柏木(大島本) First updated 1/13/2002(ver.1-1)
Last updated 4/10/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

柏木

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「かしは木」(題箋)

  衛門のかむのきみ・かくのみなやみわたり給
  こと・猶をこたらてとしもかへりぬ・おとゝ・きたの
  かた・おほしなけくさまをみたてまつるに・
  しゐてかけはなれなんいのちかひなく・つみ
  をもかるへきことを・思心は・心として・また
  あなかちにこの世にはなれかたく・おしみとゝ
  めまほしき身かは・いはけなかりしほとより・お
  もふ心ことにて・なに事をも人に・いまひと
  きは・まさらむと・おほやけわたくしのことに
  ふれて・なのめならすおもひのほりしかと・」1オ

  そのこゝろかなひかたかりけりと・ひとつふたつの
0001【ひとつふたつのふし】-まつ一は位なとあさくて女三宮の御うしろみにせられぬ事
  ふしことに・みを思をとしてしこなた・なへて
0002【なへての世中】-\<朱合点> 大方ハ我身一ノうきからニなへての世をもうらみつるかな(明融臨模本付箋01 拾遺集953・拾遺抄346、異本紫明抄・紫明抄・紫明抄・河海抄)
  の世中すさましうおもひなりて・のちの
  世のをこなひに・ほひふかくすゝみにしを・
  おやたちの御うらみを思ひて・野山にも・
0003【野山にも】-\<朱合点> 古今 いつくニか世をハいとはん心こそ野にも山にもまとふへらなれ(明融臨模本付箋02 古今947・新撰和歌285、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  あくかれむみちのをもきほたしなるへく
0004【ほたしなるへく】-\<朱合点>
  おほえしかは・とさまかうさまにまきらはし
  つゝ・すくしつるを・つゐになを世にたち
  まふへくもおほえぬものおもひのひとかた
  ならす・みにそひにたるは・われよりほかに・」1ウ

  たれかは・つらき心つから・もてそこなひつるに
  こそあめれとおもふに・うらむへき人もなし・
  仏神をもかこたんかたなきは・これみな
  さるへきにこそあらめ・たれもちとせの
0005【たれもちとせの】-\<朱合点> 六 うくも世ニ心ニ物ノかなわぬはたれも 小野(尊経閣文庫本付箋01・明融臨模本付箋03 古今六帖2096、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  まつならぬ世は・つゐにとまるへきにもあ
  らぬを・かく人にもすこしうちしのはれぬ
  へきほとにて・なけのあはれをも・かけ給
0006【なけのあはれ】-女三宮ノ事也
  人のあらむをこそは・ひとつおもひに・もえ(ひえ&もえ)ぬ
0007【ひとつおもひに】-\<朱合点> 古今 なつむしの身をいタツラニナス事もヒトツ(尊経閣文庫本付箋02・明融臨模本付箋04 古今544・古今六帖3984、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  るしるしにはせめ・/\てなからへは・をのつから
  あるましき名をもたち・われも人も・」2オ

  やすからぬみたれいてくるやうもあらむよりは・
  なめしと・心をい給らんあたりにも・さりとも
0008【なめしと】-源氏ノ無礼也と思給はん事也
  おほしゆるいてんかし・よろつのこといまはの
  とちめには・みなきえぬへきわさなり・また・こと
  さまのあやまちしなけれは・としころも
  のゝおりふしことには・まつはしならひ給
  にしかたのあはれもいてきなんなと・つれ/\に
  おもひつゝくるも・うちかへし・いとあちきなし・
  なとかくほともなくしなしつるみならむと・
  かきくらしおもひみたれて・まくらもうきぬ」2ウ
0009【まくらもうきぬはかり】-古今 涙川枕なかるゝうきねニハ(明融臨模本付箋05 古今527、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  はかり人やりならすなかしそへつゝ・いさゝか
  ひまありとて・人/\たちさり給へるほとに・
  かしこに・御ふみ奉れ給・いまはかきりになり
0010【かしこに】-女三宮
  にて侍るありさまは・をのつからきこし
  めすやうもはへらんを・いかゝなりぬるとたに・
  御みゝとゝめさせ給はぬも・ことはりなれと・
  いとうくも侍るかななときこゆるに・いみしう
  わなゝけは・おもふこともみなかきさして
    いまはとてもえむけふりもむすほゝれ
0011【いまはとて】-衛門督
  たえぬおもひのなをやのこらむあはれと」3オ

  たにのたまはせよ・心のとめて人やりならぬ
0012【人やりならぬ】-\<朱合点> 古今 人やりの道ならなくニ(古今388・新撰和歌185、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  やみにまよはむみちのひかりにもし侍らんと
  きこえ給・侍従にもこりすまにあはれなる
0013【こりすまに】-\<朱合点> こりすまに又も(古今631、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)
  ことゝもいひおこせ給へり・みつからも・いま
  ひとたひいふへきことなんとの給へれは・
  この人も・わらはより・さるたよりにまいり
  かよひつゝ・見奉りなれたる人なれは・おほ
  けなき心こそうたておほえ給つれ・いまは
  ときくは・いとかなしうて・なく/\猶この
  御返・まことにこれをとちめにもこそ侍」3ウ

  れときこゆれは・我もけふかあすかの
0014【我もけふかあすかの】-女三宮ノ御詞
  心地して・ものこゝろほそけれは・おほかた
  のあはれはかりはおもひしらるれと・いと心
  うきことゝ・おもひこりにしかは・いみしうなん
  つゝましきとて・さらにかい給はす・御心本
  上のつよくつしやかなるにはあらねと・はつ
  かしけなる人の御けしきのおり/\に・
  まほならぬかいとおそろしうわひしきなるへし・
  されと御すゝりなとまかなひて・せめき
  こゆれは・しふ/\にかい給を・とりてしの」4オ

  ひてよひのまきれに・かしこにまいりぬ・
  おとゝ・かしこき・をこなひ人・か(△&か)つらき山
0015【かつらき山】-文武御宇役行者事
  よりさうしいてたる・まちうけたまひて・
  かちまいらせんとしたまふ・御すほう・ときやう
  なとも・いとおとろ/\しうさはきたり・
  人の申まゝに・さま/\ひしりたつ・けんさ
  なと・のおさ/\世に(に+も<朱>)きこえす・ふかき山に
  こもりたるなとをも・おとうとのきみたち
  を・つかはしつゝ・たつねめすに・けにくゝ・心
  つきなきやまふしとも・なともいとおほく」4ウ

  まいる・わつらひ給さまの・そこはかとなく・
  ものを心ほそく思ひて・ねをのみ時/\
  なき給・おんやうしなとも・おほくは・女の
  りやうとのみうらなひ申け(△&け)れ(れ+は<朱>・)さる事も
  やと・おほせと・さらにものゝけのあらはれ
  いてくるもなきに・おもほしわつらひて・
  かゝるくま/\をもたつね給なりけり・
  このひしりもたけたかやかに・まふし・
0016【まふし】-目也<朱>
  つへたましくて・あららかにおとろ/\しく
0017【つへたましく】-つへ/\しきなといふ心なり
  たらによむを・いてあなにくや・つみの」5オ

  ふかきみにやあらむたらにのこゑたかき
  は・いとけおそろしくて・いよ/\しぬへく
0018【いよ/\しぬへく】-時平公御子あつたゝの中納言事
  こそおほゆれとて・やをらすへりいてゝ・こ
  の侍従と・かたらひ給・おとゝはさもしり
  給はす・うちやすみたると・人/\・して申させ
  たまへは・さおほしてしのひやかにこのひしり
  とものかたりし給(△&給)・をとなひ給へれとなを
  はなやきたるところつきてものわらひし
  給・おとゝのかゝるものともと・むかひゐて・
  このわつらひそめ給しありさま・なにとも」5ウ

  なくうちたゆみつゝ・おもりたまへること
  まことに・この物のけあらはるへう・ねんし
  たまへなと・こまやかにかたらひ給も・いと
  あはれなり・あれきゝ給へ・なにのつみとも
  おほしよらぬに・うらなひよりけん女のりやう
  こそ・まことにさる御しふのみにそひたる
  ならは・いとはしきみも・ひきかへやむこと
  なくこそなりぬへけれ・さてもおほけな
  き心ありて・さるましきあやまちを
  ひきいてゝ・人の御名をもたて・みをも」6オ

