《書誌》
「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。
《復元資料》
凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「てならひ」(題箋)
そのころよかはになにかしそうつとか
いひていとたうとき人すみけりやそち
あまりのはゝ五十はかりのいもうと
ありけりふるきくわんありてはつせ
にまうてたりけりむつましうやむ
ことなくおもふてしのあさりをそへて
仏経くやうすることをこなひけりことゝも
おほくしてかへるみちにならさかといふ山こ
えける程よりこのはゝのあま君心ち
あしうしけれはかくてはいかてかのこりの」1オ
みちをもおはしつかむともてさはきてうち
のわたりにしりたりける人のいゑあり
けるにとゝめてけふはかりやすめたてま
つるになをいたうわつらへはよかはにせう
そこしたり山こもりのほいふかくことしは
いてしと思けれとかきりのさまなるお
やのみちのそらにてなくやならむと
おとろきていそき物し給へりおしむ
へくもあらぬ人さまを身つからもてしの
なかにもけむあるしてかちしさはくを」1ウ
いゑあるしきゝてみたけさうししけるをい
たうおい給へる人のをもくなやみ給ふは
いかゝとうしろめたけに思いていひけれは
さもいふへきことそいとおしう思ていとせは
くむつかしうもあれはやう/\いてたてま
つるへきになかゝみふたかりてれいすみ給
方はいむへかりけれは故朱雀院の御両にて
うちの院といひし所このわたりならむ
と思いてゝ院もりそうつしり給へり
けれは一二日やとらんといひにやり給へり」2オ
けれははつせになんきのふみなまいりに
けるとていとあやしきやともりのお
きなをよひてゐてきたりおはしまさは
はやいたつらなる院のしむ殿にこそ侍めれ
物まうての人はつねにそやとり給といへは
いとよかなりおほやけ所なれと人もなく
心やすきをとてみせにやり給このおき
な例もかくやとる人を見ならひたりけれは
おろそかなるしつらいなとしてきたりま
つそうつわたり給いといたくあれておそろし」2ウ
けなる所かなと見給大とこたち経よめなと
の給このはつせにそひたりしあさりとお
なしやうなるなにことのあるにかつき/\し
きほとのけらうほうしにひともさせて
人もよらぬうしろのかたにいきたりもり
かと見ゆる木の下をうとましけのわ
たりやとみいれたるにしろき物のひろこり
たるそ見ゆるかれはなにそと立とまりて
ひをあかくなしてみれはものゝゐたるすかた
なりきつねのへんくゑしたるにくしみ」3オ
あらはさむとてひとりは今すこしあゆみ
よるいまひとりはあなようなよからぬもの
ならむといひてさやうの物しりそくへき
いんをつくりつゝさすかに猶まもるかしらの
かみあらはふとりぬへき心ちするに此ひとも
したる大とこはゝかりもなくあふなきさま
にてちかくよりてそのさまをみれはかみは
なかくつや/\としておほきなる木の
いとあら/\しきによりゐていみしう
なくめつらしきことにも侍かなそうつの」3ウ
御坊に御らむせさせたてまつらはやと
いへはけにあやしきことなりとて一人はまう
てゝかゝる事なむと申すきつねの人に
へんくゑするとはむかしよりきけとまた
見ぬもの也とてわさとおりておはすかの
わたり給はんとする事によりてけすとも
みなはか/\しきはみつゝ所なとあるへかし
きことゝもをかゝるわたりにはいそく物なり
けれはゐしつまりなとしたるにたゝ四五人
してこゝなる物を見るにかはることもなし」4オ
あやしうて時のうつるまて見るとく夜も
あけはてなん人かなにそとみあらはむと
心にさるへきしんこむをよみいんをつくり
て心みるにしるくや思らんこれは人なり
さらにひさうのけしからぬ物にあらす
よりてとへなくなりたる人にはあらぬに
こそあめれもししにたりける人をすてたり
けるかよみかへりたるかといふなにのさる人
をかこの院のうちにすて侍らむたとひ
まことに人なりともきつねこたまやうの」4ウ
物のあさむきてとりもてきたるにこそ侍ら
めとふひんにも侍けるかなけからひあるへき
所にこそ侍へめれといひてありつるやともりの
をのこをよふ山ひこのこたふるもいとおそろ
しあやしのさまにひたいおしあけていてき
たりこゝにはわかき女なとやすみ給かゝる
ことなんあるとてみすれはきつねのつかうま
つるなりこの木のもとになん時々あやし
きわさなむし侍をとゝしの秋もこゝに
侍人のこの二はかりにはへりしをとりてまうて」5オ
きたりしかと見をとろかすはへりきさて
其ちこはしにやしにしといへはいきて侍りき
つねはさこそは人ををひやかせとことにもあら
ぬやつといふさまいとなれたりかのよふかき
まいりものゝ所に心をよせたるなるへしそう
つさらはさやうの物のしたるわさか猶よく
みよとて此ものをちせぬ法しをよせたれは
おにか神かきつねかこたまかかはかりのあめの
したのけんさのおはしますにはえかくれ
たてまつらしなのり給へ/\ときぬをと」5ウ
りてひけはかほをひきいれていよ/\なく
いてあなさかなのこたまのおにやまさに
かくれなんやといひつゝかほを見んとするに
昔ありけむめもはなもなかりけるめおにゝや
あらんとむくつけきをたのもしういかき
さまを人に見せむと思てきぬをひきぬか
せんとすれはうつふしてこゑたつはかりなく
なにゝまれかくあやしきことなへて世に
あらしとて見はてんと思に雨いたくふり
ぬへしかくてをいたらはしにはて侍ぬへし」6オ
かきのもとにこそいたさめといふそうつま
ことの人のかたちなりその命たえぬをみる/\
すてんこといといみしきことなり池にをよく
いを山になくしかをたに人にとらへられて
しなむとするをみてたすけさらむはいと
かなしかるへし人の命ひさしかるましき
物なれとのこりの命一二日をもおしますは
あるへからすおにゝもかみにもりようせられ
人にをはれ人にはかりこたれてもこれ
よこさまのしにをすへき物にこそあん」6ウ
めれ仏のかならすすくひ給へきゝはなりな
を心みにしはしゆをのませなとしてたす
け心みむつゐにしなはいふかきりにあらすと
の給てこの大とこしていたきいれさせ給ふ
をてしともたい/\しきわさかないたう
わつらひ給人の御あたりによからぬ物をとり
いれてけからひかならすいてきなんとすと
もとくもあり又物のへんくゑにもあれめに
みす/\いける人をかゝるあめにうちうし
なはせんはいみしきことなれはなと心/\に」7オ
いふ下すなとはいとさはかしく物をうたていひ
なす物なれは人さはかしからぬかくれのかたに
なんふせたりける御車よせており給
程いたうくるしかり給とてのゝしるすこし
しつまりてそうつありつる人いかゝなりぬる
ととひ給なよ/\として物いはすいきも
し侍らすなにか物にけとられにける人に
こそといふをいもうとのあま君きゝ給て
何事そととふしか/\のことなむ六十に
あまるとしめつらかなる物を見給へつると」7ウ
の給うちきくまゝにをのかてらにてみし
夢ありきいかやうなる人そまつそのさま
見んとなきての給たゝこのひむかしのやり
とになん侍はや御覧せよといへはいそきゆ
きてみるに人もよりつかてそすておき
たりけるいとわかううつくしけなる女
のしろきあやのきぬひとかさねくれなひ
のはかまそきたるかはいみしうかうはしく
てあてなるけはひかきりなしたゝ我恋か
なしむむすめのかへりおはしたるなめり」8オ
とてなく/\こたちをいたしていたきい
れさすいかなりつらむともありさま
みぬ人はおそろしからていたきいれついける
やうにもあらてさすかにめをほのかに見あけ
たるも物のたまへやいかなる人かかくては物
し給へるといへとものおほえぬさま也ゆとり
てゝつからすくひいれなとするにたゝよ
はりにたえいるやうなりけれは中/\いみ
しきわさかなとてこの人なくなりぬへし
かちし給へとけんさのあさりにいふされは」8ウ
こそあやしき御ものあつかひとはかみなとのた
めに経よみつゝいのるそうつもさしのそきて
いかにそなにのしわさそとよくてうしてと
へとの給へといとよはけにきえもていく
やうなれはえいき侍らしすそろなる
けからひにこもりてわつらふへきことさ
すかにいとやむことなき人にこそ侍め
れしにはつともたゝにやはすてさせ
給はんみくるしきわさかなといひあへりあ
なかま人にきかすなわつらはしきこともそ」9オ
あるなとくちかためつゝあま君はおやのわ
つらひ給よりも此人をいけはてゝみまほ
しうおしみてうちつけにそひゐたりし
らぬ人なれとみめのこよなうおかしけな
れはいたつらになさしと見るかきりあつ
かひさはきけりさすかに時々め見あけ
なとしつゝ涙のつきせすなかるゝをあな心
うやいみしくかなしと思ふ人のかはりに
ほとけのみちひき給へると思ひきこゆる
をかひなくなり給はゝ中/\なることをや」9ウ
思はんさるへき契にてこそかくみたてまつら
め猶いさゝか物の給へといひつゝくれとから
うしていきいてたりともあやしきふよう
の人なり人にみせてよるこのかはにおとしい
れ給てよといきのしたにいふまれ/\物
の給をうれしとおもふにあないみしやいか
なれはかくはの給そいかにしてさるところには
おはしつるそとゝへとも物もいはすなりぬ身に
もしきすなとやあらんとてみれとこゝはと
見ゆる所なくうつくしけれはあさましく」10オ
かなしくまことに人の心まとはさむとて
いてきたるかりの物にやとうたかふ二日はかり
こもりゐてふたりの人をいのりかちするこゑ
たえすあやしきことを思さはくそのわた
りのけすなとのそうつにつかまつりける
