若菜下(大島本) First updated 12/29/2001(ver.1-1)
Last updated 3/7/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

若菜下

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「わかな下」(題箋)

  ことはりとはおもへともうれたくもいへるかな・
0001【ことはりとはおもへと】-上巻の末の詞につゝけてみるへし
0002【うれたくも】-憂
  いてやなそかくことなる事なきあへしらひ許
  を・なくさめにては・いかゝすくさむ・かゝる人つて
  ならてひと事をも・のたまひきこゆる世
  ありなむやと思ふにつけても・おほかたに
  てはおしくめてたしとおもひきこゆる・院
0003【院】-源
  の御ためなまゆかむ心やそひにたらん・つ
  こもりの日は・人/\あまたまいり給へり・なま
  物うくすゝろはしけれと・そのあたりの花の
0004【すゝろはしけれと】-スサマシキ様体也 ソヽ同
  色をも・みてやなくさむとおもひてまいり」1オ
  たまふ・殿上ののりゆみ・きさらきとありし
0005【のりゆみ】-賭弓 公卿殿上人射之
  をすきて・三月はた・御き月なれは・くちおし
0006【御き月】-薄
  くと人/\思ふに・この院にかゝるまとゐあるへし
0007【まとゐ】-賭ー
  ときゝつたへて・れいのつとひたまふ・左右大
0008【左右大将】-ヒケ 夕
  将・さる御なからひにて・まいりたまへは・すけたち
0009【すけたち】-近ー 中ー 少ー
  なと・いとみかはして・こゆみとのたまひしかと・
0010【こゆみと】-雀ー
  かちゆみのすくれたる上手ともありけれは・
0011【かちゆみ】-歩射<朱>
  めしいてゝいさせたまふ・殿上人ともゝ・つき/\し
  きかきりは・みなまへしりへの心こまとりに
0012【まへしりへ】-左方 右方
  方わきて・くれゆくまゝに・けふにとちむるかす」1ウ
0013【方わきて】-手組
  みのけしきも・あはたゝしくみたるゝゆふかせ
  に・花のかき(き$け<朱>)いとゝたつことやすからて・人/\いたく
0014【花のかけ】-\<朱合点> 古今 けふのみと春を思ハぬ時たにもたつ事やすき花のかけかハ<朱>(古今134・和漢朗詠56・亭子院哥合40・躬恒集382、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋01)
  ゑひすきたまひて・えむなるかけものとも・
  こなたかなた人/\の御心見えぬへきを・やな
0015【こなた】-女御
0016【かなた】-后
0017【やなきのはを】-\<朱合点>
  きのはを・もゝたひ(ひ+い<朱>)あてつへき
とねりとも
0018【とねりとも】-左右近衛
  の・うけはりて・いとり(り$る<朱>)・むしんなりや・すこし・
0019【むしんなりや】-無尽又無心
  こゝしきてつきともをこそ・いとませめとて・
0020【こゝしき】-巨々
  大将たちよりはしめて・おりたまふに・衛門督・
0021【衛門督】-柏
  人よりけになかめをしつゝものしたまへは・
  かのかたはし心しれる御めには・みつけつゝ・なを」2オ
  いとけしきことなり・わつらはしき事いてくへ
  き世にやあらむと・我さへ思ひつきぬる心ちす・
  この君たち御中いとよし・さるなからひと
0022【さるなからひ】-夕ー北方柏妹
  いふなかにも・心かはしてねむころなれは・はかなき
  事にても・物おもはしくうちまきるゝこと
  あらむを・いとおしくおほえたまふ・身つからも
  おとゝをみたてまつるに・けおそろしくまは
  ゆく・かゝる心はあるへきものか・なのめならむに
  てたに・けしからす人にてむつかるへきふる
  まひはせしと思ものを・ましておほけな」2ウ
  き事とおもひわひては・かのありしねこを
  たにえてしかな・思事かたらふへくはあらねと・
  かたはらさひしき・なくさめにもなつけむと
0023【なつけむ】-馴
  おもふに・ものくるおしくいかてかは・ぬすみいてむ
  と・それさへそかたき事なりける・女御々方に
0024【女御々方】-弘ー柏妹
  まいりて・ものかたりなときこえまきらはし
  心みる・いとおくふかく心はつかしき御もて
  なしにて・まほに見えたまふ事もなし・
  かゝる御中らひにたに・けとをくならひたる
  を・ゆくりかに・あやしくはありしわさそかし」3オ
  とは・さすかにうちおほゆれと・おほろけに
  しめたるわか心から・あさくも思ひなされす・春
  宮にまいり給て・ろなうかよひ給へる所あ
0025【ろなう】-無論<朱>
  らむかしと・めとゝめてみたてまつるに・にほ
  ひやかになとはあらぬ・御かたちなれと・さは
  かりの御ありさま・はたいとことにて・あてに
  なまめかしくおはします・うちの御ねこの
0026【うち】-冷
  あまたひきつれたりける・はらからとも
  の・所々にあかれて・この宮にもまいれるか・いと
0027【あかれて】-分也
0028【この宮】-東宮
  おかしけにて・ありくを見るに・まつおもひいて」3ウ
  らるれは・六条の院のひめ宮の御方に侍ねここそ・
0029【ひめ宮】-女三
  いとみえぬやうなるかほして・おかしう侍しか・
  はつかになむ見給へしと・けいしたまへは・わ
0030【けいしたまへは】-東ー中ー行啓ト云コトシ
  さとらうたくせさせたまふ御心にて・くはし
  くとはせ給・からねこのこゝのにたかへるさま
  してなん侍りし・おなしやうなる物なれと・
  心おかしく人なれたるは・あやしくなつかしき
  物になむ侍なと・ゆかしくおほさる許・きこえ
  なしたまふ・きこしめしをきて・あのことくきり
0031【きりつほの御かた】-明ー中ー
  つほの御かたよりつたへて・きこえさせ給けれは・」4オ
0032【つたへて】-自東ー女三猫恋給事
  まいらせたまへり・けにいとうつくしけなる
  ねこなりけりと・人々けうするを・衛門督は・
  たつねんとおほしたりきと・御けしきを
  みをきて・日ころへてまいりたまへり・わらは
  なりしより・朱雀院のとりわきておほし
  つかはせ給しかは・御山すみにをくれきこえては・
0033【御山】-ミ
  又この宮にもしたしうまいり心よせき
0034【この宮】-東ー
  こえたり・御ことなと・をしへきこえ給とて・御ね
  こともあまたつとひ侍にけり・いつらこの
0035【いつらこのみし人は】-柏詞
  みし人はと・たつねて見つけ給へり・いと」4ウ
  らうたくおほえてかきなてゝゐたり・宮も
0036【宮も】-東
  けにおかしきさましたりけり心なん・また
  なつきかたきは・見なれぬ人をしるにやあ
  らむ・こゝなるねことも・ことにをとらすかし
  とのたまへは・これはさるわきまへ心も・お
  さ/\侍らぬものなれと・その中にも心かし
  こきは・をのつからたましひ侍らむかしなと
  きこえて・まさるともさふらふめるを・これは
  しはしたまはりあつからむと・申給・心の中に
  あなかちにおこかましく・かつはおほゆる・つゐに」5オ
  これをたつねとりて・よるもあたりちかく・ふせ
  給・あけたては・ね(ね+こ)のかしつきをして・なてやし
  なひたまふ・人けとをかりし心も・いとよく
  なれて・ともすれはきぬのすそに・まつはれ
  よりふし・むつるゝを・まめやかにうつくしと
  思ふ・いといたくなかめて・はしちかくよりふし
  給へるに・きてねう/\といとらうたけに
  なけは・かきなてゝ・うたても・すゝむかなと・ほゝ
  ゑまる
    恋わふる人のかたみとてならせはなれよなに」5ウ
0037【恋わふる】-衛門督
  とてなくねなるらむ・これもむかしのちきりにや
0038【これもむかしのちきり】-\<朱合点> 唐武宗時宮妃後身為猫事アリ<右> これも又さそな昔の契そと思なからもあさましき哉 和泉ー<左>(続詞花556、異本紫明抄・河海抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄)
  と・かほを見つゝのたまへは・いよ/\らうたけに
  なくを・ふところにいれてなかめゐ給へり・こたち
0039【こたち】-御達 女房事也
  なとは・あやしくにはかなるねこの時めくかな・
  かやうなる物見いれたまはぬ御心にと・とかめ
  けり・宮よりめすにもまいらせす・とりこめ
0040【宮より】-東
  てこれをかたらひ給・左大将殿の北のかたは・
0041【北のかたは】-玉
  大殿のきみたちよりも右大将の君をは・
0042【大殿】-致仕
0043【大殿のきみ】-柏
0044【右大将の君】-夕
  なをむかしのまゝに・うとからす思ひきこえ
  給へり・心はへの・かと/\しく・けちかくおはする」6オ
0045【心はへ】-玉
  君にて・たいめんし給時/\もこまやかに・へ
0046【たいめん】-夕
  たてたるけしきなく・もてなし給つれは・
  大将もしけいさなとの・うと/\しくをよひかた
0047【大将】-夕
0048【しけいさ】-淑景舎 明ー 桐ー
  けなる・御心さまのあまりなるに・さまことなる
  御むつひにて・おもひかはし給へり・おとこ君い
0049【おとこ君】-ヒケ
  まはまして・かのはしめの北の方をも・ゝては
  なれはてゝ・ならひなく・もてかしつきゝこえ
0050【もてかしつき】-玉
  給・この御はらには・おとこきむたちのかきり
  なれは・さう/\しとて・かのまきはしらのひめ
0051【まきはしらのひめ】-槙柱
  きみをえて・かしつかまほしくし給へと・お」6ウ
0052【おほち宮】-兵(兵=式)ー 紫父
  ほち宮なとさらにゆるしたまはす・この君
0053【この君】-槙柱
  をたに・人わらへならぬさまにてみむとおほし
0054【おほしの給】-式部卿宮
  の給・みこの御おほえいとやむことなく・内にも
0055【内にも】-冷
  この宮の御心よせ・いとこよなくて・この
0056【この宮】-兵部ー
  事とそうし給ことをは・えそむき給はす・
  心くるしき物におもひきこえ給へり・おほ
  かたもいまめかしく・おかしくおはする宮にて・
  この院大殿に・さしつきたてまつりては・
0057【この院】-源
0058【大殿】-致ー
  人もまいりつかうまつり・世人もをもくお
  もひきこえけり・大将もさる世のをもしとなり」7オ
0059【大将】-ヒケ
  給へきしたかたなれは・ひめ君の御おほえなと
0060【ひめ君】-槙柱
  てかはかるくはあらん・きこえいつる人々事に
  ふれと(と#て)おほかれと・おほしもさためす・衛門督
0061【おほしもさためす】-槙柱ーヲ
0062【衛門督】-柏ー
  をさもけしきはまはとおほすへかめれと・ね
0063【ねこには】-女三
  こにはおもひおとしたてまつるにや・かけても
  思ひよらぬそくちおしかりける・はゝ君のあや
0064【はゝ君】-槙ー
  しく・なをひかめる人にて・よのつねのありさ
  まにもあらす・もてけちたまへるを・くちおし
  きものにおほして・まゝはゝの御あたりをは・
0065【まゝはゝ】-玉
  心つけて・ゆかしく思ひて・いまめきたる御」7ウ
  心さまにそものしたまひける・兵部卿宮・
0066【兵部卿宮】-蛍
  なをひと所のみおはして・御心につきておほし
  けることともは・みなたかひて世中もすさまし
  く・人わらへにおほさるゝに・さてのみやはあまえ
  て・すくすへきとおほして・このわたりにけしき
  はみより給へれは・大宮なにかは・かしつかんと・
0067【大宮】-式部ー北方
  おもはむ・女こをは・宮つかへにつきては・みこたち
0068【つきては】-次
  にこそは・みせたてまつらめ・たゝ人のすくよかに・
  なをなを(を+し<朱>)きをのみ・いまの世の人のかしこくする・
  しなゝきわさなりとのたまひて・いたくもなや」8オ
  ましたてまつり給はす・うけひき申給つ・み
  こあまりうらみところなきを・さう/\しと
  おほせと・おほかたのあなつりにくきあたりな
  れは・えしもいひすへし給はて・おはしまし
  そめぬ・いとになくかしつきゝこえ給・大宮は女
0069【大宮】-式部
  こ・あまたものしたまひてさま/\ものなけ
  かしきおり/\おほかるに・ものこりしぬへけれと・
  なをこのきみの事の思ひはなちかたくお
0070【このきみ】-槙柱
  ほえてなん・母きみはあやしきひか物に・とし
0071【母きみ】-北方
  ころにそへてなりまさりたまふ・大将はた」8ウ
0072【大将】-ヒケ
  わか事にしたかはすとて・おろかに見すてられた
  めれは・いとなむ心くるしきとて・御しつらひをも
0073【心くるしき】-槙柱
  たちゐ・御てつから御らんしいれ・よろつにかたし
0074【御てつから】-式部
  けなく御心にはいれたまへり・宮はうせ給にける
0075【宮】-蛍
  北のかたを世とゝもにこひきこえたまひて・たゝ
0076【北のかた】-前斎院
  むかしの御ありさまに・にたてまつりたらむ
  人をみむとおほしけるに・あしくはあらねとさ
0077【あしくはあらねと】-槙柱
  まかはりてそ・物したまひけるとおほすに・
  くちおしくやありけむ・かよひたまふさまいと
  物うけなり・大宮いと心月なき・わさかなと」9オ
  おほしなけきたり・はゝ君もさこそひかみ
0078【はゝ君】-北方
  たまへれと・うつし心いてくる時は・くちおしく
  うき世と思はて給・大将の君もされはよ・い
0079【大将の君】-ヒケ
  たく色めきたまへるみこをと・はしめよりわか
0080【みこ】-蛍
  御心にゆるし給はさりし事なれはにやものし
  と思ひ給へり・かむの君もかくたのもしけ
0081【かむの君】-玉ー
0082【たのもしけなき】-蛍
  なき御さまを・ちかくきゝ給には・さやうなる
  世中を見ましかは・こなたかなたいかにおほし
  見給はましなと・なまおかしくもあはれに
  もおほしいてけり・そのかみもけちかく・み」9ウ
  きこえむとは思よらさりきかし・たゝなさけ/\
  しう心ふかきさまにのたまひわたりしを・あえ
  なくあはつけきやうにや・きゝおとし給けむと
  いとはつかしく・としころもおほしわたる事
  なれは・かゝるあたりにてきゝ給はむことも心つ
  かひせらるへくなとおほす・これよりもさるへ
  き事はあつかひきこえたまふ・せうとの君
0083【せうと】-兄弟
  たちなとして・かゝる御けしきもしらすかほ
  に・にくからすきこえまつはしなとするに・心
  くるしくて・もてはなれたる御心はなきに・」10オ
  おほ北のかたといふ・さかなものそつねにゆるし
0084【おほ北のかた】-槙柱ウハ
0085【さかなもの】-悪
  なく・ゑんしきこえ給・みこたちは・のとかに
  ふた心なくて・見給はむをたにこそ・はな
  やかならぬ・なくさめには思ふへけれと・むつかり
  給を・宮ももりきゝたまひては・いときゝなら
0086【宮】-蛍
  はぬ事かな・むかしいとあはれとおもひし人を
  をきても・猶はかなき心のすさひは・たえさりし
  かと・かうきひしきものゑんしは・ことになかり
  し物を・心月なくいとゝむかしをこひきこえ
  給つゝ・ふるさとにうちなかめかちにのみおはし」10ウ
  ます・さいひつゝも・ふたとせ許になりぬれは・
  かゝる方にめなれて・たゝさるかたの御中にて
  すくしたまふ・はかなくて年月もかさなり
  て・内のみかと御くらゐにつかせたまひて・十
0087【内のみかと】-冷 冷ー受禅ハ源廿八歳也
0088【十八年にならせ給ひぬ】-冷在位清和例
  八年にならせ給ひぬ・つきの君とならせた
  まふへきみこおはしまさす・ものゝはへなき
  に世中はかなくおほゆるを・心やすく思ふ人々
  にも・たいめんし・わたくしさまに・心をやりて・
  のとかにすきまほしくなむと・としころおほし
  のたまはせつるを・ひころいとをも(△△△&とをも)くなや」11オ
  ませたまふ事ありて・にはかにおりゐさ
  せたまひぬ・世の人あかすさかりの御世を・
  かくのかれたまふことゝ・おしみなけゝと・春宮
  もをとなひさせ給ひにたれは・うちつきて・世
  中のまつりことなと・ことにかはるけちめも
  なかりけり・おほきおとゝ・ちしのへうたて
0089【おほきおとゝ】-太政大ー柏父
  まつりてこもりゐたまひぬ・よの中の
  つねなきにより・かくかしこきみかとのきみ
  も・くらゐをさりたまひぬるに・としふかき
  身のかうふりをかけむなにかおしからむと」11ウ
  おほしのたまひて・左大将右大臣になり給
  てそ・世中のまつりことつかうまつり給ける・
  女御の君はかゝる御世をも・まちつけ給はて・
0090【女御の君】-今上母 承香殿ヒケ妹
  うせ給にけれは・かきりある御くらゐをえた
  まつ(つ$へ<朱>)れと・ものゝうしろの心ちして・かひなかりけり・
  六条の女御の御はらのいちの宮・はうにゐた
0091【六条の女御】-明石
  まひぬ・さるへき事とかねておもひしかと・
  さしあたりては・なをめてたくめおとろかるゝ
  わさなりけり・右大将の君大納言になり
0092【右大将の君】-夕
  たまひぬ・いよ/\あらまほしき御なからひなり・」12オ
  六条院はおりゐたまひぬる冷泉院の
  御つきおはしまさぬを・あかす御心の内に
  おほす・おなしすちなれと・思ひなやまし
  き御事なくてすくしたまへるはかりに・
  つみはかくれて・すゑの世まては・えつたふまし
  かりける・御すくせくちおしくさう/\しく
  おほせと・人にのたまひあはせぬ事なれは・
  いふせくなむ春宮の女御は・みこたち
0093【春宮の女御】-明石
  あまたかすそひ給て・いとゝ御おほえならひ
  なし・源氏のうちつゝきゝさきにゐたまふ」12ウ
0094【源氏のうちつゝきゝさきに】-薄ー 秋ー 明ー
  へきことを・世人あかすおもへるにつけても・
  冷泉院の后は・ゆへなくて・あなかちに・かく
0095【かく】-如此
  しをきたまへる御心をおほすに・いよ/\
  六条院の御ことを年月にそへて・かきりなく
  思ひきこえたまへり・院の御かとおほしめしゝ
0096【院の御かと】-冷
  やうに・みゆきも所せからてわたり給ひなと
  しつゝ・かくてしもけにめてたくあらまほし
  き御ありさまなり・ひめ宮の御事は・みかと
0097【ひめ宮】-女三
0098【みかと】-今上
  御心とゝめて・おもひきこえ給ふ・おほかたの
  世にも・あまねくもてかしつかれたまふを・」13オ
  たいのうへの御いきをひには・えまさりたまはす・
  とし月ふるまゝに・御中いとうるはしく・むつひ
  きこえかはし給ひて・いさゝかあかぬことなく
  へたてもみえたまはぬものから・いまはかうお
0099【おほそう】-大惣
  ほそうのすまゐならて・のとやかにをこな
  ひをもとなむおもふ・この世はかはかりと見は
  てつる心ちするよはひにもなりにけり・
  さりぬへきさまにおほしゆるしてよと・
  まめやかにきこえたまふ・おり/\あるを・
  あるましくつらき御事なり・みつからふかき」13ウ
0100【あるましくつらき】-源詞
  ほいあることなれととまりて・さう/\しくお
  ほえ給ひ・ある世に・かはらむ御ありさまのうしろ
  めたさによりこそ・なからふれ・つゐにその
0101【つゐにそのこと】-源我世之後
  こととけなむのちに・ともかくもおほしなれなと
  のみさまたけきこえたまふ・女御のきみたゝ
0102【女御のきみ】-明ー
  こなたを・まことの御おやにもてなしきこえ
0103【こなた】-紫
  たまひて・御方はかくれかの御うしろみにて・
0104【御方】-明ー<朱>
  ひけしものしたまへるしもそ・なか/\ゆく
0105【ひけ】-卑下
  さきたのもしけにめてたかりける・あまき
0106【あまきみ】-明ー
  みもやゝもすれは・たえぬよろこひの涙・とも」14オ
  すれは・おちつゝ・めをさへのこひ・たゝらして・いの
0107【たゝらして】-爛 タヽル
  ちなかき・うれしけなるためしになりてものし
  給・すみよしの御願かつ/\はたし給はむと
  て・春宮の女御の御いのりにまてたまはん
  とて・かのはこあけて御覧すれは・さま/\の
  いかめしきことゝもおほかり・としことの春
  秋のかくらに・かならすなかき世のいのりをく
  はへたるくわんとも・けにかゝる御いきをひな
  らては・はたし給へきことゝも思ひをきて
  さりけり・たゝはしりかきたるおもむきの・」14ウ
  さえ/\しくはか/\しく・ほとけ神もきゝいれ
0108【さえ/\しく】-才学カマシ
  給へきことのはあきらかなり・いかてさる山ふし
  のひしり心に・かゝることゝもを思ひより
  けむと・あはれにおほけなくも御らむす・さる
  へきにてしはしかりそめに身をやつし
  ける・むかしの世のをこなひ人にやありけむ
  なと・おほしめくらすに・いとゝかる/\しくも
  おほされさりけり・このたひはこの心をは・
  あらはしたまはす・たゝ院の御ものまうて
0109【院】-源
  にて・いてたち給・うらつたひのものさは(は+かし<朱>)かりし」15オ
