紅梅(大島本) First updated 2/17/2002(ver.1-1)
Last updated 5/1/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

紅梅

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「こうはい」(題箋)

  その比按察大納言ときこゆるは・故致
0001【按察大納言】-紅梅のおとゝなり
  仕のおとゝの次郎なり・うせ給にし右衛門
0002【次郎】-紅
0003【右衛門督】-柏木事
  督のさしつきよ・わらはよりらう/\しう
  はなやかなる心はへものし給し人にて・成の
  ほりたまふ年月にそへて・まいていとよに
  あるかひありあらまほしうもてなし御おほえ
  いとやむことなかりける北の方ふたり物
  し給ひしを・もとよりのはなくなり給て・いま
0004【いまものし給は】-右大臣清原夏野公小倉王第五男也号並岡大臣又号野路鬚黒事
  ものし給は・後のおほきおとゝの御むすめ・
0005【御むすめ】-真木柱上
  まきはしらはなれかたくしたまひしきみ」1オ

  を・式部卿の宮にて・故兵部卿のみこにあは
0006【式部卿の宮】-紫上親
0007【故兵部卿のみこ】-蛍
  せたてまつり給へりしを・御子うせ給て後
0008【御子】-蛍
  しのひつゝかよひ給しかと・年月ふれはえ
  さしもはゝかり給はぬなめり・御子はこ北の
  かたの御はらに二人のみそおはしけれは・さう/\
0009【二人】-麗景殿 中君
  しとて・神仏にいのりて・いまの御はらにそ
0010【いまの御はら】-槙柱
  おとこ君ひとりまうけ給へる・こ宮の御かたに
0011【おとこ君】-大輔
  女きみひとゝころおはす・へたてわかすいつ
0012【女きみ】-蛍ノ兵部卿御女母まき柱上なり
  れをも・おなしこと・おもひきこえかはし給へる
  を・をの/\御かたの人なとは・うるはしうも」1ウ

  あらぬこゝろはへうちましり・なまくね/\
  しきこともいてくる時々あれと・北の方
0013【北の方】-槙
  いとはれ/\しくいまめきたる人にて・つみ
  なくとりなし我御かたさまにくるしかる
  へきことをも・なたらかに・きゝなしおもひ
  なをし給へは・きゝにくからて・めやすかりけり
  君たちおなしほとに・すき/\おとなひ給
0014【すき/\】-過々
  ぬれは・御裳なときせたてまつり給・七
  間のしむてんひろくおほきにつくりて・
0015【しむてん】-紅梅家
  南おもてに大納言殿おほいきみ・西に」2オ
0016【大納言殿】-紅ー
0017【おほいきみ】-麗景

  中の君ひんかしに宮の御かたと・すませ
0018【中の君】-同妹
0019【宮の御かた】-蛍ー
  たてまつり給へり・おほかたにうちおもふ程
  は・ちゝ宮のおはせぬ心くるしきやうなれと・
0020【ちゝ宮】-蛍
  こなたかなたの御たから物おほくなとして・
  うち/\のきしきありさまなと・心にくゝけ
  たかくなともてなして・けはひあらまほしく
  おはす・れいのかくかしつき給きこえありて・
  つき/\にしたかひつゝきこえ給人おほく・
  うち春宮より御けしきあれと・内には中
0021【中宮】-明
  宮おはします・いかはかりの人かはかの御けはひ」2ウ

  にならひきこえむ・さりとておもひをとり
  ひけせんもかひなかるへし・春宮には右大(大+臣<朱>)殿
0022【ひけ】-卑下
0023【右大臣殿】-夕
  のならふ人なけにてさふらひ給は・きしろひ
0024【ならふ人なけにて】-六君
  にくけれと・さのみいひてやは人にまさらむと
  おもふ女こを・宮つかへにおもひたえては・なにの
  ほいかはあらむとおほしたちて・まいらせた
  てまつり給ふ・十七八のほとにて・うつくしう
0025【十七八のほと】-麗景ー
  にほひおほかるかたちし給へり・中の君も
  うちすかひて・あてになまめかしうすみ
  たるさまはまさりて・をかしうおはすめれは・」3オ

