夢浮橋(大島本親本復元) First updated 7/8/2007(ver.1-1)
Last updated 7/8/2007(ver.1-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

夢浮橋

《概要》
 現状の大島本から後人の本文校訂や書き入れ注記等を除いて、その親本の本文様態に復元して、以下の諸点について分析する。
1 新御門跡道澄の「夢浮橋」巻の書写態度について
2 大島本親本の復元本文と他の青表紙本の本文との関係
3 大島本親本の復元本文と定家仮名遣い
4 大島本親本の復元本文の問題点 現行校訂本の本文との異同

《書誌》
 「帚木」巻以下「手習」巻までの書写者は、飛鳥井雅康である。

《復元資料》

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)から、その親本を復元した。よって、本文中の書き入れ、注記等は、本文と一筆のみを採用し、書写者自身の誤写訂正と思われるものは、それに従って訂正した。しかし他の後人の筆と推測されるものは除いた。
2 付箋、行間注記は【 】- としてその頭に番号を記した。付箋は、( )で括り、付箋番号を記した。合(掛)点には、\<朱(墨)合点>と記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

「夢のうき橋」(題箋)

  やまにおはしてれいせさせ給ふやうに経仏なと
  くやうせさせ給またの日はよかはにおはしたれは
  そうつおとろきかしこまりきこえ給ふとしころ御
  いのりなとつけかたらひ給ひけれとことにいとしたしき
  ことはなかりけるを此たひ一品の宮の御心ちの程に
  さふらひ給へるにすくれ給へるけむ物し給けりと
  見たまひてよりこよなうたうとひ給ていますこし
  ふかき契くはへてけれはをも/\しうおはする
  とのゝかくわさとおはしましたることゝもてさはききこ
  え給ふ御物かたりなとこまやかにしておはすれは」1オ

  御ゆつけなとまいり給ふすこし人々しつまりぬるに
  をのゝわたりにしり給へるやとりや侍るととひ給へは
  しか侍るいとことやうなる所になむなにかしかはゝ
  なるくちあまの侍るを京にはか/\しからぬすみかも
  侍らぬうちにかくてこもり侍るあひたは夜中暁に
  もあひとふらはむと思給へをきて侍るなと申給ふ
  そのわたりにはたゝちかきころをひまて人おほう
  すみ侍けるをいまはいとかすかにこそなりゆくめれ
  なとの給ていますこしちかくゐよりてしのひやかに
  いとうきたる心ちもし侍またたつねきこえむにつ」1ウ

  けてはいかなりけることにかと心えすおほされぬへき
  きにかた/\はゝかられ侍れとかの山さとにしるへき
  人のかくろへて侍るやうにきゝ侍りしをたしか
  にてこそはいかなるさまにてなとももらしきこえ
  めなとおもひたまふるほとに御てしになりていむ
  ことなとさつけ給ひてけりときゝ侍るはまことか
  また年もわかくおやなともありし人なれはこゝに
  うしなひたるやうにかことかくるひとなん侍るを
  なとのたまふそうつされはよたゝ人とみえさりし
  ひとのさまそかしかくまての給ふはかろ/\しくはお」2オ

  ほされさりける人にこそあめれとおもふにほうしと
  いひなから心もなくたちまちにかたちをやつして
  けることゝむねつふれていらへきこえむやうおもひ
  まはさるたしかにきゝ給へるにこそあめれかはかり
  心えたまひてうかゝひたつね給はむにかくれある
  へきことにもあらす中/\あらかひかくさむにあい
  なかるへしなとゝはかりおもひえていかなることにか侍り
  けむこの月ころうち/\にあやしみ思ふ給ふるひ
  との御ことにやとてかしこに侍るあまとものはつせに
  くわん侍りてまうてゝかへりけるみちにうちの」2ウ

