三日ねのひなるに】-延長二ー正ー廿五日甲子醍醐御門四十御賀宇多御門ヨリ献△令模之
  左大将殿の北方わかなまいり給・かねてけ
0173【北方】-玉
  しきももらし給はて・いといたくしのひて
  おほしまうけたりけれは・にはかにて・え」36オ
  いさめかへしきこえ給はす・しのひたれと・さ
  はかりの御いきをひなれは・わたり給御きし
  きなと(と+いと<朱>)ひゝきことなり・みなみのおとゝの
  にしのはなちいてに・おましよそふ・屏風・か
0174【はなちいて】-放出
0175【おまし】-座
  へしろよりはしめ・あたらしく・はらひしつら
  はれたり・うるはしくいしなとはたてす・御ちしき
0176【いし】-倚子
0177【御ちしき】-地鋪唐筵大文高麗縁
  四十まい・御しとね・けうそくなとすへてその
  御くともいときよらにせさせ給へり・らてん
0178【らてん】-螺鈿
  のみつしふたよろひに・御ころもはこよつす
0179【みつし】-厨子
0180【ふたよろひ】-四基
  へて・夏冬の御さうそく・かうこ・くすりのはこ・」36ウ
  御すゝり・ゆするつき・かゝけのはこなとやうの
0181【ゆするつき】-[水+甘]器有台并蓋
0182【かゝけのはこ】-掻箱
  物・うち/\きよらをつくし給へり・御かさしの
  たいには・ちんしたむをつくり・めつらしきあや
  めを・つくし・おなしきかねをも・色つかひなし
  たる心はえあり・いまめかしく・かんの君ものゝ
  みやひふかく・かとめき給へる人にて・めなれ
  ぬさまにしなし給へる(り&る)・おほかたの事をは・こと
  さらにこと/\しからぬ程なり・人々まいりなと
  し給て・おましにいて給とて・かんの君に御たい
  めんあり・御心のうちには・いにしへおほしいつる」37オ
  事ともさま/\なりけんかし・いとわかく
  きよらにて・かく御賀なといふことは・ひかかそへ
  にやとおほゆるさまのなまめかしく・人のおや
  けなくおはしますを・めつらしくて・とし月
  へたてゝみたてまつり給は・いとはつかし
  けれと・猶けさやかなるへたてもなくて・御物
  かたりきこえかはし給・をさなき君もいと
  うつくしくてものし給・かむの君はうちつゝ
  きても・御覧せられし事との給けるを・大将の
  かゝるついてにたに・御らむせさせんとて・ふたり」37ウ
0183【御らむせさせん】-河海 披柱同腹二人
0184【ふたり】-ひけくろの御子後右兵衛督左大弁といへる人なり母玉かつら也
  おなしやうにふりわけかみのなに心なきなをし
0185【ふりわけかみ】-<朱合点> くらへこしふりわけ(伊勢物語48、河海抄・孟津抄)
  すかたともにておはす・すくるよはひも
0186【すくるよはひ】-源氏
  身つからの心には・ことに思とかめられす・たゝ
  むかしなからのわか/\しきありさまにて・あら
  たむることもなきを・かゝるすゑ/\のもよをし
  になん・なまはしたなきまて思しらるゝおりも
  侍ける・中納言のいつしかと・まうけたなる
  を・こと/\しく思ひへたてゝ・またみせすかし・
  人よりことにかそへとり給ける・けふのねのひ
  こそ猶うれたけれ・しはしは老をわすれても」38オ
  侍へきをときこえ給・かんの君もいとよく
  ねひまさり・もの/\しきけさへそひて・みる
  かひあるさまし給り
    わか葉さす野へのこ松をひきつれてもと
0187【わか葉さす】-玉かつら
  のいはねをいのるけふかなとせめてをとなひき
  こえ給・ちんのおしきよつして・御わかな(な=なイ、なイ$)さまはかり
  まいれり・御かはらけとり給て
    小松はらすゑのよはひにひかれてやのへの
0188【小松はら】-源氏返し
  わかなも年をつむへきなときこえかはし
  給て・上達部あまたみなみのひさしにつき」38ウ
  給・式部卿宮はまいりにくゝおほしけれと・御
0189【まいりにくゝ】-真木柱の事ゆへなり
  せうそこありけるに・かくしたしき御なか
  らひにて・心あるやうならむも・ひんなくて日
  たけてそわたり給へる・大将のしたりかほ
  にて・かゝる御なからひにうけはりてものし給も・
  けに心やましけなるわさなめれと・御むま
  この君たちは・いつかたにつけても・おりたちて
0190【この君たち】-大将こたちハ式部卿の御孫なり
  さうやくし給こもの・よそえた・おりひつ物よ
  そち中納言をはしめたてまつりて・さるへき
  かきり・とりつゝき給へり・御かはらけくたり・」39オ
  わかなの御あつい物まいる・おまへには・ちんのかけ
0191【わかなの御あつい物】-延長御賀例
  はん四・おほむつきともなつかしくいまめ
  きたる程にせられたり・朱雀院の御くすり
  の事・猶たひらきはて給はぬにより・楽人
0192【楽人なとは】-延喜十三ー例
  なとはめさす・御ふえなとおほきおとゝの・そ
  のかたは・とゝのへ給て・世中にこの御賀
  より又めつらしくきよらつくすへき事
  あらしとの給て・すくれたるねのかきりを
  かねてより・おほしまうけたりけれは・しのひ
  やかに御あそひ(ひ+あり)とり/\にたてまつる中に」39ウ
  和琴は・かのおとゝの第一に・ひし給ける御こと
  也・さる物の上手の心をとゝめてひきならし
  給へるね・いとならひなきを・こと人はかきたてに
  くゝしたまへは・衛門督のかたくいなふるをせめ
0193【いなふる】-辞
  給へは・けにいとおもしろくおさ/\をとるまし
  くひく・なに事も上手のつきといひなから・
  かくしもえつかぬ・わさそかしと・心にくゝあはれ
  に人々おほす・しらへにしたかひて・あとある
  てとも・さたまれるもろこしのつたへともは・
  中/\たつねしるへきかた・あらはなるを・」40オ
  心にまかせて・たゝかきあはせたるすかゝ(ゝ#か)
  きに・よろつの物のね・とゝのへられたるは
  たへにおもしろく・あやしきまてひゝく・ちゝ
  おとゝは・ことのをもいとゆるにはりて・いたう
0194【ゆるに】-緩
  くたしてしらへ・ひゝきおほくあはせてそ
0195【くたして】-下
  かきならし給・これはいとわらゝかにのほるね
  のなつかしくあい行つきたるを・いとかう
  しもはきこえさりしをと・みこたちもおと
  ろき給・琴は兵部卿宮ひき給ふ・この御こと
0196【琴】-キン
0197【兵部卿宮】-蛍
  は・宜陽殿の御ものにて・たい/\に第一の」40ウ
0198【宜陽殿】-キヤウテン
0199【御ものにて】-百余代ハ宝物楽器等被納
  名ありし御ことを・こ院のすゑつかた・一品宮
  のこのみ給ことにてたまはり給へりけるを・
  このおりのきよらを・つくし給はんとする
  ため・おとゝの申給はり給へる・御つたへ/\をお
  ほすに・いとあはれにむかしの事も恋しく
  おほしいてらる・みこもえいなきえとゝめ給
  はす・御けしきとり給て・琴はおまへに
0200【琴】-キン
0201【おまへに】-源
  ゆつりきこえさせ給ふ・物のあはれにえすくし
  給はて・めつらしき物ひとつはかり・ひき給に
  こと/\しからねと・かきりなくおもしろき」41オ
  夜の御あそひなり・さうかの人々みはしに
  めして・すくれたるこゑのかきりいたして・かへり
0202【かへり】-反音律
  声になる・夜のふけ行まゝに・物のしらへとも
  なつかしくかはりて・あをやきあそひ給ほと・
0203【あをやき】-催馬ー律
  けにねくらのうくひすおとろきぬへくいみしく
  おもしろし・わたくしことのさまにしなし給て・
  ろくなといときやうさくにまうけられたり(△&り)
  けり・あか月にかんの君かへり給御をくり物なと
  ありけり・かうよをすつるやうにてあかし
0204【かうよを】-源氏
  くらす程にとし月のゆくゑもしらすかほ」41ウ
0205【とし月の】-\<朱合点> 拾 年月の行ゑもしらぬ山かつハ滝の音にや春をしるらん(拾遺1003、河海抄・孟津抄・花屋抄)
  なるを・かうかそへしらせ給へるにつけては・心
0206【かうかそへしらせ】-\<朱合点> 後 かそへしる人なかりせはいたつらに谷の松とや年をつまゝし(千載959、花鳥余情・細流抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  ほそくなん時/\は・おひやまさるとみた
  まひくらへよかし・かくふるめかしき身の所
  せさに・おもふにしたかひて・たいめんなきも
0207【たいめんなきも】-玉
  いとくちおしくなんなと・きこえ給て・あは
  れにもおかしくも思いてきこえ給ことなき
  にしもあらねは・中/\ほのかにてかくいそき
  わたり給を・いとあかすくちおしくそおほ
  されける・かむの君もまことのおやをは・さる
  へき契はかりに思きこえ給て・ありかたく」42オ
  こまかなりし御心はえを・とし月にそへて・
  かく世にすみはて給につけても・をろか
  ならす思ひきこえ給けり・かくてきさらき
  の十よ日に・朱雀院のひめ宮・六条院へ
  わたり給・この院にも御心まうけ・よのつね
  ならす・わかなまいりしにしのはなちいてに・
  御丁たてゝ・そなたの一二のたい・わた殿
  かけて・女房のつほね/\まて・こまかに
  しつらひみかゝせ給へり・うちにまいり給人
0208【うちにまいり給人のさほう】-如入内
  のさほうを・まねひてかの院よりも・御てうと」42ウ
  なと・はこはる・わたり給きしきいへはさら
  なり・御をくりにかむたちめなとあまたま
  いり給・かのけいしのそみ給し大納言も・
  やすからす思なからさふらひ給・御車よせた
  る所に・院わたり給て・おろしたてまつり
  給なとも・れいにはたかひたる事とも也・たゝ人
  におはすれは・よろつの事かきりありて・内
  まいりにもにす・むこのおほ君といはんにも・
0209【むこのおほ君】-催ー我家曲
  ことたかひて・めつらしき御なかのあはひとも
  になん・三日かほと・かの院よりも・あるしの」43オ
  院かたよりも・いかめしくめつらしき・み
0210【みやひ】-閑麗
  やひをつくし給・たいのうへもことにふれて・
0211【たいのうへ】-紫上
  たゝにもおほされぬ世のありさまなり・けに
  かゝるにつけて・こよなく人にをとりけた
  るゝ事もあるましけれと・又ならふ人なく・
  ならひ給てはなやかにおひさきとをくあな
  つりにくきけはひにて・うつろひ給へるにな
  まはしたなくおほさるれと・つれなくのみ・もて
  なして御わたりの程ももろ心にはかなき
  こともしいて給て・いとらうたけなる御あり」43ウ
  さまを・いとゝありかたしと思きこえ給・ひ
  め宮はけにまたいとちいさく・かたなりに
  おはするうちにも・いといはけなきけしきして・
  ひたみちにわかひ給へり・かのむらさきの
0212【わかひ】-若
  ゆかりたつねとり給へりしおり・おほしいつる
  にかれはされていふかひありしを・これはいと
  いはけなくのみ見え給へはよかめり・にくけに
  をしたちたることなとはあるましかめりと
  おほす物から・いとあまり物のはへなき御
  さまかなと見たてまつり給・三日か程は・よか」44オ
  れなくわたり給を・としころさもならひ
0213【としころさも】-紫上
  給はぬ心ちに・しのふれと猶ものあはれなり・
  御そともなと・いよ/\たきしめさせ給ものから
  うちなかめて・ものし給けしきいみしくらう
  たけに・おかしなとてよろつの事ありとも・
  又人をはならへてみるへきそ・あた/\しく心
  よはくなりをきにける・我をこたりに
  かゝる事もいてくるそかし・わかけれと・
  中納言をはえおほしかけすなりぬめりし
  をと・われなからつらくおほしつゝくるに」44ウ
  涙くまれて・こよひはかりは・ことはりとゆるし
0214【こよひはかりは】-源氏御詞
  給てんな・これよりのちのとたえあらむこそ身
  なからも・心つきなかるへけれ・またさりとてか
  の院にきこしめさんことよと思ひみたれ給
  へる・御心のうちくるしけなり・すこしほゝえみ
0215【すこしほゝえみ】-紫上
  て身つからの御心なからたに・えさため給まし
  かなるを・ましてことはりも・なにもいつこに・
  とまるへきにかと・いふかひなけに・とりなし
  給へは・はつかしうさへおほえ給て・つらつえを
0216【はつかしうさへ】-源氏
  つき給てよりふし給へれは・女君すゝりを」45オ
  ひきよせて
    めにちかくうつれはかはる世の中を行
0217【めにちかく】-紫の上
  すゑとをくたのみけるかなふることなと
  かきませ給を・とりて見給てはかなきこと
  なれと・けにとことはりにて
    命こそたゆともたえめさためなき
0218【命こそ】-源氏返事
  よのつねならぬ中の契を・とみにもえわ
  たり給はぬを・いとかたはらいたきわさかなと・
0219【いとかたはらいたきわさかな】-紫の上
  そゝのかしきこえたまへは・なよゝかにおかしき
  ほとに・えならすにほひてわたり給を見いたし」45ウ
  給も・いとたゝにはあらすかし・としころさもや
  あらむと思しことゝもも・いまはとのみもて
  はなれ給つゝ・さらはかくこそはと・うちとけ
  行すゑにあり/\て・かく世のきゝみゝきもな
  のめならぬ事のいてきぬるよ・思さたむ
  へき世のありさまにもあらさりけれは・いま
  よりのちも・うしろめたくそおほしなり
  ぬる・さこそつれなくまきらはし給へと・さ
  ふらふ人々もおもはすなる世なりや・あま
  たものし給やうなれと・いつかたもみなこなた」46オ
0220【こなた】-紫上の事
  の御けはひにはかたさり・はゝかるさまにて
  すくし給へはこそ・事なくなたらかにもあれ・
  おしたちてかはかりなるありさまにけた
  れても・えすくし給まし・又さりとて
  はかなきことにつけても・やすからぬ事
  のあらむおり/\かならすわつらはしきこと
  ともいてきなむかしなと・をのかしゝうち
  かたらひなけかしけなるを・つゆも見しら
0221【つゆも】-紫の上
  ぬやうに・いとけはひおかしく物かたりなと
  し給つゝ・夜ふくるまておはす・かう人のたゝ」46ウ
  ならすいひ思たるもきゝにくしと・おほし
  てかくこれかれあまたものし給めれと・御
  心にかなひていまめかしくすくれたるきは
  にもあらすとめなれて・さう/\しくおほし
  たりつるに・この宮のかくわたり給へるこそ
  めやすけれ・猶わらは心のうせぬにやあらむ・
0222【わらは心】-紫心
  我もむつひてきこえて・あらまほしきを・
  あいなくへたてあるさまに・人々や・とりなさ
  むとすらん・ひとしき程・をとりさまなと
  思ふ人にこそ・たゝならすみゝたつことも」47オ
  をのつからいてくるわさなれ・かたしけなく・
  心くるしき御ことなめれは・いかて心をかれたて
  まつらしとなむ思なとの給へは・なかつかさ
