《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「はし姫」(題箋)
そのころ世にかすまへられ給はぬふる宮
おはしけりはゝかたなともやんことなくもの
したまひてすちことなるへきおほえなと
おはしけるをときうつりて世中にはした
なめられ給けるまきれに中/\いとなこりな
く御うしろみなともものうらめしき心/\
にてかた/\につけて世をそむきさりつゝ
おほやけわたくしにより所なくさしは
なたれ給へるやうなりきたのかたもむか
しの大臣の御むすめなりけるあはれにこゝ」1オ
ろほそくおやたちのおほしをきてたり
しさまなとおもひいて給ふにたとしへなき
事おほかれとふるき御契のふたつなき
はかりをうき世のなくさめにてかたみに
又なくたのみかはし給へりとしころふるに
御こものし給はて心もとなかりけれはさう/\
しくつれ/\なるなくさめにいかておかし
からむちこもかなと宮そとき/\おほし
のたまひけるにめつらしく女君のいとうつ
くしけなるむまれ給へりこれをかきり」1ウ
なくあはれとおもひかしつきゝこえ給にさ
しつゝきけしきはみ給ひてこのたひ
はおとこにてもなとおほしたるにおなしさま
0001【おなしさまにて】-中君誕生事(明融臨模本0005)
にてたひらかにはしたまひなからいといた
くわつらひてうせ給ぬ宮あさましうお
ほしまとふありふるにつけてもいとはし
0002【ありふるにつけても】-北方誕生事(明融臨模本0006)
たなくたへかたき事おほかる世なれと見
すてかたくあはれなる人の御ありさま心
さまにかけとゝめらるゝほたしにてこそす
くしきつれひとりとまりていとゝすさま」2オ
しくもあるへきかないはけなき人/\をも
ひとりはくゝみたてむほとかきりある身に
ていとおこかましう人わろかるへきことゝお
ほしたちてほひもとけまほしうしたま
ひけれとみゆつるつるなくてのこしとゝめむ
をいみしうおほしたゆたひつゝとし月
もふれはをの/\およすけまさり給ふさま
かたちのうつくしうあらまほしきを明く
れの御なくさめにてをのつから見すくし
給後にむまれ給し君をはさふらふ人/\も」2ウ
いてやおりふし心うくなとうちつふやき
て心にいれてもあつかひきこえさりけれと
かきりのさまにてなに事もおほしわか
さりしほとなからこれをいと心くるしとおも
ひてたゝこの君をかた身に見給ひて
あはれとおほせとはかりたゝひとことなむ宮
にきこえをきたまひけれはさきの世の契
もつらきおりふしなれとさるへきにこそは
ありけめといまはとみえしまていとあはれと
思ひてうしろめたけにのたまひしをと」3オ
おほしいてつゝこの君をしもいとかなし
うしたてまつりたまふかたちなむまことに
いとうつくしうゆゝしきまてものし給
けるひめ君は心はせしつかによしあるかた
にてみるめもてなしもけたかく心にくきさま
そし給へるいたはしくやむことなきすち
はまさりていつれをもさま/\におもひかしつ
ききこえ給へとかなはぬ事おほくとし月
にそへて宮のうちもさひしくのみなりま
さるさふらひし人もたつきなき心ちす」3ウ
るにえしのひあへすつき/\にしたかひて
まかてちりつゝわか君の御めのともさるさ
はきにはか/\しき人をしもえりあへ
給はさりけれはほとにつけたる心あさゝにて
をさなきほとをみすてたてまつりに
けれはたゝ宮そはくゝみ給ふさすかに
ひろくおもしろき宮のいけ山なとのけし
きはかりむかしにかはらていといたうあれまさる
をつれ/\となかめ給ふけいしなともむね
むねしき人もなきまゝに草あをや」4オ
かにしけり軒のしのふそ所えかほにあを
みわたれるおり/\につけたる花もみちの色
をもかをもおなし心に見はやし給ひし
にこそなくさむこともおほかりけれいとゝ
しくさひしくよりつかむかたななきまゝ
にち仏の御かさりはかりをわさとせさせ給て
あけくれおこなひ給かゝるほたしともにかゝ
つらふたにおもひのほかにくちおしうわか
心なからもかなはさりける契とおほゆるを
まひてなにゝか世の人めいていまさらにとのみ」4ウ
とし月にそへて世中をおほしはなれつゝ
心はかりはひしりになりはてたまひてこ
君のうせたまひにしこなたはれいの人の
さまなる心はえなとたはふれにてもおほ
しいて給はさりけりなとかさしもわかるる
ほとのかなしひはまた世にたくひなきやう
にのみこそはおほゆへかめれとありふれはさの
みやは猶世人になすらふ御心つかひをし
給ひていとかくみくるしくたつきな
き宮のうちもをのつからもてなさるゝ」5オ
わさもやと人はもとききこえてなにくれ
とつき/\しくきこえこつこともるるに
ふれておほかれときこしめしいれさりけり
御念すのひま/\にはこの君たちをもてあ
そひやう/\およすけ給へはことならはし五
うちへんつきなとはかなき御あそひわさ
につけても心はへともをみたてまつり給ふに
ひめ君はらう/\しくふかくおもりかにみえ
たまふわか君はおほとかにらうたけなる
さましてものつゝみしたるけはひにいとうつ」5ウ
くしうさま/\におはす春のうらゝかなる
日かけに池の水とりとものはねうちかはし
つゝをのかしゝさえつるこゑなとをつねは
はかなきことにみたまひしかともつか
ひはなれぬをうらやましくなかめ給ひ
て君たちに御ことゝもをしへきこえた
まふいとおかしけにちひさき御ほとにとり
とりかきならし給ふものゝねともあはれに
おかしくきこゆれは涙をうけたまひて
うちすてゝつかひさりにし水とりの」6オ
かりのこの世にたちをくれけん心つくしなり
やとめをしのこひ給かたちいときよけに
おはします宮なりとし比の御おこなひに
やせほそり給にたれとさてしもあてに
なまめきて君たちをかしつき給ふ御心
はえになをしのなえはめるをき給ひて
しとけなき御さまいとはつかしけ也ひめ
