早蕨(大島本) First updated 3/31/2002(ver.1-1)
Last updated 5/29/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

早蕨

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「さわらひ」(題箋)

  やふしわかねは・春のはひかりを見給につ
【付箋01】-\<朱合点> 「古今<墨> 日の光やふしわかねハいその/かみ/ふりにしさとに花もさきけり<朱>」(古今870・古今六帖276、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0001【やふしわかねは】-中君の御ありさま
  けても・いかてかくなからへるにける月日なら
  むと・夢のやうにのみおほえ給・行かふとき/\
  にしたかひ・花とりの色をもねをも・おなし
  心におきふし見つゝ・はかなきことをも・
  もとすゑをとりて・いひかはし心ほそき
0002【もとすゑをとりて】-神楽譜本末の拍子あり哥なとよむに上句下句をいひかハす事也
  世のうさもつらさも・うちかたらひあはせ
  きこえしにこそ・なくさむかたもありし
  か・おかしきことあはれなるふしをも・きゝ
  しる人もなきまゝに・よ(よ&よ)ろつかきくらし」1オ

  心ひとつをくたきて・宮のおはしまさすなり
  にしかなしさよりも・やゝうちまさりて・
  こひしくわひしきに・いかにせむと・あけ
  くるゝもしらす・まとはれたまへと・世にと
  まるへき程はかきりあるわさなりけれは・しな
  れぬもあさまし・あさりのもとより・とし
0003【としあらたまりて】-文のことは
  あらたまりては・なにことかおはしますらん・
  御いのりはたゆみなく・つかうまつり侍り・いま
  はひとゝころの御ことをなむ・やすからす
  ねんしきこえさするなと・きこえて・わら」1ウ

  ひ・つく/\し・おかしきこにいれて・これはわら
  はへのくやうして侍はつをなりとて・たて
  まつれり・てはいとあしうて・うたはわさとか
  ましく・ひきはなちてそかきたる
    君にとてあまたの春をつみしかは
0004【君にとて】-阿闍梨<右> 兼輔集都にハみるへき人もなき物をつねを思ひて春やきぬらん三条右大臣<左>(兼輔集116、花鳥余情・休聞抄・岷江入楚)
  つねをわすれぬはつわらひなり御前に
  よみ申さしめ給へとあり・たいしとおもひ
  まはして・よみいたしつらむとおほせは・う
  たの心はえもいとあはれにて・なをさりに
  さしもおほさぬなめりと・見ゆることの」2オ

  はを・めてたくこのましけに・かきつくし
  給へる人の御文よりは(は=もイ)・こよなくめとまりて・
  涙もこほるれは・返事かゝせ給
    この春はたれにか見せむなき人の
0005【この春は】-中君
  かたみにつめる嶺のさわらひつかひにろく
  とらせさせ給・いとさかりににほひおほくお
  はする人のさま/\の御物おもひに・すこし
  うちおもやせ給へる・いとあてになまめかし
  き気色まさりて・昔人にもおほえたま
  へり・ならひ給へりしおりは・とり/\にて」2ウ

  さらににたまへりとも・見えさりしを・うち
  わすれてはふとそれかとおほゆるまて・かよひ
  給へるを・中納言とのゝ・からをたにとゝめて
  見たてまつる物ならましかはと・あさゆふに
  こひきこえ給めるに・おなしくは・見えたて
  まつり給・御すくせならさりけむよと・み
  たてまつる・人/\はくちおしかる・かの御あた
  りの人のかよひくるたよりに・御ありさ
  まはたえすきゝかはし給ひけり・つきせ
  すおもひほれ給て・あたらしきとしとも」3オ

  いはす・いやめになむなり給へると・きゝ給
  ても・けにうちつけの心あさゝには・もの
  し給はさりけりと・いとゝいまそあはれもふ
  かく思ひしらるゝ・宮はおはしますことの・
  いとところせくありかたけれは・京にわたし
  きこえむと・おほしたちにたり・ないえんな
  と物さはかしきころすくして・中納言の君
  心にあまることをも・またたれにかはかたら
  はむとおほしわひて・兵部卿の宮の御方
  にまいり給へり・しめやかなる夕くれなれは・」3ウ

