橋姫(大島本親本復元) First updated 5/15/2007(ver.1-1)
Last updated 5/15/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

橋姫

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 飛鳥井雅康の「橋姫」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「はし姫」(題箋)

  そのころ世にかすまへられ給はぬふる宮
  おはしけりはゝかたなともやんことなくもの
  したまひてすちことなるへきおほえなと
  おはしけるをときうつりて世中にはした
  なめられ給けるまきれに中/\いとなこりな
  く御うしろみなともものうらめしき心/\
  にてかた/\につけて世をそむきさりつゝ
  おほやけわたくしにより所なくさしは
  なたれ給へるやうなりきたのかたもむか
  しの大臣の御むすめなりけるあはれにこゝ」1オ

  ろほそくおやたちのおほしをきてたり
  しさまなとおもひいて給ふにたとしへなき
  事おほかれとふるき御契のふたつなき
  はかりをうき世のなくさめにてかたみに
  又なくたのみかはし給へりとしころふるに
  御こものし給はて心もとなかりけれはさう/\
  しくつれ/\なるなくさめにいかておかし
  からむちこもかなと宮そとき/\おほし
  のたまひけるにめつらしく女君のいとうつ
  くしけなるむまれ給へりこれをかきり」1ウ

  なくあはれとおもひかしつきゝこえ給にさ
  しつゝきけしきはみ給ひてこのたひ
  はおとこにてもなとおほしたるにおなしさま
0001【おなしさまにて】-中君誕生事(明融臨模本0005)
  にてたひらかにはしたまひなからいといた
  くわつらひてうせ給ぬ宮あさましうお
  ほしまとふありふるにつけてもいとはし
0002【ありふるにつけても】-北方誕生事(明融臨模本0006)
  たなくたへかたき事おほかる世なれと見
  すてかたくあはれなる人の御ありさま心
  さまにかけとゝめらるゝほたしにてこそす
  くしきつれひとりとまりていとゝすさま」2オ

  しくもあるへきかないはけなき人/\をも
  ひとりはくゝみたてむほとかきりある身に
  ていとおこかましう人わろかるへきことゝお
  ほしたちてほひもとけまほしうしたま
  ひけれとみゆつるつるなくてのこしとゝめむ
  をいみしうおほしたゆたひつゝとし月
  もふれはをの/\およすけまさり給ふさま
  かたちのうつくしうあらまほしきを明く
  れの御なくさめにてをのつから見すくし
  給後にむまれ給し君をはさふらふ人/\も」2ウ

  いてやおりふし心うくなとうちつふやき
  て心にいれてもあつかひきこえさりけれと
  かきりのさまにてなに事もおほしわか
  さりしほとなからこれをいと心くるしとおも
  ひてたゝこの君をかた身に見給ひて
  あはれとおほせとはかりたゝひとことなむ宮
  にきこえをきたまひけれはさきの世の契
  もつらきおりふしなれとさるへきにこそは
  ありけめといまはとみえしまていとあはれと
  思ひてうしろめたけにのたまひしをと」3オ

  おほしいてつゝこの君をしもいとかなし
  うしたてまつりたまふかたちなむまことに
  いとうつくしうゆゝしきまてものし給
  けるひめ君は心はせしつかによしあるかた
  にてみるめもてなしもけたかく心にくきさま
  そし給へるいたはしくやむことなきすち
  はまさりていつれをもさま/\におもひかしつ
  ききこえ給へとかなはぬ事おほくとし月
  にそへて宮のうちもさひしくのみなりま
  さるさふらひし人もたつきなき心ちす」3ウ

  るにえしのひあへすつき/\にしたかひて
  まかてちりつゝわか君の御めのともさるさ
  はきにはか/\しき人をしもえりあへ
  給はさりけれはほとにつけたる心あさゝにて
  をさなきほとをみすてたてまつりに
  けれはたゝ宮そはくゝみ給ふさすかに
  ひろくおもしろき宮のいけ山なとのけし
  きはかりむかしにかはらていといたうあれまさる
  をつれ/\となかめ給ふけいしなともむね
  むねしき人もなきまゝに草あをや」4オ

  かにしけり軒のしのふそ所えかほにあを
  みわたれるおり/\につけたる花もみちの色
  をもかをもおなし心に見はやし給ひし
  にこそなくさむこともおほかりけれいとゝ
  しくさひしくよりつかむかたななきまゝ
  にち仏の御かさりはかりをわさとせさせ給て
  あけくれおこなひ給かゝるほたしともにかゝ
  つらふたにおもひのほかにくちおしうわか
  心なからもかなはさりける契とおほゆるを
  まひてなにゝか世の人めいていまさらにとのみ」4ウ

  とし月にそへて世中をおほしはなれつゝ
  心はかりはひしりになりはてたまひてこ
  君のうせたまひにしこなたはれいの人の
  さまなる心はえなとたはふれにてもおほ
  しいて給はさりけりなとかさしもわかるる
  ほとのかなしひはまた世にたくひなきやう
  にのみこそはおほゆへかめれとありふれはさの
  みやは猶世人になすらふ御心つかひをし
  給ひていとかくみくるしくたつきな
  き宮のうちもをのつからもてなさるゝ」5オ

  わさもやと人はもとききこえてなにくれ
  とつき/\しくきこえこつこともるるに
  ふれておほかれときこしめしいれさりけり
  御念すのひま/\にはこの君たちをもてあ
  そひやう/\およすけ給へはことならはし五
  うちへんつきなとはかなき御あそひわさ
  につけても心はへともをみたてまつり給ふに
  ひめ君はらう/\しくふかくおもりかにみえ
  たまふわか君はおほとかにらうたけなる
  さましてものつゝみしたるけはひにいとうつ」5ウ

  くしうさま/\におはす春のうらゝかなる
  日かけに池の水とりとものはねうちかはし
  つゝをのかしゝさえつるこゑなとをつねは
  はかなきことにみたまひしかともつか
  ひはなれぬをうらやましくなかめ給ひ
  て君たちに御ことゝもをしへきこえた
  まふいとおかしけにちひさき御ほとにとり
  とりかきならし給ふものゝねともあはれに
  おかしくきこゆれは涙をうけたまひて
    うちすてゝつかひさりにし水とりの」6オ

  かりのこの世にたちをくれけん心つくしなり
  やとめをしのこひ給かたちいときよけに
  おはします宮なりとし比の御おこなひに
  やせほそり給にたれとさてしもあてに
  なまめきて君たちをかしつき給ふ御心
  はえになをしのなえはめるをき給ひて
  しとけなき御さまいとはつかしけ也ひめ
  君御すゝりをやをらひきよせててな
  らひのやうにかきませ給ふをこれにかき
  給へすゝりにはかきつけさなりとてかみた」6ウ

