《概要》
現状の明融臨模本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本である藤原定家の青表紙本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 青表紙本復元における定家の本文訂正跡
2 青表紙本復元における定家の付箋
3 青表紙本復元における定家の行間書き入れ注記
4 青表紙本復元における定家仮名遣い
5 青表紙本復元の本文上の問題点 現行校訂本の本文との異同
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『源氏物語(明融本)・』(東海大学蔵桃園文庫影印叢書 1990(平成2)年7月 東海大学出版会)から、その親本の青表紙本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、他の後人の筆は除いたものである。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。 /は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
6 「橋姫」では、ヤ行「江」とワ行「越」を翻字した。なお該本には、朱点で濁点符号が付いているが、省略した。また、朱・墨の区別については、影印本(モノクロ写真)に拠ったために、必ずしも正確ではない。原典を直接に調査する機会ができたら正確を期したい。利用者は注意されたい。
「橋姫」(題箋)
(白紙)」1オ
そのころ世にかすまへられ給はぬふる
0001【ふる宮おはしけり】-八宮事
宮おはしけりはゝかたなともやむことな
くものし給てすちことなるへきおほえなと
おはしけるを時うつりて世中にはし/たな
められたまひけるまきれになか/\いとなこり
なく御うしろみなとも物うらめしき心/\にて
方/\につけて世をそむきさりつゝおほやけ」1ウ
わたくしにより所なくさしはなたれ給へる
やう也北の方もむかしの大臣の御むすめなり
けるあはれに心ほそくをやたちのおほし
をきてたりしさまなと思ひいて給にたとし
へなきことおほかれとふるき御ちきりのふ
たつなき許をうき世のなくさめにてかた
みに又なくたのみかはし給へり年ころふ
るに御こものし給はて心もとなかりけれは」2オ
さう/\しくつれ/\なるなくさめにいかておか
しからんちこもかなと宮そ時/\おほしのた
まひけるにめつらしく女君のいとうつくし
けなるむまれたまへりこれをかきりなく
0002【むまれたまへり】-女君誕生事
あはれとおもひかしつきゝこ江給にさしつゝき
けしきはみ給てこのたひはおとこにてもな
とおほしたるにおなしさまにてたひらか
0003【おなしさまにて】-中君誕生事(大島本0009)
にはしたまひなからいといたくわつらひて」2ウ
うせ給ぬ宮あさましうおほしまとふあり
0004【うせ給ぬ】-北方逝去事(大島本0010)
ふるにつけてもいとはしたなくたへかたき
ことおほかる世なれと見すてかたくあはれ
なる人の御ありさま心さまにかけとゝめらるゝ
ほたしにてこそすくしきつれひとり
とまりていとゝすさましくもあるへきかな
いはけなき人/\をもひとりはくゝみたてむほ
とかきりある身にていとおこかましう人わろ」3オ
かるへきことゝおほしたちてほいもとけまほ
しうし給けれと見ゆつる方なくてのこ
しとゝめむをいみしうおほしたゆたひ
つゝ年月もふれはをの/\およすけまさり
給さまかたちのうつくしうあらまほしきを
あけくれの御なくさめにてをのつからみ
すくし給のちにむまれ給しきみをはさ
ふらふ人/\もいてやおりふし心うくなと」3ウ
うちつふやきつゝ心にいれてもあつかひきこ
えさりけれとかきりのさまにてなに事
もおほしわかさりしほとなからこれを
いと心くるしと思てたゝこのきみをかたみ
に見給てあはれとおほせとはかりたゝひと
ことなん宮にきこ江をき給けれはさ
きのよのちきりもつらきおりふしなれと
さるへきにこそはありけめといまはと見えし」4オ
まていとあはれと思てうしろめたけにの
たまひしをとおほしいてつゝこのきみを
しもいとかなしうしたてまつり給かたちな
んまことに(に+いとうつくしう)ゆゝしきまてものしたまひける
ひめきみは心はせしつかによしある方にて
見るめもてなしもけたかく心にくきさまそし
たまへるいたはしくやむことなきすちはまさ
りていつれをもさま/\に思かしつききこ江」4ウ
たまへとかなはぬことおほく年月にそへて
宮のうちもさひしくのみなりまさるさふら
ひし人もたつきなき心ちするにえしのひ
あへすつき/\にしたかひてまかてちりつゝ
わかきみの御めのともさるさはきにはか/\しき
人をしもえりあへたまはさりけれはほと
につけたる心あさゝにておさなきほとを見すて
たてまつりにけれはたゝ宮そはくゝみたまふ
さすかにひろくおもしろき宮のいけ山なとの」5オ
けしきはかりむかしにかはらていといたうあ
れまさるをつれ/\となかめたまふけいしな
ともむね/\しき人もなきまゝに草あを
やかにしけりのきのしのふそところえかほに
あをみわたれるおり/\につけたるはなもみ
ちのいろをもかをもおなし心にみはやし給
しにこそなくさむこともおほかりけれいとゝ
しくさひしくよりつかんかたなきまゝにち仏の
御かさりはかりをわさとせさせたまひて」5ウ
あけくれをこなひ給かゝるほたしともにかゝつ
らふたにおもひのほかにくちをしうわか心
なからもかなはさりけるちきりとおほゆるを
まいてなにゝかよの人めいていまさらにとの
み年月にそへて世中をおほしはなれ
つゝ心はかりはひしりになりはて給てこ君
のうせ給にしこなたはれいの人のさまなる
こゝろはえなとたはふれにてもおほしいて
たまはさりけりなとかさしもわかるゝほとの」6オ
かなしひは又世にたくひなきやうにのみこそ
はおほゆへかめれとありふれはさのみやは猶
世人になすらふ御心つかひをし給ていとかく
見くるしくたつきなき宮のうちもをのつから
もてなさるゝわさもやと人はもときゝこ江て
