柏木(定家自筆本) First updated 1/13/2002(ver.1-1)
Last updated 4/10/2007(ver.2-2)
渋谷栄一翻字(C)

  

柏木

《概要》
 藤原定家筆本「源氏物語」として、「花散里」「行幸」「柏木」「早蕨」の4帖が知られている。そして、「花散里」と「柏木」は複製本が公刊されている。定家自筆本と思われているが、正確には「花散里」は、全文定家風筆の書体であり、玉上琢弥によれば「行幸」は明らかに定家筆とは異筆であるという。「柏木」は途中までが定家筆で、それ以降は定家筆筆となる。「早蕨」は定家筆とされているが、個人蔵で詳細はよく分からない。

《書誌》
 「柏木」は、第1丁表1行目「衛門のかむのきみ」から第11丁裏5行目「おとろ/\し」までがてが定家筆、第11丁裏6行目「御かた/\さま/\に」以下最終50丁裏2行目「なれはこのきみゐさりなと」までは定家風筆である。帖末51丁表と裏には奥入が付載されているが、それも定家風筆で、定家自筆とは認め難い筆跡である。また、引歌が付箋に貼付されているが、それも定家筆ではない。

《翻刻資料》
凡例
1 本稿は、『青表紙原本 源氏物語 花ちるさと かしは木 花ちるさと かしは木 二帖』(原装影印 古典籍覆製叢刊 前田育徳会尊経閣文庫 昭和53年11月)によった。
2 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )前の文字は、ミセケチ・抹消・補入・併記は、訂正以前の本文中の文字である。ナゾリだけは、訂正以後の文字である。
 ( )内の文字は、記号の前が訂正以前の文字、後が訂正以後の文字である。
3 ヤ行「江」とワ行「越」を翻字した。
4 付箋は(付箋 )と記した。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「かしは木」(題箋)

  衛門のかむのきみかくのみなやみわたり給こと
  猶をこたらて年もかへりぬおとゝ北の方お
  ほしなけくさまを見たてまつるにしひてかけ
  はなれなむいのちかひなくつみをもかるへき
  ことを思ふ心は心として又あなかちにこの世に
  はなれかたくおしみとゝめまほしき身かは
  いはけなかりしほとより思ふ心ことにてなにこ
  とをも人にいまひときはまさらむとおほや△」1オ

  わたくしのことにふれてなのめならす思ひのほ
  りしかとその心かなひかたかりけりとひとつ
  ふたつのふしことに身を思ひおとしてしこ
  なたなへての世中すさましうおもひなりて
  のちの世のをこなひにほいふかくすゝみに
  しをおやたちの御うらみを思ての山にもあく
  かれむみちのをもきほたしなるへくおほえ
  しかはとさまかうさまにまきらはしつゝ」1ウ

  すくしつるをつゐに猶世にたちまふへ
  くもおほえぬ物思ひのひとかたならす身に
  そひにたるはわれよりほかにたれかはつらき
  心つからもてそこなひつるにこそあめれと思
  にうらむへき人もなし神仏をもかこたむ
  方なきはこれみなさるへきにこそはあらめ
  たれもちとせのまつならぬ世はつゐにとま
【付箋01】−「うくも世の思心にかなはぬか/たれもちとせの松ならなくに」(古今六帖2096、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  るへきにもあらぬをかくひとにもすこしうち」2オ

  しのはれぬへきほとにてなけのあはれをも
  かけ給人あらむをこそはひとつおもひに
【付箋02】−「夏むしの身をいたつらになすことも/ひとつおもひによりてなりけり」(古今544・古今六帖3984、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  もえぬるしるしにはせめせめてなからへは
  をのつからあるましき名をもたち我も人も
  やすからぬみたれいてくるやうもあらむよりは
  なめしと心をい給らんあたりにもさりともお
  ほしゆるいてむかしよろつのこといまはのとち
  めにはみなきえぬへきわさなり又ことさまの」2ウ

  あやまちしなけれは年ころものゝおりふしこと
  にはまつはしならひ給にしかたのあはれも
  いてきなんなとつれ/\に思つゝくるもうちかへし
  いとあちきなしなとかくほともなくしなしつ
  る身ならんとかきくらし思みたれて枕もう
  きぬ許人やりならすなかしそへつゝいさゝ
  かひまありとて人/\たちさり給へるほとにかし
  こに御ふみたてまつれ給いまはかきりにな
  りにて侍ありさまはをのつからきこしめす」3オ

  やうもはへらんをいかゝなりぬるとたに御み
  とゝめさせ給はぬもことはりなれといとうく
  も侍かなゝときこゆるにいみしうわなゝけは
  おもふこともみなかきさして
    いまはとてもえむけふりもむすほゝれ
  たえぬおもひの猶やのこらむあはれと
  たにのたまはせよ心のとめて人やりなら
  ぬやみにまとはむみちのひかりにもし侍」3ウ

  らむときこえ給しゝうにもこりすまにあは
  れなることゝもをいひをこせ給へりみつからも
  いまひとたひいふへきことなむとのたまへれは
  この人もわらはよりさるたよりにまいり
  かよひつゝ見たてまつりなれたる人なれは
  おほけなき心こそうたておほえ給つれ
  いまはときくはいとかなしうてなく/\猶この
  御返まことにこれをとちめにもこそ侍れと」4オ

  きこゆれは我もけふかあすかの心地して物心
【付箋03】−「人の世をおいをはてにしせまし/かは/けふかあすかもいそかさらまし」(朝忠集10、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ほそけれはおほかたのあはれ許は思しら
  るれといと心うきことゝ思こりにしかはいみし
  うなむつゝましきとてさらにかいたまはす
  御心本上のつよくつしやかなるにはあらねと
  はつかしけなる人の御けしきのおり/\にまほ
  ならぬかいとおそろしうわひしきなるへし
  されと御すゝりなとまかなひてせめきこゆ」4ウ

  れはしふ/\にかい給とりてしのひてよゐのまき
  れにかしこにまいりぬおとゝかしこきをこなひ
  人かつらき山よりさうしいてたるまちうけ
  たまひてかちまいらせむとし給みすほうと
  経なともいとおとろ/\しうさはきたり人
  の申すまゝにさま/\ひしりたつけんさな
  とのおさ/\よにもきこえすふかき山にこ
  もりたるなとをもおとうとのきみたちをつか
  はしつゝたつねめすにけにくゝ心月なき山」5オ

  ふしともなともいとおほくまいるわつらひ給
  さまのそこはかとなくものを心ほそく思て
  ねをのみ時/\なき給おむやうしなともおほ
  くは女のりやうとのみうらなひ申けれは
  さることもやとおほせとさらにものゝけのあら
  はれいてくるもなきにおもほしわつらひてかゝる
  くま/\をもたつね給なりけりこのひしりも
  たけたかやかにまふしつへたましくて」5ウ