  てまつり給へははちらひてかきたまふ
    いかてかくすたちけるそと思ふにもうき
  水とりの契をそしるよからねとその
  おりはいとあれなりけりてはおいさきみえて
  またよくもつゝけ給はぬほと也わか君とか
  きたまへとあれはいますこしおさなけにひ
  さしくかきいて給へり
    なく/\もはねうちきする君なくは
  我そすもりになりははてまし御そとも
  なとなえはみておまへにまた人も」7オ

  なくいとさひしくつれ/\けなるにさま/\
  いとらうたけにてものしたまふをあはれに
  心くるしういかゝおほさゝらん経をかたてにも
  たまいてかつよみつゝさうかをし給ひめ
  君にひわわか君にさうの御ことまたおさな
  けれとつねにあはせつゝならひ給へはきゝに
  くゝもあらていとおかしくきこゆちゝみかと
  にも女御にもとくをくれきこえ給ひてはか
  はかしき御うしろみのとりたてたるおはせ
  さりけれはさゑなとふかくもえならひた」7ウ

  まはすまいて世中にすみつく御心をきては
  いかてかはしりたまはむたかき人ときこゆ
  るなかにもあさましうあてにおほとかなる
  女のやうにおはすれはふるき世の御たから
  物おほちおとゝの御そうふんなにやかやと
  つきすましかりけれとゆくゑもなくはか
  なくうせはてゝ御てうとなとはかりなん
  わさとうるはしくておほかりけるまいりと
  ふらひきこえ心よせたてまつる人もなし
  つれ/\なるまゝにうたつかさのものゝしとも」8オ

  なとやうのすくれたるをめしよせつゝはか
  なきあそひに心をいれておいゝて給へれ
  はそのかたはいとおかしうすくれたまへり源氏
  のおとゝの御おとうとにおはせしをれせい
  院の東宮におはしましゝときすさく院
  のおほきさきのよこさまにおほしかまへてこ
  の宮を世中にたちつき給ふへくわか御と
  きもてかしつきたてまつりけるさはきに
  あひなくあなたさまの御なからひにはさし
  はなたれ給ひにけれはいよ/\かの御つき/\に」8ウ

  なりはてぬる世にてえましらひ給はす
  またこのとしころかゝるひしりになり
  はてゝいまはかきりとよろつをおほしすて
  たりかゝるほとにすみ給ふ宮やけにけ
0003【宮やけにけり】-焼失事(明融臨模本0017)
  りいとゝしきよにあさましうあえなく
  てうつろひすみ給ふへき所のよろしき
  もなかりけれはうちといふところによしある
0004【うちといふところに】-移住宇治事(明融臨模本0018)
  山さともたまへりけるにわたり給ふおもひ
  すてたまへるよなれともいまはとすみは
  なれなんをあはれにおほさるあしろのけ」9オ

  はひちかくみゝかしかましき川のわたりに
  てしつかなる思ひにかなはぬかたもあれとい
  かゝはせむ花もみち水のなかれにも心をや
  るたよりによせていとゝしくなかめ給よ
  りほかのことなしかくたえこもりぬる野
  山のすゑにもむかしの人ものし給はましか
  はとおもひきこえたまはぬおりなかりけり
    みし人も宿もけふりになりにしを
  なにとて我身きえのこりけんいけるかひ
  なくそおほしこかるゝやいとゝ山かさなれる」9ウ

  御すみかにたつねまいる人なしあやしき
  下すなとゐなかひたる山かつとものみまれに
  なれまいりつかうまつるみねのあさきりはる
  るおりなくてあかしくらしたまふにこのう
  ち山にひしりたちたるあさりすみけりさへ
  いとかしこくてよのおほえもかろからね
  とおさ/\おほやけことにもいてつかへす
  こもりゐたるにこの宮のかくちかきほとに
  すみ給てさひしき御さまにたうとき
  わさをせさせ給つゝ法もんをよみならひ」10オ

  たまへは・たうとかりきこえてつねにまいる
  としころまなひしり給へる事ともの
  ふかき心をとききかせたてまつりいよ
  いよこの世のいとかりそめにあちきなき
  ことを申しらすれは心はかりははちすの
  うへに思ひのほりにこりなき池にもすみ
  ぬへきをいとかくおさなき人/\をみすて
  むうしろめたさはかりになむえひたみち
  にかたちをもかへぬなとへたてなく物かたり
  し給このあさりはれせい院にもしたしく」10ウ

  さふらひて御経なとをしへきこゆる人なり
  けり京にいてたるつゐてにまいりてれいのさ
  るへきふみなと御らむしてとはせ給ふことも
  あるつゐてに八の宮のいとかしこくないけう
0005【ないけう】-内教(明融臨模本0021)
  の御さえさとりふかくものし給けるかなさるへ
  きにてむまれたまへる人にやものし給ら
  む心ふかく思ひすまし給へるほとまこと
  のひしりのをきてになむみえ給とき
  こゆいまたかたちはかへたまはすやそくひ
  しりとかこのわかき人/\のつけたなる」11オ

  あはれなること也なとのたまはすさい相中

  将も御前にさふらひ給てわれこそ世中
  をはいとすさましう思ひしりなからおこな
  ひなと人にめとゝめらるはかりはつとめす
  くちおしくてすくしくれと人しれすお
  もひつゝそくなからひしりになり給ふ心
  のをきてやいかにとみゝとゝめてきゝた
  まふ出家の心さしはもとよりものし給へる
  をはかなきことにおもひとゝこほりいまと
  なりては心くるしき女子ともの御うへを」11ウ

  えおもひすてぬとなんなけき侍りたまふ
  とそうすさすかにものゝねめつるあさりに
  てけにはたこのひめ君たちのことひき
  あはせてあそひ給へる河なみにきをひて
  きこえ侍はいとおもしろくこくらく思ひ
  やられ侍やとこたいにめつれはみかと
  ほゝゑみ給ひてさるひしりのあたりに
  おひいてゝこのよのかたさまはたと/\しか
  らむおしはからるゝをおかしのことや
  うしろめたくおもひすてかたくもてわつ」12オ

  らひ給らんをもししはしもをくれむほと
  はゆつりやはしたまはぬなとそのたまはする
  この院のみかとは十のみこにそおはしましける
  すさく院のこ六条院にあつけきこえ給し
  入道の宮の御ためしをおもほしいてゝか
  の君たちをかなつれ/\なるあそひか
  たきになとうちおほしけり中将君中/\
  みこのおもひすましたまへらむ御心はえ
  をたいめむしてみたてまつらはやとおもふ
  心そふかくなりぬるさてあさりのかへりいる」12ウ

