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渋谷栄一整定(C)

   凡例
1 本文は『冷泉家時雨亭叢書 拾遺愚草』上中下(朝日新聞社)によった。
2 底本の漢字と仮名は、原則としてそのままとし、送仮名は補わない。ただし濁音には濁点を付け、オドリ字は元の文字に戻した。
2 仮名遣いは、定家仮名遣いによらず、歴史的仮名遣いに統一した。
3 本文整定には、久保田淳著『訳注藤原定家全歌集 上下』(昭和60年3月 河出書房新社)を参照した。

   拾遺愚草上

     百首謌
     初学     二見円位上人 大輔     閑居
     早率二度   花月     十題     哥合
     院初度    同千五百番  内大臣家建保三年
     内裏名所   院建保四年  関白左大臣家貞永元
       已上千五百首

     初学百首 養和元年四月
     詠百首和歌
                     侍従
     春廿首

0001 いづる日のおなじひかりによもの海の なみにもけふやはるはたつらむ

0002 あさがすみへだつるからにはるめくは と山やふゆのとまりなるらむ

0003 うぐひすのはつねをまつにさそはれて はるけきのべにちよもへぬべし

0004 雪の内にいかでをらましうぐひすの こゑこそむめのしるべなりけれ

0005 梅花こずゑをなべてふくかぜに そらさへにほふはるのあけぼの

0006 なかなかによもににほへるむめのはな たづねぞわぶるよはのこのもと

0007 はるさめのはれゆくそらに風ふけば くもとともにもかへるかりかな

0008 春さめのしくしくふればいなむしろ 庭にみだるるあをやぎのいと

0009 よしの山たか木のさくらさきそめて いろたちまさるみねのしらくも

0010 花ゆゑにはるはうき世ぞをしまるる おなじ山地にふみまよへども

0011 いにしへの人に見せばやさくらばな たれもさこそは思ひおきけめ

0012 あづさゆみはるは山地もほどぞなき 花のにほひをたづねいるとて

0013 年をへておなじこずゑにさく花の などためしなきにほひなるらむ

0014 みやこ辺はなべてにしきとなりにけり さくらををらぬ人しなければ

0015 中なかにをしみもとめじわれならで 見る人もなきやどのさくらは

0016 風ならで心とをちれさくら花 うきふしにだにおもひおくべく

0017 はるの野にはなるるこまは雪とのみ ちりかふはなにひとやまどへる

0018 みなかみに花やちるらむよしの山 にほひをそふるたきのしらいと

0019 おしなべて峯のさくらやちりぬらむ しろたへになるよもの山かぜ

0020 うらみてもかひこそなけれゆくはるの かへるかたをばそことしらねば

     夏十首

0021 をしむにも心なるべきたもとさへ はなのなごりはとまらざる覧

0022 卯花によるのひかりをてらさせて 月にかはらぬたまがはのさと

0023 とどめおきしうつりがならぬたちばなに まづこひらるるほととぎすかな

0024 たちばなの花ちるかぜにあらねども ふくにはかをるあやめぐさ哉

0025 五月やみくらぶの山のほととぎす ほのかなるねににる物ぞなき

0026 すぎぬるをうらみははてじ郭公 なきゆくかたにひともまつらむ

0027 さみだれにけふもくれぬるあすかがは いとどふちせやかはりはつらん

0028 五月雨にみづなみまさるまこもぐさ みじかくてのみあくるなつのよ

0029 そま河やうきねになるるいかだしは なつのくれこそすずしかるらめ

0030 夏の日のいる山みちをしるべにて まつのこずゑに秋風ぞふく

     秋廿首

0031 おしなべてかはるいろをばおきながら 秋をしらするをぎのうはかぜ

0032 うらみをやたちそへつらむたなばたの あくればかへるくもの衣に

0033 風ふけばえだもとををにおくつゆの ちるさへをしき秋はぎの花

0034 をみなへしつゆぞこぼるるおきふしに ちぎりそめてし風やいろなる

0035 つゆふかきは木のしたばに月さえて をじかなくなり秋の山ざと

0036 月かげをむぐらのかどにさしそへて 秋こそきたれとふ人はなし

0037 あまのはらおもへばかはる色もなし 秋こそ月のひかりなりけれ

0038 あきの夜のかがみと見ゆる月かげは むかしのそらをうつすなりけり

0039 うきぐものはるればくもるなみだ哉 月見るままのものがなしさに

0040 つゆの身はかりのやどりにきえぬとも こよひの月のかげはわすれじ

0041 心こそもろこしまでもあくがるれ 月は見ぬ世のしるべならねど

0042 ふすとこをてらす月にやたぐへけむ 千さとのほかをはかる心は

0043 しほがまのうらの浪かぜ月さえて 松こそ雪のたえまなりけれ

0044 秋の夜は雲地をわくるかりがねの あとかたもなく物ぞかなしき

0045 身にかへて秋やかなしきりぎりす よなよなこゑををしまざるらむ

0046 露ながらをりやおかましきくの花 しもにかれては見るほどもなし

0047 さきまさるくらゐの山の菊のはな こきむらさきにいろぞうつろふ

0048 もみぢせぬときはの山にやども哉 わすれて秋をよそにくらさむ

0049 もみぢばはうつるばかりにそめてけり きのふの色を身にしめしかど

0050 ひびきくるいりあひのかねもおとたえぬ けふ秋風はつきはてぬとて

     冬十首

0051 はれくもるそらにぞ冬もしりそむる 時雨は峯の紅葉のみかは

0052 冬きてはひと夜ふたよをたまざさの はわけのしものところせきまで

0053 かずしらずしげるみ山のあをつづら ふゆのくるにはあらはれにけり

0054 しぐるるもおとはかはらぬいたまより このはは月のもるにぞありける

0055 池水にやどりてさへぞをしまるる をしのうきねにくもる月かげ

0056 友千鳥なぐさのはまのなみ風に そらさえまさるありあけの月

0057 おとたえずあられふりおくささのはの はらはぬそでをなにぬらすらむ

0058 ふみわくる道ともしらぬ雪の内に けぶりもたゆる冬の山ざと

0059 花をまち月ををしむとすぐしきて 雪にぞつもる年はしらるる

0060 つららゐるかけひの水はたえぬれど をしむに年のとまらざるらむ

     恋廿首

0061 如何せむ袖のしがらみかけそむる こころのうちをしる人ぞなき

0062 これやさはそらにみつなるこひならむ 思たつよりくゆるけぶりよ

0063 そでのうへはひだりもみぎもくちはてて こひはしのばむかたなかりけり

0064 もろこしのよしのの山のゆめにだに まだ見ぬこひにまどひぬるかな

0065 いかにしていかにしらせむともかくも いはばなべてのことのはぞかし

0066 日にそへてますだの池のつつみかね いひいづとてもぬるるそで哉

0067 夢の内にそれとて見えしおもかげを このよにいかで思あはせむ

0068 すまのうらのあまりももゆるおもひ哉 しほやくけぶり人はなびかで

0069 あづさゆみまゆみつきゆみつきもせず 思いれどもなびく世もなし

0070 ちつかまでたつるにしきぎいたづらに あはでくちなむ名こそをしけれ

0071 はかなくてすぐるこの世と思しは たのめぬほどのひかずなりけり

0072 さ夜衣わかるるそでにとどめおきて 心ぞはてはうらやまれぬる

0073 きみがためいのちをさへもをしまずは さらにつらさをなげかざらまし

0074 むすびけむむかしぞつらきしたひもの ひとよとけけるなかのちぎりを

0075 うしとてもたれにかとはむつれなくて かはる心をさらばをしへよ

0076 つらきさへ君がためにぞなげかるる むくひにかかるこひもこそすれ

0077 もろともにゐなのささはらみちたえて ただふくかぜのおとにきけとや

0078 思いでよすゑの松山すゑまでも 浪こさじとはちぎらざりきや

0079 こひわたるさののふなはしかけたえて 人やりならぬねをのみぞなく

0080 如何せむうきにつけてもつらきにも 思ひやむべき心地こそせね

     雑廿首
     神祇

0081 かすが山谷のふぢなみたちかへり 花さくはるにあふよしもがな

0082 おもひのみおほはらのべにとしへぬる まつことかなへ神のしるしに

     釈教

0083 ながれきてちかづく水にしるき哉 まづひらくべきむねのはちすば 法師品

0084 うき世にはうれへの雲のしげければ 人の心に月ぞかくるる 寿量品

0085 さだめけるほとけのみちをしるべにて 今はうきよにまどはずも哉 神力品

0086 身にしめてかきおく法の花の色の ふかさあささはしる人もなし 薬王品

0087 ききはつる花のみのりのすゑにこそ さだめおきける身ともしりぬれ 勧発品

     無常

0088 ながめてもさだめなき世のかなしきは しぐれにくもるありあけのそら

0089 水のうへに思なすこそはかなけれ やがてきゆるをあわと見ながら

     別

0090 わかれても心へだつなたび衣 いくへかさなる山地なりとも

     旅

0091 つくづくとねざめてきけば浪まくら まださよふかき松風のこゑ

0092 ゆきかへるゆめぢをたのむよひごとに いやとほざかる宮こかなしも

0093 たつたびに心ぼそしやもしほやく けぶりはたびのいほりならねど

0094 ゆきかへりたびのそらにはねをぞなく くもゐのかりをよそに見しかど

0095 たびのそらをばすて山の月かげよ すみなれてだになぐさみやせし

     祝

0096 きみが世は峯にあさひのさしながら てらすひかりのかずをかぞへよ

0097 わがきみのみよとこたへむ世中に ちとせやなにと人もたづねば

     物名

     さしぐし 日かげ
0098 神山にいくよへぬらんさか木ばの ひさしくしめをゆひかけてける

     はんぴ したがさね
0099 すが枕おもはむ人はかくもあらじ たがさねぬよにちりつもるらん
      半臂字不可然発学已披露雖不可直改後学可存
      とことはにひとすむとこは如此可詠

