《概要》
現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「御法」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同
《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「みのり」(題箋)
むらさきのうへいたうわつらひ給し御心
ちの後いとあつしくなり給てそこは
かとなくなやみわたり給ことひさし
くなりぬいとおとろ/\しうはあらねと
とし月かさなれはたのもしけなくいとゝ
あえかになりまさり給へるを院のおもほ
しなけく事かきりなししはしにて
もをくれきこえ給はむことをはいみし
かるへくおほし身つからの御こゝちにはこの
世にあかぬことなくうしろめたきほたし」1オ
たにましらぬ御身なれはあなかちにかけ
とゝめほしき御いのちともおほされぬを
としころの御契かけはなれ思なけかせたて
まつらむ事のみそ人しれぬ御心の中
にも物あはれにおほされける後の世のために
とたうとき事ともをおほくせさせ給つゝ
いかてなをほいあるさまになりてしはし
もかゝつらはむ命のほとはをこなひを
まきれなくとたゆみなくおほしの給へと
さらにゆるしきこえ給はすさるはわか御心」1ウ
にもしかおほしそめたるすちなれはかくねん
ころに思給へるついてにもよをされてお
なしみちにもいりなんとおほせとひとたひ
家をいて給なはかりにもこの世をかへりみん
とはおほしをきてす後の世にはおなしは
ちすのさをもわけんと契かはしきこえ
給てたのみをかけ給御中なれとこゝなから
つとめ給はんほとはおなし山なりともみ
ねをへたてゝあひみたてまつらぬすみ
かにかけはなれなん事をのみおほしま」2オ
うけたるにかくいとたのもしけなきさま
になやみあつい給へはいと心くるしき御
ありさまをいまはとゆきはなれんきさみ
にはすてかたく中/\山水のすみかにこり
ぬへくおほしとゝこほるほとにたゝうち
あさえたるおもひのまゝの道心おこす人
人にはこよなうをくれ給ぬへかめり御ゆる
しなくて心ひとつにおほしたゝむも
さまあしくほいなきやうなれはこのことに
よりてそ女君はうらめしく思きこえ」2ウ
給ける我御身をもつみかろかるましき
にやとうしろめたくおほされけりとし
ころわたくしの御くはんにてかゝせたてまつ
り給ける法花経千部いそきてくやう
し給わか御殿とおほす二条院にてそし給
ける七そうのほうふくなとしな/\たまはす
ものゝいろぬいめよりはしめてきよらなる
ことかきりなしおほかたなに事もいと
いかめしきわさともをせられたりこと/\
しきさまにもきこえ給はさりけれはくは」3オ
しき事ともゝしらせ給はさりけるに女
の御をきてにてはいたりふかくほとけの
みちにさへかよひ給ける御心の程なとを
院はいとかきりなしとみたてまつり給て
たゝおほかたの御しつらひなにかのことは
かりをなんいとなませ給ける楽人舞人
なとのことは大将の君とりわきてつかう
まつり給うち春宮后の宮たちをはし
めたてまつりて御かた/\こゝかしこにみす
経ほうもちなとはかりのことをうちし給」3ウ
たに所せきにましてそのころこの御いそき
をつかうまつらぬ所なけれはいとこちたき
ことゝもありいつのほとにいとかく色/\
おほしまうけゝんけにいそのかみの世々へ
たる御くわんにやとそみえたる花ちる
里ときこえし御かたあかしなともわたり
給へりみなみひんかしのとをあけておはし
ますしん殿のにしのぬりこめ也けり北
のひさしにかた/\の御つほねともはさ
うしはかりをへたてつゝしたり三月の十日」4オ
なれは花さかりにて空のけしきなとも
うらゝかにものおもしろく仏のおはす
なる所のありさまとをからすおもひやら