  たゝ人にてはあたらしく・見せまうき御さ
  まを・兵部卿の宮のさもおほしたらはなと
0026【兵部卿の宮】-匂
  おほしたる・此わか君をうちにてなとみつけ
0027【わか君】-大輔
  給ふ時は・めしまとはしたはふれかたきにし給・
  心はへありて・おくおしは(は+から<朱>)るゝ・まみ・ひたい
0028【おく】-心
0029【まみ】-大ー
  つき也・せうとをみてのみは・えやましと
0030【せうとをみてのみは】-匂詞宮君
  大納言に申せよなとの給かくるを・さ
  なむときこゆれは・うちゑみて・いとかひあり
0031【うちゑみて】-紅
  とおほしたり・人におとらむ宮つかひよりは・
  此宮にこそはよろしからむをんなこは・見」3ウ
0032【此宮】-匂

  せたてまつらまほしけれ・心ゆくにまかせて・
  かしつきて見たてまつらんにいのちの
  ひぬへき宮の御さまなりとの給ひなから・
  まつ春宮の御ことをいそき給て・かすか
0033【いそき給て】-麗ー入内事
  のかみの御ことはりも我よにやもしいて
0034【御ことはり】-藤ー后立
  きて・故おとゝの院の女御の御ことを・むねい
0035【故おとゝ】-致仕
0036【院】-冷
0037【むねいたくおほして】-弘徽秋好ニヲサレテ遂不立后事
  たくおほしてやみにし・なくさめのこともあら
  なむと・こゝろのうちにいのりてまいらせ
  たてまつり給つ・いとときめき給よし人々
  きこゆ・かゝる御ましらひのなれ給はぬ」4オ

  ほとに・はか/\しき御うしろみなくてはいかゝ
  とて・北のかたそひてさふらひ給は・まことに
0038【北のかた】-槙柱継母也
  かきりもなくおもひかしつきうしろみき
  こえ給・殿はつれ/\なる心地して・西の御
0039【殿は】-紅ー
0040【西の御かた】-中君
  かたはひとつにならひ給て・いとさう/\しく
  なかめ給・ひんかしの姫君もうと/\しくかた
0041【ひんかしの姫君】-宮君
  みにもてなし給はて・よる/\はひとゝころに
  御とのこもり・よろつの・御こと・ならひはかな
  き御あそひわさをも此方を師のやうに
  おもひきこえてそ・誰もならひあそひ給ける・」4ウ

  物はちを・世のつねならすし給て・母北の
  かたにたにさやかには・おさ/\さしむかひたて
  まつり給はす・かたはなるまて・もてなし
  給物から・心はへけはひのむもれたるさま
  ならす・あい行つき給へること・はた人より
  すくれ給へり・かくうちまいりや・なにやと・
  我かたさまをのみおもひいそくやうなるも・
  心くるしなとおほして・さるへからむさまに
  おほしさためての給へおなしことゝこそはつかう
  まつらめと・はゝ君にもきこえ給けれと・さらに」5オ
0042【はゝ君】-槙ー
0043【さらにさやうの】-槙ー詞

  さやうのよつきたるさまおもひたつへき
  にもあらぬけしきなれは・中/\ならむ事
  は心くるしかるへし・御すくせにまかせて
  よにあらむかきりは見たてまつらむ・のち
  そ哀にうしろめたけれと・よをそむくかた
  にてもをのつから・人わらへにあはつけき
  ことなくて過し給はなんなとうちなきて・
  御心はせのおもふやうなることをそきこえ
0044【御心はせ】-操
  給・いつれもわかす・親かり給へと御かたち
  を・見はやと・ゆかしうおほして・かくれ給こそ」5ウ
0045【見はや】-紅ー心

  心うけれとうらみて・人しれすみえたまひ
  ぬへしやと・のそきありき給へと・たえてかた
  そはをたにえ見たてまつり給はす・うへ
0046【うへ】-母槙柱
  おはせぬほとはたちかはりてまいりくへき
  を・うと/\しくおほしわくる御けしきなれは・
  心うくこそなときこえみすのまへにゐ給
  へは・御いらへなとほのかにきこえ給・御こゑ
  けはひなと・あてにをかしうさまかたちお
  もひやられて・哀におほゆる人の御あり
  さまなり・わか(か+御<朱>)姫君たちを・人におとらしと・」6オ