かくておはしますなりとてとふらひいて
くるも物語なとしていふをきけは古八の
宮の御むすめ右大将とのゝかよひ給し
ことになやみ給こともなくてにはかにかくれ
給へりとてさはき侍その御さうそうの」10ウ
さうしともつかうまつり侍りとて昨日はえ
まいり侍らさりしといふさやうの人の玉
しゐをおにのとりもてきたるにやと思に
もかつみる/\ある物ともおほえすあやうく
おそろしとおほす人々よへみやられしひは
しかこと/\しきけしきも見えさりしをと
いふことさらそきていかめしうも侍らさりし
といふけからひたるひとゝてたちなからをい
かへしつ大将殿は宮の御むすめもち
給へりしはうせ給てとしうちになりぬる」11オ
物をたれをいふにかあらんひめ宮ををきたて
まつり給てよにこと心おはせしなといふ
あま君よろしくなり給ぬかたもあきぬ
れはかくうたてある所にひさしうおはせん
もひんなしとてかへる此人は猶いとよはけなり
みちの程もいかゝ物し給はんと心くるしき
ことゝいひあへり車ふたつしておい人のり
給へるにはつかうまつるあまふたりつき
のにはこの人をふせてかたはらに今ひとり
のりそひてみちすから行もやらすくる」11ウ
まとめてゆまいりなとし給ひえさかもとに
をのといふ所にそすみ給けるそこにおはし
つくほといとゝをし中やとりをまうく
へかりけるなといひて夜ふけておはし
つきぬそうつはおやをあつかひむすめの
あま君はこのしらぬ人をはくゝみてみない
たきおろしつゝやすむ老のやまいのい
つともなきかくるしと思給へしとを道
のなこりこそしはしわつらひ給けれやう
やうよろしうなり給にけれはそうつは」12オ
のほり給ぬかゝる人なんゐてきたるなとほ
うしのあたりにはよからぬことなれはみさり
し人にはまねはすあま君もみなくちか
ためさせつゝもしたつねくる人もやあると
思もしつ心なしいかてさるゐなか人のすむ
あたりにかゝる人おちあふれけん物まうて
なとしたりける人の心ちなとわつらひけん
をまゝはゝなとやうの人のたはかりておかせ
たるにやなとそ思よりける河になかして
よといひしひとことよりほかに物もさら」12ウ
にの給はねはいとおほつかなく思ていつしか
人にもなしてみんと思につく/\としてお
きあかるよもなくいとあやしうのみ物し
給へはつゐにいくましき人にやと思なから
うちすてむもいとおしういみし夢かた
りもしいてゝはしめよりいのらせしあさり
にもしのひやかにけしやくことせさせ給
うちはへかくあつかふほとに四五月もすき
ぬいとわひしうかひなきことを思わひて
そうつの御もとに猶おり給へこの人たす」13オ
け給へさすかにけふまてもあるはしぬま
しかりける人をつきしみ両したる物の
さらぬにこそあめれあか仏京にいて給はゝ
こそはあらめこゝまてはあへなんなといみし
きことをかきつゝけてたてまつり給へれ
はいとあやしきことかなかくまてもありける
人の命をやかてとりすてゝましかはさるへ
き契ありてこそはわれしもみつけゝめ
心みにたすけはてむかしそれにとゝ
まらすはこうつきにけりと思はんとて」13ウ
おり給けりよろこひおかみて月比の有さま
をかたるかく久しうわつらふ人はむつかしき
ことをのつからあるへきをいさゝかおとろへす
いときよけにねちけたる所なくのみ物
し給てかきりとみえなからもかくてい
きたるわさなりけりなとおほな/\なく/\
の給へは見つけしよりめつらかなる人のみ
ありさまかないてとてさしのそきてみ給
てけにいときやうさくなりける人の御
ようめいかなくとくのむくひにこそかゝる」14オ
かたちにもおひいて給けめいかなるたかひめ
にてそこなはれ給けんもしさにやときゝ
あはせらるゝ事もなしやとゝひ給ふさら
にきこゆることもなしなにかはつせの
くわんをむの給へる人なりとの給へはなに
かそれえんにしたかひてこそみちひき給は
めたねなきことはいかてかなとの給かあやし
かり給てすほうはしめたりおほやけの
めしにたにしたかはすふかくこもりたる
山をいて給てすそろにかゝる人のために」14ウ
なむをこなひさはき給と物のきこえあらんいと
きゝにくかるへしとおほし弟子ともゝいひて
人にきかせしとかくすそうついてあなかま
大とこたちわれむさんのほうしにていむ
ことの中にやふるかいはおほからめと女のす
ちにつけてまたそしりとらすあやまつ
ことなし六十にあまりて今さらに人のもと
きおはむはさるへきにこそはあらめとの給へ
はよからぬ人の物をひんなくいひなし侍時には
仏ほうのきすとなり侍こと也と心よからす」15オ
思ていふこのすほうのほとにしるしみえす
はといみしきことゝもをちかひ給てよひとよ
かちし給へるあかつきに人にかりうつして
なにやうのものかくひとをまとはしたるそ
と有さまはかりいはせまほしうて弟子の
あさりとり/\にかちし給月比いさゝかも
あらはれさりつる物のけてうせられてをのれ
はこゝまてまうてきてかくてうせられた
てまつるへき身にもあらすむかしはをこなひ
せし法しのいさゝかなる世にうらみをとゝ」15ウ
めてたゝよひありきしほとによき女のあ
またすみ給し所にすみつきてかたへはうし
なひてしにこの人は心と世を恨給てわれいかて
しなんといふことをよるひるの給しにたよりを
えていとくらき夜ひとり物し給しを
とりてしなりされとくわんおんとさまかう
さまにはくゝみ給けれは此そうつにまけたて
まつりぬ今はまかりなんとのゝしるかく
いふはなにそととへはつきたる人物はかなき
けにやはか/\しうもいはすさうしみの心ちは」16オ
さはやかにいさゝかものおほえて見まほしたれ
はひとり見し人のかほはなくてみなおいほうし
ゆかみおとろへたる物のみおほかれはしらぬくにゝ
きにける心ちしていとかなしありしよのこと
思いつれとすみけむ所たれといひし人と
たにたしかにはか/\しうもおほえすたゝ
われはかきりとて身をなけし人そかし
いつくにきにたるにかとせめて思いつれはいと
いみしとものを思なけきてみな人のねた
りしにつまとをはなちていてたりしに」16ウ
風ははけしう河浪もあらふきこえしをひ
とり物おそろしかりしかはきしかたゆく
さきもおほえてすのこのはしにあしをさし
おろしなから行へきかたもまとはれてかへ
りいらむもなかそらにて心つよく此世にうせ
なんと思たちしをおこかましうて人に見つ
けられむよりはおにもなにもくいうしなへと
いひつゝつく/\とゐたりしをいときよけなる
おとこのよりきていさ給へをのかもとへといひ
ていたく心ちのせしを宮ときこえし人の」17オ
したさふとおほえし程より心ちまとひに
けるなめりしらぬ所にすゑをきて此男は
きえうせぬと見しをつゐにかくほいのことも
せすなりぬると思つゝいみしうなくと思
しほとにその後のことはたえていかにも/\
おほえす人のいふをきけはおほくの日比も
へにけりいかにうきさまをしらぬ人にあつ
かはれ見えつらんとはつかしうつゐにかくてい
きかへりぬるかと思ふもくちおしけれはい
みしうおほえて中/\しつみ給ひつる日比は」17ウ
うつし心もなきさまにて物いさゝかまいる
こともありつるを露許のゆをたにま
いらすいかなれかくたのもしけなくのみは
おはするそうちはへぬるみなとし給へることは
さめ給てさはやかにみえ給へはうれしう
思きこゆるをとなく/\たゆむおりなく
そひゐてあつかひきこえ給ある人々もあ
たらしき御さまかたちを見れは心をつ
くしてそおしみまもりける心には猶
いかてしなんとそ思わたり給へとさはかりにて」18オ
いきとまりたる人の命なれはいとしうね
くてやう/\かしらもたけ給へは物まいり
なとし給にそ中/\おもやせもていくいつ
しかとうれしう思きこゆるにあまに
なし給てよさてのみなんいくやうもある
へきとのたまへはいとおしけなる御さまをいかて
かさはなしたてまつらむとてたゝいたゝき
許をそき五かいはかりをうけさせたて
まつる心もとなけれともとよりおれ/\
しき人の心にてえさかしくしゐてもの」18ウ
給はすそうつは今はかはかりにていたはりや
めたてまつり給へといひをきてのほ
り給ぬ夢のやうなる人を見たてまつる
哉とあま君はよろこひてせめておこし
すゑつゝ御くしてつからけつり給さ
はかりあさましうひきゆひてうち
やりたりつれといたうもみたれす
ときはてたれはつや/\とけうら
なり一とせたらぬつくもかみおほかる所
にてめもあやにいみしき天人の」19オ
あまくたれるを見たらむやうに思ふ
もあやうき心ちすれとなとかいと心うく
かはかりいみしく思きこゆるに御心をたてゝ
はみえ給いつくにたれときこえし人のさる
所にはいかておはせしそとせめてとふを
いとはつかしと思てあやしかりし
ほとにみなわすれたるにやあらむあり
けんさまなともさらにおほえ侍すたゝ
ほのかに思いつることゝてはたゝいかてこの
世にあらしと思つゝ夕暮ことにはし」19ウ
ちかくてなかめし程にまへちかくおほき
なる木のありししたより人のいてきて
ゐていく心ちなむせしそれより外の
ことはわれなからたれともえ思いてられ
侍すといとらうたけにいひなして世中に
なをありけりといかて人にしられしきゝ
つくる人もあらはいといみしくこそとて
ない給あまりとふをはくるしとおほした
れはえとはすかくやひめを見つけたり
けんたけとりのおきなよりもめつら」20オ
しき心ちするにいかなる物のひまにきえ
うせんとすらむとしつ心なくそおほし
ける此あるしもあてなる人なりけりむ
すめのあま君はかむたちめの北のかたにて
ありけるかその人なく成給て後むすめ
たゝひとりをいみしくかしつきてよき