なにくれとつき/\しくきこ江こつ事もるいに
ふれておほかれときこしめしいれさりけり御念
すのひま/\にはこの君たちをもてあそひやう/\
およすけ給へはことならはし五うちへんつき」6ウ
なとはかなき御あそひわさにつけても心はへ
ともを見たてまつり給にひめ君はらう/\しく
ふかくおもりかに見え給わかきみはおほとかに
らうたけなるさましてものつゝみしたるけはひ
にいとうつくしうさま/\におはすはるのうらゝ
かなる日かけに池の水とりとものはねうちか
はしつゝをのかしゝさえつるこゑなとをつ
ねはゝかなきことにみたまひしかともつかひ
はなれぬをうらやましくなかめたまひて」7オ
君たちに御ことゝもをしへきこえ給いとおか
しけにちひさき御ほとにとり/\かきならし
給ものゝねともあはれにおかしくきこゆれは
なみたをうけ給て
うちすてゝつかひさりにしみつとりの
かりのこのよにたちをくれけん
心つくしなりやとめをしのこひ給かたちいとき
よけにおはします宮也年ころの御をこなひに
やせほそりたまひにたれとさてしもあてに」7ウ
なまめきて君たちをかしつき給御心はえになお
しのなえはめるをき給てしとけなき御さまいと
はつかしけ也ひめきみ御すゝりをやをらひきよせて
てならひのやうにかきませ給をこれにかき給
へすゝりにはかきつけさなりとてかみたてまつり
給へはゝちらひてかき給
いかてかくすたちけるそとおもふにも
うき水とりのちきりをそしるよからねと
そのおりはいとあれなりけりてはおいさき」8オ
見えておいさき見えて(おいさき見えて$)またよくもつゝけ
たまはぬほとなりわかきみもかきたまへと
あれはいますこしおさなけにひさしく
かきいてたまへり
なく/\もはねうちきするきみなくは
われそすもりになりはゝてまし御そとも
なとなえはみておまへに又人もなくいと
さひしくつれ/\けなるにさま/\いとらうたけに
てものし給をあはれに心くるしういかゝお」8ウ
ほさゝらん経をかたてにもたまひてかつよみつゝ
さうかをし給ひめきみにひはわかきみに
さうの御ことまたおさなけれとつねにあはせ
つゝならひたまへはきゝにくゝもあらていと
おかしくきこゆちゝみかとにも女御にもとくをく
れきこ江給てはか/\しき御うしろみのたりたて
たるおはせさりけれはさえなとふかくもえな
らひたまはすまいて世中にすみつく御心を
きてはいかてかはしり給はんたかき人ときこゆる」9オ
中にもあさましうあてにおほとかなる
女のやうにおはすれはふるき世の御た
から物おほちおとゝの御処ふんなにやかや
とつきすましかりけれとゆくゑもなくはか
なくうせはてゝ御てうとなとはかりなん
わさとうるわしくておほかりけるまいりとふら
ひきこえ心よせたてまつる人もなしつれ/\
なるまゝにうたつかさのものゝしともなとやう」9ウ
のすくれたるをめしよせつゝはかなきあそ
ひに心をいれておいゝてたまへれはその方は
いとおかしうすくれ給へり源氏のおとゝの
御をとうとにおはせしを冷泉院の東
宮におはしましゝ時朱雀院のおほき
さきのよこさまにおほしかまへてこの宮
を世中にたちつきたまふへくわか御時もてか
しつきたてまつりけるさはきにあいなくあ」10オ
なたさまの御なからひにはさしはなたれ
たまひにけれはいよ/\かの御つき/\になり
はてぬる世にてえましらひ給はす又この
としころかゝるひしりになりはてゝいまはかき
りとよろつをおほしすてたりかゝるほとに
すみ給宮やけにけりいとゝしき世にあさまし
0005【宮やけにけり】-焼失事(大島本0041)
うあえなくてうつろひすみ給へき所のよ
ろしきもなかりけれは宇治といふところ
0006【宇治といふところに】-移住宇治事(大島本0042)
によしある山さともたまへりけるにわたり給」10ウ
思すて給へる世なれともいまはとすみはなれな
んをあはれにおほさるあしろのけはひち
かくみゝかしかましき河のわたりにてしつかな
るおもひにかなはぬ方もあれといかゝはせん
花紅葉水のなかれにも心をやるたより
によせていとゝしくなかめ給よりほかの事
なしかくたえこもりぬる野山のすゑにもむ
かしの人ものし給はましかはと思きこ江給はぬ
をりなかりけり」11オ
見しひともやともけふりになりにしを
なにとてわか身きえのこりけんいけるかひ
なくそおほしこかるゝやいとゝ山かさなれる
御すみかにたつねまいる人なしあやしき
下すなとゐなかひたる山かつとものみまれに
なれまいりつかうまつる峯のあさきりはるゝ
【付箋01】-\<朱合点>「雁のくる峯の朝霧はれすのみ/思つきせぬ世中のうさ」(古今935・新撰和歌255・古今六帖634、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
をりなくてあかしくらし給にこの宇治山に
ひしりたちたる阿闍梨すみけりさえいと
かしこくて世のおほえもかろからねとをさ/\」11ウ
おほやけ事にもいてつかへすこもりゐたるに
この宮のかくちかきほとにすみ給てさひしき
御さまにたうときわさをせさせ給つゝ法文を
よみならひ給へはたうとかりきこえてつね
にまいる年ころまなひしり給へる事ともの
ふかき心をときゝかせたてまつりいよ/\この
世のいとかりそめにあちきなき事を申し
らすれは心許ははちすのうへに思ひのほりに
こりなき池にもすみぬへきをいとかくおさなき」12オ
人/\を見すてんうしろめたさはかりになんえ
ひたみちにかたちをもかへぬなとへたてなく物
かたりし給このあさりは冷泉院にもしたしく
0007【あさりは冷泉院にもしたしくさふらひて】-阿闍梨参院事
さふらひて御経なとをしへきこゆる人なりけり
京にいてたるついてにまいりてれいのさるへき
ふみなと御覧してとはせ給事もあるついて
に八の宮のいとかしこくないけうの御さえさとり
0008【ないけう】-内教(大島本0054)
ふかくものし給けるかなさるへきにてむま
れたまへる人にやものし給らん心ふかく思ひ」12ウ
すまし給へるほとまことのひしりのをきてに
なん見え給ときこゆいまたかたちはかへたま
はすやそくひしりとかこのわかき人/\のつけ