  にもかならすまいりて物ならひきこゆへくま
  つうち/\にもけしき給はりたまへなとか
  たらひたまふみかとの御ことつてにてあはれ
0006【みかとの御ことつて】-院遣状於宇治宮事(明融臨模本0027)
  なる御すまゐを人つてにきくことなと
  きこえたまうて
    世をいとふ心は山にかよへともやへたつ
  雲を君やへたつるあさりこの御つかひ
  をさきにたてゝかの宮にまいりぬなのめ
  なるきはのさるへき人のつかひたにまれ
  なる山かけにいとめつらしくまちよろこひ」13オ

  給て所につけたるさかななとしてさるかた
  にもてはやし給御返し
    あとたえて心すむとはなけれとも世
  をうち山にやとをこそかれひしりのかた
  をはひけしてきこえなし給へれは猶よに
  うらみのこりけるといとおしく御らむす
  あさり中将のたうしむふかけにものし給
  ふなとかたりきこえて法文なとの心えま
0007【法文なとの心えまほしき心さし】-宰相中将道心事(明融臨模本0029)
  ほしき心さしなんいはけなかりしよはひ
  よりふかくおもひなからえさらすよにあり」13ウ

  ふるほとおほやけわたくしにいとまなく
  あけくらしわさととちこもりてならひよみ
  おほかたはか/\しくもあらぬ身にしも
  世中をそむきかほならむもはゝかるへき
  にあらねとをのつからうちたゆみまきら
  はしくてなむすくしくるをいとありかたき
  御ありさまをうけたまはりつたへしより
  かく心にかけてなんたのみきこえさするな
  とねむころに申給ひしなとかたりきこ
  ゆ宮よのなかをかりそめのことゝおもひとり」14オ

  いとはしき心のつきそむる事もわか
  身にうれへあるときなへての世もうらめ
  しう思ひしるはしめありてなん道心もおこ
  るわさなめるをとしわかく世中おもふに
  かなひなにこともあかぬことはあらしとお
  ほゆる身のほとにさはた後の世をさへた
  とりしり給らんかありかたさこゝにはさへき
  にやたゝいとひはなれよとことさらに仏
  なとのすゝめおもむけたまふやうなるあり
  さまにてをのつからこそしつかなる思ひかな」14ウ

  ひゆけとのこりすくなき心ちするにはか/\
  しくもあらてすきぬへかめるをきしかたゆく
  すゑさらにえたる所なくおもひしらるゝ
  をかへりては心はつかしけなる法のともに
  こそはものし給なれなとのたまひてかたみ
  に御せうそこかよひみつからもまうて給ふ
  けにきゝしよりもあはれにすまひたまへる
0008【きゝしよりもあはれにすまひたまへるさま】-宰相中将対面宮事(明融臨模本0034)
  さまよりはしめていとかりなる草のいほり
  におもひなしことそきたりおなしき山さ
  とゝいへとさるかたにて心とまりぬへくのと」15オ

  やかなるもあるをいとあらましき水の
  をとなみのひゝきにものわすれうちし
  よるなと心とけて夢をたにみるへきほと
  もなけに
こくふきはらひたりひしり
  たちたる御ためにかゝるしもこそ心とま
  らぬもよほしならめ女君たちなに心ちし
  てすくし給らむよのつねの女しくなよひ
  たるかたはとをくやとおしはからるゝ御
  ありさまなり仏の御へたてにさうしはかり
  をへたてゝそおはすへかめるすき心あらむ」15ウ

  人はけしきはみよりて人の御心はえをも
  みまほしうさすかにいかゝとゆかしうもある
  御けはひなりされとさるかたをおもひはなる
  るねかひに山ふかくたつねきこえたるほひ
  なくすき/\しきなをさりことをうち
  いてあされはまむもことにたかひてやなと
  おもひかへして宮の御ありさまのいとあはれ
  なるをねむころにとふらひきこえたま
  ひたひ/\まいり給ひつゝおもひしやうに
  うはそくなからおこなふ山のふかき心法」16オ

  もんなとわさとさかしけにはあらていとよく
0009【いとよくのたまひしらす】-中将与宮法談事(明融臨模本0039)
  のたまひしらすひしりたつ人さえあるほう
  しなとはよにおほかれとあまりこは/\しう
  けとをけなるしうとくのそうつそう正の
0010【しうとく】-宿徳(明融臨模本40)
  きはゝ世にいとまなくきすくにてものゝ心
  をとひあらはさむもこと/\しくおほえ
  たまふまたその人ならぬ仏の御てしの
  いむことをたもつはかりのたうとさはあれと
  けはひいやしくこと葉たみてこちなけに
  ものなれたるいとものしくてひるはおほや」16ウ

  けことにいとまなくなとしつゝしめやかなる
  よひのほとけちかき御まくらかみなとに
  めしいれかたらひ給ふにもいとさすかに物む
  つかしうなとのみあるをいとあてにこゝろく
  るしきさましてのたまひいつることの葉
  もおなし仏の御をしへをもみゝちかき
  たとひにひきませいとこよなくふかき御
  さとりにはあらねとよき人はものゝ心をえ
  たまふかたのいとことにものしたまひけれ
  はやう/\みなれたてまつり給たひことに」17オ

  つねにみたてまつらほしうていとまなくなと
  して程ふるときは恋しくおほえ給この
  君のかくたうとかりきこえたまへれは
  れせい院よりもつねに御せうそこなとあり
  てとしころをとにもおさ/\きこえ給はす
  さひしけなりし御すみかやう/\人めみる
  とき/\ありふしにとふらいきこえ給こといか
  めしうこの君もまつさるへき事につけ
  つゝおかしきやうにもまめやかなるさま
  にも心よせつかうまつり給こと三年はかりに」17ウ

  なりぬ秋のすゑつかた四きにあてゝし給御
  念仏をこの河つらはあしろのなみもこの
  ころはいとゝみゝかしかましくしつかならぬを
  とてかのあさりのすむ寺のたうにうつろ
  ひたまひて七日のほとおこなひ給ふひめ
  君たちはいと心ほそくつれ/\まさりて
  なかめ給けるころ中将の君ひさしくまいら
0011【中将の君ひさしくまいらぬかなと】-中将向宇治事(明融臨模本0014)
  ぬかなと思ひいてきこえ給けるまゝにあり
  明の月のまた夜ふかくさしいつるほとにいて
  たちていとしのひて御ともに人なともなく」18オ

