拾遺愚草上
百首謌
初学 二見円位上人 大輔 閑居
早率二度 花月 十題 哥合
院初度 同千五百番 内大臣家建保三年
内裏名所 院建保四年 関白左大臣家貞永元
已上千五百首
初学百首 養和元年四月
詠百首和歌
侍従
春廿首
0001 いづる日のおなじひかりによもの海の なみにもけふやはるはたつらむ
0002 あさがすみへだつるからにはるめくは と山やふゆのとまりなるらむ
0003 うぐひすのはつねをまつにさそはれて はるけきのべにちよもへぬべし
0004 雪の内にいかでをらましうぐひすの こゑこそむめのしるべなりけれ
0005 梅花こずゑをなべてふくかぜに そらさへにほふはるのあけぼの
0006 なかなかによもににほへるむめのはな たづねぞわぶるよはのこのもと
0007 はるさめのはれゆくそらに風ふけば くもとともにもかへるかりかな
0008 春さめのしくしくふればいなむしろ 庭にみだるるあをやぎのいと
0009 よしの山たか木のさくらさきそめて いろたちまさるみねのしらくも
0010 花ゆゑにはるはうき世ぞをしまるる おなじ山地にふみまよへども
0011 いにしへの人に見せばやさくらばな たれもさこそは思ひおきけめ
0012 あづさゆみはるは山地もほどぞなき 花のにほひをたづねいるとて
0013 年をへておなじこずゑにさく花の などためしなきにほひなるらむ
0014 みやこ辺はなべてにしきとなりにけり さくらををらぬ人しなければ
0015 中なかにをしみもとめじわれならで 見る人もなきやどのさくらは
0016 風ならで心とをちれさくら花 うきふしにだにおもひおくべく
0017 はるの野にはなるるこまは雪とのみ ちりかふはなにひとやまどへる
0018 みなかみに花やちるらむよしの山 にほひをそふるたきのしらいと
0019 おしなべて峯のさくらやちりぬらむ しろたへになるよもの山かぜ
0020 うらみてもかひこそなけれゆくはるの かへるかたをばそことしらねば
夏十首
0021 をしむにも心なるべきたもとさへ はなのなごりはとまらざる覧
0022 卯花によるのひかりをてらさせて 月にかはらぬたまがはのさと
0023 とどめおきしうつりがならぬたちばなに まづこひらるるほととぎすかな
0024 たちばなの花ちるかぜにあらねども ふくにはかをるあやめぐさ哉
0025 五月やみくらぶの山のほととぎす ほのかなるねににる物ぞなき
0026 すぎぬるをうらみははてじ郭公 なきゆくかたにひともまつらむ
0027 さみだれにけふもくれぬるあすかがは いとどふちせやかはりはつらん
0028 五月雨にみづなみまさるまこもぐさ みじかくてのみあくるなつのよ
0029 そま河やうきねになるるいかだしは なつのくれこそすずしかるらめ
0030 夏の日のいる山みちをしるべにて まつのこずゑに秋風ぞふく
秋廿首
0031 おしなべてかはるいろをばおきながら 秋をしらするをぎのうはかぜ
0032 うらみをやたちそへつらむたなばたの あくればかへるくもの衣に
0033 風ふけばえだもとををにおくつゆの ちるさへをしき秋はぎの花
0034 をみなへしつゆぞこぼるるおきふしに ちぎりそめてし風やいろなる
0035 つゆふかきは木のしたばに月さえて をじかなくなり秋の山ざと
0036 月かげをむぐらのかどにさしそへて 秋こそきたれとふ人はなし
0037 あまのはらおもへばかはる色もなし 秋こそ月のひかりなりけれ
0038 あきの夜のかがみと見ゆる月かげは むかしのそらをうつすなりけり
0039 うきぐものはるればくもるなみだ哉 月見るままのものがなしさに
0040 つゆの身はかりのやどりにきえぬとも こよひの月のかげはわすれじ
0041 心こそもろこしまでもあくがるれ 月は見ぬ世のしるべならねど
0042 ふすとこをてらす月にやたぐへけむ 千さとのほかをはかる心は
0043 しほがまのうらの浪かぜ月さえて 松こそ雪のたえまなりけれ
0044 秋の夜は雲地をわくるかりがねの あとかたもなく物ぞかなしき
0045 身にかへて秋やかなしきりぎりす よなよなこゑををしまざるらむ
0046 露ながらをりやおかましきくの花 しもにかれては見るほどもなし
0047 さきまさるくらゐの山の菊のはな こきむらさきにいろぞうつろふ
0048 もみぢせぬときはの山にやども哉 わすれて秋をよそにくらさむ
0049 もみぢばはうつるばかりにそめてけり きのふの色を身にしめしかど
0050 ひびきくるいりあひのかねもおとたえぬ けふ秋風はつきはてぬとて
冬十首
0051 はれくもるそらにぞ冬もしりそむる 時雨は峯の紅葉のみかは
0052 冬きてはひと夜ふたよをたまざさの はわけのしものところせきまで
0053 かずしらずしげるみ山のあをつづら ふゆのくるにはあらはれにけり
0054 しぐるるもおとはかはらぬいたまより このはは月のもるにぞありける
0055 池水にやどりてさへぞをしまるる をしのうきねにくもる月かげ
0056 友千鳥なぐさのはまのなみ風に そらさえまさるありあけの月
0057 おとたえずあられふりおくささのはの はらはぬそでをなにぬらすらむ
0058 ふみわくる道ともしらぬ雪の内に けぶりもたゆる冬の山ざと
0059 花をまち月ををしむとすぐしきて 雪にぞつもる年はしらるる
0060 つららゐるかけひの水はたえぬれど をしむに年のとまらざるらむ
恋廿首
0061 如何せむ袖のしがらみかけそむる こころのうちをしる人ぞなき
0062 これやさはそらにみつなるこひならむ 思たつよりくゆるけぶりよ
0063 そでのうへはひだりもみぎもくちはてて こひはしのばむかたなかりけり
0064 もろこしのよしのの山のゆめにだに まだ見ぬこひにまどひぬるかな
0065 いかにしていかにしらせむともかくも いはばなべてのことのはぞかし
0066 日にそへてますだの池のつつみかね いひいづとてもぬるるそで哉
0067 夢の内にそれとて見えしおもかげを このよにいかで思あはせむ
0068 すまのうらのあまりももゆるおもひ哉 しほやくけぶり人はなびかで
0069 あづさゆみまゆみつきゆみつきもせず 思いれどもなびく世もなし
0070 ちつかまでたつるにしきぎいたづらに あはでくちなむ名こそをしけれ
0071 はかなくてすぐるこの世と思しは たのめぬほどのひかずなりけり
0072 さ夜衣わかるるそでにとどめおきて 心ぞはてはうらやまれぬる
0073 きみがためいのちをさへもをしまずは さらにつらさをなげかざらまし
0074 むすびけむむかしぞつらきしたひもの ひとよとけけるなかのちぎりを
0075 うしとてもたれにかとはむつれなくて かはる心をさらばをしへよ
0076 つらきさへ君がためにぞなげかるる むくひにかかるこひもこそすれ
0077 もろともにゐなのささはらみちたえて ただふくかぜのおとにきけとや
0078 思いでよすゑの松山すゑまでも 浪こさじとはちぎらざりきや
0079 こひわたるさののふなはしかけたえて 人やりならぬねをのみぞなく
0080 如何せむうきにつけてもつらきにも 思ひやむべき心地こそせね
雑廿首
神祇
0081 かすが山谷のふぢなみたちかへり 花さくはるにあふよしもがな
0082 おもひのみおほはらのべにとしへぬる まつことかなへ神のしるしに
釈教
0083 ながれきてちかづく水にしるき哉 まづひらくべきむねのはちすば 法師品
0084 うき世にはうれへの雲のしげければ 人の心に月ぞかくるる 寿量品
0085 さだめけるほとけのみちをしるべにて 今はうきよにまどはずも哉 神力品
0086 身にしめてかきおく法の花の色の ふかさあささはしる人もなし 薬王品
0087 ききはつる花のみのりのすゑにこそ さだめおきける身ともしりぬれ 勧発品
無常
0088 ながめてもさだめなき世のかなしきは しぐれにくもるありあけのそら
0089 水のうへに思なすこそはかなけれ やがてきゆるをあわと見ながら
別
0090 わかれても心へだつなたび衣 いくへかさなる山地なりとも
旅
0091 つくづくとねざめてきけば浪まくら まださよふかき松風のこゑ
0092 ゆきかへるゆめぢをたのむよひごとに いやとほざかる宮こかなしも
0093 たつたびに心ぼそしやもしほやく けぶりはたびのいほりならねど
0094 ゆきかへりたびのそらにはねをぞなく くもゐのかりをよそに見しかど
0095 たびのそらをばすて山の月かげよ すみなれてだになぐさみやせし
祝
0096 きみが世は峯にあさひのさしながら てらすひかりのかずをかぞへよ
0097 わがきみのみよとこたへむ世中に ちとせやなにと人もたづねば
物名
さしぐし 日かげ
0098 神山にいくよへぬらんさか木ばの ひさしくしめをゆひかけてける
はんぴ したがさね
0099 すが枕おもはむ人はかくもあらじ たがさねぬよにちりつもるらん
半臂字不可然発学已披露雖不可直改後学可存
とことはにひとすむとこは如此可詠
述懐
0100 みかさ山いかにたづねむしらゆきの ふりにしあとはたえはてにけり
二見浦百首 文治二年 円位上人勧進之
詠百首和歌
侍従
春廿首
0101 よしの山かすめるそらをけさ見れば 年はひとよのへだてなりけり
0102 道たゆる山のかけはし雪きえて はるのくるにもあとは見えけり
0103 なにとなく心ぞとまる山のはに ことし見そむるみか月のかげ
0104 春きぬとかすむけしきをしるべにて こずゑにつたふうぐひすのこゑ
0105 雪きえてわかなつむのをこめてしも かすみのいかではるを見す覧
0106 かれはれし草のとざしのはかなさも 霞にかかるはるの山ざと
0107 風かをるをちの山地の梅花 いろに見するはたにのした水
0108 むめの花したゆく水のかげ見れば にほひはそでにまづうつりけり
0109 あさなぎにゆきかふ舟のけしきまで はるをうかぶる浪のうへ哉
0110 をちこちのよものこずゑはさくらにて はるかぜかをるみよしのの山
0111 あをやぎのかづら木山の花ざかり くもににしきをたちぞかさぬる
0112 いまもこれすぎてもはるのおもかげは 花見るみちのはなのいろいろ
0113 あらしやはさくよりちらす桜花 すぐるつらさは日かずなりけり
0114 をしまじよさくら許の花もなし ちるべきためのいろにもあるらん
0115 いしばしるたきこそけふもいとはるれ ちりてもしばし花は見ましを
0116 いづこにて風をも世をもうらみまし よしののおくも花はちるなり
0117 まだきより花を見すててゆくかりや かへりてはるのとまりをばしる
0118 花のちるゆくへをだにもへだてつつ かすみのほかにすぐるはるかな
0119 を山田の水のながれをしるべにて せきいるゝなへになくかはづ哉
0120 くれぬなりあすもはるとはたのまぬに 猶のこりけるとりのひとこゑ
夏十首
0121 ちりねただあなうのはなやさくからに はるをへだつるかきねなりけり
0122 なべて世にまたでを見ばや郭公 さらばつらさにこゑやたつると
0123 あやめ草かをるのきばのゆふかぜに きく心地する郭公哉
0124 うらめしやまたれまたれてほととぎす それかあらぬかむらさめのそら
0125 さみだれのくものあなたをゆく月の あはれのこせとかをるたちばな
0126 夏ふかきさくらがしたに水せきて 心のほどを風に見えぬる
0127 猶しばしさてやはあけむ夏のよの いはこすなみに月はやどりて
0128 大井河をちのこずゑのあをばより こころに見ゆる秋のいろいろ
0129 つづきたつせみのもろごゑはるかにて こずゑも見えぬならのしたかげ
0130 なつぞしる山井のし水たづねきて おなじこかげにむすぶちぎりは
秋廿首
0131 ゆふまぐれ秋のけしきになるままに そでよりつゆはおきけるものを
0132 わすれつるむかしを見つるゆめを又 猶おどろかすをぎのうはかぜ
0133 これもこれうき世の色をあぢきなく 秋ののはらの花のうはつゆ
0134 あきのきて風のみたちしそらをだに とふ人はなきやどのゆふぎり
0135 見わたせば花も紅葉もなかりけり うらのとまやの秋のゆふぐれ
0136 秋といへば人の心にやどりきて まつにたがはぬ月のかげ哉
0137 いづるよりてるつきかげのきよみがた そらさへこほるなみのうへかな
0138 いとはじよ月にたなびくうきぐもも 秋のけしきはそらに見えけり
0139 ながめじと思し物をあさ地ふに 風ふくやどの秋の夜の月
0140 秋のみぞふけゆく月にながめして おなじうき世は思しれども
0141 ありあけのひかりのみかは秋の夜の 月はこの世に猶のこりけり
0142 くれてゆくかたみにのこる月にさへ あらぬひかりをそふる秋哉
0143 ゆふやみになりぬとおもへばなが月の 月まつままにをしき秋かな
0144 おほかたの秋のけしきはくれはてて ただ山のはのありあけの月
0145 はつかりのくもゐのこゑははるかにて あけがたちかきあまのかはぎり
0146 山がつの身のためにうつ衣ゆゑ 秋のあはれをてにまかすらん
0147 そこはかと心にそめぬしたくさも かるればよわるむしのこゑごゑ
0148 うつろはむまがきのきくはさきそめて まづいろかはるあさぢはら哉
0149 神なびのみむろの山のいかならむ しぐれもてゆく秋のくれ哉
0150 ただいまののはらをおのがものと見て こころづよくもかへる秋かな
冬十首
0151 神奈月方もさだめずちるもみぢ けふこそ秋のかたみとも見め
0152 ふゆきてはいりえのあしのよをかさね しもおきそふるつるのけ衣
0153 霜さゆるあしたのはらのふゆがれに ひとはなさけるやまとなでしこ
0154 しぐれつるまやののきばのほどなきに やがてさしいる月のかげ哉
0155 はれくもるおなじながめのたのみだに しぐれにたゆるをちのさと人
0156 物ごとにあはれのこらぬみやまかな おつるこのはもかるるくさばも
0157 あさゆふのおとはしぐれのならしばに いつふりかはるあられなるらむ
01581 さびしげのふかきみ山の松ばらや みねにもをにも雪はつもりて
0159 あとたえてゆきもいくよかふりぬらむ をののえくちしいはのかけみち
0160 をしみつつくれぬるとしをかねてより いまいくたびとしる世なりせば
恋十首
0161 世中よたかきいやしきなぞへなく などありそめしおもひなるらん
0162 おもふとは見ゆらむものをおのづから しれかしよひのゆめばかりだに
0163 このよよりこがるるこひにかつもえて 猶うとまれぬ心なりけり
0164 こひこひて思しほどもえぞなれぬ ただ時のまのあふなばかりは
0165 あまのはらそらゆく月のひかりかは 手にとるからにくものよそなる
0166 きみといへばおつるなみだにくらされて こひしつらしとわくかたもなし
0167 恋はよし心づからもなげくなり こはたがそへしおもかげぞさは
0168 あぢきなくつらきあらしのこゑもうし などゆふぐれにまちならひけむ
0169 しかばかりちぎりしなかもかはりける この世に人をたのみける哉
0170 ひたちおびのかごともいとどまとはれて こひこそみちのはてなかりけれ
述懐五首
0171 見しはみなむかしとかはる夢のうちに おどろかれぬはこころなりけり
0172 おのづからあればある世にながらへて をしむと人に見えぬべきかな
0173 見るもうしおもふもくるしかずならで などいにしへをしのびそめけむ
0174 ありはてぬいのちをさぞとしりながら はかなくも世をあけくらす哉
0175 月のいり秋のくるるををしみても にしにはわきてしたふ心ぞ
無常五首
0176 まぼろしよゆめともいはじ世中は かくてきき見るはかなさぞこれ
0177 おしなべて世はかりそめの草枕 むすぶたもとにきゆるしらつゆ
0178 世中はただかげやどすますかがみ 見るをありともたのむべきかは
0179 あすはこむまててふみちも人の世の ながきわかれにならぬものかは
0180 ひとしれぬ人の心のかねごとも かはればかはるこのよなりけり
雑
神祇五首
0181 さやかなる月日のかげにあたりても あまてる神をたのむばかりぞ
0182 なかなかにさしてもいはじみかさ山 思心は神もしるらむ
0183 きくごとにたのむ心ぞすみまさる かものやしろのみたらしのこゑ
0184 うきこともなぐさむみちのしるべとや 世をすみよしとあまくだりけむ
0185 いかならむみわの山もととしふりて すぎゆく秋のくれがたのそら
暁
0186 しののめよよもの草葉もしをるまで いかにちぎりてつゆのおくらん
夕
0187 そこはかと見えぬ山地のゆふけぶり たつにぞひとのすみかともしる
夜
0188 むかし思ねざめのそらにすぎきけん ゆくへもしらぬ月のひかりの
山家
0189 山ふかき竹のあみどに風さえて いくよたえぬるゆめぢなるらん
田家
0190 しぎのたつ秋の山田のかりまくら たがすることぞ心ならでは
山
0191 あけぬとも猶おもかげにたつた山 こひしかるべき夜はのそら哉
河
0192 よそにてもそでこそぬるれみなれざを 猶さしかへるうぢのかはをさ
別
0193 わするなよやどるたもとはかはるとも かたみにしぼるよはの月かげ
旅
0194 月よするうらわの浪をふもとにて まづそでぬらすみねの松風
0195 ふるさとをへだてぬ峯のながめにも こえこしくもぞせきはすゑける
楊貴妃
0196 みがきおくたまのすみかもそでぬれて つゆときえにしのべぞかなしき
李夫人
0197 ほのかなるけぶりはたぐふほどもなし なれしくもゐにたちかへれども
王昭君
0198 うつすともくもりあらじとたのみこし かがみのかげのまづつらき哉
上陽人
0199 しらざりきちりもはらはぬとこのうへに ひとりよはひのつもるべしとは
陵園妾
0200 なれきにしそらのひかりのこひしさに ひとりしをるるきくのうはつゆ
皇后宮大輔百首 文治三年春詠送之
詠百首和謌
侍従
春十五首
0201 もろびとの袖をつらぬるむらさきの 庭にやはるもたちはそむ覧
0202 春きぬと霞は色に見すれども としをこむるはむめのはつ花
0203 峯の松たにのふるすに雪きえて あさひとともにいづるうぐひす
0204 むめの花にほひのいろはなけれども かすめるままをゆくへとぞ見る
0205 いろまさる松のみどりのひとしほに はるのひかずのふかさをぞしる
0206 あさみどりつゆぬきみだる春さめに したさへひかるたまやなぎ哉
0207 秋ぎりをわけしかりがねたちかへり かすみにきゆるあけぼののそら
0208 しるからむこれぞそれとはいはずとも 花のみやこのはるのけしきは
0209 白雲とまがふさくらにさそはれて 心ぞかかる山のはごとに
0210 霞とも花ともわかずすがはらや ふしみのさとのはるのあけぼの
0211 雪とちるひらのたかねの桜花 猶ふきかへせしがのうらかぜ
0212 いかにしてしづ心なくちる花の のどけきはるのいろと見ゆらむ
0213 ここのへのくものうへとはさくらばな ちりしく春の名にこそありけれ
0214 ふりにける庭のこけぢに春くれて ゆくへもしらぬ花のしらゆき
0215 梓弓いる日をいかでひきとめむ さてもやおしてはるのかへると
夏十首
0216 いつしかとけふぬぐ袖よ花の色の うつればかはる心なりけり
0217 あたらしやしづがかきねをかりそめに へだつばかりのやへのうの花
0218 そらもそらなかでもやまじゆふぐれを さもわびさするほととぎす哉
0219 なごりだにしばしなあけそ郭公 なきつる夜はのそらのうきぐも
0220 五月雨のをやまぬそらぞもしほやく うらのけぶりのはれまなりける
0221 庭たづみかきほもたへぬさみだれは まきのとぐちにかはづなくなり
0222 あぢさゑのしたばにすだくほたるをば よひらのかずのそふかとぞ見る
0223 紅のつゆにあさひをうつしもて あたりまでてるなでしこの花
0224 浪風のこゑにも夏はわすれぐさ 日かずをぞつむすみよしのはま
0225 みそぎ河からぬあさぢのすゑをさへ みなひとかたに風ぞなびかす
秋十五首
0226 あきのいろをしらせそむとやみか月の ひかりをみがくはぎのしたつゆ
0227 わすれ水たえまたえまのかげ見れば むらごにうつるはぎが花ずり
0228 ゆふさればすぎにし秋のあはれさへ さらに身にしむ荻のうはかぜ
0229 そではさぞ秋はこころにつゆやおく 風につけてもまづくだくらむ
0230 たづぬれば花のつゆのみこぼれつつ 野風にたぐふまつむしの声
0231 さざなみやしがのうらぢのあさぎりに まほにも見えぬおきのともぶね
0232 我のみとこゑにもしかのたつる哉 月はひかりに見せぬ秋かは
0233 まちをしむひまこそなけれ秋風の 雲ふきまがふよはの月かげ
0234 如何せむさらでうき世はなぐさまず たのみし月もなみだおちけり
0235 となせがはたまちるせぜの月を見て 心ぞ秋にうつりはてぬる
0236 山のはになごりとどめぬかげよりも 人だのめなるありあけの月
0237 秋ふかききしのしらぎく風ふけば にほひはそらのものにぞありける
0238 さびしさはおきそへてけりはぎのえの 秋のすゑばにまよふはつしも
0239 いろいろに紅葉をそむる衣手も あきのくれゆくつまと見ゆらむ
0240 くれてゆく秋も山地の見えぬまで ちりかひくもれみねのもみぢば
冬十首
0241 さだめなきしぐれのくものたえま哉 さてやもみぢのうすくこからむ
0242 ふゆきては野辺のかりねの草枕 くるればしもやまづむすぶらん
0243 たびねする夢地はたえぬすまのせき かよふちどりのあかつきのこゑ
0244 ふりしきしこのはの庭にいつなれて あられまちとるおとをつぐらむ
0245 日かげぐさくもりなき世のためしとや とよのあかりにかざしそめけん
0246 神がきやしもおくままにうちしめり 月かげやどる山あゐのそで
0247 ふる雪にさてもとまらぬみかりのを はなの衣のまづかへるらん
0248 つもりける雪のふかさもしらざりつ まきのとあくるあけぼののそら
0249 をちかたやはるけきみちにゆきつもり まつよかさなるうぢのはしひめ
0250 年の内にはかなくかはる事もみな くれぬるけふぞおどろかれぬる
忍恋
0251 わがこひよきみにもはてはしのびけり なにをはじめと思そめけむ
0252 みをつくししのぶなみだのみごもりに この世をかくてくちやはてなん
0253 いかならんふしにさぞともしらせまし まだねもたてぬよはのふえたけ
0254 事づてむ人の心もあやふさに ふみだにも見ぬあさむづのはし
0255 袖のうへにさもせきかへすなみだ哉 人の名をさへくたしはてじと
0256 おりたちてかげをも見ばやわたり河 しづまむそこのおなじふかさを
0257 あらはれむそのにしきぎはさもあらばあれ きみがためてふ名をしたてずは
0258 あしがきのひとめひまなきまぢかさを わけてつたふるまぼろしも哉
0259 みだれじとかくてたえなむたまのをよ ながきうらみのいつかさむべき
0260 こひわびぬ心のおくのしのぶ山 つゆもしぐれもいろに見せじと
逢不遇恋
0261 あけぬとてわかれしそらにまさりけり つらきうらみにかへるこひ地は
0262 年月はおのがさまざまつもるとも わするべしとはちぎりやはせし
0263 ながくしもむすばざりけるちぎりゆゑ なにあげまきのよりあひにけん
0264 かきながすただそのふでのあとながら かはるこころのほどは見えけり
0265 世とともにしのぶなげきのなぐさめは わすらるる名のたたぬばかりや
0266 猶ぞうきこの世にききしことのはは かはるももとのちぎりとおもへど
0267 うきを猶したふ心のよわらぬや たゆるちぎりのたのみなるらん
0268 わすれぬやさはわすれけるわが心 夢になせとぞいひてわかれし
0269 うつるなりよしさてさらばながらへよ さのみあだなるきみがなもをし
0270 たびのそらしらぬかりねにたちわかれ あしたのくものかたみだになし
寄名所恋十首
0271 霞しくよしのの山のさくら花 あかぬ心はかかりそめにき
0272 いはでのみ年ふるこひをすずかがは やそせのなみぞそでにみなぎる
0273 いつかこの月日をすぎのしるしとて わがまつ人をみわの山もと
0274 きよみがたせきもるなみにこととはむ 我よりすぐるおもひありやと
0275 浪こさむ袖とはかねておもひにき すゑの松山たづね見しより
0276 しほがまのうらみになれてたつけぶり からきおもひはわれひとりのみ
0277 たづね見よよしさらしなの月ならば なぐさめかぬる心しるやと
0278 いかで猶わがてにかけてむすび見む ただあすか井の影ばかりだに
0279 なみだやはもみぢばながすたつた河 たぎるとすればかはるいろかな
0280 ぬのびきのたきよりほかにぬきみだり まなくたまちるとこのうへ哉
雑恋十首
0281 ほどもなきおなじいのちをすてはてて きみにかへつるうき身とも哉
0282 よなよなは身もうきぬべしあしべより みちくるしほのまさるおもひに
0283 さもこそはみなとはそでのうへならめ きみに心のまづさわぐらむ
0284 君のみとわきてもいまはつらからず かかる物思世をぞうらむる
0285 時のまの袖のなかにもまぎるやと かよふ心に身をたぐへばや
0286 うしみつとききだにはてじまちえずは ただあけぬまのいのちともがな
0287 こひしさのまさるなげきは夢ならで それとだに見ぬやみのうつつよ
0288 すまのあまの袖にふきこすしほ風の なるとはすれどてにもたまらず
0289 見てすぎよ猶あさがほのつゆのまに しばしもとめむあかぬひかりを
0290 あひ見ても猶ゆくへなきおもひ哉 いのちやこひのかぎりなるらん
旅恋五首
0291 こひわびぬ花ちる峯にやどからむ かさねしそでやさてもまがふと
0292 夏山やゆくてにむすぶし水にも あかでわかれしふるさとをのみ
0293 草枕ちるもみぢばのひまもがな なれこし方をよそにだに見む
0294 かりにゆふいほりもゆきにうづもれて たづねぞわぶるもずのくさぐき
0295 わすればや松風さむき浪のうへに けふしのべともちぎらぬものを
寄法文恋五首
人天交接両得相見
0296 ひとの世もそらもあひ見む時にもや きみが心は猶へだつべき
我不愛身命
0297 あぢきなやかみなきみちををしむかは いのちをすてむこひの山べよ
又如浄明鏡
0298 法にすむ心に身をもみがかばや さてもこひしきかげや見ゆると
如渡得船
0299 きみをおきてまつもひさしきわたし舟 のりうる人のちぎりしれとや
又如一眼之亀値浮木孔
0300 たとふなる浪ぢのかめのうきぎかは あはでもいくよしをれきぬらん
閑居百首 文治三年冬与越中侍従詠之
詠百首和歌
侍従
春廿首
0301 けふは又あまつやしろのさか木ばも はるのひかげをさしやそふらん
0302 今よりのけしきにはるはこめてけり かすみもはてぬあけぼののそら
0303 うぐひすとなきつるとりやはるきぬと めぐむわかなもひとにしらする
0304 ふりつもる色よりほかのにほひもて ゆきをばむめのうづむなりけり
0305 いろ見えで春にうつろふ心哉 やみはあやなきむめのにほひに
0306 雪きゆるかた山かげのあをみどり いはねのこけもはるは見せけり
0307 ちぎりおけたままくくずに風ふかば うらみもはてじかへるかりがね
0308 春さめよこのはみだれしむらしぐれ それもまぎるる方はありけり
0309 年ふれど心の春はよそながら ながめなれぬるあけぼののそら
0310 しばしとていでこし庭もあれにけり よもぎのかれはすみれまじりに
0311 山ざとのまがきのはるのほどなきに わらび許やをりはしるらむ
0312 月かげのあはれをつくすはるの夜に のこりおほくもかすむそら哉
0313 はるのきてあひ見むことはいのちぞと 思し花ををしみつるかな
0314 おもしろくさくらさきけるこの世哉 さもこそ月のそらにすむとも
0315 さくと見し花のこずゑはほのかにて 霞ぞにほふゆふぐれのそら
0316 雲のうへのかすみにこむるさくら花 又たちならぶ色を見ぬ哉
0317 たづねばやしのぶのおくの桜花 風にしられぬ色やのこると
0318 ちる花をみよのほとけにいのりても かぎる日かずのとまらましかば
0319 花さかぬわがみやま木のつれづれと いくとせすぎぬみよのはるかぜ
0320 ものごとにいろはかはらでをしまるる はるは心のわかれなりけり
夏十五首
0321 春なつのおのがきぬぎぬぬぎかへて かさねしそでを猶をしむ哉
0322 しかりとてけふやはなのるほととぎす まづはるくれてうらめしの世や
0323 なにとなくすぎにしはるぞしたはるる ふぢつつじさく山のほそみち
0324 如何せむひのくま河のほととぎす ただひとこゑのかげもとまらず
0325 たちばなに風ふきかをるくもりよを すさびになのる郭公哉
0326 ふるさとは庭もまがきもこけむして 花たちばなの花ぞちりける
0327 さ月やみそらやはかをる年をへて のきのあやめの風のまぎれに
0328 山ざとののきばのこずゑくもこえて あまりなとぢそ五月雨のそら
0329 うちもねずくるればいそぐうかひ舟 しづまぬよもやくるしかるらむ
0330 いかならむしげみがそこにともしして しかまちわぶるほどのひさしさ
0331 ももしきのたまのみぎりのみかは水 まがふほたるもひかりそへけり
0332 やへむぐらしげるまがきのしたつゆに しをれもはてぬなでしこの花
0333 かげきよき池のはちすに風すぎて あはれすずしきゆふまぐれ哉
0334 松風のひびきもいろもひとつにて みどりにおつるたにがはの水
0335 なつふかきのべをまがきにこめおきて きりまのつゆのいろをまつ哉
秋廿首
0336 ふくかぜにのきばのをぎはこゑたてつ 秋よりほかにとふ人はなし
0337 草のはらをざさがすゑもつゆふかし おのがさまざま秋たちぬとて
0338 虫のねにはかなきつゆのむすぼほれ ところもわかぬ秋のゆふぐれ
0339 夜をかさね身にしみまさるあらし哉 松のこずゑに秋やすぐらん
0340 秋ふかき木ぎのこずゑにやどかりて みやこにかよふ山おろしの風
0341 ほのぼのとわがすむ方はきりこめて あしやのさとに秋風ぞふく
0342 秋きぬと手ならしそめしはしたかも すゑのにすずのこゑならすなり
0343 うづらなくゆふべのそらをなごりにて 野となりにけりふかくさのさと
0344 夢にだにつまにはあはぬさをしかの 思たえぬるあけぼののこゑ
0345 まどろむと思もはてぬ夢地より うつつにつづくはつかりのこゑ
0346 くまなさはまちこしことぞ秋の夜の 月よりのちのなぐさめも哉
0347 ひさかたのくもゐをはらふこがらしに うたてもすめるよはの月哉
0348 ゆくへなきそらに心のかよふ哉 月すむ秋のくものかけはし
0349 いろかはるあさぢがすゑのしらつゆに 猶かげやどすありあけの月
0350 わがおもふ人すむやどのうすもみぢ きりのたえまに見てやすぎなん
0351 うつろひぬ心の花はしらぎくの しもおくいろをかつうらみても
0352 龍田山紅葉ふみわけたづぬれば ゆふつけどりのこゑのみぞする
0353 みよしのも花見しはるのけしきかは しぐるる秋のゆふぐれのそら
0354 あぢきなく心に秋はとまりゐて ながむるのべのしもがれぬらむ
0355 ゆく秋のしぐれもはてぬゆふまぐれ なににわくべきかたみなるらん
冬十五首
0356 かくしつつことしもくれぬと思より まづなげかるる冬はきにけり
0357 いまよりはいづれのさとにやどからむ このはしぐれぬ山かげもなし
0358 風ふけばやがてはれのくうきぐもの 又いづかたにうちしぐるらむ
0359 山ざとはわけいるそでのうへをだに はらひもあへずちるこのは哉
0360 をの山ややくすみがまのけぶりにぞ ふゆたちぬとはそらに見えける
0361 あられふるしづがささやよそよさらに ひとよばかりのゆめをやは見る
0362 さひしさは霜こそゆきにまさりけれ 峯のこずゑのあけぼののそら
0363 しもふかきさはべのあしになくつるの こゑもうらむるあけぐれのそら
0364 うらやまし時をわすれぬはつ雪よ わがまつことぞ月日ふれども
0365 いかにせむゆきさへけさはふりにけり ささわけしのの秋のかよひぢ
0366 山ふかきまきのはしのぐ雪を見て しばしはすまむ人とはずとも
0367 浦風やとはに浪こすはままつの ねにあらはれてなくちどり哉
0368 ふる袖の山あゐのいろも年つみて 身もしをれぬる心ちこそすれ
0369 身につもる年をば雪のいろに見て かずそふくれぞ物はかなしき
0370 春秋のあかぬなごりをとりそへて さながらをしき年のくれ哉
恋十首
0371 あさましやむなしきそらにゆふしめの かけてもいかが人はうらみむ
0372 たぐふべきむろのやしまをそれとだに しらせぬそらのやへがすみ哉
0373 さばかりに心のほどを見せそめし たよりもつらきなげきをぞする
0374 わすられぬ人をいづことたづねても なれしかごとのあるよなりせば
0375 うくつらき人をも身をもよししらじ ただ時のまのあふことも哉
0376 いかにせむあふよをまさるなげきにて 又それならぬなぐさめはなし
0377 今ぞしるあかぬわかれのなみだ河 身をなげはつるこひのふちとも
0378 しきたへの枕ながるるとこのうへに せきとめがたく人ぞこひしき
0379 かへるさのものとや人のなかむらん まつよながらのありあけの月
0380 ちぎらずよ心に秋はたつた河 わたるもみぢのなかたえむとは
懐述五首
0381 むれてゐしおなじなぎさのともづるに わが身ひとつのなどおくるらん
0382 こす浪ののこりをひろふはまのいしの とをとてのちも三とせすぐしつ
0383 おしなべておよばぬ枝の花ならば よそにみかさの山もうからじ
0384 影きよきくも井の月をながめつつ さてもへぬべきこの世ばかりを
0385 これも又おもふにたがふこころ哉 すてずはうきをなげくべきかは
雑十五首
0386 たのむ哉かすがの山のみねつづき かげものどけき松のむらだち
0387 あとたえてそなたとたのむ道もなし みなみのきしのしるべならでは
0388 しか許かたきみのりのすゑにあひて あはれこのよとまづおもふ哉
0389 花の春紅葉の秋とあくがれて こころのはてや世にはとまらん
0390 世中を思ひのきはの忍草 いくよのやどとあれかはてなむ
0391 さきのゐる池のみぎはに松ふりて みやこのほかの心ちこそすれ
0392 ゆきかはる時につけてはおのづから あはれを見する山のかげかな
0393 たきのおと峯のあらしもひとつにて うちあらはなるしばのかき哉