たなるあはれなる事也なとのたまはす
宰相中将も御前にさふらひ給て我こそ
世中をはいとすさましう思しりなから
をこなひなと人にめとゝめらるはかりはつと
めすくちおしくてすくしくれと人しれす
思つゝそくなからひしりになり給心のをきてや」13オ
いかにとみゝとゝめてきゝ給出家の心さしは
もとよりものしたまへるをはかなき事に
思とゝこほりいまとなりては心くるしき女こ
ともの御うへをえ思すてぬとなんなけき侍
りたうふとそうすさすかにものゝねめつる阿
さりにてけにはたこのひめきみたちのこと
ひきあはせてあそひたまへる河波にきおひ
てきこえ侍はいとおもしろくこくらく思やられ」13ウ
侍やとこたいにめつれはみかとほゝゑみたまひて
さるひしりのあたりにおひいてゝこのよのかた
さまはたと/\しからんとをしはからるゝを
をかしの事やうしろめたく思すてかたく
もてわつらひ給らんをもしゝはしもを
くれんほとはゆつりやはし給はぬなとその
たまはするこの院のみかとは十のみこにそ
おはしましける朱雀院の故六条院にあつ
けきこ江たまひし入道の宮の御ためしを」14オ
お(お+も)ほしいてゝかのきみたちをかなつれ/\なる
あそひかたきになとうちおほしけり中将
のきみ中/\みこの思すましたまへらん御心は
えをたいめんして見たてまつらはやと思ふ心そ
ふかくなりぬるさてあさりのかへりいるにもか
ならすまいりて物ならひきこゆへくまつうち/\
にもけしきたまはり給へなとかたらひたまふ
みかとの御ことつてにてあはれなる御すまゐを
0009【みかとの御ことつて】-院遣状於宇治宮事
ひとつてにきくことなときこ江たまうて」14ウ
世をいとふ心は山にかよへとも
やへたつくもをきみやへたつる阿闍梨この
御使をさきにたてゝかの宮にまいりぬなの
めなるきはのさるへき人のつかひたにまれ
なる山かけにいとめつらしくまちよろこひ
たまうて所につけたるさかなゝとしてさる
方にもてはやし給御返
あとたえて心すむとはなけれとも
世をうち山にやとをこそかれひしりの」15オ
かたをはひけしてきこ江なしたまへれは
猶世にうらみのこりけるといとおしく御覧
すあさり中将の道心ふかけにものし給なと
かたりきこ江て法文なとの心えまほしき
0010【法文なとの心えまほしき心さし】-宰相中将道心事(大島本0073)
心さしなんいはけなかりしよはひよりふか
く思なからえさらすよにありふるほとをほや
けわたくしにいとまなくあけくらしわさと
とちこもりてならひよみおほかたはか/\しく
もあらぬ身にしも世中をそむきかほな」15ウ
らんもはゝかるへきにあらねとをのつからうちた
ゆみまきらはしくてなんすくしくるをいと
ありかたき御ありさまをうけたまはりつたへ
しよりかく心にかけてなんたのみきこえさす
るなとねんころに申給しなとかたりきこゆ
宮世中をかりそめのことゝおもひとりいとはし
き心のつきそむることもわか身にうれへある
時なへてのよもうらめしう思しるはしめ
ありてなん道心もおこるわさなめるをとしわかく/世中」16オ
おもふにかなひなにこともあかぬことはあらし
とおほゆる身のほとにさはたのちの世をさへ
たとりしり給らんかありかたさこゝにはさ
へきにやたゝいとひはなれよとことさらに仏
なとのすゝめおもむけたまふやうなるありさま
にてをのつからこそしつかなるおもひかなひ
ゆけとのこりすくなき心ちするにはか/\しくも
あらてすきぬへかめるをきしかたゆくすゑさら
にえたる所なく思しらるゝをかへりては」16ウ
心はつかしけなるのりのともにこそはもの
し給なれなとのたまひてかたみに御せうそ
こかよひみつからもまうて給けにきゝしより
0011【きゝしよりもあはれにすまひたまへるさま】-宰相中将対面宮事(大島本0077)
もあはれにすまひたまへるさまよりはし
めていとかりなる草のいほりに思なしこと
そきたりおなしき山さとゝいへとさるかたにて
心とまりぬへくのとやかなるもあるをいとあらま
しき水のをと波のひゝきに物わすれうちし
よるなと心とけてゆめをたにみるへきほともなけに」17オ
すこくふきはらひたりひしりたちたる御た
めにかゝるしもこそ心とまらぬもよほし
ならめ女君たちなに心地してすくし給らん
世のつねの女しくなよひたるかたはとをくやと
をしはからるゝ御ありさま也仏の御へたてに
さうしはかりをへたてゝそおはすへかめるす
き心あらん人はけしきはみよりて人の御心
はえをもみまほしうさすかにいかゝとゆかし
うもある御けはひ也されとさるかたを」17ウ
思はなるゝねかひに山ふかくたつねきこ江たる
ほいなくすき/\しきなをさり事をうちいて
あされはまんもことにたかひてやなと思ひ
かへして宮の御ありさまのいとあはれなるを
ねんころにとふらひきこえたまひたひ/\ま
いり給つゝ思しやうにうはそくなからをこな
ふ山のふかき心法文なとわさとさかしけ
にはあらていとよくのたまひしらすひしり
0012【いとよくのたまひしらす】-中将与宮法談事(大島本0080)
たつ人さえある法師なとはよにおほかれと」18オ
あまりこは/\しうけとをけなるしうとく
0013【しうとく】-宿徳(大島本0081)
のそうつそう正のきはゝよにいとまなく
きすくにて物の心をとひあらはさんもこと/\
しくおほえ給又その人ならぬ仏の御てしの
いむことをたもつはかりのたうとさはあれとけ
はひいやしくことはたみてこちなけにもの
なれたるいとものしくてひるはおほやけことに
いとまなくなとしつゝしめやかなるよゐのほと
けちかき御まくらかみなとにめしいれかた」18ウ
らひ給にもいとさすかにものむつかしうなと
のみあるをいとあてに心くるしきさまして
のたまひいつる事の葉もおなし仏の御をし
へをもみゝちかきたとひにひきませいとこよ
なくふかき御さとりにはあらねとよき人は
ものゝ心をえ給かたのいとことにものしたまひ
けれはやう/\見なれたてまつり給たひこと
につねにみたてまつらほしうていとまなく
なとしてほとふる時はこひしくおほえたまふ」19オ
この君のかくたうとかりきこ江たまへれは冷
泉院よりもつねに御せうそこなとありて年