  あらゝかにおとろ/\しくたらによむをいて
  あなにくやつみのふかき身にやあらむたら
  にのこゑたかきはいとけおそろしくていよ/\
  しぬへくこそおほゆれとてやをらすへりいてゝ
  このしゝうとかたらひ給おとゝはさもしり
  たまはすうちやすみたると人/\して申させ
  給へはさおほしてしのひやかにこのひしり
  とものかたりし給おとなひ給へれと猶はなやき
  たる所つきてものわらひし給おとゝのかゝる物」6オ

  ともとむかひゐてこのわつらひそめ給しあり
  さまなにともなくうちたゆみつゝをもり給へる
  ことまことにこの物のけあらはるへうねむし
  給へなとこまやかにかたらひ給もいとあはれなり
  かれきゝたまへなにのつみともおほしよらぬに
  うらなひよりけむ女のりやうこそまことにさる
  御しうの身にそひたるならはいとはしき
  身をひきかへやむことなくこそなりぬへけれ
  さてもをほけなき心ありてさるましき」6ウ

  あやまちをひきいてゝ人の御なをもたて身をも
  かへり見ぬたくひむかしの世にもなくやはありける
  と思なおすに猶けはひわつらはしうかの
  御心にかゝるとかをしられたてまつりて世にな
  からへむ事もいとまはゆくおほゆるはけに
  ことなる御ひかりなるへしふかきあやまちも
  なきに見あはせたてまつりしゆふへのほとより
  やかてかきみたりまとひそめにしたましひの
              身にもかへらす」7オ

  なりにしをかの院のうちにあくかれありかは
  むすひとゝめたまへよなといとよはけにから
  のやうなるさましてなきみわらひみかたらひ
  給宮もゝのをのみはつかしうつゝましとおほ
  したるさまをかたるさてうちしめりおもやせ
  給へらむ御さまのおもかけに見たてまつる心地し
  て思やられ給へはけにあくかるらむたまやゆ
  きかよふらむなといとゝしき心地もみたるれは」7ウ

  いまさらにこの御ことよかけてもきこえしこの
  世はかうはかなくてすきぬるをなかき世の
  ほたしにもこそと思なむいとおしき心くる
  しき御ことをたひらかにとたにいかてきゝを
  いたてまつらむ見しゆめを心ひとつに思あ
  はせて又かたる人もなきかいみしういふせく
  もあるかなゝとゝりあつめ思しみ給へるさまの
  ふかきをかつはいとうたておそろしう思へと
  あはれはたえしのはすこの人もいみしう」8オ

  なくしそくめして御返見給へは御ても猶いと
  はかなけにおかしきほとにかい給て心くるし
  うきゝなからいかてかはたゝをしはかりのこ
  らむとあるは
    たちそひてきえやしなましうきことを
  思みたるゝけふりくらへにをくるへうやはと
  はかりあるをあはれにかたしけなしと思ふ
  いてやこのけふりはかりこそはこのよのおもひ
  いてならめはかなくもありけるかなといとゝ」8ウ

  なきまさり給て御返ふしなからうちやす
  みつゝかいたまふことのはのつゝきもなう
  あやしきとりのあとのやうにて
    ゆくゑなきそらのけふりとなりぬとも
  おもふあたりをたちはゝなれしゆふへはわき
  てなかめさせ給へとかめきこ江させたまはむ
  人めをもいまは心やすくおほしなりて
  かひなきあはれをたにもたえすかけさせ給
                 へなと」9オ

  かきみたりて心地のくるしさまさりけれはよし
  いたうふけぬさきにかへりまいり給てかくかき
  りのさまになんともきこえ給へいまさらに人
  あやしと思あはせむをわか世のゝちさへ思こそ
  くちおしけれいかなるむかしのちきりにていと
  かゝることしも心にしみけむとなく/\ゐさりい
  り給ぬれはれいはむこにむかへすへてすゝろ
  ことをさへいはせまほしうし給をことすく」9ウ

  なにてもと思ふかあはれなるにえもいてやらす
  御ありさまをめのともかたりていみしくなき
  まとふおとゝなとのおほしたるけしきそい
  みしきやきのふけふすこしよろしかりつるを
  なとかいとよはけには見え給とさはき給なに
  か猶とまり侍ましきなめりときこえ給てみつ
  からもない給宮はこのくれつかたよりなや
  ましうし給けるをその御けしきと見たて
                 まつり」10オ

  しりたる人/\さはきみちておとゝにもきこえた
  りけれはおとろきてわたり給へり御心のうちはあ
  なくちおしや思まする方なくて見たてまつらま
  しかはめつらしくうれしからましとおほせと
  人にはけしきもらさしとおほせはけむさなと
  めしみすほうはいつとなくふたんにせらるれは
  そうとものなかにけむあるかきりみなまいりて
  かちまいりさはくよひとよなやみあかさせ給ひて」10ウ

  日さしあかるほとにうまれたまひぬおとこ君と
  きゝ給にかくしのひたることのあやにくにいち
  しるきかほつきにてさしいてたまへらんこそ
  くるしかるへけれ女こそなにとなくまきれ
  あまたの人の見る物ならねはやすけれとおほ
  すに又かく心くるしきうたかひましりたるに
  ては心やすき方にものし給もいとよしかし
  さてもあやしやわか世とゝもにおそろしと
  思しことのむくひなめりこの世にてかく思かけぬ」11オ

  ことにむかはりぬれはのちのよのつみもすこし
  かろみなんやとおほす人はたしらぬことなれは
  かく心ことなる御はらにてすゑにいておはしたる
  御おほえいみしかりなんと思いとなみつかうまつる
  御うふやのきしきいかめしうおとろ/\し
  御かた/\さま/\にしいて給御(御+う)ふやしなひ
  よのつねのおしきついかさねたかつきなとの
  心はえもことさらに心/\にいとましさみえ」11ウ

  つゝなむ五日の夜中宮の御かたよりこもち
  の御前の物女はうのなかにもしな/\に思あて
  たるきは/\おほやけことにいかめしうせ
  させ給へり御かゆてとんしき五十くところ/\の
  きやう院のしもへちやうのめしつきところ
  なにかのくまゝていかめしくせさせ給へり宮
  つかさ大夫よりはしめて院殿上人みなまいれり
  七夜はうちよりそれもおほやけさまなりちし
  のおとゝなと心ことにつかうまつり給へきにこの
                     ころは」12オ

  なにこともおほされてをほそうの御とふらひ
  のみそありける宮たちかむたちめなとあまた
  まいり給おほかたのけしきもよになきまて
  かしつきゝこえ給へとおとゝの御心のうちに心く
  るしとおほすことありていたうもゝてはやし
  きこえ給はす御あそひなとはなかりけり宮は
  さはかりひわつなる御さまにていとむくつけう
  ならはぬことのおそろしうおほされけるに
  御ゆなともきこしめさす身の心うきことを」12ウ

  かゝるにつけてもおほしいれはさはれこのついてに
  もしなはやとおほすおとゝはいとよう人めを
  かさりおほせとまたむつかしけにおはするなと
  をとりわきてもみたてまつり給はすなとあれは
  おいしらへる人なとはいてやおろそかにもお
  はします哉めつらしうさしいてたまへる御あり
  さまのかはかりゆゝしきまてにおはしますをと
  うつくしみきこゆれはかたみゝにきゝ給てさのみ
  こそはおほしへたつることもまさらめとうら
  めしうわか身つらくてあまにもなりなはやの」13オ