     述懐

0100 みかさ山いかにたづねむしらゆきの ふりにしあとはたえはてにけり

     二見浦百首 文治二年 円位上人勧進之
     詠百首和歌
                      侍従
     春廿首

0101 よしの山かすめるそらをけさ見れば 年はひとよのへだてなりけり

0102 道たゆる山のかけはし雪きえて はるのくるにもあとは見えけり

0103 なにとなく心ぞとまる山のはに ことし見そむるみか月のかげ

0104 春きぬとかすむけしきをしるべにて こずゑにつたふうぐひすのこゑ

0105 雪きえてわかなつむのをこめてしも かすみのいかではるを見す覧

0106 かれはれし草のとざしのはかなさも 霞にかかるはるの山ざと

0107 風かをるをちの山地の梅花 いろに見するはたにのした水

0108 むめの花したゆく水のかげ見れば にほひはそでにまづうつりけり

0109 あさなぎにゆきかふ舟のけしきまで はるをうかぶる浪のうへ哉

0110 をちこちのよものこずゑはさくらにて はるかぜかをるみよしのの山

0111 あをやぎのかづら木山の花ざかり くもににしきをたちぞかさぬる

0112 いまもこれすぎてもはるのおもかげは 花見るみちのはなのいろいろ

0113 あらしやはさくよりちらす桜花 すぐるつらさは日かずなりけり

0114 をしまじよさくら許の花もなし ちるべきためのいろにもあるらん

0115 いしばしるたきこそけふもいとはるれ ちりてもしばし花は見ましを

0116 いづこにて風をも世をもうらみまし よしののおくも花はちるなり

0117 まだきより花を見すててゆくかりや かへりてはるのとまりをばしる

0118 花のちるゆくへをだにもへだてつつ かすみのほかにすぐるはるかな

0119 を山田の水のながれをしるべにて せきいるゝなへになくかはづ哉

0120 くれぬなりあすもはるとはたのまぬに 猶のこりけるとりのひとこゑ

     夏十首

0121 ちりねただあなうのはなやさくからに はるをへだつるかきねなりけり

0122 なべて世にまたでを見ばや郭公 さらばつらさにこゑやたつると

0123 あやめ草かをるのきばのゆふかぜに きく心地する郭公哉

0124 うらめしやまたれまたれてほととぎす それかあらぬかむらさめのそら

0125 さみだれのくものあなたをゆく月の あはれのこせとかをるたちばな

0126 夏ふかきさくらがしたに水せきて 心のほどを風に見えぬる

0127 猶しばしさてやはあけむ夏のよの いはこすなみに月はやどりて

0128 大井河をちのこずゑのあをばより こころに見ゆる秋のいろいろ

0129 つづきたつせみのもろごゑはるかにて こずゑも見えぬならのしたかげ

0130 なつぞしる山井のし水たづねきて おなじこかげにむすぶちぎりは

     秋廿首

0131 ゆふまぐれ秋のけしきになるままに そでよりつゆはおきけるものを

0132 わすれつるむかしを見つるゆめを又 猶おどろかすをぎのうはかぜ

0133 これもこれうき世の色をあぢきなく 秋ののはらの花のうはつゆ

0134 あきのきて風のみたちしそらをだに とふ人はなきやどのゆふぎり

0135 見わたせば花も紅葉もなかりけり うらのとまやの秋のゆふぐれ

0136 秋といへば人の心にやどりきて まつにたがはぬ月のかげ哉

0137 いづるよりてるつきかげのきよみがた そらさへこほるなみのうへかな

0138 いとはじよ月にたなびくうきぐもも 秋のけしきはそらに見えけり

0139 ながめじと思し物をあさ地ふに 風ふくやどの秋の夜の月

0140 秋のみぞふけゆく月にながめして おなじうき世は思しれども

0141 ありあけのひかりのみかは秋の夜の 月はこの世に猶のこりけり

0142 くれてゆくかたみにのこる月にさへ あらぬひかりをそふる秋哉

0143 ゆふやみになりぬとおもへばなが月の 月まつままにをしき秋かな

0144 おほかたの秋のけしきはくれはてて ただ山のはのありあけの月

0145 はつかりのくもゐのこゑははるかにて あけがたちかきあまのかはぎり

0146 山がつの身のためにうつ衣ゆゑ 秋のあはれをてにまかすらん

0147 そこはかと心にそめぬしたくさも かるればよわるむしのこゑごゑ

0148 うつろはむまがきのきくはさきそめて まづいろかはるあさぢはら哉

0149 神なびのみむろの山のいかならむ しぐれもてゆく秋のくれ哉

0150 ただいまののはらをおのがものと見て こころづよくもかへる秋かな

     冬十首

0151 神奈月方もさだめずちるもみぢ けふこそ秋のかたみとも見め

0152 ふゆきてはいりえのあしのよをかさね しもおきそふるつるのけ衣

0153 霜さゆるあしたのはらのふゆがれに ひとはなさけるやまとなでしこ

0154 しぐれつるまやののきばのほどなきに やがてさしいる月のかげ哉

0155 はれくもるおなじながめのたのみだに しぐれにたゆるをちのさと人

0156 物ごとにあはれのこらぬみやまかな おつるこのはもかるるくさばも

0157 あさゆふのおとはしぐれのならしばに いつふりかはるあられなるらむ

01581 さびしげのふかきみ山の松ばらや みねにもをにも雪はつもりて

0159 あとたえてゆきもいくよかふりぬらむ をののえくちしいはのかけみち

0160 をしみつつくれぬるとしをかねてより いまいくたびとしる世なりせば

     恋十首

0161 世中よたかきいやしきなぞへなく などありそめしおもひなるらん

0162 おもふとは見ゆらむものをおのづから しれかしよひのゆめばかりだに

0163 このよよりこがるるこひにかつもえて 猶うとまれぬ心なりけり

0164 こひこひて思しほどもえぞなれぬ ただ時のまのあふなばかりは

0165 あまのはらそらゆく月のひかりかは 手にとるからにくものよそなる

0166 きみといへばおつるなみだにくらされて こひしつらしとわくかたもなし

0167 恋はよし心づからもなげくなり こはたがそへしおもかげぞさは

0168 あぢきなくつらきあらしのこゑもうし などゆふぐれにまちならひけむ

0169 しかばかりちぎりしなかもかはりける この世に人をたのみける哉

0170 ひたちおびのかごともいとどまとはれて こひこそみちのはてなかりけれ

     述懐五首

0171 見しはみなむかしとかはる夢のうちに おどろかれぬはこころなりけり

0172 おのづからあればある世にながらへて をしむと人に見えぬべきかな

0173 見るもうしおもふもくるしかずならで などいにしへをしのびそめけむ

0174 ありはてぬいのちをさぞとしりながら はかなくも世をあけくらす哉

0175 月のいり秋のくるるををしみても にしにはわきてしたふ心ぞ

     無常五首

0176 まぼろしよゆめともいはじ世中は かくてきき見るはかなさぞこれ

0177 おしなべて世はかりそめの草枕 むすぶたもとにきゆるしらつゆ

0178 世中はただかげやどすますかがみ 見るをありともたのむべきかは

0179 あすはこむまててふみちも人の世の ながきわかれにならぬものかは

0180 ひとしれぬ人の心のかねごとも かはればかはるこのよなりけり

     雑
     神祇五首

0181 さやかなる月日のかげにあたりても あまてる神をたのむばかりぞ

0182 なかなかにさしてもいはじみかさ山 思心は神もしるらむ

0183 きくごとにたのむ心ぞすみまさる かものやしろのみたらしのこゑ

0184 うきこともなぐさむみちのしるべとや 世をすみよしとあまくだりけむ

0185 いかならむみわの山もととしふりて すぎゆく秋のくれがたのそら

     暁
0186 しののめよよもの草葉もしをるまで いかにちぎりてつゆのおくらん

     夕
0187 そこはかと見えぬ山地のゆふけぶり たつにぞひとのすみかともしる

     夜
0188 むかし思ねざめのそらにすぎきけん ゆくへもしらぬ月のひかりの

     山家
0189 山ふかき竹のあみどに風さえて いくよたえぬるゆめぢなるらん

     田家
0190 しぎのたつ秋の山田のかりまくら たがすることぞ心ならでは

     山
0191 あけぬとも猶おもかげにたつた山 こひしかるべき夜はのそら哉

     河
0192 よそにてもそでこそぬるれみなれざを 猶さしかへるうぢのかはをさ

     別
0193 わするなよやどるたもとはかはるとも かたみにしぼるよはの月かげ

     旅
0194 月よするうらわの浪をふもとにて まづそでぬらすみねの松風

0195 ふるさとをへだてぬ峯のながめにも こえこしくもぞせきはすゑける

     楊貴妃
0196 みがきおくたまのすみかもそでぬれて つゆときえにしのべぞかなしき

     李夫人
0197 ほのかなるけぶりはたぐふほどもなし なれしくもゐにたちかへれども

     王昭君
0198 うつすともくもりあらじとたのみこし かがみのかげのまづつらき哉

     上陽人
0199 しらざりきちりもはらはぬとこのうへに ひとりよはひのつもるべしとは

     陵園妾
0200 なれきにしそらのひかりのこひしさに ひとりしをるるきくのうはつゆ

     皇后宮大輔百首 文治三年春詠送之
     詠百首和謌
                     侍従
     春十五首

0201 もろびとの袖をつらぬるむらさきの 庭にやはるもたちはそむ覧

0202 春きぬと霞は色に見すれども としをこむるはむめのはつ花

0203 峯の松たにのふるすに雪きえて あさひとともにいづるうぐひす

0204 むめの花にほひのいろはなけれども かすめるままをゆくへとぞ見る

0205 いろまさる松のみどりのひとしほに はるのひかずのふかさをぞしる

0206 あさみどりつゆぬきみだる春さめに したさへひかるたまやなぎ哉

0207 秋ぎりをわけしかりがねたちかへり かすみにきゆるあけぼののそら

0208 しるからむこれぞそれとはいはずとも 花のみやこのはるのけしきは

0209 白雲とまがふさくらにさそはれて 心ぞかかる山のはごとに

0210 霞とも花ともわかずすがはらや ふしみのさとのはるのあけぼの

0211 雪とちるひらのたかねの桜花 猶ふきかへせしがのうらかぜ

0212 いかにしてしづ心なくちる花の のどけきはるのいろと見ゆらむ

0213 ここのへのくものうへとはさくらばな ちりしく春の名にこそありけれ

0214 ふりにける庭のこけぢに春くれて ゆくへもしらぬ花のしらゆき

0215 梓弓いる日をいかでひきとめむ さてもやおしてはるのかへると

     夏十首

0216 いつしかとけふぬぐ袖よ花の色の うつればかはる心なりけり

0217 あたらしやしづがかきねをかりそめに へだつばかりのやへのうの花

0218 そらもそらなかでもやまじゆふぐれを さもわびさするほととぎす哉

0219 なごりだにしばしなあけそ郭公 なきつる夜はのそらのうきぐも

0220 五月雨のをやまぬそらぞもしほやく うらのけぶりのはれまなりける

0221 庭たづみかきほもたへぬさみだれは まきのとぐちにかはづなくなり

0222 あぢさゑのしたばにすだくほたるをば よひらのかずのそふかとぞ見る

0223 紅のつゆにあさひをうつしもて あたりまでてるなでしこの花

0224 浪風のこゑにも夏はわすれぐさ 日かずをぞつむすみよしのはま

0225 みそぎ河からぬあさぢのすゑをさへ みなひとかたに風ぞなびかす

     秋十五首

0226 あきのいろをしらせそむとやみか月の ひかりをみがくはぎのしたつゆ

0227 わすれ水たえまたえまのかげ見れば むらごにうつるはぎが花ずり

0228 ゆふさればすぎにし秋のあはれさへ さらに身にしむ荻のうはかぜ

0229 そではさぞ秋はこころにつゆやおく 風につけてもまづくだくらむ

0230 たづぬれば花のつゆのみこぼれつつ 野風にたぐふまつむしの声

0231 さざなみやしがのうらぢのあさぎりに まほにも見えぬおきのともぶね

0232 我のみとこゑにもしかのたつる哉 月はひかりに見せぬ秋かは

0233 まちをしむひまこそなけれ秋風の 雲ふきまがふよはの月かげ

0234 如何せむさらでうき世はなぐさまず たのみし月もなみだおちけり

0235 となせがはたまちるせぜの月を見て 心ぞ秋にうつりはてぬる

0236 山のはになごりとどめぬかげよりも 人だのめなるありあけの月

0237 秋ふかききしのしらぎく風ふけば にほひはそらのものにぞありける

0238 さびしさはおきそへてけりはぎのえの 秋のすゑばにまよふはつしも

0239 いろいろに紅葉をそむる衣手も あきのくれゆくつまと見ゆらむ

0240 くれてゆく秋も山地の見えぬまで ちりかひくもれみねのもみぢば

     冬十首

0241 さだめなきしぐれのくものたえま哉 さてやもみぢのうすくこからむ

0242 ふゆきては野辺のかりねの草枕 くるればしもやまづむすぶらん

0243 たびねする夢地はたえぬすまのせき かよふちどりのあかつきのこゑ

0244 ふりしきしこのはの庭にいつなれて あられまちとるおとをつぐらむ

0245 日かげぐさくもりなき世のためしとや とよのあかりにかざしそめけん

0246 神がきやしもおくままにうちしめり 月かげやどる山あゐのそで

0247 ふる雪にさてもとまらぬみかりのを はなの衣のまづかへるらん

0248 つもりける雪のふかさもしらざりつ まきのとあくるあけぼののそら

0249 をちかたやはるけきみちにゆきつもり まつよかさなるうぢのはしひめ

0250 年の内にはかなくかはる事もみな くれぬるけふぞおどろかれぬる

     忍恋

0251 わがこひよきみにもはてはしのびけり なにをはじめと思そめけむ

0252 みをつくししのぶなみだのみごもりに この世をかくてくちやはてなん

0253 いかならんふしにさぞともしらせまし まだねもたてぬよはのふえたけ

0254 事づてむ人の心もあやふさに ふみだにも見ぬあさむづのはし

0255 袖のうへにさもせきかへすなみだ哉 人の名をさへくたしはてじと

0256 おりたちてかげをも見ばやわたり河 しづまむそこのおなじふかさを

0257 あらはれむそのにしきぎはさもあらばあれ きみがためてふ名をしたてずは

0258 あしがきのひとめひまなきまぢかさを わけてつたふるまぼろしも哉

0259 みだれじとかくてたえなむたまのをよ ながきうらみのいつかさむべき

0260 こひわびぬ心のおくのしのぶ山 つゆもしぐれもいろに見せじと

     逢不遇恋

0261 あけぬとてわかれしそらにまさりけり つらきうらみにかへるこひ地は

0262 年月はおのがさまざまつもるとも わするべしとはちぎりやはせし

0263 ながくしもむすばざりけるちぎりゆゑ なにあげまきのよりあひにけん

0264 かきながすただそのふでのあとながら かはるこころのほどは見えけり

0265 世とともにしのぶなげきのなぐさめは わすらるる名のたたぬばかりや

0266 猶ぞうきこの世にききしことのはは かはるももとのちぎりとおもへど

0267 うきを猶したふ心のよわらぬや たゆるちぎりのたのみなるらん

0268 わすれぬやさはわすれけるわが心 夢になせとぞいひてわかれし

0269 うつるなりよしさてさらばながらへよ さのみあだなるきみがなもをし

0270 たびのそらしらぬかりねにたちわかれ あしたのくものかたみだになし

     寄名所恋十首

0271 霞しくよしのの山のさくら花 あかぬ心はかかりそめにき

0272 いはでのみ年ふるこひをすずかがは やそせのなみぞそでにみなぎる

0273 いつかこの月日をすぎのしるしとて わがまつ人をみわの山もと

0274 きよみがたせきもるなみにこととはむ 我よりすぐるおもひありやと

0275 浪こさむ袖とはかねておもひにき すゑの松山たづね見しより

0276 しほがまのうらみになれてたつけぶり からきおもひはわれひとりのみ

0277 たづね見よよしさらしなの月ならば なぐさめかぬる心しるやと

0278 いかで猶わがてにかけてむすび見む ただあすか井の影ばかりだに

0279 なみだやはもみぢばながすたつた河 たぎるとすればかはるいろかな

0280 ぬのびきのたきよりほかにぬきみだり まなくたまちるとこのうへ哉

     雑恋十首

0281 ほどもなきおなじいのちをすてはてて きみにかへつるうき身とも哉

0282 よなよなは身もうきぬべしあしべより みちくるしほのまさるおもひに

0283 さもこそはみなとはそでのうへならめ きみに心のまづさわぐらむ

0284 君のみとわきてもいまはつらからず かかる物思世をぞうらむる

0285 時のまの袖のなかにもまぎるやと かよふ心に身をたぐへばや

0286 うしみつとききだにはてじまちえずは ただあけぬまのいのちともがな

0287 こひしさのまさるなげきは夢ならで それとだに見ぬやみのうつつよ

0288 すまのあまの袖にふきこすしほ風の なるとはすれどてにもたまらず

0289 見てすぎよ猶あさがほのつゆのまに しばしもとめむあかぬひかりを

0290 あひ見ても猶ゆくへなきおもひ哉 いのちやこひのかぎりなるらん

     旅恋五首

0291 こひわびぬ花ちる峯にやどからむ かさねしそでやさてもまがふと

0292 夏山やゆくてにむすぶし水にも あかでわかれしふるさとをのみ

0293 草枕ちるもみぢばのひまもがな なれこし方をよそにだに見む

0294 かりにゆふいほりもゆきにうづもれて たづねぞわぶるもずのくさぐき

0295 わすればや松風さむき浪のうへに けふしのべともちぎらぬものを

     寄法文恋五首

     人天交接両得相見
0296 ひとの世もそらもあひ見む時にもや きみが心は猶へだつべき

     我不愛身命
0297 あぢきなやかみなきみちををしむかは いのちをすてむこひの山べよ

     又如浄明鏡
0298 法にすむ心に身をもみがかばや さてもこひしきかげや見ゆると

     如渡得船
0299 きみをおきてまつもひさしきわたし舟 のりうる人のちぎりしれとや

     又如一眼之亀値浮木孔