ころをとにもをさ/\きこえたまはすさひ
しけなりし御すみかやう/\人め見る時/\あり
おりふしにとふらひきこ江給こといかめしう
この君もまつさるへき事につけつゝおかしき
やうにもまめやかなるさまにも心よせつかうま
つり給こと三年はかりになりぬ秋のすゑつ
かた四季にあてゝし給御念仏をこのかは」19ウ
つらはあしろの波もこのころはいとゝみゝか
しかましくしつかならぬをとてかのあさり
のすむてらのたうにうつろひたまひて七日
のほとをこなひ給ひめきみたちはいと心ほ
そくつれ/\まさりてなかめたまひけるころ
中将のきみひさしくまいらぬかなと思ひいてきこ
0014【中将のきみひさしくまいらぬかなと】-中将向宇治事(大島本0089)
え給けるまゝにありあけの月のまたよふ
かくさしいつるほとにいてたちていとしのひて
御ともに人なともなくてやつれておはしけり」20オ
河のこなたなれは舟なともわつらはて御馬
にてなりけりいりもてゆくまゝにきりふた
かりて道もみえぬしけ木のなかをわけ
たまふにいとあらましき風のきほひに
ほろ/\とおちみたるゝこの葉のつゆのちり
かゝるもいとひやゝかに人やりならすいたくぬ
れたまひぬかゝるありきなともおさ/\なら
ひたまはぬ心地に心ほそく越かしくおほ
されけり」20ウ
山をろしにたへぬこの葉のつゆよりも
あやなくもろきわかなみたかな山かつの
をとろくもうるさしとてすいしんのをとも
せさせ給はすしはのまかきをわけてそこ
はかとなき水のなかれともをふみしたく
こまのあし越とも猶しのひてとようい
したまへるにかくれなき御にほひそ風
にしたかひてぬしゝらぬかとおとろくねさ
めのいゑ/\ありけるちかくなるほとにその」21オ
ことゝもきゝわかれぬ物のねともいとすこけに
きこゆつねにかくあそひ給ときくをついて
なくて宮の御琴のねのなたかきもえきかぬ
そかしよきをりなるへしと思つゝいり給へは
0015【よきをりなるへしと思つゝ】-中将聞比巴筝事(大島本0096)
琵琶のこゑのひゝきなりけりわうしきてう
にしらへてよのつねのかきあはせなれと
所からにやみゝなれぬ心ちしてかきかへす
はちのをともゝのきよけにおもしろし
さうのことあはれになまめいたるこゑ」21ウ
してたえ/\きこゆしはしきかまほしきに
しのひたまへと御けはひしるくきゝつけて
とのひゝとめくをのこなまかたくなしきい
てきたりしか/\なんこもりおはします御
せうそこをこそきこえさせめと申すなにか
しかかきりある御をこなひのほとをまき
らはしきこえさせんにあいなしかくぬれ/\
まいりていたつらにかへらんうれへをひめきみの
御方にきこえてあはれとのたまはせはなん」22オ
なくさむへきとのたまへはみにくきかほうちゑ
みて申させ侍らんとてたつをしはしやとめ
しよせてとしころ人つてにのみきゝてゆか
しく思ふ御ことのねともをうれしきをりかな
しはしすこしたちかくれてきくへきものゝくま
ありやつきなくさしすきてまいりよらむほと
みなことやめたまひてはいとほいなからんと
のたまふ御けはひかほかたちのさるなお/\
しき心地にもいとめてたくかたしけなく」22ウ
おほゆれは人きかぬ時はあけくれかくなむ
あそはせとしも人にてもみやこの方よりま
いりたちましるひと侍時はをともせさせ給
はすおほかたかくて女たちおはしますこと
をはかくさせたまひなへての人にしらせ
たてまつらしとおほしのたまはする也と
申せはうちわらひてあちきなき御物
かくし也しかしのひたまふなれとみな人」23オ
ありかたき世のためしにきゝいつへかめるを
とのたまひて猶しるへせよ我はすき/\しき
心なとなき人そかくておはしますらん
御ありさまのあやしくけになへてにおほえ
たまはぬ也とこまやかにのたまへはあなかしこ
心なきやうにのちのきこ江や侍らむとく(く$て)
あなたの御まへは竹のすいかいしこめてみ
なへたてことなるをゝしへよせたてまつ」23ウ
れり御ともの人はにしのらうによひすへて
このとのゐ人あいしらふあなたにかよふへ
かめるすいかいのとをすこしをしあけて見
0016【すこしをしあけて見たまへは】-見両息女事
たまへは月おかしきほとにきりわたれる
をなかめてすたれをみしかくまきあけて
ひと/\ゐたりすのこにいとさむけにみほそ
くなえはめるわらはひとりおなしさま
なるをとなゝとゐたり内なる人一人は
しらにすこしゐかくれてひはをまへに」24オ
をきてはちをてまさくりにしつゝゐたるに
くもかくれたりつる月のにはかにいとあかく
さしいてたれはあふきならてこれしても
月はまねきつへかりけりとてさしのそき
たるかほいみしくらうたけにゝほひやかな
るへしそひふしたる人はことのうへにかたふ
きかゝりている日をかへすはちこそありけれ
0017【いる日をかへすはち】-返日撥事(大島本0107)
さまことにもおもひをよひ給御心かなとて
うちわらひたるけはひいますこしをも」24ウ
りかによしつきたりをよはすともこれも
月にはなるゝ物かはなとはかなき事をう
ちとけのたまひかはしたるけはひともさらに
よそに思ひやりしにはにすいとあはれにな
つかしうおかしむかし物かたりなとにかたり
つたへてわかき(わかき$)わかき女房なとのよむをも
きくにかならすかやうのことをいひたるさしも
あらさりけんとにくゝをしはからるゝをけに
あはれなる物のくまありぬへき世なりけりと」25オ
心うつりぬへしきりのふかけれはさやかに
見ゆへくもあらす又月さしいてなんとお
ほすほとにおくのかたより人おはすとつけ
きこゆる人やあらんすたれをろしてみない
りぬをとろきかほにはあらすなこやかにもて
なしてやをらかくれぬるけはひともきぬのを
ともせすいとなよゝかに心くるしくていみしう
あてにみやひかなるをあはれとおもひたまふ
やをらいてゝ京に御くるまゐてまいるへく」25ウ
人はしらせつありつるさふらひにおりあしく
まいり侍にけれと中/\うれしくおもふこと
すこしなくさめてなんかくさふらふよしきこ
えよいたうぬれにたるかこともきこえさせ
むかしとのたまへはまいりてきこゆかくみえや
しぬらんとはおほしもよらてうちとけたり