  かへりみぬたくひ・むかしのよにもなくやは
  ありけると・おもひなをすに・なをけはひ
  わつらはしう・かの御心に・かゝるとかをしら
  れ奉て・よになからへんことも・いとまはゆく
  おほゆるは・けにことなる・御ひかりなるへし・
  ふかきあやまちもなきに・見あはせ
  奉りしゆふへのほとより・やかてかきみたり
  まとひそめにし・たましゐのみにも
  かへらすなりにしを・かの院のうちに・あく
0019【かの院のうちに】-源
  かれありかは・むすひとゝめ給へよなと・」6ウ
0020【むすひとゝめ給へよ】-\<朱合点> 伊ー 思あまりいてにし玉ノあるならん夜ふかく見へハ玉むすひせよ(明融臨模本付箋10 伊勢物語189、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  いとよはけに・からのやうなるさまして・なき
0021【からのやうなるさま】-\<朱合点> うつせみハからを見つゝもなくさめつ(明融臨模本付箋11 古今831・新撰和歌166・遍昭集13、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  みわらひみ・かたらひ給・宮も物をのみ・はつ
  かしう・つゝましとおほしたるさまを
  かたる・さてうちしめりおもやせ給へらん御
  さまのおもかけに・みたてまつる心地して・
  おもひやられたまへは・けにあくかるらむた
  まや・ゆきかよふらんなと・いとゝしき・心地
  にも・みたるれは・いまさらにこの御ことよ・
  かけてもきこえし・このよはかうはかな
  くてすきぬるを・なかきよのほたしにも」7オ

  こそと思(思+ふ<朱>)なむ・いとおしき心くるしき
  御ことを・たいらかにとたに・いかてきゝほい奉
  らむ・見しゆめを・心ひとつにおもひあは
  せて・又かたる人もなきか・いみしう・いふせ
  くもあるかななと・とりあつめおもひし見たま
  へるさまの・ふかきをかつはいとうたてお
  そろしう思へと・あはれはたへしのはす・
  この人もいみしうなく・しそくめして・
  御返み給へは・御てもなをいとはかなけに・
  おかしきほとにかい給て・心くるしうきゝ」7ウ

  なからいかてかは・たゝおしはかり・のこらんと
  あるは
    たちそひてきえやしなましうきことを
0022【たちそひて】-女三宮
  おもひみたるゝけふりくらへにをくるへう
  やはとはかりあるを・あはれにかたしけなしと
  おもふ・いてやこのけふりはかりこそは・この
  よのおもひてならめ・はかなくもありける
  かなと・いとゝなきまさり給て・御返ふし
  なからうちやすみつゝかひ給・ことのはのつゝき
  もなう・あやしきとりのあとのやうにて」8オ

    ゆくゑなき空のけふりとなりぬとも
0023【ゆくゑなき】-衛門督
  おもふあたりをたちははなれしゆふへは
  わきてなかめさせ給へ・とかめきこえさせ
  給はん人めをも・いまは心やすくおほし
  なりて・かひなきあはれをたにも・たえす
  かけさせ給へなと・かきみたりて心ちのく
  るしさまさりけれは・よしいたうふけぬ
  さきに・かへりまいり給て・かくかきりの
  さまになんともきこえ給へ・いまさらに
  人あやしとおもひあはせむを・わかよのゝち」8ウ

  さへ・思こそくちおしけれ・いかなるむかしの
  ちきりにて・いとかゝることしも心にしみ
  けむと・なく/\ゐさりいり給ぬれは・れい
  は・むこに・むかへすゑてすゝろことをさへ・
0024【むこに】-無期
0025【むかへすゑて】-侍従
  いはせまほしうし給を・ことすくなにてもと
  思かあはれなるに・えもいてやらす・御あり
  さまを・めのともかたりて・いみしうなき
  まとふ・おとゝなとのおほしたるけしきそ
  いみしきや・きのふけふすこしよろしかり
  つるを・なとかいとよはけには見え給と・さ」9オ

  はき給・なにかなをとまり侍ましき
  なめりときこえ給て・みつからもない給・宮
  はこの暮つかたよりなやましうし給ける
  を・その御けしきとみたてまつりしりたる
  人/\さはきみちて・おとゝにもきこえ
  たりけれは・おとろきてわたり給へり御心
  のうちは・あなくちおしや・又おもひまする
  かたなくて・み奉らましかは・めつらしく
  うれしからましとおほせと・人にはけしき
  もらさしとおほせは・けんさなとめし・みす」9ウ

  法はいつとなくふたんにせらるれは・そう
  ともの中に・けんあるかきりみなまいりて
  かちまいりさはく・よ一夜・なやみあかさせ給
  て・ひさしあかるほとに・むまれ給ぬ・おとこ
  きみときゝ給に・かくしのひたることのあや
  にくにいちしるきかほつきにて・さしいて
  給へらんこそ・くるしかるへけれ・女こそなにと
  なく・まきれ・あまたの人のみるものなら
  ねは・やすけれとおほすに・又かく心くるし
  きうたかひましりたるにては・心やすき」10オ

  かたにものし給も・いとよしかし・さても
  あやしや・わかよとゝもに・おそろしと思ひし
  ことのむくひなめり・このよにてかくおもひ
  かけぬことに・むかはりぬれは・のちのよの
0026【むかはり】-向
  つみも・すこしかろみなんやとおほす・人
  はたしらぬことなれは・かく心ことなる御はら
  にて・すゑにいておはしたる御おほえ・いみし
  かりなんと・おもひいとなみつかうまつる・御
  うふやのきしきいかめしうおとろ/\し・
  御かた/\さま/\にしいて給・御うふやし」10ウ

  ない・よのつねのおしき・ついかさね・たかつき
  なとの心はへも・ことさらに心/\にいとまし
  さ見えつゝなむ・五日の夜中宮の御かたより・
  こもちの御前の物・女房の中にも・しな/\に・
0027【こもちの御前】-女三
  思あてたるきは/\おほやけことに・いかめしう
  せさせ給へり・御かゆて・とむしき五十具・と
  ころ/\の・きやう院のしもへ・ちやうのめし
0028【きやう】-饗
0029【しもへ】-召次
0030【めしつきところ】-召次所
  つきところなにかのくまゝて・いかめしくせ
  させ給へり・みやつかさ大夫よりはしめて・
0031【みやつかさ】-ー司
0032【大夫】-中宮職
  院殿上人みなまひれり・七(七+日)夜は・うちより」11オ

  それもおほやけさまなり・ちしのおとゝなと
  心ことにつかうまつり給へきに・このころは
  なにこともおほされて・おほそうの御とふら
  ひのみそありける・みやたち・かんたちめ
  なとあまたまいり給・おほかたのけしきも・
  よになきまてかしつききこえたまへと・
  おとゝの御心のうちに・心くるしとおほすこと
0033【おとゝ】-源
  ありて・いたうも・もてはやしきこえ
  給はす・御あそひなとはなかりけり・宮はさは
  かりひわつなる御さまにて・いとむくつけう・」11ウ

  ならはぬことのおそろしうおほされけるに・御ゆ
  なともきこしめさす・みの心うきことを・
  かゝるにつけてもおほしいれはさはれこの
  ついてにも・しなはやとおほす・おとゝはいと
  よう人めをかさりおほせと・またむつかし
  けにおはするなとを・とりわきてもみたて
  まつり給はすなとあれは・おいしらへる人
  なとは・いてやをろそかにもおはしますかな・
  めつらしうさしいて給へる・御ありさまの・
  かはかりゆゝしきまてにおはしますをと・」12オ

  うつくしみきこゆれは・かたみゝみにきゝ
  給て・さのみこそはおほしへたつることも
  まさらめと・うらめしう・わかみつらくて・あま
  にもなりなはやの御こゝろつきぬ・よるなとも
  こなたにはおほとのこもらす・ひるつかたなと
  そさしのそき給・よのなかのはかなきを・
  みるまゝにゆくすゑみしかう・ものこゝろ
  ほそくて・をこなひかちになりにて侍れ
  は・かゝるほとのらうかはしき心ちするに
  より・えまいりこぬを・いかゝ御心ちはさはやか」12ウ