0300 たとふなる浪ぢのかめのうきぎかは あはでもいくよしをれきぬらん

     閑居百首 文治三年冬与越中侍従詠之
     詠百首和歌
                     侍従
     春廿首

0301 けふは又あまつやしろのさか木ばも はるのひかげをさしやそふらん

0302 今よりのけしきにはるはこめてけり かすみもはてぬあけぼののそら

0303 うぐひすとなきつるとりやはるきぬと めぐむわかなもひとにしらする

0304 ふりつもる色よりほかのにほひもて ゆきをばむめのうづむなりけり

0305 いろ見えで春にうつろふ心哉 やみはあやなきむめのにほひに

0306 雪きゆるかた山かげのあをみどり いはねのこけもはるは見せけり

0307 ちぎりおけたままくくずに風ふかば うらみもはてじかへるかりがね

0308 春さめよこのはみだれしむらしぐれ それもまぎるる方はありけり

0309 年ふれど心の春はよそながら ながめなれぬるあけぼののそら

0310 しばしとていでこし庭もあれにけり よもぎのかれはすみれまじりに

0311 山ざとのまがきのはるのほどなきに わらび許やをりはしるらむ

0312 月かげのあはれをつくすはるの夜に のこりおほくもかすむそら哉

0313 はるのきてあひ見むことはいのちぞと 思し花ををしみつるかな

0314 おもしろくさくらさきけるこの世哉 さもこそ月のそらにすむとも

0315 さくと見し花のこずゑはほのかにて 霞ぞにほふゆふぐれのそら

0316 雲のうへのかすみにこむるさくら花 又たちならぶ色を見ぬ哉

0317 たづねばやしのぶのおくの桜花 風にしられぬ色やのこると

0318 ちる花をみよのほとけにいのりても かぎる日かずのとまらましかば

0319 花さかぬわがみやま木のつれづれと いくとせすぎぬみよのはるかぜ

0320 ものごとにいろはかはらでをしまるる はるは心のわかれなりけり

     夏十五首

0321 春なつのおのがきぬぎぬぬぎかへて かさねしそでを猶をしむ哉

0322 しかりとてけふやはなのるほととぎす まづはるくれてうらめしの世や

0323 なにとなくすぎにしはるぞしたはるる ふぢつつじさく山のほそみち

0324 如何せむひのくま河のほととぎす ただひとこゑのかげもとまらず

0325 たちばなに風ふきかをるくもりよを すさびになのる郭公哉

0326 ふるさとは庭もまがきもこけむして 花たちばなの花ぞちりける

0327 さ月やみそらやはかをる年をへて のきのあやめの風のまぎれに

0328 山ざとののきばのこずゑくもこえて あまりなとぢそ五月雨のそら

0329 うちもねずくるればいそぐうかひ舟 しづまぬよもやくるしかるらむ

0330 いかならむしげみがそこにともしして しかまちわぶるほどのひさしさ

0331 ももしきのたまのみぎりのみかは水 まがふほたるもひかりそへけり

0332 やへむぐらしげるまがきのしたつゆに しをれもはてぬなでしこの花

0333 かげきよき池のはちすに風すぎて あはれすずしきゆふまぐれ哉

0334 松風のひびきもいろもひとつにて みどりにおつるたにがはの水

0335 なつふかきのべをまがきにこめおきて きりまのつゆのいろをまつ哉

     秋廿首

0336 ふくかぜにのきばのをぎはこゑたてつ 秋よりほかにとふ人はなし

0337 草のはらをざさがすゑもつゆふかし おのがさまざま秋たちぬとて

0338 虫のねにはかなきつゆのむすぼほれ ところもわかぬ秋のゆふぐれ

0339 夜をかさね身にしみまさるあらし哉 松のこずゑに秋やすぐらん

0340 秋ふかき木ぎのこずゑにやどかりて みやこにかよふ山おろしの風

0341 ほのぼのとわがすむ方はきりこめて あしやのさとに秋風ぞふく

0342 秋きぬと手ならしそめしはしたかも すゑのにすずのこゑならすなり

0343 うづらなくゆふべのそらをなごりにて 野となりにけりふかくさのさと

0344 夢にだにつまにはあはぬさをしかの 思たえぬるあけぼののこゑ

0345 まどろむと思もはてぬ夢地より うつつにつづくはつかりのこゑ

0346 くまなさはまちこしことぞ秋の夜の 月よりのちのなぐさめも哉

0347 ひさかたのくもゐをはらふこがらしに うたてもすめるよはの月哉

0348 ゆくへなきそらに心のかよふ哉 月すむ秋のくものかけはし

0349 いろかはるあさぢがすゑのしらつゆに 猶かげやどすありあけの月

0350 わがおもふ人すむやどのうすもみぢ きりのたえまに見てやすぎなん

0351 うつろひぬ心の花はしらぎくの しもおくいろをかつうらみても

0352 龍田山紅葉ふみわけたづぬれば ゆふつけどりのこゑのみぞする

0353 みよしのも花見しはるのけしきかは しぐるる秋のゆふぐれのそら

0354 あぢきなく心に秋はとまりゐて ながむるのべのしもがれぬらむ

0355 ゆく秋のしぐれもはてぬゆふまぐれ なににわくべきかたみなるらん

     冬十五首

0356 かくしつつことしもくれぬと思より まづなげかるる冬はきにけり

0357 いまよりはいづれのさとにやどからむ このはしぐれぬ山かげもなし

0358 風ふけばやがてはれのくうきぐもの 又いづかたにうちしぐるらむ

0359 山ざとはわけいるそでのうへをだに はらひもあへずちるこのは哉

0360 をの山ややくすみがまのけぶりにぞ ふゆたちぬとはそらに見えける

0361 あられふるしづがささやよそよさらに ひとよばかりのゆめをやは見る

0362 さひしさは霜こそゆきにまさりけれ 峯のこずゑのあけぼののそら

0363 しもふかきさはべのあしになくつるの こゑもうらむるあけぐれのそら

0364 うらやまし時をわすれぬはつ雪よ わがまつことぞ月日ふれども

0365 いかにせむゆきさへけさはふりにけり ささわけしのの秋のかよひぢ

0366 山ふかきまきのはしのぐ雪を見て しばしはすまむ人とはずとも

0367 浦風やとはに浪こすはままつの ねにあらはれてなくちどり哉

0368 ふる袖の山あゐのいろも年つみて 身もしをれぬる心ちこそすれ

0369 身につもる年をば雪のいろに見て かずそふくれぞ物はかなしき

0370 春秋のあかぬなごりをとりそへて さながらをしき年のくれ哉

     恋十首

0371 あさましやむなしきそらにゆふしめの かけてもいかが人はうらみむ

0372 たぐふべきむろのやしまをそれとだに しらせぬそらのやへがすみ哉

0373 さばかりに心のほどを見せそめし たよりもつらきなげきをぞする

0374 わすられぬ人をいづことたづねても なれしかごとのあるよなりせば

0375 うくつらき人をも身をもよししらじ ただ時のまのあふことも哉

0376 いかにせむあふよをまさるなげきにて 又それならぬなぐさめはなし

0377 今ぞしるあかぬわかれのなみだ河 身をなげはつるこひのふちとも

0378 しきたへの枕ながるるとこのうへに せきとめがたく人ぞこひしき

0379 かへるさのものとや人のなかむらん まつよながらのありあけの月

0380 ちぎらずよ心に秋はたつた河 わたるもみぢのなかたえむとは

     懐述五首

0381 むれてゐしおなじなぎさのともづるに わが身ひとつのなどおくるらん

0382 こす浪ののこりをひろふはまのいしの とをとてのちも三とせすぐしつ

0383 おしなべておよばぬ枝の花ならば よそにみかさの山もうからじ

0384 影きよきくも井の月をながめつつ さてもへぬべきこの世ばかりを

0385 これも又おもふにたがふこころ哉 すてずはうきをなげくべきかは

     雑十五首

0386 たのむ哉かすがの山のみねつづき かげものどけき松のむらだち

0387 あとたえてそなたとたのむ道もなし みなみのきしのしるべならでは

0388 しか許かたきみのりのすゑにあひて あはれこのよとまづおもふ哉

0389 花の春紅葉の秋とあくがれて こころのはてや世にはとまらん

0390 世中を思ひのきはの忍草 いくよのやどとあれかはてなむ

0391 さきのゐる池のみぎはに松ふりて みやこのほかの心ちこそすれ

0392 ゆきかはる時につけてはおのづから あはれを見する山のかげかな

0393 たきのおと峯のあらしもひとつにて うちあらはなるしばのかき哉

0394 さとびたるいぬのこゑにぞきこえつる 竹よりおくの人のいへゐは

0395 菊かれてとびかふてふの見えぬ哉 さきちる花やいのちなりけん

0396 さかのぼる波のいくへにしをれけむ あまのかはらの秋のはつ風

0397 くろかみはまじりしゆきのいろながら 心のいろはかはりやはせじ

0398 くさがれののはらのこまもうらぶれて しらぬさかひのなが月のそら

0399 つてにきくちぎりもかなしあひおもふ こずゑのをしのよなよなのこゑ

0400 いか許ふかき心のそこを見て いくたの河に身のしづみけん

     奉和無動寺法印早率露胆百首 文治五年春
     詠百首和歌
                      侍従
     春 此題同堀川院百首今略而不書之

0401 年くれしあはれをそらのいろながら いかに見すらんはるのあけぼの

0402 なにゆゑにはつねのけふのこ松ばら はるのまとゐをちぎりそめけん

0403 たちかくすよそめははるのかすみにて ゆきにぞこもるおくの山さと

0404 うぐひすのやどしめそむるくれ竹に まだふしなれぬわかねなくなり

0405 いざけふはあすのはるさめまたずとも 野ざはのわかな見てもかへらん

0406 ふみしだくおどろがしたにしみいりて うづもれかはるはるのゆきかな

0407 こぞもこれはるのにほひになりにけり むめさくやどのあけぐれのそら

0408 おそくときみどりのいとにしるき哉 はるくるかたの岸のあをやぎ

0409 いはそそくし水もはるのこゑたてて うちやいでつるたにのさわらび

0410 いかがせむくも井のさくらなれなれて うき身をさぞと思はつとも

0411 春の夜をまどうつあめにふりわびて 我のみとりのこゑをまつ哉

0412 をちかたや花にいばえてゆくこまの こゑもはるなるながきひぐらし

0413 春ふかみこし地にかりのかへる山 名こそかすみにかくれざりけれ

0414 おもひたつみちのしるべかよぶこどり ふかき山辺に人さそふなり

0415 きなれたるこまにまかせむなはしろの 水に山地はひきかへてけり

0416 はるさめのふるののみちのつぼすみれ つみてをゆかむそではぬるとも

0417 せき地こえみやここひしきやつはしに いとどへだつるかきつばた哉

0418 おもふから猶うとまれぬふぢの花 さくよりはるのくるるならひに

0419 ちらすなよゐでのしがらみせきかへし いはぬいろなる山ぶきの花

0420 春しらぬうき身ひとつにとまりけり くれぬるくれををしむなげきは

     夏

0421 如何せむひとへにかはる袖のうへに かさねてをしき花のわかれを

0422 秋冬のあはれしらするうの花よ 月にもにたりゆきかとも見ゆ

0423 年をへて神もみあれのあふひぐさ かけてかからむ身とはいのらず

0424 あづまやのひさしうらめしほととぎす まづよひすぐるむらさめのこゑ

0425 はるたちし年もさ月のけふきぬと くもらぬそらにあやめふくなり

0426 とるなへのはやく月日はすぎにけり そよぎし風のおともほどなく

0427 夏衣たつたの山にともしすと いく夜かさねてそでぬらすらん

0428 玉鉾の道ゆき人のことづても たえてほどふる五月雨のそら

0429 ふるさとの花橘にながめして 見ぬゆくすゑぞはてはかなしき

0430 打なびく河ぞひ柳ふくかぜに まづみだるるはほたるなりけり

0431 ひとはすむと許見ゆるかやり火の けぶりをたのむをちのしばがき

0432 この世にもこのよの物と見えぬ哉 はちすのつゆにやどる月かげ

0433 ひむろ山まかせし水のさえぬれば なつのせかるるかげにぞありける

0434 山かげのいはねのし水たちよれば 心の内を人やくむらん

0435 みそぎしてとしをなかばとかぞふれば 秋よりさきにものぞかなしき

     秋

0436 みむろ山けふより秋のたつたひめ いづれの木ぎのしたばそむらん

0437 たなばたのあかぬわかれのなみだにや 秋しらつゆのおきはじめけん

0438 さきにけり野べわけそむるよそめより むしのね見する秋はぎの花

0439 をみなへしなびくけしきや秋風の わきて身にしむいろとなるらん

0440 しのぶ山すそののすすきいかばかり 秋のさかりを思ひわぶらん

0441 たづぬれば庭のかるかやあともなく ひとやふりにしあれはてにけり

0442 ふぢばかまあらぬくさばもかをるまで ゆふつゆしめるのべの秋風

0443 こぼれぬるつゆをばそでにやどしおきて をぎのはむすぶ秋のゆふかぜ

0444 草がれのあしたのはらに風すぎて さえゆくそらにはつかりのなく

0445 しかのねはつたふるをちのあはれにて やどのけしきはわれのみや見む

0446 かへるさはしをるたもとのつゆそひて わけつる野べに夜はふけにけり

0447 秋ふかくきりたつままのあけぼのは おもふそなたのそらをだに見ず

0448 さればこそとはじと思しふるさとを さけるあさがほつゆもさながら

0449 たちつづくきりはらのこまこゆれども おとはかくれぬせきのいはかど

0450 秋きても秋をくれぬとしらせても いくたび月の心づくしに

0451 しのばじよあはれもなれがあはれかは 秋をひびきにうつから衣

0452 うらめしやよしなきむしのこゑにさへ ひとわびさする秋のゆふぐれ

0453 又もあらじ花よりのちのおもかげに さくさへをしき庭のむらぎく

0454 そよや又山のはごとにしぐれして よものこずゑは色かはるなり

0455 あぢきなしうき世はおなじ世中ぞ 秋はかぎりに夜はふけぬとも

     冬

0456 かきくらすこのはは道もなきものを いかにわけてかふゆのきつらん

0457 月はさえおとはこのはにならはせて しのびにすぐるむらしぐれ哉

0458 葉がへせぬ竹さへ色の見えぬまで よごとにしもをおきわたすらん

0459 ふりそめしそらはゆきげになりはてぬ 人をもまたじふゆの山ざと

0460 あられふり日さへあれゆくまきのやの 心もしらぬ山おろし哉

0461 こもり江のあしのしたばのうきしづみ ちりうせぬよのあぢきなの身や

0462 あは地しま千鳥とわたるこゑごとに いふかひもなくものぞかなしき

0463 とけぬうへにかさねてこほるたに水に さゆる夜ごろのかずぞ見えける

0464 はねかはすをしのうはげのしもふかく きえぬちぎりを見るぞかなしき

0465 いかがするあじろにひをのよるよるは 風さへはやきうぢのかはせを

0466 たちかへる山あゐのそでにしもさえて あかつきふかきあさくらのこゑ

0467 かり衣はらふたもとのおもるまで かたののはらにゆきはふりきぬ

0468 すみがまのあたりをぬるみたちのぼる けぶりやはるはまづかすむらん

0469 あけがたのはひのしたなるうづみ火の のこりすくなくくるるとし哉

0470 年くれぬかはらぬけふのそらごとに うきをかさぬる心ちのみして

     恋

0471 これも又ちぎりなるらむとばかりに 思そめつる身ををしむ哉

0472 おもひねのゆめにもいたくなれぬれば しのびもあへずものぞかなしき

0473 名とり河いかにせんともまだしらず おもへば人をうらみける哉

0474 あひ見てもいへばかなしきちぎりかな うつつもおなじはるのよのゆめ

0475 わかれつるほどもなくなくまどはれて たのめぬくれを猶いそぐ哉

0476 つらからずわが心にもしられにき なれてもなれぬなげきせむとは

0477 たれゆゑとささぬたびねのいほりだに みやこの方はながめしものを

0478 さきだたば人もあはれをかけて見よ おもひにきえむそらのうきぐも

0479 よしさらばあはれなかけそしのびわび 身をこそすてめきみがなはをし

0480 身をしればうらみじと思世中を ありふるままの心よわさよ

     雑

0481 うかりけり物思ころのあかつきは 人をもとはむこの世ならでも

0482 松風のこずゑのいろはつれなくて たえずおつるはなみだなりけり

0483 くれ竹のわがともはみなならへども ひとりよそなるはのはやし哉

0484 おく山のいはねのこけの世とともに 色もかはらぬなげきをぞする

0485 たらちねの心をしればわかのうらや 夜ぶかきつるのこゑぞかなしき

0486 まだしらぬ山のあなたにやどしめて うき世へだつるくもかとも見む

0487 はやせ河うかぶみなわのきえかへり ほどなきよをも猶なげく哉

0488 身のはてをこの世ばかりとしりてだに はかなかるべきのべのけぶりを

0489 くらべばやきよみがせきによる浪も 物思そでにたちやまさると

0490 みのうきはくめ地のはしもわたらねど すゑもとほらぬみちまどひけり

0491 おもふ人あらばいそがむふなでして むしあけのせとは浪あらくとも

0492 みやことてしぼらぬそでもならはぬを なにをたびねのつゆとわくらん

0493 かへるさをちぎるわかれををしむにも つひのあはれはしりぬべきよを

0494 山ざとを今はかぎりとたづぬとも ひとかたならぬみちやまどはむ

0495 如何せむおくてのなるこひきかへし 猶おどろかぬかりそめのよを

0496 おもかげはただめのまへの心地して むかしとしのぶうき世なりけり

0497 ぬるたまの夢はうつつにまさりけり この世にさむるまくらかはらで

0498 かつ見つつ猶すてはてぬ身なりけり いつかはかぎりあすやのちの世

0499 おもふとてかひなきよをばいかがせむ 心はのこれなき身なりとも

0500 思ひやる心はきはもなかりけり ちとせもあかぬきみがよのため

     重奉和早率百首 文治五年三月
     百首和歌 同題
     春

0501 吉野山かすまぬ方のたに水も うちいづるなみにはるはたつなり

0502 ねの日するのべのこまつのひきひきに うら山しくもはるにあふかな

0503 たづねきて秋みし山のおもかげに あはれたちそふ春霞哉

0504 はるやとき谷のうぐひすうちはぶき けふしらゆきのふるすいづなり

0505 もろともにいでこし人のかたみ哉 色もかはらぬのべのわかなは

0506 心にもあらぬわかれのなごりかは きえてもをしきはるの雪哉

