《復元資料》
凡例
1 本稿は、『源氏物語（明融本）・』（東海大学蔵桃園文庫影印叢書 1990（平成2）年7月 東海大学出版会）から、その親本の青表紙本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、他の後人の筆は除いたものである。
2 付箋、行間注記は【 】－ としてその頭に番号を記した。付箋は、「 」で括り、（ ）に出典を記した。合（掛）点には、＼<朱（墨）合点>と記した。
3 小字及び割注等は＜ ＞で記した。／は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
＄（ミセケチ）・＃（抹消）・＋（補入）・＆（ナゾリ）・＝（併記）・△（不明文字）
（ ）の前の文字及び（ ）内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは（ ）の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表（オ）裏（ウ）を記した。
6 「浮舟」では、ヤ行「江」とワ行「越」を翻字した。なお該本には、朱点で濁点符号が付いているが、省略した。また、朱・墨の区別については、影印本（モノクロ写真）に拠ったために、必ずしも正確ではない。原典を直接に調査する機会ができたら正確を期したい。利用者は注意されたい。
「うき舟」（題箋）
宮なをかのほのかなりしゆふへをおほ
しわするゝ世なしこと／＼しきほとには
あるましけなりしを人からのまめやかに
をかしうもありしかなといとあたなる
御心はくちをしくてやみにしことゝねた
うおほさるゝまゝに女きみをもかうは
かなきことゆへあなかちにかゝるすちの
ものにくみし給けりおもはすに心うしと」1オ
はつかしめうらみきこ江給をり／＼はいと
くるしうてありのまゝにやきこえてまし
とおほせとやむことなきさまにはもて
なしたまはさなれとあさはかならぬかたに
心とゝめて人のかくしをき給へる人を物
いひさかなくきこ江いてたらんにもさて
きゝすくし給へき御心さまにもあらさ
めりさふらふ人のなかにもはかなう」1ウ
ものをものたまひふれんとおほしたち
ぬるかきりはあるましきさとまてたつね
させ給御さまよからぬ本正なるにさはかり
月日をへておほしゝむめるあたりはまし
てかならすみくるしきことゝりいて給てむ
ほかよりつたへきゝ給はんはいかゝはせん
いつかたさまにもいとをしくこそはあり
ともふせくへき人の御心ありさまならねは
よその人よりはきゝにくゝなとはかりそ」2オ
おほゆへきとてもかくてもわかをこたりにて
はもてそこなはしと思ひかへし給つゝいと
をしなからえきこ江いて給はすことさまに
つき／＼しくはえいひなし給はねはをし
こめてものゑんしゝたる世のつねの人にな
りてそおはしけるかの人はたとしへなく
のとかにおほしをきてゝまちとをなりと思
らむと心くるしうのみ思やりたまひなから
所せき身のほとをさるへきついてなくて」2ウ
かやしくかよひ給へきみちならねは神のいさ
むるよりもわりなしされといまいとよくもて
なさんとす山さとのなくさめと思をきてし
心あるをすこしひかすもへぬへきことゝも
つくりいてゝのとやかにゆきても見むさてし
はしは人のしるましきすみ所してやう／＼
さるかたにかの心をものとめをきわかために
も人のもときあるましくなのめにてこそ／よからめ」3オ
にはかになに人そいつよりなときゝとかめ
られんもゝのさはかしくはしめの心にたかふ
へし又宮の御方のきゝおほさむことも
もとの所をきは／＼しうゐてはなれむかし
をわすれかほならんいとほいなしなとお
ほしゝつむるもれいのゝとけき（き＄）さすきたる
心からなるへしわたすへき所おほしまうけて
しのひてそつくらせ給けるすこしいとまな」3ウ
きやうにもなり給にたれと宮の御方には猶
たゆみなく心よせつかうまつり給事お
なしやう也みたてまつる人もあやしきま
ておもへれと世中をやう／＼おほしゝり
人のありさまを見きゝ給まゝにこれこそ
はまことにむかしをわすれぬ心なかさの
なこりさへあさからぬためしなめれとあは
れもすくなからすねひまさり給まゝに」4オ
人からもおほえもさまことにものし給
へは宮の御心のあまりたのもしけなき時／＼
はおもはすなりけるすくせかなこひめ君
のおほしをきてしまゝにもあらてかく物
おもはしかるへき方にしもかゝりそめけんよ
とおほすおり／＼おほくなんされとたいめ
し給事はかたし年月もあまりむかし
をへたてゆきうち／＼の御心をふかうし」4ウ
らぬ人はなお／＼しきたゝ人こそさはかりの
ゆかりたつねたるむつひをもわすれぬに
つき／＼しけれ中／＼かうかきりあるほとに
れいにたかひたるありさまもつゝましけれは
宮のたえすおほしうたかひたるもいよ／＼
くるしうおほしはゝかりたまひつゝをの
つからうときさまになりゆくをさりとても
たえすおなし心のかはりたまはぬなりけり」5オ
宮もあたなる御本上こそ見まうきふ
しもましれわかきみのいとうつくしうおよ
すけ給まゝにほかにはかゝる人もいてくま
しきにやとやむことなき物におほして
うちとけなつかしきかたには人にまさりて
もてなし給へはありしよりはすこし物
おもひしつまりてすくし給む月の
ついたちすきたるころわたり給てわかきみの
としまさり給へるをもてあそひうつくし」5ウ
み給ふひるつかたちひさきわらはみとりの
うすやうなるつゝみふみのおほきやか
なるにちひさきひけこをこまへにつけたる
又すく／＼しきたてふみとりそへてあ
ふなくはしりまいる女きみにたてまつれ
は宮それはいつくよりそとのたまふ宇
治よりたいふのおとゝにとてもてわつらひ
侍つるをれいのおまへにてそ御らむせんとて」6オ
とり侍ぬるといふもいとあはたゝしきけ
しきにてこのこはかねをつくりていろとり
たるこなりけり松もいとようにてつく
りたるえたそとよとゑみていひつゝくれは
宮もわらひ給ていてわれもゝてはやしてむ
とめすを女きみいとかたはらいたくおほし
てふみはたいふかりやれとのたまふ御かほの
あかみたれは宮大将のさりけなくし」6ウ
なしたるふみにやうちのなのりもつき／＼し
とおほしよりてこのふみをとり給ひつ
さすかにそれならん時にとおほすにいと
まはゆけれはあけてみむよゑんしや
し給はんとするとのたまへはみくるしう
なにかはその女とちの中にかきかよはし
たらむうちとけふみをは御覧せむとの
たまふかさはかぬけしきなれはさは見むよ」7オ
女のふみかきはいかゝあるとてあけたまへれ
はいとわかやかなるてにておほつかなくてと
しもくれ侍にける山さとのいふせさこ
そみねのかすみもたえまなくてとては
しにこれもわか宮の御前にあやしう侍め
れとゝかきたりことにらう／＼しきふし
もみえねとおほえなき御めたてゝこの
たてふみを見給へはけに女のてにて」7ウ
年あらたまりてなにことかさふらふ
御わたくしにもいかにたのしき御よろこひ
おほくはへらんこゝにはいとめてたき御
すまひの心ふかさを猶ふさはしからす
見たてまつるかくてのみつく／＼となかめさせ
給よりは時／＼はわたりまいらせ給て御
心もなくさめ給へと思侍につゝましく
おそろしき物におほしとりてなん」8オ
ものうきことになけかせ給めるわか宮の
おまへにとてうつちまいらせ給おほき
おまへの御らんせさらんほとに御らんせ
させ給へとてなんとこま／＼とこといみも
えしあへすものなけかしけなるさまの
かたくなしけなるもうちかへし／＼あやし
と御覧していまはのたまへかしたかそ
とのたまへはむかしかの山さとにありける」8ウ
人のむすめのさるやうありてこのころ
かしこにあるとなむきゝ侍しときこえ
給へはをしなへてつかうまつるとはみえぬ
ふみかきを心え給にかのわつらはしき
ことあるにおほしあはせつうつちおか
しうつれ／＼なりける人のしわさとみえ
たりまたふりに山たちはなつくりてつら
ぬきそへたるえたに」9オ
またふりぬ物にはあれときみかため
ふかき心にまつとしらなんとことなる
ことなきをかの思わたる人のにやとお
ほしよりぬるに御めとまりて返事し
たまへなさけなしかくいたまふへきふみ
にもあらさめるをなと御けしきのあし
きまかりなんよとてたち給ぬ女きみ少将
なとしていとおしくもありつるかなおさな」9ウ
き人のとりつらむを人はいかてみさりつるそ
なとしのひての給見たまへましかはいかてかは
まいらせましすへてこのこは心ちなうさ
しすくして侍りおひさきみえて人はおほ
とかなるこそおかしけれなとにくめはあな
かまおさなき人なはらたてそとの給
こその冬人のまいらせたるわらはのかほ
はいとうつくしかりけれは宮もいとらうたく
したまふなりけりわか御かたにおはしまして
あやしうもあるかな宇治に大将のかよひ給」10オ
ことはとしころたえすときくなかにもしの
ひてよるとまり給時もありと人のいひしを
いとあまりなる人のかたみとてさるましき
ところにたひねし給らむことゝおもひつるは
かやうの人かくしをきたまへるなるへしとおほ
しうることもありて御ふみの事につけてつか
ひ給大内きなる人のかの殿にしたしき
たより越ゝほしいてゝおまへにめすまいれり
院ふたきすす（す＄）へきにしふともえりいてゝこ」10ウ
なたなるつしにつむへきことなとのたまはせて
右大将の宇治へいますること猶たえはてすや
てらをこそいとかしこくつくりたなれい
かてか見るへきとのたまへはてらいとかしこく
いかめしくつくられてふたんの三まいたう
なといとたうとくをきてられたりとなむきゝ
たまふるかよひ給ことはこその秋ころより
はありしよりもしは／＼ものし給なりし
もの人／＼のしのひて申ゝは女をなむかく
しすへさせ給へるけしうはあらすおほす」11オ
人なるへしあのわたりにらうし給所／＼の人
みなおほせにてまいりつかうまつるとのゐに
さしあてなとしつゝ京よりもいとしのひてさる
へきことなとゝはせ給いかなるさいはひ人のさ
すかに心ほそくてゐたまへるならむとなむたゝ
このしはすのころほひ申すときゝ給へしと
きこゆいとうれしくもきゝつるかなとおもほし
てたしかにその人とはいはすやかしこにもと
よりあるあまそとふらひ給ときゝしあまは
らうになむすみ侍なるこの人はいまたてられ」11ウ
たるになむきたなけなき女はうなともあ
またしてくちおしからぬけはひにてゐて侍
ときこゆおかしきことかなゝに心ありていかなる人
をかはさてすへ給つらん猶いとけしきありてな
へての人にゝぬみ心なりや右のおとゝなとこの
人のあまりにたうしんにすゝみて山てらに
夜るさへともすれはとまり給なるかろ／＼しとも
とき給ときゝしをけになとかさしも仏のみち
にはしのひありくらむ猶かのふるさとに心を