  中将の君なとやうの人々めをくはせつゝ・あ
  まりなる御思やりかななといふへし・むかし
  はたゝならぬさまにつかひならし給し人
  ともなれと・としころはこの御方にさふらひ
  て・みな心よせきこえたるなめり・こと御かた/\
  よりもいかにおほすらむ・もとより思はなれ
  たる人々は中/\心やすきをなと・おもむけ」47ウ
  つゝとふらひきこえ給もあるを・かくおしはかる人
  こそなか/\くるしけれ・世中もいとつねなき
0223【世中も】-紫上
  ものを・なとてかさのみは思なやまむなとおほす・
  あまりひさしきよひゐもれいならす・人
  やとかめんと心のおにゝおほして入給ぬれは・
  御ふすままいりぬれとけにかたはらさひし
  き・よな/\へにけるも猶たゝならぬ心地すれ
  と・かのすまの御わかれのおりなとをおほし
  いつれは・いまはとかけはなれ給ても・たゝおなし
  世のうちにきゝたてまつらましかはと・」48オ
  我身まてのことはうちをきあたらしく・かな
  しかりしありさまそかし・さてそのまきれに
  我も人も・いのちたえすなりなましかは・いふ
  かひあらまし世かはとおほしなをす・風うち
  吹たる夜のけはひ・ひやゝかにてふともねいら
  れ給はぬを・ちかくさふらふ人々あやしとやき
  かむと・うちもみしろき給はぬも・猶いとくる
  しけなり・よふかきとりのこゑのきこえたるも
  ものあはれなり・わさとつらしとにはあらねと・
  かやうに思みたれ給ふけにや・かの御ゆめに」48ウ
0224【かの御ゆめに】-源氏
  見え給けれは・うちおとろき給ていかにと・
  心さはかし給に・とりのね・まちいて給へれは・
  夜ふかきもしらすかほに・いそきいて給・いと
  いはけなき御ありさまなれは・めのとたち・
0225【いはけなき】-女三宮
  ちかくさふらひけり・つまとおしあけていて
  給を・見たてまつりをくる・あけくれの空に・
0226【あけくれの空に】-\<朱合点> 明くれの空にそ我ハまとひぬるおもふ心のゆかんまに/\(拾遺736、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  雪のひかり見えておほつかなし・なこりまてと
  まれる御にほひ・やみはあやま(ま#な)しと・ひとりこ
0227【やみはあやなし】-\<朱合点> 源
  たる・雪はところ/\きえのこりたるか・いと
  しろき庭のふとけちめ見えわかれぬほと」49オ
  なるになをのこれる雪と・しのひやかに
0228【なをのこれる雪】-子城陰處猶残雪衙皷声前未有塵 示天子城都也国衙所政也
  くちすさみ給つゝ・みかうしうちたゝき給も・
  ひさしくかゝることなかりつるならひに・人々も
  そらねをしつゝ・やゝまたせたてまつりて
  ひきあけたり・こよなくひさしかりつるに
  身もひえにけるは・をちきこゆる心のをろか
  ならぬにこそあめれ・さるはつみもなしやとて・
  御そひきやりなとし給に・すこしぬれたる・
0229【すこしぬれたる】-紫の上の御ありさま
  御ひとへの袖を・ひきかくして・うらもなく・
0230【袖を】-紫
  なつかしき物から・うちとけてはたあらぬ・御よう」49ウ
  いなと・いとはつかしけにおかし・かきりなき
0231【かきりなき人と】-源氏御心中 女三
  人ときこゆ(△&ゆ)れとかたかめるよをとおほし・く
  らへらる・よろついにしへのことをおほしいて
  つゝ・とけかたき(き+後けしき)を・うらみきこえ給て・その
  日はくらし給へれは・えわたりたまはて・しん
0232【しんてんに】-女三
  てんには御せうそこをきこえ給・けさの雪に
  心ちあやまりて・いとなやましく侍れは・心
  やすき方にためらひ侍とあり・御めのと・さ
  きこえさせ侍ぬとはかり・ことはにきこえたり・
  ことなる事なの御返やとおほす・院に」50オ
0233【ことなる事なの】-源氏
0234【院に】-朱ー
  きこしめさんことも・いとをし・このころ
  はかりつくろはんとおほせと・えさもあらぬを・
  さは思し事そかし・あなくるしと・身つ
  からおもひつゝけ給・女君も思やりなき御
0235【女君】-紫上
  心かなと・くるしかり給・けさはれいのやうにお
0236【けさはれいのやうに】-源
  ほとのこもり・おきさせ給て・宮の御かたに
0237【宮の御かたに】-女三
  御ふみたてまつれ給・ことに(△&に)はつかしけも
0238【はつかしけもなき】-女三
  なき御さまなれと御ふてなとひきつく
  ろひてしろきかみに
    なかみちをへたつるほとはなけれとも」50ウ
0239【なかみちを】-源氏ー
  心みたるゝけさのあわ雪むめにつけ給へり・
  人めしてにしのわた殿よりたてまつらせよと
  の給・やかて見いたしてはしちかくおはします・
  しろき御そともをき給て・花をまさくり
0240【花を】-女三
  給つゝ・ともまつ雪のほのかにのこれるうへに・
0241【ともまつ雪の】-\<朱合点> 後 ふりそめて友まつ雪ハむは玉の我くろかみのかはる也けり(後撰471・古今六帖1397・貫之集841、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  うちちりそふそらをなかめ給へり・うくひす
  のわかやかに・ちかきこうはいのすゑにうちな
  きたるを・袖こそにほへと花をひきかくし
0242【袖こそにほへ】-\<朱合点> 古今 おりつれは袖こそにほへ<墨> おりつれは袖こそにほへ梅花ありとやこゝにうくひすのなく<朱>(古今32、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄)
  て・みすおしあけて・なかめ給へるさま・ゆめに
  も・かゝる人のおやにてをもきくらゐとみえ」51オ
0243【人のおや】-源
  給はす・わかうなまめかしき御さまなり・御かへり
  すこし程ふる心ちすれは・いり給て女君に・
0244【いり給て】-源
0245【女君に】-紫上
  花見せたてまつり給・はなといはゝ・かくこそ
0246【花】-梅
  にほはまほしけれな・さくらにうつしては又ちり
0247【さくらにうつしては】-\<朱合点> 紫模之
0248【ちりはかりも】-少也
  はかりも心わくるかたなくやあらましなと
  の給・これもあまたうつろはぬほと・めとまる
0249【これも】-紫詞
  にやあらむ・はなのさかりに・ならへて見はや
0250【はなのさかりに】-桜 女三
  なとの給に・御返あり・くれなゐのうすやうに・
0251【御返】-女三
  あさやかにをしつゝまれたるを・むねつふれ
0252【つゝまれたる】-包如金
  て(て+御てのいとわかきをしはしみせたてまつらて<朱>)あらはやへたつとはなけれとあは/\しき」51ウ
0253【わかき】-悪
0254【みせたてまつらて】-紫ニ
  やうならんは・人のほとかたしけなしとおほすに・
  ひきかくし給はんも・心をき給へけれは・かたそは・
  ひろけ給へるを・しりめに見をこせて・そひふし
  給へり
    はかなくてうはのそらにそきえ(え#え)ぬへき
0255【はかなくて】-女三宮
  風にたゝよふ春のあわ雪御てけにいとわか
  くをさなけなり・さはかりの程になりぬる
0256【さはかりの程に】-紫心中
  人は・いとかくは・を見(見#は)せぬ物をと・めとまれと・み
  ぬやうにまきらはしてやみ給ぬ・こと人のうへ
  ならは・さこそあれなとは・しのひてきこえ給へ」52オ
  けれと・いとおしくて・たゝ心やすくを思なし
  給へとのみきこえ給・けふは宮の御方にひるわた
  り給・心ことにうちけさうし給へる御ありさま今
  見たてまつる・女房なとはまして・見るかひ
  ありと・思きこゆらむかし・おほんめのとなとやう
0257【おほんめのと】-女三
  のおいしらへる人々そ・いてやこの御ありさまひと所こそ
0258【御ありさま】-源
  めてたけれ・めさましきことはありなむかしと・
  うちませて思ふもありける・女宮はいとらう
0259【女宮】-女三
  たけにおさなきさまにて・御しつらひなとの
  こと/\しく・よたけくうるはしきに・身つからは・」52ウ
  なに心もなく・ものはかなき御程にて・いと
  御そかちに身もなくあえかなり・ことにはち
  なともし給はす・たゝちこのおもきらひせぬ
  心ちして・心やすくうつくしきさまし給へり・院
0260【院のみかとは】-朱ー 源心
  のみかとは・をゝしく・すくよかなるかたの御さ
  えなとこそ・心もとなくおはしますと・世人
  思ためれ・をかしきすちになまめき・ゆへ
  ゆへしきかたは人にまさり給へるを・なとてかく
  おひらかに・おほしたて給ひけん・さるはいと御心
0261【おひらかに】-ヲサナク
  とゝめ給へるみこと・きゝしをと思も・なまくち」53オ
  おしけれと・にくからす見たてまつり給・たゝ
  きこえ給ふまゝに・なよ/\となひき給て・
  御いらへなとをもおほえ給ける・ことはいはけなく・
0262【こと】-言
  うちの給いてゝえ見はなたす見え給むかし
0263【うちの給いてゝ】-女三
  の心ならましかは・うたて心をとりせましを・いまは
  世中をみなさま/\に・思なたらめて・と・あるも
  かゝるも・きははなるゝことはかたき物なりけり・
0264【きは】-品
  とり/\にこそ・おほうはありけれ・よその思ひは・
  いとあらまほしき程なりかしとおほすに・さし
  ならひめかれす・見たてまつり給へるとしころ」53ウ
0265【ならひ】-女三 紫上
  よりも・たいのうへの御ありさまそなをあり
  かたく・われなからもおほしたてけりとおほ
  す・一夜のほとあしたのまもこひしく・おほ
  つかなくいとゝしき御心さしのまさるを・なと
  かくおほゆらんと・ゆゝしきまてなむ・院の
0266【院のみかと】-朱ー
  みかとは・月のうちにみてらに・うつろひ給ぬ・
  このゐんにあはれなる御せうそこともき
0267【このゐん】-源氏御事
  こえ給・ひめ宮の御ことはさらなりわつらはし
0268【ひめ宮】-女三
  く・いかにきく所やなと・はゝかり給ことなく
  て・ともかくもたゝ御心にかけて・もてなし給」54オ
  へくそ・たひ/\きこえ給ける・されとあはれに
  うしろめたく・をさなくおはするを・思きこえ
  給けり・むらさきのうへにも・御せうそこことに
0269【むらさきのうへ】-始号
  あり・をさなき人の心ちなきさまにて・うつ
  ろひものすらむを・つみなくおほしゆるして・
  うしろみたまへ・たつね給へき・ゆへもやあらむ
0270【うしろみたまへ】-女三ハ紫ノ母方ノイトコ
  とそ
    そむきにしこの世にのこるこゝろこそ
0271【そむきにし】-朱雀院
0272【この世】-子
  いる山みちのほたしなりけれやみをえはる
0273【やみをえはるけて】-\<朱合点> 古今 世をすてゝ(古今956)
  けてきこゆるも・おこかましくやとあり・お」54ウ
0274【おとゝも】-源
  とゝも見給て・あはれなる御せうそこを・かし
  こまりきこえ給へとて・御使にも女房して・
  かはらけさしいてさせ給て・しゐさせ給・御
  かへりはいかゝなと・きこえにくゝ・おほしたれと・
  こと/\しくおもしろかるへきおりのことなら
  ねは・たゝこゝろをのへて
    そむくよのうしろめたくはさりかたき
0275【そむくよの】-紫上
  ほたしをしゐてかけなはなれそなとやうに
  そあめりし・女のさうそくにほそなかそへて
  かつけ給・御てなとのいとめてたきを・院御」55オ
0276【御て】-紫
0277【院】-朱ー
  覧して・なに事もいとはつかしけなめる・
  あたりに・いはけなくて・見え給らむ事・いと
0278【いはけなくて】-女三宮御事
  心くるしうおほしたり・いまはとて・女御更衣
0279【いまはとて】-朱 山居
  たちなと・をのかしゝわかれ給ふも・あはれなる
  ことなむおほかりける・内侍のかむの君は・こ
0280【内侍のかむの君】-朧月夜
0281【こきさいの宮】-姉大后
  きさいの宮のおはしましし・二条の宮に
  そすみ給・ひめみやの御ことををきては・この
  御ことをなむ・かへり見かちに・みかともおほし
  たりける・あまになりなんとおほしたれと・
  かゝるきほひにはしたふやうに・心あはたたし」55ウ
  と・いさめ給て・やう/\仏の御ことなといそかせ
  給・六条のおとゝは・あはれにあかすのみおほ
  して・やみにし御あたりなれは・としころ
  もわすれかたく・いかならむおり(り+に)たいめあらむ・
  いま一たひあひみて・そのよのこともきこ
  えまほしくのみおほしわたるを・かた身に
  世のきゝみゝも・はゝかり給へき身のほとに・
  いとおしけなりし・よのさはきなともおほし
  いてらるれは・よろつにつゝみすくし給ける
  を・かうのとやかになり給て・世中をおもひ」56オ
  しつまり給らむころほひの御ありさま・いよ
  いよゆかしく心もとなけれは・あるましき事
  とはおほしなから・おほかたの御とふらひにこと
  つけて・あはれなるさまに・つねにきこえ
  給・わか/\しかるへき御あはひならねは・御かへり
  もとき/\につけて・きこえかはし給ふ・むかし
0282【とき/\に】-自朧
  よりもこよなく・うちくしとゝのひはてに
0283【くし】-具
  たる・御けはひをみ給にも・猶しのひかたくて・
  むかしの中納言の君のもとにも・心ふかき事
0284【むかしの中納言の君】-朧乳母
  ともを・つねにの給ふ・かの人のせうとなる・」56ウ
0285【かの人】-中納言
  いつみのさきのかみをめしよせて・わか/\
0286【めしよせて】-源
  しく・いにしへにかへりてかたらひ給・人つて
  ならて・ものこしにきこえしらすへきこと
  なんある・さりぬへくきこえなひかして・いみ
  しくしのひてまいらむ・いまはさやうのあり
  きも・ところせき身の程にお(お+ほ)ろけならす・
  しのふれは・そこにも又人には・もらし給はしと・
  おもふにかた身(身$見<朱>)にこゝろやすくなんなとの
  給・かむの君・いてやよのなかを思しるにつけ
  ても・むかしよりつらき御心を・こゝら思つめ」57オ
  つるとしころのはてに・あはれにかなしき御こと
  をさしをきて・いかなるむかしかたりをかき
  こえむ・けに人はもりきかぬやうありとも・心の
0287【心のとはんこそ】-\<朱合点> 後 なき名そと人にハいひてありぬへし心のとハはいかゝこたへん(後撰725、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  とはんこそいとはつかしかるへけれと・うちなけき
  給つゝ・なをさらにあるましきよしをのみ
  きこゆ・いにしへわりなかりし世にたに・心