  宮うちなかめ給て・はしちかくそおはしまし
  ける・さうの御ことかきならしつゝ・れいの
  御心よせなるむめのかを・めておはするし
  つえを・おしおりてまいり給へるにほひ
  のいとえんにめてたきをおりおかしう
  おほして
    おる人の心にかよふはななれや色
0006【おる人の】-にほふ 中の君のことをおもひよせ侍り
  にはいてすしたににほへるとの給へは
    見る人にかことよせけるはなのえを
0007【見る人に】-中納言
  心してこそおるへかりけれわつらはしく」4オ
0008【心してこそ】-後ー 大方にをく白露も今よりハ心してこそみるへかりけれ(後撰291・是則集12、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)

  と・たはふれかはし給へる・いとよき御あは
  ひなり・こまやかなる御物かたりともに
  なりては・かの山さとの御ことをそ・まつは
  いかにとみやはきこえ給・中納言もす
  きにしかたのあかすかなしきこと・その
  かみよりけふまておもひのたえぬよし
  おり/\につけて・あはれにもおかしくも・
  なきみわらひみとかいふらむやうに・
  きこえいて給に・ましてさはかりいろめか
  しく涙もろなる御くせは・人の御うへにて」4ウ
0009【人の御うへにてさへ】-\<朱合点> 古今 我身からうき世の中と歎つゝ人のうへさへかなしかるらん(古今960、異本紫明抄・花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  さへ・そてもしほるはかりになりて・かひ/\し
  くそあひしらひきこえ給める・そらの気
  色も・又けにそあはれしりかほに・かすみわ
  たれる・よるになりて・はけしう吹いつる・
  風のけしきまたふゆめきて・いとさむけ
  に・おほとなふらもきえつゝ・やみはあやなき
0010【やみはあやなき】-\<朱合点>
  たと/\しさなれと・かたみに・きゝさし給へ
  くもあらす・つきせぬ御ものかたりを・えはる
  けやり給はて・夜もいたうふけぬ・世にためし
  ありかたかりける・なかのむつひを・いてさり」5オ

  とも・いとさのみはあらさりけむと・のこりあ
  りけに・とひなし給そ・わりなき御心な
  らひなめるかし・さりなからも物に心え給
  ひて・なけかしき心のうちも・あきらむはか
  り・かつはなくさめ・またあはれをもさまし・
0011【さまし】-詞 増
  さま/\にかたらひ給ふ・御さまのおかしき
  にすかされたてまつりて・けに心にあまる
  まて・おもひむすほるゝことゝも・すこし
  つゝかたりきこえ給そ・こよなくむねのひ
  まあく心ちし給ふ・宮もかの人ちかくわた」5ウ

  しきこえてんとする程のこととも・かたらひ
  きこえ給を・いとうれしきことにも侍か
  な・あいなく身つからのあやまちとなん
  思ふたまへらる(△△&らる)ゝ・あかぬむかしのなこり
  を・またたつぬへきかたも侍らねは・おほ
  かたにはなにことにつけても・心よせきこ
  ゆへき人となんおもふたまふるを・もし
  ひなくや・おほしめさるへきとて・かのこと
  人となおもひわきそと・ゆつり給し・心を
  きてをも・すこしはかたりきこえたまへと・」6オ

  いはせのもりのよふことりめいたりし・よの
0012【いはせのもりの】-\<朱合点> いはせの森のよふこ鳥の事しかとかなひたる古哥侍らすと岩田森とかける本もありと<右> 古今 恋しくハきても見よかし人つてにいはせの杜のよふこ鳥かも(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)引哥ニ合薫ニ中君事を姉ノ云置シ事ヲハ匂ニ語共会合ノ事をいふ語心也
  ことはのこし(し+たり)けり・心のうちには・かくなくさ
  めかたき・かたみにも・けにさてこそ・かやう
  にも・あつかひきこゆへかりけれと・くやし
  きこと・やう/\まさりゆけと・いまはかひ
  なきものゆへ・つねにかうのみ・おもはゝ・ある
  ましき心もこそいてくれ・たかためにもあ
  ちきなく・おこかましからむと思はなる・
  さてもおはしまさむにつけても・まことに
  思ひうしろ見きこえんかたは・またゝれかは」6ウ

