夢浮橋(大島本) First updated 5/19/2002(ver.1-2)
Last updated 7/8/2007(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

夢浮橋

《概要》
 大島本は、青表紙本の最善本とはいうものの、現状では、後人の筆によるさまざまな本文校訂跡や本文書き入れ注記、句点、声点、濁点等をもつ。そうした現状の様態をそのままに、以下の諸点について分析していく。
1 大島本と大島本の親本復元との関係 鎌倉期書写青表紙本(池田本・伏見天皇本等)を補助的資料として
2 大島本の本文校訂に対校された本文系統
3 大島本の句点の関係
4 大島本の後人書き入れ注記

《書誌》

《翻刻資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「夢のうき橋」(題箋)

  やまにおはしてれいせさせ給ふやうに・経仏なと
0001【やまにおはして】-月の八日中堂にてかほる経供養し給ふ事手習巻にも見えたり
  くやうせさせ給またの日はよかはにおはしたれは
  そうつおとろきかしこまりきこえ給ふ・としころ御
  いのりなと・つけかたらひ給ひけれと・ことにいとしたしき
  ことはなかりけるを・此たひ一品の宮の御心ちの程に
  さふらひ給へるに・すくれ給へるけむ物し給けりと
  見たまひてよりこよなうたうとひ給ていますこし
  ふかき契くはへ(へ+給<朱>)てけれは・をも/\しうおはする
  とのゝかくわさとおはしましたることゝ・もてさはききこ
  え給ふ御物かたりなとこまやかにしておはすれは」1オ

  御ゆつけなとまいり給ふ・すこし人々しつまりぬるに
  をのゝわたりにしり給へるやとりや侍るととひ給へは・
0002【をのゝわたりに】-かほる御詞
  しか侍るいとことやうなる所になむなにかしかはゝ
0003【しか侍る】-僧都返答
  なる・くちあまの侍るを京にはか/\しからぬすみかも
  侍らぬうちに・かくて・こもり侍るあひたは・夜中暁に
  もあひとふらはむと思給へをきて侍るなと申給ふ・
  そのわたりにはたゝちかきころをひまて・人おほう・
  すみ侍けるをいまはいとかすかにこそなりゆくめれ
  なとの給て・いますこしちかくゐよりて・しのひやかに
  いとうきたる心ちもし侍・またたつねきこえむにつ」1ウ
0004【またたつねきこえむに】-かほる心中

  けては・いかなりけることにかと心えすおほされぬへき(き#)
  きに・かた/\はゝかられ侍れと・かの山さとにしるへき
  人のかくろへて侍るやうにきゝ侍りしを・たしか
  にてこそは・いかなるさまにてなとも・もらしきこえ
  めなとおもひたまふるほとに・御てしになりて・いむ
0005【御てしになりて】-かほる詞
  ことなとさつけ給ひてけりときゝ侍るはまことか・
  また年もわかくおやなともありし人なれは・こゝに
  うしなひたるやうにかことかくるひとなん侍るを
0006【かことかくる】-かこつ心也
  なとのたまふ・そうつされはよたゝ人とみえさりし
0007【されはよたゝ人と】-返答心中
  ひとのさまそかし・かくまての給ふは・かろ/\しくはお」2オ

  ほされさりける人にこそあめれとおもふに・ほうしと
  いひなから心もなくたちまちにかたちをやつして
  けることゝ・むねつふれていらへきこえむやうおもひ
  まはさる・たしかにきゝ給へるにこそあめれ・かはかり
  心えたまひてうかゝひたつね給はむに・かくれある
  へきことにもあらす・中/\あらかひかくさむに・あい
  なかるへしなと・ゝはかりおもひえて・いかなることにか侍り
  けむ・この月ころうち/\にあやしみ思ふ給ふるひ
  との御ことにやとて・かしこに侍るあまとものはつせに
  くわん侍りてまうてゝかへりけるみちに・うちの」2ウ

  院といふ所にとゝまりて侍りけるにはゝのあまの・
  らうけ・にはかにおこりていたくなむ・わつらふと・つけに
  ひとのまうてきたりしかは・まかりむかひたりしに・
  まつあやしきことなむとさゝめきておやのしに
  かへるをはさしをき(き=き)て・もてあつかひなけきて
  なむ侍りし・この人もなくなり給へるさまなから・
  さすかに・いきはかよひておはしけれは・むかし物かたり
  にたま殿にをきたりけむひとのたとひをおもひ
0008【たま殿にをきたりけむひとのたとひ】-\<朱合点> 入棺して火屋なとにをきたる人のよみかへりたる事の有へきなり
  いてゝ・さやうなることにやと・めつらしかり侍て・てし
  はらのなかにけんある物ともをよひよせつゝ・かはり」3オ
0009【はら】-原