  におほしなりにたりや・心くるしうこそとて・
  御木丁のそはより・さしのそき給へり・御くし
  もたけ給て・猶えいきたるましき心ち
  なむし侍を・かゝる人はつみもをもかなり・
  あまになりて・もしそれにやいきとまる
  と心み・又なくなるとも・つみをうしなふ
  こともやとなんおもひ侍ると・つねの御け
  はひよりは・いとをとなひてきこえ給を・いと
0034【いとうたて】-源詞
  うたてゆゝしき御ことなり・なとてか・さまて
  はおほす・かゝることはさのみこそ・おそろし」13オ

  かむなれとさて・なからへぬわさならは
  こそあらめときこえ給・御心のうちには・
  まことにさもおほしよりての給はゝ・さやう
  にて・見たてまつらむは・あはれなり・なん
  かし・かつみつゝもことにふれて・心をかれ
  給はんか・心くるしうわれなからも・えおもひ
  なをすましう・うき(き+事<朱>)のうちましりぬ
  へきを・をのつからをろかに人のみとか
  むることもあらんか・いと/\おしう院なとの
  きこしめさんことも・わかをこたりにのみこそは」13ウ

  ならめ・御なやみにことつけて・さもやなし
  たてまつりてましなと・おほしよれと・又いと
  あたらしう・あはれにかはかり・とをき御くし
  のおいさきを・しかやつさんことも・心くるし
  けれは・なをつよくおほしなれ・けしうは
  おはせし・かきりとみゆる人も・たいらかなる
  ためしちかけれは・さすかにたのみあるよに
  なんなときこえ給て・御ゆまいり給・(給・+に<朱>)いと
  いたうあをみやせて・あさましうはかな
  けにて・うちふし給へる・御さまの・おほ」14オ

  ときうつくしけなれは・いみしきあやまち
  ありとも・心よはくゆるしつへき御ありさま
  かなとみたてまつり給・山のみかとは・めつら
  しき御こと・たいらかなりときこしめして・
  あはれにゆかしうおもほすに・かくなやみ
  給よしのみあれは・いかにものし給へきに
  かと・御をこなひもみたれておほしけり・
  さはかりよはり給へる人のものをきこし
  めさてひころへ給へは・いとたのもしけ
  なくなり給て・としころ・見奉らさりし」14ウ

  ほとよりも・院のいとこひしくおほえ給を・
  又も見奉らすなりぬるにやと・いたうな
  い給・かくきこえ給さまさるへき人して・
  つたへそうせさせ給けれは・いとたへかたう・か
  なしとおほして・あるましきことゝはおほし
  なから・よにかくれていてさせ給へり・かねて
  さる御せうそこもなくて・にはかにかくわたり
  おはしまいたれは・あるしの院おとろき
  かしこまりきこえ給・よの中をかへりみす
0035【よの中を】-朱ー詞
  ましう思ひ侍しかと・なをまとひさめ」15オ

  かたきものは・このみちのやみになん侍け
0036【このみちのやみに】-\<朱合点>
  れは・をこなひも・けたひして・もしをくれ
  さきたつみちのたうりのまゝならて・
  わかれなは・やかてこのうらみもや・かたみに
  のこらむと・あちきなさに・このよのそし
  りをはしらて・かくものし侍ときこえ
  給・御かたちことにても・なまめかしうなつ
  かしきさまに・うちしのひやつれ給て・う
  るはしき御ほうふくならす・すみそめ
  の御すかたあらまほしうきよらなるも・うら」15ウ
0037【あらまほしう】-源心

  やましくみたてまつり給・れいのまつなみた
  おとし給・わつらひ給御さま・ことなるなやみ
  にも侍らす・たゝ月ころよはり給へる御あり
  さまに・はか/\しうものなともまいらぬつもり
  にや・かくものし給ふにこそなときこえた
  まふ・かたはらいたきおましなれともとて・
  御丁のまへに御しとねまいりて・いれ奉
  り給・宮をもとかう人/\つくろひきこえ
  て・ゆかのしもにおろし奉る・御き丁すこし
  をしやらせ給て・よひのかちのそうなとの」16オ

  心ちすれと・またけむつくはかりのをこ
  なひにもあらねは・かたはらいたけれと・
  たゝおほつかなくおほえ給らんさまを・さ
  なからみ給へきなりとて・御めをしのこはせ
  給・宮もいとよはけにない給て・いく
  へうもおほえ侍らぬを・かくおはし
  まいたるついてに・あまになさせ給てよ
  ときこえ給・さる御本いあらは・いとたう
  ときことなるを・さすかに・かきらぬいのちの
  ほとにて・行すゑとをき人は・かへりて」16ウ

  ことのみたれあり・よの人にそしらるゝやう
  ありぬへきなんと・のたまはせて・おとゝの
  きみに・かくなんすゝみのたまうを・いま
  はかきりのさまならは・かた時のほとにても・
  そのたすけあるへきさまにてとなん・思
  給ふるとの給へは・ひころもかくなんの給へと・
  さけなんとの人の心たふろかして・かゝるかた
  にてすゝむるやうも・はへなるをとて・きゝも
  いれはへらぬなりときこえ給・ものゝけの
0038【ものゝけのをしへにても】-朱ー詞
  をしへにても・それにまけぬとて・あしかるへき」17オ

  ことならはこそ・はゝからめ・よはりにたる人の
  かきりとて・ものし給はんことを・きゝすくさむ
  は・のちのくい心くるしうやとの給・御心の
  うち・かきりなう・うしろやすくゆつりを
  きし御事を・うけとりたまひて・さしもこゝろ
  さしふかゝらす・わかおもふやうにはあらぬ御
  けしきを・ことにふれつゝ・としころきこし
  めしおほしつめける事・いろにいてゝうらみ
  きこえ給へきにもあらねは・よの人のお
  もひいふらん所も・くちおしうおほしわたるに・」17ウ

  かゝるおりに・もてはなれなんも・なにかは人
  はらはへに・よをうらみたるけしきならて・さも
  あらさらん・おほかたのうしろみには・なをたの
  まれぬへき御おきてなるを・たゝあつけを
  き奉りししるしには・おもひなし・にく
  けにそむくさまにはあらすとも・御そうふん
  に・ひろくおもしろき・宮給はり給へるを・
  つくろひて・すませたてまつらん・わかおはし
  ますよに・さるかたにても・うしろめたからす
  きゝおき・またかのおとゝもさいふとも・いと」18オ

  をろかにはよもおもひはなち給はし・その
  心はへをも・みはてんとおもほしとりて・さらは
  かくものしたるついてに・いむ事うけたまはん
  をたに・けちえんにせんかしとのたまはす・
  おとゝのきみ・うしとおほすかたもわすれて・
0039【おとゝのきみ】-源
  こはいかなるへき事そとかなしくくちおし
  けれは・えたへ給はす・うちにいりて・なとか
0040【なとかいくはくも】-\<朱合点> 古今 いく世しもあらし我身をなとてかく海人ノかるもに思みたるゝ(明融臨模本付箋18 古今934・古今六帖1850、河海抄・孟津抄)
  いくはくも侍ましき身をふりすてゝ・かうは
  おほしなりにける・なをしはし心をしつめ
  給て・御ゆまいりものなとをも・きこしめせ・」18ウ

  たうときことなりとも・御身よはうては・をこ
  なひもし給てんや・かつはつくろひ給てこそと
  きこえ給へと・かしらふりて・いとつらうの
  給ふとおほしたり・つれなくてうらめしと
  おほす事もありけるにやと・見たてまつり
  給に・いとをしうあはれなり・とかくきこえ
  かへさひおほしやすらふほとに・夜あけかたに
  なりぬ・かへりいらんにみちもひるははしたなかる
  へしといそかせ給て・御いのりにさふらふ中に・
  やんことなう・たうときかきりめしいれて・御」19オ

  くしおろさせ給・いとさかりにきよらなる
  御くしを・そきすてゝいむ事うけ給さほう
  かなしうくちおしけれは・おとゝはえしのひ
  あへ給はす・いみしうない給・院はたもと
  よりとりわきて・やむことなく人よりも
  すくれて・見奉らんとおほししを・このよ
  には・かひなきやうにない奉るも・あかす
  かなしけれは・うちしほたれ給・かくてもたいらか
  にておなしうは・念すをもつとめ給へときこえ
  おき給て・あけはてぬるにいそきていてさせ」19ウ