0507 春の夜は月の桂もにほふらん ひかりに梅の色はまがひぬ

0508 うゑおきし昔を人に見せがほに はるかになびくあをやぎのいと

0509 わらびをるおなじ山地のゆきずりに はるのみやすむいはのもと哉

0510 けふこずは庭にや春ののこらまし こずゑうつろふ花のしたかぜ

0511 はるも又かれし人めにまちわびぬ 草ばはしげるあめにつけても

0512 ひきかへつあしのはめぐむなにはがた うらわのそらもこまのけしきも

0513 これに見つこし地の秋もいかならん よしののはるをかへるかりがね

0514 くもり夜の月のかげのみほのかにて ゆく方しらぬよぶこどり哉

0515 おもふこそかへすがへすもさびしけれ あら田のおものけふのはるさめ

0516 すみれつむ花ぞめ衣つゆをおもみ かへりてうつる月くさのいろ

0517 ふりにけりたれかみぎりのかきつばた なれのみはるの色ふかくして

0518 ゆく春をうらむらさきのふぢの花 かへるたよりにそめやすつらん

0519 すぎてゆくまそでににほふ山吹に 心をさへもわくるみちかな哉

0520 はるのけふすぎゆく山にしをりして 心づからのかたみとも見む

     夏

0521 ぬぎかふるせみのは衣そでぬれて はるのなごりをしのびねぞなく

0522 いたびさしひさしくとはぬ山ざとも 浪まに見ゆる卯花のころ

0523 あまの河おふともきかぬ物ゆゑに 年にあふ日となどちぎりけん

0524 郭公世になき物と思ふとも ながめやせまし夏のゆふぐれ

0525 風ふけば夢の枕にあはずなり しげきあやめののきのにほひを

0526 たねまきしむろのはやわせおひにけり おりたつたごの雨もしみみに

0527 ともしするしげみがそこのすり衣 そでのしのぶもつゆやおくらん

0528 とはでこしよもぎのかどのいかならむ そらさへとづるさみだれのころ

0529 終夜花橘を吹風の わかれがほなるあか月のそで

0530 夏虫のひかりぞそよぐなにはがた あしのはわけにすぐるうら風

0531 かやり火のけぶりのあとや草枕 たちなんのべのかた見なるべき

0532 あさゆふにわがおもふかたのしるべせよ くるればむかふはちす葉のつゆ

0533 いとひつる衣手かるしひむろ山 ゆふべののちの木ぎのしたかぜ

0534 よるひると人はこのごろたづねきて 夏にしられぬやどのまし水

0535 みそぎすとしばし人なすあさのはも おもへばおなじかりそめのよを

     秋

0536 けふといへばこずゑに秋の風たちて したのなげきもいろかはるなり

0537 秋風やいかが身にしむあまの河 きみまつよひのうたたねのとこ

0538 ちらばちれつゆわけゆかむはぎはらや ぬれてののちのはなのかたみに

0539 しののめにわかれしそでのつゆのいろを よしなく見するをみなへし哉

0540 人もとへあれなむのちのむしのねも うゑおくすすき秋したえずは

0541 あさまだきちぐさの花もさておきつ たまぬくのべのかるかやのつゆ

0542 きりのまにひとえだをらんふぢばかま あかぬにほひやそでにうつると

0543 をぎの葉にふきたつ風のおとなひよ そよ秋ぞかしおもひつるごと

0544 きりふかきと山のみねをながめても まつほどすぎぬはつかりのこゑ

0545 わび人のわがやどからの松風に なげきくははるさをしかのこゑ

0546 終夜山のしづくにたちぬれて 花のうはぎはつゆもかはかず

0547 したむせぶうぢのかはなみきりこめて をちかた人のながめわぶらん

0548 あさがほよなにかほどなくうつろはむ 人の心の花もかばかり

0549 かぞへこし秋のなかばをこよひぞと さやかに見するもち月のこま

0550 月きよみよものおほぞらくもきえて ちさとの秋をうづむしらゆき

0551 とけてねぬふしみのさとはなのみして たれふかき夜に衣うつらん

0552 松虫の声だにつらきよなよなを はてはこずゑに風よわるなり

0553 ひとすぢにたのみしもせずはるさめに うゑてしきくの花を見むとは

0554 龍田山やまのかよひぢおしなべて もみぢをわくる秋のくれ哉

0555 おくれじとちぎらぬ秋のわかれゆゑ ことわりなくもしぼる袖かな

     冬

0556 秋のみか風も心もとどまらず みなしもがれの冬の山ざと

0557 かへり見るこずゑにくものかかる哉 いでつるさとやいましぐるらん

0558 おきそめてをしみし菊の色を又 かへすもつらき冬の霜かな

0559 あられふるしがの山地に風こえて 峯にふきまくうらのさざなみ

0560 秋ながら猶ながめつる庭のおもの かれはも見えずつもる雪哉

0561 こゑはせでなみよるあしのほずゑ哉 しほひの方に風やふくらん

0562 ながきよを思ひあかしのうら風に なくねをそふる友千鳥哉

0563 大井河浪をゐせきにふきとめて こほりは風のむすぶなりけり

0564 よそへても見せばや人にをしがもの さわぐいり江のそこのおもひを

0565 夜をへては見るもはかなきあじろ木に こしのみそらの風をまつ覧

0566 かをとめしさか木のこゑにさよふけて 身にしみはつるあかぼしのそら

0567 とまるなよかりばのをののすり衣 ゆきのみだれにそらはきるとも

0568 をの山や見るだにさびしあさゆふに たれすみがまのけぶりたつらん

0569 うづみ火のひかりもはひにつきはてて さびしくひびくかねのおと哉

0570 ながらふるいのち許のかごとにて あまたすぎぬるとしのくれ哉

     恋

0571 のちの世をかけてやこひむゆふだすき それともわかぬ風のまぎれに

0572 思ふとはきみにへだててさよ衣 なれぬなげきにとしぞかさなる

0573 あひ見てののちの心をまづしれば つれなしとだにえこそうらみね

0574 なにとこの見るともわかぬまぼろしに よそのなげきのちへまさるらん

0575 如何せむ夢よりほかに見しゆめの こひにこひますけさのなみだを

0576 おのづから人も時のま思いでば それをこの世の思いでにせん

0577 たびねするあらきはまべの浪のおとに いとどたちそふ人のおもかげ

0578 いか許ふかきけぶりのそこならむ 月日とともにつもるおもひの

0579 よひよひはわすれてぬらんゆめにだに なるとを見えよかよふたましひ

0580 きみよりも世よりもつらきちぎりこそ 身をかへつとも怨のこらめ

     雑

0581 うらめしや別のみちにちぎりおきて なべてつゆおくあか月のそら

0582 草のいほの友とはいつかききなさむ 心の内に松かぜのこゑ

0583 時わかぬまがきの竹のいろにしも 秋のあはれのふかく見ゆらん

0584 なれこしはきのふとおもふ人のあとも こけふみわけてみちたどるなり

0585 人とはでみぎりあれにし庭のおもに きくもさびしきつるのひとこゑ

0586 如何せむそれもうき世といとひいでば よしのの山もなき身なりけり

0587 いろはみなむなしき物をたつた河 もみぢながるる秋もひととき

0588 なにとなく見るよりもののかなしきは 野中のいほのゆふぐれのそら

0589 とまびさしもののあはれのせきすゑて なみだはとめぬすまのうら風

0590 夜をこめてあさたつきりのひまひまに たえだえ見ゆるせたのながはし

0591 まちえたる日よりをみちのたのみにて はるかにいづるなみのうへ哉

0592 露しげきさやのなか山なかなかに わすれてすぐるみやことも哉

0593 くれてゆく春のかすみを猶こめて へだつるをちにたちやわかれん

0594 いへゐしてまだかばかりもしらざりき み山のさとのこがらしのこゑ

0595 おきふしにねぞなかれける霜さゆる かり田のいほのしぎのはねがき

0596 心うしこひしかなしとしのぶとて ふたたび見ゆるむかしなきよよ

0597 うたたねに草ひきむすぶこともなく はかなのはるのゆめのまくらや

0598 いつ我もふでのすさびはとまりゐて 又なき人のあとといはれむ

0599 をしまれぬうさにたへたる身ならずは あはれすぎにしむかしがたりを

0600 あまつそら月日のかげもしづかにて ちよはくもゐにきみぞかぞへむ

     花月百首 建久元年秋左大将家
     詠百首和歌
                     権少将
     花五十首

0601 さくらばなさきにし日よりよしの山 そらもひとつにかをるしらくも

0602 あしびきの山のはごとにさく花の にほひにかすむはるのあけぼの

0603 花ざかりと山のはるのからにしき かすみのたつもをしきころ哉

0604 かすみたつ峯の桜のあさぼらけ 紅くくるあまのかはなみ

0605 さくら花ちらぬこずゑに風ふれて てる日もかをるしがの山ごえ

0606 花ののちやへたつくもにそらとぢて はるにうづめるみよしののそこ

0607 さもあらばあれ花よりほかのながめかは かすみにくらすみよしののはる

0608 あくがれしゆきと月とのいろとめて こずゑにかをるはるの山かげ

0609 よしの山霞ふきこすたに風の ちらぬさくらの色さそふらん

0610 ふりきぬる雨もしづくもにほひけり 花よりはなにうつる山みち

0611 ながき日にあそぶいとゆふしづかにて そらにぞ見ゆる花のさかりは

0612 ももしきやたましく庭の桜花 てらすあさひもひかりそひけり

0613 かざしもてくらすはる日ののどけきに ちよもへぬべき花のかげ哉

0614 宮人のそでにまがへるさくらばな にほひもとめよはるのかたみに

0615 たをりもてゆきかふ人のけしきまで 花のにほひはみやこなりけり

0616 こきまずる柳のいともむすぼほれ みだれてにほふはなざくら哉

0617 雲の内雪のしたなる春のいろを たれわがやどのうへと見るらん

0618 あけはてず夜のまの花にこととへば 山のはしろくくもぞたなびく

0619 まきのとはのきばの花のかげなれば とこも枕もはるのあけぼの

0620 いか許のちもわすれぬつまならん さくらになるるやどのゆふぐれ

0621 めかれせずいとどさくらぞをしまるる うちもまぎれぬはるの山ざと

0622 やへむぐらとぢけるやどのかひもなし ふるさととはぬ花にしあらねば

0623 竹のかき松のはしらはこけむせど 花のあるじぞはるさそひける

0624 はなのふちさくらのそことたづぬれば いはもる水のこゑぞかはらぬ

0625 枝かはす松のみありしこずゑにて くもと浪とにたどるはるかな

0626 そらは雪庭をば月のひかりとて いづらに花のありかたづねん

0627 花のかはかをるばかりをゆくへとて 風よりつらきゆふやみのそら

0628 思いるゆくへは花のうへにして こけにやどかる春のうたたね

0629 すぎがてにをらましものをさくら花 かへるよのまに風もこそふけ

0630 ちりまがふこのもとながらまどろめば さくらにむすぶはるのよのゆめ

0631 まだなれぬ花のにほひにたびねして こだちゆかしきはるのよのやみ

0632 たまぼこのたよりに見つるさくら花 又はいづれのはるかあふべき

0633 山桜いかなる花のちぎりにて かばかり人の思そめけむ

0634 時こそあれさらではかかるにほひかは さくらもいかにはるをまちけん

0635 さくら花たをりもやらぬひとえだに こずゑにのこる心をぞしる

0636 山桜心の色をたれ見てむ いく世の花のそこにやどらば

0637 のちもうし昔もつらし桜花 うつろふそらのはるの山かぜ

0638 こずゑよりほかなる花のおもかげに ありしつらさのにたる風哉

0639 なにとなくうらみなれたるゆふべかな やよひのそらの花のちるころ

0640 くれぬともはなちる峯のはるのそら 猶やどからむひと夜ばかりも

0641 春風の浪こすそらになりにけり はなのみぎはの峯のはままつ

0642 山がくれ風のしるべに見る花を やがてさそふはたに河の水

0643 やまざくらまてともいはじちりぬとて おもひますべき花しなければ

0644 いかにして風のつらさをわすれなん さくらにあらぬさくらたづねて

0645 桜花思ふものからうとまれぬ なぐさめはてぬはるのちぎりに

0646 わびつつは花をうらむる春も哉 風のゆくへに心まよはで

0647 花をおもふ心にやどるまくずはら 秋にもかへす風のおと哉

0648 ちりぬとてなどてさくらをうらみけん ちらずは見ましけふの庭かは

0649 あとたえしみぎはの庭にはるくれて こけもや花のしたにくちぬる

0650 吹風もちるもをしむもとしふれど ことわりしらぬ花のうへ哉

     月五十首

0651 秋はきぬ月はこのまにもりそめて おきどころなきそでのつゆ哉

0652 さえのぼる月のひかりにことそひて 秋のいろなるほしあひのそら

0653 これぞこのまたれし秋のゆふべより まづくもはれていづる月かげ

0654 かぞふれば秋きてのちの月のいろを おぼめかしくもしぼるそで哉

0655 秋といへばそらすむ月をちぎりおきて ひかりまちとるはぎのしたつゆ

0656 秋をへて心にうかぶ月かげを さながらむすぶやどのまし水

0657 松むしのこゑのまにまにとめくれば 草葉の露に月ぞやどれる

0658 あかざりし山井のし水手にくめば しづくも月のかげぞやどれる

0659 深草のさとのまがきはあれはてて 野となる露に月ぞやどれる

0660 さむしろやまつ夜の秋の風ふけて 月をかたしく宇治の橋姫

0661 なにとなくすぎこし秋のかずごとに のち見る月のあはれとぞなる

0662 そのふしと思もわかぬなみだ哉 月やはつらき秋もうからず

0663 あづまやのまやのあまりのつゆかけて 月のひかりもそでぬらしけり

0664 よもぎふのまがきのむしのこゑわけて 月は秋ともたれかとふべき

0665 つきゆゑにささずはしばしこととはむ しばのあみどよわれまたずとも

0666 庭のおもにうゑおく秋のいろよりも 月にぞやどの心見えける

0667 わけがたきむぐらのやどのつゆのうへは 月のあはれもしくものぞなき

0668 関の戸をとりのそらねにはかれども ありあけの月は猶ぞさしける

0669 思やるみねのいはやのこけのうへに たれかこよひの月を見るらん

0670 たづねきてきくだにさびしおく山の 月にさえたるまつかぜのこゑ

0671 つきかげは秋よりおくのしもおきて こぶかく見ゆる山のときは木

0672 山ふかみいはきりとほすたに河を ひかりにせける秋のよの月

0673 秋の夜は月ともわかぬながめゆゑ そでにこほりのかげぞみちぬる

0674 見るゆめはをぎのは風にとだえして 思もあへぬねやの月かげ

0675 ながむれば松よりにしになりにけり かげはるかなるあけがたの月

0676 しののめは月もかはらぬわかれにて くもらばくれのたのみなきかな

0677 月ゆゑにあまりもつくす心哉 おもへばつらし秋のよのそら

0678 あけば又秋のなかばもすぎぬべし かたぶく月のをしきのみかは

0679 いぐさとかつゆけきのべにやどかりし ひかりともなふもち月のこま

0680 秋の夜のありあけの月の月かげは この世ならでも猶やしのばむ

0681 いく秋とゆくへもしらぬ神世まで たもとに見する月のそら哉

0682 月を思心にそへてしのばずは わすれもすべき昔なりけり

0683 とこのうへのひかりに月のむすびきて やがてさえゆく秋のたまくら

0684 月きよみはねうちかはしとぶかりの こゑあはれなる秋風のそら

0685 あくるそら入山の葉をうらみつつ いくたび月にもの思らん

0686 袖のうへ枕のしたにやどりきて いくとせなれぬ秋の夜の月

0687 さらしなは昔の月のひかりかは ただ秋風ぞをばすての山

0688 よものそらひとつひかりにみがかれて ならぶものなき秋のよの月

0689 衣うつひびきに月のかげふけて みちゆき人のおともきこえず

0690 影さえててらすこし地の山人は 月にや秋をわすれはつらん

0691 あくがるる心はきはもなき物を 山のはちかき月のかげ哉

0692 わすれじよ月もあはれと思いでよ わが身ののちのゆくすゑの秋

0693 しかりとて月の心もまだしらず おもへばうとき秋のねざめを

0694 峯のあらしうらの浪かぜゆきさえて みなしろたへの秋のよの月

0695 月きよみねられぬ夜しももろこしの 雲の夢まで見る心ちする

0696 今よりのこずゑの秋はふかくとも 月いづる峯は風のまにまに

0697 つゆしぐれしたばのこらぬ山なれば 月も夜をへてもりまさりけり

0698 山の葉のおもはむこともはづかしく 月よりほかの秋はながめじ

0699 あぢきなく物思人の袖のうへに 晨明の月の夜をかさねては

0700 長月の月のありあけの時雨ゆゑ あすのもみぢの色もうらめし

     十題百首 建久二年冬 左大将家
     詠百首和哥
                     権少将
     天部十首

0701 久方のくも井はるかにいづる日の けしきもしるきはるはきにけり

0702 いく秋のそらをひと夜につくしても おもふにあまる月のかげかな

0703 すべらきのあまねきみよをそらに見て ほしのやどりのかげもうごかず

0704 あまの河年の渡の秋かけて さやかになりぬなつのよのやみ

0705 はかなしと見るほどもなしいなづまの ひかりにさむるうたたねのゆめ

0706 こたへじないつもかはらぬ風のおとに なれしむかしのゆくへとふとも

0707 見ずしらぬうづもれぬ名のあとやこれ たなびきわたるゆふぐれのくも

0708 けふくれぬあすさへふらむ雨にこそ おもはむ人の心をも見め

0709 この日ごろさえつる風にくもこりて あられこぼるる冬のゆふぐれ

0710 かきくらすのきばのそらにかず見えて ながめもあへずおつるしらゆき

     地部十

0711 あともなしこけむすたにのおくのみち いく世へぬらんみよしのの山

0712 わたつうみによせてはかへるしきなみの はじめもはてもしる人ぞなき

0713 うつなみのまなく時なきたまがしは たまたま見ればあかぬ色かも

0714 わきかへるいはせの浪に秋すぎて もみぢになりぬ宇治の河風

0715 をしのゐるあしのかれまの雪氷 冬こそ池のさかりなりけれ

0716 わかなつむをちのさはべのあさみどり 霞のほかのはるのいろ哉

0717 秋はただいり江ばかりのゆふべかは 月まつそらのまののうら浪

0718 月のさすせきやのかげのほどなきに ひとよはあけぬすまのたびぶし