  程・そこらの御くはんとも・みなはたしつくし
  給へれとも・なを世中にかくおはしまして・
  かゝる色/\のさかえを見たまふにつけて
  も・神のおほむたすけはわすれかたくて・たい
0110【たいのうへもくしきこえ】-御堂殿長保ニ室家同道石清水住吉参詣
  のうへも・くしきこえさせたまひて・まうて
  させたまふ・ひゝき世のつねならす・いみしく
  ことゝもそきすてゝ・世のわつらひあるましく
0111【そきすてゝ】-略ナリ
  と・は(△&は)ふかせたまへと・かきりありけれは・めつらか
  に・よそほしくなむ・かんたちめも・大臣ふた
  所をゝきたてまつりては・みなつかうまつり」15ウ
  給・まひ人は・衛ふのすけとものかたちきよ
  けにたけたちひとしきかきりをえらせ
  給・このえらひにいらぬをは・はちにうれへなけ
  きたるすきものともありけり・へいしうも・い
0112【へいしう】-倍従 引和琴哥ウタフ六衛府佐共也 倍従ヲハ哥人ト云十二人也四位五ー六ー各四人
  はし水かものりむしのまつりなとに・めす人々
  のみちみちのことにすくれたるかきりを・とゝ
  のへさせ給へり・くはゝりたるふたりなむ・近
0113【くはゝりたるふたり】-加ー倍ー従ー兵衛二人加也
  衛つかさの名たかきかきりをめしたりける・
  御かくらの方には・いとおほくつかうまつれり・内・
0114【御かくら】-ミ
0115【方には】-兵衛召人
  春宮・院の殿上人・方/\にわかれて心よせ」16オ
0116【院】-冷
  つかうまつるかすもしらす・いろ/\につくしたる
  かんたちめの御むまくら・むまそひ随身こ
0117【ことねりわらは】-小舎人
  とねりわらは・つき/\のとねりなとまてとゝの
  へかさりたる見ものまたなきさまなり・
  女御殿たいのうへは・ひとへ(へ$つ<朱>)にたてまつりたり・
0118【女御殿】-明
0119【たいのうへ】-紫
  つきの御くるまには・あかしの御方あま君し
  のひてのりたまへり・女御の御めのと心しり
  にてのりたり・かた/\のひとたまゐ・う
  への御方の五・女御とのゝいつゝ・あかしの御あか
0120【御あかれ】-各別也
  れの三・目もあやにかさりたる・さうそくあ」16ウ
  りさまいつ(つ$へ<朱>)はさらなり・さるはあま君をは・おなし
  くは・おいのなみのしは・のふはかりに・人めかしくて・
  まうてさせむと・院はのたまひけれと・この
0121【院】-源
  たひはかくおほかたのひゝきに・たちましら
  むも・かたはらいたし・もし思ふやうならむ
0122【思ふやうならむ世中をまちいて】-東ー位
0123【御方】-明ー
  世中をまちいてたらはと・御方はしつめ給
  けるを・のこりのいのち・うしろめたくて・かつ/\
  物ゆかしかりて・したひまいり給なりけり・さる
  へきにて・もとよりかくにほひたまふ御身と
  もよりも・いみしかりける契あらはに・思ひしら」17オ
  るゝ人のみありさまなり・十月中の十日なれ
  は・神のいかきにはふくすも色かはりて・松の下
0124【神のいかきにはふくす】-\<朱合点> 古今<墨> 千ハやふる神の井垣にはふくすも<朱>(古今262・古今六帖3881、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋02)
  もみちなと・をとにのみも秋をきかぬかほなり・
0125【をとにのみも秋を】-\<朱合点> 紅葉せぬときハの山ハ吹風の音にや秋をきゝわたるらん<朱>(古今251・拾遺集189・新撰和歌12・古今六帖419・919・小町集100、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋03)
  こと/\しきこまもろこしのかくよりも・あつま
  あそひのみゝなれたるはなつかしく・おもしろく
  なみかせのこゑにひゝきあひて・さるこたか
  き松風にふきたてたるはふえのねも・
  ほかにてきくしらへにはかはりて・身にしみ・
  ことにうちあはせたるひやうしも・つゝみを
0126【ことに】-和琴
0127【つゝみをはなれて】-鞁<朱> 東ー大皷 不用<墨>拍子用也<朱>
  はなれて・とゝのへとりたる方おとろ/\しからぬ」17ウ
  も・なまめかしくすこうおもしろく・所からは
  ましてきこえけり・山あゐにすれるたけの
0128【山あゐにすれるたけのふし】-加茂臨時祭舞人竹文青スリ倍従棕櫚文青スリ
  ふしは・松のみとりに見えまかひ・かさしの色々
  は秋のくさにことなる・けちめわかれて・なに
  ことにもめのみまかひいろふ・もとめこはつる
0129【いろふ】-色エ
0130【もとめこ】-求子自始肩ヌク
  すゑに・わかやかなるかむたちめはかたぬきており
0131【かたぬきておりたまふ】-長保五年住吉詣時左大臣以下十人肩ヌキ舞 是ヲ肩ヲロシト云
  たまふ・にほひもなくくろきうへのきぬ
  に・すわうかさねの・えひそめの袖を・にはかに
0132【すわうかさね】-公卿
0133【えひそめ】-殿上人
  ひきほころはしたるに・くれなゐふかきあこ
  めのたもとのうちしくれたるに・けしきはかり」18オ
  ぬれたる松はらをはわすれて・もみちのちるに
  思ひわたさる・みるかひおほかる・すかたともに・
  いとしろくかれたるおきを・たかやかにかさし
  て・たゝひとかへりまひていりぬるは・いとおもし
  ろくあかすそありける・おとゝむかしのことお
0134【おとゝ】-源
  ほしいてられ・中比しつみ給し世のありさまも・
  めのまへのやうにおほさるゝに・そのよのこと
  うちみたれ・かたり給へき人もなけれは・ちゝ(ゝ$し<朱>)
  のおとゝをそ・こひしく思ひきこえ給ける・
  いりたまひて・二のくるまにしのひて」18ウ
0135【二のくるま】-二番車明ー
    たれか又心をしりて住吉の神世をへたる
0136【たれか又】-源氏
  松にことゝふ御たゝむかみにかきたまへり・あ
  ま君うちしほたる・かゝるよをみるにつけても・
  かのうらにていまはとわかれ給しほと・女御
  の君のおはせしありさまなと・思ひいつるも
  いとかたしけなかりける・身のすくせの程を思
  ふ・よをそむき給し人も恋しくさま/\に
0137【をそむき給し人】-明ー入
  物かなしきを・かつはゆゝしと・こといみして
    すみのえをいけるかひあるなきさとは年
0138【すみのえを】-明石尼
  ふるあまもけふやしるらんをそくは・ひむな」19オ
  からむと・たゝうちおもひけるまゝなりけり
    むかしこそまつわすられね住吉の神の
0139【むかしこそ】-明石上
  しるしをみるにつけてもとひとりこちけり・
  夜ひとよあそひあかしたまふ・はつかの月はるか
  にすみて・うみのおもておもしろく見えわたる
  に・しものいとこちたくをきて・松原も色
  まかひてよろつの事そゝろさむくおも
  しろさもあはれさもたちそひたり・たいの
  うへつねのかきねの内なから・時/\につけてこそ・
  けふあるあさゆふのあそひにみゝふりめ」19ウ
  なれ給けれ・みかとよりとの・もの見おさ/\し
0140【との】-外ナリ
  給はす・ましてかく宮このほかのありきは・
  またならひ給はねは・めつらしくおかしく
  おほさる
    すみの江の松に夜ふかくをく霜は神の
0141【すみの江の】-紫上
  かけたるゆふかつらかもたかむらの朝臣の・ひら
0142【たかむらの朝臣】-\<朱合点>
0143【ひらの山さへ】-\<朱合点> ひもろきハ神の心にかけつへしヒラノ高ねに夕かつらせり 文時<右>(夫木抄9085、異本紫明抄・河海抄・弄花抄・花鳥余情・一葉抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) ひもろきの哥は祭の時の哥也<左>
  の山さへといひける・ゆきのあしたをおほし
  やれは・まつりのこゝろうけたまふ(△&ふ)しるしにや
  と・いよ/\たのもしくなむ女御のきみ
    神ひとのてにとりもたる榊葉にゆふかけ」20オ
  そふるふかきよの霜中つかさのきみ
    はふりこかゆふうちまかひをく霜はけに
0144【はふりこか】-祝子
  いちしるき神のしるしかつき/\かすしら
0145【つき/\かすしらす】-作者詞
  すおほかりけるを・なにせむにかはきゝを
  かむ・かゝるおりふしの哥は・れいの上手めき
  給おとこたちも・中/\いてきえして・
  松のちとせよりはなれて・いまめかしきことな
  けれは・うるさくてなむ・ほの/\とあけゆく
  にしもはいよ/\ふかくて・もとすゑもたと/\
0146【もとすゑ】-神楽本末拍子
  しきまて・ゑひすきにたるかくらおもて」20ウ
0147【かくら】-神楽人次居体
  とも・をのかかほをはしらて・おもしろきことに
  心はしみて・には火もかけしめりたるに・なを
  万さい/\と・さかき葉をとりかへしつゝいはひ
  きこゆる御世のすゑおもひやるそいとゝしき
  や・よろつのことあかすおもしろきまゝに・千
0148【千よをひとよに】-\<朱合点> 秋のよの千夜を一夜になせりともことハ残りて鳥や鳴なん<朱>(続古今1157・古今六帖1987・伊勢物語46、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋04)
  よをひとよになさまほしき夜のなにゝも
  あらてあけぬれは・かへるなみにきほふも
  くちおしくわかき人/\おもふ・松はらにはる/\
  とたてゆゝけたる御くるまともの・風にう
  ちなひくしたすたれのひま/\も・ときはの」21オ
  かけに・花のにしきをひきくわへたるとみゆ
  るに・うへのきぬの色/\けちめをきて・おかし
  きかけはんとりつゝきてものまいりわたす
  をそ・しも人なとは・めにつきてめてたしとは
  おもへる・あま君のおまへにもせんかうのおし
  きに・あをにひのおもてをりて・さうし物を
0149【あをにひ】-折敷面ヲ帳絹尼用色也
  まいるとて・めさましき女のすくせかなと・を
  のかしゝはしりうこちけり・まうて給しみち
0150【しりうこち】-後言
  は・こと/\しくて・わつらはしき神たから・さ
  ま/\に所せけなりしを・かへさはよろつのせう」21ウ
0151【所せけ】-セキニ同
  ようをつくし給・いひつゝくるも・うるさくむつ
  かしきことゝもなれは・かゝる御ありさまをも・
  かの入道の・きかす・みぬ世にかけはなれたまへる
  のみなん・あかさりける・かたきことなりかし・
  ましらはましも・見くるしくや・世中の
  人これをためしにて・心たかくなりぬへきころ
  なめり・よろつのことにつけて・めてあさみ・世
  のことくさにて・あかしのあま君とそさいはい
  人にいひける・かのちしの大殿のあふみのきみは・
  すくろくうつ時のことはにも・あかしのあま」22オ
0152【すくろく】-双六
  君/\とそさいはこひける・入道のみかとは・御をこ
0153【入道のみかと】-朱雀院ノ御事也
  なひをいみしくし給て・内の御事をもきゝ
0154【内の御事】-春見ヲ云朝秋見ヲ云覲
  いれ給はす・春秋の行幸になむむかし思
  ひいてられ給事もましりける・ひめ宮の
0155【ひめ宮】-女三
  御ことをのみそ・猶えおほしはなたて・この院を
0156【この院】-源
  は猶おほかたの御うしろみに思ひきこえ給
  て・内/\の御心よせあるへく・そうせさせ給・
  二品になりたまひて御封なとまさる・いよ/\
0157【二品になりたまひて】-女三
  はなやかに御いきをひそふ・たいのうへかく年
0158【たいのうへ】-紫
  月にそへて・方/\にまさり給御おほえに・」22ウ
  わか身はたゝひと所の御もてなしに・人にはをとら
0159【わか身は】-紫詞
  ねとあまりとしつもりなは・その御心はへも
  つゐにをとろへなむ・さらむ世を見はてぬ
  さきに・心とそむきにしかなと・たゆみなく
  おほしわたれと・さかしきやうにやおほさむと
  つゝまれて・はか/\しくもえきこえ給はす・
  内のみかとさへ御心よせことにきこえ給へは・
0160【内のみかと】-今上
  をろかにきかれたてまつらむも・いとおしくて
  わたり給こと・やう/\ひとしきやうになり
0161【わたり給こと】-源女三方へ
  ゆく・さるへきこと・/\はりとは思ひなから・」23オ
  されはよとのみやすからすおほされけれと・
  猶つれなくおなしさまにてすくし給・春
  宮の御さしつきの・女一の宮を・こなたに
0162【女一の宮】-明ー腹
  とりわきて・かしつきたてまつりたまふ・
  その御あつかひになむ・つれ/\なる御よかれの
0163【その御あつかひ】-源
  ほともなくさめ給ひける・いつれもわかすう
  つくしくかなしと思ひきこえた給へり・夏の
  御方は・かくとり/\なる御むまこあつかひを
0164【御むまこあつかひ】-明ー子共
  うらやみて・大将の君のないしのすけはらの
0165【大将の君】-夕
0166【ないしのすけ】-惟光女
  君を・せちにむかへてそかしつき給・いとおかし」23ウ
  けにて心はへも・ほとよりはされおよすけた
  れは・おとゝの君も・らうたかりたまふ・すくな
0167【おとゝ】-源
0168【君】-花ー
0169【すくなき】-源
  き御つきとおほししかと・すゑ/\にひろ
  こりてこなたかなたいとおほくなりそひ
  たまふを・いまはたゝこれを・うつくしみあつ
  かひたまひてそ・つれ/\もなくさめ給け
0170【なくさめ給ける】-花ー
  る・右の大殿のまいりつかうまつり給こと・
0171【まいりつかうまつり】-花ちるへ#
  いにしへよりもまさりて・したしくいまは
  北の方も・をとなひはてゝ・かのむかしのか
  け/\しきすち思ひはなれ給にや・さる」24オ
  へきおりもわたりまうてたまふ・たいの
  うへにも御たいめむありて・あらもほしく
  きこえかはし給けり・ひめ宮のみそおなし
0172【ひめ宮】-女三
  さまに・わかくおほときておはします・女御
0173【女御の君】-明中
  の君は・いまはおほやけさまにおもひはな
  ちきこえ給ひて・この宮をはいと心くるし
  くをさなからむ御むすめのやうに・思ひは
  くゝみたてまつり給・朱雀院のいまは
  むけに世ちかくなりぬる心ちして・物心ほ
  そきをさらにこの世のこと・かへり見しと思ひ」24ウ
  すつれと・たいめむなん・いまひとたひあらま
  ほしきを・もしうらみのこりもこそすれ・こと
  ことしきさまならて・わたり給へく・きこえ
  給けれは・おとゝもけにさるへき(き+事<朱>)也・かゝる御けし
  きなからむにてたに・すゝみまいり給へきを・
  ましてかうまちきこえ給ひけるか・心くるし
  きことゝ・まいり給へきことおほしまうく・つい
  てなくすさましきさまにてやは・ゝ(ゝ#は<朱>)ひわた
  り給へき・なにわさをしてか・御覧せさせ
  給へきと・おほしめくらす・このたひたり給」25オ
0174【たり給はむとし】-朱雀院五十賀女三ノ有憎也
  はむとし・わかななと・てうしてやなとおほし
  て・さま/\の御ほうふくのこと・いもゐの御まう
0175【いもゐ】-斎
  けのしつらい・なにくれとさまことにかはれる
  ことゝもなれは・人の御心しらひともいりつゝ・
0176【御心しらひ】-心ツカイ
  おほしめくらす・いにしへもあそひの方に御
  心とゝめさせ給へりしかは・まひ人かく人なとを・
  心ことにさため・すくれたるかきりをとゝのへさせ
  給・右のおほ殿の御子ともふたり・大将の御
0177【右のおほ殿】-ヒケ
0178【大将】-夕
  こ内侍のすけはらのくはへて三人・またちい
  さきなゝつよりかみのは・みな殿上せさせたまふ・」25ウ
  兵部卿の宮のわらはそむわう・すへてさるへき宮
0179【兵部卿の宮】-蛍
0180【わらは】-童
0181【そむわう】-孫 桐子孫
  たちの御ことも・家のこのきみたち・みな
  えらひいてたまふ・殿上のきみたちも・かたち
  よくおなしきまひのすかたも・心ことなるへ
  きをさためて・あまたのまひのまうけをせ
  させ給・いみしかるへきたひのことゝて・みな人
  心をつくし給てなむ・みち/\のものゝし
  上手いとまなきころ也・宮はもとより琴の
0182【宮】-女三
  御ことをなむ・ならひ給ひけるを・いとわかくて
0183【ならひ給ひける】-朱ーニ
  院にもひきわかれたてまつりたまひしかは・」26オ
  おほつかなくおほしてまいりたまはむつゐて
  に・かの御ことのねなむきかまほしき・さりとも
0184【さりとも琴はかりは】-朱ー詞
  琴はかりは・ひきとり給へらむと・しりうことに
  きこえ給けるを・内にもきこしめして・けに
0185【けにさりとも】-今上詞
  さりともけはひことならむかし・院の御まへ
0186【院の御まへ】-朱ー
  にて・ゝつくし給はむついてに・まいりきて
  きかはやなと・のたまはせけるを・おとゝの
0187【おとゝの君】-源
  君はつたへきゝ給て・年比さりぬへきついて
  ことには・をしへきこゆることもあるを・そのけ
  はひは・けにまさりたまひにたれと・またき」26ウ
  こしめし所ある物ふかき手には・をよはぬを・
  なに心もなくてまいりたまへらむついてに・
  きこしめさむとゆるしなくゆかしからせ給
  はむは・いとはしたなかるへき事にもと・いと
  おしくおほして・このころそ御心とゝめてをしへ
  きこえたまふ・しらへことなる手ふたつみつ
  おもしろき・大こくともの四季につけて・かはる
0188【大こく】-有琴 大曲小曲見タリ
0189【四季につけて】-音六律四時十二月調子
  へきひゝき・そらのさむさぬるさをとゝのへい
  てゝ・やむことなかるへき手のかきりを・とりた
0190【やむことなかるへき】-ヤンコトなき也
  てゝ・をしへきこえたまふに・心もとなくお」27オ
  はするやうなれと・やう/\心えたまふまゝに・
  いとよくなり給・ひるはいと人しけく・なをひと
  たひも・ゆしあむするいとまも・心あはたゝし
0191【ゆし】-由シ
0192【あむする】-按押
  けれは・よる/\なむしつかに・ことの心もしめたて
  まつるへきとて・たいにもそのころは御いとま
0193【たい】-紫
  きこえ給て・あけくれをしへきこえ給・女御の
0194【女御のきみ】-明ー
  きみにもたいのうへにも・琴はならはしたて
  まつり給はさりけれは・このおりおさ/\みゝな
  れぬ手とも・ひき給らんをゆかしとおほして・
  女御もわさとありかたき御いとまを・たゝし」27ウ
  はしときこえ給てまかてたまへり・みこ
  ふた所をはするを・又もけしきはみ給て・
  いつ月許にそなり給へれは・神わさなとに
0195【いつ月許に】-明懐妊
0196【神わさなとに事つけて】-宮人自五ケ月退出
  事つけて・おはしますなりけり・十一月すくし
0197【十一月すくし】-十一月十一日神今食
  ては・まいり給へき御せうそこ・うちしきり
  あれと・かゝるついてにかくおもしろき・夜る/\の
  御あそひをうらやましく・なとてわれにつたへ
0198【なとてわれに】-源ヲ明ー恨給
  給はさりけむと・つらく思ひきこえ給・冬
  の夜の月は人にたかひて・めてたまふ御心
  なれは・おもしろき夜のゆきの光におりに」28オ
  あひたる手ともひきたまひつゝ・さふらふ人々
  もすこしこのかたにほのめきたるに・御ことゝも
  とり/\に・ひかせてあそひなとし給・年の
  くれつかたはたいなとにはいそかしく・こなた
  かなたの御いとなみに・をのつから御らむし
  いるゝ事ともあれは・春のうらゝかならむ夕
  へなとに・いかてこの御ことのねきかむとのたま
  ひわたるに・としかへりぬ・院の御賀まつおほ
0199【院の御賀】-朱ー
0200【おほやけより】-今上
  やけよりせさせ給ことゝも・こち(ち+た)きにさし
  あひては・ひんなくおほされてすこしほとす」28ウ
  こしたまふ・二月十よ日とさためたまひて・
  かくにんまひ人なとまいりつゝ・御あそひたえ
  す・このたいにつねにゆかしくする・御ことのね
0201【たいに】-紫
  いかてかの人/\のさうひはのねもあはせて・
0202【かの人々の】-女楽事
0203【さう】-箏
  女かく心見させむ・たゝいまのものゝ上手と
0204【女かく】-ヲンナ
  もこそ・さらにこのわたりの人/\のみ心しら
0205【心しらひ】-心ツカヒ
  ひともにまさらね・はか/\しくつたへとり
  たる事はおさ/\なけれと・なに事も
  いかて心にしらぬことあらしとなむ・をさ
  なきほとに思ひしかは・世にあるものゝしと」29オ
  いふかきり・又たかきいへ/\のさるへき人の
  つたへともゝ・のこ(こ=こ<朱>)さす心みし中に・いとふかく
  はつかしきかなとおほゆるきはの人なむな
  かりし・そのかみよりも又このころのわかき
  人々の・されよしめきすくすにはたあさく
  なりにたるへし・きむはたましてさらに
  まねふ人なくなりにたりとか・この御ことの
  ねはかりたにつたへたる人・おさ/\あらしと