  かはりにかちせさせなとなむ・し侍ける・なにかしは
  おしむへきよはひならねと・はゝのたひの空にてや
  まひをもきをたすけて念仏をも心みたれすせさ
  せむと仏をねむしたてまつりおもふたまへし程
  に・その人のありさまくはしうも見たまへすなむ
  はへりし・ことの心をしはかりおもふたまふるに・てん
0010【てんく】-天狗といふハ星の名也本朝ニハ天魔の類にいへり
  く・こたまなとやうのものゝあさむきいてたてまつり
  たりけるにやとなむ・うけ給ひ(ひ$はり<朱>)したすけて京に・ゐて
  たてまつりてのちも・三月はかりはなき人にて
0011【三月】-み
  なむものし給ひけるを・なにかしかいもうと・こゑもんの」3ウ

  かみの北のかたにて侍りしか・あまになりて侍なむ・
  ひとりもちてはへりし・女こをうしなひてのち月
  日はおほくへたて侍しかと・かなしひたえすなけき
  おもひ給へるに・おなし年の程とみゆる人のかく
  かたちいとうるはしく・きよらなるを見いてたてま
  つりて・くはんをむの給へると・よろこひおもひてこの
  人・いたつらになしたてまつらしとまとひいられて・な
  く/\いみしきことゝもを申されしかは・のちになむかの
  さかもとにみつからおり侍りて・こしむなとつかまつ
0012【さかもとにみつからおり侍りて】-恵心千日山籠時西坂下マテ下山事
0013【こしむ】-護身
  りしに・やう/\いきいてゝ人となり給へりけれと・猶この」4オ

  らうしたりけるものゝ身にはなれぬ心ちなむする・この
0014【らう】-霊
  あしきものゝさまたけを・のかれて後の世を・思はんなと
  かなしけにの給ふこと(と+と<朱>)ものはへりしかは・ほうしにては
  すゝめも申つへきことにこそはとて・まことにすけせし
0015【すけ】-出家
  めたてまつりてしになむ侍る・さらにしろしめすへき
0016【てし】-弟子
  ことゝはいかてか・そらにさとり侍らん・めつらしきことの
  さまにもあるを・よかたりにもし侍ぬへかりしかとき
  こえありて・わつらはしかるへきことにもこそと・このお
  い人とものとかく申てこの月ころをとなくて侍つるに
  なむと申給へは・さてこそあなれと・ほのきゝ給(給#<朱>)てかく」4ウ
0017【さてこそあなれと】-かほる心中詞

  まても・とひいて給へることなれとむけになき人
  とおもひはてにしひとを・さはまことにあるにこそ
  はと・おほす程ゆめの心ちしてあさましけれは・つゝみも
0018【ゆめの心ちして】-此巻の名これによれり
  あへす涙くまれ給ひぬるを・そうつのはつかしけなる
  に・かくまてみゆへきことかはと・おもひかへして
  つれなくもてなし給へと・かくおほしけることをこの
0019【かくおほしけることを】-僧都心中詞
  世にはなき人とおなしやうになしたることゝ・あやまち
  したる心ちして・つみふかけれは・あしき物に・らうせられ
  給ひけむもさるへき・さきの世の契なり・思ふにたかき
  いゑのこにこそものし給けめ・いかなるあやまりにて」5オ

  かくまてはふれ給けむにかと・とひ申たまへは・なま
0020【とひ申たまへは】-問
0021【なまわかむとをり】-かほる御詞
  わかむとをりなといふへきすちにやありけん・こゝ
0022【こゝにも】-僧都詞
  にももとより・わさとおもひしことにも侍らす・ものは
  かなくて・みつけそめては侍りしかと・又いとかく
  まておちあふるへききはと・おもひ給へさりしを・
  めつらかにあともなくきえうせにしかは・身をなけ
  たるにやなと・さま/\にうたかひおほくて・たしかなる
  ことはえきゝ侍らさりつるになむ・つみかろめてもの
  すなれは・いとよしと心やすくなん・みつからはおもひた
  まへなりぬるを・はゝなる人なむいみしくこひ・かなしふ」5ウ