とゝめたるときゝしかゝることこそ（そ＋は）ありけれ」12オ
いつら人よりはまめなるとさかしかる人しも
ことにひとのおもひいたるましきくまある
かまへよとのたまひていとおかしとおほいたり
この人はかの殿にいとむつましくつかうまつる
けいしのむこになむありけれはかくし給ことも
きくなるへし御心のうちにはいかにしてこの
人をみし人かともみさためむかのきみの
さはかりにてすへたるはなへてのよろし人には
あらしこのわたりにはいかてうとからぬにか
はあらむ心をかはしてかくしたまへりけるも」12ウ
いとねたうおほゆたゝそのことをこのころは
おほしゝみたりのりゆみないえんなとすくして
心のとかなるにつかさめしなといひて人の心つ
くすめるかたはなにともおほさねは宇治へ
しのひておはしまさんことをのみおほしめく
らすこの内きはのそむことありてよるひる
いかて御心にいらむとおもふころれいよりはなつか
しうめしつかひていとかたきことなりとも
わかいはんことはたはかりてむやなとの給
かしこまりてさふらふいとひんなきことなれと」13オ
かの宇治にすむらむ人はゝやうほのかにみし人
のゆくゑもしらすなりにしか大将にたつね
とられにけるときゝあはすることこそあれたし
かにはしるへきやうもなきをたゝものより
のそきなとしてそれかあらぬかとみさためむと
なむ思いさゝか人にしるましきかまへはいかゝ
すへきとの給へはあなわつらはしとおもへとおはし
まさんことはいとあらき山こえになむ侍れと
ことにほとゝをくはさふらはすなむゆふつかた
いてさせおはしましてゐねの時にはおはし」13ウ
ましつきなむさてあか月にこそはかへらせ
たまはめ人のしり侍らむことはたゝ御とも
にさふらひ侍らむこそはそれもふかき心は
いかてかしりはへらむと申すさかしむかしも
ひとたひふたゝひかよひしみちなりかろ／＼
しきもときおひぬへきかものゝきこえの
つゝましきなりとてかへす／＼あるましきことに
わか御心にもおほせとかうまてうちいてたまへれは
えおもひとゝめたまはす御ともにむかしもか
しこのあないしれりし物二三人この内き」14オ
さては御めのとこのくら人よりかうふりえたる
わかき人むつましきかきりをえりたまひて
大将けふあすよにおはせしなとないきによく
あないきゝ給ていてたち給につけてもいにしへ
をおほしいつあやしきまて心をあはせつゝ
ゐてありきし人のためにうしろめたき
わさにもあるかなとおほしいつることもさま／＼
なるに京のうちたにむけに人しらぬ御あり
きはさはいへとえしたまはぬ御身にしも
あやしきさまのやつれすかたして御むま」14ウ
にておはする心ちもゝのおそろしくやゝ
ましけれとものゝゆかしきかたはすゝみたる
御心なれは山ふかうなるまゝにいつしかいかならん
見あはすることもなくてかへらむこそさう／＼しく
あやしかるへけれとおほすに心もさはき給
ほうさうしのほとまては御くるまにてそれ
よりそ御むまにはたてまつりけるいそきて
夜ひすくるほとにおはしましぬないきあな
いよくしれるかの殿の人にとひきゝたり
けれは殿ゐ人あるかたにはよらてあしかき」15オ
しこめたるにしをもて越やをらすこし
こほちていりぬわれもさすかにまたみぬ御す
まひなれはたと／＼しけれと人しけうなとし
あらねはしむ殿のみなみおもてにそ火ほのくら
うみえてそよ／＼とするをとするまいりてまた
人はおきて侍るへしたゝこれよりおはしま
さむとしるへしていれたてまつるやをらのほりて
かうしのひまあるをみつけてより給にいよすは
さら／＼となるもつゝましあたらしうきよけに
つくりたれとさすかにあら／＼しくてひまあり」15ウ
けるをたれかはきてみむともうちとけてあな
もふたかすき丁のかたひらうちかけてをしやり
たり火あかうともしてものぬふ人三四人
ゐたりわらはのおかしけなるいとをそよるこれか
かほまつかのほかけに見給しそれなりうち
つけめかとなをうたかはしきに右近となのり
しわかき人もありきみはかひな越まくらにて
火をなかめたるまみかみのこほれかゝりたる
ひたひつきいとあてやかになまめきてたいの
御かたにいとようおほえたりこの右近ものおる／とて」16オ
かくてわたらせ給なはとみにしもえかへりわたら
せたまはしを殿はこのつかさめしのほとすきて
ついたちころにはかならすおはしましなむと昨日
の御つかひも申けり御ふみにはいかゝきこえさせ
たまへりけむといへといらへもせすいと物おもひた
るけしきなりおりしもはひかくれさせ給
へるやうならむかみくるしさといへはむかひたる人そ
れはかくなむわたりぬると御せうそこきこえさ
せたまへらむこそよからめかる／＼しういかてかは
をとなくてはゝひかくれさせ給はむ御物まう」16ウ
てのゝちはやかてわたりおはしましねかしかくて
心ほそきやうなれと心にまかせてやすらかなる
御すまひにならひて中／＼たひ心地すへしや
なといふ又あるは猶しはしかくてまちきこえ
させ給はむそのとやかにさまよかるへき京へ
なとむかへたてまつらせ給へらむのちおたし
くておやにもみえたてまつらせ給へかしこのおとゝ
のいときうに物し給てにはかにかうきこえな
し給なめりかしむかしもいまもゝのねむし
してのとかなる人こそさいはひは見はて給なれ」17オ
なといふなり右近なとてこのまゝをとゝめた
てまつらすなりにけむおいぬる人はむつかしき心
のあるにこそとにくむはめのとやうの人をそ
しるなめりけにゝくきものありかしとおほし
いつるもゆめの心ちそするかたはらいたきまて
うちとけたることゝもをいひて宮のうへこそ
いとめてたき御さいはひなれ右大殿のさはかり
めてたき御いきほひにていかめしうのゝしり給
なれとわかきみむまれ給てのちはこよなく
そおはしますなるかゝるさかしら人とものおは」17ウ
せて御心のとかにかしこうもてなしておはしま
すにこそはあめれといふ殿たにまめやかに思き
こえ給ことかはらすはおとりきこえ給へきこと
かはといふをきみすこしおきあかりていときゝ
にくきことよその人にこそおとらしともいかに
ともおもはめかの御ことなかけてもいひそもり
きこゆるやうもあらはかたはらいたからむなと
いふなにはかりのしそくにかはあらむいとよく
もにかよひたるけはひかなとおもひくらふる
に心はつかしけにてあてなる所はかれはいとこよ／なし」18オ
これはたゝらうたけにこまかなる所そいとおかし
きよろしうなりあはぬところをみつけたらむ
にてたにさはかりゆかしとおほしゝめたる人を
それと見てさてやみたまふへき御心ならねはま
してくまもなく見給にいかてかこれをわか物に
はなすへきと心もそらになり給てなをまもり
たまへは右近いとねふたしよへもすゝろにおき
あかしてきつとめてのほとにもこれはぬひてむ
いそかせ給とも御くるまはひたけてそあらむと
いひてしさしたるものともとりくしてき丁に」18ウ
うちかけなとしつゝうたゝねのさまによりふし
ぬきみもすこしおくにいりてふす右近はき
た越もてにいきてしはしありてそきたるきみ
のあとちかくふしぬねふたしとおもひけれは
いとゝうねいりぬるけしきをみ給て又せむや
うもなけれはしのひやかにこのかうしをたゝ
き給右近きゝつけてたそといふこわつくり給へは
あてなるしはふきときゝしりて殿のおはし
たるにやと思ておきていてたりまつこれあ
けよとのたまへはあやしうおほえなきほとにも」19オ
はへるかな夜はいたうふけ侍りぬらんものをと
いふものへわたり給へかなりとなかのふかいひつれは
おとろかれつるまゝにいてたちていとこそわ
りなかりつれまつあけよとの給こゑいとようま
ねひにせたまひてしのひたれはおもひもよ
らすかいはなつみちにていとわりなくおそろ
しきことのありつれはあやしきすかたになりて
なむひくらうなせとのたまへはあないみしとあは
てまとひて火はとりやりつわれ人にみすな
よきたりとて人おとろかすなといとらう／＼」19ウ
しき御心にてもとよりもほのかにゝたる
御こゑをたゝかの御けはひにまねひていり
たまふゆゝしきことのさまとのたまひつる
いかなる御すかたならんといとおしくてわれもか
くろへて見たてまつるいとほそやかになよ／＼と
さうそきてかのかうはしきこともおとらすちか
うよりて御そともぬきなれかほにうちふ
したまへれはれいのおましにこそなといへと
ものものたまはす御ふすまゝいりてねつる
人／＼おこしてすこしゝそきてみなねぬ」20オ
御ともの人なとれいのこゝにはしらぬならひにて
あはれなるよのおはしましさまかなかゝる御あ
りさまをこらむしゝらぬよなとさかしらか
る人もあれとあなかま給へよこゑはさゝめく
しもそかしかましきなといひつゝねぬ女き
みはあらぬ人なりけりとおもふにあさましうい
みしけれとこゑをたにせさせたまはすいと
つゝましかりし所にてたにわりなかりし御心な
れはひたふるにあさましはしめよりあらぬ人
としりたらはいかゝいふかひもあるへきをゆめ」20ウ
の心ちするにやう／＼そのおりのつらかりしとし
月ころおもひわたるさまのたまふにこの宮と
しりぬいよ／＼はつかしくかのうへの御ことなと
おもふに又たけきことなけれはかきりなう
なく宮も中／＼にてたはやすくあひみさら
むことなと越ゝほすになき給よはたゝあ
けにあく御ともの人きてこわつくる右近きゝ
てまいれりいて給はん心ちもなくあかすあはれ
なるに又おはしまさむこともかたけれは京に
はもとめさはかるともけふはかりはかくてあらん」21オ
なにこともいけるかきりのためこそあれたゝ
いまいておはしまさむはまことにしぬへくおほ
さるれはこの右近越めしよせていと心ちなしと
おもはれぬへけれとけふはえいつましうなむある
をのこともはこのわたりちかゝらむ所によくか
くろへてさふらへ時かたは京へものして山てらに
しのひてなむとつき／＼しからむさまにいらへなと
せよとの給にいとあさましくあきれて心もなかり
けるよのあやまちをゝもふに心ちもまとひぬへ
きを思しつめていまはよろつにをほゝれさはく」21ウ
ともかひあらし物からなめけなりあやしかり
しおりにいとふかうおほしいれたりしもかう
のかれさりける御すくせにこそありけれ人のし
たるわさかはとおもひなくさめてけふ御むかへに
と侍しをいかにせさせ給はむとする御事にかゝ
うのかれきこえさせたまふましかりける御すく
せはいときこえさせはへらむかたなしおりこそいとわ
りなく侍れ猶けふはいておはしまして御心さし
侍らはのとかにもときこゆおよすけてもいふかなと
おほしてわれは月ころ思つるにほれはてにけれは
ひとのもとかむもしられすひたふるにおもひなりに」22オ
たりすこしも身のことをおも（も＋ひ）はゝからむ人の
かゝるありきはおもひたちなむや御返にはけ
ふはものいみなといへかし人にしらるましきことを
たかためにもおもへかしこと事はかひなしと