君御すゝりをやをらひきよせててな
らひのやうにかきませ給ふをこれにかき
給へすゝりにはかきつけさなりとてかみた」6ウ
てまつり給へははちらひてかきたまふ
いかてかくすたちけるそと思ふにもうき
水とりの契をそしるよからねとその
おりはいとあれなりけりてはおいさきみえて
またよくもつゝけ給はぬほと也わか君とか
きたまへとあれはいますこしおさなけにひ
さしくかきいて給へり
なく/\もはねうちきする君なくは
我そすもりになりははてまし御そとも
なとなえはみておまへにまた人も」7オ
なくいとさひしくつれ/\けなるにさま/\
いとらうたけにてものしたまふをあはれに
心くるしういかゝおほさゝらん経をかたてにも
たまいてかつよみつゝさうかをし給ひめ
君にひわわか君にさうの御ことまたおさな
けれとつねにあはせつゝならひ給へはきゝに
くゝもあらていとおかしくきこゆちゝみかと
にも女御にもとくをくれきこえ給ひてはか
はかしき御うしろみのとりたてたるおはせ
さりけれはさゑなとふかくもえならひた」7ウ
まはすまいて世中にすみつく御心をきては
いかてかはしりたまはむたかき人ときこゆ
るなかにもあさましうあてにおほとかなる
女のやうにおはすれはふるき世の御たから
物おほちおとゝの御そうふんなにやかやと
つきすましかりけれとゆくゑもなくはか
なくうせはてゝ御てうとなとはかりなん
わさとうるはしくておほかりけるまいりと
ふらひきこえ心よせたてまつる人もなし
つれ/\なるまゝにうたつかさのものゝしとも」8オ
なとやうのすくれたるをめしよせつゝはか
なきあそひに心をいれておいゝて給へれ
はそのかたはいとおかしうすくれたまへり源氏
のおとゝの御おとうとにおはせしをれせい
院の東宮におはしましゝときすさく院
のおほきさきのよこさまにおほしかまへてこ
の宮を世中にたちつき給ふへくわか御と
きもてかしつきたてまつりけるさはきに
あひなくあなたさまの御なからひにはさし
はなたれ給ひにけれはいよ/\かの御つき/\に」8ウ
なりはてぬる世にてえましらひ給はす
またこのとしころかゝるひしりになり
はてゝいまはかきりとよろつをおほしすて
たりかゝるほとにすみ給ふ宮やけにけ
0003【宮やけにけり】-焼失事(明融臨模本0017)
りいとゝしきよにあさましうあえなく
てうつろひすみ給ふへき所のよろしき
もなかりけれはうちといふところによしある
0004【うちといふところに】-移住宇治事(明融臨模本0018)
山さともたまへりけるにわたり給ふおもひ
すてたまへるよなれともいまはとすみは
なれなんをあはれにおほさるあしろのけ」9オ
はひちかくみゝかしかましき川のわたりに
てしつかなる思ひにかなはぬかたもあれとい
かゝはせむ花もみち水のなかれにも心をや
るたよりによせていとゝしくなかめ給よ
りほかのことなしかくたえこもりぬる野
山のすゑにもむかしの人ものし給はましか
はとおもひきこえたまはぬおりなかりけり
みし人も宿もけふりになりにしを
なにとて我身きえのこりけんいけるかひ
なくそおほしこかるゝやいとゝ山かさなれる」9ウ
御すみかにたつねまいる人なしあやしき
下すなとゐなかひたる山かつとものみまれに
なれまいりつかうまつるみねのあさきりはる
るおりなくてあかしくらしたまふにこのう
ち山にひしりたちたるあさりすみけりさへ
いとかしこくてよのおほえもかろからね
とおさ/\おほやけことにもいてつかへす
こもりゐたるにこの宮のかくちかきほとに
すみ給てさひしき御さまにたうとき
わさをせさせ給つゝ法もんをよみならひ」10オ
たまへは・たうとかりきこえてつねにまいる
としころまなひしり給へる事ともの
ふかき心をとききかせたてまつりいよ
いよこの世のいとかりそめにあちきなき
ことを申しらすれは心はかりははちすの
うへに思ひのほりにこりなき池にもすみ
ぬへきをいとかくおさなき人/\をみすて
むうしろめたさはかりになむえひたみち
にかたちをもかへぬなとへたてなく物かたり
し給このあさりはれせい院にもしたしく」10ウ
さふらひて御経なとをしへきこゆる人なり
けり京にいてたるつゐてにまいりてれいのさ
るへきふみなと御らむしてとはせ給ふことも
あるつゐてに八の宮のいとかしこくないけう
0005【ないけう】-内教(明融臨模本0021)
の御さえさとりふかくものし給けるかなさるへ
きにてむまれたまへる人にやものし給ら
む心ふかく思ひすまし給へるほとまこと
のひしりのをきてになむみえ給とき
こゆいまたかたちはかへたまはすやそくひ
しりとかこのわかき人/\のつけたなる」11オ
あはれなること也なとのたまはすさい相中
将も御前にさふらひ給てわれこそ世中
をはいとすさましう思ひしりなからおこな
ひなと人にめとゝめらるはかりはつとめす
くちおしくてすくしくれと人しれすお
もひつゝそくなからひしりになり給ふ心
のをきてやいかにとみゝとゝめてきゝた
まふ出家の心さしはもとよりものし給へる
をはかなきことにおもひとゝこほりいまと
なりては心くるしき女子ともの御うへを」11ウ
えおもひすてぬとなんなけき侍りたまふ
とそうすさすかにものゝねめつるあさりに
てけにはたこのひめ君たちのことひき
あはせてあそひ給へる河なみにきをひて
きこえ侍はいとおもしろくこくらく思ひ
やられ侍やとこたいにめつれはみかと
ほゝゑみ給ひてさるひしりのあたりに
おひいてゝこのよのかたさまはたと/\しか
らむおしはからるゝをおかしのことや
うしろめたくおもひすてかたくもてわつ」12オ
らひ給らんをもししはしもをくれむほと
はゆつりやはしたまはぬなとそのたまはする
この院のみかとは十のみこにそおはしましける
すさく院のこ六条院にあつけきこえ給し
入道の宮の御ためしをおもほしいてゝか
の君たちをかなつれ/\なるあそひか