  なるを・かくなむきゝいてたると・つけしらせまほしくはへ
  れと・月ころかくさせ給ける・ほいたかふやうにものさ
  はかしくや侍らん・おやこのなかのおもひたえす・かなし
  ひにたへて・とふらひものしなとし侍なんかしなとの
  給て・さていと・ひなきしるへとはおほすとも・かのさか
  もとにおりたまへ・かはかりきゝて・なのめにおもひすくす
  へくは思侍らさりし人なるを・夢のやうなることゝも
  も・いまたにかたりあはせんとなむおもひたまふると
  のたまふ・けしきいとあはれとおもひたまへれは・か
0023【いとあはれと】-僧都心中詞
  たちをかへよをそむきにきと・おほえたれと・かみひけ」6オ

  をそりたるほうしたにあやしき心はうせぬもあ
  なり・まして女の御身はいかゝあらむ・いとおしうつみえぬ
  へきわさにもあるへきかなと・あちきなく・こゝろみ
  たれぬ・まかりおりむこと・けふあすはさはり侍・月た
  ちての程に・御せうそこを申させ侍らんと申給ふ・
  いと心もとなけれと・なを/\とうちつけに・いられむもさま
0024【いと心もとなけれと】-かほる
0025【いられむも】-いそかんもなり
  あしけれは・さらはとてかへり給ふ・かの御せうとのわら
0026【かの御せうとのわらは】-うき舟の連枝也たねハ別也
  は御ともにいて・おはしたりけり・ことはらからともより
  は・かたちも・きよけなるをよひいて給て・これなむ
0027【これなむ】-かほる御詞
  その人のちかきゆかりなるを・これを・かつ/\ものせん」6ウ

  御ふみひとくたりたまへ・その人とはなくて・たゝたつ
  ねきこゆる人なむあるとはかりの心をしらせ給へと
  の給へは・なにかしこのしるへにてかならす・つみえ侍なん
0028【なにかしこの】-僧都詞
  ことのありさまは・くはしくとり申つ・いまは御みつから
  たちよらせ給ひてあるへからむことは物せさせ給はむ
  に・なにのとかゝはへらむと申給へは・うちわらひてつみ
0029【うちわらひて】-かほる心中詞
  えぬへきしるへとおもひなしたまふらんこそはつかしけれ・
  こゝには・そくのかたちにていまゝてすくすなむ・いとあや
  しき・いはけなかりしよりおもふ心さしふかく侍るを・三条
  の宮の心ほそけにてたのもしけなき身ひとつを・よす」7オ

  かにおほしたるか・さりかたきほたしに・おほえ侍りて
  かゝつらひ侍つる程に・をのつからくらゐなといふことも・
  たかくなり・身のをきても心にかなひかたくなとして・お
  もひなからすき侍るには・又えさらぬことも・かすのみ・そ
  ひつゝはすくせと・おほやけわたくしに・のかれかたきこと
  につけてこそ・さも侍らめ・さらては・ほとけのせいし給ふ
  かたのことを・わつかにも・きゝをよはむは・いかてあやまたし
  と・つゝしみて心のうちは・ひしりにおとり侍らぬものを・
  ましていとはかなきことにつけてしも・をもきつみうへ
  きことはなとてかおもひたまへむ・さらにあるましき」7ウ

  ことに侍り・うたかひおほすまし・たゝいとおしきおやの
  おもひなとを・きゝあきらめ侍らんはかりなむ・うれし
  うこゝろやすかるへきなと・むかしよりふかゝりしかたの
  心をかたり給ふ・そうつもけにとうなつきて・いとゝたう
  ときことなときこえたまふほとに・日もくれぬれは・な
0030【なかやとりも】-かほる
  かやとりもいとよかりぬへけれと・うはの空にてものし
  たらんこそ・なをひなかるへけれと・おもひわつらひてかへ
  り給ふに・このせうとのわらはを・そうつめとめてほめ
  たまふ・これにつけてまつほのめかし給へと・きこえ給へは・
0031【これにつけて】-かほる詞
  文かきてとらせ給・時/\は・山におはしてあそひたまへ」8オ
0032【文かきて】-僧都
0033【時/\は山におはして】-童に僧都物語し給ふなり