きむたちをむこにして思あつかひ
けるをそのむすめのなくなりに
けれは心うしいみしと思いりてかたちをも
かへかゝる山さとにはすみはしめたりける也」20ウ
夜とゝもにこひわたる人のかたみにも
思よそへつへからむ人をたに見いてゝし
かなつれ/\も心ほそきまゝに思なけき
けるをかくおほえぬ人のかたちけはひ
もまさりさまなるをえたれはうつゝの
ことゝもおほえすあやしき心ちしなから
うれしと思ねひにたれといときよ
けによしありて有さまもあてはかなり
むかしの山さとよりは水のをともなこ
やかなりつくりさまゆへある所こたち」21オ
おもしろくせむさいもおかしくゆへをつ
くしたり秋になり行は空のけし
きもあはれなり門田のいねかるとて所
につけたる物まねひしつゝわかき女とも
はうたうたひけうしあへりひたひき
ならすをともおかしく見しあつまち
のことなとも思ひいてられてかの夕きり
の宮す所のおはせし山里よりは今すこし
いりて山にかたかけたる家なれはまつ
かせしけく風の音もいと心ほそきに」21ウ
つれ/\にをこなひをのみしつゝいつともなく
しめやかなりあま君そつきなとあかきよ
はきむなとひき給少将のあま君なと
いふ人はひはひきなとしつゝあそふかゝる
わさはし給やつれ/\なるになといふむか
しもあやしかりける身にて心のとかに
さやうの事すへき程もなかりしかはいさゝ
かおかしきさまならすもおひいてにける
哉とかくさたすきにける人の心をやるめる
おり/\につけては思ひいつるをあさましく」22オ
物はかなかりけるとわれなからくちおしけれは
てならひに
身をなけし涙の河のはやき瀬を
しからみかけてたれかとゝめし思の外に
心うけれは行すゑもうしろめたくうと
ましきまて思やらる月のあかき夜な
/\おい人ともはえむに歌よみいにしゑ
思いてつゝさま/\物かたりなとするにいらふ
へきかたもなけれはつく/\と打なかめて
われかくてうき世の中にめくるとも」22ウ
たれかはしらむ月の都に今はかきりと思し
程は恋しき人おほかりしかとこと人々はさ
しもおもひいてられすたゝおやいかに
まとひ給けんめのとよろつにいかて人なみ/\
になさむと思いられしをいかにあえなき
心ちしけんいつくにあらむわれよにある物と
はいかてかしらむおなし心なる人もなかりし
まゝによろつへたつることなくかたらひ
みなれたりし右近なともおり/\は思い
てらるわかき人のかゝる山里に今はと思たえ」23オ
こもるはかたきわさなりけれはたゝいたく年
へにけるあま七八人そつねの人にてはあり
けるそれらかむすめむまこやうの物とも
京に宮つかへするもことさまにてあるも
時/\そきかよひけるかやうの人につけて
みしわたりにいきかよひをのつからよに
ありけりとたれにも/\きかれたてま
つらむこといみしくはつかしかるへし
いかなるさまにてさすらへけんなと思やり
よつかすあやしかるへきを思へはかゝる」23ウ
人々にかけてもみえすたゝしゝうこもき
とてあま君のわか人にしたりけるふたりを
のみそ此御かたにいひわけたりけるみめも
心さまもむかし見し宮ことりにゝたる
はなしなにことにつけても世中にあらぬ
所はこれにやとそかつは思なされけるかく
のみ人にしられしとしのひ給へはまことに
わつらはしかるへきゆへある人にも物し
給らんとてくはしきことある人々にもし
らせすあま君のむかしのむこの君今は」24オ
中将にて物し給けるおとうとのせんし
の君そうつの御もとに物し給ける山こ
もりしたるをとふらひにはらからのきみた
ちつねにのほりけりよ川にかよふみちの
たよりによせて中将こゝにおはしたり
さきうちをひてあてやかなるおとこの
いりくるを見いたしてしのひやかにおはせし
人の御さまけはひそさやかに思いてらるゝ
これもいと心ほそきすまゐのつれ/\な
れとすみつきたる人々は物きよけにおか」24ウ
しうしなしてかきほにうへたるなてしこ
もおもしろくをみなへしき経なとさき
はしめたるに色々のかりきぬすかたの
をのことものわかきあまたして君もお
なしさうそくにてみなみをもてによひ
すへたれはうちなかめてゐたりとし
廿七八の程にてねひとゝのひ心ちなか
らぬさまもてつけたりあま君さうし
くちにき丁たてゝたいめんし給まつ
うちなきて年ころのつもるにはすき」25オ
にし方いとゝけとをくのみなん侍へるを
山さとのひかりに猶まちきこえさすることの
うちわすれすやみ侍らぬをかつはあやし
く思給ふるとの給へは心のうちあはれにすき
にし方のことゝも思給へられぬおりなき
をあなかちにすみはなれかほなる御ありさま
にをこたりつゝなん山こもりもうら山し
うつねにいてたち侍をおなしくはなと
したひまとはさるゝ人々にさまたけらるゝ
やうに侍てなんけふはみなはふきすてゝ物」25ウ
し給へるとの給山こもりの御うらやみは中/\
ひまやうたちたる御物まねひになむむ
かしをおほしわすれぬ御心はへもよに
なひかせ給はさりけるとをろかならす思給へ
らるゝおりおほくなといふ人々に水はん
なとやうの物くはせ君にもはすのみなと
やうの物いたしたれはなれにしあたり
にてさやうのこともつゝみなき心ちして
むら雨のふりいつるにとめられて物か
たりしめやかにし給いふかひなく成にし」26オ
人よりも此君の御心はへなとのいと思やう
なりしをよその物に思なしたるなん
いとかなしきなと忘かたみをたにとゝめ給はす
なりにけんと恋しのふ心なりけれはたまさ
かにかく物し給へるにつけてもめつらしく
あはれにおほゆへかめるとはすかたりもし
いてつへしひめ君はわれは我と思いつる
方おほくてなかめいたし給へるさまいとう
つくししろきひとへのいとなさけなくあさ
やきたるにはかまもひはた色にならひたる」26ウ
にやひかりもみえすくろきをきせたて
まつりたれはかゝることゝもゝみしには
かはりてあやしうもあるかなと思つゝ
こは/\しういらゝきたる物ともき給へる
しもいとおかしきすかたなり御まへなる
人々こひめ君のおはしたる心ちのみし
侍つるに中将殿をさへみたてまつれはいと
あはれにこそおなしくは昔のさまにておはし
まさせはやいとよき御あはひならむかしと
いひあへるをあないみしや世にありていかにも」27オ
いかにも人にみえんこそそれにつけてそむかし
のこと思いてらるへきさやうのすちは思たえ
てわすれなんと思あま君いり給へるまに
まらうとあめのけしきを見わつらひて
少将といひし人のこゑきゝしりてよひよ
せ給へり昔見し人々はみなこゝに物せらる
らんやと思ひなからもかうまいりくることも
かたくなりにたるを心あさきにやたれも
たれもみなし給らんなとの給つかうまつり
なれにし人にてあはれなりし昔のことゝもゝ」27ウ
思いてたるつゐてにかのらうのつまいりつる
程風のさはかしかりつるまきれにすたれの
ひまよりなへてのさまにはあるましかり
つる人のうちたれかみのみえつるはよを
そむき給へるあたりにたれそとなん
見おとろかれつるとの給姫君のたちいて給
へるうしろてを見給へりけるなめりとおもひ
いてゝましてこまかにみせたらは心とまり
給なんかしむかし人はいとこよなうをとり
給へりしをたにまた忘かたくし給めるをと」28オ
心ひとつに思てすきにし御ことをわすれかた
くなくさめかね給めりし程におほえぬ人を
えたてまつり給てあけ暮のみ物に思き
こえ給めるをうちとけ給へる御有さまを
いかて御らんしつらんといふかゝることこそはあり
けれとおかしくてなに人ならむけにいとお
かしかりつとほのかなりつるを中/\思いつ
こまかにとへとそのまゝにもいはすをのつから
きこしめしてんとのみいへはうちつけに
とひ尋むもさまあしき心ちし雨もやみ」28ウ
みぬ日も暮ぬへしといふにそゝのかされて
出給まへちかきをみなへしをおりてなに
にほふらんとくちすさひてひとりこちたてり
人の物いひをさすかにおほしとかむるこそ
なとこたいの人ともは物めてをしあへりいときよ
けにあらまほしくもねひまさり給にける
かなおなしくは昔のやうにても見たてま
つらはやとてとう中納言の御あたりには
たえすかよひ給やうなれと心もとゝめ給
はすおやの殿かちになん物し給とこそいふ」29オ
なれとあま君もの給て心うく物をのみおほ
しへたてたるなむいとつらき今は猶さるへき
なめりとおほしなしてはれ/\しくもてなし
給へこの五とせむとせ時のまも忘す恋しく
かなしと思つる人のうへもかく見たてまつりて
後よりはこよなく思わすれにて侍思きこえ
給へき人/\世におはすとも今は世になき物に
こそやう/\おほしなりぬらめよろつのこと
さしあたりたるやうにはえしもあらぬわさに
なむといふつけてもいとゝ涙くみてへたてきこ」29ウ
ゆる心は侍らねとあやしくていき返ける程に
よろつのこと夢の世にたとられてあらぬ
世に生れたらん人はかゝる心ちやすらんとお
ほえ侍れは今は知へき人よにあらんとも思ひ出
すひたみちにこそむつましく思きこゆ
れとの給さまもけになに心なくうつくしく
うちゑみてそまもりゐ給へる中将は山にお
はしつきて僧都もめつらしかりて世中の
物語し給ふその夜はとまりてこゑたうと
き人に経なとよませて夜ひとよあそひ」30オ
給せむしの君こまかなる物かたりなとする
つゐてにをのに立よりて物あはれにも有し
かな世をすてたれと猶さはかりの心はせある
人はかたうこそなとあるつゐてに風の吹あけ
たりつるひまよりかみいとなかくおかしけ
なる人こそみえつれあらはなりとや思つらん
たちてあなたにいりつるうしろてなへての
人とは見えさりつさやうの所によき女は
をきたるましき物にこそあめれあけ