  のたまへは・なにこゝろなくうちゑみて・うれ
  しくかくゆるしたまふほとになりにけると」29ウ
  おほす・廿一二はかりになりたまへと・なをいと
0206【廿一二はかり】-女三
  いみしくかたなりにきひはなる心ちして・
  ほそくあえかにうつくしくのみみえたまふ・
  院にもみえたてまつり給はて・としへぬるを・
0207【院にも】-朱ー
  ねひまさり給にけりと御らんすはかり・よう
  いくわへて見えたてまつりたまへと・事に
  ふれてをしへきこえたまふ・けにかゝる御
  うしろみなくては・ましていはけなくおはし
  ます御ありさまかくれなからましと・人/\も
  見たてまつる・正月廿日許になれは・そらも」30オ
0208【正月廿日許】-実十九日也ふしまち月と下にみえたり
  おかしきほとに・風ぬるくふきて・おまへの
  むめもさかりになりゆき・おほかたの花の
  木ともゝみなけしきはみ・かすみわたりに
  けり・月たゝは御いそきちかく物さはかしからむ
0209【御いそきちかく】-朱雀院の五十御賀の事也
  に・かきあはせ給はむ御ことのねもしかく
  めきて人いひなさむを・このころしつかなる
  ほとに心見給へとて・しむてんにわたしたて
0210【しむてんにわたしたてまつり】-女三宮の御方也
  まつり給ふ・御ともにわれも/\と・物ゆかしかり
  てまうのほらまほしかれと・こなたにとを
  きをは・えりとゝめさせ給て・すこしねひ」30ウ
  たれと・よしあるかきりえりてさふらはせ
  給ふ・わらはへはかたちすくれたる・四人あか色に
0211【四人】-紫上の童女也
0212【あか色】-うハき也
  さくらのかさみ・うすいろのをりものゝあこめ・
  うきもんのうへのはかま・くれなゐのうちたる
0213【うちたる】-ひとへをいふにや
  さま・もてなしすくれたるかきりをめしたり・
  女御の御方にも御しつらひなといとゝあらた
0214【女御の御方】-明ー
  まれるころのくもりなきに・をの/\いとま
  しくつくしたるよそおひとも・あさやかに・
  になし・わらはゝあをいろにすわうのかさみ・
0215【あをいろ】-うはき也
  からあやのうへのはかま・あこめは山ふきなる」31オ
  からのきを・おなしさまにとゝのへたり・あかし
0216【からのき】-綺也
  の御方のはこと/\しからて・こうはいふたり・さ
  くらふたり・あをしのかきりにて・あこめこく
0217【あをし】-かさみをいふ
  うすく・うちめなとえならてきせたまへり・
0218【うすく】-打てきら付也板引ハ略也
  宮の御方にもかくつとひたまふへくきゝ給
0219【宮の御方】-女三
  て・わらはへのすかたはかりは・ことにつくろはせ
  たまへり・あをにゝやなきのかさみ・えひそめの
0220【あをに】-あをにハうハき也青丹ハ濃青ニ黄をさしたる也
  あこめなと・ことにこのましくめつらしき
  さまにはあらねと・おほかたのけはひのいかめし
  く・けたかきことさへいとならひなし・ひさしの」31ウ
0221【ひさしの中の御さうし】-しん殿ノ南庇西東執放
  中の御さうしをはなちて・こなたかなたみ
  木ちやうはかりをけちめにて・中のまは院の
  おはしますへきおましよそひたり・けふの
  拍子あはせには・わらはへをめさむとて・右の
0222【右のおほいとの】-ヒケ
  おほいとのゝ三らうかむのきみの御はらのあに
0223【三らう】-右大弁
0224【かむのきみ】-玉
  君さうのふえ・左大将の御たらうよこふえ
  とふかせて・すのこにさふらはせたまふ・内に
  は御しとねともならへて・御ことゝもまいりわ
  たす・ひしたまふ御こととも・うるはしきこん
0225【こんちのふくろ】-紺地錦袋
  ちのふくろともにいれたる・とりいてゝあかしの」32オ
  御方には琵琶・むらさきのうへには和琴・女御
0226【女御のきみ】-明ー
  のきみにさうの御こと・宮にはかくこと/\しき
0227【宮】-女三
  (+御イ、$<朱>)ことは・またえひきたまはすやとあやう
  くて・れいのてならし給へるをそしらへて
0228【れいの】-女三
  たてまつり給・さうの御ことは・ゆるふとなけれ
  と・なをかくものにあはするおりのしらへにつ
  けて・ことちのたちとみたるゝ物也・よく
  その心しらひとゝのふへきを・女はえはりし
  つめし・なを大将をこそ・めしよせつへかめれ・
  このふえふきともまたいとをさなけにて・」32ウ
  拍子とゝのへむたのみ・つよからすとわらひ給
  て・大将こなたにとめせは・御方/\はつかしく
  心つかひしておはす・あかしの君をはなちて
0229【あかしの君をはなちて】-明ーハ入道其外ハ六条院伝之
  は・いつれもみなすてかたき御弟子とも
  なれは・御心くはへて大将のきゝたまはむに・
  なんなかるへくとおほす・女御はつねにうへの
0230【女御】-明ー
  きこしめすにも・ものにあはせつゝひき
  ならし給つれは・うしろやすきを・和こんこそ・
  いくはくならぬしらへなれと・あとさたまり
  たる事なくて・中/\女のたとりぬへけれ・」33オ
  春のことのねは・みなかきあはするものなるを・
  みたるゝ所もやとなまいとおしくおほす・大
0231【大将】-夕
  将いといたく心けさうして・おまへのこと/\しく
  うるはしき・御こゝろみあらむよりも・けふの
  心つかひは・ことにまさりておほえ給へは・あさ
  やかなる御なおし・かうにしみたる御そとも・そ
  ていたくたきしめて・ひきつくろひて
  まいり給ほとくれはてにけり・ゆへあるたそ
  かれ時のそらに・花はこそのふる雪思いてら
  れて・えたもたわむはかりさきみたれ」33ウ
  たり・ゆるらかにうちふく風に・えならす
  にほひたるみすの内のかほりもふきあはせ
  て・うくひすさそふつまにしつへく・いみしき
0232【うくひすさそふ】-\<朱合点> 花の香を風のたよりにたくへてそうくひすさそふしるへにはやる<朱>(古今13・新撰和歌15・古今六帖30・385・4394・友則集2・寛平后宮歌合1、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋05)
  おとゝのあたりのにほひ也・みすのしたより
  さうの御ことのすそ・すこしさしいてゝかる/\
0233【すそ】-末也
  しきやうなれと・これか・をとゝのへてしらへ
0234【をとゝのへ】-緒
  心み給へ・こゝに又うとき人のいるへきやうも
  なきをとのたまへは・うちかしこまりて
  たまはり給ほと・よういおほくめやすくて・
  いちこちてうのこゑにはつのをゝたてゝ・」34オ
0235【いちこちてう】-一越調
0236【はつのを】-発絃
  ふともしらへやらてさふらひ給へは・なをかき
  あはせ許は・手ひとつ・すさましからてこそ
  とのたまへは・さらにけふの御あそひのさし
  いらへに・ましる(る$らふ)許の手つかひなんおほえす
  侍けると・けしきはみたまふさも・あること
  なれと・女かくにえことませてなむ・にけにける
  と・つたはらむ名こそおしけれとてわらひ給・し
  らへはてゝおかしきほとに・かきあはせはかり
  ひきてまいらせたまひつ・この御むまこの
0237【御むまこ】-孫
  君たちのいとうつくしきとのゐすかたとも」34ウ
0238【とのゐすかたとも】-直衣事 童殿上共也
  にて・ふきあはせたる物の手(手=ねイ)とも・またわか
  けれと・おいさきありていみしくおかしけなり・
  御ことゝものしらへともとゝのひはてゝ・かき
  あはせ給へるほといつれとなきなかに・ひはゝ
0239【ひはゝ】-明ー
  すくれて上手めき・神さひたるてつかひすみは
  てゝおもしろくきこゆ・和こんに大将もみゝとゝ
0240【和こん】-紫
0241【大将】-夕
  め給へるに・なつかしくあいきやうつきたる御
  つまをとに・かきかへしたるねの・めつらしく
  いまめきて・さらにこのわさとある上手とも
  の・おとろ/\しくかきたてたるしらへて(△&て)うしに」35オ
  をとらす・にきはゝしく・やまとことにも・かゝる
  手ありけりときゝおとろかる・ふかき御らう
0242【御らうのほと】-年臈久稽古
  のほとあらはにきこえておもしろきに・
  おとゝ御心おちゐて・いとありかたくおもひき
0243【おとゝ】-源
  こえ給・さうの御ことは・ものゝひま/\に心もと
  なくもりいつるものゝねからにて・うつくし
  けになまめかしくのみきこゆ・きむはなを
  わかき方なれとならひ給さかりなれは・たと/\し
  からす・いとよく物にひゝきあひて・いうにな
  りにける・御ことのねかなと・大将きゝ給・拍子」35ウ
0244【大将】-夕
  とりて・さうかし給院も時/\あふきうちなら
0245【さうか】-唱哥
0246【院】-源
  してくはへ給・御こゑむかしよりもいみしく
  おもしろくすこしふつ(つ=くイ、$<朱>)ゝかに・物/\しきけそ
  ひてきこゆ・大将もこゑいとすくれたまへる人
  にて・夜のしつかになりゆくまゝに・いふかき
  りなくなつかしき・夜の御あそひなり・月
  心もとなきころなれは・とうろこなたかなたに
  かけて・火よきほとにともさせ給へり・宮の
0247【宮の】-女三
  御方を・のそき給へれは人よりけに・ちいさく
0248【のそき給へれは】-夕
  うつくしけにて・たゝ御そのみある心ちす・に」36オ
  ほひやかなる方はをくれて・たゝいとあてやか
  におかしく・二月の中十日許のあをやきの
  わつかにしたりはしめたらむ心ちして・うくひす
0249【うくひすのはかせ】-\<朱合点> 鴬の羽風になひく青柳のみたれて物をおもふ比哉 具平親王(出典未詳、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  のはかせにもみたれぬへくあえかに見え給さ
  くらのほそなかに御くしはひたりみきより
  こほれかゝりて・やなきのいとのさましたり・
  これこそはかきりなき人の・御ありさまな
  めれと・見ゆるに・女御のきみは・おなしやうなる
0250【女御のきみ】-明ー
  御なまめきすかたの・いますこしにほひく
  はゝりて・もてなしけはひ心にくゝ・よしある」36ウ
  さまし給て・よくさきこほれたるふちの花
  の夏にかゝりて・かたはらにならふ花なき
  あさほらけの心ちそし給へる・さるはいとふく
0251【ふくらかなる】-懐妊五ケ月
  らかなるほとになり給て・なやましくおほえ
  給けれは・御こともおしやりて・けうそくに・
0252【けうそこに】-脇休
  おしかゝり給へり・さゝやかになよひかゝり給
  へるに・御けうそくは・れいのほとなれはをよひ
  たる心ちしてことさらにちいさくつくらは
  やと見ゆるそ・いとあはれけにおはしける・こう
  はいの御そに御くしのかゝり・はら/\ときよ」37オ
  らにて・ほかけの御すかた世になく・うつくし
  けなるに・むらさきのうへはえひそめにやあ
  らむ・色こきこうちき・うすゝわうのほそ
  なかに・御くしのたまれるほとこちたくゆる
  らかにおほきさなと・よきほとにやうた
  いあらまほしくあたりにゝほひみちたる心
  ちして・花といはゝ・さくらにたとへても・なを
0253【さくらにたとへても】-\<朱合点> 桜よりまさる花なき春なれハあたら草木ハ物ならなくに(古今六帖4176・貫之集270、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  ものよりすくれたるけはひことに物し給・
  かゝる御あたりにあかしは・けをさるへきを・いと
0254【けをさる】-気色也
  さしもあらす・もてなしなとけしきはみ」37ウ
  はつかしく心のそこゆかしきさまして・そ
  こはかとなくあてになまめかしくみゆ・柳
  のをりものゝほそなかにもえきにやあらむ
  こうちきゝて・うすものゝものはかなけなる
  ひきかけて・ことさら・ひけしたれと・けはひ
  思ひなしも・心にくゝあなつらはしからす・
  こまのあをちのにしきのはしさしたるしと
  ねに・まほにもゐて・ひはをうちをきてたゝ
  けしき許ひきかけて・たをやかにつかひ
  なしたる・はちのもてなし・ねをきくよりも」38オ
  又ありかたくなつかしくて・さ月まつ花たち
0255【さ月まつ花たちはな】-\<朱合点>
  はなの・はなもみもくして・をしおれるかほり
  おほゆ・これもかれもうちとけぬ御けはひとも
  を・きゝ見給に大将もいと内ゆかしくおほえ
  給・たいのうへのみしおりよりもねひまさり
0256【たいのうへ】-紫
  たまへらむありさまゆかしきにしつ心も
  なし・宮をはいますこしのすくせをよはま
  しかは・わかものにても・見たてまつりてまし・
  心のいとぬるきそくやしきや・院はたひ/\
0257【院】-朱ー
  さやうにおもむけて・しりう事にものた」38ウ
0258【しりう事】-後言
  まはせけるをと・ねたく思へと・すこし心
  やすき方にみえたまふ御けはひに・あなつり
  きこゆとはなけれと・いとしも心はうこかさゝ(ゝ#)
  りけり・この御方をはなにこともおもひをよ
0259【この御方】-紫
  ふへきかたなくけとをくてとしころす
  きぬれは・いかてかたゝおほかたに心よせある
  さまをもみえたてまつらむと許のくちおし
  く・なけかしきなり(り+けり<朱>)・あなかちにあるましく
  おほけなき心ちなとはさらにものし給
  はす・いとよくもておさめ給へり・夜ふけ」39オ
  ゆくけはひひやゝかなり・ふしまちの月は
0260【ふしまちの月はつかに】-源詞
  つかにさしいてたる心もとなしや・春のおほろ
  月よゝ・秋のあはれはたかうやうなるものゝ
  ねにむしのこゑ・よりあはせたるたゝなら
  す・こよなくひゝきそふ心ちすかしとのた
  まへは・大将の君秋のよのくまなき月には
0261【大将の君】-夕
  よろつのものゝ・とゝこほりなきに・ことふえ
  のねもあきらかにすめる心ちはし侍れと・
  なをことさらにつくりあはせたるやうなる
  そらのけしき・花のつゆに(に+も<朱>)・色/\めうつろひ」39ウ
  心ちりて・かきりこそ侍れ・春のそらのたと/\
  しきかすみのまより・おほろなる月かけに・
  しつかにふきあはせたるやうには・いかてか
  ふえのねなともえむにすみのほりはてす
  なむ・女は春をあはれふ・ふるき人のいひ
0262【女は春をあはれふ】-女ハ依陽思春男ハ感陰思秋
  をき侍ける・けにさなむ侍ける・なつかしく
  ものゝとゝのほる事は・春のゆふくれこそことに
  侍けれと申給へは・いなこのさためよ・いにしへ
0263【いなこの】-源詞
0264【いにしへより】-\<朱合点> 昔よりいひし置たることなれは我等ハいかゝ今はさためん 躬恒(拾遺519、河海抄・休聞抄・孟津抄)
  より人のきかねたることをすゑの世に・
  くたれる人のえ(え+あ)きらめははつましくこそ・」40オ
  ものゝしらへこくのものともはしもけに・りち
0265【こく】-曲
0266【はしも】-詞ナリ
0267【りちをはつきのものに】-呂ヲサキ律ヲ次 律ハ陽正也呂ハ陰助也律ハ秋也
  をは・つきのものにしたるは・さもありかしなと
  のたまひて・いかにたゝいまいうそくおほえ
  たかき・その人かの人御前なとにて・たひ/\
  心みさせ給に・すくれたるはかすゝくなくなり
  ためるを・そのこのかみと・おもへる・上手とも
  いくはく・えまねひとらぬにやあらむ・この
  ほのかなる女たちの御中に・ひきませた
  らむに・きは・ゝなるへくこそおほえね・とし
0268【はなる】-離
  ころかくむもれてすくすに・みゝなともすこし・」40ウ
  ひか/\しくなりにたるにやあらむ・くちおしう
  なむ・あやしく人のさえ・はかなくとりする
0269【とりする】-執
  ことゝもゝものゝはえありて・まさるところ
  なるその御前の御あそひなとに・ひときさ
0270【ひときさみに】-第一
  みに・えらはるゝ人/\それかれといかにそと
  の給へは・大将それをなむとり申さむと思ひ
0271【大将】-夕
  侍りつれと・あきらかならぬ心のまゝにおよ
  すけてやはと思給ふる・のほりての世を・きゝ
  あはせ侍らねはにや・衛門督の和琴・兵部
0272【衛門督】-柏
0273【兵部卿宮】-蛍
  卿宮の御ひわなとをこそ・このころめつらかなる」41オ
  ためしにひきいて侍めれ・けにかたはらな
  きを・こよひうけたまはる・ものゝねとも
  のみなひとしくみゝおとろき侍は・なをかく
  わさともあらぬ御あそひと・かねて思給へ
  たゆみける・心のさはくにや侍らむ・さうかな
  といとつかうまつりにくゝなむ・和琴は
  かのおとゝ許こそ・かくをりにつけてこしらへ
0274【かのおとゝ】-致仕
  なひかしたるねなと心にまかせて・かきたて
  給へるは・いとことにものし給へ・おさ/\・きは
  はなれぬ物に侍へめるを・いとかしこくとゝ」41ウ
  のひてこそ侍りつれと・めてきこえたまふ・
  いとさこと/\しき・ゝはにはあらぬを・わさと
  うるはしくも・とりなさるゝかなとて・したりかほ
  にほゝゑみたまふ・けにけしうはあらぬ弟子と
0275【けにけしうは】-源
  もなりかし・琵琶はしも・こゝにくちいるへき
0276【琵琶は】-明
  ことましらぬを・さいへと物のけはひことなる
  へし・おほえぬ所にてきゝはしめたりしに・
0277【おほえぬ所にて】-明ーニテ
  めつらしきものゝこゑかなとなむ・おほえし
  かとそのおりよりは・又こよなくまさりにたる
  をやと・せめてわれかしこにかこちなし給」42オ
  へは・女房なとは・すこしつきしろふ・よろつの
0278【よろつのこと】-源
  こと・みち/\につけてならひまねはゝ・さえと
0279【さえ】-才
  いふ物・いつれもきはなくおほえつゝ・わか心ちに
  あくへきかきりなく・ならひとらむ事は
  いとかたけれと・なにかはそのたとりふかき
  人のいまの世に・おさ/\なけれは・かたはしを
  なたらかにまねひえたらむ人・さるかたか
  とに心をやりてもありぬへきを・琴なむ
  猶わつらはしく・手ふれにくき物はありける・
  このことはまことに・あとのまゝにたつねとり」42ウ
  たるむかしの人は・天地をなひかし・おに神
0280【天地をなひかし】-楽書ニ琴ハ天地ヲ動鬼神感セシトアリ
  の心をやわらけ・よろつのものゝねのうちに
  したかひて・かなしひふかきものもよろこひに
  かはり・いやしくまつしき物も・たかき世に
  あらたまり・たからにあつかり・世にゆるさるゝた
  くひおほかりけり・このくにゝひきつたふる
0281【このくにゝひきつたふる】-波羅門僧正琴始我国一渡允恭文武天皇琴引給ふとアリ
  はしめつかたまて・ふかくこの事を心えたる
  人は・おほくのとしをしらぬくにゝすこし・
0282【しらぬくにゝすこし】-うつほニ波斯国ニいたりて琴を習事アリ
  身をなきになして・このことをまねひ
  とらむと・まとひてたに・しうるはかたくなむ」43オ
  ありける・けにはたあきらかにそらの月ほし
  をうこかし・時ならぬしもゆきをふらせ・くも
0283【時ならぬ】-としかけ御前にて曲をつかまつる時
  いかつちをさはかしたるためし・あかりたる世に
  はありけり・かくかきりなき物にてそのまゝ
  にならひとる人のありかたく・世のすゑなれは
  にや・いつこのそのかみのかたはしにかはあらむ・
  されとなをかのおに神のみゝとゝめ・かたふき
  そめにける物なれはにや・なま/\にまねひて・
  思かなはぬたくひありけるのち・これをひく
  人よからすとかいふ・なむをつけてうるさき」43ウ
0284【なむ】-難
0285【つけて】-付
  まゝに・いまはおさ/\つたふる人なしとか・
  いとくちおしき事にこそあれ・きんのね
  をはなれては・なにことをかものをとゝのへし
  る/\へとはせむ・けによろつのこと・おとろふる
  さまはやすくなりゆく・世の中にひとりいて
  はなれて心をたてゝ・もろこしこまと・この
  世にまとひありき・おやこをはなれむこと
  は世中にひかめる物になりぬへし・なとか
  なのめにてなをこのみちを・かよはししる
  はかりのはしをは・しりをかさらむしらへひとつに・」44オ
  手をひきつくさんことたに・はかりもなき物
  なゝり・いはむやおほくのしらへわつらはしき・
  こくおほかるを・心にいりしさかりには・世に
0286【こく】-曲
  ありとあり・こゝにつたはりたるふといふものゝ
0287【ふ】-譜 琴経琴操<サウ>琴法雑琴百余巻書云々
  かきりを・あまねく見あはせて・のち/\は
  師とすへき人もなくてなむ・このみならひ
  しかと・猶あかりての人にはあたるへくもあらし
  をや・ましてこのゝちといひては・つたはるへき
  すゑもなき・いとあはれになむなとのたま
  へは・大将けにいとくちおしくはつかしとおほす・」44ウ
0288【大将】-夕
  この御子たちの御中におもふやうに・おいゝ
  て給・ものしたまはゝ・そのよになむ・そも
  さまて・なからへとまるやうあらは・いくはく