  かはし給はぬ事にもあらさりしを・けに
  そむき給ぬる御ため・うしろめたきやう
  にはあれと・あらさりし事にもあらねは・
  いましもけさやかにきよまはりて・たちにし」57ウ
0288【たちにし我名】-\<朱合点> むら鳥のたちにし我名今更にことなしふともしるしあらめや<朱>(古今674・新撰和歌272・古今六帖4330、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  我名いまさらに・とりかへし給へきにやと・お
  ほしをこして・このしのたのもりを・みちの
0289【しのたのもり】-\<朱合点> 六ー いつみなるしのたの杜のくすの木もちへにわかれて物をこそおもへ(古今六帖1049、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  しるへにてまうて給・女君には・ひんかしの
0290【女君には】-紫上御事
  院にものするひたちの君の・ひころわつ
  らひて・ひさしくなりにけるを・物さはかし
  きまきれに・とふらはねは・いとおしくてなん・
  ひるなとけさやかにわたらむも・ひんなきを・
  よのまにしのひてとなん思侍る・人にもか
  くともしらせしときこえ給て・いとい
  たく心けさうし給を・れいはさしも・見え」58オ
0291【れいは】-紫心
  給はぬあたりをあやしと見給て思あはせ
  給事もあれと・ひめ宮の御ことののちは・
  なにこともいとすきぬるかたのやうには
  あらす・すこしへたつる心そひて・見しらぬ
  やうにておはす・その日はしん殿へもわたり給
0292【しん殿】-女三
  はて・御ふみかきかはし給・たき物なとに
  心をいれてくらし給ふよひすくして・むつ
  ましき人のかきり・四五人はかり・あしろ
  くるまのむかしおほえて・やつれたるにて
  いて給・いつみのかみして・御せうそこきこえ給・」58ウ
  かくわたりおはしましたるよし・さゝめきゝ
  こゆれは・おとろき給て・あやしくいか
0293【おとろき給て】-朧
  やうにきこえたるにかと・むつかり給へとおかし
  やかにて・かへしたてまつらむに・いとひんなう
  侍らむとて・あなかちに思めくらして・いれた
  てまつる・御とふらひなときこえ給て・たゝ
  こゝもとに物こしにても・さらにむかしのある
  ましき心なとは・のこらすなりにけるをと・
  わりなくきこえたまへは・いたくなけく/\
0294【なけく/\】-朧月夜
  ゐさりいて給へり・されはよ猶けちかさはと」59オ
0295【されはよ】-源心
  かつおほさる・かたみにおほろけならぬ・御
  みしろきなれは・あはれもすくなからす・ひん
  かしのたいなりけり・たつみのかたのひさし
  に・すゑたてまつりて・みさうしのしりは・かた
0296【すゑたてまつりて】-源
0297【かためたれは】-細開虎指
  めたれは・いとわかやかなる心ちもするかな・とし
0298【いとわかやかなる】-源
  月のつもりをも・まきれなく・かそへらるゝ
  こゝろならひに・かくおほめかしきはいみしう・
  つらくこそとうらみきこえ給・夜いたく
  ふけ行たまもにあそふをしのこゑ/\なと・
0299【たまもにあそふ】-\<朱合点> 春の池の玉もにあそふ鳰鳥のあしのいとなき恋もするかな(後撰72・古今六帖1504、異本紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  あはれにきこえて・しめ/\と人めすくなき」59ウ
  宮のうちのありさまも・さもうつり行世哉と・
  おほしつゝくるに・平中かまねならねと・
0300【平中かまねならねと】-平中定文事末摘巻ニアリ
  まことに涙もろになん・むかしにかはりて・お
  となおとなしくは・きこえ給ものから・これを
0301【これをかくやと】-障子事
  かくてやと・ひきうこかしたまふ
    とし月を中にへたてゝあふさかのさも
0302【とし月を】-源氏
  せきかたくおつる涙か女
    なみたのみせきとめかたきしみつにて
0303【なみたのみ】-かんのきみ
0304【せきとめかたき】-後 守人のありとハきけと相坂のせきもとゝめぬ我涙かな(後撰984、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  行あふみちははやくたえにきなとかけは
  なれきこえ給へと・いにしへをおほしいつるも・」60オ
0305【いにしへをおほしいつるも】-朧心
  たれにより・おほうは・さるいみしきことも
  ありし世のさはきそはと思いて給に・けに
  いま一たひのたいめむはありもすへかりけり
  と・おほしよはるも・もとより・つしやかなる
  所は・おはせさりし人の・としころはさま/\に
  世中を思しり・きしかたを・くやしくおほやけ
  わたくしの事にふれつゝ・かすもなくおほし
  あつめて・いといたくすくし給にたれと・むかし
  おほえたる御たいめんに・そのよの事も・とを
  からぬ心地して・え心つよくも・もてなし給はす・」60ウ
  なをらう/\しく・わかうなつかしくてひと
  かたならぬ世のつゝましさをも・あはれをも思
  みたれて・なけきかちにてものし給けし
  きなと・いまはしめたらむよりも・めつらしく
  あはれにて・あけ行も・いとくちおしくて・いて
  たまはんそらもなし・あさほらけのたゝならぬ
  空に・もゝちとりのこゑも・いとうらゝかなり・
  花はみなちりすきて・なこりかすめるこ
  すゑのあさみとりなるこたち・むかし
  ふちのえむし給しこのころの事なり」61オ
0306【ふちのえむ】-花宴巻
  けんかしと・おほしいつるとし月のつもり
  にけるほともそのおりの事かきつゝけ
  あはれにおほさる・中納言の君見たてまつり
0307【中納言の君】-女房
  をくるとてつまとおしあけたるに・たち
0308【たちかへり給て】-源
  かへり給て・このふちよいかにそめけむいろ
  にか・なをえならぬ心そふにほひにこそ・いかてか
  このかけをはたちはなるへきと・わりなく
  いてかてにおほしやすらひたり・山きは
0309【山きはより】-中納言
  より・さしいつる日の・はなやかなるにさしあひ・
  めもかゝやく心ちする御さまの・こよなく」61ウ
  ねひくはゝり給へる御けはひなとを・めつら
  しくほとへても見たてまつるは・ましてよ
  のつねならすおほゆれは・さるかたにても・な
  とか見たてまつりすくし給はさらむ・御
0310【御宮つかへ】-朧
  宮つかへにも・かきりありて・きはことには
  なれ給事もなかりしを・こ宮のよろつに
0311【こ宮】-大后
  心をつくしたまひ・よからぬ世のさはきに・
  かる/\しき御名さへ・ひゝきてやみにしよ
  なと・思いてらる・なこりおほくのこりぬらん・
  御物かたりのとちめは・けにのこりあらせま」62オ
  ほしきわさなめるを・御身を心にえまかせ
  給ましく・こゝらの人めもいとおそろしく・つゝ
  ましけれは・やう/\さしあかり行に心あはたゝ
0312【さしあかり】-日事
  しくて・らうのとに御車さしよせたる人々
  も・しのひて・こはつくりきこゆ・人めしてかの
  さきかゝりたる・はなひとえたおらせ給
  へり
    しつみしもわすれぬものをこりすま
0313【しつみしも】-源氏
  に身もなけつへきやとの藤なみいといた
  くおほしわつらひて・よりゐ給へるを・心」62ウ
  くるしう見たてまつる・女君もいまさらに・
0314【女君】-朧
  いとつゝましくさま/\に思みたれ給へる
  に・花のかけは猶なつかしくて
    身をなけんふちもまことのふちならて
0315【身をなけん】-かんの君返し
  かけしやさらにこりすまの浪いとわかや
  かなる御ふるまひを・心なからもゆるさぬことに
  おほしなから・せきもりのかたからぬたゆみにや・
0316【せきもりの】-\<朱合点> 人しらぬ(古今632・伊勢物語6・業平集47、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いとよくかたらひをきていて給・そのかみも
  人より・こよなく心とゝめて・思ふ給へりし
  御心さしなから・はつかにて・やみにし御なか」63オ
  らひには・いかてかはあはれもすくなからむ・いみ
  しくしのひいり給へるおほんねくたれの
  さまを・まちうけて・女君さはかりならむと
0317【女君】-紫上
  心え給へれと・おほめかしくもてなしておは
  す・中/\うちふすへなとし給へらむよりも・
  心くるしく・なとかくしも・見はなち給つ
  らむと・おほさるれは・ありしよりけに・ふかき
0318【ありしより】-\<朱合点> 伊 わするらんとおもふ心のうたかひにありしよりけに物そかなしき(新古今1362・伊勢物語41、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  契をのみ・なかき世をかけて・きこえ給・かん
  の君の御事・又もらすへきならねと・いに
  しへのこともしり給へれは・まほにはあらねと・」63ウ
  ものこしに・はつかなりつるたいめなん・のこり
  ある心ちする・いかて人めとかめあるましく・
  もてかくして・いまひとたひもと・かたらひ
  きこえ給・うちわらひて・いまめかしくも
0319【うちわらひて】-紫上
  なりかへる御ありさまかな・むかしをいまに
0320【むかしをいまに】-\<朱合点> 古のしつのをたまき(伊勢物語65、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  あらためくはへ給ほと・なかそらなる身の
  ためくるしくとて・さすかに涙くみ給へる・
  まみのいとらうたけに見ゆるに・かう心や
0321【かう心やすからぬ】-源氏御詞
  すからぬ・御けしきこそくるしけれ・たゝお
  ひらかに・ひきつみなとして・をしへ給へ・へた」64オ
  てあるへくも・ならはしきこえぬを・おもはす
  にこそ・なりにける御心なれとて・よろつに
  御心とり給程に・なに事もえのこし給はす
  なりぬめり・宮の御方にも・とみに・えわたり
0322【宮の御方】-女三
  たまはす・こしらへきこえつゝ・おはします・ひ
  め宮はなにともおほしたらぬを・御うしろみ
  ともそ・やすからすきこえける・わつらはしう
0323【わつらはしう】-源
  なと・見え給けしきならは・そなたもまし
0324【見え給】-女三
  て・心くるしかるへきを・おいらかにうつくしき・
  もてあそひくさに・思きこえ給へり・きり」64ウ
0325【きりつほの御方】-明中
  つほの御方は・うちはええまかてたまはす・御
  いとまのありかたけれは・心やすくならひ
  給へる・わかき御心にいとくるしくのみおほし
  たり・夏ころなやましくし給を・とみにも
0326【なやましくし給】-懐妊
  ゆるしきこえたまはねは・いとわりなしとおほ
  す・めつらしきさまの御こゝちにそありける・
  またいとあえかなるおほむほとに・いとゆゝし
  くそ・たれも/\もおほすらむかし・からうして
  まかて給へり・ひめ宮のおはします・おとゝの
0327【ひめ宮】-女三
  ひんかしおもてに・御方はしつらひたり・あかしの」65オ
  御かたいまは御身にそひて・いていり給も・
  あらまほしき御すくせなりかし・たいの
  うへこなたにわたりて・たいめし給ついて
  に・ひめ宮にもなかのとあけてきこえん・
  かねてよりもさやうに思しかと・ついて
  なきには・つゝましきを・かゝるおりにきこ
  えなれなは・心やすくなんあるへきと・おと
  とにきこえ給へは・うちゑみて・思やうなるへ
0328【うちゑみて】-源
  き御かたらひにこそはあなれ・いとをさな
  けにものし給めるを・うしろやすくをしへ」65ウ
  なし給へかしと・ゆるしきこえ給・宮よりも
0329【宮よりも】-女三
  あかしの君のはつかしけにて・ましらむを
  おほせは・御くしすましひきつくろひて・お
0330【御くし】-紫
  はするたくひあらしと見え給へり・おとゝは
  宮の御方にわたり給て・ゆふかたかのたい
0331【宮の御方】-女三
  に侍人の・しけいさにたいめんせんとていて
0332【しけいさ】-淑景舎
  たつ・そのついてに・ちかつき・きこえさせま
  ほしけに・物すめるを・ゆるして・かたらひ給へ心
  なとはいとよき人なり・またわか/\しく
  て・御あそひかたきにも・つきなからすなん」66オ
  なときこえ給・はつかしうこそは・あらめ
0333【はつかしうこそは】-女三
  なにことをかきこえんと・おひらかにの給・人
0334【人のいらへ】-源
  のいらへは・ことにしたかひてこそはおほし
  いてめ・へたてをきてもてなし給そと・こま
  かにをしへきこえ給・御なかうるはしくてすくし
  給へと・おほすあまりになに心もなき御
  ありさまを・見あらはされん△(△#も<朱>)はつかしく
  あちきなけれと・さのたまはんを・心へた
  てんも・あいなしとおほすなりけり・たいに
  はかくいてたちなとし給ものから・われよりかみ」66ウ
0335【かみの人】-歳事
  の人やはあるへき・身のほとなるものはか
  なきさまを・見えをきたてまつりたる
  はかりこそあらめなと・思つゝけられて・うち
  なかめ給・てならひなとするにも・をのつから
  ふることも・ものおもはしきすちにのみ・かゝ
  るゝをさらは我身には思ふことありけりと・
  身なからそおほししらるゝ・院わたり給て・
0336【院】-源
  宮・女御の君なとの・おほんさまともを・うつ
0337【宮】-女三
0338【女御の君】-明中
  くしうも・おはするかなと・さま/\見たて
  まつり給へる・御めうつしには・としころめ」67オ
  なれ給へる人の・おほろけならむか・いとかく
  おとろかるへきにもあらぬを・猶たくひな
  くこそはと見給・ありかたき事なりかし・
  あるへきかきり・けたかうはつかしけに・とゝ
  のひたるは(は$に<朱>)そひて・はなやかにいまめかしく・
  にほひなまめきたる・さま/\のかほりも・とり
  あつめ・めてたきは(は$さ<朱>)かりに見え給ふ・こそより・
  ことしはまさり・きのふよりけふは・めつらしく
  つねにめなれぬさまのし給へるを・いかてかくし
  もありけんとおほす・うちとけたりつる・」67ウ
  御てならひをすゝりのしたに・さしいれ給へ
  れと・見つけ給ひて・ひきかへしみ給・て
  なとのいとわさとも上手と見えて・らう/\
  しくうつくしけにかき給へり
    身にちかく秋やきぬらん見るまゝにあを
0339【身にちかく】-紫の上
  葉の山もうつろひにけりとある所にめとゝ
  め給て
    水鳥のあを葉はいろもかはらぬを萩の
0340【水鳥の】-源氏