たきになとうちおほしけり中将君中/\
みこのおもひすましたまへらむ御心はえ
をたいめむしてみたてまつらはやとおもふ
心そふかくなりぬるさてあさりのかへりいる」12ウ
にもかならすまいりて物ならひきこゆへくま
つうち/\にもけしき給はりたまへなとか
たらひたまふみかとの御ことつてにてあはれ
0006【みかとの御ことつて】-院遣状於宇治宮事(明融臨模本0027)
なる御すまゐを人つてにきくことなと
きこえたまうて
世をいとふ心は山にかよへともやへたつ
雲を君やへたつるあさりこの御つかひ
をさきにたてゝかの宮にまいりぬなのめ
なるきはのさるへき人のつかひたにまれ
なる山かけにいとめつらしくまちよろこひ」13オ
給て所につけたるさかななとしてさるかた
にもてはやし給御返し
あとたえて心すむとはなけれとも世
をうち山にやとをこそかれひしりのかた
をはひけしてきこえなし給へれは猶よに
うらみのこりけるといとおしく御らむす
あさり中将のたうしむふかけにものし給
ふなとかたりきこえて法文なとの心えま
0007【法文なとの心えまほしき心さし】-宰相中将道心事(明融臨模本0029)
ほしき心さしなんいはけなかりしよはひ
よりふかくおもひなからえさらすよにあり」13ウ
ふるほとおほやけわたくしにいとまなく
あけくらしわさととちこもりてならひよみ
おほかたはか/\しくもあらぬ身にしも
世中をそむきかほならむもはゝかるへき
にあらねとをのつからうちたゆみまきら
はしくてなむすくしくるをいとありかたき
御ありさまをうけたまはりつたへしより
かく心にかけてなんたのみきこえさするな
とねむころに申給ひしなとかたりきこ
ゆ宮よのなかをかりそめのことゝおもひとり」14オ
いとはしき心のつきそむる事もわか
身にうれへあるときなへての世もうらめ
しう思ひしるはしめありてなん道心もおこ
るわさなめるをとしわかく世中おもふに
かなひなにこともあかぬことはあらしとお
ほゆる身のほとにさはた後の世をさへた
とりしり給らんかありかたさこゝにはさへき
にやたゝいとひはなれよとことさらに仏
なとのすゝめおもむけたまふやうなるあり
さまにてをのつからこそしつかなる思ひかな」14ウ
ひゆけとのこりすくなき心ちするにはか/\
しくもあらてすきぬへかめるをきしかたゆく
すゑさらにえたる所なくおもひしらるゝ
をかへりては心はつかしけなる法のともに
こそはものし給なれなとのたまひてかたみ
に御せうそこかよひみつからもまうて給ふ
けにきゝしよりもあはれにすまひたまへる
0008【きゝしよりもあはれにすまひたまへるさま】-宰相中将対面宮事(明融臨模本0034)
さまよりはしめていとかりなる草のいほり
におもひなしことそきたりおなしき山さ
とゝいへとさるかたにて心とまりぬへくのと」15オ
やかなるもあるをいとあらましき水の
をとなみのひゝきにものわすれうちし
よるなと心とけて夢をたにみるへきほと
もなけにすこくふきはらひたりひしり
たちたる御ためにかゝるしもこそ心とま
らぬもよほしならめ女君たちなに心ちし
てすくし給らむよのつねの女しくなよひ
たるかたはとをくやとおしはからるゝ御
ありさまなり仏の御へたてにさうしはかり
をへたてゝそおはすへかめるすき心あらむ」15ウ
人はけしきはみよりて人の御心はえをも
みまほしうさすかにいかゝとゆかしうもある
御けはひなりされとさるかたをおもひはなる
るねかひに山ふかくたつねきこえたるほひ
なくすき/\しきなをさりことをうち
いてあされはまむもことにたかひてやなと
おもひかへして宮の御ありさまのいとあはれ
なるをねむころにとふらひきこえたま
ひたひ/\まいり給ひつゝおもひしやうに
うはそくなからおこなふ山のふかき心法」16オ
もんなとわさとさかしけにはあらていとよく
0009【いとよくのたまひしらす】-中将与宮法談事(明融臨模本0039)
のたまひしらすひしりたつ人さえあるほう
しなとはよにおほかれとあまりこは/\しう
けとをけなるしうとくのそうつそう正の
0010【しうとく】-宿徳(明融臨模本40)
きはゝ世にいとまなくきすくにてものゝ心
をとひあらはさむもこと/\しくおほえ
たまふまたその人ならぬ仏の御てしの
いむことをたもつはかりのたうとさはあれと
けはひいやしくこと葉たみてこちなけに
ものなれたるいとものしくてひるはおほや」16ウ
けことにいとまなくなとしつゝしめやかなる
よひのほとけちかき御まくらかみなとに
めしいれかたらひ給ふにもいとさすかに物む
つかしうなとのみあるをいとあてにこゝろく
るしきさましてのたまひいつることの葉
もおなし仏の御をしへをもみゝちかき
たとひにひきませいとこよなくふかき御
さとりにはあらねとよき人はものゝ心をえ
たまふかたのいとことにものしたまひけれ
はやう/\みなれたてまつり給たひことに」17オ
つねにみたてまつらほしうていとまなくなと
して程ふるときは恋しくおほえ給この
君のかくたうとかりきこえたまへれは
れせい院よりもつねに御せうそこなとあり
てとしころをとにもおさ/\きこえ給はす
さひしけなりし御すみかやう/\人めみる
とき/\ありふしにとふらいきこえ給こといか
めしうこの君もまつさるへき事につけ
つゝおかしきやうにもまめやかなるさま
にも心よせつかうまつり給こと三年はかりに」17ウ
なりぬ秋のすゑつかた四きにあてゝし給御
念仏をこの河つらはあしろのなみもこの
ころはいとゝみゝかしかましくしつかならぬを
とてかのあさりのすむ寺のたうにうつろ
ひたまひて七日のほとおこなひ給ふひめ
君たちはいと心ほそくつれ/\まさりて
なかめ給けるころ中将の君ひさしくまいら
0011【中将の君ひさしくまいらぬかなと】-中将向宇治事(明融臨模本0014)
ぬかなと思ひいてきこえ給けるまゝにあり
