《概要》
現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「横笛」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同
《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「よこ笛」(題箋)
こ権大納言のはかなくうせ給にしかなし
さをあかすくちおしき物にこひしのひ給
ひとおほかり六条の院にもおほかたにつけ
てたによにめやすき人のなくなるをは
おしみ給御心にましてこれはあさ夕
にしたしくまいりなれつゝ人よりも
御心とゝめおほしたりしかはいかにそや
おほしいつることは有なからあはれはおほく
おり/\つけてしのひ給御はてにもす経
なととりわきせさせ給ふよろつもしらす」1オ
かほにいはけなき御有さまを見給ふにも
さすかにいみしくあはれなれは御心のうち
に又心さしたまふてこかね百りやうを
なむへちにせさせ給ひけるおとゝは心も
しらてそかしこまりよろこひきこえ
させ給ふ大将の君もことゝもおほくし給
とりもちてねんころにいとたみ給ふかの
一てうの宮をもこの程の御心さしふかく
とふらひきこえ給ふはらからの君たち
よりもまさりたる御心のほとをいと」1ウ
かくは思きこえさりきとおとゝうへも
よろこひきこえ給なきあとにもよの
おほえをもくものし給けるほとの見ゆ
るにいみしうあたらしうのみおほし
こかるゝことつきせすやまのみかとは
二の宮もかく人わらはれなるやうにて
なかめ給也入道の宮もこのよの人めかし
きかたはかけはなれ給ひぬれはさま/\に
あかすおほさるれとすへてこのよをおほ
しなやましとしのひ給御をこなひの」2オ
程にもおなし道をこそはつとめ給らめ
なとおほしやりてかゝるさまになりた
まて後ははかなきことにつけても
たえすきこえ給御てらのかたはら
ちかきはやしにぬきいてたるた
かうなそのわたりのやまにほれる所なと
の山さとにつけてはあはれなれはたて
まつれ給とて御ふみこまやかなるはし
にはるの野山かすみもたと/\しけれと
心さしふかくほりいてさせて侍るしるし」2ウ
はかりになむ
よをわかれいりなむみちはをくるとも
おなしところを君もたつねよいとかたき
わさになむあるときこえ給へるを涙くみて
み給ほとにおとゝの君わたり給へり例ならす
御まへちかきらいしともをなそあやしと
御覧するに院の御ふみ成けり見給へはいと
あはれなりけふかあすかの心ちするをた
いめんの心にかなはぬことなとこまやかに
かゝせ給へりこのおなし所の御ともなひを」3オ
ことにおかしきふしもなきひしりこと
はなれとけにさそおほすらむかしわれ
さへをろかなるさまに見えたてまつりて
いとゝうしろめたき御おもひのそふへかめる
をいと/\おしとおほす御かへりつゝまし
けにかき給て御つかひにはあをにひの
あやかさねたまふかきかへ給へりける
かみのみ木ちやうのそはよりほのみゆるを
とりて見給へは御てはいとはかなけにて
うき世にはあらぬところのゆかしくて」3ウ
そむく山ちに思ひこそいれうしろめたけ
なる御けしきなるにこのあらぬところ
もとめ給へるいとうたて心うしときこえ
給今はまほにも見えたてまつり給はす
いとうつくしうらうたけなる御ひたひかみ
つらつきのおかしさたゝちこのやうに
見え給ていみしうらうたきを見たてま
つりたまふにつけてはなとかうはなりに
しことそとつみえぬへくおほさるれは御
木ちやうはかりへたてゝ又いとこよなうけ」4オ
とをくうと/\しうはあらぬ程にもて
なしきこえてそおはしけるわか君はめ