0719 しるべなきをだえのはしにゆきまよひ 又いまさらの物やおもはむ

0720 かたるともか許人やしらざらん 宮木ののべのゆふぐれのいろ

     居処十

0721 ももしきやもるしらたまのあけがたに まだしもくらきかねのこゑ哉

0722 くまもなきゑじのたく火のかげそひて 月になれたる秋の宮人

0723 秋津しまをさむるかどののどけきに つたふる北のふぢなみのかげ

0724 やどごとに心ぞ見ゆるまどゐする 花の宮このやよひきさらぎ

0725 むらすすきうゑけむあともふりにけり くもゐをちかくまもるすみかに

0726 見なれぬるよとせをいかにしのぶらん かぎるあがたのたちわかるとて

0727 たび枕いくたびゆめのさめぬらん 思あかしのむまやむまやと

0728 しばのとよ今はかぎりとしめすとも つゆけかるべき山のかげ哉

0729 露しものおくての山田かりねして そでほしわぶるいほのさむしろ

0730 いでてこしみちのささはらしげりあひて たれながむらんふるさとの月

     草十

0731 年の内はけふのみ時にあふひぐさ かざすみあれをかけてまつらし

0732 神世よりちぎりありてや山あゐも すれる衣の色となるらん

0733 さやかなるくもゐにかざす日かげぐさ とよのあかりのひかりませとや

0734 みちもせにしげるよもぎふうちなびき 人かげもせぬ秋風ぞ吹

0735 霜むすぶをばながもとのおもひ草 きえなむのちやいろにいづべき

0736 あれにけりのきのしたくさ葉をしげみ むかししのぶのすゑのしらつゆ

0737 我もおもふうらのはまゆふいくへかは かさねて人をかつたのめども

0738 さくらあさのをふのしたつゆしたにのみ わけてくちぬるよなよなのそで

0739 みちしばやまじるかやふのおのれのみ うちふく風にみだれてぞふる

0740 ながれてもおもふせによるわがせりの ねにあらはれてこひんとや見し

     木十

0741 草も木もひとつにおつるしものうちに はかへぬ松のいろぞのこれる

0742 いその神ふるのかみすぎふりぬとも ときはかきはのかげはかはらじ

0743 ま木もくやひばらのしげみかきわけて むかしのあとをたづねてぞ見る

0744 けふ見ればゆみきるほどになりにけり うゑしをかべのつきのかたえだ

0745 たび枕しゐのしたばををりかけて そでもいほりもひとつゆふつゆ

0746 月もいさまきのはふかき山のかげ 雨ぞつたふるしづくをも見し

0747 かがみ山みがきそへたるたまつばき 影もくもらぬはるのそら哉

0748 ゆふまぐれ風ふきすさぶきりのはに そよいまさらの秋にはあらねど

0749 しぐれゆくはじのたちえに風こえて 心いろづく秋の山ざと

0750 こずゑより冬の山かぜはらふらし もとつ葉のこるならのはがしは

     鳥十

0751 しのぶ山こさ地のおくにかふわしの そのは許や人にしらるる

0752 あづさゆみすゑのはらのにひきすゑて とかへるたかをけふぞあはする

0753 風たちてさはべにかけるはやぶさの はやくも秋のけしきなるかな

0754 かれ野やくけぶりのしたにたつきぎす むせぶおもひや猶まさるらん

0755 ゆふだちのくもまの日かげはれそめて 山のこなたをわたるしらさぎ

0756 なるこひく田のもの風になびきつつ なみよるくれのむらすずめ哉

0757 深草のさとのゆふかぜかよひきて ふしみのをのにうづらなくなり

0758 さらぬだにしもがれはつるくさのはを まづうちはらふにはたたき哉

0759 人とはぬ冬の山地のさびしさよ かきねのそはにしとどおりゐて

0760 つばくらめあはれに見けるためし哉 かはるちぎりはならひなる世に

     獣十

0761 いつしかと春のけしきにひきかへて くもゐの庭にいづるあをむま

0762 霜ふかくおくるわかれのをぐるまに あやなくつらきうしのおと哉

0763 おちつもるこのはもいくへつもるらん ふすゐのかるもかきもはらはで

0764 つゆをまつうのけのいかにしをる覧 月のかつらのかげをたのみて

0765 山ざとは人のかよへるあともなし やどもるいぬのこゑばかりして

0766 花ざかりむなしき山になくさるの 心しらるるはるの月かげ

0767 思ふにはおくれむものかあらくまの すむてふ山のしばしなりとも

0768 つかふるききつねのかれる色よりも ふかきまどひにそむる心よ

0769 ほどもなくくるる日かげにねをぞなく ひつじのあゆみきくにつけても

0770 たか山の峯ふみならすとらのこの のぼらむみちのすゑぞはるけき

     虫十

0771 なはしろにかつちる花のいろながら すだくかはづのこゑぞながるる

0772 終夜まがふほたるのひかりさへ わかれはをしきしののめのそら

0773 けさ見ればのわきののちの雨はれて たまぞのこれるささがにのいと

0774 人ならば怨もせましそのの花 かるればかるるてふの心よ

0775 み山ふく風のひびきになりにけり こずゑにならぶひぐらしの声

0776 わきかぬるゆめのちぎりににたる哉 ゆふべのそらにまがふかげろふ

0777 草ふかきしづのふせやのかばしらに いとふけぶりをたてそふる哉

0778 うきて世をふるやののきにすむはちの さすがになれぬいとふものから

0779 春さめのふりにしさとをきて見れば まくらのちりにすがるみのむし

0780 おのづからうちおくふみも月日へて あくればしみのすみかとぞなる

     神祇十

0781 てらすらんかみぢの山のあさ日かげ あまつくもゐをのどかなれとは

0782 かしまのやひばらすぎはらときはなる きみがさかえは神のまにまに

0783 春日山峯の松原吹風の 雲井にたかきよろづ世の声

0784 さか木さすをしほののべのひめこ松 かはすちとせのすゑぞひさしき

0785 かも山やいくらの人をみづがきの ひさしき世よりあはれかくらん

0786 たのもしなあか月ちぎる月かげの かねてすむらんみよしののたけ

0787 おもかげに思もさびしうづもれぬ ほかだに冬のゆきのしら山

0788 雲かかるなちの山かげいかならむ みぞれはげしきながきよのやみ

0789 わかのうらの浪に心はよすときく 我をばしるやすみよしの松

0790 やはらぐるひかりさやかにてらし見よ たのむ日よしのななのみやしろ

     釈教十

     歓喜地
0791 うれしさのなみだもさらにとどまらず ながきうき世のせきをいつとて

     無垢地
0792 いさぎよくみがく心しくもらねば たましくよものさかひをぞ見る

     明地
0793 あきらけきあさひのかげにあたご山 雪も氷もきえぞくだくる

     焔恵地
0794 冬がれのおどろのふるえもえつきて ふきかふ風に花ぞちりしく

     難勝地
0795 あまつ風さはりしくもはふきとぢつ をとめのすがた花ににほひて

     現前地
0796 すみまさる池の心にあらはれて こがねのきしに浪ぞよせける

     遠行地
0797 さはりなくとを地をわたすはしなれば おちやふるてふたぐひだに見ず

     不動地
0798 おのかじしまもるすがたの身にそひて うごかぬみちのかためとぞなる

     善慧地
0799 はかりなき花のもろ人なびききて まさるかざりのかひぞありける

     法雲地
0800 おほぞらののりのくも地にすむ月の かぎりもしらぬひかりをぞ見る

     謌合百首 建久四年秋 三年給題今年雖憚身依別儀猶被召此哥
     詠百首和歌
                     権少将
     春

     元日宴
0801 はるくればほしのくらゐに影見えて くも井のはしにいづるたをやめ

     余寒
0802 かすみあへず猶ふる雪にそらとぢて はる物ふかきうづみ火のもと

     春水
0803 氷ゐしみづのしら浪たちかへり はるかぜしるき池のおも哉

     若草
0804 おそくとくおのがさまざまさく花も ひとつふたばのはるのわかくさ

     賭射
0805 ももしきやいでひく庭のあづさゆみ むかしにかへるはるにあふ哉

     野遊
0806 みな人のはるの心のかよひきて なれぬる野辺の花のかげ哉

     雉
0807 たつきじのなるるのはらもかすみつつ こをおもふみちやはるまどふらん

     雲雀
0808 すゑとほきわかばのしばふうちなびき ひばりなくののはるのゆふぐれ

     遊糸
0809 くりかへしはるのいとゆふいくよへて おなじみどりのそらに見ゆらん

     春曙
0810 霞かは花うぐひすにとぢられて はるにこもれるやどのあけぼの

     遅日
0811 ながめわびぬひかりのとがにかすむ日に 花さく山はにしをわかねど

     志賀山越
0812 袖の雪そらふく風もひとつにて 花ににほへるしがの山ごえ

     三月三日
0813 からひとのあとをつたふるさかづきの なみにしたがふけふもきにけり

     蛙
0814 ほのかなるかれののすゑのあらを田に かはづもはるのくれうらむなり

     残春
0815 このもとは日かず許をにほひにて 花ものこらぬはるのふるさと

     夏
     新樹
0816 影ひたす水さへ色ぞみどりなる よものこずゑのおなじわかばに

     夏草
0817 なつ山のくさばのたけぞしられぬる はる見しこ松人しひかずは

     賀茂祭
0818 雲のうへをいづるつかひのもろかづら むかふ日かげにかざすけふ哉

     鵜河
0819 をちこちにながめやかはすうかひ舟 やみをひかりのかがり火のかげ

     夏夜
0820 夏のよはなるるしみづのうき枕 むすぶほどなきうたたねのゆめ

     夏衣
0821 たづねいるならの葉かげのかさなりて さてしもかろき夏衣哉

     扇
0822 風かよふあふぎに秋のさそはれて まづてなれぬるとこの月かげ

     夕顔
0823 くれそめてくさの葉なびく風のまに かきねすずしきゆふがほの花

     晩立
0824 風わたるのきのしたくさうちしをれ すずしくにほふゆふだちのそら

     蝉
0825 あらしふくこずゑはるかになくせみの 秋をちかしとそらにつぐなる

     秋
     残暑
0826 秋きても猶ゆふ風をまつがねに 夏をわすれしかげぞたちうき

     乞巧奠
0827 あきごとにたえぬほしあひのさよふけて ひかりならぶる庭のともし火

     稲妻
0828 影やどすほどなき袖のつゆのうへに なれてもうときよひのいなづま

     鶉
0829 月ぞすむさとはまことにあれにけり うづらのとこをはらふ秋風

     野分
0830 荻の葉にかはりし風の秋のこゑ やがてのわきのつゆくだくなり

     秋雨
0831 ゆくへなき秋のおもひぞせかれぬる むらさめなびくくものをちかた

     秋夕
0832 秋よただながめすてゝもいでなまし このさとのみのゆふべとおもはゞ

     秋田
0833 いく世ともやとはこたへずかど田ふく いなばの風の秋のおとづれ

     鴫
0834 から衣すそののいほのたびまくら そでよりしぎのたつ心地する

     広沢池眺望
0835 すみきけるあとはひかりにのこれども 月こそふりねひろさはの池

     蔦
0836 あしのやのつたはふのきのむら時雨 おとこそたてね色はかくれず

     柞
0837 時わかぬ浪さへ色に泉河 ははそのもりにあらしふくらし

     九月九日
0838 いはひおきて猶なが月とちぎる哉 けふつむ菊のすゑのしらつゆ

     秋霜
0839 とけてねぬ夢地もしもにむすぼほれ まづしる秋のかたしきのそで

     暮秋
0840 ありあけの名許秋の月影に よわりはてたるむしのこゑ哉

     冬
     落葉
0841 かつをしむながめもうつる庭の色よ なにをこずゑの冬にのこさむ

     残菊
0842 しらぎくのちらぬはのこる色がほに はるは風をもうらみける哉

     枯野
0843 夢かさは野辺のちぐさのおもかげは ほのぼのなびくすすき許や

     野行幸
0844 狩衣おどろのみちもたちかへり うちちるみゆき野風さむけし

     霙
0845 この山のみねのむらくもふきまよひ まきのはつたひみぞれふりきぬ

     冬朝
0846 ひととせをながめつくせるあさといでに うすゆきこほるさびしさのはて

     寒松
0847 あらはれて又冬ごもる雪のうちに さもとしふかき松の色哉

     椎柴
0848 しゐしばは冬こそ人にしられけれ こととふあられのこすこがらし

     衾
0849 ひきかくるねやのふすまのへだてにも ひびきはかはるかねのおと哉

     仏名
0850 河竹のなびく葉風も年くれて 三世のほとけのみなをきく哉

     恋
     初恋
0851 なびかじなあまのもしほ木たきそめて けぶりはそらにくゆりわぶとも

     忍恋
0852 氷ゐるみるめなぎさのたぐひかは うへせくそでのしたのさざなみ

     聞恋
0853 もろこしの見ずしらぬ世の人許 名にのみききてやみねとや思

     見恋
0854 うしつらしあさかのぬまの草のなよ かりにもふかきえにはむすばで

     尋恋
0855 おもかげはをしへしやどにさきだちて こたへぬ風のまつにふくこゑ

     祈恋
0856 年もへぬいのるちぎりははつせ山 をのへのかねのよそのゆふぐれ

     契恋
0857 あぢきなしたれもはかなきいのちもて たのめばけふのくれをたのめよ

     待恋
0858 風つらきもとあらのこはぎ袖に見て ふけゆく夜はにおもるしらつゆ

     遇恋
0859 たふまじきあすよりのちの心地哉 なれてかなしきおもひそひなば

     別恋
0860 かはれただわかるるみちののべのつゆ いのちにむかふものもおもはじ

     顕恋
0861 よしさらば今はしのばでこひしなん おもふにまけし名にだにもたて

     稀恋
0862 年そふる見るよなよなもかさならで 我もなきなかゆめかとぞ思

     絶恋
0863 心さへ又よそ人になりはてば なにかなごりのゆめのかよひぢ

     怨恋
0864 あらざらむのちの世までをうらみても そのおもかげをえこそうとまね

     旧恋
0865 いかなりし世よのむくひのつらさにて この年月によわらざるらん

     暁恋
0866 おもかげもわかれにかはるかねのおとに ならひかなしきしののめのそら

     朝恋
0867 雲かかりかさなる山をこえもせず へだてまさるはあくる日のかげ

     昼恋
0868 おほかたの露はひるまぞわかれける わがそでひとつのこるしづくに

     夕恋
0869 こひわびてわれとながめしゆふぐれも なるれば人のかたみがほなる

     夜恋
0870 たのめぬをまちつるよひもすぎはてて つらさとぢむるかたしきのとこ

     老恋
0871 暁にあらぬ別も今はとて わが世ふくればそふおもひ哉

     幼恋
0872 葉をわかみまだふしなれぬくれ竹の こはしをるべき露のうへかは

     遠恋
0873 かなしきはさかひことなるなかとして なきたままでやよそにうかれん

     近恋
0874 なみだせくそでのよそめはならへども わすれずやともとふひまぞなき

     旅恋
0875 ふるさとをいでしにまさる涙哉 あらしの枕ゆめにわかれて

     寄月恋
0876 やすらひにいでにしままの月のかげ わがなみだのみそでにまてども

     寄雲恋
0877 時のまにきえてたなびくしらくもの しばしも人にあひ見てし哉

     寄風恋
0878 しらざりし夜ふかき風のおともにず たまくらうとき秋のこなたは

     寄雨恋
0879 さはらずはこよひぞきみをたのむべき 袖には雨の時わかねども

     寄煙恋
0880 限なきしたのおもひのゆくへとて もえんけぶりのはてや見ゆべき

     寄山恋
0881 あしひきの山地の秋になるそでは うつろふ人のあらしなりけり

     寄河恋
0882 いつかさは又はあふせをまつらがた この河かみにいへはすむとも

     寄海恋
0883 とほざかる人の心はうなばらの おきゆくふねのあとのしらなみ

     寄関恋
0884 身にたへぬおもひをすまのせきすゑて 人に心をなどとどむらん

     寄橋恋
0885 ひと心をだえのはしにたちかへり この葉ふりしく秋のかよひぢ

     寄草恋
0886 いはざりきわが身ふるやの忍草 思たがへてたねをまけとは

     寄木恋
0887 こひしなばこけむすつかにかへふりて もとのちぎりのくちやはてなん

     寄鳥恋
0888 かものゐるいり江の浪を心にて むねとそでとにさわぐこひ哉

     寄獣恋
0889 うらやまずふすゐのとこはやすくとも なげくもかたみねぬもちぎりを

     寄虫恋
0890 わすれじのちぎりうらむるふるさとの 心もしらぬ松虫のこゑ

     寄笛恋
0891 ふえ竹のただひとふしをちぎりにて 世よのうらみをのこせとや思

     寄琴恋
0892 昔きくきみがてなれのことならば ゆめにしられでねをもたてまし

     寄絵恋
0893 ぬしやたれ見ぬよのことをうつしおく ふでのすさびにうかぶおもかげ

     寄衣恋
0894 こひそめしおもひのつまの色ぞこれ 身にしむはるの花の衣手

     寄席恋
0895 わすれずはなれし袖もやこほるらん ねぬ夜のとこのしものさむしろ

     寄遊女恋
0896 心かよふゆききの舟のながめにも さしてか許物はおもはじ

     寄傀儡恋
0897 ひと夜かすのがみのさとの草枕 むすびすてける人のちぎりを

     寄海人恋
0898 袖ぞいまはをじまのあまもいさりせん ほさぬたぐひに思ける哉

     寄樵夫恋
0899 山ふかきなげ木こるをのおのれのみ くるしくまどふこひのみち哉

     寄商人恋
0900 たつの市や日をまつしづのそれならば あすしらぬ身にかへてあはまし

     正治二年八月八日追給題 同廿五日詠進之
     秋日侍太上皇仙洞同詠百首応製和歌
                     従四位上行左近衛権少将兼安芸権介臣藤原朝臣定家上
     春廿首

