宿木(大島本) First updated 5/6/2002(ver.1-1)
Last updated 6/9/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

宿木

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「やとり木」(題箋)

  その比ふちつほときこゆるは・こ左大臣殿の
0001【ふちつほときこゆるは】-大蔵卿修理大夫兄弟
  女御になむおはしける・また春宮と聞え
0002【女御】-女二母
0003【春宮】-今上若菜下御位
  させし時人よりさきにまいり給にしかは・
  むつましくあはれなるかたの御思ひはことに
  ものし給めれと・そのしるしとみゆるふしも
  なくてとしへ給ふに・中宮にはみやたち
0004【中宮には】-明ー
  さへあまたこゝらをとなひ給ふめるに・さやう
  の事もすくなくて・たゝ女宮ひとゝころをそ・
0005【女宮】-女二宮御事也かほる大将の室になり給ふ人なり
  もちたてまつり給へりける・わかいとくちおし
0006【わかいとくちおしく】-藤壺の御心中
  く人におされたてまつりぬるすくせ・な」1オ

  けかしくおほゆるかはりに・この宮をたに
  いかてゆくすゑの心もなくさむはかりにて・
  見たてまつらむと・かしつき聞え給ふ
  事をろかならす・御かたちもいとおかしく
  おはすれは・みかともらうたきものにおもひ
  きこえさせ給へり・女一の宮をよにた
  くひなきものにかしつき聞えさせ給に・
  おほかたの世のおほえこそおよふへうもあら
  ね・うち/\の御ありさまは・おさ/\をとらす
  ちゝおとゝの御いきほひいかめしかりし」1ウ

  なこりいたくおとろへねは・ことに心もとな
  き事なとなくてさふらふ人/\のなり
  すかたよりはしめ・たゆみなく時/\につけ
  つゝ・とゝのへこのみいまめかしくゆへ/\しき
  さまにもてなし給へり・十四になり給ふ
  とし・御裳きせ奉りたまはんとて・春
  よりうちはしめてこと事なくおほし
  いそきて・なに事もなへてならぬさま
  にとおほしまうく・いにしへよりつたはり
  たりける・たからものともこのおりに」2オ

  こそはと・さかしいてつゝいみしくいと
  なみ給に・女御なつころものゝけにわつらひ
  給て・いとはかなくうせ給ぬ・いふかひなくく
  ちおしき事を・うちにもおほしなけ
  く・心はえなさけ/\しくなつかしきと
  ころおはしつる御かたなれは・殿上人とも
  もこよなくさう/\しかるへきわさかな
  と・おしみきこゆ・おほかたさるましき・
  きはの女官なとまて・しのひきこえぬは
  なし・宮はましてわかき御心ちに心ほそくかなしく」2ウ
0007【宮】-女二

  おほしいりたるを・きこしめして心くるしく
  あはれにおほしめさるれは・御四十九日す
  くるまゝに・しのひてまいらせたてまつり(り#)
  らせ給へり・日々にわたらせ給つゝ見たてま
  つらせ給・くろき御そにやつれておはする
  さま・いとゝらうたけに・あてなる・け
  しきまさり給へり・心さまもいとよく
  おとなひ給て・母女御よりもいますこし・
  つしやかにおもりかなる所は・まさりた
  まへるを・うしろやすくはみたてまつらせ給へと・」3オ

  まことには御はゝかたとても・うしろみとたの
  ませ給へき・をちなとやうのはか/\しき人
0008【をち】-舅
  もなし・わつかに大くら卿すりのかみなといふは・
  女御にも・ことはらなりける・ことに世のおほえ
  をもりかにもあらす・やんことなからぬ人/\
  を・たのもしき(き#)人にておはせんに・女は心くる
  しき事おほかりぬへきこそ・いとおしけれ
  なと御心ひとつなるやうにおほしあつ
  かふもやすからさりけり・御まへのきくう
0009【きくうつろひはてゝ】-\<朱合点> 古今秋をゝきて時こそありけれ白菊のうつろふからに色のまされは(古今279・新撰和歌102・古今六帖3754、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  つろひはてゝ・さかりなるころ空のけしき」3ウ

  のあはれにうちしくるゝにも・まつこの御
  かたにわたらせ給て・むかしの事なと聞え
  させ給ふに・御いらへなともおほとかなる
  ものから・いはけなからす・うちきこえさせ給ふ
  を・うつくしくおもひ聞えさせ給・かやうなる
  御さまを見しりぬへからん人の・もては
  やしきこえんも・なとかはあらん・朱雀院
  のひめ宮を六条院にゆつりきこえ給し
  おりのさためともなと・おほしめしいつる
  に・しはしはいてやあかすもあるかな・さら」4オ
0010【あかすも】-不足なるをいふ

  てもおはしなましときこゆる事とも
  ありしかと・源中納言の人よりことなる
  ありさまにて・かくよろつをうしろみたて
  まつるにこそ・そのかみの御おほえおとろへ
  す・やんことなきさまにては・なからへ給めれ・
  さらすは御心よりほかなる事ともゝ・いて
  きてをのつから人に・かるめられ給ことも
  やあらましなと・おほしつゝけて・ともかく
  も・御覧する世にやおもひさためまし
  と・おほしよるには・やかてそのついてのまゝに・」4ウ

  この中納言よりほかによろしかるへき人又
  なかりけり・宮たちの御かたはらに・さし
  ならへたらんに何事もめさましくは
  あらしを・もとより思人・もたりて・聞にくき
0011【もたりて】-持
  事うちますましくはたあめるを・つゐ
  にはさやうの事なくてしもえあらし・さら
  ぬさきに・さもやほのめかしてましなと・お
  り/\おほしめしけり・御こなとうたせ給ふ・
0012【御こ】-碁
  くれゆくまゝにしくれおかしき程に・花の
  色も夕はえしたるを御覧して・人々(々#)」5オ

  めしてたゝいま殿上にはたれ/\かととはせ
  給に・中務のみこ・かんつけのみこ・中納言
0013【中務のみこ】-\<朱合点> 系図に見えす
0014【かんつけのみこ】-今上の御子なり
  みなもとのあそんさふらふとそうす納言
0015【みなもとのあそんさふらふとそうす】-御前にて人をめすには共人の官姓かはねを奏する事也
  のあそんこなたへとおほせ事ありてまいり
  給へり・けにかくとりわきて・めしいつるも
  かひありて・とをくよりかほれるにほひより
  はしめ・人にことなるさまし給へり・けふの
  しくれつねよりことに・のとかなるをあそひ
  なと・すさましきかたにて・いとつれ/\なるを
  いたつらに日を送るはふれにて・これなん」5ウ
0016【いたつらに日を送る】-\<朱合点> 文集十六云送春唯有酒銷日不過碁云々

  よかるへきとて・碁はんめしいてゝ・御碁の
  かたきにめしよす・いつもかやうにけちかくなら
  しまつはし給ふに・ならひにたれは・さに
  こそはとおもふに・よきのりものはあり
0017【のりもの】-賭物なり御こにまけさせ給はわか御女をかほるに給ハらんとおほしめしたる御気色ほのあらはれたる也
  ぬへけれと・かる/\しくはえわたすまし
  きを・何をかはなとのたまはする御けしき・い
  かゝ見ゆらん・いとゝ心つかひしてさふらひ給・
  さてうたせ給ふに・三はんに(に+数<朱>)ひとつまけ
  させ給ひぬ・ねたきわさかなとて・まつけふ
0018【まつけふは】-先字に心あるへし
  はこの花ひとえたゆるすとのたまはすれは・」6オ
0019【この花ひとえたゆるす】-朗詠先聞得<タリ>園中花養<コトヲ>艶請<コウ>君許<セ>折一枝春

  御いらへ聞えさせて・おりておもしろき
0020【おりて】-庭へ也
  えたをおりて・まいり給へり
    よのつねのかき根ににほふ花ならは
0021【よのつねの】-中納言
  こゝろのまゝにおりて見ましをとそうし
  給へるようゐあさからすみゆ
    霜にあへすかれにしそのゝの菊なれと
0022【霜にあへす】-うへ御返し
  のこりの色はあせすもある哉との給はす
0023【のこりの色はあせすもある哉】-延喜御集時雨つゝ枯ゆくのへの花なれと霜の籬にのこるいろかな<右>(新古今621、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚) 能宣集引そめて世々もへにける松なれと緑の色のあせすもある哉<左>(能宣集198、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  かやうにおり/\ほのめかさせ給御けしきを・
  人つてならすうけ給りなから・れいの心のく
  せなれはいそかしくしもおほえすいてやほい」6ウ

  にもあらす・さま/\にいとおしき人/\の
0024【さま/\に】-中君ヲ姉我替ニトノ給事
  御事ともをも・よくきゝすくしつゝ・とし
  へぬるをいまさらに・ひしりのものゝよに
  かへりいてん心ちすへき事と思ふも・かつは
  あやしやことさらに心をつくす人たにこそ
  あなれとは思なから・きさきはらに・おはせし(し#)は
  しもと・おほゆる心のうちそ・あまりおほけ
  なかりける・かゝる事を右大臣(臣#)殿ほの聞
0025【右大臣殿】-夕霧竹河巻左大臣転す藤壺女御の父左大臣にまきるゝゆへに本の右大臣といへるにや
  給て・六の君はさりともこの君にこそは・
0026【六の君】-夕子
  しふ/\なりとも・まめやかにうらみよらは・」7オ

  ついにはえいなひはてしとおほしつるを・思ひ
  のほかの事いてきぬへかなりと・ねたくおほ
  されけれは・兵部卿の宮はたわさとにはあら
  ねと・おり/\につけつゝ・おかしきさまに
  きこえ給事なとたえさりけれは・さ
  はれなをさりのすきにはありとも・さる
  へきにて御心とまるやうもなとかなからん・
  水もるましく思さためんとても・なを/\
0027【水もるましく】-\<朱合点> 水洩不通といふ本文也<右> 伊ー なとてかくあふこかたみに成にけん水もらさしとむすひし物を<左>(伊勢物語61、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  しききはにくたらんはたいと人わろくあかぬ
0028【くたらん】-下
0029【たいと】-品下レル人ハ契フカク共コノマシカラス
  心ちすへしなとおほしなりにたり・女こ」7ウ

  うしろめたけなる世のすゑにて・みかとたに
  むこもとめ給ふよに・ましてたゝ人のさかり
  すきんもあいなしなと・そしらはしけに
  の給て・中宮をもまめやかにうらみ申給事
0030【中宮】-明
  たひかさなれはきこしめしわつらひて・いと
0031【いとおしく】-中宮詞
  おしく・かくおほな/\思(思+ひ)心さして・としへ
  給ひぬるを・あやにくにのかれきこえ給はん
  も・なさけなきやうならん・みこたちは
  御うしろみからこそ・ともかくもあれ・うへ
  の御よも・すゑになり行とのみ・おほしの」8オ

  給めるを・たゝ人こそひと事にさたまり
  ぬれは・又心をわけんこともかたけなめれ・
  それたにかのおとゝのまめたちなから・こなた
0032【かのおとゝの】-夕霧のおとゝの雲井の雁と落葉の宮とふた方にもてなし給へる事也
  かなたうらやみなく・もてなしてものし給は
  すやはある・ましてこれは思ひをきてきこゆる
  事もかなはゝ・あまたも・さふらはむになとか
  あらんなと・れいの(の$<朱墨>)ならすことつゝけて・あるへ
  かしくきこえさせ給ふを・我御心にももと
0033【我御心にも】-匂
  より・もてはなれてはたおほさぬ事なれは・
  あなかちには・なとてかはあるましきさまにも」8ウ

  きこえさせ給ん・たゝいと事うるはしけ
  なるあたりにとりこめられて心やすくなら
  ひ給へるありさまの・所せからん事をなま
  くるしくおほすにものうきなれと・けにこの
  おとゝに・あまりゑんせられはてんも・あい
  なからんなと・やう/\おほしよはりにたるへし・
  あたなる御心なれは・かのあせちの大納言
0034【かのあせちの大納言】-この時ハ右大臣なり然とも按察大納言といはれし時より兵部卿宮ハ中君をおもひかけ給へるによりて本の官をかけるハ物語の作者の詞なり
  のこうはいの御方をも・猶おほしたえす
  花もみちにつけて・ものゝ給ひわたり
  つゝ・いつれをも・ゆかしくはおほしけり・」9オ

  されとそのとしはかはりぬ・女二の宮も御
  ふくはてぬれは・いとゝ何事にかはゝ(△&ゝ)かり
  給んさもきこえいてはと・おほしめしたる
  御けしきなと・つけきこゆる人/\もある
  を・あまりしらすかほならんもひか/\しう・
0035【しらすかほ】-かほる事
  なめけなりとおほしおこして・ほのめかし
  まいらせ給・おり/\もあるに・はしたなき
  やうはなとてかはあらん・そのほとにおほしさた
  めたなりと・つてにもきく・身つから御けし
  きをもみれと・心のうちにはなをあかす・過」9ウ

  給にし人のかなしさのみ・わするへきよなく・
  おほゆれは・うたてかく契りふかく・ものし
  給ける人のなとてかは・さすかに・うとくては過に
  けんと・心えかたく思ひいてらる・くちおしき
  しなゝりとも・かの御ありさまにすこしも
  おほえたらむ人は・こゝろもとまりなん
  かし・むかしありけん・かうのけふりにつけ
0036【むかしありけんかうのけふり】-\<朱合点>
  てたにいま一たひ見たてまつる物にも
  かなとのみおほえて・やむことなきかたさま
  にいつしかなと・いそくこゝろもなし・右」10オ
0037【右大殿】-夕

  大臣(臣#)殿には・いそきたちて八月はかりにとき
  こえ給けり・二条院のたいの御方には・きゝ
0038【二条院】-匂家
0039【たいの御方】-宇ー中君
  給にされはよ・いかてかは数ならぬありさま
  なめれは・かならす人わらへに・うき事いて
  こんものそとは・思(思+ふ)/\すこしつる世そかし・
  あたなる御心と聞きわたりしを・たのもし
  けなく思なから・めにちかくてはことにつらけ
  なることみえす・あはれにふかき契りを
  のみし給へるを・にはかにかはり給ん程・いかゝは
  やすき心ちはすへからむ・たゝ人のなからひ」10ウ

  なとのやうに・いとしもなこりなくなとは
  あらすとも・いかにやすけなき事おほからん・
  なをいとうき身なめれは・ついには・山すみに
  返へきなめりと・おほすにも・やかて跡たえ
0040【返】-カヘル
  なましよりは・山かつのまちおもはんも・人
  わらへなりかし・返々も宮のゝ給をきしことに
  たかひて・くさのもとをかれにける心かるさを・
0041【くさのもとをかれにける】-蓬庭荒体
  はつかしくもつらくも思しり給・こひめ君
0042【こひめ君】-大ー
  のいとしとけなけに・物はかなきさまにのみ・
  何事もおほしの給しかと・心のそこの」11オ

  つしやかなるところは・こよなくもおはし
  けるかな・中納言の君のいまにわするへき
  よなく・なけきわたり給めれと・もしよに
  おはせましかは・又かやうにおほすことはあり
  もやせまし・それをいとふかくいかてさは
  あらしと思いり給て・とさまかうさまに・
  もてはなれん事をおほして・かたちを
  もかへてんとし給しそかし・かならすさる
  さまにてそ・おはせまし・いま思にいかに
0043【さまにてそ】-出家し給はんなり
  をもりかなる御心をきてならまし・なき」11ウ

  御かけともゝ・我をはいかにこよなき・あは
  つけさと見給らんと・はつかしくかなしく
  おほせと・なにかはかひなきものから・かゝる
  けしきをもみえたてまつらんと・しのひ
  返して(△&て)・きゝもいれぬさまにてすくし給ふ・
  宮はつねよりもあはれになつかしくおき
0044【宮】-匂
  ふしかたらひちきりつゝ・このよならすなか
  き事をのみそ・たのみきこえ給・さるは比
  さ月はかりよりれいならぬさまに・
  なやましくし給こともありけり・こち」12オ

  たくくるしかりなとは・し給はねと・つ
  ねよりも物まいる事・いとゝなくふして
  のみおはするを・またさやうなる人のあり
  さま・よくも見しり給はねは・たゝあつき
  ころなれは・かくおはするなめりとそおほ
  したる・さすかにあやしとおほしとかむる
  事もありて・もしいかなるそ・さる人こそ
  かやうには・なやむなれなとの給ふおりも
  あれと・いとはつかしくし給て・さりけな
  くのみもてなし給へるを・さし過聞え」12ウ

  出る人もなけれは・たしかにもえしり給は
  す・八月になりぬれは・その日なと・ほかよりそ
  つたへきゝ給・宮はへたてんとにはあらねと・いひ
  出んほと心くるしく・いとおしくおほされ
  て・さもの給はぬを・女君は・それさへ・心うく
  おほえ給ふ・しのひたる事にもあらす・世中
  なへてしりたることを・その程なとたにの給
  はぬことゝ・いかゝうらめしからさらん・かくわたり
  給にしのちは・ことなる事なけれは・うちに
  まいり給ても・よるとまる事はことにし給」13オ

  はす・こゝかしこの御よかれなともなかり
  つるを・にはかにいかに思給はんと・心くる
  しきまきらはしに・このころは時々御との
  ゐとてまいりなとし給つゝ・かねてより
0045【かねてより】-\<朱合点> かねてよりつらさを我にならハさて俄に物をおもハするかな(出典未詳、河海抄・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ならはしきこえ給ふをも・たゝつらき
  かたにのみそ思をかれ給ふへき・中納言殿
  も・いと/\をしきわさかなときゝ給ふ・はな
  心におはする宮なれは・あはれとはお
  ほすとも・いまめかしきかたにかならす御
  心うつろひなんかし・女かたも・いとしたゝか」13ウ

  なるわたりにて・ゆるひなくきこえまつはし
  給はゝ・月ころもさもならひたまはて・
  まつ夜おほくすこし給んこそ・あはれ
  なるへけれなと思ひよるにつけても
  あひなしや・我心よなにしにゆつり聞え
0046【ゆつり聞えけん】-中ー
  けん・むかしの人に心をしめてしのち・おほ
0047【むかしの人】-大ー
  かたの世をも・思ひはなれてすみはてたりし
  かたの心も・にこりそめにしかは・たゝかの御
  事をのみとさまかうさまには思なから・さ
  すかに人の心ゆるされて・あらむことは・はし」14オ

  めより思ひし・ほいなかるへしと・はゝかり
  つゝ・たゝいかにして・すこしもあはれとお
  もはれて・うちとけたまへらんけしきをも
  見んと・ゆくさきのあらましことのみ・思
  つゝけしに・人はおなし心にもあらすもて
  なして・さすかにひとかたにも・えさし
  はなつましく思ひたまへる・なく
  さめにおなし身そといひなして・ほいなら
  ぬかたにおもむけ給ひしか・ねたくうら
  めしかりしかは・まつその心をきてをた」14ウ

  かへんとて・いそきせしわさそかしなと・あな
  かちにめゝしく・ものくるおしく・ゐてあり
0048【めゝしく】-メサマシ有幻巻
0049【ゐて】-匂 宇治へ
  きたはかりきこえしほと・思ひ出るも・いと
  けしからさりける心かなと・返す/\そくやし
  き・宮もさりともその程のありさま思ひ
  いて給はゝ・我・きかん所をもすこしは・はゝかり
  給はしやと思に・いてやいまはそのおりの事
  なと・かけてもの給ひいてさめりかし・なを
  あたなるかたにすゝみうつりやすなる人は・
  女のためのみにもあらす・たのもしけなく」15オ

  かる/\しき事もありぬへきなめりかし
  なと・にくゝ思ひきこえ給・わかまことにあまり
  ひとかたにしみたる心ならひに・人はいとこよな
  く・もとかしくみゆるなるへし・かの人をむな
0050【かの人】-姉
  しく見なしきこえ給ふてしのち思に
  はみかとの御むすめをたまはんと・おもほし
0051【御むすめ】-女二
  をきつるも・うれしくもあらすこの君を
0052【この君を】-中の君事を思ひ給ふ
  見ましかはとおほゆる心の月日にそへて
  まさるも・たゝかの御ゆかりと思に・おもひ
  はなれかたきそかしはらからといふなか」15ウ