  給ぬ・宮はなをよはう・きえいるやうにし
  たまひて・はか/\しうも・えみ奉らす・もの
  なともきこえ給はす・おとゝもゆめのやうに
  思たまへみたるゝ心まとひに・かうむかし
  おほえたる・みゆきのかしこまりをも・え御
  らんせられ(△&れ)ぬらうかはしさは・ことさらにまいり
  はんへりてなんときこえたまふ・御をくりに
  人々まいらせ給・世中のけふかあすかに
0041【世中の】-朱詞
  おほえ侍しほとに・又しる人もなくて・たゝ
0042【又しる人もなくて】-\<朱合点> 古今 枕より又しる人も(古今670・古今六帖3231、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  よはんことのあはれに・さりかたう・おほえはへ」20オ

  しかは・御ほいにはあらさりけめと・かくきこえ
  つけて・としころは心やすくおもひ給へ
  つるを・もしもいきとまり侍らは・さまことに
  かはりて・人しけきすまひは・つきなかる
  へきを・さるへき山さとなとに・かけはなれ
  たらむありさまも・又さすかに心ほそかるへ
  くや・さまにしたかひて・なをおほしはな
  つましくなときこえ給へは・さらにかくまて
0043【さらにかくまて】-源詞
  おほせらるゝなん・かへりてはつかしう思
  たまへらるゝ・みたれ心ちとかく・みたれ侍て・」20ウ

  なに事もえわきまへ侍らすとて・けにいと
  たへかたけにおほしたり・こやの御かちに御ものゝ
0044【御ものゝけ】-六条御息所死霊
  けいてきて・かうそあるよ・いとかしこう・とり
  かへしつと・ひとりをはおほしたりしか・いと
  ねたかりしかは・このわたりに・さりけなくて
  なん・ひころさふらひつる・いまはかへりなんとて・
  うちわらふ・いとあさましう・さはこのものゝ
0045【うちわらふ】-邪気
  けのこゝにも・はなれさりけるにやあらんと・おほ
  すに・いとおしうくやしうおほさる・宮すこし
  いきいて給やうなれと・なをたのみかたけに」21オ

  のみ見え給・さふらふ人々も・いといふかひなう
  おほゆれと・かうてもたいらかに・たにおはし
  まさはとねんしつゝ・みすほう又のへて・
  たゆみなくをこなはせなと・よろつにせ
  させ給・かのゑもんのかみはかゝる御ことをきゝ
  たまふに・いとゝきえいるやうにし給・むけに
  たのむかたすくなうなり給にたり・女宮の
0046【女宮の】-落ー
  あはれにおほえ給へは・こゝにわたり給はん事
  は・いまさらにかる/\しきやうにあらんを・
  うへもおとゝも・かくつとそひおはすれは・」21ウ
0047【うへも】-柏木母

  をのつからとりはつして・みたてまつり給
  やうもあらむに・あちきなしとおほして・
  かの宮にとかくして・いまひとたひまうてん
  との給を・さらにゆるしきこへたまはす・
  たれにもこの宮の御事をきこえつけ給・
0048【この宮】-落ー
  はしめより(り+はゝ<朱>)みやすところは・おさ/\心ゆき
  給はさりしを・このおとゝのゐたちねん
  ころにきこえ給て・心さしふかゝりしに
  まけ給て・院にもいかゝはせんとおほし
0049【院にも】-朱ー
  ゆるしけるを・二品の宮の御事おもほし」22オ
0050【二品の宮】-女三

  みたれけるついてに・中/\この宮はゆく
  さきうしろやすく・まめやかなるうしろみ・
  まうけ給へりとの給はすときゝ給しを・
  かたしけなうおもひいつ・かくて見すて
  奉りぬるなめりと思ふにつけては・さま/\に
  いとお(△&お)しけれと・心よりほかなるいのちな
  れは・たへぬちきりうらめしうておほし
  なけかれんか・心くるしきこと御心さし
  ありて・とふらひものせさせ給へと・はゝうへ
  にもきこえ給ふいて・あなゆゝし・をくれ奉て」22ウ

  は・いくはくよにふへき身とて・かうまて
  ゆくさきのことをはのたまふとて・なきに
  のみなき給へは・えきこえやり給はす・右大
0051【右大弁の君】-柏弟
  弁の君にそおほかたの事ともは・くはしう
  きこえ給・心はへののとかに・よくおはし
  つる君なれは・おとうとのきみたちも・
  又すゑ/\のわかきは・おやとのみたのみ
  きこえ給へるに・かう心ほそうの給ふを・
  かなしとおもはぬ人なく・とのゝうちの人
  もなけく・おほやけも・おしみくちおし」23オ

  からせ給・かくかきりときこしめして・
  にはかに権大納言になさせ給へり・よろこひ
  におもひおこして・いまひとたひもまいり
  給やうもあるとおほしの給はせけれと・
  さらにえためらひやり給はて・くるしき
  なかにも・かしこまり申給・おとゝもかくをもき
  御おほえを見給ふにつけても・いよ/\かな
  しうあたらしとおほしまとふ・大将の君
0052【大将の君】-夕
  つねに・いとふかうおもひなけきとふらひき
  こえ給・御よろこひにもまつまうてたまへり・」23ウ

  このおはするたいのほとり・こなたのみかとは・
  むまくるまたちこみ・人さはかしうさはき
  みちたり・ことしとなりては・おきあかる
  事も・おさ/\し給はねは・をも/\しき
  御さまに・みたれなからは・えたいめし給はて・
  おもひつゝよはりぬることゝおもふに・くちおし
  けれは・なをこなたにいらせたまへ・いとらう
  かはしきさまに侍・つみはをのつからおほし
  ゆるされなんとて・ふし給へるまくらかみ
  のかたに・そうなとしはしいたし給て・いれ」24オ

  奉り給・はやうよりいさゝかへたて給こと
  なう・むつひかはし給御中なれは・わかれん
  ことのかなしうこひしかるへきなけきおや
  はらからの御おもひにもをとらす・けふは
  よろこひとて・心ちよけならましをと
  思に・いとくちおしうかひなし・なとかく
  たのもしけなくはなり給にける・けふは
  かゝる御よろこひにいさゝかすくよかにも
  やとこそ思ひ侍つれとて・木丁のつまを
  ひきあけ給へれは・いとくちおしう」24ウ

  その人にもあらすなりにて侍やとて・
  えほうしはかりおしいれて・すこしおき
  あからむとし給へと・いとくるしけなり・しろ
  ききぬともの・なつかしうなよゝかなるを・
  あまたかさねて・ふすまひきかけて・ふし
  給へり・おましのあたりものきよけに・
  けはひかうはしう・心にくゝそ・すみなし
  給へる・うちとけなからよういはありと
  みゆ・をもくわつらひたる人は・をのつから
  かみひけもみたれものむつかしき・けは」25オ

  ひも・そふわさなるを・やせさり(り$ら<朱>)ほいたるし
0053【やせさらほいたる】-[骨+堯]庄子
  も・いよ/\しろうあてなるさまして・
  まくらをそはたてゝものなときこえ
  給けはひ・いとよはけに・いきも・たえつゝ
  あはれけなり・ひさしうわつらひ給へる
  ほとよりは・ことにいたうも・そこなはれ給
  はさりけり・つねの御かたちよりも中/\
  まさりてなんみえ給との給ものから・涙
  おしのこひて・をくれさきたつへたてなく
0054【をくれさきたつ】-\<朱合点>
  とこそちきりきこえしか・いみしうもある」25ウ

  かな・この御心ちのさまをなに事にて
  をもり給とたに・えきゝわき侍らす・かくし
  たしきほとなから・おほつかなくのみなと
  の給に・心にはをもくなるけちめもおほえ
0055【心にはをもく】-柏詞
  侍らす・そこ所と・くるしきこともなけれ
  は・たちまちに・かうもおもひ給へさりし
  ほとに・月日もへてよはり侍にけれは・いま
  はうつし心もうせたるやうになん・おし
0056【うつし心も】-現
  けなき身を・さま/\にひきとゝめらるゝ・い
  の(の+り)くわんなと(と+の)ちからにや・さすかにかゝつゝ」26オ

  ふも・中/\くるしう侍れは・心もてなん
  いそきたつ心ちし侍・さるはこのよのわかれ・
  さりかたきことは・いとおほうなん・おやにも・
  つかふまつりさして・いまさらに御心ともを
  なやまし・君につかふまつることも・中はの
  ほとにて身をかへりみるかたはたまして
  はか/\しからぬ・うらみをとゝめつる・おほかた
  のなけきをはさるものにて・また心の
  うちに思ひたまへみたるゝ事の侍るを・
  かゝるいまはのきさみにて・なにかはもらす」26ウ