  思おこれと・此君にえしも・まさらすや
0047【おこれと】-驕
  あらむ・かゝれはこそ世中のひろきうちは・
  わつらはしけれ・たくひあらしと思にまさる
  かたも・をのつからありぬへかめりなと・いとゝ
  いふかしう思きこえ給・月比なにとなく・
0048【月比なにとなく】-紅詞
  物さはかしき程に・御ことのねをたに・うけ
  たまはらて・ひさしう成はへりにけり・にし
0049【にしのかた】-中ー
  のかたに侍る人はひわをこゝろに入て侍る・
  さもまねひとりつへくやおほえ侍らん・なま
  かたほにしたるにきゝにくき物のねから」6ウ

  也・おなしくは御心とゝめて・をしへさせ給へ・
  おきなはとりたてゝならふ物侍らさりし
  かと・そのかみさかりなりしよにあそひ
  侍しちからにや・きゝしるはかりのわきま
  へは・なにことにもいとつきなうはへら
  さりしを・うちとけてもあそはさねと・
0050【あそはさねと】-六君
  時々うけ給御ひはのねなむ・昔おほえ
  侍る・故六条院の御つたへにて・右のおとゝ
0051【右のおとゝ】-夕
  なん・この比よにのこる(る$り)給へる・源中納言・
  兵部卿の宮なに事にもむかしの人におとる」7オ

  ましう・いと契ことに物し給人々にて・あ
  そひのかたはとりわきて心とゝめたまへるを・
  てつかひすこしなよひたるはちをとなと
0052【はち】-撥
  なん・おとゝにはをよひ給はすと思ふ給ふる
0053【おとゝには】-けん
  を(を+此)御ことのねこそいとよくおほえ給へれ・
0054【此御ことのね】-宮君
  ひははおしてしつやかなるを・よきにする物
0055【おして】-押手
  なるに・ちうさすほと・はちをとのさまかは
0056【ちう】-軸
  りて・なまめかしうきこえたる・をんなの
  御ことにて・中/\をかしかりける・いてあそ
  はさんや・御ことまいれとの給・女房なとは」7ウ

  かくれたてまつるもおさ/\なし・いとわかき
  上臈たつか・みえたてまつらしと思はしも・
  心にまかせてゐたれは・さふらふ人さへかく・
  もてなすか・やすからぬと・はらたち給・わか
0057【わか君】-大輔
  君うちへまいらむととのひすかたにて
0058【とのひすかた】-髪不結
  まいり給へる・わさとうるはしき・身(身$み<朱>)つらより
0059【うるはしき】-束帯ヲ云
0060【みつら】-総角
  も・いとをかしくみえて・いみしううつくしと
  おほしたり・麗景殿に御ことつけきこえ
0061【御ことつけ】-紅詞
  給・ゆつりきこえて・こよひもえまいるましく・
  なやましくなときこえよとの給て・」8オ

  ふえすこしつかうまつれ・ともすれは・
  御前の御あそひにめしいてらるゝ・かたはら
  いたしや・またいとわかきふえをとうち
0062【うちゑみて】-紅ー
  ゑみて・そうてうふかせ給・いとをかしう・
0063【そうてう】-双
  ふい給へは・けしうはあらす成ゆくは・此
  わたりにてをのつから・物にあはするけ
  なり・猶かきあはせさせ給へと・せめきこえ
  給へは・くるしとおほしたるけしきなから・つ
0064【つまひき】-宮君 爪弾
  まひきにいとよくあはせて・たゝすこしか
  きならい給・かはふえふつゝかになれたる」8ウ
0065【かはふえ】-\<朱合点> 皮笛