  院といふ所にとゝまりて侍りけるにはゝのあまの
  らうけにはかにおこりていたくなむわつらふとつけに
  ひとのまうてきたりしかはまかりむかひたりしに
  まつあやしきことなむとさゝめきておやのしに
  かへるをはさしをきてもてあつかひなけきて
  なむ侍りしこの人もなくなり給へるさまなから
  さすかにいきはかよひておはしけれはむかし物かたり
  にたま殿にをきたりけむひとのたとひをおもひ
  いてゝさやうなることにやとめつらしかり侍ててし
  はらのなかにけんある物ともをよひよせつゝかはり」3オ

  かはりにかちせさせなとなむし侍けるなにかしは
  おしむへきよはひならねとはゝのたひの空にてや
  まひをもきをたすけて念仏をも心みたれすせさ
  せむと仏をねむしたてまつりおもふたまへし程
  にその人のありさまくはしうも見たまへすなむ
  はへりしことの心をしはかりおもふたまふるにてん
  くこたまなとやうのものゝあさむきいてたてまつり
  たりけるにやとなむうけ給ひしたすけて京にゐて
  たてまつりてのちも三月はかりはなき人にて
  なむものし給ひけるをなにかしかいもうとこゑもんの」3ウ

  かみの北のかたにて侍りしかあまになりて侍なむ
  ひとりもちてはへりし女こをうしなひてのち月
  日はおほくへたて侍しかとかなしひたえすなけき
  おもひ給へるにおなし年の程とみゆる人のかく
  かたちいとうるはしくきよらなるを見いてたてま
  つりてくはんをむの給へるとよろこひおもひてこの
  人いたつらになしたてまつらしとまとひいられてな
  く/\いみしきことゝもを申されしかはのちになむかの
  さかもとにみつからおり侍りてこしむなとつかまつ
  りしにやう/\いきいてゝ人となり給へりけれと猶この」4オ

  らうしたりけるものゝ身にはなれぬ心ちなむするこの
  あしきものゝさまたけをのかれて後の世を思はんなと
  かなしけにの給ふことものはへりしかはほうしにては
  すゝめも申つへきことにこそはとてまことにすけせし
  めたてまつりてしになむ侍るさらにしろしめすへき
  ことゝはいかてかそらにさとり侍らんめつらしきことの
  さまにもあるをよかたりにもし侍ぬへかりしかとき
  こえありてわつらはしかるへきことにもこそとこのお
  い人とものとかく申てこの月ころをとなくて侍つるに
  なむと申給へはさてこそあなれとほのきゝ給てかく」4ウ

  まてもとひいて給へることなれとむけになき人
  とおもひはてにしひとをさはまことにあるにこそ
  はとおほす程ゆめの心ちしてあさましけれはつゝみも
  あへす涙くまれ給ひぬるをそうつのはつかしけなる
  にかくまてみゆへきことかはとおもひかへして
  つれなくもてなし給へとかくおほしけることをこの
  世にはなき人とおなしやうになしたることゝあやまち
  したる心ちしてつみふかけれはあしき物にらうせられ
  給ひけむもさるへきさきの世の契なり思ふにたかき
  いゑのこにこそものし給けめいかなるあやまりにて」5オ

  かくまてはふれ給けむにかととひ申たまへはなま
  わかむとをりなといふへきすちにやありけんこゝ
  にももとよりわさとおもひしことにも侍らすものは
  かなくてみつけそめては侍りしかと又いとかく
  まておちあふるへききはとおもひ給へさりしを
  めつらかにあともなくきえうせにしかは身をなけ
  たるにやなとさま/\にうたかひおほくてたしかなる
  ことはえきゝ侍らさりつるになむつみかろめてもの
  すなれはいとよしと心やすくなんみつからはおもひた
  まへなりぬるをはゝなる人なむいみしくこひかなしふ」5ウ