  へきとおもひ侍れと・なをしのひかたき
  ことをたれにかはうれへ・侍らん・これかれあ
  またものすれと・さま/\なることにてさらに
  かすめ侍らむもあいなしかし・六条院に
  いさゝかなる事のたかひめありて・月ころ
  心のうちにかしこまり申事なん侍しを・
  いとほいなうよの中心ほそう思なりて・
  やまひつきぬとおほえ侍しに・めしありて
  院の御賀のかく所のこゝろみの日まいり
  て・御けしきをたまはりしに・なをゆるされ」27オ

  ぬ御心はへあるさまに・御ましりを・み奉
  り侍て・いとゝよになからへんことも・はゝかり
  おほうおほえなり侍て・あちきなう
  おもひ給へしに・心のさはきそめて・かく
  しつまらすなりぬるになん・人かすには
  おほしいれさりけめと・いはけなう侍し
  ときより・ふかうたのみ申心の侍しを・
  いかなる・さうけんなとの有けるにかと・これ
0057【さうけん】-讒言
  なんこのよのうれへにてのこり侍へけれ
  は・ろんなうかののちのよのさまたけに」27ウ

  もやとおもひ給ふを・ことのついて侍らは・
  御みゝとゝめて・よろしうあきらめ申させ
  たまへ・なからんうしろにも・此かうしゆるされ
0058【かうし】-考
  たらんなむ・御とくに侍へきなとの給まゝ
  に・いとくるしけにのみ・見えまされは・いみしう
  て・心のうちに思ひあはする事とも
  あれとも・さしてたしかには・えしもおし
  はからす・いかなる御心のおにゝかは・さらに
  さやうなる御けしきもなく・かくをもり
  給へるよしをも・きゝをとろきなけき」28オ

  給ことかきりなうこそ・くちおしかり申給
  めりしか・なとかくおほす事あるにては・
  いまゝてのこひ給ひつらん・こなたかなた・
  あきらめ申すへかりけるものを・いまは
  いふかひなしやとて・とりかへさまほしう・かな
  しくおほさる・けにいさゝかも・ひまありつる
  おりきこえうけ給はるへうこそは侍りけれ・
  されといとかう・けふあすとしもやはと・みつ
0059【されと】-柏詞
0060【けふあすとしも】-\<朱合点> つゐにゆく道と(古今861・業平集82・伊勢物語209・大和物語275、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  からなからしらぬいのちのほとを・おもひ
  のとめ侍けるも・はかなくなん・このことは」28ウ

  さらに御心よりもらし給まし・さるへき
  ついて侍らむおりには・御ようゐくはへ
  給へとて・きこえをくになん・一条にものし
  給宮・ことにふれてとふらひきこえ給へ
0061【宮】-落
  心くるしきさまにて・院なとにもきこし
  めされたまはんを・つくろひ給へなとの給・
  いはまほしきことはおほかるへけれと・心ち
  せんかたなくなりにけれは・いてさせ
  給ひねと・てかききこえ給・かちまいる
  そうともちかうまいり・うへおとゝなとも・」29オ
0062【うへ】-母

  おはしあつまりて・人/\もたちさはけは・
  なく/\いて給ぬ・女御をはさらにも
  きこえす・この大将の御かたなとも・いみし
  うなけき給・心をきてのあまねく
  人のこのかみ心にものし給けれは・
  右の大とのゝきたのかたも・このきみを
  のみそ・むつましきものにおもひきこえ
  たまひけれは・よろつに思ひなけき
  給て・御いのりなととりわきてせさせ
  給けれと・やむくすりならねはかひなき」29ウ
0063【やむくすり】-\<朱合点> われこそはみぬ人こふるやまひすれあふより外のやむくすりなし<朱>(尊経閣文庫本付箋04・明融臨模本付箋23 拾遺集665、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  わさになんありける・女宮にもつゐにえ
  たいめしきこえ給はて・あはのきえ入
0064【あはのきえ入やうにて】-\<朱合点> 古今 水の泡の消てうき世としりなからかゝりて猶もたのまるゝかな(明融臨模本付箋24 古今792・古今六帖2184・友則集52、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  やうにてうせ給ぬ・としころしたの心
  こそねんころに・ふかくもなかりしか・おほ
  かたにいとあらまほしく・もてなしかし
  つき・きこえてけなつかしう心はへ
  をかしう・うちとけぬさまにてすくひ給ひ
  けれは・つらきふしもことになし・たゝ
  かくみしかゝりける御みにて・あやしく
  なへてのよすさましくおもひ給ける」30オ

  なりけりと思ひいて給に・いみしうてお
  ほしいりたるさまいと心くるし・宮す所も
  いみしう人はらへに・くちおしとみ奉り
  なけき給ことかきりなし・おとゝきたの
  かたなとはましていはむかたなく・我こそ
  さきたゝめよのことはりなくつらいことゝ・
  こかれ給へとなにのかひなし・あま宮は
0065【あま宮】-女三
  おほけなき心もうたてのみおほされて・
  よになかゝれとしもおほさゝりしを・
  かくなときゝ給は・さすかいとあはれなり」30ウ

  かし・わか君の御ことをさそとおもひたりしも・
  けにかゝるへきちきりにてや思ひのほかに
  心うきこともありけむとおほしよるに・
  さま/\もの心ほそうてうちなかれ給ぬ・
  やよひになれはそらのけしきももの
  うららかにて・このきみいかのほとになり
0066【いかのほとに】-五十日
  給て・いとしろううつくしうほとよりは
  をよすけて・ものかたりなとし給・おとゝは
  わたり給て・御心ちさはやかになり給に
0067【御心ち】-源詞
  たりや・いてやいとかひなくも侍かな・れいの」31オ

  御ありさまにて・かくみなしたてまつらまし
  かは・いかにうれしう・侍らまし・心うく
  おほしすてけることゝなみたくみて・うら
  みきこえ給・日々にわたり給て(日々にわたり給て$<朱>)いましも
  やむことなく・かきりなきさまにもてなし
  きこえ給・御(御$<朱>)いかにもちゐまいらせ給はん
  とて・かたちことなる御ありさまを・人/\いか
  になときこえやすらへは・院わたらせ給
  て・なにか女にものし給はゝこそ・おなし
  すちにていま/\しくもあらめとて・」31ウ

  みなみおもてにちいさきおましなとよそ
  ひてまいらせ給・御めのといとはなやかに
  さうそきて・おまへの物色/\をつくしたる・
  こものひはりこの心はへともを・うちにも
  とにももとの心をしらぬことなれは・とりちらし
  なに心なきを・いと心くるしう・まはゆ
0068【いと心くるしう】-柏五旬
0069【まはゆきわさなりや】-非源子
  きわさなりやとおほす・宮もおきゐ
0070【宮も】-女三
  給て・御くしのすゑのところせうひろこり
  たるを・いとくるしとおほして・ひたひなと
  なてつけておはするに・き丁をひき」32オ

  やりてゐさせ給へは・いとはつかしうて・
  そむかせ給へる・いとゝちいさう・ほそり給
  て・御くしはおしみきこえて・なかうそ
  きたりけれは・うしろはことにけちめ
  もみえ給はぬほとなり・すき/\みゆる
  にひいろとも・きかちなるいまやう
  いろなとき給て・またありつかぬ
  御かたはらめ・かくてしもうつくしき子
  ともの心ちして・な(な+ま)めかしうおかしけ
  なり・いてあな心う・すみそめこそなを」32ウ

  いとうたて・めもくるゝ色なりけれ・かやう
  にてもみたてまつることは・たゆ(ゆ=ツ)ましき
  そかしと思ひなくさめ侍れと・ふりかたふ
  わりなき心ちするなみたの人わろさ
  を・いとかうおもひすてられ奉る身の
  とかに・思ひなすも・さま/\にむねいたう
  くちおしうなん・とりかへすものにもかな
0071【とりかへすものにもかなや】-\<朱合点> 古今 とりかへす物にもかなや世中を(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  やと・うちなけき給て・いまはとておほし
  はなれは・まことに御心といとひすて給
  けると・はつかしう心うくなんおほゆへき・」33オ