  とおほせは・御わたりのことゝもゝ・心まうけ(け+せ<朱>)さ
  せ給かしこにもよきわか人・わらはなとも
  とめて・人/\は心ゆきかほにいそき思ひた
  れと・いまはとてこのふしみを・あらしは
0013【いまはとて】-\<朱合点>
0014【ふしみをあらしはてむ】-\<朱合点> かくしつゝ我世ハへなんすか原や伏見の里のあれまくもおし(古今981・古今六帖1288、花鳥余情・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄孟津抄・花屋抄・岷江入楚)宇治ふる宮をあらさん事をいはんとてなり
  てむも・いみしく心ほそけれは・なけかれ
  給ことつきせぬを・さりとても又せめて心こ
  はくたえこもりても・たけかるましくあ
  さからぬ中の契も・たえはてぬへき
  御すまゐを・いかにおほしえたるそとのみ・
  うらみきこえ給も・すこしはことはりなれ」7オ

  は・いかゝすへからむと・思ひみたれ給へり・きさら
  きのついたちころとあれは・ほとちかく
  なるまゝに・花の木とものけしきはむ
  も・のこりゆかしく・みねのかすみのたつを
【付箋02】-\<朱合点> 「古 春かすみたつをみすてゝ行かりハ/花なきさとにすみやならへる<朱>」(古今31・新撰和歌35・古今六帖4374・和漢朗詠326・伊勢集303、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  みすてんことも・をのかとこよにてたに・あら
  ぬたひねにて・いかにはしたなく人わら
  はれなることもこそなと・よろつにつゝまし
  く・心ひとつにおもひあかしくらし給ふ・御
  ふくもかきりあることなれは・ぬきすて給ふ
0015【ふくもかきりあること】-姉服三ケ月
  に・みそきもあさき心ちそする・おやひと」7ウ
0016【みそき】-解除
0017【あさき心ち】-軽服を川の瀬にたとふ

  ところは・見たてまつらさりしかは・こひしき
  ことはおもほえす・その御かはりにも・このたひ
  の衣を・ふかくそめむと・心にはおほしの給へと・
  さすかにさるへきゆへもなきわさなれは・あか
  すかなしきことかきりなし・中納言殿より
  御くるま御前の人/\・はかせなとたてまつれ
0018【はかせ】-太刀
  給へり
    はかなしやかすみのころもたちしまに
0019【はかなしや】-かほる
0020【かすみのころも】-服
  花のひもとくおりもきにけりけにいろ/\・
0021【ひもとく】-除服事
  いときよらにて・たてまつれ給へり・御わたり」8オ

  のほとのかつけ物ともなと・こと/\しから
  ぬものから・しな/\にこまやかにおほしやり
  つゝ・いとおほかり・おりにつけては・わすれぬ
  さまなる御心よせの・ありかたくはらからなと
  も・えいとかうまては・おはせぬわさそなと・
  人/\はきこえしらす・あさやかならぬふる
  人ともの心には・かゝるかたを心にしめてきこ
  ゆ・わかき人は時/\も・見たてまつりなら
  ひて・いまはと・ことさまになりたまはむを・
  さう/\しく・いかにこひしくおほえさせ」8ウ

  給はむと・きこえあへり身つからは・わたり
  給はんことあすとての・また・つとめておはし
  たり・れいのまらうとゐのかたに・おはするに
  つけても・いまはやう/\ものなれて・われこそ人
  よりさきにかうやうにも・思ひそめしかな
  とありしさまのたまひし心はえを・思いて
  つゝ・さすかにかけはなれ・ことのほかになと
  は・はしたなめ給はさりしを・我心もてあ
  やしうもへたゝりにしかなと・むねい
  たく思ひつゝけられ給・かいは(は#ま<朱>)みせし・さ」9オ