つることゝもをきゝやし給つらんといといみし
くはつかしあやしくかうはしくにほふかせ
のふきつるを思かけぬほとなれはおとろか」26オ
さりける心おそさよと心もまとひてはちお
はさうす御せうそとなとつたふる人もいと
うゐ/\しき人なめるをゝりからにこそよ
ろつのこともとおほいてまたきりのまきれ
なれはありつるみすのまへにあゆみいてゝつい
ゐたまふ山さとひたるわか人ともはさし
いらへんことのはもおほえて御しとねさ
しいつるさまもたと/\しけ也このみすのまへ」26ウ
にはゝしたなく侍りけりうちつけにあさき
心はかりにてはかくもたつねまいるましき
山のかけちにおもふたまふるをさまことに
こそかくつゆけきたひをかさねてはさ
りとも御覧しゝるらんとなんたのもし
う侍といとまめやかにのたまふわかき人/\の
なたらかに物きこゆへきもなくきえかへり
かゝやかしけなるもかたはらいたけれは」27オ
をんなはらのおくふかきをおこしいつる
ほとひさしくなりてわさとめいたるも
くるしうてなにことも思しらぬありさま
0018【くるしうて】-姉宮通言事(大島本0119)
にてしりかほにもいか許かはきこゆへくと
いとよしありあてなるこゑしてひきいりなか
らほのかにのたまふかつしりなからうきをし
らすかほなるもよのさかと思ふたまへしるを
ひと所しもあまりおほめかせ給らんこそ」27ウ
くちをしかるへけれありかたうよろつを思ひ
すましたる御すまゐなとにたくひきこ江させ
たまふ御心の内はなにこともすゝしくを
しはかられ侍れは猶かくしのひあまり
侍ふかさあさゝのほともわかせ給はんこそ
かひは侍らめ世のつねのすき/\しきすちには
おほしめしはなつへくやさやうの方は(は$ハ)わ
さとすゝむる人侍りともなひくへうもあらぬ
こゝろつよさになんをのつからきこしめし」28オ
あはするやうも侍なんつれ/\とのみすくし
侍世のものかたりもきこえさせところに
たのみきこ江させ又かく世はなれてなかめ
させ給らん御心のまきらはしにはさしも
おとろかさせ給はかりきこ江なれ侍らはいか
に思ふさまに侍らんなとおほくのたまへは
つゝましくいらへにくゝてをこしつるおい人の
0019【おい人のいてきたるに】-老女弁対面事(大島本0122)
いてきたるにそゆつりたまふたとしへなくさ
しすくしてあなかたしけなやかたはらいたき」28ウ
おましのさまにも侍かなみすの内にこそ
わかき人/\は物のほとしらぬやうに侍こそ
なとしたかゝにいふこゑのさたすきたるも
かたはらいたくきみたちはおほすいともあ
やしく世中にすまひ給人のかすにもあら
ぬ御ありさまにてさもありぬへき人/\たにとふ
らひかすまへきこ江給も見えきこえすのみな
りまさり侍めるにありかたき御心さしのほとは
かすにも侍らぬ心にもあさましきまて」29オ
思給へ侍をわかき御心地にもおほしゝりな
からきこ江させ給ひにくきにや侍らんといとつゝ
みなく物なれたるもなまにくきものから
けはひいたう人めきてよしあるこゑなれは
いとたつきもしらぬ心地しつるにうれしき御
【付箋02】-\<朱合点>「をちこちのたつきもしらぬ山/中に/おほつかなくもよふことり哉」(古今29・古今六帖4465、孟津抄)
けはひにこそなにこともけに思しりたまひ
けるたのみこよなかりけりとてよりゐたまへる
を木丁のそはより見れはあけほのやう/\」29ウ
ものゝいろわかるゝにけにやつし給へるとみゆる
かりきぬすかたのいとぬれしめりたるほとうたて
このよのほかのにほひにやとあやしきまてか
ほりみちたりこのおい人はうちなきぬ
さしすきたるつみもやと思ふたまへしのふれと
あはれなるむかしの御ものかたりのいかならん
ついてにうちいてきこえさせかたはしをもほ
のめかしゝろしめさせんと年ころねんすの
ついてにもうちませおもふたまへわたるしるしにや」30オ
うれしきをりに侍をまたきに越ほゝれ
侍なみたにくれてえこそきこ江させす侍け
れとうちわなゝくけしきまことにいみしく
ものかなしとおもへりおほかたさたすきたる人
はなみたもろなる物とは見きゝ給へといとか
うしもおもへるもあやしうなり給ひてこゝに
かくまいるをはたひかさなりぬるをかくあはれし
りたまへる人もなくてこそつゆけきみちのほと
にひとりのみそほちつれうれしきついて」30ウ
なめるをことなのこいたまひそかしとのたまへは
かゝるついてしも侍らしかし又侍りともよのまの
ほとしらぬいのちのたのむへきにも侍らぬを
さらはたゝかゝるふる物世に侍けりとはかりし
ろしめされ侍(侍+ら)なん三条の宮に侍し小侍従
はかなくなり侍にけるとほのきゝ侍しその
かみむつましう思ふたまへしおなしほとの人
をほくうせ侍にけるよのすゑにはるかな
るせかいよりつたはりまうてきてこのいつとせ」31オ
むとせのほとなむこれにかくさふらひ侍しろ
しめさしかしこのころ藤大納言と申なる
御このかみの右衛門督にてかくれ給にしは
ものゝついてなとにやかの御うへとてきこしめし
0020【ものゝついてなとにや】-弁語出権大納言問事(大島本0138)
つたふる事も侍らんすきたまひていくはくもへ
たゝらぬ心ちのみし侍そのおりのかなしさも
またそてのかはくをり侍らすおもふたまへ
らるゝをかくおとなしくならせ給にける御よは
ひのほともゆめのやうになんかの権大納言」31ウ
の御めのとに侍しは弁かはゝになん侍し
あさゆふにつかうまつりなれ侍しに人かす
にも侍らぬ身なれと人にしらせす御心より
はたあまりける事ををり/\うちかすめの
たまひしを今はかきりになり給にし御や
まひのすゑつかたにめしよせていさゝかのた
まひをく事なん侍しをきこしめすへき
ゆへなんひとこと侍れとかはかりきこえいて
侍にのこりをとおほしめす御心侍らはのとか/になん」32オ
きこしめしはて侍へきわかき人/\もかたはら
いたくさしすきたりとつきしろひ侍もことは
りになんとてさすかにうちいてすなりぬあ
やしくゆめかたりかむなきやうの物のとはす
かたりすらんやうにめつらかにおほさるれと
あはれにおほつかなくおほしわたる事のすち
をきこゆれはいとおくゆかしけれとけに人めも