  なをあはれとおほせときこえ給へは・かゝる
  さまの人はものゝあはれもしらぬものと
  きゝしを・ましてもとよりかゝらぬこと
  にて・いかゝはきこゆへからむとのたまへは・
  かひなのことやおほししるかたもあらむ
0072【かひなのことや】-源
  ものをとはかりの給さして・わかきみを
  見奉り給・御めのとたちは・やむことなく・
  めやすきかきりあまたさふらふ・めしいてゝ
  つかうまつるへき心をきてなとの給・あ
  はれのこりすくなきよに・おひいつへき」33ウ

  人にこそとていたきとり給へは・いと心や
  すくうちゑみて・つふ/\とこえて・しろう
  うつくし大将なとのちこをひほのかに
  おほしいつるには・に給はす・女御の御宮
  たちはたちゝみかとの御方さまに・わうけ
0073【わうけつきて】-王孫
  つきて・けたかうこそおはしませ・ことにす
  くれて・めてたうしもおはせす・この君
  いとあてなるにそへて・あいきやうつき
  まみのかほりてゑ(ゑ+ミ)かちなるなとを・いとあ
  はれと見給ふ・思ひなしにや・なをいと」34オ

  ようおほえたりかし・たゝいまからまなこ
  ゐのとかにはつかしきさまも・やうはな
  れてかほりおかしきかほさまなり・宮は
  さしもおほしわかす・人はたさらにしら
  ぬことなれは・たゝひとゝころの御心のうち
  のみそ・あはれにはかなかりける人のちきり
  かなと・み給に・おほかたのよのさためなさも・
  おほしつゝけられて・なみたのほろ/\と・
  こほれぬるを・けふはこといみすへきをと・をし
  のこひかくし給て・しつかにおもひてなけくに」34ウ

  たえたりうちすんし給・五十八を・とをとり
0074【五十八をとをとりすてたる】-白楽天子生遅にむかひてつくれる詩云 五十八翁方有後静思堪喜又堪嗟持盃祝願無他語慎勿頑愚似汝爺
  すてたる御よはひなれと・すゑになりたる
0075【御よはひ】-源四十八
  心ちし給て・いとものあはれにおほさる・
  なんちかちゝにとも・いさめまほしうおほし
  けむかし・このことの心しれる人・女房の
  なかにもあらんかし・しらぬこそねたけれ・
  おこなりとみるらんと・やすからすおほせ
  と・わか御とかあることはあへなん・ふたついはん
  には・女の御ためこそ・いとをしけれなとお
  ほして・いろにもいたしたまはす・いとなに」35オ

  心なうものかたりしてはらひ給へる・まみ
  くちつきのうつくしきも・心しらさらむ
  人は・いかゝあらん・なをいとよくにかよひたり
  けりとみたまふに・おやたちのこたに
  あれかしと・ない給らんにもえみせす・人
  しれす・はかなきかたみはかりを・とゝめ
  をきて・さはかりおもひあ(あ+か)りおよすけたりし
  みを・心もてうしなひつるよと・あはれに
  おしけれは・めさましとおもふこゝろもひき
  かへし・うちなかれ給ぬ・人々すへりかく」35ウ

  れたるほとに・宮の御もとにより給て・この
  人をはいかゝみ給や・かゝる人をすてゝそ
  むきはて給ひぬへきよにやありける・
  あな心うとおとろかしきこえ給へは・かほ
  うちあかめておはす
    たか世にかたねはまきしと人とはゝ
0076【たか世にか】-源氏
  いかゝいはねの松はこたへんあはれなりなと
  しのひてきこえ給に・御いらへもなうて・
  ひれふし給へり・ことはりとおほせは・し
0077【ひれ】-領巾
  ゐてもきこえ給はす・いかにおほすらんも」36オ

  のふかうなとは・おはせねといかてか・たゝにはと
  おしはかりきこえ給も・いと心くるしう
  なん・大将のきみはかの心にあまりて・ほの
0078【大将のきみ】-夕
0079【かの心に】-衛門督事
0080【ほのめかしいてたりしを】-女三
  めかしいてたりしを・いかなることにかありけん・
  すこし物おほえたるさまならましかは・
  さはかりうちいてそめたりしに・いとよう
  けしきはみてましを・いふかひなきと
  ちめにて・おりあしういふせく・あはれ
  にもありしかなと・おもかけわすれかたうて・
  はらからの君たちよりも・しいてかなしと」36ウ

  おほえ給けり・女宮のかくよをそむき給へる
  ありさま・おとろ/\しき御なやみにもあらて・
  すかやかにおほしたちけるほとよ・又さりとも
  ゆるしきこえ給へきことかは・二条のうへの
0081【二条のうへ】-紫尼君
  さはかりかきりにて・なく/\申給ときゝし
  をは・いみしきことにおほして・ついにかくかけ
  とゝめたてまつるものをなと・とりあつめて
  おもひくたくに・なをむかしよりたえす
  見ゆる心はへえしのはぬ折/\ありき
  かし・いとようもてしつめたるうはへは・人」37オ

  よりけによういあり・のとかになに事を
  この人の心のうちにおもふらんとみる人も
  見ゆることも・くるしきまてありしかと・
  すこしよはきところつきて・なよひすき
  たりしそかし・いみしうとも・さるまし
  きことに・心をみたりて・かくしも・身に
  かふへき事にやはありける・人のためにも
  いとおしう・我身はいたつらにやなすへ
  き・さるへきむかしのちきりといひなから・いと
  かる/\しうあちきなきことなりかし」37ウ

  なと・心ひとつにおもへと・女君にたにきこえ
0082【心ひとつに】-夕
  いて給はす・さるへきついてなくて・院にも
  またえ申給はさりけり・さるはかゝることを
  なん・かすめしと申いてゝ・御けしきもみま
  ほしかりけり・ちゝおとゝ・はゝきたの方
  はなみたのいとまなくおほししつみて・
  はかなく・すくるひかすをもしり給はす・御
0083【すくるひかすを】-\<朱合点> 物おもふとすくる月日をしらぬまに雁こそ鳴て秋とつけくれ(後撰358・古今六帖4365、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・岷江入楚)
0084【御わさ】-ヲン
  わさのほうふく・御さうそくなにくれ
  のいそきをも・君たち御かた/\とり/\に
  なんせさせ給ける・きやうほとけのおきて」38オ

  なとも・右大弁のきみせさせ給・なぬか/\
  の御すきやうなとを・人のきこえおと
  ろかすにも・われになきかせそ・かくいみしと
0085【われになきかせそ】-父母心
  おもひまとふに・中/\みちさまたけにも
0086【みちさまたけにも】-\<朱合点> 拾 おもふ事ありてこそ行け春かすみみちさまたけニ立なかくしそ(拾遺集1017・拾遺抄379・貫之集45、河海抄・孟津抄)
  こそとて・なきやうにおほしほれたり・一
  条の宮には・ましておほつかなくて・わかれ
  給にしうらみさへそひて・日ころふるまゝ
  に・ひろき宮のうち・人けすくなう心
  ほそけにて・したしくつかひなれ給し
  人は・なをまいりとふらひきこゆ・このみ」38ウ

  給したかむまなと・そのかたの・あつかり
  ともゝ・みなつくところなう・おもひうして・
  かすかにいているを見給も・ことにふれて・
  あはれはつきぬものになんありけるもて
  つかひ給し御てうとゝも・つねにひき給し
  ひわ・わこんなとのをも・とりはなち・やつされて・
  ねはたてぬも・いとうもれいたき・わさな
  りや・御まへの木たちいたうけふりて・
  はなは時をわすれぬけしきなるを・なかめ
  つゝものかなしく・さふらふ人/\も・にひ色に」39オ

  やつれつゝ・さひしう・つれ/\なるひるつ
  かた・さきはなやかにをふをとして・こゝに
  とまりぬる人あり・あはれことのゝ御けはひ
  とこそ・うちわすれて・おもひつれとて・
  なくもあり・大将とのゝおはしたるなりけり・
  御せうそこきこえいれ給へり・れいの弁の
  きみ・さいしやうなとのおはしたるとおほし
  つるを・いとはつかしけにきよらなる・もて
  なしにていり給へり・もやのひさしにお
  ましよそひていれ奉る・をしなへたる」39ウ