  うしのあなも・思ひいてらるれは・よりてみ
  給へと・このなかをは・おろしこめたれは・いと
  かひなしうちにも・人/\思ひいて・きこえ
  つゝ・うちひそみあへり・中の宮はまして・も
  よほさるゝ御涙のかはに・あすのわたりもお
0022【御涙のかはにあすのわたりも】-明日京へわたり給はん事を川によせていふ
  ほえ給はす・ほれ/\しけにて・なかめふし
  給へるに・月ころのつもりも・そこはかとな
  けれと・いふせく思たまへらるゝを・かたはしも
  あきらめきこえさせて・なくさめ侍らは
  や・れいのはしたなくな・さしはなたせ」9ウ

  給ひそ・いとゝあらぬ世の心ちし侍りと・きこえ
  給へれは・はしたなしと・おもはれたてまつ
  らむとしも・おもはねと・いさや心ちもれい
  のやうにもおほえす・かきみたりつゝ・いとゝ
  はか/\しからぬ・ひかこともやと・つゝまし
  うてなと・くるしけにおほいたれと・いとおし
  なとこれかれきこえて・なかのさうしのく
  ちにて・たいめむし給へり・いと心はつかしけ
  に・なまめきて・又このたひはねひまさり給
  ひにけりと・めもおとろくまて・にほひおほく・」10オ

  人にもにぬよういなと・あなめてたのひと
  やとのみ見え給へるを・ひめみやはおもかけさ
0023【おもかけ】-故姫
  らぬ人の御ことをさへ・おもひいてきこえ給
  に・いとあはれとみたてまつり給・つきせぬ御
  ものかたりなとも・けふはこといみすへくやな
  といひさしつゝ・わたらせ給へきところちか
  く・このころすくして・うつろひ侍へけれは・よ
0024【うつろひ侍へけれは】-三条宮造出て薫渡
  なかあか月と・つき/\しき人のいひ侍める・
  なにことのおりにも・うとからすおほしの
  たまはせは・世に侍らむかきりは・きこえさせ」10ウ

  うけたまはりて・すくさまほしくなん
  侍るを・いかゝはおほしめすらむ・人の心さま/\
  に侍世なれは(は$は<朱>)・あいなくやなと・ひとかたに
  も・えこそおもひ侍らねと・きこえ給へは・
  やとをは・かれしと思心ふかく侍を・ちかく
0025【やとをはかれし】-\<朱合点> 古今 今そしるくるしき物と人またん宿をハかれすとふへかりけり<右>(古今969・新撰和歌303・古今六帖1290・業平集65・伊勢物語89、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 中務集 花のかの妻をわすれぬ春ことに宿をかれにし君をしそ思ふ<左>(出典未詳、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  なとのたまはするにつけても・よろつに
  みたれ侍りて・きこえさせやるへきかたも
  なくなと・所/\いひけちて・いみしく
  ものあはれとおもひ給へるけはひなと・いとよう
  おほえ給へるを・心からよそのものに見なし」11オ

  つると・いとくやしく思ひゐたまへれと・かひ
  なけれは・そのよのことかけてもいはす・わすれ
  にけるにやと見ゆるまて・けさやかにもて
  なし給へり・御前ちかきこうはいの色も・かも
  なつかしきにうくひすたに・見すくし
  かたけにうちなきてわたるめれは・まして
  はるやむかしのと・心をまとはし給ふとち
【付箋03】-\<朱合点> 「月やあらぬ春や昔のはるならぬ/我身ひとつハもとの身にして<朱>」(古今747・古今六帖2904・業平集37・伊勢物語5、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  の御物かたりに・おりあはれなりかし・風のさと
  吹いるゝに・はなのかもまら人の御にほひも・た
0026【たちはなゝらねと】-\<朱合点>
  ちはなゝらねと・むかし思ひいてゝ(ゝ$ら<朱>)るゝつ」11ウ