  ならぬてのかきりも・とゝめたてまつるへき・
  二(二=三イ、#)宮いまよりけしきありてみえたま
  ふをなとのたまへは・あかしの君は・いとおも
0289【あかしの君】-明石上
  たゝしく・涙くみてきゝゐたまへり・女御
  のきみは・さうの御ことをは・うへにゆつりきこえ
  てよりふし給ひぬれは・あつまをおとゝの
0290【あつま】-和琴
0291【おとゝ】-源
  御まへにまいりて・けちかき御あそひに」45オ
  なりぬ・かつらきあそひ給・はなやかに
0292【かつらき】-\<朱合点> 催馬楽名哥
  おもしろし・おとゝおりかへしうたひ給御
  こゑたとへんかたなく・あいきやうつきめ
  てたし・月やう/\さしあかるまゝに・花の
  色かも・ら(ら$も<朱>)てはやされて・けにいと心にくき
  ほと也・さうのことは・女御の御つまをとは・いとら
0293【女御】-明中
  うたけになつかしく・はゝ君の御けはひくはゝ
  りて・ゆのねふかくいみしく・すみてきこえ
0294【ゆのね】-由
  つるを・この御てつかひは又さまかはりてゆるゝ
  かにおもしろく・きく人たゝならす・すゝろは」45ウ
  しきまてあいきやうつきて・りむの手なと
0295【りむの手】-輪前御也又一本りち
  すへてさらにいとかとある御ことのねなり・かへり
  こゑにみなしらへかはりて・りちのかきあはせ
  ともなつかしく・いまめきたるに・きんはこかの
0296【きんはこかのしらへ】-五ケ調 掻手 片垂 小宇瓶<ウヘイ> 蒼海波 鴈鳴調<カンメイシラヘ> 一ハ胡笳
  しらへあまたの手のなかに・心とゝめてかな
  らすひき給つ(つ$へ<朱>)き五六のはち(ち=らイ、#)を・いとおもし
0297【五六のはち】-万秋楽ノ破ニ五ノ帖六ノ帖アリ 破等
  ろくすましてひき給・さらにかたほならす・
  いとよくすみてきこゆ・春秋よろつのものに
  かよへるしらへにて・かよはしわたしつゝひき
  給心しらひ・をしへきこえ給さまたかへす・」46オ
  いとよくわきまへたまへるを・いとうつくしく
  おもたゝしく思ひきこえ給・このきみたち
  のいとうつくしくふきたてゝ・せちに心いれ
  たるをらうたかり給て・ねふたくなりに
  たらむに・こよひのあそひはなかくはあらて・
  はつかなるほとにと思ひつるを・とゝめかたき
  ものゝねとものいつれともなきを・きゝわく
  ほとのみゝとからぬ・たと/\しさにいたくふ
  けにけり・心なきわさなりやとて・さうの
0298【さうのふえふくきみ】-鬚三郎君
  ふえふくきみに・かはらけさし給て・御そ」46ウ
  ぬきてかつけ給・よこふえのきみには・こなた
0299【よこふえのきみ】-夕大郎君
0300【こなたより】-紫
  よりをりものゝほそなかにはかまなと・こと(と=ちイ、#)/\
  しからぬさまにけしきはかりにて・大将の君
  には宮の御方より・さか月さしいてゝ宮の御
  さうそくひとくたりかつけ(△&つけ)たてまつり給を・
  おとゝあやしや・ものゝ師をこそまつはものめ
0301【あやしや】-源
  かし給はめ・うれはしき事也とのたまふに・宮
  のおはしますみ木ちやうのそはより・御
  ふえをたてまつる・うちわらひ給てとり給・
  いみしきこまふえなり・すこしふきならし」47オ
  給へは・みなたちいて給ほとに・大将たちと
  まり給て・御このもちたまへるふえをとりて・
  いみしくおもしろくふきたて給へるか・いとめて
  たくきこゆれは・いつれも/\みな御手を
  はなれぬものゝつたへ/\・いとになくのみある
  にてそ・わか御さえの程ありかたくおほしし
  られける・大将殿はきみたちを御くるまに
  のせて・月のすめるにまかて給・みちすから
  さうのことのかはりて・いみしかりつるねもみゝ
0302【さうのこと】-紫上
  につきて・こひしくおほえたまふ・わか北の方は」47ウ
0303【わか北の方】-雲井
  故大宮のをしへきこえ給しかと・心にもしめ給
  はさりしほとに・わかれたてまつりたまひにし
  かは・ゆるゝかにも・ひきとりたまはて・おとこ君
  の御まへにては・はちてさらにひきたまはす・
  なにこともたゝおひらかに・うちをほとき
  たるさまして・ことものあつかひを・いとまな
  く・つき/\し給へは・おかしき所もなくおほゆ・
  さすかにはらあしくてものねたみうちしたる・
  あいきやうつきて・うつくしき人さまにそ
  ものし給める・院はたいへわたり給ひぬ・うへは」48オ
0304【うへはとまり給て】-紫女三方ニ
  とまり給て・宮にも御ものかたりなときこえ
  たまひて・あか月にそわたり給へる・ひたかう
0305【あか月にそわたり給へる】-紫我方へ
0306【ひたかう】-源
  なるまておほとのこもれり・宮の御ことのね
0307【宮の御ことのねは】-女三 紫詞
  はいとうるさくなりにけりな・いかゝきゝ給しと
0308【いとうるさくなりにけりな】-よき也 ねたましき也
  きこえ給へは・はしめつかたあなたにて・ほの
0309【はしめつかた】-源
  きゝしはいかにそやありしを・いとこよなく
  なりにけり・いかてかはかく・事なくをしへ
  きこえたまはむにはと・いらへきこえたまふ・
  さり(り$か<朱>)してをとる/\おほつかなからぬものゝ
  師なりかし・これかれにもうるさくわつらはし」48ウ
  くて・いとまいるわさなれは・おしへたてまつら
  ぬを・院にも内にも琴はさりとも・ならはし
  きこゆらむとのたまふと・きくか・いとおしく
  さりともさはかりのことをたに・かくとりわき
  て・御うしろみにと・あつけたまへる・しるしに
  はと思ひおこしてなむなと・きこえ給つ
  いてにも・むかしよつかぬほとを・あつかひ思ひし
  さま・その世にはいとまもありかたくて・心の
  とかにとりわき・をしへきこゆる事なとも
  なく・ちかき世にもなにとなく・つき/\まき」49オ
  れつゝ・すくしてきゝあつかはぬ御ことのねの・
  いてはへしたりしも・めむほくありて・大将
  のいたくかたふきおとろきたりしけしき
  も・思ふやうにうれしくこそありしかなと・
  きこえ給・かやうのすちもいまは又おとな/\
  しく・宮たちの御あつかひなと・ゝりもちて・
  し給さまも・いたらぬ事なく・すへてなにこ
  とにつけても・もとかしくたと/\しきこと・
  ましらすありかたき人の御ありさまな
  れは・いとかくくしぬる人は・よにひさしからぬ」49ウ
  ためしもあなるをと・ゆゝしきまて思ひき
  こえ給・さま/\なる人のありさまを・見あつ
  めたまふまゝに・とりあつめたらひたること
  は・まことにたくひあらしとのみ思ひき
  こえ給へり・ことしは三十七にそなり給・見
0310【三十七にそなり給】-紫上
  たてまつり給し年月のことなともあは
  れにおほしいてたるついてに・さるへき御いの
  りなとつねよりも・とりわきてことしはつゝ
  しみたまへ・ものさはかしくのみありて・おもひ
  いたらぬ事もあらむを・猶おほしめくらして・」50オ
  おほきなることゝもし給はゝ・をのつからせ
  させてむ・こそうつのものし給はすなり
  にたるこそ・いとくちおしけれおほかたにて・
  うちたのまむにもいとかしこかりし人を
  なとのたまひいつ・みつからはをさなくより
  人にことなるさまにて・こと/\しくおいら(ら$い<朱>)てゝ・
  いまの世のおほえありさまきしかたに・た
  くひすくなくなむありける・されと又よに
  すくれて・かなしきめをみるかたも人には
  まさりけりかし・まつは思ふ人にさま/\」50ウ
  をくれ・のこりとまれるよはひのすゑにも・
  あかすかなしと思ふことおほく・あちきなく
  さるましきことにつけても・あやしくもの
  おもはしく心にあかすおほゆること・そひたる
  身にてすきぬれは・それにかへてやおもひし
  ほとよりは・いまゝてもなからふるならむと
  なん・思ひしらるゝ・君の御身には・かのひとふし
  のわかれよりあなたこなた物思ひとて・心み
  たり給許のことあらしとなん・おもふきさき
  といひ・ましてそれよりつき/\はやむことなき」51オ
  人といへと・みなかならすやすからぬ物おもひ
  そふわさ也・たかきましらひにつけても
  心みたれ人にあらそふ思ひのたえぬもやす
  けなきを・おやのまとの内なからすくした
  まへるやうなる心やすきことはなし・その
  方人にすくれたりける・すくせとはおほし
  しるや・思ひのほかにこの宮のかくわたりも
  のし給へるこそは・なまくるしかるへけれと・
  それにつけては・いとゝくはふる心さしのほとを・
  御身つからのうへなれは・おほししらすやあ」51ウ
  らむ・ものゝ心もふかくしり給めれは・さりと
  もとなむ思ふときこえたまへは・のたまふ
  やうに物はかなき身には・すきにたるよそ
  のおほえはあらめと・心にたえぬものなけかし
  さのみうちそふやさは・みつからのいのりなり
  けるとて・のこりおほけなるけはひ・はつかし
  けなり・まめやかにはいとゆくさきすくなき
0311【まめやかには】-紫詞
  心ちするを・ことしもかくしらすかほにて
  すくすは・いとうしろめたくこそ・さき/\も
  きこゆる事いかて・御ゆるしあらはときこえ」52オ
0312【きこゆる事】-紫出家事
  給・それはしもあるましき事になんさて・
0313【それはしも】-源詞
  かけはなれ給ひなむ世にのこりては・なに
  のかひかあらむ・たゝかくなにとなくて・すくる
  年月なれと・あけくれのへたてなき・う
  れしさのみこそ・ますことなくおほゆれ・猶
  思ふさまことなる心のほとを・見はて給
  へとのみきこえ給を・れいのことゝ心やまし
  くてなみたくみたまへるけしきを・いとあ
  はれに見たてまつり給て・よろつにき
  こえまきらはし給・おほくはあらねと・人の」52ウ
  ありさまのとり/\にくちおしくはあらぬを・
  見しりゆくまゝに・まことのこゝろはせおひら
  かにおちゐたるこそ・いとかたきわさなり
  けれとなむ・思ひはてにたる・大将のはゝ君
  を・おさなかりしほとに・見そめてやむことな
  く・えさらぬすちには思ひしを・つねになか
  よからす・へたてある心ちして・やみにしこそ・
  いま思へはいとおしく・ゝやしくもあれ・又わかあ
  やまちにのみも・あらさりけりなと・心ひと
  つになむ思ひいつる・うるはしくをもりかにて・」53オ
  そのことのあかぬかなとおほゆる事もなかり
  き・たゝいとあまりみたれたる所なく・す
  く/\しく・すこし・さかしとや・いふへかりけむ
0314【さかし】-賢
  と思ふには・たのもしくみるには・わつらはし
  かりし人さまになん・中宮の御はゝみや
0315【御はゝみや】-六ー
  す所なん・さまことに心ふかくなまめかし
  きためしには・まつ思ひいてらるれと・人
  みえにくゝ・くるしかりしさまになんありし・
  うらむへきふしそけにことはりとおほゆる
  ふしを・やかてなかくおもひつめて・ふかくゑん」53ウ
  せられしこそ・いとくるしかりしか・心ゆるひなく
  はつかしくて・我も人もうちたゆみあさゆふ
  のむつひを・かはさむには・いとつゝましき所
  のありしかは・うちとけては見おとさるゝ事
  やなと・あまりつくろひしほとに・やかてへた
  たりし中そかし・いとあるましき名を
  たちて・身のあは/\しくなりぬるなけ
  きをいみしく思ひしめ給へりしか・いとおし
  くけに人からをおもひしも・我つみある心
  ちして・やみにしなくさめに・中宮を」54オ
0316【中宮を】-秋ー
  かくさるへき御契とは・いひなからとりたてゝ・
  世のそしり人のうらみをもしらす・心よ
  せたてまつるを・かの世なからも・見なお(を&お)さ
  れぬらむ・今もむかしもなをさりなる心
  のすさひに・いとおしくゝやしき事も・お
  ほくなんと・きし方の人の御うへすこしつゝ
  のたまひいてゝ・内の御方の・御うしろみ
0317【内の御方】-明中
  は・なに許のほとならすとあなつりそめて・
  心やすきものにおもひしを・猶心のそこ
  見えすきはなく・ふかき所ある人に」54ウ
  なむ・うはへは人になひき・おひらかにみえ
  なから・うちとけぬけしきしたにこもりて・
  そこはかとなく・はつかしき所こそあれと
  のたまへは・こと人はみねはしらぬを・これは
  まほならねと・をのつからけしきみるおり/\
  もあるに・いとうちとけにくゝ心はつかしき
  ありさましるきを・いとたとしへなきうら
  なさを・いかに見給らんと・つゝましけれと・
  女御はをのつからおほしゆるすらんとのみ
  思ひてなむとのたまふ・さはかりめさましと」55オ
  心をき給へりし人を・いまはかくゆるして
  みえかはしなとし給も・女御の御ためのま
  心なるあまりそかしとおほすに・いとあり
  かたけれは・君こそはさすかにくまなきには
0318【君こそは】-紫
  あらぬものから・人により(り+事に<朱>)したかひ・いとよく
  ふたすちに心つかひはし給けれ・さらにこゝ
  らみれと御ありさまに・ゝたる人はなか
  りけり・いとけしきこそものし給へと・ほゝ
  ゑみてきこえ給・宮にいとよくひきとり
0319【宮に】-女三
  給へりしことの・よろこひきこえむとて・ゆふ」55ウ
  つかたわたり給ぬ・われに心をく人やあらむ
  とも・おほしたゝす・いといたくわかひて・ひとへに
  御ことに心いれておはす・いまはいとまゆるして・
  うちやすませ給へかし・物の師は心ゆかせ
  てこそ・いとくるしかりつる・日ころのしるしあ
  りて・うしろやすくなり給にけりとて・
  御ことゝもおしやりて・おほとのこもりぬ・た
  いにはれいのおはしまさぬ夜は・よゐゐした
  まひて・ひと/\に物かたりなとよませて
  きゝ給・かく世のたとひにいひあつめたる」56オ
  むかしかたりともにも・あたなる男・色このみ
  ふた心ある人に・かゝつらひたる女かやうなる
  事をいひあつめたるにも・つゐによるかたあ
0320【つゐに】-\<朱合点> 古今 大ぬさと名にこそたてれなかれてハつゐによるせハありてふ物を<左>(古今707・業平集36、河海抄・紹巴抄・岷江入楚)
0321【よるかた】-\<朱合点> よるかたもありといふなるありそ海に立しら波のおなしところに<朱><右>(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋06)
  りてこそあめれ・あやしくうきてもすくし
  つるありさまかな・けにのたまひつるやう
  に・人よりことなるすくせもありける身な
  から・人のしのひかたくあかぬ事にする・も
  の思ひはなれぬ身にてや・やみなむと
  すらん・あちきなくもあるかななと・思ひつゝ
  けて夜ふけておほとのこもりぬる・あか」56ウ
  月かたより御むねをなやみ給・人々みたて
0322【御むねをなやみ給】-紫
  まつりあつかひて・御せうそこきこえさせ
  むときこゆるを・いとひんないことゝせいし
  給て・たへかたきをおさへてあかしたまふつ・
  御身もゆるみて・御心ちもいとあしけれと・
  院もとみにわたりたまはぬ程・かくなむと
0323【院も】-源ー
  もきこえす・女御の御かたより御せうそこ
0324【女御の御かた】-明ー
  あるに・かくなやましくてなむときこえ
  給えるに・おとろきて・そなたよりきこえ
  たまへるに・むねつふれていそきわたり給」57オ
  へるに・いとくるしけにておはす・いかなる御
  心ちそとて・さくりたてまつり給へは・いと
  あつくおはすれは・きのふきこえ給し御
  つゝしみのすちなと・おほしあはせ給て・
  いとおそろしくおほさる・御かゆなとこなた
0325【御かゆなと】-是ハ源ヲ云   にまいらせたれと・御覧しもいれす・ひゝとひ
  そひおはして・よろつに見たてまつりなけ
  き給・はかなき御くた物をたに・いと物うく
  し給て・おきあかり給事たえて・日ころへぬ・
  いかならむとおほしさはきて・御いのりとも」57ウ
  かすしらすはしめさせ給・そうめして御かち
  なとせさせ給・そこ所ともなく・いみしく・く
  るしくし給て・むねは時々おこりつゝ・わつらひ
  給さまたへかたく・くるしけなり・さま/\の
  御つゝしみかきりなけれと・しるしもみえ
  す・をもしとみれと・をのつからをこたる
  けちめあらは・たのもしきをいみしく心
  ほそくかなしと見たてまつり給に・こと事
  おほされねは・御賀のひゝきもしつまりぬ・
  かの院よりも・かくわつらひ給よしきこし」58オ
0326【かの院】-朱ー
  めして・御とふらひいとねんころに・たひ/\
  きこえ給・おなしさまにて二月もすきぬ・
  いふかきりなくおほしなけきて・心みに
  所をかへ給はむとて・二条院にわたしたてま
  つり給ひつ・院のうちゆすりみちて思ひ
  なけく人おほかり・冷泉院もきこしめし
  なけく・この人うせたまはゝ・院もかならす
  世をそむく御ほいとけたまひてむと・大将の
  君なとも心をつくして・見たてまつりあつ
  かひ給て・みすほうなとはおほかたのをは・さる」58ウ
  物にてとりわきてつかうまつらせ給・いさゝか物
  おほしわくひまには・きこゆる事をさも心
  うくとのみうらみきこえ給へと・かきりありて
  わかれはて給はむよりも・めのまへにわか心
  とやつしすて給はむ・御ありさまをみては・
0327【やつして】-尼成事
  さらにかた時たふましくのみおしく・かなし
0328【たふましく】-堪忍
  かるへけれは・むかしよりみつからそ・かゝるほい
  ふかきを・とまりて・さう/\しくおほされん・
  心くるしさに・ひかれつゝすくすを・さかさまに
  うちすてたまはむとや・おほすとのみ・おしみ」59オ
  きこえ給に・けにいとたのみかたけによはり
  つゝ・かきりのさまにみえ給・おり/\に(に$<朱>)おほかる
  を・いかさまにせむとおほしまとひつゝ・宮の
0329【宮の御方】-女三
  御方にも・あからさまにわたりたまはす・
  御ことゝも・すさましくて・みなひきこめら
  れ・院のうちの人々はみなあるかきり・二条
0330【院のうち】-源
  院につとひまいりて・この院には・火をけち
  たるやうにて・たゝ女とちおはして・人ひとりの
  御けはひなりけりとみゆ・女御のきみも
  わたり給て・もろともに見たてまつりあつ」59ウ
  かひたまふ・たゝにもおはしまさて・物の
  けなといとおそろしきを・はやくまいり
  たまひねと・くるしき御心地にもきこえ
  給・わか宮のいとうつくしうておはしますを・
0331【わか宮】-東宮
  みたてまつり給ても・いみしくなき給て・を
  となひたまはむを・えみたてまつらす
  なりなむこと・わすれ給なんかしとの給へは・
  女御せきあへすかなしとおほしたり・ゆゝし
0332【女御】-明ー
0333【ゆゝしくかく】-源詞
  くかくなおほしそ・さりとも・けしうはもの
  し給(給+は<朱>)し・心によりなん人はともかくもある・」60オ
  をきてひろきうつは物には・さいはひも・そ
  れにしたかひせはき心ある人は・さるへき
  にて・たかきみとなりても・ゆたかにゆるへ
  るかたはをくれ・きうなる人は・ひさしく
  つねならす・心ぬるくなたらかなる人は・なか
  きためしなむおほかりけるなと・仏神にも
  この御心はせの・ありかたくつみかろき
  さまを・申あきらめさせたまふ・みす法
  のあさりたち・よゐなとにてもちかくさふ
  らふ・かきりのやむことなきそうなとも・いと」60ウ
  かくおほしまとへる御けはひをきくに・いといみ
  しく心くるしけれは・心をおこして・いのり
  きこゆ・すこしよろしきさまにみえ給時・
  五六日うちませつゝ・又をもりわつらひ給
  こと・いつとなくて月日をへ給は・猶いかにおは
  すへきにか・よかるましき御心ちにやと
  おほしなけく・御物のけなといひて・いて
  くるもなし・なやみたまふさまそこはかと
  みえす・たゝひにそへてよはり給さまに
  のみゝゆれは・いとも/\かなしく・いみしく」61オ
  おほすに・御心のいとまもなけなり・まこと
  や・衛門督は中納言になりにきかし・いま
0334【衛門督】-柏
  の御世には・いとしたしくおほされて・いと・時
  の人也・身のおほえまさるにつけても・思ふ
  ことのかなはぬうれはしさを・思ひわひて・この
0335【この宮】-女三
  宮の御あねの二宮をなむ・えたてまつり
0336【御あねの二宮】-落ー
  てける・下らうのかういはらにおはしまし
  けれは・心やすきかたましりて思ひき
  こえ給へり・人からもなへての人におもひ
  なすらふれは・けはひこよなくおはすれと・」61ウ
  もとよりしみにしかたこそ・なをふかゝりけ
  れ・なくさめかたきをはすてにて・人めに
0337【なくさめかたきをはすて】-大和 我心なくさめかねつさらしなや(古今878・新撰和歌257・古今六帖320・大和物語261、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋07) 模落ー為東宮ヲハ也