(白紙)」13ウ
(白紙)」14オ

  御心つきぬよるなともこなたにはおほとのこも
  らすひるつかたなとそさしのそかせ(かせ$き)給世中の
  はかなきをみるまゝにゆくすゑみしかう物心ほ
  そくてをこなひかちにな(△&な)りにて侍れはかゝるほと
  のらうかはしき心ちするによりえまいりこぬを
  いかゝ御心ちはさはやかにおほしなりにたりや
  心くるしうこそとて御き丁のそはよりさしのそ
  き給へり御くしもたけ給てなをえいきたる
  ましき心ちなむし侍るをかゝる人はつみも」14ウ

  をもかなりあまになりてもしそれにやいきとま
  ると心み又なくなるともつみをうしなふこと
  もやとなむ思はへるとつねの御けはひよりは
  いとおとなひてきこえ給をいとうたてゆゝしき
  御ことなりなとてかさまてはおほすかゝることは
  さのみこそおそろしかなれとさてなからへぬわ
  さならはこそあらめときこえ給御心のうちには
  まことにさもおほしよりてのたまはゝさやう
  にてみたてまつらむはあはれなりなむかし
  かつみつゝもことにふれて心をかれたまはむか」15オ

  心くるしう我なからもえ思なおすましうゝき
  ことうちましりぬへきをゝのつからをろかに人の
  みとかむることもあらむかいと/\おしう院なとの
  きこしめさむこともわかをこたりにのみこそ
  はならめ御なやみにことつけてさもやなし
  たてまつりてましな(△&な)とおほしよれと又いと
  あたらしうあはれにかはかりとをき御くし
  のおひさきをしかやつさむことも心くるし
  けれはなをつよくおほしなれけしうはおは
  せしかきりとみゆる人もたひらなるためし」15ウ

  ちかけれはさすかにたのみあるよになむなと
  きこえ給て御ゆまいり給いといたうあおみ
  やせてあさましうはかなけにてうちふし
  たまへる御さまおほときうつくしけなれは
  いみしきあやまちありとも心よはくゆるし
  つへき御さまかなとみたてまつり給山のみかと
  はめつらしき御ことたひらかなりときこし
  めしてあはれにゆかしうおもほすにかくなやみ
  たまふよしのみあれはいかに物し給へきにかと」16オ

  御をこなひもみたれておほしけりさはかりよ
  はり給へる人のものをきこしめさてひころへ
  たまへはいとたのもしけなくなり給てとしころ
  みたてまつらさりしほとよりも院のいとこひ
  しくおほえ給を又もみたてまつらすなり
  ぬるにやといたうない給かくきこえ給さま
  さるへき人してつたへそうせさせ給けれは
  いとたえかたうかなしとおほしてあるましき
  ことゝはおほしめしなからよにかくれていてさせ」16ウ

  たまへりかねてさる御せうそこもなくてには
  かにかくわたりおはしまいたれはあるしの
  院おとろきかしこまりきこえ給世中を
  かへりみすまし(し+う)思はへりしかとなをまとひ
  さめかたきものはこのみちのやみになむ侍
  りけれはをこなひもけたいしてもしをくれ
  さきたつみちのたうりのまゝなら(ゝ&ら)てわかれなは
  やかてこのうらみもやかたみにのこらむとあち
  きなさにこのよのそしりをはしらてかく」17オ

  ものし侍ときこえ給御かたちことにてもなま
  めかしうなつかしきさまにうちしのひやつれ給て
  うるわしき御ほうふくならすゝみそめの御す
  かたあらまほしうきよらなるもうらやましく
  みたてまつり給れいのまつなみたおとし給
  わつらひ給御さまことなる御なやみにも侍らす
  たゝ月ころよはり給へる御ありさまには
  か/\しう物なともまいらぬつもりにやかく物
  したまふにこそなときこえ給かたわらいたき」17ウ

  をましなれともとて御丁のまへに御しとね
  まいりていれたてまつり給宮をもとかう人/\
  つくろひきこえてゆかのしもにおろしたて
  まつる御木丁すこしをしやらせたまひてよ
  ゐかちそうなとの心ちすれとまたけむつく
  はかりのをこなひにもあらねはかたわらいた
  けれとたゝおほつかなくおほえ給らむさま
  をさなからみ給へきなりとて御めをしのこはせ
  たまふ宮もいとよはけにない給ていくへうも」18オ

  おほえ侍らぬをかくおはしまいたるついてに
  あまになさせ給てよときこえ給さる御本い
  あらはいとたうときことなるをさすかにかきらぬ
  いのちのほとにてゆくすゑとをき人はかへりて
  ことのみたれあり世の人にそしらるゝやうあり
  ぬへきなとの給はせておとゝの君にかくなむ
  すゝみのたまふをいまはかきりのさまならは
  かた時のほとにてもそのたすけあるへきさ
  まにてとなむ思たまふるとのたまへはひころも」18ウ

  かくなむのたまへとさけなとの人の心たふろ
  かしてかゝるかたにてすゝむるやうもはへなるを
  とてきゝもいれ侍らぬなりときこえ給ものゝけの
  おしへにてもそれにまけぬとてあしかるへきこと
  ならはこそはゝからめよはりにたる人のかきり
  とて物した(た$)給はむことをきゝすくさむは(い&は)のちの
  くい心くるしうやとの給御心のうちかきりなう
  うしろやすくゆつりをきし御ことをうけとり
  たまひてさしも心さしふかゝらすわかおもふ」19オ

  やうにはあらぬ御けしきをことにふれつゝとしころ
  きこしめしおほしつめけることいろにいてゝう
  らみきこえ給へきにもあらねはよの人の思いふらむ
  ところもくちおしうおほしわたるにかゝるお
  りにもてはなれなむもなにかは人わらへによ
  をうらみたるけしきならてさもあらさらむ
  おほかたのうしろみにはなをたのまれぬへき御
  をきてなるをたゝあつけをきたてまつりし
  しるしには思なしてにくけにそむくさまには」19ウ

  あらすとも御そうふんにひろくおもしろき宮
  たまはりたまへるをつくろひてすませたて
  まつらむわかおはしますよにさるかたにても
  うしろめたからすきゝをき又かのおとゝも
  さいふともいとおろかにはよもおもひはなち給は
  しその心はえ(え+を)もみはてむとおもほしとりて
  さらはかくものしたるついてにいむことうけ給
  はら(ら$)むをたにけちえんにせむかしとの給はす
  おとゝの君うしとおほすかたもわすれてこは
  いかなるへきことそとかなしくゝちおしけれはえた」20オ