  まなり・つれ/\のまきらはしにも・世のうき
  なくさめにも・心とゝめて・もてあそひ給ひ
  しものをなと・心にあまり給へは
    見る人もあらしにまよふやまさとに
0027【見る人も】-中君
  むかしおほゆる花のかそするいふともなく
  ほのかにて・たえ/\きこえたるをなつ
  かしけにうちすんしなして
    袖ふれし梅はかはらぬにほひにて
0028【袖ふれし】-かほる
  ねこめうつろふやとやことなるたえぬ
0029【ねこめうつろふ】-後 垣越にちりける花を見るよりハねこめに風のふきもこさなん伊せ(後撰85、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  涙を・さまよくのこひかくして・ことおほ」12オ

  くもあらす・またもなをかやうにてなむ・
  なにことも・きこえさせよかるへきなと・
  きこえをきてたちたまひぬ・御わたりに
  あるへきことゝも・人/\にのたまひをく・こ
  の宿もりに・かのひけかちのとのゐ人なとは・
  さふらふへけれは・このわたりのちかきみさ
  うともなとに・そのことゝもゝの給ひあ
  つけなと・こまやかなることゝもをさへ・さた
  めをき給・弁そかやうの御ともにも・思かけ
  す・なかきいのちいとつらくおほえ侍を・」12ウ

  人もゆゝしく・見思ふへけれは・いまは世にある
  物とも人にしられ侍らしとて・かたちもか
  へてけるを・しゐてめしいてゝ・いとあはれとみ
  給ふ・れいのむかしものかたりなとせさせ給
  て・こゝ(△ゝ&こゝ)にはなを時/\はまいりくへき・いとたつ
  きなく心ほそかるへきに・かくてものし給
  はむは・いとあはれにうれしかるへきことになむ
  なと・えもいひやらすなき給いとふに
0030【いとふにはえて】-\<朱合点> 拾 あやしくもいとふにはゆる心哉いかにしりてかおもひたゆへき<右>(後撰608・拾遺集996、河海抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 拾 大方の我身一のうきからになへての世をも恨つるかな<左>(拾遺集953・拾遺抄346)
  はえて・△(△#)のひ侍いのちのつらく・また
  いかにせよとてうちすてさせ給けんと・う」13オ

  らめしくなへての世を・おもひ給へしつ
【付箋04】-\<朱合点> 「おくにもある五文し不審まちかくこへし歟<墨>/ おほかたのわか身ひとつのうき/からに/なへての世をもうらみつる哉<朱>」(拾遺集953・拾遺抄346、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  むに・つみもいかにふかく侍らむとおもひけ
  ることともを・うれへかけきこゆるも・かたく
  なしけなれと・いとよくいひなくさめ給・
  いたくねひにたれと・むかしきよけなり
  けるなこりを・そきすてたれは・ひたひ
  の程・さまかはれるに・すこしわかくなり
  て・さるかたに・みやひかなり・おもひわひては
0031【みやひかなり】-潤麗
  なとかゝるさまにもなしたてまつらさり
  けむ・それにのふるやうもやあらまし・さて」13ウ

  もいかに心ふかく・かたらひきこえて・あらま
  しなと・ひとかたならすおほえ給に・この人
  さへうらやましけれは・かくろへたる木ちやう
  をすこしひきやりて・こまかにそ・かたらひ給
  けに・むけに・思ひほけたるさまなから・物
  うちいひたる気色よういくちおしから
  す・ゆへありける人のなこりとみえたり
    さきにたつ涙の川に身をなけは
0032【さきにたつ】-弁の尼<右> さきにたつ涙の道にさそわれてかきりの旅に思ひけるかな<左>(兼澄集32、休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  人にをくれぬいのちならましとうち
  ひそみきこゆ・それもいとつみふかくなる」14オ

  ことにこそ・かのきしにいたることなとか・
  さしもあるましきことにてさへ・ふかき
  そこにしつみすくさむもあひなし・すへ
  てなへて・むなしく・おもひとるへき世
  になむ・なとの給
    身をなけむ涙の川にしつみても
0033【身をなけむ】-中納言返し<右> 拾 涙川底のもくつとなりはてゝ恋しき瀬々になかれこそすれ(すれ#)順(拾遺集877・拾遺抄313、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  恋しきせゝにわすれしもせしいかなら
  む世にすこしも思ひなくさむることあ
  りなむと・はてもなきこゝちし給・かへらん
  かたもなくなかめられて日もくれにけれと・」14ウ