  とかめらるましきはかりに・もてなしき
  こえ給へり・なをかのしたの心・わすられす・
0338【わすられす】-女三
  こ侍従といふかたらひ人は・宮の御侍従の
  めのとのむすめなりけり・そのめのとのあね
  そ・かのかん(ん+の<朱>)君の御めのとなりけれは・はやく
0339【かんの君】-柏
  よりけちかく・きゝたてまつりて・また宮
  をさなくおはしましゝ時より・いときよら
0340【をさなくおはしましゝ時より】-女三事
  になむおはし(はし&はし)ます・みかとのかしつきたて」62オ
0341【みかと】-朱ー
  まつりたまふさまなと・きゝをきたてまつ
  りて・かゝるおもひもつきそめたる(△&る)なり
  けり・かくて院もはなれおはしますほと(△&ほと)人
0342【院も】-源
  めすくなくしめやかならむを・おしはかりて・
  こしゝうをむかへとりつゝ・いみしうかたらふ・
  むかしよりかくいのちもたふましく思ふ
  ことを・かゝるしたしきよすかありて・御あり
  さまをきゝつたへ・たえぬ心のほとをも・き
  こしめさせてたのもしきに・さらにその
  しるしのなけれは・いみしくなんつらき・院の」62ウ
0343【院のうへ】-朱ー
  うへたにかくあまたに・かけ/\しくて人に
  おされ給やうにて・ひとりおほとのこもる・
0344【ひとりおほとのこもる】-女三
  よな/\おほく・つれ/\にてすくし給なり
  なと・人のそうしけるついてにも・すこし
0345【すこしくいおほしたる】-朱ー心
  くいおほしたる御けしきにて・おなしくは・
  たゝ人の心やすき・うしろみをさためむに
  は・まめやかに・つかうまつるへき人をこそ・
  さたむへかりけれとのたまはせて・女二の
0346【女二の宮】-落ー
  宮の中/\うしろやすく・ゆくすゑなかき
  さまにてものし給なる事と・のたまはせ」63オ
  けるを・つたへきゝしに・いとおしくもくち
  おしくも・いかゝ思みたるゝ・けにおなし御す
  ちとはたつねきこえしかと・それはそれと
  こそおほゆるわさなりけれと・うちうめき
  給へは・こしゝういてあなおほけな・それを
  それとさしをきたてまつり給て・又いか
  やうにかきりなき御心ならむといへは・
  うちほゝゑみて・さこそはありけれ・宮にかたし
0347【宮】-女三
  けなく・きこえさせをよひけるさまは・院にも
  内にも・きこしめしけり・なとてかはさても・」63ウ
  さふらはさらましとなむ・ことのついてには
  のたまはせける・いてやたゝいますこしの
  御いたはりあらましかはなといへは・いとか
  たき御事也や・御すくせとかいふこと侍なる
  を・もとにて・かの院の事にいてゝ・ねんころに
0348【もと】-本
  きこえ給ふに・たちならひさまたけき
  こえさせ給へき・御身のおほえとやおほされ
  し・このころこそすこし物/\しく・御その
  色もふかくなり給へれといへは・いふかひなく・
  はやりかなる・くちこはさに・えいひはて給は」64オ
  て・いまはよし・すきにしかたをはきこえしや・
  たゝかくありかたきものゝひまに・けちか
  きほとにて・このころ(ころ$心)のうちに思ふことのは
  し・すこしきこえさせつへく・たはかり給へ・
  おほけなき心はすへてよし見給へ・いと
  おそろしけれは・思ひはなれて侍りとのた
  まへは・これよりおほけなき心は・いかゝはあら
  む・いとむくつけき事をも・おほしよりける
  かな・なにしにまいりつらむと・はちふく・
  いてあなきゝにく・あまりこちたくものを」64ウ
  こそ・いひなし給へけれ・世はいとさためな
  きものを・女御きさきも・あるやうありて
  ものしたまふたくひなくやは・ましてその
  御ありさまよ・おもへはいとたくひなく・めて
  たけれと・うち/\は心やましきことも
  おほかるらむ・院のあまたの御中に・又
  ならひなきやうに・ならはしきこえ給ひし
  に・さしもひとしからぬきはの・御方/\に
  たちましり・めさましけなることも
  ありぬへくこそ・いとよくきゝ侍りや・世中」65オ
  はいとつねなき物を・ひときはに思ひさ
  ためて・はしたなく・つきゝりなる事な
0349【つきゝり】-フツキリ
  のたまひそよと・のたまへは・人に・おとされ
0350【人におとされ】-小侍従詞
  給へる御ありさまとて・めてたき方に
  あらため給へきにやは侍らむ・これは世のつ
  ねの御ありさまにも侍し(し$ら<朱>)さめり・たゝ御う
  しろ見なくて・たゝよはしく・おはしまさむ
  よりは・おやさまにとゆつりきこえ給し
  かは・かたみにさこそ思ひかはしきこえさせ給
  ためれ・あいなき御おとしめことになむと・」65ウ
  はて/\ははらたつを・よろつにいひこし
  らへて・まことはさはかり・よになき御ありさ
  まを・みたてまつりなれ給へる御心に・かす
  にもあらす・あやしきなれすかたを・うち
  とけて御覧せられんとは・さらに思ひ
  かけぬ事なり・たゝひとこと・ものこしにて
  きこえしらす許は・なにはかりの御身の
  やつれにかはあらむ・仏神にも思ふ事申(申+す)は・
  つみあるわさかはと・いみしき・ちかことをしつゝ
  のたまへは・しはしこそいとあるましきことに」66オ
  いひかへしけれ・物ふかゝら(△&ら)ぬわか人は・人のかく
  身にかへて・いみしく思ひのたまふを・えい
  なひはてゝ・もしさりぬへきひまあらは・
  たはかり侍らむ・院のおはしまさぬ夜は・
0351【院】-源
  み帳のめくりに・人おほくさふらふて・お
  ましのほとりに・さるへき人かならす・さふら
  ひ給へは・いかなるおりをかは・ひまを見つけ
  侍へるへからむと・わひつゝまいりぬ・いかに/\
  とひゝにせめられこうして・さるへきおりう
  かゝひつけて・せうそこしおこせたり・よろ」66ウ
  こひなからいみしく・やつれしのひておはし
  ぬ・まことにわかこゝろにもいとけしからぬこと
  なれは・けちかくなか/\おもひみたるゝことも・
  まさるへきことまては思ひもよらす・たゝ
  いとほのかに・御そのつまはかりをみたてま
  つりし・春のゆふへのあかす・世とゝもに
  思ひいてられ給御ありさまを・すこしけち
  かくて見たてまつり・おもふことをもきこえ
  しらせては・ひとくたりの御かへりなともや見
  せたまふ・あはれとや・おほししるとそ思ひ」67オ
  ける・四月十よ日はかりの事也・みそき・あす
  とて・斎院にたてまつり給・女房十二人ことに
  上らうにはあらぬわかき人・わらへなと・をのか
  しゝ・ものぬひけさうなとしつゝ・ものみむと
  思ひまうくるも・とり/\にいとまなけ
  にて・御前のかたしめやかにて・人しけからぬ
  おりなりけり・ちかくさふらふ・あせちの
0352【あせちのきみ】-女三女房
  きみも・時々かよふ源中将せめて・よひいた
  させけれは・おりたるまに・たゝこのしゝう
  はかりちかくは・さふらふなりけり・よきおりと」67ウ
  おもひて・やをらみ帳のひんかしおもての
  おましのはしにすゑつ・さまてもあるへき
  ことなりやは・宮はなに心もなく・おほとの
0353【宮】-女三
  こもりにけるを・ちかくおとこのけはひのす
  れは・院のおはするとおほしたるに・うちかし
  こまりたるけしきみせて・ゆかのしもに・
  いたきおろしたてまつるに・ものにをそはるゝ
  かと・せめて見あけ給へれはあらぬ人なり
  けり・あやしくきゝもしらぬことゝもをそ
  きこゆるや・あさましく・むくつけくなりて・」68オ
  人めせと・ちかくもさふらはねは・きゝつけて
  まいるもなし・わなゝき給さま・水のやうに
  あせもなかれて・ものもおほえ給はぬけし
  き・いとあはれにらうたけ也・かすならね
  と・いとかうしもおほしめさるへき身とは
  思給へられすなむ・むかしよりおほけな
  き心の・侍しを・ひたふるにこめて・やみ侍
  なましかは・心のうちにくたしてすきぬへ
  かりけるを・中/\もらしきこえさせて・院
0354【院】-朱ー
  にもきこしめされにしを・こよなくもて」68ウ
  はなれてものたまはせさりけるに・たのみ
  をかけそめ侍て・身のかすならぬひときは
  に・人よりふかき心さしを・むなしくなし
  侍ぬることゝ・うこかし侍にし心なむ・よろ
  ついまはかひなきことゝ思給へかへせと・いか
  はかりしみ侍にけるにか・とし月にそへて・
  くちおしくも・つらくも・むくつけくも・あは
  れにも・色/\にふかく思給へまさるにせき
  かねて・かくおほけなきさまを御らむせ
  られぬるも・かつはいと思ひやりなくはつ」69オ
  かしけれは・つみをもき心もさらに侍るまし
  と・いひもてゆくに・この人なりけりとおほ
  すに・いとめさましくおそろしくて・つゆいら
  へもし給はす・いとことはりなれと世にためし
  なきことにも侍らぬを・めつらかになさ
  けなき御心はへならは・いと心うくて中/\
  ひたふる心もこそ・つき侍れ・あはれとたに
  のたまはせは・それをうけたまはりて・まか
  てなむとよろつにきこえ給・よその思ひ
  やりはいつくしく・物なれて・見えたてまつらむ」69ウ
  事もはつかしく・おしはかられ給に・たゝか許
  おもひつめたる・かたはしきこえしらせて・な
  か/\かけ/\しき事はなくて・やみなんと
  おもひしかと・いとさはかりけたかう・はつかし
  けにはあらて・なつかしくらうたけにやは/\
  とのみゝえたまふ・御けはひのあてにいみ
  しくおほゆることそ・人ににさせ給はさりける・
  さかしく思ひしつむる心もうせて・いつち
  も/\・ゐてかへ(へ$く<朱>)したてまつりて・わか身も
0355【ゐて】-将
  よにふるさまならす・あとたえてやみな」70オ
  はやとまて・思みたれぬ・たゝいさゝかまとろ
  むともなきゆめに・この手ならしゝねこ
  のいとらうたけにうちなきてきたるを・
  この宮にたてまつらむとて・わかゐてきた
  るとおほしきを・なにしにたてまつりつ
  らむと思ふほとに・おとろきて・いかにみえ
  つるならむと思ふ・宮はいとあさましくう
0356【宮】-女三
  つゝともおほえ給はぬに・むねふたかりて
  おほしをほほるゝを・猶かくのかれぬ御すくせの
  あさからさりけると・おもほしなせ・みつから」70ウ
  の心なからも・うつし心にはあらすなむお
  ほえ侍・かのおほえなかりしみすのつまを・
  ねこのつなひきたりしゆふへのこともき
  こえいてたり・けにさはたありけむよと・く
  ちおしく契心うき御みなりけり・院に
  もいまはいかてかは見えたてまつらむとかなしく
  心ほそくて・いとをさなけになきたまふを
  いとかたしけなくあはれとみたてまつりて・
  人の御涙をさへのこふ・そてはいとゝつゆけ
  さのみまさる・あけゆくけしきなるに」71オ
  いてむかたなく・中/\也・いかゝはし侍へきいみしく
  にくませ給へは・又きこえさせむ事もあり
  かたきを・たゝひとこと御こゑをきかせ給へ
  と・よろつにきこえなやますも・うるさく
  わひしくて物のさらにいはれたまはねは・
  はて/\はむくつけくこそなり侍ぬれ・また
  かゝるやうはあらしといとうしとおもひき
  こえて・さらはふようなめり・身をいたつらに
0357【ふよう】-不用
  やは・なしはてぬ・いとすてかたきによりて
  こそ・かくまても侍れ・こよひにかきり侍」71ウ
  なむもいみしくなむ・つゆにても御心ゆるし
  たまふさまなとは・それにかへつるにてもす
  て侍なましとて・かきいたきていつるに
  はてはいかにしつるそと・あきれておほさる・
  すみのまの屏風をひきひろけて・とをゝし
  あけたれは・わたとのゝみなみのとの・よへいりし
  か・またあきなからあるに・またあけくれ
  のほとなるへし・ほのかにも見たてまつらむ
  の心あれは・かうしをやをし(し$ら<朱>)ひきあけて・かう
  いとつらき御心に・うつし心もうせ侍ぬ・す」72オ
  こしおもひのとめよとおほされは・あはれと
  たにのたまはせよと・をとしきこゆる
  を・いとめつらか也とおほして・ものもいはむ
  とおほせと・わなゝかれて・いとわか/\しき
  御さま也・たゝあけにあけゆくに・いと心あ
  はたゝしくて・あはれなるゆめかたりもき
  こえさすへきを・かくにくませ給へはこそ・さり
  ともいまおほしあはする事も侍りなむ
  とて・のとかならすたちいつる・あけくれ
  秋のそらよりも心つくし也」72ウ
    おきてゆく空もしられぬあけくれにいつ
0358【おきてゆく】-衛門督
0359【いつくの露】-そこらとみるへし
  くの露のかゝる袖なりとひきいてゝうれへ
  きこゆれは・いてなむとするに・すこしなくさ
  め給て
    あけくれの空にうきみはきえなゝん夢なり
0360【あけくれの】-女三宮
  けりと見てもやむへくとはかなけにのたまふ
  こゑの・わかくおかしけなるを・きゝさすやう
  にていてぬる・たましひはまことに身をはなれ
0361【たましひは】-\<朱合点> 古今 あかさりし袖のなかにや入にけん我玉しいのなき心ちする(古今992、河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  てとまりぬる心ちす・女宮の御もとにもま
0362【女宮】-落
  うてたまはて・大殿へそしのひておはしぬる・」73オ
0363【大殿】-致仕
  うちふしたれと・めもあはすみつるゆめの・
  さたかにあはむこともかたきをさへ思ふに・
  かのねこのありしさま・いとこひしくおもひ
  いてらる・さてもいみしきあやまちしつる
  身かな・世にあらむことこそまはゆくなりぬ
  れと・おそろしくそらはつかしき心ちして・
  ありきなともし給はす・女の御ため
  はさらにもいはす・わか心ちにも・いとある
  ましきことゝいふ中にも・むくつけくおほゆ
  れは・おもひのまゝにも・えまきれありかす・」73ウ
  みかとの御めをもとりあやまちて・ことのきこえ
  あらむに・かはかりおほえむことゆへは・身のいた
  つらにならむくるしくもおほゆまししか・
  いちしるきつみにはあたらすとも・この
0364【この院】-源
  院にめをそはめられたてまつらむ事は・
  いとおそろしくはつかしくおほゆ・かきりな
  き女ときこゆれと・すこしよつきたる心は
  えましりうは(は$は<朱>)へは・ゆへありこめかしきにも・
  したかはぬしたの心そひたるこそ・とあること・
  かゝることに・うちなひき・心かはし給たくひ」74オ
  もありけれ・これはふかき心もおはせねと・
  ひたおもむきにものおちし給へる御心に・
  たゝいましも人の見きゝつけたらむやう
  に・まはゆくはつかしくおほさるれは・あかき
0365【あかき】-明
  所にたに・えゐさりいてたまはす・いと
  くちおしき身なりけりと・みつからおほし
  しるへし・なやましけになむとありけれは・
0366【なやましけに】-女三
  おとゝきゝ給て・いみしく御心をつくし給
  御事にうちそへて・又いかにとおとろかせ
  給てわたり給へり・そこはかと・くるしけなる」74ウ
  こともみえ給はす・いといたくはちらひし
  めりて・さやかにもみあはせたてまつり給は
  ぬを・いとひさしくなりぬるたえまを・うらめ
  しくおほすにやと・いとおしくて・かの御心
0367【かの御心ち】-紫
  ちのさまなときこえ給て・いまはのとち
  めにもこそあれ・いまさらにをろかなるさ
  まを見えをかれしとてなん・いはけなかりし
  ほとより・あつかひそめて・みはなちかたけ
  れは・かう月ころよろつをしらぬさまに・
  すくし侍にこそ・をのつからこのほとすき」75オ
  は・みなをし給てむなときこえ給・かくけ
  しきもしり給はぬも・いとおしく心くるしく
  おほされて・宮は人しれすなみたくまし
  くおほさる・かむのきみはまして・中/\なる
0368【かむのきみ】-柏
  心ちのみまさりて・おきふしあかしくらし
  わひたまふ・まつりのひなとは・物見にあら
  そひゆくきむたち・かきつれきて・いひそゝ
  のかせと・なやましけにもてなして・なかめ
  ふしたまふ(ふ#)へり・女宮をは・かしこまりをき
0369【女宮】-落
  たるさまに・もてなしきこえて・おさ/\うち」75ウ
  とけてもみえたてまつり給はす・わか方に・は
  なれゐて・いとつれ/\に心ほそくなかめ
  ゐたまへるに・わらはへのもたるあふひを
  見たまひて
    くやしくそつみをかしけるあふひ草神の
0370【くやしくそ】-衛門督
  ゆるせるかさしならぬにとおもふもいと中/\
  なり・世中しつかならぬくるまのをとなとを
  よその事にきゝて・人やりならぬつれ/\に
  くらしかたくおほゆ・女宮もかゝるけしきの
0371【女宮】-落
  すさましけさも・みしられ給へは・なにことゝ」76オ
  はしり給はねと・はつかしくめさましき
  に・ものおもはしくそおほされける・女房な
  とも物見にみないてゝ・人すくなにのと
  やかなれは・うちなかめて・さうのこと・なつ
  かしくひきまさくりて・おはするけはひも・
0372【ひきまさくりて】-落ー
  さすかにあてになまめかしけれと・おなし
  くは・いまひときは・をよはさりける・すくせよ
  と・猶おほゆ
    もろかつらおち葉をなにゝひろひけむ
0373【もろかつら】-衛門督
  名はむつましきかさしなれともとかきす」76ウ
  さひゐたる・いとなめけなる・しりう事なり
0374【なめけなる】-無礼也
  かし・おとゝの君はまれ/\わたり給て・えふと
0375【おとゝの君】-源
  もたちかへり給はす・しつ心なくおほ
  さるゝに・たえいり給ひぬとて人まいりた
  れは・さらになにこともおほしわかれす・御心
  もくれてわたり給ふ・みちの程の心もとな
  きに・けにかの院はほとりのおほちまて・
0376【かの院】-二条ー
0377【おほち】-大路
  人たちさはきたり・とのゝうちなきのゝ
  しるけはひ・いとまか/\し・われにもあらて・
  いり給へれは・日ころはいさゝか・ひまみえ」77オ
  たまへるを・にはかになんかくおはしますとて・
  さふらふかきり・我もをくれたてまつらしと・
  まとふさまともかきりなし・みす法とも
  のたんこほち・そうなともさるへきかきり
  こそまかてね・ほろ/\とさはくをみたま
  ふに・さらはかきりにこそはとおほしはへる・
  あさましさになにことかは・たくひあらむ・
  さりとも物のけのするにこそあらめ・いと
  かくひたふるに・なさはきそと・しつめた
  まひて・いよ/\いみしき願ともをたて」77ウ
  そへさせ給・すくれたるけんさとものかきり・
  めしあつめて・かきりある御いのちにて・
  この世つきたまひぬとも・たゝいましはしの
  とめたまへ・不動尊の御本のちかひあり・
  その日かすをたに・かけとゝめた(た+て)まへ(へ$つ)りた
  まへと・かしらよりまことに・くろけふりを
  たてゝいみしき心を・ゝこしてかちしたて
  まつる・院もたゝいまひとたひめを見あ
  はせ給へ・いとあへなく・かきりなりつらむ
  ほとをたに・えみすなりにけることの・くや」78オ
  しくかなしきをと・おほしまとへるさま・とま
  り給へきにもあらぬを・見たてまつる
  心地とも・たゝおしはかるへし・いみしき
  御心の内を・仏もみたてまつり給にや・
  月ころさらにあらはれいてこぬ・ものゝけ・
  ちいさきわらはにうつりて・よはひのゝしる
  ほとに・やう/\いきいて給に・うれしくも・
  ゆゝしくも・おほしさはかる・いみしく・てうせ
0378【てうせられて】-調伏
  られて・人はみなさりね・ゐむひとゝころ
  の御みゝにきこえむ・をのれを・月ころ・て」78ウ
  うしわひさせ給か・なさけなく・つらけれは・
  おなしくは・おほししらせむとおもひつれと・
  さすかにいのちも・たふましく・身をくた
  きておほしまとふを・みたてまつれは・いま
  こそかくいみしき身をうけたれ・いにしへの
  心のゝこりてこそかくまても・まいりきた
  るなれは・物の心くるしさを・え見すくさて・
  つゐにあらはれぬること・さらにしられしと・
  思つる物をとて・かみをふりかけて・なく
0379【かみ】-髪
  けはひ・たゝ(ゝ+か<朱>)のむかし見給しものゝけの」79オ
0380【むかし見給し】-葵上時
  さまとみえたり・あさましくむくつけしと
  おほししみにしことの・かはらぬも・ゆゝしけ
  れは・このわらはのてを・とらへて・ひきすへて・
  さまあしくも・せさせ給はす・まことに
  その人か・よからぬきつねなといふなる物
  の・たふれたるか・なき人のおもてふせなる
  こと・いひいつるもあなるをたしかなるなのり
  せよ・又人のしらさらむことの心にしるく
  思ひいてられぬへからむをいへ・さてなむい
  さゝかにても・しむすへきとのたまへは・」79ウ
  ほろ/\といたくなきて
    わか身こそあらぬさまなれそれなから空
  おほれするき(き+み<朱>)は君也いとつらし/\と・