れてことなりふかき心もなき人さへつ
みをうしなひつへしたきゝこるさむ
たんのこゑもそこえつとひたるひゝき
おとろ/\しきをうちやすみてしつま
りたるほとたにあはれにおほさるゝをま
してこのころとなりて△なに事につけ
ても心ほそくのみおほししるあかしの御」4ウ
かたに三の宮してきこえたまへる
おしからぬこの身なからもかきりとて
たきゝつきなんことのかなしさ御かへり心
ほそきすちは後のきこえも心をくれ
たるわさにやそこはかとなくそあめる
たきゝこる思ひはけふをはしめにて
この世にねかふのりそはるけき夜もす
からたうときことにうちあはせたるつゝみ
のこゑたえすおもしろしほの/\とあけ
ゆくあさほらけ霞のまよりみえたる花の」5オ
色/\なを春に心とまりぬへくにほひわ
たりてもゝ千とりのさへつりもふえのねに
をとらぬ心地してものゝあはれもおもしろ
さものこらぬほとにれうわうのまいてき
うになるほとのすゑつかたのかくはなやか
ににきはゝしくきこゆるにみな人のぬき
かけたるものゝ色物のおりからに
おかしうのみみゆみこいろなともたちかんたちめの
中にもものゝ上すともてのこさすあそひ
給かみしも心ちよけにけうあるけしきと」5ウ
もなるを見給にものこりすくなしと身
をおほしたる御心のうちにはよろつの事あ
はれにおほえ給きのふれいならすおきゐ
給へりしなこりにやいとくるしうしてふし
給へりとしころかゝる物のおりことにまいり
つとひあそひ給人/\の御かたちありさまの
をのかしゝさへとんことふえのねをもけふ
やみきゝ給へきとちめなるらむとのみ
おほさるれはさしもめとまるましき人の
かほともゝあはれにみえわたされ給まして」6オ
夏冬のときにつけたるあそひたはふれ
にもなまいとましきしたの心はをのつか
らたちましりもすらめとさすかにな
さけをはし給かた/\はたれもひさしく
とまるへき世にはあらさなれとまつわれひと
りゆくゑしらすなりなむをおほしつゝ
くるいみしうあはれなりことはてゝをのか
しゝかへり給なんとするもとをきわかれめき
ておしまる花ちるさとの御かたに
たえぬへきみのりなからそたのまるゝ」6ウ
よゝにとむすふ中の契を御かへり
むすひをくちきりはたえし大方の
のこりすくなきみのりなりともやかて
このついてにふたんのと経せんほうなと
たゆみなくたうとき事ともせさせ給
みすほうはことなるしるしもみえてほと
もへぬれはれいのことになりてうちはへさる
へき所/\寺/\にてそせさせ給ける夏
になりてはれいのあつさにさへいとゝきえ
入給ぬへきおり/\おほかりそのことゝおとろ」7オ
おとろしからぬ御心ちなれとたゝいとよはき
さまになり給へはむつかしけに所せくなやみ
給こともなしさふらふ人/\もいかにおはしま
さむとするにかとおもひよるにもまつかき
くらしあたらしうかなしき御ありさまとみ
たてまつるかくのみおはすれは中宮この院
にまかてさせ給ひんかしのたいにおはしま
すへけれはこなたにはたまちきこえ給き
しきなとれいにかはらねとこのよのあり
さまをみはてすなりぬるなとのみおほせは」7ウ
よろつにつけてものあはれなりなたい
めんをきゝ給にもその人かの人なとみゝとゝ
めてきかれ給ふかんたちめなといとおほく
つかうまつり給へりひさしき御たいめん
のとたえをめつらしくおほして御物かた
りこまやかにきこえ給院いりたまひて
こよひはすはなれたる心ちしてむとくな
りやまかりてやすみはへらんとてわたり給
ぬおきゐたまへるをいとうれしとおほし
たるもいとはかなきほとの御なくさめなり」8オ
かた/\におはしましてはあなたにわたらせ給
はんもかたしけなしまいらむことはたわり
なくなりにてはへれはとてしはしはこなたに
おはすれはあかしの御かたもわたり給て
こゝろふかけにしつまりたる御ものかたり