明の月のまた夜ふかくさしいつるほとにいて
たちていとしのひて御ともに人なともなく」18オ
てやつれておはしけり川のこなたなれは
舟なともわつらはて御馬にてなりけり
いりもてゆくまゝに霧ふたかりて道も見
えぬしけきの中をわけ給ふにいとあらま
しき風のきほひにほろ/\おちみたるゝ
木葉の露のちりかゝるもいとひやゝかに人
やりならすいたくぬれ給ひぬかゝるあり
きなともおさ/\ならひたまはぬ心ちに
心ほそくおかしくおほされけり
山おろしにたえぬこの葉の露よりも」18ウ
あやなくもろき我涙かな山かつのおとろ
くもうるさしとてすいしんのをともせさ
せ給はすしはのまかきをわけつゝそこは
かとなき水のなかれともをふみしたくこま
のあしをとも猶しのひてとようひし給
へるにかくれなき御にほひそ風にしたかひ
てぬししらぬかとおとろくねさめの家々あ
りけるちかくなるほとにそのことゝもきゝ
わかれぬものゝねともいとすこけにきこ
ゆつねにかくあそひたまふときくをついて」19オ
なくてみやの御ことのねのなたかきもえ
0012【みやの御ことのね】-中将聞比巴箏事(明融臨模本0048)
きかぬそかしよきおりなるへしとおもひ
つゝいり給へはひわのこゑのひゝきなりけり
わうしきてうにしらへてよのつねの
かきあはせなれと所からにやみゝなれぬ
心ちしてかきかへすはちのおとも物きよ
けにおもしろしさうのことあはれになまめひ
たるこゑしてたえ/\きこゆしはしきか
まほしきにしのひ給へと御けはひしるくき
きつけてとのひ人めおのこなまかたくなし」19ウ
きいてきたりしか/\なんこもりおはします
御せうそこをこそきこえさせめと申すな
にかしかかきりある御おこなひの程をまき
らはしきこえさせむにあひなしかくぬ
れぬれまいりていたつらにかへらむうれへを
ひめ君の御かたにきこえてあはれとの給
はせはなむなくさむへきとのたまへはみ
にくきかほうちゑみて申させ侍らむとて
たつをしはしやとめしよせてとしころ
人つてにのみきゝてゆかしくおもふ御こと」20オ
のねともをうれしきおりかなしはしす
こしたちかくれてきくへきものゝくまあ
りやつきなくさしすきてまいりよらむ
ほとみなことやめ給ひてはいとほひなか
らんとの給御けはひかほかたちのさるな
をなをしき心ちにもいとめてたくかた
しけなくおほゆれは人きかぬときはあけ
くれかくなんあそはせとしも人にても宮
このかたよりまいりたちましる人侍ると
きはをともせさせ給はすおほかたかくて」20ウ
女たちおはしますことをはかくさせ給ひ
なへての人にしらせたてまつらしとおほ
しのたまはするなりと申せはうちわらひ
てあちきなき御ものかへしなりしかし
のひ給ふなれとみな人ありかたき世のた
めしにきゝいつへかめるをとの給てなを
しるへせよわれはすき/\しき心なとな
き人そかくておはしますらむ御ありさ
まのあやしくけになへてにおほえ給
はぬなりとこまやかにのたまへはあなかし」21オ
こ心なきやうに後のきこえや侍らむとて
あなたの御まへはたけのすいかひしこめて
みなへたてことなるをゝしへよせたてまつ
れり御ともの人はにしのらうによひすへて
このとのゐ人あひしらふあなたにかよふへ
かめるすひかひのとをすこしをしあけ
て見給へは月おかしきほとに霧わたれる
をなかめてすたれをみしかくまきあけて
人/\ゐたりすのこにいとさむけに身ほ
そくなえはめるわらはひとりおなしさ」21ウ
まなるおとななとゐたりうちなる人一
人はしらにすこしゐかくれてひはをま
へにをきてはちをてまさくりにし
つゝゐたるに雲かくれたりつる月のには
かにいとあかくさしいてたれはあふきなら
てこれしても月はまねきつへかりけり
とてさしのそきたるかほいみしくらうた
けににほいやかなるへしそひふしたる
人はことのうへにかたふきかゝりている日を
0013【いる日をかへすはち】-返日撥事(明融臨模本0054)
かへすはちこそありけれさまことにもおも」22オ
ひをよひ給ふ御心かなとてうちわらひた
るけはひいますこしおもりかによしつき
たりをよはすともこれも月にはなるゝ
物かはなとはかなきことをうちとけの給
かはしたるけはひともさらによそに思ひ
やりしにはにすいとあはれになつかしう
おかしむかし物かたりなとにかたりつたへ
てわかき女房なとのよむをもきくに
かならすかやうの事をいひたるさしもあ
らさりけむとにくゝおはしからるゝをけ」22ウ
にあはれなる物のくまありぬへき世なりけり
と心うつりぬへしきりのふかけれはさや
かにみゆへくもあらす又月さしいてなんと
おほすほとにおくのかたより人おはすと
つけきこゆる人やあらむすたれおろし
てみないりぬおとろきかほにはあらすな
こやかにもてなしてやをらかくれぬるけ
はひともきぬのをともせすいとなよら
かに心くるしくていみしうあてにみやひ
かなるをあはれとおもひ給ふやをらいて」23オ
て京に御車ゐてまいるへく人はしらせ
つありつるさふらひにおりあしくまいり
侍にけれと中/\うれしくおもふことすこし
なくさめてなむかくさふらふよしきこえ
よいたうぬれにたるかこともきこえさせむ
かしとのたまへはまいりてきこゆかくみえや
しぬらんとはおほしもよらてうちとけたり
つる事ともをきゝやしたまひつらむと
いといみしくはつかしあやしくかうはし
くにほふ風の吹つるをおもひかけぬほと」23ウ
なれはおとろかさりける心をそさよと心
もまとひてはちをはさうす御せうそこな
とつたふる人もいとうゐ/\しき人なめる
をおりからにこそよろつのこともとおほひ
てまた霧のまきれなれはありつるみすの
まへにあゆみいてゝつゐい給ふ山さとひたる
わか人ともはさしいらへむことのはもお
ほえて御しとねさしいつるさまもたと/\
しけなりこのみすのまへにははしたなく