0394 さとびたるいぬのこゑにぞきこえつる 竹よりおくの人のいへゐは
0395 菊かれてとびかふてふの見えぬ哉 さきちる花やいのちなりけん
0396 さかのぼる波のいくへにしをれけむ あまのかはらの秋のはつ風
0397 くろかみはまじりしゆきのいろながら 心のいろはかはりやはせじ
0398 くさがれののはらのこまもうらぶれて しらぬさかひのなが月のそら
0399 つてにきくちぎりもかなしあひおもふ こずゑのをしのよなよなのこゑ
0400 いか許ふかき心のそこを見て いくたの河に身のしづみけん
奉和無動寺法印早率露胆百首 文治五年春
詠百首和歌
侍従
春 此題同堀川院百首今略而不書之
0401 年くれしあはれをそらのいろながら いかに見すらんはるのあけぼの
0402 なにゆゑにはつねのけふのこ松ばら はるのまとゐをちぎりそめけん
0403 たちかくすよそめははるのかすみにて ゆきにぞこもるおくの山さと
0404 うぐひすのやどしめそむるくれ竹に まだふしなれぬわかねなくなり
0405 いざけふはあすのはるさめまたずとも 野ざはのわかな見てもかへらん
0406 ふみしだくおどろがしたにしみいりて うづもれかはるはるのゆきかな
0407 こぞもこれはるのにほひになりにけり むめさくやどのあけぐれのそら
0408 おそくときみどりのいとにしるき哉 はるくるかたの岸のあをやぎ
0409 いはそそくし水もはるのこゑたてて うちやいでつるたにのさわらび
0410 いかがせむくも井のさくらなれなれて うき身をさぞと思はつとも
0411 春の夜をまどうつあめにふりわびて 我のみとりのこゑをまつ哉
0412 をちかたや花にいばえてゆくこまの こゑもはるなるながきひぐらし
0413 春ふかみこし地にかりのかへる山 名こそかすみにかくれざりけれ
0414 おもひたつみちのしるべかよぶこどり ふかき山辺に人さそふなり
0415 きなれたるこまにまかせむなはしろの 水に山地はひきかへてけり
0416 はるさめのふるののみちのつぼすみれ つみてをゆかむそではぬるとも
0417 せき地こえみやここひしきやつはしに いとどへだつるかきつばた哉
0418 おもふから猶うとまれぬふぢの花 さくよりはるのくるるならひに
0419 ちらすなよゐでのしがらみせきかへし いはぬいろなる山ぶきの花
0420 春しらぬうき身ひとつにとまりけり くれぬるくれををしむなげきは
夏
0421 如何せむひとへにかはる袖のうへに かさねてをしき花のわかれを
0422 秋冬のあはれしらするうの花よ 月にもにたりゆきかとも見ゆ
0423 年をへて神もみあれのあふひぐさ かけてかからむ身とはいのらず
0424 あづまやのひさしうらめしほととぎす まづよひすぐるむらさめのこゑ
0425 はるたちし年もさ月のけふきぬと くもらぬそらにあやめふくなり
0426 とるなへのはやく月日はすぎにけり そよぎし風のおともほどなく
0427 夏衣たつたの山にともしすと いく夜かさねてそでぬらすらん
0428 玉鉾の道ゆき人のことづても たえてほどふる五月雨のそら
0429 ふるさとの花橘にながめして 見ぬゆくすゑぞはてはかなしき
0430 打なびく河ぞひ柳ふくかぜに まづみだるるはほたるなりけり
0431 ひとはすむと許見ゆるかやり火の けぶりをたのむをちのしばがき
0432 この世にもこのよの物と見えぬ哉 はちすのつゆにやどる月かげ
0433 ひむろ山まかせし水のさえぬれば なつのせかるるかげにぞありける
0434 山かげのいはねのし水たちよれば 心の内を人やくむらん
0435 みそぎしてとしをなかばとかぞふれば 秋よりさきにものぞかなしき
秋
0436 みむろ山けふより秋のたつたひめ いづれの木ぎのしたばそむらん
0437 たなばたのあかぬわかれのなみだにや 秋しらつゆのおきはじめけん
0438 さきにけり野べわけそむるよそめより むしのね見する秋はぎの花
0439 をみなへしなびくけしきや秋風の わきて身にしむいろとなるらん
0440 しのぶ山すそののすすきいかばかり 秋のさかりを思ひわぶらん
0441 たづぬれば庭のかるかやあともなく ひとやふりにしあれはてにけり
0442 ふぢばかまあらぬくさばもかをるまで ゆふつゆしめるのべの秋風
0443 こぼれぬるつゆをばそでにやどしおきて をぎのはむすぶ秋のゆふかぜ
0444 草がれのあしたのはらに風すぎて さえゆくそらにはつかりのなく
0445 しかのねはつたふるをちのあはれにて やどのけしきはわれのみや見む
0446 かへるさはしをるたもとのつゆそひて わけつる野べに夜はふけにけり
0447 秋ふかくきりたつままのあけぼのは おもふそなたのそらをだに見ず
0448 さればこそとはじと思しふるさとを さけるあさがほつゆもさながら
0449 たちつづくきりはらのこまこゆれども おとはかくれぬせきのいはかど
0450 秋きても秋をくれぬとしらせても いくたび月の心づくしに
0451 しのばじよあはれもなれがあはれかは 秋をひびきにうつから衣
0452 うらめしやよしなきむしのこゑにさへ ひとわびさする秋のゆふぐれ
0453 又もあらじ花よりのちのおもかげに さくさへをしき庭のむらぎく
0454 そよや又山のはごとにしぐれして よものこずゑは色かはるなり
0455 あぢきなしうき世はおなじ世中ぞ 秋はかぎりに夜はふけぬとも
冬
0456 かきくらすこのはは道もなきものを いかにわけてかふゆのきつらん
0457 月はさえおとはこのはにならはせて しのびにすぐるむらしぐれ哉
0458 葉がへせぬ竹さへ色の見えぬまで よごとにしもをおきわたすらん
0459 ふりそめしそらはゆきげになりはてぬ 人をもまたじふゆの山ざと
0460 あられふり日さへあれゆくまきのやの 心もしらぬ山おろし哉
0461 こもり江のあしのしたばのうきしづみ ちりうせぬよのあぢきなの身や
0462 あは地しま千鳥とわたるこゑごとに いふかひもなくものぞかなしき
0463 とけぬうへにかさねてこほるたに水に さゆる夜ごろのかずぞ見えける
0464 はねかはすをしのうはげのしもふかく きえぬちぎりを見るぞかなしき
0465 いかがするあじろにひをのよるよるは 風さへはやきうぢのかはせを
0466 たちかへる山あゐのそでにしもさえて あかつきふかきあさくらのこゑ
0467 かり衣はらふたもとのおもるまで かたののはらにゆきはふりきぬ
0468 すみがまのあたりをぬるみたちのぼる けぶりやはるはまづかすむらん
0469 あけがたのはひのしたなるうづみ火の のこりすくなくくるるとし哉
0470 年くれぬかはらぬけふのそらごとに うきをかさぬる心ちのみして
恋
0471 これも又ちぎりなるらむとばかりに 思そめつる身ををしむ哉
0472 おもひねのゆめにもいたくなれぬれば しのびもあへずものぞかなしき
0473 名とり河いかにせんともまだしらず おもへば人をうらみける哉
0474 あひ見てもいへばかなしきちぎりかな うつつもおなじはるのよのゆめ
0475 わかれつるほどもなくなくまどはれて たのめぬくれを猶いそぐ哉
0476 つらからずわが心にもしられにき なれてもなれぬなげきせむとは
0477 たれゆゑとささぬたびねのいほりだに みやこの方はながめしものを
0478 さきだたば人もあはれをかけて見よ おもひにきえむそらのうきぐも
0479 よしさらばあはれなかけそしのびわび 身をこそすてめきみがなはをし
0480 身をしればうらみじと思世中を ありふるままの心よわさよ
雑
0481 うかりけり物思ころのあかつきは 人をもとはむこの世ならでも
0482 松風のこずゑのいろはつれなくて たえずおつるはなみだなりけり
0483 くれ竹のわがともはみなならへども ひとりよそなるはのはやし哉
0484 おく山のいはねのこけの世とともに 色もかはらぬなげきをぞする
0485 たらちねの心をしればわかのうらや 夜ぶかきつるのこゑぞかなしき
0486 まだしらぬ山のあなたにやどしめて うき世へだつるくもかとも見む
0487 はやせ河うかぶみなわのきえかへり ほどなきよをも猶なげく哉
0488 身のはてをこの世ばかりとしりてだに はかなかるべきのべのけぶりを
0489 くらべばやきよみがせきによる浪も 物思そでにたちやまさると
0490 みのうきはくめ地のはしもわたらねど すゑもとほらぬみちまどひけり
0491 おもふ人あらばいそがむふなでして むしあけのせとは浪あらくとも
0492 みやことてしぼらぬそでもならはぬを なにをたびねのつゆとわくらん
0493 かへるさをちぎるわかれををしむにも つひのあはれはしりぬべきよを
0494 山ざとを今はかぎりとたづぬとも ひとかたならぬみちやまどはむ
0495 如何せむおくてのなるこひきかへし 猶おどろかぬかりそめのよを
0496 おもかげはただめのまへの心地して むかしとしのぶうき世なりけり
0497 ぬるたまの夢はうつつにまさりけり この世にさむるまくらかはらで
0498 かつ見つつ猶すてはてぬ身なりけり いつかはかぎりあすやのちの世
0499 おもふとてかひなきよをばいかがせむ 心はのこれなき身なりとも
0500 思ひやる心はきはもなかりけり ちとせもあかぬきみがよのため
重奉和早率百首 文治五年三月
百首和歌 同題
春
0501 吉野山かすまぬ方のたに水も うちいづるなみにはるはたつなり
0502 ねの日するのべのこまつのひきひきに うら山しくもはるにあふかな
0503 たづねきて秋みし山のおもかげに あはれたちそふ春霞哉
0504 はるやとき谷のうぐひすうちはぶき けふしらゆきのふるすいづなり
0505 もろともにいでこし人のかたみ哉 色もかはらぬのべのわかなは
0506 心にもあらぬわかれのなごりかは きえてもをしきはるの雪哉
0507 春の夜は月の桂もにほふらん ひかりに梅の色はまがひぬ
0508 うゑおきし昔を人に見せがほに はるかになびくあをやぎのいと
0509 わらびをるおなじ山地のゆきずりに はるのみやすむいはのもと哉
0510 けふこずは庭にや春ののこらまし こずゑうつろふ花のしたかぜ
0511 はるも又かれし人めにまちわびぬ 草ばはしげるあめにつけても
0512 ひきかへつあしのはめぐむなにはがた うらわのそらもこまのけしきも
0513 これに見つこし地の秋もいかならん よしののはるをかへるかりがね
0514 くもり夜の月のかげのみほのかにて ゆく方しらぬよぶこどり哉
0515 おもふこそかへすがへすもさびしけれ あら田のおものけふのはるさめ
0516 すみれつむ花ぞめ衣つゆをおもみ かへりてうつる月くさのいろ
0517 ふりにけりたれかみぎりのかきつばた なれのみはるの色ふかくして
0518 ゆく春をうらむらさきのふぢの花 かへるたよりにそめやすつらん
0519 すぎてゆくまそでににほふ山吹に 心をさへもわくるみちかな哉
0520 はるのけふすぎゆく山にしをりして 心づからのかたみとも見む
夏
0521 ぬぎかふるせみのは衣そでぬれて はるのなごりをしのびねぞなく
0522 いたびさしひさしくとはぬ山ざとも 浪まに見ゆる卯花のころ
0523 あまの河おふともきかぬ物ゆゑに 年にあふ日となどちぎりけん
0524 郭公世になき物と思ふとも ながめやせまし夏のゆふぐれ
0525 風ふけば夢の枕にあはずなり しげきあやめののきのにほひを
0526 たねまきしむろのはやわせおひにけり おりたつたごの雨もしみみに
0527 ともしするしげみがそこのすり衣 そでのしのぶもつゆやおくらん
0528 とはでこしよもぎのかどのいかならむ そらさへとづるさみだれのころ
0529 終夜花橘を吹風の わかれがほなるあか月のそで
0530 夏虫のひかりぞそよぐなにはがた あしのはわけにすぐるうら風
0531 かやり火のけぶりのあとや草枕 たちなんのべのかた見なるべき
0532 あさゆふにわがおもふかたのしるべせよ くるればむかふはちす葉のつゆ
0533 いとひつる衣手かるしひむろ山 ゆふべののちの木ぎのしたかぜ
0534 よるひると人はこのごろたづねきて 夏にしられぬやどのまし水
0535 みそぎすとしばし人なすあさのはも おもへばおなじかりそめのよを
秋
0536 けふといへばこずゑに秋の風たちて したのなげきもいろかはるなり
0537 秋風やいかが身にしむあまの河 きみまつよひのうたたねのとこ
0538 ちらばちれつゆわけゆかむはぎはらや ぬれてののちのはなのかたみに
0539 しののめにわかれしそでのつゆのいろを よしなく見するをみなへし哉
0540 人もとへあれなむのちのむしのねも うゑおくすすき秋したえずは
0541 あさまだきちぐさの花もさておきつ たまぬくのべのかるかやのつゆ
0542 きりのまにひとえだをらんふぢばかま あかぬにほひやそでにうつると
0543 をぎの葉にふきたつ風のおとなひよ そよ秋ぞかしおもひつるごと
0544 きりふかきと山のみねをながめても まつほどすぎぬはつかりのこゑ
0545 わび人のわがやどからの松風に なげきくははるさをしかのこゑ
0546 終夜山のしづくにたちぬれて 花のうはぎはつゆもかはかず
0547 したむせぶうぢのかはなみきりこめて をちかた人のながめわぶらん
0548 あさがほよなにかほどなくうつろはむ 人の心の花もかばかり
0549 かぞへこし秋のなかばをこよひぞと さやかに見するもち月のこま
0550 月きよみよものおほぞらくもきえて ちさとの秋をうづむしらゆき
0551 とけてねぬふしみのさとはなのみして たれふかき夜に衣うつらん
0552 松虫の声だにつらきよなよなを はてはこずゑに風よわるなり
0553 ひとすぢにたのみしもせずはるさめに うゑてしきくの花を見むとは
0554 龍田山やまのかよひぢおしなべて もみぢをわくる秋のくれ哉
0555 おくれじとちぎらぬ秋のわかれゆゑ ことわりなくもしぼる袖かな
冬
0556 秋のみか風も心もとどまらず みなしもがれの冬の山ざと
0557 かへり見るこずゑにくものかかる哉 いでつるさとやいましぐるらん
0558 おきそめてをしみし菊の色を又 かへすもつらき冬の霜かな
0559 あられふるしがの山地に風こえて 峯にふきまくうらのさざなみ
0560 秋ながら猶ながめつる庭のおもの かれはも見えずつもる雪哉
0561 こゑはせでなみよるあしのほずゑ哉 しほひの方に風やふくらん
0562 ながきよを思ひあかしのうら風に なくねをそふる友千鳥哉
0563 大井河浪をゐせきにふきとめて こほりは風のむすぶなりけり
0564 よそへても見せばや人にをしがもの さわぐいり江のそこのおもひを
0565 夜をへては見るもはかなきあじろ木に こしのみそらの風をまつ覧
0566 かをとめしさか木のこゑにさよふけて 身にしみはつるあかぼしのそら
0567 とまるなよかりばのをののすり衣 ゆきのみだれにそらはきるとも
0568 をの山や見るだにさびしあさゆふに たれすみがまのけぶりたつらん
0569 うづみ火のひかりもはひにつきはてて さびしくひびくかねのおと哉
0570 ながらふるいのち許のかごとにて あまたすぎぬるとしのくれ哉
恋
0571 のちの世をかけてやこひむゆふだすき それともわかぬ風のまぎれに
0572 思ふとはきみにへだててさよ衣 なれぬなげきにとしぞかさなる
0573 あひ見てののちの心をまづしれば つれなしとだにえこそうらみね
0574 なにとこの見るともわかぬまぼろしに よそのなげきのちへまさるらん
0575 如何せむ夢よりほかに見しゆめの こひにこひますけさのなみだを
0576 おのづから人も時のま思いでば それをこの世の思いでにせん
0577 たびねするあらきはまべの浪のおとに いとどたちそふ人のおもかげ
0578 いか許ふかきけぶりのそこならむ 月日とともにつもるおもひの
0579 よひよひはわすれてぬらんゆめにだに なるとを見えよかよふたましひ
0580 きみよりも世よりもつらきちぎりこそ 身をかへつとも怨のこらめ
雑
0581 うらめしや別のみちにちぎりおきて なべてつゆおくあか月のそら
0582 草のいほの友とはいつかききなさむ 心の内に松かぜのこゑ
0583 時わかぬまがきの竹のいろにしも 秋のあはれのふかく見ゆらん
0584 なれこしはきのふとおもふ人のあとも こけふみわけてみちたどるなり
0585 人とはでみぎりあれにし庭のおもに きくもさびしきつるのひとこゑ
0586 如何せむそれもうき世といとひいでば よしのの山もなき身なりけり
0587 いろはみなむなしき物をたつた河 もみぢながるる秋もひととき
0588 なにとなく見るよりもののかなしきは 野中のいほのゆふぐれのそら
0589 とまびさしもののあはれのせきすゑて なみだはとめぬすまのうら風
0590 夜をこめてあさたつきりのひまひまに たえだえ見ゆるせたのながはし
0591 まちえたる日よりをみちのたのみにて はるかにいづるなみのうへ哉
0592 露しげきさやのなか山なかなかに わすれてすぐるみやことも哉
0593 くれてゆく春のかすみを猶こめて へだつるをちにたちやわかれん
0594 いへゐしてまだかばかりもしらざりき み山のさとのこがらしのこゑ
0595 おきふしにねぞなかれける霜さゆる かり田のいほのしぎのはねがき
0596 心うしこひしかなしとしのぶとて ふたたび見ゆるむかしなきよよ
0597 うたたねに草ひきむすぶこともなく はかなのはるのゆめのまくらや
0598 いつ我もふでのすさびはとまりゐて 又なき人のあとといはれむ
0599 をしまれぬうさにたへたる身ならずは あはれすぎにしむかしがたりを
0600 あまつそら月日のかげもしづかにて ちよはくもゐにきみぞかぞへむ
花月百首 建久元年秋左大将家
詠百首和歌
権少将
花五十首
0601 さくらばなさきにし日よりよしの山 そらもひとつにかをるしらくも
0602 あしびきの山のはごとにさく花の にほひにかすむはるのあけぼの
0603 花ざかりと山のはるのからにしき かすみのたつもをしきころ哉
0604 かすみたつ峯の桜のあさぼらけ 紅くくるあまのかはなみ
0605 さくら花ちらぬこずゑに風ふれて てる日もかをるしがの山ごえ
0606 花ののちやへたつくもにそらとぢて はるにうづめるみよしののそこ
0607 さもあらばあれ花よりほかのながめかは かすみにくらすみよしののはる
0608 あくがれしゆきと月とのいろとめて こずゑにかをるはるの山かげ
0609 よしの山霞ふきこすたに風の ちらぬさくらの色さそふらん
0610 ふりきぬる雨もしづくもにほひけり 花よりはなにうつる山みち
0611 ながき日にあそぶいとゆふしづかにて そらにぞ見ゆる花のさかりは
0612 ももしきやたましく庭の桜花 てらすあさひもひかりそひけり
0613 かざしもてくらすはる日ののどけきに ちよもへぬべき花のかげ哉
0614 宮人のそでにまがへるさくらばな にほひもとめよはるのかたみに
0615 たをりもてゆきかふ人のけしきまで 花のにほひはみやこなりけり
0616 こきまずる柳のいともむすぼほれ みだれてにほふはなざくら哉
0617 雲の内雪のしたなる春のいろを たれわがやどのうへと見るらん
0618 あけはてず夜のまの花にこととへば 山のはしろくくもぞたなびく
0619 まきのとはのきばの花のかげなれば とこも枕もはるのあけぼの
0620 いか許のちもわすれぬつまならん さくらになるるやどのゆふぐれ
0621 めかれせずいとどさくらぞをしまるる うちもまぎれぬはるの山ざと
0622 やへむぐらとぢけるやどのかひもなし ふるさととはぬ花にしあらねば
0623 竹のかき松のはしらはこけむせど 花のあるじぞはるさそひける
0624 はなのふちさくらのそことたづぬれば いはもる水のこゑぞかはらぬ
0625 枝かはす松のみありしこずゑにて くもと浪とにたどるはるかな
0626 そらは雪庭をば月のひかりとて いづらに花のありかたづねん
0627 花のかはかをるばかりをゆくへとて 風よりつらきゆふやみのそら
0628 思いるゆくへは花のうへにして こけにやどかる春のうたたね
0629 すぎがてにをらましものをさくら花 かへるよのまに風もこそふけ
0630 ちりまがふこのもとながらまどろめば さくらにむすぶはるのよのゆめ
0631 まだなれぬ花のにほひにたびねして こだちゆかしきはるのよのやみ
0632 たまぼこのたよりに見つるさくら花 又はいづれのはるかあふべき
0633 山桜いかなる花のちぎりにて かばかり人の思そめけむ
0634 時こそあれさらではかかるにほひかは さくらもいかにはるをまちけん
0635 さくら花たをりもやらぬひとえだに こずゑにのこる心をぞしる
0636 山桜心の色をたれ見てむ いく世の花のそこにやどらば
0637 のちもうし昔もつらし桜花 うつろふそらのはるの山かぜ
0638 こずゑよりほかなる花のおもかげに ありしつらさのにたる風哉
0639 なにとなくうらみなれたるゆふべかな やよひのそらの花のちるころ
0640 くれぬともはなちる峯のはるのそら 猶やどからむひと夜ばかりも
0641 春風の浪こすそらになりにけり はなのみぎはの峯のはままつ
0642 山がくれ風のしるべに見る花を やがてさそふはたに河の水
0643 やまざくらまてともいはじちりぬとて おもひますべき花しなければ
0644 いかにして風のつらさをわすれなん さくらにあらぬさくらたづねて
0645 桜花思ふものからうとまれぬ なぐさめはてぬはるのちぎりに
0646 わびつつは花をうらむる春も哉 風のゆくへに心まよはで
0647 花をおもふ心にやどるまくずはら 秋にもかへす風のおと哉
0648 ちりぬとてなどてさくらをうらみけん ちらずは見ましけふの庭かは
0649 あとたえしみぎはの庭にはるくれて こけもや花のしたにくちぬる
0650 吹風もちるもをしむもとしふれど ことわりしらぬ花のうへ哉
月五十首
0651 秋はきぬ月はこのまにもりそめて おきどころなきそでのつゆ哉
0652 さえのぼる月のひかりにことそひて 秋のいろなるほしあひのそら
0653 これぞこのまたれし秋のゆふべより まづくもはれていづる月かげ
0654 かぞふれば秋きてのちの月のいろを おぼめかしくもしぼるそで哉
0655 秋といへばそらすむ月をちぎりおきて ひかりまちとるはぎのしたつゆ
0656 秋をへて心にうかぶ月かげを さながらむすぶやどのまし水
0657 松むしのこゑのまにまにとめくれば 草葉の露に月ぞやどれる
0658 あかざりし山井のし水手にくめば しづくも月のかげぞやどれる
0659 深草のさとのまがきはあれはてて 野となる露に月ぞやどれる
0660 さむしろやまつ夜の秋の風ふけて 月をかたしく宇治の橋姫
0661 なにとなくすぎこし秋のかずごとに のち見る月のあはれとぞなる
0662 そのふしと思もわかぬなみだ哉 月やはつらき秋もうからず
0663 あづまやのまやのあまりのつゆかけて 月のひかりもそでぬらしけり
0664 よもぎふのまがきのむしのこゑわけて 月は秋ともたれかとふべき
0665 つきゆゑにささずはしばしこととはむ しばのあみどよわれまたずとも
0666 庭のおもにうゑおく秋のいろよりも 月にぞやどの心見えける
0667 わけがたきむぐらのやどのつゆのうへは 月のあはれもしくものぞなき
0668 関の戸をとりのそらねにはかれども ありあけの月は猶ぞさしける
0669 思やるみねのいはやのこけのうへに たれかこよひの月を見るらん
0670 たづねきてきくだにさびしおく山の 月にさえたるまつかぜのこゑ
0671 つきかげは秋よりおくのしもおきて こぶかく見ゆる山のときは木
0672 山ふかみいはきりとほすたに河を ひかりにせける秋のよの月
0673 秋の夜は月ともわかぬながめゆゑ そでにこほりのかげぞみちぬる
0674 見るゆめはをぎのは風にとだえして 思もあへぬねやの月かげ
0675 ながむれば松よりにしになりにけり かげはるかなるあけがたの月
0676 しののめは月もかはらぬわかれにて くもらばくれのたのみなきかな
0677 月ゆゑにあまりもつくす心哉 おもへばつらし秋のよのそら
0678 あけば又秋のなかばもすぎぬべし かたぶく月のをしきのみかは
0679 いぐさとかつゆけきのべにやどかりし ひかりともなふもち月のこま
0680 秋の夜のありあけの月の月かげは この世ならでも猶やしのばむ
0681 いく秋とゆくへもしらぬ神世まで たもとに見する月のそら哉
0682 月を思心にそへてしのばずは わすれもすべき昔なりけり
0683 とこのうへのひかりに月のむすびきて やがてさえゆく秋のたまくら
0684 月きよみはねうちかはしとぶかりの こゑあはれなる秋風のそら
0685 あくるそら入山の葉をうらみつつ いくたび月にもの思らん
0686 袖のうへ枕のしたにやどりきて いくとせなれぬ秋の夜の月
0687 さらしなは昔の月のひかりかは ただ秋風ぞをばすての山
0688 よものそらひとつひかりにみがかれて ならぶものなき秋のよの月
0689 衣うつひびきに月のかげふけて みちゆき人のおともきこえず
0690 影さえててらすこし地の山人は 月にや秋をわすれはつらん
0691 あくがるる心はきはもなき物を 山のはちかき月のかげ哉
0692 わすれじよ月もあはれと思いでよ わが身ののちのゆくすゑの秋
0693 しかりとて月の心もまだしらず おもへばうとき秋のねざめを
0694 峯のあらしうらの浪かぜゆきさえて みなしろたへの秋のよの月
0695 月きよみねられぬ夜しももろこしの 雲の夢まで見る心ちする
0696 今よりのこずゑの秋はふかくとも 月いづる峯は風のまにまに
0697 つゆしぐれしたばのこらぬ山なれば 月も夜をへてもりまさりけり
0698 山の葉のおもはむこともはづかしく 月よりほかの秋はながめじ
0699 あぢきなく物思人の袖のうへに 晨明の月の夜をかさねては
0700 長月の月のありあけの時雨ゆゑ あすのもみぢの色もうらめし
十題百首 建久二年冬 左大将家
詠百首和哥
権少将
天部十首
0701 久方のくも井はるかにいづる日の けしきもしるきはるはきにけり
0702 いく秋のそらをひと夜につくしても おもふにあまる月のかげかな
0703 すべらきのあまねきみよをそらに見て ほしのやどりのかげもうごかず
0704 あまの河年の渡の秋かけて さやかになりぬなつのよのやみ
0705 はかなしと見るほどもなしいなづまの ひかりにさむるうたたねのゆめ
0706 こたへじないつもかはらぬ風のおとに なれしむかしのゆくへとふとも
0707 見ずしらぬうづもれぬ名のあとやこれ たなびきわたるゆふぐれのくも
0708 けふくれぬあすさへふらむ雨にこそ おもはむ人の心をも見め
0709 この日ごろさえつる風にくもこりて あられこぼるる冬のゆふぐれ
0710 かきくらすのきばのそらにかず見えて ながめもあへずおつるしらゆき
地部十
0711 あともなしこけむすたにのおくのみち いく世へぬらんみよしのの山
0712 わたつうみによせてはかへるしきなみの はじめもはてもしる人ぞなき
0713 うつなみのまなく時なきたまがしは たまたま見ればあかぬ色かも
0714 わきかへるいはせの浪に秋すぎて もみぢになりぬ宇治の河風
0715 をしのゐるあしのかれまの雪氷 冬こそ池のさかりなりけれ
0716 わかなつむをちのさはべのあさみどり 霞のほかのはるのいろ哉
0717 秋はただいり江ばかりのゆふべかは 月まつそらのまののうら浪
0718 月のさすせきやのかげのほどなきに ひとよはあけぬすまのたびぶし
0719 しるべなきをだえのはしにゆきまよひ 又いまさらの物やおもはむ
0720 かたるともか許人やしらざらん 宮木ののべのゆふぐれのいろ
居処十
0721 ももしきやもるしらたまのあけがたに まだしもくらきかねのこゑ哉
0722 くまもなきゑじのたく火のかげそひて 月になれたる秋の宮人
0723 秋津しまをさむるかどののどけきに つたふる北のふぢなみのかげ
0724 やどごとに心ぞ見ゆるまどゐする 花の宮このやよひきさらぎ
0725 むらすすきうゑけむあともふりにけり くもゐをちかくまもるすみかに
0726 見なれぬるよとせをいかにしのぶらん かぎるあがたのたちわかるとて
0727 たび枕いくたびゆめのさめぬらん 思あかしのむまやむまやと
0728 しばのとよ今はかぎりとしめすとも つゆけかるべき山のかげ哉
0729 露しものおくての山田かりねして そでほしわぶるいほのさむしろ
0730 いでてこしみちのささはらしげりあひて たれながむらんふるさとの月
草十
0731 年の内はけふのみ時にあふひぐさ かざすみあれをかけてまつらし
0732 神世よりちぎりありてや山あゐも すれる衣の色となるらん
0733 さやかなるくもゐにかざす日かげぐさ とよのあかりのひかりませとや
0734 みちもせにしげるよもぎふうちなびき 人かげもせぬ秋風ぞ吹
0735 霜むすぶをばながもとのおもひ草 きえなむのちやいろにいづべき
0736 あれにけりのきのしたくさ葉をしげみ むかししのぶのすゑのしらつゆ
0737 我もおもふうらのはまゆふいくへかは かさねて人をかつたのめども
0738 さくらあさのをふのしたつゆしたにのみ わけてくちぬるよなよなのそで
0739 みちしばやまじるかやふのおのれのみ うちふく風にみだれてぞふる
0740 ながれてもおもふせによるわがせりの ねにあらはれてこひんとや見し
木十
0741 草も木もひとつにおつるしものうちに はかへぬ松のいろぞのこれる
0742 いその神ふるのかみすぎふりぬとも ときはかきはのかげはかはらじ
0743 ま木もくやひばらのしげみかきわけて むかしのあとをたづねてぞ見る
0744 けふ見ればゆみきるほどになりにけり うゑしをかべのつきのかたえだ
0745 たび枕しゐのしたばををりかけて そでもいほりもひとつゆふつゆ
0746 月もいさまきのはふかき山のかげ 雨ぞつたふるしづくをも見し
0747 かがみ山みがきそへたるたまつばき 影もくもらぬはるのそら哉
0748 ゆふまぐれ風ふきすさぶきりのはに そよいまさらの秋にはあらねど
0749 しぐれゆくはじのたちえに風こえて 心いろづく秋の山ざと
0750 こずゑより冬の山かぜはらふらし もとつ葉のこるならのはがしは
鳥十
0751 しのぶ山こさ地のおくにかふわしの そのは許や人にしらるる
0752 あづさゆみすゑのはらのにひきすゑて とかへるたかをけふぞあはする
0753 風たちてさはべにかけるはやぶさの はやくも秋のけしきなるかな
0754 かれ野やくけぶりのしたにたつきぎす むせぶおもひや猶まさるらん
0755 ゆふだちのくもまの日かげはれそめて 山のこなたをわたるしらさぎ
0756 なるこひく田のもの風になびきつつ なみよるくれのむらすずめ哉
0757 深草のさとのゆふかぜかよひきて ふしみのをのにうづらなくなり
0758 さらぬだにしもがれはつるくさのはを まづうちはらふにはたたき哉
0759 人とはぬ冬の山地のさびしさよ かきねのそはにしとどおりゐて
0760 つばくらめあはれに見けるためし哉 かはるちぎりはならひなる世に
獣十
0761 いつしかと春のけしきにひきかへて くもゐの庭にいづるあをむま
0762 霜ふかくおくるわかれのをぐるまに あやなくつらきうしのおと哉
0763 おちつもるこのはもいくへつもるらん ふすゐのかるもかきもはらはで
0764 つゆをまつうのけのいかにしをる覧 月のかつらのかげをたのみて
0765 山ざとは人のかよへるあともなし やどもるいぬのこゑばかりして
0766 花ざかりむなしき山になくさるの 心しらるるはるの月かげ
0767 思ふにはおくれむものかあらくまの すむてふ山のしばしなりとも
0768 つかふるききつねのかれる色よりも ふかきまどひにそむる心よ
0769 ほどもなくくるる日かげにねをぞなく ひつじのあゆみきくにつけても
0770 たか山の峯ふみならすとらのこの のぼらむみちのすゑぞはるけき
虫十
0771 なはしろにかつちる花のいろながら すだくかはづのこゑぞながるる
0772 終夜まがふほたるのひかりさへ わかれはをしきしののめのそら
0773 けさ見ればのわきののちの雨はれて たまぞのこれるささがにのいと
0774 人ならば怨もせましそのの花 かるればかるるてふの心よ
0775 み山ふく風のひびきになりにけり こずゑにならぶひぐらしの声
0776 わきかぬるゆめのちぎりににたる哉 ゆふべのそらにまがふかげろふ
0777 草ふかきしづのふせやのかばしらに いとふけぶりをたてそふる哉
0778 うきて世をふるやののきにすむはちの さすがになれぬいとふものから
0779 春さめのふりにしさとをきて見れば まくらのちりにすがるみのむし
0780 おのづからうちおくふみも月日へて あくればしみのすみかとぞなる
神祇十
0781 てらすらんかみぢの山のあさ日かげ あまつくもゐをのどかなれとは
0782 かしまのやひばらすぎはらときはなる きみがさかえは神のまにまに
0783 春日山峯の松原吹風の 雲井にたかきよろづ世の声
0784 さか木さすをしほののべのひめこ松 かはすちとせのすゑぞひさしき
0785 かも山やいくらの人をみづがきの ひさしき世よりあはれかくらん
0786 たのもしなあか月ちぎる月かげの かねてすむらんみよしののたけ
0787 おもかげに思もさびしうづもれぬ ほかだに冬のゆきのしら山
0788 雲かかるなちの山かげいかならむ みぞれはげしきながきよのやみ
0789 わかのうらの浪に心はよすときく 我をばしるやすみよしの松
0790 やはらぐるひかりさやかにてらし見よ たのむ日よしのななのみやしろ
釈教十
歓喜地
0791 うれしさのなみだもさらにとどまらず ながきうき世のせきをいつとて
無垢地
0792 いさぎよくみがく心しくもらねば たましくよものさかひをぞ見る
明地
0793 あきらけきあさひのかげにあたご山 雪も氷もきえぞくだくる
焔恵地
0794 冬がれのおどろのふるえもえつきて ふきかふ風に花ぞちりしく
難勝地
0795 あまつ風さはりしくもはふきとぢつ をとめのすがた花ににほひて
現前地
0796 すみまさる池の心にあらはれて こがねのきしに浪ぞよせける
遠行地
0797 さはりなくとを地をわたすはしなれば おちやふるてふたぐひだに見ず