  へ給はすうちにま(ま$)いりてなとかいくはくも侍る
  ましき身をふりすてゝかうはおほしなり
  にけるなをしはし心をしつめたまひて
  御ゆまいりものなと(と+を)もきこしめせたうとき
  ことなりとも御身よはうてはをこなゐも
  したまひてんやかつはつくろひ給てこそ
  ときこえ給へとかしらふりていとつらうの
  たまふとおほしたりつれなくてうらめしと
  おほすこともありけるにやとみたてまつり」20ウ

  たまふにいとおしうあはれなりとかくきこえ
  かへさむおほしやすらふほとによあけかたにな
  りぬかへりいらむにみちもひるはゝしたな
  かるへしといそかせ給て御いのりに候なかにやむ
  ことなうたうときかきりめしいれて御くしおろ
  させ給いとさかりにきよらなる御くしをそき
  すてゝいむことうけ給さほうかなしうくちお
  しけれはおとゝはえしのひあへ給はすいみし
  うない給院はたもとよりとりわきてやむことなう」21オ

  人よりもすくれてみたてまつらむとおほしゝ
  をこの世にはかひなきやうにないたてまつるも
  あかすかなしけれはうちしほたれ給かくても
  たひらかにておなしうはねむすをもつとめた
  まへときこえをき給てあけはてぬるにいそ
  きていてさせたまひぬ宮はなをよはうきえ
  いるやうにし給てはか/\しうもえみたてまつらす
  ものなともきこえたまはすおとゝもゆめのやうに
  思たまへみたるゝ心まとひにかうむかしおほえ」21ウ

  たるみゆきのかしこまりをもえ御らむせられぬ
  らうかはしさはことさらにまいり侍りてなむと
  きこえ給御をくりに人/\まいらせ給世中の
  けふかあすかにおほえ侍りしほとに又しる人
  もなくてたゝよはむことのあはれにさりかたう
  おほえはへしかは御本いにはあらさりけめと
  かくきこえつけてとしころは心やすく思たまへ
  つるをもしもいきとまり侍らはさまことにかはり
  て人しけきすまゐはつきなかるへきをさるへき
  山さとなとにかけはなれたらむありさまも」22オ

  又さすかに心ほそかるへくやさまにしたかひて
  なをおほしはなつましくなときこえ給へは
  さらにかくまておほせらるゝなむかへりてはつか
  しう思たまへらるゝみたり心ちとかくみたれ侍
  てなにこともえわきまへはへらすとてけにいと
  たえかたけにおほしたりこやの御かちに御物の
  けいてきてかうそあるよいとかしこうとりかへし
  つとひとりをはおほしたりしかいとねたかりし
  かはこのわたりにさりけなくてなむ日ころ
  さふらひつるいまはかへりなむとてうちわらふ」22ウ

  いとあさましうさはこの物のけのこゝにもはな
  れさりけるにやあらむとおほすにいとおしう
  くやしうおほさる宮すこしいきいて給やうな
  れとなをたのみかたけに見え給さふらふ人/\も
  いといふかひなうおほゆれとかうてもたひらかに
  たにおはしまさはとねむしつゝみすほう又のへ
  てたゆみなくをこなはせなとよろつにせさせ
  たまふかのゑもんのかみはかゝる御ことをきゝ給に
  いとゝきえいるやうにし給てむけにたのむかたすくなう」23オ

  なり給にたり女宮のあはれにおほえたまへは
  こゝにわたりたまはむことはいまさらにかる/\
  しきやうにもあらむをうへもおとゝもかくつと
  そひおはすれはをのつからとりはつしてみたて
  まつり給やうもあらむにあちきなしとおほして
  かの宮にとかくしていまひとたひまうてむと
  のたまふをさらにゆるしきこえ給はすたれに
  もこの宮の御ことをきこえつけ給はしめより
  はゝみやす所はおさ/\心ゆきたまはさりし
  をこのおとゝのゐたちねむころにきこえ給」23ウ

  て心さしふかゝりしにまけ給て院にもいかゝはせむ
  とおほしゆるしけるを二品宮の御ことおもほし
  みたれけるついてに中/\この宮はゆくさきう
  しろやすくまめやかなるうしろみまうけ給へ
  りとのたまはすときゝ給しをかたしけなう思
  いつかくてみすてたてまつりぬるなめりと思につけ
  てはさま/\にいとおしけれと心よりほかなるい
  のちなれはたへぬちきりうらめしうておほし
  なけかれむか心くるしきこと御心さしありて」24オ

  とふらひ物せさせたまへとはゝうへにもきこえ給
  いてあなゆゝしをくれたてまつりてはいくはく
  よにふへき身とてかうまてゆくさきのこと
  をはのたまふとてなきにのみなきたまへは
  えきこえやりたまはす右大弁の君にそ
  おほかたのことゝもはくはしうきこえ給心はへ
  のゝとかによくおはしつる君なれはおとうとの
  きみたちも又すゑ/\のわかきはおやとのみ
  たのみきこえ給つるにかう心ほそうの給を」24ウ

  かなしとおもはぬ人なくとのゝうちの人もな
  けくおほやけもおしみくちおしからせ給かく
  かきりときこしめしてにはかに権大納言にな
  させ給へりよろこひに思おこしていまひとたひ
  もまいり給やうもやあるとおほしのたまはせ
  けれとさらにえためらひやりたまはてくるし
  きなかにもかしこまり申給おとゝもかくを
  もき御をほえをみたまふにつけてもいよ/\
  かなしうあたらしとおほしまとふ大将の君
  つねにいとふかう思なけきとふらひきこえ給」25オ

  御よろこひにもまつまうてたまへりこのおはする
  たいのほとりこなたのみかとはむまくるまたち
  こみ人さわかしうさはきみちたりことしと
  なりてはをきあかることもおさ/\したまはねは
  おも/\しき御さまにみたれなからはえたいめし
  たまはて思つゝよはりぬることゝ思にくちお
  しけれはなをこなたにいらせたまへいとらう
  かはしきさまにはへるつみはおのつからおほし
  ゆるされなむとてふしたまへるまくらかみのかた
  にそうなとしはしいたし給ていれたてまつり給」25ウ

  はやうよりいさゝかへたて給ことなうむつひかはし
  給御中なれはわかれむことのかなしうこひし
  かるへきなけきおやはらからの御思にもをとら
  すけふはよろこひとて心ちよけならましをと
  おもふにいとくちおしうかひなしなとかくたの
  もしけなくはなり給にけるけふはかゝる御よ
  ろこひにいさゝかすくよかにもやとこそ思侍つれ
  とて木丁のつまひきあけたまへれはいとくちおしう
  その人にもあらすなりにてはへりやとてえほう
  しはかりおしいれてすこしおきあからむとし
                   給へと」26オ

  いとくるしけなりしろきゝぬとものなつかしう
  なよゝかなるをあまたかさねてふすまひき
  かけてふしたまへりおましのあたり物きよけに
  けはひかうはしう心にくゝそすみなしたまへる
  うちとけなからようゐありとみゆをもくわつらひ
  たる人はをのつからかみひけもみたれものむつかし
  きけはひもそふわさなるをやせさらほひたる
  しもいよ/\しろうあてなるさましてまくらを
  そはたてゝものなときこえ給けはひいとよはけに
  いきもたえつゝあはれけなりひさしうわつらひ」26ウ