  よと・すゝろなるやうにはおほすましきゆへもあり
  けりと・うちかたらひたまふ・このこは心もえねと・ふみ
  とりて・おほんともにいつ・さかもとになれは・御せんの人々・
  すこしたちあかれて・しのひやかにをとの給ふ・をのには
0034【あかれて】-別也
0035【をのには】-後のありさま
  いとふかくしけりたるあを葉の山にむかひて・まきるゝ
  ことなく・やり水のほたるはかりを・むかしおほゆるなく
  さめにてなかめゐたまへるに・れいのはるかにみやら
  るゝ・谷の軒はよりさき心ことにをひて・いとおほうともし
0036【谷の軒はより】-谷にある家よりむかひの山をくたる人の軒のはつれより見ゆるなるへし
  たる火の・のとかならぬひかりをみるとて・あま君たち
  も・はしにいてゐたり・たかおはするにかあらん・御せんなと」8ウ

  いとおほくこそみゆれ・ひるあなたに・ひきほしたてま
0037【ひきほし】-海草
  つれたりつる・かへりことに・大将殿おはしまして・御ある
  しのこと・にわかにするをいとよきおりなりとこそあり
  つれ・大将殿とはこの女二宮の御おとこにやおはしつらん
  なといふも・いとこのよとをくゐ中ひにたりや・まことに
0038【いとこのよとをく】-尼君達の物語をうき舟きゝ給ふて心中におかしくおもひ給ふなり
  さにやあらん・時/\かゝる山ち・わけおはせし時・いとしるか
0039【いとしるかりし】-うき舟君の聞知給ふ心也
  りしすいしんのこゑもうちつけにましりてきこゆ・
  月日の過ゆくまゝに・むかしのことのかくおもひわすれぬ
  も・いまはなにゝすへきことそと・心うけれは・あみた仏
  におもひまきらはして・いとゝ物もいはてゐたり・よかはに」9オ

  かよふ人のみなむ・このわたりには・ちかきたよりなりける・
  かのとのはこの子をやかてやらんとおほしけれと・人め
0040【この子】-童事
  おほくてひんなけれは・殿にかへり給て・またの日こと
  さらにそ・いたしたて給・むつましくおほす人の・こと/\し
  からぬ二三人をくりにて・むかしもつねに・つかはしゝ・すい
  しんそへ給へり・人きかぬまによひよせ給て・あこか
0041【あこかうせにし】-かほる御詞
  うせにし・いもうとのかほはおほゆや・いまはよになき人と
  おもひはてにしを・いとたしかにこそものし給なれ・うと
  き人にはきかせしと・おもふを・いきてたつねよ・はゝに
  いまたしきにいふな・中/\おとろきさはかむほとに・」9ウ

  しるましき人もしりなむ・そのおやのみ・おもひのいと
  おしさにこそ・かくもたつぬれと・またきに・いとくち
  かため給を・をさなき心ちにも・はらからはおほかれと・
0042【ををさなき心ちにも】-童心中
0043【はらから】-連枝也
  この君のかたちをはにる物なしとおもひしみたりしに・うせ
  給ひにけりときゝて・いとかなしとおもひわたるに・かくの
  給へは・うれしきにもなみたのおつるをはつかしとおもひ
0044【なみたのおつるを】-なくへき事になかるゝもはつかしき物なり
  て・をゝとあらゝかにきこえゐたり・かしこには又つとめて・
0045【をゝとあらゝかに】-領掌の心なり唯也
  そうつの御もとより・よへ・大将殿の御つかひにて・こ君
0046【大将殿の御つかひにて】-小野へ状の詞也
  やまうてたまへりし・ことの心うけ給はりしに・あちきな
  く・かへりておくし侍てなむと・ひめ君にきこえ給へ・み」10オ

  つからきこえさすへきこともおほかれと・けふあすす
  くして・さふらふへしとかき給へり・これはなにことそと
  あま君おとろきて・こなたへもてわたりて・みせたてまつ
  り給へは・おもてうちあかみて・ものゝきこえのあるにやと・
0047【おもてうちあかみて】-うき舟気色心中
  くるしう・物かくししけると・うらみられんを・おもひつゝくる
  に・いらへむかたなくて・ゐ給へるに・猶のたまはせよ・心うく
0048【猶のたまはせよ】-尼君詞気色
  おほしへたつることゝ・いみしく・うらみてことのこゝろをしらね
  は・あはたゝしきまておもひたる程に・山よりそうつの
0049【山よりそうつの】-昨日の僧都文童のもてきたる也
  御せうそこにて・まいりたる人なむあるといひいれたり・あ
  やしけれと・これこそは・さはたしかなる御せうそこなら」10ウ

