2010年3月2日掲載
2010年3月2日更新

恵慶集

・恵慶集上巻(冷泉家時雨亭文庫蔵) 翻刻本文
・恵慶集下巻(桐越家蔵、旧前田尊経閣文庫蔵) 翻刻本文

恵慶集 書誌・研究情報

◇恵慶集上巻(冷泉家時雨亭文庫蔵)
「昭和六十二年に重要文化財に指定された冷泉家時雨亭文庫蔵本は綴葉装一帖。大きさは縦一五・三センチ、横一四・六センチ。全体は二括から成り、それぞれ八枚の料紙(斐紙)を折っているが、第一括の最初の丁は銀箔を散らして前表紙に充て、次の丁はその前表紙に貼り付けて見返しに使用。第二括は中途に一丁切り取りがあり(第二〇丁と二一丁の間)、最後の丁を後表紙に使っているので、本文墨付は全二十八丁。これを後表紙見返しに貼付された小紙片には「定―家卿付外題墨付/廿九丁アリ(※「―」=家)」と説明する。なお、第二括には綴じ誤りによる錯簡が一箇所見られるが、これについては後に詳しく触れる。

外題は表紙中央やや左寄りの位置に「恵慶集」と打ち付け書きにするが、これは定家の筆跡と認めてよかろう。本文は冒頭から二一オ1行目までが定家の筆で、以後は別筆。この別筆の部分はおそらく定家の子女あたりの手になるものと思われるが、他にもこれと同一筆跡の作品が伝存し、これまで世に紹介されてきた私家集に限っても、天理大学図書館蔵の『秋篠月清集』に『伊勢集』、大阪青山短期大学蔵の『興風集』に『是則集』、穂久邇文庫蔵の『千頴集』に『桧垣嫗集』、日本大学図書館蔵の『大斎院前御集』、大東急記念文庫蔵の『公忠集』、松岡家蔵の『金槐和歌集』と、その数決して少なくはない。そして本巻に収めた『仲文集』などもこれと同筆と認められる。ただ、『恵慶集』の定家以外の筆跡部分においても、本文の訂正・書き入れなどはおそらく定家の手になるものであろう。また集付なども定家の筆かと思われるが、二〇オ2行目の「紅の…」の歌に加えられた『続後撰集』を意味する「続」の字については、別人の筆跡とせざるをえない。なお、二二オの「こほりたに」の歌頭には藍色の付箋が見られる。」(田中登「解題」46〜47頁)

「かように、時雨亭文庫蔵本と桐越家蔵本は併せて一つの書物として扱われるべきものであるが、桐越家蔵本は早く冷泉家を離れ前田家の所蔵するところとなって以後、その内容は江戸時代を通じて長い間世間に知られることがなく、一方、時雨亭文庫蔵本のみが次々と転写され、世に流布していったのであった。ただ、両本はともに定家の手を経て成った写本ではあるが、それが依拠した親本は、先の識語(「此集若有上下巻歟先年所/持其集有他哥此草子不見/猶可尋之/恵慶/此集家本依引失随借出令書写之処/名哥多不見成哥又借求之処已候/半分也仍所書加端也」―渋谷注)が示すごとく、明らかに別なものである。その点、両本を単純に定家本という名の下に扱うことは、本文研究の上では十分注意をしなければなるまい。」(田中登「解題」48〜49頁)

◇恵慶集下巻(桐越家蔵、旧前田尊経閣文庫蔵)
「本集は両冊とも胡蝶装にして所謂六半本と称するもの、竪五寸一分、横四寸八分五厘、?紙はいづれも萌黄地一重蔓小牡丹紋様の裂地を用ゐ、見返には銀切箔を置く。料紙は一冊(下巻―渋谷注)は白紙廿九枚、唐紙地四枚、その内墨付は廿五枚、外に墨流紙の外題一枚あり、他の一冊(上巻―渋谷注)は全部布目の白紙廿六枚、その内墨付は廿四枚である。」(尊経閣叢刊「藤原定家等筆恵慶集解説」2〜3頁)

「本集は両冊書写の年代を異にし、取合せて一部の集と為したものである。その一冊(下巻―渋谷注)は外題及端首二葉は藤原定家<仁治二年/八月薨>その余は定家の女民部卿局の筆と称せられる。<今これを古写の/一冊と名づく。>冊尾に近い第三十葉の表に 「端二枚定―家卿筆其外他筆也<定家卿御/嫡女筆>と題した附箋がある。」(尊経閣叢刊「藤原定家等筆恵慶集解説」3〜4頁)

「定家が自ら筆を下した一冊(下巻―渋谷注)の第二葉の裏に

 此集若有上下巻歟先年所持之集有他哥此草子不見猶可尋之

と記し、又別に

 此集家本依引失随借出令書写之処名哥多不見成奇又借求之処己以半分也仍所書加端也

とも記したるに拠れば、当時の原本は定家が先に所持せしものと異りて上下二巻に分れ而かもその内の一巻は佚失せしものであつた。この不完全本の端首二枚を定家が書し、他はその女民部卿局が書継いだものが、即ちこの古写の一冊(下巻―渋谷注)である。」(尊経閣叢刊「藤原定家等筆恵慶集解説」4〜5頁)

《参考文献》

・尊経閣叢刊「藤原定家等筆恵慶集解説」(昭和9年12月)
・熊谷守雄『恵慶集校本と研究』(桜楓社 昭和53年)
・田中登「解題」(冷泉家時雨亭叢書17 朝日新聞社 1996年12月)

《研究文献》

・熊本守雄「図書寮本恵慶集(501-401)について:定家自筆本の原型」(『国文学攷』32 19〜35頁 1963年11月)
・熊本守雄「古本系統の恵慶集について―関西大学蔵(岩崎美隆文庫)本と書陵部蔵(図書寮150-558)本」(『国語国文』35巻8号 1〜34頁 1966年8月)
・熊本守雄「恵慶集と夫木和歌抄―恵慶集と撰集との関係」(『季刊文学・語学』41 55〜68頁 1967年2月)
・熊本守雄「恵慶集と古今和歌六帖:古今和歌六帖の編纂年代に関する私見」(『国文学攷』42 42〜50頁 1967年3月)
・熊本守雄「粟田山庄障子絵と和歌と漢詩―恵慶集と江吏部集」(『国語と国文学』44巻7号 23〜34頁 1967年3月)
・熊本守雄「恵慶集と如意宝集:恵慶集と撰集との関係」(『国語教育研究』13 34〜42頁 1967年6月)
・熊本守雄「恵慶集と拾遺抄:恵慶集と撰集との関係」(『国語教育研究』14 95〜104頁 1968年3月)
・杉谷寿郎「紹介 熊本守雄著「恵慶集―校本と研究」(『国語と国文学』56巻2号 56〜58頁 1979年2月)
・福田智子他「<恵慶百首>浅香山秋冬部試注」(『文化情報学』1巻1号 1〜14頁 2006年3月)
・福田智子他「<恵慶百首>物名十干部試注」(『文化情報学』2巻1号 1〜18頁 2007年3月)
・福田智子他「<恵慶百首>物名十干部試注」(『文化情報学』2巻1号 78〜61頁 2007年3月)

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