  たまへるほとよりはことにいたうもそこなはれ
  たまはさりけりつねの御かたちよりも中/\
  まさりてなむみえ給とのたまふものからなみた
  をしのこひてをくれさきたつへたてなくとこ
  そちきりきこえしかいみしうもあるかなこの
  御心ちのさまをなにことにてをもり給とたに
  えきゝわき侍らすかくしたしきほとなから
  おほつかなくのみなとの給に心にはをもくなる
  けちめもおほえ侍らすそこ所とくるしきことも
  なけれはたちまちにかうも思たまへさりしほとに」27オ

  月日もへてよはり侍にけれはいまはうつし心も
  うせたるやうになんおしけなき身をさま/\に
  ひきとゝめらるゝいのりくわんなとのちからにや
  さすかにかゝつらふも中/\くるしう侍れは心も
  てなむいそきたつ心ちの(の#)しはへるさる(る+は)このよの
  わかれさりかたきことはいとおほうなむおやにも
  つかうまつりさしていまさらに御心ともをなやま
  し君につかうまつることもなかはのほとにて
  身をかへりみるかたはたましてはか/\しからぬ
  うらみをとゝめつるおほかたのなけきをは」27ウ

  さる物にて又心のうちに思給へみたるゝことの
  侍をかゝるいまはのきさみにてなにかはもら
  すへきと思はへれとなをしのひかたきことを
  たれにかはうれへ侍らむこれかれあまたもの
  すれとさま/\なることにてさらにかすめはへ
  らむもあいなしかし六てうの院にいさゝかなる
  ことのたかひめありて月ころ心のうちにかしこ
  まり申すことなむはへりしをいとほいなう
  世中心ほそう思なりてやまゐつきぬとおほえ
  はへしにめしありて院の御かのかくその心みの」28オ

  ひまいりて御けしきをたまはりしになをゆる
  されぬ御心はへあるさまに御ましりをみたてまつり
  はへりていとゝよになからへむこともはゝかりおほう
  おほえなり侍りてあちきなう思たまへしに
  心のさはきそめてかくしつまらすなりぬるに
  なむ人かすにはおほしいれさりけめとい△(△#は)け
  なうはへし時よりふかくたのみ申す心の侍しを
  いかなるさうけんなとのありけるにかとこれなむ
  このよのうれへにてのこり侍へけれはろなうかのゝ
  ちのよのさまたけにもやと思給ふるをことの」28ウ

  ついてはへらは御みゝとゝめてよろしうあきらめ
  申させたまへなからむうしろにもこのかうし
  ゆるされたらむなむ御とくにはへるへきなと
  の給まゝにいとくるしけにのみゝえまされはいみ
  しうて心のうちに思あはすることゝもあれとさし
  てたしかにはえしもおしはからすいかなる御心のお
  にゝかはさらにさやうなる御けしきもなくかく
  をもりたまへるよしをもきゝおとろきなけき
  たまふことかきりなうこそくちおしかり申給め
  りしかなとかくおほすことあるにてはいまゝて」29オ

  のこい(ひ&い)たまひつらむこなたか(か+な)たあきらめ申
  へかりけるものをいまはいふかひなしやとてとりかへ
  さまほしうかなしくおほさるけにいさゝかもひ
  まありつるおりきこえうけ給はるへうこそはへり
  けれされといとかうけふあすとしもやはと身つから
  なからしらぬいのちのほとを思ひのとめはへりけるも
  はかなくなむこのことはさらに御心よりもらし給
  ましさるへきついて侍らむおりには御ようゐくはへ
  たまへとてきこえをくになむ一条にものし給
  宮ことにふれてとふらひきこえたまへ心くるしき」29ウ

  さまにて院なとにもきこしめされたまはむを
  つくろひたまへなとの給いはまほしきことはおほ
  かるへけれと心ちせむかたなくなりにけれはいてさ
  せたまひねとてかきゝこえたまふかちまいるそ
  うともちかうまいりうへおとゝなとおはしあつまりて
  人/\もたちさはけはなく/\いて給ぬ女御をはさら
  にもきこえすこの大将の御かたなともいみしうなけ
  き給心おきてのあまねく人のこのかみ心にもの
  したまひけれは右の大とのゝきたのかたもこの
  きみをのみそむつましきものに思きこえ給けれは」30オ

  よろつに思なけき給て御いのりなとゝりわきて
  せさせ給けれとやむくすりならねはかひなきわさ
【付箋04】−「我こそや見ぬ人こふるくせつけれ/あふよりほかのやむくすりなし」(拾遺集665、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  になむありける女宮にもつゐにえたいめしきこ
  えたまはてあわのきえいるやうにてうせ給ぬとし
  ころしたの心こそねむころにふかくもなかりしか
  おほかたにはいとあらまほしくもてなしかしつきゝ
  こえてけなつかしう心はへおかしうゝちとけぬさまにて
  すくい給けれはつらきふしもことになしたゝかく
  みしかゝりける御身にてあやしくなへての世すさ
  ましう思給へけるなりけりと思いてたまふに」30ウ

  いみしうておほしいりたるさまいと心くるし宮す所
  もいみしう人わらへにくちおしとみたてまつり
  なけき給ことかきりなしおとゝきたのかたなとは
  ましていはむかたなくわれこそさきたゝめ世の
  ことはりなうつらいことゝこかれたまへとなにの
  かひなしあま宮はおほけなき心もうたて
  のみおほされて世になかゝれとしもおほさゝりし
  をかくなむときゝ給はさすか(か+に)いとあはれなりかし
  わか君の御ことをさそとおもひたりしもけにかゝ
  るへきちきりにてや思のほかに心うきことも」31オ

  ありけむとおほしよるにさま/\もの心ほそうて
  うちなかれ給ぬやよひになれはそらのけしき
  もゝのうらゝかにてこの君いかのほとになり給
  ていとしろうゝつくしうほとよりはおよすけて物
  かたりなとし給おとゝわたり給て御心ちはさは
  やかになりたまひにたりやいてやいとかひなくも
  はへるかなれいの御ありさまにてかくみなし
  たてまつらましかはいかにうれしう侍らまし心うく
  おほしすてけることゝなみたくみてうらみきこ
  え給ひゝにわたり給ていましもやむことなく」31ウ

  かきりなきさまにもてなしきこえ給御いかに
  もちゐまいらせたまはむとてかたちことなる
  御さまを人/\いかになときこえやすらへと院わたらせ
  たまひてなにか女にて(て$)物し給はゝこそおなし
  すちにていま/\しくもあらめとてみなみおもてに
  ちゐさきおましなとよそひてまいらせ給御めのと
  いとはなやかにさうそきて御前の物いろ/\をつくし
  たるこ物ひわりこの心はへともをうちにもとにも
  本の心をしらぬことなれはとりちらしなに心もな
  きをいと心くるしうまはゆきわさなりやとおほ
  す宮もおきゐ給て御くしのすゑのところせう」32オ