のとのもとにね給へりけるおきてはひいて
給て御袖をひきまつはれたてまつり
給さまいとうつくししろきうすものに
からのこもんのこうはいの御そのすそいと
なかくしとけなけにひきやられて御身
はいとあらはにてうしろのかきりにきなし
給へるさまは例のことなれといとらうた
けにしろくそひやかにやなきをけつりて」4ウ
つくりたらむやうなりかしらはつゆくさして
ことさらに色とりたらむ心ちしてくちつ
きうつくしうにほひまみのひらかにはつかし
うかほりたるなとはなをいとよく思ひいてら
るれとかれはいとかやうにきははなれたるき
よらはなかりし物をいかてかゝらん宮にもに
たてまつらす今よりけたかくもの/\しう
さまことに見え給へるけしきなとはわか御
かゝみのかけにもにけなからす見なされ
給ふわつかにあゆみなとし給ほとなり」5オ
このたかうなのらいしになにともしらす
たちよりていとあはたゝしうとりちらして
くひかなくりなとし給へはあならうかはしや
いとふむひんなりかれとりかくせくひ物に
めとゝめ給ふとものいひさかなき女はう
もこそいひなせとてわらひ給かきいたき
給て此君のまみのいとけしき有かな
ちいさきほとのちこをあまたみねはにや
あらむかはかりのほとはたゝいはけなきも
のとのみ見しを今よりいとけはひことなる」5ウ
こそわつらはしけれ女宮ものし給めるあた
りにかゝるひとおひいてゝ心くるしきことたる
ためにもありなむかしあはれそのをの/\の
おい行すゑまては見はてんとすらむやは
花のさかりはありなめとうちまもりきこえ
たまふうたてゆゝしき御ことにもと人々はき
こゆ御はのおいいつるにくひあてむとてた
かうなをつとにきりもちてしつくもよゝと
くひぬらし給へはいとねちけたる色このみ
かなとて」6オ
うきふしもわすれすなからくれ竹の
こはすてかたき物にそありけるとゐてはな
ちての給かくれとうちわらひてなにとも
おもひたらすいとそゝかしうはひおりさは
き給月日にそへて此君のうつくしうゆゝし
きまておいまさり給にまことにこのう
きふしみなおほしわすれぬへし此人の
いてものし給へき契にてさるおもひの外の
こともあるにこそはありけめのかれかたかなる
わさそかしとすこしはおほしなをさる」6ウ
身つからの御すくせもなをあかぬことおほ
かりあまたつとへ給へるなかにも此宮こそは
かたほなるおもひましらす人の御有さまも
おもふにあかぬところなくて物し給ふ
へきをかくおもはさりしさまにて見たて
まつることゝおほすにつけてなむすきに
しつみゆるしかたく猶くちおしかり
ける大将の君はかのいまはのとちめに
とゝめし一ことを心ひとつにおもひいて
つゝいかなりしことそとはいときこえま」7オ
ほしう御けしきもゆかしきをほの心えて
おもひよらるゝこともあれはなか/\うち
いてゝきこえんもかたはらいたくていかな
らむつゐてにこのことくはしき有さま
もあきらめ又かの人の思ひいりたりし
さまをもきこしめさせむとおもひわ
たり給秋の夕のものあはれなるに一条
の宮をおもひやりきこえ給てわたり
給へりうちとけしめやかに御ことゝも
なとひき給ふほとなるへしふかくもえ」7ウ
とりやらてやかてその南のひさしにいれ
たてまつり給へりはしつかたなりける
人のいさりいりつるけはひともしるくきぬ
のをとなひもおほかたのにほひかうはしく
心にくき程なり例のみやす所たいめん
し給てむかしの物かたりともきこえ
かはし給わか御殿のあけくれ人しけくて
物さはかしくをさなき君たちなとす
たきあわて給ふにならひ給ていとしつ
かに物あはれ也うちあれたる心ちすれと」8オ
あてにけたかくすみなし給てせむさいの
