紅梅(大島本親本復元) First updated 5/1/2007(ver.1-1)
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渋谷栄一翻字(C)

  

紅梅

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「紅梅」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「こうはい」(題箋)

  その比按察大納言ときこゆるは故致
  仕のおとゝの次郎なりうせ給にし右衛門
  督のさしつきよわらはよりらう/\しう
  はなやかなる心はへものし給し人にて成の
  ほりたまふ年月にそへてまいていとよに
  あるかひありあらまほしうもてなし御おほえ
  いとやむことなかりける北の方ふたり物
  し給ひしをもとよりのはなくなり給ていま
  ものし給は後のおほきおとゝの御むすめ
  まきはしらはなれかたくしたまひしきみ」1オ

  を式部卿の宮にて故兵部卿のみこにあは
  せたてまつり給へりしを御子うせ給て後
  しのひつゝかよひ給しかと年月ふれはえ
  さしもはゝかり給はぬなめり御子はこ北の
  かたの御はらに二人のみそおはしけれはさう/\
  しとて神仏にいのりていまの御はらにそ
  おとこ君ひとりまうけ給へるこ宮の御かたに
  女きみひとゝころおはすへたてわかすいつ
  れをもおなしことおもひきこえかはし給へる
  ををの/\御かたの人なとはうるはしうも」1ウ

  あらぬこゝろはへうちましりなまくね/\
  しきこともいてくる時々あれと北の方
  いとはれ/\しくいまめきたる人にてつみ
  なくとりなし我御かたさまにくるしかる
  へきことをもなたらかにきゝなしおもひ
  なをし給へはきゝにくからてめやすかりけり
  君たちおなしほとにすき/\おとなひ給
  ぬれは御裳なときせたてまつり給七
  間のしむてんひろくおほきにつくりて
  南おもてに大納言殿おほいきみ西に」2オ

  中の君ひんかしに宮の御かたとすませ
  たてまつり給へりおほかたにうちおもふ程
  はちゝ宮のおはせぬ心くるしきやうなれと
  こなたかなたの御たから物おほくなとして
  うち/\のきしきありさまなと心にくゝけ
  たかくなともてなしてけはひあらまほしく
  おはすれいのかくかしつき給きこえありて
  つき/\にしたかひつゝきこえ給人おほく
  うち春宮より御けしきあれと内には中
  宮おはしますいかはかりの人かはかの御けはひ」2ウ

  にならひきこえむさりとておもひをとり
  ひけせんもかひなかるへし春宮には右大殿
  のならふ人なけにてさふらひ給はきしろひ
  にくけれとさのみいひてやは人にまさらむと
  おもふ女こを宮つかへにおもひたえてはなにの
  ほいかはあらむとおほしたちてまいらせた
  てまつり給ふ十七八のほとにてうつくしう
  にほひおほかるかたちし給へり中の君も
  うちすかひてあてになまめかしうすみ
  たるさまはまさりてをかしうおはすめれは」3オ

  たゝ人にてはあたらしく見せまうき御さ
  まを兵部卿の宮のさもおほしたらはなと
  おほしたる此わか君をうちにてなとみつけ
  給ふ時はめしまとはしたはふれかたきにし給
  心はへありておくおしはるゝまみひたい
  つき也せうとをみてのみはえやましと
  大納言に申せよなとの給かくるをさ
  なむときこゆれはうちゑみていとかひあり
  とおほしたり人におとらむ宮つかひよりは
  此宮にこそはよろしからむをんなこは見」3ウ

  せたてまつらまほしけれ心ゆくにまかせて
  かしつきて見たてまつらんにいのちの
  ひぬへき宮の御さまなりとの給ひなから
  まつ春宮の御ことをいそき給てかすか
  のかみの御ことはりも我よにやもしいて
  きて故おとゝの院の女御の御ことをむねい
  たくおほしてやみにしなくさめのこともあら
  なむとこゝろのうちにいのりてまいらせ
  たてまつり給ついとときめき給よし人々
  きこゆかゝる御ましらひのなれ給はぬ」4オ

  ほとにはか/\しき御うしろみなくてはいかゝ
  とて北のかたそひてさふらひ給はまことに
  かきりもなくおもひかしつきうしろみき
  こえ給殿はつれ/\なる心地して西の御
  かたはひとつにならひ給ていとさう/\しく
  なかめ給ひんかしの姫君もうと/\しくかた
  みにもてなし給はてよる/\はひとゝころに
  御とのこもりよろつの御ことならひはかな
  き御あそひわさをも此方を師のやうに
  おもひきこえてそ誰もならひあそひ給ける」4ウ