暮みる物はほうしなりをのつからめなれて」30ウ
おほゆらんふひんなることそかしとの給せんし
の君この春はつせにまうてゝあやしくて
見いてたる人となむきゝ侍しとてみぬこと
なれはこまかにはいはすあはれなりけること
哉いかなる人にかあらむ世中をうしとて
そさる所にはかくれゐけむかし昔物かたりの
心ちもするかなとの給又の日かへり給にもす
きかたくなむとておはしたりさるへき心
つかひしたりけれは昔おもひいてたる御まか
なひの少将のあまなとも袖くちさまこと」31オ
なれともおかしいとゝいやめにあま君は物し
給物かたりのつゐてにしのひたるさまに物
し給らんはたれにかとゝひ給わつらはし
けれとほのかにも見つけてけるをかくしかほ
ならむもあやしとてわすれわひ侍ていとゝ
つみふかうのみおほえ侍つるなくさめにこの月
ころ見給ふる人になむいかなるにかいと物思し
けきさまにてよにありと人にしられんことを
くるしけに思て物せらるれはかゝるたにの
そこにはたれかは尋きかんと思つゝ侍をいか」31ウ
てかはきゝあらはさせ給へらんといらふうちつけ
心ありてまいりこむにたに山ふかきみちの
かことはきこえつへしましておほしよそふ
らんかたにつけてはこと/\にへたて給ましき
ことにこそはいかなるすちに世をうらみ給人に
かなくさめきこえはやなとゆかしけに
の給いて給とてたゝうかみに
あたしのゝ風になひくなをみなへしわれ
しめゆはんみち遠くともとかきて少将の
あましていれたりあま君も見給て此」32オ
御返かゝせ給へいと心にくきけつき給へる
人なれはうしろめたくもあらしとそゝのかせは
いとあやしきてをはいかてかとてさらにきゝ
給はねははしたなきことなりとてあま君
きこえさせつるやうによつかす人にゝぬ
ひとにてなむ
うつしうへて思みたれぬをみなへしうき
世をそむく草の庵にとありこたみはさも
ありぬへしと思ゆるしてかへりぬふみなと
わさとやらんはさすかにうひ/\しうほの」32ウ
かに見しさまは忘す物思ふらんすちなに
ことゝしらねとあはれなれは八月十余日の
ほとにこたかかりのついてにおはしたり
例のあまよひいてゝひとめ見しより
しつ心なくてなむとの給へりいらへ給へく
もあらねはあま君まつちの山となん見給
ふるといひいたし給たいめんし給へるにも心
くるしきさまにて物し給ときゝ侍し人の
御うへなんのこりゆかしく侍つるなにことも
心にかなはぬ心ちのみし侍れは山すみもし」33オ
侍らまほしき心ありなからゆるい給まし
き人々におもひさはりてなむすくし侍よに
心ちよけなる人のうへはかくくんしたる
人の心からにやふさはしからすなん物思
給らん人に思ことをきこえはやなといと心
とゝめたるさまにかたらひ給心ちよけなら
ぬ御ねかひはきこえかはし給はんにつきな
からぬさまになむ見え侍れと例の人にて
はあらしといとうたゝあるまて世をうらみ給め
れはのこりすくなきよはひともたに今はと」33ウ
そむきはへる時はいと物心ほそくおほえ侍し
物を世をこめたるさかりにはつゐにいかゝと
なん見給へ侍とおやかりていふいりてもな
さけなし猶いさゝかにてもきこえ給へかゝる
御すまひはすゝろなることもあはれしるこそ
世のつねのことなれなとこしらへてもいへと
人に物きこゆらん方もしらすなにことも
いふかひなくのみこそといとつれなくてふし
給へりまらうとはいつらあな心うあき
を契れるはすかし給にこそ有けれなとうらみつゝ」34オ
松虫のこゑをたつねてきつれとも
また萩はらの露にまとひぬあないと
おしこれをたになとせむれはさやうに
よついたらむこといひいてんもいと心うく
又いひそめてはかやうのおり/\にせめら
れむもむつかしうおほゆれはいらへをたに
したまはねはあまりいふかひなく思あへり
あま君はやうはいまめきたる人にそありける
なこりなるへし
秋の野ゝ露わけきたるかり衣むくら」34ウ
しけれる宿にかこつなとなんわつらはし
かりきこえ給めるといふをうちにも猶かく
心より外によにありとしられはしむる
をいとくるしとおほす心のうちをはしらてお
とこ君をもあかす思いてつゝ恋わたる人々
なれはかくはかなきつゐてにもうちかたらひ
きこえ給はんに心より外によにうしろ
めたくはみえ給はぬ物をよのつねなるすちには
おほしかけすともなさけなからぬ程に御
いらへはかりはきこえ給へかしなとひきう」35オ
こかしつへくいふさすかにかゝるこたいの
心ともにはありつかすいまめきつゝこしおれ
歌このましけにわかやくけしきともは
いとうしろめたうおほゆかきりなくうき
身なりけりとみはてゝし命さへあさま
しうなかくていかなるさまにさすらふへき
ならむひたふるになき物と人に見きゝすて
られてもやみなはやと思ひふし給へるに
中将は大かた物思はしきことのあるにやと
いといたう打ちなけきしのひやかにふゑを」35ウ
ふきならしてしかのなくねになとひとり
こつけはひまことに心ちなくはあるまし
すきにし方の思いてらるゝにも中/\
心つくしに今はしめてあはれとおほすへき
人はたかたけなれは見えぬ山ちにもえ思
なすましうなんとうらめしけにて
いてなむとするにあま君なとあたらよを
御らんしさしつるとてゐさりいて給へり
なにかをちなるさとも心み侍れはなといひ
すさみていたうすきかましからんもさす」36オ
かにひんなしいとほのかに見えしさまのめと
まりしはかりつれ/\なる心なくさめに思出
つるをあまりもてはなれおくふかなるけはひも
所のさまにあはすすさましと思へはかへり
なむとするをふえのねさへあかすいとゝおほえて
ふかき夜の月をあはれと見ぬ人や山の
はちかき宿にとまらぬとなまかたはなる
ことをかくなんきこえ給ふといふに心ときめき
して
山のはに入まて月をなかめ見んねやの」36ウ
板まもしるしありやとなといふにこのおほ
あま君ふえのねをほのかにきゝつけたりけ
れはさすかにめてゝいそきたりこゝかしこ
うちしはふきあさましきわなゝきこゑ
にて中/\むかしのことなともかけていはす
たれとも思わかぬなるへしいてそのきむ
のことひき給へよこふえは月にはいとおか
しき物そかしいつらこたちことゝりて
まいれといふにそれなめりとをしはかりに
きけといかなる所にかゝる人いかてこ」37オ
もりゐたらむさためなき世そこれにつけて
あはれなるはんしきてうをいとおかしうふき
ていつらさしはとのたまふむすめあま君こ
れもよき程のすき物にてむかしきゝ侍
しよりもこよなくおほえ侍は山風をのみ
きゝなれ侍にけるみゝからにやとていてやこ
れもひかことに成て侍らむといひなからひく
いまやうはおさ/\なへての人の今はこのます
成行物なれは中/\めつらしくあはれにき
こゆ松風もいとよくもてはやすふきて」37ウ
あはせたるふえのねに月もかよひてすめる
心ちすれはいよ/\めてられてよゐさとひも
せすおきゐたり女はむかしはあつまこと
をこそはこともなくひきはつしかと今のよには
かはりにたるにやあらむこのそうつのきゝ
にくし念仏より外のあたわさなせそとはし
たなめられしかはなにかはとてひき侍らぬなり
さるはいとよくなることも侍りといひつゝけて
いとかまほしと思たれはいとしのひやかにうち
わらひていとあやしきこともせいしきこえ」38オ
給けるそうつかなこくらくといふなる所には
ほさつなともみなかゝることをして天人なとも
まひあそふこそたうとかなれをこなひま
きれつみうへきことかはこよひきゝ侍らはや
とすかせはいとよしと思ていてとのもりの
くそあつまとりてといふにもしはふきはたえ
す人々はみくるしと思へとそうつをさへうら
めしけにうれへていひきかすれはいとお
しくてまかせたりとりよせてたゝ今の
ふえのねをもたつねすたゝをのか心を」38ウ
やりてあちまのしらへをつまさはやかにしら
ふみなこと物はこゑをやめつるをこれをのみ
めてたると思てたけふちゝり/\たりたん
なゝとかきかへしはやりかにひきたる
ことはともわりなくふるめきたりいとおかしう
今の世にきこえぬことはこそはひき給けれと
ほむれはみゝほの/\しくかたはらなる人に
とひきゝていまやうのわかき人はかうやうなる
ことをそこのまれさりけるこゝに月ころ
物し給める姫君かたちいとけうらに物し」39オ
給めれともはらかやうなるあたわさなとし給
はすうもれてなん物し給めると我かし
こにうちあさわらひてかたるをあま君
なとはかたはらいたしとおほすこれにこと
みなさめてかへり給程も山おろし吹てき
こえくるふえのねいとおかしうきこえておき
あかしたるつとめてよへはかた/\心みたれ
侍しかはいそきまかて侍し
わすられぬ昔のこともふえ竹のつらき
ふしにもねそなかれける猶すこしおほし」39ウ
しるはかりをしへなさせ給へしのはれぬへくはす
き/\しきまてもなにかはとあるをいとゝわ
ひたるは涙とゝめかたけなるけしきにて
かき給ふ
笛のねに昔のこともしのはれてかへりし
程も袖そぬれにしあやしう物思ひしら
ぬにやとまてみ侍ありさまはおい人のとはす
かたりにきこしめしけむかしとありめ
つらしからぬもみ所なき心ちしてうちを
かれけんおきのはにをとらぬほと/\にをと」40オ
つれわたるいとむつかしうもあるかな人の心はあ
なかちなる物なりけりと見しりにしおり/\も
やう/\思いつるまゝに猶かゝるすちのこと
ひとにも思はなたすへきさまにとくなし
給てよとて経ならいてよみ給心のうちにも
ねんし給へりかくよろつにつけて世中を
思すつれはわかき人とておかしやかなることも
ことになくむすほゝれたる本上なめりと思
かたちのみるかひ有うつくしきによろつの