不動地
0798 おのかじしまもるすがたの身にそひて うごかぬみちのかためとぞなる
善慧地
0799 はかりなき花のもろ人なびききて まさるかざりのかひぞありける
法雲地
0800 おほぞらののりのくも地にすむ月の かぎりもしらぬひかりをぞ見る
謌合百首 建久四年秋 三年給題今年雖憚身依別儀猶被召此哥
詠百首和歌
権少将
春
元日宴
0801 はるくればほしのくらゐに影見えて くも井のはしにいづるたをやめ
余寒
0802 かすみあへず猶ふる雪にそらとぢて はる物ふかきうづみ火のもと
春水
0803 氷ゐしみづのしら浪たちかへり はるかぜしるき池のおも哉
若草
0804 おそくとくおのがさまざまさく花も ひとつふたばのはるのわかくさ
賭射
0805 ももしきやいでひく庭のあづさゆみ むかしにかへるはるにあふ哉
野遊
0806 みな人のはるの心のかよひきて なれぬる野辺の花のかげ哉
雉
0807 たつきじのなるるのはらもかすみつつ こをおもふみちやはるまどふらん
雲雀
0808 すゑとほきわかばのしばふうちなびき ひばりなくののはるのゆふぐれ
遊糸
0809 くりかへしはるのいとゆふいくよへて おなじみどりのそらに見ゆらん
春曙
0810 霞かは花うぐひすにとぢられて はるにこもれるやどのあけぼの
遅日
0811 ながめわびぬひかりのとがにかすむ日に 花さく山はにしをわかねど
志賀山越
0812 袖の雪そらふく風もひとつにて 花ににほへるしがの山ごえ
三月三日
0813 からひとのあとをつたふるさかづきの なみにしたがふけふもきにけり
蛙
0814 ほのかなるかれののすゑのあらを田に かはづもはるのくれうらむなり
残春
0815 このもとは日かず許をにほひにて 花ものこらぬはるのふるさと
夏
新樹
0816 影ひたす水さへ色ぞみどりなる よものこずゑのおなじわかばに
夏草
0817 なつ山のくさばのたけぞしられぬる はる見しこ松人しひかずは
賀茂祭
0818 雲のうへをいづるつかひのもろかづら むかふ日かげにかざすけふ哉
鵜河
0819 をちこちにながめやかはすうかひ舟 やみをひかりのかがり火のかげ
夏夜
0820 夏のよはなるるしみづのうき枕 むすぶほどなきうたたねのゆめ
夏衣
0821 たづねいるならの葉かげのかさなりて さてしもかろき夏衣哉
扇
0822 風かよふあふぎに秋のさそはれて まづてなれぬるとこの月かげ
夕顔
0823 くれそめてくさの葉なびく風のまに かきねすずしきゆふがほの花
晩立
0824 風わたるのきのしたくさうちしをれ すずしくにほふゆふだちのそら
蝉
0825 あらしふくこずゑはるかになくせみの 秋をちかしとそらにつぐなる
秋
残暑
0826 秋きても猶ゆふ風をまつがねに 夏をわすれしかげぞたちうき
乞巧奠
0827 あきごとにたえぬほしあひのさよふけて ひかりならぶる庭のともし火
稲妻
0828 影やどすほどなき袖のつゆのうへに なれてもうときよひのいなづま
鶉
0829 月ぞすむさとはまことにあれにけり うづらのとこをはらふ秋風
野分
0830 荻の葉にかはりし風の秋のこゑ やがてのわきのつゆくだくなり
秋雨
0831 ゆくへなき秋のおもひぞせかれぬる むらさめなびくくものをちかた
秋夕
0832 秋よただながめすてゝもいでなまし このさとのみのゆふべとおもはゞ
秋田
0833 いく世ともやとはこたへずかど田ふく いなばの風の秋のおとづれ
鴫
0834 から衣すそののいほのたびまくら そでよりしぎのたつ心地する
広沢池眺望
0835 すみきけるあとはひかりにのこれども 月こそふりねひろさはの池
蔦
0836 あしのやのつたはふのきのむら時雨 おとこそたてね色はかくれず
柞
0837 時わかぬ浪さへ色に泉河 ははそのもりにあらしふくらし
九月九日
0838 いはひおきて猶なが月とちぎる哉 けふつむ菊のすゑのしらつゆ
秋霜
0839 とけてねぬ夢地もしもにむすぼほれ まづしる秋のかたしきのそで
暮秋
0840 ありあけの名許秋の月影に よわりはてたるむしのこゑ哉
冬
落葉
0841 かつをしむながめもうつる庭の色よ なにをこずゑの冬にのこさむ
残菊
0842 しらぎくのちらぬはのこる色がほに はるは風をもうらみける哉
枯野
0843 夢かさは野辺のちぐさのおもかげは ほのぼのなびくすすき許や
野行幸
0844 狩衣おどろのみちもたちかへり うちちるみゆき野風さむけし
霙
0845 この山のみねのむらくもふきまよひ まきのはつたひみぞれふりきぬ
冬朝
0846 ひととせをながめつくせるあさといでに うすゆきこほるさびしさのはて
寒松
0847 あらはれて又冬ごもる雪のうちに さもとしふかき松の色哉
椎柴
0848 しゐしばは冬こそ人にしられけれ こととふあられのこすこがらし
衾
0849 ひきかくるねやのふすまのへだてにも ひびきはかはるかねのおと哉
仏名
0850 河竹のなびく葉風も年くれて 三世のほとけのみなをきく哉
恋
初恋
0851 なびかじなあまのもしほ木たきそめて けぶりはそらにくゆりわぶとも
忍恋
0852 氷ゐるみるめなぎさのたぐひかは うへせくそでのしたのさざなみ
聞恋
0853 もろこしの見ずしらぬ世の人許 名にのみききてやみねとや思
見恋
0854 うしつらしあさかのぬまの草のなよ かりにもふかきえにはむすばで
尋恋
0855 おもかげはをしへしやどにさきだちて こたへぬ風のまつにふくこゑ
祈恋
0856 年もへぬいのるちぎりははつせ山 をのへのかねのよそのゆふぐれ
契恋
0857 あぢきなしたれもはかなきいのちもて たのめばけふのくれをたのめよ
待恋
0858 風つらきもとあらのこはぎ袖に見て ふけゆく夜はにおもるしらつゆ
遇恋
0859 たふまじきあすよりのちの心地哉 なれてかなしきおもひそひなば
別恋
0860 かはれただわかるるみちののべのつゆ いのちにむかふものもおもはじ
顕恋
0861 よしさらば今はしのばでこひしなん おもふにまけし名にだにもたて
稀恋
0862 年そふる見るよなよなもかさならで 我もなきなかゆめかとぞ思
絶恋
0863 心さへ又よそ人になりはてば なにかなごりのゆめのかよひぢ
怨恋
0864 あらざらむのちの世までをうらみても そのおもかげをえこそうとまね
旧恋
0865 いかなりし世よのむくひのつらさにて この年月によわらざるらん
暁恋
0866 おもかげもわかれにかはるかねのおとに ならひかなしきしののめのそら
朝恋
0867 雲かかりかさなる山をこえもせず へだてまさるはあくる日のかげ
昼恋
0868 おほかたの露はひるまぞわかれける わがそでひとつのこるしづくに
夕恋
0869 こひわびてわれとながめしゆふぐれも なるれば人のかたみがほなる
夜恋
0870 たのめぬをまちつるよひもすぎはてて つらさとぢむるかたしきのとこ
老恋
0871 暁にあらぬ別も今はとて わが世ふくればそふおもひ哉
幼恋
0872 葉をわかみまだふしなれぬくれ竹の こはしをるべき露のうへかは
遠恋
0873 かなしきはさかひことなるなかとして なきたままでやよそにうかれん
近恋
0874 なみだせくそでのよそめはならへども わすれずやともとふひまぞなき
旅恋
0875 ふるさとをいでしにまさる涙哉 あらしの枕ゆめにわかれて
寄月恋
0876 やすらひにいでにしままの月のかげ わがなみだのみそでにまてども
寄雲恋
0877 時のまにきえてたなびくしらくもの しばしも人にあひ見てし哉
寄風恋
0878 しらざりし夜ふかき風のおともにず たまくらうとき秋のこなたは
寄雨恋
0879 さはらずはこよひぞきみをたのむべき 袖には雨の時わかねども
寄煙恋
0880 限なきしたのおもひのゆくへとて もえんけぶりのはてや見ゆべき
寄山恋
0881 あしひきの山地の秋になるそでは うつろふ人のあらしなりけり
寄河恋
0882 いつかさは又はあふせをまつらがた この河かみにいへはすむとも
寄海恋
0883 とほざかる人の心はうなばらの おきゆくふねのあとのしらなみ
寄関恋
0884 身にたへぬおもひをすまのせきすゑて 人に心をなどとどむらん
寄橋恋
0885 ひと心をだえのはしにたちかへり この葉ふりしく秋のかよひぢ
寄草恋
0886 いはざりきわが身ふるやの忍草 思たがへてたねをまけとは
寄木恋
0887 こひしなばこけむすつかにかへふりて もとのちぎりのくちやはてなん
寄鳥恋
0888 かものゐるいり江の浪を心にて むねとそでとにさわぐこひ哉
寄獣恋
0889 うらやまずふすゐのとこはやすくとも なげくもかたみねぬもちぎりを
寄虫恋
0890 わすれじのちぎりうらむるふるさとの 心もしらぬ松虫のこゑ
寄笛恋
0891 ふえ竹のただひとふしをちぎりにて 世よのうらみをのこせとや思
寄琴恋
0892 昔きくきみがてなれのことならば ゆめにしられでねをもたてまし
寄絵恋
0893 ぬしやたれ見ぬよのことをうつしおく ふでのすさびにうかぶおもかげ
寄衣恋
0894 こひそめしおもひのつまの色ぞこれ 身にしむはるの花の衣手
寄席恋
0895 わすれずはなれし袖もやこほるらん ねぬ夜のとこのしものさむしろ
寄遊女恋
0896 心かよふゆききの舟のながめにも さしてか許物はおもはじ
寄傀儡恋
0897 ひと夜かすのがみのさとの草枕 むすびすてける人のちぎりを
寄海人恋
0898 袖ぞいまはをじまのあまもいさりせん ほさぬたぐひに思ける哉
寄樵夫恋
0899 山ふかきなげ木こるをのおのれのみ くるしくまどふこひのみち哉
寄商人恋
0900 たつの市や日をまつしづのそれならば あすしらぬ身にかへてあはまし
正治二年八月八日追給題 同廿五日詠進之
秋日侍太上皇仙洞同詠百首応製和歌
従四位上行左近衛権少将兼安芸権介臣藤原朝臣定家上
春廿首
0901 はるきぬとけさみよしののあさぼらけ 昨日はかすむ峯の雪かは
0902 あらたまの年のあくるをまちけらし けふたにのとをいづるうぐひす
0903 はるのいろをとぶひののもりたづぬれど ふたばのわかなゆきもきえあへず
0904 もろひとの花いろ衣たちかさね みやこぞしるきはるきたりとは
0905 うち渡すをち方人はこたへねど にほひぞなのる野辺のむめがえ
0906 梅花にほひをうつすそでのうへに のきもる月のかげぞあらそふ
0907 はなのかのかすめる月にあくがれて ゆめもさだかに見えぬころ哉
0908 ももちどりこゑや昔のそれならぬ わが身ふりゆくはるさめのそら
9091 ありあけの月影のこる山のはを そらになしてもたつかすみ哉
0910 思たつ山のいくへもしらくもに はねうちかはし帰かりがね
0911 よしの山くもに心のかかるより 花のころとはそらにしるしも
0912 いつも見し松の色かははつせ山 さくらにもるるはるのひとしほ
0913 白雲のはるはかさねてたつた山 をぐらの峯に花にほふらし
0914 高砂の松とみやこにことづてよ をのへのさくらいまさかり也
0915 花の色をそれかとぞ思をとめごが そでふる山のはるのあけぼの
0916 春のおる花のにしきのたてぬきに みだれてあそぶそらのいとゆふ
0917 おのづからそこともしらぬ月は見つ くれなばなげの花をたのみて
0918 さくら花ちりしくはるの時しもあれ かへす山田をうらみてぞゆく
0919 春もをし花をしるべにやどからむ ゆかりのいろのふぢのしたかげ
0920 しのばじよ我ふりすててゆくはるの なごりやすらふあめのゆふぐれ
夏十五首
0921 ぬぎかへてかたみとまらぬなつ衣 さてしも花のおもかげぞたつ
0922 すがのねや日かげもながくなるままに むすぶばかりにしける夏草
0923 卯花のかきねもたわにおけるつゆ ちらずもあらなんたまにぬくまで
0924 もろかづら草のゆかりにあらねども かけてまたるるほととぎす哉
0925 あやめふくのきのたちばな風ふけば むかしにならふけふのそでのか
0926 いか許み山さびしとうらむらん さとなれはつるほととぎす哉
0927 郭公しばしやすらへすがはらや ふしみのさとのむらさめのそら
0928 ほととぎすなにをよすがにたのめとて 花たちばなのちりはてぬらん
0929 たが袖を花橘にゆづりけむ やどはいく世とおとづれもせで
0930 わがしめしたま江のあしのよをへては からねど見えぬさみだれのころ
0931 夏草のつゆわけ衣ほしもあへず かりねながらにあくるしののめ
0932 片糸をよるよる峯にともす火に あはずはしかの身をもかへじを
0933 をぎのはもしのびしのびにこゑたてて まだきつゆけきせみのは衣
0934 夏か秋かとへどしらたまいはねより はなれておつるたき河の水
0935 今はとて晨明の影のまきのとに さすがにをしきみな月のそら
秋廿首
0936 けふこそは秋ははつせの山おろしに すずしくひびくかねのおと哉
0937 白露に袖もくさばもしをれつつ 月かげならず秋はきにけり
0938 秋といへばゆふべのけしきひきかへて まだゆみはりの月ぞさびしき
0939 いくかへりなれてもかなし荻原や すゑこすかぜの秋のゆふぐれ
0940 物おもはばいかにせよとて秋のよに かかる風しもふきはじめけん
0941 唐衣かりいほのとこのつゆさむみ はぎのにしきをかさねてぞきる
0942 秋はぎのちりゆくをののあさつゆは こぼるるそでもいろぞうつろふ
0943 あきの野になみだはみえぬしかのねは わくるをがやのつゆをからなん
0944 おもふ人そなたの風にとはねども まづ袖ぬるるはつかりのこゑ
0945 ゆふべより秋とはかねてながむれど 月におどろくそらのいろ哉
0946 秋をへてくもる涙のますかがみ きよき月よもうたがはれつつ
0947 おもふことまくらもしらじ秋のよの ちぢにくだくる月のさかりは
0948 もよほすもなぐさむもただ心から ながむる月をなどかこつらん
0949 さびしさも秋にはしかじなげきつつ ねられぬ月にあかすさむしろ
0950 秋の夜のあまのとわたる月かげに おきそふしものあけがたのそら
0951 そめはつるしぐれをいまはまつむしの なくなくをしむのべのいろいろ
0952 白妙の衣してうつひびきより おきまよふしものいろにいづらん
0953 おもひあへず秋ないそぎそさをしかの つまとふ山のを田のはつしも
0954 秋くれてわが身しぐれとふるさとの 庭はもみぢのあとだにもなし
0955 あすよりは秋も嵐のおとは山 かたみとなしにちるこのは哉
冬十五首
0956 たむけしてかひこそなけれ神奈月 もみぢはぬさとちりまがへども
0957 山めぐり猶しぐるなり秋にだに あらそひかねしまきのしたばを
0958 うらがれしあさ地はくちぬひととせの すゑばのしものふゆのよなよな
0959 冬はまだあさはののらにおくしもの ゆきよりふかきしののめのみち
0960 よしさらばよものこがらしふきはらへ ひとはくもらぬ月をだに見む
0961 おとづれしまさきのかづらちりはてて と山もいまはあられをぞきく
0962 山がつのあさけのこやにたくしばの しばしと見ればくるるそら哉
0963 冬の夜のむすばぬゆめにふしわびて わたるをがはは氷ゐにけり
0964 庭の松はらふあらしにおくしもを うはげにわぶるをしのひとりね
0965 たれを又夜ふかき風にまつしまや をじまのちどりこゑうらむ覧
0966 ながめやる衣手さむくふる雪に ゆふやみしらぬ山のはの月
0967 こまとめて袖うちはらふかげもなし さののわたりの雪のゆふぐれ
0968 白妙にたなびくくもをふきまぜて ゆきにあまぎる峯のまつかぜ
0969 庭のおもにきえずはあらねど花と見る 雪は春までつぎてふらなん
0970 いくかへりはるをばよそにむかへつつ おくる年のみ身につもるらむ
恋十首
0971 久方のあまてる神のゆふかづら かけていくよをこひわたるらん
0972 松がねをいそべの浪のうつたへに あらはれぬべきそでのうへかな
0973 あはれとも人はいはたのおのれのみ 秋のもみぢをなみだにぞかる
0974 しのぶるはまけてあふにも身をかへつ つれなきこひのなぐさめぞなき
0975 わくらばにたのむるくれのいりあひは かはらぬかねのおとぞひさしき
0976 あか月はわかるる袖をとひがほに 山した風もつゆこぼるなり
0977 まつ人のこぬ夜のかげにおもなれて 山のはいづる月もうらめし
0978 うきはうくつらきはつらしと許も 人めおぼえて人をこひばや
0979 たれゆゑぞ月をあはれといひかねて とりのねおそきさよのたまくら
0980 見せばやなまつとせしまのわがやどを 猶つれなさはこととはずとも
旅五首
0981 草枕ゆふつゆはらふささのはの み山もそよにいくよしほれぬ
0982 浪のうへの月をみやこのともとして あかしのせとをいづるふな人
0983 いもと我といるさの山は名のみして 月をぞしたふありあけのそら
0984 こまなづむいは木の山をこえわびて 人もこぬみのはまにかもねむ
0985 宮こ思ふ涙のつまとなるみがた 月にわれとふ秋のしほ風
山家五首
0986 露しものをぐらの山にいへゐして ほさでもそでのくちぬべき哉
0987 秋の日にみやこをいそぐしづのめが かへるほどなきおほはらのさと
0988 浪のおとに宇治のさと人よるさへや ねてもあやふき夢のうきはし
0989 しばのとのあと見ゆ許しをりせよ わすれぬ人のかりにもぞとふ
0990 庭のおもはしかのふしどとあれはてゝ 世よふりにけり竹あめるかき
鳥五首
0991 やどになくやこゑのとりはしらじかし おきてかひなきあかつきのつゆ
0992 手なれつつすゑ野をたのむはしたかの きみのみよにぞあはむとおもひし
0993 君が世に霞をわけしあしたづの さらにさはべのねをやなくべき
0994 如何せむつらみだれにしかりがねの たちどもしらぬ秋の心を
0995 わがきみにあぶくま河のさよちどり かきとどめつるあとぞうれしき
祝五首
0996 よろづ世とときはかきはにたのむ哉 はこやの山のきみのみかげを
0997 あまつそらけしきもしるし秋の月 のどかなるべきくものうへとは
0998 わがきみのひかりぞそはむはるの宮 てらすあさひのちよのゆくすゑ
0999 をとこ山さしそふまつの枝ごとに 神もちとせをいはひそむらん
1000 秋津嶋よもの民の戸をさまりて いくよろづよもきみぞたもたむ
夏日侍 千五百番哥合是也 建久元年七月進
太上皇仙洞同詠百首応製和歌
平出無先例如此可書由内府被披露仍随時儀 正四位下行左近衛権少将兼安芸権介臣藤原朝臣定家上
春廿首
1001 春霞きのふをこぞのしるしとや のきばの山もとをざかるらん
1002 はるといへば花やはおそきよしの山 きえあへぬ雪のかすむあけぼの
1003 山の葉に霞許をいそげども はるにはなれぬそらの色哉
1004 やまざとは谷のうぐひすうちはぶき ゆきよりいづるこぞのふるこゑ
1005 きえなくに又やみ山をうづむ覧 わかなつむのもあは雪ぞふる
1006 谷風のふきあげにさける梅花 あまつそらなるくもやにほはむ
1007 さとわかぬ月をば色にまがへつつ よものあらしににほふうめがえ
1008 はるやあらぬやどをかごとにたちいづれど いづこもおなじかすむよの月
1009 あづまやのこやのかりねのかやむしろ しくしくほさぬはるさめぞふる
1010 まちわびぬ心づくしのはるがすみ 花のいさよふ山のはのそら
1011 桜花さきぬやいまだしらくもの はるかにかをるをはつせの山
1012 雲の浪霞のなみにまがへつつ よしのの花のおくを見ぬ哉
1013 しるしらぬわかぬかすみのたえまより あるじあらはにかをる花哉
1014 あかざりし霞の衣たちこめて 袖のなかなる花のおもかげ
1015 桜花うつろふ春をあまたへて 身さへふりぬるあさ地ふのやど
1016 さくらいろの庭のはるかぜあともなし とはばぞ人の雪とだに見む
1017 花のかも風こそよもにさそふらめ 心もしらぬふるさとのはる
1018 とまらぬはさくら許を色にいでて ちりのまよひにくるるはるかな
1019 よし野河たぎついは浪せきもあへず はやくすぎゆく花のころ哉
1020 けふのみとしひてもをらじふぢの花 さきかかる夏のいろならぬかは
夏十五首
1021 郭公まつに心のうつるより そでにとまらぬはるの色哉
1022 まつとせし人のためとはながめねど しげる夏草みちもなきまで
1023 時しらぬさとはたま河いつとてか 夏のかきねをうづむしらゆき
1024 あふひぐさかりねののべにほととぎす 暁かけてたれをとふらん
1025 なほざりに山郭公なきすてて 我しもとまるもりのしたかげ
1026 ゆふぐれはなくねそらなるほととぎす 心のかよふやどやしるらん
1027 またれつつ年にまれなる郭公 さ月許のこゑなをしみそ
1028 けふはいとどおなじみどりにうづもれて 草のいほりもあやめふくなり
1029 あまの河やそせもしらぬさみだれに 思ふもふかき雲のみを哉
1030 袖のかを花橘におどろけば そらにありあけの月ぞのこれる
1031 ひさかたのなかなる河のうかひ舟 いかにちぎりてやみをまつらん
1032 夏衣たつた河らをきて見れば しのにおりはへ浪ぞほしける
1033 なつの月はまだよひのまとながめつつ ぬるやかはべのしのめのそら
1034 山のかげおぼめくさとにひぐらしの こゑたのまるるゆふがほの花
1035 たがみそぎおなじあさぢのゆふかけて まづうちなびくかもの河風
秋廿首
1036 けさよりは風をたよりのしるべにて あとなき浪も秋やたつらん
1037 みづぐきのをかのくずはらふきかへし 衣手うすき秋のはつ風
1038 ゆふぐれはをののしのはらしのばれぬ 秋きにけりとうづらなくなり
1039 松の葉のいつともわかぬ影にしも いかなる色とかはる秋風
1040 つゆをおもみ人はまちえぬ庭のおもに 風こそはらへもとあらのはぎ
1041 荻原やうゑてくやしき秋風は ふくをすさびにたれかあかさむ
1042 さをしかのなくねのかぎりつくしても いかが心に秋のゆふぐれ
1043 秋きぬとそでにしらるるゆふつゆに やがてこのまの月ぞやどかる
1044 松虫の声をとびゆく秋ののに つゆたづねける月の影哉
1045 思いれぬ人のすぎゆく野山にも 秋は秋なる月やすむらん
1046 たかさごのをのへのしかの声たてし 風よりかはる月のかげ哉
1047 心のみもろこしまでもうかれつつ ゆめ地にとほき月のころ哉
1048 紅葉する月のかつらにさそはれて したのなげ木もいろぞうつろふ
1049 行く秋をちぢにくだけてすぎぬらん わが身ひとつを月にうれへて
1050 秋とだにわすれむと思ふ月かげを さもあやにくにうつ衣哉
1051 ひとりぬる山どりのをのしだりをに 霜おきまよふ床の月かげ
1052 如何せんきほふ木のはの木枯に たえず物おもふ長月のそら
1053 さをしかのふすや草むらうらがれて したもあらはに秋風ぞふく
1054 いはしろのの中さえゆく松風に むすびそへつる秋のはつしも
1055 冬はただあすかの里のたびまくら おきてやいなん秋の白露
冬十五首
1056 秋くれしもみぢのいろをかさねても 衣かへうきけふのそら哉
1057 ふゆきぬと時雨のおとにおどろけば めにもさやかにはるるこのもと
1058 のこる色もあらしの山の神奈月 ゐせきの浪におろすくれなゐ
1059 かれはつる草のまがきはあらはれて いはもる水をうづむもみぢ葉
1060 しをれ葉やつゆのかたみにおくしもも 猶あらしふく庭のよもぎふ
1061 花すすき草のた本もくちはてぬ なれてわかれし秋をこふとて
1062 しぐれこしきしの松かげつれもなく すむにほどりの池のかよひぢ
1063 まきのやに時雨あられはよがれせで こほるかけひのおとづれぞなき
1064 これやさは秋のかたみのうらならん かはらぬ色をおきの月かげ
1065 浦風にやくしほけぶりふきまよひ たなびく山の冬ぞさびしき
1066 なく千鳥袖のみなとをとひこかし もろこし舟もよるのねざめに
1067 ことぞともなくてことしもすぎのとの あけておどろくはつゆきのそら
1068 かたしきのとこのさむしろこほる夜に ふりかしぐらん峯の白雪
1069 雪ふかきまののかやはらあとたえて またこととほしはるのおもかげ
1070 やどごとにはるのかすみをまつとてや 年をこめてはいそぎたつらむ
祝五首
1071 あめつちとかぎりながれとちかひおきし 神のみことぞわかき君のため
1072 さねこしのさか木にかけしかがみにぞ きみがときはのかげは見えけん
1073 わが道をまもらば君をまもるらん よはひはゆづれ住吉の松
1074 万代の春秋きみになづさはむ はなと月とのすゑぞひさしき
1075 よものうみもけぶりにぎはふはまびさし ひさしきちよにきみぞさかえむ
恋十五首
1076 あふことのまれなる色やあらはれん もりいでてそむる袖のなみだに
1077 たれか又物思ことはをしへおきし 枕ひとつをしる人にして
1078 こひしさのわびていざなふよひよひに ゆきてはかへるみちのささはら
1079 かたいとのあふとはなしにたまのをも たえぬ許ぞ思みだるる
1080 きえわびぬうつろふ人の秋の色に 身をこがらしのもりのしたつゆ
1081 夢なれやをののすがはらかりそめに つゆわけし袖は今もしほれて
1082 たづね見るつらき心のおくの海よ しほひのかたのいふかひもなし
1083 人ごころかよふただちのたえしより うらみぞわたるゆめのうきはし
1084 おもかげはなれしながらの身にそひて あらぬ心のたれちぎるらん
1085 おもひいでよたがきぬぎぬのあかつきも わがまたしのぶ月ぞ見ゆらん
1086 わすれねよこれはかぎりぞと許の 人づてならぬ思いでもうし
1087 はてはただあまのかるもをやどりにて まくらさだむるよひよひぞなき
1088 かれぬるはさぞなためしとながめても なぐさまなくにしものしたくさ
1089 時つ風ふけひのうらにあがひても たがためにかは身をもをしみし
1090 久方の月ぞかはらでまたれける 人にはいひし山のはのそら
雑十首
1091 おほかたの月もつれなきかねのおとに 猶うらめしきありあけのそら
1092 たつけぶり野山のすゑのさびしさは 秋ともわかずゆふぐれのそら
1093 いく世へぬかざしをりけんいにしへに 三わのひばらのこけのかよひぢ
1094 こまとめしひのくま河の水きよみ 夜わたる月の影のみぞ見る
1095 そらにふくおなじ風こそこゑたつれ 峯の松がえあらいその浪
1096 あさゆふはたのむとなしにおほぞらの むなしきくもをうちながめつつ
1097 そなれ松しづえやためしおのれのみ かはらぬいろに浪のこゆらん
1098 年ふればしもよのやみになくつるを いつまでそでのよそにききけん
1099 いたづらにあたらいのちをせめきけむ ながらへてこそけふにあひぬれ
1100 わかのうらにかひなきもくづかきつめて 身さへくちぬと思ける哉
内大臣家百首 建保三年九月十三日夜講
詠百首和歌 参議
春十首
早春
1101 うぐひすもまだいでやらぬはるのくも ことしともいはず山風ぞ吹
春雪
1102 あはゆきの今もふりしくときは山 おのれきえてやはるをわくべき
野鴬
1103 春くればのべにまづさく花のえを しるべにきゐるうぐひすのこゑ
海霞
1104 かざすてふ浪もてゆへる山やそれ 霞ふきとけすまのうら風
関霞
1105 しるしらぬ相坂山のかひもなし 霞にすぐるせきのよそめは
朝若菜
1106 たがためとまだあさしものけぬがうへに そでふりはへてわかなつむらん
庭梅
1107 袖ふれしやどのかたみのむめがえに のこるにほひよはるをあらすな
夜梅
1108 ひさかたの月やはにほふむめの花 そらゆくかげをいろにまがへて
夕帰雁
1109 くれぬなり山本とほきかねのおとに 峯とびこえてかへるかりがね
栽花
1110 ふりはつる身にこそまたねさくら花 うへおくやどのはるなわすれそ
待花
1111 霞たつ山のやまもりことづてよ いくかすぎての花のさかりと
尋花
1112 鳥の声霞の色をしるべにて おもかげにほふはるの山ぶみ
翫花
1113 かざしをる花の色かにうつろひて けふのこよひにあかぬもろ人
惜花
1114 きえずともあすは雪とや桜花 くれゆくそらをいかにとどめん
残春
1115 春はただ霞許の山のはに 暁かけて月いづるころ
夏十首
首夏
1116 あはれをもあまたにやらぬ花のかの 山もほのかにのこるみか月
夏草
1117 さゆり葉にまじる夏草しげりあひて しられぬ世にぞくちぬと思し
初郭公
1118 山のはのあさけのくもにほととぎす まださとなれぬこぞのふるこゑ
嶺郭公
1119 よそにのみききかなやまむ郭公 たかまの山のくものをちかた
杜郭公
1120 ほととぎすこゑあらはるる衣手の もりのしづくを涙にやかる
池菖蒲
1121 さ月きぬのきのあやめのかげそへて まちしいつかとにほふ池水
山五月雨
1122 峯つづきくものただちにまどとぢて とはれむものかさみだれのそら
故郷橘
1123 たちばなの袖のかばかり昔にて うつりにけりなふるきみやこは
沢蛍
1124 せりつみしさはべのほたるおのれ又 あらはにもゆとたれに見すらん
樹陰納涼
1125 はつせのやゆつきがしたにかくろへて 人にしられぬ秋風ぞ吹
秋十五首
初秋
1126 あぢきなくさもあらぬ人のねざめまで 物思そむる秋のはつ風
行路萩
1127 秋はぎのゆくてのにしきこれも又 ぬさもとりあへぬたむけにぞをる
山家虫
1128 松虫の声もかひなしやどながら たづねばくさのつゆの山かげ
夕荻
1129 人ごころいかにしをれどをぎのはの 秋のゆふべにそよぎそめけん
谷鹿
1130 さをしかのあさゆくたにのたまかづら おもかげさらすつまやこふらん
原鹿
1131 みかのはらくにのみやこの山こえて むかしやとほきさをしかのこゑ
島月
1132 秋は又ぬれこし袖のあひにあひて をじまのあまぞ月になれける
江月
1133 あかす夜は入江の月の影許 こぎいでし舟のあとのうき浪
浦月
1134 ひさかたの月のひかりを白妙に しきつのうらの浪の秋風
橋月
1135 はるかなる峯の梯めぐりあひて ほどはくもゐの月ぞさやけき
河月
1136 ひかりさすたましま河の月きよみ をとめの衣そでさへぞてる
暁擣衣
1137 ながき夜をつれなくのこる月のいろに おのれもやまず衣うつなり
遠村紅葉
1138 山本の紅葉のあるじうとけれと つゆもしぐれもほどは見えけり
古寺紅葉
1139 そばたつる枕におつるかねのおとも もみぢをいづる峯の山でら
暮秋
1140 あさなあさなあへずちりしくくずのはに おきそふしもの秋ぞすくなき
冬十首
田家時雨
1141 かりのこす田のものくももむらむらに しぐれてはるる冬はきにけり
野径霜
1142 あさしもの花ののすすきおきてゆく をちかた人のそでかとぞ見る
水郷寒蘆
1143 冬の日のみじかきあしはうらがれて 浪のとまやに風ぞよわらぬ
寒夜千鳥
1144 浦千鳥方もさだめずこひてなく つまふく風のよるぞひさしき
湖氷
1145 鏡山夜わたる月もみがかれて あくれどこほるしがのうら波
林雪
1146 はやしあれて秋のなさけも人とはず 紅葉をたきしあとの白雪
深更霰
1147 あけ方もまだとほ山のこがらしに あられふきまぜなびくむらくも
浜雪
1148 大伴の御津のはま風ふきはらへ 松とも見えじうづむ白雪
岡雪
1149 けさは又あとかきたゆる水ぐきの をかのやかたの雪のふりはも
歳暮
1150 ゆく年よ今さへおくりむかふてふ 心ながさをいかに見るらん
恋廿五首 寄名所
1151 世とともに吹上の浜のしほ風に なびくまさごのくだけてぞおもふ
1152 くるる夜は衛士のたく火をそれと見よ むろのやしまもみやこならねば
1153 住の江の松のねたくやよる浪の よるとはなげくゆめをだに見で
1154 かひがねにこの葉ふきしく秋風も 心の色をえやはつたふる
1155 龍田山ゆふつけ鳥のおりはへて わが衣手に時雨ふるころ
1156 わが袖にむなしき浪はかけそめつ 契もしらぬとこのうら風
1157 しられじな霞のしたにこがれつつ きみにいぶきのさしもしのぶと
1158 葦の屋に蛍やまがふあまやたく おもひもこひもよるはもえつつ
1159 白玉のをだえのはしの名もつらし くだけておつるそでの涙に
1160 今よりのゆききもしらぬあふさかに あはれなげ木のせきをすゑつる
1161 玉匣あくればゆめのふたみがた ふたりやそでの浪にくちなん
1162 あらはれて袖のうへゆく名とり河 今はわが身にせく方もなし
1163 思いづるのちの心にくらぶ山 よそなる花の色はいろかは
1164 如何せんうらのはつしまはつかなる うつつののちはゆめをだに見ず
1165 たのめおきしのちせの山のひとことや こひをいのりのいのちなりける
1166 たづねぬは思し三わの山ぞかし わすれねもとのつらきおもかげ
1167 さとの名を身にしる中のちぎりゆゑ 枕にこゆる宇治の河波
1168 やすらひにいでけん方もしらとりの とば山松のねにのみぞなく
1169 しるべせよむしあけのせとの松の風 ほかゆく浪のしらぬわかれに
1170 かたみこそあだのおほののはぎのつゆ うつろふ色はいふかひもなし
1171 袖のうらがりにやどりし月草の ぬれてののちを猶やたのまむ
1172 わすれがひそれも思ひのたねたえて 人を見ぬめのうらみてぞぬる
1173 いのちだにあらばあふせをまつら河 かへらぬ浪もよとめとぞ思
1174 ま木のはのふかきをすての山におふる こけのしたまで猶やうらみむ
1175 わすられぬままのつぎはしおもひねに かよひし方は夢に見えつつ
雑廿五首
旅五首 春 夏 秋 冬 暁
1176 時のまも人を心におくらさで 霞にまじるはるの山もと 但名所白河関忘却
1177 山地ゆく雲のいづこのたびまくら ふすほどもなき月ぞあけゆく
1178 草のいほやくるる夜ごとの秋風に さそはれわたるたびのつゆけさ
1179 しきたへの衣手かれていくかへぬ くさをふゆののゆふぐれのそら
1180 おもかげにあらぬ昔もたちそひて 猶しののめぞたびはかなしき
述懐五首 山 河 海 里 関
1181 くるとあくと思し月日すぎのいほの 山地つれなく年はへにけり
1182 きえせねばあはれいくよのおもひ河 むなしくこえしせぜのうき波
1183 海渡るうらこぐ舟のいたづらに いそぢをすぎてぬれし浪哉
1184 あれまくや伏見のさとのいでがてに うきをしらでぞけふにあひぬる
1185 今は又関のふぢ河たえずとも くににむくいむためをこそおもへ
祝五首 天 日 月 星 雲