花ともむしのねしけきのへとみたれたる
夕はへを見わたし給わこんをひきよせ給
へれはりちにしらへられていとよくひきな
らしたるひとかにしみてなつかしうおほ
ゆかやうなるあたりにおもひのまゝなる
すき心ある人はしつむることなくてさま
あしきけはひをもあらはしさるましき
なをもたつるそかしなとおもひつゝけつゝ
かきならし給ふこきみのつねにひき給ひし」8ウ
ことなりけりおかしきてひとつなとすこし
ひき給てあはれいとめつらかなるねにかき
ならし給しはやこの御ことにもこもりて
侍らんかしうけたまはりあらはして
しかなとの給へはことのをたえにしのちより
むかしの御わらはあそひのなこりをたに
おもひいてたまはすなんなりにて侍へめる院
のおまへにて女宮たちのとり/\の御ことゝ
も心見きこえ給しにもかやうのかたはお
ほめかしからすものし給となむさため」9オ
きこえ給ふめりしをあらぬさまにほれ/\
しうなりてなかめすくし給めれは世のうき
つまにといふやうになむ見給るときこえ
給へはいとことはりの御おもひなりやかきりたに
あるとうちなかめてことはおしやり給へ
れはかれなをさらはこゑにつたはることもや
ときゝわくはかりならさせ給へものむつ
かしうおもふたまへしつめるみゝをたに
あきらめ侍らんときこえ給をしかつたはる
中のをはことにこそは侍らめそれをこそ」9ウ
うけたまはらむとはきこえつれとてみすの
もとちかくおしよせ給へととみにしもうけ
ひき給ふましきことなれはしいてもきこえ
給はす月さしいてゝくもりなき空にはね
うちかはすかりかねもつらをはなれぬうら
やましくきゝ給ふらんかし風はたさむく
ものあはれなるにさそはれてさうのことを
いとほのかにかきならし給へるもおくふかき
こゑなるにいとゝ心とまりはてゝ中/\に
おもほゆれはひわをとりよせていとなつ」10オ
かしきねにさうふれんをひき給おもひ
をよひかほなるはかたはらいたけれとこれはこと
とはせ給へくやとてせちにすのうちをそゝの
かしきこえ給へとましてつゝましきさし
いらへなれは宮はたゝ物をのみあはれとおほし
つゝけたるに
ことにいてゝいはぬもいふにまさるとは人
にはちたるけしきをそ見るときこえ給に
たゝすゑつかたをいさゝかひき給ふ
ふかきよのあはれはかりはきゝわけとこと」10ウ
よりかほにえやはひきけるあかすおかしき程に
さるおほとかなるものゝねからにふるき人の
心しめてひきつたへけるおなししらへのものと
いへとあはれに心すこきものゝかたはしをかき
ならしてやみ給ぬれはうらめしきまてお
ほゆれとすき/\しさをさま/\にひきいてゝも
御らむせられぬるかな秋のよふかし侍らんも
むかしのとかめやとはゝかりてなむまかて
侍ぬへかめる又ことさらに心してなむさふ
らふへきをこの御ことゝものしらへかへすまた」11オ
せたまはんやひきたかふることも侍ぬへきよ
なれはうしろめたくこそなとまおにはあらねと
うちにほはしをきていて給こよひの御
すきには人ゆるしきこえつへくなむあり
けるそこはかとなきいにしへかたるにのみま
きらはさせ給てたまのをにせむ心ちも
し侍らぬのこりおほくなんとて御をくり物に
ふえをそへてたてまつり給ふこれになむ
まことにふるきこともつたはるへくきゝをき
侍しをかゝるよもきふにうつもるゝもあは」11ウ
れに見給ふるを御さきにきをはんこゑなむ
よそなからもいふかしう侍るときこえ給へは
につかはしからぬすいしんにこそは侍へけれとて
見給ふにこれもけによとゝもに身にそへて
もてあそひつゝ身つからもさらにこれかねの
かきりはえふきとおさすおもはん人にいかて