  にもかきりなくおもひかはし給へりし物を・
  いまはとなり給にしはてにも・とまらん
  人をおなし事とおもへとてよろつは
  おもはすなる事もなしたゝかの思をき
  てしさまをたかへ給へるのみなんくち
  おしううらめしきふしにてこの世には残る
  へきとの給しものを・あまかけりても・
  かやうなるにつけては・いとゝつらしとや
  み給覧なと・つく/\と人やりならぬひとり
  ねし給ふ・よな/\ははかなき風の音にも・」16オ

  めのみさめつゝきしかたゆくさき人のうへ
  さへ・あちきなき世を思ひめくらし給ふなけ
  のすさひに・ものをもいひふれ・けちかくつかひ
  ならし給人/\のなかには・をのつからにく
  からすおほさるゝも・ありぬへけれと・まこと
  には心とまるもなきこそ・さはやかなれ・
  さるはかの君たちの程に・をとるましきゝは
  の人/\も・時よにしたかひて(て$<朱>)つゝ・おとろへ
  てこゝろほそけなるすまゐするなとを・た
  つねとりつゝあらせなと・いとおほかれといま」16ウ

  はと世をのかれそむきはなれん時・この人
  こそととりたてゝ・こゝろとまるほたしに
  なるはかりなる事はなくて・すくしてん
  と・思こゝろふかゝりしを・いとさもわろく・わか
  心なからねちけてもあるかななと・つね
  よりもやかてまとろむ(む#<朱墨>)ます・あかし給へる
  あしたにきりのまかきより・花の色/\お
  もしろくみえわたれるなかに・あさかほのはかなけ
  にてましりたるを
ことにめとまる心地
  し給・あくるまさきてか・つねなきよにも」17オ
0053【あくるまさきてと】-\<朱合点> あさかほはつねなき花のいろなれやあくるまさきてうつろひにけり(出典未詳、花鳥余情・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  なすらふるか・心くるしきなめりかし・かうしも
  あけなから・いとかりそめにうちふしつゝのみ
  あかし給へは・この花のひらくる程をもたゝ
  ひとりのみそ見給ひける・人めしてきたの院
0054【きたの院】-自三条ー当北
  にまいらむに・こと/\しからぬくるまさしいて
  させよとの給へは・宮はきのふよりうちになん・
0055【宮】-匂
  おはしますなる・よへ御車いてかへり侍り
  にきと申す・さはれかのたいの御方のなやみ
  給なる・とふらひきこえむ・けふはうちにまいる
  へき日なれは・日たけぬさきにとの給て・御」17ウ

  さうそくし給いて給ふまゝに・おりて花の
  なかにましりたまへるさま・ことさらに
  えんたち色めきても・ゝてなし給はねと・
  あやしくたゝうちみるになまめかしく・は
  つかしけにて・いみしくけしきたつ・色
  このみともになすらふへくもあらす・をのつ
  からおかしくそ見え給ける・あさかほひき
  よせ給へる・露いたくこほる
    今朝のまの色にやめてんをく露の
0056【今朝のまの】-中納言
  きえぬにかゝる花と見る/\はかなと」18オ
0057【花と】-姉

  ひとりこちて・おりてもたまへり・をみなへし
0058【をみなへし】-\<朱合点> 古今女郎花うしとみつゝそ行すくるおとこ山にしたてりとおもへハ(古今227・古今六帖3686、花鳥余情・弄花抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  をは・見す△(△#)きてそいて給ぬる・明はなるゝ
  まゝに・きりたちみたる空おかしきに・女とちは
  しとけなくあさいし給へらむかし・かうし
  つまと・うちたゝき・こはつくらんこそ・うゐ/\し
  かるへけれ・あさまたき・またき・きにけりと・
0059【あさまたき】-\<朱合点> 速也
  思ひなから人めして・中もんのあきたる
  よりみせ給へは・みかうしともまいりて侍へし・
  女はうの御けはひも・し侍りつと申せは・
  おりてきりのまきれにさまよく・あゆみいり」18ウ

  給へるを・宮のしのひたる所より返給へる
  にやと見るに・露にうちしめり給へるかほ
  りれいのいとさまことにゝほひくれは・なをめさ
  ましくはおはすかし・心をあまりおさめ給へ
  るそ・にくきなとあいなくわかき人/\はきこえ
  あへり・おとろきかほにはあらす・よきほとに
  うちそよめきて御しとねさしいてなとする
  さまも・いとめやすしこれにさふらへとゆるさ
  せ給ふほとは・人/\しき心ちすれと猶かゝる
  みすのまへに・さしはなたせ給へるうれはし」19オ

  さになん・しは/\もえさふらはぬとの給へは・
  さらはいかゝ侍へからむなときこゆ・きたおもて
  なとやうのかくれそかし・かゝるふる人なとの
  さふらはんにことはりなるやすみ所は・それも
  又たゝ御心なれはうれへきこえへきにも
  あらすとて・なけしによりかゝりておはすれは・
  れいの人/\猶あしこもとになと・そゝのかし
0060【あしこもとになと】-あそこもとや思とそと五音通也
  きこゆ・もとよりもけはひはやりかに・
  をゝしくなとはものし給はぬ人からなるを・
0061【をゝしくなと】-態々
  いよ/\しめやかに・もてなしおさめ給へれは・いま」19ウ

  は身つからきこえ給事も・やう/\うたて
  つゝましかりしかたすこしつゝ・うすら
  きておもなれ給にたり・なやましく
  おほさるらむさまも・いかなれはなと・ゝひ
  きこえ給へと・はか/\しくもいらへきこえ
  給はす・つねよりも・しめり給へるけしき
  の心くるし(し+き)も・あはれにおほえ給て・こま
  やかに世中のあるへきやうなとを・はら
  からやうのものゝあらましやうに・をしへ
  なくさめきこえ給声なとも・わさと似給」20オ

  へりともおほえさりしかと・あやしきま
  てたゝそれとのみおほゆるに・人め・見くるし
  かるましくは・すたれもひきあけて・さし
  むかひきこえまほしく・うちなやみ給へらん・
  かたちゆかしくおほえ給も・猶世中に物
  おもはぬ人は・えあるましきわさにやあらむ
  とそ思しられ給・人/\しくきら/\し
  きかたには侍らすとも・心に思ふ事あり・
  なけかしく身をもてなやむさまに
  なとはなくて・過しつへきこのよと身」20ウ

  つから思ひ給へし・心からかなしき事もお
  こかましく・くやしきものおもひをも・
  かた/\にやすからす思ひ侍こそ・いとあい
  なけれ・つかさくらゐなといひて・たいしに
  すめることはりのうれへにつけて・なけき
  思ふ人よりも・これやいますこしつみのふか
  さは・まさるらむなと・いひつゝおり給へる・
  花をあふきにうちをきて・見いたま
  へるに・やう/\あかみ・もて行も・なか/\
  色のあはひおかしく見ゆれは・やをらさし」21オ

  いれて
    よそへてそみるへかりけるしら露の
0062【よそへてそ】-中納言 姉ー
  ちきりかをきしあさかほの花ことさらひて
  しも・もてなさぬに露おとさて・もたまへ
  りけるよと・おかしく見ゆるに・をきなから・
  かるゝけしきなれは
    きえぬまにかれぬる花のはかなさに
0063【きえぬまに】-中宮
  をくるゝ露は猶そまされるなにゝかゝれる
0064【なにゝかゝれる】-\<朱合点>

  と・いとしのひてこともつゝかす・つゝましけ
  にいひけち給へる程・なをいとよく似給へる」21ウ

  ものかなと思にも・まつそかなしき・秋の空
  はいますこしなかめのみまさり侍・つれ/\の
  まきらはしにもとおもひて・さいつ比うち
  にものして侍き・庭もまかきもまことに
0065【庭もまかきも】-\<朱合点> 古今里はあれて人はふりにしやとなれや庭(古今248・古今六帖1317、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  いとゝあれはてゝ侍△(△#)しに・たへかたき事
  おほくなん・故院のうせ給てのち・二三年
0066【二三年はかり】-源御進退にありし事也嵯峨の院と六条の院とをさしのそく人の申侍りし詞也
  はかりのすゑに・世をそむき給し
  さかのゐんにも六条院にも・さしのそく
0067【さかのゐん】-大覚寺
  人のこゝろおさめんかたなくなん侍り
  ける・木草の色につけても・泪にくれて」22オ

  のみなんかへり侍ける・かの御あたりの人は・
0068【かの御あたりの人】-自是六条院事也
  かみしも心あさき人なくこそ・侍りけれ・
  かた/\つとひものせられける人/\も・みな
  所/\あかれちりつゝ・をの/\思ひはなるゝ
  すまゐをし給めりしに・はかなき程の
  女房なとはたまして心おさめんかたなく
  おほえけるまゝに・ものおほえぬ心にま
  かせつゝ・山はやしにいりましり・すゝろ
  なるゐ中人になりなと・あはれにまとひ
  ちるこそおほく侍けれ・さて中/\みなあら」22ウ

  しはて・わすれくさおふして後なん・この
  右のおとゝも・わたりすみ・宮たちなとも・
  かた/\ものし給へは・むかしに返たる
  やうにはへめる・さるよにたくひなきかなしさ
  と・見給しことも・とし月ふれは思さ
  ます・おりのいてくるにこそはと・見侍に・
  けにかきりあるわさなりけりとなんみえ侍・
  かくはきこえさせなからも・かのいにしへのかなし
  さは・またいはけなくも侍ける程にて・いと
  さしもしまぬにやはへりけん・なをこの」23オ

  ちかき夢こそさますへきかたなく思
  給へらるゝは・おなし事・よのつねなきかな
  しひなれと・つみふかきかたはまさりて侍る
  にやと・それさへなん・心うく侍とてな
  き給へる程・いとこゝろふかけ也・むかしの人
0069【むかしの人を】-かほる御心中
  をいとしも思ひきこえさらん人たに・この
  人のおもひ給へるけしきを見んには・すゝ
  ろにたゝにもあるましきをまして・
  われも物をこゝろほそく思ひみたれ給に・つ
  けては・いとゝつねよりもおも影に恋」23ウ

  しくかなしく思ひきこえ給心なれは・いま
  すこし・もよをされてものもえきこえ給は
  す・ためらひかね給へるけはひを・かたみにいと
  あはれと思ひかはし給ふ・よのうきよりはなと・人は
0070【よのうきよりは】-\<朱合点> 古今山里ハ物のさひしき事こそあれ世のうき(古今944・新撰和歌253・和漢朗詠583・小町集111、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いひしをもさやうに思ひくらふる心もことに
  なくて・としころはすくし侍りしをいま
  なんなをいかてしつかなるさまにても・す
  くさまほしく思ふ給ふるを・さすかに心に
  もかなはさめれは・弁のあまこそうらやまし
  くはへれ・この廿日あまりの程は彼ちかき」24オ
0071【この廿日あまりの程】-故宮の御忌日をいふ

  てらのかねの声も・きゝわたさまほしくおほ
  え侍をしのひて・わたさせ給てんやとき
  こえさせはやとなんおもひ侍つるとの給へは・
  あらさしとおほすともいかてかは・心やすき
0072【あらさしと】-薫 古宮事
  をのこたにゆきゝのほとあらましき山道
  にはへれは思ひつゝなん・月日も隔り
  侍・この宮の御き日はかのあさりにさるへき
  事とも・みないひをき侍にき・かしこはなを
  たうときかたにおほしゆつりてよ・時/\
0073【たうときかたに】-宇治のふる宮を寺になすへき事也
  見給ふるにつけては・心まとひのたえせ」24ウ

  ぬもあいなきにつみうしなふさまに
  なしてはやとなん思給ふるを・またいかゝ
  おほしをきつらん・ともかくも・さためさせ
  給んにしたかひてこそはとてなんある
0074【あるへからむやうに】-中ー詞
  へからむやうにの給(給+は)せよかし・なに事もうと
0075【なに事もうとからす】-薫
  からすうけ給はらんのみこそ・ほいのかなふ
  にては侍らめなと・まめたちたる事共を
  きこえ給・経仏なと・このうへもくやうし
  給へきなめり・かやうなるついてに・ことつ
  けて・やをらこもりゐなはやと(と#<朱墨>)なと・おも」25オ

  むけ給へるけしきなれは・いとあるましき
  事也・猶なにことも心・のとかにおほしなせと
  をしへきこえ給・日さしあかりて人/\
  まいりあつまりなとすれは・あまりなか
  ゐもことありかほならむによりて・いて給
  なんとていつこにても・みすのとにはならひ
  侍らねは・はしたなき心ちし侍りてなん・
  いま又かやうにもさふらはんとてたち
  給ぬ・宮のなとか・なきおりには・きつらんと
  思給ひぬへき・御心なるも・わつらはしくて」25ウ

  さふらひのへたうなる・右京のかみめして・よへ
0076【さふらひのへたう】-政所の別当なり
0077【右京のかみ】-大夫也
  まかてさせ給ひぬとうけたまはりて
  まいりつるを・またしかりけれはくちおし
  きを・うちにやまいるへきとの給へは・けふ
0078【けふはまかてさせ給ひなん】-右京詞
  はまかてさせ給ひなんと申せは・さらは
  ゆふつかたもとていて給ひぬ・なをこの御
  けはひありさまをきゝ給たひことに・
  なとてむかしの人の御心をきてを・もて
0079【むかしの人】-大ー
  たかへて思ひくまなかりけんと・くゆるこゝろ
  のみまさりて心にかゝりたるもむつかしく・」26オ

  なそや人やりならぬ心ならんと思返し給ふ・
  そのまゝにまたさうしにて・いとゝたゝをこ
  なひをのみし給ひつゝ・あかしくらし給・
  はゝ宮のなをいともわかくおほときてしと
0080【はゝ宮】-女三宮御事
  けなき御心にも・かゝる御けしきを・いと
  あやふくゆゝしとおほして・いくよしも
0081【いくよしもあらし】-古今 いく世しもあらしわか身をなそもかくあまのかるもにおもひみたるゝ(古今934・古今六帖1850、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  あらしを・見たてまつらむ程は・なをかひある
  さまにてみえ給へ・世中を思すて給ん
  をも・かゝるかたちにては・さまたけきこ
  ゆへきにもあらぬを・この世のいふかひなき」26ウ

  心ちすへき心まとひに・いとゝつみやえんと
  おほゆるとの給ふか・かたしけなくいとおしく
0082【の給ふか】-母ノ
0083【かたしけなく】-かほる心中
  てよろつを思ひけちつゝ・おまへにてはもの
0084【おまへにては】-女三
  おもひなきさまをつくり給ふ・右のおほい殿
0085【右のおほい殿】-夕
  には六条院のひんかしのおとゝ・みかきしつら
  ひてかきりなくよろつをとゝのへて・まち
  きこえ給に・十六日月やう/\さしあかるま
  て・心もとなけれは・いとしも御心にいらぬ事
  にて・いかならんとやすからすおもほして・あない
  し給へは・このゆふつかた・うちよりいて給て・」27オ
0086【うちよりいて給て】-匂

  二条院になむおはしますなると人申す・おほ
  す人もたまへれはと・心やましけれと・こよひ
  すきんも人わらへなるへけれは・御子の頭
  中将してきこえ給へり
    おほ空の月たにやとるわかやとに
0087【おほ空の】-右大臣 元良親王集 大空の月たにやとゝいる物を雲のよそにもすくる君かな(元良集150、花鳥余情・一葉抄・細流抄・孟津抄・弄花抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  待よひ過てみえぬきみかな宮は中/\いま
0088【宮】-匂
  なんとも見えし心くるしとおほして・内に
0089【見えし】-中君に
  おはしけるを・御ふみきこえ給へりけり・
  御返やいかゝありけん・猶いとあはれにおほ
  されけれは・しのひてわたり給へりける也」27ウ

  けり・らうたけなるありさまをみすてゝ・
  いつへき心地もせす・いとおしけれはよろつ
  に契りなくさめて・もろともに月をなかめ
  ておはする程也けり・女君はひころもよ
0090【女君】-中
  ろつに思事おほかれと・いかてけしきにいたさし
  とねんし返しつゝ・つれなくさまし給事
  なれは・ことにきゝもとゝめぬさまに・おほとか
  にもてなして・おはするけしきいと哀也・
  中将のまいり給へるをきゝ給てさすかに・
0091【さすかに】-匂宮御詞
  かれもいとおしけれはいて給はんとて・」28オ

  いまいとゝくまいりこん・ひとり月な見たま
0092【いまいとゝく】-匂詞
0093【ひとり】-中ー
  ひそ・心そらなれはいとくるしきときこえ
  をきて(て#<朱墨>)給て・なをかたはらいたけれは・かくれ
  のかたよりしん殿へわたり給・御うしろてを
0094【しん殿へ】-二条院の寝殿に匂宮ハすみ給ふ中君ハ西の対にすみ給ふよしみえたり
  見をくるに・ともかくもおもはねと・たゝ枕
0095【枕のうきぬへき心ち】-拾遺 泪川水まされはや敷妙の枕のうきてとまらさるらん(拾遺集1258、花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  のうきぬへき心ちすれは・心うき物は人の心也
  けりと・我なから思しらる・おさなき程より
  心ほそくあはれなる身ともにて・世の中を
  思ひとゝめたるさまにも・おはせさりし人・
  ひと所をたのみきこえさせて・さる山里」28ウ

  に年へしかと・いつとなくつれ/\にすこくあり
  なから・いとかく心にしみて世をうきものとも・
  おもはさりしに・うちつゝきあさましき御事
  ともを・思し程はよに又とまりて・かた時
  ふへくもおほえす・こひしくかなしき事
  のたくひあらしと思しを・いのちなかくて
  いままてもなからふれは・人の思ひたりし程
  よりは・人にもなるやうなるありさまを・
  なかるゝへき事とはおもはねと・みるかきりは・
  にくけなき御心はえ・もてなしなるに・」29オ

  やう/\思事うすらきて・ありつるを・この
  (+おり)ふしの身のうさはたいはんかたなく・かきりと
  おほゆるわさなりけり・ひたすらよになく
  成給にし人/\よりは・さりともこれは時/\
  も・なとかはとも思ふへきを・こよひかくみすてゝ
  いて給つらさきしかたゆくさきみなかきみたり・
  心ほそくいみしきか・我心なから思ひやるかた
  なく・心うくもあるかな・をのつからなからへは
  なと・なくさめんことを思ふに・さらにをは捨
0096【なくさめんこと】-\<朱合点> 古今わかこゝろなくさめかねつさらしなやおは捨山にてる月をみて<右>(古今878・新撰和歌257・古今六帖320・大和物語261、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 後拾月みてハ誰も心はなくさまぬをはすて山のふもとならねハ和泉式部<左>(後拾遺848)
  山の月すみのほりて・夜ふくるまゝによろつ」29ウ

  思みたれ給ふ・松風のふきくるをともあら
  ましかりし・山おろしに思ひくらふれは・
  いとのとかになつかしくめやすき御すまゐ
  なれと・こよひはさもおほえすしゐの葉
  のをとにはをとりておもほゆ
    山さとのまつのかけにもかくはかり
0097【山さとの】-中宮
  身にしむ秋の風はなかりききしかた
  わすれにけるにやあらむ老人ともなといまは
  いらせ給ね月見るはいみ侍るものを・あさ
0098【月見るは】-\<朱合点> 老人詞 後独ねのわひしきまゝにをき居つゝ月をあはれといみそかねつる(後撰684・小町集36、異本紫明抄・河海抄・一葉抄・細流抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  ましくはかなき御くた物をたに・御覧し」30オ

  いれねは・いかにならせ給んと・あな見くるし
  や・ゆゝしう思ひいてらるゝ事も侍を・いとこ
  そわりなくとうちなけきて・いてこの御
  ことよさりともかうておろかには・よも成
0099【成】-ナリ
  はてさせ給はし・さいへともとの心さし
  ふかく思ひそめつるなかは名残なからぬ物そ
  なと・いひあへるもさま/\にきゝにくゝ・
  いまはいかにも/\かけていはさらなむ・たゝ
  にこそ見めとおほさるゝは・人にはうはせし・我
  ひとりうらみきこえんとにやあらむ・いてや」30ウ