侍りけりうちつけにあさき心はかりにては」24オ
かくもたつねまいるましき山のかけちに
おもふ給ふるをさまことにこそかく露け
きたひをかさねてはさりとも御らむし
しるらむとなんたのもしう侍といとまめや
かにの給わかき人/\のなたらかにもの
きこゆへきもなくきえかへりかゝやかし
けなるもかたはらいたけれは女はらのおく
ふかきをおこしいつるほとひさしく
なりてわさとめひたるもくるしうてな
0014【くるしうて】-姉宮通言事(明融臨模本0064)
にこともおもひしらぬありさまにてしりかほ」24ウ
にもいかゝはきこゆへくといとよしありあて
なるこゑしてひきいりなからほのかにのた
まふかつしりなからうきをしらすかほなる
もよのさかとおもふたまへしるをひとと
ころしもあまりおほめかせ給らんこそくち
おしかるへけれありかたうよろつをおもひ
すましたる御すまゐなとにたくひき
こえさせ給御心のうちはなにこともすゝし
くをしはかられ侍れは猶かくしのひあ
まり侍ふかさあさゝのほともわかせ給はん」25オ
こそかひは侍らめよのつねのすき/\しき
すちにはおほしめしはなつへくやさやう
のかたはわさとすゝむる人侍りともなひく
へうもあらぬ心つよさになんをのつからき
こしめしあはするやうも侍りなんつれ/\
とのみすくし侍よの物かたりもきこえ
させ所にたのみきこえさせ又かく世はな
れてなかめさせ給らん御心のまきらはし
にはさしもおとろかさせたまふはかりきこえ
なれ侍らはいかに思ふさまに侍らむなとおほ」25ウ
くの給へはつゝましくいらへにくゝておこし
つるおい人のいてきたるにそゆつりたまふ
0015【おい人のいてきたるに】-左女弁対面事(明融臨模本0069)
たとしへなくさしすくしてあなかたしけ
なやかたはらいたきおましのさまにも侍かな
みすのうちにこそわかき人/\はものゝほと
しらぬやうに侍こそなとしたゝかゝにいふ
こゑのさたすきたるもかたはらいたく君
たちはおほすいともあやしく世中に
すまゐ給人のかすにもあらぬ御ありさま
にてさもありぬへき人/\たにとふらひかす」26オ
まへきこえ給もみえきこえすのみなり
まさり侍めるにありかたき御心さしのほとは
かすにも侍らぬ心にもあさましきまてお
もひたまへ侍をわかき御心ちにもおほし
しりなからきこえさせたまひにくきにや
侍らむといとつゝみなくものなれたるも
なまにくきものからけはひいたう人めきて
よしあるこゑなれはいとたつきもしらぬ心ち
しつるにうれしき御けはひにこそなに
こともけにおもひしり給けるたのみこよ」26ウ
なかりけりとてよりゐ給へるをき丁のそ
はよりみれはあけほのゝやう/\ものゝ色わ
かるゝにけにやつしたまへると見ゆる
かりきぬすかたのいとぬれしめりたるほと
うたてこの世のほかのにほひにやとあや
しきまてかほりみちたりこのおい人は
うちなきぬさしすきたるつみもやとお
もふたまへしのふれとあはれなるむかしの
御物かたりのいかならむついてにうちいて
きこえさせかたはしをもほのめかししろ」27オ
しめさせむととしころねんすのついてにも
うちませおもふ給へわたるしるしにやうれ
しきおりに侍をまたきにおほゝれ侍涙
にくれてえこそきこえさせす侍けれとう
ちわなゝくけしきまことにいみしくもの
かなしと思へりおほかたさたすきたる人は
涙もろなる物とは見きゝ給へといとかう
しもおもへるもあやしうなり給てこゝに
かくまいることはたひかさなりぬるをかくあは
れしりたまへる人もなくてこそ露けき」27ウ
みちのほとにひとりのみそほちつれうれ
しきつゐてなめるをことなのこひたまひ
そかしとのたまへはかゝるつゐてしも侍ら
しかし又侍りとも夜のまのほとしらぬ命
のたのむへきにも侍らぬをさらはたゝかゝる
ふるもの世に侍けりとはかりしろしめされ
侍らなむ三条の宮に侍しこしゝうはか
なくなり侍にけるとほのきゝ侍しその
かみむつましうおもふ給へしおなし程の
人おほくうせ侍にける世のすゑにはる」28オ
かなるせかいよりつたはりまうてきてこの
いつとせむとせのほとなむこれにかくさ
ふらひ侍しろしめさしかしこのころとう
大納言と申なる御このかみの右衛門のかみ
にてかくれ給にしはものゝつゐてなとにや
0016【ものゝつゐてなとにや】-弁語出権大納言問事(明融臨模本0075)
かの御うへとてきこしめしつたふる事も
侍らむすき給ていくはくもへたゝらぬ
心ちのみし侍そのおりのかなしさもまた
袖のかはくおり侍らすおもふたまへらるゝ
をかくおとなしくならせ給にける御よ」28ウ
はひのほとも夢のやうになんかの権大納言
の御めのとに侍しは弁かはゝになむ侍しあ
さ夕につかうまつりなれ侍しに人かすにも
侍らぬ身なれと人にしらせす御心よりはた
あまりけることをおり/\うちかすめのたま
いしをいまはかきりになり給にし御やまひ
のすゑつかたにめしよせていさゝかの給を
くことなむ侍しをきこしめすへきゆへ
なんひとこと侍れとかはかりきこえいて侍
にのこりをとおほしめす御心侍らはのとか」29オ
になんきこしめしはて侍へきわかき人/\
もかたはらいたくさしすきたりとつき
しろひ侍もことはりになむとてさすかに
うちいてすなりぬあやしく夢かたりかむ
なきやうのものゝとはすかたりすらむやう
にめつらかにおほさるれとあはれにおほつ
かなくおほしわたることのすちをきこゆ
れはいとおくゆかしけれとけに人めもし
けしさしくみにふる物かたりにかゝつら
ひて夜をあかしはてむもちこ/\しかる」29ウ
へけれはそこはかとおもひわくことはなきもの
からいにしへの事ときゝ侍も物あはれになん
さらはかならすこののこりきかせ給へ霧は
れゆかははしたなかるへきやつれをおもな
く御らんしとかめられぬへきさまなれはおも
ふたまふる心のほとよりはくちおしうなむ
とてたちたまふにかのおはしますてら