つたへてしかなとおり/\きこえこち給しを
思ひいて給ふに今すこしあはれおほくそひ
て心見にふきならすはんしきてうの
なからはかりふきさしてむかしをしのふ」12オ
ひとりことはさてもつみゆるされ侍りけりこれ
はまはゆくなむとていて給ふに
露しけきむくらのやとにいにしへの秋
にかはらぬむしのこゑかなときこえいたし
たまへり
よこふえのしらへはことにかはらぬをむなしく
なりしねこそつきせねいてかてにやすらひ
給ふに夜もいたくふけにけり殿にかへり給
へれはかうしなとおろさせてみなね給に
けりこの宮に心かけきこえ給てかくねん」12ウ
ころかりきこえ給そなと人のきこえしらせ
けれはかやうによふかし給ふもなまにくゝて
いり給ふをもきく/\ねたるやうにてものし
給なるへしいもとわれといるさの山とこゑは
いとおかしうてひとりこちうたひてこはなと
かくさしかためたるあなむもれやこよひ
の月を見ぬさとも有けりとうめき給ふ
かうしあけさせ給てみすまきあけな
とし給てはしちかくふし給へりかゝる
夜の月に心やすくゆめ見る人はあるもの」13オ
かすこしいて給へあな心うなときこえ給へ
と心やましううちおもひてきゝ忍ひ給
君たちのいはけなくねをひれたるけはひ
なとこゝかしこにうちして女はうもさし
こみてふしたる人けにきはゝしきに有つる
ところのありさまおもひあはするにおほく
かはりたりこのふえをうちふき給ひつゝ
いかになこりもなかめ給ふらん御ことゝもはしら
へかはらすあそひたまふらむかし宮す
所もわこんの上すそかしなとおもひやりて」13ウ
ふし給へりいかなれはこきみたゝおほかたの心
はへはやむことなくもてなしきこえなから
いとふかきけしきなかりけむとそれに
つけてもいといふかしうおほゆ見をとり
せむこそいと/\おしかるへけれ大かたのよに
つけてもかきりなくきくことはかならす
さそあるは(は$か<朱>)しなとおもふにわか御なかのうち
けしきはみたるおもひやりもなくてむつ
ひそめたるとし月の程をかそふるに
あはれにいとかうおしたちてをこりならひ」14オ
給へるもことはりにおほえ給けりすこしね
いり給へる夢に彼ゑもんのかみたゝありし
さまのうちきすかたにてかたはらにゐて
此ふえをとりて見るゆめのうちにもなき人
のわつらはしうこのこゑをたつねてきたと
おもふに
笛たけにふきよる風のことならはすゑ
のよなかきねにつたへなむおもふかたことに
侍りきといふをとはんとおもふほとにわか
君のねをひれてなき給ふ御こゑに覚」14ウ
給ぬ此君いたくなき給てつたみなとし給へは
めのともおきさはきうへも御となふらちかく
とりよせさせたまてみゝはさみしてそゝ
くりつくろひていたきてゐ給へりいとよく
こえてつふ/\とおかしけなるむねをあけて
ちなとくゝめ給ちこもいとうつくしうおはする
君なれはしろくおかしけなるに御ちはいと
かはらかなるを心をやりてなくさめ給ふおと
こ君もよりおはしていかなるそなとの給ふ
うちまきしちらしなとしてみたりかは」15オ
しきに夢のあはれもまきれぬへしなや
ましけにこそ見ゆれいまめかしき御
有さまの程にあくかれたまうてよふかき
御月めてにかうしもあけられたれは例の
ものゝけのいりきたるなめりなといとわか
くおかしきかほしてかこち給へはうちわらひ
てあやしのものゝけのしるへやまろかうし
あけすはみちなくてけにえいりこさら
ましあまたの人のおやになり給ふまゝ
に思いたりふかく物をこその給なりにたれ」15ウ
とてうち見やり給へるまみのいとはつかしけ
なれはさすかに物もの給はていてたまひね
見くるしとてあきらかなるほかけをさす