  物はちを世のつねならすし給て母北の
  かたにたにさやかにはおさ/\さしむかひたて
  まつり給はすかたはなるまてもてなし
  給物から心はへけはひのむもれたるさま
  ならすあい行つき給へることはた人より
  すくれ給へりかくうちまいりやなにやと
  我かたさまをのみおもひいそくやうなるも
  心くるしなとおほしてさるへからむさまに
  おほしさためての給へおなしことゝこそはつかう
  まつらめとはゝ君にもきこえ給けれとさらに」5オ

  さやうのよつきたるさまおもひたつへき
  にもあらぬけしきなれは中/\ならむ事
  は心くるしかるへし御すくせにまかせて
  よにあらむかきりは見たてまつらむのち
  そ哀にうしろめたけれとよをそむくかた
  にてもをのつから人わらへにあはつけき
  ことなくて過し給はなんなとうちなきて
  御心はせのおもふやうなることをそきこえ
  給いつれもわかす親かり給へと御かたち
  を見はやとゆかしうおほしてかくれ給こそ」5ウ

  心うけれとうらみて人しれすみえたまひ
  ぬへしやとのそきありき給へとたえてかた
  そはをたにえ見たてまつり給はすうへ
  おはせぬほとはたちかはりてまいりくへき
  をうと/\しくおほしわくる御けしきなれは
  心うくこそなときこえみすのまへにゐ給
  へは御いらへなとほのかにきこえ給御こゑ
  けはひなとあてにをかしうさまかたちお
  もひやられて哀におほゆる人の御あり
  さまなりわか姫君たちを人におとらしと」6オ

  思おこれと此君にえしもまさらすや
  あらむかゝれはこそ世中のひろきうちは
  わつらはしけれたくひあらしと思にまさる
  かたもをのつからありぬへかめりなといとゝ
  いふかしう思きこえ給月比なにとなく
  物さはかしき程に御ことのねをたにうけ
  たまはらてひさしう成はへりにけりにし
  のかたに侍る人はひわをこゝろに入て侍る
  さもまねひとりつへくやおほえ侍らんなま
  かたほにしたるにきゝにくき物のねから」6ウ

  也おなしくは御心とゝめてをしへさせ給へ
  おきなはとりたてゝならふ物侍らさりし
  かとそのかみさかりなりしよにあそひ
  侍しちからにやきゝしるはかりのわきま
  へはなにことにもいとつきなうはへら
  さりしをうちとけてもあそはさねと
  時々うけ給御ひはのねなむ昔おほえ
  侍る故六条院の御つたへにて右のおとゝ
  なんこの比よにのこる給へる源中納言
  兵部卿の宮なに事にもむかしの人におとる」7オ

  ましういと契ことに物し給人々にてあ
  そひのかたはとりわきて心とゝめたまへるを
  てつかひすこしなよひたるはちをとなと
  なんおとゝにはをよひ給はすと思ふ給ふる
  を御ことのねこそいとよくおほえ給へれ
  ひははおしてしつやかなるをよきにする物
  なるにちうさすほとはちをとのさまかは
  りてなまめかしうきこえたるをんなの
  御ことにて中/\をかしかりけるいてあそ
  はさんや御ことまいれとの給女房なとは」7ウ

  かくれたてまつるもおさ/\なしいとわかき
  上臈たつかみえたてまつらしと思はしも
  心にまかせてゐたれはさふらふ人さへかく
  もてなすかやすからぬとはらたち給わか
  君うちへまいらむととのひすかたにて
  まいり給へるわさとうるはしき身つらより
  もいとをかしくみえていみしううつくしと
  おほしたり麗景殿に御ことつけきこえ
  給ゆつりきこえてこよひもえまいるましく
  なやましくなときこえよとの給て」8オ

  ふえすこしつかうまつれともすれは
  御前の御あそひにめしいてらるゝかたはら
  いたしやまたいとわかきふえをとうち
  ゑみてそうてうふかせ給いとをかしう
  ふい給へはけしうはあらす成ゆくは此
  わたりにてをのつから物にあはするけ
  なり猶かきあはせさせ給へとせめきこえ
  給へはくるしとおほしたるけしきなからつ
  まひきにいとよくあはせてたゝすこしか
  きならい給かはふえつゝかになれたる」8ウ