1186 くもりなきみどりのそらをあふぎても きみがやちよをまづいのる哉
1187 みかさ山まつのこのまをいづる日の さしてちとせの色は見ゆらん
1188 秋の月ひさしきやどにかげなびく まがきの竹はよろづよやへむ
1189 くもりなき千世のかずかずあらはれて ひかりさしそへほしのやどりに
1190 山人のよはひをきみのためしにて ちとせのさかにかかるしらくも
神祇五首
伊勢 石清水 賀茂 春日 住吉
1191 身をしればいのるにはあらでたのみこし いすず河波あはれかけけり
1192 石清水月には今もちぎりおかむ みたびかげ見し秋のなかばを
1193 神も見よかもの河なみゆきかへり つかふるみちにわけぬ心を
1194 いのりおきしいかなるすゑにかすが山 すててひさしきあとのこりけん
1195 かたばかり我はつたへしわがみちの たえやはてぬるすみよしの神
釈教五首
大日 釈迦 阿弥陀 薬師 弥勒
1196 あまつそらひかりをわかつよつの身に なにの草木ももるるものかは
1197 きさらぎのなかばのそらをかたみにて はるのみやこをいでし月かげ
1198 ここのへの花のうてなをさだめずは けぶりのしたやすみかならまし
1199 とをあまりふたつのちかひきよくして みがけるたまのひかりをぞしく
1200 花にほふ四つのおほぞらとほからで あか月またぬあふことも哉
内裏百首 名所 依未被行中殿宴猶為密儀
初冬同詠百首和謌
参議藤原定家
春廿首
音羽河
1201 おとは河雪げの浪もいはこえて せきのこなたにはるはきにけり
玉嶋河
1202 うめがかやまづうつるらむかげきよき たましまがはの花のかがみに
高砂
1203 それながらはるはくもゐにたかさごの 霞のうへの松のひとしほ
春日野
1204 わかなつむとぶひののもりかすがのに けふふるあめのあすやまつらん
三輪山
1205 いかさまにまつともたれか三わの山 人にしられぬやどのかすみは
葛木山
1206 あをやぎのかつら木山のながき日は そらもみどりにあそぶいとゆふ
手向山
1207 たつ嵐いづれの神にたむけ山 花の錦の方もさだめず
伊勢海
1208 いせのうみたまよる浪にさくらがひ かひあるうらのはるの色哉
志賀浦
1209 さざなみやしがのはなぞのかすむ日の あかぬにほひにうら風ぞふく
三嶋江
1210 みしま江の波にさをさすたをやめの はるの衣の色ぞうつろふ
塩釜浦
1211 しほがまやうらみてわたるかりがねを もよほしがほにかへる浪哉
宇津山
1212 うつの山わがゆくさきもこととほき つたのわかばにはるさめぞふる
芦屋里
1213 あしのやのわがすむ方のおそざくら ほのかにかすむかへるさのそら
吹上浜
1214 けふぞ見るかざしのなみの花のうへに いとはぬ風のふきあげのはま
湯等三崎
1215 花とりのにほひもこゑもさもあらばあれ ゆらのみさきのはるのひぐらし
忍山
1216 いはつつじいはでやそむるしのぶ山 心のおくの色をたづねて
水無瀬河
1217 春の色をいくよろづ世かみなせがは かすみのほらのこけのみどりに
大淀浦
1218 つらからぬ松もこふらくおほよどの 霞ばかりにかかるうらなみ
田籠浦
1219 たごのうらのなみもひとつにたつくもの 色わかれゆくはるのあけぼの
末松山
1220 あづさゆみすゑの松山はるはただ けふまでかすむなみのゆふぐれ
夏十首
大井河
1221 おほ井河かはらぬゐせきおのれさへ 夏きにけりところもほすなり
篠田杜
1222 道のべの日かげのつよくなるままに ならすしのだのもりのしたかげ
猪名野
1223 みじかよのゐなのささはらかりそめに あかせばあけぬやどはなくとも
御裳濯河
1224 月やどるみもすそ河の郭公 秋のいくよもあかずやあらまし
伊香保沼
1225 唐衣かくるいかほのぬま水に けふはたまぬくあやめをぞひく
天香久山
1226 五月雨はあまのかぐ山そらとぢて くもぞかかれる峯のまさかき
大江山
1227 ゆふすずみおほえの山のたまかづら 秋をかけたるつゆぞこぼるる
難波江
1228 おしてるやなにはほり江にしくたまの よるのひかりはほたるなりけり
美豆御牧
1229 渡するをちかた人のそでかとや みづのにしろきゆふがほの花
松浦山
1230 せみのはの衣に秋をまつらがた ひれふる山のくれぞすずしき
秋廿首
泊瀬山
1231 はつせめのならすゆふべの山風も 秋にはたへぬしづのをだまき
龍田山
1232 心あてのおもひのいろぞたつた山 けさしもそめし木ぎのしらつゆ
陬磨浦
1233 たび衣まだひとへなるゆふぎりに けぶりふきやるすまのうら風
宮城野
1234 秋にあひて身をしる雨としたつゆと いづれかまさる宮木ののはら
水茎岡
1235 水ぐきのをかのまくずをあまのすむ さとのしるべと秋風ぞふく
小倉山
1236 をぐら山秋のあはれやのこらまし をじかのつまのつれなからずは
宇治河
1237 河波もまつよひすぎばとほざかれ やそうぢ人の秋の枕に
常磐杜
1238 はつかりのきなくときはのもりの露 そめぬしづくも秋は見えけり
三宝山
1239 みむろ山しぐれもやらぬくものいろの おのれうつろふ秋のゆふぐれ
高円野
1240 おほぞらにかかれる月もたかまどの のべにくまなきくさのうへのつゆ
伊駒山
1241 いこま山あらしも秋のいろにふく てぞめのいとのよるぞかなしき
生田池
1242 しぐれゆくいくたのもりのこがらしに 池のみくさも色かはるころ
浄見関
1243 きよみがたひまゆくこまもかげうすし 秋なき浪の秋のゆふぐれ
武蔵野
1244 たがかたによるなくかりのねにたてて なみだうつろふむさしののはら
伊吹山
1245 秋をやく色にぞ見ゆるいぶき山 もえてひさしきしたのおもひも
佐良之奈里
1246 はるかなる月のみやこにちぎりありて 秋のよあかすさらしなのさと
白河関
1247 しら河のせきのせきもりいさむとも しぐるる秋の色はとまらじ
野嶋崎
1248 おもかげはひもゆふぐれにたちそひて のじまによする秋のうら波
明石浦
1249 灯のあかしのおきのとも舟も ゆく方たどる秋のゆふぐれ
阿武隈河
1250 たちくもるあぶくま河のきりのまに 秋をはやらぬせきもすゑなむ
冬十首
清瀧河
1251 おとまがふこのは時雨をこきまぜて いはせにそむるきよたきのなみ
小塩山
1252 あさしももしらゆふかけておほはらや をしほの山に神まつるころ
住吉浦
1253 あは地しまむかひのくものむらしぐれ そめもおよばぬすみよしの松
交野
1254 かり人のかたののみゆきうちはらひ とよのあかりにあはむとやする
田蓑嶋
1255 おきあかすしもぞかさなるたび衣 たみののしまはきてもかひなし
有乳山
1256 あらち山みねのこがらしさきたてて くものゆくてにおつる白雪
浮嶋原
1257 ふじのねにめなれし雪のつもりきて おのれ時しるうきしまがはら
安達原
1258 そなたより霞やしたにいそぐらん あだちのまゆみはるはとなりと
因幡山
1259 きのふかも秋のたのもにつゆおきし いなばの山も松の白雪
鏡山
1260 かがみ山うつれる浪のかげながら そらさへこほるありあけの月
恋廿首
伏見里
1261 ふえ竹のふしみのさとは名のみして いづれのよにかねをもたつべき
霞浦
1262 はるがすみかすみのうらをゆく舟の よそにも見えぬ人をこひつつ
石瀬松
1263 かみなびのいはせのもりのいはずとも しれかししたにつもるくちばを
筑波山
1264 あしほ山やまず心はつくばねの そがひにだにも見らくなきころ
袖浦
1265 そでのうらたまらぬたまのくだけつつ よせてもとほくかへる浪哉
益田池
1266 人心いとどますだの池水に うへはしげれる名をうらみつつ
高師浜
1267 あだなみのたかしのはまのそなれ松 なれずはかけてわれこひめやも
阿波手杜
1268 かたいとのあだのたまのをよりかけて あはでのもりにつゆきえねとや
志賀須加渡
1269 秋風になくねをたつるしかすがの わたりし浪におとるそでかは
浜名橋
1270 あづまぢやはまなのはしにひくこまも さぞまちわたるあふさかのせき
礒間浦
1271 梓弓いそまのうらにひくあみの めにかけながらあはぬこひ哉
守山
1272 終夜夢さへ人めもる山は うちぬるなかをたのみやはする
佐野布奈橋
1273 ことづてよさののふなはしはるかなる よそのおもひにこがれわたると
安積沼
1274 如何せんあさかのぬまにおふときく くさばにつけておつる涙を
松嶋
1275 ふくる夜を心ひとつにうらみつつ 人まつしまのあまのもしほ火
緒絶橋
1276 ことのねも嘆くははるちぎりとて をだえのはしになかもたえにき
三熊野浦
1277 時のまのよはの衣のはまゆふや なげきそふべきみくまののうら
鳴海浦
1278 よそ人になるみの海のやへがすみ わすれずとてもへだてはててき
二見浦
1279 ふたみがたいせのはまをぎしきたへの 衣手かれてゆめもむすばず
名取河
1280 なとり河心にくたすむもれ木の ことわりしらぬそでのしがらみ
雑廿首
芳野河
1281 よしの河いはとがしはをこす浪の ときはかきはぞわがきみのみよ
鈴鹿河
1282 すずかがはやそせふみわたるみてぐらも きみが世ながく千世の長月
不尽山
1283 あまのはらふじのしば山しばらくも けぶりたえせず雪もけなくに
還山
1284 いかばかりふかきなかとてかへる山 かさなる雪をとへとまつらん
海橋立
1285 むばたまの夜わたる月のすむさとは げにひさかたのあまのはしだて
明日香河
1286 さざれいしはいはほとなりてあすか河 ふちせのこゑをきかぬみよ哉
鳥羽
1287 すゑとほきとばたの南しめしより いく世の花にみゆきふるらん
辰市
1288 しきしまのみちにわが名はたつのいちや いざまだしらぬやまとことのは
吹飯浦
1289 こすなみにわが世ふけゐのうらみきて うちぬるゆめもこのころぞ見る
布引瀧
1290 ぬのびきのたきにたもとをあらそひて わが年波のいづれたかけん
長柄橋
1291 さもあらばあれなのみながらのはしばしら くちずはいまの人もしのばじ
玉河里
1292 手づくりやさらすかきねのあさつゆを つらぬきとめぬたま河のさと
生浦
1293 なにゆゑかそこのみるめもおふのうらに あふことなしのなにはたつらん
佐夜中山
1294 関の戸をさそひし人はいでやらで ありあけの月のさやの中山
嵯峨野
1295 むすびおきし秋のさがののいほりより とこはくさばのつゆになれつつ
角太河
1296 水ぐきのあとかきながすすみだ河 ことづてやらむ人もとひこず
志加麻市
1297 はれぬまにまづあさぎりをたちこめて しかまのいちにいづるさと人
若浦
1298 よりくべき方もなぎさのもしほ草 かきつくしてしわかのうら波
相坂関
1299 きみに猶あふさか山もかひぞなき すぎのふる葉にいろし見えねば
御津浜松
1300 まちこひし昔は今もしのばれて かたみひさしきみつのはま松
春日同詠百首応製和歌
参議従三位行治部卿兼侍従伊予権守臣藤原朝臣定家上
春廿首
1301 はるがすみたつやと山のあしたより さきあへぬ花を雪とやは見る
1302 あさひさすかすがのをののおのづから まづあらはるる雪のしたくさ
1303 あしがきはまぢかき冬の雪ながら ひらけぬ梅にうぐひすぞなく
1304 梅花にほふやいづこくもかかる み山の松はゆきもけなくに
1305 むばたまの夜のまの風のあさといでに おもふにすぎてにほふ梅がえ
1306 くるとあくとめかれぬ花にうぐひすの なきてうつろふこゑなをしへそ
1307 あらたまのこけのみどりにはるかけて 山のしづくも時はしりけり
1308 浅緑霞たなびく山がつの 衣はるさめ色にいでえつつ
1309 あをによしならのみやこの玉柳 色にもしるくはるはきにけり
1310 峯の雪とくらむ雨のつれづれと 山辺もよほす花のしたひも
1311 昨日けふ山のかひよりしらくもの たつたのさくら今かさくらむ
1312 みよしののよしのは花のやどぞかし さてもふりせずにほふ山哉
1313 桜花さきぬるころはやまながら いしまゆくてふ水のしら浪
1314 ももちどりさへづるはるのかずかずに いくよの花の見てふりぬらむ
1315 花の色にひとはるまけよかへるかり ことしこしぢのそらたのめして
1316 ながめつつかすめる月はあけはてぬ 花のにほひもさとわかぬころ
1317 山の葉をわきてながむる春の夜に 花のゆかりのありあけの月
1318 ちる花のつれなく見えしなごりとて くるるもをしくかすむ山かげ
1319 色まがふのべのふぢなみ袖かけて みかりの人のかざしをるらし
1320 とはばやな花なきさとにすむ人も はるはけふとや猶ながむらん
夏十五首
1321 春の色にせみのは衣ぬぎかへて はつこゑおそき郭公哉
1322 しのばるるときはの山のいはつつじ はるのかたみのかずならねども
1323 物ごとにしぐれのわきし松の色を ひとつにそむる夏のあめ哉
1324 郭公たびなるけさのはつこゑに まつさと見えよのきの橘
1325 ほととぎす心づくしの山の葉を またぬにいづるいざよひの月
1326 いたづらにくもゐる山のまつのはの 時ぞともなき五月雨のそら
1327 あやめ草ふくやさ月のながきひに しばしをやまぬのきの玉水
1328 秋たたむいなばの風をいそぐとて みしふにまじる田ごの衣手
1329 あたらしやうかはのかがりさしはへて いとふかはせのありあけの月
1330 さゆりばのしられぬこひもある物を 身よりあまりてゆくほたる哉
1331 よそへてのかひこそなけれまつ人は こずのとこ夏花にさけども
1332 夏衣かとりのうらのうたたねに 浪のよるよるかよふ秋風
1333 このまもるかきねにうすきみか月の 影あらはるるゆふがほの花
1334 ゆふだちの雲ふく風の時のまに 露ほしはつるをののしのはら
1335 あすかがはゆくせの浪にみそぎして はやくぞ年のなかばすぎぬる 此哥忘却但故殿御哥後年見付可恥
秋廿首
1336 さらぬだにあだにちるてふさくらあさの 露もたまらぬ秋のはつ風
1337 たなばたの手だまもゆらにおるはたを をりしもならふむしのこゑ哉
1338 わがやどは萩のしらつゆあともなし たれかはとはむ野辺のふるみち
1339 おほかたにつもれば人のと許に ながめし月も袖やぬれけん
1340 あはれのみいやとしのはに色まさる 月とつゆとののべのささはら
1341 秋の月河おとすみてあかす夜に をちかた人のたれをとふらん
1342 袖のうへに思いれじとしのべども たえずやどかる月のかげ哉
1343 あづまやののきのほどなきいたびさし いたくも月になれにけるかな
1344 まどろまでながむる月のあけがたに ねざめやすらむ衣うつなり
1345 おきてゆくたがかよひぢのあさつゆぞ 草のたもともしほるばかりに
1346 さをしかのしからむはぎも時すぎて かれゆくをのをらうみてぞなく
1347 ひきむすぶかりほのいほも秋くれて 嵐によわき松むしのこゑ
1348 秋の色のめにさやかなるふるさとに なきてうづらのたれしのぶらん
1349 おろかなるつゆやくさばにぬくたまを 今はせきあへぬはつしぐれ哉
1350 かりがねの涙のつゆのたまながら ぬきもさだめずおるにしき哉
1351 もる山のしぐれぬ秋を見てしがな 心づからやもみぢはつると
1352 ちぎりありてうつろはむとや白菊の 紅葉のしたのはなにさきけん
1353 なが月の紅葉の山のゆふしぐれ はるるひかげもくもはそめけり
1354 泉河日もゆふぐれのこまにしき かたえおちゆく秋のもみぢば
1355 このはもて風のかけたるしがらみに さてもよどまぬ秋のくれ哉
冬十五首
1356 こがらしのもりのこずゑのあさなあさな なにあらはるる神奈月哉
1357 風さむみみほのうらべをこぐ舟に 山のこの葉のきほひがほなる
1358 とまらじなよもの時雨のふるさとと なりにしならの霜のくちばは
1359 かささぎのはがひの山の山かぜの はらひもあへぬしものうへの月
1360 にほどりはたまものやどもかれなくに たのみしあしぞあをばまじらぬ
1361 冬草をむすぶもあだにあかす夜の 枕もしらずあられふるなり
1362 色見えぬ冬の嵐の山風に 松のかれはぞ雨とふりける
1363 ならしばもかれゆくきぎす影をなみ たつやかりばのおのがありかを
1364 はままつのねられぬ浪のとまやがた 猶こゑそふるさよちどり哉
1365 身をしをるすみのやすきをうれへにて 氷をいそぐあさの衣手
1366 なにはがたもとよりまがふみだれあしの ほずゑをしなみはつ雪ぞふる
1367 あけぬとていでつる人のあともなし ただ時のまにつもるしらゆき
1368 とはるるをたれ許とやながむ覧 雪のあしたのいはのかけみち
1369 いとどしくふりそふ雪にだにふかみ しられぬ松のうづもれぬらん
1370 むかひゆくむそぢのさがのちかければ あはれもゆきも身につもりつつ
恋十五首
1371 今ぞおもふいかなる月日ふじのねの 峯にけぶりのたちはじめけん
1372 きのふけふくものはたてをながむとて 見もせぬ人の思やはしる
1373 はつかりのとわたる風のたよりにも あらぬおもひをたれにつたへむ
1374 まどろまぬしもおくよはのももはがき はねかくしぎのくだけてぞなく
1375 終夜月にうれへてねをぞなく いのちにむかふ物思ふとて
1376 くるる夜はおもかげ見えてたまかづら ならぬこひする我ぞかなしき
1377 袖のうへもこひぞつもりてふちとなる 人をば見ねのよそのたきつせ
1378 いかにしてむかひのをかにかるくさの つかのまにだにつゆの影見む
1379 如何せん浪こす袖にちるたまの かずにもあらぬしづのをだまき
1380 夢といへどいやはかななる春の夜に まよふただ地は見てもたのまず
1381 いしばしるたきある花のちぎりにて さそはばつらし春の山かぜ
1382 わくらばにかよふ心のかひもあらじ たのむよしののかざしばかりは
1383 ねにたつるかけのたれおのたれゆゑか みだれて物は思そめてし
1384 秋ののにをばなかりふくやどよりも そでほしわぶるけさのあさつゆ
1385 したひものゆふてもたゆきかひもなし わするるくさをきみやつけけむ
雑十五首
1386 あけぬとてゆふつけどりのこゑすなり たれか別のそでぬらすらん
1387 ながめするけふもいりあひのかねのおとに すぎゆくかたを身にかぞへつつ
1388 山ざとは猶さびしとぞたちかへる あくればいそぐ心やすまで
1389 よそにのみみ山のすぎのつれもなく もとの心はあらずなりつつ
1390 それもうとし心なぐさむうみ山は 身のよるべとも思ならはで
1391 心からいきうしといひてかへるとも いさめぬせきをいでぞわづらふ
1392 かきやればけぶりたちそふもしほぐさ あまのすさびにみやここひつつ
1393 浪枕はまかぜしろくやどる月 そでのわかれのかたみがほなる
1394 人もわかず山地しぐれてゆくくもを ともなふみねのそでのしづくは
1395 たまぼこやたびゆく人はなべて見よ くにさかへたる秋つしま哉
1396 きみが世のあめのうるひはひろけれど 我ぞめぐみの身にあまりぬる
1397 いかにしてくちにしたにのこのもとに みちあるみよのはるをまちけん
1398 紫の色こきまではしらざりき みよのはじめのあまのは衣
1399 わかのうらになきてふりにししものつる このころ見えて心やすめて
1400 いのりおきしわがふるさとのみかさ山 きみのしるべを猶おもふ哉
先撰二百首之愚哥有結番事
仍可謂拾其遺又養和元年全百首
之初学建保四年書三巻之家
集彼是之間再居拾遺之官
故為此草名
建保四年三月十八日書之
参議治部卿兼侍従藤(花押)
関白左大臣家百首 貞永元年四月
詠百首和歌
権中納言定家
霞
1401 しらざりき山よりたかきよはひまで はるのかすみのたつを見むとも
1402 みよし野は春のかすみのたちどにて きえぬにきゆる峯の白雪
1403 いつしかと宮こののべはかすみつつ わかなつむべきはるはきにけり
1404 たづぬともあひ見むものかはるきては ふかき霞のうらのはつしま
1405 いくはるのかすみのしたにうづもれて おどろのみちのあとをとふらむ
桜
1406 ちはやぶる神世のさくらなにゆゑに よしのの山をやどとしめけむ
1407 さくらばなまちいづるはるのうちをだに こふる日おほくなどにほふらん
1408 たづね見る花のところもかはりけり 身はいたづらのながめせしまに
1409 くものうへちかきまもりにたちなれし みはしの花のかげぞこひしき
1410 庭のおもは柳さくらをこきまぜむ はるのにしきのかずならずとも
暮春
1411 かずまさるわがあらたまの年ふれば ありしよりけにをしきはる哉
1412 雪とふる花こそぬさのかどでして したふあとなきはるのかへるさ
1413 にほふより春はくれゆく山ぶきの 花こそはなのなかにつらけれ
1414 ちるはなのくものはやしもあれはてて いまはいくかのはるものこらじ
1415 わすられぬやよひのそらのうらみより はるのわかれぞ秋にまされる
郭公
1416 たれしかもはつねきくらむ郭公 またぬ山地に心つくさで
1417 ほととぎすおのがさ月をつれもなく 猶こゑをしむ年もありけり
1418 山かづらあけゆくくもにほととぎす いづるはつねもみねわかるなり
1419 あぢきなきをちかた人の郭公 それともわかぬのべのゆふぐれ
1420 袖のかの花にやどかれほととぎす 今もこひしきむかしとおもはば
五月雨
1421 ぬきもあへずこぼるるたまのをはたえぬ さみだれそむるのきのあやめに
1422 五月雨の日かずもくももかさなれば 見らくすくなきよもの山のは
1423 さみだれのくものまぎれに中たえて つづきも見えぬ山のかけはし
1424 三わの山さ月のそらのひまなきに ひばらのこゑぞ雨をそふなる
1425 たまぼこやかよふただ地も河と見て わたらぬなかのさみだれのころ
早秋
1426 くれがたきはるのすがのねひきかへて あくるよおそき秋はきにけり
1427 秋きぬとをぎのは風はなのるなり ひとこそとはねたそがれのそら
1428 風のおとの猶いろまさるゆふべ哉 ことしはしらぬ秋の心を
1429 きのふけふあさけばかりの秋風に さそはれわたる木ぎのしらつゆ
1430 手なれつるねやの扇をおきしより とこもまくらもつゆこぼれつつ
月
1431 ときわかずそらゆく月の秋の夜を いかにちぎりてひかりそふらん
1434 したをぎもおきふしまちの月の色に 身をふきしをるとこの秋風
1432 むかしおもふくさにやつるるのきばより ありしながらの秋のよの月
1433 ながき夜の月をたもとにやどしつつ わすれぬことをたれにかたらん
1435 秋の月たまきはるよのななそぢに あまりてものはいまぞかなしき
紅葉
1436 山ひめのこきもうすきもなぞへなく ひとつにそめぬよものもみぢ葉
1437 やま人のうたひてかへるゆふべより にしきをいそぐみねのもみぢば
1438 しぐれつつそでだにほさぬ秋の日に さこそみむろの山はそむらめ
1439 たつた山神のみけしにたむくとや くれゆく秋のにしきおるらん
1440 今はとて紅葉にかぎる秋の色を さぞともなしにはらふこがらし
氷
1441 こほりゐておきなが河のたえしより かよひしにほのあとを見ぬかな
1442 せだえしてみなはわかるる涙河 そこもあらはに氷とぢつつ
1443 冬の夜のながきかぎりはしられにき ねなくにあくるそでのつららに
1444 そでのうへわたるをかはをとぢはてて そらふく風もこほる月かげ
1445 氷のみむすぶさ山の池水に みくりもはるのくるをまつらし
雪
1446 おいらくは雪のうちにぞ思ひしる とふ人もなしゆく方もなし
1447 いたづらに松のゆきこそつもるらめ わがふみわけしあけぼのの山
1448 いその神ふるのはゆきの名なりけり つもる日かずをそらにまかせて
1449 夢かともさとの名のみやのこるらん 雪もあとなきをののあさちふ
1450 たればかり山地をわけてとひくらむ まだ夜はふかき雪のけしきに
忍恋
1451 くちなしの色のやちしほこひそめし したのおもひやいはではてなん
1452 水ぐきの人づてならぬあとにだに おもふこころはかきもながさず
1453 うゑしげるかきねかくれのをざさはら しられぬこひはうきふしもなし
1454 白露のおくとはなげくとばかりも ゆめのただちやことかよふらん
1455 ことうらにこるやしほ木の名にたてよ もえてかくれぬけぶりなりとも
不遇恋
1456 よりかけてまだてになれぬたまのをの かたいとながらたえやはてなん
1457 夜な夜なの月もなみだにくもりにき かげだに見せぬ人をこふとて
1458 名とり河心のとはむことのはも しらぬあふせはわたりかねつつ
1459 あまのかるよそのみるめをうらみにて よるはたもとにかかるなみかは
1460 わがこひよなににかかれるいのちとて あはぬ月日のそらにすぐらむ
後朝恋
1461 今のまのわが身にかぎるとりのねを たれうき物とかへりそめけむ
1462 おきわびぬながき夜あかぬくろかみの そてにこぼるるつゆみだれつつ
1463 せきもりの心もしらぬわかれには かならずたのむこのくれもなし
1464 あさつゆのおくをまつまのほどをだに 見はてぬゆめをなににたとへむ
1465 はじめよりあふはわかれとききながら 暁しらで人をこひける
遇不逢恋
1466 いのちとてあひ見むこともたのまれず うつる心の花のさかりは
1467 はるかなる人の心のもろこしは さわぐみなとにことづてもなし
1468 はかなしなゆめにゆめ見しかげろふの それもたえぬるなかのちぎりは
1469 海とのみあれぬるとこのあはれわが 身さへうきてとたれにつたへむ
1470 色かはるみののなか山秋こえて 又とほざかるあふさかのせき
怨恋
1471 おのれのみあまのさかてをうつたへに ふりしくこのはあとだにもなし
1472 あけぬなりおのが心のあたら夜は むかしむすばぬちぎりしられて
1473 おもふともこふともなにのかひがねよ よこほりふせる山をへだてて
1474 なれし夜の月許こそ身にはそへ ぬれてもぬるるそでにやどりて
1475 道のべのひとことしげき思草 しものふりはとくちぞはてぬる
旅
1476 みやこいでてあさたつ山のたむけより 露おきとめぬ秋風ぞふく
1477 ゆふ日かげさすやをかべのたまざさを ひとよのやどとたのみてぞかる
1478 ふるさとにとまるおもかげたちそひて たびにはこひのみちぞはなれぬ
1479 なぐさまずいづれの山もすみなれし やどをばすての月のたびねは
1480 ふしなれぬはままつがねのいはまくら 袖うちぬらしかへるうき波
山家
1481 猶しばし雲ゐるたにをたちかへり みやこの月にいづるやまみち
1482 松風のおとにすみけむ山人の もとの心は猶やしたはん
1483 月にふくあらし許やむかへけん みなみの山のしものふるみち
1484 たにごしのましばののきのゆふけぶり よそめばかりはすみうからじや
1485 とこなるる山したつゆのおきふしに そでのしづくは宮こにもにず
眺望
1486 ももしきのとのへをいづる夜ひ夜ひは またぬにむかふ山の葉の月
1487 ふきはらふもみぢのうへのきりはれて 峯たしかなるあらし山哉
1488 泉河ゆききのふねはこぎすぎて ははそのもりに秋ややすらふ
1489 つのくにのこやさく花といまも見る いこまの山のゆきのむらぎえ
1490 雲のゆくかただのおきやしぐるらん ややかげしめるあまのいさり火
述懐
1491 神かぜやみもすそ河にいのりおきし 心のそこやにごらざりけむ
1492 そのかみのわがかねごとにかけざりし 身のほどすぐるおいのなみ哉
1493 まちえつるふるえのふぢのはるの日に こずゑの花をならべてぞ見る
1494 はからずよ世にありあけの月にいでて ふたたびいそぐとりのはつこゑ
1495 たらちねのおよばずとほきあとすぎて みちをきはむるわかのうら人
祝
1496 きみをいのるけふのたふとさかくしこそ をさまれる世はたのしきをつめ
1497 霜雪のしろかみまではつかへきぬ きみのやちよをいはひおくとて
1498 世よふともかはらぬ竹のふしておもひ おきてぞいのるきみのよはひを
1499 きみが世をいくよろづ世とかぞへても なににたとへむあかぬ心は
1500 ひさにふるみむろの山のさか木ばぞ 月日はゆけどいろもかはらぬ
拾遺愚草中
韻哥百廿八首 建久七年秋
仁和寺宮五十首 建久九年夏
院五十首 建仁元年春
同句題五十首 同年十一月
女御入内御屏風哥 建久元年正月卅八首
入道皇太后宮大夫九十賀算屏風哥 建仁三八月十二日
最勝四天王院名所障子哥 建永二年四十六首
院廿首 建暦二年十二月
後仁和寺宮花鳥十二首
仁和寺宮御十首 承久元年
権大納言家卅首
女御入内御屏風哥 寛喜元年十一月
韻哥
百廿八首和歌 建久七年九月十八日 内大臣家 他人不詠
春
1501 いつしかといづるあさ日をみかさ山 けふよりはるのみねのまつ風
1502 かすみぬなきのふぞ年はくれ竹の ひとよばかりのあけぼのの空
1503 むさしのの霞もしらずふる雪に まだわかくさのつまや籠れる
1504 こぞもさぞただうたたねのたまくらに はかなくかへるはるのよの夢
1505 谷ふかくまだ春しらぬゆきのうちに ひとすぢふめる山人の蹤
1506 子日するのべのかたみに世にのこれ うゑおく庭のけふのひめ松
1507 日はおそし心はいざやときわかで はるか秋かのいりあひの鐘
1508 白雲かきえあへぬ雪かはるのきて かすみしままのみよしのの峯
1509 なにはがたあけゆく月のほのぼのと かすみぞうかぶ浪のいり江に
1510 ふかき夜を花と月とにあかしつつ よそにぞきゆるはるの[金+工](ともしび)
1511 あれはててはるの色なきふるさとに うらやむとりぞつばさ雙る
1512 風かよふ花のかがみはくもりつつ はるをぞわたるにはの矼
1513 ちる花にみぎはのほかのかげそひて 春しも月はひろさはの池
1514 はるよただつゆのたまゆらながめして なぐさむ花のいろは移ぬ
1515 あさつゆのしらぬたまのをありがほに はぎうゑおかんはるの籬に
1516 あはれいかに霞も花もなれなれて くもしくたににかへる[麗+鳥](うぐひす)
夏
1517 はるの草の又夏草にかはるまで 今とちぎりし日こそ遅けれ
1518 見ることに猶めづらしきかざし哉 神世かけたるけふの葵よ
1519 夏山の河かみきよき水の色の ひとつにあをきのべのみち芝
1520 はるもいぬ花もふりにし人ににて 又見ぬやどにまつぞ遺れる
1521 ゆふまぐれねにゆくからずうちむれて いづれの山のみねに飛らん
1522 夏の夜はげにこそあかね山の井の しづくにむすぶ月の暉も
1523 しののめのゆふつけどりのなくこゑに はじめてうすきせみのは衣
1524 いは井くむ松にまたるる秋かぜに まくずうらみはわれも帰らん
1525 ゆきなやむ牛のあゆみにたつちりの 風さへあつき夏のを車
1526 たちのぼりみなみのはてにくもはあれど てる日くまなきころの虚 オホソラ
1527 夏の夜は月ぞけぢかき風すずむ ふせやののきのまやの余に
1528 池水にすゑうちさわぐうきくさは まづゆふかぜのふきや初むる
1529 大井河夏ごとにさすかりやかた いくとせか見るくだす桴を
1530 山かげはむすばぬそでも風ぞふく いはせく水におつるしら珠
1531 あとふかきわがたつそまにすぎふりて ながめすずしきにほの湖
1532 折しもあれくものいづらにいる月の そらさへをしきしののめの途
秋
1533 やへむぐら秋のわけいる風の色を われさきにとぞしかは啼なる
1534 今よりとちぎりし月を友として いく秋なれぬ山の棲に
1535 旅人のそでふきかへす秋風に ゆふ日さびしき山の梯
1536 つま木こりみちふみならす山人も このゆふぎりや猶迷らん
1537 色わかぬ秋のけぶりのさびしきは やどよりをちのやどにたく柴
1538 秋の夜はつむといふ草のかひもなし まつさへつらきすみよしの涯
1539 山水のたえゆくおとをきてとへば つもるあらしのいろぞ埋める
1540 よしさらばともなひはてよ秋の月 こけのいはやに世は乖とも
1541 影を又あかずも月のそふる哉 おほかた秋のころの哀に
1542 色にいでてあきのこずゑぞうつりゆく むかひのみねのうかぶ坏
1543 昔だに猶ふるさとの秋の月 しらずひかりのいく廻とも
1544 おもふとも今はのこらじ秋の色よ 峯ふく風にこの葉摧けぬ
1545 かり人の袖こそうたてしほれぬれ つゆふかくさのさとの鶉に
1546 衣うつひびきぞ風をしたひくる こずゑはとほき月の隣に
1547 おく霜にむすびはてつるのばら哉 つゆのひかりも花の匂も
1548 よろづ世とちぎれる月の影なれば をしまでくらす秋の宮人
冬
1549 をちの山こなたのそらのむらしぐれ くもればかかるころのうき雲
1550 家ゐすると山がすその神奈月 あけぬくれぬとしぐれをぞ聞
1551 このはちるいたまの月のくもらずは かはるしぐれをいかに分まし
1552 月やそれすこし秋あるまがき哉 ふかきしも夜の菊の薫に
1553 さびしとよおきまよふしものゆふまぐれ をかやのこやののべのひと村
1554 物おもはぬ人のきけかし山ざとの こほれる池にひとりなく鴛
1555 はしたかのかへるしらふに霜おきて おのれさびしきをののしの原
1556 かつ見つつわが世はしらぬはかなさよ ことしもくれぬけふも昏を
1557 ゆくとしのさのみすぎゆくはてよさは いづれかひとつかへる河瀾
1558 くもさえて峯のはつ雪ふりぬれば ありあけのほかに月ぞ残れる
1559 山ふかき雪やいかにと思いづる なさけ許の世こそ難けれ
1560 いとどしくやまゐのそでやこほるらん かへる河風身に寒くして
1561 雪うづみ氷ぞむすぶをしかもの かげとたのめる池のま菅を
1562 すみがまやをののさと人あさゆふは 山地をやくとゆき還つつ
1563 かきくらすみやこの雪も日かずへぬ けさいかならんこしのしら山
1564 おもふとていふかひもなきおほぞらに すゑばやとしのこえぬ関とて
恋
1565 むねの内よしれかしいまもくらべ見ば あさまの山はたたぬ煙を
1566 しるべしてなるる心のかひぞなき きみをおもひのつもる年どし
1567 かはりゆく袖の色こそ悲けれ ねをなくはてよ秋のうつ蝉
1568 今はみなおもひつくばの山おろしよ しげきなげ木とふきも伝へよ
1569 かたみかはしるべにもあらず君こひて ただつくづくとむかふ霄