とか見ゆるしてあけくれの見物にしたり」40ウ
すこしうちはらひ給おりはめつらしくめて
たき物に思へり九月になりて此あま君
はつせにまうつとしころいと心ほそき
身にこひしき人のうへも思やまれさりしを
かくあらぬ人ともおほえ給はぬなくさめを
えたれはくわんをんの御しるしうれしとて
かへり申たちてまうて給なりけり
いさ給へひとやはしらむとするおなし仏
なれとさやうの所にをこなひたるなむし
るしありてよきためしおほかるといひて」41オ
そゝのかし立れとむかしはゝ君めのとなと
のかやうにいひしらせつゝたひ/\まうて
させしをかひなきにこそあめれ命さへ
心にかなはすたくひなきいみしきめを見
るはといと心うきうちにもしらぬ人にくして
さるみちのありきをしたらんよと空おそろ
しくおほゆ心こはきさまにはいひもなさて
心ちのいとあしうのみ侍れはさやうならん
みちの程にもいかゝなとつゝましうなむと
の給ふ物おちはさもし給へき人そかしと」41ウ
思てしゐてもいさなはす
はかなくて世にふる河のうきせには尋も
ゆかし二もとの杉とてならひにましりたる
をあま君見つけてふたもとはまたも
あひきこえんと思給人あるへしとたはふれこ
とをいひあてたるにむねつふれておもて
あかめ給へるいとあい行つきうつくしけなり
ふる河の杉の本たちしらねとも過にし
人によそへてそみることなることなきいら
へをくちとくいふしのひてといへとみな」42オ
人したひつゝこゝには人すくなにておはせん
を心くるしかりて心はせある少将のあま
左衛門とてあるおとなしき人わらははかり
そとゝめたりけるみないてたちけるをなか
めいてゝあさましきことを思なからも今は
いかゝせむとたのもし人に思ふ人ひとり物し
給はぬは心ほそくもあるかなといとつれ/\なる
に中将の御ふみあり御らんせよといへときゝも
いれ給はすいとゝ人も見えすつれ/\と
きしかた行さきを思くむし給ふくるし」42ウ
きさてもなかめさせ給かな御五をうたせ給へと
いふいとあやしうこそはありしかとはの給へと
うたむとおほしたれははむとりにやりて
われはと思てせんせさせたてまつりたる
にいとこよなけれは又てなをしてうつあま
うへとうかへらせ給はなん此御五みせたて
まつらむかの御五そいとつよかりしそうつの君
はやうよりいみしうこのませ給てけしう
はあらすとおほしたりしをいときせい大と
こになりてさしいてゝこそうたさらめ御五」43オ
にはまけしかしときこえ給しにつゐに
そうつなんふたつまけ給しきせいか五には
まさらせ給へきなめりあないみしとけう
すれはさたすきたるあまひたいのみつかぬ
に物このみするにむつかしきこともしそめ
てける哉と思て心ちあしとてふし給ぬ
時/\はれ/\しうもてなしておはし
ませあたら御身をいみしうしつみて
もてなさせ給こそくちおしう玉にきす
あらん心ちし侍れといふ夕暮の風の」43ウ
音もあはれなるに思いつることもおほくて
心には秋の夕をわかねともなかむる
袖に露そみたるゝ月さしいてゝおかしき
程にひるふみありつる中将おはしたりあ
なうたてこはなにそとおほえ給へはおくふ
かく入給をさもあまりにもおはします物
かな御心さしのほともあはれまさるおりに
こそ侍めれほのかにもきこえ給はんことも
きかせ給へしみつかんことのやうにおほしめし
たるこそなといふにいとはしたなくおほゆ」44オ
おはせぬよしをいへとひるのつかひのひと所なと
とひきゝたるなるへしいとことおほくうらみ
て御こゑもきゝ侍らしたゝけちかくてき
こえんことをきゝにくしともいかにともおほ
しことはれとよろつにいひわひていと心う
く所につけてこそ物のあはれもまされあま
りかゝるはなとあはめつゝ
山里の秋の夜ふかきあはれをももの
思ふ人は思こそしれをのつから御心もかよ
ひぬへきをなとあれはあま君おかせて」44ウ
まきらはしきこゆへき人も侍らす
いとよつかぬやうならむとせむれは
憂物と思もしらてすくす身を物お
もふ人とひとはしりけりわさといらへとも
なきをきゝてつたへきこゆれはいとあはれ
と思て猶たゝいさゝかいて給へときこえ
うこかせとこの人々をわりなきまて
うらみ給あやしきまてつれなくそみえ給
やとていりて見れは例はかりそめにも
さしのそき給はぬ老人の御かたに」45オ
いり給にけりあさましう思てかくなんと
かゝる所になかめ給らん心のうちのあ
はれにおほかたのありさまなともなさ
けなかるましき人のいとあまり思
しらぬ人よりもけにもてなし給
めるこそそれ物こりし給へるか猶いか
なるさまに世をうらみていつまておは
すへき人そなとありさまとひていと
ゆかしけにのみおほいたれとこまか
なることはいかてかはいひきかせんたゝ」45ウ
しりきこえ給へき人のとし比はうと/\
しきやうにてすくし給しを初せに
まうてあひ給て尋きこえ給つるとそ
いふひめ君はいとむつかしとのみきくおい
人のあたりにうつふし/\ていもねられす
よひまとひはえもいはすおとろ/\しきい
ひきしつゝまへにもうちすかひたるあまと
もふたりふしてをとらしといひきあはせ
たりいとおそろしうこよひこの人々に
やくはれなんとおもふもおしからぬ身なれと」46オ
れいの心よはさはひとつはしあやうかりて
かへりきたりけん物のやうにわひしくお
ほゆこもきともにゐておはしつれと色め
きてこのめつらしきおとこのえんたちゐ
たるかたにかへりゐにけりいまやくる/\と
待ゐたまへれといとはかなきたのもし人
なりや中将わつらひてかへりにけれはいと
なさけなくむもれてもおはしますかな
あたら御かたちをなとそしりてみなひと
所にねぬ夜なかはかりにやなりぬらんと」46ウ
思ほとにあま君しはふきおほゝれておきに
たりほかけにかしらつきはいとしろきにくろ
き物をかつきてこのきみのふし給へる
あやしかりていたちとかいふなる物かさるわ
さするひたひにてをあてゝあやしこれは
たれそとしふねけなるこゑにてみおこせ
たるさらにたゝいまくひてむとするとそ
おほゆるおにのとりもてきけん程は物のお
ほえさりけれは中/\心やすしいかさま
にせんとおほゆるむつかしさにもいみしき」47オ
さまにていきかへり人になりて又ありし
色/\のうきことを思ひみたれむつかし
ともおそろしとも物をおもふよしなましかは
これよりもおそろしけなる物の中にこそは
あらましかと思やらる昔よりのことを
まとろまれぬまゝにつねよりも思つゝ
くるにいと心うくおやときこえけん人の
御かたちも見たてまつらすはるかなるあつ
まをかへる/\年月をゆきてたまさかに
尋よりてうれしたのもしと思きこえし」47ウ
はらからの御あたりをもおもはすにてたえす
きさるかたに思さため給し人につけて
やう/\身のうさをもなくさめつへきゝ
はめにあさましうもてそこなひたる身を
思もてゆけは宮をすこしもあはれと
おもひきこえけん心そいとけしからぬたゝ
この人の御ゆかりにさすらへぬるそとおもへは
こしまの色をためしに契給しをなとて
おかしと思きこえけんとこよなくあき
にたる心ちすはしめよりうすきなからも」48オ
のとやかに物し給し人はこのおりかのお
りなと思ひいつるそこよなかりけるかくて
こそありけれときゝつけられたてまつ
らむはつかしさは人よりまさりぬへし
さすかにこの世にはありし御さまをよそ
なからたにいつか見んするとうち思猶
わろの心やかくたにおもはしなと心ひ
とつをかへさふからうして鳥のなくをきゝ
ていとうれしはゝの御こゑをきゝたらむ
はましていかならむと思あかして心ちも」48ウ
いとあしともにてわたるへき人もとみに
こねは猶ふし給つるにいひきの人はいと
とくおきてかゆなとむつかしきことゝもを
もてはやしておまへにとくきこしめせ
なとよりきていへとまかなひもいとゝ心
つきなくうたて見しらぬ心ちしてなやま
しくなんとことなしひ給をしひていふも
いとこちなしけす/\しきほうしはら
なとあまたきてそうつけふおりさせ給へ
しなとにはかにはととふなれは一品宮の」49オ
御物のけになやませ給ける山のさすみす
ほうつかまつらせ給へと猶そうつまいらせ
給はてはしるしなしとて昨日二たひなん
めし侍し右大臣殿の四位の少将よへ夜
ふけてなんのほりおはしましてきさい
の宮の御文なと侍けれはおりさせ給なり
なといとはなかやかにいひなすはつかしうと
もあひてあまになし給てよといはんさかし
ら人すくなくてよきおりにこそと思へは
おきて心ちのいとあしうのみ侍を僧都の」49ウ
おりさせ給へらんにいむことうけ侍らんとな
む思侍をさやうにきこえ給へとかたらひ
給へはほけ/\しう打うなつく例のかた
におはしてかみはあま君のみけつり給をこ
と人にてふれさせんもうたておほゆるにて
つからはたえせぬことなれはたゝすこしと
きくたしておやに今一たひかうなからの
さまをみえすなりなむこそ人やりならす
いとかなしけれいたうわつらひしけにや
かみもすこしおちほそりたる心ちすれとな」50オ
にはかりもおとろへすいとおほくて六尺はかり
なるすゑなとそいとうつくしかりけるすち
なともいとこまかにうつくしけなりかゝれ
とてしもとひとりこちゐ給へりくれかた
にそうつものし給へりみなみおもてはらひ
しつらひてまろなるかしらつきゆき
ちかひさはきたるも例にかはりていとお
そろしき心ちすはゝの御かたにまいり
給ていかにそ月比はなといふひんかしの御方は
物まうてし給にきとかこのおはせし人は」50ウ
なをものし給やなとゝひ給しかこゝにとまりて
なん心ちあしとこそ物し給ていむことう
けたてまつらんとの給つるとかたるたちて