  中納言とのゝさはかりあはれなる御心ふか
  さをなと・そのかみの人/\はいひあはせて
  人の御すくせのあやしかりける事よと
  いひあへり・宮はいと心くるしくおほしなから・
0100【宮は】-匂宮御事
  今めかしき御こゝろは・いかてめてたきさまに・
  まちおもはれんとこゝろけさうして・え
  ならすたきしめ給へる御けはひ・いはん
  かたなし・待つけきこえ給へるところ
  のありさまも・いとおかしかりけり・人の
  程さゝやかに・あえかになとはあらて・よき」31オ

  程になりあひたるこゝ地し給へるを・いか
  ならむもの/\しくあさやきて・こゝろ
  はへも・たをやかなるかたはなくものほこり
  かになとやあらむさらはこそうたてあるへ
  けれなとはおほせと・さや(や+ウ)なる御けはひに
  はあらぬにや・御こゝろさしをろかなるへくも
  おほされさりけり・秋のよなれとふけにし
0101【秋のよなれと】-古今 なかしともおもひそはてぬ昔よりあふ人からの秋のよなれは(古今636・古今六帖2724・小町集13・躬恒集452、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  かはにや・程なくあけぬ・かへり給ひても・た
0102【かへり給ひても】-匂
  いへはふともえわたり給はす・しはしおほとのこも
  りておきてそ・御ふみかき給ふ御けしき」31ウ

  けしうはあらぬなめりと・御まへなる人/\
  つきしろふ・たいの御かたこそ心くるしけれ・
0103【たいの御かた】-中君御事
  天下にあまねき御こゝろなりとも・を
  のつからけおさるゝ事もありなんかし
  なと・たゝにしもあらすみなゝれつかう
  まつりたる人/\なれは・やすからすうちいふ
  ともゝありて・すへてなをねたけなる
  わさにそありける・御かへりも・こなたにて
  こそはとおほせと・よの程おほつかなさも・つ
  ねのへたてよりは・いかゝと心くるしけれは・」32オ

  いそきわたり給・ねくたれの御かたちいとめて
  たく・見所ありて・いり給へるにふし
  たるも・うたてあれは・すこしおき・あかりて
  おはするに・うちあかみ給へるかほのにほひなと・
  けさしも・ことに・おかしけさまさりて見え給
  に・あいなくなみたくまれて・しはしうちまも
  りきこえ給を・はつかしくおほして・うつ
  ふし給へるかみのかゝり・かんさしなと猶いと
  ありかたけ也・宮もなまはしたなきに
  こまやかなることなとはふともえいひ出給はぬ・」32ウ

  おもかくしにや・なとかくのみなやましけ
  なる御けしきならむあつき程の事
  とか・の給ひしかは・いつしかと涼しきほと待
  いてたるも・なをはれ/\しからぬは見くるし
  きわさかな・さま/\にせさすることも・あや
  しくしるしなき心地こそすれ・さはあり
  ともす法は・又のへてこそはよからめ・しるし
  あらむそうもかな・なにかしそうつをそ・よ
  ゐにさふらはすへかりけるなとやうなる・
  まめことを(を+の給へは)かゝるかたにも・ことよきは心」33オ

  つきなくおほえ給へと・むけにいらへきこえ
0104【むけに】-中君心
  さらむも・れいならねは・昔も人に似ぬあり
  さまにて・かやうなるおりはありしかと・をの
  つからいとよくをこたるものをとの給へはいと
  よくこそさはやかなれと・うちわらひて・なつ
  かしくあい行つきたるかたは・これに
  ならふ人はあらしかしとは思ひなから・なを
  又とくゆかしきかたの心いられも・たちそ
  ひ給へるは・御こゝろさしをろかにもあらぬな
  めりかし・されと見給ほとはかはるけちめも」33ウ

  なきにや・のちの世まてちかひたのめ給事
  とものつきせぬをきくにつけても・け
  にこの世はみしかゝめる・いのちまつまもつ
0105【いのちまつまも】-\<朱合点> 有はてん命まつまのほとはかりうき事しけくおもはすもかな(古今965・新撰和歌335・伊勢集168・大和物語227、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  らき御心にみえぬへけれは・のちの契り
  やたかはぬこともあらむと思にこそ・なを
  こりすまに又もたのまれぬへき(き#<朱墨>)けれとて・
  いみしくねんすへかめれと・えしのひあへぬ
0106【ねんす】-念
  にや・けふはなき給ぬ・ひころもいかてかう思ひ
  けりとみえたてまつらしと・よろつにまきら
  はしつるを・さま/\に思ひあつむることし」34オ

  おほかれはさのみもえもてかくされぬにや
  こほれそめては・えとみにもえ(え#)ためらはぬを・いと
  はつかしくわひしと思て・いたくそむき給へ
  は・しゐてひきむけ給つゝ・きこゆるまゝに・哀
0107【ひきむけ給つゝ】-匂ノ中宮ヲ
  なる御ありさまとみつるを・なを隔たる
  御心こそありけれな・さらすは・よのほとに
  おほしかはりにたるかとて・我御袖して涙を
  のこひ給へは・よのまの心かはりこその給ふ
0108【よのまの心かはりこそ】-中君詞
  につけて・をしはかられ侍ぬれとて・すこし
  ほゝゑみぬ・けにあか君やをさなの御もの」34ウ
0109【けにあか君や】-匂詞 我ナリ

  いひやな・さりとまことには・心にくまのなけれは・
  いと心やすし・いみしくことはりしてきこゆ
  とも・いとしるかるへきわさそ・むけに世のこと
  はりをしり給はぬこそ・らうたきものから・
  わりなけれよしわか身になしても・思ひめくらし
  給へ・身を心ともせぬりさまなり・もし
0110【身を心ともせぬ】-\<朱合点> いなせともいひはなたれすうき物は身を心ともせぬよなりけり(後撰937・伊勢集17、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  思ふやうなる世もあらは・ひとにまさり
  ける心さしの程しらせたてまつるへきひと
  ふしなんある・たわやすくこといつへきこと
  にもあらねは・いのちのみこそなとの給ふ程」35オ

  に・かしこにたてまつれ給へる・御つかひい
0111【かしこに】-左大臣の事
  たくゑひすきにけれは・すこしはゝかるへ
  きことゝもわすれて・けさやかにこのみなみ
  おもてにまいれり・あまのかるめつらしき
  玉もに・かつきうつもれたるを・さなめりと
0112【玉もにかつき】-\<朱合点> 後 何せんにへたの見る目を思けん奥つ玉もをかつく身にして黒主(後撰1099・古今六帖3338、花鳥余情・等過小・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  人/\見る・いつの程に・いそきかき給へらん
  と見る(△△&見る)も・やすからすはありけんかし・宮も
0113【宮も】-匂宮御心中
  あなかちにかくすへきにはあらねと・さしくみは
  猶いとおしきを・すこしのようゐはあれかし
0114【ようゐはあれかし】-使事
  と・かたはらいたけれと・いまはかひなけれは・」35ウ

  女房して・御ふみとりいれさせ給・おなしくは・
  へたてなきさまに・もてなしはてゝむと・
  おもほして・ひきあけ給へるに・まゝはゝの
0115【まゝはゝの宮】-落葉宮御事
  宮の御てなめりとみゆれは・いますこし心や
  すくて・うちをき給へり・せんしかきにて
  も・うしろめたのわさやさかしらは・かたはら
0116【さかしらは】-文ことは也
  いたさに・そゝのかしはへれと・いとなや
  ましけにてなむ
    をみなえししほれそまさるあさ露の
  いかにをきける名残なるらんあてやかに」36オ

  おかしくかき給へり・かことかましけなるも
  わつらはしやまことは・心やすくて・しはしはあらむ
  と思ふよを・おもひのほかにも・あるかなゝと
  はの給へと・またふたつとなくてさるへき
  物におもひならひたる・たゝ人のなかこそ・
  かやうなる事のうらめしさなとも・みる人
  くるしくはあれ・思へはこれは・いとかたし・
  つゐにかゝるへき御事なり・宮たち
  ときこゆるなかにも・すちことによ人おもひ
  聞えたれは・いくたりも/\えたまはん事」36ウ
0117【いくたりも】-妻

  も・まときあるましけれは・人もこの御方いと
  おしなとも・思ひたらぬなるへし・かはかり
  もの/\しく・かしつきすゑ給て・こゝろくる
0118【すゑ給て】-六ー
  しきかたおろかならすおほしたるをそ・
  さいはいおはしけるときこゆめる・身つから
0119【身つから】-中君
  の心にもあまりにならはし給うて・にはかに
  はしたなかるへきか・なけかしきなめり・かゝ
  る道をいかなれは・あさからす人の思らん
  と・むかしものかたりなとを見るにも・人の
  うへにてもあやしくきゝ思ひしは・けに」37オ

  おろかなるましきわさなりけりと・わか身に
  なりてそなに事も思ひしられ給ける・宮
0120【宮は】-匂宮御事
  はつねよりもあはれにうちとけたるさまに・
  もてなし給て・むけにものまいらさなる
  こそ・いとあしけれとて・よしある御くた物
  めしよせ・又さるへき人めして・ことさらに・
  てうせさせなとしつゝ・そゝのかしきこえた
  まへと・いとはるかにのみおほしたれは・みくるし
  きわさかなと・なけき聞え給に・くれぬれは・
  ゆふつかた・しむ殿へわたり給ぬ・風すゝしく・」37ウ

  おほかたの空おかしき比なるに・いまめかし
  きに・すゝみ給へる御こゝろなれは・いとゝしく
0121【すゝみ給へる】-匂心
  えんなるにものおもはしき人の御心のうちは・
  よろつにしのひかたき事のみそおほ
  かりける・日くらしのなく声に・山のかけ
0122【日くらしのなく声に】-\<朱合点> 古今ひくらしの鳴つるなへに日はくれ(古今204・古今六帖4007・猿丸集28、河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  のみこひしくて
    大かたにきかましものを日くらしの
0123【大かたに】-中宮
  声うらめしき秋のくれ哉こよひはまた
0124【こよひはまた】-中宮御心中
  ふけぬにいて給ふ也・御さきの声のとを
  くなるまゝに・あまもつりすはかりに」38オ
0125【あまもつりすはかりに】-\<朱合点> 恋わひてねをのみなけはしき妙の枕の下に海人そつりする(俊頼髄脳353、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  なるも・われなからにくき心かなと・思ふ/\
  きゝふし給へり・はしめよりものおもはせ
  給△(△#)しありさまなとを・思ひいつるもう
  とましきまておほゆ・このなやましき
  ことも・いかならんとすらむ・いみしく命
  みしかき・そうなれは・かやうならんついて
  にもやと・はかなくなりなむとす覧と
  思ふにはおしからねと・かなしくもあり・又
  いとつみふかくもあなるものをなと・まと
  ろまれぬまゝに思ひあかし給ふ・その日はき」38ウ

  さいの宮なやましけにおはしますとて・た
  れも/\まいり給へれと・御風におはし
  ましけれは・ことなる事もおはしまさす
  とて・おとゝはひるまかて給にけり・中納言
0126【おとゝ】-夕
0127【中納言の君】-薫
  の君さそひきこえ給て・ひとつ御車にて
  そいて給にける・こよひのきしきいかならん
0128【こよひのきしき】-匂宮嫁娶の後三日の夜の事也
  きよらを・つくさんとおほすへかめれと・かきり
  あらんかし・この君も心はつかしけれと・し
0129【この君】-かほる事
  たしきかたのおほえは・わかかたさまに
  又さるへき人もおはせす・ものゝはえに」39オ

  せんに心ことに・おはする人なれはなめりかし・
  れいならすいそかしくまて給て人のうへに
  見なしたるをくちおしとも思たらす・な
  にやかやともろ心にあつかひ給へるを・おとゝ
0130【おとゝ】-夕霧
  は人しれすなまねたしとおほしけり・よ
  ひすこし過る程におはしましたり・しん殿
  のみなみのひさしひんかしによりて・おまし
  まいれり・御たゐやつ・れいの御さらなと
0131【やつ】-八
  うるはしけにきよらにて・またちいさ
  きたいふたつに・花そくの御さらなとも・」39ウ
0132【御さら】-皿

  いまめかしくせさせ給て・もちゐまいらせた
  まへり・めつらしからぬ事かきをくこそ
0133【かきをく】-書
  にくけれ・おとゝわたり給て・夜いたうふけ
  ぬと女房してそゝのかし申給へと・いとあさ
  れてとみにもいてたまはす・北の方の
0134【北の方の御はらから】-致仕太政大臣の御子達なり
  御はらからの左衛門督・藤さい相(△&相)なとはかり
  ものし給からうしていて給へる御さま・いと
  見るかひある心ちす・あるしの頭中将さか
  月さゝけて・御たいまいるつき/\の御かはら
  け・ふたゝひ・みたひまいり給・中納言のいたく」40オ
0135【中納言】-かほる事

  すゝめ給へるに・宮すこしほをゑみ給へり・わつ
0136【宮】-匂
  らはしきわたりをと・ふさはしからす思て
  いひしを・おほしいつるなめり・されと見しら
  ぬやうにていとまめなり・ひんかしのたいに
  いて給て・御ともの人/\もてはやし給・おほえ
  ある殿上人ともいとおほかり・四位六人は・女の
  さうそくに・ほそなかそへて・五ゐ十人はみへ
0137【みへかさねのからきぬ】-唐衣文三重タスキ織也
  かさねのからきぬ・ものこしもみなけちめ
0138【こしも】-小腰引腰
  あるへし・六位四人は・あやのほそなかはかまなと・
  かつはかきりあることを・あかすおほしけれは・」40ウ

  ものゝ色しさまなとをそ・きよらをつくし
  給へりける・めしつきとねりなとのなかには・
0139【めしつきとねりなと】-親王家摂家召継具せし例あり
  みたりかはしきまていかめしくなんあり
  ける・けにかくにきはゝしく花やかなる事は・
  見るかひあれはものかたりなとに・まつ
  いひたてたるにやあらむされと・くはしくは
  えそかそへたてさりけるとや・中納言殿
  の御せんのなかに・なまおほえあさやかなら
  ぬや・くらきまきれにたちましりたり
  けん・かへりて・うちなけきて・我とのゝなとか」41オ
0140【我とのゝ】-薫

  おいらかに・この殿の御むこにうちならせ給まふましき・
0141【この殿】-夕
  あちきなき御ひとりすみなりやと・中もん
  のもとにてつふやきけるを・聞つけ給ておか
  しとなんおほしける・よのふけてねふた
  きに・かのもてかしつかれつる人/\は心ち
  よけに・ゑひみたれて・よりふしぬらん
  かしとうらやましきなめりかし・君はいりて
0142【君は】-かほる御事
  ふし給て・はしたなけなるわさかな・こと/\
  しけなるさましたるおやのいてゐて・は
  なれぬなからひなれと・これかれひあかくかゝ」41ウ

  けてすゝめきこゆるさか月なとを・いと
  めやすく・もてなし給めりつるかなと・
  宮の御ありさまをめやすく思ひいてたて
0143【宮】-匂
  まつり給・けにわれにてもよしとおもふ・
  をんなこもたらましかは・この宮をき△(△#)
  たてまつりて・うちにたにえまいらせさらま
  しと思ふに・たれも/\宮にたてまつらん
  と心さし給へるむすめは・なを源中納言に
  こそと・とり/\にいひならふなるこ
  そ・我おほえのくちおしくはあらぬなめり」42オ

  な・さるはいとあまりよつかすふるめき
  たるものをなと・心おこりせらる・うちの
  御けしきあること・まことにおほしたゝむ
0144【御けしき】-女三
  に・かくのみ物うくおほえは・いかゝすへからん・
  おもたゝしきことにはありとも・いかゝは
  あらむいかにそ・こきみにいとよく似給へらん
0145【こきみに】-宇治姉君御事
  時にうれしからむかしと・思ひよらるゝは・さ
  すかにもてはなるましき心なめりかし・
  れいのねさめかちなる・つれ/\なれは・
  あせちの君とて人よりはすこし思ひまし」42ウ
0146【あせちの君】-女三女房

  給へるか・つほねにおはしてそのよはあかし
  給つ・あけすきたらむを・人のとかむへきにも
  あらぬに・くるしけにいそきおき給を・たゝなら
  す思ふへかめり
    うちわたしよにゆるしなきせきかはを
0147【うちわたし】-あせちの君
0148【せきかは】-相坂
  見なれそめけん名こそおしけれいとおし
0149【見なれ】-水孤
  けれは
    ふかゝらすうへはみゆれとせきかはの
0150【ふかゝらす】-かほる
0151【せきかはのしたのかよひ】-あさくこそ人ハみるとも関川のたゆるこゝろハあらしとそ思ふ元良親王(新勅撰875・元良集133・大和物語161、異本紫明抄・花鳥余情・一葉抄・弄花抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  したのかよひはたゆる物かはふかしとの給はん
  にてたに・たのもしけなきをこのうへのあ」43オ

  さゝは・いとゝこゝろやましくおほゆらむかし・
  つま戸をしあけてまことは・このそら
  み給へ・いかてかこれをしらすかほにては・あか
  さんとよ・えんなる人まねにてはあらて・
  いとゝあかしかたくなり行・よな/\のねさめ
  には・この世かのよまてなむ思ひやられて・あ
  はれなるなといひまきらはしてそいて給・
  ことにおかしき事の数をつくさねと・さま/\(/\$<朱墨>)
  のなまめかしき・みなしにやあらむ・なさけな
  くなとは人におもはれ給はす・かりそめのた」43ウ

  はふれことをも・いひそめ給へる人のけちかくて・
  見たてまつらはやとのみ・思きこゆるに
  や・あなかちによをそむき給へる・宮の御方
  に・えん(ん+を)たつねつゝ・まいりあつまりて
  さふらふも・あはれなる事・程/\につけつゝ
  おほかるへし・宮は女君の御ありさまひるみ
  きこえ給に・いとゝ御心さしまさりけり・おほ
  きさ・よき程なる人のやうたい・いときよけに
  て・かみのさかりは・かしらつきなとそ・ものより
  ことにあなめてたと見え給ける・色あひ」44オ

  あまりなるまて・にほひて・もの/\しく・け
  たかきかほのまみ・いとはつかしけに・らう/\
  しくすへて・何事もたらひて・かたち
  よき人といはむに・あかぬところなし・廿に
  ひとつふたつそあまり給へりける・いはけ
  なき程ならねは・かたなりにあかぬ所なく・
  あさやかにさかりの花とみえ給へり・かきり
  なくもてかしつき給へるに・かたほならす
  けにおやにては・心もまとはし給つへかりけ
  り・たゝやはらかにあい行つき・らうたき事」44ウ

  そ・かのたいの御かたは・まつおもほし出られ
  ける・ものゝ給いらへなとも・はちらひたれと・
  又あまりおほつかなくはあらす・すへていと見
  所おほく・かと/\しけ也・よきわか人とも・卅
  人はかり・わらは六人・かたほなるなく・さうそく
  なとも・れいのうるはしきことはめなれて・おほ
  さるへかめれは・ひきたかへ心得ぬまてそ・
  このみそし給へる・三条殿はらの大君を・
0152【このみそし給へる】-そしハ殺也このみに事をそき簡略する心なり
0153【三条殿】-雲ー
0154【大君】-姉姫ー女御
  春宮にまいらせ給へるよりも・この御事を
  はことに思ひをきてきこえ給へるも・宮の」45オ
0155【宮の】-匂

  御おほえありさまからなめり・かくて後・
  二条の院に・え心やすくわたり給はす・かるらか
0156【二条の院】-匂
  なる御身ならねは・おほすまゝにひるの程な
  とも・えいて給はねは・やかておなしみなみの
0157【おなしみなみのまち】-六条院の南町也匂宮のもとすみ給し所也六君も六条院にすみ給ふなり
  まちに・としころありしやうにおはしまし
  てくるれは・又えひきよきてもわたり給はす
  なとして・まちとをなるおり/\あるを・
0158【まちとをなる】-中君御事也
  かゝらんと(△&と)することゝは思ひしかと・さしあたり
  ては・いとかくやはなこりなかるへき・けに
0159【けに心あらむ人は】-中ー心
  心あらむ人は・数ならぬ身をしらて・まし」45ウ