ともきこえかはし給うへは御心のうちおほ
しめくらす事おほかれとさかしけになか
らむのちなとのたまひいつることもなし
たゝなへてのよのつねなきありさまをおほ
とかにことすくなゝる物からあさはかにはあ」8ウ
らすのたまひなしたるけはひなとそこと
にいてたらんよりもあはれに物こゝろほそき
御けしきはしるうみえける宮たちをみた
てまつりたまうてもをの/\の御ゆく
すゑをゆかしく思きこえけるこそかく
はかなかりける身をおしむ心のましりけ
るにやとて涙くみ給へる御かほのにほひい
みしうおかしけなりなとかうのみおほし
たらんとおほすに中宮うちなき給ひぬ
ゆゝしけになとはきこえなし給はす」9オ
ものゝついてなとにそとしころつかう
まつりなれたる人/\のことなるよるへなう
いとおしけなるこの人かの人はへらすな
りなんのちに御心とゝめてたつねおもほ
せなとはかりきこえ給けるみと経なとに
よりてそれいのわか御かたにわたり給三宮
はあまたの御中にいとおかしけにてありき
給を御心ちのひまにはまへにすゑたてまつ
り給て人のきかぬまにまろかはへらさ
らむにおほしいてなんやときこえ給へはい」9ウ
と恋しかりなむまろはうちのうへよりも
宮よりもはゝをこそまさりて思きこ
ゆれはおはせすは心ちむつかしかりなむ
とてめおしすりてまきらはし給へるさま
おかしけれはほゝゑみなから涙はおちぬおと
なになり給ひなはこゝにすみ給てこ
のたいのまへなるこうはいとさくらとは花
のおり/\に心とゝめてもて遊あそひ給へさる
へからむおりは仏にもたてまつり給へとき
こえ給へはうちうなつきて御かほをまもり」10オ
てなみたのおつへかめれはたちておはしぬ
とりわきておほしたてまつり給へれはこ
の宮とひめ宮とをそみさしきこえ給
はんことくちおしくあはれにおほされける
秋まちつけて世中すこしすゝしく
なりては御心ちもいさゝかさはやくやう
なれと猶ともすれはかことかましさるは
身にしむ許おほさるへき秋かせならね
と露けきおりかちにてすくし給中宮
はまいり給なんとするをゐましはしは御らむ」10ウ
せよともきこえまほしうおほせともさか
しきやうにもありうちの御つかひのひ
まなきもわつらはしけれはさもきこえ
給はぬにあなたにもえわたり給はねは宮
そわたり給けるかたはらいたけれとけにみ
たてまつらぬもかひなしとてこなたに御
しつらひをことにせさせ給こよなうやせほ
そり給へれとかくてこそあてになまめかし
きことのかきりなさもまさりてめてたかり
けれときしかたあまりにほひおほくあさ/\」11オ
とおはせしさかりは中/\このよの花の
かほりにもよそへられ給しをかきりもなく
らうたけにおかしけなる御さまにていとかり
そめに思給へるけしきにる物なく心くるし
くすゝろにものかなし風すこく吹いてたる
ゆふ暮にせむさい見給とてけうそくに
よりゐ給へるを院わたりてみたてまつり給
ひてけふはいとよくおきゐ給めるはこの
おまへにてはこよなく御心もはれ/\しけな
めりかしときこえ給かはかりのひまあるをも」11ウ
いとうれしとおもひきこえ給へる御けしき
を見給も心くるしくつゐにいかにおほし
さはかんと思にあはれなれは
をくとみる程そはかなきともすれは
風にみたるゝ萩の上露けにそおれかへり
とまるへうもあらぬよそへられたるおり
さへしのひかたきを見いたし給ても
やゝもせはきえをあらそふ露のよに
をくれさきたつ程へすもかなとて御涙を
はらひあへ給はす宮」12オ
秋風にしはしとまらぬ露のよをた
れか草はのうへとのみみんときこえかはし
給御かたちともあらまほしくみるかひ
あるにつけてもかくてちとせをすくすわ
さもかなとおほさるれと心にかなはぬ事
なれはかけとめんかたなきそかなしかり
けるいまはわたらせ給ひねみたり心ちいとく