  すゝろにたひねせん(ん+も<朱>)人のとかむることやと・あ
  ひなけれは・かへり給ぬ・おもほしの給へるさま
  をかたりて・弁はいとゝ・なくさめかたく・くれま
  とひたり・みな人はこゝろゆきたるけしき
  にて・ものぬひいとなみつゝ・おひゆかめるかた
  ちもしらす・つくろひさまよふに・いよ/\
  やつして
    人はみないそきたつめる袖のうらに
0034【人はみな】-弁の尼<右> 後 から衣袖しの浦<周防>のうつせ貝独りしほたるゝ海人かな(出典未詳)
  ひとりもしほをたるゝあまかなとうれ
  へきこゆれは」15オ

    しほたるゝあまのころもにことなれや
0035【しほたるゝ】-中君<右> 後 心からうきたる舟にのりそめてひといも浪にぬれぬ日そなき小町<左>(後撰779・古今六帖1816・小町集2、河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  うきたる浪にぬるゝ我(△&我)袖世にすみ
  つかむことも・いとありかたかるへきわさと
  おほゆれは・さまにしたかひて・こゝをはあ
  れはてしとなんおもふを・さらはたいめん
  もありぬへけれと・しはしのほともこゝろ
  ほそくて・たちとまり給ふを見をく
  に・いとゝ心もゆかすなん・かゝるかたちなる人
  もかならす・ひたふるにしもたえこもら
  ぬ・わさなめるを・なをよのつねにおもひ」15ウ

  なして・とき/\も見え給へなと・いとなつ
  かしくかたらひ給・むかしの人のもてつかひ
  給ひし・さるへき御てうとともなとは・みな
  この人に・とゝめをき給て・かく人よりふかく
  思ひしつみ給へるをみれ(れ$れ<朱>)は・さきの世もとり
0036【さきの世も】-\<朱合点> 君とわれいかなる事を契けん昔の世こそしらまほしけれ(新千載1033・和漢朗詠739、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  わきたる契もや・ものし給ひけむと
  思ふさへむつましくあはれになんとの給ふ
  に・いよ/\わらはへのこひてなくやうに・心お
  さめむかたなくをほゝれいたり・みなかき
  はらひよろつとりしたゝめて・御くるまとも」16オ

  よせて御前の人/\・四位五位いとおほかり・御身
  つからも・いみしう・おはしまさまほしけれと・
  こと/\しくなりて・なか/\あしかるへけれは・たゝ
  しのひたるさまにもてなして・心もとなくお
  ほさる・中納言とのよりも・御前の人かすおほ
  くたてまつれ給へり・おほかたのことをこ
  そ・みやよりはおほしをきつめれ・こまやかなる・
  うち/\の御あつかひは・たゝこの殿よりおも
  ひよらぬことなく・とふらひきこえ給・日くれ
  ぬへしと・うちにも・とにももよほしきこゆる」16ウ

  に・心あはたゝしく・いつちならむと・おもふ
  にも・いとはかなくかなしとのみおもほえた給ふ
  に・御くるまにのる・たいふの君といふ人のいふ
    ありふれはうれしきせにもあひけるを
0037【ありふれは】-かゝる世も有ける物をとまりゐて身をうち川と思ひけるかな<右>(出典未詳、河海抄・細流抄・孟津抄・岷江入楚) 後 心みに猶おりたゝむ涙川うれしき瀬にもなかれあふやと<左>(後撰612、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  身をうち河になけてましかはうちゑみ
  たるを・弁のあまの心はえに・こよなうもある
  哉と・心つきなうも見給ふ・いまひとり
    すきにしか恋しきこともわすれねと
  けふはたまつも行心かないつれもとしへ
  たる人/\にて・みなかの御かたをは・心よせま(ま+ほ<朱>)し(ほ+く<朱>)」17オ