  らふへき世にもあらさりけりとかへす/\
  も山ちわけいてけんほと・うつゝともお
  ほえすくや(△&や)しくかなしけれは・猶いかて
  しのひてわたりなむと(と#)・むけにそむくさま
  にはあらすとも・しはし心をもなくさめはや・
  にくけにもてなしなとせはこそうたて
0160【にくけに】-匂
  もあらめなと・こゝろひとつに思ひあまり
  てはつかしけれと・中納言とのにふみたて
0161【中納言との】-中君
  まつれ給・一日の御事をはあさりのつたへ
0162【一日の御事をは】-ふみ詞
  たりしに・くはしくきゝ侍にき・かゝる御」46オ

  心のなこりなからましかは・いかにいとおし(し+く<朱>)と思
  給へらるゝにも・をろかならすのみなん・さり
  ぬへき(き#)くは身つからもときこえ給へり・みち
  のくにかみに・ひきつくろはすまめたちかき給へる
  しも・いとおかしけ也・宮の御き日にれいの
0163【いとおかしけ也】-かほる心中
  事とも・いとたうとくせさせ給へりけるを・
  よろこひ給へるさまのおとろ/\しくはあら
  ねと・けに思ひしり給へるなめりかし・
  れいはこれよりたてまつる御返をたに・
  つゝましけにおもほして・はか/\しくも」46ウ

  つゝけ給はぬを・身つからとさへのたまへる
  かめつらしくうれしきに・心ときめきもしぬ
  へし・宮のいまめかしく・このみたち給へる
  程にて・おほしをこたりけるも・けに心く
  るしくおしはからるれは・いとあはれにて
  おかしやかなる事もなき・御ふみを・うち
  もをかす・ひき返し/\見ゐ給へり・御かへり
  はうけ給りぬ・一日はひしりたちたるさま
0164【うけ給りぬ】-返事詞
0165【ひしりたちたる】-八宮仏事
  にて・ことさらにしのひはへしも・さ思ひた
  まふるやう侍ころほひにてなん・なこりと」47オ

  の給はせたるこそ・すこしあさく成にたる
  やうにと・うらめしく思ふたまへらるれ・よ
  ろつはさふらひてなん・あなかしこと・すく
  よかにしろきしきしの・こは/\しきにて
  あり・さて又の日のゆふつかたそわたり給へる・
  人しれす思ふ心しそひたれは・あいなく心
  つかひいたくせられてなよゝかなる御そとも
  を・いとゝにほはしそへ給へるは・あまりおと
  ろおとろしきまてあるに・丁しそめの
0166【丁しそめ】-丁子煎引
  あふきのもてならし給へるうつりかなと」47ウ

  さへ・たとへんかたなくめてたし・女君も・
  あやしかりしよのことなと・思いて給折/\・
  なきにしもあらねは・まめやかに・あはれなる
  御心はへの人にゝす・ものし給ふを・見る
  につけても・さてあらましをとはかりは・思
0167【さてあらましを】-\<朱合点> 逢事のなきよりかねてつらけれハさてあらましにぬるゝ袖かな(後拾遺640・相模集43)
  やし給覧・いはけなき程にし・おはせねは
  うらめしき人の御ありさまを・おもひくら
  ふるには・何事も・いとゝこよなく思しられ給
  にや・つねにへたておほかるもいとおしく・もの
  思ひしらぬさまに・思ひ給ふらむなと思ひ給て・」48オ

  けふはみすのうちにいれたてまつり給て・
  もやのすたれに・き丁そへて我はすこし・
  ひきいりて・たいめんし給へり・わさとめしと
0168【わさとめし】-薫詞 召
  侍らさりしかと・れいならす・ゆるさせ給へりし・
  よろこひに・すなはちも・まいらまほしく
  侍りしを・宮わたらせ給ふと・うけたま
  はりしかは・おりあしくやはとて・けふになし
  侍にける・さるはとし比のこゝろのしるしも・
  やう/\あらはれ侍にや・へたてすこしうすら
  き侍にける・みすのうちよ・めつらしく侍る」48ウ

  わさかなとの給ふに・なをいとはつかしく・いひ
0169【なをいとはつかしく】-中君
  いてんこと葉もなき心ちすれと・一日う
0170【一日うれしく】-かほるの心宇治の山里をたうときかたにおほしゆつり給へりしなとの給ふし事ともなり
  れしくきゝ侍し心のうちを・れいのたゝむす
  ほゝれなから・すくし侍なは・思しるかたはし
  をたに・いかてかはとくちおしさにと・いとつゝ
  ましけにの給か・いたくしそきて・たえ/\
  ほのかにきこゆれは・心もとなくて・いと遠
  くも侍かな・まめやかにきこえさせうけたま
  はらまほしき世の御ものかたりも・侍る
  ものをとの給へは・けにとおほして・すこし」49オ
0171【けにとおほして】-中君

  みしろき・より給けはひをきゝ給にも・ふと
0172【ふとむねうちつふるれと】-かほる
  むねうちつふるれと・さりけなくいとゝ
  しつめたるさまして・宮の御こゝろはへ・も(も#)
  おもはすに・あさまし(まし$)うおはしけりとおほし
  くかつは・いひもうとめ・またなくさめも
  かた/\に・しつ/\ときこえ給ひつゝおはす
  女君は人の御うらめしさなとは・うちいてかた
  らひきこえ給ふへきことにもあらねは・
  たゝ世やはうきなとやうに・おもはせて・こと
0173【世やはうきなと】-\<朱合点> 世やハうき人やハつらき海人のかるもにすむ虫ハ我からそうき(出典未詳、紫明抄・河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  すくなにまきらはしつゝ・山さとにあからさま」49ウ

  に・わたし給へとおほしく・いとねんころに思て
  の給・それはしも・こゝろひとつにまかせては・え
0174【それはしも】-かほる詞
  つかうまつるましきことに侍り・猶宮に
  たゝ心うつくしく・きこえさせ△(△#)給て・彼
  御けしきにしたかひてなん・よく侍るへき・
  さらすはすこしもたかひめありて・心かろくも
  なとおほしものせんに・いとあしく侍なん・
  さたにあるましくは・道の程も御をくりむ
  かへも・おりたちてつかうまつらんに・なに
  のはゝかりかは侍らむ・うしろやすく人に似ぬ」50オ

  心のほとは・宮もみなしらせ給へりなとはいひ
  なから・おり/\は・すきにしかたのくやしさ
  をわするゝおりなく・ものにもかなやと
0175【ものにもかなやと】-\<朱合点> 執かへす物にもかなや世中をありしなからの我身とおもはん(出典未詳、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・弄花抄・一葉抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  とりかへさまほしきと・ほのめかしつゝ・やう
  やうくらくなりゆくまておはするに・いと
  うるさくおほえて・さらは心ちもなやまし
0176【さらは】-中君
  くのみ侍を・又よろしく思給へられん程に・
  何事もとていり給ぬるけしきなるかいと
  くちおしけれは・さてもいつはかりおほし
0177【さてもいつはかり】-かほる
  たつへきにか・いとしけくはへしみちの草」50ウ

  も・すこしうちはらはせ侍らんかしと・心とりに
  きこえ給へは・しはしいりさして・この月は
0178【しはしいりさして】-中君
  すきぬめれは・ついたちの程にもとこそは・
  思侍れたゝいとしのひてこそ・よからめなに
  かよのゆるしなと・こと/\しくとの給声の
0179【の給声の】-かほる心中
  いみしく・らうたけなるかなと・つねより
  もむかし思いてらるゝに・えつゝみあへてよ
  りゐ給へる・はしらの(の$)もとのすたれのした
  より・やをらをよひて御そてをとらへつ・
  女さりや・あな心うと思に・なに事かはい」51オ
0180【女】-中ー

  はれん・ものもいはて・いとゝひきいり給へは・
  それにつきて・いとなれかほになからは・うち
0181【なからは】-半
  にいりてそひふし給へり・あらすやしの
0182【あらすや】-非別事宇治ヘノ事
  ひては・よかるへくおほすこともありけるか・
  うれしきはひかみゝかきこえさせんとそ・
  うと/\しくおほすへきにもあらぬを・心
  うのけしきやとうらみ給へは・いらへすへき
0183【いらへすへき】-中宮
  心ちもせす・思はすににくゝ思なりぬるを・せ
  めておもひしつめて思ひのほかなりける
  御心の程かな・人の思らんことよ・あさましと」51ウ

  あはめてなきぬへきけしきなる・す
0184【すこしは】-かほる心中詞
  こしはことはりなれは・いとおしけれと・
  これはとかあるはかりの事かは・かはかりの
  たいめんは・いにしへをもおほしいてよかし・
  すきにし人の御ゆるしもありし物
0185【人】-姉
  を・いとこよなくおほしけるこそ中/\う
  たてあれ・すき/\しくめさましき心は
  あらしと・心やすくおもほせとて・いとのと
  やかにはもてなし給へれと・月比くやし
  とおもひわたる心のうちのくるしきまて・」52オ

  なりゆくさまを・つく/\といひつゝけ給
  て・ゆるすへきけしきにもあらぬに・せん
0186【ゆるすへきけしき】-中君
  かたなくいみしともよのつね也・中/\
  むけに心しらさらん人よりも・はつ
  かしく心つきなくてなき給ぬるを・こは
0187【こはなそ】-かほる詞
  なそあなわか/\しとはいひなから・いひしら
  すらうたけに心くるしきものから・よう
  ゐふかくはつかしけなるけはひなとの見し
  程よりも・こよなくねひまさり給にける
  なとを見るに・心からよそ人にしなして・かく(かく#)」52ウ

  かくやすからすものを思ふ事と・くやし
  きにも・又けにねはなかれけり・ちかくさふらふ
0188【ねはなかれけり】-\<朱合点> ならはねハ人のとわぬもつらからすくやしきにこそねハなかれけれ(新古今1400、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  女房ふたりはかりあれと・すゝろなるおとこ
  の・うちいりきたるならはこそは・こはいかなる
  ことそともまいりよらめ・うとからす・きこえ
  かはし給・御なからひなめれは・さるやうこそ
  はあらめと思に・かたはらいたけれは・しらす
  かほにてやをらしそきぬるに・いとおしきや・
  おとこ君は・いにしへをくゆる心のしのひかた
  さなとも・いとしつめかたかりぬへかめれと・」53オ

  むかしたにありかたかりし心のよういなれ
  は・なをいと思ひのまゝにも・もてなしきこえ
  給はさりけり・かやうのすちはこまかにもえ
  なん・まねひつゝけさりける・かいなき物から
  人めのあいなきを思へは・よろつにおもひ
  かへしていて給ぬ・またよひと思ひつれと・あか
  月ちかうなりにけるを・みとかむる人もやあらん
  と・わつらはしきも女の御ためのいとおしき
  そかし・なやましけに・きゝわたる・御心ちは・
  ことはりなりけり・いとはつかしとおほしたり」53ウ

  つる・こしのしるしに・おほくは・心くるしくおほえ
0189【こしのしるしに】-懐妊の女ノシルシノ帯ノコト也
  てやみぬるかな・れいのおこかましのこゝろやと
  思へと・なさけなからむ事は・なをいとほ
  いなかるへし・又たちまちの我心のみたれに
  まかせて・あなかちなる心をつかひてのち
  心やすくしもはあらさらむものから・わり
  なくしのひありかん程も・心つくしに
  女のかた/\おほしみたれん事よなと・さか
  しく思にせかれす・いまのまもこひしきそ・
  わりなかりける・さらに見てはえあるましく・」54オ

  おほえ給も・かへす/\あやにくなるこゝろ
  なりや・むかしよりはすこしほそやきて・
  あてにらうたかりつるけはひなとは・たちは
  なれたりともおほえす・身にそひたる心
  ちして・さらにこと/\もおほえすなりにたり・
  うちにいとわたらまほしけにおほいためるを・
  さもやわたしきこえてましなと思へと・
  まさに宮はゆるし給てんや・さりとて忍ひ
  てはたいとひんなからむ・いかさまし(し$)にして
  かは・人め見くるしからて・思ふ心のゆくへきと」54ウ

  心もあくかれてなかめふし給へり・またいと
  ふかきあしたに御ふみあり・れいのう
  はへはけさやかなるたてふみにて
    いたつらにわけつる道の露しけみ
0190【いたつらに】-かほる
  むかしおほゆる秋の空哉御けしきの心
  うさはことはりしらぬ・つらさのみなん聞え
0191【ことはりしらぬつらさ】-身をしれハうらみぬ物をなそもかくことわりしらぬつらさなるらん(出典未詳、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  させむ方なくとあり・御返しなからむも人
  のれいならすと見とかむへきを・いとくるしけれ
  は・うけ給りぬ・いとなやましくて・え聞え
0192【うけ給りぬ】-中君返事のこと葉
  させすとはかりかきつけ給へるを・あま」55オ
0193【あまりことすくなゝるかな】-かほる心中

  りことすくなゝるかなと・さう/\しくておかし
  かりつる御けはひのみ・こひしく思ひいてらる・
  すこしよのなかをもしり給へるけにや・
  さはかりあさましくわりなしとはおもひ
  給へりつるものから・ひたふるに・いふせく
  なとはあらて・いとらう/\しくはつかしけ
  なるけしきもそひて・さすかになつ
  かしくいひこしらへなとして・いたし
  給へる程の心はへなとを思ひ出るも・ねた
  くかなしくさま/\に・心にかゝりて・わひ」55ウ

  しくおほゆ何事もいにしへにはいとおほく
  まさりて・思出らる・なにかはこの宮かれはて
0194【この宮】-匂
  給ひなは・われをたのもし人にし給ふへきに
  こそはあめれ・さてもあらはれて・心やすきさま
  にえあらしを・しのひつゝ又おもひます人
  なき心のとまりにてこそはあらめなと・
  たゝこの事のみつとおほゆるそ・けしから
  ぬ心なるや・さはかりこゝろふかけに・さかし
  かり給へと・おとこといふものゝ心うかりける
  事よ・なき人の御かなしさは・いふかひなき」56オ

  事にて・いとかくくるしきまてはなかりけり・
  これはよろつにそおもひめくらされ給ひ
  ける・けふは宮わたらせ給ぬなと・人のいふをきく
  にも・うしろみの心はうせて・むね(ね+うち)つふれていと
  うらやましくおほゆ・宮はひころに成に(△&に)
  けるは・我心さへうらめしくおほされて・にはかに
  わたりぬ(ぬ#)給へるなりけり・なにかは心へたてた
0195【なにかは】-中君御心中
  るさまにも・見えたてまつらし・山さとにと
  思たつにも・たのもし人に思ふひとも・うと
  ましき心そひ給へりけりとみ給に・世中」56ウ

  いと所せくおもひなられて・猶いとうき身也
0196【うき身也けり】-\<朱合点> うきなから消せぬ物ハ身なりけりうら山しきハ水の泡なり(拾遺集1313・拾遺抄374・中務集293、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  けりと・たゝきえせぬほとはあるにまかせて・
  おひらかならんとおもひはてゝ・いとらうたけ
  にうつくしきさまに・もてなしてゐ給へれは・
  いとゝあはれにうれしくおほされて・日比
  のおこたりなと・かきりなくの給ふ・御はらも
  すこしふくらかになりにたるに・かのはち給しるし
  の・おひのひきゆはれたるほとなと・いと
  あはれにまたかゝる人をちかくても見
  給はさりけれは・めつらしくさへおほし」57オ

  たり・うちとけぬ所にならひ給て・よ
  ろつのこと心やすくなつかしくおほさるゝ
  まゝに・おろかならぬ事ともを・つきせす
  ちきり給(給$)のたまふをきくにつけても・かく
  のみことよきわさにやあらむと・あなかちなり
  つる人の御けしきも・おもひいてられてとし
  比年あは(△&は)れなる心はへなとは思わたりつれと・
  かゝるかたさまにてはあれをもあるまし
  きことゝ思ふにそ・この御ゆくさきのたの
  めは・いてやと思ひなからも・すこしみゝと」57ウ

  まりける・さてもあさましく・たゆめ/\
  て・いりきたりしほとよ・むかしの人にうと
0197【むかしの人】-大姫
  くてすきにし事なと・かたり給し心はへ
  はけにありかたかりけりと・猶うちとくへ
  くはたあらさりけりかしなと・いよ/\心
  つかひせらるゝにも・ひさしくとたえ給ん
  ことは・いとものおそろしかるへくおほえたまへ
  は・ことにいてゝはいはねとすきぬるかたよ
  りは・すこしまつはしさまに・もてなし
  給へるを・宮はいとゝかきりなくあはれと」58オ

  おもほしたるに・かの人の御うつり香のいと
  ふかくしみ給へるか・よのつねのかうのかに
  いれ・たきしめたるにもにす・しるき匂ひ
  なるを・そのみちの人にし・おはすれは・あや
  しと・ゝかめいて給て・いかなりしことそと・
  けしきとり給に・ことのほかに・もては
0198【ことのほかに】-中宮
  なれぬ事にしあれは・いはんかたなく・わり
  なくて・いとくるしとおほしたるを・されは
0199【されは】-匂宮
  よかならすさることはありなん・よもたゝ
  にはおもはしと思ひわたる事そかしと・御心」58ウ

  さはきけり・さるはひとへの御そなとも・
  ぬきかへ給てけれと・あやしく心よりほかに
  そ・身にしみにけるかはかりにては・のこり
  ありてしもあらしと・よろつにきゝにく
  くの給つゝくるに・心うくて・身そをき所
0200【心うくて】-中宮
  なき・おもひきこゆるさま・ことなるもの
  を・われこそさきになとかやうに・うちそむく
0201【われこそさきに】-\<朱合点> 六帖人なれハ我こそさきにわすれなめつれなきをしもなにかたのまん(古今六帖2122、花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 六君よりさきにむかへられ侍るにつきにおもひなさるゝとてうちそむき給ふへき事也
  きはゝことにこそあれ・又御心をき給はかり
  の程やはへぬる・思ひのほかにうかりける
  御心かなと・すへてまねふへくもあらす・」59オ

  いとおしけにきこえ給へと・も(も#<朱>)ともかくも
  いらへ給はぬさへ・いとねたくて
    また人になれける袖のうつりかを
0202【また人に】-兵部卿宮
  わか身にしめてうらみつる哉女はあさまし
  くの給ひつゝくるに・いふへきかたもなきを
  いかゝはとて
    見なれぬる中のころもとたのめしを
0203【見なれぬる】-中宮
  かはかりにてやかけはなれなんとてうち
0204【かはかりにて】-香によす
0205【うちなき給へる】-匂宮御心中
  なき給へるけしきのかきりなく・あはれ
  なるをみるにも・かゝれはそかしと・いと心」59ウ

  やましくて・われもほろ/\とこほし給そ・
  いろめかしき御心なるやまことにいみしき
  あやまちありとも・ひたふるには・えそ
  うとみはつましく・らうたけに心くるしき
  さまのし給へれは・えもうらみはて給はす・
  の給ひさしつゝかつはこしらへきこえ給・
  又の日も心のとかにおほとのこもり・おきて・
  御てうつ・御かゆなともこなたにまいら
  す・御しつらひなともさはかりかゝやく
  はかり・こまもろこしのにしき・あやを」60オ

  たちかさねたる・めうつしには・よのつねに
  うちなれたる心地して・人/\のすかたも・
  なえはみたる・うちましりなとして・いと
  しつかに見まはさる・きみはなよゝかなる・
0206【きみは】-中ー
  うす色ともに・なてしこのほそなかかさね
  て・うちみたれ給へる御さまの何事も・いと
  うるはしく・こと/\しきまてさかりなる人
  の御にほ(△△$にほ)ひ・なにくれに思くらふれは(は#<朱墨>)と・け
  をとりてもおほえす・なつかしくおかしき
  も・心さしのをろかならぬに・はちなきなめり」60ウ
0207【はちなきなめり】-はつかしきもなき心也