  なきさけふものからさすかに・ものはちし
  たるけはひかはらす・中/\いとうとましく・
  心うけれは・物いはせしとおほす・中宮の御
0381【中宮】-秋
  事にても・いとうれしく・かたしけなしと
  なん・あまかけりても・みたてまつれと・道こと
  になりぬれは・このうへまても・ふかくおほえ
  ぬにやあらむ・なをみつからつらしと思ひ」80オ
  きこえし心のしふなむ・とまるものなりける・
  そのなかにも・いきてのよに・人よりおとし
  ておほしすてゝ(ゝ$し<朱>)よりも・思ふとちの御物
0382【思ふとち】-源与紫
  かたりのついてに・心よからすにくかりしあり
  さまをのたまひいてたりしなむ・いとうら
  めしく・いまはたゝなきにおほしゆるして・
  こと人のいひおとしめむをたに・はふき
  かくし給へとこそ思へと・うち思しはかりに・
  かくいみしき身のけはひなれは・かくところ
  せきなり・この人をふかく・にくしと思き」80ウ
  こゆることはなけれと・まもりつよく・いと御
  あたりとをき心ちして・えちかつきまいら
  す(す=せイ、$)・御こゑをたに・ほのかになむきゝ侍る
  よしいまはこのつみのかろむはかりのわさを
  せさせ給へ・す法と経と・のゝしる事も・身
  にはくるしく・わひしきほのほとのみ・まつ
  はれて・さらにたうときこともきこえ
  ねは・いとかなしくなむ・中宮にもこのよし・
0383【中宮】-秋
  をつたへきこえ給へ・ゆめ宮つかへのほとに・人
0384【ゆめ】-努
  ときしろひそねむ心つかひたまふな・」81オ
  斎宮におはしましゝころほひの・御つみかろ
  むへからむくとくの事を・かならすせさせ
0385【くとく】-功徳
  給へ・いとくやしきことになむありける
  なと・いひつゝくれと・ものゝけにむかひて・もの
  かたりし給はむも・かたはらいたけれは・
  ふむしこめて・うへをは又こと方にしのひて・
  わたしたてまつり給・かくうせ給にけりと
  いふこと・世の中にみちて・御とふらひにきこ
  え給人々あるを・いとゆゝしくおほす・けふ
0386【けふのかへさ】-賀茂祭
  のかへさ見にいて給ひける・かむたちめ」81ウ
  なとかへり給みちにかく人の申せは・いといみ
  しきことにもあるかな・いけるかひありつる・
  さいはひ人のひかりうしなふ日にて・あめは
  そほふるなりけりと・うちつけ事し給
  人もあり・又かくたらひぬる人は・かならす
  えなかからぬ事なり・なにをさくらにといふ
0387【なにをさくらに】-\<朱合点> 古今<墨> まてといふにちらてしとまる物ならは何をさくらに思ひまさまし<朱>(古今70・古今六帖4197・素性集10、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋09)
  ふる事もあるは・かゝる人のいとゝ世になからへ
  て・世のたのしひをつくさは・かたはらの人
  くるしからむ・いまこそ二品宮は・もとの御お
0388【二品宮】-女三
  ほえあらはれ給はめ・いとおしけにおされたり」82オ
  つる御おほえをなと・うちさゝめきけり・衛門
  督・きのふくらしかたかりしを思ひて・けふ
  は御おとうととも・左大弁藤宰相なと・おく
  の方にのせてみ給けり・かくいひあへるを
  きくにも・むねうちつふれて・なにかうき
0389【なにかうき世に】-\<朱合点> のこりなくちるそめてたき桜花ありて世の中はてのうけれは<朱>(古今71、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋10) ちれはこそいとゝさくらハめてたけれなにかうきよに久しかるへき<墨>(伊勢物語146、異本紫明抄・弄花抄・休聞抄・一葉抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  世にひさしかるへきとうちすし・ひとりこ
  ちて・かの院へみなまいり給・たしかならぬ
  ことなれは・ゆゝしくやとて・たゝおほかた
  の御とふらひにまいり給へるに・かく人のなき
  さはけは・まことなりけりと・たちさはき給」82ウ
  へり・式部卿宮もわたり給て・いといたくおほし
0390【式部卿宮】-紫父
  ほれたるさまにてそいり給・人の御せうそ
  こも・え申つたへたまはす・大将の君なみた
0391【大将の君】-夕
  を・のこひて・たちいて給へるに・いかに/\
  ゆゝしきさまに・人の申つれは・しんし
  かたき事にてなむ・たゝひさしき御な
  やみを・うけたまはりなけきてまいりつる
  なとのたまふ・いとをもくなりて・月日へ
0392【いとをもく】-夕霧ノ詞
  たまへるを・この暁よりたえいり給へり
  つるを・物のけのしたるになむある(る$り<朱>)ける・やう」83オ
  やういきいて給やうに・きゝなし侍て・
  いまなむみな人心しつむめれと・また
  いとたのもしけなしや・心くるしき事に
  こそとて・まことにいたくなき給へるけし
  き也・めもすこしはれたり・衛門督わかあ
  やしき心ならひにや・この君のいとさしも
  したしからぬ・まゝはゝの御ことを・いたく心
  しめたまへるかなと・めをとゝむ・かくこれかれ
  まいり給へるよし・きこしめしてをもき
  ひやうさの・にはかにとちめつるさまなり」83ウ
  つるを・女房なとは・心もえおさめす・みたり
  かはしく・さはき侍けるに・身つからも・えのと
  めす・心あはたゝしき程にてなむ・こと
  さらになむ・かくものし給へる・よろこひは
  きこゆへきとのたまへり・かむのきみは
0393【かむのきみ】-柏
  むねつふれて・かゝるおりのらうろうなら
0394【らうろう】-牢籠 驚サハク心也
  すは・えまいるましく・けはひはつかしく
  思ふも・心の内そはらきたなかりける・
  かくいきいて給てのゝちしも・おそろしく
  おほして・又々いみしき法ともを・つくして」84オ
  くはへをこなはせ給・うつし人にてたに・
0395【うつし人】-現
  むくつけかりし人の御けはひのまして・
  世かはりあやしきものゝさまに・なりた
  まへらむをおほしやるに・いと心うけれは・
  中宮をあつかひきこえ給さへそ・このおり
0396【中宮】-秋
  はものうく・いひもてゆけは・女の身は・みな
0397【女の身は】-三千界男煩悩女一人持也
  おなしつみふかきもとゐそかしと・なへて
  の世中いとはしく・かの又ひともきかさりし
  御中の・むつものかたりに・すこしかたりい
  て給へりしことを・いひいてたりしに・まことゝ」84ウ
  おほしいつるに・いとわつらはしくおほさる・御くし
  おろしてむと・せちに・おほしたれは・いむ事の
  ちからもやとて・御いたゝき・しるし許・はさみて・
  五かい許・うけさせたてまつり給・御かい(い+の)師・いむ
  ことのすくれたるよし・仏に申すにも・あはれに
  たうときことましりて・人わるく・御かたはら
  に・そひゐて・なみたおしのこひ給ひつゝ・仏
  をもろ心に・ねむしきこえ給さま・世にかし
  こくおはする人も・いとかく御心まとふことに
  あたりては・えしつめたまはぬわさなりけり・」85オ
  いかなるわさをして・これをすくひかけとゝめ
  たてまつらむとのみ・よるひるおほしなけく
  に・ほれ/\しきまて・御かほもすこしおもや
  せ給にたり・五月なとはまして・はれ/\し
  からぬそらのけしきに・えさはやきたまはね
  と・ありしよりは・すこしよろしきさまなり・
  されとなをたえす・なやみわたり給・ものゝ
  けのつみすくふへき・わさ・ひことに法花経一
  部つゝ・くやうせさせ給・日ことになにくれと・
  たうときわさ・せさせ給・御まくらかみちかく」85ウ
  ても・ふたんのみと経・こゑたうときかきり
  してよませ給・あらはれそめては・おり/\かなし
  けなることゝもをいへと・さらにこのものゝけ
  さりはてす・いとゝあつき程は・いきもたえ
  つゝ・いよ/\のみよはり給へは・いはむかたなく
  おほしなけきたり・なきやうなる御心ち
  にも・かゝる御けしきを・心くるしくみたてま
  つり給て・世中になくなりなんも・わか身
  にはさらにくちおしきことのこるましけれと・
  かくおほしまとふめるに・むなしく見なされ」86オ
  たてまつらむか・いと思ひくまなかるへけれは・
  おもひおこして御ゆなといさゝかまいるけに
  や・六月になりてそ・時/\御くし・もたけ給
  ける・めつらしくみたてまつり給にも・猶いと
  ゆゝしくて・六条院には・あからさまにも・
  えわたり給はす・ひめ宮はあやしかりし
0398【ひめ宮】-女三
  ことを・おほしなけきしより・やかてれい
  のさまにもおはせすなやましくし給へと・
  おとろ/\しくはあらす・たちぬる月より・
  物きこしめさて・いたくあをみ・そこなはれ」86ウ
  給・かの人はわりなく思ひあまる時/\は・夢
0399【かの人】-柏
  のやうに見たてまつりけれと・宮つきせす
  わりなき事におほしたり・院をいみしく・
0400【院】-源
  をちきこえ給へる御心に・ありさまも人の
  程も・ひとしくたにやはある・いたくよしめ
  き・なまめきたれは・おほかたの人めにこそ・
  なへての人にはまさりて・めてらるれ・
  おさなくよりさるたくひなき御ありさ
  まに・ならひたまへる御心には・めさましく
  のみみ給ほとに・かくなやみわたり給は・あは」87オ
  れなる御すくせにそありける・御めのとたち
  みたてまつりとかめて・院のわたらせ給
  ことも・いとたまさかなるを・つふやき
  うらみたてまつる・かくなやみ給と・きこし
  めしてそわたり給・女きみはあつくむつかし
0401【女きみ】-紫
  とて・御くしすまして・すこしさはやかに・
  もてなし給へり・ふしなからうちやり給
  へり・しかは・とみにもかはかねとつゆはかりう
  ちふくみまよふすちもなくて・いときよ
  らに・ゆら/\として・あをみおとろへたま」87ウ
  へるしも・いろはさをに・しろくうつくしけに・
0402【さをに】-小青
  すきたるやうにみゆる御はたつきなと・
  よになく・らうたけ也・もぬけたるむしの
0403【もぬけ】-蛻
  からなとのやうに・またいとたゝよか(か$は<朱>)しけに
  おはす・としころすみ給はて・すこしあ
  れたりつる院の内・たとしへなくせはけ
  にさへみゆ・きのふけふかくものおほえた
  まふ・ひまにて・心ことに・つくろはれたる・やり
  水せんさいのうちつけに・心ちよけなるを・
  見いたし給ても・あはれにいまゝてへに」88オ
  けるを・おもほす・池はいとすゝしけにて・
  はちすの花のさきわたれるに・はゝいと
  あをやかにて・つゆきら/\とたまのやう
  に見えわたるを・かれ見たまへをのれひ
  とりも・すゝしけなるかなとのたまふに・
  おきあかりて見いたし給へるも・いとめつら
  しけれは・かくて見たてまつるこそ・夢の
  心ちすれいみしくわか身さへかきりと・
  おほゆる・おり/\のありしはやと・涙をう
  けてのたまへは・身つからもあはれと(と$に<朱>)おほして」88ウ
    きえとまるほとやはふへきたまさかに
0404【きえとまる】-紫上
  はちすのつゆのかゝる許をとの給
    契をかむこの世ならてもはちすはに
0405【契をかむ】-源氏
  玉ゐるつゆのこゝろへたつないてたまふかた
0406【いてたまふかた】-女三へ
  さまは・ものうけれと・内にも院にも・きこし
0407【院】-朱ー
  めさむ所あり・なやみ給ときゝても・ほと
  へぬるを・めにちかきに心をまとはしつる
0408【めにちかきに】-紫違例
  程・みたてまつる事も・おさ/\なかりつる
  に・かゝるくもまにさへやは・たえこもらむと
  おほしたちてわたり給ひぬ・宮は御心の」89オ
  おにゝみえたてまつらむも・はつかしうつゝ
  ましくおほすに・物なときこえたまふ・
  御いらへもきこえ給はねは・ひころのつ
  もりをさすかに・さりけなくて・つらしと
  おほしけると心くるしけれは・とかくこしら
  へきこえ給・をとなひたる人めして・御心ちの
  さまなとゝひ給・れいのさまならぬ御心ち
  になむと・わつらひ給御ありさまをきこ
  ゆ・あやしくほとへて・めつらしき御ことに
  もと許のたまひて・御心の内にはとし」89ウ
  ころへぬる人/\たにも・さることなきを・不
  定なる御ことにもやとおほせは・ことにと
  もかくも・のたまひあへしらひ給はて・たゝ
  うちなやみ給へるさまの・いとらうたけなる
  を・あはれと見たてまつり給・からうして
  おほしたちてわたりたまひしかは・ふと
  もえかへり給はて・二三日おはするほと・い
  かに/\と・うしろめたくおほさるれは・御ふみ
0409【御ふみ】-源紫へ
  をのみかきつくし給・いつのまにつもるお
  ほむことのはにかあらむ・いてやゝすからぬ」90オ
  世をもみるかなと・わかきみの御あやまち
0410【わかきみ】-我
  をしらぬ人はいふ・侍従そかゝるにつけても・
  むねうちさはきける・かの人もかくわたり
0411【かの人】-柏
  たまへりときくに・おほけなく心あや
  まりして・いみしきことゝもを・かきつゝ
  けてをこせたまへり・たいにあからさま
0412【たいに】-紫
  にわたり給へる程に・人まなりけれは・しの
  ひてみせたてまつる・むつかしき物見
0413【むつかしき】-女三
  するこそ・いと心うけれ心ちのいとゝあし
  きにとて・ふしたまへれは・なをたゝこの」90ウ
  はしかきのいとおしけに侍そやとて・ひろ
  けたれは・人のまいるにいとくるしくて・み木
  ちやうひきよせてさりぬ・いとゝむねつふ
  るゝに・院いり給へは・えよくもかくし給はて・
  御しとねのしたにさしはさみ給つ・ようさり
  つかた・二条院へわたり給はむとて・御いとま
  きこえたまふ・こゝにはけしうはあらす見
  え給を・またいとたゝよはしけなりしを・
  見すてたるやうに・おもはるゝも・いまさらに
  いとおしくてなむ・ひか/\しくきこえなす」91オ
  人ありとも・ゆめ心をき給な・いまみな
  おしたまひてむと・かたらひ給・れいはな
  まいはけなき・たはふれことなとも・うちと
  けきこえたまふを・いたくしめりて・さや
  かにも見あはせたてまつり給はぬを・たゝ
  世のうらめしき御けしきと心えたまふ・
  ひるのおましの(の$)にうちふし給て・御物かた
  りなときこえ給ほとに・くれにけり・すこし
  おほとのこもりいりにけるに・ひくらしの
  はなやかになくにおとろき給て・さらは」91ウ
  みちたと/\しからぬ程にとて・御そなとたて
  まつりなをす・月まちてともいふなる物を
0414【月まちて】-\<朱合点> 万<墨> 夕くれハみちたと/\し月待てかへれわかせこ其まにも見ん<朱>(古今六帖371・伊勢集437、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋11)
  と・いとわかやかなるさましてのたまふは・
  にくからすかし・そのまにもとやおほすと・
0415【にくからすかし】-明石
0416【そのまにも】-\<朱合点>
  心くるしけにおほして・たちとまり給
    夕露に袖ぬらせとやひくらしのなくを
0417【夕露に】-女三宮
  きく/\おきて行らむかたなりなる御
  心にまかせて・いひ(ひ+い<朱>)て給へるも・らうた
  けれは・つゐゐて・あなくるしやと・うちなけき
  たまふ」92オ
    まつ里もいかゝきくらんかた/\に心さは
0418【まつ里も】-源氏
  かすひくらしのこゑなとおほしやすらひ
  て・なをなさけなからむも・心くるしけれは・
  とまり給ひぬ・しつ心なくさすかになかめ
  られ給いて・御くた物はかりまいりなとして・
  おほとのこもりぬ・またあさすゝみのほとに
  わたり給はむとて・とくおき給ふ・よへの
0419【よへの】-女三方
  かはほりをおとして・これは風ぬるくこそあり
0420【かはほり】-蝙蝠
  けれとて・御あふきをき給て・きのふう
0421【御あふきをき給て】-檜扇ハ風ぬるきとてをく也
  たゝねし給へりしおましのあたりを・たち」92ウ
  とまりて見給に・御しとねのすこしまよひ
  たるつまより・あさみとりのうすやうなる
  ふみのおしまきたるはしみゆるを・なに心も
  なくひきいてゝ御覧するにおとこの手
  なり・かみのかなと・いとえむにことさらめ
0422【かみのか】-香
  きたるかきさまなり・ふたかさねに・
  こま/\とかきたるを見給に・まきるへき
  方なく・その人の手なりけりと見給つ・
  御かゝみなとあけてまいらする人は見給
  ふみにこそはと・心もしらぬに・こしゝうみ」93オ
  つけて・きのふのふみの色とみるに・いといみ
  しくむねつふ/\となる心ちす・御かゆなと
0423【御かゆ】-粥
  まいる方に・めも見やらす・いてさりとも・
  それにはあらし・いといみしく・さることはあり
  なんや・かくいたまひてけむと思ひなす・
  宮はなに心もなくまたおほとのこもれ
  り・あないはけな・かゝる物をちらし給ひて・
0424【あないはけな】-源御心中
  われならぬ人も・みつけたらましかはと
  おほすも・心おとりして・されはよいとむけ
  に・心にくき所なき御ありさまを・うしろ」93ウ
  めたしとはみるかしとおほす・いてたまひ
0425【いてたまひぬれは】-源
  ぬれは・人々すこしあかれぬるに・しゝうよ
  りて・昨日のものはいかゝせさせ給てし・けさ
  院の御らむしつるふみの色こそ・にて侍
  つれとも(も#)きこゆれは・あさましとおほして・
0426【あさましと】-女三
  涙のたゝいてきにいてくれは・いとおしき
  物から・いふかひなの御さまやと・見たてまつる・
  いつくにかは・をかせ給てし人々のまいりしに・
  ことありかほに・ちかくさふらはしと・さはかり
  のいみをたに・心のおにゝ・さり侍しを・」94オ
  いらせ給しほとは・すこしほとへ侍にしを・かく
  させ給つらむとなむ・思給へしときこ
  ゆれは・いさとよ・みしほとにいり給しかは・
  ふともえおきあからて・さしはさみしを・
  わすれにけりとのたまふに・いときこえむ
  かたなし・よりてみれは・いつくのかはあらむ・あ
  ないみし・かの君もいといたくおちはゝかり
  て・けしきにても・もりきかせ給事
  あらはと・かしこまりきこえ給しものを・ほと
  たにへす・かゝることのいてまうてくるよ・すへ」94ウ
  ていはけなき御ありさまにて・人にも
  みえさせ給けれは・としころさはかりわす
  れかたく・うらみいひわたり給しかと・かくまて
  思ひ給へし御ことかは・たか御ためにも・いと
  おしく侍へきことゝ・はゝかりもなくきこ
  ゆ・心やすく・わかく・おはすれは・なれきこえ
  たるなめり・いらへもし給はて・たゝなきに
  のみそなき給・いとなやましけにて・
  つゆはかりのものもきこしめさねは・かくな
  やましくせさせ給を・見をきたてまつり」95オ
  給て・いまはをこたりはて給にたる・御あつ
  かひに・心をいれ給へることゝ・つらく思ひい
  ふ・おとゝは・このふみのなをあやしくおほ
  さるれは・人みぬ方にて・うち返しつゝみ給・
  さふらふ人/\の中に・かの中納言の手に
  にたるてして・かきたるかとまておほし
  よれと・こと葉つかひ・きら/\と・まかうへく
  もあらぬことゝもあり・年をへて・思ひわた
  りけることのたまさかに・ほいかなひて・心
  やすからぬすちを・かきつくしたることは・」95ウ
  いと見所ありてあはれなれと・いとかくさ
  やかにはかくへしや・あたら人のふみをこそ・お
  もひやりなくかきけれ・おちゝることもこそ
  と思ひしかは・むかしかやうにこまかなるへき
  おりふしにも・ことそきつゝこそ・かきま
  きらはししる(る$か<朱>)・人のふかきようゐは・かたき
  わさなりけりと・かの人の心をさへ・見お
  とし給つ・さてもこの人をは・いかゝもてなし
  きこゆへき・めつらしきさまの御心ちも・
  かゝることのまきれにてなりけり・いてあな」96オ
  心うや・かく人つてならす・うきことをしる/\
  ありしなから・みたてまつらむよと・わか御心
  なからも・え思ひなをすましくおほゆる
  を・猶さりのすさひと・はしめより心をとゝめ
  ぬ人たに・又ことさまの心わくらむと思ふ
  は・心月なく思ひへたてらるゝを・まして
  これは・さまことにおほけなき人の心にも
  ありけるかな・みかとの御めをも・あやまつた
0427【御め】-ミ
  くひむかしもありけれと・それは又いふかた
  こと也・宮つかへといひて・われも人もおなし」96ウ
  君に・なれつかうまつるほとに・をのつから
  さるへき方につけても・心をかはしそめ・も
  のゝまきれおほかりぬへきわさ也・女御かう
  いといへと・とあるすち・かゝるかたにつけて・
  かたほなる人もあり・心はせかならすを
  もからぬうちましりて・おもはすなる
  事もあれと・おほろけのさたかなるあや