  めとて・こなたにといはせたれは・いときよけにしな
0050【しなやかなる】-差是 白
  やかなるわらはの・えならすさうそきたるそ・あゆみ
  きたる・わらうたさしいてたれは・すたれのもとについゐ
  て・かやうにてはさふらふましくこそは・そうつはの給しかと
  いへは・あま君そいらへなとし給ふ・文とりいれてみれは・
  入道のひめきみの御かたに山よりとて・名かき給へり・
0051【入道のひめきみ】-かほるのふみのうハかきをいへり
  あらしなと・あらかふへきやうもなし・いとはしたなくお
0052【あらしなと】-うき舟
  ほえて・いよ/\ひきいられて・ひとにかほもみあはせす・
  つねに・ほこりかならすものし給ひとからなれと・いとうたて
  こゝろうしなといひて・そうつの御ふみみれは・けさこゝに・」11オ

  大将殿のものし給て・御ありさまたつねとひ給ふに・
  はしめより・ありしやうくはしくきこえ侍りぬ・御心
  さしふかゝりける御中をそむき給ひて・あやしき山
  かつの中に出家し給へることかへりては・仏のせめ
0053【せめそふ】-咫
  そふへきことなるをなむ・うけたまはりおとろき侍る
  いかゝはせむ・もとの御ちきりあやまち給はて・あいしふの
  つみをはるか(か+し<朱>)きこえ給て・一日の出家のくとくはは
  かりなきものなれは・なをたのませ給へとなむ・こと
0054【ことことには】-悉
  ことにはみつからさふらひて・申侍らん・かつ/\このこ君
  きこえ給てんと・かいたり・まかふへくもあらす・かきあきら」11ウ
0055【まかふへくも】-うき舟心中

  めたまへれと・こと人は心もえす・この君はたれにか
0056【この君はたれにか】-うき舟ニ尼君のたつね給ふ詞也
  おはすらんなをいと心うし・いまさへかくあなかちに・へ
  たてさせ給ふとせめられて・すこしとさまにむきて・
0057【すこしとさまにむきて】-うき舟気色心中
  見給へはこの子はいまはとよをおもひなりし夕暮に・
  いと恋しとおもひし人なりけり・おなし所にてみし
  程は・いとさかなく・あやにくにおこりて・にくかりしかと・
  はゝのいとかなしくして・うちにも時/\ゐておはせしかは・
  すこしおよすけしまゝにかたみに・おもへり・わらは心を・
  おもひいつるにも・夢のやうなり・まつはゝ(ゝ$ハ)のありさま
  いととはまほしく・こと人々のうへは・をのつからやう/\と」12オ

  きけ(け=ケ)と・おやのおはすらむやうは・ほのかにもえきかす
  かしと・中/\これをみるにいとかなしくて・ほろ/\となかれ
  ぬ・いとおかしけにて・すこしうちおほえ給へる心ちも
  すれは・御はらからにこそおはすめれ・きこえまほしく
0058【きこえまほしく】-尼君達の詞
  おほすこともあらむ・うちにいれたてまつらんといふを・な
0059【なにかいまは世に】-うき舟心中詞尼君にかたり侍る也
  にかいまは世にある物とも思はさらむに・あやしきさまに
  おもかはりして・ふとみえむもはつかしとおもへは・と斗
  ためらひて・けにへたてありとおほしなすらんか・くるし
  さにものもいはれてなむ・あさましかりけんありさまは・
  めつらかなることゝ見給てけんを・うつし心もうせ・たま」12ウ

  しひなといふらむ物も・あらぬさまになりにけるにや・あらん
  いかにも/\過にしかたのことをわれなからさらにえお
  もひいてぬに・きのかみとかありし人の・よの物かたりす(△&す)
0060【きのかみとかありし人】-紀伊守浮母中将君ノ兄小野尼孫也
  めりしなかになむ・みしあたりのことにやとほのかに・おもひ
  いてらるゝことある心ちせし・そのゝちとさまかうさまにお
  もひつゝくれとさらにはか/\しくもおほえぬに・たゝひとり
  ものし給し人のいかてとをろかならす・おもひためりしを・
0061【ものし給し人】-母の事
  またやよにおはすらんと・それはかりなむ・心にはなれす・か
  なしきおり/\侍るに・けふみれは・このわらはのかほは・ちい
  さくてみし心ちするにも・いとしのひかたけれと・いまさらに」13オ