  かし・まろに・うつくしく・こえたりし人の
0208【こえ】-肥
  すこしほそやきたるに・色はいよ/\しろ
  くなりて・あてにおかしけ也・かゝる御うつり
  香なとの・いちしるからぬおりたに・あい行
  つき・らうたき所なとのなを人には・おほく
  まさりて・おほさるゝまゝには・これをはらから
  なとにはあらぬ人のけちかく・いひかよひてこと
  にふれつゝ・をのつから声けはひをも・きゝ
  見なん(ん#)れんは・いかてかたゝにもおもはん・
  かならすしかおほしぬへきことなるをと・」61オ

  わかいとくまなき御心ならひにおほししら
  るれは・つねに心をかけて・しるきさまな
  るふみなとやあると・ちかきみつし・こからひ
  つなとやうのものをもさりけなくて・さかし
  給へとさるものもなし・たゝいとすくよ
  かに・ことすくなにて・なを/\しきなとそ・
  わさともなけれと・ものにとりませなとし
0209【ものにとりませなと】-薫ノふみ
  てもあるを・あやし猶いとかうのみは
  あらしかしとうたかはるゝに・いとゝけふは・
  やすからすおほさるゝ事わりなりかし・」61ウ

  かの人のけしきも・心あらむ女のあはれと思ぬ
0210【かの人】-かほる
  へきを・なとてかは・事のほかには・さしはな
  たん・いとよきあはひなれは・かたみにそ思ひ
  かはすらむかしと・思やるそわひしく・はらたゝ
  しくねたかりける・なをいとやすからさり
  けれは・その日もえいて給はす・六条院には
  御ふみをそ・ふたゝひ三たひたてまつり給ふ
  を・いつのほとにつもる御ことの葉ならんと・
  つふやくおひ人ともあり・中納言のきみは・
  かく・宮のこもりおはするをきくにしも・」62オ

  心やましくおほゆれと・わりなしやこれは
  我心のおこかましくあしきそかし・うしろ
  やすくとおもひそめてしあたりのことを・かくは
  思へしやと・しゐてそ思ひかへして・さはいへ
  と・えおほしすてさめりかしと・うれしくも
  あり人/\のけはひなとのなつかしき程に・
  なえはみためりしをと・思ひやり給て・はゝ
  宮の御方にまいり給て・よろしきまう
  けの物ともやさふらふ・つかうへきことなん(ん$)と
  申給へは・れいのたゝむ月のほうしのれうに・」62ウ
0211【れいのたゝむ月の】-女三宮返答

  しろき物ともやあらむ・そめたるなとは・
  いまはわさとも・しをかぬを・いそきてこそせ
  させめとの給へは・なにかこと/\しきようにも
0212【なにかこと/\しきようにも】-かほる
  侍らす・さふらはんにしたかひてとて・みくしけ
  とのなとにとはせ給て・女のさうそくとも
  あまたくたりにほそなかともゝ・たゝある
  にしたかひて・たゝなるきぬあやなとゝり
  くし給・みつからの御れうとおほしきには・
  我御れうにありけるくれなゐのうちめ・なへて
  ならす(す#<朱>)ぬに・しろきあやともなとあまた」63オ

  かさね給へるに・はかまのくはなかりけるに・
  いかにしたりけるにか・こしのひとつあるを
0213【こしのひとつあるを】-ひきこしの事なり
  ひきむすひくはへて
    むすひける契ことなるしたひもを
0214【むすひける】-中納言
  たゝひとすちにうらみやはするたいふの君
  とて・おとなしき人のむつましけなるに
  つかはす・とりあへぬさまの見くるしきを・つ
  きつきしくもてかくしてなとの給て・御
  れうのはしのひやかなれとはこにてつゝ
0215【つゝみも】-袋
  みもことなり・御覧せさせねと・さき/\も」63ウ

  かやうなる御心しらひはつねのことにて・めな
  れにたれはけしきはみかへしなと
  ひこしろふへきにもあらねは・いかゝとも思
  わつらはて人/\にとりちらしなとしたれは・
  をの/\さしぬひなとす・わかき人/\の
  御まへちかくつかうまつるなとをそ・とり
  わきては・つくろひたつへき・しもつかへ
  とものいたくなえはみたりつるすかたとも
  なとに・しろきあはせなとにて・けちえん
  ならぬそ中/\めやすかりける・たれかは」64オ

  何事をもうしろみかしつききこゆる
  人のあらむ・宮はをろかならぬ御心さしの
  程にて・よろつをいかてとおほしをきてたれ
  と・こまかなるうち/\の事まては・いかゝはおほし
  よらむかきりもなく人にのみかしつかれて
  ならはせ給へれは・世の中うちあはすさひ
  しきこといかなるものともしり給はぬことはり
  なり・えんにそゝろさむくはなの露を・もて
  あそひてよはすくすへきものとおほしたる
  ほとよりは・おほすひとのためなれは・をのつ」64ウ

  からおりふしにつけつゝ・まめやかなる事
  まても・あつかひしらせ給こそ・ありかた
  くめつらかなることなめれは・いてやなと・そ
0216【いてやなとそしらはしけに】-宮の御うしろみのかたおろかなるやうにそしり申也
  しらはしけに・きこゆる御めのとなとも
  ありけり・わらはへなとの・なりあさやかなら
  ぬ・おり/\うちましりなとしたるをも・女
  君はいとはつかしく中/\なるすまゐにも
  あるかななと・人しれすおほす事なきに(に#<朱>)
  にしもあらぬに・ましてこのころは・よに
  ひゝきたる御ありさまのはなやかさに・かつは」65オ

  宮のうちの人の・み思はんことも・人けなき
  ことゝおほしみたるゝこともそひて・なけかし
  きを・中納言の君は・いとよくおしはかり聞え
  給へは・うとからむあたりには見くるしく・
  くた/\しかりぬへき心しらひのさまも・あな
  つるとはなけれと・なにかはこと/\しく・したて
  かほならむも・中/\おほえなく・見とかむる
  人やあらんとおほすなりけり・いまそ又
  れいのめやすきさまなるものともなと・せさ
  せ給て・御こうちきをらせ・あやのれう」65ウ
0217【あやのれう】-をりちんのこと也

  たまはせなとし給ける・この君しもそ宮
  にをとりきこえたまはす・さまことにかしつき
  たてられて・かたはなるまて心おこりもし・
  よを思すまして・あてなる心はへはこよ
  なけれと・こみこの御山すみをみそめ給し
  よりそ・さひしき所のあはれさは・さまことなり
  けりと心くるしくおほされて・なへての
  世をも思ひめくらし・ふかきなさけをも
  ならひ給にける・いとおしの人ならはしや
0218【いとおしの人ならはしや】-故宮にならハされ給て人のたえ/\しき事をもしり給ふ也
  とそ・かくてなをいかてうしろやすくおと」66オ

  なしき人にてやみなんと思ふにも・したかは
  す・心にかゝりてくるしけれは・御ふみなとをあり
  しよりは・こまやかにてともすれは・しのひあ
  まりたるけしき見せつゝ・きこえ給を女
0219【女君】-中君事
  君いとわひしき事そひたる身とおほし
  なけかる・ひとへにしらぬ人ならは・あなも
  のくるおしと・はしたなめさしはなたんにも・
  やすかるへきを・むかしよりさまことなる
  たのもし人にならひきて・今さらになか
  あしくならむも中/\人めあしかるへし・」66ウ

  さすかにあさはかにもあらぬ御心はへあり
  さまのあはれをしらぬにはあらす・さりとて
  心かはしかほに・あひしらはんも・いとつゝま
  しく・いかゝはすへからむと・よろつにおもひ
  みたれ給・さふらふ人/\も・すこしものゝいふ
  かひありぬへく・わかやかなるは・みなあたら
0220【みなあたらし】-新来の人ともなり
  し見・なれたるとては・かの山さとのふる
  女はら也・思ふ心をもおなし心になつかし
  く・いひあはすへき人のなきまゝには・こ
  ひめきみを思いて聞え給は(△&は)ぬおりなし・」67オ

  おはせましかは・この人もかゝる心をそへ給は
0221【この人】-かほる
  ましやと・いとかなしく宮のつらくなり
0222【宮の】-匂宮御事
  給はんなけきよりも・この事・いとくるしく
  おほゆ・おとこ君もしゐて・思ひわひて・
0223【おとこ君】-かほる
  れいのしめやかなるゆふつかたおはし
  たり・やかてはしに御しとねさしいて
  させ給て・いとなやましきほとにてなん・
  えきこえさせぬと・人してきこえいたし
  給へるを・きくにいみしくつらくて・なみた
0224【きくにいみしくつらくて】-かほる心中詞
  おちぬへきを・人めにつゝめは・しゐてま」67ウ

  きらはしてなやませ給おりは・しらぬそう
  なともちかくまいりよるを・くすしなとの
  つらにても・みすのうちには・さふらふまし
  くやは・かく人つてなる御せうそこなむ・かひ
  なき心ちするとの給て・いとものしけなる
  御けしきなるを・ひとよものゝけしきみ
  し人/\・けにいと見くるしく侍めりとて・
  もやのみすうちおろして・よひのそうのさに
  いれたてまつるを・女君まことに心ちもいと
  くるしけれと・人のかくいふにけちえんに」68オ

  ならむも・又いかゝとつゝましけれは・ものうな
  から・すこしゐさりいてゝ・たいめんし給へり・いと
  ほのかに時/\物の給ふ御けはひのむかし人の
0225【御けはひ】-かほる心中
0226【むかし人】-姉君御事
  なやみそめ給へりし比・まつ思出らるゝ
  も・ゆゝしくかなしくてかきくらす心ちし
  給へは・とみにものもいはれす・ためらひてそき
  こえ給・こよなくおくまり給へるも・いとつら
  くてすのしたよりき丁をすこしおし
  いれて・れいのなれ/\しけにちかつきより
  給か・いとくるしけれはわりなしとおほして・」68ウ

  少将といひし人をちかくよひよせて・むね
0227【むねなんいたき】-中君御詞
  なんいたきしはしおさへてとの給ふを
  聞て・むねはおさへたるはいとくるしく侍る物
0228【聞て】-かほる
  をと・うちなけきてゐなをり給ほとも・けにそ
  したやすからぬ・いかなれはかくしもつねに
0229【したやすからぬ】-\<朱合点> 拾 水鳥の下やすからぬ思ひにハあたりの水もこほらさりけり(拾遺集227・拾遺抄145、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄)
  なやましくはおほさるらむ・人にとひ侍しかは・
  しはしこそ心ちはあしかなれ・さて又
  よろしきおりありなとこそをしへ
  はへしか・あまりわか/\しく・もてなさせ給
  なめりとの給に・いとはつかしくてむねは」69オ
0230【むねはいつとなく】-中君返答

  いつともなく・かくこそは侍れ・むかしの人も
0231【むかしの人も】-かほる
  さこそはものし給しか・なかゝるましき
  人のするわさとか人もいひ侍めるとその給ふ・
  けにたれもちとせのまつならぬよをと
0232【けに】-中君
0233【たれもちとせのまつならぬよ】-\<朱合点> うくも世の思ふ心にかなハぬにたれも千とせのまつならなくに<朱>(古今六帖2096、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  思ふには・いと心くるしくあはれなれは・このめし
0234【このめしよせたる人】-少将か事
  よせたる人のきかんもつゝまれす・かたはら
  いたきすちのことをこそえりとゝむれ・昔
  より思ひきこえしさまなとを・かの御みゝ
0235【御みゝひとつ】-中君
  ひとつには・心えさせなから・人はかたわにもきく
  ましきさまに・さまよくめやすくそいひ」69ウ

  なし給を・けにありかたき御心はへにもと
  きゝゐたりけり・何事につけてもこ君の
0236【こ君の御事】-姉宮御事
  御事をそつきせす思ひ給へる・いはけなか
  りし程より世中をおもひはなれて・やみ
  ぬへきこゝろつかひをのみならひはへし
  に・さるへきにや侍けんうときものから・をろか
  ならすおもひそめきこえ侍しひとふし
  に・かのほいのひしり心は・さすかに・たかひやしに
  けん・なくさめはかりに・こゝにもかしこにも・
  ゆきかゝつらひて・人のありさまを見んに」70オ

  つけて・まきるゝこともやあらんなと思ひ
  よる・おり/\侍れとさらにほかさまにはなひ
  くへくもはへらさりけり・よろつに思給わ
  ひては・の(の#<朱>)心のひくかたのつよからぬわさなりけれは・
  すきかましきやうにおほさるらむと・はつ
  かしけれとあるましき心のかけてもあるへ
  くはこそ・めさましからめたゝかはかりのほとにて・
  とき/\思ふ事をも聞こえさせうけたま
  はりなとしてへたてなくの給かよは△(△#<朱>)むを・誰
  かはとかめいつへきよの人にゝぬ心の程は・みな」70ウ

  人にもとかるましくはへるを・猶うしろや
  すくおほしたれなとうらみみ(み&ゝ)なきみき
  こえ給・うしろめたく思ひきこえは・かくあやし
0237【うしろめたく】-中君
  と人も見おもひぬへきまては・きこえ侍る
  へくや・としころこなたかなたにつけつゝ・見
  しる事ともの侍しかはこそ・さまことなる
  たのもし人にていまはこれよりなと・おとろかし
  きこゆれは(は$)との給へは・さやうなるおりもお
0238【さやうなるおりも】-かほる
  ほえはへらぬものを・いとかしこきことにおほし
  をきてのたまはするや・この御山さといてたち」71オ

  いそきに・からうしてめしつかはせ給へきそれも
  けに御覧ししるかたありてこそはと・をろ
  かにやは思ひ侍なとの給て・なをいとものうら
  めしけなれと・きく人あれは思ふまゝにも
  いかてかはつゝけ給はん・とのかたをなかめいたし
  たれは・やう/\くらくなりにたるに・むしの
  声はかりまきれなくて・山のかた・をくらく
0239【山のかたをくらく】-二条院の庭のつき山なり
  なにのあやめも見えぬに・いとしめやかなる
  さまして・よりゐ給へるも・わつらはしとのみ・
0240【わつらはしと】-中君御心中
  うちにはおほさる・かきりたにあるなと忍ひ」71ウ
0241【かきりたにある】-\<朱合点> 恋しさのかきりたにある世なりせはつらきをしいてなけかさらまし(続古今1306・古今六帖2571・是則集36、源氏釈・奥入・紫明抄・河海抄) かほる詞

  やかに・うちすむして思ふたまへわひにて侍り
  をとなしのさと・もとめまほしきを・かの(の+山)さとの
0242【をとなしのさと】-\<朱合点> 拾ー 恋わひぬねをたになかん声たてゝいつこなるらんをとなしの瀧<朱>(拾遺集749・拾遺抄307・古今六帖1296、源氏釈・奥入・異本紫明抄・河海抄)
  わたりに・わさとてらなとはなくとも・むかしおほ
0243【むかしおほゆる人かた】-唐高宗御子七歳ニテ死遺愛寺ニ形キサミ置
  ゆる人かたをもつくりゑにもかきとりて
0244【つくりゑにもかきとりて】-李夫人形甘泉殿ニ画
  こなひ侍らむとなん思ふ給へ・なりにたる
  との給へは・あはれなる御ねかひに又うたて・み
0245【あはれなる御ねかひ】-中君御詞
0246【みたらしかはちかき心地】-\<朱合点>
  たらしかはちかき心地する人かたこそ・思ひ
  やり・いとおしくはへれ・こかねもとむる
0247【こかねもとむるゑし】-\<朱合点>
 毛延寿ト云画師ハ斑金人形画也
  ゑしもこそなと・うしろめたくそ侍やと
  の給へは・そよ・そのたくみも・ゑしもいかてか・心に」72オ
0248【そよそのたくみも】-かほる詞

  はかなふへきわさならん・ちかき世に花ふら
0249【花ふらせたるたくみ】-\<朱合点> ひたのたくみハ人形をつくりて物をいはせ侍りとなん又はかり事に花をもふらせけるとなん
  せたるたくみも侍りけるを・さやうならむ
  へ化の人もかなと・とさまかうさまに忘ん
  かたなきなしを・なけき給ふけしきの心
0250【けしきの】-中君御心中詞
  ふかけなるも・いとおしくていますこし
  ちかくすへりよりて・人かたのついてに・
0251【人かたのついてに】-手習の君の事をいひ出んとて人かたのついてにといへり
  いとあやしく思ひよるましき事を
  こそ思ひいてはへれとの給ふ・けはひのすこし
0252【けはひのすこしなつかしきも】-かほる
  なつかしきもいとうれしくあはれに
  て何事にかといふまゝに・き丁のしたよ」72ウ

  りてをとらふれは・いとうるさく思ひならる
0253【いとうるさく思ひならるれと】-中君
  れと・いかさまにしてかゝる心をやめてなたら
  かにあらんとおもへは・このちかき人のおもはん
  ことのあいなくてさりけなく・もてなし
  給へり・とし比はよにやあらむともしらさり
  つる人のこのなつころとをき所よりもの
  して・尋いてたりしを・うとくは思ましけれ
  と・又うちつけにさしもなにかはむつひ思はん
  と思侍しを・さいつ比きたりしこそ・あや
  しきまてむかし人の御けはひにかよひ」73オ

  たりしかは・あはれにおほえなりにしか・かたみ
  なとかうおほしの給めるは・中/\何事も
  あさましく・もてはなれたりとなん見る
0254【たり】-さりとあるへき也故姫君にとてはなれすにかよひたる心なるへし
  人/\もいひ侍しを・いとさしもあるまし
0255【いとさしもあるましきひと】-故姫君と一腹にてもなき人のかよひたる心なり
  きひとのいかてかは・さはありけんとの給を・
  ゆめかたりかとまてきく・さるへきゆへあれは
0256【ゆめかたりかと】-かほる心中詞
  こそはさやうにもむつひきこえらるらめ・
  なとか今まて・かくもかすめさせ給は・さらん
  との給へは・いさやそのゆへも・いかなりけん
0257【いさやそのゆへも】-中君返答
  事とも思ひわかれ侍らす・ものはかなき」73ウ

  ありさまともにて・よにおちとまりさす
  らへんとすらむことゝのみ・うしろめたけに
  おほしたりし事ともを・たゝひとり
  かきあつめて・思ひしられ侍に・又あいな
  きことをさへうちそへて・人もきゝつたへん
  こそいと/\おしかるへけれとの給けしきみる
0258【けしきみるに】-かほる心中
  に・宮のしのひてものなとの給ひけん人の・
  しのふくさつみをきたりけるなるへしと・
0259【しのふくさつみをきたりける】-\<朱合点> 故宮の落胤腹の女をいふなり<右> むすひをく形見の子たになかりせハなにゝしのふの草をつまゝし<左>(後撰1187・古今六帖3133、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  見知(知#)しりぬ・にたりとの給ゆかりに・みゝとま
  りて・かはかりにては・おなしくは・いひはてさせ」74オ

  給うてよと・いふかしかり給へと・さすかにかた
0260【さすかにかたはらいたくて】-中君
  はらいたくて・えこまかにもきこえ給はす・
  尋んとおほす心あらは・そのわたりとは聞え
  つへけれと・くはしくしもえしらすや・又
  あまりいはゝ・心をとりもしぬへき事
  になんとの給へは・よをうみなかにも・たまの
0261【よをうみなかにも】-かほる
0262【たまのありか尋ねには】-\<朱合点> 貴妃事
  ありか尋ねには・心のかきりすゝみぬへきを・
  いとさまて思ふへきにはあらさなれと・いとかく
  なくさめんかたなきよりはと・思ひより侍
  ひとかたのねかひはかりにはなとかは・山さとの」74ウ