こなたにいましてこゝにやおはします
とてき丁のもとについゐ給へはつゝまし
けれとゐさりよりていらへし給ふいにて
見たてまつりそめてしもさるへき昔の
契ありけるにこそと思給へて御いのりなとも
ねんころにつかうまつりしをほうしは
その事となくて御ふみきこえうけ給はらむも」51オ
ひんなけれはしねんになんをろかなるやうに
なり侍ぬるいとあやしきさまによを
そむき給へる人の御あたりいかておはし
ますらんとの給世中に侍らしと思た
ち侍し身のいとあやしくていまゝて
侍つるを心うしと思侍物からよろつに
せさせ給ける御心はえをなむいふかひなき心
ちにも思給へしらるゝを猶よつかすのみ
つゐにえとまるましく思給へらるゝを
あまになさせ給てよ世中に侍とも例の」51ウ
人にてなからふへくも侍らぬ身になむとき
こえ給またいとゆくさきとをけなる御程に
いかてかひたみちにしかはおほしたゝむかへりて
つみある事也思立て心をおこし給ほとは
つよくおほせと年月ふれは女の御身といふ
物いとたい/\しき物になんとのたまへは
をさなく侍しほとより物をのみ思へき
有さまにておやなとなむ思の給しまして
すこしもの思しりて後は例の人さまな
らてのちの世をたにと思心ふかゝりし」52オ
をなくなるへき程のやう/\ちかくなり侍に
や心ちのいとよはくのみなり侍を猶いかてとて
うちなきつゝの給あやしくかゝるかたちあり
さまをなとて身をいとはしく思はしめ給けん
物のけもさこそいふなりしかと思あはするに
さるやうこそはあらめいまゝてもいきたる
へき人かはあしき物の見つけそめたるに
いとおそろしくあやうきことなりとおほ
してとまれかくまれおほしたちての給を
三ほうのいとかしこくほめ給こと也ほうしにて」52ウ
きこえかへすへきことにあらす御いむことは
いとやすくさつけたてまつるへきを
きふなることにまかんてたれはこよひかの
宮にまいるへく侍りあすよりやみすほう
はしまるへく侍らん七日はてゝまかてむに
つかまつらむとの給へはかのあま君おはしなは
かならすいひさまたけてんといとくちおし
くてみたり心ちのあしかりし程にみたる
やうにていとくるしう侍れはをもくならはいむ
ことかひなくや侍らん猶けふはうれしき」53オ
おりとこそ思ひ侍れとていみしうなき給へは
ひしり心にいと/\おしく思てよやふけ
侍ぬらん山よりおり侍こと昔はことゝもお
ほえ給はさりしを年のおうるまゝにはたへ
かたく侍けれはうちやすみてうちにはまい
らんと思侍をしかおほしいそくことなれは
けふつかうまつりてんとの給にいとうれ
しくなりぬはさみとりてくしのはこ
のふたさしいてたれはいつら大とこたち
こゝにとよふはしめ見つけたてまつりし」53ウ
ふたりなからともにありけれはよひいれて
御くしおろしたてまつれといふけにい
みしかりし人の御有さまなれはうつし
人にてはよにおはせんもうたてこそあらめと
このあさりもことはりに思にき丁のかたひら
のほころひより御かみをかきいたし給つるか
いとあたらしくおかしけなるになむしは
しはさみをもてやすらひけるかゝるほと
少将のあまはせうとのあさりのきたる
にあひてしもにゐたりさゑもんはこの」54オ
わたくしのしりたる人にあいしらふとて
かゝる所にとりてはみなとり/\に心よせの
人々めつらしうていてきたるにはかなき
事しけるみいれなとしけるほとにこもき
独してかゝることなんと少将のあまにつけ
たりけれはまとひてきてみるにわか御
うへのきぬけさなとをことさら許とて
きせたてまつりておやの御かたおかみ
たてまつり給へといふにいつかたともしら
ぬほとなむえしのひあへ給はてなき給に」54ウ
けるあなあさましやなとかくあふなきわさは
せさせ給うへかへりおはしてはいかなることをの
給はせむといへとかはかりにしそめつるをいひ
みたるも物しと思てそうついさめ給へはよ
りてもえさまたけするてん三かいちうな
といふにもたちはてゝし物をと思いつる
もさすかなりけり御くしもそきわ
つらひてのとやかにあま君たちして
なをさせ給へといふひたひはそうつそゝき
給かゝる御かたちやつし給てくひ給なゝと」55オ
たうときことゝもとききかせ給とみに
せさすへくもあらすみないひしらせ給へ
ることをうれしくもしつるかなとこれ
のみそ仏はいけるしるしありてとおほえ給
けるみな人々いてしつまりぬよるの風の
をとにこの人々は心ほそき御すまひも
しはしの事そ今いとめてたくなり給なん
とたのみきこえつる御身をかくしなさせ
給てのこりおほかる御世のすゑをいかに
せさせ給はんとするそおとろへたる人たに」55ウ
今はかきりと思はてられていとかなしき
わさに侍といひしらすれと猶たゝ今は
心やすくうれし世にふへき物とは思かけす
なりぬるこそはいとめてたきことなれとむね
のあきたる心ちそし給けるつとめてはさすか
に人のゆるさぬことなれはかはりたらむさま
見えんもいとはつかしくかみのすそのにはかに
おほとれたるやうにしとけなくさへそかれ
たるをむつかしきことゝもいはてつくろはん
人もいひつゝけんことのはゝもとよりたに」56オ
はか/\しからぬ身をまいてなつかしう
ことはるへき人さへなけれはたゝすゝりに
むかひて思あまるおりにはてならひをのみ
たけきことゝはかきつけ給
なきものに身をも人をも思つゝ捨てし
世をそさらにすてつる今はかくてかきりつる
そかしとかきても猶身つからいとあはれと
見たまふ
かきりそと思なりにし世間を返々も
そむきぬるかなおなしすちのことをとかく」56ウ
かきすさひゐ給へるに中将の御文あり物さは
かしうあきれたる心ちしあへる程にてかゝる
ことなといひてけりいとあへなしと思てかゝる
心のふかくありける人なりけれははかなき
いらへをもしそめしと思はなるゝ成けり
さてもあへなきわさかないとおかしくみえ
しかみのほとをたしかにみせよとひと
夜もかたらひしかはさるへからむおりにと
いひしものをといとくちおしうて立かへり
きこえんかたなきは」57オ
きし遠く漕はなるらむあま舟に
乗をくれしといそかるゝかな例ならす
とりてみ給物のあはれなるおりにいま
はと思もあはれなる物からいかゝおほさるらん
いとはかなきものゝはしに
心こそうき世の岸をはなるれと行ゑも
しらぬあまのうき木をとれいのてならひ
にし給へるをつゝみてたてまつるかきうつし
てたにこそとの給へと中/\かきそこなひ
侍なんとてやりつめつらしきにもいふ」57ウ
かたなくかなしうなむおほえける物まうての
人かへり給て思さはき給ことかきりなしかゝ
る身にてはすゝめきこえんこそはと思なし侍
れとのこりおほかる御身をいかてへたま
はむとすらむをのれは世に侍らんことけふ
あすともしりかたきにいかてうしろやすく
見たてまつらむとよろつに思給へてこそ
仏にも祈きこえつれとふしまろひつゝ
いといみしけに思給へるにまことのおやの
やかてからもなき物と思まとひ給ひん」58オ
ほとおしはからるゝそまついとかなしかり
ける例のいらへもせてそむきゐ給へるさま
いとわかくうつくしけなれはいと物はかなくそ
おはしける御心なれとなく/\御そのことなと
いそき給にひ色はてなれにしことなれは
こうちきけさなとしたりある人々も
かゝる色をぬいきせたてまつるにつけても
いとおほえすうれしき山里のひかりと
あけくれ見たてまつりつる物を口おしき
わさかなとあたらしかりつゝ僧都をうらみ」58ウ
そしりけり一品宮の御なやみけにかの
弟子のいひしもしるくいちしるきことゝも
ありてをこたらせ給にけれはいよ/\いと
たうとき物にいひのゝしる名残もおそ
ろしとてみすほうのへさせ給へはとみにも
えかへりいらてさふらひ給に雨なとふりて
しめやかなる夜めしてよゐにさふらはせ
給日ころいたうさふらひこうしたる人は
みなやすみなとしておまへに人すくなにて
ちかくおきたる人すくなきおりにおなし」59オ
御丁におはしまして昔よりたのませ給
中にも此たひなんいよ/\後の世もかくこそは
とたのもしきことまさりぬるなとの給はす
世の中に久しうはつるましきさまに
仏なともをしへ給へることゝも侍るうちに
ことしらい年すくしかたきやうになむ
侍れは仏をまきれなくねんしつとめ
侍らんとてふかくこもり侍をかゝるおほせ
ことにてまかりいて侍にしなとけいし給
御ものゝけのしふねきことをさま/\に」59ウ
なのるかおそろしきことなとの給つゐてに
いとあやしうけうのことをなん見給へし
この三月に年老て侍はゝの願有て
はつせにまうてゝ侍しかへさの中やとり
にうちの院といひ侍所にまかりやとりし
をかくのこと人すまて年へぬるおほきなる
所はよからぬ物かならすかよひすみておも
きひやうさのためあしき事ともと
思給へしもしるくとてかのみつけたりし
ことゝもをかたりきこえ給けにいとめつらか」60オ
なることかなとてちかくさふらふ人々みなね
いりたるをおそろしくおほされておとろ
かさせ給大将のかたらひ給さい将の君しも
このことをきゝけりおとろかさせ給人々は
なにともきかす僧都おちさせ給へる御け
しきを心もなきことけいしてけりと
思てくはしくもその程のことをはいひさし
つその女人このたひまかりいて侍つるた
よりにをのに侍つるあまともあひとひ
侍らんとてまかりよりたりしになく/\」60ウ
出家の心さしふかきよしねん比にかたらひ
侍しかはかしらおろし侍にきなにかしかい
もうと故ゑもんのかみのめに侍しあまなん
うせにし女このかはりにと思ひよろこひ侍て
すいふんにいたはりかしつき侍けるをかく
なりたれはうらみ侍なりけにそかたちは