のかねのこゑかすかにきこえてきりいと
ふかくたちわたれりみねのやへ雲おもひ
やるへたておほくあはれなるになをこの」30オ
ひめ君たちの御心のうちとも心くるしう
なにことをおほしのこすらむかくいとおく
まりたまへるもことはりそかしなとおほゆ
あさほらけ家路もみえすたつね
こしまきのを山は霧こめてけり心ほそく
も侍かなとたちかへりやすらひ給へるさま
を宮この人のめなれたるたに猶いとこと
におもひきこえたるをまいていかゝはめつら
しうみきこえさらん御返きこえつたへ
にくけにおもひたれはれいのいとつゝまし」30ウ
けにて
雲のゐる嶺のかけちを秋きりのいとゝ
へたつるころにもあるかなすこしうちなけ
ひたまへるけしきあさからすあはれなり
なにはかりおかしきふしはみえぬあたり
なれとけにこゝろくるしきことおほかる
にもあかうなりゆけはさすかにひたおもて
なる心ちして中/\なるほとにうけたま
はりさしつることおほかるのこりはいます
こしおもなれてこそはうらみきこえさす」31オ
へかめれさるはかく世の人めひてもてなし
給へくは思はすに物おほしわかさりけりと
うらめしうなんとてとのゐ人かしつらひ
たるにしおもてにおはしてなかめ給ふあし
ろは人さはかしけなりされとひをもよらぬ
にやあらむすさましけなるけしき
なりと御ともの人/\みしりていふあやし
き舟ともにしはかりつみをの/\なにと
なき世のいとなみともにゆきかふさまとも
のはかなき水のうへにうかひたるたれもお」31ウ
もへはおなしことなるよのつねなさなり
われはうかはすたまのうてなにしつけ
き身とおもふへき世かはとおもひつゝけ
0017【おもひつゝけらる】-遣状於姫君事(明融臨模本0083)
らるすゝりめしてあなたにきこえ給ふ
橋ひめの心をくみてたかせさすさほ
のしつくに袖そぬれぬるなかめ給ふらむ
かしとてとのひ人にもたせたまへりいと
さむけにいらゝきたるかほしてもてま
いる御かへりかみのかなとおほろけならむは
はつかしけなるをときをこそかゝるお」32オ
りにはとて
さしかへるうちの河おさあさ夕のし
つくや袖をくたしはつらむ身さへうき
てといとおかしけにかき給へりまおにめ
やすくもものし給けりと心とまりぬれ
と御車ゐてまいりぬと人/\さはかしきこ
ゆれはとのゐ人はかりをめしよせてかへり
わたらせたまはむほとにかならすまいるへ
しなとのたまふぬれたる御そともは
みなこの人にぬきかけ給ひてとりにつ」32ウ
かはしつる御なをしにたてまつりかへつお
い人の物かたり心にかゝりておほしいてらる
おもひしよりはこよなくまさりておかしかり
つる御けはひともおも影にそひて猶おも
ひはなれかたき世なりけりと心よはく思し
らる御ふみたてまつり給ふけさうたちて
もあらすしろきしきしのあつこえたる
にふてひきつくろひえりてすみつ
きみところありてかき給ふうちつけなる
さまにやとあひなくとゝめ侍てのこりお」33オ
ほかるもくるしきわさになむかたはし
きこえをきつるやうにいまよりはみすの
まへも心やすくおほしゆるすへくなむ御
山こもりはて侍らむ日かすもうけたまはり
をきていふせかりしきりのまよひもはる
け侍らむなとそいとすくよかにかき給へる
さこんのそうなる人御つかひにてかのおい
人たつねてふみもとらせよとのたまふ
とのひ人かさむけにてさまよひしなとあ
はれにおほしやりておほきなるひはりこ」33ウ
やうのものあまたせさせ給ふまたの日かの御
てらにもたてまつり給ふ山こもりのそうとも
0018【たてまつり給ふ】-送物事(明融臨模本0087)
この比のあらしにはいと心ほそくくるしか
らむをさておはしますほとのふせ給ふ
へからんとおほしやりてきぬわたなとおほ
かりけり御おこなひはてゝいてたまふあし
たなりけれはをこなひ人ともにわたきぬ
けさ衣なとすへてひとくたりのほとつ
つあるかきりの大とこたちに給ふとのゐ
人か御ぬきすてのえむにいみしきかり」34オ
の御そともえならぬしろきあやの御そ
のなよ/\といひしらすにほへるをうつし
きて身をはたえかへぬもなれはにつかは
しからぬ袖のかを人ことにとかめられめ
てらるゝなむ中/\所せかりける心に
まかせて身をやすくもふるまはれすい
とむくつけきまて人のおとろくにほひ
をうしなひてはやとおもへと所せき人の
御うつりかにてえもすゝきすてぬそあま
りなるや君はひめ君の御返こといとめや」34ウ
すくこめかしきをおかしく見給ふ宮にも
かく御せうそこありきなと人/\きこえ
させ御らむせさすれはなにかはけさうたち
てもてなひ給はむも中/\うたてあら
むれいのわか人にゝぬみ心はえなめるをな
からむ後もなとひとことうちほのめかし
てしかはさやうにて心そとめたらむなと
の給けり御みつからもさま/\の御とふらひ
の山のいはやにあまりしことなとのたま
0019【のたまへるにまうてんと】-語宇治宮事於三宮事(明融臨模本0092)
へるにまうてんとおほして三の宮のかやう」35オ
におくまりたらむあたりの見まさりせむ
こそおかしかるへけれとあらましことにたに
のたまふ物をきこえはけまして御心さは
かしたてまつらむとおほしてのとやかなる
夕くれにまいり給へりれいのさま/\なる
御物かたりきこえかはし給ふついてにうち
の宮の御事かたりいてゝみしあか月のあり
さまなとくはしくきこえ給ふに宮いと
せちにおかしとおほひたりされはよと御け
しきをみていとゝ御心うこきぬへくいひ」35ウ
つゝけたまふさてそのありけんかへりことは
なとかみせ給はさりしまろならましかは
とうらみ給ふさかしいとさま/\御らむす
へかめるはしをたにみせさせたまはぬかのわ
たりはかくいともむもれたる身にひき
こめてやむへきけはひにも侍らねはかなら
す御らむせさせはやとおもひ給れといか