  本そんにも思はへらさらん・なをたし
0263【本そん】-尊
  かにの給はせよと・うちつけにせめきこえ給・い
0264【いさやいにしへの】-中君
  さやいにしへの御ゆるしもなかりしことを・
  かくまてもらしきこゆるも・いとくちかる
  けれとへ化のたくみ・もとめ給いとおしさに
  こそかくもとて・いととをし(し#<朱>)き所に・とし比
0265【いととをき所】-常陸国をいふ
  へにけるを・はゝなる人のうれはしきことに
  思ひて・あなかちに尋よりしを・はしたなく
  も・えいらへてはへりしに・ものしたり
  し也・ほのかなりしかはにや・なに事も」75オ

  思し程よりは見くるしからすなんみえし・
  これをいかさまにもてなさむとなけく
  めりしを(を#<朱>)に・ほとけにならんはいとこよな
0266【ほとけにならんは】-薫本尊ト云ニ付ヲ
  きことにこそはあらめ・さまては・いかてかは
  なと・きこえ給・さりけなくて・かくうるさ
  き心を・いかていひはなつわさもかなと・思ひ
  給へると見るは・つらけれとさすかにあはれ也・
  あるましき事とは・ふかく思ひ給へるも
  のから・けせうに・はしたなきさまには・えもて
0267【けせうに】-顕証
  なし給はぬも・見しり給へるにこそはと思ふ」75ウ

  心ときめきに・よもいたくふけゆくを・うち
  には・人めいとかたはらいたくおほえ給て・うち
  たゆめて・いり給ぬれは・おとこ君ことはり
0268【おとこ君】-かほる
  とは・返/\おもへと・なをいとうらめしくくち
  おしきに・思ひしつめんかたもなき心地
  して・涙のこほるゝも人わろけれは・よろつに
  思ひみたるれと・ひたふるにあさはかならむ・
  もてなしはた・なをいとうたて・我ためもあい
  なかるへけれはねんし返して・つねよりも
  なけきかちにていて給ぬ・かくのみ思ひては・」76オ

  いかゝすへからむくるしくもあるへきかな・い
  かにしてかはおほかたのよには・もときあるましき
  さまにて・さすかに思ふ心のかなふわさを・すへからむ
  なとおりたちて・れむしたる心ならねは
0269【れむしたる心】-錬ハ調練したる心也
  にや・我ため人のためも・心やすかるましき事
  を・わりなくおほしあかす(す+に・)似たりとの給つる
  人も・いかてかはまことかとは・見るへきさはかり
0270【さはかりのきは】-母君のなを人なるをいふ也
  のきはなれは・思ひよらんにかたくはあらす
  とも・人のほいにもあらすは・うるさくこそある
  へけれなと・なをそなたさまには・心もたえ」76ウ

  す・うちの宮を・ひさしく見給はぬ時は・いとゝ
  むかしとをくなる心ちして・すゝろに心ほそ
  けれは・九月廿よ日はかりに・おはしたりいとゝ
0271【おはしたり】-薫
  しく風のみふきはらひて・心すこくあらまし
  けなる・水のをとのみ・やともりにて人かけ
  もことに見えす・みるには・まつかきくらし
  かなしき事そ・かきりなき・弁のあまめし
  いてたれは・さうしくちに・あをにひのき丁
  さしいてゝ・まいれり・いとかしこけれと・ま
  していとおそろしけに侍れは・つゝまし」77オ

  くてなむとまほにはいてこす・いかになかめ給
  らんと・おもひやるにおなし心なる人もな
  き・ものかたりもきこえんとてなん・はか
  なくもつもるとし月かなとて・涙をひと
  めうけておはするに・老ひとはいとゝさらにせき
  あへす・人のうへにてあいなくものをおほす
  めりしころの空そかしと・思給へいつる
  に・いつと侍らぬなるにも秋の風は身に
  しみて・つらくおほえ侍て・けにかのなけ
  かせ給めりしも・しるき世の中の御あり」77ウ

  さまを・ほのかにうけたまはるも・さま/\
  になんときこゆれは・とある事も・かゝる
  こともなからふれは・なほるやうもあるを・
  あちきなくおほししみけんこそ・我あやまち
  のやうになをかなしけれ・この比の御ありさま
  は・なにかそれこそ・よのつねなれ・されとうしろ
  めたけには見えきこえさめり・いひても/\
  むなしき空にのほりぬるけふりのみこ
  そ・たれものかれぬ事なから・をくれさきたつ
  ほとは・猶いといふかひなかりけりとても又」78オ

  なき給ぬ・あさりめして・れいのかのき日の経
  仏なとの事の給・さてこゝに時々ものするに
  つけても・かいなきことのやすからすおほほゆる
  か・いとやくなきを・このしん殿こほちて・かの
0272【しん殿こほちて】-永承七年三月廿八日左大臣御堂立平等院六口僧修法華三昧
  山てらのかたはらに・たうたてむとなん思ふ
  を・おなしくはとくはしめてんとの給て・たう
  いくつ・らうとも・そうはうなとあるへき
  事とも・かきいての給せさせ給ふを・いとたう
  ときことゝ聞えしらす・むかしの人のゆへあ
  る御すまゐに・しめつくり給けん所を・ひき」78ウ

  こほたんなさけなきやうなれと・その御心
  さしもくとくのかたには・すゝみぬへくおほし
  けん(ん+を)・とまり給んひと/\・おほしやりてえ
  さは・をきて給はさりけるにや・いまは兵部卿
  の宮のきたのかたこそは・しり給へけれは・かの
  宮の御りやうとも・いひつへくなりにたり・
  されはこゝなから・てらになさんことは・ひんな
  かるへし・心にまかせて・さもえせし所のさま
  も・あまりかはつらちかく・けせうにもあれは・
  なをしん殿をうしなひて・ことさまにも・」79オ

  つくりかへんの心にてなんとの給へは・とさま
  かうさまに・いともかしこくたうとき御心
  なり・むかしわかれをかなしひてかはねをつゝ
0273【わかれをかなしひて】-\<朱合点> 勢至ノ因位事
  みて・あまたのとしくひにかけて侍ける人
  も・仏の御はうへんにてなん・かのかはねを(を#)
  のふくろをすてゝ・つゐにひしりのみちに
  もいり侍にける・このしん殿を御覧するに
  つけて・御心うこきおはしますらん・ひとつ
  には・たい/\しき事なり・又後の世のすゝめと
  もなるへきことに侍けり・いそきつかうま」79ウ

  つるへし・こよみのはかせ・はからひ申て侍らむ
0274【こよみのはかせ】-推古天皇始用暦
  日を・うけ給りて・ものゝゆへしりたらん
  たくみ・二三人をたまはりて・こまかなる事
  ともは・仏の御をしへのまゝにつかうまつらせ
  侍らむと申・とかくの給さためて・みさうの
  人ともめしてこのほとのことゝもあさりのい
  はんまゝにすへきよしなとおほせ給・はか
  なく暮ぬれはその夜は・とまり給ぬ・このた
  ひはかりこそ見めとおほして・たちめくり
  つゝみ給へは・仏もみな彼てらにうつして」80オ

  けれは・あま君のをこなひの具のみあり・いと
  はかなけにすまひたるをあはれにいかにし
  て・すくすらんと見給・このしんてんは・かへて
  つくるへきやうあり・つくりいてん程はかの
  らうにものし給へ・京の宮にとりわたさる
  へきものなとあらは・さうの人めしてある
  へからむやうにものし給へなと・まめやかなる
  事ともをかたらひ給・ほかにてはかはかりに・
  さた過なん人を何かと見いれ給へきにも
  あらねと・よるもちかくふせてむかしものかたり」80ウ

  なとせさせ給・故権大納言の君の御ありさ
0275【故権大納言の君】-尼君物かたり
  まもきく人なきに心やすくて・いとこま
  やかにきこゆ・いまはとなり給しほとにめつら
  しくおはしますらん御ありさまを・いふ
  かしく(く#<朱>)きものに思きこえさせ給めりし・
  御けしきなとの・おもひ給へ出らるゝに・
  かくおもひかけ侍らぬよのすゑに・かくて
  見たてまつり侍なん・かの御よにむつまし
  くつかうまつりをきししるしのをのつから
  侍けると・うれしくも・かなしくも思ひ給へ」81オ

  られはへる・心うき命の程にて・さま/\の事
  を見給へすくし思ひ給へしり侍るなん・
  いとはつかく(く#<朱>)しくこゝろうくはへる・宮より
  も時/\はまいりて見たてまつれ・おほつ
  かなくたえこもりはてぬるはこよなくおもひ
  へたてけるなめりなとの給はする・おり/\侍れ
  と・ゆゝしき身にてなんあみた仏より
  ほかには・見たてまつらまほしき人もなく
  なりて侍なときこゆ・こひめ君の御事とも
  はたつきせす・とし比の御ありさまなと」81ウ

  かたりてなにのおりなにとの給し・花紅葉
  の色を見てもはかなくよみ給けるうた
  かたりなとを・つきなからすうちわなゝきた
  れと・こめかしくことすくなゝるものから・
0276【こめかしく】-心むけのこまやかなるをいふ又おさなかましきにもかなへり
  おかしかりける人の御心はえかなとのみ・いとゝ
0277【おかしかりける人の】-かほる御心中
  きゝそへ給・宮の御方はいますこしいまめか
  しきものから心ゆるさゝらん人のた
  めには・はしたなくもてなし給ひつへく
  こそものし給めるを・われにはいとこゝろ
  ふかくなさけ/\しとはみえて・いかてすこし」82オ

  てんとこそ思ひ給へれなと・心のうちに思ひ
  くらへ給・さてものゝついてに・かのかたしろの
0278【さてものゝついてに】-かほる手習君の事をたつね給ふ
  ことをいひいて給へり・京にこのころ侍らん
0279【京に】-尼君
  とはえしり侍らす・人つてにうけ給りし
  事のすちなゝり・こ宮のまたかゝる山さとすみ
  もし給はす・故きたのかたのうせ給へり
  ける程・ちかゝりける比中将の君とて・さふらひ
  ける上らうの心はせなとも・けしうはあら
  さりけるを・(を+いと忍ひてはかなき程に物の給はせける<朱>)しる人も侍らさりけるに・女こ
  をなんうみて侍けるを・さもやあらんと」82ウ

  おほす事のありけるからに・あいなくわつら
  はしくものしきやうにおほしなりて・又
  とも御覧しいるゝこともなかりけり・あい
  なくそのことにおほしこりて・やかておほ
  かたひしりにならせ給ひにけるを・はした
  なく思ひて・えさふらはすなりにけるか・みち
  の国のかみのめになりたりけるを・ひとゝせの
  ほりて・そのきみたいらかにものし給ふよし・
  このわたりにもほのめかし申たりけるを・
  きこしめしつけて・さらにかゝるせうそこ」83オ

  あるへきことにもあらすとのたまはせ・
  はなちけれは・かひなくてなんなけき
  侍りける・さて又ひたちになりてくたり
  はへりにけるか・このとし比をとにも聞え
  給はさりつるか・此春のほりて・かの宮には尋ね
  まいりたりけるとなんほのかにきゝ侍し・
  かの君のとしは・はたちはかりになり給ぬらん
  かし・いとうつくしく・おいいて給ふかかな
0280【いとうつくしく】-中将君のふみにありしなり
  しきなとゝそ・なか比はふみにさへ・かきつゝ
  けてはへめりしかときこゆ・くはしく」83ウ
0281【くはしくきゝあきらめ給て】-かほる心中詞

  きゝあきらめ給て・さらはまことにてもあ
  らんかし・見はやと思ふこゝろいてきぬ・む
  かしの御けはひにかけても・ふれたらんは
  人はしらぬ国まても・尋しらまほしき心
  あるを・かすまへ給はさりけれと・ちかき人に
  こそはあなれ・わさとはなくとも・この渡り
  にをとなふおりあらむついてに・かくなんいひ
  しと・つたへ給へなとはかりの給をく・母
0282【母君は】-尼君詞
  君は故北の方の御めいなり・弁もはなれぬ
  中らにひに侍へきを・そのかみはほか/\に」84オ

  侍りてくはしくもみ給へなれさりき・
  さいつ比京より・たいふかもとより
  申たりしは・かのきみなんいかてかの御
0283【御はか】-ミ
  はかにたにまいらんとの給ふなる・さる心
  よせなと侍しかと・またこゝにさしはへて
  は・をとなはすはへめり・いまさらはさやのつ
  いてにかゝるおほせなとつたへ侍らむと
  きこゆ・あけぬれはかへり給はんとて・よへ
0284【あけぬれはかへり給はんとて】-かほる
  をくれてもてまいれる・きぬわたなとやう
  のもの・あさりにをくらせ給・あま君にも」84ウ

  たまふ・ほうしはらあま君の・けすともの
  れうにとて・ぬのなといふものをさへめして
  たふ・心ほそきすまゐなれと・かゝる御と
0285【心ほそきすまゐなれと】-尼君
  ふらひたゆまさりけれは・身のほとには
  めやすくしめやかにてなん・をこなひける・
  こからしのたへかたきまて・ふきとをし
0286【こからしのたへかたきまて】-かほる
  たるに・残るこすゑもなく・ちりしきたる
  もみちをふみわけゝる跡も見えぬを・
  見わたしてとみにもえいて給はす・いとけ
  しきあるみ山きにやとりたる・つたの」85オ

  色そまたのこりたる・こたになと・すこし
0287【こたに】-木蜩 木ニつく虫の名也
  ひきとらせ給て・宮へとおほしくてもた
0288【宮】-中ー
  せ給
    やとりきと思ひいてすはこのもとの
0289【やとりきと】-中納言
  たひねもいかにさひしからましとひとり
  こち給を・きゝてあまきみ
    あれはつるくちきのもとをやとりきと
0290【あれはつる】-弁の尼
  思ひをきける程のかなしさあくまてふ
0291【あくまてふるめきたれと】-かほる御返事
  るめきたれと・ゆへなくはあらぬをそ・いさゝか
  のなくさめにはおほしける・宮にもみちたて」85ウ

  まつれたまへれは・おとこみやおはしましける
0292【おとこみや】-匂宮御事
  ほとなりけり・みなみの宮よりとて何心も
0293【みなみの宮】-三条院
  なく・もてまいりたるを・女君れいのむつかし
  きこともこそと・くるしくおほせと・とり
  かくさんやは・宮おかしきつたかなと・たゝなら
  すの給て・めしよせて見給ふ御ふみには・ひ
  ころなに事かおはしますらむ・山さとに
  ものし侍りて・いとゝみねのあさきりに
0294【みねのあさきりに】-\<朱合点> 古今 かりのくる峯のあさきりはれすのみ思つきせぬ世中のうさ(古今935・新撰和歌255・古今六帖634・藤六集27、紫明抄・河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  まとひ侍つる・御ものかたりも身つから
  なん・かしこのしん殿・たうになすへき」86オ

  事あさりにいひつけ侍にき・御ゆるし
  侍りてこそは・ほかにうつすこともものし
  はへらめ・弁のあまに・さるへきおほせ事は
  つかはせなとそある・よくもつれなくかき
  給へるふみかな・まろありとそ・きゝつらむ
0295【まろありと】-匂宮御詞
  との給も・すこしはけにさやありつらん・女君
  は事なきをうれしと思給ふにあなかちに
  かくの給ふを・わりなしとおほして・うちゑん
  してゐ給へる御さま・よろつのつみもゆるし
0296【御さまよろつの】-匂宮御心中詞
  つへくおかし・かへりことかき給へ・みし」86ウ
0297【みしやとて】-匂

  やとてほかさまに・むき給へり・あまえて
0298【あまえて】-中君
  かゝさらむも・あやしけれは・山さとの御ありき
0299【山さとの御ありきの】-ふみ詞
  の・うらやましくも侍るかな・かしこはけにさ
  やにてこそよくと・思ひ給へしを・ことさらに
  又いはほのなか・もとめんよりは・あらしはつ
0300【いはほのなか】-\<朱合点> いかならん巌の中にすまハかく(古今952・古今六帖1002、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ましく・思ひ侍を・いかにもさるへきさまに・
  なさせ給はゝ・おろかならすなんときこえ給・
  かくにくきけしきもなき・御むつひなめり
0301【かくにくきけしきも】-匂宮御心中
  とみ給なから・我御心ならひに・たゝならし
  とおほすか・やすからぬなるへし・かれ/\なる」87オ

  せんさいのなかに・おはなのものよりことにて・
0302【おはなのものより】-\<朱合点> 古今 秋の野の草の手本か花すゝきほにいてゝなひく袖みゆらん(古今243・古今六帖3701・寛平后宮歌合86、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  てをさしいて・まねくか・おかしくみゆるに・
0303【てを】-手也
  またほに・いてさしたるも・露をつらぬき
  とむる・玉のをはかなけに・うちなひきたる
  なと・れいのことなれと・ゆふかせ猶あはれなる
  比なりかし
    ほにいてぬもの思ふらししのすゝき
0304【ほにいてぬ】-兵部卿宮
  まねくたもとの露しけくしてなつ
  かしきほとの御そともに・なおしはかりき給
  て・ひは(は#<朱>)わをひきゐ給へり・わうしきてう」87ウ

  のかきあはせを・いとあはれにひきなし給へは・
  女君も心にいり給へることにて・ものえん
  しもえしはてたまはす・ちいさきみき
  丁のつまより・けうそくによりかゝりて・ほの
  かにさしいて給へる・いと見まほしくらう
  たけなり
    秋はつる野辺のけしきもしのすゝき
0305【秋はつる】-中宮
  ほのめく風につけてこそしれわか身ひと
0306【わか身ひとつの】-\<朱合点> 大方ハ我身一のうきからになへての世をも恨つるかな(拾遺集953・拾遺抄346、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  つのとて・なみたくまるゝかさすかにはつかし
  けれは・あふきをまきらはして・おはする」88オ

  御心のうちも・らうたくをしはからるれと・
0307【御心のうちも】-匂宮御心中
  かゝるにこそ人もえ思ひはなたさらめと・う
  たかはしきか・たゝならて・うらめしきなめり・
  菊のまたよくもうつろひはてゝ・わさとつく
  ろひたてさせ給へるは・なか/\をそきに・いかなる
  ひともとにかあらむ・は(は#)いと見所ありて・
  うつろひたるを・とりわきておらせ給て・花
0308【花のなかにひとへにと】-\<朱合点> 不是偏花中愛菊 此花開後更無花<朱> 菊ノウツロフハ中ノ君の事に思よそへたる也<墨>
  のなかにひとへにとすし給て・なにかしのみこ
0309【なにかしのみこ】-\<朱合点> 西宮左大臣庭菊盛ニ天下琵琶伝秘曲事
  の花めてたるゆふへそかし・いにしへ天人の
  かけりて・ひわの手をしへけるは・何事も」88ウ

  あさく成にたる世は・ものうしやとて・御ことさし
  をき給ふを・くちおしとおほして心こそ
  あさくもあらめ・むかしをつたへたらむこと
  さへは・なとてか・さしもとておほつかなきてなと
  を・ゆかしけに・おほしたれは・さらはひとり
  ことは・さう/\しきに・さしいらへし給へ
  かしとて・人めしてさうの御こと・とりよせ
0310【御こととりよせ】-云琵琶ヲ琴ト
  させて・ひかせたてまつり給へと・むかしこそ
0311【むかしこそ】-中君
  まねふ人もものし給しか・はか/\しく
  ひきもとめすなりにしものをと・つゝまし」89オ

  けにて・手もふれ給はねは・かはかりの事も
0312【かはかりの事も】-匂宮御詞
  へたて給へるこそ・心うけれ・この比見るわたり
  またいと心とくへきほとにもな(な#あ)らねと・かた
  なりなるうゐことをも・かくさすこそあれ・
  すへて女はやはらかに・心うつくしきなんよ
  きことゝこそ・其中納言もさたむめりしか・
0313【其中納言】-此中納言誰人ともしられす
  かのきみにはたかくも・つゝみ給はしこよなき
  御中なめれはなと・まめやかにうらみられて
  そ・打なけきてすこししらへ給ふ・ゆるひ
0314【打なけきて】-中君
  たりけれは・はんしきてうに・あはせ給かき」89ウ