1570 たれゆゑにたえぬとだにも白雲の よそにややがて思消なん
1571 おもかげはたつたの山のはつもみぢ 色にそめてしむねぞ焦るる
1572 おくるよりなげきぞいとどかずまさる むなしき日のみつもる朝は
1573 露時雨さてだに人に色見せよ ながめしままのすゑのあさ茅に
1574 なり見ばやしばしもかげをやどすやと 手にむすばるる水の泡とも
1575 おのづからはるすぎばともたのむらん くもにつけたるとりのふる巣は
1576 たまぼこのゆくてのみちもすぎわびぬ おもふあたりのやどの梢は
1577 みだれあしのしたのこひぢよいくよへぬ 年ふるたづのひとりなく皋
1578 人ごころしものかれ葉のさとふりて やがてあとなしもとの蒿に
1579 いとどしくたえぬなげ木はすゑのまつ 我よりこゆる浪の高さに
1580 いかさまにせきかとどめむいろかはる 人のこのはのすゑのしら涛
述懐
1581 年月は昨日ばかりの心地して 見なれし友のなきぞ多かる
1582 いかにせんはてなき人は世にもなし とまらぬこまのかげは過めり
1583 苔のしたにうづまぬ名をばのこすとも はかなのみちやしきしまの哥
1584 かのきしにこのたびわたせのりのふね うまれてしぬるふるさとの河
1585 みかさ山ふもと許をたづねても あらましおもふみちの遐さ
1586 なにはがたいかなるあしかつみおきし 世よにその身のあとならぬ家
1587 なぐさめは秋にかぎらぬそらの月 はるよりのちもおもかげの花
1588 さてもうしことしもはるをむかへつつ ながめながめむはての霞よ
1589 いつかさはうき世のゆめをさますべき わが思ふ山のみねの嵐に
1590 いそがばやおもふによらぬちぎりあらば すまでもやまむくさの庵を
1591 たれもきけなくねにたつるかりの世よ ゆきてはかへるきたと南と
1592 つひに又いかにうき名のとどまらん 心ひとつの世をば慙れど
1593 三代をへてほしをいただく年ふりて まくらにおつる秋のはつ霜
1594 如何せんみ山の月はしたへども 猶思おくつゆの郷
1595 さまざまにはるのなかばぞあはれなる にしの山のはかすむゆふ陽に
1596 いかで猶まどひしやみをあきらめん このとふ方をてらす光に
山家
1597 ふもとにや峯たつくもとながむらん わがあけぼのにおはぬ桜を
1598 山ふかみ人は昔のやどふりて 月よりさきにのきぞ傾
1599 心からきく心ちせぬすまひ哉 ねやよりおろすまつかぜの声
1600 たきのおとにあらしふきそふあけがたは ならはずがほにゆめぞ驚
1601 うきよりはすみよかりけりと許よ あとなきしもにすぎたてる庭
1602 年へぬなどとたちいづるしゐがもと よりゐしいしもこけ青くして
1603 わけのぼるいほのささはらかりそめに こととふそでもつゆは零つつ
1604 いくとせぞ見ししばのとは人すまで 石井の水にしげる萍
1605 わがやどのひかりとしめてわけいれば 月かげしろしみやまべの秋
1606 影たえて山もやぬしはしのぶらん むかしせきれし水の流に
1607 山ざとの門田ふきこす夕風に かりいほのうへもにほふあき萩
1608 たちかへり山地かなしきゆふべかな 今はかぎりのやどを求て
1609 我ぞあらぬ雪はむかしににたれども たれかはとはん冬の山陰
1610 いざさらばたづねのぼりてせきすへむ ただこのうへぞ月のいる岑
1611 おのづからしらぬあるじものこしけり やどもるすぎのもとの心は
1612 あらしふく月のあるじはわれひとり はなこそやどと人も尋れ
旅
1613 おもかげのひかふる方にかへり見る みやこの山は月繊くして
1614 いとどしくいへ地へだつるゆふぎりに あまのもしほ火けぶりたち添
1615 ふるさとのそらさへあらぬ心地哉 ほどなきとこのをかやふく簷
1616 旅衣そでふく風やかよふらん わかれていでしやどの簾に
1617 たちぬるる日かずにつけておもなれぬ 峯なるくもも谷の氷も
1618 いでてこしはるはふゆのにかはるまで もとのちぎりを猶や憑まん
1619 をぎをあめるこやのかりねのただひとよ 風にまたたくよひの灯
1620 すぎゆけど人のこゑするやどもなし 入江の浪に月のみぞ澄
1621 たのむ哉その名もしらぬみ山木に しる人えたる松と杉とを
1622 あくるよりふるさととほきたびまくら 心ぞやがてうらしまの函
1623 有つつとまたれしもせぬをかのかげ ひとよのやどにをかやをぞ芟
1624 くろかりしわがこまのけのかはるまで のぼりぞなづむみねの巌に
1625 山をこえ海をながむるたびのみち もののあはれはをしぞ凡たる
1626 もろともにめぐりあひけるたびまくら なみだぞそそぐはるの盃
1627 人のくに夜は長月のつゆしもよ 身さへくちにしとこの[韋+嶮-山](ふすま)に
1628 こし方もゆくさきも見ぬ浪のうへの 風をたのみにとばす舟の帆
仁和寺宮五十首 建久九年夏
詠五十首和歌
左近衛権少将藤原定家
春十二首
1629 いつしかとと山のかすみたちかへり けふあらたまるはるのあけぼの
1630 わかなつむ宮こののべにうちむれて はなかとぞ見る峯のしらゆき
1631 うぐひすはなけどもいまだふるさとの 雪のした草はるをやはしる
1632 おほぞらは梅のにほひにかすみつつ くもりもはてぬはるのよの月
1633 道のべにたれうゑおきてふりにけん のこれる柳はるはわすれず
1634 しもまよふそらにしほれしかりがねの かへる翅にはるさめぞふる
1635 おもかげにこひつつまちし桜花 さけばたちそふ峯の白雲
1636 春をへてゆきとふりにし花なれど 猶みよしののあけぼののそら
1637 さくら花うつりにけりなと許を なげきもあへずつもるはるかな
1638 春の夜の夢のうきはしとだえして 峯にわかるるよこぐものそら
1639 年ふともわすれむ物かかみかぜや みもすそがはのはるのゆふぐれ
1640 ゆくはるよわかるる方もしらくもの いづれのそらをそれとだに見む
夏七首
1641 へだてつなけふたちかふる夏衣 ころもまだへぬ花のなごりを
1642 たがためのなくやさ月のゆふべとて 山郭公猶またるらん
1643 山のはに月もまちいでぬよをかさね 猶くものぼるさみだれのそら
1644 ゆふぐれはいづれのくものなごりとて 花たちばなに風のふくらん
1645 ゆふだちのすぎのしたかげ風そよぎ 夏をばよそにみわの山もと
1646 うちなびくしげみがしたのさゆりばの しられぬほどにかよふ秋風
1647 松かげやきしによるなみよる許 しばしぞすずむすみよしのはま
秋十二首
1648 しきたへの枕にのみぞしられける またしののめの秋のはつかぜ
1649 秋きぬとたがことのはかつけそめし おもひたつたの山のしたつゆ
1650 あはれ又けふもくれぬとながめする くものはたてに秋風ぞふく
1651 さとはあれて時ぞともなき庭のおもも もとあらのこはぎ秋は見えけり
1652 秋風にわびてたまちる袖のうへを われとひがほにやどる月哉
1653 年ふれば涙のいたくくもりつつ 月さへすつる心地こそすれ
1654 今よりはわが月かげとちぎりおかむ のはらのいほのゆくすゑの秋
1655 たれもきくさぞなならひの秋のよと いひてもかなしさをしかのこゑ
1656 秋風にそよぐ田のものいねがてに まづあけがたのはつかりのこゑ
1657 露さえてねぬ夜の月やつもるらん あらぬあさぢのけさの色哉
1658 ひとりきくむなしきはしに雨おちて わがこしみちをうづむこがらし
1659 年ごとのつらさとおもへどうとまれず ただけふあすの秋のゆふぐれ
冬七首
1660 けふそへに冬の風とはおもへども たへずこきおろすよものこのはか
1661 霜うづむをののしのはらしのぶとて しばしもおかぬ秋のかたみを
1662 神奈月うちぬるゆめもうつつにも このはしぐれとみちはたえつつ
1663 あしがものよるべのみぎはつららゐて うきねをうつすおきの月かげ
1664 たまぼこのみちしろたへにふる雪を みがきていづるあさ日かげ哉
1665 そなれ松こずゑくだくる雪をれに いはうちやまぬ浪のさびしさ
1666 あらたまの年のいくとせくれぬらん おもふおもひのおもがはりせで
雑十二首
祝二首
1667 君がよはたかのの山にすむ月の まつらんそらにひかりそふまで
1668 うごきなき君がみむろの山水に いくちよのりのすゑをむすばむ
述懐三首
1669 あすしらぬけふのいのちのくるるまに この世をのみもまづなげく哉
1670 かばかりとうらみすてつるうき身ほど うまれんのちの猶かたき哉
1671 たちかへり思ふこそ猶かなしけれ 名はのこるなるこけのゆくへよ
閑居二首
1672 わくらばにとはれし人も昔にて それより庭のあとはたえにき
1673 のこる松かはる木くさのいろならで すぐる月日もしらぬやど哉
旅三首
1674 たび衣きなれの山の峯のくも かさなるよはをしたふ夢哉
1675 こととへよおもひおきつのはまちどり なくなくいでしあとの月かげ
1676 おもかげの身にそふやどに我まつと をしまぬくさやしもがれぬらん
眺望二首
1677 かへり見るくもよりしたのふるさとに かすむこずゑは春のわかくさ
1678 わたのはら浪とそらとはひとつにて いる日をうくる山のはもなし
院五十首 建仁元年春
春日応 太上皇 製和歌五十首
正四位下行近衛権少将兼安芸権介臣藤原朝臣定家上
春
1679 にほのうみやけふよりはるにあふさかの 山もかすみてうらかぜぞふく
1680 白妙のそでかとぞ思わかなつむ みがきがはらのむめのはつ花
1681 かすむよりうぐひすさそひふく風に と山もにほふはるのあけぼの
1682 心あてにわくともわかじむめの花 ちりかふさとのはるのあはゆき
1683 あづさゆみいそべのこまつはるといへば かはらぬ色も色まさりけり
1684 ももちどりこゑものどかにかすむ日に はなとはしるしよもの白雲
1685 千世までの大宮人のかざしとや くもゐのさくらにほひそめけん
1686 はるがすみかさなる山をたづぬとも みやこにしかじ花のにしきは
1687 春やいかに月もありあけにかすみつつ こずゑの花は庭のしらゆき
1688 年の内のきさらぎやよひほどもなく なれてもなれぬ花のおもかげ
夏
1689 さくら色のそでもひとへにかはるまで うつりにけりなすぐる月日は
1690 春くれていくかもあらぬを山かぜに はずゑかたよりなびくした草
1691 神まつるう月まちいでてさく花の えだもとををにかくるしらゆふ
1692 はるかなるはつねはゆめかほととぎす くものただぢはうつつなれども
1693 さみだれの月はつれなきみ山より ひとりもいづる郭公哉
1694 ことわりやうちふすほどもなつのよは ゆふつけどりのあか月のこゑ
1695 夏の日をみちゆきつかれいなむしろ なびく柳にすずむ河風
1696 かげやどす水のしらなみたちかへり むすべどあかぬ夏のよの月
1697 山めぐりそれかとぞ思したもみぢ うちちるくれのゆふだちのくも
1698 夏はつる扇につゆもおきそめて みそぎすずしきかもの河風
秋
1699 あきかぜよそそやをぎのはこたふとも わすれねこころわが身やすめて
1700 ゆふづくよいるののをばなほのぼのと 風にぞつたふさをしかのこゑ
1701 玉匣ふたみのうらの秋の月 あけまくつらきあたら夜のそら
1702 秋のよは月の桂も山のはも あらしにはれてくももまがはず
1703 秋をへて昔はとほきおほぞらに わが身ひとつのもとの月かげ
1704 つゆおつるならの葉あらく吹風に なみだあらそふ秋のゆふぐれ
1705 はつかりのたよりもすぐる秋かぜに こととひかねて衣うつこゑ
1706 たをやめの袖かもみぢかあすか風 いたづらにふくきりのをちかた
1707 山ひめのぬさのおひ風ふきかさね ちひろのうみに秋のもみぢば
1708 ものごとにわすれがたみのわかれにて そをだにのちとくるる秋哉
冬
1709 月日のみすぎの葉しぐれふく嵐 冬にもなりぬ色はかはらで
1710 神奈月しぐれてきたるかささぎの はねにしもおきさゆるよのそで
1711 ふゆがれてあをばも見えぬむらすすき 風のならひはうちなびきつつ
1712 と山よりむらくもなびきふく風に あられよこぎる冬のゆふぐれ
1713 さえとほる風のうへなるゆふづく夜 あたるひかりにしもぞちりくる
1714 おほよどの松に夜ふくる浪風を うらみてかへる友ちどり哉
1715 ながめつつ夜わたる月におくしもの すぎてあとなきひととせのそら
1716 神さびていはふみむろの年ふりて 猶ゆふかくる松の白雪
1717 春しらぬたぐひをとへばみかさ山 このごろふかきゆきのむもれ木
1718 日もくれぬことしもけふになりにけり かすみを雪にながめなしつつ
雑
1719 久方のあまてる月日のどかなる きみのみかげをたのむばかりぞ
1720 秋つしまほかまで浪はしづかにて 昔にかへるやまとことのは
1721 あふげどもこたへぬそらのあをみどり むなしくはてぬゆくすゑも哉
1722 わが友とみかきの竹もあはれしれ よよまでなれぬ色もかはらで
1723 なげかずもあらざりし身のそのかみを うらやむばかりしづみぬる哉
1724 身をしれば人をもよをもうらみねど くちにしそでのかはく日ぞなき
1725 ととせあまりみとせはふりぬよるの霜 おきまよふ袖にはるをへだてて
1726 わがたのむ心のそこをてらし見よ みもすそがはにやどる月かげ
1727 かすがのやしたもえわぶるおもひぐさ きみのめぐみをそらにまつ哉
1728 くもりなき日よしの宮のゆふだすき かくるおもひのいつかはるべき
院句題五十首 建仁元年十一月
冬日同詠五十首応製和歌
正四位下行
初春待花
1729 春霞かすみそめぬると山より やがてたちそふ花のおもかげ
山路尋花
1730 みよしののはるもいひなしのそらめかと わけいる峯ににほへしらくも
山花未遍
1731 山影は猶まちわびぬ桜花 いたりいたらぬはるをうらみて
朝見花
1732 かずかずにさきそふ花の色なれや 峯のあさけのやへのしらくも
遠村花
1733 たれかすむのはらのすゑのゆふがすみ たちまよはせる花のこのもと
故郷花
1734 あすか河かはらぬはるの色ながら みやこの花といつにほひけん
田家花
1735 はるをへてかどたにしむるなはしろに 花のかがみのかげぞかはらぬ
古寺花
1736 ちらすなよかさぎの山の桜花 おほふ許のそでならずとも
花似雪
1737 みよしのにはるの日かずやつもるらん 枝もとををの花のしらゆき
河辺花
1738 すずか河やそせの波のはるの色は ふりしくはなのふちとこそなれ
深山花
1739 山ぶしの人もきて見ぬこけのそで あたらさくらをうちはらひつつ
暮山花
1740 たれと又くものはたてにふきかよふ あらしのみねの花をうらみん
古渓花
1741 山人のあとなきたにのゆふがすみ こたへぬ花ににほふはるかぜ
関路花
1742 さくら色によもの山かぜそめてけり 衣のせきのはるのあけぼの
羈中花
1743 おもふ人心へだてぬかひもあらじ さくらのくものやへのをちかた
湖上花
1744 さざなみやさくらふきかへすうら風を つりするあまのそでかとぞ見る
橋下花
1745 あともなき山地のさくらふりはへて とはれぬしるきたにのしばはし
花下送日
1746 このもとにまちしさくらををしむまで おもへばとほきふるさとのそら
庭上落花
1747 はるの色ときえずはけさも見る許 すこしこずゑにはなののこらで
暮春惜花
1748 いかにせむはるもいくかのさくら花 方もさだめぬ風のにほひを
初秋月
1749 つゆやおくやどかりそむる秋の月 まだひとへなるうたたねのそで
月前草花
1750 宮木のに風まちわぶるはぎのえの つゆをかぞへてやどる月かげ
雨後月
1751 かきくもりわびつつねにしよごろだに ながめしそらに月ぞはれゆく
松間月
1752 秋のつゆもただわがためやをかべなる まつのはわけの月の衣手
山家月
1753 おのづから身を宇治山にやどかれば さもあらぬそらの月もすみけり
月前竹風
1754 ふしわびて月にうかるるみちのべの かきねの竹をはらふ秋風
野径月
1755 めぐりあはむそらゆく月のゆくすゑも まだはるかなるむさしののはら
沢辺月
1756 人しれぬあしまに月のかげとめて いり江のさはに秋風ぞふく
月前聞雁
1757 白妙の月もよさむに風さえて たれに衣をかりのひとこゑ
浦辺月
1758 浪風の月よせかへる秋の夜を ひとりあかしのうらみてぞぬる
月照瀧水
1759 秋の月そでになれにし影ながら ぬるるがほなるぬのひきのたき
杜間月
1760 つゆにうつる月より秋のいろにいでて ときはのもりのかげぞかひなき
月前秋風
1761 吹はらふとこの山風さむしろに 衣手うすし秋の月かげ
江上月
1762 すみの江の松がねあらふしら浪の かけてよるとも見えぬ月かげ
月前虫
1763 よるの風さえゆく月にたが秋の 衣おりはへむしのわぶらん
月前聞鹿
1764 秋ののにささわくるいほのしかのねに いくよつゆけき月を見つらむ
旅泊月
1765 むしあけの松としらせよ袖のうへに しぼりしままの浪の月かげ
月前草露
1766 草の原月のゆくゑにおくつゆを やがてきえねど吹嵐哉
菊籬月
1767 しらぎくのまがきの月の色許 うつろひのこる秋のはつしも
暮秋暁月
1768 いまいくか秋もあらしのよこぐもに いづれはしらむ山の葉の月
寄雲恋
1769 しられじなちしほのこの葉こがるとも しぐるるくもにいろし見えねば
寄風恋
1770 いかにせんひともたのめぬくれ竹の すゑ葉ふきこす秋風のこゑ
寄雨恋
1771 あまそそぎほどふるのきのいたびさし ひさしや人めもるとせしまに
寄草恋
1772 今はとてわするるたねやしげりにし わがすむさとはのきのしたくさ
寄木恋
1773 せくそでよせぜのうもれ木あらはれて 又こす浪にくちやはてなん
寄鳥恋
1774 かりにだにとはれぬさとの秋風に わが身うづらのとこはあれにき
寄嵐恋
1775 わびはつるわが思ひねのゆめ地さへ ちぎりしられてふくあらし哉
寄船恋
1776 こぬ人をつきせぬ浪にまつら舟 よるとは月のかげをのみみて
寄琴恋
1777 かたみぞとたのみしことのかひもなく うきなかのをのたえやはてなん
寄衣恋
1778 見しかげよさてややまあゐのすり衣 みそぎかひなきみたらしのなみ
女御入内御屏風哥 文治五年十二月
月次御屏風十二帖和歌
左近衛権少将定家
正月
小朝拝列立の所
1779 霞しくはるのはじめの庭のおもに まづたちわたるくものうへ人
野辺小松原に子日する所
1780 こまつばらはるの日かげにひきつれて 千世のけしきをそらに見る哉
山野に霞立わたりたる所 住吉松もあり
1781 春がすみいまゆくすゑをおしこめて おもふもとほきすみよしの松
二月
春日祭社頭儀
1782 みかさ山さしけるつかひけふくれば すきまに見ゆるそでのいろいろ
花中に鴬ある所人家あり
1783 さとわかぬはるのひかりをしりがほに やどをたづねてきゐるうぐひす
人家并野辺に梅花さきたる所
1784 をちこちのにほひは色にしられけり まきのとすぐるむめのした風
三月
沢辺春駒
1785 はるふかくさはべのまこももえぬれば たちもはなれずあさるこま哉
山野并人家に桜花盛さきたる所
1786 もろ人の心にかほる花さかり のどけきみよも色に見えけり
人家の庭に藤盛に開けたる所
1787 はるの日のひかりてります庭のおもに 昔にかへるやどの藤波
四月
人家に更衣したる所 卯花かきねあり
1788 けふごとにひとへにかふる夏衣 猶いくとせをかさねてかきん
賀茂下御社館辺葵付たる人参所
1789 ちはやぶるかものみづがきとしをへて いくよのけふにあふひなるらん
早苗うゑたる所
1790 あめのしたけしきもしるくとるなへは 水を心にまづぞまかする
五月
人家の雲間に郭公ある所
1791 いくさとの人にまたれてほととぎす やどのこずゑに声ならすらん
菖蒲かりたる所 又人家に葺たる所もあり
1792 あやめ草ながきちぎりをねにそへて ちよのさ月といはふけふ哉
人家庭になでしこさきたる所
1793 たねまきてちりだにすゑぬとこなつの 花のさかりはきみのみぞ見む
六月
山井辺に人々納涼したる所 人家あり
1794 ながき日に春秋とめるやどやこれ むすべば夏もしらぬまし水
野辺杜間に夏草しける所
1795 わけゆけば夏のふかさぞしられける もりのした草すゑもはるかに
河辺に六月祓したる所
1796 みそぎしてむすぶ河なみとしふとも いく世すむべき水のながれぞ
七月
山野并人家に秋風吹たる所荻あり
1797 てる月のひかりそふべき秋きぬと きくもすずしきをぎのうは風
野花盛開て人々集たる所
1798 おしなべて花に心はいりにけり 野辺のちぐさをわくるもろ人
春日野に鹿ある所
1799 かすが山あさひまつまのあけぼのに 鹿もかひある秋とつぐなり
八月
人家池辺に人々翫月所
1800 あまつ風みがくくもゐにてる月の ひかりをうつすやどの池水
会坂関駒迎に行向所
1801 関水の影もさやかに見ゆる哉 にごりなきよのもち月のこま
田中に人家ある所
1802 秋ふかき山田のなるこおしなべて をさまれるよのためしにぞひく
九月
山中に菊盛に開たる辺に仙人ある所
1803 かぎりなき山地のきくのかげなれば つゆもやちよをちぎりおくらん
山野并人家紅葉盛なるを人々翫所
1804 うつしううる花も紅葉もをりごとに たづぬる人の心をぞ見る
海辺に霧たちたる所
1805 たちまさるうらわのきりになが月の ひかずばかりをあらはにぞ見る
十月
海辺に千鳥ある所 海人しほやあり
1806 きみがよをやちよとつぐるさよちどり しまのほかまでこゑきこゆなり
あじろに人あつまりたる所
1807 このごろはせぜのあじろに日をへつつ 事とふ人のたゆるまぞなき
江沢辺に寒蘆しげれる所 つるあり
1808 ゆくすゑもいくよのしもかおきそへむ あしまに見ゆるつるのけ衣
十一月
五節参入の所
1809 白妙のあまのは衣つらねきて をとめまちとる雲のかよひ地
賀茂臨時祭社頭儀式 上御社
1810 ふるそではみたらし河にかげさえて そらにぞすめるうどはまの声
野辺に鷹狩したる所
1811 いそぎたつ日なみのみかりゆきふかし かたののをのの冬のあけぼの
十二月
内侍所御神楽儀式
1812 そらさえてまたしもふかきあけがたに あかほしうたふくものうへ人
山野樹竹雪ふりつみたる所 人家あり
1813 くれ竹も松のすゑばもをれふして ちよをこめたるゆきのうち哉
歳暮に下人等自山松切て出たる所
1814 民もみな君がやちよをまつがえに かずとりそむる年のくれ哉
泥絵御屏風和歌
夏
樹陰納涼
1815 すずみにとみちはこのまにふみなれて 夏をぞたどるもりのしたかげ
冬
池辺水
1816 やどからば夜をへてこほる池水も かさねむちよのかげぞ見えける
入道皇太后宮大夫九十賀算屏風哥
屏風哥十二首 建仁三年八月被撰定
左近権中将藤原定家
春
霞
若菜
花
夏
郭公
五月雨
納涼
秋
秋野
月
紅葉
冬
千鳥
氷
雪
1817 花山のあとをたづぬる雪のいろに 年ふるみちのひかりをぞ見る
最勝四天王院名所御障子歌
名所御障子和謌
正四位下行左近衛権中将藤原朝臣定家
春日野
1818 かすが野にさくや梅がえゆきまより けふははるべとわかなつみつつ
吉野山
1819 みよしのは花にうつろふ山なれば はるさへみゆきふるさとのそら
三輪山
1820 けふこずはみわのひばらのほととぎす ゆくての声をたれかきかまし
龍田山
1821 たつた山よものこずゑの色ながら しかのねさそふ秋の河風
泊瀬山
1822 をはつせや峯のときは木ふきしぼり 嵐にくもる雪の山もと
難波浦
1823 春の色はけふこそみ津のうらわかみ あしのわか葉をあらふしらなみ
住吉浜
1824 しらぎくのにほひし秋もわすれぐさ おふてふきしの春のうら風
葦屋里
1825 あしのやのかりねのとこのふしのまに みじかくあくるなつのよなよな
布引瀧
1826 ぬのひきのたきのしらいと夏くれば たえずぞ人の山地たづぬる
生田松
1827 秋とだにふきあへぬ風にいろかはる いくたのもりのつゆのしたくさ
若浦
1828 よるのつるなくねふりにし秋のしも ひとりぞほさぬわかのうら人
吹上浜
1829 しほ風のふきあげの雪にさそはれて 浪の花にぞはるはさきだつ
交野
1830 風をいたみかたののとだちしたはれて しのぶかれはにあられふるなり
水成瀬河
1831 このさとにおいせぬちよはみなせ河 せきいるる庭のきくのした水
陬磨浦
1832 すまのあまのなれにし袖もしほたれぬ 関ふきこゆる秋のうら風
明石浦
1833 あかしがたいさをちこちもしらつゆの をかべのさとのなみの月かげ
志賀麻市
1834 きみが世はたれもしかまのいちしるく 年ある民のあまつそら哉
松浦山
1835 たらちめやまたもろこしにまつら舟 ことしもくれぬ心づくしに
因幡山
1836 これも又わすれし物をたちかへり いなばの山の秋のゆふぐれ
高砂
1837 たかさごの松はつれなきをのへより おのれ秋しるさをしかのこゑ
野中清水
1838 たまぼこのみちの夏草すゑとほみ のなかのし水しばしかげ見む
海橋立
1839 ふみも見ぬいくののよそにかへるかり かすむなみまのまつとつたへよ
宇治河
1840 あじろ木や波のきりまに袖見えて やそうぢ人はいまかとふらん
大井河
1841 おほゐがはまれのみゆきに年へぬる もみぢのふな地あとはありけり
鳥羽
1842 もろ人もちよのみかげにやどしめて とばにあひ見む松の秋風
伏見里
1843 ふしみ山つまとふしかのなみだをや かりほのいほのはぎのうへのつゆ
泉河
1844 いづみ河かはなみきよくさすさをの うたかたなつをおのれけちつつ
小塩山
1845 はるにあふをしほのこ松かずかずに まさるみどりのすゑぞひさしき
会坂関
1846 今はとてうぐひすさそふ花のかに あふさか山のまづかすむらん
志賀浦
1847 しかのうらや氷もいくへゐるたづの しものうはげにゆきはふりつつ
鈴鹿山
1848 秋はきてつゆはまがふとすずか山 ふるもみぢばに袖ぞうつろふ
二見浦
1849 ますかがみふたみのうらにみがかれて 神風きよき夏のよの月
大淀浦
1850 おほよどのうらにかりほす見るめだに 霞にたえてかへるかりがね
鳴海浦
1851 なるみがた雪の衣手ふきかへす うらかぜおもくのこる月かげ
浜名橋
1852 きりはるるはまなのはしのたえだえに あらはれわたる松のしきなみ
宇津山
1853 うつの山うつる許の峯の色は わきてしぐれや思そめけん
佐良之奈里
1854 嵐ふく山の月かげ秋ながら よもさらしなのさとのしらゆき
冨士山
1855 ほととぎすなくやさ月もまだしらぬ 雪はふじのねいつとわくらん
浄見関
1856 きよみがたそでにも浪の月を見て かたへもまたぬかぜぞすずしき
武蔵野
1857 むさしののゆかりの色もとひわびぬ 身ながらかすむはるのわかくさ
白河関
1858 くるとあくと人を心におくらさで 雪にもなりぬしらかはのせき
阿武隈河
1859 思ひかねつまどふちどり風さむみ あぶくま河の名をやたづぬる
安達原
1860 しぐれゆくあだちのはらのうすぎりに まだそめはてぬ秋ぞこもれる
宮城野
1861 うつりあへぬ花のちぐさにみだれつつ 風のうへなるみや木ののつゆ
安積沼
1862 ふみしだくあさかのぬまの夏草に かつみだれそふしのぶもぢずり
塩竈浦
1863 霞とも花ともいはじはるのかげ いづこはあれどしほがまのうら
建暦二年十二月院よりめされし廿首
冬日同詠廿首応製和歌
従三位行侍従臣藤原朝臣定家上
春十首
1864 かすが山みねのあさひのはるのいろに たにのうぐひすいまやいづらし
1865 さくらあさのをふのうらかぜ春ふけば かすみをわくるなみのはつ花
1866 我ぞあらぬうぐひすさそふ花のかは 今も昔のはるのあけぼの
1867 雲地ゆくかりのは風もにほふらん むめさく山のありあけのそら
1868 あさみどりたまぬきみだるあをやぎの 枝もとををにはるさめぞふる
1869 あらたまの年にまれなる人まてど さくらにかこつはるもすくなし
1870 たのむべき花のあるじもみちたえぬ さらにやとはんはるの山ざと
1871 みよしのやたぎつかはうちの春の風 神世もきかぬ花ぞみなぎる
1872 いくかへりやよひのそらをうらむらん たににははるの身をわすれつつ
1873 色にいでてうつろふはるをとまれども えやはいぶきの山ぶきの花
恋五首
1874 おのづから見るめのうらにたつけぶり 風をしるべのみちもはかなし
1875 草のはらつゆをぞそでにやどしつる あけてかげ見ぬ月のゆくへに
1876 なくなみだやしほの衣それながら なれずはなにのいろかしのばむ
1877 秋の色にさてもかれなであしべこぐ たななしをぶね我ぞつれなき
1878 ちぎりおきしすゑのはらののもとがしは それともしらじよそのしもがれ
雑五首
1879 あとたれてちがひをあふぐ神もみな 身のことわりにたのみかねつつ
1880 ひさかたのくものかけはしいつよまで ひとりなげきのくちてやみぬる
1881 思ふことむなしき夢のなかぞらに たゆともたゆなつらきたまのを
1882 日かげさすをとめのすがた我も見き おいずはけふのちよのはじめに
1883 ふしておもひおきてぞいのるのどかなれ よろづよてらせくものうへの月
後仁和寺宮、月なみの花鳥の哥のゑに、かゝるべき事あるを、ふるきうたかずのまゝにありがたくは、いまよみてもたてまつるべきよし、おほせられしかば
詠花鳥和歌 各十二首
参議藤原
正月 柳
1884 うちなびきはるくる風の色なれや 日をへてそむるあをやぎのいと
二月 桜
1885 かざしをるみちゆき人のたもとまで さくらににほふきさらぎのそら
三月 藤
1886 ゆくはるのかたみとやさくふぢの花 そをだにのちの色のゆかりに
四月 卯花
1887 白妙の衣ほすてふ夏のきて かきねもたわにさけるうのはな
五月 盧橘
1888 ほととぎすなくやさ月のやどがほに かならずにほふのきのたちばな
六月 常夏
1889 おほかたの日かげにいとふみな月の そらさへをしきとこ夏の花
七月 女郎花
1890 秋ならでたれもあひ見ぬをみなへし ちぎりやおきしほしあひのそら
八月 鹿鳴草
1891 秋たけぬいかなる色とふく風に やがてうつろふもとあらのはぎ
九月 薄
1892 花すすき草のたもとのつゆけさを すててくれゆく秋のつれなさ
十月 残菊
1893 十月しも世のきくのにほはずは 秋のかたみになにをおかまし
十一月 枇杷
1894 冬の日は木くさのこさぬしもの色を 葉かへぬえだの花ぞまがふる
十二月 早梅
1895 いろうづむかきねのゆきのころながら 年のこなたににほふむめがえ
鳥
正月 鴬
1896 春きてはいく世もすぎぬあさといでに うぐひすきゐるまどのむら竹
二月 雉
1897 かり人の霞にたどるはるの日を つまとふきじのこゑにたつらん
三月 雲雀
1898 すみれさくひばりのとこにやどかりて 野をなつかしみくらすはるかな
四月 郭公
1899 郭公しのぶのさとにさとなれよ またうの花のさ月まつころ
五月 水鶏
1900 まきのとをたたくくひなのあけぼのに 人やあやめののきのうつりが
六月 鵜
1901 みじか夜のうがはにのぼるかがり火の はやくすぎゆくみな月のそら
七月 鵲
1902 ながき夜にはねをならぶるちぎりとて 秋まちわたるかささぎのはし
八月 初鴈
1903 ながめつつ秋の半もすぎのとに まつほどしるきはつかりの声
九月 鶉
1904 人めさへいとどふかくさかれぬとや ふゆまつしもにうづらなくらん
十月 鶴
1905 ゆふ日かげむれたるたづはさしながら しぐれのくもぞ山めぐりする
十一月 千鳥
1096 千鳥なくかもの河せのよはの月 ひとつにみがく山あゐのそで
十二月 水鳥
1897 ながめする池の氷にふるゆきの かさなるとしをおしのけ衣
仁和寺宮五十首
詠五十首和歌
民部卿藤原定家
春十二首
初春
1908 はるの色とたのむまでやはながめつる いふ許なる山の霞を
雪中鴬
1909 松の葉はいまもみゆきのふるさとに はるあらはるるうぐひすのこゑ
橋辺霞
1910 影たえてしたゆく水もかすみけり はまなのはしのはるのゆふぐれ
行路梅
1911 玉鉾のゆくて許を梅花 うたてにほひの人したふらん
春月
1912 山の葉も霞のほかの花のかに このころふかきいざよひの月
岸柳
1913 おそくときいづれの色にちぎるらん 花まつころのきしのあをや木
旅春雨
1914 たびまくらこやもかくれぬあしの葉の ほどなきとこにはるさめぞふる
遠帰鴈
1915 いくかすみゆくののすゑはしら雲の たなびくそらにかへるかりがね
山花
1916 あしひきの山ざくら戸をまれにあけて 花こそあるじたれをまつらん
開花
1917 さくら花たがよのわか木ふりはてて すまのせきやのあとうづむらん
庭花
1918 跡たえてとはれぬ庭のこけの色も わする許に花ぞちりしく
河款冬
1919 山吹の花にせかるるおもひ河 浪のちしほはしたにそめつつ
夏七首
杜卯花
1920 みぬさとるみわのはうりやうゑおきし ゆふしでしろくかくるうのはな
早苗多
1921 うゑくらす緑のさなへさとごとに 民の草葉のかずも見えけり
里郭公
1922 ほととぎすたれしのぶとかおほあらきの ふりにしさとをいまもとふらん
岡郭公
1923 まだしらぬをかべのやどの郭公 よそのはつねにききかなやまむ
夜盧橘
1924 たちばなの花ちるさとのゆふづくよ そらにしられぬ影やのこらむ
籬瞿麦
1925 なでしこのたのむまがきもたわむまで 夜のまの露のぬけるしらたま
江蛍
1926 こぎかへるたななしを舟おなじ江に もえてほたるのしるべがほなる
秋十二首
早秋
1927 あまの河わたせの浪に風たちて ややほどちかき鵲のはし
萩露
1928 わきてよもあまとぶかりのおきもせじ やどからふかきはぎのあさつゆ
荻風
1929 今よりのゆふぐれかこつしたをぎを うちつけにふく秋のはつ風
尋虫声
1930 まつむしのなく方とほくさく花の いろいろをしきつゆやこぼれむ
山家月
1931 月ならでたれそま山のかげばかり ふかきしばやの秋をとはまし
野径月
1932 武蔵野はつゆおくほどのとほければ 月を衣にきぬ人ぞなき
船中月
1933 しらざりき秋のしほぢをこぐ舟は いか許なる月を見るとも
暁鹿
1934 ながき夜にあかずや月をしたふらん みねゆくしかのありあけのこゑ
河霧