  こゑして・此ひんかしのつまに・軒ちかき紅梅
0066【此ひんかしのつまに】-宮君方
  の・いとをもしろく・にほひたるを見給て・おまへ
  のはな心はへありてみゆめり兵部卿宮う
  ちにおはすなり・ひとえたおりてまいれしる
0067【しる人そしる】-\<朱合点> 君ならて誰ニかみせん梅の花(古今38・古今六帖4147・和漢朗詠100・友則集3・信明集100)
  人そしるとて・あはれひかる源氏といはゆる・御
  さかりの大将なとに・おはせし比・わらはにてか
  やうにて・ましらひなれきこえしこそ・
  よとゝもに恋しう侍れ・この宮たちを世
0068【この宮たち】-匂
  人も・いとことにおもひきこえ・けに人にめて
  られんとなり給へる御ありさまなれと・」9オ
0069【御ありさまなれと】-木にもあらす草

  はしかはしにもおほえ給はぬは・猶たくひ
0070【はし】-端
  あらしと・おもひきこえし心のなしにやあり
  けん・おほかたにて思いてたてまつるに・むね
  あくよなくかなしきを・けちかき人のおく
0071【おくれたてまつりて】-源
  れたてまつりて・いきめくらふは・おほろけ
  のいのちなかさなりかしとこそ・おほえはへれ
  なときこえいてたまひて・物あはれに
  すこく思ひめくらし・しほれ給ついての
  忍かたきにや・花おらせて・いそきまいらせ
  給ふ・いかゝはせんむかしの恋しき御かたみ」9ウ

  には・この宮はかりこそは・ほとけのかくれ
0072【この宮】-匂

0073【ほとけのかくれ】-\<朱合点>
  たまひけむ・御名こりにはあなんか光はな
0074【あなんか光はなちけん】-仏後登高座説談
  ちけんを・ひたゝひいて給へるかとうたかふ・
  さかしきひしりのありけるを・やみにまとふ・
  はるけところに・きこえをかさむかしとて
    こゝろありて風のにほはすそのゝの梅に
0075【こゝろありて】-紅梅
  まつ鴬のとはすやあるへきとくれなひの
  かみに・わかやきかきて・このきみのふとこ
0076【このきみ】-紅梅のおとゝの御子也
  ろかみにとりませ・おしたゝみて・いたし
  たてたまふを・おさなきこゝろにいとなれ」10オ

  きこえまほしとおもへは・いそきまいり
  たまひぬ・中宮のうへの御つほねより・御
0077【中宮】-明
  とのゐところに・いて給ほとなり・殿上人
  あまた御をくりにまいる中にみつけ
  給て・きのふは・なといととくはまかてに
  し・いつまいりつるそなとの給ふ・とくま
  かて侍にしくやしさに・またうちにお
  はしますと・人の申つれは・いそきまいり
  つるやと・おさなけ(△&け)なるものから・なれきこ
  ゆ・うちならて心やすき所にも・時々はあ」10ウ
0078【うちならて】-匂

  そへかし・わかき人ともの・そこはかとなくあつ
  まる所そとの給ふ・この君めしはなちて
  かたらひ給へは・人々はちかうもまいらす・まかて
  ちりなとして・しめやかに成ぬれは・春宮
  にはいとますこしゆるされためりな・いと
  しけうおほしまとはすめりしをときとられ
0079【おほしまとはす】-東宮ノ
0080【ときとられて】-麗景ニ
  て人わろかめりとの給へはまつはさせ給し
  こそ・くるしかりしか・おまへにはしもと・きこえ
0081【おまへに】-匂ノ
  さしてゐたれは・我をは人けなしと思ひ
0082【我をは】-匂詞
  はなれたるとなことはり也・されとやす」11オ

  からすこそ・ふるめかしき・おなしすちにて・
0083【ふるめかしき】-故兵部卿ノ宮ナレハ
  ひんかしときこゆなるは・あひ思ひ給てん
0084【ひんかしときこゆなる】-宮君
  やと・しのひてかたらひきこえよなと・の
  給ついてに・この花をたてまつれは・うちゑ
  みて・うらみて後ならましかはとて・うちも
  をかすこらむす・えたのさま花ふさ色
  もかも・世のつねならす・そのにゝほへるく
0085【そのにゝほへる】-\<朱合点>
  れなゐのいろにとられて・香なんしろき
0086【くれなゐのいろにとられて】-後 紅にいろをハかへて梅の花香こそことことににほハさりける(後撰44・古今六帖4153・貫之集374、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  むめには・おとれるといふめるを・いとかしこく・
  とりならへてもさきけるかなとて・御心」11ウ