  あはせなと・つまをとけ(け=をイ)おかしけにきこゆ
  いせのうみうたひ給ふ御声のあてにおかしき
0315【いせのうみ】-\<朱合点>
  を・女はうもものゝうしろに・ちかつきまいり
  て・ゑみひろこりてゐたり・ふた心おはします
  は・つらけれと・それもことはりなれは・なをわか
  おまへをは・さいはひ人とこそは申さめ・かゝる
  御ありさまに・ましらひ給へくもあらさり
  し・所の御すまゐを・又かへりなまほしけに
  おほしての給はするこそ・いと心うけれなと・
  たゝいひにいへは・わかき人/\はあなかまや」90オ

  なと・せいす・御ことゝもをしへたてまつりなとし
  て・三四日こもりおはして・御ものいみなとこと
0316【三四日】-ミ<朱>
  つけ給を・かのとのにはうらめしくおほして・
0317【かのとのには】-六ー
  おとゝうちよりいて給けるまゝに・こゝにま
0318【おとゝ】-夕
  いり給へれは・宮こと/\しけなるさまして・
  なにしにいましつるそとよと・むつかり給へと・
  あなたにわたり給て・たいめんし給ふ・こと
0319【ことなる事なきほとは】-夕ー詞
  なる事なきほとは・このゐんを見て・久
  しくなり侍るも・あはれにこそなと・むかしの(の&の)
  (+御<朱>)ものかたりともすこしきこえ給て・やかて」90ウ

  ひきつれきこえ給て・いて給ぬ・御こともの
  とのはら・さらぬかんたちめ殿上人なとも・
  いとおほくひきつゝき給へる・いきほひ
  こちたきを見るに・ならふへくもあらぬそ・
  くしいたかりける・ひと/\のそきて・見たて
  まつりて・さもきよらにおはしけるおとゝ
  かな・さはかりいつれとなく・わかくさかりにて・
  きよけに・おはさうする・御こともの・似給ふ
  へきもなかりけり・あなめてたやといふもあり・
  又さはかりやむことなけなる・御さまにて」91オ

  わさとむかへにまいり給へるこそ・にくけれやす
  けなの世の中やなと・うちなけくもあるへし・
  御みつからも・きし方を思ひいつるより
0320【御みつからも】-中君
  はしめ・かの花やかなる御なからひに・たちまし
  るへくもあらす・かすかなる身のおほえをと・
  いよ/\心ほそけれは・なをこゝろやすくこ
  もりゐなんのみこそ・めやすからめなと・いとゝ
  おほえ給・はかなくてとしもくれぬ・正月つこ
  もりかたより・れいならぬさまになやみ
  給を・宮また御覧ししらぬことにて・いか」91ウ

  ならむとおほしなけきて・みすほうなと
  所/\にて・あまたせさせ給に・又/\はしめ
  そへさせ給・いといたくわつらひ給へは・きさい
  の宮よりも・御とふらひあり・かくてみとせに
  なりぬれと・ひと所の御心さしこそをろか
  ならね・おほかたのよにはもの/\しく(く+も<朱>)もて
  なしきこえ給はさりつるを・このおりそい
  つこにも/\・聞え給ける・中納言君は・宮の
  おほしさはくにをとらす・いかにをはせんとなけ
  きて・心くるしくうしろめたくおほさるれと・」92オ

  かきりある御とふらひはかりこそあれ・あまり
  も・えまかてたまはて・しのひてそ・御いのりなと
  もせさせ給ける・さるは女二の宮の御もき・只
0321【女二の宮】-今上御女
  このころになりて・世中ひゝき・いとなみのゝ
  しる・よろつのこと・みかとの御心ひとつなる
  やうに・おほしいそけは・御うしろみなきしも・
  そ中/\めてたけに見えける・女御のし
  をき給へることをはさるものにて・つくも
0322【つくも所】-作物所ト云
  所さるへき・すらうともなと・とり/\に・
  つかうまつることゝも・いとかきりなしや・」92ウ

  やかてその程に・まいりそめ給へきやうに
  ありけれは・おとこかたも心つかひし給
  比なれと・れいのことなれは・そなたさまに
  は・心もいらてこの御事のみいとおしく
  なけかる・きさらきのついたちころに・なおし
0323【なおしもの】-除目謬
  ものとかいふことに権大納言になり給て・右大
  将かけ給つ・右のおほいとの・ひたりにておはし
  けるか・しゝ給へる所なりけり・よろこひに・
  所/\ありき給て・この宮にもまいりた
0324【この宮】-匂宮
  まへり・いとくるしくし給へは・こなたにおはし」93オ

  ます程なりけれは・やかてまいり給へり・
  そうなとさふらひて・ひんなきかたにと・おと
  ろき給て・あさやかなる御なをし御したか
0325【御なをし御したかさねなと】-匂兵部卿宮ハ直衣下襲にて答拝ありめつらしき事也
  さねなと・たてまつり・ひきつくろひて(て#<朱>)
  給て・おりて・たうのはいし給御さまとも・
  とり/\にいとめてたく・やかてつかさのろく給ふ・
0326【やかてつかさのろく】-大将初任時其方中将以下請して大饗の事おこなふて禄を給ふなり
  あるしの所にと・さうしたてまつりた
  まふを・なやみ給人によりてそ・おほしたゆ
  たひ給める・右大臣殿のし給ひけるまゝに
0327【右大臣殿】-任ー
  とて・六条の院にてなんありける・ゑんかの」93ウ
0328【ゑんかのみこたち】-垣下の王卿といふハたとへハ請伴するをいふ

  みこたちかんたちめたいきやうにを
  とらす・あまりさはかしきまてなん・つとひ
  給ける・この宮もわたり給て・しつ心なけれは
0329【この宮も】-匂
  また事はてぬに・いそきかへり給ぬるを・
  大殿の御かたには・いとあかすめさましとの給・
  をとるへくもあらぬ御程なるを・たゝいまの
  おほえの・花やかさに・おほしおこりて・をし
  たちもてなし給へるなめりかし・からう
  して・そのあか月におとこにて・むまれ給へる
  を・宮もいとかひありて・うれしくおほし」94オ

  たり・大将殿も・よろこひにそへて・うれ
  しくおほす・よへおはしましたりし・
  かしこまりに・やかてこの御よろこひも・打
  そへて・たちなからまいり給へり・かくこ
  もりおはしませは・まいり給はぬ人なし・
  御うふやしなひ三日は・れいのたゝ宮の御わ
  たくしことにて・五日のよ・大将殿より・とん
0330【大将殿】-かほる事
0331【とんしき】-以柏葉包飯也
  しき五十く・五てのせに・わうはんなとは・
0332【わうはん】-[土+完]飯
  よのつねのやうにて・こもちの御まへのつ
  いかさね三十・ちこの御そ・いつへかさねにて・」94ウ

  御むつきなとそ・こと/\しからす・しのひ
  やかにしなし給へれと・こまかに見れは・わさ
  とめなれぬ心はえなと見えける・宮のおまへ
  にも・せんかうのおしき・たかつきともにて・
0333【せんかう】-浅香
  ふすくまいらせ給へり・女はうの御まへには・つい
0334【ふすく】-粉 粉熟餅葛ナト作食物
  かさねをは・さるものにて・ひわりこ三十さま/\し
  つくしたることゝもあり・人めにこと/\しく
  は・ことさらにしなし給はす・七日の夜はきさいの
  宮の御うふやしなひなれはまいり給・人/\
  いとおほかり・宮のたいふをはしめて・殿上人」95オ

  かむたちめ数しらすまいり給へり・うち
  にもきこしめして・宮のはしめてをとなひ
  給なるには・いかてかとの給はせて・御はかし
  たてまつらせ給へり九日もおほい殿より
0335【おほい殿】-夕霧
  つかうまつらせたまへり・よろしからすおほす
  あたりなれと・宮のおほさん所あれは・御この
  きんたちなとまいり給て・すへていと思事
  なけにめてたけれは・御身つからも月比
0336【御身つからも】-中君
  ものおもはしく・心ちのなやましきにつけ
  ても・心ほそくおほしたりつるに・かくおも」95ウ

  たゝしくいまめかしき事とものおほかれは・
  すこしなくさみもやし給らむ・大将殿は・
  かくさへ・をとなひはてたまふめれは・いとゝ
  わかかたさまは・けとをくやならむ又宮の御心
  さしも・いとをろかならしと思ふは・くちおしけれと・
  又はしめよりの心をきてを思には・いとうれし
  くもありかくて・その月の廿日あまりにそ・
  ふちつほの宮の御もきのことありて・
  又の日なん・大将まいり給ひけるよのことは
0337【よのこと】-夜
  しのひたるさまなり・あめのしたひゝきて・」96オ

  いつくしう見えつる御かしつきに・たゝ
  人のくしたてまつり給そ・猶あかす心く
  るしくみゆる・さる御ゆるしはありなから
  も・たゝいまかくいそかせ給ましきことそ
  かしと・そしらはしけに・おもひの給ふ人も
  ありけれと・おほしたちぬる事・すか/\し
  くおはします御心にて・きしかたためし
  なきまて・おなしくは・もてなさんとおほし
  をきつるなめり・みかとの御むこになる人は・
0338【みかとの御むこになる人】-在位の天子の女臣下に配する事ハまれなる也嵯峨皇女潔<キン>姫通忠仁公このほかたしかならさる也漢朝にハ其例まゝありそれをハ尚すといふ者也
  むかしもいまもおほかれと・かくさかりの御」96ウ

  よに・たゝ人のやうに・むことりいそかせ給
  へるたくひは・すくなくやありけん・ひたり(ひたり$右)の
  おとゝも・めつらしかりける人の御おほえすくせ
0339【人の御おほえ】-夕霧御詞
  なり・こ院たに朱雀院の御すゑに
0340【こ院】-六条院御事
  ならせ給て・いまはとやつし給し・きはに
  こそ・かのはゝ宮をえたてまつり給しか・
0341【かのはゝ宮】-女三宮御事
  われはまして人もゆるさぬものを・ひろひ
0342【われ】-夕
0343【ひろひたりし】-一条宮の事をの給ふ也
  たりしやとの給いつれは・宮はけにとおほ
0344【宮は】-一条宮御事
  すにはつかしくて御いらへもえし給はす・
  三日のよは大蔵卿よりはしめて・かの御方の」97オ
0345【かの御方】-女二

  心よせに・なさせ給へる人/\けいしに・おほせ
0346【なさせ給へる】-家司等
  事給て・しのひやかなれと・かのこせんす
  いしん・くるまそひ・とねりまてろく給はす・
0347【ろく給はす】-今上
  その程のことゝもは・わたくしことのやうにそあり
  ける・かくてのちはしのひ/\にまいり給ふ・
  心のうちにはなをわすれかたき・いにしへさま
  のみおほえて・ひるはさとにおきふしなかめくらし
0348【のみおほえて】-宇治姉君御事
  て・くるれは心よりほかにいそきまいり給を
  も・ならはぬ心ちに・いとものうくくるしくて・
  まかてさせ・たてまつらむとそ・おほしをきて」97ウ

  ける・はゝ宮はいとうれしき事におほしたり・
0349【はゝ宮】-女三宮
  おはします・しん殿ゆつりきこゆへくの給へ
  と・いとかたしけなからむとて・御ねんすたう
0350【御ねんすたう】-三条宮
  のあはひにらうをつゝけてつくらせ給・にし
  おもてにうつろひ給へきなめり・ひんかし
0351【うつろひ給へき】-女三
  のたいともなとも・やけてのち・うるはしく・
  あたらしくあらまほしきを・いよ/\みかき
  そへつゝ・こまかにしつらはせ給・かゝる御心つかひ
  を・うちにもきかせ給て・ほとなくうちとけ
  うつろひ給はんを・いかゝとおほしたり・御門と」98オ

  きこゆれと・心のやみはおなしことなんおはし
  ましける・はゝ宮の御もとに御つかひありける・
0352【はゝ宮】-女三
  御ふみにもたゝこのことをなむきこえさせ給ける・
0353【御ふみ】-今ー
  故朱雀院のとりわきて・このあま宮の御事を
0354【このあま宮】-女三
  は・きこえをかせ給しかは・かく世をそむき
  給へれと・おとろへすなに事も・もとのまゝにて・
  そうせさせ給事なとは・かならすきこしめし
  いれ・御よういふかく(く$<朱>)かりけり・かくやむことなき
0355【かくやむことなき】-薫
  御心ともに・かたみにかきりもなく・もてかし
  つき・さはかれ給・おもたゝしさも・いかなるにか」98ウ

  あらむ・心のうちには・ことにうれしくもおほえす・
  猶ともすれは・うちなかめつゝ・うちのてらつくる
  ことを・いそかせ給ふ・宮のわかきみのいかになり給
  日・かそへとりて・そのもちゐのいそきを・心に
0356【そのもちゐのいそき】-子誕生の後五十日をハいかといふ百日をハもゝかといふその日儀式ありて餅をそなふる也
  いれて・こもの・ひわりこなとまて見いれ給
  つゝ・よのつねのなへてにはあらすとおほし心
  さして・ちんしたんしろかねこかねなと・道/\
  のさいくとも・いとおほくめしさふらはせ給へは・わ
  れ・をとらしと・さま/\のことゝもを・しいつめり・
  身つからも・れいの宮のおはしまさぬひまに」99オ

  おはしたり・心のなしにやあらむ・いますこしを
  も/\しくやむことなけなるけしきさへ
  そひにけりと見ゆ・いまはさりとも・むつ
0357【いまはさりとも】-中君御心中
  かしかりしすゝろ事なとは・まきれ給にたらん
  と思に・心やすくて・たいめんし給へり・されと
  ありしなからのけしきに・まつなみたくみ
  て・心にもあらぬ・ましらひ・いと思ひのほかなる
  ものにこそと・よを思給へみたるゝ事なん・
  まさりにたると・あいたちなくそ・うれへ
  給・いとあさましき御ことかな・人もこそを」99ウ
0358【いとあさましき御ことかな】-かほる

  のつから・ほのかにも・と(と$も<朱>)りきゝ侍れなとは・の給へと・
  かはかり・めてたけなる事ともにも・なく
  さます・わすれかたく思ひ給覧・心ふかさよと・
  あはれに思きこえ給に・をろかにもあら
0359【をろかにもあらす】-中君
  す・思しられ給・おはせましかはと・くちおしく
  おもひ・いてきこえ給へと・それもわかありさま
0360【おもひいてきこえ給へと】-姉君御事
  のやうに・うらやみなく身をうらむへかりける
  かし・なに事も数ならては・よの人めかしき事
  もあるましかりけりとおほゆるにそ・いとゝ
  かのうちとけはてゝ・やみなんと思給へりし」100オ
0361【かのうちとけは】-姉君御中

  心おきては・猶いとをも/\しく思出られ給・
  わか君をせちにゆかしかりきこえ給へは・
  はつかしけれと・なにかはへたてかほにもあらむ・
  わりなき事ひとつにつけて・うらみらるゝ
  よりほかには・いかてこの人の御心にたかはしと
  思へは・身つからはともかくもいらへきこえ
  たまはて・めのとしてさしいてさせ給へり・さら
0362【さらなる事なれは】-かほる心中
  なる事なれは・にくけならんやは・ゆゝしき
  まて・しろくうつくしくて・たかやかに・もの
  かたりし・うちわらひなとし給・かほを見る」100ウ

  にわかものにて・みまほしくうらやましき
  も・よの思はなれかたくなりぬるにやあらむ・
  されといふかひなくなり給にし人のよのつね
0363【人のよのつね】-姉君御事
  のありさまにて・かやうならむ人をも・とゝめ
  をき給へらましかはとのみおほえて・この比
  おもたゝしけなる御あたりに・いつしかなと
0364【おもたゝしけなる】-面目
0365【御あたりに】-女二宮御事
  は思よられぬこそ・あまりすへなき君の御
0366【すへなき】-便也
  心なめれ・かくめゝしくねちけて・まねひなす
0367【めゝしく】-作者詞なり目ニ立
  こそ・いとおしけれ・しかわろひかたほならん
  人を・みかとのとりわき・せちにちかつけて・」101オ

  むつひ給へきにもあらし物を・まことしき
  かたさまの御心をきてなとこそは・めやす(△△&やす)くもの
  し給けめとそ・をしはかるへき・けにいとかく
  をさなき程を・みせはや(はや$)給へるもあはれなれは
  れいよりはものかたりなと・こまやかにきこえ給ふ
  程に・くれぬれは・心やすくよをたに・ふかすまし
  きをくるしうおほゆれは・なけく/\いてぬ(ぬ#<朱>)
  給ぬ・おかしの人の御にほひや・おりつれはとかや
0368【おりつれはとかや】-\<朱合点> おりつれハ袖こそにほへ梅の花ありとやこゝにうくひすのなく<朱>(古今32、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いふやうに・うくひもすも尋ねきぬへかめりなと
  わつらはしかる・わかき人もあり・なつにならは・」101ウ

  三条の宮ふたかるかたになりぬへしと・
  さためて・四月ついたちころ・せちふんと(ん&んと)かいふ
  事・またしきさまに・わたしたてまつり
  給・あすとての日・ふちつほにうへわたらせ給
  て・ふちの花のえんせさせ給ふ・みなみのひ
0369【ふちの花のえん】-飛香舎村上院御時天暦三四十二日藤壺ニテ藤ノ花宴行其例ヲ云ヘリ
  さしのみすあけて・いしたてたり・おほや
0370【いしたてたり】-椅子天子の御座也 天暦三年記に見えたり
  けわさにて・あるしの宮(宮+の<朱>)つかうまつり給には
  あらす・かんたちめてん上人のきやうなと
  くらつかさより・つかうまつれり・みき(ひたり&みき)の
0371【みきのおとゝ】-天暦三年右大臣師輔公為公卿上首
  おとゝ・あせちの大納言・とう中納言・左(左=右イ)兵衛の」102オ

  かみみこたちは・三宮ひたちの宮なとさふら
0372【三宮】-匂
0373【ひたちの宮】-匂弟
  ひ給・みなみの庭のふちの花のもとに殿上人
0374【みなみの庭のふちの花のもとに】-天暦三年南庭藤花下賜近臣座
  のさはしたり・こうらう殿のひんかしにかくその
0375【こうらう殿のひんかしにかくその人/\】-天暦三年軒廊東設楽所座
  人/\めして・くれ行程に・そうてうにふきて
  うへの御あそひに宮の御方より御ことゝも笛
  なといたさせ給へは・おとゝをはしめたてまつりて・
  おまへにとりつゝまいり給・故六条の院の御
  てつからかき給て・入道の宮にたてまつら
  せ給いし・きんのふ二巻こえふ(△&ふ)の枝に
0376【きんのふ】-天暦三ー右大臣捧先皇賜勤<コン>子内親王箏譜三巻勤子ーハ延喜御女也
  つけたるを・おとゝとり給てそうし給・つき/\」102ウ

  に・さうの御ことひわ和こんなと・すさくゐんのも
  のともなりけり・笛はかのゆめにつたへ(え&へ)し
0377【笛はかのゆめに】-かハら(*ママ)木の衛門督ノ御笛也
  いにしへのかたみのを・又なきものゝ音なり
  と・めてさせ給けれは・このおりのきよらより・
  又はいつかは・はえ/\しきついてのあらむとおほ
  して・とうて給へり(り#)るなめり・おとゝわこん・
  三宮ひわ・なと・とり/\に給・大将の御ふえは・けふ
  そよになきねのかきりは・吹たて給ける・殿上
  人のなかにも・しやうかにつきなからぬともは・
  めしいてゝおもしろく・あそふ・宮の御方より・」103オ

  ふすくまいらせ給へり・ちんのをしきよつ・
0378【ふすく】-粉熟
0379【よつ】-四
  したんのたかつき・ふちのむらこのうちしき
  に・おりえたぬひたり(り$る、る#)・しろかねのやうき・るり
0380【しろかねのやうき】-様器似銀塗白様物也河海説ハ不可用之
0381【やうき】-様器
0382【るり】-瑠璃
  の御さかつき・へいしは・こんるり也・兵衛のかみ
0383【こんるり】-紺瑠璃也
  御まかなひつかうまつり給・御さかつきまいり
  給に・おとゝしきりては・ひんなかるへし・宮たち
0384【おとゝしきりて】-夕霧のおとゝ公卿ノ上首ニテ毎度盃をはしめ給ふによりて此たひハ位次をみたして天盃を大将に給ふ也
  の御中には・わたさるへきもおはせねは・大将に
  ゆつりきこえ給を・はゝかり申給へと・御気
  色もいかゝありけん・御さか月さゝけて・をし
0385【をしとの給へる】-此詞祝言ニつきたる事歟河海ノ説皆今案也
  との給へる・こはつかひもてなしさへ・れいの」103ウ