のたまひてこの人のよにしらすあはれにおほ
さるゝまゝによろつのそしりもわすれたまひ
ぬへし右近いてゝこのをとなふ人にかくなむ
のたまはするをなをいとかたはならむとを申
させ給へあさましうめつらかなる御ありさまはさ
おほしめすともかゝる御とも人ともの御心にこそ」22ウ
あらめいかてかう心おさなうはゐてたてまつり
給こそなめけなることをきこえさする山か
つなとも侍らましかはいかならましといふ内きは
けにいとわつらはしくもあるかなと思たてり時かた
とおほせらるゝはたれにかさなむとつたふわら
ひてかうかへたまふことゝものおそろしけれは
さらすともにけてまかてぬへしまめやかにはを
ろかならぬ御けしきを見たてまつれはたれも／＼
身をすてゝなむよし／＼とのゐ人もみなおきぬ
なりとていそきいてぬ右近人にしらすましう」23オ
はいかゝはたはかるへきとわりなうおほゆ人／＼
おきぬるに殿はさるやうありていみしうしの
ひさせ給けしき見たてまつれはみちにていみし
きことのありけるなめり御そともなとよさり
しのひてもてまいるへくなむおほせられつる
なといふこたちあなむくつけやこはた山は
いとおそろしかなるやまそかしれいの御さきも
をはせ給はすやつれておはしましけむにあな
いみしやといへはあなかま／＼下すなとのちりは
かりもきゝたらむにいといみしからむといひ」23ウ
ゐたる心ちおそろしあやにくに殿の御つかひ
のあらむ時いかにいはむとはつせのくわんをんけ
け（け＄ふ）ことなくてくらしたまへと大くわんをそ
たてけるいし山にけふまうてさせむとてはゝ
きみのむかふるなりけりこの人／＼もみなさ
うしゝきよまはりてあるにさらはけふはえ
わたらせたまふましきなめりいとくちおし
きことゝいふ日たかくなれはかうしなとあけて
右近そちかくてつかうまつりけるもやのすた
れはみなおろしわたしてものいみなとかゝせて」24オ
つけたりはゝ君もや身つからおはするとてゆめ
みさはかしかりつといひなすなりけり御てうつ
なとまいりたるさまはれいのやうなれとまかない
めさましうおほされてそこにあらはせ給はゝ
とのたまふ女いとさまよう心にくき人をみな
らひたるに時のまも見さらむにしぬへしと
おほしこかるゝ人を心さしふかしとはかゝるをいふ
にやあらむと思しらるゝにもあやしかりける身
かなたれもゝのゝきこえあらはいかにおほさむと
まつかのうへの御心を思いてきこゆれとしらぬを」24ウ
かへす／＼いと心うし猶あらむまゝにのたまへいみし
き下すといふともいよ／＼なむあはれなるへきとわ
りなうとひたまへとその御いらへはたえてせす
こと／＼はいとおかしくけちかきさまにいらへ
きこえなとしてなひきたるをいとかきりなう
らうたしとのみ見たまふ日たかくなるほとに
むかへの人きたりくるま二むまなる人／＼の
れいのあらゝかなる七八人をのこともおほく
れいのしな／＼しからぬけはひさへつりつゝいりき
たれは人／＼かたわらいたかりつゝあなたにかくれ」25オ
よといはせなとす右近いかにせむ殿なむおは
するといひたらむに京にさはかりの人のおはし
おはせすをのつからきゝかよひてかくれなきことも
こそあれと思てこの人／＼にもことにいひあはせす
かへり事かくよへよりけかれさせたまひていとく
ちおしきことをゝほしなけくめりしにこよ
ひゆめみさはかしくみえさせ給つれはけふはかり
つゝしませたまへとてなむものいみにて侍か
へす／＼くちおしくものゝさまたけのやうにみた
てまつり侍とかきて人／＼に物なとくはせてやり」25ウ
つあまきみにもけふはものいみにてわたり給はぬ
といはせたりれいはくらしかたくのみかすめる
山きはをなかめわひ給にくれゆくはわひしくのみ
おほしはゝか（はゝか＄いら）るゝ人にひかれたてまつりていとは
かなうくれぬまきるゝ事なくのとけき春
の日にみれとも／＼あかすそのことそとおほゆるく
まなくあい行つきなつかしくおかしけなりさるは
かのたいの御かたにはにをとりなり大殿のきみの
さかりにゝほひ給へるあたりにてはこよなかるへき
ほとの人をたくひなうおほさるゝほとなれは」26オ
またしらすおかしとのみゝ給女は又大将殿をいと
きよけにまたかゝる人あらむやとみしかとこま
やかにゝほひきよらなることはこよなくおは
しけりとみるすゝりひきよせてゝならひなと
し給いとおかしけにかきすさひゑなとをみ所お
ほくかき給へれはわかき心ちにはおもひもう
つりぬへし心よりほかにえみさらむほとはこれを
みたまへよとていとおかしけなるおとこ女もろ
ともにそひふしたるかたをかき給てつねにかく
てあらはやなとの給もなみたおちぬ」26ウ
なかきよをたのめても猶かなしきは
たゝあすしらぬいのちなりけりいとかうおもふ
こそゆゝしけれ心に身をもさらにえまかせす
よろつにたはからむほとまことにしぬへくなむ
おほゆるつらかりし御ありさまを中／＼なにゝ
たつねいてけむなとの給女ぬらしたまへるふて
をとりて
心をはなけかさらましいのちのみ
さためなきよとおもはましかはとあるをか
はらむをはうらめしうおも（も＋ふ）へかりけりとみ給にも」27オ
いとらうたしいかなる人の心かはりをみならひて
なとほゝゑみて大将のこゝにわたしはしめ給けむ
ほとをかへす／＼ゆかしかり給てとひ給をくるし
かりてえいはぬことをかうの給こそとうちゑし
たるさまもわかひたりをのつからそれはきゝいてゝ
むとおほす物からいはせまほしきそわりな
きやよさり京へつかはしつるたいふまいりて右近
にあひたりきさいの宮よりも御つかひまいりて右
の大殿もむつかりきこえさせ給て人にしられさ
せ給はぬ御ありきはいとかる／＼しくなめけ」27ウ
なることもあるをすへてうちなとにきこし
めさむことも身のためなむいとからきといみ
しく申させ給けりひむかし山にひしり御
らむしにとなむ人には物し侍つるなとかたりて
女こそつみふかうおはするものはあれすゝろなるけ
そうの人をさへまとはし給てそらことをさへ
せさせ給よといへはひしりのなをさへつけきこ
えさせたまひてけれはいとよしわたくしのつみ
もそれにてほろほし給らむまことにいとあや
しき御心のけにいかてならはせ給けむかねて」28オ
かうおはしますへしとうけ給はらましにもいとか
たしけなけれはたはかりきこえさせてまし
ものをあふなき御ありきにこそはとあつかひきこ
ゆまいりてさなむとまねひきこゆれはけにいかな
らむとおほしやるに所せき身こそわるしけれ
かろらかなるほとの殿上人なとにてしはしあら
はやいかゝすへきかうつゝむへき人めもえはゝかり
あふましくなむ大将もいかにおもはんとすらん
さるへきほとゝはいひなからあやしきまてむかし
よりむつましき中にかゝる心のへたてのしられた」28ウ
らむ時はつかしう又いかにそやよのたとひにいふ
こともあれはまちとをなるわかをこたりをも
しらすうらみられ給はむをさへなむおもふゆめ
にも人にしられたまふましきさまにてこゝ
ならぬところにゐてはなれたてまつらむとそ
の給けふさへかくてこもりゐたまふへきならねは
いて給なむとするにもそての中にそとゝめたま
【付箋01】－＼<朱合点>「あかさりし袖の中にや入にけん／わか玉しゐのなに心ちする」（古今992、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
ひつらむかしあけはてぬさきにと人／＼しは
ふきおとろかしきこゆつまとにもろともにゐて
おはしてえいてやり給はす」29オ
よにしらすまとふへきかなさきにたつ
なみたもみちをかきくらしつゝ女もかきりなく
あはれと思けり
なみたをもほとなきそてにせきかねて
いかにわかれをとゝむへき身そかせのをともいと
あらましくしもふかきあか月にをのかきぬ／＼も
ひやゝかになりたる心ちして御むまにのり給
ほとひきかへすやうにあさましけれと御ともの
人／＼いとたはふれにくしと思てたゝいそかしに
いそかしいつれはわれも（も＝に）あらていて給ぬこの五ゐ」29ウ
二人なむ御むまのくちにはさふらひけるさか
しき山こえいてゝそをの／＼むまにはのるみ
きはのこほりをふみならすむまのあしおとさへ
心ほそくものかなしむかしもこのみちにのみ
こそはかゝる山ふみはし給しかはあやしかりける
さとのちきりかなとおほす二条の院におはし
ましつきて女きみのいと心うかりし御ものかくし
もつらけれは心やすきかたにおほ殿こもりぬ
るにねられ給はすいとさひしきにもの思まさ
れは心よはくたいにわたり給ぬなに心もなく」30オ
いときよけにておはすめつらしくおかしとみ給し
人よりも又これは猶ありかたきさまはしたまへり
かしとみ給ものからいとよくにたるをおもひいて
たまふもむねふたかれはいたくものおほし
たるさまにてみ丁にいりておほとのこもる女
きみもゐていりきこえ給て心ちこそいとあしけれ
いかならむとするにかと心ほそくなむあるまろは
いみしくあはれとみをいたてまつるとも御ありさ
まはいとゝくかはりなむかし人のほいはかならす
かなふなれはとの給けしからぬことをもまめやかに」30ウ
さへのたまふかなと思てかうきゝにくきことのも
りてきこえたらはいかやうにきこえなしたるにか
と人も思より給はんこそあさましけれ心うき身
にはすゝろなることもいとくるしくとてそむき給
へり宮もまめたち給てまことにつらしとおもひ
きこゆることもあらむはいかゝおほさるへきまろは
御ためにをろかなる人かは人もありかたしなとゝ
かむるまてこそあれ人にはこよなう思おとし給
へかめりたれもさへきにこそはとことわらるゝをへ
たて給御心のふかきなむいと心うきとのたまふにも」31オ
すくせのをろかならてたつねよりたるそかしとお
ほしいつるになみたくまれぬまめやかなるをいと
おしういかやうなることをきゝたまへるならむと
越とろかるゝにいらへきこえ給はむこともなし
ものはかなきさまにて見そめ給しになに
ことをもかろらかにをしはかりたまふにこそ
はあらめすゝろなる人をしるへにてその心よせ
をおもひしりはしめなとしたるあやまち
はかりにおほえ越とる身にこそとおほしつゝ
くるもよろつかなしくていとゝらうたけなる」31ウ
御けはひなりかの人みつけたることはしは
しゝらせたてまつらしとおもへ（もへ＄ほせ）はことさまに
おもはせてうらみ給をたゝこの大将の御ことを
まめ／＼しくのたまふとおほすに人やそらこと
をたしかなるやうにきこえたらむなとおほす
ありやなしやをきかぬまはみえたてまつらむも
はつかしうちより大宮の御ふみあるにおとろき
給て猶心とけぬ御けしきにてあなたにわたり
たまひぬきのふのおほつかなさをなやましく
おほされたなるよろしくはまいり給へひさし」32オ
うもなりにけるをなとやうにきこえ給へれは
さはかれたてまつらむもくるしけれとまことに
御心ちもたかひたるやうにてその日はまいり給