  なるをかくなむきゝいてたるとつけしらせまほしくはへ
  れと月ころかくさせ給けるほいたかふやうにものさ
  はかしくや侍らんおやこのなかのおもひたえすかなし
  ひにたへてとふらひものしなとし侍なんかしなとの
  給てさていとひなきしるへとはおほすともかのさか
  もとにおりたまへかはかりきゝてなのめにおもひすくす
  へくは思侍らさりし人なるを夢のやうなることゝも
  もいまたにかたりあはせんとなむおもひたまふると
  のたまふけしきいとあはれとおもひたまへれはか
  たちをかへよをそむきにきとおほえたれとかみひけ」6オ

  をそりたるほうしたにあやしき心はうせぬもあ
  なりまして女の御身はいかゝあらむいとおしうつみえぬ
  へきわさにもあるへきかなとあちきなくこゝろみ
  たれぬまかりおりむことけふあすはさはり侍月た
  ちての程に御せうそこを申させ侍らんと申給ふ
  いと心もとなけれとなを/\とうちつけにいられむもさま
  あしけれはさらはとてかへり給ふかの御せうとのわら
  は御ともにいておはしたりけりことはらからともより
  はかたちもきよけなるをよひいて給てこれなむ
  その人のちかきゆかりなるをこれをかつ/\ものせん」6ウ

  御ふみひとくたりたまへその人とはなくてたゝたつ
  ねきこゆる人なむあるとはかりの心をしらせ給へと
  の給へはなにかしこのしるへにてかならすつみえ侍なん
  ことのありさまはくはしくとり申ついまは御みつから
  たちよらせ給ひてあるへからむことは物せさせ給はむ
  になにのとかゝはへらむと申給へはうちわらひてつみ
  えぬへきしるへとおもひなしたまふらんこそはつかしけれ
  こゝにはそくのかたちにていまゝてすくすなむいとあや
  しきいはけなかりしよりおもふ心さしふかく侍るを三条
  の宮の心ほそけにてたのもしけなき身ひとつをよす」7オ

  かにおほしたるかさりかたきほたしにおほえ侍りて
  かゝつらひ侍つる程にをのつからくらゐなといふことも
  たかくなり身のをきても心にかなひかたくなとしてお
  もひなからすき侍るには又えさらぬこともかすのみそ
  ひつゝはすくせとおほやけわたくしにのかれかたきこと
  につけてこそさも侍らめさらてはほとけのせいし給ふ
  かたのことをわつかにもきゝをよはむはいかてあやまたし
  とつゝしみて心のうちはひしりにおとり侍らぬものを
  ましていとはかなきことにつけてしもをもきつみうへ
  きことはなとてかおもひたまへむさらにあるましき」7ウ

  ことに侍りうたかひおほすましたゝいとおしきおやの
  おもひなとをきゝあきらめ侍らんはかりなむうれし
  うこゝろやすかるへきなとむかしよりふかゝりしかたの
  心をかたり給ふそうつもけにとうなつきていとゝたう
  ときことなときこえたまふほとに日もくれぬれはな
  かやとりもいとよかりぬへけれとうはの空にてものし
  たらんこそなをひなかるへけれとおもひわつらひてかへ
  り給ふにこのせうとのわらはをそうつめとめてほめ
  たまふこれにつけてまつほのめかし給へときこえ給へは
  文かきてとらせ給時/\は山におはしてあそひたまへ」8オ

  よとすゝろなるやうにはおほすましきゆへもあり
  けりとうちかたらひたまふこのこは心もえねとふみ
  とりておほんともにいつさかもとになれは御せんの人々
  すこしたちあかれてしのひやかにをとの給ふをのには
  いとふかくしけりたるあを葉の山にむかひてまきるゝ
  ことなくやり水のほたるはかりをむかしおほゆるなく
  さめにてなかめゐたまへるにれいのはるかにみやら
  るゝ谷の軒はよりさき心ことにをひていとおほうともし
  たる火ののとかならぬひかりをみるとてあま君たち
  もはしにいてゐたりたかおはするにかあらん御せんなと」8ウ