  てやつれておはしけり川のこなたなれは
  舟なともわつらはて御馬にてなりけり
  いりもてゆくまゝに霧ふたかりて道も見
  えぬしけきの中をわけ給ふにいとあらま
  しき風のきほひにほろ/\おちみたるゝ
  木葉の露のちりかゝるもいとひやゝかに人
  やりならすいたくぬれ給ひぬかゝるあり
  きなともおさ/\ならひたまはぬ心ちに
  心ほそくおかしくおほされけり
    山おろしにたえぬこの葉の露よりも」18ウ

  あやなくもろき我涙かな山かつのおとろ
  くもうるさしとてすいしんのをともせさ
  せ給はすしはのまかきをわけつゝそこは
  かとなき水のなかれともをふみしたくこま
  のあしをとも猶しのひてとようひし給
  へるにかくれなき御にほひそ風にしたかひ
  てぬししらぬかとおとろくねさめの家々あ
  りけるちかくなるほとにそのことゝもきゝ
  わかれぬものゝねともいとすこけにきこ
  ゆつねにかくあそひたまふときくをついて」19オ

  なくてみやの御ことのねのなたかきもえ
0012【みやの御ことのね】-中将聞比巴箏事(明融臨模本0048)
  きかぬそかしよきおりなるへしとおもひ
  つゝいり給へはひわのこゑのひゝきなりけり
  わうしきてうにしらへてよのつねの
  かきあはせなれと所からにやみゝなれぬ
  心ちしてかきかへすはちのおとも物きよ
  けにおもしろしさうのことあはれになまめひ
  たるこゑしてたえ/\きこゆしはしきか
  まほしきにしのひ給へと御けはひしるくき
  きつけてとのひ人めおのこなまかたくなし」19ウ

  きいてきたりしか/\なんこもりおはします
  御せうそこをこそきこえさせめと申すな
  にかしかかきりある御おこなひの程をまき
  らはしきこえさせむにあひなしかくぬ
  れぬれまいりていたつらにかへらむうれへを
  ひめ君の御かたにきこえてあはれとの給
  はせはなむなくさむへきとのたまへはみ
  にくきかほうちゑみて申させ侍らむとて
  たつをしはしやとめしよせてとしころ
  人つてにのみきゝてゆかしくおもふ御こと」20オ

  のねともをうれしきおりかなしはしす
  こしたちかくれてきくへきものゝくまあ
  りやつきなくさしすきてまいりよらむ
  ほとみなことやめ給ひてはいとほひなか
  らんとの給御けはひかほかたちのさるな
  をなをしき心ちにもいとめてたくかた
  しけなくおほゆれは人きかぬときはあけ
  くれかくなんあそはせとしも人にても宮
  このかたよりまいりたちましる人侍ると
  きはをともせさせ給はすおほかたかくて」20ウ

  女たちおはしますことをはかくさせ給ひ
  なへての人にしらせたてまつらしとおほ
  しのたまはするなりと申せはうちわらひ
  てあちきなき御ものかへしなりしかし
  のひ給ふなれとみな人ありかたき世のた
  めしにきゝいつへかめるをとの給てなを
  しるへせよわれはすき/\しき心なとな
  き人そかくておはしますらむ御ありさ
  まのあやしくけになへてにおほえ給
  はぬなりとこまやかにのたまへはあなかし」21オ

  こ心なきやうに後のきこえや侍らむとて
  あなたの御まへはたけのすいかひしこめて
  みなへたてことなるをゝしへよせたてまつ
  れり御ともの人はにしのらうによひすへて
  このとのゐ人あひしらふあなたにかよふへ
  かめるすひかひのとをすこしをしあけ
  て見給へは月おかしきほとに霧わたれる
  をなかめてすたれをみしかくまきあけて
  人/\ゐたりすのこにいとさむけに身ほ
  そくなえはめるわらはひとりおなしさ」21ウ

  まなるおとななとゐたりうちなる人一
  人はしらにすこしゐかくれてひはをま
  へにをきてはちをてまさくりにし
  つゝゐたるに雲かくれたりつる月のには
  かにいとあかくさしいてたれはあふきなら
  てこれしても月はまねきつへかりけり
  とてさしのそきたるかほいみしくらうた
  けににほいやかなるへしそひふしたる
  人はことのうへにかたふきかゝりている日を
0013【いる日をかへすはち】-返日撥事(明融臨模本0054)
  かへすはち
そありけれさまことにもおも」22オ

  ひをよひ給ふ御心かなとてうちわらひた
  るけはひいますこしおもりかによしつき
  たりをよはすともこれも月にはなるゝ
  物かはなとはかなきことをうちとけの給
  かはしたるけはひともさらによそに思ひ
  やりしにはにすいとあはれになつかしう
  おかしむかし物かたりなとにかたりつたへ
  てわかき女房なとのよむをもきくに
  かならすかやうの事をいひたるさしもあ
  らさりけむとにくゝおはしからるゝをけ」22ウ

  にあはれなる物のくまありぬへき世なりけり
  と心うつりぬへしきりのふかけれはさや
  かにみゆへくもあらす又月さしいてなんと
  おほすほとにおくのかたより人おはすと
  つけきこゆる人やあらむすたれおろし
  てみないりぬおとろきかほにはあらすな
  こやかにもてなしてやをらかくれぬるけ
  はひともきぬのをともせすいとなよら
  かに心くるしくていみしうあてにみやひ
  かなるをあはれとおもひ給ふやをらいて」23オ

  て京に御車ゐてまいるへく人はしらせ
  つありつるさふらひにおりあしくまいり
  侍にけれと中/\うれしくおもふことすこし
  なくさめてなむかくさふらふよしきこえ
  よいたうぬれにたるかこともきこえさせむ
  かしとのたまへはまいりてきこゆかくみえや
  しぬらんとはおほしもよらてうちとけたり
  つる事ともをきゝやしたまひつらむと
  いといみしくはつかしあやしくかうはし
  くにほふ風の吹つるをおもひかけぬほと」23ウ

  なれはおとろかさりける心をそさよと心
  もまとひてはちをはさうす御せうそこな
  とつたふる人もいとうゐ/\しき人なめる
  をおりからにこそよろつのこともとおほひ
  てまた霧のまきれなれはありつるみすの
  まへにあゆみいてゝつゐい給ふ山さとひたる
  わか人ともはさしいらへむことのはもお
  ほえて御しとねさしいつるさまもたと/\
  しけなりこのみすのまへにははしたなく
  侍りけりうちつけにあさき心はかりにては」24オ