1935 あすかがはふちせもしらぬ秋のきり なににふかめて人へだつらん
擣衣幽
1936 秋風にさそはれきえてうつ衣 およばぬさとのほどぞきこゆる
夕紅葉
1937 龍田姫くものはたてにかけておる 秋の衣はぬきもさだめず
残菊匂
1938 おきそめていくよつもれるにほひとも いざしらぎくの花のしたつゆ
冬七首
朝時雨
1939 秋すぎて猶うらめしきあさぼらけ そらゆくくももうちしぐれつつ
竹霜
1940 いつ世までなれてふりぬる河竹の またしたかげにしもぞおきそふ
池水鳥
1941 にほどりのしたのかよひもたえぬらん のこる浪なき池の氷に
嶋千鳥
1942 はまびさしなげのかたみか友千鳥 とわたりすつるおきのこじまに
松雪
1943 したたへずこずゑをれふすよなよなに 松こそうづめみねのしらゆき
湖雪
1944 にほのうみやみぎはのほかのくさ木まで 見るめなぎさの雪の月かげ
惜歳暮
1945 思やれさすがにもののと許も うらみぬふしにつもる年どし
恋六首
寄雲恋
1946 いこま山いさむる峯にゐるくもの うきておもひはきゆる日もなし
寄露恋
1947 道のべのあだなるつゆをおきとめて ゆくてにけたぬこひぞかなしき
寄煙恋
1948 如何せんあまのもしほ火たえずたつ けぶりによわる浦風もなし
寄草恋
1949 すゑまでとたれかちぎりし秋の霜 昔がたりの庭のしたくさ
寄鳥恋
1950 会坂のゆききにたつるとりのねの なくなくをしきあか月ぞうき
寄枕恋
1951 思いづるちぎりのほどもみじかよの はるのまくらにゆめはさめにき
雑六首
暁述懐
1952 おのづからまだありあけの月を見て すむともなしのうきにたへける
閑中灯
1953 つくづくとあけゆくまどのともし火の ありやと許とふ人もなし
山旅
1954 わきてなど我しもたへぬつゆけさぞ 山地はたれもたび人ぞゆく
海旅
1955 あくる夜のゆふつけどりにたちわかれ 浦なみとほくいづるふな人
野旅
1956 のべのつゆうつりにけりなかり衣 はぎのしたばをわくとせしまに
寄松祝
1957 おほかたの松のちとせはふりぬとも 人のまことはきみぞかぞへん
権大納言家卅首
詠三十首和歌
民部卿
早春霞
1958 たちそめてけふやいくかのあさまだき かすみもなれぬはるのさ衣
沢春草
1959 いつの日か色にはいでむよるのつる なくやさはべの雪のしたくさ
暁梅
1960 まきのとの夜わたる梅のうつりがも あかぬわかれのありあけのかげ
花満山
1961 花ざかりそらにしられぬ白雲は たなびきのこす山のはもなし
江上暮春
1962 ほり江こぐ霞のをぶねゆきなやみ おなじはるをもしたふころ哉
渓卯花
1963 かへるさのゆふべは北にふく風の 波たてそふる岸の卯花
野郭公
1964 宮木ののこのしたつゆに郭公 ぬれてやきつる涙かるとて
雨後鵜河
1965 うかひ舟むらさめすぐるかがり火に くもまのほしのかげぞあらそふ
月前荻
1966 荻の葉も心づくしの声たてつ あきはきにける月のしるべに
夕虫
1967 つれづれと秋の日おくるたそがれに とふ人わかぬまつむしのこゑ
海辺鹿
1968 秋のしかのわが身こす浪ふく風に つまを見ぬめのうらみてぞなく
閑庭薄
1969 まねくとて草のたもとのかひもあらじ とはれぬさとのふるきまがきは
名所擣衣
1970 久方の桂のさとのさよ衣 おりはへ月の色にうつなり
朝寒蘆
1971 あさしものいかにおきけるあしのはの ひとよのふしにいろかはるらん
深夜千鳥
1972 おのれなけいそぐせき地のさよちどり 鳥のそらねも声たてぬまに
故郷雪
1973 みよしのはまれのとだえのくもまとて 昨日の雪のきゆる日もなし
聞声恋
1974 いへばえにおさふる袖もくちはてぬ たまのをごとの秋のしらべに
稀恋
1975 まちわたるあふせうらやむあまの河 そのほどしらぬ年の契に
増恋
1976 色わかぬやみのうつつのひとごとに 袖のちしほはいとどそめつつ
怨恋
1977 かけてだに又いかさまにいはみがた 猶なみたかき秋のしほ風
被忘恋
1978 身をすてて人のいのちををしむとも ありしちかひのおぼえやはせん
旅行
1979 かへり見るそのおもかげはたちそひて ゆけばへだたる峯のしらくも
旅宿
1980 山かげやあらしのいほのささ枕 ふしまちすぎて月もとびこす
旅泊
1981 こぎよせてとまるとまりの松風を しる人がほにいそぐくれ哉
山家松
1982 しのばれむ物ともなしにをぐら山 のきばの松ぞなれてひさしき
山家橋
1983 竹の戸の谷のしばはしあらためて 猶よをわたるみちしたふらし
山家苔
1984 しられじないはのしたかげやどふかき 苔のみだれてもの思ふとも
寄神祇祝
1985 かすが山峯のこのまの月なれば ひだりみぎにぞ神もまもらん
寄水懐旧
1986 せく人もかへらぬ浪の花のかげ うきをかたみのはるぞかなしき
寄雲述懐
1987 なべて世のなさけゆるさぬはるのくも たのみしみちはへだてはててき
寛喜元年十一月女御入内御屏風和哥
月次御屏風十二帖和歌
定家
正月
元日
1988 やどごとにみやこははるのはじめとて 松にぞきみの千世いはふなる
若菜
1989 とぶひのはまだふるとしの雪まより めぐむわかなぞはるいそぎける
霞
1990 春のきるたもとゆたかにたつ霞 めぐみあまねきよもの山の葉
二月
梅
1991 野も山もおなじ雪とはまがへども はるは木ごとににほふむめがえ
柳
1992 浪のよる柳のいとのうちはへて いくちよふべきやどとかはしる
網
1993 おくあみの霞をむすぶはる風に 浪のかざしの花ぞさきそふ
三月
桜
1994 山ざくら花のしたひもときしあれば さながらにほふはるの衣手
款冬
1995 谷河の春もちしほの色そめて ふかきやよひの山吹の花
藤
1996 紫のくものしるしの花なれば たつ日もおなじやどのふぢなみ
四月
更衣
1997 もろ人の袖もひとへにおしなべて 夏こそ見ゆれけふきたりとは
葵
1998 久方の桂にかくるあふひ草 そらのひかりにいく世なるらん
早苗
1999 を山だのむろのはやわせとりあへず そよぐいなばのころやまつらん
五月
菖蒲
2000 いつかとぞまちしぬま江のあやめぐさ けふこそながきためしにはひけ
郭公
2001 ほととぎすおのがときはのもりのかげ おなじさ月のこゑもかはらず
瞿麦
2002 さきまさるいやはつ花の日をへつつ まがきにあまるやまとなでしこ
六月
山井
2003 たづねても夏にしられぬすみか哉 もりのした風山の井の水
納涼
2004 風渡はままつがえのたむけぐさ なびくにつけて夏やすぎぬる
六月祓
2005 夏衣おりはへてほす河波を みそぎにそふるせぜのゆふしで
七月
秋風
2006 おきつ浪あさけすずしき秋風も まつのちとせぞそらにきこゆる
野花
2007 もろ人の心いるらしあづさ弓 ひぐまののべの秋はぎの花
虫
2008 山ざとのこやまつむしの声までも くさむらごとにちよいのるなり
八月
鹿
2009 草も木も色のちぐさにおりかくる 野山のにしきしかぞたちける
月
2010 ことわりのひかりさしそへ夜はの月 あきらけき世の秋のなかばに
初鴈
20117 秋ぎりのたつやとまちしこし地より けふはみやこのはつかりのこゑ
九月
菊
2012 老をせく菊のした水手にむすぶ このさと人ぞちよもすむべき
田家
2013 民の戸のあまつそらある秋の日に ほすやをしねのかずもかぎらず
紅葉
2014 たつたひめてぞめのつゆの紅に 神世もきかぬみねの色哉
十月
水鳥
2015 池にすむをしのけ衣よをかさね あかず見なるる水のしら波
千鳥
2016 淡路嶋ゆききの舟の友がほに かよひなれたるうらちどり哉
網代
2017 あじろ木や浪のよるよるてる月に つもるこのはのかずもかくれず
十一月
鶴
2018 浦にすむたづのうへにとおくしもは ちよふる色ぞかねて見えける
鷹狩
2019 いはせのやどりふみたててはしたかの こすずもゆらに雪はふりつつ
炭竈
2020 くにとめる民のけぶりのほど見えて 雲まの山にかすむすみがま
十二月
氷
2021 にほの海や氷をてらす冬の月 浪にますみのかがみをぞしく
雪
2022 みよしののみゆきふりしくさとからは 時しもわかぬありあけのそら
歳暮
2023 あしひきの山地にふかきしばの戸も 春の隣は猶やわすれぬ
泥絵御屏風
岩清水臨時祭
2024 ちりもせじ衣にすれるささ竹の 大宮人のかざすさくらは
重陽宴
2025 ここのへのとのへもにほふ菊のえに 詞のつゆもひかりそへつつ
拾遺愚草下 部類哥
春
建久五年夏左大将家哥合 題名所
春二首之中 志賀浦
2026 こほりとくはるのはつかぜたちぬらし かすみにかへるしがのうらなみ
建仁元年正月七日院に年始哥講せられ侍し日 初春祝
2027 春ごとのかものはいろのこまなれど けふをぞひかむちよのためしに
松間鴬
2028 まつの葉もはるはわけとやゆふづく日 さすやをかべにきゐるうぐひす
朝若菜
2029 霞たちこのめはるさめきのふまで ふるののわかなけさはつみてむ
承久元年七月哥合十首之内
野径霞
2030 かすが野のかすみの衣山かぜに しのぶもぢずりみだれてぞゆく
正治二年九月院初度哥合若草
2031 うちなびきはるのみそらもみどりにて かぜにしらるる野辺のわかくさ
雪間若菜といふことを
2032 いつしかととぶひのわかなうちむれて つめどもいまだゆきもけなくに
老後閑居つれづれのあまりとぶらひまうできたる人びとの哥よみ侍しに
初聞鴬
2033 あらたまのとしのはつこゑうちはぶき あさけのそらにきぬるうぐひす
霞中梅
2034 とひこかしたちえはむめの見えずとも にほひをこめてたつかすみかは
湖辺梅花
2035 けふぞとふしかつのあまのすむさとを うぐひすさそふ花のしるべに
旅宿早春
2036 枕とて草のはつかにむすべども ゆめもみじかきはるのうたたね
三宮より十五首哥めされし春哥中
2037 あすかがはとほきむめがえにほふ夜は いたづらにやは春風のふく
建保四年潤六月内裏哥合春哥 十首之中
2038 しるしらずわきてはまたず梅花 にほふはるべのあたら夜の月
土御門内大臣家哥合 密有臨幸 春題六首之中梅香留袖
2039 梅花ありとや袖のにほひゆゑ やどにとまるはうぐひすのこゑ
翠柳誰家
2040 うちなびきはるのやどりやこれならむ そともの柳ぬしはしらねど
内裏哥合に水辺柳
2041 はるの日に岸のあをやぎうちなびき ながき世ちぎるたきのしらいと
同題 家会
2042 そめかくるはなだのいとのたま柳 したゆく水もひかりそへつつ
江上霞 内裏哥合
2043 はるがすみかすめるそらのなにはえに 心ある人や心見ゆらむ
建保二年二月内裏詩哥合 野外霞
2044 たちなるるとぶひののもりおのれさへ 霞にたどるはるのあけぼの
2045 松の雪きえぬやいづこはるの色に みやこののべはかすみゆくころ
建仁元年三月尽日哥合霞隔遠樹
2046 みつしほにかくれぬいそのまつのはも 見らくすくなくかすむはるかな
羈中見花
2047 かり衣たちうき花のかげにきて ゆくすゑくらすはるのたびびと
内裏詩哥合山居春曙 二首之中
2048 と山とてよそにも見えしはるのきる 衣かたしきねてのあさけは
内裏哥合夜帰鴈
2049 つれもなくかすめる月のふかきよに かずさへ見えずかへるかりがね
海辺帰鴈
2050 さとのあまのしほやき衣たちわかれ なれしもしらぬはるのかりがね
賀茂社哥合 御幸日 暁帰鴈
2051 花のかもかすみてしたふありあけを つれなく見えてかへるかりがね
暮山花
2052 たが春のくものながめにくれぬらむ やどかる花の峯のこのもと
摂政殿にて哥を詩にあはせしるべしとて、おなじ題を二首よませられし 詩哥合とかやの初也。此後連々百此事 花添山気色
2053 春の花の雲のにほひにはつせ山 かはらぬいろぞそらにうつろふ
2054 たますだれおなじみどりもたをやめの そむる衣にかをるはるかぜ
正治二年三月左大臣家哥合 暁霞
2055 はつせ山かたぶく月もほのぼのと かすみにもるるかねのおと哉
朝花
2056 世のつねの雲とは見えず山桜 けさやむかしのゆめのおもかげ
建保三年五月哥合 和歌 春山朝
2057 このねぬるあさけの山の松風は 霞をわけて花のかぞする
建仁二年三月三躰とかやおほせられてめされし春哥
2058 花ざかり霞の衣ほころびて みねしろたへのあまのかぐ山
秀能が人びとによませ侍し五首中花哥
2059 おほかたのまがはぬくももかをるらむ さくらの山の春のあけぼの
三宮十五首之中
2060 ももちどりなくやきさらぎつくづくと このめはるさめふりくらしつつ
2061 みよしのははるのにほひにうづもれて かすみのひまも花ぞふりしく
建久五年夏左大将家哥合 泊瀬山
2062 かねのおとも花のかをりになりはてぬ をはつせ山のはるのあけぼの
同六年二月同家五首 春哥
2063 山のははかすみはてたるしののめの うつろふ花にのこる月かげ
花のさかりに大宮大納言のもとより
2064 かずならぬやどにさくらのをりをりは とへかし人のはるのかたみに
返し
2065 おほかたの春にしられぬならひゆゑ たのむさくらもをりやすぐらむ
殷富門院皇后宮と申し時まゐりて侍しに、権亮大輔などさふらひて、夕花といふことをよみしに
2066 つま木こりかへる山地のさくら花 あたらにほひをゆくてにや見る
建久七年三月関白殿宇治にて、山花留客といふことを当座
2067 春きての花のあるじにとひなれて ふるさとうとき袖のうつりが
中宮女房船にて人びとうたよみ侍しに
2068 たづぬとてならぶる舟の衣手に 花もさらにや春をしるらん
大内の花さかりに宮内卿藤少将などにさそはれて
2069 春をへてみゆきになるる花のかげ ふりゆく身をもあはれとやおもふ
建保五年四月十四日院にて庚申 五首 春夜
2070 山の葉の月まつそらのにほふより 花にそむくるはるのともし火
建保元年内裏詩哥合 山中花夕
2071 しぐれせし色はにほはずからにしき たつたのみねのはるのゆふかぜ
2072 さくらがり霞のしたにけふくれぬ ひとよやどかせはるの山びと
建保二年内裏詩哥合 河上花
2073 花の色のをられぬ水にこすさをの しづくもにほふ宇治のかはをさ
2074 なとり河はるのひかずはあらはれて 花にぞしづむせぜのうもれ木
内裏哥合 朝落花
2075 庭もせにうつろふころのさくら花 あしたわびしきかずまさりつつ
同詩哥合 山居春曙 二首之内
2076 名もしるし峯のあらしも雪とふる 山ざくら戸のあけぼののそら
建保四年潤六月内裏哥合 春十首之中
2077 ちる花は雪とのみこそふるさとを 心のままに風ぞふきしく
正治二年九月十首哥合 落花
2078 わがきつるあとだに見えず桜花 ちりのまがひのはるの山風
院に詩哥合とてめされし 元久二年六月 水郷春望
2079 宮木もりなぎさの霞たなびきて むかしもとほきしがのはなぞの
2080 あじろ木にさくらこきまぜゆくはるの いさよふなみをえやはとどむる
承久元年七月内裏哥合 深山花
2081 山人もすまでいく世のいしのゆか 霞に花は猶にほひつつ
暮春雨
2082 うぐひすのかへるふるすやたどるらん くもにあまねきはるさめのそら
左大臣殿よりやへざくらをたまふとて 承久三年三月
2083 いたづらに見る人もなきやへざくら やどかはるやよそに春きなん
御返し
2084 やへざくらやどのさかりのちかければ このはるの日ぞひかりそふらん
おなじ三月八日、内よりしのびてめされし三首のうち 野花
2085 かくしつつちらずは千世もさくらさく のべのいくかにはるのすぐらん
海霞
2086 浦にたつもしほのけぶりしたふらし かすみすてたるはるのゆくてを
老後仁和寺宮しのびておほせられし五首 河上花
2087 みなの河峯よりおつるさくら花 にほひのふちのえやはせかるる
野外花
2088 ふりまがふさくらいろこきはる風に 野なるくさ木のわかれやはする
庭上花
2089 月草の色ならなくにうつしうゑて あだにうつろふ花さくら哉
閑中花
2090 わが身よにふるともなしのながめして いくはるかぜに花のちるらん
権大納言家五首之中 関路花 貞応三年
2091 山ざくら花のせきもるあふさかは ゆくもかへるもわかれかねつつ
土御門内大臣家哥合 水辺[足+鄭][足+蜀] 春六首
2092 たつた河いはねのつつじかげ見えて 猶水くくるはるのくれなゐ
故郷款冬
2093 山吹のこたへぬ色につゆおちて さとのむかしはとふかひもなし
雨中藤花
2094 しひて猶そでぬらせとやふぢの花 はるはいくかのあめにさくらん
山家暮春
2095 ちる花に谷のしばはしあとたえて いまよりはるをこひやわたらん
三位中将公衡卿家にて 旅宿三月尽
2096 いほりさすは山がみねのゆふがすみ たえてつれなくすぐるはる哉
夏
春後思花
2097 わすられぬやよひのそらをしたふとて あを葉ににほふ花のかもなし
郭公初声
2098 まつほどやさすがにしるき郭公 ことしわすれぬくものをちかた
土御門内大臣宰相中将に侍し時五首 哥よませられ侍し中に卯花
2099 ゆふづく夜いりぬるかげもとまりけり 卯花さける白河のせき
承元二年祭使かむだちにとまりたるあしたにおくり侍し
2100 思やるかりねののべのあふひぐさ きみを心にかけるけふ哉
返し 使少将忠明朝臣
2101 葵草かりねののべのあはれをも たれことのはにかけてとはまし
建保三年五月和哥所哥合 夕早苗
2102 あらたまの年あるみよの秋かけて とるやさなへにけふもくれつつ
建久六年二月左大将家五首 夏
2103 あれまくも人はをしまぬふるさとの ゆふかぜしたふのきのたちばな
建久六年民部卿経房卿家哥合に
初郭公
2104 かはらずもまちいでつる哉郭公 月にほのめくこぞのふるこゑ
三宮より十五首哥めされし夏哥
2105 とへかしな霞もきりもたなびかぬ のきのあやめのあけぼののそら
2106 時すぎずかたらひつくせ郭公 たがさみだれのそらおぼれせで
院北面にて講ぜられし二首 菖蒲
2107 てなれつつすずむいはゐのあやめぐさ けふはまくらに又やむすばん
郭公
2108 まちあかすさよのなか山なかなかに ひとこゑつらきほととぎす哉
建仁元年三月尽日哥合 雨後郭公
2109 さみだれのなごりの月もほのぼのと さとなれやらぬほととぎす哉
正治二年二月左大臣家哥合 夕郭公
2110 郭公たそがれ時のくもまより われなのりてぞやどはとふなる
五月雨朝
2111 たまみづののきもしどろのあやめぐさ さみだれながらあくるいくかぞ
庭夏草
2112 あげまきのあとだにたゆるにはもせに おのれむすべとしげるなつくさ
建仁二年三月六首召されし 夏哥
2113 さみだれのふるの神すぎすぎがてに こだかくなのるほととぎす哉
承元二年潤四月四日和哥所 雨中郭公
2114 たがためにぬれつつしひてほととぎす ふるともあめの山地わくらん
秀能五首哥中 郭公
2115 こひすとやなれもいぶきのほととぎす あらはにもゆと見ゆる山ぢに
建保四年潤六月内裏哥合十首之中 夏
2116 郭公たがしののめをねにたてて 山のしづくにはねしをるらん
承久元年七月内裏哥合 暁郭公
2117 ほととぎすいづるあなしの山かづら いまやさと人かけてまつらし
水辺草
2118 かりねせし玉江のあしにみがくれて 秋のとなりの風ぞすずしき
建保五年四月十四日庚申五首 夏暁
2119 なきぬなりゆふつけどりのしだりをの おのれにもにぬよはのみじかさ
建仁二年六月和哥所にて当座
田家夏月
2120 かどたふくほむけの風のよるよるは 月ぞいなばの秋をかりける
水風晩涼
2121 したくぐる水よりかよふ風のおとに 秋にもあらぬ秋のゆふぐれ
建久五年左大将家哥合龍田河 夏
2122 ゆふぐれは山かげすずしたつた河 みどりのかげをくくるしらなみ
名所夏月
2123 影きよきなつみのかはと秋かけて しらゆふ花をてらすよの月
山納涼
2124 夏の日のさすともしらぬみかさ山 松のみかげぞますかげもなき
権大納言家 海上蛍
2125 みつしほにいりぬるいそをゆくほたる おのがおもひはかくれざりけり
建仁二年六月みなせ殿のつり殿にいでさせたまうて、六首題をたまはりて、御製にあはせられ侍し中に 河上夏月
2126 たかせ舟くだすよかはのみなれさを とりあへずあくるころの月かげ
海辺見蛍
2127 すまのうらもしほの枕とぶほたる かりねのゆめぢわぶとつげこせ
山家松風
2128 松かげやと山をこむるかきねより 夏のこなたにかよふ秋風
建仁元年三月尽日哥合 松下晩涼
2129 このくれを夏とはたれかいはゐくむ 松かげはらふ山おろしのかぜ
摂政殿詩哥合 水辺涼自秋
2130 雪とのみおつるしらあわに夏きえて 秋をもこゆるたきのいはなみ
2131 夏衣秋だにたたぬ神奈月 ゐせきの浪のいそぐしぐれに
建保四年潤六月内裏哥合 夏
2132 なつはつるみそぎにちかき河風に いはなみたかくかくるしらゆふ
秋
松尾哥合 初秋風 建暦二年
2133 あらたまのことしもなかばいたづらに なみだかずそふをぎのうは風
建久五年夏左大将家哥合 秋宮城野
2134 秋きぬな荻ふく風のそよさらに しばしもためぬ宮木ののつゆ
須磨関
2135 世やはうき秋やはすぐすすまのせき秋やは うら風こゆるそでのしら波
建保三年七夕内裏七首
2136 あまの河水かけぐさのうちなびき たまのかつらもつゆこほるらん
2137 天河ふるきわたりもうつろひて 月のかつらぞいろにいでゆく
2138 あまのがはかはとのなみの秋風に くもの衣をたつやとぞまつ
2139 天河手たまもゆらにおるはたの ながきちぎりはいつかたえせん
2140 天河もみぢのはしのいろに見よ 秋まつそでのくれをまつほど
2141 天河あれにしとこをけふばかり うちはらふそでのあはれいくとせ
2142 天河あくるいはともなさけしれ 秋のなぬかのとしのひとよを
建久六年二月左大将家五首 秋
2143 あきといへどこの葉もしらぬはつ風に われのみもろきそでのしらたま
閑中草花
2144 あとたえて風だにとはぬはぎのえに 身をしるつゆはきゆる日もなし
元久元年七月宇治御幸 山風
2145 かへり見るすそののくさ葉かたよりに 限なき秋の山おろしの風
正治二年九月院初度哥合 山風
2146 秋のあらしひとはもをしめみむろ山 ゆるすしぐれのそめつくすまで
建保元年内裏詩哥合 野外秋望
2147 むらさめのたまぬきとめぬ秋風に いくのかみかくはぎのうへのつゆ
2148 ながめつつくさのたもとはうつろひぬ かりのなみだもをちのしのはら
同四年潤六月内裏哥合 秋
2149 なほざりのをののあさ地におくつゆも 草葉にあまる秋のゆふぐれ
承久元年内裏哥合 秋夕露
2150 ゆふぐれの草のいほりの秋のそで ならはぬ人やしぼらでも見む
建永元年七月和歌所哥合 朝草花
2151 あさなあさなした葉もよほすはぎのえに かりのなみだぞ色にいでゆく
海辺月
2152 もしほくむ袖の月かげおのづから よそにあかさぬすまのうら人
建久八年秋哥あまたよみける中に
2153 ながめつつ思しことのかずかずに むなしきそらの秋のよの月
秀能かよませ侍し 月哥
2154 秋といへば月のただ地をふく風の くもをばすてのひさかたの山
摂政殿詩哥合 月明風又冷
2155 雲たえてのちさへ月をふくあらし こぬ夜うらむるとこなはらひそ
2156 さむしろにはつしもさそひふく風を いろにさえゆくねやの月かげ
正治二年九月院に初度哥合 浦月
2157 あは地しま月のかげもてゆふだすき かけてかざせるすまのうら波
建仁元年八月十五夜哥合月多秋友
2158 千世ふべきたまのみぎりの秋の月 かはすひかりのすゑぞひさしき
月前松風
2159 ゆふべよりくもはまよはぬ月かげに まつをぞはらふみねのこがらし
月前擣衣
2160 秋風によさむの衣うちわびぬ ふけゆく月のをちの山もと
海辺秋月
2161 月にふすいせのはまをぎこよひもや あらきいそべの秋をしのばむ
湖上月明
2162 さざ波やちりもくもらずみがかれて かがみの山をいづる月かげ
古寺残月
2163 はつせ山ゆつきがしたにてる月の あくるもしらぬありあけのかげ
深山暁月
2164 鳥のねもきこえぬ山の山人は かたぶく月をあけぬとやしる
野月露深
2165 おきあかすのべのかりいほのそでのつゆ おのがすみかと月ぞさえゆく
田家見月
2166 さをしかのつまどふを田にしもおきて 月かげさむしをかのべのやど
河月似氷
2167 すみわたる月かげきよみみなせ河 むすばぬ水をこほりとぞ見る
建保三年八月十五夜内裏 月前竹風
2168 月きよみたまのみぎりのくれ竹に ちよをならせる秋風ぞふく
月前擣衣
2169 月にうつ民の衣もやどごとに くにさかえたるみよぞきこゆる
月前眺望
2170 きはもなき田のもばかりにしくくもの ちりもまがはぬ秋の夜の月
建永元年七月十三日和哥所当座
湖辺月
2171 さざなみやにほのうら風ゆめたえて 夜渡月にあきのふな人
元久元年七月宇治御幸 水月
2172 にほのうみやしたびてこほる秋の月 みがくなみまをくだすしばぶね
正治二年左大臣家哥合 山月
2173 まつことは心の秋にたえぬれど 猶山のはに月はいでけり
建暦三年後九月内裏哥合 深山月
2174 しらかしのつゆおく山も道しあれば 枝にも葉にも月ぞともなふ
建久七年九月十三夜内大臣家 未出月
2175 秋のそら月はこよひとはらふなり ひかりさきだつみねのまつ風
初昇月
2176 さしのぼるみかさの山のみねからに 又たぐひなくさやかなる月
停午月
2177 秋の月なかばのそらのなかばにて ひかりのうへにひかりそひけり
漸傾月
2178 物ごとに秋のあはれはかずそひて そらゆく月のにしぞすくなき
入後月
2179 月はさぞゆきたにのこるころならば それとも見ましみねのあけぼの
内裏にて 禁庭月
2180 わすれずよみはしの霜のながき夜に なれしながらのくものうへの月
建久二年法皇栖霞寺におはしましし時、駒牽のひきわけの使にまゐるとて
2181 嵯峨の山ちよのふるみちあととめて 又つゆわくるもち月のこま
九月十三夜内裏にて 山路月
2182 山かぜは月のさ衣はらへども おもらぬ雪はこのはこそふれ
2183 たまぼこの道もさりあへぬ春の花 それかとまがふ山の月かげ
建保二年九月十三夜内裏 月前風
2184 すがのねやなが月の夜の月かげを はるかにわたるのべの秋風
建保六年八月十三日内裏中殿宴秋夜侍宴、同詠池月久明 応製和歌
参議正三位行民部卿兼伊予権守臣藤原朝臣定家上
2185 いくちよぞそでふる山のみづがきも およばぬ池にすめる月かげ 三行三字書之
神主重保賀茂社哥合とてよませ侍しに月 元暦元年九月 侍従
2186 しのべとやしらぬむかしの秋をへて おなじかたみにのこる月かげ
霧
2187 はれくもり山のいはねにたつきりを なづる衣の袖かとぞ見る
野宿月 権大納言家 貞応
2188 ゆふつゆのいほりは月をあるじにて やどりおくるるのべのたび人
建久五年八月十五夜左大将家
見月思旅
21893 まつほどをかたらぬ月にかこつとも しらでやぬらんあらきはまべに
対月問昔
2190 わすれずやはじめもしらぬそらの月 かへらぬ秋のかずはふりつつ
月契潤月
2191 月も又しかならふまでなれよとや かずそふ秋のそらをたのめて
元久元年五辻殿に御わたりののち初て講ぜらる 序通具卿 読師太政大臣
松間月 応製臣上
2192 このまより月もちとせの色にいでて きみが世契庭のわかまつ
野辺月
2193 みよしのは雪ふる峯のちかければ 秋よりうづむ月のしたくさ
田家月
2194 ながめつつとはれずひさに秋の田の ほのうへてらす月のいくよを
羇旅月
2195 草枕みやこをとほみいたづらに ゆききの月のやどるしらつゆ
名所月
2196 さとわかずもろこしまでの月はあれど 秋のなかばのしほがまのうら
同夜当座
八月十五夜翫月応製和歌
正四位下行左近衛権中将兼美濃介藤原朝臣定家上
2197 よろづ世はこよひぞはじめやどの月 なかばの秋の名はふりぬとも
建仁元年三月尽哥合 湖上秋霧
2198 篠波やにほの湖のあけがたに きりがくれゆくおきのつり舟
建保四年潤六月内裏哥合 秋
2199 をじかなくは山のかげのふかければ あらしまつまの月ぞすくなき
建暦三年後九月内裏哥合 寒野虫
2200 ゆく秋のすゑののこのはあさなあさな そむればよわる虫のこゑ
建保三年五月和哥所哥合 行路秋
2201 うちわたすをちかたのべのしらつゆに よものくさ木のいろかはるころ
建永元年七月十三日和哥所当座 行路風
2202 たまぼこやゆくてののべのあさぢまで うつろふそでの秋のはつ風
正治二年二月左大臣家哥合
2203 唐衣すそののまくずふきかへし うらみてすぐる秋のゆふ風
元久元年七月宇治御幸 野露
2204 山しろのくぜのはらののしのすすき たまぬきあへぬ風のしらつゆ
建仁二年三月六首 秋哥
2205 しもまよふをだのかりいほのさむしろに 月ともわかずいねがてのそら
建暦三年九月十三夜内裏哥合
江上月
2206 なには江にさくやこの花しろたへの 秋なき浪をてらす月かげ
暮山松
2207 秋はいぬゆふ日かくれぬ峯の松 よものこの葉ののちもあひ見む
元久二年夏院詩哥合 山路秋行
2208 みやこにも今や衣をうつの山 ゆふしもはらふつたのしたみち
2209 夕づくひこのまのかげもはつかりの なくやくもゐの峯のかけはし
建仁三年和哥所哥合 海辺鴈
2210 ゆくかりのたが秋風とうれふらん なみもふせがぬいそのとまやに
三宮より十五首哥めされし 秋哥
2211 とぶかりのなみだもいとどそぼちけり ささわけし野辺のはぎのうへのつゆ
2212 久方の月の桂のしたもみぢ やどかるそでぞ色にいでゆく
2213 なみだのみこの葉しぐれとふりはてて うき身を秋のいふかひもなし
建久六年秋ころ大将殿にて末句十をかきいだしてよむべきよし侍しに当座
2214 しをるべきよもの草木もをしなべて けふよりつらきをぎのうは風
2215 とればけぬわくればこぼるえだながら よしみや木ののはぎのしたつゆ
2216 こし方はみなおもかげにうかびきぬ ゆくすゑてらせ秋のよの月
2217 いざこえしおもへばとほきふるさとを かさなる山の秋のゆふぎり
2218 ふけまさるひとまつ風のくらきよに 山かげつらきさをしかのこゑ
2219 風なびくすすきのすゑはつゆふかし このごろこそははつかりの声
2220 むかしかなあはれいくよときてとへば やどもる風にうづらなくなり
2221 河風によわたる月のさむければ やそうぢ人も衣うつなり
2222 みそぢあまり見しをばなきとかぞへつつ 秋のみおなじゆふぐれのそら
2223 ひとりねのさならぬとこもそでぬれぬ わかれなれたるあか月のそら
おなじころ大将殿にて五首哥 秋色
2224 そめてけり月の桂のすゑばまで うつろふころののべの秋風
秋声
2225 さえわたる霜にむかひてうつ衣 いくとせ秋のこゑをつくらん
秋香
2226 かたみかなくれゆく秋をうらみつつ けふつむそでににほふしらぎく
秋情
2227 あめおつるこのはをなにのあはれとて なきここちする心わくらん
秋恋
2228 うかりける山どりのをのひとりねよ 秋ぞちぎりしながきよにとも
同七年の秋内大臣殿にて文字をかみにをきて廿首哥中に 秋十
2229 をざさはらほどなきすゑのつゆおちて ひとよばかりに秋風ぞふく
2230 峯にふく風にこたふるしたもみぢ ひとはのおとに秋ぞきこゆる
2231 なくせみも秋のひびきのこゑたてて 色に見山のやどのもみぢば
2232 へだてゆくきりも日かずもふかければ わすれやしぬるとほきみやこに
2233 しきたへの枕わすれて見る月の かぞふ許のよなよなのかげ
2234 ふりにけりとしどしなれし月を見て おもひしことのさらにかなしき
2235 ちりぬればこひしきものを秋はぎの けふのさかりをとはばとへかし
2236 はやせ河みなわさかまきゆくなみの とまらぬ秋をなにをしむらん
2237 かりがねのくもゆくはねにおくしもの さむきよごろにしぐれさへふる
2238 松しまのあまの衣で秋くれて いつかはほさむつゆもしぐれも
内裏秋十五首 秋風
2239 をさまれる民のくさばを見せがほに なびく田のもの秋のはつ風
秋露
2240 そでぬらすしのぶもぢずりたがために みだれてもろき宮木ののつゆ
秋月
2241 いつはともわかぬときはの山人も そらにおどろく月のかげ哉
秋雨
2242 花ぞめの衣の色もさだまらず のわきになびく秋のむらさめ
秋花
2243 たび衣ひもとく花のいろいろも とほさとをののあたらあさぎり
秋鴈
2244 このごろのかりの涙のはつしほに 色わきそむる峯の松風
秋虫
2245 あるじから思たえにしよもぎふに むかしもよほすまつむしの声
秋鹿
2246 あさなあさなこの葉うつろひなくしかの ことわりしるき秋の山かげ
秋水
2247 秋風のかつふきはらふ谷の戸に おもふもきよくすめる山水
秋霜
2248 秋の色にのこるかたみのしもをだに おけかしくさ葉それもとまらず
秋祝
2249 山水に老せぬちよをせきとめて おのれうつろふしらぎくの花
秋旅
2250 ふるさとはとほ山どりのをのへより 霜おくかねのながきよのそら
2251 したむせぶもしほのけぶりこがるとて 秋やは見ゆる人はうらみじ
秋思
2252 老が世はあはれすゑののくさがれに よるのおもひのなが月のそら
秋雑
2253 わたつうみや秋なき花のなみ風も 身にしむころのふきあげのはま
仁和寺宮よりしのびてめされし
秋題十首 承久二年八月
秋雨
2254 あきの色と身をしる雨のゆくくもに いこまの山もおもがはりして
秋花
2255 このくれの秋風すずしから衣 ひもとく花につゆこぼれつつ
秋田
2256 ながめあへぬほむけの風のかたよりに 田のもふきこすみねのもみぢば
秋霜
2257 世やはうきしもよりしもにむすびおく おいそのもりのもとのくちばは
秋祝
2258 露しぐれもるにつれなき秋山の まつにぞきみのみよは見えける
秋恋
2259 はつかりのとほ地もよほす秋風に なれてまぢかきなかぞかれゆく
秋声
2260 風さわぐをぎのはよくとうきて見し ゆめのただちぞいやはかななる
秋旅
2261 浪かくるそでしのうらの秋の月 やどかるままにまづやしぼらん
秋恨
2262 心もてよゝのむかしやならひけむ 秋風いそぐをかのくずはに
秋雑
2263 しられじななくなくあかすながきよも さわべのたづの秋の心は
内裏秋十首
2264 夏はててぬるやかはべのしののめに そでふきかふる秋のはつ風
2265 おのづからいくよの人のながむらん あまのかはらのほしあひのそら