  いとおほくこそみゆれひるあなたにひきほしたてま
  つれたりつるかへりことに大将殿おはしまして御ある
  しのことにわかにするをいとよきおりなりとこそあり
  つれ大将殿とはこの女二宮の御おとこにやおはしつらん
  なといふもいとこのよとをくゐ中ひにたりやまことに
  さにやあらん時/\かゝる山ちわけおはせし時いとしるか
  りしすいしんのこゑもうちつけにましりてきこゆ
  月日の過ゆくまゝにむかしのことのかくおもひわすれぬ
  もいまはなにゝすへきことそと心うけれはあみた仏
  におもひまきらはしていとゝ物もいはてゐたりよかはに」9オ

  かよふ人のみなむこのわたりにはちかきたよりなりける
  かのとのはこの子をやかてやらんとおほしけれと人め
  おほくてひんなけれは殿にかへり給てまたの日こと
  さらにそいたしたて給むつましくおほす人のこと/\し
  からぬ二三人をくりにてむかしもつねにつかはしゝすい
  しんそへ給へり人きかぬまによひよせ給てあこか
  うせにしいもうとのかほはおほゆやいまはよになき人と
  おもひはてにしをいとたしかにこそものし給なれうと
  き人にはきかせしとおもふをいきてたつねよはゝに
  いまたしきにいふな中/\おとろきさはかむほとに」9ウ

  しるましき人もしりなむそのおやのみおもひのいと
  おしさにこそかくもたつぬれとまたきにいとくち
  かため給ををさなき心ちにもはらからはおほかれと
  この君のかたちをはにる物なしとおもひしみたりしにうせ
  給ひにけりときゝていとかなしとおもひわたるにかくの
  給へはうれしきにもなみたのおつるをはつかしとおもひ
  てをゝとあらゝかにきこえゐたりかしこには又つとめて
  そうつの御もとよりよへ大将殿の御つかひにてこ君
  やまうてたまへりしことの心うけ給はりしにあちきな
  くかへりておくし侍てなむとひめ君にきこえ給へみ」10オ

  つからきこえさすへきこともおほかれとけふあすす
  くしてさふらふへしとかき給へりこれはなにことそと
  あま君おとろきてこなたへもてわたりてみせたてまつ
  り給へはおもてうちあかみてものゝきこえのあるにやと
  くるしう物かくししけるとうらみられんをおもひつゝくる
  にいらへむかたなくてゐ給へるに猶のたまはせよ心うく
  おほしへたつることゝいみしくうらみてことのこゝろをしらね
  はあはたゝしきまておもひたる程に山よりそうつの
  御せうそこにてまいりたる人なむあるといひいれたりあ
  やしけれとこれこそはさはたしかなる御せうそこなら」10ウ

  めとてこなたにといはせたれはいときよけにしな
  やかなるわらはのえならすさうそきたるそあゆみ
  きたるわらうたさしいてたれはすたれのもとについゐ
  てかやうにてはさふらふましくこそはそうつはの給しかと
  いへはあま君そいらへなとし給ふ文とりいれてみれは
  入道のひめきみの御かたに山よりとて名かき給へり
  あらしなとあらかふへきやうもなしいとはしたなくお
  ほえていよ/\ひきいられてひとにかほもみあはせす
  つねにほこりかならすものし給ひとからなれといとうたて
  こゝろうしなといひてそうつの御ふみみれはけさこゝに」11オ

  大将殿のものし給て御ありさまたつねとひ給ふに
  はしめよりありしやうくはしくきこえ侍りぬ御心
  さしふかゝりける御中をそむき給ひてあやしき山
  かつの中に出家し給へることかへりては仏のせめ
  そふへきことなるをなむうけたまはりおとろき侍る
  いかゝはせむもとの御ちきりあやまち給はてあいしふの
  つみをはるかきこえ給て一日の出家のくとくはは
  かりなきものなれはなをたのませ給へとなむこと
  ことにはみつからさふらひて申侍らんかつ/\このこ君
  きこえ給てんとかいたりまかふへくもあらすかきあきら」11ウ