  かゝる人にも・ありとはしられてやみなむとなん思ひ侍る・
  かの人もし世に物し給はゝ・それひとりになむ・たいめんせま
  ほしくおもひはへる・このそうつのの給へる人なとには・さ
0062【人なとには】-かほる事
  らにしられたてまつらしとこそおもひ侍つれ・かまへて・
  ひかことなりけりときこえなして・もてかくし給へとの給へは・
  いとかたいことかなそうつの御心は・ひしりといふなかにも・
0063【いとかたいことかな】-尼君返答
  あまりくまなくものし給へは・まさに・のこひてはきこえ給
  ひてんや・のちにかくれあらし・なのめにかろ/\しき御程
  にもおはしまさすなと・いひさはきてよにしらすこゝろ
  つよくおはしますこそと・みないひあはせて・もやのき」13ウ

  はに・木丁たてゝいれたり・この子もさはききつれとを
  さなけれは・ふといひよらむもつゝましけれと・又はへる御
0064【又はへる御】-童詞 かほる御文なり
  ふみいかてたてまつらん僧都の御しるへは・たしかなる
  をかくおほつかなく侍こそと・ふしめにていへは・そゝや・あな
0065【そゝや】-尼公詞 驚破<ソゝヤ>
  うつくしなといひて・御ふみ御らんすへき人は・こゝにもの
  せさせ給めり・けそうの人なむいかなることにかと・心え
0066【けそうの人】-見証也 そはあたりの人をいふ
  かたく侍るを・猶の給はせよ・をさなき御ほとなれと・かゝる
  御しるへにたのみきこえ給ふやうもあらむなといへと・
  おほしへたてゝ・おほ/\しく・もてなさせ給ふには・なにこと
0067【おほしへたてゝ】-童詞
  をかきこえ侍らん・うとくおほしなりにけれは・きこゆへ」14オ

  きことも侍らす・たゝこの御ふみを人つてならてたてま
  つれとて侍りつる・いかてたてまつらむといへは・いとことはり
0068【いとことはりなり】-尼公返答
  なり・なをいとかくうたてな・おはせそ・さすかに・むくつけき
0069【なをいとかく】-尼公うき舟に申詞
  御心にこそときこえうこかして・木丁のもとにをし
0070【をしよせたてまつり】-童をおしよせたるなり
  よせたてまつりたれは・あれにもあらてゐ給へるけ
  はひ・こと人にはにぬ心ちすれは・そこもとによりて・た
  てまつりつ・御かへりとく給てまいりなむ・とかく・うと
  うとしきをこゝろうしとおもひていそく・あま君御
  ふみひきときてみせたてまつる・ありしなからの御て
0071【ありしなからの御て】-\<朱合点> 奥入 取かへす物にもかなや世の中を有しなからの我身とおもはん(出典未詳、河海抄・休聞抄・孟津抄)
  にて・かみの・香なとれいのよつかぬまてしみたり・ほ」14ウ

  のかにみてれいの物めてのさしすき人いとありかたくお
  かしとおもふへし・さらにきこえむかたなくさま/\に
0072【さらにきこえむかたなく】-ふみの詞
  つみをもき御こゝろをはそうつにおもひゆるしきこえ
  て・いまはいかてあさましかりしよの夢かたりをたにと・
  いそかるゝ心のわれなから・もとかしきになん・まして人めはい
  かにと・かきもやり給はす
    法のしとたつぬるみちをしるへにて
0073【法のしと】-かほる
  おもはぬ山にふみまとふかなこの人はみやわすれ
  給ひぬらん・こゝにはゆくゑなき御かたみにみる物に
  てなんなと・こまやかなり・かくつふ/\とかき給へる」15オ

  さまのまきらはさむかたなきに・さりとて・その人
  にもあらぬさまをおもひのほかにみつけられきこ
  えたらん程のはしたなさなとを・おもひみたれて・いとゝ
  はれ/\しからぬこゝろは・いひやるへきかたもなしさ
  すかにうちなきて・ひれふしたまへれは・いとよつかぬ
  御ありさまかなと・見わつらひぬ・いかゝきこえんなとせ
0074【いかゝきこえん】-返事を
  められて・心ちのかきみたるやうにし侍るほとためらひて・
  いまきこえむ・むかしのことおもひいつれと・さらにおほゆ
  ることなく・あやしういかなりける夢にかとのみこゝろも
  えすなむ・すこししつまりてや・この御ふみなとも」15ウ