0901 はるきぬとけさみよしののあさぼらけ 昨日はかすむ峯の雪かは

0902 あらたまの年のあくるをまちけらし けふたにのとをいづるうぐひす

0903 はるのいろをとぶひののもりたづぬれど ふたばのわかなゆきもきえあへず

0904 もろひとの花いろ衣たちかさね みやこぞしるきはるきたりとは

0905 うち渡すをち方人はこたへねど にほひぞなのる野辺のむめがえ

0906 梅花にほひをうつすそでのうへに のきもる月のかげぞあらそふ

0907 はなのかのかすめる月にあくがれて ゆめもさだかに見えぬころ哉

0908 ももちどりこゑや昔のそれならぬ わが身ふりゆくはるさめのそら

9091 ありあけの月影のこる山のはを そらになしてもたつかすみ哉

0910 思たつ山のいくへもしらくもに はねうちかはし帰かりがね

0911 よしの山くもに心のかかるより 花のころとはそらにしるしも

0912 いつも見し松の色かははつせ山 さくらにもるるはるのひとしほ

0913 白雲のはるはかさねてたつた山 をぐらの峯に花にほふらし

0914 高砂の松とみやこにことづてよ をのへのさくらいまさかり也

0915 花の色をそれかとぞ思をとめごが そでふる山のはるのあけぼの

0916 春のおる花のにしきのたてぬきに みだれてあそぶそらのいとゆふ

0917 おのづからそこともしらぬ月は見つ くれなばなげの花をたのみて

0918 さくら花ちりしくはるの時しもあれ かへす山田をうらみてぞゆく

0919 春もをし花をしるべにやどからむ ゆかりのいろのふぢのしたかげ

0920 しのばじよ我ふりすててゆくはるの なごりやすらふあめのゆふぐれ

     夏十五首

0921 ぬぎかへてかたみとまらぬなつ衣 さてしも花のおもかげぞたつ

0922 すがのねや日かげもながくなるままに むすぶばかりにしける夏草

0923 卯花のかきねもたわにおけるつゆ ちらずもあらなんたまにぬくまで

0924 もろかづら草のゆかりにあらねども かけてまたるるほととぎす哉

0925 あやめふくのきのたちばな風ふけば むかしにならふけふのそでのか

0926 いか許み山さびしとうらむらん さとなれはつるほととぎす哉

0927 郭公しばしやすらへすがはらや ふしみのさとのむらさめのそら

0928 ほととぎすなにをよすがにたのめとて 花たちばなのちりはてぬらん

0929 たが袖を花橘にゆづりけむ やどはいく世とおとづれもせで

0930 わがしめしたま江のあしのよをへては からねど見えぬさみだれのころ

0931 夏草のつゆわけ衣ほしもあへず かりねながらにあくるしののめ

0932 片糸をよるよる峯にともす火に あはずはしかの身をもかへじを

0933 をぎのはもしのびしのびにこゑたてて まだきつゆけきせみのは衣

0934 夏か秋かとへどしらたまいはねより はなれておつるたき河の水

0935 今はとて晨明の影のまきのとに さすがにをしきみな月のそら

     秋廿首

0936 けふこそは秋ははつせの山おろしに すずしくひびくかねのおと哉

0937 白露に袖もくさばもしをれつつ 月かげならず秋はきにけり

0938 秋といへばゆふべのけしきひきかへて まだゆみはりの月ぞさびしき

0939 いくかへりなれてもかなし荻原や すゑこすかぜの秋のゆふぐれ

0940 物おもはばいかにせよとて秋のよに かかる風しもふきはじめけん

0941 唐衣かりいほのとこのつゆさむみ はぎのにしきをかさねてぞきる

0942 秋はぎのちりゆくをののあさつゆは こぼるるそでもいろぞうつろふ

0943 あきの野になみだはみえぬしかのねは わくるをがやのつゆをからなん

0944 おもふ人そなたの風にとはねども まづ袖ぬるるはつかりのこゑ

0945 ゆふべより秋とはかねてながむれど 月におどろくそらのいろ哉

0946 秋をへてくもる涙のますかがみ きよき月よもうたがはれつつ

0947 おもふことまくらもしらじ秋のよの ちぢにくだくる月のさかりは

0948 もよほすもなぐさむもただ心から ながむる月をなどかこつらん

0949 さびしさも秋にはしかじなげきつつ ねられぬ月にあかすさむしろ

0950 秋の夜のあまのとわたる月かげに おきそふしものあけがたのそら

0951 そめはつるしぐれをいまはまつむしの なくなくをしむのべのいろいろ

0952 白妙の衣してうつひびきより おきまよふしものいろにいづらん

0953 おもひあへず秋ないそぎそさをしかの つまとふ山のを田のはつしも

0954 秋くれてわが身しぐれとふるさとの 庭はもみぢのあとだにもなし

0955 あすよりは秋も嵐のおとは山 かたみとなしにちるこのは哉

     冬十五首

0956 たむけしてかひこそなけれ神奈月 もみぢはぬさとちりまがへども

0957 山めぐり猶しぐるなり秋にだに あらそひかねしまきのしたばを

0958 うらがれしあさ地はくちぬひととせの すゑばのしものふゆのよなよな

0959 冬はまだあさはののらにおくしもの ゆきよりふかきしののめのみち

0960 よしさらばよものこがらしふきはらへ ひとはくもらぬ月をだに見む

0961 おとづれしまさきのかづらちりはてて と山もいまはあられをぞきく

0962 山がつのあさけのこやにたくしばの しばしと見ればくるるそら哉

0963 冬の夜のむすばぬゆめにふしわびて わたるをがはは氷ゐにけり

0964 庭の松はらふあらしにおくしもを うはげにわぶるをしのひとりね

0965 たれを又夜ふかき風にまつしまや をじまのちどりこゑうらむ覧

0966 ながめやる衣手さむくふる雪に ゆふやみしらぬ山のはの月

0967 こまとめて袖うちはらふかげもなし さののわたりの雪のゆふぐれ

0968 白妙にたなびくくもをふきまぜて ゆきにあまぎる峯のまつかぜ

0969 庭のおもにきえずはあらねど花と見る 雪は春までつぎてふらなん

0970 いくかへりはるをばよそにむかへつつ おくる年のみ身につもるらむ

     恋十首

0971 久方のあまてる神のゆふかづら かけていくよをこひわたるらん

0972 松がねをいそべの浪のうつたへに あらはれぬべきそでのうへかな

0973 あはれとも人はいはたのおのれのみ 秋のもみぢをなみだにぞかる

0974 しのぶるはまけてあふにも身をかへつ つれなきこひのなぐさめぞなき

0975 わくらばにたのむるくれのいりあひは かはらぬかねのおとぞひさしき

0976 あか月はわかるる袖をとひがほに 山した風もつゆこぼるなり

0977 まつ人のこぬ夜のかげにおもなれて 山のはいづる月もうらめし

0978 うきはうくつらきはつらしと許も 人めおぼえて人をこひばや

0979 たれゆゑぞ月をあはれといひかねて とりのねおそきさよのたまくら

0980 見せばやなまつとせしまのわがやどを 猶つれなさはこととはずとも

     旅五首
0981 草枕ゆふつゆはらふささのはの み山もそよにいくよしほれぬ

0982 浪のうへの月をみやこのともとして あかしのせとをいづるふな人

0983 いもと我といるさの山は名のみして 月をぞしたふありあけのそら

0984 こまなづむいは木の山をこえわびて 人もこぬみのはまにかもねむ

0985 宮こ思ふ涙のつまとなるみがた 月にわれとふ秋のしほ風

     山家五首

0986 露しものをぐらの山にいへゐして ほさでもそでのくちぬべき哉

0987 秋の日にみやこをいそぐしづのめが かへるほどなきおほはらのさと

0988 浪のおとに宇治のさと人よるさへや ねてもあやふき夢のうきはし

0989 しばのとのあと見ゆ許しをりせよ わすれぬ人のかりにもぞとふ

0990 庭のおもはしかのふしどとあれはてゝ 世よふりにけり竹あめるかき

     鳥五首

0991 やどになくやこゑのとりはしらじかし おきてかひなきあかつきのつゆ

0992 手なれつつすゑ野をたのむはしたかの きみのみよにぞあはむとおもひし

0993 君が世に霞をわけしあしたづの さらにさはべのねをやなくべき

0994 如何せむつらみだれにしかりがねの たちどもしらぬ秋の心を

0995 わがきみにあぶくま河のさよちどり かきとどめつるあとぞうれしき

     祝五首

0996 よろづ世とときはかきはにたのむ哉 はこやの山のきみのみかげを

0997 あまつそらけしきもしるし秋の月 のどかなるべきくものうへとは

0998 わがきみのひかりぞそはむはるの宮 てらすあさひのちよのゆくすゑ

0999 をとこ山さしそふまつの枝ごとに 神もちとせをいはひそむらん

1000 秋津嶋よもの民の戸をさまりて いくよろづよもきみぞたもたむ

     夏日侍 千五百番哥合是也 建久元年七月進
     太上皇仙洞同詠百首応製和歌
     平出無先例如此可書由内府被披露仍随時儀 正四位下行左近衛権少将兼安芸権介臣藤原朝臣定家上
     春廿首