  めたまへれとこと人は心もえすこの君はたれにか
  おはすらんなをいと心うしいまさへかくあなかちにへ
  たてさせ給ふとせめられてすこしとさまにむきて
  見給へはこの子はいまはとよをおもひなりし夕暮に
  いと恋しとおもひし人なりけりおなし所にてみし
  程はいとさかなくあやにくにおこりてにくかりしかと
  はゝのいとかなしくしてうちにも時/\ゐておはせしかは
  すこしおよすけしまゝにかたみにおもへりわらは心を
  おもひいつるにも夢のやうなりまつはゝのありさま
  いととはまほしくこと人々のうへはをのつからやう/\と」12オ

  きけとおやのおはすらむやうはほのかにもえきかす
  かしと中/\これをみるにいとかなしくてほろ/\となかれ
  ぬいとおかしけにてすこしうちおほえ給へる心ちも
  すれは御はらからにこそおはすめれきこえまほしく
  おほすこともあらむうちにいれたてまつらんといふをな
  にかいまは世にある物とも思はさらむにあやしきさまに
  おもかはりしてふとみえむもはつかしとおもへはと斗
  ためらひてけにへたてありとおほしなすらんかくるし
  さにものもいはれてなむあさましかりけんありさまは
  めつらかなることゝ見給てけんをうつし心もうせたま」12ウ

  しひなといふらむ物もあらぬさまになりにけるにやあらん
  いかにも/\過にしかたのことをわれなからさらにえお
  もひいてぬにきのかみとかありし人のよの物かたりす
  めりしなかになむみしあたりのことにやとほのかにおもひ
  いてらるゝことある心ちせしそのゝちとさまかうさまにお
  もひつゝくれとさらにはか/\しくもおほえぬにたゝひとり
  ものし給し人のいかてとをろかならすおもひためりしを
  またやよにおはすらんとそれはかりなむ心にはなれすか
  なしきおり/\侍るにけふみれはこのわらはのかほはちい
  さくてみし心ちするにもいとしのひかたけれといまさらに」13オ

  かゝる人にもありとはしられてやみなむとなん思ひ侍る
  かの人もし世に物し給はゝそれひとりになむたいめんせま
  ほしくおもひはへるこのそうつのの給へる人なとにはさ
  らにしられたてまつらしとこそおもひ侍つれかまへて
  ひかことなりけりときこえなしてもてかくし給へとの給へは
  いとかたいことかなそうつの御心はひしりといふなかにも
  あまりくまなくものし給へはまさにのこひてはきこえ給
  ひてんやのちにかくれあらしなのめにかろ/\しき御程
  にもおはしまさすなといひさはきてよにしらすこゝろ
  つよくおはしますこそとみないひあはせてもやのき」13ウ

  はに木丁たてゝいれたりこの子もさはききつれとを
  さなけれはふといひよらむもつゝましけれと又はへる御
  ふみいかてたてまつらん僧都の御しるへはたしかなる
  をかくおほつかなく侍こそとふしめにていへはそゝやあな
  うつくしなといひて御ふみ御らんすへき人はこゝにもの
  せさせ給めりけそうの人なむいかなることにかと心え
  かたく侍るを猶の給はせよをさなき御ほとなれとかゝる
  御しるへにたのみきこえ給ふやうもあらむなといへと
  おほしへたてゝおほ/\しくもてなさせ給ふにはなにこと
  をかきこえ侍らんうとくおほしなりにけれはきこゆへ」14オ