てかたつねよらせ給へきかやすきほと
こそすかまほしくはいとよくすきぬへ
きよに侍りけれうちかくろへつゝおほか」36オ
めるかなさるかたにみところありぬへき女
のもの思はしきうちしのひたるすみか
とも山里めひたるくまなとにをのつから
侍へかめりこのきこえさするわたりはいとよ
つかぬひしりさまにてこち/\しうそあら
むととしころ思あなつり侍てみゝをたに
こそとゝめ侍らさりけれほのかなりし月影
の見をとりせすはまをならんはやけはひ
ありさまはたさはかりならむをそあらまほ
しきほとゝはおほえ侍へきなときこえ」36ウ
たまふはて/\はまめたちていとねたく
おほろけの人に心うつるましき人のかく
ふかくおもへるをおろかならしとゆかし
うおほすことかきりなくなり給ひぬなを
また/\よくけしき見たまへと人をす
すめ給てかきりある御身のほとのよたけ
さをいとはしきまて心もとなしとおほし
たれはおかしくていてやよしなくそ侍し
はし世中に心とゝめしと思ふ給るやうある
身にてなをさりこともつゝましう侍を」37オ
心なからかなはぬ心つきそめなはおほきに
おもひにたかふへきことなむ侍へきとき
こえ給へはいてあなこと/\しれひのおとろ
おとろしきひしりことは見はてゝし
かなとてわらひ給ふ心のうちにはかのふる
人のほのめかししすちなとのいとゝうち
おとろかれて物あはれなるにおかしとみる
こともめやすしときくあたりもなには
かり心にもとまらさりけり十月になりて
五六日のほとにうちへまうてたまふあ」37ウ
しろをこそこの比は御らむせめときこゆる
人/\あれとなにかそのひをむしにあらそ
0020【ひをむし】-[虫+秀]ヒヲムシ 蜉蝣イ(明融臨模本0104)
ふ心にてあしろにもよらむとそきすて
給てれいのいとしのひやかにていてたち
給かろらかにあしろくるまにてかとりの
なをしさしぬきぬはせてことさらひき
給へり宮まちよろこひ給て所につけたる
御あるしなとおかしうしなしたまふくれ
ぬれはおほとなふらちかくてさき/\見
さしたまへるふみとものふかきなとあさり」38オ
もさうしおろしてきなといはせ給ふ・う
0021【きなといはせ給ふ】-義
ちもまとろます河かせのいとあらまし
きに木葉のちりかふをと水のひゝき
なとあはれもすきて物おそろしく心ほ
そき所のさまなりあけかたちかくなり
ぬらんと思ふほとにありししのゝめおも
ひいてられて琴のねのあはれなること
のついてつくりいてゝさきのたひの霧に
まとはされ侍し明ほのにいとめつらしき
ものゝねひとこゑうけたまはりしのこり」38ウ
なむ中/\にいといふかしうあかすおもふ
たまへらるゝなときこえたまふ色をも
かをもおもひすてゝし後むかしきゝし
こともみなわすれてなむとのたまへと人
めして琴とりよせていと月なくなり
0022【いと月なく】-宮法談之比召楽器事(明融臨模本0110)
にたりやしるへするものゝねにつけて
なんおもひいてらるへかりけるとてひわ
めしてまらうとにそゝのかし給ふとり
てしらへたまふさらにほのかにきゝ侍
しおなしものとも思ふたまへられ」39オ
さりけり御ことのひゝきからにやとこそ
おもふたまへしかとて心とけてもかき
たてたまはすいてあなさかなやしか御み
みとまるはかりのてなとはいつくよりか
こゝまてはつたはりこむあるましき御
ことなりとてきむかきならしたまへる
いとあはれに心すこしかたへはみねのまつ
風のもてはやすなるへしいとたと/\
しけにおほめき給て心はえありてひと
つはかりにてやめたまひつこのわたりに」39ウ
おほえなくており/\ほのめくさうのこと
のねこそ心えたるにやときくおり侍れ
と心とゝめてなともあらてひさしうなり
にけりや心にまかせてをの/\かきなら
すへかめるは川なみはかりやうちあはすら
むろなうものゝようにすはかりのはう
しなともとまらしとなむおほえ侍と
てかきならし給へとあなたにきこえ
たまへとおもひよらさりしひとりこと
をきゝ給ひけんたにある物をいとかた」40オ
はならむとひきいりつゝみなきゝ給は
すたひ/\そゝのかしたまへととかく
きこえすさひてやみ給ひぬめれはいと
くちおしうおほゆそのついてにもかく
あやしうよつかぬおもひやりにてすく
すありさまとものおもひのほかなる事
なとはつかしうおほひたり人にたにいか
てしらせしとはくゝみすくせとけふ
あすともしらぬ身ののこりすくなさに
さすかにゆくすゑとをき人はおちあふ」40ウ
れてさすらへん事これのみこそけに
よをはなれんきはのほたしなりけれと
うちかたらひ給へは心くるしうみたてま
つりたまふわさとの御うしろみたちは
かはかしきすちには侍すともうと/\
しからすおほしめされんとなむおもふた
まふるしはしもなからへ侍らむいのちの程
はひとこともかくうちいてきこえさせ
てむさまをたかへ侍ましくなむなと
申給へはいとうれしきことゝおほしの」41オ
の給さてあか月かたの宮の御おこなひ
したまふほとにかのおい人めしいてゝあひた
まへりひめ君の御うしろみにてさふらはせ
給ふ弁の君とそいひける年も六十に
すこしたらぬほとなれとみやひかにゆへ
あるけはひして物なときこゆ古権大納言
0023【古権大納言の君の】-弁達故大納言遺言事(明融臨模本0121)
の君のよとともにものをおもひつゝや
まひつきはかなくなりたまひにしあり
さまをきこえいてゝなくことかきりなしけ
によその人のうへときかむたにあはれ」41ウ
なるへきふることゝもをましてとしこ
ろおほつかなくゆかしういかなりけんこと
のはしめにかと仏にもこの事をさたかに
しらせ給へとねんしつるしるしにやかく
夢のやうにあはれなるむかしかたりをおほ
えぬついてにきゝつけつらむとおほすに
涙とゝめかたかりけりさてもかくそのよの
心しりたる人ものこりたまへりけるをめつ