  かくもたつねまいるましき山のかけちに
  おもふ給ふるをさまことにこそかく露け
  きたひをかさねてはさりとも御らむし
  しるらむとなんたのもしう侍といとまめや
  かにの給わかき人/\のなたらかにもの
  きこゆへきもなくきえかへりかゝやかし
  けなるもかたはらいたけれは女はらのおく
  ふかきをおこしいつるほとひさしく
  なりてわさとめひたるもくるしうてな
0014【くるしうて】-姉宮通言事(明融臨模本0064)
  にこともおもひしらぬありさまにてしりかほ」24ウ

  にもいかゝはきこゆへくといとよしありあて
  なるこゑしてひきいりなからほのかにのた
  まふかつしりなからうきをしらすかほなる
  もよのさかとおもふたまへしるをひとと
  ころしもあまりおほめかせ給らんこそくち
  おしかるへけれありかたうよろつをおもひ
  すましたる御すまゐなとにたくひき
  こえさせ給御心のうちはなにこともすゝし
  くをしはかられ侍れは猶かくしのひあ
  まり侍ふかさあさゝのほともわかせ給はん」25オ

  こそかひは侍らめよのつねのすき/\しき
  すちにはおほしめしはなつへくやさやう
  のかたはわさとすゝむる人侍りともなひく
  へうもあらぬ心つよさになんをのつからき
  こしめしあはするやうも侍りなんつれ/\
  とのみすくし侍よの物かたりもきこえ
  させ所にたのみきこえさせ又かく世はな
  れてなかめさせ給らん御心のまきらはし
  にはさしもおとろかさせたまふはかりきこえ
  なれ侍らはいかに思ふさまに侍らむなとおほ」25ウ

  くの給へはつゝましくいらへにくゝておこし
  つるおい人のいてきたるにそゆつりたまふ
0015【おい人のいてきたるに】-左女弁対面事(明融臨模本0069)
  たとしへなくさしすくしてあなかたしけ
  なやかたはらいたきおましのさまにも侍かな
  みすのうちにこそわかき人/\はものゝほと
  しらぬやうに侍こそなとしたゝかゝにいふ
  こゑのさたすきたるもかたはらいたく君
  たちはおほすいともあやしく世中に
  すまゐ給人のかすにもあらぬ御ありさま
  にてさもありぬへき人/\たにとふらひかす」26オ

  まへきこえ給もみえきこえすのみなり
  まさり侍めるにありかたき御心さしのほとは
  かすにも侍らぬ心にもあさましきまてお
  もひたまへ侍をわかき御心ちにもおほし
  しりなからきこえさせたまひにくきにや
  侍らむといとつゝみなくものなれたるも
  なまにくきものからけはひいたう人めきて
  よしあるこゑなれはいとたつきもしらぬ心ち
  しつるにうれしき御けはひにこそなに
  こともけにおもひしり給けるたのみこよ」26ウ

  なかりけりとてよりゐ給へるをき丁のそ
  はよりみれはあけほのゝやう/\ものゝ色わ
  かるゝにけにやつしたまへると見ゆる
  かりきぬすかたのいとぬれしめりたるほと
  うたてこの世のほかのにほひにやとあや
  しきまてかほりみちたりこのおい人は
  うちなきぬさしすきたるつみもやとお
  もふたまへしのふれとあはれなるむかしの
  御物かたりのいかならむついてにうちいて
  きこえさせかたはしをもほのめかししろ」27オ

  しめさせむととしころねんすのついてにも
  うちませおもふ給へわたるしるしにやうれ
  しきおりに侍をまたきにおほゝれ侍涙
  にくれてえこそきこえさせす侍けれとう
  ちわなゝくけしきまことにいみしくもの
  かなしと思へりおほかたさたすきたる人は
  涙もろなる物とは見きゝ給へといとかう
  しもおもへるもあやしうなり給てこゝに
  かくまいることはたひかさなりぬるをかくあは
  れしりたまへる人もなくてこそ露けき」27ウ

  みちのほとにひとりのみそほちつれうれ
  しきつゐてなめるをことなのこひたまひ
  そかしとのたまへはかゝるつゐてしも侍ら
  しかし又侍りとも夜のまのほとしらぬ命
  のたのむへきにも侍らぬをさらはたゝかゝる
  ふるもの世に侍けりとはかりしろしめされ
  侍らなむ三条の宮に侍しこしゝうはか
  なくなり侍にけるとほのきゝ侍しその
  かみむつましうおもふ給へしおなし程の
  人おほくうせ侍にける世のすゑにはる」28オ

  かなるせかいよりつたはりまうてきてこの
  いつとせむとせのほとなむこれにかくさ
  ふらひ侍しろしめさしかしこのころとう
  大納言と申なる御このかみの右衛門のかみ
  にてかくれ給にしはものゝつゐてなとにや
0016【ものゝつゐてなとにや】-弁語出権大納言問事(明融臨模本0075)
  かの御うへとてきこしめしつたふる事も
  侍らむすき給ていくはくもへたゝらぬ
  心ちのみし侍そのおりのかなしさもまた
  袖のかはくおり侍らすおもふたまへらるゝ
  をかくおとなしくならせ給にける御よ」28ウ

  はひのほとも夢のやうになんかの権大納言
  の御めのとに侍しは弁かはゝになむ侍しあ
  さ夕につかうまつりなれ侍しに人かすにも
  侍らぬ身なれと人にしらせす御心よりはた
  あまりけることをおり/\うちかすめのたま
  いしをいまはかきりになり給にし御やまひ
  のすゑつかたにめしよせていさゝかの給を
  くことなむ侍しをきこしめすへきゆへ
  なんひとこと侍れとかはかりきこえいて侍
  にのこりをとおほしめす御心侍らはのとか」29オ

  になんきこしめしはて侍へきわかき人/\
  もかたはらいたくさしすきたりとつき
  しろひ侍もことはりになむとてさすかに
  うちいてすなりぬあやしく夢かたりかむ
  なきやうのものゝとはすかたりすらむやう
  にめつらかにおほさるれとあはれにおほつ
  かなくおほしわたることのすちをきこゆ
  れはいとおくゆかしけれとけに人めもし
  けしさしくみにふる物かたりにかゝつら
  ひて夜をあかしはてむもちこ/\しかる」29ウ

  へけれはそこはかとおもひわくことはなきもの
  からいにしへの事ときゝ侍も物あはれになん
  さらはかならすこののこりきかせ給へ霧は
  れゆかははしたなかるへきやつれをおもな
  く御らんしとかめられぬへきさまなれはおも
  ふたまふる心のほとよりはくちおしうなむ
  とてたちたまふにかのおはしますてら
  のかねのこゑかすかにきこえてきりいと
  ふかくたちわたれりみねのやへ雲おもひ
  やるへたておほくあはれなるになをこの」30オ