るしくなりはへりぬいふかひなくなり
にける程といひなからいとなめけにはへり
やとてみ木丁ひきよせてふし給へるさま」12ウ
のつねよりもいとたのもしけなく見え
給へはいかにおほさるゝにかとて宮は御て
をとらへたてまつりてなく/\みたてまつ
り給にまことにきえゆく露のこゝちして
かきりに見え給へはみす行のつかひとも
かすもしらすたちさはきたりさき/\も
かくていきいて給おりにならひ給て御物
のけとうたかひ給ひてよひとよさま/\
の事をしつくさせ給へとかひもなく
あけはつるほとにきえはて給ひぬ宮も」13オ
かへり給はてかくてみたてまつり給へるをか
きりなくおほすたれも/\ことはりのわ
かれにてたくひあることゝもおほされすめ
つらかにいみしくあけくれのゆめにまと
ひ給ほとさらなりやさかしきひとおは
せさりけりさふらふ女はうなともあるかき
りさらにものおほえたるなし院はまして
おほししつめんかたなけれは大将の君ちか
くまいり給へるを御木丁の本によひよ
せたてまつり給てかくいまはかきりのさま」13ウ
なめるをとしころのほいありて思ひつる
ことかゝるきさみにそのおもひたかへてや
みなんかいと/\おしき御かちにさふらふ
大とこたちと経のそうなともみなこゑ
やめていてぬなるをさりともたちとま
りて物すへきもあらむこの世にはむな
しき心ちするを仏の御しるしいまはかの
くらきみちのとふらひにたにたのみ申
へきをかしらおろすへきよしものし給
へさるへきそうたれかとまりたるなとの」14オ
給御けしき心つよくおほしなすへかめれ
と御かほの色もあらぬさまにいみしくたへ
かね御涙のとまらぬをことはりにかなしく
みたてまつり給御ものゝけなとのこれも人
の御心みたらんとてかくのみ物はゝへめるを
さもやおはしますらんさらはとてもかく
ても御ほいのことはよろしきことにはへな
り一日一やいむことのしるしこそはむなし
からすは侍なれまことにいふかひなくなり
はてさせ給て後の御くしはかりをやつ」14ウ
させ給てもことなるかのよの御ひかりとも
ならせ給はさらん物からめのまへのかなし
ひのみまさるやうにていかゝはへるへから
むと申給て御いみにこもり候へきこゝろ
さしありてまかてぬそうその人かのひと
なとめしてさるへきことゝもこの君そ
をこなひ給としころなにやかやとおほ
けなき心はなかりしかといかならんよに
ありしはかりもみたてまつらんほのかにも御
こゑをたにきかぬことなと心にもはなれ」15オ
す思わたりつるものをこゑはつゐにきかせ
給はすなりぬるにこそはあめれむなしき
御からにてもいまひとたひみたてまつらんの心
さしかなふへきおりはたゝいまよりほかに
いかてかあらむと思ふにつゝみもあへすな
かれて女はうのあるかきりさはきまとふをあな
かましはしとしつめかほにて御木丁のかた
ひらをものゝ給まきれにひきあけて
見給へはほの/\とあけゆくひかりもおほ
つかなけれはおほとなあふらをちかくかゝ」15ウ
けてみたてまつり給にあかすうつくし
けにめてたうきよらにみゆる御かほ
のあたらしさにこの君のかくのそき給
をみる/\もあなかちにかくさんの御心
もおほされぬなめりかくなに事もま
たかはらぬけしきなからかきりのさま
はしるかりけるこそとて御袖をかほに
おしあて給へるほと大将の君もなみた
にくれてめもみえ給はぬをしゐてしほ
りあけてみたてまつるに中/\あかす」16オ
かなしきことたくひなきにまことに心まと
ひもしぬへし御くしのたたうちやられ
給へるほとこちたくけうらにて露は
かりみたれたるけしきもなうつや/\
とうつくしけなるさまそかきりなきひ
のいとあかきに御色はいとしろくひかる
やうにてとかくうちまきらはすことあり
しうつゝの御もてなしよりもいふかひなき
さまにてなに心なくてふしたまへる御