  したこそけしきことなれなとかきそへつゝ・
  すさひ給・ことにふれて心くるしき御け」68オ
  しきのしたには・をのつからもりつゝ・見ゆる
  を・ことなく・けち給へるも・ありかたくあ
  はれにおほさる・こよひはいつかたにも・御
  いとまありぬへけれは・かのしのひ所に・いとわり
0341【かのしのひ所】-朧
  なくていて給にけり・いとあるましきこと
  と・いみしくおほしかへすにも・かなはさり
  けり・東宮の御方は・しちのはゝ君よりも・
0342【東宮の御方】-明中
  この御かたをはむつましき物に・たのみきこえ
0343【この御方】-紫
  給へり・いとうつくしけに・をとなひまさり給
  へるを・思へたてす・かなしと見たてまつり」68ウ
  給・御ものかたりなといとなつかしくきこえ
  かはし給て・なかのとあけて・宮にもたいめ
0344【宮】-女三
  し給へり・いとをさなけにのみ見え給へは・心
  やすくて・おとな/\しく・おやめきたるさま
0345【おとな/\しく】-紫
  に・むかしの御すちをも・たつねきこえ給ふ・中
  納言のめのとゝいふ・めしいてゝ・おなしかさしを
0346【おなしかさしを】-\<朱合点> 女ー母紫ヲハ 我宿とたのむ吉野に君し入らハおなしかさしをさしこそハせめ(後撰809・古今六帖2328・伊勢集13、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  たつねきこゆれは・かたしけなけれと・わかぬさ
0347【わかぬ】-分
  まにきこえさすれと・ついてなくて侍つるを・
  いまよりはうとからす・あなたなとにも(△&も)・もの
  し給て・をこたらむことは・おとろかしなとも」69オ
  ものし給はんなん・うれしかるへきなとのたまへ
  は・たのもしき御かけともに・さま/\に・をく
0348【たのもしき御かけ】-中納言詞<左> 我心なくさめかねつさらしなやをはすて山にてる月をみて<朱右>(古今878・新撰和歌257・古今六帖320・大和物語261)
  れきこえ給て・心ほそけにおはしますめる
  を・かゝる御ゆるしのはへめれは・ますことな
  くなんおもふ給へられける・そむき給にしうへ
0349【そむき給にし】-朱
  の御心むけも・たゝかくなん御心へたてきこえ
  給はす・またいはけなき御ありさまをも・は
  くゝみたてまつらせ給へくそはへめりし・うち
  うちにもさなん・たのみきこえさせ給しなと
  きこゆ・いとかたしけなかりし・御せうそこの」69ウ
0350【いとかたしけなかりし】-紫詞
  のちは・いかてとのみ思侍れとなに事につけ
  ても・数ならぬ身なむくちおしかりけると・や
  すらかにをとなひたるけはひにて・宮にも御
  心につき給へく・ゑなとの事・ひいなのすてかた
  きさまわかやかにきこえ給へは・けにいとわかく
  心よけなる人かなと・をさなき御心ちには・
0351【をさなき御心ち】-女三
  うちとけ給へり・さてのちはつねに御ふみ
  かよひなとして・おかしきあそひわさなとに
  つけても・うとからすきこえかはし給・世の中
  の人も・あいなうかはかりになりぬるあたり」70オ
  の事は・いひあつかふものなれは・はしめつ
  かたは・たいのうへいかにおほすらむ・御おほえ
  いとこのとしころのやうには・おはせし・すこし
  はをとりなんなといひけるを・いますこしふ
  かき御心さしかくてしも・まさるさまなるを・
  それにつけても又やすからすいふ人々あるに・
  かくにくけなくさへきこえかはし給へは・こと
  なをりて・めやすくなむありける・神な月
  にたいのうへ・院の御賀に・さかのゝみたうにて・
0352【さかのゝみたう】-仁和
  薬師ほとけくやうしたてまつり給・いかめし」70ウ
  きことはせちにいさめ申給へは・しのひやか
  にとおほしをきてたり・ほとけ経はこ・ちすの
0353【ちす】-帙簀
  とゝのへ・まことのこくらく思やらる・さいそ
0354【さいそわう経】-最勝王経
  わう経こんかうはむにや・寿命経なと・いと
  ゆたけき御いのりなり・かんたちめいとお
0355【ゆたけき】-厳重也
  ほくまいり給へり・御たうのさまおもしろく・
  いはむかた(た+なく<朱>)もみちのかけ・わけ行野へのほと
  よりはしめて・見物なるにかたへは・きほひあ
  つまり給なるへし・しもかれわたれる野
  はらのまゝに・むまくるまの行ちかふをと・し」71オ
  けくひゝきたり・御すきやうわれも/\
  と・御かた/\いかめしくせさせ給ふ・廿三日を御
0356【廿三日】-或廿六日<左>
  としみの日にて・この院はかくすきまなく・
  つとひ給へるうちに・我御わたくしのとのとお
  ほす・二条院にて・その御まうけ・せさせ給・御
  さうそくをはしめ・おほかたの御事ともゝ・
  みなこなたにのみし給・御かた/\もさるへき
  事とも・わけつゝのそみ・つかうまつり給・たい
  ともは・人のつほね/\にしたるをはらひて・
0357【はらひて】-払
  殿上人・諸大夫・院司・しも人まてのまうけ・」71ウ
  いかめしくせさせ給へり・しん殿のはなちいてを・
  れいのしつらひにて・らてんのいしたてたり・
  おとゝのにしのまに・御そのつくゑ十二たてゝ・
  夏冬の御よそひ・御ふすまなと・れいのことく
  むらさきのあやのおほいとも・うるはしく見え
  わたりて・うちの心はあらはならす・御前にをき
  ものゝつくえふたつ・からの地の・すそこのおほ
  ゐしたり・かさしのたいはちんのくゑそく・こか
  ねのとり・しろかねの枝にゐたる心はえなと・
  しけいさの御あつかりにて・あかしの御方の」72オ
  せさせ給へる・ゆへふかく心ことなり・うし
  ろの御屏風四帖は・式部卿宮なむせさせ給ける・
0358【御屏風四帖】-古今右大将定国四十賀四季の屏風云々
0359【式部卿宮】-紫父
  いみしくつくしてれいの四季のゑなれと・めつら
  しきせんすい・たんなとめなれす・おもしろし・
  北のかへにそへてをき物のみつしふたよそ(そ#ろ)ひ
  たてゝ・御てうとゝもれいのことなり・みなみ
  のひさしにかむたちめ左右の大臣・式部卿宮
  をはしめ(め+た)てまつりて・つき/\はましてまいり
  給はぬ人なし・ふたいの左右に楽人のひらはり
0360【ひらはり】-平張
  うちて・にしひんかしにとんしき八十く・ろくの」72ウ
  からひつ四十つゝ(△&ゝ)・つゝけてたてたり・ひつし
  の時はかりに・楽人まいる・万歳楽・皇[鹿+章]なと
0361【万歳楽皇[鹿+章]なと】-延喜六年十一月十日御賀先奏万歳楽次蘇合香次皇[鹿+章]
  まいて・日くれかゝるほとに・こまのらんしやうして・
0362【こま】-高麗
0363【らんしやう】-乱声<朱>
  らくそんまいゝてたるほと・猶つねのめな
0364【らくそん】-落蹲<朱>
  れぬ舞のさまなれは・まひはつる程に・権
  中納言衛門督おりて・いりあやをほのかに
  まひて・紅葉のかけに入ぬるなこりあかす
  けうありと・人々おほしたり・いにしへの朱
  雀院の行幸に・青海波のいみしかりし
  ゆふへ・思いて給・人々は権中納言・衛門督又」73オ
  おとらす・たちつゝき給に(に+けるはゝのおほえ有<アリ>さまかたちよういなと<朱>)も・おさ/\をとら
  す・つかさくらゐは・やゝすゝ(ゝ#す)みて・さへこそ
  なと・よはひの程をもかそへて・なをさるへき
  にて・むかしよりかくたちつゝきたる御なか
  らひなりけりと・めてたくおもふ・あるしの
  院も・あはれに涙くましく・おほしいてらるゝ
  事ともおほかり・夜にいりて・楽人ともま
  かりいつ・北のまん所の別当とも・人々ひき
0365【北のまん所】-紫の上源氏の室家のおほえ也
  いて・ろくのからひつによりて・一つゝとりてつき
  つきたまふ・しろき物ともをしな/\かつきて・」73ウ
  山きはよりいけのつゝみすくるほとのよそ
  めは・ちとせをかねてあそふつるのけころも
0366【ちとせをかねて】-\<朱合点> 催ー 筵田哥 筵田のいつ貫川にすむ鶴の千とせをかねてあそひあへる(催馬楽「席田」、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  思まかへらる・御あそひはしまりて・又いとお
  もしろし・御ことともは・春宮よりそとゝのへ
0367【春宮】-今
  させ給ける・朱雀院よりわたりまいれる
  ひはきん・内よりたまはり給へる・さうの御こと
  なと・みなむかしおほえたる・ものゝねともにて・
  めつらしくかきあはせ給へるに・なにのおり
  にもすきにしかたの御ありさま・うちわたり
  なとおほしいてらる・故入道の宮おはせまし」74オ
0368【故入道の宮】-薄
  かは・かゝる御賀なと・われこそすゝみ・つかう
  まつらましか・なに事につけてかは・心さしも・
  見えたてまつりけんと・あかすくちおしく
  のみ思いてきこえ給ふ・内にも・こ宮のおはし
0369【こ宮】-薄
  まさぬことを・なにことにも・はえなく・さう/\
  しくおほさるゝに・この院の御ことをたに・れい
0370【この院】-源
  のあとあるさまのかしこまりをつくしても・え
  見せたてまつらぬを・よとゝもにあかぬ心地
  し給も・ことしは此御賀にことつけて・みゆ
  きなともあるへくおほしをきてけれと・」74ウ
  世中のわつらひならむこと・さらにせさせ給
  ましくなんと・いなひ申給こと・たひ/\になり
0371【いなひ】-辞
  ぬれは・くちおしくおほしとまりぬ・しはす
  の廿日あまりの程に・中宮まかてさせ給て・
0372【中宮】-秋ー御賀行
  ことしのゝこりの御いのりに・ならの京の
  七大寺に・御す行のぬの四千たん・このちかき
  みやこの四十寺に・きぬ四百疋を・わかちて
  せさせ給・ありかたき御はくゝみを・おほししり
  なから・なに事につけてかは・ふかき御心さしをも
  あらはし御覧せさせ給はんとて・ちゝ宮・はゝ」75オ
0373【ちゝ宮】-前坊
  みやす所のおはせまし・御ための心さしをも・
  とりそへおほすに・かくあなかちにおほや
  けにも・きこえかへさせ給へは・事ともおほ
  く・とゝめさせ給つ・四十の賀といふことは・
0374【四十の賀】-昭宣公四十賀後五十七薨貞信公四十賀後七十薨
  さき/\を・きゝ侍にも・のこりのよはひひさ
  しきためしなん・すくなかりけるを・このたひ
  は猶世のひゝきとゝめさせ給て・まことに
  のちにたえ(え$ら<朱>)ん事を・かそへさせ給へとあり
  けれとおほやけさまにて・猶いといかめしく
  なんありける・宮のおはしますまちのしん」75ウ
  てんに・御しつらひなとして・さき/\に・こと
  かはらす・かむたちめのろくなと・大きやうに
  なすらへて・御子たちには・ことに女のさうそく・
  非参議の四位・まうちきんたちなと・たゝの
  殿上人には・しろきほそなかひとかさね・こし
  さしなとまて・つき/\に給ふ・さうそく・かきり
  なく・きよらをつくして・名たかきおひ・御はかし
  なと・故前坊の御方さまにて・つたはりまいり
  たるも・又あはれになん・ふるきよの一の物と・
  名あるかきりは・みなつとひまいる・御賀になん」76オ
  あめる・むかし物かたりにも・ものえさせたるを・
0375【むかし物かたりにも】-作ー詞
0376【ものえさせたる】-誦経拍功徳銭施入
  かしこきことにはかそへつゝけためれと・いと
  うるさくてこちたき御なからひのことゝもは・
  えそかそへあえはへらぬや・内にはおほしそめ
0377【内には】-冷
0378【おほしそめ】-御賀
  てしことゝもを・むけにやはとて・中納言
0379【中納言】-夕霧事(霧事#)
  にそつけさせ給てける・そのころの右大将
  やまゐしてしし給けるを・この中納言に
0380【中納言】-夕霧事
  御賀の程よろこひくはへんとおほしめして
  にはかになさせ給つ・院もよろこひきこえ
0381【院】-源
  させ給ふものから・いとかくにはかにあまるよろ」76ウ
  こひをなむ・いちはやき心ちし侍と・ひけし
0382【ひけし申給】-源
  申給・うしとらのまちに・御しつらひまうけ
0383【うしとらのまちに】-花散里在所シン殿行
  給て・かくろへたるやうにしなし給へれと・けふ
  はなを・はたことに・きしきまさりて所々
  のきやうなとも・くらつかさ・こくさう院より
  つかうまつらせ給へり・とんしきなと・おほやけ
  さまにて・頭中将せむしうけ給て・みこたち
  五人左右おとゝ・大納言ふたり・中納言三人・
  宰相五人・殿上人はれいの内・東宮院のこる
  すくなし・おまし御てうとゝもなとは・おほ」77オ
0384【おほきおとゝ】-致仕
  きおとゝ・くはしくうけ給はりてつかうまつ
  らせ給へり・けふはおほせ事ありて・わたり
0385【わたりまいり給へり】-源#
  まいり給へり・院もいとかしこく・おとろき申
0386【院】-源
  給て・御座につき給ぬ・も屋の御座にむかへ
  て・おとゝの御座あり・いときよらに・もの/\しく
  ふとりて・このおとゝそいまさかりのしう
0387【しうとく】-宿
  とくとは見え給へる・あるしの院は・猶いとわ
0388【あるしの院】-源
  かき源氏の君に見え給・御ひやう風四帖に・
  うちの御てかゝせ給へる・からのあやのうすたん
0389【うち】-冷
0390【御てかゝせ給へる】-延長例
0391【うすたん】-タミ
  に・したゑのさまなと・をろかならむやは・おもしろ」77ウ
  き春秋のつくりゑなとよりも・この御屏風
  のすみつきの・かゝやくさまは・めもをよはす
  思なしさへ・めてたくなむありける・をきものゝ
  みつし・ひきもの・ふきものなと・蔵人所より
  たまはり給へり・大将の御いきをひもいといか
0392【大将】-夕
  めしくなりたまひにたれは・うちそへて・けふ
  のさほういとことなり・御むま四十疋・左右
  のむまつかさ・六衛府の官人・かみよりつき/\
0393【六衛府の官人】-近衛 衛門 兵衛
  にひきとゝのふるほとひくれはてぬ・れいの
  万さい楽・賀王恩・なといふまひ・けしきはかり」78オ
  まひて・おとゝのわたり給へるに・めつらしくもて
0394【おとゝ】-源#
  はやし給へる・御あそひにみな人心をいれ
  給へり・ひはは・れいの兵部卿宮・なにことにも
0395【兵部卿宮】-蛍
  世にかたき・物の上すにおはして・いとになし・
  おまへに・きんの御こと・おとゝわこんひき給・
0396【おまへ】-冷#
0397【おとゝ】-源#
  としころそひ給にける・御みゝのきゝなしにや・
  いというにあはれにおほさるれは・きんも・御て
  おさ/\かくしたまはす・いみしきねともい
  つ・むかしの御ものかたりともなといてきて・
  いまはたかゝる御なからひに・いつかたにつけて」78ウ