はすかむたちめなとあまたまいりたまへと
みすのうちにてくらし給ゆふつかた右大将ま
いり給へりこなたにをとてうちとけなからたい
めんし給へりなやましけにおはしますと侍つれは
宮にもいとおほつかなくおほしめしてなむいかやう
なる御なやみにかときこえ給見るからに御心さ
はきのいとゝまされはことすくなにてひしり」32ウ
たつといひなからこよなかりける山ふし心かな
さはかりあはれなる人をさてをきて心のとかに
月日をまちわひさすらむよとおほすれいは
さしもあらぬことのついてにたにわれはまめ人と
もてなしなのりたまふをねたかり給てよろつに
のたまひやふるをかゝることみあらはいたる越
いかにのたまはましされとさやうのたはふれこと
もかけ給はすいとくるしけにみえたまへはふひん
なるわさかなおとろ／＼しからぬ御心ちのさすか
にひかすふるはいとあしきわさに侍御かせよく」33オ
つくろはせ給へなとまめやかにきこえをきて
いて給ぬはつかしけなる人なりかしわかありさまを
いかに思くらへけむなとさま／＼なることにつけつゝ
もたゝこの人を時のまわすれすおほしいつか
しこにはいし山もとまりていとつれ／＼なり御
ふみにはいといみしきことをかきあつめ給てつかはす
それたに心やすからす時かたとめしゝたいふのす
さの心もしらぬしてなむやりける右近かふるく
しれりける人の殿の御ともにてたつねいて
たるさらかへりてねむころかるとゝもたちには」33ウ
いひきかせたりよろつ右近そゝらことしなら
ひける月もたちぬかうおほしゝらるれとおは
しますことはいとわりなしかうのみものをゝも
はゝさらにえなからふましき身なめりと心ほそ
さをそへてなけき給大将殿すこしのとかに
なりぬるころれいのしのひておはしたりてらに
仏なとおかみ給みす行せさせ給そうにものたま
ひなとしてゆふつかたこゝにはしのひたれとこれは
わりなくもやつし給はすえほうしなをしの
すかたいとあらまほしくきよけにてあゆみいり給」34オ
よりはつかしけによういことなり女いかてみえた
てまつらむとすらんとそらさへはつかしくおそろし
きにあなかちなりし人の御ありさまうち思いて
らるゝに又この人にみえたてまつらむを思やるなん
いみしう心うきわれはとしころみる人をもみな
思かはりぬへき心ちなむするとのたまひしを
けにそのゝち御心ちくるしとていつくにも／＼れい
の御ありさまならてみすほうなとさはくなるを
きくに又いかにきゝておほさんと思もいとくるし
この人はたいとけはひことに心ふかくなまめか」34ウ
しきさましてひさしかりつるほとのをこたり
なとの給もことおほからすこひしかなしと
おりたゝねとつねにあひみぬこひのくるし
さをさまよきほとにうちのたまへるいみしく
いふにはまさりていとあはれと人の思ぬへきさ
まをしめたまへる人からなりえむなるか
たはさる物にてゆくすゑなかく人のたの
みぬへき心はへなとこよなくまさり給へり
おもはすなるさまの心はへなともりきかせ
たらむ時もなのめならすいみしくこそ」35オ
あへけれあやしうゝつし心もなうおほしいら
るゝ人をあはれと思もそれはいとあるましく
かろきことそかしこの人にうしとおもはれて
わすれ給なむ心ほそさはいとふかうしみに
けれはおもひみたれたるけしきを月ころに
こよなうものゝ心しりねひまさりにけり
つれ／＼なるすみかのほとに思のこすことはあらし
かしとみたまふも心くるしけれはつねよりも
心とゝめてかたらひ給つくらする所やう／＼よろし
うしなしてけり一日なむみしかはこゝよりは」35ウ
けちかきみつに花もみたまひつへし三条の
宮もちかきほとなりあけくれおほつかなき
へたてもをのつからあるましきをこの春の
ほとにさりぬへくはわたしてむと思ての給
もかの人のゝとかなるへき所おもひまうけたり
ときのふものたまへりしをかゝることもしらて
さおほすらむよとあはれなからもそなたに
なひくへきにはあらすかしと思からにありし御
さまのおもかけにおほゆれはわれなからもう
たて心うの身やと思つゝけてなきぬ御心はへの」36オ
かゝらておひらかなりしこそのとかにうれし
かりしか人のいかにきこえしらせたることかある
すこしもをろかならむ心さしにてはかうまて
まいりくへき身のほとみちのありさまにもあら
ぬをなとついたちころのゆふつくよにすこし
はしちかくふしてなかめいたしたまへりおとこは
すきにしかたのあはれをもおほしいて女はいま
よりそひたる身のうさをなけきくはへて
かたみにものおもはし山のかたはかすみへたてゝ
さむきすさきにたてるかさゝきのすかたも所」36ウ
からはいとおかしうみゆるにうちはしのはる／＼と
見わたさるゝにしはつみふねの所／＼にゆきち
かひたるなとほかにてめなれぬことゝものみ
とりあつめたる所なれはみたまふたひことに猶
そのかみのことのたゝいまの心ちしていとかゝら
ぬ人をみかはしたらむたにめつらしきなかの
あはれおほかるへきほとなりまいてこれ（れ＄ひ）しき
人（人＋に）よそへられたるもこよなからすやう／＼ものゝ心し
り宮こなれゆくありさまのおかしきもこよ
なくみまさりしたる心ちし給に女はかき」37オ
あつめたる心のうちにもよをさるゝなみた
ともすれはいてたつをなくさめかね給つゝ
うちはしのなかきちきりはくちせしを
あやふむかたに心さはくないまみ給てんと
のたまふ
たえまのみよにはあやうきうちはしを
くちせぬものと猶たのめとやさき／＼よりも
いとみすてかたくしはしもたちとまらま
ほしくおほさるれと人のものいひのやすからぬに」37ウ
いまさらなり心やすきさまにてこそなとおほ
しなしてあか月にかへり給ぬいとようもおと
なひたりつるかなと心くるしくおほしいつることあ
りしにまさりけりきさらきの十日のほとに
内にふみつくらせたまふとてこの宮も大将も
まいりあひたまへりおりにあひたる物のし
らへともに宮の御こゑはいとめてたくてむめ
かえなとうたひ給なにことも人よりはこ
よなうまさりたまへる御さまにてすゝろな
ることおほしいらるゝのみなむつみふかゝり／ける」38オ
ゆきにはかにふりみたれかせなとはけしけれは
御あそひとくやみぬこの宮の御殿ゐ所に人／＼
まいり給ものまいりなとしてうちやすみ給へり
大将人に物のたまはむとてすこしはしちかく
いてたまへるにゆきのやう／＼つもるかほしの
ひかりにおほ／＼しきをやみはあやなしとおほゆる
【付箋02】－＼<朱合点>「春のよのやみはあやなし梅の／はな／色こそみえね香やはかくるゝ」（古今41・新撰和歌21・古今六帖4136・和漢朗詠28・躬恒集14・261、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・花屋抄・岷江入楚）
にほひありさまにてころもかたしきこよひ
【付箋03】－＼<朱合点>「さむしろに衣かたしき今夜／もや／われを待らんうちの橋姫」（古今689・古今六帖2990、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
もやとうちすし給へるもはかなきことをくち
すさひにのたまへるもあやしくあはれなるけ
しきそへる人さまにていとものふかけなり」38ウ
ことしもこそあれ宮はねたるやうにて御心さはく
をろかにはおもはぬなめりかしかたしくそてを
われのみ思やる心ちしつるをおなし心なるもあ
はれなりわひしくもあるかなかはかりなるもと
つ人越ゝきて我かたにまさる思はいかてつくへ
きそとねたうおほさるつとめてゆきのいとたかう
つもりたるにふみたてまつり給はむとておまへに
まいり給へる御かたちこのころいみしくさかりにき
よけなりかのきみもおなしほとにていまふたつ
みつまさるけちめにやすこしねひまさるけしき」39オ
ようゐなとそことさらにもつくりたらむあてなる
おとこの本にしつへく物し給みかとの御むこに
てあかぬことなしとそよ人もことはりけるさえ
なともおほやけ／＼しきかたもをくれすそおはす
へきふみかうしはてゝみな人まかて給宮の御ふみ
をすくれたりとすしのゝしれとなにともきゝいれ
たまはすいかなる心ちにてかゝることをもしいつ
らむとそらにのみおもほしほれたりかの人の
御けしきにもいとゝおとろかれ給けれはあさま
しうたはかりておはしましたり京には」39ウ
ともまつはかりきえのこりたるゆき山ふかく
いるまゝにやゝふりうつみたりつねよりもわりな
きまれのほそみちをわけ給ほと御ともの人も
なきぬはかりおそろしうわつらはしきことをさへ
思しるへの内きはしきふの少輔なむかけたり
けるいつかたも／＼こと／＼しかへきつかさなからいと
つき／＼しくひきあけなとしたるすかたもおかし
かりけりかしこにはおはせむとありつれとかゝる
ゆきにはとうちとけたるに夜ふけて右近にせう
そこしたりあさましうあはれときみもおもへり
右近はいかになりはて給へき御ありさまにかとか」40オ
つはくるしけれとこよひはつゝましさもわすれ
ぬへしいひかへさむかたもなけれはおなしやうに
むつましくおほいたるわかき人の心さまもあ
ふなからぬをかたらひていみしくわりなきこと
おなし心にもてかくしたまへといひてけりもろと
ともにいれたてまつるみちのほとにぬれたまへる
かのところせうにほふもゝてわつらひぬへけれと
かの人の御けはひにゝせてなむもてまきらは
しける夜のほとにてたちかへり給はんも中／＼
なへけれはこゝの人めもいとつゝましさに時かたに」40ウ
たはからせたまひてかはよりをちなる人の
いゑにゐておはせむとかまへたりけれはさきた
てゝつかはしたりける夜ふくるほとにまいれりいと
よくようゐしてさふらふと申さすこはいかに
し給ことにかと右近もいと心あはたゝしけれは
ねおひれておきたる心ちもわなゝかれてあや
しわらはへのゆきあそひしたるけはひのやう
にそふるひあかりにけるいかてかなともいひあへ
させ給はすかきいたきていて給ぬ右近はこの
うしろみにとまりてしゝうをそたてまつる
いとはかなけなるものとあけくれみいたすちゐ」41オ
さきふねにのり給てさしわたり給ほとはるか
ならむきしにしもこきはなれたらむやうに心ほ
そくおほえてつとつきていたかれたるもいと
らうたしとおほすありあけの月すみのほりて
みつのおもてもくもりなきにこれなむたち花
のこしまと申て御ふねしはしさしとゝめたる
をみたまへはおほきやかなるいはのさましてさ
れたるときは木のかけしけれりかれみたまへ
いとはかなけれとちとせもふへきみとりのふかさを
とのたまひて
としふともかはらむものかたちはなの」41ウ
こしまのさきにちきる心は女もめつらしからむ
みちのやうにおほえて
たち花のこしまのいろはかはらし越
このうきふねそゆくゑしられぬおりから人の
さまにおかしくのみなにこともおほしなすかの