  きこえためりしを・いまはかくおもひあらた
  めて・こといみするも・心うの世やとおほえ給へ
  は・物もいはれ給はす・みちの程のはるけく・
  はけしき山みちのありさまを見給ふに(に+そ)・
  つらきにのみ・思ひなされし人の御なかの
  かよひを・ことはりのたえまなりけりとすこ
  し・おほししられける・七日の月のさやかに
  さしいてたる影・おかしくかすみたるを見
  給つゝ・いととをきにならはす・くるしけれは・
  うちなかめられて」17ウ

    なかむれは山よりいてゝゆくつきも
0038【なかむれは】-中君
  よにすみわひて山にこそいれさまかはりて・
  つゐにいかならむとのみ・あやうく・行すゑ
  うしろめたきに・としころなにことをか・お
  もひけんとそとりかへさまほしきや・よひ
0039【とりかへさまほしき】-\<朱合点>
  うちすきてそ・おはしつきたる・みもしらぬ
  さまに・めもかゝやくやうなる・殿つくりのみ
0040【殿つくりのみつ葉よつは】-\<朱合点>
  つ葉よつはなる中にひきいれて・宮い
  つしかとまちおはしましけれは・御くるまの
  もとに身つから・よらせ給て・おろしたて」18オ

  まつり給・御しつらひなとあるへきかきり
  して・女房のつほね/\まて・御心とゝめさせ
  給けるほとしるく見えて・いとあらまほし
  けなり・いかはかりのことにかと見え給へる・御
  ありさまのにはかにかくさたまり給へは・おほ
0041【おほろけならす】-不少縁<ヲホロケナラス>
  ろけならすおほさるゝことなめりと・世人も
  心にくゝおもひおとろきけり・中納言は三条
  の宮に・この廿よ日のほとにわたり給はむ
  とて・このころはひゝにおはしつゝみ給ふに・こ
  の院ちかきほとなれは・けはひもきかむとて・」18ウ

  よふくるまておはしけるに・たてまつれ給へる・
  御前の人/\かへりまいりてありさまなと・かたり
  きこゆ・いみしう御心にいりて・もてなし給ふ
  なるをきゝ給にも・かつはうれしき物から・
  さすかに・我心なから・おこかましく・むね
  うちつふれて物にもかなやと返々ひとり
0042【物にもかなやと】-\<朱合点> 古今 取返す物にもかなや世中を有しなからの我とおもはんイ(出典未詳、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  こたれて
    しなてるやにほのみつうみにこく舟の
0043【しなてるや】-中納言<右> 万 しなてるやにほの水うみにこく舟のまほならすともあひ見てし哉人丸(出典未詳、原中最秘抄・河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  まほならねともあひ見し物をとそいひ
  くたさまほしき・右のおほ殿は・六の君を」19オ
0044【くたさ】-腐
0045【右のおほ殿】-夕

  みやにたてまつり給はんこと・この月にとお
  ほしさためたりけるに・かくおもひのほか
  の人を・このほとよりさきにとおほしかほに・
  かしつきすへ給ひて・はなれおはすれは
  いとものしけにおほしたりときゝ給も・いと
  おしけれは・文は時/\たてまつり給・御もきの
  事世にひゝきていそき給へるを・のへ給はむ
  も・人わらへなるへけれは・廿日あま(△&ま)りにきせ
  たてまつり給・おなしゆかりにめつらしけな
  くとも・この中納言をよそ人にゆつらむか」19ウ
0046【この中納言】-夕ー心六君を

  くちおしきに・さもやなしてまし・とし
  ころ人しれぬものに思ひけむ人をも・なく
0047【人】-大ー
  なして・もの心ほそくなかめゐ給ふなるを
  なと・おほしよりてさるへき人して気色
  とらせ給けれと・世のはかなさをめにちかく
  見しに・いと心うく身もゆゝしうおほゆれ
  は・いかにも/\さやうのありさまは・物うくなん
  とすさましけなるよしきゝ給て・いかて
  かこのきみさへおほな/\・こといつることを物
  うくはもてなすへきそと・うらみ給けれと・」20オ