らかにもはつかしうもおほゆることの
すちに猶かくいひつたふるたくひや又も」42オ
あらむとしころかけてもきゝをよはさり
けるとのたまへはこしゝうと弁とはなち
てまたしる人侍らしひとことにてもまた
ことひとにうちまねひ侍らすかくものは
かなくかすならぬ身のほとに侍れとよる
ひるかの御かけにつきたてまつりて侍し
かはをのつからものゝけしきをもみたて
まつりそめしに御心よりあまりておほし
ける時々たゝふたりのなかになんたまさかの
御せうそこのかよひも侍しかたはらいたけ」42ウ
れはくはしくきこえさせすいまはの
とちめになり給ていさゝかのたまいをく
ことの侍しをかゝる身にはをき所なくい
ふせくおもふ給へわたりつゝいかにしてかはき
こしめしつたふへきとはか/\しからぬ
念すのついてにも思ふたまへつるを仏は
世におはしましけりとなんおもふたまへ
しりぬる御らむせさすへきものも侍りいま
はなにかはやきもすて侍なむかくあさ
夕のきえをしらぬ身のうちすて侍なは」43オ
うちゝるやうもこそといとうしろめたく
おもふたまふれとこの宮わたりにもとき
ときほのめかせたまふをまちいてたて
まつりてしはすこしたのもしくかゝるお
りもやとねんし侍へるちかくいてまうて
きてなむさらにこれはこの世のことにも
侍らしとなく/\こまかにむまれたまひ
けるほとのこともよくおほえつゝきこゆ
むなしうなり給しさはきにはゝに侍し
人はやかてやまひつきてほともへすかく」43ウ
れ侍にしかはいとゝおもふたまへしつみふち
衣たちかさねかなしきことをおもひたま
へし程にとしころよからぬ人の心をつけ
たりけるか人をはかりこちてにしのうみ
のはてまてとりもてまかりにしかは京
のことさへあとたえてその人もかしこに
てうせ侍にし後とゝせあまりにてなん
あらぬよの心ちしてまかりのほりたりし
をこの宮はちゝかたにつけてわらはよ
りまいりかよふゆへ侍しかはいまはかう世に」44オ
ましらふへきさまにも侍らぬをれせい院
の女御殿の御かたなとこそはむかしきゝな
れたてまつりしわたりにてまいりよるへく
侍しかとはしたなくおほえ侍てえさし
いて侍らてみ山かくれのくち木になりに
て侍なりこしゝうはいつかうせ侍にけんそ
のかみのわかさかりと見侍し人はかすゝく
なくなり侍にけるすゑのよにおほくの
人にをくるゝいのちをかなしくおもひ給
へてこそさすかにめくらひ侍れなとき」44ウ
こゆるほとにれひのあけはてぬよしさ
らはこのむかし物かたりはつきすへく
なんあらぬまた人きかぬ心やすき所にて
きこえんしゝうといひし人はほのかに
おほゆるはいつゝむつはかりなりし程に
やにはかにむねをやみてうせにきとなむ
きくかゝるたひめむなくはつみおもき
身にてすきぬへかりける事なとのた
まふさゝやかにおしまきあわせたるほく
とものかひくさきをふくろにぬひいれ」45オ
たるとりいててたてまつるおまへにて
うしなはせ給へわれなをいくへくもあらす
なりにたりとのたまはせてこの御ふみ
をとりあつめてたまはせたりしかはこ
しゝうにまたあひ見侍らむついてに
さたかにつたへまいらせむとおもひた
まへしをやかてわかれ侍にしもわたくし
ことにはあかすかなしうなんおもふ給ふると
きこゆつれなくてこれはかくいたまいつか
やうのふる人はとはすかたりにやあやしき」45ウ
ことのためしにいひいつらむとくるしく
おほせとかへす/\もちらさぬよしをち
かひつるさもやとまたおもひみたれたまふ
御かゆこはいひなとまいりたまふ昨日は
いとまひなりしをけふはうちの御物いみも
あきぬらん院の女一の宮なやみ給ふ御
とふらひにかならすまいるへけれはかた/\
いとまなく侍をまたこのころすくして
山のもみち散らぬさきにまいるへきよしき
こえたまふかくしはしはたちよらせたま」46オ
ふひかりに山のかけもすこしものあきら
むる心ちしてなんなとよろこひきこえ
たまふかへり給ひてまつこのふくろをみ
給へはからのふせむれうをぬひて上と
いふもしをうへにかきたりほそきくみして
くちのかたをゆひたるにかの御名のふう
つきたりあくるもおそろしうおほえたま
ふ色/\のかみにてたまさかにかよひける
御ふみの返こといつゝむつそあるさてはかの
御てにてやまひはおもくかきりになり」46ウ
にたるにまたほのかにもきこえむことかたく
なりぬるをゆかしうおもふことはそひに
たり御かたちもかはりておはしますらむか
さま/\かなしきことをみちのくにかみ
五六枚につふ/\とあやしきとりのあ
とのやうにかきて
めのまへにこの世をそむく君よりも
よそにわかるゝ玉そかなしき又はしに
めつらしくきゝ侍るふた葉のほともう
しろめたうおもふたまふるかたはなけれと」47オ
命あらはそれともみまし人しれぬ
岩ねにとめし松のおいすゑかきさし
たるやうにいとみたりかはしうてこしゝう
の君にとうへにはかきつけたりしみといふ
むしのすみかになりてふるめきたるかひ
くさゝなからあとはきえすたゝいまかき
たらんにもたかはぬことの葉とものこま/\
とさたかなるを見給ふにけにうちゝり
たゝましよとうしろめたういとおしき
事ともなりかゝること世にまたあらむ」47ウ
やと心ひとつにいとゝ物思はしさそひて
うちへまいらむとおほしつるもいてたゝ
れす宮のおまへにまいり給へれはいとなに
心もなくわかやかなるさまし給ひて経
よみたまふをはちらひてもてかへし給
へりなにかはしりにけりともしられたて
まつらむなとこゝろにこめてよろつに
おもひゐたまへり」48オ
(白紙)」48ウ
【奥入01】一還城楽陵王をあやふめむとす日の
くるゝにはちして日をむまにかきかへす
といふ事也くはしくしらす
此等事可否難弁
史記
魯陽以戈廻落日事歟(戻)
同時哥歟不可為証哥歟
【奥入02】宇治河の浪の枕に夢さめてよるははし
ひめいやねさるらん(戻)」49オ