きしにさしつきており給に人にいたかせ給は
むはいと心くるしけれはいたきたまひてたすけ
られつゝいり給をいとみくるしくなに人をかく
もてさはき給らむと見たてまつる時かたかを
ちのいなはのかみなるからうするさうにはかなう」42オ
つくりたるいゑなりけりまたいとあら／＼しきに
あしろ屏風なと御らむしもしらぬしつらひにて
かせもことにさはらすかきのもとにゆきむら
きえつゝいまもかきくもりてふるひさしいてゝ
のきのたるひのひかりあひたるに人の御かたち
もまさる心ちす宮もところせきみちのほとに
かるらかなるへきほとの御そともなり女もぬ
きすへさせ給てしかはほそやかなるすかたつきいと
おかしけなりひきつくろふこともなくうちと
けたるさまをいとはつかしくまゆきまてきよ」42ウ
らなる人にさしむかひたるよとおもへとまき
れむかたもなしなつかしきほとなるしろき
かきりをいつゝはかりそてくちすそのほとまて
なまめかしくいろ／＼にあまたかさねたらん
よりもおかしうきなしたりつねにみ給人とても
かくまてうちとけたるすかたなとはみなら
ひ給はぬをかゝるさへそ猶めつらかにおかしう
おほされけるしゝうもいとめやすきわか人
なりけりこれ（れ＋さ）へかゝるをのこりなうみるよと
女きみはいみしと思宮もこれは又たそわかな／もらすなよと」43オ
くちかため給をいとめてたしとおもひきこえたり
こゝのやともりにてすみけるもの時かたをしうと
おもひてかしつきありけはこのおはします
やりとをへたてゝところえかほにゐたりこゑ
ひきしゝめかしこまりてものかたりしをるを
いらへもえせすおかしと思けりいとおそろしく
うらなひたるものいみにより京のうちをさへ
さりてつゝしむなりほかの人よすなといひたり
人めもたえて心やすくかたらひくらし給か
のひとのものし給へりけむにかくてみえてむ」43ウ
かしとおほしやりていみしくうらみ給二の宮
をいとやむことなくてもちたてまつり給へる
ありさまなともかたり給かのみゝとゝめたま
ひしひと事はのたまひいてぬそにくきや
時かた御てうつ御くた物なとゝりつきてまいる
を御らむしていみしくかしつかるめるまら
うとのぬしさてなみえそやといましめ給
しゝういろめかしきわかうとの心ちにいとおか
しと思てこのたいふとそものかたりしてくら
しけるゆきのふりつもれるにかのわかすむ」44オ
かたをみやりたまへれはかすみのたえ／＼に
こすゑはかり見ゆ山はかゝみをかけたるやう
にきら／＼とゆふ日にかゝやきたるによへ
わけこしみちのわりなさなとあはれおほ
うそへてかたり給
みねのゆきみきはのこほりふみわけて
きみにそまとふみちはまとはすこはたの
【付箋04】－＼<朱合点>「山しろのこわたの里に馬は／あれと／君をおもへはかちよりそゆく」（拾遺集1243、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
さとにむまはあれとなとあやしきすゝりめし
いてゝてならひ給
ふりみたれみきはにこほるゆきよりも」44ウ
なかそらにてそわれはけぬへきとかきけち
たりこの中そらをとかめ給けにゝくゝもか
きてけるかなとはつかしくてひきやりつさら
てたに見るかひある御ありさまをいよ／＼あはれ
にいみしと人の心にしめられんとつくし給こと
のはけしきいはむかたなし御ものいみふつかと
たはかり給へれは心のとかなるまゝにかたみにあ
はれとのみふかくおほしまさる右近はよろつ
にれいのいひまきらはして御そなとたてまつり
たりけふはみたれたるみすこしけつらせて」45オ
こきゝぬにこうはいのをり物なとあはひおか
しくきかへてゐたまへりしゝうもあやしき
しひらきたりしをあさやきたれはそのも
をとり給てきみにきせ給て御てうつまいらせ給
ひめ宮にこれをたてまつりたらはいみしき
ものにし給てむかしいとやむことなきゝはの人
おほかれとかはかりのさましたるはかたくやと
み給かたはなるまてあそひたはふれつゝくらし
たまふしのひてゐてかくしてむことをかへす／＼
の給そのほとかの人にみえたらはといみしき」45ウ
ことゝもをちかはせたまへはいとわりなきことゝ
思ていらへもやらすなみたさへおつるけしきさ
らにめのまへにたに思うつらぬなめりとむね
いたうおほさるうらみてもなきてもよろつ
の給あかして夜ふかくゐてかへり給れいのいた
き給いみしくおほすめる人はかうはよも
あらしよ見しり給たりやとの給へはけにと
思てうなつきてゐたるいとらうたけなり右近
つまとはなちていれたてまつるやかてこれより
わかれていて給もあかすいみしとおほさる」46オ
かやうのかへさは猶二条にそおはしますいと
なやましうし給てものなとたえてきこしめ
さすひをへてあ越みやせ給御けしきも
かはるをうちにもいつくにもおもほしなけ
くにいとゝものさはかしくて御ふみたにこま
かにはかきたまはすかしこにもかのさかし
きめのとむすめのこうむ所にいてたりける
かへりきにけれは心や（や＋すく）もえみすかくあやしき
すまひをたゝかの殿のもてなし給はむ
さまをゆかしくまつことにてはゝきみも」46ウ
おもひなくさめたるにしのひたるさまな
からもちかくわたしてんことをおほしなり
にけれはいとめやすくうれしかるへきことに
思てやう／＼人もとめわらはのめやすきなと
むかへてをこせ給わか心にもそれこそはあるへき
ことにはしめよりまちわたれとはおもひなから
あなかちなる人のおほむことを思いつるに
うらみたまひしさまのたまひしことゝも
おもかけにつとそひていさゝかまとろめはゆめに」47オ
みえ給つゝいとうたてあるまておほゆあめふり
やまてひころおほくなるころいとゝ山地
おほしたえてわりなくおほされけれはお
【付箋05】－＼<朱合点>「たらちめのをやのかふこのまゆ／こもり／いふせくもあるかいもに／あはすて」（拾遺集895・古今六帖1411・3087・人丸集187、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
やのかふこは所せきものにこそとおほすも
かたしけなしつきせぬことゝもかき給て
なかめやるそなたのくもゝみえぬまて
そらさへくるゝころのわひしさ
ふてにまかせてかきみたり給へるしもみ所あり
おかしけなりことにいと越もくなとはあらぬわ
かき心ちにいとかゝる心をおもひもまさり」47ウ
ぬへけれとはしめよりちきり給しさまもさ
すかにかれは猶いとものふかう人からのめてたき
なとも世中をしりにしはしめなれは（は＋に）やかゝ
るうきこときゝつけて思うとみ給なむよには
いかてかあらむいつしかとおもひまとふおやにも
おもはすに心つきなしとこそはもてわつらはれ
めかく心いられし給人はたいとあたなる御心
本上とのみきゝしかはかゝるほとこそあらめ
又かうなからも京にもかくしすへ給ひなからへ
てもおほしかすまへむにつけてはかのうへの」48オ
おほさむことよろつかくれなきよなりけれは
あやしかりしゆふくれのしるへはかりにたに
かうたつねいて給めりましてわかありさまの
ともかくもあらむをきゝ給はぬやうはありなん
やと思たとるにわか心もきすありてかの人に
うとまれたてまつらむ猶いみしかるへしとおも
ひみたるゝおりしもかの殿より御つかひあり
これかれとみるもいとうたてあれはなをことおほ
かりつるを見つゝふしたまへれはしゝう右近み
あはせて猶うつりにけりなといはぬやうにていふ」48ウ
ことわりそかし殿の御かたち越たくひおはしま
さしとみしかとこの御ありさまはいみしかりけり
うちみたれたまへるあい行よまろならはか
はかりの御思越みる／＼えかくてあらしきさい
の宮にもまいりてつねに見たてまつりてむと
いふ右近うしろめてたの御心のほとや殿の御
ありさまにまさり給人はたれかあらむかたち
なとはしらす御心はへけはひなとよ猶この
御ことはいとみくるしきわさかないかゝならせ給
はむとすらむとふたりしてかたらふ心ひとつに」49オ
思しよりはそらこともたよりいてきにけり
のちの御ふみには思なからひころになること時／＼
はそれよりもおとろかい給はんこそ思さま
ならめをろかなるにやはなとはしかきに
みつまさるをちのさと人いかならむ
はれぬなかめにかきくらすころ
つねよりもおもひやりきこゆることまさりてなん
としろきしきしにてたてふみなり御ても
こまかにおかしけならねとかきさまゆへ／＼しく
みゆ宮はいとおほかるをちゐさくむすひなし」49ウ
たまへるさま／＼おかしまつかれを人みぬ
ほとにときこゆけふはえきこゆましとはち
らひてゝならひに
さとのなをわか身にしれは山しろの
うちのわたりそいとゝすみうき
宮のかき給へりしゑを時／＼見てなかれけり
なからへてあるましきことそとゝさまかう
さまにおもひなせとほかにたえこもりて
やみなむはいとあはれにおほゆへし
かきくらしはれせぬみねのあまくもに」50オ
うきて世をふる身をもなさはや
ましりなはときこえたるを宮はよゝとなか
れ給さりとて（て＄）もこひしと思らむかしとおほし
やるにもゝの思てゐたらむさまのみおもかけに
みえ給まめ人はのとかに見給つゝあはれいかに
なかむらむと思やりていとこひし
つれ／＼と身をしるあめのをやまねは
そてさへいとゝみかさまさりて
とあるをうちもをかすみ給女宮にものかたり
なときこえ給てのついてになめしともやお」50ウ
ほさんとつゝましなからさすかにとしへぬる人の
侍をあやしき所にすてをきていみしくもの
思なるか心くるしさにちかうよひよせてと思は
へるむかしよりことやうなる心はへ侍りし身
にて世中をすへてれいの人ならてすくしてん
とおもひはへりしをかくみたてまつるにつ
けてひたふるにもすてかたけれはありと人にも
しらせさりし人のうへさへ心くるしうつみえぬ
へき心地してなむときこえたまへはいかなるこ
とに心をくものともしらぬをといらへ給内に」51オ
なとあしさまにきこしめさする人や侍らむ
よの人のものいひそいとあちきなくけし
からすはへるやされとそれはさはかりのかすに
たに侍ましなときこえ給つくりたる所に
わたしてむとおほしたつにかゝるれうなり
けりなとはなやかにいひなす人やあらむなとく
るしけれはいとしのひてさうしはらすへきこと
なと人しもこそあれこのないきかしる人の
おやおほくらのたいふなるものにむつましく
心やすきまゝにのたまひつけたりけれはきゝ」51ウ
つきて宮にはかくれなくきこえけりゑし
ともなとも御すいしんともの中にあるむつまし
き殿人なとをえりてさすかにわさとなむせ
させ給と申すにいとゝおほしさはきてわか御め
のとのとをきすらうのめにてくたるいゑしも
つかたにあるをいとしのひたる人しはしかくい
たらむとかたらひ給けれはいかなる人にかはと
おもへとたいしとおほしたるにかたしけなけ