  こゑして此ひんかしのつまに軒ちかき紅梅
  のいとをもしろくにほひたるを見給ておまへ
  のはな心はへありてみゆめり兵部卿宮う
  ちにおはすなりひとえたおりてまいれしる
  人そしるとてあはれひかる源氏といはゆる御
  さかりの大将なとにおはせし比わらはにてか
  やうにてましらひなれきこえしこそ
  よとゝもに恋しう侍れこの宮たちを世
  人もいとことにおもひきこえけに人にめて
  られんとなり給へる御ありさまなれと」9オ

  はしかはしにもおほえ給はぬは猶たくひ
  あらしとおもひきこえし心のなしにやあり
  けんおほかたにて思いてたてまつるにむね
  あくよなくかなしきをけちかき人のおく
  れたてまつりていきめくらふはおほろけ
  のいのちなかさなりかしとこそおほえはへれ
  なときこえいてたまひて物あはれに
  すこく思ひめくらししほれ給ついての
  忍かたきにや花おらせていそきまいらせ
  給ふいかゝはせんむかしの恋しき御かたみ」9ウ

  にはこの宮はかりこそはほとけのかくれ
  た
まひけむ御名こりにはあなんか光はな
  ちけんをひたゝひいて給へるかとうたかふ
  さかしきひしりのありけるをやみにまとふ
  はるけところにきこえをかさむかしとて
    こゝろありて風のにほはすそのゝの梅に
  まつ鴬のとはすやあるへきとくれなひの
  かみにわかやきかきてこのきみのふとこ
  ろかみにとりませおしたゝみていたし
  たてたまふをおさなきこゝろにいとなれ」10オ

  きこえまほしとおもへはいそきまいり
  たまひぬ中宮のうへの御つほねより御
  とのゐところにいて給ほとなり殿上人
  あまた御をくりにまいる中にみつけ
  給てきのふはなといととくはまかてに
  しいつまいりつるそなとの給ふとくま
  かて侍にしくやしさにまたうちにお
  はしますと人の申つれはいそきまいり
  つるやとおさなけなるものからなれきこ
  ゆうちならて心やすき所にも時々はあ」10ウ

  そへかしわかき人とものそこはかとなくあつ
  まる所そとの給ふこの君めしはなちて
  かたらひ給へは人々はちかうもまいらすまかて
  ちりなとしてしめやかに成ぬれは春宮
  にはいとますこしゆるされためりないと
  しけうおほしまとはすめりしをときとられ
  て人わろかめりとの給へはまつはさせ給し
  こそくるしかりしかおまへにはしもときこえ
  さしてゐたれは我をは人けなしと思ひ
  はなれたるとなことはり也されとやす」11オ

  からすこそふるめかしきおなしすちにて
  ひんかしときこゆなるはあひ思ひ給てん
  やとしのひてかたらひきこえよなとの
  給ついてにこの花をたてまつれはうちゑ
  みてうらみて後ならましかはとてうちも
  をかすこらむすえたのさま花ふさ色
  もかも世のつねならすそのにゝほへるく
  れなゐのいろにとられて香なんしろき
  むめにはおとれるといふめるをいとかしこく
  とりならへてもさきけるかなとて御心」11ウ

  とゝめ給ふ花なれはかひありもてはやし
  給こよひはとのゐなめりやかてこなたに
  をとめしこめつれは春宮にもえまいらす
  花もはつかしくおもひぬへくかうはしくて
  けちかくふせ給へるをわかき心地にはたく
  ひなくうれしくなつかしうおもひきこゆ
  此花のあるしはなと春宮にはうつろひ給は
  さりししらす心しらむ人になとこそ
  きゝ侍しかなとかたりきこゆ大納言の
  み心はへはわかゝたさまに思へかめれと」12オ

  きゝあはせ給へとおもふ心はことしみぬれは
  此かへりことけさやかにもの給やらす
  つとめてこの君のまかつるになをさり
  なるやうにて
    花のかにさそはれぬへき身なりせは
  かせのたよりをすくさましやはさて猶
  いまはおきなともにさかしらせませてし
  のひやかにとかへす/\の給てこのきみも
  ひんかしのをはやんことなくむつましう
  思ましたりなか/\こと方のひめ君は見え」12ウ