  きことも侍らすたゝこの御ふみを人つてならてたてま
  つれとて侍りつるいかてたてまつらむといへはいとことはり
  なりなをいとかくうたてなおはせそさすかにむくつけき
  御心にこそときこえうこかして木丁のもとにをし
  よせたてまつりたれはあれにもあらてゐ給へるけ
  はひこと人にはにぬ心ちすれはそこもとによりてた
  てまつりつ御かへりとく給てまいりなむとかくうと
  うとしきをこゝろうしとおもひていそくあま君御
  ふみひきときてみせたてまつるありしなからの御て
  にてかみの香なとれいのよつかぬまてしみたりほ」14ウ

  のかにみてれいの物めてのさしすき人いとありかたくお
  かしとおもふへしさらにきこえむかたなくさま/\に
  つみをもき御こゝろをはそうつにおもひゆるしきこえ
  ていまはいかてあさましかりしよの夢かたりをたにと
  いそかるゝ心のわれなからもとかしきになんまして人めはい
  かにとかきもやり給はす
    法のしとたつぬるみちをしるへにて
  おもはぬ山にふみまとふかなこの人はみやわすれ
  給ひぬらんこゝにはゆくゑなき御かたみにみる物に
  てなんなとこまやかなりかくつふ/\とかき給へる」15オ

  さまのまきらはさむかたなきにさりとてその人
  にもあらぬさまをおもひのほかにみつけられきこ
  えたらん程のはしたなさなとをおもひみたれていとゝ
  はれ/\しからぬこゝろはいひやるへきかたもなしさ
  すかにうちなきてひれふしたまへれはいとよつかぬ
  御ありさまかなと見わつらひぬいかゝきこえんなとせ
  められて心ちのかきみたるやうにし侍るほとためらひて
  いまきこえむむかしのことおもひいつれとさらにおほゆ
  ることなくあやしういかなりける夢にかとのみこゝろも
  えすなむすこししつまりてやこの御ふみなとも」15ウ

  みしらるゝこともあらむけふはなをもてまいり給
  ひねところたかへにもあらんにいとかたはらいたかるへし
  とてひろけなからあま君にさしやり給へれはいとみくる
  しき御ことかなあまりけしからぬはみたてまつる人もつみさり
  所なかるへしなといひさはくもうたてきゝにくゝおほゆ
  れはかほもひきいれてふし給へりあるしそこの君に物
  かたりすこしきこえてものゝけにやおはすらんれいのさま
  にみえ給ふおりなくなやみわたり給て御かたちもこと
  になりたまへるをたつねきこえ給人あらはいとわつらはし
  かるへきことゝみたてまつりなけき侍しもしるくかくいと哀に」16オ

  心くるしき御ことゝも侍けるをいまなむいとかたしけなく
  おもひはへる日ころもうちはへなやませ給めるをいとゝ
  かゝることゝもにおほしみたるゝにやつねよりもものおほえ
  させ給はぬさまにてなむときこゆところにつけておかし
  きあるしなとしたれとをさなき心ちはそこはかとなくあ
  はてたる心ちしてわさとたてまつれさせ給へるしるしに
  なにことをかはきこえさせむとすらんたゝひとことをの
  給はせよかしなといへはけになといひてかくなむとう
  つしかたれと物もの給はねはかひなくてたゝかくおほつかな
  き御ありさまをきこえさせ給へきなめりくものはる」16ウ

  かにへたゝらぬほとにも侍るめるを山かせふくとも又も
  かならすたちよらせ給なむかしといへはすゝろにゐくら
  さんもあやしかるへけれはかへりなむとす人しれす
  ゆかしき御ありさまをもえみすなりぬるをおほつか
  なくくちおしくて心ゆかすなからまいりぬいつしかと
  まちおはするにかくたと/\しくてかへりきたれはす
  さましく中/\なりとおほすことさま/\にて人のかくし
  すへたるにやあらむとわか御こゝろのおもひよらぬくま
  なくおとしをきたまへりしならひにとそ本にはへるめる」17オ

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