れはさらはときこえけりこれをまうけ給て
すこし御心のとめ給この月のつこもりかたに」52オ
くたるへけれはやかてその日わたさむとおほ
しかまふかくなむおもふゆめ／＼といひやり給
つゝおはしまさんことはいとわりなくあるうち
にもこゝにもめのとのいとさかしけれはかたかる
へきよしをきこゆ大将殿はう月の十日となん
さためたまへりけるさそふみつあらはとはおも
はすいとあやしくいかにしなすへきみにかあ
らむとうきたる心ちのみすれははゝの御もとに
しはしわたりておもひめくらすほとあらんと
おほせと少将のめこうむへきほとちかく」52ウ
なりぬとてすほうと経なとひまなくさわけは
いし山にもえいてたつましはゝそこちわ
たりたまへるめのといてきて殿より人／＼の
さうそくなともこまかにおほしやりてなん
いかてきよけになにこともとおもふたまふれと
まゝか心ひとつにはあやしくのみそしいて侍
らむかしなといひさはくか心ちよけなるを
み給にもきみはけしからぬことゝものいてきて
人わらへならはたれも／＼いかにおもはんあや
にくにのたまふ人はたやへたつ山にこもる」53オ
ともかならすたつねてわれも人もいたつらに
なりぬへしなを心やすくかくかく（かく＄）れなむこと
をおもへとけふもの給へるをいかにせむと心ちあ
しくてふし給へりなとかゝくれいならすいた
くあをみやせたまへるとおとろき給ひころ
あやしくのみなむはかなき物もきこしめさ
すなやましけにせさせ給といへはあしきことかな
物のけなとにやあらむといかなる御心ちそとおも
へといし山とまりたまひに（に＋きか）しといふもかたわら
いたけれはふしめなりくれて月いとあかし」53ウ
ありあけのそらをおもひいつるなみたのいとゝ（ゝ＝と）め
かたきはいとけしからぬ心かなとおもふはゝ君
むかし物かたりなとしてあなたのあまきみよ
ひいてゝこひめ君の御ありさま心ふかくおはして
さるへきこともおほしいれたりしほとにめにみ
す／＼きえいり給にしことなとかたるおはしまさ
ましかは宮のうへなとのやうにきこえかよひ給
て心ほそかりし御ありさまとものいとこよな
き御さいはゐにそ侍らましかしといふにもわか
むすめはこと人かはおもふやうなるすく世の」54オ
おはしはてはおとらしをなとおもひつゝけてよ
とゝもにこの君につけては物をのみおもひみたれ
しけしきのすこしうちゆるひてかくてわたり
たまひぬへかめれはこゝにまいりくることかならす
しもことさらにはえおもひたち侍らしかゝるた
いめんのおり／＼にむかしのことも心のとかにきこえ
うけ給はらまほしけれなとかたらふゆゝしき
みとのみおもふ給へしみにしかはこまやかにみえ
たてまつりきこえさせむもなにかは（は＋と）つゝましくて
すくし侍りつるをうちすてゝわたらせ給なはいと心」54ウ
ほそくなむ侍るへけれとかゝる御すまひは心もとなく
のみゝたてまつるをうれしくも侍るへかなるかな
よにしらすおも／＼しくおはしますへかめる殿の
御ありさまにてかくたつねきこえさせ給しも
おほろけならしときこえ越き侍りにしうき
たることにやはゝへりけるなといふのちはしらねと
たゝいまはかくおほしはなれぬさまにの給に
つけてもたゝ御しるへをなむおもひいてきこゆる
宮のうへのかたしけなくあはれにおほしたりしも
つゝましきことなとの越（越＋の）つから侍りしかは中そらに」55オ
ところせき御身なりとおもひなけき侍りてといふ
あま君うちわらひてこの宮のいとさわかしき
まていろにおはしますなれは心はせあらんわか
き人さふらひにくけになむおほかたはいとめて
たき御ありさまなれとさるすちのことにてうへの
なめしとおほさむなむわりなきとたいふか
むすめのかたり侍りしといふにもさりやましてと
きみはきゝふし給へりあなむくつけやみかとの
御むすめをもちたてまつりたまへる人なれと
よそ／＼にてあしくもよくもあらむはいかゝはせむと
おほけなくおもひなし侍るよからぬことをひき」55ウ
いてたまへらましかはすへて身にはかなしくいみしと
おもひきこゆとも又みたてまつらさらましなと
いひかはすことゝもにいとゝ心きもゝつふれぬ猶
わか身をうしなひてはや（や＋つ）ゐにきゝにくきことは
いてきなむとおもひつゝくるにこのみつのをとのおそ
ろしけにひゝきてゆくをかゝらぬなかれもあり
かしよにゝすあらましきところにとし月を
すくしたまふをあはれとおほしぬへきわさに
なむなとはゝきみしたりかほにいひゐたりむか
しよりこのかはのはやくおそろしきことをいひ
てさいつころわたしもりかむまこのわらは」56オ
さ越さしはつして越ちいり侍りにけるすへて
いたつらになる人おほかる水にはへりと人／＼もいひ
あへりきみはさてもわか身ゆくゑもしらすなり
なはたれも／＼あえなくいみしとしはしこそおもふ
たまはめなからへて人わらへにうきことも
あらむはいつかその物おもひのたえむとすると
おもひかくるにはさはりところもあるましく
さはやかによろつおもひなさるれとうちかへし
いとかなしおやのよろつにおもひいふありさまを
ねたるやうにてつく／＼と思みたるなやましけにて
やせ給へるをめのとにもいひてさるへき御いのりなと」56ウ
せさせ給へまつりはらへなともすへきやうなといふ
みたらしかはにみそきせまほしけなるをかく
【付箋06】－＼<朱合点>「恋せしとみたらし河にせし／みそき／神はうけすもなりにけらしも」（古今501・新撰和歌356・伊勢物語119、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
もしらてよろつにいひさはく人すくなゝめりよく
さへからむあたりをたつねていまゝいりはとゝめ給へ
やむことなき御なからひはさうしみこそなにこ
とも（も＋お）ひらかにおほさめよからぬ中となりぬるあ
たりはわつらはしきこともありぬへしかくしひそ
めてさる心したまへなとおもひいたらぬことなく
いひをきてかしこにわつらひ侍る人もおほつかな
しとてかへるをいと物おもはしくよろつ心ほ
そけれは又あひみてもこそともかくもなれと」57オ
おもへは心ちのあしく侍る（る＋に）もみたてまつらぬかいと
越ほつかなくおほえ侍るをしはしもまいり
こまほしくこそとしたふさなむおもひ侍れと
かしこもいと物さはかしく侍りこの人／＼もは
かなきことなとえしやるましくせはくなと
侍れはなむたけふのこうにうつろひ給とも
しのひてはまいりきなむをなをゝしき身
のほとはかゝる御ためこそいとおしく侍れ
なとうちなきつゝの給とのゝ御ふみはけふも
ありなやましときこえたりしをいかゝとゝふら」57ウ
ひ給へり身つからとおもひ侍るをわりなきさはり
おほくてなむこのほとのくらしかたさこそ中／＼
くるしくなとあり宮はきのふの御かへりもなか
りしをいかにおほしたゝよふそかせのなひ
かむかたもうしろめたくなむいとゝほれまさ
りてなかめ侍るなとこれはおほくかき給へり
あめふりし日きあひたりし御つかひともそ
けふもきたりける殿のみすいしんかのせふかいゑ
にて時／＼みるをのこなれはまうとはなにしにこゝ
にはたひ／＼はまいるそとゝふわたくしにとふら
ふへき人のもとにまうてくるなりといふわたくしの」58オ
人にやえんなるふみはさしとらするけしきある
まうとかな物かくしはなそといふまことはこの
かうの君の御ふみ女はうにたてまつり給といへは
ことたかひつゝあやしとおもへとこゝにてさため
いはむもことやうなへけれはをの／＼まいりぬかと／＼
しき物にてともにあるわらはをこの越のこに
さりけなくてめつけよさいものたいふのいゑにや
いるとみせけれは宮にまいりてしきふのせふ
になむ御ふみはとらせ侍りつるといふさまてた
つねむものともおとりのけすはおもはすことの
心をもふかうしらさりけれはとねりのひとに」58ウ
みあらはされにけんそくちおしきや殿にまいりて
いまいて給はんとするほとに御ふみたてまつらす
なをしにて六条の院きさいの宮のいてさせ
給へるころなれはまいり給なりけれはこと／＼しく
こせんなとあまたもなし御ふみまいらする人に
あやしきことの侍りつるみたまへさためむと
ていまゝてさふらひつるといふをほのきゝ給てあ
ゆみいて給まゝになにことそとゝひ給この人の
きかむもつゝましとおもひてかしこまりて越り
殿もしかみしりたまひていて給ひぬ宮れい」59オ
ならすなやましけにおはすとてみやたちも
みなまいりたまへりかむたちめなとおほく
まいりつとひてさはかしけれとことなることも
おはしまさすかのないきは上くわんなれは
越くれてそまいれるこの御ふみもたてまつる
を宮たいはん所におはしましてとくちに
めしよせてとり給を大将おまへのかたよりたち
いて給そはめにみと越し給てせちにもおほす
へかめるふみのけしきかなとおかしさにたち
とまりたまへりひきあけてみたまふくれな
ゐのうすやうにこまやかにかきたるへしと」59ウ
みゆふみに心いれてとみにもむき給はぬにおとゝ
もたちてとさまにおはすれはこのきみはさ
うしよりいて給とておとゝいて給とうちしわ
ふきておとろかいたてまつり給ひきかくし
たまへるにそおとゝさしのそき給へるおと
ろきて御ひもさし給との（の＋つい）ゐ給てまかて侍り
ぬへし御しやけのひさしくおこらせたまは
さりつるをおそろしきわさなりや山のさ
すたゝいまさうしにつかはさんといそかしけ
にてたち給ぬ夜ふけてみないて給ひぬおとゝは」60オ
みやをさきにたて／＼まつりたまひてあまた
の御ことものかむたちめきみたちをひきつゝけ
てあなたにわたり給ぬこの殿はをくれていて
たまふすいしんけしきはみつるあやしと
おほしけれはこせんなと越りて火ともすほと
にすいしんめしよすまうしつるはなにことそ
とゝひ給けさかの宇治にいつものこんのかみ時かた
のあそむのもとに侍るおとこのむらさきのうす
やうにてさくらにつけたるふみをにしのつまと
によりて女はうにとらせ侍りつるみたまへつけて」60ウ
しか／＼とひ侍りつれはことたかへつゝそらことの
やうに申侍りつるをいかに申そとてわらはへ
してみせはへりつれは兵部卿の宮にまいり侍
りてしきふのせうみちさたのあそむになむ
そのかへりことはとらせ侍りけると申すきみ
あやしとおほしてそのかへり事はいかやうにして
かいたしつるそれはみたまへすことかたよりいた
し侍りにける下人の申侍りつるはあかきし
きしのいときよらなるとなむ申侍りつるとき
こゆおほしあはするにたかふことなしさまて」61オ
みせつらむをかと／＼しとおほせと人／＼ちかけれは
くはしくもの給はすみちすから猶いとおそ
ろしくゝまなくおはする宮なりやいかなりけむ
ついてにさる人ありときゝ給けむいかていひより
たまひけむゐ中ひたるあたりにてかうやうの
すちのまきれはえしもあらしとおもひけるこそ
おさなけれさてもしらぬあたりにこそさるす