  ひろこりたるをいとくるしとおほしてひたいなと
  なてつけておはするに木丁をひきやりてゐ給へは
  いとはつかしうてそむきたまへるをいとゝちひさう
  ほそり給て御くしはをしみきこえてなかうそ
  きたりけれはうしろはことにけちめもみえ
  たまはぬほとなりすき/\みゆるにひいろとも
  きかちなるいまやういろなとき給てまたありつかぬ
  御かたはらめかくてしもうつくしきこともの心ち
  してなまめかしうおかしけなりいてあな心う
  すみそめこそなをいとうたてめもくるゝいろなり
  けれかやうにてもみたてまつることはたゆましき」32ウ

  そかしと思なくさめはへれとふりかたうわりなき
  心ちするなみたの人わろさをいとかう思すてら
  れたてまつる身のとかに思なすもさま/\にむね
  いたうくちおしくなむとりかへす物にもかなや
  とうちなけきたまひていまはとておほしはな
  れはまことに御心といとひすて給けるとはつかしう
  心うくなむおほゆへきなをあはれとおほせと
  きこえたまへはかゝるさまの人は物のあはれもしら
  ぬものときゝしをましてもとよりしらぬことにて
  いかゝはきこゆへからむとのたまへはかひなのことや」33オ

  おほしゝるかたもあらむ物をとはかりの給さしてわか
  君をみたてまつり給御めのとたちはやむことなく
  めやすきかきりあまたさふらふめしいてゝつかうまつ
  るへき心をきてなとの給あはれのこりすくなき世
  におひいつへき人にこそとていたきとりたまへはいと
  心やすくうちゑみてつふ/\とこえてしろうゝつくし
  大将なとのちこおひほのかにおほしいつるにはに給
  はす女御の御宮たちはたちゝみかとの御かたさまに
  わうけつきてけたかうこそおはしませことにすく
  れてめてたうしもおはせすこの君いとあてなるに」33ウ

  そへてあい行つきまみのかをりてゑかちなるなとを
  いとあはれと見給思なしにやなをいとようおほえ
  たりかしたゝいまなからまなこゐのゝの(の$)とかにはつ
  かしきさまもやうはなれてかをりおかしきかをさ
  まなり宮はさしもおほしわかす人はたさらに
  しらぬことなれはたゝひとゝころの御心のうちにのみ
  そあはれはかなかりける人のちきりかなとみ給にお
  ほかたの世のさためなさもおほしつゝけられてなみ
  たのほろ/\とこほれぬるをけふはこといみすへき
  日をとをしのこひかくし給しつかに思てなけくに
  たへたり
うちすうしたまふ五十八をとおとり」34オ

  すてたる御よはひなれとすゑになりたる心ちし
  給ていと物あはれにおほさる汝かちゝにともいさ
  めまほしうおほしけむかしこのことの心しれる
  人女はうの中にもあらむかししらぬこそねたけれ
  おこなりとみるらんとやすからすおほせとわか御とか
  あることはあへ(△△&あへ)なむふたついはむには女の御ため
  こそいとおしけれなとおほしていろにもいたし
  たまはすいとなに心なう物かたりしてわらひ
  給へるまみくちつきのうつくしきも心しらさらむ
  人はいかゝあらむなをいとよくにかよひたりけり
  とみ給におやたちのこたにあれかしとない給」34ウ

  らむにもえみせす人しれすはかなきかたみはかり
  をとゝめをきてさはかり思あかりおよすけたりし
  身を心もてうしなひつるよとあはれにおし
  けれはめさましとおもふ心もひきかへしうちな
  かれ給ぬ人/\すへりかくれたるほとに宮の御
  もとによりたまひてこの人をはいかゝみ給や
  かゝる人をすてゝそむきはてたまひぬへき世に
  やありけるあな心うとおとろかしきこえ給へは
  かほうちあかめておはす
    たかよにかたねはまきしと人とはゝ
  いかゝいはねのまつはこたへむ」35オ

  あはれなりなとしのひてきこえ給に御いらへも
  なうてひれふしたまへりことはりとおほせはし
  ゐてもきこえ給はすいかにおほすらむものふか
  うなとはおはせねといかてかはたゝにはとおし
  はかりきこえ給もいと心くるしうなむ大将のきみは
  かの心にあまりてほのめかしいてたりしをいか
  なることにかありけむすこし物おほえたるさま
  ならましかはさはかりうちいてそめたりしにいと
  ようけしきはみてましをいふかひなきとちめ
  にておりあしういふせくてあはれにもありし
                   かなと」35ウ

  おもかけわすれかたうてはらからの君たちよりも
  しゐてかなしとおほえ給けり女宮のかく世を
  そむきたまへるありさまおとろ/\しき御なやみ
  にもあらてすかやかにおほしたちけるほとよ
  又さりともゆるしきこえ給へきことかは二条
  のうへのさはかりかきりにてなく/\申給ときゝ
  しをはいみしきことにおほしてつゐにかく
  かけとゝめたてまつりたまへるものをなとゝり
  あつめて思くたくになをむかしよりたえすみゆる
  心はへえしのはぬおり/\ありきかしいとよう」36オ

  もてしつめたるうはへは人よりけにようゐ
  ありのとかになにことをこの人の心のうちに思
  らむとみゆ(ゆ$る)ひともくるしきまてありしかとすこ
  しよはきところつきてなよひすきたりし
  けそかしいみしうともさるましきことに心を
  みたりてかくしもみにかふへきことにやはあり
  ける人のためにもいとおしうわか身はいたつら
  にやなすへきさるへきむかしのちきりといひなから
  いとかる/\しうあちきなきことなりかしなと
  心ひとつに思へとをむな君にたにきこえいて」36ウ

  たまはすさるへきついてなくて院にもまた
  え申給はさりけりさるはかゝることをなむ
  かすめしと申いてゝ御けしきもみまほしかり
  けりちゝおとゝはゝきたのかたはなみたのいとま
  なくおほしゝつみてはかなくすくるひかすをも
  しり給はす御わさのほうふく御さうそくなに
  くれのいそきをも君たち御かた/\とり/\になむ
  せさせ給ける経仏のをきてなとも右大弁の君せ
  させ給七日/\の御す行なとを人のきこえおと
  ろかすにもわれになきかせそかくいみしと思」37オ

  まとふに中/\みちさまたけにもこそとてなき
  やうにおほしほれたり一条の宮にはましておほつか
  なうてわかれたまひにしうらみさへそひて日ころ
  ふるまゝにひろき宮のうち人けすくなう心ほ
  そけにてしたしくつかひならし(△&し)給し人はなを
  まいりとふらひきこゆこのみ給(給+し)たかむまなとそ
  のかたのあつかりともゝみなつくところなう思うし
  てかすかにいているをみ給もことにふれてあはれは
  つきぬものになむあ(あ+り)けるもてつかひたまひし
  御てうとゝもつねにひき給しひわゝこむ」37ウ