  まち・みえぬ程は・さてもましらふやう
  もあらむに・ふとしも・あらはならぬまき
  れ・ありぬへし・かくはかり又なきさまに・」97オ
  もてなしきこえて・内/\の心さしひく方
  よりも・いつくしくかたしけなき物に・思ひ
  はくゝまむ人を・をきて・かゝることは・さらに
  たくひあらしとつまはしきせられ給・み
  かとゝきこゆれと・たゝすなほに・おほやけ
  さまの心はへはかりにて・宮つかへの程も・
  ものすさましきに・心さしふかきわたくし
  の・ねきことになひきをのかしゝ・あはれを
0428【ねきこと】-\<朱合点> 古今 ねきことをさのみきゝけん秋こそはてハなけきの杜と成けれ(古今1055、河海抄・孟津抄)
  つくし・見すくしかたきおりのいらへをも・いひ
  そめ・しねんに・心かよひそむ覧・なからひは・」97ウ
  おなしけしからぬすちなれと・よるかたあり
  や・わか身なからも・さはかりの人に心わけ
  給へくはおほえぬものをと・いと心月なけれ
  と・又けしきにいたすへきことにもあら
  すなとおほしみたるゝにつけて・故院の
0429【故院のうへ】-薄雲
  うへも・かく御心にはしろしめしてや・しらす
  かほをつくらせ給ひけむ・思へはその世の
  ことこそは・いとおそろしく・あるましき
  あやまちなりけれと・ちかきためしをお
  ほすにそ・恋の山ちは・えもとくましき」98オ
0430【恋の山ち】-\<朱合点> いかはかり恋の山ちのふかけれはいりといりぬる人まとふらん<朱>(古今六帖496、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋12)
  御心ましりける・つれなしつくり給へと・
  ものおほしみたるゝさまのしるけれは・女
0431【ものおほしみたるゝ】-源
0432【女君】-紫詞
  君きえのこりたる・いとおしみにわたり
  たまひて・人やりならす・心くるしう・
  思やりきこえ給にやとおほして・心ちは
  よろしくなりにて侍を・かの宮のなやまし
0433【かの宮】-女三
  けにおはすらむに・とくわたり給にし
  こそ・いとおしけれと・きこえ給へは・さかし
0434【さかし】-源詞
  れいならすみえ給しかと・ことなる心ちに
  もおはせねは・をのつから心のとかに思ひて」98ウ
  なむ・内よりは・たひ/\御つかひありけり・
  けふも御ふみありつとか・院のいとやむこと
  なく・きこえつけたまへれは・うへもかくお
  ほしたるなるへし・すこしをろかになとも
  あらむは・こなたかなたおほさむことの・いと
  おしきそやとて・うめき給へは・内のき
0435【内のきこしめさむ】-紫詞
  こしめさむよりも・みつからうらめしと
  思ひきこえ給はむこそ・心くるしからめ・
  われはおほしとかめすとも・よからぬさまに・
  きこえなす人/\かならすあらむと思へ」99オ
  は・いとくるしくなむなとのたまへは・けに
  あなかちに・思ふ人のためには・わつらはし
  き・よすかなけれと・よろつにたとりふか
  きこと・とやかくやと・おほよそ人のおもはむ
  心さへ・思ひめくらさるゝを・これはたゝ・こく
0436【こくわうの】-御門の
  わうの御心や・をき給はむとはかりを・はゝ
  からむは・あさき心ちそしけると・ほゝゑみて・
  のたまひまきらはす・わたり給はむこと
  は・もろともにかへりてを・心のとかにあらむ
  とのみ・きこえ給を・こゝにはしはし心やすく」99ウ
0437【こゝには】-紫詞
  て侍らん・まつわたり給て・人の御心もなく
  さみなむ程にをときこえかはし給ほとに
  日ころへぬ・ひめ宮はかくわたりたまはぬ日
0438【ひめ宮】-女三
  ころのふるも・人の御つらさにのみおほす
  を・いまはわか御をこたりうちませて・かく
  なりぬるとおほすに・院もきこしめし
  つけて・いかにおほしめさむと・世中つゝまし
  くなむ・かの人もいみしけにのみ・いひわた
0439【かの人も】-柏
  れとも・こしゝうもわつらはしく思ひなけき
  て・かゝることなむありしと・つけてけれは・」100オ
  いとあさましく・いつのほとにさる事
0440【いとあさましく】-柏心
  いてきけむ・かゝることはありふれは・をのつ
  からけしきにても・もりいつるやうもやと・
  おもひしたにいとつゝましく・そらにめつき
0441【そらにめつきたる】-天眼五眼一也
  たるやうにおほえしを・ましてさはかりた
  かふへくもあらさりしことゝもを・見給てけむ
  はつかしくかたしけなく・かたはらいたきに・
  あさゆふすゝ(ゝ+み)も・なきころなれと・身もし
0442【あさゆふすゝみも】-\<朱合点> 拾<墨> 夏の日も朝夕すゝみある物をなとわか恋のひまなかるらん<朱>(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋13)
0443【しむる心ち】-ひゆる心也
  むる心ちして・いはむかたなくおほゆ・とし
  ころまめことにも・あたことにもめしまつはし」100ウ
  まいりなれつる物を・人よりはこまかに
  おほしとゝめたる御けしきのあはれにな
  つかしきを・あさましくおほけなき物に
  心をかれたてまつりては・いかてかは・めをも
  見あはせたてまつらむ・さりとてかきたえ
  ほのめきまいらさらむも・人めあやしく
  かの御心にもおほしあはせむことのいみしさ
  なと・やすからす思ふに心ちもいとなや
  ましくて・内へもまいらすさしてをもき
  つみにはあたるへきならねと・身のいたつら」101オ
0444【身のいたつらに】-\<朱合点> 後 あはれともいふへき人ハおもほえて身のいたつらに成ぬへきかな(拾遺集950・一条摂政集1、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)
  になりぬる心ちすれは・されはよとかつはわか
  心もいとつらくおほゆ・いてやしつやかに・
  心にくきけはひ見え給はぬわたりそや・
  まつはかのみすのはさまも・さるへきこと
  かは・かる/\しと大将のおもひ給へるけし
0445【大将】-夕
  き見えきかしなと・いまそ思ひあはする・
  しゐてこのことを・思ひさまさむとおもふ
  方にて・あなかちに・なむつけたてまつら
  まほしきにやあらむ・よきやうとても・
  あまりひたおもむきにおほとかにあて」101ウ
  なる人は・世のありさまもしらす・かつさふら
  ふ人に心をき給こともなくて・かくいとお
  しき御身のためも・人のためも・いみしき
  ことにもあるかなと・かの御ことの心くるしさ
  も・え思ひはなたれ給はす・宮はいと
  らうたけにてなやみわたり給さまの・
  なをいと心くるしくかく思ひはなち
  たまふにつけては・あやにくに・うきにま
0446【うきにまきれぬ】-\<朱合点> 恋しさのうきにまきれぬ(れぬ$るゝ)物ならハ又二たひと君を見ましや 大弐三位(後拾遺792)
  きれぬ・こひしさの・くるしくおほさるれは・
  わたり給て見たてまつり給につけても・」102オ
  むねいたくいとおしくおほさる・御いのりなと
  さま/\にせさせ給・おほかたのことはありし
  にかはらす・なか/\いたはしくやむことなく・
  もてなしきこゆるさまをまし給・けちかく
  うちかたらひきこえ給さまは・いとこよな
  く御心へたゝりて・かたはらいたけれは・人
  めはかりを・めやすくもてなして・おほしのみ
  みたるゝに・この御心の内しもそくるしかり
  ける・さること見きとも・あらはしきこえ
  給はぬに・みつからいとわりなくおほし」102ウ
  たるさまも心をさなし・いとかくおはする
  けそかし・よきやうといひなから・あまり
  心もとなくをくれたるたのもしけなき
  わさなりとおほすに・世中なへて・うし
  ろめたく・女御のあまりやはらかにをひれ
0447【女御】-明石中
0448【をひれたまへる】-をさなき心也
  たまへるこそ・かやうに心かけきこえむ人
  はまして心みたれなむかし・女はかう・はる
  け所なく・なよひたるを人もあなつらはし
  きにや・さるましきに・ふとめとまり心つ
  よからぬあやまちは・しいつるなりけりと」103オ
  おほす・右のおとゝの北の方の・とりたてたる
0449【北の方】-玉
  うしろみもなく・おさなくよりものはかなき
  世に・さすらふるやうにて・おい(い+い<朱>)て給けれと・
  かと/\しくらうありて・我もおほかたには
  おやめきしかと・にくき心のそはぬにし
  もあらさりしを・なたらかにつれなくもて
  なしてすくし・このおとゝのさるむしんの
0450【このおとゝ】-ヒケ
0451【むしん】-無心
  女房に心あはせて・いりきたりけんにも・
  けさやかに・もてはなれたるさまを・人にも
  みえしられ・ことさらにゆるされたるありさ」103ウ
  まにしなして・わか心とつみあるにはなさ
  すなりにしなと・いまおもへは・いかにかとある
  ことなりけり・契ふかき中なりけれは・
  なかくかくてたもたむことは・とてもかくても
  おなしことあらまし物から・心もてありし
  ことゝも・世人もおもひいては・すこしかる/\
  しき思ひくはゝりなまし・いといたくもて
  なしてしわさなりとおほしいつ・二条の
0452【二条の内侍のかむのきみ】-朧月夜の事
  内侍のかむのきみをは・猶たえす思ひいて
  きこえ給へと・かくうしろめたきすちの」104オ
  こと・うき物におほししりて・かの御心よは
0453【御心よはさ】-女三宮事也
  さも・すこしかるく思ひなされ給けり・
  つゐに御ほいの事し給てけりと・きゝ給
0454【御ほいの事】-内侍のかんの君尼と成給へる事也
  ては・いとあはれにくちおしく御心うこきて
  まつとふらひきこえ給・いまなむとたに・
0455【いまなむ】-尼
  にほはし給はさりけるつらさを・あさからす
0456【にほはし】-ほのめかし也
  きこえたまふ
    あまの世をよそにきかめやすまの浦に
0457【あまの世を】-源氏 尼によす
  もしほたれしもたれならなくにさま/\なる
  世のさためなさを・心におもひつめていま」104ウ
  まてをくれきこえぬるくちおしさを・おほし
  すてつともさりかたき御ゑかうのうちには・
0458【ゑかう】-回向
  まつこそはとあはれになむなとおほくき
  こえ給へり・とくおほしたちにしことなれと・
  この御さまたけにかゝつらひて・人にはしかあ
  らはし給はぬことなれと・心の内あはれに
  むかしよりつらき御契を・さすかにあさく
  しもおほししられぬなと・方/\におほし
  いてらる・御返いまはかくしもかよふましき
  御ふみのとちめとおほせは・あはれにて心とゝ」105オ
  めてかき給・すみつきなといとおかし・つね
  なき世とは身ひとつのみしり侍にしを・ゝ
  くれぬとのたまはせたるになむけに
    あま舟にいかゝは思ひをくれけんあかしの
0459【あま舟に】-かんの君
  うらにいさりせしきみゑかうにはあまね
0460【あまねきかとにても】-普門
  きかとにても・いかゝはとあり・こきあをにひ
  のかみにて・しきみにさしたまへは・れいの
  事なれといたくすくしたる・ふてつかひな
  をふりかたくおかしけなり・二条院におはし
  ます程にて・女君にもいまはむけにたえ」105ウ
0461【女君】-紫
  ぬる事にて・見せたてまつり給・いといたく
  こそ・はつかしめられたれ・けに心月なしや・
  さま/\心ほそき世中のありさまを・よく
0462【さま/\】-源詞
  見すくしつるやうなるよ・なへての世の
  ことにても・はかなく物をいひかはし・時/\
  によせてあはれをもしり・ゆへをもすく
  さす・よそなからの・むつひかはしつへき
  人は・斎院とこの君とこそはのこりありつる
0463【斎院】-槿
  を・かくみなそむきはてゝ・斎院はたいみ
  しうつとめて・まきれなくをこなひに」106オ
  しみ給にたなり・なをこゝらの人のありさ
  まをきゝみる中に・ふかく思ふさまに・
  さすかになつかしきことのかの人の御なす
  らひにたにもあらさりけるかな・女こを・お
  ほしたてむことよ・いとかたかるへきわさ也
  けり・すくせなといふらむものは・めにみえぬ
  わさにて・おやの心にまかせかたし・おいたゝ
  む程の心つかひは・なをちからいるへかめり・
  よくこそあまた方/\に心をみたるま
  しき契なりけれ・年ふかくいらさりし」106ウ
0464【年ふかくいらさりしほと】-よらぬ也
  ほとは・さう/\しのわさや・さま/\に見まし
  かはとなむ・なけかしきおり/\ありし・
  わか宮を心しておほしたてたてまつり
0465【わか宮】-東ー
  給へ・女御は物の心をふかくしりたまふほと
0466【女御】-明ー
  ならて・かくいとまなきましらひをし給
  へは・なに事も心もとなき方にそものし
  給覧みこたちなむ・なをあくかきり人
  にてむつかるましくて・世をのとかにすくし
  給はむに・うしろめたかるましき心はせ
  つけまほしきわさなりける・かきりありて」107オ
  とさまかうさまのうしろみまうくる・たゝ
  人はをのつから・それにも・たすけられぬる
  をなときこえ給へは・はか/\しきさまの
0467【はか/\しきさまの】-紫詞
  御うしろみならすとも・世になからへんかき
  りは・みたてまつらぬやうあらしと思ふを・
  いかならむとて猶物を心ほそけにて・かく
  心にまかせて・をこなひをも・とゝこほり
  なくしたまふ人々を・うらやましく思ひ
  きこえたまへり・かむの君に・さまかはりた
0468【かむの君に】-朧
  まへらむさうそくなと・またゝちなれ」107ウ
  ぬほとは・とふらふへきを・けさなとはいかに
  ぬふ物そ・それせさせ給へ・ひとくたりは・六条
0469【六条のひむかしの君】-花ー
  のひむかしの君にものしつけむ・うるはしき
  法ふくたちては・うたてみめも・けうと
  かるへし・さすかにその心はへみせてを
  なと・きこえ給・あをにひのひとくたりを・
  こゝにはせさせ給・つくも所の人めして・しの
0470【つくも所】-作物所
  ひてあまの御くとものさるへき・はしめ・
0471【はしめ】-始
  のたまはす・御しとね・うわむしろ屏風
  木長なとの事もいとしのひてわさと」108オ
  かましくいそかせ給けり・かくて山のみかと
0472【山のみかと】-朱ー
  の御賀ものひて・秋とありしを八月は
  大将の御忌月にて・かくそのことをこなひ給
0473【大将の御忌月】-葵上
0474【かくそ】-所
  はむにひんなかるへし・九月は院のおほ
0475【院のおほきさき】-二条ー
  きさきのかくれ給にし月なれは・十月にと
  おほしまうくるを・ひめ宮いたくなやみ
0476【ひめ宮】-女三
  給へは・又のひぬ・衛門督の御あつかりの宮なむ・
0477【御あつかりの宮】-落ー
  その月にはまいり給ける・おほきおとゝ・
0478【おほきおとゝ】-致ー
  ゐたちていかめしくこまかにもののき
0479【ゐたちて】-居立
  よら・きしきをつくし給へりけり・かむの」108ウ
0480【かむの君】-柏ー
  君もそのついてにそ・思ひおこしていてた
0481【思ひおこしていて】-ー出
  まひける・なをなやましくれいならす
  やまひつきてのみすくし(し+給)・宮もうちはへて
  ものをつゝましく・いとおしとのみおほし
  なけくけにやあらむ・月おほくかさなり
  給まゝに・いとくるしけにおはしませは・院
0482【院は】-源
  は心うしと思ひきこえ給かたこそあれ・
  いとらうたけにあえかなるさまして・かく
  なやみわたり給を・いかにおはせむと・なけか
  しくてさま/\におほしなけく・御いのり」109オ
  なと・ことしは・まきれおほくてすくし給・
  御山にもきこしめして・らうたくこひしと
0483【御山にも】-ミ 朱ー
  おもひきこえ給・月ころかく・ほか/\にて
  わたり給事も・おさ/\なきやうに人
  のそうしけれは・いかなるにかと御むねつふ
  れて世中もいまさらにうらめしくおほ
  して・たいの方のわつらひけるころは・なを
0484【たいの方】-紫
  そのあつかひにと・きこしめしてたに・なま
  やすからさりしを・そのゝちなをりかたくもの
  し給らむは・そのころほひ・ゝ(ゝ$ひ<朱>)むなき事や・」109ウ
  いてきたりけむ・みつからしりたまふこと
  ならねと・よからぬ御うしろみともの心にて・
  いかなる事かありけむ・うちわたりなとの・
  みやひを・かはすへきなからひなとにも・けし
0485【みやひ】-風姿
  からす・うきこといひいつるたくひもきこ
  ゆかしとさへおほしよるも・こまやかなる
  事おほしすてゝし世なれと・なをこの
  みちははなれかたくて・宮に御ふみこまやか
0486【宮に】-女三
  にてありけるを・おとゝおはしますほとにて
0487【おとゝ】-源
  見給・そのことゝなくて・しは/\もきこえぬ」110オ
0488【そのことゝなくて】-朱ー文詞
  ほとにおほつかなくてのみ・とし月のすくる
  なむあはれなりける・なやみ給なるさまは・
  くはしくきゝしのち・ねんすのついてにも
  思ひやらるゝは・いかゝ世中さひしくおもはす
  なることありとも・しのひすくし給へ・うら
  めしけなるけしきなとおほろけにて見
  しりかほに・ほのめかす・いとしなをくれたる
  わさになむなと・をしへきこえ給へり・いと/\
0489【いと/\おしく】-源詞
  おしく心くるしく・かゝる内/\のあさまし
  きをはきこしめすへきにはあらて・わかをこ」110ウ
  たりに・ほいなくのみきゝおほすらん・ことをと
  はかり・おほしつゝけてこの御返をは・いかゝき
  こえ給・心くるしき御せうせこに・まろこ
  そいとくるしけれ・おもはすに思ひきこゆる
  ことありとも・おろかに人の見とかむはかり
  はあらしとこそおもひ侍れ・たか・きこえたる
  にかあらむとのたまふに・はちらひて・そむき
  たまへる御すかたも・いとらうたけ也・い
  たくおもやせてものおもひくしたまへる・
  いとゝあてに・おかし・いとをさなき御心」111オ
  はへを見をき給て・いたくは・うしろめたかり
  きこえたまふなりけりと・思ひあはせたて
  まつれは・いまよりのちもよろつになむ・
  かうまても・いかてきこえしとおもへと・うへの
  御心にそむくときこしめす覧ことの
  やすからすいふせきを・こゝにたにきこえし
  らせてやはとてなむ・いたりすくなく・たゝ
0490【いたりすくなく】-おれう申事をハおろかに思食て也
  人のきこえなす方にのみ・よるへかめる
0491【人のきこえなす】-我(我#)申事也
  御心にはたゝをろかに・あさきとのみおほし・
0492【をろかにあさきと】-我申事を
  又いまはこよなく・さたすきにたるありさ」111ウ
0493【さたすき】-としよる
  まも・あなつらはしくめなれてのみ見なし
  給らむもかた/\にくちおしくもうれたくも
0494【うれたくも】-憂
  おほゆるを院のおはしまさむほとは・なを
0495【院】-朱
  心をさめて・かのおほしおきてたるやう
0496【かのおほしおきて】-朱 思
  ありけむ・さたすき人をも・おなしく・なす
0497【さたすき人をもおなしく】-我ことく年よりたる物を定につゝハ説ある也
  らへきこえて・いたくなかるめたまひそ・
  いにしへよりほいふかきみちにも・たとりう
0498【ほいふかきみち】-道心
  すかるへき女かたにたに・みなおもひをく
0499【おもひをくれつゝ】-道心好色
  れつゝ・いとぬるき事おほかるを・身つから
0500【いとぬるき事】-源心
  の心にはなにはかりおほしまよふへきに」112オ
  はあらねと・いまはとすて給けむ世のうし
  ろみにをき給へる御心はえの・あはれに
  うれしかりしを・ひきつゝ(ゝ$つ<朱>)き・あらそひき
  こゆるやうにておなしさまに・見すて
  たてまつらむことのあえなくおほされん
  につゝみてなむ・心くるしとおもひし
  人々も・いまはかけとゝめらるゝほたし許
  なるも侍らす・女御もかくてゆくすゑは
0501【女御も】-明
  しりかたけれと・みこたちかすそひ給
  めれは・身つからの世たに・のとけくはと・みを」112ウ
  きつへし・そのほかはたれも/\あらむに
  したかひて・もろともに身をすてむもお
  しかるましきよはひともになりに
  たるを・やう/\すゝしく思ひ侍・院の御世
  のゝこりひさしくもおはせし・いとあつし
  くいとゝなりまさり給て・もの心ほそ
  けにのみおほしたるに・いまさらに思はす
  なる御なもりきこえて・御心みたり給な・
  この世はいとやすし・ことにもあらす・のち
  のよの御みちのさまたけならむも・つみ」113オ
  いとおそろしからむなと・まほにそのことゝは
  あかし給はねと・つく/\ときこえつゝけ
  給に・涙のみおちつゝ・我にもあらすおもひ
0502【涙のみおちつゝ】-女三
  しみておはすれは・我もうちなきたま