  やうに人/\のあへしらひきこえむは・かた
  しけなきさまのし給へれは・みやす所
0087【みやす所】-落ー母
  そ・たいめし給へる・いみしきことを思ひ給へ
  なけく心は・さるへき人/\にもこえて侍れ
  と・かきりあれはきこえさせやるかたなう
  て・よのつねになり侍にけり・いまはの程
0088【よのつねになり】-\<朱合点> 恋しきハうき世ノつねニ成ゆくを心ハ猶そ物思ひける(出典未詳、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・花屋抄)
  にの給をく事侍しかは・をろかならす
  なむ・たれも・のとめかたきよなれと・をくれ
  さきたつほとのけちめには・思ひ給へをよは
  むにしたかひて・ふかき心のほとをも御」40オ

  らんせられにしかなとなん・神わさなとの
  しけきころをひ・わたくしの心さしに
  まかせて・つく/\とこもり侍らむも・れい
  ならぬ事あ(あ#な)りけれは・たちなからはた中/\
  にあかす思ひ給へらるへうてなん・ひころを
  すくし侍にける・おとゝなとの心をみたり
  給さま・みきゝ侍につけても・おやこのみち
  のやみをはさるものにて・かゝる御中らひの
  ふかくおもひとゝめ給けん程を・おしはかり
  きこえさするに・いとつきせすなんとて・」40ウ

  しは/\おしのこひ・はなうちかみ(み+給<朱>)・あさ
  やかにけたきものから・なつかしうなまめい
  たり・宮す所も・はなこゑになり給て・
  あはれなることは・そのつねなきよの
  さかにこそは・いみしとても・又たくひなき
  ことにやはと(はと&はと)としつもりぬる人は・しゐて
  心つようさまし侍るを・さらにおほし
  入たるさまのいとゆゝしきまて・しはしも
  たちをくれ侍ましきやうに見え侍れ
  は・すへていと心うかりけるみのいまゝて」41オ

  なからへ侍て・かくかた/\にはかなきよの
  すゑのありさまを・み給へすくへきにやと
  いとしつ心なくなん・をのつからちかき御
  なからひにて・きゝをよはせ(ひ&はせ)給やうも侍けん・
  はしめつかたより(/\&より)・おさ/\うけひききこえ
0089【うけひき】-承諾
  さりし御ことを・おとゝの御心むけも・心くるし
  う院にもよろしきやうにおほしゆるいたる
  御けしきなとの侍しかは・さらはみつからの
  心をきてのをよはぬなりけりと思給
  なしてなん・見奉るを・かくゆめのやうなる」41ウ

  ことを見給るに・思給へあはすれは・はかなき
  みつからの心のほとなん・おなしうは・つようも
  あらかひきこえましをと・おもひ侍に・なを
  いとくやしうそれはかやうにしも・おもひより
  侍らさりきかし・みこたちはおほろけ
  のことならて・あしくもよくも・かやうによつ
  き給ふ事は・心にくからぬことなりと・ふる
  めき心にはおもひ侍しを・いつかたにもよら
  す・なか空にうき御すくせなりけれは・
  なにかはかゝるついてに・けふりにもまきれ」42オ

  給なんは・この御身のための人きゝなとは・
  ことにくちをしかるましけれと・さりとても
  しかすくよかにえ思しつむましうはなし(はなし$<朱>)
  かなしうみたてまつり侍に・いとうれしう
  あさからぬ御とふらひのたひ/\になり
  侍めるを・ありかたうもときこえ侍も・さら
  はかの御ちきりありけるにこそはと・おもふ
  やうにしもみえさりし御心はへなれと・
  いまはとてこれかれにつけをき給ける・御・
  ゆいこんのあはれなるになん・うきにも・」42ウ
0090【うきにもうれしきせは】-\<朱合点> うれしきもうきも心ハ一にてわすれぬ物ハ涙なりけり(明融臨模本付箋35 後撰1188、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)

  うれしきせは・ましり侍けるとて・いと
  いたうない給けはひなり・大将も・とみに
  えためらひ給はす・あやしくいとこよ
  なく・およすけ給へりし人の・かゝるへう
  てや・この二三年のこなたなん・いたう
  しめりて・もの心ほそけにみえ給しかは・
  あまりよのことはりを思ひしり・ものふ
  かうなりぬる人の・すみすきて・かゝるた
0091【すみすきて】-\<朱合点> とにかくニ物ハおもはすひたゝくみうつすみなハのたゝ一すちに(明融臨模本付箋36 拾遺集990・人丸集14、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  めし心うつくしからすかへりては・あさ
  やかなるかたのおほへく(く$<朱>)・うすらくもの」43オ

  なりとなん・つねに・はか/\しからぬ心に・
  いさめきこえしかは・心あさしと思給へりし・
  よろつよりも人にまさりて・けにかの
  おほしなけくらん・御心のうちのかたしけ
  なけれと・いとこゝろくるしうも侍かな
  なと・なつかしうこまやかにきこえ給て・
  やゝほとへてそひ(ひ$い<朱>)て給・かの君は五六年の・
  程のこのかみなりしかと・なをいとわかやか
  になまめきあひたれてそものし給し・
  これはいとすくよかにをも/\しくおゝし」43ウ

  きけはひして・かほのみいとわかうきよら
  なる事・人にすくれ給へるわかき人/\は・
  ものかなしさもすこしまきれてみいたし
  奉る・おまへちかきさくらのいとおもしろき
  を・ことしはかりはと・うちおほゆるも・いま/\
0092【ことしはかりはと】-\<朱合点> 古今 深草<クサ>野への(明融臨模本付箋37 古今832、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  しきすちなりけれは・あひみむことはと・
0093【あひみむことはと】-\<朱合点> 古今 春ことに花ノさかりハ(尊経閣文庫本付箋05・明融臨模本付箋38 古今37・古今六帖4050、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  くちすさひて
    時しあれはかはらぬ色ににほひけり
0094【時しあれは】-夕霧
  かたへかれにしやとのさくらもわさとなら(ら+す<朱>)
  すしなして・たち給に・いとゝう」44オ

    この春はやなきのめにそたまはぬく
0095【この春は】-宮息所
  さきちる花のゆくゑしらねはときこえ
  給・いとふかきよしにはあらねと・いまめ
  かしう・かとありとはいはれたまひし・
  かういなりけり・けにめやすきほとのよう
  いなめりと見給うやかてちしの大殿に
  まいり給へれは・きみたちあまたもの
  し給けり・こなたにいらせ給へとあれは・おとゝ
  の御いてゐのかたに入給へり・ためらひて・たい
  めんし給へり・ふりかたう・きよけなる・御」44ウ

  かたちいとやせおとろへて・御ひけなとも・
  とりつくろひ給はねは・しけりて・おやのけう
  よりも・けにやつれ給へり・み奉り給より・
  いとしのひかたけれは・あまりおさまらす・
  みたれおつる涙こそはしたなけれと思へは・
  せめてもてかくし給・おとゝも・とりわき
  御中よくものし給しをと見給に・たゝ
  ふりにふりおちて・えとゝめ給はす・つきせぬ
  御ことゝもを・きこえかはし給・一条の宮に
  まうてたまへるありさまなときこえ」45オ

  給・いとゝしく・はるさめかとみゆるまて・
  のきのしつくに・ことならす・ぬらしそへ
  給・たゝむかみに・かのやなきのめにそと
  ありつるをかい給へるを・奉り給へは・めも
0096【奉り給へは】-致ー
  みえすやと・をししほりうちひそみつゝ
  見給・御さまれいは・心つようあさやかに・
  ほこりかなる御けしき・なこりなく・人
  わろし・さるはことなる事なかめれと・この
  たまはぬくとあるふしのけにとおほさるゝ
  に心みたれて・ひさしうえためらひ給」45ウ

  はす・君の御はゝ君かくれ給へりし秋なん・
0097【君】-夕
0098【御はゝ君】-葵上
  よにかなしきことのきはにはおほえ侍しを・
  女はかきりありてみる人すくなう・とある
  ことも・かゝる事もあらはならねは・かなし
  ひもかくろへてなむありける・はか/\し
  からねと・おほやけもすて給はす・やう/\
  人となり・つかさくらゐにつけて・あいたの
  む人/\をのつから・つき/\に・おほうなり
  なとして・おとろきくちをしかるも・る
  いにふれてあるへし・かうふかきおもひは・」46オ