  なと(と+の)をもとりはなちやつされてねをたて
  ぬもいとむもれいたきわさなりや御前のこた
  ちいたうけふりて花は時をわすれぬけしきなる
  をなかめつゝ物かなしくさふらふ人/\もにひいろ
  にやつれつゝさひしうつれ/\なるひるつかたさきは
  なやかにをふをとしてこゝにとまりぬる人ありあ
  はれこ殿の御けはひとこそうちわすれては思
  つれとてなくもあり大将とのゝおはしたるなりけり
  御せうそこきこえいれたまへりれいの弁の君
  さい将なとのおはしたるとおほしつるをいと」38オ

  はつかしけにきよらなるもてなしにていり給へり
  もやのひさしにおましよそひていれたてまつ
  るをしなへたるやうに人/\のあへしらひきこえむは
  かたしけなきさまのし給へれはみやす所そたい
  めし給へるいみしきことを思給へなけく心は
  さるへき人/\にもこえてはへれとかきりあれは
  きこえさせやるかたなうてよのつねになり侍り
  にけりいまはのほとにものたまひをくこと
  はへりしかはをろかならすなむたれものとめ
  かたきよなれとをくれさきたつほとのけちめ」38ウ

  には思たまへをよはむにしたかひてふかき
  心のほとをも御らむせられにしかなとなむ神わさ
  なとのしけきころほひわたくしの心さしにま
  かせてつく/\とこもりゐはへらむもれいならぬこと
  なりけれはたちなからはた中/\にあかす思給へ
  らるへうてなむ日ころをすくし侍りにけるお
  とゝなとの心をみたりたまふさまみきゝ侍につけ
  てもおやこのみちのやみをはさる物にてかゝる
  御なからひのふかく思とゝめたまひけむほとをゝ
  しはかりきこえさするにいとつきせすなむとて」39オ

  しは/\をしのこひはなうちかみたまふあさやか
  にけたかき物からなつかしうなまめいたりみや
  す所もはなこゑになりたまひてあはれなる
  ことはそのつねなきよのさかにこそはいみしとても
  又たくひなきことにやはとゝしつもりぬる人は
  しゐて心つようさましはへるをさらにおほ
  しいりたるさまのいとゆゝしきまてしはしも
  たちをくれたまふましきやうにみえ侍れは
  すへていと心うかりける身のいまゝてなからへはへりて」39ウ

  かくかた/\にはかなきよのすゑのありさまを
  み給へすくすへきにやといとしつ心なくなむを
  のつからちかき御なからひにてきゝをよはせ給
  やうもはへりけむはしめつかたよりおさ/\うけ
  ひきゝこえさりし御ことをおとゝの御心むけも
  心くるしう院にもよろしきやうにおほしゆる
  いたる御けしきなとのはへしかはさらは身つからの
  心をきてのをよはぬなりけりと思給へなして
  なむみたてまつりつるをかくゆめのやうなることを」40オ

  みたまふるに思給へあはすれは身つからの心の
  ほとなむおなしうはつようもあらかひきこえ
  ましをと思はへるになをいとくやしうそれは
  かやうにしもおもひよりはへらさりきかしみこ
  たちはおほろけのことならてあしくもよくも
  かやうによつき給ことはえ心にくからぬことなり
  とふるめき心には思侍しをいつかたにもよらす
  なかそらにうき御すくせを(を$)なりけれはなにか
  はかゝるついてにけふりにもまきれ給なむはこの」40ウ

  御身のための人きゝなとはことにくちおし
  かるましけれとさりとてもしかすくよかにえ
  思しつむましうかなしうみたてまつり侍るに
  いとうれしうあさからぬ御とふらひのたひ/\に
  なり侍めるをありかたうも(も+と)きこえはへるも
  さらはかの御ちきりありけるにこそはと思や
  うにしもみえさりし御心はへなれといまはとて
  これかれにつけをき給ひける御ゆいこんのあはれ
  なるになむうきにもうれしきせはましり侍り」41オ

  けるとていといたうない給けはひなり大将も
  とみにえためらひ給はすあやしういとこよ
  なくをよすけたまへりし人のかゝるへうてや
  この二三ねんのこなたなむいたうしめりて物
  心ほそけに見え給しかはあまり世のことは
  りをおもひしりものふかうなりぬる人のすみ
  すきてかゝるためし心うつくしからすかへりては
  あさやかなるかたのおほくうすらくものなりと
  なむつねにはか/\しからぬ心にいさめきこえしかは」41ウ

  心あさしと思たまへりしよろつよりも人に
  まさりてけにかのおほしなけくらむ御心の
  うちのかたしけなけれといと心くるしうも
  侍るかなゝとなつかしうこまやかにきこえ給て
  やゝほとへてそいて給かの君は五六年のほとの
  このかみなりしかとなをいとわかやかになまめき
  あいたれてものし給しこれはいとすくよか
  におも/\しくをゝしきけはひしてかほのみ
  そいとわかうきよらなること人にすくれたまへる」42オ

  わかき人/\はものかなしさもすこしまきれて
  みいたしたてまつる御前ちかきさくらのいとお
  もしろきをことしはかりはとうちおほゆるも
  いま/\しきすちなりけれはあひ見むことはと
【付箋05】−「春ことに花のさかりはありなめと/あひ見むことはいのちなりけり」(古今97・古今六帖4050、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  くちすさひて
    時しあれはかはらぬいろにゝほひけり
  かたえかれにしやとのさくらもわさとなら
  すゝしなしてたち給にいとゝう
    この春はやなきのめにそたまはぬく」42ウ
【付箋06】−「よりあはせてなくなるこゑをいとに/して/わかなみたをはたまにぬかなむ」(古今六帖2480・伊勢集483、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  さきちる花のゆくゑしらねはときこえ給いと
  ふかきよしにはあらねといまめかしうかと
  ありとはいはれ給しかういなりけりけにめ
  やすきほとのよういなめりとみ給ちしの
  大殿にやかてまいり給へれは君たちあまた
  ものし給けりこなたにいらせたまへとあれは
  おとゝの御いてゐのかたにいり給へりためらひて
  たいめんし給へりふりかたうきよけなる御か
  たちいたうやせおとろへて御ひけなともと
  りつくろゐたまはねはしけりてをやのけう」43オ

  よりもけにやつれ給へりみたてまつり給より
  いとしのひかたけれはあまりにをさまらす
  みたれおつるなみたこそはしたなけれと思へは
  せめてそもてかくし給おとゝもとりわきて御
  中よくものしたまひしをとみ給にたゝ
  ふりにふりおちてえとゝめ給はすつきせぬ御
  ことゝもをきこえかはし給一条の宮にまて
  たりつるありさまなときこえ給いとゝしう
  春さめかとみゆるまてのきのしつくにこと」43ウ

  ならすぬらしそへ給たらむかみにかのやなき
  のめにそとありつるをかい給つるをたてまつり
  たまへはめもみえすやとをしゝほりつゝみ給うち
  ひそみつゝそ見給御さまれいは心つようあ
  さやかにほこりかなる御けしきなこりなく
  人わろしさるはことなることなかめれとこの
  たまはぬくとあるふしのけにとおほさるゝに
  心みたれてひさしうえためらひたまはす
  君の御はゝ君のかくれたまへりし秋なむ」44オ