きことをものたまはめむかしよりへたてなくて
あやしきまてしるへしてゐてありきたてまつ
りしみにしもうしろめたくおほしよるへし」61ウ
やとおもふにいと心つきなしたいの御かたの御ことをいみ
しく思つゝとしころすくすはわか心のをもさこ
よなかりけりさるはそれはいまはしめてさまあし
かるへきほとにもあらすもとよりのたよりにも
よれるをたゝ心のうちのくまあらんかわかため
もくるしかるへきによりこそおもひはゝかる
もおこなるわさなりけりこのころかくなやま
しくしたまひてれいよりも人しけきまきれに
いかてはる／＼とかきやり給らむおはしやそめに
けむいとはるかなるけさうのみちなりやあやし
くておはしところたつねられ給日もありとき」62オ
こえきかしさやうのことにおほゝしみたれてそ
こはかとなくなやみ給なるへしむかしをおほし
いつるにもえおはせさりしほとのなけきいと／＼
ほしけなりきかしとつく／＼とおもふに女のいたく
物おもひたるさまなりしもかたはし心えそ
め給てはよろつおほしあはするにいとうしあり
かたき物は人の心にもあるかならうたけにおほ
とかなりとはみえなからいろめきたるかたは
そひたる人そかしこの宮の御くにてはいとよき
あはひなりとおもひもゆつりつへくのく心ちし」62ウ
たまへとやむことなく思そめはしめし人ならは
こそあらめなをさる物にて越きたらむいまは
とてみさらむはたこひしかるへしとひとわろく
いろ／＼心のうちにおほすわれすさましく思ひ
なりてすて越きたらはかならすかの宮よひ
とりたまひてむ人のためのちのいとおしさを
もことにたとりたまふましさやうにおほす
人こそ一品宮の御かたに人二三人まいらせたま
ひたなれさていてたちたらむ越見きかむいと
おしくなとなをすてかたくけしきみまほ／しくて」63オ
御ふみつかはすれいのすいしんめして御てつからひと
まにめしよせたりみちさたのあそむは猶なか
のふかいゑにやかよふさなむ侍ると申すうちへは
つねにやこのありけむ越のこはやるらむかすかにて
ゐたる人なれはみちさたもおもひかくらむかしと
うちうめきたまひて人にみえてをまかれ
おこなりとの給かしこまりてせうふかつねにこ
のとのゝ御ことあないしかしこのことゝひしもおもひ
あはすれと物なれてえ申いてす君もけすにく
はしくはしらせしとおほせはとはせ給はすかしこには」63ウ
御つかひのれいよりしけきにつけても物おもふこと
さま／＼なりたゝかくその給つる
なみこゆるころともしらすゝゑのまつ
まつらむとのみおもひけるかな人にわらはせ
たまふなとあるをいとあやしとおもふにむね
ふたかりぬ御かへりことを心えかほにきこえむも
いとつゝましひかことにてあらんもあやしけれは
御ふみはもとのやうにしてところたかへのやうにみ
え侍れはなむあやしくなやましくてなにこと
もとかきそへてたてまつれつみ給てさすかに」64オ
いたくもしたるかなかけてみをよはぬ心はへよと
ほゝゑまれたまふもにくしとはえおほしはて
ぬなめりまほならねとほのめかし給へるけしきを
かしこにはいとゝおもひそふつゐにわか身は
けしからすあやしくなりぬへきなめりといとゝ
おもふところに右近きて殿の御ふみはなとて
かへしたてまつらせ給つるそゆゝしくいみ侍
なる物をひかことのあるやうにみえつれはところ
たかへかとてとの給あやしとみけれはみちにて
あけてみけるなりけりよからすの右近かさまや」64ウ
なみつとはいはてあないとおしくるしき御ことゝ
もにこそ侍れ殿はものゝけしき御らむしたる
へしといふに越もてさとあかみて物ものたまはす
ふみゝつらむとおもはねはことさまにてかの御けし
きみる人のかたりたるにこそはとおもふにたれか
さいふそなともえとひたまはすこの人／＼のみ
おもふらむこともいみしくはつかしわか心もてありそ
めしことならねとも心うきすくせかなとおもひいりて
ねたるにしゝうとふたりして右近かあねのひた
ちも人ふたりみ侍りしをほと／＼につけてはたゝ
かくそかしこれもかれもおとらぬ心さしにておもひ」65オ
まとひて侍しほとに女はいまのかたにいますこし心
よせまさりてそ侍りけるそれにねたみてつゐにい
まのをはころしてしそかしさてわれもすみ侍ら
すなりにきくにゝもいみしきあたらつは物ひとり
うしなひつまたこのあやまちたるもよきらう
とうなれとかゝるあやまちしたる物をいかてかはつか
はんとてくにのうちをも越いはらはれすへて女の
たい／＼しきそとてたちのうちにも越い給へら
さりしかはあつまの人になりてまゝもいまにこひ
なき侍るはつみふかくこそみたまふれゆゝし
きついてのやうに侍れと上も下もかゝるすちのことは」65ウ
おほしみたるゝはいとあしきわさなり御いのちま
てにはあらすとも人の御ほと／＼につけてはへること
なりしぬるにまさるはちなることもよき人の
御身には中／＼侍なりひとかたにおほしさため
てよ宮も御心さしまさりてまめやかにたにきこ
えさせたまはゝそなたさまにもなひかせ給て物
ないたくなけかせたまひそやせおとろへさせ給
もいとやくなしさはかりうへのおもひいたつきゝこ
えさせたまふ物をまゝかこの御いそきに心をい
れてまとひゐて侍るにつけてもそれよりこなた
にときこえさせ給御ことこそいとくるしくいと」66オ
おしけれといふにいまひとりうたておそろしき
まてなきこえさせ給そなにことも御すくせ
にこそあらめたゝ御心のうちにすこしおほしな
ひかむかたをさるへきにおほしならせ給へいてや
いとかたしけなくいみしき御けしきなりしかは
人のかくおほしいそくめりしかたにも御心も
よらすしはしはかくろへても御おもひのまさ
らせたまはむによらせ給ねとそおもひ侍
ると宮越いみしくめてきこゆる心なれはひた
みちにいふいさや右近はとてもかくてもことなく
すくさせたまへとはつせいしやまなとにくわん」66ウ
をなむたてはへるこの大将殿の御さうのひとひとゝ
いふものはいみしきふたうの物ともにてひとるいこの
さとにみちて侍るなりおほかたこの山しろやまとに
とのゝ両したまふ所／＼の人なむみなこのうとねり
といふ物のゆかりかけつゝ侍なるそれかむこの右近の
たいうといふ物をもとゝしてよろつのことをゝきて
おほせられたるなゝりよき人の御中とちはなさけ
なきことしいてよとおほさすとも物の心えぬゐ中
人とものとのゐ人にてかはり／＼さふらへは越のかはん
にあたりていさゝかなることもあらせしなとあやま／ちも」67オ
し侍りなむありしよの御ありきはいとこそむく
つけくおもふたまへられしか宮はわりなくつゝませ
たまふとて御ともの人もゐておはしまさすや
つれてのみおはしますをさる物のみつけたてまつ
りたらむはいといみしくなむといひつゝくるをきみ
なをわれを宮に心よせたてまつりたると思ひて
この人／＼のいふいとはつかしく心ちにはいつれと
もおもはすたゝゆめのやうにあきれていみしくい
られたまふをはなとかくしもとはかりおもへとた
のみきこえてとしころになりぬる人をいまはと」67ウ
もてはなれむとおもはぬによりこそかくいみしと
物も思みたるれけによからぬこともいてきたらむ時
とつく／＼とおもひゐたりまろはいかてしなはやよ
つかす心うかりける身かなかくうきことあるため
しはけすなとの中にたにおほくやはあなると
てうつふし／＼たまへはかくなおほしめしそや
すらかにおほしなせとてこそきこえさせ侍れ
おほしぬへきことをもさらぬかおにのみのとかに
みえさせたまへるをこの御ことのゝちいみしく心
いられをせさせ給へはいとあやしくなむ見たて
まつると心しりたるかきりはみなかくおもひみ」68オ
たれさわくにめのと越のか心をやりて物そめいと
なみゐたりいまゝいりわらはなとのめやすきを
よひとりつゝかゝる人御らむせよあやしくてのみ
ふさせ給へるは物のけなとのさまたけきこえ
させんとするにこそとなけくとのよりはかのあ
りし返事越たにのたまはて日ころへぬこのおと
しゝうとねりといふ物そきたるけにいとあら／＼しく
ふつゝかなるさましたるおきなのこゑかれさすかにけ
しきある女房に物とり申さんといはせたれは右近
しもあひたり殿にめし侍しかはけさまいり侍て
たゝいまなんまかりかへりはんへりつるさうしとも仰」68ウ
られつるついてにかくておはしますほとに夜中あか月
の事もなにかしらかくてはとおもほしてとのい人わさと
さしたてまつらせ給事もなき越このころきこし
めせは女房の御もとにしらぬところの人かよふ
やうになんきこしめす事あるたい／＼しき事
なりとのいには物ともはそのあんないきゝたらんしらて
はいかゝさふらふへきととはせ給へるにうけ給はらぬ
事なれはなにかしは身のやまひおもく侍てとのゐ
つかうまつる事は月ころおこたりて侍はあんないもえ
しりはんへらすさるへきおのこともはけたいなく
もよ越し候らせ侍をさのこときひしやうのことの
候はむ越はいかてかうけ給はらぬやうは侍らんと／なん」69オ
申させ侍つるよういして候へひんなき事も
あらはおもくかんたうせしめ給へきよしなん仰
事侍つれはいかなるおほせ事にかとおそれ申
はんへるといふ越きくにふくろうのなかんよりも
いと物おそろしいてもやらてさりやきゝこえさせ
しにたかはぬ事とも越きこしめせ物のけしき
御らんしたるなめり御せうそこも侍らぬよと
なけくめのとはほのうちきゝていとうれしく
おほせられたりぬす人おほかんなるわたりにとの
ゐ人もはしめのやうにもあらすみな身のかは
りにといひつゝあやしき下す越のみまいらすれは」69ウ
夜行おたにえせぬにとよろこふきみはけに
たゝいまいとあしくなりぬへき身なめりとおほ
すに宮よりはいかに／＼とこけのみたるゝわりなさお
【付箋07】－＼<朱合点>「君にあはむその日をいつと松／の木の／こけのみたれて物をこそ／おもへ」（新勅撰732、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
のたまふいとわつらはしくてなんとてもかくてもひと
かた／＼につけていとうたてある事はいてきなん我
身ひとつのなくなりなんのみこそめやすからめむか
しはけさうする人のありさまのいつれとなきに
思わつらひてたにこそ身越なくるためしもありけ
れなからへはかならすうき事見えぬへき身のなく
ならんはなにかおしかるへきおやもしはしこそな
けきまとひ給はめあまたのこともあつかひにお
のつからわすれくさつみてんありなからもてそこなひ」70オ
人わらひ（ひ＄へ）なるさまにてさすらへむはまさる
物おもひなるへしなとおもひなるこめきおほと
かにた越／＼とみゆれとけたかう世のありさま越も
しるかたすくなくておほしたてたる人なしあれは
すこしたすかるへきこと越思よるなりけむかしむつ
かしきほくなとやりておとろ／＼しくひとたひに
もしたゝめすとうたいの火にやき水になけい