しけしさしくみにふるものかたりにかゝつらひ
て夜をあかしはてんもちこ/\しかるへけれは」32ウ
そこはかと思わく事はなき物からいにしへの
ことゝきゝ侍も物あはれになんさらはかな
らすこののこりきかせ給へきりはれゆかは
はしたなかるへきやつれを越もなく御覧
しとかめられぬへきさまなれは思ふたま
ふる心のほとよりはくちをしうなんとて
たちたまふにかのおはしますてらのかね
のこゑかすかにきこえてきりいとふかくた
ちわたれりみねのやへくも思やるへたておほく」33オ
あはれなるに猶このひめきみたちの御心
のうちとも心くるしうなにことをおほし
のこすらんかくいとおくまり給へるもことはり
そかしなとおほゆ
あさほらけいへ地も見えすたつねこし
まきのを山はきりこめてけり心ほそくも
侍かなとたちかへりやすらひたまへるさまを
宮この人のめなれたるたに猶いとことに思ひ
きこえたるをまいていかゝはめつらしうみきこ江」33ウ
さらん御返きこ江つたへにくけに思たれは
れいのいとつゝましけにて
くものゐるみねのかけ地をあきゝりの
いとゝへたつるころにもあるかなすこし
うちなけいたまへるけしきあさからすあは
れ也なにはかりおかしきふしは見えぬ
あたりなれとけに心くるしき事おほかるに
もあかうなりゆけはさすかにひたおもて
なる心地してなか/\なるほとにうけたま
はりさしつることおほかるのこりはいま」34オ
すこしをもなれてこそはうらみきこ江さ
すへかめれさるはかくよの人めいてもてな
し給へくはおもはすに物おほしわかさり
けりとうらめしうなんとてとのひ人かしつ
らひたる西をもてにおはしてなかめたまふ
あしろは人さはかしけ也されとひをも
よらぬにやあらんすさましけなるけしき
なりと御ともの人/\見しりていふあやし
きふねともにしはかりつみをの/\」34ウ
なにとなき世のいとなみともにゆきか
ふさまとものはかなき水のうへにうか
ひたるたれもおもへはおなし事なる世
のつねなさ也我はうかはすたまのうて
なにしつけき身とおもふへき世かはと
思つゝけらるすゝりめしてあなたにきこ
0021【あなたにきこえたまふ】-遣状於姫君事(大島本0154)
えたまふ
はしひめの心をくみてたかせさす
さほのしつくにそてそぬれぬる」35オ
なかめ給らんかしとてとのゐ人にもたせ
たまへりいとさむけにいらゝきたるかほし
てもてまいる御返かみのかなとおほろけ
ならむはゝつかしけなるをときをこそ
かゝるをりにはとて
さしかへる宇治の河をさあさゆふの
しつくやそてをくたしはつらん身さへ
【付箋03】-\<朱合点>「さす棹の雫にぬるゝ袖ゆへに/身さへうきてもおもほゆる哉」(大島本0161 出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
うきてといとをかしけにかきたまへり」35ウ
まおにめやすくも(も+も)のし給ひけりと心とまり
ぬれと御くるまゐてまいりぬと人/\さは
かしきこゆれはとのゐ人はかりをめしよ
せてかへりわたらせたまはむほとにかならす
まいるへしなとのたまふぬれたる御そともは
みなこの人にぬきかけたまひてとりにつか
はしつる御なおしにたてまつりかへつおい
人のものかたり心にかゝりておほしいてらる」36オ
おもひしよりはこよなくまさりておか
しかりつる御けはひともおもかけにそひ
て猶思ひはなれかたき世なりけりと心
よはくおもひしらる御ふみたてまつり給
けさうたちてもあらすしろきしきしの
あつこえたるにふてひきつくろひえりて
すみつきみ所ありてかきたまふうちつけな
るさまにやとあいなくとゝめ侍てのこりお」36ウ
ほかるもくるしきわさになんかたはしき
こえをきつるやうにいまよりはみすのまへも
心やすくおほしゆるすへくなん御山こもり
はて侍らん日かすもうけたまはりをき
ていふせかりしきりのまよひもはるけ侍
らんなとそいとすくよかにかきたまへる左
近のそうなる人御つかひにてかのおい人
たつねてふみもとらせよとのたまふとのゐ人か」37オ
さむけにてさまよひしなとあはれに
おほしやりておほきなるひわりこやう
の物あまたせさせ給又の日かのみてらにも
たてまつり給山こもりのそうともこのころの
0022【たてまつり給】-贈物事(大島本0167)
あらしにはいと心ほそくゝるしからんを
さておはしますほとのふせたまふへから
むとおほしやりてきぬわたなとおほかりけ
り御をこなひはてゝいて給あしたなり」37ウ
けれはをこなひ人ともにわたきぬけさ衣
なとすへてひとくたりのほとつゝあるかき
りの大とこたちにたまふとのひ人か御ぬ
きすてのえむにいみしきかりの御そとも
えならぬしろきあやの御そのなよ/\と
いひしらすにほへるをうつしきて身をは
たえかへぬものなれはにつかはしからぬそて
のかを人ことにとかめられめてらるゝな
むなか/\ところせかりける心にまかせて」38オ
身をやすくもふるまはれすいとむくつ
けきまて人のをとろくにほひをうし
なひてはやとおもへと所せき人の御うつり
かにてえもすゝきすてぬそあまりなるや
君はひめきみの御返こといとめやすくこめ
かしきをゝかしくみたまふ宮にもかく御
せうそこありきなと人/\きこ江させ御覧
せさすれはなにかはけさうたちて」38ウ
もてないたまはんもなか/\うたてあらん
れいのわか人にゝぬみ心はえなめるをな
からむのちもなとひとことうちほのめかし
てしかはさやうにて心そとめたらむなと
のたまふけり御みつからもさま/\の御とふ
らひの山のいはやにあまりし事なと
のたまへるにまうてむとおほして三の
0023【のたまへるにまうてむと】-語宇治宮事於三宮事(大島本0171)
宮のかやうにおくまりたらむあたりの」39オ
見まさりせんこそおかしかるへけれとあら
ましことにたにのたまふものをきこ江
はけまして御心さはかしたてまつらんと
おほしてのとやかなるゆふくれにまいり給
へりれいのさま/\なる御物かたりきこ江かは
したまふついてに宇治の宮の御事かたり
いてゝ見しあかつきのありさまなとくはし
くきこ江給ふに宮いとせちにおかしとお」39ウ
ほいたりされはよと御けしきを見て