  ひて・人のうへにてももとかしく・きゝ思し
  ふる人のさかしらよ・身にかはることに
0503【ふる人のさかしら】-源我こと
  こそ・いかにうたてのおきなやと・むつかしく
  うるさき御心そふらんと・はちたまひつゝ・
  御すゝりひきよせ給て・手つからおし
0504【手つから】-源
  すり・かみとりまかなひかゝせたてまつり」113ウ
  給へと・御てもわなゝきてえかき給はす・か
0505【御てもわなゝきて】-女三
0506【かのこまかなりし返事】-柏方へ
  のこまかなりし返事は・いとかくしもつゝます
  かよはし給らむかしとおほしやるに・いとにく
  けれは・よろつのあはれもさめぬへく(く$け<朱>)れと・こと
  葉なとをしへてかゝせたてまつり給・まいり
0507【まいり給はむ事】-源詞女三ニ
  給はむ事は・この月かくてすきぬ・二の宮
  の御いきをひことにてまいり給ひけるを・
0508【御いきをひ】-賀
  ふるめかしき御身さまにて・たちならひ
  かほならむも・はゝかりある心ちしけり・しも
  月は身つからの忌月也・としのをはり・はた・い」114オ
0509【身つからの】-源ー父桐也
0510【忌月】-キ
  とものさはかし・またいとゝこの御すかたも
  みくるしく・まち見給はんをと思ひ侍れ
  と・さりとてさのみ・のふへきことにやは・むつ
0511【のふへきこと】-御賀事
  かしく物おほしみたれす・あきらかにもて
  なし給て・このいたくおもやせ給へる・つくろ
  ひ給へなと・いとらうたしとさすかに見た
  てまつりたまふ・衛門督をは・なにさまの
  事にも・ゆへあるへきおりふしには・かならす
  ことさらに・まつはし給つゝのたまはせあ
  はせしを・たえてさる御せうそこもなし・」114ウ
  人あやしと思ふらんとおほせと・みむに
  つけても・いとゝほれ/\しき方はつかしく・
  見むには・又わか心もたゝならすやとおほし
  かへされつゝ・やかて月ころまいり給はぬをも・
  とかめなし・おほかたの人は・なをれいならす
  なやみわたりて・院にはた御あそひなとな
0512【院】-
  き年なれはとのみ思ひわたるを・大将の君
0513【大将の君】-夕
  そ・あるやうあることなるへし・すきものは
  さためて・わかけしきとりし・ことには・しの
  はぬにやありけむと・思ひよれと・いとかくさ」115オ
  たかに・のこりなきさまならむとはおもひより
  給はさりけり・十二月になりにけり・十よ日
  とさためて・まひともならし・とのゝうち
  ゆすりてのゝしる・二条の院のうへはまた
0514【二条の院のうへ】-紫
  わたりたまはさりけるを・このしかくにより(り+て、$<朱>)
  そ・へ(へ$え<朱>)しつめはてゝわたり給へる・女御の君も
0515【わたり給へる】-六条
0516【女御の君】-明ー
  さとにおはします・このたひのみこは・又おと
0517【このたひのみこ】-匂兵部卿
  こにてなむおはしましける・すき/\いと
0518【すき/\】-次々也 湯次<ユスキ>産江別
  おかしけにておはするを・あけくれもてあそひ
  たてまつり給になむ・すくるよはひのしるし・」115ウ
  うれしくおほされける
  試楽に右大臣殿のきたのかたもわたり給
0519【試楽に】-\<朱合点>
0520【右大臣殿のきたのかた】-玉
  へり・大将の君うしとらのまちにて・まつうち/\
0521【大将の君】-夕
0522【うしとらのまち】-花ー
  にてうかくのやうにあけくれあそひならし
  給けれは・かの御方はおまへの物は見たまはす・
  衛門督を・かゝる事のおりも・ましらはせさ
  らむは・いとはえなく・さう/\しかるへき
  うちに・人あやしとかたふきぬへきことな
  れは・まいり給へきよしありけるを・をもく
  わつらふよし申てまいらす・さるはそこはかと」116オ
  くるしけなるやまひにもあらさなるを・思ふ
  心のあるから(から$に<朱>)やと・心くるしくおほして・とり
  わきて御せうそこつかはす・ちゝおとゝも・
0523【ちゝおとゝ】-致ー
  なとか・かへさひまうされける・ひか/\しき
  やうに・院にもきこしめさむを・おとろ/\し
0524【院】-源
  きやまひにもあらす・たすけてまいり
  給へと・そゝのかし給に・かくかさねてのた
  まへれは・くるしとおもふ/\まいりぬ・また
  かむたちめなとも・つとひ給はぬほとなり
  けり・れいのけちかきみすの内にいれ給」116ウ
  て・もやのみすおろしておはします・けに
  いといたく・やせ/\にあをみて・れいもほこり
  かに・はなやきたるかたは・おとうとの君たち
0525【はなやきたる】-花
  には・もてけたれて・いとよういありかほに
  しつめたるさまそことなるを・いとゝしつめ
  て・さふらひたまふ・さまなとかはみこたちの
  御かたはらに・さしならへたらむに・さらにとか
  あるましきを・たゝことのさまのたれも/\
  いと思ひやりなきこそ・いとつみゆるし
  かたけれなと・御めとまれとさりけなく・」117オ
  いとなつかしくそのことゝなくて・たいめんも
0526【そのことゝなくて】-源詞
  いとひさしくなりにけり・月ころは色/\
  のひやうさを・見あつかひ・心のいとまなき
  ほとに・院の御賀のため・こゝにものし
0527【院】-朱ー
  給みこの・ほうしつかうまつり給へくあり
0528【ほうし】-法事
  しを・つき/\とゝこほることしけくて・かく
0529【つき/\】-月々
  としもせめつれは・え思ひのことく・しあへて
0530【せめつれは】-迫
  かたのことくなん・いもゐの御はちまいるへ
0531【御はち】-鉢
  きを・御賀なといへは・こと/\しきやうな
  れと・家においゝつるわらはへのかす・おほくなり」117ウ
  にけるを御らんせさせむとて・まいなとなら
  はしはしめし・その事をたにはたさん
  とて・拍子とゝのへむこと・又たれにかはと・おもひ
  めくらしかねてなむ・月ころとふらひものし
  給はぬうらみも・すてゝけるとのたまふ・御
  けしきのうらなきやうなるものから・いと/\
  はつかしきに・かほの色たかふらむとおほえ
  て・御いらへもとみにえきこえす・月ころ
0532【月ころ】-柏詞
  かた/\におほしなやむ御ことうけたまはり
  なけき侍なから・春の比をひより・れいも」118オ
  わつらひ侍る・みたりかくひやうといふ物・と
0533【みたり】-乱心
0534【かくひやう】-脚病
  ころせくおこりわつらひ侍りて・はか/\
  しくふみたつる事も侍らす・月ころに
0535【ふみたつる事】-脚気
  そへてしつみ侍てなむ・内なとにもまいら
  す・世中あとたえたるやうにてこもり
  侍・院の御よはひたりたまふ年なり・人
0536【院】-朱
  よりさたかにかそへたてまつりつかうま
  つるへきよし・ちしのおとゝ・思ひをよひ
  申されしを・かうふりをかけ・くるまを
0537【かうふりをかけ】-\<朱合点>
  おしますゝてゝ
身にて・すゝみつかう」118ウ
  まつらむにつく所なし・けに下らうなり
  とも・おなしことふかきところ侍らむその
  心御覧せられよと・もよをしまうさるゝ
  ことの侍しかは・をもきやまひをあひた
  すけてなん・まいりて侍し・いまはいよ/\
  いとかすかなるさまに・おほしすまして・
  いかめしき御よそひをまちうけたてまつ
0538【御よそひ】-用
  り給はむこと・ねかはしくもおほすましく
  見たてまつり侍しを・ことゝもをは・そかせ給
  て・しつかなる御物かたりの・ふかき御ねかひ」119オ
  かなはせ給はむなんまさりて侍へきと
  申給へは・いかめしくきゝし御賀のことを・女
0539【いかめしく】-源詞
0540【御賀のことを】-女二ノ
0541【女二の宮】-落
  二の宮の御方さまには・いひなさぬも・らう
0542【らうありと】-おとなくおほす
  ありとおほす・たゝかくなんことそきたる
0543【ことそきたる】-略
  さまに・世人はあさくみるへきを・さはいへと・
0544【みるへきを】-女二ノ賀也
  心えて・ものせらるゝに・されはよとなむ・いとゝ
0545【心えて】-柏心得
  おもひなられ侍・大将は・おほやけかたは・やう/\
  をとなふめれと・かうやうになさけひたる
  かたは・もとよりしまぬにやあらむ・かの院な
0546【かの院】-朱
  にことも・心をよひ給はぬことは・おさ/\なき」119ウ
  うちにも・かくのかたのことは・御心とゝめて・いと
  かしこく・しりとゝのへ給へるを・さこそおほし
  すてたるやうなれ・しつかにきこしめ
  しすまさむ事・いましもなむ心つかひ
  せらるへき・かの大将と・もろともに見いれ
0547【かの大将】-夕
  て・まひのわらはへのようい・心はへよくゝ
  はへ給へ・ものゝしなといふ物は・たゝわかたてたる
  ことこそあれ・いとくちおしき物なりなと・
  いとなつかしくのたまひつくるを・うれしきも
  のから・くるしくつゝましくて・ことすくなにて・」120オ
  この御まへを・とくたちなむとおもへは・れい
0548【この御まへ】-源
0549【とくたちなむと】-柏
  のやうに・こまやかにもあらて・やう/\すへり
  いてぬ・ひむかしのおとゝにて・大将のつくろ
0550【大将】-柏
  ひいたし給・かく人まひ人のさうそくの
  ことなと・また/\をこなひ・くはへ給・ある
  へきかきりいみしく・つくし給へるに・いとゝく
  はしき心しらひそふも・けにこのみちは・いと
  ふかき人にそものし給めるけふはかゝる
  こゝろみのひなれと・御方/\物見たま
  はむに・見ところなくはあらせしとて・かの」120ウ
  御賀のひは・あかきしらつるはみに・えひ
0551【あかきしらつるはみ】-赤白橡
0552【えひそめ】-葡萄染
  そめのしたかさねをきるへし・けふはあを
0553【かさね】-襲
0554【けふは】-試楽
  いろに・すわうかさね・かく人三十人・けふは
0555【すわうかさね】-蘇芳重
  しらかさねをきたる・たつみのかたのつりと
0556【しらかさね】-下重白打
0557【つりとの】-釣
  のに・つゝきたるらうを・かく所にて・山のみ
  なみのそはより・御前にいつるほと・仙遊霞
0558【仙遊霞】-センユウカ 大食調曲ノ無舞 古楽也 小曲也
  といふものあそひて・雪のたゝいさゝかちるに・
  春のとなりちかく・むめのけしきみるかひ
0559【春のとなりちかく】-\<朱合点> 冬なから春のとなりのちかけれハ中かきよりそ花はちりける<朱>(古今1021・古今六帖1349・深養父集18、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋14)
  ありて・ほゝゑみたり・ひさしのみすの
0560【ほゝゑみたり】-\<朱合点> にほはねとほゝゑむ梅の花をこそ我もおかしとおりてなかむれ(好忠集26、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
0561【ひさし】-庇也
  うちに・おはしませは・式部卿のみや・右の」121オ
0562【右のおとゝ】-ヒケ
  おとゝはかりさふらひたまひて・それよりしも
  のかむたちめは・すのこにわさとならぬひの
0563【すのこ】-簀子
  事にて・御あるしなとけちかきほとにつ
  かうまつりなしたり・右の大とのゝの(の$<朱>)四ら
0564【右の大との】-ヒケ
0565【四らう君】-頭中将
  う君・大将殿の三らう君・兵部卿のみや
0566【三らう君】-源宰相中将
0567【兵部卿のみや】-蛍
  のそむわうの君たちふたりは・万歳楽・
0568【そむわう】-五世まて孫王といふ
0569【ふたり】-宰相中将 侍従
  またいとちひさきほとにて・いとろうたけ
  也・四人なからいつれとなく・たかきい(い+へ)のこにて・
  かたちおかしけに・かしつきいてたる・思ひ
  なしもやむことなし・又大将の御子のないし」121ウ
0570【ないしのすけ】-藤内侍 惟光ー
  のすけはらの二らう君・式部卿の宮の兵衛
0571【二らう君】-中納言
0572【式部卿の宮】-紫父
  督といひし・いまは源中納言の御こ・わう
0573【御こ】-若公
0574【わう上】-皇[鹿+章]
  上・右のおほゐとのゝ三らう君・れうわう・
0575【三らう君】-右大弁 振分髪二人
0576【れうわう】-陵王<朱>
  大将殿のたらう・らくそむ・さては・太平
0578【大将殿】-夕
0579【たらう】-右衛門督
0580【らくそむ】-落蹲<朱>
  楽・喜春楽なといふまひともをなん・おなし
  御なからひの君たち・おとなたちなとまひ
  ける・くれゆけはみすあけさせ給て・ものゝ
  けうまさるに・いとうつくしき御むまこ
0581【御むまこの君たち】-源
  の君たちの・かたちすかたにて・まひのさ
  まも・世に見えぬ手をつくして・おほむ」122オ
  師ともゝ・をの/\てのかきりを・ゝしへきこえ
  けるに・ふかきかと/\しさをくはへて・めつら
  かにまひ給を・いつれをも・いとらうたし
  とおほす・おい給へるかむたちめたちは・
  みな・涙おとし給・式部卿の宮も・御まこ
  をおほして・御はなの色つくまてしほた
  れ給・あるしの院すくるよはひにそへて
0582【あるしの院】-源
  は・ゑひなきこそ・とゝめかたきわさなり
0583【ゑひなき】-\<朱合点>
  けれ・衛門督心とゝめて・ほゝゑまるゝ・いと
  心はつかしや・さりともいましはしならん・」122ウ
  さかさまにゆかぬとし月よ・おいは・えのか
0584【さかさまにゆかぬ】-\<朱合点> 古今 さかさまに年もゆかなんとりもあへすすくる齢やともにかへると(古今896、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  れぬわさ也とて・うちみやり給に・人より
  けにまめたちくんして・まことに心ち
  も・いとなやましけれは・いみしきことも・
  めもとまらぬ心ちする人をしもさし
  わきて・そらゑひをしつゝ・かくのたまふ
  たはふれのやうなれと・いとゝむねつふれて・
  さかつきのめくりくるも・かしらいたくおほ
  ゆれは・けしき許にて・まきらはすを・御
  覧しとかめて・もたせなから・たひ/\」123オ
  しゐ給へはゝ(ゝ$は<朱>)したなくて・もてわつらふさま
  なへての人にゝす・おかし心地かきみたりて・
  たへかたけれは・またこともはてぬにまかて
  給ぬるまゝに・いといたくまとひて・れいの
  いとおとろ/\しき・ゑひにもあらぬを・いか
  なれは・かゝるならむ・つゝましと・物を思ひつる
  に・気の(の+の<朱>)ほりぬるにや・いとさいふはかり・お
0585【気ののほりぬる】-気のあかる也
  くすへき心よはさとは・おほえぬを・いふ
  かひなくもありけるかなと・身つから思ひ
  しらる・しはしのゑひのまとひにも・あらさり」123ウ
  けり・やかていといたく・わつらひ給・おとゝ・はゝ
0586【おとゝ】-致ー
  北の方・おほしさはきて・よそ/\にて・いと
  おほつかなしとて・とのにわたしたてまつり
0587【とのに】-致ー家
  給を・女宮のおほしたるさま・またいと心
0588【女宮】-落ー
  くるし・ことなくて・すくすへきひ比は・心のと
  かに・あいなたのみしていとしも・あらぬ御
0589【あいなたのみ】-空契
  こゝろさしなれと・いまはと・わかれたてまつる
  へき・かとて・にやとおもふは・あはれにかなし
0590【かとて】-門出
  くをくれておほしなけかんことのかたし(し+け)な
  きを・いみしと思ふ・はゝみやす所もいと」124オ
  いみしくなけき給て・世のことゝして・おや
0591【世のことゝして】-御母詞
  をは・猶さる物に・をきたてまつりて・かゝる
  御なからひは・とあるおりも・かゝるおりも・
  はなれたまはぬこそ・れいのことなれ・かく
  ひきわかれて・たひらかにものしたまふ
  まても・すくし給はむか・心つくしなるへき
  ことを・しはしこゝにて・かくてこゝろ見たまへ
0592【こゝにて】-致ー家
  と・御かたはらに御きちやうはかりをへた
  てゝ・見たてまつり給・ことはりや・かすなら
  ぬ身にて・をよひかたき御なからひに・」124ウ
  なましひにゆるされたてまつりて・さふらふ
  しるしには・なかく世に侍りて・かひなき身
  のほとも・すこしひとゝ・ひとしくなる・けち
  めをもや・御覧せらるゝとこそおもふ給つれ・
  いといみしく・かくさへなり侍へれは・ふかき心
  さしをたに・御覧しはてられすやなり
  侍りなむと・おもふたまふるになんとまり
  かたき心地にも・えゆきやるましく思
  給へらるゝなとかたみになき給ひて・
  とみにもえわたり給はねは・又はゝきた」125オ
  のかたうしろめたくおほして・なとかまつみ
  えむとはおもひたまふましき・われは心ち
  も・すこしれ(れ+い<朱>)ならす心ほそき時は・
  あまたの中に・まつとりわきて・ゆかしくも・
  たのもしくも・こそおほえ給へ・かくいとお
  ほつかなきことゝうらみきこえ給も・又いと
  ことはりなり・人よりさきなりける・けちめ
0593【さきなりけるけちめ】-嫡子
  にや・とりわきておもひならひたるを・いまに
  なをかなしくし給ひて・しはしもみえぬを
  は・くるしき物にし給へは・心ちのかくかき」125ウ
  りにおほゆるおりしも・みえたてまつらさ
  らむ・つみふかくいふせかるへし・いまはとたの
0594【いまはと】-柏詞
  みなくきかせ給はゝ・いとしのひてわたり
  給ひて御覧せよ・かならす又たいめん
  たまはらむ・あやしくたゆくをろかなる本
0595【あやしくたゆく】-堕 [穴+爪爪]
  上にて・ことにふれてをろかにおほさるゝこと
  もありつらむこそ・くやしく侍れ・かゝるい
  のちのほとをしらて・ゆくすゑなかく・のみ・
  おもひ侍けることゝ・なく/\わたりたまひぬ・
  宮はとまり給て・いふかたなくおほしこかれ」126オ
0596【宮】-落
  たり・大殿にまちうけきこえ給て・よろ
  つにさはき給・さるはたちまちに・おとろ
  おとろしき御心ちのさまにもあらす・
  月ころものなとをさらに・まいらさりけるに・
  いとゝはかなきかうしなとをたにふれたま
  はす・たゝやう/\ものにひきいるゝやうに
  みえ給・さる時のいうそくの・かく物したまへは・
0597【いうそくの】-二心アリ
  世中おしみあたらしかりて・御とふらひに
  まいり給はぬ人なし・内よりも・院よりも・
0598【院よりも】-冷
  御とふらひしは/\きこえつゝ・いみしくおしみ」126ウ
  おほしめしたるにも・いとゝしきおやたち
  の御心のみまとふ・六条院にも・いとくちおし
  きわさなりとおほしおとろきて・御とふら
  ひにたひ/\ねんころに・ちゝおとゝにもき
0599【ちゝおとゝ】-致ー
  こえ給・大将はましていとよき御中なれは・
0600【大将】-夕
  けちかくものし給つゝ・いみしくなけき
  ありき給・御賀は廿五日になりにけり・
0601【御賀】-朱ー
  かゝる時のやむことなきかむたちめのおもく
  わつらひたまふに・おやはらからあまたの
  人/\・さるたかき御なからひのなけきしほ」127オ
  れ給へるころをひにて・ものすさましき
  やうなれと・つき/\にとゝこほりつる事
  たにあるを・さてやむましき事なれは・
  いかてかは・おほしとゝまらむ・女宮の御心の
0602【女宮】-女三
  内をそ・いとおしく思ひきこえさせ給・れい
  の五十寺の御す経・又かのおはします御
0603【五十寺】-歳数
  てらにも・まかひるさなの」127ウ
0604【てら】-仁和寺円堂本尊金大日

【奥入01】史記<周本記>
    楚有養由基者善射者也去柳葉
    百歩而射百発而百中左右観者数十人
    皆曰善射々之(戻)
    <伊行>
【奥入02】毛詩云
    如ハ感陽気春思男々感陰気
    秋思(戻)
【奥入03】掛冠<懸車>
    東観漢記曰 王莽居構子宇諌
    莽而莽殺之逢萌謂其友人田三綱」128オ
    絶矣不去禍将及人即解冠掛東
    門而去蒙求 逢萌掛冠
    後漢書逢萌字子康北海人掛冠
    避世懸車
    古文孝経曰
    七十老致仕懸其所仕之車置
    諸廟永使子孫監而則焉立身之
    給其要然也(戻)」128ウ

イ本
源四十一歳三月より四十七歳まての事有此巻はかなくて年月も
かさなると云詞ニ四十二三四五の事篭歟
一名ハもろかつら但不用之
 此巻条
一冷泉院御位をさり給事<在位十八年> 一今上御位につき給事
一住吉詣源氏同紫上明石等事 一朱雀院五十御賀女三
 宮在憎床之延引遂に廿五日云々 女二宮先奉御賀
一紫上違例邪気<御息>事 一柏事
 此巻よく学すれは末巻心得やすき物也任師説
 加首筆者也 前大僧正良鎮」(後遊紙1オ)

一校了
二校了<朱>」(表表紙蓋紙)

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