2266 わすれじなはぎの白露しきたへの かりいほのとこにのこる月かげ
2267 やどれどもぬらさぬそでのわれからに なれてひさしき秋のよの月
2268 声たててたれ松風のおのれのみ たゆまぬ月に衣うつらん
2269 またれつる月もはるかになくつるの こゑあけがたきながきよのしも
2270 いくかへり梅をばきくにながめつつ しもよりしものそでしほるらん
2271 身をくだく年のいくとせなげきして 思とぢめし秋のなみだぞ
2272 たつた山ゆふつけどりのなくこゑに あらぬ時雨の色ぞきこゆる
2273 山ひめのかたみにそむるもみぢばを そでにこぎいるるよもの秋風
建保二年みなせ殿にて講せられし秋十首哥 応製臣上
2274 もしほくむあまのとまやのしるべかは うらみてぞふく秋のはつ風
2275 あさぢふのをののしのはらうちなびき をちかた人に秋風ぞふく
2276 おほかたの秋おくつゆやたまはなす 身ながらくちしそではほしてき
2277 いく秋をたへていのちのながらへて なみだくもらぬ月にあふらん
2278 宮木のはもとあらのはぎのしげければ たまぬきとめぬ秋風ぞふく
2279 ゆふづく日むかひのをかのうすもみぢ まだきさびしき秋のいろ哉
2280 高砂のほかにもあきはあるものを わがゆふぐれとしかはなくなり
2281 河波のくぐるも見えぬ紅を いかにちれとか峯のこがらし
2282 たま木はるわが身しぐれとふりゆけば いとど月日もをしき秋哉
2283 しものたて山のにしきをおりはへて なくねもよわるのべの松虫
承久元年七月内裏哥合
聞擣衣
2284 なさけなくふく秋風ぞをしふらん こぬよのとこに衣うてとは
庭紅葉
2285 もる山もこのしたまでぞしぐるなる わがそでのこせのきのもみぢば
聞擣衣といふことを人びとよみ侍しに
2286 荻の葉のつけふるしてし秋風を 又しもさらに衣うつなり
依月思秋
2287 いたづらにつもれば人のながき夜も 月見てあかす秋ぞすくなき
承久元年九月日吉哥合とて内よりのおほせごと
深夜秋月
2288 おほかたのあらしもくももすみはてて そらのながなる秋のよの月
遠山暁霧
2289 ほのかなるかねのひびきにきりこめて そなたの山はあけぬとも見ず
暮天聞鴈
2290 かりがねのなきてもいはむ方ぞなき むかしのつらのいまのゆふぐれ
紅葉添雨
2291 ふりまさるなみだもあめもそほちつつ そでの色なる秋の山哉
建保五年四月十四日庚申五首 秋朝
2292 小倉山しぐるるころのあさなあさな きのふはうすきよものもみぢば
承元三年九月新羅社哥合とて人のよませ侍し紅葉
2293 露しものしたてるにしきたつたひめ わかるるそでもうつる許に
内裏にて 朝見紅葉
2294 もみぢばの猶いろまさるあさひ山 夜のまのつゆの心をぞしる
建保二年九月十三夜 内裏暮山紅葉
2295 しぐれつつそでぬれきつる山人の かへるいほりはあらぬもみぢ葉
対菊惜秋
2296 如何せむきくのはつしもむすぼほれ そらにうつろふ秋の日かずを
紅葉見秋
2297 龍田河おられぬ水の紅に ながれてはやき秋のかげかな
九月十三夜侍宴詠三首
秋山月
2298 ささ枕み山もさやにてる月の 千世もふばかりかげのひさしさ
秋野月
2299 久方のあまつそらゆく月かげを おのれしめのの秋の白露
秋庭月
2300 雲の秋うへをてらさむ秋もしらざりき をしへし庭のみちの月かげ
右大臣家六首哥合 夜深待月
2301 夜をかさねたゆまずひさにながめする 山のはおそき月をこひつつ
故郷紅葉
2302 うつろひし昔の花のみやことて のこるにしきの色ぞしぐるる
河辺擣衣
2303 こはた河こはたがためのから衣 ころもさびしきつちのおと哉
元暦元年宰相中将通親卿 五首之内
擣衣
2304 さえまさるひびきをそへてうつ衣 かさなるよはに秋やくるらん
冬
正治二年毎月哥めされし時 初冬
2305 このごろの冬の日かずのはるならば たにのゆきげにうぐひすのこゑ
時雨
2306 山めぐりしぐれやをちにうつるらん くもままちあへぬそでの月かげ
承元四年十月家長朝臣日吉社にて講ずべきよし申し哥 故郷時雨
2307 むらくもや風にまかせてとぶとりの あすかのさとはうちしぐれつつ
時雨知時 私家
2308 いつはりのなき世なりけり神奈月 たがまことよりしぐれそめけん
寒草纔残
2309 ふくかぜのやどすこのはのした許 しもおきはてぬにはの冬草
建保二年内裏三首 時雨
2310 山のゐのしづくもかげもそめはてて あかずはなにの猶しぐるらん
水鳥
2311 池にすむありあけの月のあくるよを おのが名しるくうきねにぞなく
寒草
2312 霜か雪かをばなにまじりさく花の のこりし色もむかし許に
正治二年十月一日院御会当座
枯野朝
2313 あさしもの色にへだつるおもひ草 きえずはうとしむさしののはら
建仁元年三月尽日哥合嵐吹寒草
2314 あさぢふやのこるはずゑの冬のしも おき所なくふくあらし哉
建保四年潤六月内裏哥合 冬哥
2315 よしさらばかたみも霜にくちはてね いまはあだなる秋のしらぎく
三宮十五首 冬哥
2316 神奈月くれやすき日の色なれば しものした葉に風もたまらず
2317 しがらきのと山のあられふりすさび あれゆくころのくもの色哉
正治元年十一月七日二条殿新宮哥合 紅葉残梢
2318 冬もふかくしぐれし色ををしみもて はつゆきまたぬみねのひとむら
寒夜埋火
2319 うづみ火のきえぬひかりをたのめども 猶霜さゆるとこのさむしろ
文治三年冬侍従公仲よませ侍し
冬十首
2320 ふるさとのしのぶのつゆも霜ふかく ながめしのきに冬はきにけり
2321 やどからぞみやこの内もさびしさは 人めかれにし庭の月かげ
2322 しもかるるよもぎがそまのかれまより ゆきげににたる冬のわかくさ
2323 雲かかる峯よりをちのしぐれゆゑ ふもとのさとをくらすこがらし
2324 かこたじよ冬のみ山のゆふぐれは さぞなあらしのこゑならずとも
2325 こけふかきいはやのとこのむらしぐれ よそにきかばやありてうき世を
2326 浦風のふきあげの松のうれこえて あまぎるゆきをなみかとぞ見る
2327 ながらへむいのちもしらぬ冬のよの 雪と月とをわがひとり見る
2328 そらとぢて又このくれのいかならん 日ごろの雪にあとはたえにき
2329 又くれぬすぐればゆめの心地して あはれはかなくつもる年哉
つかさはなれてのち、つくづくとこもりゐたるに、しも月うしの日とききしよるになりて、おほきおとどのふみたまへる
2330 月のゆく雲のかよひぢかはれども をとめのすがたわすれしもせず
むかしのことかきくづし思いづるをりふし、いとどあはれまさりて
2331 をとめごのわすれぬすがた世よふりて わが見しそらの月ぞはるけき
建久六年二月左大将家五首 冬
2332 霜のうへのあさけのけぶりたえだえに さびしさなびくをちこちのやど
正治元年左大臣家冬十首哥合
寒樹交松
2333 冬きても又ひとしほの色なれや もみぢにのこる峯のまつばら
池水半氷
2334 池のおもはこほりやはてむとぢそふる よごろのかずを又しかさねば
山家夜霜
2335 ゆめぢまで人めはかれぬくさのはら おきあかすしもにむすぼほれつつ
関露雪朝
2336 雪のもるすまのせきやのいたびさし あけゆく月もひかりとめけり
水取知主
2337 見なれてはこれもなごりやをしかもの なれだにやどのぬしはわきけり
旅泊千鳥
2338 こぎよするとまりさびしきしほ風に 又ゆめさましちどりなくなり
湖上冬月
2339 月にいづるかただのあまのつり舟は こほりかなみかさだめかねつつ
炉辺懐旧
2340 つくづくとわがよもふくる風のおとに むかしこひしきうづみ火のもと
正治二年九月院にはしめて哥合侍しに水鳥
2341 うすごほりゐるをしかものいろいろに 打いづる浪の花ぞうつろふ
同年冬内裏にて頭中将通具朝臣人びとにうたよませ侍しに 深夜水鳥
2342 こほりゆくみぎわをいづるをしかもに 山のはちぎるありあけの月
建仁二年三月六首 冬哥
2343 はまちどりつまどふ月のかげさむし あしのかれはのゆきのした風
建保四年内裏 寒山月
2344 月のうへにくももまがはでおくしもを あかずふきはらふみねのこがらし
寒閏月 老後私家
2345 山風のあれにしとこをはらふ夜は うきてぞこほるそでの月かげ
行路霰
2346 冬の日のゆく方いそぐかさやどり あられすぐさばくれもこそすれ
遠村雪
2347 あともなきすゑのの竹のゆきをれに かすむやけぶり人はすみけり
建仁元年十二月八日八幡哥合社頭松
2348 神がきや松につれなきよるのしも かはらぬいろよおきあかせども
月前雪
2349 ふきみだるゆきのくもまをゆく月の あまぎる風にひかりそへつつ
承久元年七月内裏哥合 冬氷月
2350 天河氷によどむ風さえて ゆくかたおそき月そひさしき
杜間雪
2351 はつゆきのいのるやなにのたむけして いそぐいくたのもりのしらゆふ
正治二年左大臣家哥合 庭雪
2352 とどむべき人もとひこぬゆふぐれの まがきを山とつもるしらゆき
建仁元年三月尽哥合 雪似白雪
2353 冬のあしたよしのの山のしらゆきも 花にふりにしくもかとぞ見る
摂政殿詩哥合 雪中松樹低
2354 はなと見る雪も日かずもつもりゐて 松のこずゑは春のあをやぎ
2355 風のまのもとあらのはぎのつゆながら いくよかはるをまつのしらゆき
秀能が五首哥 雪
2356 あまつかぜはつゆきしろしかささぎの とわたるはしのありあけのそら
建保内裏哥合十首之中 冬
2357 みそらゆく月もまぢかしあしがきの よしののさとの雪のあさけに
正治二年九月院初哥合 暁雪
2358 あけぬるかこずゑをれふす松がねの もとよりしろき雪の山の葉
建久五年左大将家哥合 深草雪
2359 ゆきをれの竹のしたみちあともなし あれにしのちのふかくさのさと
文治五年十二月後京極摂政殿大納言の時雪十首哥 禁庭雪
2360 さえのぼるみはしのさくらゆきふりて はる秋見するくものうへの月
故郷雪
2361 山人のひかりたづねしあとやこれ みゆきさえたるしがのあけぼの
山家雪
2362 まつ人のふもとのみちはたえぬらん のきばのすぎに雪おもるなり
野亭雪
2363 雪の内はなべてひとつになりにけり かれのの色もたのむかきねも
社頭雪
2364 春日山おほくの年のゆきふりて はるのあさ日は神もまつらん
古寺雪
2365 うつしける月のみかほはひかりあひて のきのあれまにつもるしらゆき
雪中恋人
2366 かきくらすゆふべのゆきにせきとぢて 心やみちにかよひわぶらん
雪中述懐
2367 かずまさる年にあはれのつもる哉 わがよふけゆく雪をながめて
雪中遠望
2368 ふりまがふ雪をへだてていでつれど くもまにきゆるあまのとも舟
雪中旅行
2369 うちはらひやどかりわびぬゆきをれの きぎのしたみちおもがはりして
建保五年庚申 冬夕
2370 ふりくらすよしののみゆきいくかとも はるのちがさはしらぬさとかな
ははのおもひにてこもりゐたりし冬、雪のあしたに大将殿より
2371 みよしのやをばすて山のはる秋も ひとつにかすむゆきのあけぼの
2372 しもがれのまがきののべのけさの雪 とほき心をにはに見る哉
2373 このさとはまつべき人のあともなし 庭のしらゆきみちはらふとも
2374 おもへどもきみをたづねぬゆきのよに 猶はづかしき山かげのあと
2375 ながめするわがそでならぬくさも木も しをれはてぬるけさの雪哉
御返し
2376 おもかげのそれかと見えし春秋も きえてわするる雪のあけぼの
2377 昔今心にのこすそらもなし かれののゆきのにはのひとむら
2378 わがやどの雪はいくへとはるや見む あれにしのちのよもぎふのかげ
2379 おもふてふたださばかりをわが身にて ゆきにへだたる山かげも哉
2380 袖のうへはよもの木くさにしをれあひて ひとり友なき雪のした哉
正治二年二月左大臣家哥合
冬述懐
2381 いたづらにことしもくれぬとばかりに 冬はなげきぞそふ心ちする
山野落葉といふことを 私家
2382 みかりののとだちをうづむならしばに 猶ふりまさる山のこがらし
松竹霜
2383 庭のまづまがきの竹におくしもの したあらはなる千世の色哉
報恩会のついて 歳暮述懐
2384 思やれまくらにつもるしもゆきの むそぢにちかきはるのとなりは
おなじ会 山家懐旧
2385 おもひいるみ山にふかきまきのとの あけくれしのぶ人はふりにき
おなじ会 歳暮 承久三年
2386 つきもせぬうきおもひいでばかずそひて かはりはつなる年のくれ哉
賀
建保二年九月十四日和哥所 月契千秋
2387 きみが世の月と秋とのありかずに おくや木草のよもの白雪
建仁元年鳥羽殿にてはじめて哥講ぜられ、御あそびなぞ侍し夜
池上松風
2388 いけ水に千世のみどりをちぎるらし こゑすみわたるきしの松風
建永元年八月十五夜、鳥羽殿御舟に御あそびありし夜、うた人みぎはにさぶらひて
2389 秋の池の月にすむなることのねを 今より千よのためしにもひけ
正治二年二月左大臣家哥合
2390 松風のこゑさへはるのにほひにて 花もちとせをちぎるやど哉
建久五年左大将家哥合 祝春日山
2391 かすが山みねのあさ日をまつほどの そらものどけきよろづ世の声
建仁元年三月尽哥合 寄神祇祝
2392 あとたれしよものやしろもきみにこそ まもるかひあるちよをならはめ
正治二年九月哥合 十首 神祇
2393 君をまもるあまてる神のしるしあれば ひかりさしそふ秋の夜の月
庭松
2394 枝かはすたまのみぎりの松の風 いくちよきみにちぎりそふらん
建仁三年十一月入道殿和哥所にて、九十賀たまはり給し時
2395 きみにけふととせのかずをゆづりおきて ここのかへりのよろづ世やへむ
承元二年住吉哥合
2396 わがきみのときはのかげは秋もあらじ 月のかつらのちよにあふとも
仁和寺宮にて 寄松祝
2397 このさとはをかべのまつ葉もる月の いつともわかぬちよぞ見えける
建保三年五月哥合 松経年
2398 たむけ草つゆもいくよかちぎりおきし はままつがえの色もかはらず
一条の家にて、はじめて栽松といふ題を、人びとよみ侍しに
2399 ななそぢのとなりをしむるやどにうゑて 千世のはじめは松やならはん
夕松風 私家
2400 松にふく風のみどりに声そへて ちよの色なるいりあひのかね
建暦二年とよのみそぎふたたびとげおこなはれしつぎの日、中将雅経朝臣
2401 きみまちてふたたびすめる河水に ちよそふとよのみそぎをぞ見し
返し
2402 君がよのちよにちよそふみそぎして ふたたびすめるかもの河水
皇后権亮公衡朝臣、いろゆるされてともいまだしらざりしに、御禊行幸に菊のしたがさねきられたりしを見て、つぎの日
2403 白菊のねはひともとのいろなれど うつろふほどは猶ぞ身にしむ
返し
2404 たぐふなる名を思ふにもしらぎくの うつろふ色はげに身にぞしむ
少将になりたるよろこびに、おなじ中将身にうらみありてこもりゐられたりしころ、三日をすぐして
2405 うれしさをとはですぎつる日かずにも 思ふ心の色や見ゆらん
返し
2406 うれしさをとはれぬほどの日かずゆゑ わくる心も色や見ゆらむ
為家元服したるのち、ほどなく従上のかかいしたるよろこびに
まさつねの中将
2407 袖のうちに思なれてもうれしさの このはるいかに身にあまるらん
返し
2408 そでせばくはぐくむ身にもあまるまで このはるにあふみよぞうれしき
おなじ中将のこをありきそめにつかはしたる手本のつつみがみに
2409 あとならへおもふおもひもとほりつつ きみにかひあるしきしまのみち
返し
2410 しきしまのみちしるき身にならひおきつ すゑとほるべきあとにまかせて
年ごろののぞみかなはで、辞申す三位に猶叙すべきよしおほせごと侍しかば、侍従をひとたびにと申てゆるされたりしに、おなじ中将
2411 うれしさはむかしつつみしそでよりも 猶たちかへるけふやことなる
返し
2412 うれしさは昔のそでの名にかけて けふ身にあまるむらさきのいろ
おなじ日 宮内卿
2413 うれしさは昨日やきみがつむきくの とへとや猶もけふをまつらん
返し
2414 けふぞげに花もかひある菊の色の こきむらさきの秋をまちける
とは申しかどしづみぬる事をのみなげき侍しに、思よらざりし参議の闕におほくの上臈をこえてなりて侍しあした、宮内卿
2415 ふしておもひおきても身にやあまらるらん こよひのはるのそでのせばさは
返し
2416 うれしてふたれもなべての事のはを けふのわが身にいかがこたへむ
水無瀬殿にあたらしくたきおとされ、いしたてられてのちまゐりてあしたに、清範朝臣のもとへ、地形勝絶のよし申し中に
2417 ありへけむもとのちとせにふりもせで わがきみちぎる峯のわか松
2418 かすがのやまもるみ山のしるしとて みやこのにしもしかぞすみける
2419 きみが世にせきいるる庭をゆく水の いはこすかずはちよも見えけり
院御所、六月庚申扇合のよしにて、左方扇にかかるべき哥、三条宮よりめされ侍よし、清範朝臣申ゝしかば、たてまつりし
2420 をさまれるみよにあふぎの風なれば よものくさばもまづぞなびかむ
二条中将このゑつかさにて、年たけぬるよし、述懐百首におほくよみて、ほどなく右兵衛督になりて、あしたに
2421 かしは木はけふやわか葉の春にあふ きみがみかげのしげきめぐみに
返し 兵衛督
2422 春の雨のふりぬとなにか思けむ めぐみもしげきもりのかしは木
祖父中納言の春日行幸の賞をつのりて、正三位したるあしたに、右兵衛督、
2423 神も又きみがためとやかすが山 ふるきみゆきのあとのこしけむ
返し
2424 うづもれしおどろのみちをたづねてぞ ふるきみゆきのあともとひける
宮内卿のぞみ申さぬに、三位ゆるされたるあしたに
2425 きみが世にむかしいかなるちぎりありて おのおのかかるはるにあふらん
返し
2426 人にいざなれもやすらんきみがよに ひとりそはるにあふ心地する
右兵衛督子の少将のよろこびに
2427 みかさ山わかばの松にいかばかり あめのめぐみのふかさをか見る
返し
2428 年の内に春の日かげやさしつらん みかさの山のめぐみをぞ見る
日吉祢宜親成七十賀に、人哥つかはしし時
2429 ももとせにみそとせたらぬいはね松 ちよをまつらしいろもかはらず
おなじ八十賀
2430 ももとせはやそぢの坂にちかけれど 神のめぐみのちよぞはるけき
元久三年正月高陽院殿初度
応製 庭花春久
2431 あらたまの年のちとせのはるの色を かねてみがきの花にまつかな
恋
建仁二年六月みなせ殿のつり殿にいでさせたまうて、にはかに六首題をたまはりて、御製にあはせられ侍し中 恋三首
初恋
2432 はるやときとばかりききしうぐひすの はつねをわれとけふやながめむ
忍恋
2433 夏草のまじるしげみにきえねつゆ おきとめて人のいろもこそ見れ
久恋
2434 わがなかはうき田のみしめかけかへて いくたびくちぬもりのした葉も
おなじとし九月、十三夜水無瀬殿恋十五首哥合に
春恋
2435 わすればや花にたちまよふはるがすみ それかと許見えしあけぼの
夏恋
2436 ほととぎすそらにつたへよこひわびて なくやさ月のあやめわかずと
秋恋
2437 こよひしも月やはあらぬおほかたの 秋はならひそ人ぞつれなき
冬恋
2438 とこのしも枕の氷きえわびぬ むすびもおかぬ人のちぎりに
暁恋
2439 おもかげもまつよむなしきわかれにて つれなく見ゆるありあけのそら
暮恋
2440 ながめつつまたはとおもふくものいろを たがゆふぐれときみたのむらん
羇中恋
2441 きみならぬこの葉もつらしたび衣 はらひもあへずつゆこぼれつつ
山家恋
2442 風ふけばさもあらぬ峯の松もうし こひせんひとはみやこにをすめ
故郷恋
2443 つれなきをまつとせしまのはるのくさ かれぬこころのふるさとのしも
旅泊恋
2444 わすれぬは浪地の月にうれへつつ 身をうしまどにとまるふなびと
関路恋
2445 すまのうらや浪におもかげたちそひて 関ふきこゆる風ぞかなしき
海辺恋
2446 わかれのみをじまのあまのそでぬれて 又はみるめをいつかかるべき
河辺恋
2447 名とり河わたればつらしくちはつる そでのためしのせぜのうもれ木
寄雨恋
2448 ゆくへなきやどはととへばなみだのみ さののわたりのむらさめのそら
寄風恋
2449 白妙の袖のわかれにつゆおちて 身にしむ色の秋風ぞふく
建久五年夏左大将家哥合
恋 三嶋江
2450 うつりにきわが心から見しま江の いり江の月のあかぬおもかげ
建仁元年三月尽哥合 遇不遇恋
2451 人心ほどはくもゐの月ばかり わすれぬそでのなみだとふらん
正治二年二月左大臣家哥合 夏恋
2452 よひながらくものいづことをしまれし 月をながしとこひつつぞぬる
宇治御幸 夜恋 元久元年七月
2453 まつ人の山地の月もとほければ さとの名つらきかたしきのとこ
建仁二年三月六首之中 恋
2454 たのむ夜のこのまの月もうつろひぬ 心の秋の色をうらみて
遇不遇恋 承元二年壬四月四日和哥所
2455 とひこかしまたおなじ世の月を見て かかるいのちにのこるちぎりを
承元四年九月粟田宮哥合 寄月恋
2456 やどりこしたもとは夢かと許に あらばあふ世のよその月かげ
三宮十五首 恋哥
24573 露しぐれした草かけてもる山の いろかずならぬそでを見せばや
G2458 おほかたはわすれはつともわするなよ ありあけの月のありしひとこと
2459 ならふなと我もいさめしうたたねを 猶物思ふをりはこひつつ
建保五年四月庚申 久恋
2460 こひしなぬ身のおこたりぞ年へぬる あらばあふよの心づよさに
建永元年七月和哥所 被忘恋 当座
2461 むせぶともしらじな心かはらやに 我のみけたぬしたのけぶりは
建暦三年三月内裏 恋哥三首
2462 やどりせぬくらぶの山をうらみつつ はかなのはるのゆめの枕や
2463 ちぎりのみいとどかりはのならしばは たえぬおもひの色ぞまされる
2464 影をだにあふせにむすべおもひ河 うかぶみなわのけなばけぬとも
建暦三年九月十三夜内裏哥合
旅宿恋
2465 とどめおきし袖のなかにやたまくしげ ふたみのうらは夢もむすばず
建保四年閏六月内裏哥合 恋
2466 あふことはしのぶの衣あはれなど まれなるいろにみだれそめけん
2467 こぬ人をまつほのうらのゆふなぎに やくやもしほの身もこがれつつ
九月十三夜内裏 寄海恋
2468 人ごころうき波たつるゆらのとの あけぬくれぬとねをのみぞなく
建保四年内にて 寄芦恋
2469 なにはなる身をつくしてのかひもなし みじかきあしのひとよばかりは
正治元年冬左大臣家冬十首哥合
契歳暮恋
2470 あらたまのとしのくれまつおほぞらは くもるばかりのなぐさめもなし
住吉哥合 旅宿恋
2471 やどりせしかりいほのはぎのつゆばかり きえなでそでの色にこひつつ
恋不離身といふ心を
2472 心をはつらき物とてわかれにし 世よのおもかげなにしたふらん
仁和寺宮花五首 寄花恋
2473 花のごと人の心のつねならば うつろふのちもかげは見てまし
建久七年内大臣殿にて文字をかみにをきて廿首よみしに
恋五首 かたおもひ
2474 神なびのみむろの山の山風の つてにもとはぬ人ぞこひしき
2475 たましひのいりにし袖のにほひゆゑ さもあらぬ花の色ぞかなしき
2476 おくも見ぬしのぶの山にみちとへば わがなみだのみさきにたつ哉
2477 もしほたれすまのうら波たちなれし 人のたもとやかくはぬれけん
2478 ひだたくみうつすみなわを心にて 猶とにかくにきみをこそおもへ
中納言長方卿五首哥よませ侍し中に 絶久恋
2479 それとだにわすれやすらむいまさらに かよふ心はゆめに見ゆとも
建久六年二月左大将家五首 恋
2480 おもひねばたが心にて見えねども 夢にぞいとどうかれはてぬる
建保右大臣家六首哥合 行路見恋
2481 露ぞおくゐでのしたおびさ許も むすばぬのべのくさのゆかりに
山家夕恋
2482 涙せくやどもは山にかくろへて あらはにこふるゆふぐれぞなき
承久二年八月土御門院よりしのびてめされし夜長増恋
2483 秋の夜のとりのはつねはつれなくて なくなく見えしゆめぞみじかき
寄名所恋 私家
2484 こぐ舟の風にまかするまほにだに そことをしへぬあぶの松ばら
忍待恋
2485 をしほ山千世のみどりの名をだにも それとはいはぬくれぞひさしき
寄蛍恋
2486 いとど又あまるおもひはもえつきぬ そでのほたるのひかり見えても
隔遠路恋
2487 たづぬともかさなるせきに月こえて あふをかぎりのみちやまどはむ
暮山恋 権大納言家
2488 うつせみのは山もりくるゆふ日かげ うすくや人とねをのみぞなく
貞永元年七月大殿哥合 恋十首
寄衣恋
2489 秋草の露わけ衣おきもせず ねもせぬそではほすひまもなし
寄鏡
2490 ゆく水の花のかがみの影もうし あだなる色のうつりやすさは
寄弓
2491 かり人のひくやゆずゑのよるさへや たゆまぬ関のもるにまどはむ
寄玉
2492 緒をたえしかざしの玉と見ゆばかり きみにくだくるそでのしらつゆ
寄枕
2493 わすれずよ三とせののちのにひ枕 さだむばかりの月日なりとも
寄帯
2494 如何せんうへはつれなきしたおびの わかれしみちにめぐりあはずは
寄糸
2495 夏ひきのいとしもなれしおもかげは たえてみじかきのちぞかなしき
寄莚
2496 あづまののつゆのかりねのかやむしろ 見ゆらんきえてしきしのぶとは
寄舟
2497 白妙の袖のうらなみよるよるは もろこし舟やこぎわかるらん
寄網
2498 人心あだなる名のみたつしぎの あみのゆくてになどかかるらん
はじめて人に
2499 かぎりなくまだ見ぬ人のこひしきは むかしやふかくちぎりおきけん
恋哥とて
2500 うつりにし心のいろにみだれつつ ひとりしのぶのころもへにけり
2501 あともなき浪ゆく舟にあらねども 風をしるべにものおもふころ
2502 世よかけてつらきちぎりにあゐそめて ふかきおもひの色ぞかなしき
2503 なげくともこふともあはむみちやなき きみがつらきのみねのしらくも
2504 あだしののわかばの草におくつゆの そでにたまらぬものをこそおもへ
2505 わきかへりおつればこぼるたきつせの したにくだけていくよへぬらん
神奈月のころまどろまであかして
2506 かなしさのたぐひもあらじ神奈月 ねぬよの月のありあけのかげ
つつむことある人の、はるごろとほくわかれけるに
2507 けふやさはへだてはてつる春がすみ はれぬおもひはいつとわかねど
はるものごしにあひたる人の、梅花をとらせていりにける又のとし、おなじ所にて
2508 心からあくがれそめし花のかに 猶物思はるのあけぼの
又
2509 我のみやのちもしのばむ梅花 にほふのきばのはるのよの月
かげばかり見てかへりける道にて、火のあるよし人のいふに
2510 こひこひてあふともなしにもえまさる むねのけぶりやそらに見ゆらん
ことなることなき女の、こころたかくおもひあがりて、つれなかりければ
2511 さても猶をらではやまじ久方の 月の桂の花と見るとも
みやづかへしける女のつぼねにて、たづぬるにかくれければ、かがみのふたをとりかくして、かへさざりけるのち、その女ある人のもとにさだまりゐにければ、そのふたをかへしやるとて
2512 ますかがみふたりちぎりしかねごとの あはでややがてかげはなれなん
返し
2513 身こそかくかげはなるともますかがみ ふたり見しよのゆめはわすれず
秋のくれをもろともにをしみあかして、さとへいでにける人に、いでぬ人につたへて
2514 如何せんすててし秋をしたふとて 身もをしからずをしきわかれを
2515 うらめしやけふしもかふる衣手に いりにしたまのみちまどふらん
返し
2516 わすれねよしたひてくれし秋よりも あだにたつなはをしきわかれを
2517 おろかなるなみだも見えぬそでのうへを とどめしたもとたれかたのまむ
ある所なる人を我にはばかるよしをききて三位中将
2518 きみならでかよふ人なきよひよひを ゐぬせきもりにかこたざらなん
返し
2519 あふさかはきみがゆききとききしより まだ見ぬ山にふみもかよはず
心かはりにける人に
2520 あらはれてしもよりのちのいろながら さすがにかれぬしらぎくの花
2521 かはるいろをたがあさつゆにかこちても なかのちぎりぞ月くさのはな
ふみつたふる人さはることありてかきたえて
2522 ふみかよふみちもかりばのおのれのみ こひはまされるなげきをぞする
返し
2523 みかりののかりそめ人をならしばに われぞふみみしみちはくやしき
かぎりなくしのびて人にしらせざりける人に
2524 あぢきなくなにと身にそふおもかげぞ それとも見えぬやみのうつつに
返し
2525 いつはりのたがおもかげか身にそはむ ゆめにまさらぬやみのうつつに
2526 ありあけのあか月よりもうかりけり ほしのまぎれのよひのわかれは
2527 舟よするおもひもあらじよひのまの わかれはほしのまぎれなりとも
2528 如何せんさすがよなよな見なれざを しづくににごるうちのかはをさ
2529 うき舟のなにのちぎりか見なれざを あだなるそでをくだしそめけん
2530 しのぶともこふともしらぬつれなさに 我のみいくよなげきてかねむ
2531 しのばれずこひずはなにをちぎりとか うきにそへたるなげきをもせん
2532 せきわびぬいまはたおなじなとり河 あらはれはてねせぜのうもれ木
2533 なとり河ゆくてのなみにあらはれて あささぞ見えんせぜのむもれ木
2534 思やれさとのしるべもとひかねて わが身のかたにくゆるけぶりを
2535 とひかぬるさとのしるべに中たえて いまやあとなきけぶりなるらん
その人のもとより返事に
2536 なにかとふおもひもいとどすゑの松 わがなみならぬなみもこゆなり
返し
2537 こえこえず心をかくるなみもなし 人のおもひぞすゑのまつ山
恋哥よみける中に
2538 時のまもいかに心をなぐさめて 又あふまでのちぎりまち見む
2539 かきやりしそのくろかみのすぢごとに うちふすほどはおもかげぞたつ
2540 わかれてのおもひをさぞとしりながら たれかはときし夜はのしたひも
2541 きてなれしにほひをいろにうつしもて しぼるもをしき花ぞめのそで
とほき所にゆきわかれにし人に
2542 心をばそなたのくもにたぐへても 猶こひしさのやるかたぞなき
2543 あなこひしふきかふ風もことづてよ 思わびぬるくれのながめを
2544 おもひいづる心ぞやがてつきはつる ちぎりしそらのいりあひのかね
2545 人めもりへだつるみちをおもふより やがてもむねにとづるせき哉
2546 たれもこのあはれみじかきたまのをに みだれて物をおもはすも哉
2547 むすびおくなのみながるるわたり河 わがてにかけん浪とやは見し
2548 おのづからあはれとかけんひとことも たれかはつてむやへのしらくも
2549 けふまでは人もわすれずと許も うつつにしらぬなかぞかなしき
2550 ちぎりおきしおとをたのみにしのぶとも おなじ風だにふかずやあるらん
つつむことありてふみやることもせぬ人のてならひしたるを、人づてに見て
2551 うらうらにただかきすつるもしほぐさ 見るよりいとどたつけぶり哉
人のもちたるあふぎに、うつの山べのうつつにも、とかきたるを見て
2552 さぞなげくこひをするかのうつの山 うつつのゆめの又し見えねば
2553 おのづからそれと許をよそに見て むねにせかるる水ぐきのあと
ひさしくかきたえたる人に
2554 いかがせむありしわかれをかぎりにて このよながらの心かはらば
2555 かぎりあらんいのちもさらにながらへし これよりまさる月日へだてば
2556 身をつくしいざ身にかへてしづみみむ おなじなにはのうらのなみかぜ
2557 涙せくむなしきとこのうき枕 くちはてぬまのあふことも哉
2558 こひしさを思しづめむ方ぞなき あひ見しほどにふくるよごとは
2559 よしさらばおなじ涙にくれなゐの いろにをこひむ人はしるとも
2560 山の葉にまたれていづる月かげの はつかに見えしよはのこひしさ
2561 なほざりにたのめしほどもすぎはてば なににかくべきいのちなるらん
2562 いかさまにこひもなげきもなぐさめん この世ながらのあらぬよも哉
2563 あすしらぬ世のはかなさをおもふにも なれぬひかずぞいとどかなしき
2564 はかなしなゆめにかよはむよなよなを かたみにそれと思なすとも
2565 おのづから人もなみだやしるからん そでよりあまるうたたねのゆめ
2566 おもかげの身にそふ袖のにほひゆゑ ただそのいろにしむ心哉
2567 思いづるはるの衣のかたみまで いはぬ色にぞちしほそめてし
2568 身にかへて人をおもはでこひ見ばや なきになしてもあふよありやと
2569 まつらむとちぎりしほどをわすれずは たれとながめて日をくらすらん
2570 かくしらばをだえのはしのふみまどひ わたらでただにあらましものを
2571 をしからぬいのちもいまはながらへて おなじ世をだにわかれずも哉
雑
旅
伊勢の勅使の御ともにすずかのせきこえしに、山なかのさくらさかりなりししたにて
2572 えぞすぎぬこれやすずかの関ならむ ふりすてがたき花のかげ哉
宇治御幸に 秋旅
2573 わがいほは峯のささはらしかぞかる 月にはなるな秋のゆふつゆ
建暦三年八月内裏哥合
山暁月
2574 やどれ月衣手をもしたひまくら たつやのちせの山のしづくに
河朝霧
2575 あさぼらけいざよふ浪もきりこめて さととひかぬるまきのしま人
建仁三年秋和哥所哥合 羇中暮
2576 たちまよふくものはたてのそらごとに けぶりをやどのしるべにぞとふ
山家松
2577 つれづれとまつにくだくる山かぜも さとから人の心をやしる
正治元年冬左大臣家十首哥合
羇中晩嵐
2578 いづこにかこよひはやどをかり衣 ひもゆふぐれの峯のあらしに
同二年二月同家哥合 秋旅
2579 わすれなん松となつげそ中なかに いなばの山の峯の秋風
建仁二年三月六首 旅
2580 そでにふけさぞなたびねのゆめも見し 思ふ方よりかよふ浦風
建永元年秋和哥所 暮山雲 当座
2581 あとたえてとはれぬ山をたがみそぎ ゆふべのそらになびくしらくも
右大臣家哥合 羇中松風
2582 なれぬよのたびねなやます松風に このさと人やゆめむすぶらん
摂政殿詩哥合 羇中眺望
2583 秋の日のうすき衣に風たちて ゆく人またぬをちのしらくも
2584 かりいほやなびくほむけのかたよりに こひしき方の秋風ぞふく
建仁元年十二月八幡哥合 旅宿嵐