ありさまのあかぬ所なしといはんもさらな」16ウ
りやなのめにたにあらすたくひなきをみた
てまつるにしにいるたましゐのやかてこの
御からにとまらなむとおもほゆるもわりな
きことなりやつかうまつりなれたる女はう
なとのものおほゆるもなけれは院そなに
こともおほしわかれすおほさるゝ心ちを
あなかちにしつめ給てかきりの御ことゝもし
給いにしへもかなしとおほすこともあまた
見給し御身なれといとかうおりたちては
またしり給はさりけることをすへてき」17オ
しかたゆくさきたくひなき心ちし給や
かてそのひとかくおさめたてまつるかきり
ありけることなれはからをみつゝもえすく
【付箋01】-\<朱合点>「うつせみハからをみつゝもなくさめつ/ふかくさの山けふりたにたて」(古今831・新撰和歌166・遍昭集13、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
し給ましかりけるそ心うき世中なり
けるはる/\とひろきのゝ所もなくた
ちこみてかきりなくいかめしきさほう
なれといとはかなきけふりにてはかなく
のほり給ぬるもれいのことなれとあえなく
いみし空をあゆむ心ちして人にかゝり
てそおはしましけるをみたてまつる人も」17ウ
さはかりいつかしき御身をとものゝ心しらぬ
けすさへなかぬなかりけり御をくりの女はう
はまして夢ちにまとふ心ちして車より
もまろひおちぬへきをそもてあつかひ
けるむかし大将の君の御はゝ君うせ
給へりし時のあかつきを思いつるにもかれは
猶ものゝおほえけるにや月のかほのあきら
かにおほえしをこよひはたゝくれまとひ
たまへり十四日にうせ給てこれは十五日の
あか月なりけり日はいとはなやかにさし」18オ
あかりてのへのつゆもかくれたるくまなく
て世中おほしつゝくるにいとゝいとはし
くいみしけれはをくるとてもいくよかは
ふへきかゝるかなしさのまきれにむかし
よりの御ほいもとけてまほしくおもほせ
と心よはきのちのそしりをおほせはこ
のほとをすくさんとし給にむねのせき
あくるそたへかたかりける大将の君も御
いみにこもり給ひてあからさまにもまかて
給はすあけくれちかくさふらひて心くるし」18ウ
くいみしき御けしきをことはりにかなし
く見たてまつり給てよろつになく
さめきこえ給風のわきたちてふく夕
暮にむかしのことおほしいてゝほのかに
みたてまつりしものをと恋しくおほ
え給に又かきりのほとのゆめの心ちせ
しなと人しれす思つゝけ給にたへかた
くかなしけれは人めにはさしもみえしと
つゝみてあみた仏/\とひき給すゝのか
すにまきらはしてそなみたのたまを」19オ
はもちけち給ひける
いにしへの秋の夕の恋しきにいまは
とみえしあけくれの夢そなこりさへう
かりけるやむことなきそうとんさふらは
せ給てさたまりたるねん仏をはさるもの
にてほ花経なとすせさせ給かた/\いと
あはれなりふしてもおきても涙のひる
よなくきりふたかりてあかしくらし給
いにしへより御身のありさまおほしつゝ
くるにかゝみにみゆるかけをはしめて人」19ウ
にはこと也けるみなからいはけなきほと
よりかなしくつねなきよを思しるへく
仏なとのすゝめ給ける身を心つよくすく
してつゐにきしかた行さきもためし
あらしとおほゆるかなしさをみつるかな
いまはこの世にうしろめたきことのこらす
なりぬひたみちにをこなひにおもむき
なんにさはり所あるましきをいとかくお
さめんかたなき心まとひにてはねかはん
みちにもいりかたくやとやらましき」20オ
をこの思すこしなのめにわすれさせ給
へとあみた仏をねんしたてまつり給所/\
の御とふらひうちをはしめたてまつりてれ
いのさほう許にはあらすいとしけくきこ
え給おほしめしたる心のほとにはさら
になに事もめにもみゝにもとまらす