  給なとしてれいのはらからのさまなれと
  わらは心地にいとおもりかにあらまほしう
  おはする心はへをかひあるさまにて見た
  てまつらはやとおもひありくに春宮
  の御かたのいと花やかにもてなし給に
  つけておなしことゝは思なからいとあかすくち
  おしけれは此宮をたにけちかくてみたて
  まつらはやとおもひありくにうれしき花
  のついてなりこれはきのふの御かへりなれ
  は見せたてまつるねたけにもの給へる」13オ

  かなあまりすきたる方にすゝみ給へるを
  ゆるしきこえすときゝ給て右のおとゝ
  われらか見たてまつるにはいと物まめやかに
  御心をさめ給ふこそをかしけれあた人と
  せんにたらひ給へる御さまをしゐてまめ
  たち給はんもみところすくなくやなら
  ましなとしりうこちてけふもまいらせ
  給ふに又
    もとつかのにほへるきみか袖ふれは花も
  えならぬ名をやちらさむとすき/\しや」13ウ

  あなかしことまめやかにきこえたまへり
  まことにいひなさむとおもふところあるにや
  とさすかに御心ときめきし給て
    花のかをにほはす宿にとめゆかは
  色にめつとや人のとかめんなと猶心とけす
  いらへ給へるを心やましとおもひゐ給へり
  北のかたまかてたまひてうちわたりのこと
  の給ふついてにわか君の一夜とのひして
  まかりいてたりしにほひのいとをかし
  かりしを人はなをとおもひしを宮のいと」14オ

  おもほしよりて兵部卿のみやにちかつき
  きこえにけりむへ我をはすさめたりと
  けしきとりえんし給へりしかこゝに御せう
  そこやありしさもみえさりしをとの給
  へはさかし梅の花めて給ふきみなれは
  あなたのつまの紅梅いとさかりに見えし
  をたゝならておりたてまつれたりし
  なりうつり香はけにこそ心ことなれはれ
  ましらひし給はんをんななとはさはえし
  めぬかな源中納言はかうさまにこのましう」14ウ

  はたきにほはさて人からこそよになけれ
  あやしうさきの世の契いかなりけるむく
  ひにかとゆかしきことにこそあれおなし
  はなの名なれと梅はおひいてけむねこそ
  哀なれ此宮なとのめて給ふさることそ
  かしなと花によそへてもまつかけきこ
  え給ふ宮の御かたは物おほししるほとに
  ねひまさり給へれはなにこともみしりきゝ
  とゝめ給はぬにはあらねと人に見えよつき
  たらむありさまはさらにとおほしはなれ」15オ

  たりよの人も時による心ありてにや
  さしむかひたる御かた/\には心をつくしき
  こえわひいまめかしきことおほかれと此方
  はよろつにつけ物しめやかにひき入給へる
  を宮は御ふさひのかたにきゝつたへたまひ
  てふかういかてとおもほしなりにけりわか
  きみをつねにまつはしよせ給つゝしのひ
  やかに御文あれと大納言の君ふかく心かけ
  きこえ給てさも思たちての給ことあらはと
  けしきとり心まうけし給をみるにいと」15ウ

  をしうひきたかへてかう思よるへうも
  あらぬ方にしもなけのことの葉をつくし
  給ふかひなけなることゝ北方もおほしの給ふ
  はかなき御返りなともなけれはまけしの
  御心そひておもほしやむへくもあらすなに
  かは人の御ありさまなとかはさても見たて
  まつらまほしうおひさき遠くなとは
  えさせ給になと北方おもほしよる時/\
  あれといといたう色めき給てかよひ給ふ
  しのひ所おほく八の宮の姫君にも御心」16オ

  さしのあさからていとしけうまうてありき
  給たのもしけなき御心のあた/\しさ
  なともいとゝつゝましけれはまめやかに
  はおもほしたえたるをかたしけなき
  はかりに忍てはゝ君そたまさかにさかし
  らかりきこえ給ふ」16ウ

【奥入01】釈迦如来涅槃之後阿難昇高座
    結集諸経之時其形如仏仍泉会
    疑仏再出絵(戻)
【奥入02】かわふえ
     或人云猶星をいふへき歟
     又云非楽笙之声音嘯歟(戻)」17オ

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