  したしき御なからひなからも・人さまのいと
  心はつかしけに物し給へは・えしゐてしも
  きこえうこかし給はさりけり・花さかりの
  程二条の院のさくらを見やり給に・ぬし
0048【ぬしなきやとの】-\<朱合点> 拾ー 浅茅原ぬしなき宿の桜花心やすくや風にちるらん(拾遺集62・拾遺抄・恵慶集38、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  なきやとのまつ思やられ給へは・心やすく
0049【心やすくやなと】-\<朱合点
  やなとひとりこちあまりて・宮の御もとに
  まいり給へり・こゝかちにおはしましつきて・いと
  ようすみなれ給ひにたれは・めやすのわさや
  と見たてまつる物から・れいのいかにそやおほ
  ゆる・心のそひたるそあやしきや・されとしち」20ウ
0050【しち】-実

  の御心はえは・いとあはれにうしろやすくそ思
  ひきこえ給ける・なにくれと御物かたりき
  こえかはし給ひて・ゆふつかた宮はうちへまいり
  給はむとて・御車のさうそくして・人/\おほ
  くまいりあつまりなとすれは・たちいて給て
  たいの御方へまいり給へり・山さとのけはひ・ひ
  きかへて・みすのうち心にくゝすみなして・おか
  しけなるわらはのすきかけほのみゆる
  して・御せうそこきこえ給へれは・御しとねさ
  しいてゝむかしの心しれる人なるへし・い」21オ

  てきて御返きこゆ・あさゆふのへたてもある
  ましう・思ふ給へらるゝほとなからそのこと
  となくて・きこえさせむも・中/\なれ/\
  しきとかめやと・つゝみ侍ほとに・よのな
  かかはりにたる心ちのみそし侍るや・御前
  のこすゑもかすみへたてゝみえ侍るに・あは
  れなることおほくも侍るかなときこえ
  て・うちなかめてものし給けしき・心く
  るしけなるをけに・おはせましかは・おほつか
  なからす・行かへりかたみに・花のいろとりの」21ウ

  こゑをも・おりにつけつゝ・すこし心ゆきて・すく
  しつへかりける世をなと・おほしいつるにつけ
  ては・ひたふるにたえこもり給へりしすまゐ
  の心ほそさよりも・あかすかなしうくちおし
  きことそ・いとゝまさりける・人ひともよのつね
  に・こと/\しくなもてなしきこえさせ給
  そ・かきりなき御心のほとをは・いましもこそ
  見たてまつりしらせたまふさまをも・見え
  たてまつらせ給ふ(△&ふ)へけれなと・きこゆれと・
  人つてならす・ふとさしいてきこえんこと」22オ

  のなをつゝましきを・やすらひ給ふほ
  とに・宮いて給はむとて御まかり申しにわ
  たり給へり・いときよらに・ひきつくろひけ
  さうし給て・みるかひある御さまなり・中納言
  はこなたになりけりと見給て・なとかむけ
  にさしはなちては・いたしすゑ給へる御あた
  りには・あまりあやしとおもふまて・うしろ
  やすかりし心よせを・我ためはおこかまし
  きこともやとおほゆれと・さすかにむけ
  にへたておほからむは・つみもこそうれ・ちかや」22ウ

  かにて・むかし物かたりもうちかたらひ給へかし
  なと・きこえ給ものから・さはありともあまり
  心ゆるひせんも・またいかにそや・うたかはし
  きしたの心にそあるやと・うちかへしの給
  へは・ひとかたならすわつらはしけれと・我御
  心にもあはれふかく・思ひしられにし人の御こゝ
  ろを・いましもをろかなるへきならねは・か
  の人も思ひの給ふめるやうに・いにしへの
  御かはりと・なすらへきこえて・かうおもひし
  りけりと・みえたてまつるふしもあら」23オ

  はやとはおほせと・さすかにとかくやと・かた/\
  にやすからすきこえなし給へは・くるしう
  おほされけり

以哥詞為巻名但詞ニワ蕨トアリ
薫廿一歳の春の事あり 異本」23ウ

二交了<朱>」(前遊紙1オ)

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