  その大かたのよのおほえも・つかさくらゐも
  おもほえすたゝことなること・なかりしみつ
  からのありさまのみこそ・たへかたくこひし
  かりけれ・なにはかりのことにてか・思さます
  へからむと・空をあふきてなかめ給・ゆふくれ
0099【ゆふくれの雲のけしき】-\<朱合点> 夕暮ノ雲ノ気しきをみるからニなかめしとおもふ心こそつけ(明融臨模本付箋41 新古今1806・和泉続集129、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚 古今743・古今六帖255、休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  の雲のけしき・にひいろにかすみて・はな
  のちりたるこすゑともをも・けふそめとゝ
  め給・この御たゝむかみに
    このしたのしつくにぬれてさかさまに
0100【このしたの】-致仕のおとゝ子ニヨソヘタリ
  かすみのころもきたる春かな大将のきみ」46ウ
0101【大将のきみ】-夕霧

    なき人もおもはさりけんうちすてゝ
  ゆふへのかすみ君きたれとは弁のきみ
0102【弁のきみ】-衛門督おとゝ也
    うらめしやかすみのころもたれきよと
  春よりさきに花のちりけん御わさなと
  よのつねならす・いかめしうなんありける・
  大将とのゝきたのかたをは・さるものにて・
  殿は心ことに・すきやうなとも・あはれに
  ふかき心はへをくはへ給・かの一条の宮にも・
  つねにとふらひきこえ給・うつきはかりの
  うの花は・そこはかとなう・心ちよけに・」47オ

  ひとつ色なる・よものこすゑもをかしうみえ
0103【ひとつ色なる】-\<朱合点> みとりなる一色とそ春ハみし(古今245、河海抄・孟津抄)
  わたるを・もの思ふやとは・よろつのことに
0104【もの思ふやとは】-\<朱合点> 古今 鳴わたるかりの涙や(古今221・新撰和歌88、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  つけて・しつかに心ほそく・くらしかね給に・
  れいのわたり給へり・にはもやう/\あをみ
  いつる・わか草みえわたり・こゝかしこのすな
  こ・うすきものゝかくれのかたに・よもきも・
  ところゑかほなり・せんさいに心いれて・
  つくろひ給しも心にまかせて・しけり
  あひ一むらすゝきも・たのもしけに
0105【一むらすゝきも】-\<朱合点> 古今 君かうへし一むらすゝき虫の音の(古今853・古今六帖3704、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ひろこりて・むしのねそはん秋おもひ」47ウ

  やらるゝより・いとものあはれに露けくて
  わけいり給・いよすかけわたして・にひ
  いろのき丁ころもかへしたるすきかけ・
  すゝしけにみえて・よきはらはの・こまや
  かに・にはめるかさみのつま・かしらつきなと・
0106【かさみ】-汗衫
  ほのみえたるおかしけれと・なをめおと
  ろかるゝ色なりかし・けふはすのこに
  ゐ給へは・しとねさしいてたり・いとかろらか
  なるおましなりとて・れいの宮す所
  おとろかしきこゆれと・このころなや」48オ

  ましとてよりふし給へる・とかくきこえ
  まきらはすほと・おまへのこたちとも・お
  もふことなけなるけしきを見給もいと
  ものあはれなり・かしはきとかえてとの・も
  のよりけに・わかやかなる色して・えたさし
  かはしたるを・いかなるちきりにか・すゑ
  あへる・たのもしさよなとの給て・しの
  ひやかにさしよりて
    ことならはならしの枝にならさなむ
0107【ことならは】-夕霧 如此
0108【ならしの】-なるゝ心也
  はもりの神のゆるしありきとみすの」48ウ
0109【はもりの神】-故衛門督ニタトフルナリ

  との・へたてあるこそうらめしけれとて・
  なけしによりゐ給へり・なよひすかた・はた
  いと・いたうたをやきけるをやと・これ
  かれつきしろふ・この御あへしらへき
  こゆる・少将のきみといふ人して
    柏木にはもりのかみはまさすとも
0110【柏木に】-宮息所
0111【はもりのかみ】-我やとヲいつかは君かならの葉のならしかほにもおりにおこする としこ返事 かしは木に葉もりの神のましけるをしらてそおりしたゝりなさるな 左大臣仲平
  人ならすへきやとのこすゑかうちつけ
  なる御ことのはになん・あさう思給へなりぬる
  と・きこゆれは・けにとおほすに・すこし
  ほゝゑみ給ぬみやす所いさりいて給け」49オ

  はひすれは・やをらゐなをり給ぬ・うき世
  中を思給へしつむ月日のつもるけち
  めにや・みたり心ちもあやしう・ほれ/\
  しうてすくし侍を・かくたひ/\かさね
  させ給御とふらひの・いとかたしけなきに・
  思給へおこしてなんとて・けになやまし
  けなる御けはひなり・おもほしなけくは・
  よのことはりなれと・又いとさのみはいかゝよ
0112【よのことはりなれと】-\<朱合点> 松風のふけはさすかにわひしはた世のことはりと思ふ物から(後撰250、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  ろつのことさるへきにこそ侍るめれ・さすかに
  かきりあるよになんと・なくさめきこえ」49ウ

  給ふ・この宮こそきゝしよりは・心のおく
  見え給へ・あはれけにいかに人はらわれなる
  ことをとりそへておほすらんとおもふも・
  たゝならねは・いたう心とゝめて御あり
  さまもとひきこえ給けり・かたちそいと
  まほには・えものし給ましけれと・いと
  みくるしう・かたはらいたき程にたに
  あらすは・なとてみるめにより人をも思ひ
0113【みるめにより】-\<朱合点> 伊勢の海人の朝な夕なニ(古今683・古今六帖2025、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  あき・又さるましきに心をも・まとはす
  へきそ・さまあしや・たゝ心はせのみこそ・」50オ

  いひもてむ(む$ゆ<朱>)かんには・やんことなかるへけれと・
  おもほす・いまは猶むかしにおほしなす
  らへて・うとからす・もてなさせ給へなと・
  わさとけさうひてはあらねと・ねんころ
  にけしきはみてきこえ給・なをしすかた
  いとあさやかにて・たけたちもの/\しう
  そゝろかにそみえ給ける・かのおとゝはよろつ
0114【そゝろかに】-央<スルト>
0115【おとゝは】-六条院の御事也
  の事なつかしう・なまめきあてに
  あひきやうつき給へることのならひなき
  なり・これはおゝしう・はなやかに・あなきよら」50ウ

  とふとみえ給にほひそ人にゝぬやと・うち
  さゝめきて・おなしうはかやうにて・いていり
  給はましかはなと・人/\いふめり・いうしやう
0116【いうしやうくんかつかに】-衛門唐名ニ金吾将軍といへハ相違なし 時平子 右大将保<ヤス>忠墓ヲシテ紀在昌<マサ>作詩右将軍カ墓草初秋ナリ(明融臨模本付箋44)
  くんかつかに草はしめてあをしと・うち
  くちすさひて・それもいとちかきよのこと
  なれは・さま/\に・ちかうとをう心みたる
  やうなりし・世の中にたかきもくた
  れるも・おしみあたらしからぬはなきも・
0117【あたらし】-[心+△]<アタラシ>
  むへ/\しきかたをは・さるものにて・
0118【むへ/\しきかた】-芸能ヲ云也
  あやしうなさけをたてたる人にそ」51オ

  ものし給けれは・さしもあるましき・おほ
  やけ人・女房なとのとしふるめきたるとも
  さへ・こひかなしみきこゆ・ましてうへには・
  御あそひなとのおりことにも・まつおほし
  いてゝなん・しのはせ給ける・あはれ衛門督
  といふことくさ・なにことにつけてもいはぬ
  人なし・六条院には・ましてあはれと
  おほしいつる事月日にそへておほかり・
  このわか君を御心ひとつには・かたみと見
  なし給へと・人のおもひよらぬ事なれは・」51ウ

  いとかひなし・あきつかたになれは・この君
  はひゐさりなと

イ本
源四十八歳自春至秋以詞哥為巻名」52オ

(白紙)」52ウ

【奥入01】文集
     五十八自嘲詩
    五十八翁方有後静<シツカニ>思堪<タヘタリ>喜亦堪嗟<ナケク>
    持盃祝願無他語慎<ツヽシテ>勿<ナカレ>[禾+頁]<カタクナニ>愚<ヲロカナルコト>似汝耶<チニ>
 頑<クワン><頭注>
     白楽ハ子なくして老にのそむ人也
     五十八にてはしめて男子むまれたり
     むまるゝ事をそきによりて生遅と
     名つく其子にむかひてつくりける詩也(戻)
【奥入02】妹与我呂」53オ

かしわき<墨> 一校了<朱>」(表表紙蓋紙)

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