  も・きこえかよひ給へき・御むつひなと・心よく
  きこえ給て・御みき・あまたたひまいりて・
  物のおもしろさも・とゝこほりなく・御ゑい
  なきとも・えとゝめ給はす・御をくり物に・
0398【御をくり物に】-致仕
  すくれたるわこんひとつ・このみ給こまふえ
  そへて・したんのはこ・ひとよろひにからの本
  とも・こゝのさうの本なといれて・御くるまに
  をひてたてまつれ給・御馬ともむかへとりて・
  右つかさとも・こまのかくしてのゝしる・ろく
  衛ふの官人のろくとも大将給ふ・御心とそ」79オ
  き給て・いかめしきことゝもは・このたひ・と
  とめ給へれと・内・東宮・一院・きさいの宮・つき
0399【一院】-朱
0400【きさいの宮】-秋
  つきの御ゆかり・いつくしきほといひしらす・
  見えにたることなれは・猶かゝるおりにはめて
  たくなんおほえける・大将のたゝひとゝころ・
  おはするを・さう/\しくはえなき・心ちせし
  かと・あまたの人にすくれ・おほえことに人から
  も・かたはらなきやうにものし給にも・かのはゝ
0401【はゝ北の方】-葵上
  北の方の伊勢の宮す所との・うらみふかく・
  いとみかはし給けんほとの・御すくせともの・」79ウ
  行すゑ見えたるなむ・さま/\なりける・その
  日の御さうそくともなと・こなたのうへなむ
0402【こなたのうへ】-花散
  し給ける・ろくともおほかたの事をそ・三条
0403【三条の北の方】-雲井
  の北の方はいそき給めりし・おりふしにつけ
  たる御いとなみ・うち/\の物のきよらをも・こ
0404【こなたに】-花散
  なたには・たゝよその事にのみ・きゝわたり
  給を・なに事につけてかは・かゝるもの/\しき・
  かすにもましらひ給はましとおほえたるを・
  大将の君の御ゆかりに・いとよくかすまへられ
  給へり・としかへりぬ・きりつほの御方ちかつき」80オ
0405【きりつほの御方】-明中十四
0406【ちかつきたまいぬる】-産
  たまいぬるにより・正月朔日より・御すほう
  ふたんにせさせ給・てら/\やしろ/\の御いのり・
  はたかすもしらす・おとゝの君・ゆゝしきことを
0407【おとゝの君】-源
  見給へてしかはかゝるほとの事はいとおそろしき
  物におほし・しみたるを・たいのうへなとのさる
0408【たいのうへ】-紫
  ことし給はぬは・くちおしくさう/\しき物から・
  うれしくおほさるゝに・またいとあえかなる
0409【あえかなる】-稚
  御ほとに・いかにおはせんとかねておほし
  さはくに・二月はかりより・あやしく御けしき
  かはりて・なやみ給に御心ともさはくへし・おん」80ウ
  やうしともゝ・所をかへて・つゝしみ給ふへく
  申けれは・ほかのさしはなれたらむは・おほつかなし
  とて・かのあかしの御まちのなかのたいに・わたし
  たてまつり給ふ・こなたはたゝおほきなる
  たいふたつ・らうともなむめくりてありける
  に・御すほうのたんひまなくぬりて・いみし
  きけんさとも・つとひてのゝしる・はゝ君此
  時に我御すくせも・見ゆへきわさなめれは・
  いみしき心をつくし給・かのおほあま君も・
  いまはこよなき・ほけ人にてそありけむ」81オ
  かし・この御ありさまを見たてまつるは・ゆめ
  の心ちして・いつしかとまいりちかつきなれ
  たてまつる・としころはゝ君は・かうそひ
  さふらひ給へと・むかしのことなと・まほにしも
  きこえしらせ給はさりけるを・このあま君
  よろこひにえたへて・まいりては・いと涙かち
  にふるめかしき事ともを・わなゝきいて
  つゝ・かたりきこゆ・はしめつかたは・あやしく
  むつかしき人かなとうちまつ(つ$つ<朱>)り給しかと・かゝる
  ひとありとはかりは・ほのきゝをき給へれは・」81ウ
  なつかしくもてなし給へり・むまれ給し程の
  事・おとゝの君の・かのうらにおはしましたりし
  ありさま・いまはとて・京へのほり給しに・たれ
  も心をまとはして・いまはかきりかはかりの
  契にこそはありけれと・なけきしを・わか君
0410【わか君】-明中若
  のかくひきたすけ給へる御すくせの・いみしく
  かなしきことゝ・ほろ/\となけは・けにあはれ
  なりけるむかしの事を・かくきかせさらまし
  かは・おほつかなくても・すきぬへかりけりと
  おほしてうちなき給・心のうちには・我身は」82オ
  けにうけはりて・いみしかるへき・きはにはあら
  さりけるを・たいのうへの御もてなしに・みかゝ
  れて・人の思へるさまなとも・かたほには
  あらぬなりけり・人をはまたなき物に思
  けち・こよなき心おこりをはしつれ・世の人は
  したにいひいつるやうも・ありつらむかしなと
  おほししりはてぬ・はゝ君をは・もとよりかく・
  すこしおほえくたれるすちと・しりなから・
  むまれ給けん程なとをは・さる世はなれたる・
  さかひにてなとも・しり給はさりけり・いと」82ウ
  あまりおほとき給へる・けにこそはあやしく・
0411【おほとき給へる】-明中
  おほ/\しかりけることなりや・かの入道のいま
  は仙人の世にもすまぬやうにて・ゐたなる
  をきゝ給も・心くるしくなと・かた/\に思
  みたれ給ぬ・いとものあはれになかめておは
  するに・御方まいり給て・日中の御かちに・
0412【御方】-明上
  こなた(た+かなた<朱>)よりまいりつとひ・物さはかしくのゝ
  しるに・御まへにこと人もさふらはす・あま
  君ところえていとちかくさふらひ給・あな
  見くるしやみしかき・御木丁ひきよせて」83オ
  こそ・さふらひ給はめ・風なとさはかしくて・をの
  つからほころひのひまもあらむに・くすしなと
  やうのさまして・いとさかりすき給へりやなと・
  なまかたはらいたく思給へり・よしめきそして・
  ふるまふはおほゆめれとも・もう/\に・みゝも
0413【もう/\】-朦
  おほ/\しかりけれは・あゝとか(か+た)ふきてゐたり・さ
  まはいと・さいふはかりにもあらすかし・六十五六
  の程なり・あますかた・いとかはらかに・あてなる
  さまして・めつやゝかに・なきはれたるけしき
  のあやしく・むかし思いてたるさまなれは・」83ウ
  むねうちつふれて・こたいのひか事とも
  や侍つらむ・よくこのよのほかなるやうなる・
  ひかおぼえともにとりませつゝ・あやしき
  むかしの事ともゝいてまうてきつらん・はやゆ
  めのこゝちこそし侍れと・うちほゝえみて・みた
  てまつり給へは・いとなまめかしくきよら
0414【いとなまめかしく】-明中
  にて・れいよりもいたくしつまり・物おほし
  たるさまにみえ給・我こともおほえたまはす
0415【我こともおほえたまはす】-明上
  かたしけなきにいとおしき事ともを・き
  こえ給ておほしみたるゝにや・いまはかはかり」84オ
  と・御くらゐをきはめ給はんよに・きこえもし
  らせんとこそおもへ・くちおしくおほしすつ
  へきにはあらねと・いと/\おしく・心をとりし
  給らんとおほゆ・御かちはてゝ・まかてぬるに・
  御くた物なと・ちかくまかなひなし・これはかり
  をたにと・いと心くるしけに思て・きこえ給・あま
  君はいとめてたう・うつくしう・見たてまつる
  まゝ(ゝ+に<朱>)も・涙はえとゝめす・かほはえみてくち
0416【えみて】-咲
  つきなとは・見くるしく・ひろこりたれと・まみ
  のわたり・うちしくれて・ひそみゐたり・あなかた」84ウ
  はらいたと・めくはすれときゝもいれす
    おいのなみかひあるうらにたちいてゝしほ
0417【おいのなみ】-明石のあま
  たるゝあまをたれかとかめむむかしの世にも
0418【むかしの世にも】-七十以上
  かやうなるふる人は・つみゆるされてなん侍
  けるときこゆ・御すゝりなるかみに
    しほたるゝあまを浪路のしるへにて
0419【しほたるゝ】-明石中宮
  たつねも見はやはまのとまやを御かたも・
  えしのひ給はて・うちなき給ぬ
    よをすてゝあかしのうらにすむ人も心の
0420【よをすてゝ】-明石上
  やみははるけしもせしなときこえまきら」85オ
  はし給・わかれけんあか月のことも・夢の中に
0421【わかれけんあか月のこと】-上詞 入道事
  おほしいてられぬを・くちおしくもありけるかな
  とおほす・やよひの十よひ(ひ$日)の程に・たいらかに
  むまれ給ぬ・かねてはおとろ/\しくおほしさは
  きしかと・いたくなやみ給事なくて・おとこ
0422【おとこみこ】-今上
  みこさへおはすれは・かきりなくおほす・さま
  にて・おとゝも御心おちゐ給ぬ・こなたはかく
0423【おとゝ】-源
  れのかたにて・たゝけちかき程なるに・いかめし
  き御うふやしなひなとのうちしきり・ひゝき・
  よそをしき有さま・けにかひあるうらと・あま」85ウ
  君のためには見えたれと・きしきなきやう
  なれはわたり給なむとす・たいのうへもわた
  り給へり・しろき御さうそくし給て・人のおや
0424【しろき御さうそく】-産衣
  めきて・わか宮を・つといたきてゐ給へるさま・
  いとおかし・身つからかゝることしり給はす・人の
  うへにても・見ならひ給はねは・いとめつらかに・うつ
  くしと思きこえ給へり・むつかしけにおはする
  程をたえすいたきとり給へは・まことのをは
0425【をは君】-ウハ
  君は・たゝまかせたてまつりて・御ゆ殿のあ
  つかひなとをつかうまつり給・春宮の宣旨」86オ
  なる内侍のすけそ・つかうまつる・御むかへゆに
0426【内侍のすけ】-宣旨ト云女房ノ内侍カケタル也
  おりたち給へるも・いとあはれにうち/\の事も・
  ほのしりたるに・すこしかたほならはいとおし
  からましを・あさましくけたかく・けに
  かゝる契ことにものし給ける・人かなと見き
  こゆ・この程のきしきなとも・まねひたてん
  に・いとさらなりや・六日といふに・れいのおとゝに
0427【れいのおとゝにわたり給ぬ】-シン殿明中帰
  わたり給ぬ・七日の夜内よりも御うふやしなひ
  の事あり・朱雀院のかく世をすておはし
  ます御かはりにや・蔵人所より・頭・弁宣旨」86ウ
  うけ給はりて・めつらかなるさまに・つかうまつ
  れりろくのきぬなと又中宮の御方よりも
  おほやけことにはたちまさり・いかめしく
  せさせ給・つき/\の御子たち・大臣のいゑ/\そ
  のころのいとなみにて・われも/\と(と+き<朱>)よらをつく
  して・つかうまつり給・おとゝの君もこのほとの
0428【おとゝの君】-院号之後モイヘリ
  事ともは・れいのやうにもことそかせ給はて・
  世になく・ひゝきこちたき程に・うち/\の
  なまめかしくこまかなる・宮ひのまねひつ
  たふへきふしは・めもとまらすなりにけり・」87オ
  おとゝの君も・わか宮をほとなくいたきたて
  まつり給ひて・大将のあまたまうけたなる
  を・いまゝて見せぬかうらめしきに・かくらう
  たき人をそえたてまつりたるも(も#と<朱>)うつくし
  みきこえ給ふはことはりなりや・ひゝにもの
  をひきのふるやうにおよすけ給・御めのとなと
  心しらぬは・とみにめさて・さふらふ中に・しな心す
  くれたる・かきりをえりてつかうまつらせ給・御
  かたの御心をきての・らう/\しくけたかくお
  ほとかなる物の・さるへきかたにはひけして・に」87ウ
0429【ひけ】-卑下
  くらかにも・うけはらぬなとを・ほめぬ人なし・
0430【ほめぬ人なし】-明上
  たいのうへはまほならねと見えかはし給て・
  さはかりゆるしなくおほしたりしかと・いま
  は宮の御とくに・いとむつましく・やむことなく
0431【宮】-若宮
  おほしなりにたり・ちこうつくしみし給
  御心にて・あまかつなと御てつからつくり・そゝ
  くりおはすも・いとわか/\し・あけくれこの
  御かしつきにてすくし給・かのこたいのあま
  君は・わか宮を・え心のとかに見たてまつらぬ
  なんあかすおほえける・中/\見たてまつり」88オ
  そめて・こひきこゆるにそ・いのちもえ
  たふましか(か+ん、ん$<朱>)める・かのあかしにもかゝる御こと
0432【たふましかめる】-絶マシキ
  つたへきゝて・さるひしり心ちにもいとうれ
  しくおほえけれは・いまなんこの世のさかいを
  心やすく・ゆきはなるへきと弟子ともに
  いひて・このいへをはてらになし・あたりの田
  なとのやうの物は・みなその寺の事にしを
  きて・この国のおくのこほりに・人もかよひ
  かたくふかきやまあるを・としころもしめをき
  なから・あしこにこもりなむのち又・人には」88ウ
  見えしらるへきにもあらすと思て・たゝす
  こしのおほつかなき事のこりけれは・いまゝて
  なからへけるを・いまはさりともと・ほとけ神を
  たのみ申てなむうつろひける・このちかきとし
  ころとなりては・京にことなる事ならて・
  人もかよはしたてまつらさりつ・これよりくたし
0433【これより】-京
  給人はかりにつけてなむ・ひとくたりにても・あま
  君さるへきおりふしの事もかよひける・思ひ
  はなるゝよのとちめに・ふみかきて御かたに
0434【御かたに】-明
  たてまつれ給へり・このとしころはおなし」89オ
0435【このとしころは】-入道文詞
  世中のうちに・めくらひ侍りつれと・なにかは
  かくなから身をかへたるやうに思給へなしつゝ・
  させることなきかきりは・きこえうけ給
  はらす・かなふみ見たまふるは・めのいとまいり
  て・念仏もけたいするやうに・やくなうてなん・
  御せうそこもたてまつらぬを・つてにうけ
  たまはれは・わか君は春宮にまいり給て・お
  とこ宮むまれ給へるよしをなむ・ふかくよろ
  こひ申侍る・そのゆへは身つから・かくつたなき
  山ふしの身に・いまさらにこのよのさかえを・」89ウ
  思にも侍らす・すきにしかたのとしころ・
  心きたなく六時のつとめにも・たゝ御ことを
  心にかけて・はちすのうへのつゆのねかひを
  は・さしをきてなむ・ねんしたてまつりしわか
  おもとむまれ給はんとせし・そのとしの二月
  のその夜のゆめに見しやう・身つからすみの
  山を右のてにさゝけたり山の左右より月日
0436【月日のひかり】-中宮 東宮
  のひかりさやかにさしいてゝよをてらす・身
  つからは山のしものかけにかくれて・その光に
  あたらす・山をはひろき海にうかへをきて・」90オ
  ちいさき舟にのりてにしのかたをさして
  こき行となん見侍し・夢さめてあしたより・
  かすならぬ身にたのむところいてきなから
  なに事につけてか・さるいかめしきことをは
  まちいてむと・心のうちに思ひはへしを・そ
  のころよりはらまれ給にしこなた・そくの
0437【そくのかたのふみ】-学文