  ひめ君たちの御心のうちとも心くるしう
  なにことをおほしのこすらむかくいとおく
  まりたまへるもことはりそかしなとおほゆ
    あさほらけ家路もみえすたつね
  こしまきのを山は霧こめてけり心ほそく
  も侍かなとたちかへりやすらひ給へるさま
  を宮この人のめなれたるたに猶いとこと
  におもひきこえたるをまいていかゝはめつら
  しうみきこえさらん御返きこえつたへ
  にくけにおもひたれはれいのいとつゝまし」30ウ

  けにて
    雲のゐる嶺のかけちを秋きりのいとゝ
  へたつるころにもあるかなすこしうちなけ
  ひたまへるけしきあさからすあはれなり
  なにはかりおかしきふしはみえぬあたり
  なれとけにこゝろくるしきことおほかる
  にもあかうなりゆけはさすかにひたおもて
  なる心ちして中/\なるほとにうけたま
  はりさしつることおほかるのこりはいます
  こしおもなれてこそはうらみきこえさす」31オ

  へかめれさるはかく世の人めひてもてなし
  給へくは思はすに物おほしわかさりけりと
  うらめしうなんとてとのゐ人かしつらひ
  たるにしおもてにおはしてなかめ給ふあし
  ろは人さはかしけなりされとひをもよらぬ
  にやあらむすさましけなるけしき
  なりと御ともの人/\みしりていふあやし
  き舟ともにしはかりつみをの/\なにと
  なき世のいとなみともにゆきかふさまとも
  のはかなき水のうへにうかひたるたれもお」31ウ

  もへはおなしことなるよのつねなさなり
  われはうかはすたまのうてなにしつけ
  き身とおもふへき世かはとおもひつゝけ
0017【おもひつゝけらる】-遣状於姫君事(明融臨模本0083)
  らるすゝりめしてあなたにきこえ給ふ
    橋ひめの心をくみてたかせさすさほ
  のしつくに袖そぬれぬるなかめ給ふらむ
  かしとてとのひ人にもたせたまへりいと
  さむけにいらゝきたるかほしてもてま
  いる御かへりかみのかなとおほろけならむは
  はつかしけなるをときをこそかゝるお」32オ

  りにはとて
    さしかへるうちの河おさあさ夕のし
  つくや袖をくたしはつらむ身さへうき
  てといとおかしけにかき給へりまおにめ
  やすくもものし給けりと心とまりぬれ
  と御車ゐてまいりぬと人/\さはかしきこ
  ゆれはとのゐ人はかりをめしよせてかへり
  わたらせたまはむほとにかならすまいるへ
  しなとのたまふぬれたる御そともは
  みなこの人にぬきかけ給ひてとりにつ」32ウ

  かはしつる御なをしにたてまつりかへつお
  い人の物かたり心にかゝりておほしいてらる
  おもひしよりはこよなくまさりておかしかり
  つる御けはひともおも影にそひて猶おも
  ひはなれかたき世なりけりと心よはく思し
  らる御ふみたてまつり給ふけさうたちて
  もあらすしろきしきしのあつこえたる
  にふてひきつくろひえりてすみつ
  きみところありてかき給ふうちつけなる
  さまにやとあひなくとゝめ侍てのこりお」33オ

  ほかるもくるしきわさになむかたはし
  きこえをきつるやうにいまよりはみすの
  まへも心やすくおほしゆるすへくなむ御
  山こもりはて侍らむ日かすもうけたまはり
  をきていふせかりしきりのまよひもはる
  け侍らむなとそいとすくよかにかき給へる
  さこんのそうなる人御つかひにてかのおい
  人たつねてふみもとらせよとのたまふ
  とのひ人かさむけにてさまよひしなとあ
  はれにおほしやりておほきなるひはりこ」33ウ

  やうのものあまたせさせ給ふまたの日かの御
  てらにもたてまつり給ふ山こもりのそうとも
0018【たてまつり給ふ】-送物事(明融臨模本0087)
  この比のあらしにはいと心ほそくくるしか
  らむをさておはしますほとのふせ給ふ
  へからんとおほしやりてきぬわたなとおほ
  かりけり御おこなひはてゝいてたまふあし
  たなりけれはをこなひ人ともにわたきぬ
  けさ衣なとすへてひとくたりのほとつ
  つあるかきりの大とこたちに給ふとのゐ
  人か御ぬきすてのえむにいみしきかり」34オ

  の御そともえならぬしろきあやの御そ
  のなよ/\といひしらすにほへるをうつし
  きて身をはたえかへぬもなれはにつかは
  しからぬ袖のかを人ことにとかめられめ
  てらるゝなむ中/\所せかりける心に
  まかせて身をやすくもふるまはれすい
  とむくつけきまて人のおとろくにほひ
  をうしなひてはやとおもへと所せき人の
  御うつりかにてえもすゝきすてぬそあま
  りなるや君はひめ君の御返こといとめや」34ウ

  すくこめかしきをおかしく見給ふ宮にも
  かく御せうそこありきなと人/\きこえ
  させ御らむせさすれはなにかはけさうたち
  てもてなひ給はむも中/\うたてあら
  むれいのわか人にゝぬみ心はえなめるをな
  からむ後もなとひとことうちほのめかし
  てしかはさやうにて心そとめたらむなと
  の給けり御みつからもさま/\の御とふらひ
  の山のいはやにあまりしことなとのたま
0019【のたまへるにまうてんと】-語宇治宮事於三宮事(明融臨模本0092)
  へるにまうてんとおほして三の宮のかやう」35オ

  におくまりたらむあたりの見まさりせむ
  こそおかしかるへけれとあらましことにたに
  のたまふ物をきこえはけまして御心さは
  かしたてまつらむとおほしてのとやかなる
  夕くれにまいり給へりれいのさま/\なる
  御物かたりきこえかはし給ふついてにうち
  の宮の御事かたりいてゝみしあか月のあり
  さまなとくはしくきこえ給ふに宮いと
  せちにおかしとおほひたりされはよと御け
  しきをみていとゝ御心うこきぬへくいひ」35ウ

  つゝけたまふさてそのありけんかへりことは
  なとかみせ給はさりしまろならましかは
  とうらみ給ふさかしいとさま/\御らむす
  へかめるはしをたにみせさせたまはぬかのわ
  たりはかくいともむもれたる身にひき
  こめてやむへきけはひにも侍らねはかなら
  す御らむせさせはやとおもひ給れといか
  てかたつねよらせ給へきかやすきほと
  こそすかまほしくはいとよくすきぬへ
  きよに侍りけれうちかくろへつゝおほか」36オ