  とゝめ給ふ花なれは・かひあり(り+て)もてはやし
  給・こよひはとのゐなめり・やかてこなたに
  をとめしこめつれは・春宮にもえまいらす・
  花もはつかしくおもひぬへく・かうはしくて・
  けちかくふせ給へるを・わかき心地にはたく
  ひなく・うれしくなつかしうおもひきこゆ・
  此花のあるしはなと・春宮にはうつろひ給は
0087【此花のあるしは】-拾 春きてそ人のとひけぬ山里ハ花こそ宿のあるし也けり(拾遺集1015・拾遺抄388・公任集1、河海抄)
  さりししらす心しらむ人になとこそ・
0088【心しらむ人に】-信明集 色もかもまつ我やとの梅をこそ心しれらん人ハ見にこめ(信明集19、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  きゝ侍しかなとかたりきこゆ・大納言の
  み心はへは・わかゝたさまに思へかめれと・」12オ

  きゝあはせ給へと・おもふ心はこと(と+に<朱>)しみぬれは・
  此かへりことけさやかにも・の給やらす・
  つとめてこの君のまかつるに・なをさり
  なるやうにて
    花のかにさそはれぬへき身なりせは
0089【花のかに】-匂兵部卿返し
  かせのたよりをすくさましやはさて猶
0090【さて猶】-匂詞
  いまはおきなともに・さかしらせま(ま$さ<朱>)せて・し
0091【おきなともに】-年寄
  のひやかにと・かへす/\の給て・このきみも
0092【このきみも】-匂
  ひんかしのをは・やんことなくむつましう
  思ましたり・なか/\こと方のひめ君は見え」12ウ

  給なとして・れいのはらからのさまなれと・
  わらは心地にいとおもりかに・あらまほしう
0093【いとおもりかに】-宮君
  おはする心はへを・かひあるさまにて・見た
  てまつらはやと・おもひありくに・春宮
  の御かたのいと花やかにもてなし給に
0094【いと花やかに】-麗ー
  つけて・おなしことゝは思なから・いとあかすくち
  おしけれは・此宮をたに・けちかくて・みたて
  まつらはやとおもひありくに・うれしき花
  のついてなり・これはきのふの御かへりなれ
  は・見せたてまつるねたけにもの給へる」13オ
0095【見せたてまつる】-紅ニ
0096【ねたけにもの給へるかな】-紅詞

  かな・あまりすきたる方に・すゝみ給へるを・
  ゆるしきこえすと・きゝ給て・右のおとゝ
0097【右のおとゝ】-夕
  われらか・見たてまつるには・いと物まめやかに
0098【いと物まめやかに】-匂ノ
  御心をさめ給ふこそをかしけれ・あた人と
0099【あた人】-他人<アタシヒト>日ー
  せんにたらひ給へる御さまを・しゐてまめ
  たち給はんもみところすくなくやなら
  ましなと・しりうこちて・けふもまいらせ
  給ふに又
    もとつかのにほへるきみか袖ふれは花も
0100【もとつかの】-紅梅
0101【花もえならぬ名を】-元輔集 もとつ香ノ有たにあるを梅の花いとゝ匂のそはりぬるかな(兼輔集9、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  えならぬ名をやちらさむとすき/\しや・」13ウ

  あなかしことまめやかにきこえたまへり・
  まことにいひなさむとおもふところあるにや
  と・さすかに御心ときめきし給て
    花のかをにほはす宿にとめゆかは
0102【花のかを】-匂兵部卿
  色にめつとや人のとかめんなと猶心とけす・
  いらへ給へるを・心やましとおもひゐ給へり・
  北のかたまかてたまひて・うちわたりのこと
0103【北のかた】-槙
  の給ふついてに・わか君の一夜とのひして・
0104【わか君】-大ー
  まかりいてたりしにほひのいとをかし
  かりしを・人はなをとおもひしを・宮のいと」14オ
0105【なをと】-大輔君ノ匂ト思
0106【宮】-東宮