  みしらるゝこともあらむ・けふはなをもてまいり給
  ひね・ところたかへにもあらんに・いとかたはらいたかるへし
  とて・ひろけなからあま君にさしやり給へれは・いとみくる
0075【いとみくるしき】-尼公詞
  しき御ことかな・あまりけしからぬはみたてまつる人もつみさり
  所なかるへしなと・いひさはくも・うたてきゝにくゝおほゆ
0076【うたてきゝにくゝ】-うき舟
  れは・かほもひきいれてふし給へり・あるしそこの君に物
0077【あるしそ】-尼公の事
  かたりすこしきこえて・ものゝけにやおはすらん・れいのさま
  にみえ給ふおりなく・なやみわたり給て・御かたちもこと
  になりたまへるを・たつねきこえ給人あらは・いとわつらはし
  かるへきことゝみたてまつり・なけき侍しも・しるくかくいと哀に」16オ

  心くるしき御ことゝも侍けるを・いまなむいとかたしけなく
  おもひはへる・日ころもうちはへなやませ給めるを・いとゝ
  かゝることゝもに・おほしみたるゝにや・つねよりもものおほえ
  させ給はぬさまにてなむときこゆ・ところにつけておかし
  きあるしなとしたれと・をさなき心ちは・そこはかとなくあ
  はてたる心ちして・わさとたてまつれさせ給へるしるしに・
  なにことをかはきこえさせむとすらん・たゝひとことをの
  給はせよかしなといへは・けになといひて・かくなむと・う
0078【うつしかたれと】-尼公童の詞をうつしかたる也
  つしかたれと・物もの給はねは・かひなくて・たゝかくおほつかな
  き御ありさまをきこえさせ給へきなめり・くものはる」16ウ
0079【くものはる】-古今 逢事ハ雲井はるかになる神のをとにきゝつゝ恋やわたらん(古今482・古今六帖810・貫之集551、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  かにへたゝらぬほとにも侍るめるを・山かせふくとも又も
  かならすたちよらせ給なむかしといへは・すゝろに・ゐくら
0080【すゝろに】-童気色心中
  さんもあやしかるへけれは・かへりなむとす・人しれす
  ゆかしき御ありさまをも・えみすなりぬるをおほつか
  なくくちおしくて・心ゆかすなからまいりぬ・いつしかと
  まちおはするに・かくたと/\しくてかへりきたれは・す
0081【すさましく】-かほる御心中
  さましく中/\なりとおほすことさま/\にて人のかくし
  すへたるにやあらむと・わか御こゝろのおもひよらぬくま
  なく・おとしをきたまへりしならひにとそ本にはへるめる」17オ
0082【おとしをきたまへりし】-かくしすへたる人ニおとされて返事をもし給はぬと我心ならひにおもひ給ふ也

巻名無哥詞 一名法の師 薫廿四歳自春至夏
定家卿春のよの夢の 凡盛者必衰之理無非夢事
涅槃経生死無常猶如昨日夢 大円覚経始知衆生
本来成仏死涅槃猶如昨日夢 唯我論未得真
覚恒処夢中故仏説為生死長夜
五ケ所ニ夢ト云詞アリ 人間事譬夢経文多之
卅七夢浮橋 或表卅七尊
源氏一部五十四帖雖為新写之本依有数奇之
志附属良鎮大僧正者也
文正元年十一月十六日 桃華老人在判
うつしをくわかむらさきの一本は
いまもゆかりの色とやはみぬ
右光源氏一部五十四帖令附属政弘朝
臣以庭訓之旨加首筆用談義之處」17ウ

秘本也堅可被禁外見者也
延徳二年六月十九日 前大僧正在判
あはれこのわかむらさきの一本に
心をそめてみる人もかな 右言書奥書異本
夢浮橋新御門跡様道澄御手跡也
長門府中長福寺御在寺之時也同巻
桐壺者大御門跡道増様御手跡也
聖護院殿様之事也
永禄七年七月八(△&八)日 吉見大蔵大輔正頼(花押)」(後見返し)

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