  めるかなさるかたにみところありぬへき女
  のもの思はしきうちしのひたるすみか
  とも山里めひたるくまなとにをのつから
  侍へかめりこのきこえさするわたりはいとよ
  つかぬひしりさまにてこち/\しうそあら
  むととしころ思あなつり侍てみゝをたに
  こそとゝめ侍らさりけれほのかなりし月影
  の見をとりせすはまをならんはやけはひ
  ありさまはたさはかりならむをそあらまほ
  しきほとゝはおほえ侍へきなときこえ」36ウ

  たまふはて/\はまめたちていとねたく
  おほろけの人に心うつるましき人のかく
  ふかくおもへるをおろかならしとゆかし
  うおほすことかきりなくなり給ひぬなを
  また/\よくけしき見たまへと人をす
  すめ給てかきりある御身のほとのよたけ
  さをいとはしきまて心もとなしとおほし
  たれはおかしくていてやよしなくそ侍し
  はし世中に心とゝめしと思ふ給るやうある
  身にてなをさりこともつゝましう侍を」37オ

  心なからかなはぬ心つきそめなはおほきに
  おもひにたかふへきことなむ侍へきとき
  こえ給へはいてあなこと/\しれひのおとろ
  おとろしきひしりことは見はてゝし
  かなとてわらひ給ふ心のうちにはかのふる
  人のほのめかししすちなとのいとゝうち
  おとろかれて物あはれなるにおかしとみる
  こともめやすしときくあたりもなには
  かり心にもとまらさりけり十月になりて
  五六日のほとにうちへまうてたまふあ」37ウ

  しろをこそこの比は御らむせめときこゆる
  人/\あれとなにかそのひをむしにあらそ
0020【ひをむし】-[虫+秀]ヒヲムシ 蜉蝣イ(明融臨模本0104)
  ふ心にてあしろにもよらむとそきすて
  給てれいのいとしのひやかにていてたち
  給かろらかにあしろくるまにてかとりの
  なをしさしぬきぬはせてことさらひき
  給へり宮まちよろこひ給て所につけたる
  御あるしなとおかしうしなしたまふくれ
  ぬれはおほとなふらちかくてさき/\見
  さしたまへるふみとものふかきなとあさり」38オ

  もさうしおろしてきなといはせ給ふ・う
0021【きなといはせ給ふ】-義
  ちもまとろます河かせのいとあらまし
  きに木葉のちりかふをと水のひゝき
  なとあはれもすきて物おそろしく心ほ
  そき所のさまなりあけかたちかくなり
  ぬらんと思ふほとにありししのゝめおも
  ひいてられて琴のねのあはれなること
  のついてつくりいてゝさきのたひの霧に
  まとはされ侍し明ほのにいとめつらしき
  ものゝねひとこゑうけたまはりしのこり」38ウ

  なむ中/\にいといふかしうあかすおもふ
  たまへらるゝなときこえたまふ色をも
  かをもおもひすてゝし後むかしきゝし
  こともみなわすれてなむとのたまへと人
  めして琴とりよせていと月なくなり
0022【いと月なく】-宮法談之比召楽器事(明融臨模本0110)
  にたりやしるへするものゝねにつけて
  なんおもひいてらるへかりけるとてひわ
  めしてまらうとにそゝのかし給ふとり
  てしらへたまふさらにほのかにきゝ侍
  しおなしものとも思ふたまへられ」39オ

  さりけり御ことのひゝきからにやとこそ
  おもふたまへしかとて心とけてもかき
  たてたまはすいてあなさかなやしか御み
  みとまるはかりのてなとはいつくよりか
  こゝまてはつたはりこむあるましき御
  ことなりとてきむかきならしたまへる
  いとあはれに心すこしかたへはみねのまつ
  風のもてはやすなるへしいとたと/\
  しけにおほめき給て心はえありてひと
  つはかりにてやめたまひつこのわたりに」39ウ

  おほえなくており/\ほのめくさうのこと
  のねこそ心えたるにやときくおり侍れ
  と心とゝめてなともあらてひさしうなり
  にけりや心にまかせてをの/\かきなら
  すへかめるは川なみはかりやうちあはすら
  むろなうものゝようにすはかりのはう
  しなともとまらしとなむおほえ侍と
  てかきならし給へとあなたにきこえ
  たまへとおもひよらさりしひとりこと
  をきゝ給ひけんたにある物をいとかた」40オ

  はならむとひきいりつゝみなきゝ給は
  すたひ/\そゝのかしたまへととかく
  きこえすさひてやみ給ひぬめれはいと
  くちおしうおほゆそのついてにもかく
  あやしうよつかぬおもひやりにてすく
  すありさまとものおもひのほかなる事
  なとはつかしうおほひたり人にたにいか
  てしらせしとはくゝみすくせとけふ
  あすともしらぬ身ののこりすくなさに
  さすかにゆくすゑとをき人はおちあふ」40ウ

  れてさすらへん事これのみこそけに
  よをはなれんきはのほたしなりけれと
  うちかたらひ給へは心くるしうみたてま
  つりたまふわさとの御うしろみたちは
  かはかしきすちには侍すともうと/\
  しからすおほしめされんとなむおもふた
  まふるしはしもなからへ侍らむいのちの程
  はひとこともかくうちいてきこえさせ
  てむさまをたかへ侍ましくなむなと
  申給へはいとうれしきことゝおほしの」41オ

  の給さてあか月かたの宮の御おこなひ
  したまふほとにかのおい人めしいてゝあひた
  まへりひめ君の御うしろみにてさふらはせ
  給ふ弁の君とそいひける年も六十に
  すこしたらぬほとなれとみやひかにゆへ
  あるけはひして物なときこゆ古権大納言
0023【古権大納言の君の】-弁達故大納言遺言事(明融臨模本0121)
  の君のよとともにものをおもひつゝや
  まひつきはかなくなりたまひにしあり
  さまをきこえいてゝなくことかきりなしけ
  によその人のうへときかむたにあはれ」41ウ

  なるへきふることゝもをましてとしこ
  ろおほつかなくゆかしういかなりけんこと
  のはしめにかと仏にもこの事をさたかに
  しらせ給へとねんしつるしるしにやかく
  夢のやうにあはれなるむかしかたりをおほ
  えぬついてにきゝつけつらむとおほすに
  涙とゝめかたかりけりさてもかくそのよの
  心しりたる人ものこりたまへりけるをめつ
  らかにもはつかしうもおほゆることの
  すちに猶かくいひつたふるたくひや又も」42オ