  かたのふみを見侍しにも・又内教の心をた
  つぬる中にも・夢をしんすへきことおほく
  侍しかは・いやしきふところのうちにも・かたしけ
  なくおもひいたつきたてまつりしかと・ちから」90ウ
  をよはぬ身におもふ給へかねてなむ・かゝるみちに
  おもむき侍にし・またこの国のことに・しつみ
  侍て・老のなみにさらにたちかへらしと思ひ
  とちめて・このうらにとしころ侍しほとも・
  わか君をたのむことに思きこえ侍しかはなむ・
  心ひとつにおほくの願をたてはへりし・その
  かへり申たいらかに思のこと・時にあひ給わか君
  くにのはゝとなり給て・ねかひみち給はん
  よにすみよしのみやしろをはしめはたし申
  給へ・さらになにことをかはうたかひ侍らむ・この」91オ
  ひとつの思ひちかき世にかなひ侍りぬれは・
  はるかににしのかた・十万億(億=億)の国へたてたる
  九品のうへの・ゝそみうたかひなくなり侍り
  ぬれは・いまはたゝむかふるはちすをまち
  はへるほと・そのゆふへまて水草きよき山
0438【水草きよき】-\<朱合点> 遠つ国ハ水草きよみ事しけき都の事ハすますまされり(挙白集1791、休聞抄・紹巴抄・岷江入楚
  のすゑにて・つとめ侍らむとてなむ・まかり
  いりぬる
    ひかりいてんあか月ちかくなりにけり
0439【ひかりいてん】-明石の入道
  いまそ見しよの夢かたりするとて月日
  かきたり・いのちをはらむ月日もさらになし」91ウ
  ろしめしそ・いにしへより人のそ(そ+め)をきける藤
  衣にも・なにかやつれ給はん・たゝ我身はへん
  化の物とおほしなして・老法師のためには・
  (+功徳をつくり給へこのよのたのしみに<朱>)そへても・のちのよをわすれ給ふな・ねかひ侍る
  所にたにいたり侍なは・かならす又たいめん
  は侍りなむ・さはのほかのきしにいたりて・とく
0440【さは】-娑婆
  あひ見んとをおほせさて・かのやしろに・
  たてあつめたる願ふみともを・おほきなる
  ちんのふはこにふむしこめてたてまつりた
  まへり・あま君にはこと/\にもかゝす・たゝこ」92オ
  の月の十四日になむ草のいほりまかりは
  なれて・ふかき山にいり侍りぬる・かひなき
0441【ふかき山にいり侍りぬる】-六 身をすてゝ山に入にし我なれは熊のくらはん事もしられす(拾遺集382・拾遺抄475、河海抄・紹巴抄・休聞抄・花屋抄・岷江入楚) 薩[土+垂]王子身施虎
  身をは・くまおほかみにも施し侍なん・そこには
  猶思しやうなる・御よをまちいて給へ・あきらか
  なる所にて・又たいめんはありなむとのみあ
  り・あま君このふみを見て・かのつかひの大と
  こにとへは・この御文かき給て三日といふに
  なむ・かのたえたるみねにうつろひ給にし・なに
  かしらも・かの御をくりにふもとまては・さふらひ
  しか・みなかへし給て・僧一人わらは二人なん・御とも」92ウ
  にさふらはせ給・いまはとよをそむき給しお
  りを・かなしきとちめと思給へしかとのこり
  侍けり・としころをこなひのひま/\に・より
  ふしなから・かきならし給し・きんの御ことひは
  とりよせ給て・かいしらへ給つゝ・ほとけにまかり
0442【まかり】-辞<イトマ>
  申し給てなん・みたうに施入し給し・さらぬ物
  ともゝおほくはたてまつり給て・そのゝこり
  をなん・御弟子とも六十余人なん・したしき
  かきりさふらひける・ほとにつけて・みな処分
  し給て・猶しのこりをなん・京の御れうとて・」93オ
  をくりたてまつり給へる・いまはとてかきこ
  もり・さるはるけき山の雲かすみにましり
  給にし・むなしき御あとにとまりて・かなしひ
  おもふ人々なんおほく侍るなと・このたいとこも
  わらはにて・京よりくたりけるふる人の老
  法しになりてとまれる・いとあはれに心ほ
  そしと思へり・ほとけの御弟子の・さかしき
  ひしりたに・わしのみねをはたと/\しからす・
  たのみきこえなから・猶たき木つきける夜
  のまとひはふかかりけるを・ましてあま君の・」93ウ
  かなしと思給へることかきりなし・御方はみなみの
  おとゝにおはするを・かゝる御せうそこなんあると
  ありけれは・しのひてわたり給へり・をも/\しく
  身をもてなして・おほろけならては・かよひあひ
  見給こともかたきを・あはれなる事なんと
  きゝておほつかなけれは・うちしのひてものし
  給へるに・いといみしくかなしけなるけしき
0443【いといみしく】-尼公
  にてゐ給へり・火ちかくとりよせて・此ふみ
  を見給に・けにせきとめんかたそなかりける・
  よの人はなにともめとゝむましきことの・まつ」94オ
  むかしきしかたの事思いてこひしと思
  わたり給・心にはあひ見てすきはてぬる
  にこそはと見給に・いみしくいふかひなし・涙を
  えせきとめす・この御ゆめかたりをかつは・
  行さきたのもしく・さはひか心にて・我身を
  さしもあるましきさまに・あくからし給と・
  なかころ思たゝよはれしことは・かくはかなき
  夢にたのみをかけて・心たかくものし給なり
  けりと・かつ/\思あはせ給・あまきみひさ
  しくためらひて・君の御とくには・うれしく」94ウ
  をもたゝしきことをも・身にあまりてなら
  ひなく思侍り・あはれにいふせき思ひもすく
  れてこそ侍けれ・かすならぬかたにてもなか
  らへし・都をすてゝ・かしこにしつみゐしをたに・
  よ人にたかひたるすくせにもあるかなと思ひ
  はへしかと・いけるよにゆきはなれ・へたたる
  へき中の契とは思かけす・おなしはちす
  にすむへきのちのよのたのみをさへかけて
  とし月をすくしきて・にはかにかくおほえぬ
  御こといてきて・そむきにし世にたちかへり」95オ
  てはへる・かひある御事を見たてまつりよ
  ろこふものから・かたつかたには・おほつかなくかな
  しきことのうちそひて・たえぬを・つゐに
  かくあひみすへたてなから・このよをわかれ
  ぬるなん・くちおしくおほえはへる・世にへし
  時たに人ににぬ心はえにより・よをもてひ
  かむるやうなりしを・わかきとちたのみ
  ならひて・をの/\は又なく契をきてけれは・
  かたみにいとふかくこそたのみ侍しか・いかなれ
  はかくみゝにちかき程なから・かくてわかれぬらん」95ウ
  といひつゝけて・いとあはれにうちひそみ給・
  御方もいみしくなきて・人にすくれん行
  さきのこともおほえすや・かに(に#す<朱>)ならぬ身には
  なに事もけさやかに・かひあるへきにもあらぬ
  ものから・あはれなるありさまにおほつか
  なくて・やみなむのみこそくちおしけれ・よろ
  つの事さるへき人の御ためとこそおほえはへ
0444【さるへき人】-入道
  れ・さてたえこもり給なは・世中もさためなき
  に・やかてきえ給なは・かひなくなんとて・よもす
0445【きえ給なは】-入道
  からあはれなる事ともをいひつゝあかし」96オ
  給・きのふもおとゝの君のあなたにありと
0446【きのふも】-猶明ー詞
0447【おとゝの君】-源
  見をき給てしを・にはかにはひかくれたらむも・
  かろ/\しきやうなるへし・身ひとつはなにはかり
  も思はゝかり侍らす・かくそひ給御ためなと
0448【そひ給】-尼#
  のいとおしきになむ・心にまかせて身をももて
  なしにくかるへきとて・あか月にかへりわたり
0449【かへりわたり給ぬ】-明方
  給ぬ・わか君はいかゝおはします・いかてか見たて
  まつるへきとてもなきぬ・いま見たてまつり
  給てん・女御の君も・いとあはれになむおほしいて
  つゝ・もし世中思ふやうならは・ゆゝしきかね」96ウ
  ことなれと・あま君その程まて・なからへ給は
0450【あま君その程まて】-若宮東宮マテ
  なんとの給ふめりき・いかにおほすことにか
  あらむとの給へは・又うちゑみて・いてやされは・
0451【又うちゑみて】-尼
  こそさま/\ためしなきすくせにこそ侍れとて
  よろこふ・このふはこはもたせて・まうのほり
0452【まうのほり】-明上
  給ぬ・宮よりとくまいり給へきよしのみ
0453【宮より】-東ー
  あれは・かくおほしたることはりなり・めつらし
0454【めつらしきことさへそひて】-若宮
  きことさへそひて・いかに心もとなくおほさる
  らむと・むらさきのうへもの給て・わか宮しの
  ひてまいらせたてまつらむ御心つかひし賜・」97オ
  みやす所はおほんいとまの心やすからぬ
0455【みやす所】-明中
  にこり給て・かゝるついてにしはしあらまほし
  くおほしたり程なき御身に・さるおそろし
  きことをし給へれは・すこしおもやせほそり
  て・いみしくなまめかしき御さまし給へり・かく
  ためらひかたくおはするほとつくろひ給てこ
  そはなと・御かたなとは・心くるしかりきこえ給
0456【御かた】-明
  を・おとゝはかやうにおもやせて・見えたてま
0457【おとゝは】-源
  つり給はむも・中/\あはれなるへきわさなり
  なとの給・たいのうへなとのわたり給ぬる夕」97ウ
  つかたしめやかなるに・御かたおまへにまいり
0458【おまへに】-明中
  給て・このふはこきこえしらせ給・おもふさまに
  かなひはてさせ給まては・とりかくしてをき
  て侍へけれと・世中さためかたけれはうしろ
  めたさになん・なに事をも御心とおほしかす
  まへさらむ・こなたともかくも・はかなくなり
  侍なは・かならすしも・いまはのとちめを御
  らむせらるへき身にも侍らねは・猶うつし
  心うせすはへるよになむ・はかなき事をも・
  きこえさせをくへく侍けると思ひ侍て・むつ」98オ
  かしくあやしきあとなれと・これも御らんせよ
  この願ふみは・ちかきみつしなとにをかせ給て・
  かならすさるへからむおりに御らむして・このうち
  のことゝもはせさせ給へ・うとき人には・なもら
  させ給そかはかりと見たてまつりをきつれ
  は・身つからもよをそむき侍なんとおもふ給へ
  なりゆけは・よろつ心のとかにもおほえはへ
  らすたいのうへの御こゝろ・をろかに思き
  こえさせ給な・いとありかたくものし給・ふかき
  御けしきを見はへれは・身にはこよなくまさり」98ウ
  て・なかき御よにもあらなんとそ思はへる・
  もとより御身にそひきこえさせんにつけ
  ても・つゝましきみの程に侍れは・ゆつりき
  こえそめ侍にしを・いとかうしも物し給はしと
  なん・としころは猶よのつねにおもふ給へわたり
  侍つる・いまはきしかた行さき・うしろや
  すく思なりにて侍りなと・いとおほくき
  こえ給・涙くみてきゝおはす・かくむつまし
0459【きゝおはす】-明中
  かるへきおまへにも・つねにうちとけぬさま
  し給て・わりなくものつゝみしたるさまなり・」99オ
  このふみのことは・いとうたて・こはく・にくけ
  なるさまを・みちのくにかみにてとしへに
  けれは・きはみあつこえたり(り$る<朱>)五六枚・さす
  かにかうにいとふかくしみたるにかき給へり・
  いとあはれとおほして・御ひたいかみの・やう/\ぬれ
  ゆく御そはめ・あてになまめかし・院はひめ宮
0460【院は】-源
0461【ひめ宮】-女三
  の御かたにおはしけるを・なかのみさうしより・
  ふとわたり給へれは・えしもひきかくさて・御
  きちやうをすこしひきよせて・身つからはは
  たかくれ給へり・わか宮はおとろき給へりや・と」99ウ
0462【わか宮は】-源詞
  きのまもこひしきわさなりけりと・きこえ
  給へは・みやす所はいらへもきこえ給はねは・
  御方たいにわたしきこえ給へときこえ給・いと
0463【御方】-明#
0464【たいに】-紫
0465【いとあやし】-源詞
  あやしやあなたに・この宮を・らうし奉りて・
  ふところをさらにはなたす・もてあつかひ
  つゝ・人やりならす・きぬもみなぬらして・ぬき
  かへかちなめる・かろ/\しく・なとかくわたした
  てまつり給・こなたにわたりてこそ見たて
  まつり給はめとの給へは・いとうたて思くま
  なき御ことかな・女におはしまさむにたに・あな」100オ
  たにて見たてまつり給はんこそ・よく侍らめ・ま
  しておとこは・かきりなしときこえさすれと・
  心やすくおほえ給を・たはふれにても・かやうに・
  へたてかましき事な・さかしかりきこえさせ
  給ひそと・きこえ給・うちわらひて・御なかとも
0466【うちわらひて】-源
  にまかせて見はなちきこゆへきなゝりなへ
  たてゝいまはたれも/\さしはなちさかしら
  なとの給こそ・をさなけれ・まつはかやう(う+に<朱>)はひ
0467【はひかくれて】-隔物心
  かくれてつれなくいひおとし給めりかし
  とて・御木丁をひきやり給へれは・もやのはし」100ウ
  らによりかゝりて・いときよけに・心はつかしけ
0468【よりかゝりて】-明中
  なるさまして・物し給ありつるはこも・まとひ
  かくさんも・さまあしけれは・さておはするを・なそ
0469【なそのはこ】-源詞
  のはこ・ふかき心あらむけさう人の・なかう
  たよみて・ふんしこめたる心ちこそすれとの
  給へは・あなうたてや・いまめかしくなりかへら
0470【あなうたてや】-明上詞
  せ給める御心ならひに・きゝしらぬやうなる・御
  すさひ事ともこそ・時々いてくれとて・ほゝゑみ
  給へれと・物あはれなりける御けしきともしる
  けれは・あやしとうちかたふき給へるさま」101オ
  なれは・わつらはしくて・かのあかしのいはやより
0471【あかしのいはや】-明石
  しのひてはへし・御いのりの巻数又またしき
  願なとのはへりけるを・御こゝろにもしらせた
  てまつるへきおりあらは・御覧しをくへくや
  とて侍を・たゝいまはついてなくて・なにかは
  あけさせ給はんときこえ給に・けにあはれ
0472【けにあはれ】-源詞
  なるへきありさまそかしと・いかにをこなひ・
  ましてすみ給にたらむ・命なかくて・こゝら
  のとしころのつとむるつみも・こよなからむ
  かし・世の中によしありさかしき・かた/\」101ウ
  の人とて見るにも・この世にそみたる程のに
  こりふかきにやあらむ・かしこきかたこそ
  あれ・いとかきりありつゝ・をよはさりけりや・
  さもいたりふかく・さすかにけしきありし人
  のありさまかな・ひしりたちこの世はなれかほ
  にもあらぬものから・したの心はみなあらぬ世に
  かよひすみにたるとこそ見えしか・ましていまは
  心くるしき・ほたしもなく思ひはなれにたらむ
  をや・かやすき身ならは・しのひていとあはま
  ほしくこそとの給ふ・いまはかの侍し所をも」102オ
0473【いまはかの】-明上詞
  すてゝ・とりのねきこえぬ山にとなん・きゝ侍と