いとゝ御心うこきぬへくいひつゝけ給さて
そのありけん返ことはなとか見せたまは
さりしまろならましかはとうらみたまふ
さかしいとさま/\御覧すへかめるはしを
たに見せさせたまはぬかのわたりはかく
いともむもれたる身にひきこめてやむへき
けはひにも侍らねはかならす御らんせ
させはやと思給れといかてかたつねよらせ」40オ
給へきかやすきほとこそすかまほしくは
いとよくすきぬへき世に侍りけれうちか
くろへつゝおほかめるかなさるかたに
み所ありぬへき女の物おもはしきうちし
のひたるすみかとも山さとめいたるくまな
とにをのつからはへかめりこのきみも(みも$こえ)さ
するわたりはいとよつかぬひしりさまにて
こち/\しうそあらんとゝしころ思あなつり
侍りてみゝをたにこそとゝめ侍らさりけれ」40ウ
ほのかなりし月かけのみをとりせすはまお
ならんはやけはひありさまはたさはかり
ならむをそあらまほしきほとゝはおほ
え侍へきなときこ江たまふはや(はや$)はて/\は
まめたちていとねたくおほろけの人に
心うつるましき人のかくふかくおもへる
を越ろかならしとゆかしうおほすこと
かきりなくなり給ひぬ猶又/\よくけし/き見給へと」41オ
人をすゝめ給てかきりある御身のほとの
よたけさをいとはしきまて心もとなしと
おほしたれはおかしくていてやよしなく
そ侍しはし世中に心とゝめしと思たまふ
るやうある身にてなをさりこともつゝまし
う侍を心なからかなはぬ心つきそめなは
おほきにおもひにたかふへき事なむ侍へ
きときこ江給へはいてあなこと/\し」41ウ
れいのをとろ/\しきひしりことは見はて
てしかなとてわらひ給心の内にはかのふ
る人のほのめかしゝすちなとのいとゝうち
をとろかれてものあはれなるにおかし
とみる事もめやすしときくあたりも
なにはかり心にもとまらさりけり十月
になりて五六日のほとに宇治へまうて給
あしろをこそこのころは御覧せめときこゆる」42オ
人/\あれとなにかそのひおむしにあらそ
0024【ひおむし】-[虫+秀]ヒヲムシ 蜉蝣イ(大島本0185)
ふ心にてあしろにもよらんとそきすて給
てれいのいとしのひやかにていてたち給かろらか
にあしろくるまにてかとりのなおしさしぬき
ぬはせてことさらひきたまへり宮まちよろこひ
たまひて所につけたる御あるしなとおかしう
しなし給くれぬれはをほとなふらちかくて
さき/\見さしたまへるふみとものふかきな
とあさりもさうしをろして義なといは」42ウ
0025【義】-キ
せ給うちもまとろます河風のいとあらまし
きにこの葉のちりかふをと水のひゝきなと
あはれもすきて物をそろしく心ほそき所
のさま也あけかたちかくなりぬらんと思ふほと
にありしゝのゝめ思いてられて琴のねの
あはれなることのついてつくりいてゝさきのた
ひのきりにまとはされ侍しあけほのにいと
めつらしき物のねひとこゑうけたまはりし
のこりなん中/\にいといふかしうあかす思ふ」43オ
たまへらるゝなときこ江たまふいろをもかをも
思ひすてゝしのちむかしきゝし事もみなわす
れてなんとのたまへと人めして琴とりよせて
いとつきなくなりにたりやしるへするものゝね
0026【いとつきなく】-宮法談之次召楽器事(大島本0192)
につけてなん思ひいてらるへかりけるとて琵琶
めしてまらうとにそゝのかし給とりてしらへ
たまふさらにほのかにきゝ侍しおなし物とも
おもふたまへられさりけり御ことのひゝきか/らにや」43ウ
とこそ思ふたまへしかとて心とけてもかきたて
たまはすいてあなさかなやしか御みゝと
まるはかりの手なとはいつくよりかこゝま
てはつたはりこんあるましき御ことなりと
てきむかきならし給へるいとあはれに心す
こしかたへは峯の松風のもてはやすなる
【付箋04】-\<朱合点>「ことの音に嶺の松風かよふらし/いつれのおよりしらへそめけん」(大島本0196 拾遺集451・拾遺抄514・古今六帖3397・和漢朗詠469・斎宮集57、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
へしいとたと/\しけにをほめきたまひて心は
えありてひとつはかりにてやめたまひつ」44オ
このわたりにおほえなくており/\ほのめく
生のことのねこそ心えたるにやときくおり
侍れと心とゝめてなともあらてひさしう
なりにけりや心にまかせてをの/\かきならす
へかめるは河波はかりやうちあはすらんろな
うものゝようにすはかりのはうしなともと
まらしとなんおほえ侍とてかきならし給
へとあなたにきこ江給へと思よらさりし」44ウ
ひとりことをきゝ給ひけんたにある物をいと
かたはならんとひきいりつゝみなきゝ給はす
たひ/\そゝのかし給へととかくきこ江すさひ
てやみ給ぬめれはいとくちおしうおほゆ
そのついてにもかくあやしうよつかぬ思ひ
やりにてすくすありさまとものおもひの
ほかなる事なとはつかしうおほいたり
人にたにいかてしらせしとはくゝみすくせと」45オ
けふあすともしらぬ身ののこりすくなさ
にさすかにゆくすゑとをき人はおちあふ
れてさすらへん事これのみなん(なん$)こそけ
に世をはなれんきはのほたしなりけれと
うちかたらひたまへは心くるしう見たてまつり
給わさとの御うしろみたちはか/\しきすち
には侍らすともうと/\しからすおほしめさ
れんとなん思ふたまふるしはしもなからへ
侍らんいのちのほとはひとこともかくうちいて」45ウ
きこ江させてむさまをたかへ侍ましくなん
なと申給へはいとうれしきことゝおほしの
のたまふさてあかつきかたの宮の御をこなひ
し給ほとにかのおい人めしいてゝあひたま
へりひめきみの御うしろみにてさふらはせ
給弁のきみとそいひけるとしも六十にす
こしたらぬほとなれとみやひかにゆへある
けはひして物なときこゆ故権大納言の」46オ
0027【故権大納言のきみの】-弁達故大納言遺言事(大島本0206)
きみの世とゝもに物を思つゝやまひつきは
かなくなり給にしありさまをきこえいてゝ
なくことかきりなしけによその人のうへと
きかむたにあはれなるへきふることゝもを