  おほやけことなれと・人に似す見ゆるも・けふは
  いとゝ・みなしさへそふにやあらむ・さしかへし・
0386【さしかへし給はりて】-天盃を給ふ時ハ土器をめして御さかつきの酒をうつし入て呑もの也そのかはらけをさしかへす(す$し)とハ云也
  給はりておりてふたうし給へる程・いとたくひ
  なし・上らうのみこたち・大臣なとの・給はり
  給たに・めてたきことなるを・これはまして・御む
  こにて・もてはやされたてまつり給へる・御
  おほえ・をろかならす・めつらしきに・かきりあ
  れは・くたりたるさにかへりつき給へる程・心く
0387【さに】-座
  るしきまてそ見えける・あせちの大納言
  は・我こそかゝるめも見んと思しか・ねたの」104オ

  わさやと思給へり・この宮の御はゝ女御をそ・むかし
  心かけきこえ給へりけるを・まいり給てのち
  も・猶思はなれぬさまに・きこえかよひ給て・
  はては宮を得たてまつらむの心つきたりけれは・
  御うしろみ・のそむけしきも・もらし申けれと・
  きこしめしたにつたへすなりにけれは・いと心
  やましと思て・人からはけに契ことなめれと・なそ
  時のみかとのこと/\しきまて・むこかしつき給
  へき・またあらしかし・こゝのへのうちにおはし
  ます・とのちかき程にて・たゝ人のうちとけとふらひ」104ウ
0388【ちかき程にて】-今ー御座

  て・はては・えんやなにやと・もてさはかるゝことは
0389【えん】-宴
  なと・いみしく・そしりつふやき申給けれと・さす
  かゆかしけれは・まいりて心のうちにそ・はらたち
  ゐ給へりける・しそくさしてうたともたて
  まつる・ふんたいのもとによりつゝ・をく程の
0390【ふんたいのもと】-天暦三庭中立文台
0391【をく程の】-有作法
  けしきは・をの/\したりかほなりけれと・れい
  のいかにあやしけに・ふるめきたりけん
  と・思やれは・あなかちに・みなもたつねかゝす・
0392【みなもたつねかゝす】-作者
0393【かゝす】-不書
  かみのまちも上らうとて・御くちつきとも
0394【かみのまち】-第一心町
  は・ことなることみえさめれと・しるしはかりと・」105オ

  て・ひとつふたつそ・とひきゝたりし・これは
  大将のきみのおりて・御かさしおりてまいり
  給へりけるとか
    すへらきのかさしにおると藤のはな
0395【すへらきの】-大将
  をよはぬえたに袖かけてけりうけはり
  たるそ・にくきや
    よろつよをかけてにほはん花なれは
0396【よろつよを】-延喜御集藤花宴花(*ママ)壺ニテかくしこそ見まくほしけれよろつ世をかけてにほへる藤浪の花(新古今163、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  けふをもあかぬ色とこそみれ
    きみかためおれるかさしはむらさきの
0397【きみかため】-又たれとか<右> 拾遺集 藤の花都のうちハむらさきの雲かとのみそあやまたれける 蔵人藤原国常(*ママ)<左>(拾遺集1068・拾遺抄400、休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  くもにをとらぬ花のけしきか」105ウ

    よのつねの色ともみえす雲ゐまて
  たちのほりたるふちなみの花これやこの
  はらたつ大納言のなりけんと見ゆれ・
  かたへはひかことにもやありけん・かやうにこと
  なるおかしきふしもなくのみそあなりし・
  よふくるまゝに御あそひいとおもしろし・
  大将のきみのあなたうと・うたひ給へる声そ・
  かきりなくめてたかりける・あせちもむかし
  すくれ給へりし御声のなこりなれは・いま
  もいと・もの/\しくて・うちあはせたまへ」106オ

  り・みき(△△&みき)の大殿の御七らう・わらはにてさう
0398【御七らう】-権中将
  のふえふく・いとうつくしかりけれは・御そたま
  はす・おとゝおりてふたうし給・あか月ちかう
0399【ふたう】-舞踏
  なりてそかへらせ給ける・ろくともかんたち
  めみこたちには・うへより給はす・殿上人かく
  その人/\には・宮の御かたより・しな/\に
0400【宮の】-女三
  給ひけり・そのよふさりなん・宮まかてさせ
0401【まかてさせ】-かほる所へ
  たてまつり給ける・きしきいと心こと也・
0402【きしき】-儀式
  うへの女房さなから・御をくりつかうまつらせ
  給ける・ひさしの御車にて・ひさしなきいと」106ウ

  けみつ・こかねつくりむつ・たゝのひらうけ
0403【むつ】-六
  廿・あしろ二・わらはしもつかへ八人つゝさふらふ
  に・又御むかへのいたし車ともに・本所の人/\
  のせてなんありける・御をくりのかむたちめ
  殿上人ろくゐなと・いふかきりなき・きよらを
  つくさせ給へり・かくて心やすくうちとけて・
  見たてまつり給に・いとおかしけにおはす・さゝ
  やかにしめやかにて・こゝはと見ゆる所なく・
  おはすれは・すくせの程くちおしからさり
  けりと(△△&りと)・心おこりせらるゝ物から・すきにし」107オ
0404【心おこりせらるゝ】-かほる
0405【すきにしかた】-姫

  かたのわすられはこそはあらめ・猶まきるゝおり
  なくもののみ恋しくおほゆれは・このよにて
  は・なくさめかねつへきわさなめり・仏になりて
  こそは・あやしくつらかりける契りの程を・
  なにのむくひと・あきらめて思はなれめと思
  つゝ・てらのいそきにのみ心をいれ給へり・かも
  のまつりなと・さはかしき程すくして・
  はつかあまりの・ほとにれいのうちへおはし
0406【はつか】-廿
  たり・つくらせ給みたう見給て・すへきこと
  とも・をきてのた給・さてれいのくち木のもとを」107ウ
0407【くち木のもとを】-弁哥み山かくれの朽木

  見給へ過んか・猶あはれなれは・そなたさまに
  おはするに・女くるまのこと/\しきさまには
  あらぬ・ひとつあらましきあつまおとこ
  の・こしにものおへるあまたくして・しも人
  も数おほく・たのもしけなるけしきにて・
  はしよりいまわたりくるみゆ・ゐ中ひたる物
  かなと見給つゝ・殿はまついり給て・御せんとも
  はまたたちさはきたる程に・このくるまも・
  この宮をさしてくる也けりとみゆ・みすい
  しんともゝ・かや/\といふを・せいし給て・なに」108オ

  人そとゝはせ給へは・声うちゆかみたるもの・ひ
  たちのせんし殿の・ひめ君のはつせのみてら
  にもうてゝ・もとり給へるなり・はしめも
  こゝになんやとり給へしと申すに・おいやきゝし
0408【おいや】-おうと云心なりさる事ありと云心也
  人なゝりとおほしいてゝ・人/\を・ことかたにか
  くし給て・はや御車いれよ・こゝに又(又+人<朱>)やとり給へと・
  きたおもてになんといはせ給・御ともの人
  もみなかりきぬすかたにて・こと/\しからぬ
  すかたとん(ん$も<朱>)なれと・猶けはひやしるからん・
  わつらはしけに思て・むまともひきさけ」108ウ

  なとしつゝ・かしこまりつゝそおる・くるまは
  いれてらうのにしのつまにそよする・このしん
  殿は・またあらはにて・すたれもかけす・おろし
  こめたる・なかのふたまにたてへたてたる・さうし
  のあなよりのそき給・御そのなれは・ぬきを
  きてなをしさしぬきのかきりをきて
0409【さしぬきのかきり】-ー指貫斗ト云心也
  そおはする・とみにもおりて・あまきみに・
  せうそこして・かくやむことなけなる人の・
  おはするを・たれそなと・あないするなるへし・
  君は車をそれときゝ給つるより・ゆめの(の#)其」109オ

  人にまろありとの給なと・まつくちかため
  させ給てけれは・みなさ心得て・はやうおりさせ
  給へまらうとはものし給へと・ことかたに
  なんと・いひいたしたり・わかき人のある・まつ
  おりて・すたれうちあくめり・こせんのさま
  よりは・このおもと・なれてめやすし・又をと
  なひたる人いまひとりおりて・はやうと
  いふにあやしくあらはなる心ちこそすれと・
  いふ声・ほのかなれと・あてやかにきこゆ・れい
  の御ことこなたは・さき/\もおろしこめて」109ウ

  のみこそはへれ・さては又いつこのあらはなる
  へきそと・心をやりていふ・つゝつましけにおるゝ
  を見れは・まつかしらつきやうたい・ほそやか
  にあてなる程は・いとよくもの思いてられぬへし・
  あふきをつとさしかくしたれは・かほはみえぬ
  ほと心もとなくて・むねうちつふれつゝ見
  給・車はたかくおるゝ所はくたりたるを・この
0410【車はたかく】-これによりて女ノ車ニおりのる時ハうち板と云物をして車のまへいたとゑんとにわたす物也
  人/\は・やすらかにおりなしつれと・いとくる
  しけに・やゝみて・ひさしくおりて・ゐさりいる・
  こきうちきに・なてしことおほしきほそなか・」110オ

  わかなへ色のこうちききたり・四尺のひやうふ
0411【わかなへ色】-うすあをのすこしすきたる色也夏のきぬの色也
  をこのさうしにそへて・たてたるかかみより
  みゆる・あなゝれは・のこる所なし・こなたをは・
  うしろめたけに思て・あなたさまにむきて
  そ・ゝひふしぬる・さもくるしけにおほしたり
  つるかな・いつみ川のふなわたりも・まことに
0412【いつみ川のふなわたり】-\<朱合点> 造舟<フナワタシ>文 古今都いてゝ今日(古今408・新撰和歌188・古今六帖3325、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  けふは・いとおそろしくこそありつれ・このきさら
  きには・みつのすくなかりしかは・よかりし
  なりけり・いてやありくはあつまちおもへは・
  いつこかおそろしからんなと・ふたりして」110ウ

  くるしとも思たらすいひゐたるに・しうはを
  ともせて・ひれふしたり・かひなをさしいて
  たるか・まろらかに・おかしけなる程も・ひたち
  殿なと・いふへくはみえす・まことにあてなり・
  やう/\こしいたきまて・たちすくみ給へと・
0413【こしいたきまて】-薫
  人のけはひせしとて・猶うこかて見給に・わかき
  ひとあなかうはしや・いみしきかうの香こそすれ・
  あま君のたき給にやあらむ・おい人まことに・
  あなめてたのものゝ香や・京人は猶いとこそ
  みやひかにいまめかしけれ・天下にいみし」111オ

  きことゝおほしたりしかと・あつまにて
  かゝるたきものゝかは・えあはせいて給はさりき
  かし・このあま君は・すまゐかくかすかにおはす
  れと・さうそくのあらまほしく・にひ色あ
  をいろといへと・いときよらにそあるやなと・
  ほめゐたり・あなたのすのこより・わらは来
  て・御ゆなとまいらせ給へとて・おしきとも
  もとりつゝきて・さしいるくたものとり
  よせなとして・ものけ給はる・これなと・おこせ
  と・おきねは・ふたりして・くりやなとやう」111ウ
0414【くり】-栗

  のものにや・ほろ/\とくふも・きゝしらぬこゝ
  ちには・かたはらいたくて・しそき給へと・又ゆか
0415【かたはらいたくて】-薫
0416【しそき】-退
  しくなりつゝ・猶たちより/\見給・
  これよりまさる・きはの人/\を・きさい
  の宮をはしめて・こゝかしこに・かたちよきも・
  心あてなるも・こゝらあくまて・見あつめ
  給へと・おほろけならては・めも心もとまらす・あ
  まり人にもとかるゝまてものし給心ちに・
  たゝいまはなにはかりすくれてみゆることも
  なき人なれと・かくたちさりかたく・あな」112オ

  かちにゆかしきも・いとあやしき心なり・あま
  君はこのとのゝ御かたにも・御せうそこきこえ
  いたしたりけれと・御心ちなやましとて・
  いまの程・うちやすませ給へるなりと・御とも
  の人/\心しらひていひたりけれは・この
  君を尋まほしけにの給しかは・かゝるつい
  てにものいひふれんとおもほすによりて・
  ひくらし給にやと思て・かくのそき給覧とは
  しらす・れいのみさうのあつかりとものまい
  れる・わりこや・なにやと・こなたにもいれたる」112ウ

  を・あつま人ともにも・くはせなとことゝも・
  をこなひをきて・うちけさうして・まらう
  とのかたに・きたり・ほめつるさうそく・けにいと
0417【ほめつるさうそく】-弁尼君ノきたるきぬ也
  かはらかにて・みめも猶よし/\しくきよけに
  そある・きのふおはしつきなんとまちき
  こえさせしを・なとかけふも日たけてはといふ
  めれは・このおい人いとあやしく・くるしけに
  のみせさせ給へは・昨日はこのいつみ川のわたり
  にて・けさもむこに御心ち・ためらひてなんと
0418【むこに】-無期
  いらへて・おこせはいまそおきゐたる・あま」113オ

  君をはちらひて・そはみたるかたはらめ・これより
  はいとよくみゆ・まことにいとよしあるまみの
  ほと・かんさしのわたり・かれをもくはしく・
  つく/\としも見給はさりし御かほなれと・
  これを見るにつけて・たゝそれと思ひいて
0419【たゝそれと】-姫
  らるゝに・れいの涙おちぬ・あま君のいらへ打
  する声けはひ・宮の御方にも・いとよく似たり
  ときこゆ・あはれなりける人かな・かゝりける
  ものを・今まて尋もしらてすくしけるこ
  とよ・これよりくちおしからんきはのしなゝ覧」113ウ

  ゆかりなとにて・たに・かはかりかよひきこえ
  たらん人を得ては・をろかに思ふましき心ち
  するに・ましてこれはしられたてまつらさり
  けれと・まことに・こ宮の御こにこそはありけれ
  と・見なし給ては・かきりなくあはれにうれしく
  おほえ給・たゝいまもはひよりて・よの中
  におはしけるものをと・いひなくさめほまし・
  ほうらいまて尋てかんさしのかきりを
0420【ほうらいまて尋て】-\<朱合点>
  つたへて見給けんみかとは・猶いふせかりけん・
  これはこと人なれと・なくさめ所ありぬへき」114オ

  さまなりとおほゆるは・この人に契りのおはし
  けるにやあらむ・あま君はものかたりすこし
  して・とくいりぬ・人のとかめつるかほりを・ちか
  くのそき給なめりと心えてけれは・うちと
  けこともかたらはすなりぬるなるへし・
  日くれもていけは・君もやをらいてゝ御そなと
  き給てそ・れいめし出る・さうしのくちにあま
  君よひて・ありさまなととひ給・おりしも・
0421【おりしも】-かほる詞
  うれしくまてあひたるを・いかにそ・かの聞え
  しことはとの給へは・しかおほせこと侍し後は・」114ウ
0422【しかおほせこと】-尼君詞

  さるへきついて侍らはと・待侍しにこそは
  すきて・この二月になんはつせまうてのた
  よりに・たいめんして侍し・かのはゝ君に・
0423【かのはゝ君】-中将君の事
  おほしめしたるさまは・ほのめかし侍しかは・いと
  かたはらいたくかたしけなき御よそへにこそ
  は侍なれなとなん侍しかと・その比ほひは・の
  とやかにも・おはしまさすとうけ給はりし
  おり・ひんなく思ひ給へつゝみて・かくなんと
  もきこえさせ侍らさりしを・またこの月
  にもまうてゝ・けふかへり給なめり・ゆき」115オ

  かへりのなかやとりには・かくむつひらるゝも・
  たゝすきにし御けはひを・尋きこゆる
  ゆへになんはへめる・かのはゝ君もさはる事
  ありて・このたひはひとりものし給めれは・
  かくおはしますとも・なにかはものし侍らんとて
  と・きこゆ・ゐ中ひたる人ともにしのひや
  つれたるありきも・見えしとて・くちかた
  めつれと・いかゝあらむ・けすともは・かくれあらし
  かし・さていかゝすへき・ひとりものすらんこそ・
0424【さていかゝすへき】-かほる御詞
  なか/\心やすかなれ・かく契ふかくてなん・ま」115ウ

  いりきあひたると・つたへ給へかしとの給へは・
  うちつけにいつの程なる御ちきりに
0425【うちつけに】-尼君詞
  かはと・うちわらひて・さらはしか・つたへ侍らん
  とて・弁のあま(弁のあま$)いるに
    かほとりの声も聞しにかよふやと
0426【かほとりの】-かほる 定家卿不知之たゝうつくしき鳥ト云々毛詩流<リ>離<リ><ノ>梟少<ワカウ>而<シテ>貌好<ヨシ>老<テ>其醜<右> 万十 かほ鳥のまなくしはなく春の野ゝ草ノ根しける恋もする哉(万葉1902・古今六帖4486、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・紹巴抄・一葉抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 六 夕されハ野へに鳴なる貌鳥のかほに見えつゝわすられなくに(古今六帖4488、河海抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 八雲御抄 夜昼鳴片恋する鳥ト云ヘリ<左>
  しけみをわけてけふそたつぬるたゝくち
  すさみのやうにの給ふを・いりてかたりけり」116オ

イ本
一名ハかほ鳥 宿木ハ哥ニあり詞ニハ深山木にやとり
たる蔦の色とあり 桑寄生事也
以木懸蔦云也 又云保夜也
薫廿一歳夏ヨリ廿二春まての事あり
二月ニ任大納言兼大将」116ウ

【奥入01】銷日不如碁(戻)
【奥入02】文選歎逝賦
    譬日及之在條恒雖尽心不悟(戻)
【奥入03】なにゝかゝれるといとしのひても事もつゝかす(戻)
【奥入04】あくるまさきてと(戻)
    松蘿契夫妻事也
    古詩与君結新婚 兎総附如首段(*この文選の詩句は奥入03のもの)
【奥入05】さしくみは(戻)
【奥入06】いなせともいひはなたれすうき物ハ 伊勢(戻)」117オ

【奥入07】李夫人(戻)
【奥入08】こかねもとむ
    王昭君事也 たくみハ木工也(戻)
【奥入09】仏の方便にてなむかはねのふくろ 経の文也
    むかし観音勢至の子にておはしましけるまゝ
    はゝのためにころされてけれはそのおやかはねを
    くひにかけてたまひてつゐに仏道えたまへる事也(戻)
【奥入10】長恨哥伝
    方士乃謁其術以索之不至又能遊神馭気
    出天界没地府求之又不見旁求四虚上下」117ウ

    東極地天海跨蓬壺見最高仙山上多
    楼閣西廟下有澗戸東々其門暑曰玉妃太真院
    方士抽簪町扉有雙鬟音如出応門于時雲海阮
    洞天日脱瓊戸重 悄然無声(戻)
【奥入11】於御前奏人々名事
    親王 其官の御子 無官ハ無名御子
    大臣<おほきおほいまうちきみ ひたりのおほいまうち君/みきのおほいまうち君>
    大納言以下三位以上 其官姓朝臣
     有兼官人其兼官姓朝臣四位参議名朝臣
     四位朝臣 五位ハ名」118オ

     殿上六位ハ同五位地下六位加姓
    太上天皇 東宮同之
    親王以下三位以上ニ申詞親王<其官のみこ/無官ヲハ郎のみこ>
    大臣ヲハ其大殿 大納以下 其官或加姓
    四位ヲハ其官朝臣<不云/姓> 五位ヲハ名朝臣 六位ヲハ名<有官/加申>
    左右大将ヲハひたりみきとハ申さす
     さ大将う大将と申(戻)」118ウ

ヤトリ木<墨> 一校了<朱>」(表表紙蓋紙)

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