1001 春霞きのふをこぞのしるしとや のきばの山もとをざかるらん

1002 はるといへば花やはおそきよしの山 きえあへぬ雪のかすむあけぼの

1003 山の葉に霞許をいそげども はるにはなれぬそらの色哉

1004 やまざとは谷のうぐひすうちはぶき ゆきよりいづるこぞのふるこゑ

1005 きえなくに又やみ山をうづむ覧 わかなつむのもあは雪ぞふる

1006 谷風のふきあげにさける梅花 あまつそらなるくもやにほはむ

1007 さとわかぬ月をば色にまがへつつ よものあらしににほふうめがえ

1008 はるやあらぬやどをかごとにたちいづれど いづこもおなじかすむよの月

1009 あづまやのこやのかりねのかやむしろ しくしくほさぬはるさめぞふる

1010 まちわびぬ心づくしのはるがすみ 花のいさよふ山のはのそら

1011 桜花さきぬやいまだしらくもの はるかにかをるをはつせの山

1012 雲の浪霞のなみにまがへつつ よしのの花のおくを見ぬ哉

1013 しるしらぬわかぬかすみのたえまより あるじあらはにかをる花哉

1014 あかざりし霞の衣たちこめて 袖のなかなる花のおもかげ

1015 桜花うつろふ春をあまたへて 身さへふりぬるあさ地ふのやど

1016 さくらいろの庭のはるかぜあともなし とはばぞ人の雪とだに見む

1017 花のかも風こそよもにさそふらめ 心もしらぬふるさとのはる

1018 とまらぬはさくら許を色にいでて ちりのまよひにくるるはるかな

1019 よし野河たぎついは浪せきもあへず はやくすぎゆく花のころ哉

1020 けふのみとしひてもをらじふぢの花 さきかかる夏のいろならぬかは

     夏十五首

1021 郭公まつに心のうつるより そでにとまらぬはるの色哉

1022 まつとせし人のためとはながめねど しげる夏草みちもなきまで

1023 時しらぬさとはたま河いつとてか 夏のかきねをうづむしらゆき

1024 あふひぐさかりねののべにほととぎす 暁かけてたれをとふらん

1025 なほざりに山郭公なきすてて 我しもとまるもりのしたかげ

1026 ゆふぐれはなくねそらなるほととぎす 心のかよふやどやしるらん

1027 またれつつ年にまれなる郭公 さ月許のこゑなをしみそ

1028 けふはいとどおなじみどりにうづもれて 草のいほりもあやめふくなり

1029 あまの河やそせもしらぬさみだれに 思ふもふかき雲のみを哉

1030 袖のかを花橘におどろけば そらにありあけの月ぞのこれる

1031 ひさかたのなかなる河のうかひ舟 いかにちぎりてやみをまつらん

1032 夏衣たつた河らをきて見れば しのにおりはへ浪ぞほしける

1033 なつの月はまだよひのまとながめつつ ぬるやかはべのしのめのそら

1034 山のかげおぼめくさとにひぐらしの こゑたのまるるゆふがほの花

1035 たがみそぎおなじあさぢのゆふかけて まづうちなびくかもの河風

     秋廿首

1036 けさよりは風をたよりのしるべにて あとなき浪も秋やたつらん

1037 みづぐきのをかのくずはらふきかへし 衣手うすき秋のはつ風

1038 ゆふぐれはをののしのはらしのばれぬ 秋きにけりとうづらなくなり

1039 松の葉のいつともわかぬ影にしも いかなる色とかはる秋風

1040 つゆをおもみ人はまちえぬ庭のおもに 風こそはらへもとあらのはぎ

1041 荻原やうゑてくやしき秋風は ふくをすさびにたれかあかさむ

1042 さをしかのなくねのかぎりつくしても いかが心に秋のゆふぐれ

1043 秋きぬとそでにしらるるゆふつゆに やがてこのまの月ぞやどかる

1044 松虫の声をとびゆく秋ののに つゆたづねける月の影哉

1045 思いれぬ人のすぎゆく野山にも 秋は秋なる月やすむらん

1046 たかさごのをのへのしかの声たてし 風よりかはる月のかげ哉

1047 心のみもろこしまでもうかれつつ ゆめ地にとほき月のころ哉

1048 紅葉する月のかつらにさそはれて したのなげ木もいろぞうつろふ

1049 行く秋をちぢにくだけてすぎぬらん わが身ひとつを月にうれへて

1050 秋とだにわすれむと思ふ月かげを さもあやにくにうつ衣哉

1051 ひとりぬる山どりのをのしだりをに 霜おきまよふ床の月かげ

1052 如何せんきほふ木のはの木枯に たえず物おもふ長月のそら

1053 さをしかのふすや草むらうらがれて したもあらはに秋風ぞふく

1054 いはしろのの中さえゆく松風に むすびそへつる秋のはつしも

1055 冬はただあすかの里のたびまくら おきてやいなん秋の白露

     冬十五首

1056 秋くれしもみぢのいろをかさねても 衣かへうきけふのそら哉

1057 ふゆきぬと時雨のおとにおどろけば めにもさやかにはるるこのもと

1058 のこる色もあらしの山の神奈月 ゐせきの浪におろすくれなゐ

1059 かれはつる草のまがきはあらはれて いはもる水をうづむもみぢ葉

1060 しをれ葉やつゆのかたみにおくしもも 猶あらしふく庭のよもぎふ

1061 花すすき草のた本もくちはてぬ なれてわかれし秋をこふとて

1062 しぐれこしきしの松かげつれもなく すむにほどりの池のかよひぢ

1063 まきのやに時雨あられはよがれせで こほるかけひのおとづれぞなき

1064 これやさは秋のかたみのうらならん かはらぬ色をおきの月かげ

1065 浦風にやくしほけぶりふきまよひ たなびく山の冬ぞさびしき

1066 なく千鳥袖のみなとをとひこかし もろこし舟もよるのねざめに

1067 ことぞともなくてことしもすぎのとの あけておどろくはつゆきのそら

1068 かたしきのとこのさむしろこほる夜に ふりかしぐらん峯の白雪

1069 雪ふかきまののかやはらあとたえて またこととほしはるのおもかげ

1070 やどごとにはるのかすみをまつとてや 年をこめてはいそぎたつらむ

     祝五首

1071 あめつちとかぎりながれとちかひおきし 神のみことぞわかき君のため

1072 さねこしのさか木にかけしかがみにぞ きみがときはのかげは見えけん

1073 わが道をまもらば君をまもるらん よはひはゆづれ住吉の松

1074 万代の春秋きみになづさはむ はなと月とのすゑぞひさしき

1075 よものうみもけぶりにぎはふはまびさし ひさしきちよにきみぞさかえむ

     恋十五首

1076 あふことのまれなる色やあらはれん もりいでてそむる袖のなみだに

1077 たれか又物思ことはをしへおきし 枕ひとつをしる人にして

1078 こひしさのわびていざなふよひよひに ゆきてはかへるみちのささはら

1079 かたいとのあふとはなしにたまのをも たえぬ許ぞ思みだるる

1080 きえわびぬうつろふ人の秋の色に 身をこがらしのもりのしたつゆ

1081 夢なれやをののすがはらかりそめに つゆわけし袖は今もしほれて

1082 たづね見るつらき心のおくの海よ しほひのかたのいふかひもなし

1083 人ごころかよふただちのたえしより うらみぞわたるゆめのうきはし

1084 おもかげはなれしながらの身にそひて あらぬ心のたれちぎるらん

1085 おもひいでよたがきぬぎぬのあかつきも わがまたしのぶ月ぞ見ゆらん

1086 わすれねよこれはかぎりぞと許の 人づてならぬ思いでもうし

1087 はてはただあまのかるもをやどりにて まくらさだむるよひよひぞなき

1088 かれぬるはさぞなためしとながめても なぐさまなくにしものしたくさ

1089 時つ風ふけひのうらにあがひても たがためにかは身をもをしみし

1090 久方の月ぞかはらでまたれける 人にはいひし山のはのそら

     雑十首

1091 おほかたの月もつれなきかねのおとに 猶うらめしきありあけのそら

1092 たつけぶり野山のすゑのさびしさは 秋ともわかずゆふぐれのそら

1093 いく世へぬかざしをりけんいにしへに 三わのひばらのこけのかよひぢ

1094 こまとめしひのくま河の水きよみ 夜わたる月の影のみぞ見る

1095 そらにふくおなじ風こそこゑたつれ 峯の松がえあらいその浪

1096 あさゆふはたのむとなしにおほぞらの むなしきくもをうちながめつつ

1097 そなれ松しづえやためしおのれのみ かはらぬいろに浪のこゆらん

1098 年ふればしもよのやみになくつるを いつまでそでのよそにききけん

1099 いたづらにあたらいのちをせめきけむ ながらへてこそけふにあひぬれ

1100 わかのうらにかひなきもくづかきつめて 身さへくちぬと思ける哉

     内大臣家百首 建保三年九月十三日夜講
     詠百首和歌            参議

     春十首

     早春
1101 うぐひすもまだいでやらぬはるのくも ことしともいはず山風ぞ吹

     春雪
1102 あはゆきの今もふりしくときは山 おのれきえてやはるをわくべき

     野鴬
1103 春くればのべにまづさく花のえを しるべにきゐるうぐひすのこゑ

     海霞
1104 かざすてふ浪もてゆへる山やそれ 霞ふきとけすまのうら風

     関霞
1105 しるしらぬ相坂山のかひもなし 霞にすぐるせきのよそめは

     朝若菜
1106 たがためとまだあさしものけぬがうへに そでふりはへてわかなつむらん

     庭梅
1107 袖ふれしやどのかたみのむめがえに のこるにほひよはるをあらすな

     夜梅
1108 ひさかたの月やはにほふむめの花 そらゆくかげをいろにまがへて

     夕帰雁
1109 くれぬなり山本とほきかねのおとに 峯とびこえてかへるかりがね

     栽花
1110 ふりはつる身にこそまたねさくら花 うへおくやどのはるなわすれそ

     待花
1111 霞たつ山のやまもりことづてよ いくかすぎての花のさかりと

     尋花
1112 鳥の声霞の色をしるべにて おもかげにほふはるの山ぶみ

     翫花
1113 かざしをる花の色かにうつろひて けふのこよひにあかぬもろ人

     惜花
1114 きえずともあすは雪とや桜花 くれゆくそらをいかにとどめん

     残春
1115 春はただ霞許の山のはに 暁かけて月いづるころ

     夏十首

     首夏
1116 あはれをもあまたにやらぬ花のかの 山もほのかにのこるみか月

     夏草
1117 さゆり葉にまじる夏草しげりあひて しられぬ世にぞくちぬと思し

     初郭公
1118 山のはのあさけのくもにほととぎす まださとなれぬこぞのふるこゑ

     嶺郭公
1119 よそにのみききかなやまむ郭公 たかまの山のくものをちかた

     杜郭公
1120 ほととぎすこゑあらはるる衣手の もりのしづくを涙にやかる

     池菖蒲
1121 さ月きぬのきのあやめのかげそへて まちしいつかとにほふ池水

     山五月雨
1122 峯つづきくものただちにまどとぢて とはれむものかさみだれのそら

     故郷橘
1123 たちばなの袖のかばかり昔にて うつりにけりなふるきみやこは

     沢蛍
1124 せりつみしさはべのほたるおのれ又 あらはにもゆとたれに見すらん

     樹陰納涼
1125 はつせのやゆつきがしたにかくろへて 人にしられぬ秋風ぞ吹

     秋十五首

     初秋
1126 あぢきなくさもあらぬ人のねざめまで 物思そむる秋のはつ風

     行路萩
1127 秋はぎのゆくてのにしきこれも又 ぬさもとりあへぬたむけにぞをる

     山家虫
1128 松虫の声もかひなしやどながら たづねばくさのつゆの山かげ

     夕荻
1129 人ごころいかにしをれどをぎのはの 秋のゆふべにそよぎそめけん

     谷鹿
1130 さをしかのあさゆくたにのたまかづら おもかげさらすつまやこふらん

     原鹿
1131 みかのはらくにのみやこの山こえて むかしやとほきさをしかのこゑ

     島月
1132 秋は又ぬれこし袖のあひにあひて をじまのあまぞ月になれける

     江月
1133 あかす夜は入江の月の影許 こぎいでし舟のあとのうき浪

     浦月
1134 ひさかたの月のひかりを白妙に しきつのうらの浪の秋風

     橋月
1135 はるかなる峯の梯めぐりあひて ほどはくもゐの月ぞさやけき

     河月
1136 ひかりさすたましま河の月きよみ をとめの衣そでさへぞてる

     暁擣衣
1137 ながき夜をつれなくのこる月のいろに おのれもやまず衣うつなり

     遠村紅葉
1138 山本の紅葉のあるじうとけれと つゆもしぐれもほどは見えけり

     古寺紅葉
1139 そばたつる枕におつるかねのおとも もみぢをいづる峯の山でら

     暮秋
1140 あさなあさなあへずちりしくくずのはに おきそふしもの秋ぞすくなき

     冬十首

     田家時雨
1141 かりのこす田のものくももむらむらに しぐれてはるる冬はきにけり

     野径霜
1142 あさしもの花ののすすきおきてゆく をちかた人のそでかとぞ見る

     水郷寒蘆
1143 冬の日のみじかきあしはうらがれて 浪のとまやに風ぞよわらぬ

     寒夜千鳥
1144 浦千鳥方もさだめずこひてなく つまふく風のよるぞひさしき

     湖氷
1145 鏡山夜わたる月もみがかれて あくれどこほるしがのうら波

     林雪
1146 はやしあれて秋のなさけも人とはず 紅葉をたきしあとの白雪

     深更霰
1147 あけ方もまだとほ山のこがらしに あられふきまぜなびくむらくも

     浜雪
1148 大伴の御津のはま風ふきはらへ 松とも見えじうづむ白雪

     岡雪
1149 けさは又あとかきたゆる水ぐきの をかのやかたの雪のふりはも

     歳暮
1150 ゆく年よ今さへおくりむかふてふ 心ながさをいかに見るらん

     恋廿五首 寄名所

1151 世とともに吹上の浜のしほ風に なびくまさごのくだけてぞおもふ

1152 くるる夜は衛士のたく火をそれと見よ むろのやしまもみやこならねば

1153 住の江の松のねたくやよる浪の よるとはなげくゆめをだに見で

1154 かひがねにこの葉ふきしく秋風も 心の色をえやはつたふる

1155 龍田山ゆふつけ鳥のおりはへて わが衣手に時雨ふるころ

1156 わが袖にむなしき浪はかけそめつ 契もしらぬとこのうら風

1157 しられじな霞のしたにこがれつつ きみにいぶきのさしもしのぶと

1158 葦の屋に蛍やまがふあまやたく おもひもこひもよるはもえつつ

1159 白玉のをだえのはしの名もつらし くだけておつるそでの涙に

1160 今よりのゆききもしらぬあふさかに あはれなげ木のせきをすゑつる

1161 玉匣あくればゆめのふたみがた ふたりやそでの浪にくちなん

1162 あらはれて袖のうへゆく名とり河 今はわが身にせく方もなし

1163 思いづるのちの心にくらぶ山 よそなる花の色はいろかは

1164 如何せんうらのはつしまはつかなる うつつののちはゆめをだに見ず

1165 たのめおきしのちせの山のひとことや こひをいのりのいのちなりける

1166 たづねぬは思し三わの山ぞかし わすれねもとのつらきおもかげ

1167 さとの名を身にしる中のちぎりゆゑ 枕にこゆる宇治の河波

1168 やすらひにいでけん方もしらとりの とば山松のねにのみぞなく

1169 しるべせよむしあけのせとの松の風 ほかゆく浪のしらぬわかれに

1170 かたみこそあだのおほののはぎのつゆ うつろふ色はいふかひもなし

1171 袖のうらがりにやどりし月草の ぬれてののちを猶やたのまむ

1172 わすれがひそれも思ひのたねたえて 人を見ぬめのうらみてぞぬる

1173 いのちだにあらばあふせをまつら河 かへらぬ浪もよとめとぞ思

1174 ま木のはのふかきをすての山におふる こけのしたまで猶やうらみむ

1175 わすられぬままのつぎはしおもひねに かよひし方は夢に見えつつ

     雑廿五首
     旅五首 春 夏 秋 冬 暁

1176 時のまも人を心におくらさで 霞にまじるはるの山もと 但名所白河関忘却

1177 山地ゆく雲のいづこのたびまくら ふすほどもなき月ぞあけゆく

1178 草のいほやくるる夜ごとの秋風に さそはれわたるたびのつゆけさ

1179 しきたへの衣手かれていくかへぬ くさをふゆののゆふぐれのそら

1180 おもかげにあらぬ昔もたちそひて 猶しののめぞたびはかなしき

     述懐五首 山 河 海 里 関

1181 くるとあくと思し月日すぎのいほの 山地つれなく年はへにけり

1182 きえせねばあはれいくよのおもひ河 むなしくこえしせぜのうき波

1183 海渡るうらこぐ舟のいたづらに いそぢをすぎてぬれし浪哉

1184 あれまくや伏見のさとのいでがてに うきをしらでぞけふにあひぬる

1185 今は又関のふぢ河たえずとも くににむくいむためをこそおもへ

     祝五首 天 日 月 星 雲

1186 くもりなきみどりのそらをあふぎても きみがやちよをまづいのる哉

1187 みかさ山まつのこのまをいづる日の さしてちとせの色は見ゆらん

1188 秋の月ひさしきやどにかげなびく まがきの竹はよろづよやへむ

1189 くもりなき千世のかずかずあらはれて ひかりさしそへほしのやどりに

1190 山人のよはひをきみのためしにて ちとせのさかにかかるしらくも

     神祇五首
     伊勢 石清水 賀茂 春日 住吉

1191 身をしればいのるにはあらでたのみこし いすず河波あはれかけけり

1192 石清水月には今もちぎりおかむ みたびかげ見し秋のなかばを

1193 神も見よかもの河なみゆきかへり つかふるみちにわけぬ心を

1194 いのりおきしいかなるすゑにかすが山 すててひさしきあとのこりけん

1195 かたばかり我はつたへしわがみちの たえやはてぬるすみよしの神

     釈教五首
     大日 釈迦 阿弥陀 薬師 弥勒

1196 あまつそらひかりをわかつよつの身に なにの草木ももるるものかは

1197 きさらぎのなかばのそらをかたみにて はるのみやこをいでし月かげ

1198 ここのへの花のうてなをさだめずは けぶりのしたやすみかならまし

1199 とをあまりふたつのちかひきよくして みがけるたまのひかりをぞしく

1200 花にほふ四つのおほぞらとほからで あか月またぬあふことも哉

     内裏百首 名所 依未被行中殿宴猶為密儀
     初冬同詠百首和謌
                    参議藤原定家
     春廿首

     音羽河
1201 おとは河雪げの浪もいはこえて せきのこなたにはるはきにけり

     玉嶋河
1202 うめがかやまづうつるらむかげきよき たましまがはの花のかがみに

     高砂
1203 それながらはるはくもゐにたかさごの 霞のうへの松のひとしほ

     春日野
1204 わかなつむとぶひののもりかすがのに けふふるあめのあすやまつらん

     三輪山
1205 いかさまにまつともたれか三わの山 人にしられぬやどのかすみは

     葛木山
1206 あをやぎのかつら木山のながき日は そらもみどりにあそぶいとゆふ

     手向山
1207 たつ嵐いづれの神にたむけ山 花の錦の方もさだめず

     伊勢海
1208 いせのうみたまよる浪にさくらがひ かひあるうらのはるの色哉

     志賀浦
1209 さざなみやしがのはなぞのかすむ日の あかぬにほひにうら風ぞふく

     三嶋江
1210 みしま江の波にさをさすたをやめの はるの衣の色ぞうつろふ

     塩釜浦
1211 しほがまやうらみてわたるかりがねを もよほしがほにかへる浪哉

     宇津山
1212 うつの山わがゆくさきもこととほき つたのわかばにはるさめぞふる

     芦屋里
1213 あしのやのわがすむ方のおそざくら ほのかにかすむかへるさのそら

     吹上浜
1214 けふぞ見るかざしのなみの花のうへに いとはぬ風のふきあげのはま

     湯等三崎
1215 花とりのにほひもこゑもさもあらばあれ ゆらのみさきのはるのひぐらし

     忍山
1216 いはつつじいはでやそむるしのぶ山 心のおくの色をたづねて

     水無瀬河
1217 春の色をいくよろづ世かみなせがは かすみのほらのこけのみどりに

     大淀浦
1218 つらからぬ松もこふらくおほよどの 霞ばかりにかかるうらなみ

     田籠浦
1219 たごのうらのなみもひとつにたつくもの 色わかれゆくはるのあけぼの

     末松山
1220 あづさゆみすゑの松山はるはただ けふまでかすむなみのゆふぐれ

     夏十首

     大井河
1221 おほ井河かはらぬゐせきおのれさへ 夏きにけりところもほすなり

     篠田杜
1222 道のべの日かげのつよくなるままに ならすしのだのもりのしたかげ

     猪名野
1223 みじかよのゐなのささはらかりそめに あかせばあけぬやどはなくとも

     御裳濯河
1224 月やどるみもすそ河の郭公 秋のいくよもあかずやあらまし

     伊香保沼
1225 唐衣かくるいかほのぬま水に けふはたまぬくあやめをぞひく

     天香久山
1226 五月雨はあまのかぐ山そらとぢて くもぞかかれる峯のまさかき

     大江山
1227 ゆふすずみおほえの山のたまかづら 秋をかけたるつゆぞこぼるる

     難波江
1228 おしてるやなにはほり江にしくたまの よるのひかりはほたるなりけり

     美豆御牧
1229 渡するをちかた人のそでかとや みづのにしろきゆふがほの花

     松浦山
1230 せみのはの衣に秋をまつらがた ひれふる山のくれぞすずしき

     秋廿首

     泊瀬山
1231 はつせめのならすゆふべの山風も 秋にはたへぬしづのをだまき

     龍田山
1232 心あてのおもひのいろぞたつた山 けさしもそめし木ぎのしらつゆ

     陬磨浦
1233 たび衣まだひとへなるゆふぎりに けぶりふきやるすまのうら風

     宮城野
1234 秋にあひて身をしる雨としたつゆと いづれかまさる宮木ののはら

     水茎岡
1235 水ぐきのをかのまくずをあまのすむ さとのしるべと秋風ぞふく

     小倉山
1236 をぐら山秋のあはれやのこらまし をじかのつまのつれなからずは

     宇治河