2585 故郷にさらばふきこせ峯のあらし かりねの山のゆめはさめぬと
母のおもひに侍し年のくれに、ひえの山にのぼりて中堂にこもりて侍し春の始もわかれず、かつふる雪にあとたえたりしあした、入道殿山のおぼつかなさなど、こまかにかきつづけ給て、おくに
2586 子を思心や雪にまよふらん 山のおくのみ夢に見えつつ
2587 三たびをがみひとたびたてしおののおとを いまきく許思やる哉
御返し
2588 うちもねず嵐のうへのたび枕 みやこのゆめにわくる心は
2589 おののおとをたてしちかひもいさぎよく 雪にさえたるすぎのしたかげ
建久七年内大臣殿にて、文字をかみにおきて廿首哥よみし中に、たびのみち
2590 たにの水峯たつくもをこえくれて まくらゆふべの松の秋風
2591 ひかずゆく山と海とのながめにて はるより秋にかはる月かげ
2592 のきにおふるくさのなかけしやどの月 あれゆくかぜやかたみそふらん
2593 みやことてくものたちゐにしのべども 山のいくへをへだてきぬらん
2594 ちぎりきなこれをなごりの月のころ なぐさむゆめもたえて見しとは
松尾哥合 山家夕
2595 身におひてすむべき山のゆふぐれを ならはぬたびとなにいそぐらむ
内裏哥合 山夕風
2596 かねのおとを松にふきしくおひ風に つま木やおもきかへる山人
野暁月
2597 打はらひささわくるのべのかずかずに つゆあらはるるありあけの月
内よりめされし哥 羇中
2598 そこはかと見えぬ山地にこととへど こよひもうとし白雲のやど
旅泊
2599 かぢまくらたれとみやこをしのばまし ちぎりし月のそでに見えずは
みなせ殿の山のうへの御所つくられてのち、まゐりて池など見めぐりてまかりいづとて清範朝臣のもとへ
2600 おもかげにもしほの煙たちそひて ゆく方つらきゆふがすみ哉
2601 見てもあかぬはるの山べをふりすてて 花のみやこぞたび心ちする
2602 思やる月こそ水にやどるらめ まくらむすばぬかへるさのみち
述懐
建久五年夏左大将殿哥合 述懐
浮田杜
2603 きみはひけ身こそうきたのもりのしめ ただひとすぢにたのむ心を
述懐三首 建永元年秋和哥所
2604 君が世にあはずはなにをたまのをの ながくとまではをしまれし身を
2605 我ぞ見しみよの始の秋の月 年はへにけりもとの身にして
2606 思おくつゆのよすがのしのぶぐさ きみをぞたのむ身はきえぬとも
承元二年少将具親八幡にて講ずべきよし申しかば、よみておくり侍し
2607 せく袖は唐紅の時雨にて 身のふりはつる秋ぞかなしき
2608 秋風に涙ぞきほふまじりなん むかしがたりのみねの月かげ
同四年九月粟田宮哥合 于時辞職
寄海朝
2609 わかの浦やなぎたるあさのみをつくし くちねがひなき名だにのこらで
寄山暮
2610 おもひかねわがゆふぐれの秋の日に みかさの山はさしはなれにき
おなじころ
2611 なきかげのおやのいさめはそむきにき こを思みちの心よわさに
賀茂社哥 社頭述懐
2612 あはれしれ霜より霜にくちはてて 代よになりにし山あひの袖
承元二年五月住吉哥合 寄山雑
2613 ゆくすゑのあとまでかなしみかさ山 みちあるみよにみちまどひつつ
松尾哥合 社頭雑
2614 神がきやわが身のかたはつれなくて 秋にそあへぬくずのうら風
建暦三年潤九月内裏哥 于時従三位侍従
寄風雑
2615 あすかがは今はふるさとふく風の 身はいたづらに秋ぞかなしき
三宮十五首 雑哥
2616 あめつちもあはれしるとはいにしへの たがいつはりぞしきしまのみち
2617 つれなくて今もいくよのしもかへむ くちにしのちのたにのうもれ木
承元のころほひ内より古今をたまはりてかきてまゐらせしおくに
2618 ためしなき世よのむもれ木くちはてて 又うきあとの猶やのこらん
2619 てるひかりちかきまもりは名のみして 人のしもにや思きえなん
ふるき哥をかきいだして仁和寺宮にまゐらすとて
2620 年深きしぐれのふるはかきぞおく きみにのこさぬ色や見ゆると
承久三年内寄りめされし述懐哥
2621 神かけていのりし道のむもれ水 むすびもはてぬかげやたえなむ
為家元服したる春加階申とて兵庫頭家長につけ侍し
2622 子を思ふかきなみだのいろにいでて あけの衣のひとしほも哉
ゆるさるべきよし御気色侍ければ
返し 家長
2623 道を思心の色のふかければ このひとしほもきみぞそむべき
そのたび叙侍にき宰相の中、七人帯釼先例なきよしを申て、侍従を辞したりし時、ふるき人のもとより
2624 おもひとるみにしたがはぬこころもて たちはなれては猶や恋しき
返し
2625 老らくの世のことわりをみにしれど また面影はたちもはなれず
京官除目のついでに、下臈参議おほく納言昇進あるべきよしきこえしに、正三位を申とて、清範朝臣につけ侍し
2626 雪の内のもとの松だにいろまされ かたへの木ぎは花もさくなり
人のよろこびはなくてゆるされ侍にき。建久六年叙位にともにかかいしたるあしたに、左衛門督隆房卿
2627 くれ竹にこづたふとりの枝うつり うれしきふしもともにこそしれ
返し
2628 ももちどりこづたふ竹のよのほども ともにふみみしふしぞうれしき
四位してのち臨時祭日越中侍従舞人にて内をいでしほどに
2629 たちかへり猶ぞこひしきつらねこし けふのみつのの山あゐのそで
返し つぎのひ
2630 山あゐのしだれはてぬる色ながら つらねしそでのなごりばかりを
小侍従にゆかりある人のむかへにつかはしたれば、「まかるにことづけやする」と申しかば、その人のかいなにかきつけし
2631 怨ばや世にかずならぬうき身をば わきてとふべき人もとはずと
返し 小侍従
2632 まてとかくとはれぬわれをうちかへし うらむるにこそねたさそひぬれ
西行上人みもすその哥合と申て判ずべきよし申しを、いふかひなくわかかりし時にて、たびたびかへさい申しをあながちに申をしふるゆゑ侍しかば、かきつけてつかはすとて
2633 山水のふかかれとてもかきやらず きみにちぎりをむすぶばかりぞ
返し 上人
2634 むすびながすすゑを心にただふれば ふかく見ゆるを山がはの水
又
2635 神地山松のこずゑにかくるふぢの はなのさかえを思こそやれ
又返し
2636 かみぢ山きみが心のいろを見む したばのふぢに花しひらけば
と申おくり侍しころ、少将になりて、あくるとし思ゆゑありて、のぞみ申さざりし四位して侍き。みなせ殿にさぶらひしに、大僧正のながうたをよみてたてまつられたる返し、ただいまつかうまつるべきよしおほせごと侍しかば、やがてかきつけ侍し
2637 さてもいかに わしのみ山の 月のかげ つるの林に いりしより へにけるとしを かぞふれば ふたちとせをも すぎはてて のちのいつつの ももとせに いりにけるこそ かなしけれ あはれみのりの 水のあわ きえゆくころに なりぬれば それに心を すましてぞ わが山河に しづみゆく 心あらそふ のりの師は われもわれもと あをやぎの いと所せく みだれきて 花ももみぢも ちりゆけば こずゑあとなき み山べの みちにまどひて すぎながら ひとり心を とどむるに かひもなぎさの しかのうら あとたれましし ひよしのや 神のめぐみを たのめども 人のねがひを みつ河の ながれもあさく なりぬべし 峯のひじりの すみかさへ こけのしたにぞ むもれゆく うちはらふべき 人も哉 あなうのはなの 世中や 春のゆめぢは むなしくて 秋のこずゑを 思ふより 冬の雪をも たれかとふ かくてやいまは あとたえん とおもふからに くれはどり あやしきよるの わがおもひ きえぬ許を たのみきて 猶さりともと おもひつつ しばし宮こに やすらひて のこるみのりの 花のかに しひて心を つくば山 しげきなげきの ねをたづね しづむむかしの たまをとひ すくふ心を ふかくして つとめゆくこそ あはれなれ み山のかねを つくづくと わがきみがよを おもふにも 峯の松風 のどかにて ちよにちとせを そふるほど のりのむしろの 花の色 野にも山にも にほひてぞ 人をわたさむ はしとして しばし心を やすむべき つゐにはいかが あすかがは あすよりのちや わがたちし そまのたづきの ひびきより みねのあさぎり はれのきて くもらぬそらに たちかへるべき
反哥
2638 さりともと思ふ心ぞ猶ふかき たえてたえゆく山河の水
返し
2639 久方の あめつちともに かぎりなき あまつひつぎを ちかひおきし 神もろともに まもれとて わがたつそまと いのりつつ 昔の人の しめてける 峯のすぎむら いろかへす いくとしどしを へだつとも やへの白雲 ながめやる みやこのはるを となりにて みのりの花も おとろへず にほはむ物と 思おきし すゑはのつゆも さだめなき かやがしたばに みだれつつ 本の心の それならぬ うきふししげき くれ竹に なくねをたつる うぐひすの ふるすはくもに あらしつつ あとたえぬべき 谷がくれ こりつむなげき しゐしばの しゐてむかしに かへされぬ くずのうらはは うらむとも 君はみかさの 山たかみ くもゐのそらに まじりつつ てる日をよよに たすけこし ほしのやどりを ふりすてて ひとりいでにし わしの山 世にもまれなる あととめて ふかきながれに むすぶてふ のりのし水の そこすみて にごれるよにも にごりなし ぬまのあしまに かげやどす 秋の半の 月なれば 猶山のはを ゆきめぐり そらふく風を あふぎても むなしくなさぬ ゆくすゑと みつの河波 たちかへり 心のやみを はるくべき 日よしのみかげ のどかにて 君をいのらん よろづ世に ちよをかさねて 松がえを つばさにならす つるのこの ゆづるよはひは わかのうらや 今もたまもを かきつめて ためしもなみに みがきおく わがみちさても たえせずは ことのはごとの いろいろに のち見む人も こひざらめかも
2640 きみをいのる心ふかくはたのむらん たえてはさらに山河の水
建保五年五月御室にて三首
寄山朝
2641 けさぞこの山のかひあるみむろ山 たえせぬみちのあとをたづねて
寄海暮
2642 しき波のたたまくをしきまとゐして くるるもしらぬわかのうら人
このうたしきなみの下に或本にあり
承久二年八月新院よりしのひてめされし 閑中満月
2643 春秋ものどけき宿にをしめばや 山のはとほきあり明の月
御室にて上陽人を
2644 秋の月むなしき軒のいくめぐり よそに出にし雲の上哉
承久二年二月十三日、内裏に哥講ぜらるべきよし、もよほされしかば、母の遠忌にあたれるよし申て、おもひよらざりしに、その日の夕がたにはかに、忌日をはばからずまゐるべきよし、蔵人大輔家光、三たびつかはしたりしかば、かき付てもちてまゐりし二首
春山月
2645 さやかにもみるべき山はかすみつつ わがみの外も春のよの月
野外柳
2646 道のべの野原の柳下もえぬ あはれなげきのけぶりくらべに
同年九月十三夜前大僧正のもとにたてまつる
2647 ありてうきいのちばかりは長月の 月をこよひととふ人もなし
2648 おもかげにおほくのこよひしのぶれど 月と君とぞかたみ成ける
2649 なにかせん昔恋しき老が世は たへてみるべき月にしあらねば
2650 秋をへてくやしき月になれにけり いでうきすゑの世に宿りきて
2651 さとわかずみをばはからでしたひみし 月もや今はおもひすつらん
2652 今はとておもひはてつる袖の上を ありしよりけにやどる月哉
2653 行すゑの月と花とに情ありて この比よりは人やしのばん
2654 我宿とうゑしこのまの月にだに すみはてがたき世をもきく哉
2655 あはれなほいまさへいたくながらへて いかなる秋の月かみるべき
2656 今年までみにあまりぬる思ひでは 君にうれへて月を見哉
返事
2657 長月の月はこよひの雲の上に ながむとこそは思ひやりつれ
2658 うきみなを月にならひてかたみならば かへして君を思やる哉
2659 吹はらふ山の嵐をまてしばし しばしぞ月は雲かくるとも
2660 くだりはつる世の行すゑはならひなり のぼらばみねに月もすみなん
2661 月影の人にやどらぬ世とならば しばしもいかがあり明の月
2662 いかさまにいざとよ月はてらすらん すみはてつべき人は人かは
2663 我もさぞ今行末をとはば月 こたへはいかにうれしからまし
2664 誰にいはむおもへばかなしもろともに ながらへん跡の月のかたみを
2665 よのなかをかみにうれへてみる月に おもふこころは今やはるらん
2666 はてて又まじはるよとやてらすらん さらばたのもし秋のよの月
無常
きさらぎのころ母のおもひになり侍しとぶらふとて、大輔
2667 つねならぬ世はうき物といひいひて げにかなしきをいまやしるらん
返し
2668 かなしさはひとかたならずいまぞしる とにもかくにもさだめなきよを
おなじ三月尽日、大将殿より
2669 春霞かすみしそらのなごりさへ けふをかぎりのわかれなりけり
御返し
2670 わかれにし身のゆふぐれにくもきえて なべてのはるはうらみはててき
おなじ年五月になりて 三位季経卿
2671 はかなさをわすれぬほどをしるやとて 月日をへてもおどろかす哉
返し
2672 月日へてしづまるほどのなげきにぞ こととふ人のなさけをもしる
秋のわきせし日、五条へまかりて、かへるとて
2673 たまゆらのつゆもなみだもとどまらず なき人こふるやどの秋風
返し 入道殿
2674 秋になり風のすずしくかはるにも なみだのつゆぞしのにちりける
三位中将なくなりての秋、ははのおもひにてこもりゐたる九月尽日、山座主にたてまつる
2675 はつしもよなれのみ時はわきがほに 人はかぞへぬ秋のくれかは
2676 みそぢあまりふたとせへぬる秋のしも まことにそでのしたとほるまで
2677 ふりまさるわがよのあらしよわるらし そでまでもろき秋のくれ哉
2678 見し人のなきかずまさる秋のくれ わかれなれたる心地こそせね
2679 霞までとはれし人はまがひにき むなしき秋のくれのしらくも
2680 あけくれてこれもむかしになりぬべし 我のみもとの秋とをしめど
2681 とはぬ人なれつる秋のつゆあらし あとたしかなる庭のあさぢふ
2682 ねがはるるおもひのすゑも風さむく 谷のとぼそも秋やいぬらん
2683 まださめずよしなきゆめの枕哉 心の秋を秋にあはせて
2684 を山田のつゆのかりいほのやどりかな きみをたのまむいなづまののち
御返し
2685 くれの秋をかぞへてしるはかひもなし しるしありけりにはのはつしも
2686 したとほるそでにてきみも思しれ よそぢかさぬるしものたもとを
2687 わが秋のふくれば冬の山おろし つよく身にしむあかつきのそら
2688 人の世の霜にしぐれをそめかへて わかれなれたる心地こそすれ
2689 ふぢ衣そめけんはるの霞より さてしも秋のくれのしらつゆ
2690 思いづるきのふの秋はむかしにて このころおもふゆくすゑのはる
2691 わがやどはけさこそいとどあはれなれ 秋におくるるにはをながめて
2692 君はさは思しられてやたどるらん ねがふすみかぞ秋のとなりも
2693 ひとりのみ夜もあけやらぬ秋のゆめの さは又さめぬきみもありける
2694 秋も冬もながめばかりはきみをのみ たのむのかりを月にまかせて
2695 ことのはにむすぶちぎりは見えぬれど たのめといかがいはしろの松
おなじ日、女院の大輔に
2696 とどまらぬ秋のわかれのかずかずに 見なれし人のなきぞおほかる
返し
2697 つくづくとひとりながめて思いづる 心の内をきみもしりけり
おなじとしの雪のあした、大将殿より
2698 白妙のと山の雪をながめても まづいろおもふきみがそで哉
2699 人のよは思なれたるわかれにて あさ日にむかふ雪のあけぼの
2700 いかに君思やるらんこけのしたを いくへ山地の雪うづむらん
2701 まださめぬきのふの夢の袖のうへに たえずむすべるゆきのした水
2702 猶のこれあけゆくそらの雪のいろ このよのほかののちのながめに
御返し
2703 衣手にはてなき涙まづくれて かはると山の雪をだに見ず
2704 ゆきつもりふりゆくかたぞあはれなる 思なれたるわかれなれども
2705 おなじ世になれしすがたはへだたりて ゆきつむこけのしたぞしたしき
2706 こぞは見ぬきのふのゆめのかずそひて さくらににたるのきの雪哉
2707 心もてこのよのほかをとほしとて いはやのおくのゆきを見ぬ哉
建久元年二月十六日、西行上人身まかりにける、をはりみだれざりけるよしききて、三位中将のもとへ
2708 もち月のころはたがはぬそらなれど きえけんくものゆくへかなしな
上人先年詠云、ねがはくは花のしたにてはるしなんそのきさらぎのもち月のころ 今年十六日望月也
返し
2709 紫の色ときくにぞなぐさむる きえけんくもはかなしけれども
故摂政殿に夢の心地せし御ことのあくる日、宮内卿とぶらひつかはしたりし返事のついでに
2710 昨日までかげとたのみしさくら花 ひと夜のゆめのはるの山かぜ
返し
2711 かなしさの昨日のゆめにくらぶれば うつろふ花もけふの山かぜ
そののち日かずへて又あれより
2712 さくら花こふともしらじかげろふの もゆるはる日になくなくぞふる
2713 春の夜のおぼろ月よもおぼろけの 夢とも見えぬ花のおもかげ
2714 なく涙このめもかれしはるのゆめに ぬるるたもとは君もかはかじ
2715 ふしてこひおきてもまどふはるのゆめ いつかおもひのさめむとすらん
2716 思やるこけのしたこそかなしけれ かすみのたにのはるのゆふぐれ
2717 あふぎ見しかりのかすみにきえしより むなしくくるるはるのそら哉
2718 かりそめのやどにせきいれし池水に 山もうつりてかげをこふらし
2719 いつまでかたれもいくたのもりのつゆ きえにしあとをこひつつもへん
2720 たまきはるいのちはたれもなきものを わすれね心思返して
2721 きえぬべし見ればなみだのたきつせに うたかた人のあとをこひつつ
返し
2722 こひわぶる花のすがたはかげろふの もえしけぶりをむねにたきつつ
2723 せきもあへぬ涙のとがかくもれ月 霞したしきそらとたのまむ
2724 紅の涙ふりいでしはるさめに あらし身をしるそでのたぐひは
2725 夢ならであふよもいまはしらつゆの おくとはわかれぬとはまたれて
2726 うづもれぬたまのこゑのみとまりゐて したひかねたるこけのした哉
2727 かすみにしうき物からのはるのそら くるればかなしそれもかたみと
2728 山の色はせきいれし水にうつるとも こひしきかげをいつか見るべき
2729 春の夢のかぎりにききしゆふべより いくたのもりの秋もうらめし
2730 世よふともわすれし心たまきはる あだのいのちに身こそかはらめ
2731 今はただわが身ひとつのおもひ河 うたかたきえてたぎつしらなみ
おなじころ人のとぶらへりし返し
2732 道かはるけぶりのはてにたちそはで ゆめならねばぞあけくらすらん
2733 見しもうきかはらぬ夢とかつきけど わが心にはためしだになし
2734 みかさ山あふぎしみちもたのまれず 世のことわりにまどふ心は
2735 見ぬ人もしらぬも涙かかる世に なれてそむかぬそでのつれなさ
2736 おもかげはまだかぎりともたどられず いとしも人のしづのをだまき
2737 世中はうきにあふぎの秋はてぬ なにのわかれのわすれがたみぞ
2738 さきだててしのぶべしとはしらざりき おもへおもひのほかの涙を
2739 あさつゆにぬれてののちの世もしらず 衣にそめぬ色ぞかなしき
おなじ年の夏ころの事にや人に
2740 わがそむるたもとの色のひまも哉 それゆゑふかきことのはも見む
2241 なくは世にしのばれんとは見し人ぞ おくるる身こそ思にはにね
2742 あけくれもおぼえぬ月日へだたりて それかのくものそらもたのまず
2743 おもひきやまちしやよひの花の色に はなたちばなのよすが許と
2744 あだに見し花のことやはつねならぬ うきはるかぜはめぐりあふとも
2745 よるのつるの心のいかにとまりけん 衣の色にたれもなくねを
2746 おもひかねひとりなごりをたづねつつ そのよにもにぬやどを見し哉
2747 うたがひてうゑしこずゑはあをばにて 人めはにはのよそにかれにき
2748 日をさしていそぎし池の花の舟 みくさのなかにうき世なりけり
2749 おもひ河あはれうきせのまさりつつ いか許なるなみだとかしる
又のとし、三月七日かもに御幸侍しつぎの日、大僧正十首御哥の返し
2750 うきながら昨日はそれもしのばれき まだしらざりしこぞのあけぼの
2751 けさはいとど涙ぞ袖にふりまさる きのふもすぎぬこぞもむかしと
2752 おくれてはやすくすぎける月日哉 したひしみちはゆく方もなし
2753 おほかたはただあけぬよの心地して しらずことしのきのふけふとも
2754 わすられぬいのちのかぎりなげきして つらきはもとのなさけなりけり
2755 とほざかる月日のうさをかぞへても おもかげのみぞいとどけぢかき
2756 たのまれぬ夢てふ物のうき世には こひしき人のえやは見えける
2757 うかりけるやよひの花のちぎり哉 ちるをや人はならひなれども
2758 神に猶君をいのりしさか木ばの かげにも見えしたまかづら哉
2759 いはへどもわがためつゆぞこぼれそふ ふぢのさかりを松はふりつつ
建久元年七月和哥所当座 寄風懐旧
2760 月日へて秋のこの葉をふく風に やよひのゆめぞいとどふりゆく
雨中無常
2761 よそふればかさねてもろきすゑのつゆ 身をしるそでのうへのむらさめ
六条三位家衡卿人におくれてなげくとききて申おくりし
2762 とどむてふしがらみもなきわかれ地の 秋のなみだをなににせくらん
2763 なきわたるよさむの風のいかならむ とこよはなれしかりのつばさに
返し
2764 せく袖もなくなくこそはあかしつれ むなしきとこの秋のこのごろ
2765 とはれてもとこよはなれしかりがねの 秋のわかれはかなしかりけり
承元四年三月七日左大将殿へ
2766 おくれじとしたひし月日うきながら けふもつれなくめぐりあひつつ
返し 大将殿
2767 かすみにしけふの月日をへだてても 猶おもかげのたちぞはなれぬ
入道寂蓮身まかりぬとききて、雅経少将のもとへ
2768 たまきはる世のことわりもたどられず 猶うらめしきすみよしの神
返し
2769 限あればうらみても又いかがせむ かかるうき世にすみよしの神
承久元年六月故女院御忌日、蓮華心院にまゐりて思いづることどもおほくてまゐられたりし女房の中に
2770 おいらくのつらきわかれはかずそひて 昔見し世の人のすくなさ
2771 をしむべき人はみじかきたまのをに うき身ひとつのながきよのゆめ
2772 けふごとにくさばのつゆをふみわけて あとなききみのあとぞかなしき
2773 今よりのけふこむ人をかぞへつつ これやなごりのかたみなりける
つぎの日
2774 おいらくの思ひそこらにしられにし うきをかさねしいにしへのゆめ
2775 思きやと許は見し年どしも ことしをしらぬうらみなりけり
2776 しらざりきたれもえしらじいにしへや あとなききみがあとを見むとは
2777 しのぶべきけふこむ人のそのかずに のこるべしとはおもはざりしを
老耄籠居ののち、秋ごろ母の思ひなる人に
2778 かはりにしたもとの色もいかならん しぐれはてぬるよものこずゑに
2779 いか許秋の夜すがらしのぶらん ひさしきはてのさらぬわかれを
2780 つゆしぐれ袖になごりをしのべとや 秋をかたみのわかれなりけん
2781 かたみとていくかもあらぬ秋の日に うつろひまさるしらぎくのはな
2782 なき人をこふる涙やきほふらん おつるこのはにあらしたつころ
2783 霜のたて山の錦の夜をへては ともなふむしやよわりはつらん
2784 思やる枕の霜もさえはてて 宮このゆめもあらしこそふけ
2785 さだめなくしぐるる雲のゆききにも そなたのそらをわすれやはする
2786 おほかたの身をしる袖におきそへて 猶色ふかき秋のつゆ哉
2787 ふるさとの時雨につけてことづてよ ひとかたならず思やるとは
女院かくれさせおはしまして、典侍世をそむきにしころ、とぶらひつかはして、前宮内卿
2788 花のいろもうきよにかふるすみぞめの そでやなみだに猶しづくらん
返し
2789 すみぞめを花の衣にたちかへし なみだのいろはあはれとも見き
神祇
後京極摂政殿、伊勢勅使時、外宮にまゐりて
2790 ちぎりありてけふ宮河のゆふかづら ながき世までもかけてたのまむ
むかしは八幡の哥合とて人のよませ侍し、社頭述懐
2791 たのむ哉くもゐにほしをいただきて わがすみかてふもとのちかひを
住吉并依羅社に求子の哥よみてたてまつるべきよし、祠官申ゝかばたてまつりし
2792 住吉の松がねあらふしきなみに いのるみかげはちよもかはらじ
2793 きみが世はよさみのもりのとことはに 松とすぎとやちたびさかえん
承元二年の秋、少将具親三社にて、うた講ずべきよし申し中に、住吉
2794 つれもなく猶すみの江にたむけぐさ ひきすてらるる道のくち葉を
2795 かきつめし松のした浪いろわかぬ もくづなりけり身さへくちぬる
広田
2796 あはれびをひろたのはまにいのりても いまはかひなき身のおもひ哉
2797 あまのすむさとのしるべのいくとせに われからたへて見るめなりけり
ことわりと思しことを北野にいのり申とて
2798 ちはやぶる神のきたのにあとたれて のちさへかかる物やおもはん
そのことばかりしるしあらたになむ侍ける日吉社にこもりて思つづけける事のなかに
2799 見し夢のすゑたのもしくあふことに 心よわらぬものおもひ哉
2800 うしとよを三とせはすぎのうれへつつ かくてあらしに身やまじりなん
2801 かぞへやるほどやなげきをいのりけん 神にまかせてねをぞなきつる
2802 すてはつなちぎりあればぞたのみけむ 神のなかにも人のなかにも
承久元年九月、日吉哥合とて、内よりのおほせごとにて、六首の中、社頭松風
2803 たのみこししるしもみつの河よどに 今さへ松の風ぞひさしき
湖上眺望
2804 にほの海のあさなゆふなにながめして よるべなぎさの名にやくちなん
御熊野詣の御共にまゐりて、哥つかうまつりし中に、本宮
寄社祝
2805 ちはやぶるくまのの宮のなぎの葉を かはらぬ千世のためしにぞをる
河千鳥
2806 さ夜千鳥やちよと神やをしふらん きよきかはらにきみいのるなり
山家月
2807 み山木のかげよりほかにくまもなし あらしにすてしかりいほの月
新宮
海辺残月
2808 わたつうみもひとつに見ゆるあまのとの あくるもわかずすめる月影
庭上冬菊
2809 霜おかぬ南のうみのはまびさし ひさしくのこる秋のしらぎく
暁聞竹風
2810 あけぬるか竹のは風のふしながら まづこのきみのちよぞきこゆる
那智
深山風
2811 風のおともただ世のつねにふかばこそ み山いでてのかたみにもせめ
瀧間月
2812 やはらぐるひかりそふらしたきのいとの よるとも見えずやどる月かげ
寺落葉
2813 てらふかきもみぢの色にあとたえて から紅をはらふこがらし
本宮にて、又講ぜられ侍し、遠近落葉
2814 こけむしろみどりにかふるからにしき ひとはのこさぬをちのこがらし
暮聞河波
2815 もろ人の心のそこもにごらじな ゆふべにすめる河波のこゑ
道のほどの哥 山路月
2816 袖の霜にかげうちはらふみ山地も まだすゑとほきゆふづくよ哉
暁初雪
2817 冬もけさことしの雪をいそぎけり よをこめてたつみねのあけくれ
深山紅葉
2818 み山地はもみぢもふかき心あれや あらしのよそにみゆきまちける
海辺冬月
2819 くもりなきはまのまさごにきみがよの かずさへ見ゆる冬の月かげ
河辺落葉
2820 そめし秋おくれぬとたれかいはた河 またなみこゆる山ひめのそで
旅宿冬月
2821 いは浪のひびきはいそぐたびのいほを しづかにすぐる冬の月かげ
羇中霰
2822 冬の日をあられふりはへあさたてば 浪に浪こすさのの松風
夕神楽
2823 神がきやけふのそらさへゆふかけて みむろの山のさか木はのこゑ
釈教
後法性寺入道関白殿舎利講に、詩哥結縁あるべしとて、十如是の心を、相
2824 あともなくむなしきそらにたなびけど くものかたちはひとつならぬを
性
2825 にごり江やを河の水にしづめども まことはおなじ山のはの月
躰
2826 かりそめにつるの林の名をたてし けぶりののちのすがたをぞ見る
力
2827 みなれさほいはまになみはちかへども たゆまずのぼるうぢのかはぶね
作
2828 春の田に心をつくる山がつも ううるさなへぞ色にいでける
因
2829 たねまきし春をわすれぬつまなれや かきほにしのぶやまとなでしこ
縁
2830 年をへて子日になるるひめこ松 ひくにぞちよのかげも見えける
果
2831 袖のかをよそへてうゑしたちばなも あさおくしもに身をむすぶまで
報
2832 しらぬよを思ふもつらきめのまへに 又なげきつむのちのけぶりよ
本末究竟等
2833 あさぢふやまじるよもぎのすゑ葉まで もとの心のかはりやはする
人のよませ侍し 化城喩品哥
2834 かりのやどにたとふるのりをあふげども しばしやすめぬ身のうれへ哉
報恩会 五百弟子品
2835 こひしとてこがるる色もあらしふく ははそがはらに人もやどらで
同会 人記品
2836 もろともに思そめけるむらさきの ゆかりの色もけふぞしらるる
大輔勧住吉一品経 法師品
2837 たづねゆくし水にちかきみちぞこれ みのりの花のつゆのしたかげ
報恩会 提婆品
2838 わたつうみのそこのたまもにやどかりて みなみのそらをてらす月かげ
報恩会 勧持品
2839 きりはれてゆくすゑてらす月かげを よもさらしなとなにながめけん
涌出品
2840 いかにしてはつねはわかきうぐひすの ふるき野山の春をつげけむ
分別功徳品
2841 とぶとりのあすか河風それもかと 袖ふきかへし花ぞふりしく
嘱累品
2842 三たびなづるわがくろかみのすゑまでも ゆづるみのりをながくたもたむ
亡父十三年の忌日に遺言に侍しかば、うたよむ人びとすすめて、結縁経供養し侍しに、厳王品
2843 この道をしるべとたのむあとしあらば まよひしやみもけふははるけよ
律師猷円、すすめし法華経、普賢品哥
2844 こち風にちりしく花もにほひきて わしのみ山のあるじをぞとふ
母の周忌に、法華経六部みづからかきたてまつりて、供養せし一部のへうしにゑにかかせし哥、一巻
2845 あはれしれはるのそなたをさすひかり わが身につらききさらぎのそら
二巻
2846 をしまずよあけぼのかすむ花のかげ これもおもひのしたのふるさと
三巻
2847 郭公たづぬる峯もまどはまし かりねやすむるしるべならずは
四巻
2848 身をしぼる山井のし水おとちかし さきだつ人に風やすずしき
五巻
2849 をみなへしうけけるたまのあとしあれば きえしうはばにつゆなみだれそ
六巻
2850 てらさなん世よもかぎらぬ秋の月 いる山のはにひかりかくさで
七巻
2851 むかはれよこのはしぐれし冬の夜を はぐくみたてしうづみ火のもと
八巻
2852 歴劫の弘誓の海に舟わたせ 生死の波は冬あらくとも
無量義経
2853 たのもしなひかりさしそふさかづきを 世をてらすべきはじめとや見ぬ
普賢経
2854 あさ日かげおもへばおなじよるの夢 わかれにしぼるしののめのつゆ
心経
2855 むなしさをみよのほとけのははならば 心のやみをそらにはるけよ
無量義経の心を人のよませしに
2856 わたしもりいだすふなぢはほどもあらじ 身はこのきしにきりはれずとも
住江殿にて供養すべしとて、人のすすめ侍し解脱房のためとて
法華経大意
2857 のりの花きくのあさつゆやどりきて もらすかずなきひかりをぞまつ
海路懐旧
2858 かへり見ばゆくかたしたふしるべせよ 南の海のふかきちかひに
舎利讃歎のこゝろ
2859 きえせずなつるの林のけぶりにも のこすひかりのつゆのかたみは
金光明最勝王経王法正論品哥
国内居人盛蒙利益
2860 よもの海夜わたる月にとざしせで くもりなきよのみかげをぞしる
なき人の名をおのおのとりて、率都婆くやうすとて、人のすすめしうた
磐姫皇后
2861 くろかみのながきやみちもあけぬらん おきまよふしものきゆるあさ日に
二条后
2862 春かけてなくとりのねに雪きえて ひかりをそへよあけぼののそら
高津内親王
2863 木にもあらぬ竹のしたねのうきふしに むなしきよよをまづやさとらん
斎宮女御
2864 さそはなんかよひしことのねをそへて むかふるにしの峯の松風
広幡御息所
2865 うつしおくはちすのうへにみがかなん かきほにさけるなでしこの露
在原中納言
2866 もしほたれなげきをすまの道かへて うき世ふきこせせきのうら風
小野宰相
2867 なく涙わかれは雨とふりぬとも まことのみちにかへれとぞ思
衣通姫
2868 紫のくもまにけふやむかふらん まちにはまたぬこころかよはば
大伴坂上郎女
2869 心うきさととしりにしこひなれば 輪廻の霞いまやはるらん
中努
2870 しのぶらんなみだにくもるかげながら さやかにてらせありあけの月
文治之比、殷富門院大輔天王寺にて、十首哥よみ侍しに
月前念仏
2871 西をおもふなみだにそへてひくたまに ひかりあらはす秋のよの月
草庵忘帰
2872 とまりなんくるればやどるつゆのまも おき所なき身はかくれけり
暁天懐旧
2873 しらざりつ身は在明のつきもせず 昔になしてしのぶべしとも
薄暮観身
2874 きえはてむ煙のはてとながむれど 猶あともなきゆふぐれのくも
旅宿浪声
2875 おどろかし夢の枕による浪も こゑこそかはれ袖はなれにき
船中述懐
2876 あさなきのふなでにだにもわすればや くがにしづめる秋の心を
厭離穢土
2877 にごり江に猶しもしづむあしのねの 厭ふしのみしげきころ哉
欣求浄土
2878 思哉さきちる色をながめても さとりひらけん花のうてなを
掬亀井水言志
2879 もろ人のむすぶちぎりはわするなよ かめ井の水にこうはへぬとも
於難波精舎即事
2880 ふきはらへ心のちりもなにはがた きよきなぎさののりのうら風
遁世のよしききて 家長朝臣
2881 すみぞめの袖のかさねてかなしきは そむくにそへてそむく世中
返し
2882 いける世にそむくのみこそうれしけれ あすともまたぬおいのいのちは
おなじ時 按察入道
2883 君がいるまことのみちの月のかげ ゆめと見し世をいまやてらさん
返し
2884 やみふかきうきよのゆめのさめぬとて てらさばうれしありあけの月