ましてとしころおほつかなくゆかしういかな
りけんことのはしめにかと仏にもこの事を
さたかにしらせ給へとねむしつるしるしにや
かくゆめのやうにあはれなるむかしかたりを」46ウ
おほえぬついてにきゝつけつらんとおほすに
なみたとゝめかたかりけりさてもかくその
世の心しりたる人ものこりたまへりけるを
めつらかにもはつかしうもおほゆることのす
ちに猶かくいひつたふるたくひや又もあ
らんとしころかけてもきゝをよはさりける
とのたまへはこしゝうと弁とはなちて又
しる人侍らしひとことにても又こと人に
うちまねひ侍らすかくものはかなくかす」47オ
ならぬ身のほとに侍れとよるひるかの御か
けにつきたてまつりて侍しかはをのつから
ものゝけしきをもみたてまつりそめしに
御心よりあまりておほしける時/\たゝふたり
のなかになんたまさかの御せうそこのかよひ
も侍しかたはらいたけれはくはしくきこ江
させすいまはのとちめになり給ていさゝかの
たまひをくことの侍しをかゝる身にはをき」47ウ
ところなくいふせく思ふたまへわたりつゝいかに
してかはきこしめしつたふへきとはか/\し
からぬねんすのついてにも思ふたまへつるを
仏はよにおはしましけりとなんおもふたま
へしりぬる御覧せさすへき物も侍りいま
はなにかはやきもすて侍なんかくあさ
ゆふのきえをしらぬ身のうちすて侍なは
をちゝるやうもこそといとうしろめたく
思ふたまふれとこの宮わたりにも時/\」48オ
ほのめかせ給をまちいてたてまつりてしは
すこしたのもしくかゝるおりもやとねむし
侍つるちからいてまうてきてなんさらに
これはこの世の事にも侍らしとなく/\こ
まかにむまれ給けるほとの事もよくおほ
えつゝきこゆむなしうなり給しさはきに
はゝに侍し人はやかてやまひつきてほと
もへすかくれ侍にしかはいとゝ思ふたまへ」48ウ
しつみふち衣たちかさねかなしきことを
思給へしほとにとしころよからぬ人の心を
つけたりけるか人をはかりこちてにしの
うみのはてまてとりもてまかりにしかは
京の事さへあとたえてその人もかしこに
てうせ侍にしのちとゝせあまりにてなん
あらぬ世の心地してまかりのほりたりし
をこの宮はちゝかたにつけてわらはより
まいりかよふゆへ侍しかはいまはかう」49オ
世にましらふへきさまにも侍らぬを冷泉
院の女御殿の御方なとこそはむかしきゝな
れたてまつりしわたりにてまいりよるへく
侍しかとはしたなくおほえ侍てえさしいて
侍らてみ山かくれのくち木になりにて侍也
こしゝうはいつかうせ侍にけんそのかみの
わかさかりと見侍し人はかすゝくなくなり
侍にけるすゑのよにおほくの人にをくるゝ」49ウ
いのちをかなしく思たまへてこそさすかにめ
くらひ侍れなときこゆるほとにれいのあ
けはてぬよしさらはこのむかし物かたり
はつきすへくなんあらぬ又人きかぬ心や
すき所にてきこえん侍従といひし人は
ほのかにおほゆるはいつゝむつはかりなり
しほとにやにはかにむねをやみてう
せにきとなんきくかゝるたいめむなくは」50オ
つみをもき身にてすきぬへかりける事なと
のたまふさゝやかにをしまきあはせたる
ほくとものかひくさきをふくろにぬひ
いれたるとりいてゝたてまつるおまへにてう
しなはせ給へわれ猶いくへくもあらすな
りにたりとのたまはせてこの御ふみをとり
あつめてたまはせたりしかはこしゝうに
又あひ見侍らんついてにさたかにつたへ」50ウ
まいらせんと思給へしをやかてわかれ侍にし
もわたくしことにはあかすかなしうなん
思たまふるときこゆつれなくてこれはかく
いたまひつかやうのふる人はとはすかたり
にやあやしき事のためしにいひいつらん
とくるしくおほせと返/\もちらさぬよ
しをちかひつるさもやと又思ひみたれ給
御かゆこはいひなとまいりたまふきのふは」51オ
いとま日なりしをけふは内の御ものいみ
もあきぬらん院の女一の宮なやみたまふ
御とふらひにかならすまいるへけれは
かた/\いとまなく侍を又このころすくして
山のもみちゝらぬさきにまいるへきよし
きこ江たまふかくしは/\たちよらせ給
ひかりに山のかけもすこしものあきらむ
る心ちしてなんなとよろこひきこ江給」51ウ
かへり給てまつこのふくろを見たまへは
からのふせんれうをぬひて上といふもしを
うへにかきたりほそきくみしてくちの
かたをゆひたるを(を$)にかの御名のふうつき
つき(つき$)たりあくるもおそろしうおほえ
たまふいろ/\のかみにてたまさかにかよひ
ける御ふみの返こといつゝむつそある
さてはかの御てにてやまひはをもくかき/りに」52オ
なりにたるに又ほのかにもきこえん事
かたくなりぬるをゆかしうおもふ事は
そひにたり御かたちもかはりておはしま
すらんかさま/\かなしき事をみちのくに
かみ五六枚につふ/\とあやしきとりのあ
とのやうにかきて
めのまへにこのよをそむくきみよりも
よそにわかるゝたまそかなしき
又はしにめつらしくきゝ侍ふたはのほと」52ウ
もうしろめたうおもふたまふる方はなけれと
いのちあらはそれとも見まし人しれぬ
いはねにとめしまつのおいすゑ
かきさしたるやうにいとみたりかはしう
てこしゝうのきみにとうへにはかきつけ
たりしみといふむしのすみかになりて
ふるめきたるかひくさゝなからあとは
きえすたゝいまかきたらむにもたかはぬ」53オ
ことのはとものこま/\とさたかなるをみた
まふにけにをちゝりたらましよとうしろ
めたういとおしきことゝも也かゝる事よに
又あらんやと心ひとつにいとゝ物おもはし
さそひて内へまいらんとおほしつるもいて
たゝれす宮のおまへにまいり給へれは
いとなに心もなくわかやかなるさまし給
て経よみたまふをはちらひてもてか」53ウ
くしたまへりなにかはしりにき(き$けり)とも
しられたてまつらんなと心にこめてよろ
つにおもひゐたまへり」54オ
【奥入01】還城楽陵王をあやふめむとす
日のくるゝにはちして日をむまにかき
かへすといふ事也
くはしくしらす
<此等事可否難弁>
史記
魯陽以戈廻落日事歟(戻)
<同時哥歟不可為証哥歟>
【奥入02】宇治河の浪の枕に夢さめて
よるはゝしひめいやねさるらむ(戻)」54ウ