かにはち給へるさまもにくからすまことに
此君なつみてなきむつかりあかし給つ
大将のきみもゆめおほしいつるに此ふえの
わつらはしくもあるかな人の心とゝめて
おもへりしものゝゆくへきかたにもあらす
女の御つたへはかひなきをやいかゝおもひつらん
この世にてかすにおもひいれぬこともかの」16オ
いまはのとちめに一ねむのうらめしきも
もしはあはれとも思にまつはれてこそは
なかきよのやみにもまとふわさなゝれかゝれは
こそはなにことにもしふはとゝめしとおもふよ
なれなとおほしつゝけてをたきにす経
せさせ給ふ又かの心よせのてらにもせさせ給
て此ふえをはわさと人のさるゆへふかき物
にてひきいて給へりしをたちまちにほと
けの道におもむけんもたうときことゝは
いひなからあへなかるへしと思て六条の」16ウ
院にまいり給ぬ女御の御方におはします
ほと成けり三宮みつはかりにてなかにうつ
くしくをはするをこなたにそ又とりわきて
おはしまさせ給けるはしりいて給て大将
こそ宮いたき奉りてあなたへゐておはせと
身つからかしこまりていとしとけなけに
の給へはうちわらひておはしませいかてかみ
すのまへをはわたり侍らんいときやう/\
ならむとていたきたてまつりてゐ給へれ
は人も見すまろかほはかくさむなを/\とて」17オ
御袖してさしかくし給へはいとうつくしうて
いてたてまつり給ふこなたにも二宮の
わか君とひとつにましりてあそひ給ふ
うつくしみておはします成けりすみのまの
ほとにおろし奉り給を二宮見つけ給て
まろも大将にいたかれんとの給を三宮
あか大将をやとてひかへ給へり院も御覧して
いとみたりかはしき御有さまともかなおほ
やけの御ちかきまもりをわたくしのすい
しんにりやうせむとあらそひ給よ三宮」17ウ
こそいとさかなくおはすれつねにこのかみにき
ほひまうし給ふといさめきこえあつかひ
給ふ大将もわらひて二宮はこよなくこのかみ
心にところさりきこえ給ふ御心ふかく
なむおはしますめる御としのほとより
はおそろしきまて見えさせ給ふなときこ
え給ふうちゑみていつれもいとうつくし
とおもひきこえさせ給へり見くるしくかる
かるしき公卿のみさなりあなたにこそとて
わたり給はむとするに宮たちまつはれて」18オ
さらにはなれ給はす宮のわか君は宮たちの
御つらには有ましきそかしと御心(心+のうちにおほせと中/\その御心<朱>)はへ
をはゝ宮の御心のおにゝやおもひよせ給らん
とこれも心のくせにいとおしうおほさるれは
いとらうたきものにおもひかしつききこ
え給大将は此君をまたえよくも見ぬ
かなとおほしてみすのひまよりさしいて給へる
にはなのえたのかれておちたるをとりて
見せたてまつりてまねき給へははしり
おはしたりふたあゐのなをしのかきりを」18ウ
きていみしうしろうひかりうつくしきこと
みこたちよりもこまかにおかしけにて
つふ/\ときよらなりなまめとまると
ころもそひて見れはにやまなこゐなと
これは今すこしつようかとあるさまま
さりたれとましりのとちめおかしう
かをれるけしきなといとよくおほえ給へり
くちつきのことさらにはなやかなるさま
してうちゑみたるなとわかめのうちつけ
なるにやあらむおとゝはかならすおほし」19オ
よすらんといよ/\御けしきゆかし宮
たちはおもひなしこそけたかけれよのつ
ねのうつくしきちこともと見え給ふにこの
君はいとあてなるものからさまことにおかし
けなるを見くらへたてまつりつゝいてあ
はれもしうたかふゆへもまことならはちゝ
おとゝのさはかりよにいみしくおもひほれ
たまてことなのりいてくる人たになき
ことかたみに見るはかりのなこりをたに