0474【とりのねきこえぬ山】-\<朱合点> 古今 とふ鳥の声もきこえぬ奥山のふかき心を人ハしるらん(古今535、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  きこゆれは・さらはそのゆいこむなゝりな(△&な)・せう
0475【さらはその】-源詞
  そこはかよはし給や・あま君いかに思給らむ・
  おやこの中よりも・またさるさまの契は
  こゝ(ゝ$)とにこそそふへけれとて・うち涙くみ給
  へり・としのつもりに・世中のありさまを・とかく
  思しり行まゝに・あやしくこひしく思いて
  らるゝ人のみありさまなれは・ふかき契の
  なからひは・いかにあはれならむなとの給ついて
  に・この夢かたりもおほしあはする事もやと」102ウ
0476【この夢かたりも】-明石詞
  思て・いとあやしきほんしとかいふやうなる
0477【ほんし】-梵字
  あとにはへめれと・御らんしとゝむへきふし
  もやましり侍とてなん・いまはとて・わかれ侍
  にしかと・猶こそあはれはのこり侍るもの
  なりけれとて・さまよくうちなき給て・いと
  かしこく猶ほれ/\しからすこそあるへけれ・
  てなともすへてなにこともわさと・いうそく
  にしつへかりける人の・たゝこのよ・ふるかた
  の心をきてこそ・すくなかりけれ・かのせん
  そのおとゝは・いとかしこくありかたき心」103オ
  さしをつくして・おほやけにつかうまつり給
  ける程に・ものゝたかひめありて・そのむ
  くひにかくすゑはなきなり・なと人いふ
  めりしを・女子のかたにつけたれと・かくて
  いとつきなしといふへきにはあらぬも・そこら
  のをこなひのしるしにこそはあらめなと・涙
  おしのこひ給つゝ・この夢のわたりにめとゝ
  め給ふ・あやしくひか/\しく・すゝろにたかき
  心さしありと・人もとかめ又われなからも・
  さるましきふるまひを・かりにても・する」103ウ
  かなと思しことは・この君のむまれ給し
  時に・契ふかく思しりにしかと・めのまへに
  見えぬあなたの事は・おほつかなくこそ思
  わたりつれ・さらはかゝるたのみありて・あな
  かちには・のそみしなりけり・よこさまに
  いみしきめをみ・たゝよひしも・この人ひとり
  のためにこそありけれ・いかなる願をか心に
  おこしけむとゆかしけれは・心のうちにおか
  みてとり給つ・これは又くしてたてまつるへき
  物侍り・いま又きこえしらせ侍らんと・女御」104オ
  にはきこえ給・そのついてにいまはかくいにし
  へのことをもたとりしり給ぬれと・あなた
0478【あなた】-紫
  の御心はへを・おろかにおほしなすな・もとより
  さるへきなかえさらぬむつひよりも・よ
  こさまの人のなけのあはれをもかけ・ひと事
  の心よせあるは・おほろけのことにもあらす・
  ましてこゝになとさふらひなれ給を・見る/\
  も・はしめの心さしかはらす・ふかくねんころに
  思きこえたるを・いにしへの世のたとへにも
0479【世のたとへ】-マヽ母事
  さこそは・うはへには・はくゝみけなれと・らう/\」104ウ
  しきたとりあらんと・かしこきやうなれと・
  猶あやまりても・我ためしたの心ゆかみたら
0480【あやまりても】-マヽ子ノ心
0481【我ため】-マヽコノ為
0482【心ゆかみ】-マヽハヽノ心
  む人を・さも思よらすうらなからむためは・
  ひきかへしあはれにいかてかゝるにはと・つみえ
0483【あはれに】-マヽ母ノ思ナヲシ哀マン也
  かましきにも思なをる事もあるへし・おほ
  ろけのむかしのよのあたならぬ人は・たかふ
  ふし/\あれと・ひとり/\つみなき時にはを
0484【ひとり/\】-マヽ子モマヽ母モ
  のつから・もてなすためしともあるへかめり・さし
  もあるましきことに・かと/\しくくせを
  つけ・あい行なく・人をもてはなるゝ心ある」105オ
  は・いとうちとけかたく思くまなきわさに
  なむあるへき・おほくはあらねと・人の心の
0485【おほくはあらねと】-源ノ見給方ー
  とあるさま・かゝるおもむきをみゆるに・ゆへ
  よしといひ・さま/\に・口惜からぬきはの心
  はせあるへかめり・みなをの/\えたるかた
  ありて・とる所なくもあらねと・又とりた
  てゝ・我うしろみに思ひ・まめ/\しく・えらひ
  思はんには・ありかたきわさになむ・たゝまこと
  に心のくせなく・よきことは・このたいをのみ
0486【このたい】-紫
  なむ・これをそおひらかなる人といふへかりける」105ウ
  となむ思はへる・よしとて又あまりひたゝけ
0487【ひたゝけて】-切也
  て・たのもしけなきもいとくちおしやとは
  かりの給ふに・かたへの人は思ひやられぬかし・
  そこにこそ・すこしものゝ心えてものし給
  めるを・いとよし・むつひかはして・この御うしろみ
0488【この御うしろみ】-明事
  をもおなし心にてものし給へなと・しのひ
  やかにの給・のたまはせねといとありかたき
0489【のたまはせねと】-明上詞
  御けしきを見たてまつるまゝに・あけくれ
  のことくさにきこえはへる・めさましきものに
  なとおほしゆるさゝらんに・かうまて御らんし」106オ
  しるへきにもあらぬを・かたはらいたきまて・
  かすまへの給はすれは・かへりてはまはゆくさ
  へなむ・かすならぬ身のさすかにきえぬは・
  よのきゝ(ゝ+みゝ)もいとくるしく・つゝましく思
  たまへらるゝを・つみなきさまにもてかくされ
  たてまつりつゝのみこそと・きこえ給へは・
  その御ためにはなにの心さしかはあらむ・たゝ
0490【その御ため】-源詞
  この御ありさまを・うちそひてもえ・見たて
  まつらぬおほつかなさに・ゆつりきこえらるゝ
  なめり・それも又とりもちて・けちえんに」106ウ
0491【又とりもちて】-紫
  なとあらぬ御もてなしともに・よろつの事
  なのめに・めやすくなれは・いとなむおもひ
  なくうれしき・はかなきことにてもの心え
  す・ひか/\しき人はたちましらふにつけ
  て・人のためさへからきことありかし・さなをし
  所なく・たれもものし給めれは・心やすくなむ
  と・の給につけても・さりやよくこそひけし
0492【さりやよくこそ】-明上
  にけれなと思つゝけ給・たいへわたり給ぬ・さも
0493【たいへわたり給ぬ】-源
  いとやむことなき御心さしのみまさるめる
  かな・けにはた人よりことに・かくしもくし」107オ
  給へるありさまの・ことはりと見え給へる
  こそめてたけれ・宮の御方・うはへの御かし
0494【宮の御方】-女三
  つきのみめてたくて・わたり給こともえな
  のめならさめるは・かたしけなきわさなめり
  かし・おなしすちにはおはすれと・いまひとき
  はゝ心くるしくと・しりふこちきこえ給に
0495【しりふこち】-源ノ御後言也
  つけても・我すくせは・いとたけくそおほえ給ひ
0496【我すくせ】-明上
  ける・やむことなきたに・おほすさまにもあら
  さめるよに・ましてたちましるへきおほ
  えにしあらねは・すへていまはうらめしき」107ウ
  ふしもなし・たゝかのたえこもりにたる・山
  すみを思やるのみそあはれにおほつかなき・
 あま君もたゝふくちのそのにたねまき
0497【ふくちのそのにたねまきて】-作者不知 耶輸陀蘿か福智の園に種まきてあハん必有為の都に(出典未詳、異本市営抄・河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  てとやうなりし・ひとことをうちたのみて・
  のちのよを思やりつゝ・なかめゐ給へり・大将
0498【大将の君】-夕
  の・君はこのひめ宮の御ことを・思をよはぬ
0499【ひめ宮】-女三
  にしもあらさりしかは・めにちかくおはします
  を・いとたゝにもおほえす・おほかたの御かし
  つきにつけて・こなたにはさりぬへき・おり
  おりにまいりなれ・をのつから・御けはひあり」108オ
  さまも・見きゝ給に・いとわかく・おほとき給へる
  ひとすちにて・うへのきしきはいかめしく・
  世のためしにしつはかり・もてかしつきたて
  まつり給へれと・おさ/\けさやかにものふかく
  は見えす・女房なともおとな/\しきは
  すくなく・わかやかなるかたち・人のひたふる
0500【かたち人】-顔人
  にうちはなやき・されはめるは・いとおほく
  かすしらぬまて・つとひさふらひつゝ・もの思ひ
  なけなる御あたりとはいひなから・なに
  事ものとやかに心しつめたるは心のうちの・」108ウ
  あらはにしも・見えぬわさなれは・身に人
  しれぬおもひそひたらんも・又まことに心ち
0501【又まことに心ちゆき】-思アル人モ心チヨキ人ニソヘハモニナル心ナリ
  ゆき・けにとゝこほりなかるへきにし
  うちましれは・かたへの人にひかれつゝ・お
  なしけはひもてなしに・なたらかなるを
  たゝあけくれは・いはけたるあそひたは
  ふれに・心いれたるわらはへのありさまなと・
  院はいとめにつかす見給事ともあれと・ひ
  とつさまに・よの中をおほしの給はぬ・御本
  上なれは・かゝるかたをもまかせて・さこそは」109オ
  あらまほしからめと・御らんしゆるしつゝ・
  いましめとゝのへさせ給はす・さうしみの御
  ありさまはかりをは・いとよくをしへきこえ
  給に・すこしもてつけ給へり・かやうの事を・
  大将の君もけにこそありかたき世なり
0502【大将の君】-夕
  けれ・むらさきの御よういけしきの・こゝら
  のとしへぬれと・ともかくも・ゝりいてみえき
  こえたるところなく・しつやかなるを・もとゝ
  して・さかすに心うつくしう人をもけたす・
  身をもやむことなく・心にくくもてなし」109ウ
  そへ給へる事と・見しおもかけも・わすれかた
  くのみなむ思いてられける・我御北のかたも・
  あはれとおほすかたこそふかけれ・いふかひあり
  すくれたる・らう/\しさなとものし給
  はぬ人なり・おたしきものに・いまはとめ
  なるゝに・心ゆるひて・猶かくさま/\につとひ
  給へるありさまともの・とり/\におかしけを・
  心ひとつに・思はなれかたきを・ましてこの
  宮は・人の御ほとを思にもかきりなく・心こと
  なる御ほとにとりわきたる御けしきに」110オ
  しもあらす・人めのかさりはかりにこそとみ
  たてまつりしる・わさとおほけなき心に
  しもあらねと・見たてまつるおりありな
  むやと・ゆかしく思きこえ給けり・衛門の
  かむの君も・院につねにまいりしたしく
0503【院に】-朱
  さふらひなれ給し人なれは・この宮をちゝみ
  かとのかしつきあかめたてまつり給し御心
  をきてなとくはしく見たてまつりをきて・
  さま/\の御さためありしころをひより・き
  こえより・院にもめさましとは・おほしの」110ウ
0504【院にも】-朱
  給はせすと・きゝしをかくことさまになり給
  へるは・いとくちおしく・むねいたき心ち
  すれは・なをえおもひはなれす・そのおり
  より・かたらひつきにける女房のたより
  に・御ありさまなとも・きゝつたふるを・なく
  さめに思ふそ・はかなかりける・たいのうへ
  の御けはひには・猶おされ給てなんと・よ人も
  まねひつたふるをきゝては・かたしけなくとも・
  さる物はおもはせたてまつらさらまし・けに
  たくひなき御身にこそ・あたらさらめと・」111オ
  つねに・この小侍従といふ御ちぬしをも・いひ
0505【御ちぬし】-母
  はけまして・世中さためなきを・おとゝの
0506【おとゝの君】-源
  君もとよりほいありて・おほしをきてたる
0507【ほいありて】-山居
  かたに・おもむき給はゝと・たゆみなく思あり
  きけり・やよひはかりのそらうらゝかなる
  日・六条院に・兵部卿宮衛門督なとまいり
0508【兵部卿宮】-蛍
  給へり・おとゝいて給て・御物かたりなとし給・
  しつかなるすまゐは・このころこそ・いとつれ
  つれにまきるゝことなかりけれ・おほやけ
  わたくしに・ことなしや・なにわさしてかは」111ウ
  くらすへきなとの給て・けさ大将のものし
  つるはいつかたにそ・いとさう/\しきを・れい
  のこゆみいさせて・見るへかりけり・このむめる・
  わかうと(と+と<朱>)もゝ見えつるを・ねたういてやし
  ぬると・ゝはせ給・大将の君はうしとらのまち
0509【うしとらのまち】-花散
  に人々あまたして・まりもてあそはして・
0510【まりもてあそはして】-自黄帝始為戦国我朝天智天ー時入鹿所翫
  み給ときこしめして・みたれかはしきことの
  さすかにめさせて・かと/\しきそかし・いつら
  こなたにとて・御せうそこあれはまいり給
  へり・わかきむたちめく人々おほかりけり・」112オ
  まりもたせ給へりや・たれ/\かものしつる
  との給ふ・これかれはへりつこなたへまかてん
  やとの給て・しんてんのひんかしおもて・きり
0511【しんてんのひんかしおもて】-西対の東西ニまりのかゝりあり
0512【きりつほ】-明中
  つほは・わか宮くしたてまつりて・まいり給
0513【まいり給いにしころなれは】-御留守也
  いにしころなれは・こなたかくろへたりけり・
  やり水なとのゆきあひはれて・よしある
0514【やり水】-遣水の遠心ナリ
  かゝりの程をたつねて・たちいつ・おほきおほ
0515【おほいとのゝ君たち】-柏
  いとのゝの君たち・頭弁・兵衛佐・大夫の君なと・
0516【頭弁】-紅梅
  すくしたるも・又かたなりなるも・さま/\に
  人よりまさりてのみものし給・やう/\」112ウ
  くれかゝるに・風ふかす・かしこき日なりと・
  けうして・弁の君もえしつめす・たちまし
0517【弁の君】-紅
  れは・おとゝ弁官も・えおさめあへさめるを・
0518【おとゝ】-源
  かんたちめなりともわかき・衛ふ(ふ+の、の#)つかさ
0519【衛ふつかさ】-大将以下
  たちは・なとかみたれ給はさらむ・かはかりの
  よはひにては・あやしくみすくす・口惜く
  おほえしわさなり・さるはいときやう/\
0520【いときやう/\なりや】-軽々也まりの事也みたれかましきあそひをいふ
  なりや・このことのさまよなとの給に・大将
  も・かんの君も・みなおり給て・えならぬ花
  のかけにさまよひ給ふゆふはへ・いときよけ」113オ
  なり・おさ/\さまよく・しつかならぬみたれ
  ことなめれと・所から人からなりけり・ゆへある
  庭の・こたちのいたくかすみこめたるに・いろ
  いろひもときわたる花の木とも・わつかなる
  もえきのかけに・かくはかなき事なれと・
0521【もえきのかけ】-散後
  よきあしきけちめあるを・いとみつゝ・われも
  をとらしと・思ひかほなる中に・衛門督のかり
  そめに・たちましり給へるあしもとに・ならふ人
  なかりけり・かたちいときよけに・なまめき