れさせなとやう／＼うしなふ心しらぬこたちは
物へわたり給へけれはつれ／＼なる月日越へてはかな
くしあつめ給へるてならひなと越やり給なめ
りとおもふしゝうなとそ見つくる時はなとかくは」70ウ
せさせ給あはれなる御中に心とゝめてかきかは
し給へるふみは人にこそみせさせたまはさら
め物のそこにおかせ給てさらむするなんほと／＼に
つけてはいとあはれに侍るさはかりめてたき御かみつ
かひかたしけなき御ことのはをつくさせたまへる越
かくのみやらせ給なさけなきことゝいふなにかむつかしく
なかゝるましきみにこそあめれおちとゝまりて人の
御ためもいと越しからむさかしらにこれおとり越きけ
るよなともりきゝたまはんこそはつかしけれな
との給心ほそきこと越思ひもてゆくには又えおもひ
たつましきわさなりけりおやをゝきてなくなる
人はいとつみふかゝなる物越なとさすかにほの」71オ
きゝたること越も思はつかあまりにもなりぬかの
いゑあるし廿八日にくたるへし宮はそのよかならすむか
へむしも人なとによくけしき見ゆましき心つか
ひし給へこなたさまよりはゆめにもきこえある
ましうたかひ給なゝとの給さてあるましきさまに
ておはしたらむにいまひとたひ物をもえきこえすおほ
つかなくてかへしたてまつらむことよ又時のまにてもいかてか
こゝにはよせたてまつらむとするかひなくうらみてかへり
給はんさまなと越思ひやるにれいのおもかけはな
れすたえすかなしくてこの御ふみおかほに越しあて
てしはしはつゝめともいといみしくなき給右近」71ウ
あかきみかゝる御けしきつゐに人見たてまつりつ
へしやう／＼あやしなと思人侍へかめりかうかゝつらひ
おもほさてさるへきさまにきこえさせ給てよ右近侍ら
はおほけなきこともたはかりいたし侍らはかはか
りちゐさき御身ひとつはそらよりゐてたてまつらせ給な
むといふとはかりためらひてかくのみいふこそいと心う
けれさもありぬへきことゝおもひかけはこそあらめ
あるましきことゝみなおもひとるにわりなくかくの
みたのみたるやうにの給へはいかなること越しいてたま
はむとするにかなとおもふにつけてみのいと心うきな
りとて返こともきこえ給はすなりぬ宮かくのみ猶うけ」72オ
ひくけしきもなくてかへりことさへたえ／＼になるは
かのひとのあるへきさまにいひしたゝめてすこし心や
すかるへきかたにおもひさたまりぬるなめりことはりと
おほゆ（ゆ＄す）物からいとくちおしくねたくさりともわれお
はあられと思ひたりし物をあひ見ぬとたえに人／＼の
いひしらするかたによるならむかしなとなかめ給に
ゆくかたしらすむなしきそらにみちぬる心ちし給へは
【付箋08】－＼<朱合点>「わか恋はむなしき空にみち／ぬらし／おもひやれとも行かたもなし」（古今488・古今六帖1973、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄）
れいのいみしくおほしたちておはしましぬあし
かきのかた越見るにれいならすあれはたれそといふこゑ／＼
いさとけなりたちのきて心しりの越のこ越いれたれは」72ウ
それをさへとふさき／＼のけはひにもにすわつら
はしくて京よりとみの御ふみあるなりといふ右近は
すさのな越よひてあひたりいとわつらはしくいとゝ
おほゆさらにこよひはふようなりいみしくかたしけ
なきことゝいはせたり宮なとかくもてはなるらむと
おほすにわりなくてまつ時かたいりてしゝうにあひ
てさるへきさまにたはかれとてつかはすかと／＼しき
人にてとかくいひかまえてたつねてあひたりいかなる
にかあらむかの殿のゝたまはすることありとてとのゐに
ある物とものさかしかりたちたるころにていとわりなき
なりおまへにも物をのみいみしくおほしためるはかゝる」73オ
御ことのかたしけなきをおほしみたるゝにこそと
心くるしくなむ見たてまつるさらにこよひは人けしき
見侍りなは中／＼にいとあしかりなんやかてさも御心つか
ひせさせ給ひつへからむ夜こゝにも人しれす思ひか
まへてなむきこえさすへかめるめのとのいさとき事
なともかたるたいふおはしますみちのおほろけならす
あなかちなる御けしきにあへなくきこえさせむ
なむたい／＼しきさらはいさ給へともにくはしく
きこえさせ給へといさなふいとわりなからむといひし
ろふほとによもいたくふけゆく宮は御むまにて」73ウ
すこしと越くたちたまへるにさとひたるこゑし
たるいぬとものいてきてのゝしるもいとおそろしく
ひとすくなにいとあやしき御ありきなれは
すゝろならむ物のはしりいてきたらむもいかさまに
とさふらふかきり心をそまとはしける猶とく／＼ま
いりなむといひさわかしてこのしゝう越ゐてまいるかみ
わきよりかいたしてやうたいゝとおかしき人なりむま
にのせむとすれとさらにきかねはきぬのすそ越とりて
たちそひてゆくわかくつをはかせて身つからはともな
る人のあやしき物越はきたりまいりてかくなんと」74オ
きこゆれはかたらひたまふへきやうたになけれは
山かつのかきねのおとろむくらのかけにあふりとい
ふ物をしきておろしたてまつるわか御心ちにも
あやしきありさまかなかゝるみちにそこなはれて
はか／＼しくはえあるましき身なめりとおほしつゝ
くるになき給ことかきりなし心よはき人はましていと
いみしくかなしとみたてまつるいみしきあた越ゝ
にゝつくりたりとも越ろかにみすつましき人の御あり
さまなりためらひ給てたゝひとこともえきこ江さす
ましきかいかなれはいまさらにかゝるそなを人／＼の」74ウ
いひなしたるやうあるへしとの給ありさまくは
しくきこえてやかてさおほしめさむ日越かねて
はちるましきさまにたはからせたまへかくかた
しけなきことゝも越見たてまつつり侍れは身越
すてゝもおもふたまへたはかり侍らむときこゆ我
も人めをいみしくおほせはひとかたにうらみたま
はむやうもなしよはいたくふけゆくにこの物とか
めするいぬのこゑたえす人／＼越ひさけなとするに
ゆみひきならしあやしき越のことものこゑとも
して火あやふしなといふもいと心あわたゝし／けれは」75オ
かへりたまふほといへはさらなり
いつくにかみをはすてむとしらくものかゝら
ぬ山もなく／＼そゆくさらははやとてこの人越
かへし給御けしきなまめかしくあはれに夜ふかき
つゆにしめりたる御かほ（ほ＄）のかうはしさなとたとへ
むかたなしなく／＼そかへりきたる右近はいひき
りつるよしいひゐたるにきみはいよ／＼おもひみ
たるゝことおほくてふしたまへるにいりきてあり
つるさまかたるにいらへもせねとまくらのやう／＼う
きぬるをかつはいかにみるらむとつゝましつとめても」75ウ
あやしからむまみをおもへはむこにふしたり
物はかなけに越ひなとして経よむおやにさき
たちなむつみうしなひたまへとのみおもふあ
りしゑ越とりいてゝみてかき給してつきかほのに
ほひなとのむかひきこえたらむやうにおほゆれは
よへひとこと越たにきこえすなりにしは猶いま
ひとへまさりていみしとおもふかの心のとかなるさま
にてみむとゆくすゑと越かるへきことをの給ひわ
たるひともいかゝおほさむといと越しうきさ
まにいひなす人もあらむこそおもひやりはつ」76オ
かしけれと心あさくけしからすひとわらへ
ならんをきかれたてまつらむよりはなと思ひつゝ
けて
なけきわひみをはすつともなき
かけにうきなゝかさむこと越こそおもへ
おやもいとこひしくれいはことにおもひいてぬ
はらからのみにくやかなるもこひし宮のうへ越
思ひいてきこゆるにもすへていまひとたひゆか
しき人おほかり人はみな越の／＼物そめ
いそきなにやかやといへとみゝにもいらすよると」76ウ
なれはひとに見つけられすいてゝゆくへき方
を思まうけつゝねられぬまゝに心ちもあしく
みなたかひにたりあけたてはかはのかたを見
やりつゝひつしのあゆみよりもほとなき心ち
す宮はいみしきことゝもをの給へりいまさら
に人や見むとおもへはこの御返事越たに思
まゝにもかゝす
からをたにうき世の中にとゝめすは
いつこ越はかときみもうらみむとのみかきて」77オ
いたしつかのとのにもいまはのけしき見せ
たてまつらまほしけれとゝころところにかきお
きてはなれぬ御中なれはついにきゝあはせ給はん
こといとうかるへしすへていかになりけむとおもひ
かへす京よりはゝの御ふみもてきたりねぬる夜
のゆめにいとさはかしくてみたまひつれはす行
ところ／＼せさせなとし侍るをやかてそのゆめ
のゝちねられさりつるけにやたゝいまひるねして
侍るゆめに人のいむといふことなん見えたまひ
つれはおとろきなからたてまつるよくつゝし／ませ給へ」77ウ
ひとはなれたる御すまゐにて時／＼たちよらせ
給人の御ゆかりもいと越そろしくなやまし
けに物せさせたまふおりしもゆめのかゝる越
よろつになむおもふ給ふるまいりこまほし
き越少将のかたの猶いと心もとなけに物のけたち
てなやみ侍れはかた時もたちさることゝいみし
くいはれ侍りてなむそのちかきてらにもみ
す行せさせたまへとてそのれうの物ふみなと
かきそへてもてきたりかきりとおもふいのち
のほと越しらてかくいひつゝけたまへるもいとか／なしと」78オ
おもふてらへ人やりたるほとかへりことかく
いはまほしきことおほかれとつゝましくてたゝ
のちに又あひみむことをおもはなむ
この世のゆめに心まとはてす行のかねのかせに
つけてきこえくる越つく／＼ときゝふし給
かねのおとのたゆるひゝきにね越そへて
わか世つきぬときみにつたへよもてきたるに
かきつけてこよひはえかへるましといへは物の
枝にゆひつけて越きつめのとあやしく」78ウ
心はしりのするかなゆめもさはかしとの給
はせたりつとのゐ人よくさふらへといはする
越くるしときゝふし給へり物きこしめさぬ
いとあ（あ＋や）し御ゆつけなとよろつにいふをさかし
かるめれといとみにくゝおいなりてわれなくは
いつくにかあらむとおもひやりたまふもいと
あはれなり世の中にえありはつましき
さまをほのめかしていはむなとおほすに
まつおとろかされてさきたつなみた越つゝみ
給て物もいはれす右近ほとちかくふすとて」79オ
かくのみ物をおもほせは物おもふ人のたまし
ゐはあくかるなるものなれはゆめもさはかし
きならむかしいつかたとおほしさたまりていかに
も／＼おはしまさなむとうちなけくなへ
たるきぬをかをに越しあてゝふしたまへり
となむ」79ウ
（白紙）」80オ
（白紙）」81ウ
【奥入01】道口律（戻）
【奥入02】大国には羊為食物女馬牛飼置矣
臨食物相具屠所歩行也随歩死期近
以之世間人女相待無常喩之
経云歩々近死地人命亦女是
けふも又午のかひをそふきつなる
ひつしのあゆみちかつきぬらむ（戻）」81オ
【奥入03】けさうする人のありさまのいへれうなき
やまとものかたり在万葉集
をとめつかの事也（戻）」81ウ