とゝめよかしとなきこかれ給ふにきかせ」19ウ
たてまつらさらむつみえかましさなと
おもふもいていかてさはあるへきことそと猶
心えすおもひよるかたなし心はへさへな
つかしうあはれにてむつれあそひたまへは
いとらうたくおほゆたいへわたり給ぬれ
はのとやかに御ものかたりなときこえて
おはするほとに日くれかゝりぬよへかの
一条の宮にまうてたりしにおはせし
有さまなときこえいて給へるをほゝゑみ
てきゝおはすあはれなるむかしのことかゝり」20オ
たるふし/\はあへしらひなとし給ふに
かのさうふれんの心はへはけにいにしへの
ためしにもひきいてつへかりけるおりなから
女はなを人の心うつるはかりのゆへよしをも
おほろけにてはもらすましうこそありけ
れとおもひしらるゝことゝもこそおほかれ
すきにしかたのこゝろさしをわすれす
かくなかきよういを人にしられぬとならは
おなしうは心きよくてとかくかゝつらひ
ゆかしけなきみたれなからむやたか」20ウ
ためも心にくゝめやすかるへきことならむとなん
おもふとの給へはさかし人のうへの御をしへはかり
は心つよけにてかゝるすきはいてやと見
たてまつり給ふなにのみたれか侍らむ
猶つねならぬよのあはれをかけそめ侍り
にしあたりに心みしかく侍らんこそなか/\
よのつねのけんきありかほにはへらめとて
こそさうふれんはこゝろとさしすきて
こといて給はんやにくきことに侍らまし
ものゝついてにほのかなりしはおりからの」21オ
よしつきておかしうなむ侍しなにことも
人によりことにしたかふわさにこそ侍るへかめれ
よはひなともやう/\いたうわかひ給ふへき
ほとにもものし給はす又あされかましうす
き/\しきけしきなとに物なれともし侍ら
ぬにうちとけ給にやおほかたなつかしう
めやすき人の御有さまになむものし給
けるなときこえ給ふにいとよきついてつ
くりいてゝすこしちかくまいりより給
てかの夢かたりをきこえ給へはとみにも」21ウ
のもの給はてきこしめしておほしあはする
こともありそのふえはこゝに見るへきゆへある
物なりかれはやうせい院の御ふえなりそれ
をこしきふ卿の宮のいみしきものにし
給けるをかのゑもんのかみはわらはよりいと
ことなるねをふきいてしにかんしてかの
宮のはきのえんせられける日をくり物に
とらせ給へるなり女の心はふかくもたとり
しらすしかものしたるなゝりなとの給て
すゑのよのつたへまたいつかたにとかは思ひ」22オ
まかへんさやうにおもふなりけんかしなとおほ
してこのきみもいといたりふかき人なれは
思ひよることあらむかしとおほすその御け
しきを見るにいとゝはゝかりてとみにも
うちいてきこえ給はねとせめてきかせた
てまつらんのこゝろあれはいましもことの
ついてに思ひいてたるやうにおほめかしう
もてなしていまはとせしほとにもとふらひ
にまかりて侍しになからむのちのことゝも
いひをき侍し中にしか/\なんふかくかし」22ウ
こまり申よしを返/\ものし侍しかはいかなる
ことにか侍りけむいまにそのゆへをなんえお
もひ給へより侍らねはおほつかなく侍ると
いとたと/\しけにきこえ給にされはよと
おほせとなにかはそのほとの事あらはしの
給へきならねはしはしおほめかしくてしか
人のうらみとまるはかりのけしきはなにの
ついてにかはもりいてけんと身つからもえ
おもひいてすなむさていましつかにかの
夢はおもひあはせてなむきこゆへき」23オ
よるかたらすと(と+か<朱>)女はうのつたへにいふなりと
の給ておさ/\御いらへもなけれはうちいて
きこえてけるをいかにおほすにかとつゝ
ましくおほしけりとそ」23ウ
柏木の後年也」24オ