いとうるはしくけうらにてをこなひや
つれんもいとおしけになむ侍しなに
人にか侍けんとものよくいふそうつにて
かたりつゝけ申給へはいかてさる所によき」61オ
人をしもとりもていきけんさりとも今は
しられぬらむなとこのさい相の君そとふ
しらすさもやかたらひ給らんまことに
やむことなき人ならはなにかかくれも侍らし
をやゐ中人のむすめもさるさましたる
こそ侍らめりうの中より仏むまれた給はす
はこそ侍らめたゝ人にてはいとつみかろき
さまの人になん侍けるなときこえ給そのころ
かのわたりにきえうせにけむ人をおほし
いつこのおまへなる人もあね君のつたへに」61ウ
あやしくてうせたる人とはきゝをきたれは
それにやあらんとは思けれとさためなきこと也
そうつもかゝる人世にある物ともしら
れしとよくもあらぬかたきたちたる
人もあるやうにおもむけてかくしし
のひ侍をことのさまのあやしけれはけい
し侍なりとなまかくすけしきなれは
人にもかたらす宮はそれにもこそあれ
大将にきかせはやと此人にその給はす
れといつかたにもかくすへきことをさた」62オ
めてさならむともしらすなからはつかしけ
なる人にうちいての給はせむもつゝましく
おほしてやみにけりひめ君をこたりはて
させ給てそうつものほりぬかしこにより給
へれはいみしううらみて中/\かゝる御あり
さまにてつみもえぬへきことをの給もあ
はせすなりにけることをなむいとあやしき
なとの給へとかひもなし今はたゝ御をこなひ
をし給へおいたるわかきさためなきよなり
はかなき物におほしとりたるもこと」62ウ
はりなる御身をやとの給にもいとはつかしう
なむおほえける御ほうふくあたらしく
し給へとてあやうす物きぬなといふ物
たてまつりをき給なにかしか侍らんかき
りはつかうまつりなんなにかおほし
わつらふへきつねの世においいてゝせ
けんのゑいくわにねかひまつはるゝかき
りなん所せくすてかたくわれも人もおほ
すへかめることなめるかゝる林の中にを
こなひつとめ給はん身はなにことかはうらめ」63オ
しくもはつかしくもおほすへきこのあらん
命は葉のうすきかことしといひしらせて
松門に暁いたりて月徘徊すとほうしなれと
いとよし/\しくはつかしけなるさまにて
の給ことゝもを思やうにもいひきかせ給かなと
きゝゐたりけふはひねもすにふく風の
音もいと心ほそきにおはしたる人もあは
れ山ふしはかゝる日にそねはなかるなる
かしといふをきゝて我も今は山ふしそかし
ことはりにとまらぬ涙なりけりと思つゝ」63ウ
はしのかたに立いてゝ見れははるかなる軒
はよりかりきぬすかた色々に立ましりて
みゆ山へのほる人なりとてもこなたのみち
にはかよふ人もいとたまさかなりくろたに
とかいふ方よりありくかよふほうしの
あとのみまれ/\は見ゆるを例のすかた
見つけたるはあひなくめつらしきに
このうらみわひし中将なりけりかひ
なきこともいはむとて物したりけるを
紅葉のおもしろくほかのくれなゐに」64オ
そめましたる色々なれはいりくるよりそ
物あはれなりけるこゝにいと心ちよけ
なる人を見つけたらはあやしくそおほ
ゆへきなと思ていとまありてつれ/\なる
心ちし侍にもみちもいかにと思給へて
なむ猶立かへりてたひねもしつへき
このもとにこそとて見いたし給へりあま
君例の涙もろにて
木枯の吹にし山のふもとには立かくす
へきかけたにそなきとの給へは」64ウ
待人もあらしとおもふ山里の梢を見
つゝ猶そ過うきいふかひなき人の御
ことをなをつきせすの給てさまかはり
給へらんさまをいさゝか見せよと少将の
あまにの給それをたにちきりししるし
にせよとせめ給へはいりて見るにことさら
人にもみせまほしきさましてそおはする
うすきにひ色のあやなかにはくわんさう
なとすみたるいろをきていとさゝやかに
やうたひおかしくいまめきたるかたちに」65オ
かみはいつへのあふきをひろけたるやうに
こちたきすゑつき也こまかにうつく
しきおもやうのけさうをいみしくした
らむやうにあかくにほひたりをこなひ
なとをしたまふも猶すゝはちかききち
やうにうちかけて経に心をいれてよみ
給へるさまゑにもかゝまほしうち見ること
に涙のとめかたき心ちするをまいて心
かけ給はんおとこはいかに見たてまつり給
はんと思てさるへきおりにや有けむ」65ウ
さうしのかけかねのもとにあきたるあなを
をしへてまきるへき木丁なとおし
やりたりいとかくは思はすこそ有しか
いみしく思さまなりける人をと我した
らむあやまちのやうにおしくゝやし
うかなしけれはつゝみもあへす物くるは
しきまてけはひもきこえぬへけれは
のきぬかはかりのさましたる人をうし
なひてたつねぬ人ありけんや又その人
かの人のむすめなん行ゑもしらすかく」66オ
れにたるもしは物えんしして世をそむ
きにけるなとをのつからかくれなかるへき
をなとあやしう返々思あまなりとも
かゝるさましたらむ人はうたてもおほえし
なと中/\見所まさりて心くるしかる
へきをしのひたるさまに猶かたらひとり
てんと思へはまめやかにかたらふよのつね
のさまにはおほしはゝかることも有けん
をかゝるさまになり給にたるなん心やすう
きこえつへく侍さやうにをしへきこえ」66ウ
給へきし方のわすれかたくてかやうにまい
りくるに又今ひとつ心さしをそへてこそ
なとの給いと行すゑこゝろほそくうしろ
めたき有さまに侍にまめやかなるさ
まにおほし忘れすとはせ給はんいとうれ
しうこそ思給へをかめ侍らさらむ後なん
あはれに思給へらるへきとてなき給に
このあま君もはなれぬ人なるへしたれ
ならむと心えかたし行すゑの御うし
ろみはいのちもしりかたくたのもしけ」67オ
なき身なれとさきこえそめ侍なれはさらに
かはり侍へらし尋きこえ給へき人はまことに
ものし給はぬかさやうのことのおほつかな
きになんはゝかるへきことには侍らねとなを
へたてある心ちし侍へきとの給へは人に
しらるへきさまにて世にへたまはゝさ
もや尋いつる人も侍らん今はかゝる方に
思きりつる有さまになん心のおもむけ
もさのみ見え侍つるをなとかたらひ給こなた
にもせうそこし給へり」67ウ
大かたの世をそむきける君なれといとふ
によせて身こそつらけれねん比にふかく
きこえ給ことなといひつたふはらからと
おほしなせはかなき世の物かたりなとも
きこえてなくさめむなといひつゝく心ふか
からむ御物かたりなときゝわくへくもあらぬ
こそ口おしけれといらへてこのいとふにつけ
たるいらへはし給はす思よらすあさまし
きこともありし身なれはいとうとまし
すへてくちきなとのやうにて人に見すて」68オ
られてやみなむともてなし給されは月
ころたゆみなくむすほゝれ物をのみおほ
したりしもこのほいの事し給てより
のちすこしはれ/\しうなりてあま君
とはかなくたはふれもしかはし五うちなとして
そあかしくらし給をこなひもいとよく
して法華経はさら也ことほうもんなとも
いとおほくよみ給雪深くふりつみ人めたえ
たる比そけに思やるかたなかりける年
もかへりぬ春のしるしも見えすこほり」68ウ
わたれる水の音せぬさへ心ほそくて君
にそまとふとの給し人はこゝろうしと思
はてにたれと猶そのおりなとのことはわ
すれす
かきくらす野山の雪をなかめても
ふりにしことそけふもかなしきなと例の
なくさめの手習をゝこなひのひまには
し給われ世になくて年へたゝりぬるを
思いつる人もあらむかしなと思出る時も
おほかりわかなをおろそかなるこにいれて」69オ
人のもてきたりけるをあま君見て
山里の雪まのわかなつみはやし猶おい
さきのたのまるゝかなとてこなたにたて
まつれ給へりけれは
雪ふかき野へのわかなも今よりは君か
ためにそ年もつむへきとあるをさそおほす
らんとあはれなるにも見るかひ有へき御
さまと思はましかはとまめやかにうち
ない給ねやのつま近きこうはいの色も
香もかはらぬを春や昔のとこと花」69ウ
よりもこれに心よせのあるはあかさりしにほ
ひのしみにけるにやこやにあかたてまつらせ
給けらうのあまのすこしわかきかあるめし
いてゝ花おらすれはかことかましくちるにいとゝ
にほひくれは
袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかと
にほふ春の明ほのおほおほあま君のむまこ
のきのかみなりけるこの比のほりてきたり
卅はかりにてかたちきよけにほこりかなる
さましたりなにことかこそおとゝしなと問に」70オ
ほけ/\しきさまなれはこなたにきていとこ
よなくこそひかみ給にけれあはれにもはつる
かなのこりなき御さまを見たてまつること
かたくてとをき程に年月をすくし侍よ
おやたち物し給はて後はひと所をこそ御
かはりに思きこえ侍つれひたちの北の方は
をとつれきこえ給やといふはいもうとなる
へし年月にそへてはつれ/\にあはれ
なることのみまさりてなむひたちはひさしう
をとつれきこえ給はさめりえ待つけ給」70ウ
ましきさまになむ見え給との給にわかおや
の名とあひなくみゝとまれるに又いふ
やうまかりのほりて日比になり侍ぬるを
おほやけことのいとしけくむつかしう
のみ侍にかゝつらひてなんきのふもさふら
はんと思給へしを右大将殿の宇治におは
せし御ともにつかうまつりて故八の宮
のすみ給し所におはして日くらし給し
こみやの御むすめにかよひ給しをまつ
ひと所は一とせうせ給にきその御おとうと」71オ
又忍てすへたてまつり給へりけるをこその
春又うせ給にけれはその御はてのわさせさ
せ給はんことかの寺のりしになんさるへきこと
の給はせてなにかしもかの女のさうそく一く