  あらむとしころかけてもきゝをよはさり
  けるとのたまへはこしゝうと弁とはなち
  てまたしる人侍らしひとことにてもまた
  ことひとにうちまねひ侍らすかくものは
  かなくかすならぬ身のほとに侍れとよる
  ひるかの御かけにつきたてまつりて侍し
  かはをのつからものゝけしきをもみたて
  まつりそめしに御心よりあまりておほし
  ける時々たゝふたりのなかになんたまさかの
  御せうそこのかよひも侍しかたはらいたけ」42ウ

  れはくはしくきこえさせすいまはの
  とちめになり給ていさゝかのたまいをく
  ことの侍しをかゝる身にはをき所なくい
  ふせくおもふ給へわたりつゝいかにしてかはき
  こしめしつたふへきとはか/\しからぬ
  念すのついてにも思ふたまへつるを仏は
  世におはしましけりとなんおもふたまへ
  しりぬる御らむせさすへきものも侍りいま
  はなにかはやきもすて侍なむかくあさ
  夕のきえをしらぬ身のうちすて侍なは」43オ

  うちゝるやうもこそといとうしろめたく
  おもふたまふれとこの宮わたりにもとき
  ときほのめかせたまふをまちいてたて
  まつりてしはすこしたのもしくかゝるお
  りもやとねんし侍へるちかくいてまうて
  きてなむさらにこれはこの世のことにも
  侍らしとなく/\こまかにむまれたまひ
  けるほとのこともよくおほえつゝきこゆ
  むなしうなり給しさはきにはゝに侍し
  人はやかてやまひつきてほともへすかく」43ウ

  れ侍にしかはいとゝおもふたまへしつみふち
  衣たちかさねかなしきことをおもひたま
  へし程にとしころよからぬ人の心をつけ
  たりけるか人をはかりこちてにしのうみ
  のはてまてとりもてまかりにしかは京
  のことさへあとたえてその人もかしこに
  てうせ侍にし後とゝせあまりにてなん
  あらぬよの心ちしてまかりのほりたりし
  をこの宮はちゝかたにつけてわらはよ
  りまいりかよふゆへ侍しかはいまはかう世に」44オ

  ましらふへきさまにも侍らぬをれせい院
  の女御殿の御かたなとこそはむかしきゝな
  れたてまつりしわたりにてまいりよるへく
  侍しかとはしたなくおほえ侍てえさし
  いて侍らてみ山かくれのくち木になりに
  て侍なりこしゝうはいつかうせ侍にけんそ
  のかみのわかさかりと見侍し人はかすゝく
  なくなり侍にけるすゑのよにおほくの
  人にをくるゝいのちをかなしくおもひ給
  へてこそさすかにめくらひ侍れなとき」44ウ

  こゆるほとにれひのあけはてぬよしさ
  らはこのむかし物かたりはつきすへく
  なんあらぬまた人きかぬ心やすき所にて
  きこえんしゝうといひし人はほのかに
  おほゆるはいつゝむつはかりなりし程に
  やにはかにむねをやみてうせにきとなむ
  きくかゝるたひめむなくはつみおもき
  身にてすきぬへかりける事なとのた
  まふさゝやかにおしまきあわせたるほく
  とものかひくさきをふくろにぬひいれ」45オ

  たるとりいててたてまつるおまへにて
  うしなはせ給へわれなをいくへくもあらす
  なりにたりとのたまはせてこの御ふみ
  をとりあつめてたまはせたりしかはこ
  しゝうにまたあひ見侍らむついてに
  さたかにつたへまいらせむとおもひた
  まへしをやかてわかれ侍にしもわたくし
  ことにはあかすかなしうなんおもふ給ふると
  きこゆつれなくてこれはかくいたまいつか
  やうのふる人はとはすかたりにやあやしき」45ウ

  ことのためしにいひいつらむとくるしく
  おほせとかへす/\もちらさぬよしをち
  かひつるさもやとまたおもひみたれたまふ
  御かゆこはいひなとまいりたまふ昨日は
  いとまひなりしをけふはうちの御物いみも
  あきぬらん院の女一の宮なやみ給ふ御
  とふらひにかならすまいるへけれはかた/\
  いとまなく侍をまたこのころすくして
  山のもみち散らぬさきにまいるへきよしき
  こえたまふかくしはしはたちよらせたま」46オ

  ふひかりに山のかけもすこしものあきら
  むる心ちしてなんなとよろこひきこえ
  たまふかへり給ひてまつこのふくろをみ
  給へはからのふせむれうをぬひて上と
  いふもしをうへにかきたりほそきくみして
  くちのかたをゆひたるにかの御名のふう
  つきたりあくるもおそろしうおほえたま
  ふ色/\のかみにてたまさかにかよひける
  御ふみの返こといつゝむつそあるさてはかの
  御てにてやまひはおもくかきりになり」46ウ

  にたるにまたほのかにもきこえむことかたく
  なりぬるをゆかしうおもふことはそひに
  たり御かたちもかはりておはしますらむか
  さま/\かなしきことをみちのくにかみ
  五六枚につふ/\とあやしきとりのあ
  とのやうにかきて
    めのまへにこの世をそむく君よりも
  よそにわかるゝ玉そかなしき又はしに
  めつらしくきゝ侍るふた葉のほともう
  しろめたうおもふたまふるかたはなけれと」47オ

    命あらはそれともみまし人しれぬ
  岩ねにとめし松のおいすゑかきさし
  たるやうにいとみたりかはしうてこしゝう
  の君にとうへにはかきつけたりしみといふ
  むしのすみかになりてふるめきたるかひ
  くさゝなからあとはきえすたゝいまかき
  たらんにもたかはぬことの葉とものこま/\
  とさたかなるを見給ふにけにうちゝり
  たゝましよとうしろめたういとおしき
  事ともなりかゝること世にまたあらむ」47ウ

  やと心ひとつにいとゝ物思はしさそひて
  うちへまいらむとおほしつるもいてたゝ
  れす宮のおまへにまいり給へれはいとなに
  心もなくわかやかなるさまし給ひて経
  よみたまふをはちらひてもてかへし給
  へりなにかはしりにけりともしられたて
  まつらむなとこゝろにこめてよろつに
  おもひゐたまへり」48オ

(白紙)」48ウ

【奥入01】一還城楽陵王をあやふめむとす日の
    くるゝにはちして日をむまにかきかへす
    といふ事也くはしくしらす
    此等事可否難弁
    史記
    魯陽以戈廻落日事歟(戻)
    同時哥歟不可為証哥歟
【奥入02】宇治河の浪の枕に夢さめてよるははし
      ひめいやねさるらん(戻)」49オ

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