  たるさましたる人の・よういいたくして・さす」113ウ
  かにみたりかはしきおかしくみゆ・みはしのまに
  あたれるさくらのかけによりて・人々花の
  うへもわすれて心にいれたるを・おとゝも・宮
0522【宮】-蛍
  も・すみのかうらにいてゝ御覧す・いとらう
0523【御覧す】-依人上ヨリ見物アルヘシ
  ある心はへとも見えて・かすおほくなり行
  に・上らうも・みたれて・かうふりのひたい・す
  こしくつろきたり・大将の君も・御くらゐの
0524【御くらゐの程】-位程無鞠
  程思こそ・れいならぬみたりかはしさかなと
  おほゆれ・みるめは人よりけにわかく・おかしけ
  にて・さくらのなをしのやゝなえたるに・」114オ
  さしぬきのすそつかたすこしふくみて・
0525【すこしふくみて】-なへはめる事也
  けしきはかりひきあけ給へり・かろ/\しう
  も見えす・物きよけけ(け$<朱>)なる・うちとけす
  かたに・花の雪のやうに・ふりかゝれは・うち
  見あけて・しほれたる・枝すこしをしおり
  て・みはしのなかのしなの程にゐ給ぬ・かんの
  君・つゝきて・花みたりかはしく・ちるめり
0526【みたりかはしく】-麻<ミタリカワシ>
  や・さくらはよきてこそなとの給つゝ・宮の
0527【さくらはよきて】-\<朱合点> 吹風も心しあらハ此春ハ桜をよきてちらささらなん(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0528【宮】-女三
  御まへのかたをしりめに見れは・れいのことに
  おさまらぬけはひともして・いろ/\こほれ」114ウ
  いてたる・みすのつますきかけなと・春の
  たむけのぬさふくろにやとおほゆ・御木丁
  ともしとけなくひきやりつゝ・人けちかく・
  よつきてそみゆるに・からねこのいとちい
  さく・おかしけなるを・すこしおほきなる
  ねこ・をひつゝきて・にはかにみすのつまより・
  はしりいつるに・人々おひえさはきて・そよ/\
  とみしろきさまよふけはひとも・きぬの
  をとなひ・みゝかしかましき心ちす・ねこは
  またよく人にもなつかぬにや・つないと」115オ
  なかくつきたりけるを・ものにひきかけ・
  まつはれにけるを・にけんと・ひこしろふほと
  に・みすのそは・いとあらはにひきあけられ
  たるを・とみにひきなをす人もなし・この
  はしらのもとにありつるひと/\も・心
  あはたゝしけにて・物おちしたるけはひ
  ともなり・木丁のきはすこしいりたる程に・
  うちきすかたにて・たち給へる人あり・はし
  よりにしの二のまのひんかしのそはなれは・
  まきれ所もなく・あらはに見いれらる・」115ウ
  こうはいにやあらむこきうすき・すき/\に・
0529【すき/\に】-数奇/\
  あまたかさなりたる・けちめはなやかに・
  さうしのつまのやうに見えて・さくらのをり
  ものゝほう(う$そ<朱>)なかなるへし・御くしのすそまて・
  けさやかに見ゆるは・いとをよりかけたる
  やうになひきて・すそのふさやかに・そかれ
  たるいとうつくしけにて・七八寸はかりそあ
  まり給へる・御そのすそかちにいとほそく
  さゝやかにて・すかたつき・かみのかゝり
  給へるそはめ・いひしらすあてにらうた」116オ
  けなり・ゆふかけなれは・さやかならす・おく・
  くらき心ちするも・いとあかすくちおし・
  まりに身をなくる・わか君たちの・花の
  ちるを・おしみもあえぬけしきともを見る
  とて・人々あらはを・ふともえ見つけぬなる
  へし・ねこのいたくなけは・見かへり給へる・をも
  もち・もてなしなと・いと老らかにて・わかく・
  うつくしの人やとふとみえたり・大将いとかた
  はらいたけれと・はひよらむも・中/\いとかる/\
  しけれは・たゝ心をえさせて・うちしは」116ウ
  ふき給へるにそ・やをらひきいり給さるは・
  我心ちにも・いとあかぬ心ちし給へと・ねこ
  のつなゆるしつれは・心にもあらす・うちな
  けかる・まして・さはかり心をしめたる・衛門
  の督は・むねつとふたかりて・たれはかり
  にかはあらん・こゝらの中に・しるきうちき
  すかたよりも・人にまきるへくもあら
  さりつる・御けはひなと・心にかゝりておほ
  ゆ・さらぬかほに・もてなしたれと・まさにめと
  とめしやと・大将はいとおしくおほさる・わり」117オ
  なき心ちのなくさめに・ねこをまねきよ
  せて・かきいたきたれは・いとかうはしく
  て・らうたけにうちなくも・なつかしく思ひ
  よそへらるゝそ・すき/\しきや・おとゝ御覧し
  おこせて・かんたちめの座・いとかろ/\しや・
  こなたにこそとて・たいのみなみおもて
0530【たい】-紫
0531【みなみおもて】-東対ノ南庇方ナリ
  にいり給へれは・みなそなたにまいり給ぬ・
  宮もゐなをり給て・御物かたりし給・つき/\
0532【宮も】-蛍
  の殿上人は・すのこにわらうためして・わさと
  なく・つはいもちゐ・なしかうし・やうの物とも」117ウ
  さま/\に・はこのふたともにとりませつゝ
  あるを・わかき人々そほれとりくふ・さるへき・
  から物はかりして・御かはらけまいる・衛門督は・いと
0533【から物はかり】-唐クタ物
  いたく思しめりて・やゝもすれは・花の木にめ
  をつけてなかめやる・大将は心しりに・あやし
  かりつる・みすのすきかけ思いつることや
  あらむと思給・いとはしちかなりつる・あり
  さまを・かつはかろ/\しとおもふらんかし・いてや
  こなたの御ありさまの・さはあるましかめる
0534【こなたの】-紫
  物をと・おもふにかゝれはこそ・世のおほえの」118オ
  程よりは・うち/\の御心さし・ぬるきやう
  にはありけれと・思あはせて・猶うちとのよう
  い・おほからす・いはけなきは・らうたきやう
  なれと・うしろめたきやうなりやと・思おと
  さる・さいしやうの君は・よろつのつみをも・おさ/\
0535【さいしやうの君】-衛門督兼ナリ
  たとられす・おほえぬ物のひまより・ほのかにも
  それと・見たてまつりつるにも・我むかし
  よりの心さしの・しるしあるへきにやと・契
  うれしき心ちして・あかすのみおほゆ・院は
0536【院は】-源
  むかしものかたりしいて給て・おほきおとゝ」118ウ
0537【おほきおとゝ】-致仕
  のよろつの事に・たちならひて・かちまけの
  さためし給し中に・まりなんえをよはす
  なりにし・はかなきことは・つたへあるまし
  けれと・物のすちは・猶こよなかりけり・いと
  めもをよはす・かしこうこそ・見えつれとの給へ
0538【かしこうこそ】-柏鞠
  は・うちほゝえみて・はか/\しきかたには・
0539【はか/\しきかたには】-柏詞
  ぬるく侍る・いへの風の・さしも吹つたへ侍らんに・
  のちの世のため・ことなることなくこそはへり
  ぬへけれと申給へは・いかてかなに事も・人に
0540【いかてか】-源詞
  ことなるけちめをは・しるしつたふへきなり・」119オ
  いへのつたへなとに・かきとゝめいれたらんこそ・
  けうはあらめなと・たはふれ給御さまの・にほひ
  やかに・きよらなる(る+を見たてまつるにもかゝる人にならひていかは<朱>)かりの事にか・心をうつす
  人はものし給はん・なにことにつけてか・あはれと
  見ゆるしたまふはかりは・なひかしきこゆへきと・
  思めくらすに・いとゝこよなく・御あたりはるか
  なるへき身の程も・思しらるれは・むねのみ
  ふたかりて・まかりて給ぬ・大将の君ひと
  つ車にて・みちのほと物かたりし給・猶この
  ころのつれ/\には・この院にまいりて・ま」119ウ
  きらはすへきなりけり・けふのやうならん・
  いとまのひま・まちつけて・花のおりすく
  さす・まいれとの給つるを・春おしみかてら・
  月の中に・こゆみ・もたせて・まいり給へと・かた
  らひちきる・をの/\わかるゝ・みちのほともの
  かたりしたまふて・宮の御事の猶いはまほし
0541【宮】-女三
0542【いはまほしけれは】-柏
  けれは・院には猶このたいにのみ・ものせさせ
0543【院には】-源
0544【このたいに】-紫
  給なめり・なかのおほんおほえの・ことなるなめり
  かし・この宮いかにおほすらん・みかとのなら
0545【みかと】-朱
  ひなく・ならはしたてまつり給へるに・さしも」120オ
  あらて・くし給にたらんこそ・心くるしけれと・
  あいなくいへは・たい/\しきこと・いかてか・さは
0546【たい/\しき】-夕詞
  あらむ・こなたはさまかはりて・おほしたて給へる・
  むつひのけちめはかりにこそ・あへかめれ・宮
  をはかた/\につけて・いとやむことなく・思き
  こえ給へるものをとかたり給へは・いてあな
0547【いてあなかま】-柏
  かま給へ・みなきゝてもはへり・いと/\おしけ
  なる・おり/\あなるをや・さるはよにおしなへ
  たらぬ人の御おほえを・ありかたきわさなり
  やと・いとほしかる」120ウ
    いかなれは花にこつたふうくひすの
0548【いかなれは】-柏
  桜をわきてねくらとはせぬ春の鳥の・桜
0549【桜をわきて】-女三宮にたとふ<朱>
0550【春の鳥】-衛門督詞
  ひとつにとまらぬこゝろよ・あやしとおほ
  ゆる事そかしと・くちすさひにいへは・いて
0551【いてあな】-大将詞心中
  あなあちきなの物あつかひや・されはよと思ふ
    み山木にねくらさたむるはこ鳥も
0552【み山木に】-夕 紫上にたとふ 六 深山木ニよるハきてぬる箱鳥の明て立ラン事をこそおもへ(古今六帖4483、河海抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
0553【はこ】-かほ一本 果鳥 万 0554【はこ鳥も】-箱鳥のまなくしは鳴春のゝの草のねしけき声もする哉(古今六帖4486・万葉1902、花鳥余情・休聞抄・岷江入楚)
  いかてか花のいろにあくへきわりなきこと・
0555【いろにあくへき】-女三ノ宮をいふへし
0556【わりなきこと】-大将
  ひたおもむきにのみやはといらへて・わつら
  はしけれは・ことにいはせすなりぬ・こと事
  にいひまきらはして・をの/\わかれぬ・かむの」121オ
  君は・猶おほいとのゝひんかしのたいに・ひとり
  すみにてそものし給ける・おもふ心ありて・
  としころかゝるすまゐをするに・人やりな
  らす・さう/\しく心ほそき・おり/\あれと・
  我身かはかりにて・なとか思ふことかなはさら
  むとのみ・心おこりをするに・このゆふへより・くし
0557【くしいたく】-頭痛也又苦痛也
  いたく・物思はしくて・いかならむおりに・又さは
  かりにても・ほのかなる御ありさまをたに
  見む・ともかくも・かきまきれたる・きはの
  人こそかりそめにも・たはやすき・ものいみ・」121ウ
  かたゝかへのうつろひも・かろ/\しきに・をの
  つから・ともかくもものゝひまを・うかゝひつくる
  やうもあれなと・思やるかたなく・ふかきまと
  のうちに・なにはかりの事につけてか・かく
  ふかき心ありけりとたに・しらせたてま
  つるへきと・むねいたくいふせけれは・小侍従
  かり・れいのふみやり給ふ・一日風にさそ
0558【れいのふみやり給ふ】-名宛所
0559【一日風にさそはれて】-応徳二京極大閣 千代まてとさきそはしむる桜花みかきか原にほりうへしより(夫木集1115)
  はれて・みかきのはらを・わけいりて侍し
0560【みかきのはら】-\<朱合点> 垣ナトニヨス
  に・いとゝいかに・見おとし給けん・そのゆふへより
  みたり心ちかきくらし・あやなく・けふお(お$を<朱>)なか」122オ
0561【あやなくけふを】-\<朱合点> 伊 みすもあらすみもせぬ人の恋しくハあやなく今日やなかめくらさん(古今476・伊勢物語174・大和物語276・業平集22、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  めくらし侍なとかきて
    よそに見ておらぬなけきはしけれ
0562【よそに見て】-衛門督
  ともなこりこひしき花の夕かけとあれ
  と一日の心もしらぬは・たゝよのつねのなか
  めにこそはと思ふ・おまへに人しけからぬ
  程なれは・かのふみをもてまいりて・この人の
0563【この人の】-侍従詞
  かくのみわすれぬ物に・ことゝひものし給こそ
  わつらはしく侍れ・心くるしけなるありさま
  も見給へあまる心もやそひはへらんと・身
  つからの心なからしりかたくなむと・(と+うち<朱>)わらひて」122ウ
  きこゆれは・いとうたてあることをもいふ哉
0564【いとうたて】-女三宮
  と・なに心もなけにの給てふみひろけたる
  を御覧す・見もせぬといひたるところをあ
  さましかりし・みすのつまをおほしあはせらるゝ
  に・御おもてあかみて・おとゝのさはかり・ことの
0565【おとゝ】-源
  ついてことに・大将に見え給な・いはけなき
  御ありさまなめれは・をのつから・とりはつして・
  見たてまつるやうもありなむと・いましめ
  きこえ給を・おほしいつるに・大将のさる事
  のありしと・かたりきこえたらん時・いかにあは」123オ
0566【あはめ】-アハク
  め給はんと・人の見たてまつりけん事をは・
  おほさて・まつはゝかりきこえ給心のうちそをさ
  なかりける・つねよりも・おほんさしらへなけれ
0567【さしらへ】-返答
  は・すさましく・しゐてきこゆへきことにも
  あらねは・ひきしのひて・れいのかく・一日の(の$は)つれ
0568【れいのかく】-侍従返事也
0569【つれなしかほ】-義孝集 わひぬれはつれなしかほにつくれとも袂ニかゝる雨のかなしさ(義孝集46、河海抄・紹巴抄)
  なしかほゝなむ・めさましうと・ゆるしき
  こえさりしを・見すもあらぬや・いかにあな
  かけ/\しと・はやりかに・はしりかきて
    いまさらに色にないてそ山さくらをよ
0570【いまさらに】-小侍従
0571【をよはぬ枝に】-空ー第五 白雲と見ゆる桜もある物をおよはぬ枝におもハさらなん(宇津保物語328、河海抄・休聞抄)
  はぬ枝に心かけきとかひなきことを」123ウ
  とあり」124オ

(白紙)」124ウ

【奥入01】千とせをかねてあそふつるの毛ころも
    席田第二反度也(戻)
【奥入02】耶輸陀蘿かふく地のそのに
    たねまきてあはんかならす
    有為のみやこに
    雖有此説此哥之證拠不知誰説
    頗凡俗事歟(戻)」125オ

イ本
任庭訓加首筆畢 良鎮」125ウ

一校了<朱> 二校了<朱>」(前見返し)

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