たりてうし侍へきをせさせ給てんやをら
すへき物はいそきせさせ侍なんといふを聞
にいかてかあはれならさらむ人やあやしと
見むとつゝましうておくにむかひてゐ給
へりあま君かの聖のみこの御むすめ
はふたりときゝしを兵部卿宮の北の方は」71ウ
いつれそとの給へはこの大将殿の御のちのは
おとりはらなるへしこと/\しうもゝてなし
給はさりけるをいみしうかなしひ給ふなり
はしめのはたいみしかりきほと/\出家も
し給つへかりきかしなとかたるかのわたりの
したしき人なりけりと見るにもさすかお
そろしあやしくやうの物とかしこにてし
もうせ給けることきのふもいとふひんに侍し
かな河ちかき所にて水をのそき給ていみし
うなき給きうへにのほり給てはしらに」72オ
かきつけ給し
見し人は影もとまらぬ水の上に落そふ
涙いとゝせきあへすとなむ侍しことにあら
はしての給ことはすくなけれとたゝ気色に
はいとあはれなる御さまになんみえ給し女は
いみしくめてたてまつりぬへくなんは
かく侍し時よりいうにおはしますとみたて
まつりしみにしかは世中の一の所もなに
とも思侍らすたゝこの殿をたのみきこえ
てなんすくし侍ぬるとかたるにことにふかき」72ウ
心もなけなるかやうの人たに御有さまは見し
りにけりと思あま君ひかる君ときこ
えけん故院の御有さまにはならひ給はしと
おほゆるをたゝ今の世にこの御そうそめてら
れ給なる右の大殿とゝの給へはそれはかたちも
いとうるはしうけうらにすうとくにて
きはことなるさまそし給へる兵部卿宮そいと
いみしうおはするや女にてなれつかうまつら
はやとなんおほえ侍なとをしへたらんやうに
いひつゝくあはれにもおかしくも聞に身の」73オ
上もこの世のことゝもおほえすとゝこほること
なくかたりをきて出ぬ忘給はぬにこそはと
あはれに思にもいとゝはゝ君の御心のうちを
しはからるれと中/\いふかひなきさまを
見えきこえたてまつらむは猶つゝましくそ
有けるかの人のいひつけし事ともをそめ
いそくを見るにつけてもあやしうめつら
かなる心ちすれとかけてもいひいてられす
たちぬいなとするをこれ御らんしいれよ
物をいとうつくしうひねらせ給へはとて」73ウ
こうちきのひとへたてまつるをうたておほゆれは
心ちあしとて手もふれすふし給へりあま
きみいそくことをうちすてゝいかゝおほさるゝ
なと思みたれ給紅に桜のをり物のうちき
かさねておまへにはかゝるをこそたてまつらすへ
けれあさましきすみそめなりやといふ人あり
あま衣かはれる身にやありしよのかたみに
袖をかけてしのはんとかきていとおしくなく
もなりなん後に物のかくれなきになりけれ
はきゝあはせなとしてうとましきまてにかく」74オ
しけるなとや思はんなとさま/\思つゝ過に
し方のことはたえて忘れ侍にしをかやうな
ることをおほしいそくにつけてこそほのかに
あはれなれとおほとかにの給さりともおほ
しいつることはおほからんをつきせすはたてゝ給
こそ心うけれ身にはかゝるよのつねの色あひ
なとひさしく忘れにけれはなを/\しく侍に
つけても昔の人あらましかはなと思出
侍るしかあつかひきこえ給けん人よにおは
すらんやかてなくなしてみ侍したに猶い」74ウ
つこにあらむそことたに尋きかまほしくお
ほえ侍を行ゑしらて思ひきこえ給人々侍
らむかしとの給へは見し程まてはひとりは物
し給きこの月比うせやし給ぬらんとて涙の
おつるをまきらはして中/\思出るにつけて
うたて侍れはこそえきこえ出ねへたてはなに
ことにかのこし侍らむとことすくなにの給
なしつ大将はこのはてのわさなとせさせ給て
はかなくてやみぬるかなとあはれにおほすか
のひたちのこともはかうふりしたりしは」75オ
くら人になしてわか御つかさのそうになし
なといたはり給けりわらはなるか中にきよ
けなるをはちかくつかひならさむとそおほし
たりける雨なとふりてしめやかなる夜き
さひの宮にまいり給へり御まへのとやかなる
日にて御物かたりなときこえ給つゐてに
あやしき山里に年ころまかりかよひ
み給へしを人のそしり侍しもさるへきと
こそはあらめたれも心のよる方のことはさなむ
あると思給へなしつゝ猶時々見たまへしを」75ウ
所のさかにやと心うく思給へなりにし後
は道もはるけき心ちし侍てひさしう
物し侍らぬをさいつ比物のたよりに
まかりてはかなきよの有さまとり
重て思給へしにことさら道心おこす
へくつくりをきたりける聖の栖と
なんおほえ侍しとけいし給にかのこと
おほしいてゝいと/\おしけれはそこには
おそろしき物やすむらんいかやうにてか
彼人はなくなりにしととはせ給ふをな」76オ
をつゝきをおほしよる方と思てさも侍らん
さやうの人はなれたる所はよからぬ物なんかなら
すすみつき侍をうせ侍にしさまもなんいと
あやしく侍るとてくはしくはきこえ給
はす猶かくしのふるすちをきゝあらは
しけりと思給はんかいとおしくおほされ
宮の物をのみおほしてその比はやまゐに
なり給しをおほしあはするにもさす
かに心くるしうてかた/\にくちいれにく
き人のうへとおほしとゝめつこさいしやうに」76ウ
忍ひて大将かの人のことをいとあはれと思ての
給しにいとおしうてうちいてつへかりしかと
それにもあらさらむ物ゆへとつゝましうて
なん君そこと/\きゝあはせけるかたはならむ
ことはとりかくしてさることなんありけると
大方の物語のついてにそうつのいひしことを
かたれとの給はすおまへにたにつゝませ給
はむことをましてこと人はいかてかときこえ
さすれとさま/\なることにこそ又まろは
いとおしきことそあるやとのたまはするも」77オ
心えておかしとみたてまつる立よりてもの
かたりなとし給ふつゐてにいひいてたりめ
つらかにあやしといかてかおとろかれ給はさ
らむ宮のとはせ給いしもかゝることをほの
おほしよりてなりけりなとかのたまはせ
はつましきとつらけれとわれも又はしめ
よりありしさまのこときこえそめさりしか
はきゝて後も猶おこかましき心ちして
人にすへてもらさぬを中/\外にはきこ
ゆることもあらむかしうつゝの人々の中に」77ウ
忍ることたにかくれあるよの中かはなと思いりて
此人にもさなむありしなとあかし給はんこと
は猶くちをもき心ちして猶あやしと思し
人のことににても有ける人のありさまかな
さて其人は猶あらんやとの給へはかのそうつ
の山よりいてし日なむあまになしつる
いみしうわつらいし程にもみる人おしみて
せさせさりしをさうしみのほいふかきよしを
いひてなりぬるとこそ侍なりしかといふ所も
かはらすそのころの有さまと思あはするに」78オ
たかふふしなけれはまことにそれと尋いて
たらんいとあさましき心ちもすへきかな
いかてかはたしかにきくへきおりたちて
尋ありかんもかたくなしなとや人いひなさん
又彼宮もきゝつけ給へらんにはかならすおほ
しいてゝ思いりにけん道もさまたけ給てん
かしさてさなの給いそなときこえをき給け
れはやわれにはさることなんきゝしとさる
めつらしきことをきこしめしなから
の給はせぬにやありけん宮もかゝつらひ給ふに」78ウ
てはいみそうあはれと思なからもさらにやかて
うせにし物と思なしてをやみなんうつし人にな
りて末の世にはきなるいつみのほとりはかり
をゝのつからかたらひよる風のまきれも
ありなん我ものにとり返しみんの心ち
又つかはしなと思みたれて猶のたま
はすやあらんとおほゆれと御けしきのゆかし
けれは大宮にさるへきつゐてつくりいたし
てそけいし給あさましうてうしなひ侍ぬ
と思給へし人よにおちあふれてあるやうに」79オ
人のまねひ侍しかないかてかさることは侍らん
とおもひ給れと心とおとろ/\しうもて
はなるゝことは侍らすやと思わたり侍人
のありさまにはへれは人のかたり侍へしや
うにてはさるやうもや侍らむとにつかはしく
思給へらるゝとて今すこしきこえいて給
宮の御ことをいとはつかしけにさすかに
うらみたるさまにはいひなし給はてかのこと
またさなんときゝつけ給へらはかたくなに
すき/\しうもおほされぬへし更にさても」79ウ
ありけりともしらすかほにてすくし侍なん
とけいし給へはそうつのかたりしにいともの
おそろしかりしよのことにて耳もとゝめ
さりしことにこそ宮はいかてかきゝ給はむ
きこえん方なかりける御心のほとかなとき
けはましてきゝつけ給はんこそいとくるし
かるへけれかゝるすちにつけていとかろくうき
物にのみ世にしられ給ぬめれは心うくなとの給
はすいとをもき御心なれはかならすしもうち
とけよかたりにても人の忍てけいしけん」80オ
ことをもらさせ給はしなとおほすすむらん
山里はいつこにかはあらむいかにしてさまあし
からす尋よらむ僧都にあひてこそはたしか
なる有さまもきゝあはせなとしてともかくも
とふへかめれなとたゝ此事をおきふしお
ほす月ことのいひはかならすたうときわさせ
させ給へはやくし仏によせたてまつるにもて
なし給つるたよりに中たうに時/\ま
いり給けりそれよりやかて横川におは
せんとおほしてかのせうとのわらはなるゐて」80ウ
おはすその人々にはとみにしらせし有さま
にそしたかはんとおほせとうち見む夢の
心ちにもあはれをもくはへむとにやありけん
さすかにその人とは見つけなからあやしき
さまにかたちことなる人のなかにてうきこ
とをきゝつけたらんこそいみしかるへけれと
よろつにみちすからおほしみたれけ
るにや」81オ
(白紙)」81ウ
【奥入01】楽府 陵園妾
陵園妾々々顔色如花命如葉命如葉
薄将奈何(戻)
【奥入02】松門引暁月徘徊栢城昌一日風蕭瑟(戻)」82オ