心にかゝり給ことあるましけれと人にほけ
ほけしきさまに見えしいまさらに我
よのすゑにかたくなしく心よはきまと
ひにて世中をなんそむきにけるとなか」20ウ
れとゝまらんなをおほしつゝむになん身
を心にまかせぬなけきをさへうちそへ給ひ
けるちしのおとゝあはれをもおりすくし給
ぬ御心にてかくよにたくひなくものし給
人のはかなくうせ給ぬることをくちおし
くあはれにおほしていとしは/\とひきこ
え給むかし大将の御はゝうせ給へりし
もこの比のことそかしとおほしいつるに
いと物かなしくそのおりかの御身をおしみ
きこえ給し人のおほくもうせ給にける」21オ
かなをくれさきたつほとなき世なりけり
やなとしめやかなる夕くれになかめ給ふ
空のけしきもたゝならねは御このくら
人の少将してたてまつり給あはれなること
なとこまやかにきこえ給てはしに
いにしへの秋さへいまの心ちしてぬれ
にし袖に露そをきそふ御返し
露けさはむかしいまともおもほえす
大方秋の夜こそつらけれものゝみかなし
き御心のまゝならはまちとり給ては心よは」21ウ
くもとめとゝめ給つへきおとゝの御心さ
まなれはめやすきほとにとたひ/\のな
をさりならぬ御とふらひのかさなりぬるこ
とゝよろこひきこえ給うすゝみとのた
まひしよりはいますこしこまやかにて
たてまつれり世中にさいはいありめて
たき人もあひなうおほかたのよにそね
まれよきにつけても心のかきりをこり
て人のためくるしき人もあるをあや
しきまてすゝろなる人にもうけられ」22オ
はかなくしいて給ことんなに事に
つけても世にほめられ心にくゝおりふし
につけつゝらう/\しくありかたかりし
人の御心はへなりかしさしもあるましき
おほよその人さへそのころは風のをとむ
しのこゑにつけつゝ涙おとさぬはなし
ましてほのかにもみたてまつりし人の
思なくさむへき世なしとしころむつま
しくつかまつりなれつる人/\しはしも
のこれるいのちうらめしきことをなけき」22ウ
つゝあまに也このよのほかの山すみなと
に思たつもありけりれいせん院のきさい
の宮よりもあはれなる御せうそこたえす
つきせぬことゝもきこえ給ひて
かれはつるのへをうしとやなき人の
秋に心をとゝめさりけんいまなんことはりし
られ侍ぬるとありけるをものおほえぬ
御心にもうちかへしをきかたく見給ふ
いふかひありおかしからむかたのなくさめ
にはこの宮はかりこそおはしけれといさゝ」23オ
かの物まきるゝやうにおほしつゝくるに
もなみたのこほるゝを袖のいとまなく
えかきやりたまはす
のほりにし雲井なからもかへりみよ
我秋はてぬつねならぬよにおしつゝみ
給ひてもとはかりうちなかめておはすす
くよかにもおほされすわれなからことの
ほかにほれ/\しくおほししらるゝこと
おほかるまきらはしに女かたにそおはし
ます仏の御まへに人しけからすもてなし」23ウ
てのとやかにをこなひ給ちとせをもも
ろともにとおほししかとかきりあるわかれ
そいとくちおしきわさなりけるいまはは
ちすの露もこと/\にまきるましくの
ちのよをとひたみちにおほしたつこと
たゆみなしされと人きゝをはゝかり給
なんあちきなかりける御わさの事とも
はか/\しくの給をきつることゝも
なかりけれは大将の君なむとりもちてつ
かうまつり給けるけふやとのみわか身」24オ
も心つかひせられ給おりおほかるをはかな
くてつもりにけるも夢の心ちのみす中
宮なともおほしわするゝときのまなく
こひきこえたまふ」24ウ
【奥入01】採菓汲水 法華経 提婆品
<又>
法華経をはかえし事はたきゝこり
なつみ水くみつかへてそえし
たきゝつくとは 仏涅槃の事也(戻)
此巻 夕霧之後年歟
六条院五十 紫上四十三
中宮者今年之間 立房歟無所見
三宮四歟
二品宮若君三歟」25オ