  おもほしよりて・兵部卿のみやに・ちかつき
  きこえにけり・むへ我をはすさめたりと・
  けしきとり・えんし給へりしか・こゝに御せう
  そこやありし・さもみえさりしをとの給
  へは・さかし梅の花めて給ふきみなれは・
0107【さかし梅の花】-紅詞
  あなたのつまの紅梅いとさかりに見えし
  を・たゝならておりたてまつれたりし
  なり・うつり香はけにこそ心ことなれ・はれ
  ましらひし給はん・をんななとは・さは・えし
  めぬかな・源中納言はかうさまにこのましう」14ウ

  は・たきにほはさて・人からこそよになけれ・
  あやしうさきの世の契・いかなりけるむく
  ひにかと・ゆかしきことにこそあれ・おなし
  はなの名なれと・梅はおひいてけむ・ねこそ
  哀なれ・此宮なとのめて給ふ・さることそ
0108【此宮】-匂
  かしなと・花によそへても・まつかけきこ
0109【かけきこえ給ふ】-詞
  え給ふ・宮の御かたは物おほししるほとに・
0110【宮の御かた】-宮君
  ねひまさり給へれは・なにこともみしりきゝ
  とゝめ給はぬにはあらねと・人に見えよつき
  たらむありさまは・さらにとおほしはなれ」15オ

  たり・よの人も時による心ありてにや・
  さしむかひたる御かた/\には・心をつくしき
0111【さしむかひたる】-紅子達
  こえわひ・いまめかしきことおほかれと・此方
0112【此方】-宮君
  はよろつにつけ・物しめやかにひき入給へる
  を・宮は御ふさひのかたにきゝつたへたまひ
0113【宮】-匂
0114【御ふさひ】-フサフ
  て・ふかういかてと・おもほしなりにけり・わか
0115【わかきみ】-大ー
  きみを・つねにまつはしよせ給つゝしのひ
  やかに・御文あれと・大納言の君ふかく心かけ
  きこえ給て・さも思たちての給ことあらはと・
  けしきとり心まうけし給をみるに・いと」15ウ

  をしう・ひきたかへて・かう思よるへうも
  あらぬ方にしも・なけのことの葉をつくし
  給ふかひなけなることゝ・北方もおほしの給ふ・
  はかなき御返りなともなけれは・まけしの
0116【御返り】-宮君
  御心そひて・おもほしやむへくもあらす・なに
  かは人の御ありさま・なとかは・さても見たて
  まつらまほしう・おひさき遠くなとは
  (+見<朱>)えさせ給になと・北方おもほしよる時/\
  あれと・いといたう色めき給てかよひ給ふ・
0117【色めき給て】-匂
  しのひ所おほく・八の宮の姫君にも・御心」16オ
0118【八の宮】-宇治
0119【姫君】-中ー

  さしのあさからて・いとしけうまうてありき
  給・たのもしけなき御心の・あた/\しさ
  なともいとゝ・つゝましけれは・まめやかに
  は・おもほしたえたるを・かたしけなき
  はかりに忍て・はゝ君そ・たまさかにさかし
  らかりきこえ給ふ」16ウ

【奥入01】釈迦如来涅槃之後阿難昇高座
    結集諸経之時其形如仏仍泉会
    疑仏再出絵(戻)
【奥入02】かわふえ
     或人云猶星をいふへき歟
     又云非楽笙之声音嘯歟(戻)」17オ

(白紙)」17ウ

以詞為巻名匂兵部卿の巻ニハかほる宰相中将十九歳の正月の事見えたり
此巻ニハ源中納言といへり同十九歳の秋也故ニ竪の並なるへし又宇
治の八宮姫君ニ心をかよはし侍る事此巻のすゑニみえたり椎かもとの巻と同
時の事なるへし イ本」(後遊紙1オ)

こうはい<墨> 一校了<朱> 二校了<墨>」(表表紙蓋紙)

inserted by FC2 system