  よにかなしきことのきはにはおほえ侍りしを
  女はかきりありてみる人すくなうとあること
  もかゝることもあらはならねはかなしひも
  かくろへてなむありけるはか/\しからねとお
  ほやけもすて給はすやう/\人となりつかさく
  らゐにつけてあひたのむ人/\をのつからつき/\
  におほうなりなとしておとろきくちおしかる
  もるいにふれてあるへしかうふかきおもひは
  そのおほかたの世のおほえも(も+つかさ)くらゐもおも」44ウ

  ほえすたゝことなることなかりし身つからのあ
  りさまのみこそたへかたくこひしかりけれなに
  はかりのことにてかおもひさますへからむとそら
  をあふきてなかめ給ゆふくれのくものけしき
  にひいろにかすみてはなのちりたるこすゑとも
  をもけふそめとゝめ給この御たゝむかみに
    このしたのしつくにぬれてさかさまに
  かすみのころもきたる春かな 大将の君
    なき人も思はさりけむうちすてゝ
  ゆふへのかすみきみきたれとは 弁君」45オ

    うらめしやかすみのころもたれきよと
  はるよりさきに花のちりけむ
  御わさなとよのつねならすいかめしうなむ
  ありける大将とのゝきたのかたをはさる物にて
  とのは心ことにす経なともあはれにふかき心は
  へをくはへ給かの一条の宮にもつねにとふら
  ひきこえ給う月はかりのうのはなはそこ
  はかとなう心ちよけにひとついろなるよもの
  こすゑもおかしうみえわたるをもの思やとはよろ」45ウ

  つのことにつけてしつかに心ほそうくらしかね
  たまふにれいのわたり給へりにはもやう/\
  あおみいつるわかくさみえわたりこゝかしこ
  のすなこうすきものゝかくれのかたによも
  きもところえかほなりせんさいに心いれてつ
  くろひたまひしも心にまかせてしけりあひ
  ひとむらすゝきもたのもしけにひろこりて
  むしのねそへむ秋思やられ(れ$)るゝよりいと物
  あはれにつゆけくてわけいり給いよすかけわたして」46オ

  にひ(ひ+い)ろのき丁のころもかへしたるすきかけ
  すゝしけにみえてよきわらはのこまやかにゝ
  はめるかさみのつまかしらつきなとほのみえた
  るおかしけれとなをめおとろかるゝいろなりかし
  けふはすのこにゐたまへはしとねさしいてたり
  いとかるらかなるをましなりとてれいの宮す所
  おとろかしきこゆれとこのころなやましとて
  よりふしたまへりとかくきこえまきらはすほと
  お(△&お)まへのこたちとも思ことなけなるけしきを」46ウ

  み給もいと物あはれなりかしはきとかえて
  とのものよりけにわかやかなるいろしてえたさ
  しかはしたるをいかなるちきりにかすゑあ
  へるたのもしさよなとの給てしのひやかにさ
  しよりて
    ことならはならしのえたにならさなむ
  はもりの神のゆるしありきとみすのとのへたて
  あるほとこそうらめしけれとてなけしに
  よりゐたまへりなよひすかたはたいといた
  うたをや(や+き)けるをやとこれかれつきしろふ」47オ

  この御あへしらひきこゆる少将の君といふ人
  して
    かしは木にはもりの神はまさすとも
  人ならすへきやとのこすゑかうちつけな
  る御ことのはになむあさう思給へなりぬる
  ときこゆれはけにとおほすにすこしほお
  ゑみたまひぬ宮す所ゐさりいて給けはひ
  すれはやをらゐなおり給ぬうき世中
  を思給へしつむ月日のつもるけちめにや」47ウ

  みたり心ちもあやしうほれ/\しうてすくし
  侍るをかくたひ/\かさねさせ給御とふら
  ひのいとかたしけなきに思給へおこしてなむ
  とてけになやましけなる御けはゐなり
  おもほしなけくはよのことはりなれと又
  いとさのみはいかゝよろつのことさるへきにこ
  そはへめれさすかにかきりある世になむと
  なくさめきこえ給この宮こそきゝしよりは
  心のおくみえ給へあはれけにいかに人わらはれ」48オ

  なることをとりそへておほすらむと思もたゝ
  ならねはいたう心とゝめて御ありさまもとひ
  きこえ給けりかたちそいとまほにはえ物し
  給ましけれといとみくるしうかたわらいたき
  ほとにたにあらすはなとてみるめにより
  人をも思あき又さるましきに心をもまと
  はすへきそさまあしやたゝ心はせのみこそ
  いひもてゆかむにはやむことなかるへけれと
  おもほすいまはなをむかしにおもほし」48ウ

  なすらへてうとからすもてなさせ給へなと
  わさとけさうひてはあらねとねむころに
  けしきはみてきこえ給なおしすかたいと
  あさやかにてたけたちもの/\しうそろゝ
  かにそみえ給けるかのおとゝはよろつのこと
  なつかしうなまめきあてにあい行つき給
  へることのならひなきなりこれはをゝしう
  はなやかにあなきよらとふと見え給にほひ
  そ人にゝぬやとうちさゝ(△△&さゝ)めきておなしうは」49オ

  かやうにてもいていり給はましかはなと人/\
  いふめりいうしやうくんかつかにくさはしめて
  あおしとうちくちすさひてそれもいとち
  かきよのことなれはさま/\にちかうとをう
  心みたるやうなりし世中にたかきもくた
  れるもおしみあたらしからぬはなきも
  むへ/\しきかたをはさる物にてあやしう
  なさけをたてたる人にそものし給けれは」49ウ

  さしもあるましきおほやけ人女はう
  なとのとしふるめきたる(る+と)もさへこひかな
  しひきこゆるましてうへには御あそひ
  なとのおりことにもまつおほしいてゝなむ
  しのはせ給けるあはれ衛もんのかみといふこと
  くさなにことにつけてもいはぬ人なし六条
  の院にはましてあはれとおほしいつること
  月日にそへておほかりこのわか君を御心ひと
  つにはかたみと見なしたまへと人のおもひ」50オ

  よらぬことなれはいとかひなし秋つかたに
  なれはこのきみはゐさりなと」50ウ

【奥入01】文集
    五十八自嘲詩
    五十八翁方有後静<シツカニ>思堪<タヘタリ>喜亦堪嗟<ナケク>
    持盃祝<イノリ>願<ネカフコト>無他語慎<ツヽシテ>勿<ナカレ>頑<カタクナニ>愚<ヲロカナルコト>似汝耶<チニ>
    白楽天は子なくして老にのそむ人也
    五十八にてはしめて男子むまれたりむまるゝ
    事をそきによりて生遅と名つくその子に
    むかひてつくりける詩也(戻)」51オ

【奥入02】妹与我呂」51ウ

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