1237 河波もまつよひすぎばとほざかれ やそうぢ人の秋の枕に

     常磐杜
1238 はつかりのきなくときはのもりの露 そめぬしづくも秋は見えけり

     三宝山
1239 みむろ山しぐれもやらぬくものいろの おのれうつろふ秋のゆふぐれ

     高円野
1240 おほぞらにかかれる月もたかまどの のべにくまなきくさのうへのつゆ

     伊駒山
1241 いこま山あらしも秋のいろにふく てぞめのいとのよるぞかなしき

     生田池
1242 しぐれゆくいくたのもりのこがらしに 池のみくさも色かはるころ

     浄見関
1243 きよみがたひまゆくこまもかげうすし 秋なき浪の秋のゆふぐれ

     武蔵野
1244 たがかたによるなくかりのねにたてて なみだうつろふむさしののはら

     伊吹山
1245 秋をやく色にぞ見ゆるいぶき山 もえてひさしきしたのおもひも

     佐良之奈里
1246 はるかなる月のみやこにちぎりありて 秋のよあかすさらしなのさと

     白河関
1247 しら河のせきのせきもりいさむとも しぐるる秋の色はとまらじ

     野嶋崎
1248 おもかげはひもゆふぐれにたちそひて のじまによする秋のうら波

     明石浦
1249 灯のあかしのおきのとも舟も ゆく方たどる秋のゆふぐれ

     阿武隈河
1250 たちくもるあぶくま河のきりのまに 秋をはやらぬせきもすゑなむ

     冬十首

     清瀧河
1251 おとまがふこのは時雨をこきまぜて いはせにそむるきよたきのなみ

     小塩山
1252 あさしももしらゆふかけておほはらや をしほの山に神まつるころ

     住吉浦
1253 あは地しまむかひのくものむらしぐれ そめもおよばぬすみよしの松

     交野
1254 かり人のかたののみゆきうちはらひ とよのあかりにあはむとやする

     田蓑嶋
1255 おきあかすしもぞかさなるたび衣 たみののしまはきてもかひなし

     有乳山
1256 あらち山みねのこがらしさきたてて くものゆくてにおつる白雪

     浮嶋原
1257 ふじのねにめなれし雪のつもりきて おのれ時しるうきしまがはら

     安達原
1258 そなたより霞やしたにいそぐらん あだちのまゆみはるはとなりと

     因幡山
1259 きのふかも秋のたのもにつゆおきし いなばの山も松の白雪

     鏡山
1260 かがみ山うつれる浪のかげながら そらさへこほるありあけの月

     恋廿首

     伏見里
1261 ふえ竹のふしみのさとは名のみして いづれのよにかねをもたつべき

     霞浦
1262 はるがすみかすみのうらをゆく舟の よそにも見えぬ人をこひつつ

     石瀬松
1263 かみなびのいはせのもりのいはずとも しれかししたにつもるくちばを

     筑波山
1264 あしほ山やまず心はつくばねの そがひにだにも見らくなきころ

     袖浦
1265 そでのうらたまらぬたまのくだけつつ よせてもとほくかへる浪哉

     益田池
1266 人心いとどますだの池水に うへはしげれる名をうらみつつ

     高師浜
1267 あだなみのたかしのはまのそなれ松 なれずはかけてわれこひめやも

     阿波手杜
1268 かたいとのあだのたまのをよりかけて あはでのもりにつゆきえねとや

     志賀須加渡
1269 秋風になくねをたつるしかすがの わたりし浪におとるそでかは

     浜名橋
1270 あづまぢやはまなのはしにひくこまも さぞまちわたるあふさかのせき

     礒間浦
1271 梓弓いそまのうらにひくあみの めにかけながらあはぬこひ哉

     守山
1272 終夜夢さへ人めもる山は うちぬるなかをたのみやはする

     佐野布奈橋
1273 ことづてよさののふなはしはるかなる よそのおもひにこがれわたると

     安積沼
1274 如何せんあさかのぬまにおふときく くさばにつけておつる涙を

     松嶋
1275 ふくる夜を心ひとつにうらみつつ 人まつしまのあまのもしほ火

     緒絶橋
1276 ことのねも嘆くははるちぎりとて をだえのはしになかもたえにき

     三熊野浦
1277 時のまのよはの衣のはまゆふや なげきそふべきみくまののうら

     鳴海浦
1278 よそ人になるみの海のやへがすみ わすれずとてもへだてはててき

     二見浦
1279 ふたみがたいせのはまをぎしきたへの 衣手かれてゆめもむすばず

     名取河
1280 なとり河心にくたすむもれ木の ことわりしらぬそでのしがらみ

     雑廿首

     芳野河
1281 よしの河いはとがしはをこす浪の ときはかきはぞわがきみのみよ

     鈴鹿河
1282 すずかがはやそせふみわたるみてぐらも きみが世ながく千世の長月

     不尽山
1283 あまのはらふじのしば山しばらくも けぶりたえせず雪もけなくに

     還山
1284 いかばかりふかきなかとてかへる山 かさなる雪をとへとまつらん

     海橋立
1285 むばたまの夜わたる月のすむさとは げにひさかたのあまのはしだて

     明日香河
1286 さざれいしはいはほとなりてあすか河 ふちせのこゑをきかぬみよ哉

     鳥羽
1287 すゑとほきとばたの南しめしより いく世の花にみゆきふるらん

     辰市
1288 しきしまのみちにわが名はたつのいちや いざまだしらぬやまとことのは

     吹飯浦
1289 こすなみにわが世ふけゐのうらみきて うちぬるゆめもこのころぞ見る

     布引瀧
1290 ぬのびきのたきにたもとをあらそひて わが年波のいづれたかけん

     長柄橋
1291 さもあらばあれなのみながらのはしばしら くちずはいまの人もしのばじ

     玉河里
1292 手づくりやさらすかきねのあさつゆを つらぬきとめぬたま河のさと

     生浦
1293 なにゆゑかそこのみるめもおふのうらに あふことなしのなにはたつらん

     佐夜中山
1294 関の戸をさそひし人はいでやらで ありあけの月のさやの中山

     嵯峨野
1295 むすびおきし秋のさがののいほりより とこはくさばのつゆになれつつ

     角太河
1296 水ぐきのあとかきながすすみだ河 ことづてやらむ人もとひこず

     志加麻市
1297 はれぬまにまづあさぎりをたちこめて しかまのいちにいづるさと人

     若浦
1298 よりくべき方もなぎさのもしほ草 かきつくしてしわかのうら波

     相坂関
1299 きみに猶あふさか山もかひぞなき すぎのふる葉にいろし見えねば

     御津浜松
1300 まちこひし昔は今もしのばれて かたみひさしきみつのはま松

     春日同詠百首応製和歌
             参議従三位行治部卿兼侍従伊予権守臣藤原朝臣定家上
     春廿首

1301 はるがすみたつやと山のあしたより さきあへぬ花を雪とやは見る

1302 あさひさすかすがのをののおのづから まづあらはるる雪のしたくさ

1303 あしがきはまぢかき冬の雪ながら ひらけぬ梅にうぐひすぞなく

1304 梅花にほふやいづこくもかかる み山の松はゆきもけなくに

1305 むばたまの夜のまの風のあさといでに おもふにすぎてにほふ梅がえ

1306 くるとあくとめかれぬ花にうぐひすの なきてうつろふこゑなをしへそ

1307 あらたまのこけのみどりにはるかけて 山のしづくも時はしりけり

1308 浅緑霞たなびく山がつの 衣はるさめ色にいでえつつ

1309 あをによしならのみやこの玉柳 色にもしるくはるはきにけり

1310 峯の雪とくらむ雨のつれづれと 山辺もよほす花のしたひも

1311 昨日けふ山のかひよりしらくもの たつたのさくら今かさくらむ

1312 みよしののよしのは花のやどぞかし さてもふりせずにほふ山哉

1313 桜花さきぬるころはやまながら いしまゆくてふ水のしら浪

1314 ももちどりさへづるはるのかずかずに いくよの花の見てふりぬらむ

1315 花の色にひとはるまけよかへるかり ことしこしぢのそらたのめして

1316 ながめつつかすめる月はあけはてぬ 花のにほひもさとわかぬころ

1317 山の葉をわきてながむる春の夜に 花のゆかりのありあけの月

1318 ちる花のつれなく見えしなごりとて くるるもをしくかすむ山かげ

1319 色まがふのべのふぢなみ袖かけて みかりの人のかざしをるらし

1320 とはばやな花なきさとにすむ人も はるはけふとや猶ながむらん

     夏十五首

1321 春の色にせみのは衣ぬぎかへて はつこゑおそき郭公哉

1322 しのばるるときはの山のいはつつじ はるのかたみのかずならねども

1323 物ごとにしぐれのわきし松の色を ひとつにそむる夏のあめ哉

1324 郭公たびなるけさのはつこゑに まつさと見えよのきの橘

1325 ほととぎす心づくしの山の葉を またぬにいづるいざよひの月

1326 いたづらにくもゐる山のまつのはの 時ぞともなき五月雨のそら

1327 あやめ草ふくやさ月のながきひに しばしをやまぬのきの玉水

1328 秋たたむいなばの風をいそぐとて みしふにまじる田ごの衣手

1329 あたらしやうかはのかがりさしはへて いとふかはせのありあけの月

1330 さゆりばのしられぬこひもある物を 身よりあまりてゆくほたる哉

1331 よそへてのかひこそなけれまつ人は こずのとこ夏花にさけども

1332 夏衣かとりのうらのうたたねに 浪のよるよるかよふ秋風

1333 このまもるかきねにうすきみか月の 影あらはるるゆふがほの花

1334 ゆふだちの雲ふく風の時のまに 露ほしはつるをののしのはら

1335 あすかがはゆくせの浪にみそぎして はやくぞ年のなかばすぎぬる 此哥忘却但故殿御哥後年見付可恥

     秋廿首

1336 さらぬだにあだにちるてふさくらあさの 露もたまらぬ秋のはつ風

1337 たなばたの手だまもゆらにおるはたを をりしもならふむしのこゑ哉

1338 わがやどは萩のしらつゆあともなし たれかはとはむ野辺のふるみち

1339 おほかたにつもれば人のと許に ながめし月も袖やぬれけん

1340 あはれのみいやとしのはに色まさる 月とつゆとののべのささはら

1341 秋の月河おとすみてあかす夜に をちかた人のたれをとふらん

1342 袖のうへに思いれじとしのべども たえずやどかる月のかげ哉

1343 あづまやののきのほどなきいたびさし いたくも月になれにけるかな

1344 まどろまでながむる月のあけがたに ねざめやすらむ衣うつなり

1345 おきてゆくたがかよひぢのあさつゆぞ 草のたもともしほるばかりに

1346 さをしかのしからむはぎも時すぎて かれゆくをのをらうみてぞなく

1347 ひきむすぶかりほのいほも秋くれて 嵐によわき松むしのこゑ

1348 秋の色のめにさやかなるふるさとに なきてうづらのたれしのぶらん

1349 おろかなるつゆやくさばにぬくたまを 今はせきあへぬはつしぐれ哉

1350 かりがねの涙のつゆのたまながら ぬきもさだめずおるにしき哉

1351 もる山のしぐれぬ秋を見てしがな 心づからやもみぢはつると

1352 ちぎりありてうつろはむとや白菊の 紅葉のしたのはなにさきけん

1353 なが月の紅葉の山のゆふしぐれ はるるひかげもくもはそめけり

1354 泉河日もゆふぐれのこまにしき かたえおちゆく秋のもみぢば

1355 このはもて風のかけたるしがらみに さてもよどまぬ秋のくれ哉

     冬十五首

1356 こがらしのもりのこずゑのあさなあさな なにあらはるる神奈月哉

1357 風さむみみほのうらべをこぐ舟に 山のこの葉のきほひがほなる

1358 とまらじなよもの時雨のふるさとと なりにしならの霜のくちばは

1359 かささぎのはがひの山の山かぜの はらひもあへぬしものうへの月

1360 にほどりはたまものやどもかれなくに たのみしあしぞあをばまじらぬ

1361 冬草をむすぶもあだにあかす夜の 枕もしらずあられふるなり

1362 色見えぬ冬の嵐の山風に 松のかれはぞ雨とふりける

1363 ならしばもかれゆくきぎす影をなみ たつやかりばのおのがありかを

1364 はままつのねられぬ浪のとまやがた 猶こゑそふるさよちどり哉

1365 身をしをるすみのやすきをうれへにて 氷をいそぐあさの衣手

1366 なにはがたもとよりまがふみだれあしの ほずゑをしなみはつ雪ぞふる

1367 あけぬとていでつる人のあともなし ただ時のまにつもるしらゆき

1368 とはるるをたれ許とやながむ覧 雪のあしたのいはのかけみち

1369 いとどしくふりそふ雪にだにふかみ しられぬ松のうづもれぬらん

1370 むかひゆくむそぢのさがのちかければ あはれもゆきも身につもりつつ

     恋十五首

1371 今ぞおもふいかなる月日ふじのねの 峯にけぶりのたちはじめけん

1372 きのふけふくものはたてをながむとて 見もせぬ人の思やはしる

1373 はつかりのとわたる風のたよりにも あらぬおもひをたれにつたへむ

1374 まどろまぬしもおくよはのももはがき はねかくしぎのくだけてぞなく

1375 終夜月にうれへてねをぞなく いのちにむかふ物思ふとて

1376 くるる夜はおもかげ見えてたまかづら ならぬこひする我ぞかなしき

1377 袖のうへもこひぞつもりてふちとなる 人をば見ねのよそのたきつせ

1378 いかにしてむかひのをかにかるくさの つかのまにだにつゆの影見む

1379 如何せん浪こす袖にちるたまの かずにもあらぬしづのをだまき

1380 夢といへどいやはかななる春の夜に まよふただ地は見てもたのまず

1381 いしばしるたきある花のちぎりにて さそはばつらし春の山かぜ

1382 わくらばにかよふ心のかひもあらじ たのむよしののかざしばかりは

1383 ねにたつるかけのたれおのたれゆゑか みだれて物は思そめてし

1384 秋ののにをばなかりふくやどよりも そでほしわぶるけさのあさつゆ

1385 したひものゆふてもたゆきかひもなし わするるくさをきみやつけけむ

     雑十五首

1386 あけぬとてゆふつけどりのこゑすなり たれか別のそでぬらすらん

1387 ながめするけふもいりあひのかねのおとに すぎゆくかたを身にかぞへつつ

1388 山ざとは猶さびしとぞたちかへる あくればいそぐ心やすまで

1389 よそにのみみ山のすぎのつれもなく もとの心はあらずなりつつ

1390 それもうとし心なぐさむうみ山は 身のよるべとも思ならはで

1391 心からいきうしといひてかへるとも いさめぬせきをいでぞわづらふ

1392 かきやればけぶりたちそふもしほぐさ あまのすさびにみやここひつつ

1393 浪枕はまかぜしろくやどる月 そでのわかれのかたみがほなる

1394 人もわかず山地しぐれてゆくくもを ともなふみねのそでのしづくは

1395 たまぼこやたびゆく人はなべて見よ くにさかへたる秋つしま哉

1396 きみが世のあめのうるひはひろけれど 我ぞめぐみの身にあまりぬる

1397 いかにしてくちにしたにのこのもとに みちあるみよのはるをまちけん

1398 紫の色こきまではしらざりき みよのはじめのあまのは衣

1399 わかのうらになきてふりにししものつる このころ見えて心やすめて

1400 いのりおきしわがふるさとのみかさ山 きみのしるべを猶おもふ哉

     先撰二百首之愚哥有結番事
     仍可謂拾其遺又養和元年全百首
     之初学建保四年書三巻之家
     集彼是之間再居拾遺之官
     故為此草名
     建保四年三月十八日書之
                     参議治部卿兼侍従藤(花押)

     関白左大臣家百首 貞永元年四月
     詠百首和歌
                     権中納言定家

     霞

1401 しらざりき山よりたかきよはひまで はるのかすみのたつを見むとも

1402 みよし野は春のかすみのたちどにて きえぬにきゆる峯の白雪

1403 いつしかと宮こののべはかすみつつ わかなつむべきはるはきにけり

1404 たづぬともあひ見むものかはるきては ふかき霞のうらのはつしま

1405 いくはるのかすみのしたにうづもれて おどろのみちのあとをとふらむ

     桜

1406 ちはやぶる神世のさくらなにゆゑに よしのの山をやどとしめけむ

1407 さくらばなまちいづるはるのうちをだに こふる日おほくなどにほふらん

1408 たづね見る花のところもかはりけり 身はいたづらのながめせしまに

1409 くものうへちかきまもりにたちなれし みはしの花のかげぞこひしき

1410 庭のおもは柳さくらをこきまぜむ はるのにしきのかずならずとも

     暮春

1411 かずまさるわがあらたまの年ふれば ありしよりけにをしきはる哉

1412 雪とふる花こそぬさのかどでして したふあとなきはるのかへるさ

1413 にほふより春はくれゆく山ぶきの 花こそはなのなかにつらけれ

1414 ちるはなのくものはやしもあれはてて いまはいくかのはるものこらじ

1415 わすられぬやよひのそらのうらみより はるのわかれぞ秋にまされる

     郭公

1416 たれしかもはつねきくらむ郭公 またぬ山地に心つくさで

1417 ほととぎすおのがさ月をつれもなく 猶こゑをしむ年もありけり

1418 山かづらあけゆくくもにほととぎす いづるはつねもみねわかるなり

1419 あぢきなきをちかた人の郭公 それともわかぬのべのゆふぐれ

1420 袖のかの花にやどかれほととぎす 今もこひしきむかしとおもはば

     五月雨

1421 ぬきもあへずこぼるるたまのをはたえぬ さみだれそむるのきのあやめに

1422 五月雨の日かずもくももかさなれば 見らくすくなきよもの山のは

1423 さみだれのくものまぎれに中たえて つづきも見えぬ山のかけはし

1424 三わの山さ月のそらのひまなきに ひばらのこゑぞ雨をそふなる

1425 たまぼこやかよふただ地も河と見て わたらぬなかのさみだれのころ

     早秋

1426 くれがたきはるのすがのねひきかへて あくるよおそき秋はきにけり

1427 秋きぬとをぎのは風はなのるなり ひとこそとはねたそがれのそら

1428 風のおとの猶いろまさるゆふべ哉 ことしはしらぬ秋の心を

1429 きのふけふあさけばかりの秋風に さそはれわたる木ぎのしらつゆ

1430 手なれつるねやの扇をおきしより とこもまくらもつゆこぼれつつ

     月

1431 ときわかずそらゆく月の秋の夜を いかにちぎりてひかりそふらん

1434 したをぎもおきふしまちの月の色に 身をふきしをるとこの秋風

1432 むかしおもふくさにやつるるのきばより ありしながらの秋のよの月

1433 ながき夜の月をたもとにやどしつつ わすれぬことをたれにかたらん

1435 秋の月たまきはるよのななそぢに あまりてものはいまぞかなしき

     紅葉

1436 山ひめのこきもうすきもなぞへなく ひとつにそめぬよものもみぢ葉

1437 やま人のうたひてかへるゆふべより にしきをいそぐみねのもみぢば

1438 しぐれつつそでだにほさぬ秋の日に さこそみむろの山はそむらめ

1439 たつた山神のみけしにたむくとや くれゆく秋のにしきおるらん

1440 今はとて紅葉にかぎる秋の色を さぞともなしにはらふこがらし

     氷

1441 こほりゐておきなが河のたえしより かよひしにほのあとを見ぬかな

1442 せだえしてみなはわかるる涙河 そこもあらはに氷とぢつつ

1443 冬の夜のながきかぎりはしられにき ねなくにあくるそでのつららに

1444 そでのうへわたるをかはをとぢはてて そらふく風もこほる月かげ

1445 氷のみむすぶさ山の池水に みくりもはるのくるをまつらし

     雪

1446 おいらくは雪のうちにぞ思ひしる とふ人もなしゆく方もなし

1447 いたづらに松のゆきこそつもるらめ わがふみわけしあけぼのの山

1448 いその神ふるのはゆきの名なりけり つもる日かずをそらにまかせて

1449 夢かともさとの名のみやのこるらん 雪もあとなきをののあさちふ

1450 たればかり山地をわけてとひくらむ まだ夜はふかき雪のけしきに

     忍恋

1451 くちなしの色のやちしほこひそめし したのおもひやいはではてなん

1452 水ぐきの人づてならぬあとにだに おもふこころはかきもながさず

1453 うゑしげるかきねかくれのをざさはら しられぬこひはうきふしもなし

1454 白露のおくとはなげくとばかりも ゆめのただちやことかよふらん

1455 ことうらにこるやしほ木の名にたてよ もえてかくれぬけぶりなりとも

     不遇恋

1456 よりかけてまだてになれぬたまのをの かたいとながらたえやはてなん

1457 夜な夜なの月もなみだにくもりにき かげだに見せぬ人をこふとて

1458 名とり河心のとはむことのはも しらぬあふせはわたりかねつつ

1459 あまのかるよそのみるめをうらみにて よるはたもとにかかるなみかは

1460 わがこひよなににかかれるいのちとて あはぬ月日のそらにすぐらむ

     後朝恋

1461 今のまのわが身にかぎるとりのねを たれうき物とかへりそめけむ

1462 おきわびぬながき夜あかぬくろかみの そてにこぼるるつゆみだれつつ

1463 せきもりの心もしらぬわかれには かならずたのむこのくれもなし

1464 あさつゆのおくをまつまのほどをだに 見はてぬゆめをなににたとへむ

1465 はじめよりあふはわかれとききながら 暁しらで人をこひける

     遇不逢恋

1466 いのちとてあひ見むこともたのまれず うつる心の花のさかりは

1467 はるかなる人の心のもろこしは さわぐみなとにことづてもなし

1468 はかなしなゆめにゆめ見しかげろふの それもたえぬるなかのちぎりは

1469 海とのみあれぬるとこのあはれわが 身さへうきてとたれにつたへむ

1470 色かはるみののなか山秋こえて 又とほざかるあふさかのせき

     怨恋

1471 おのれのみあまのさかてをうつたへに ふりしくこのはあとだにもなし

1472 あけぬなりおのが心のあたら夜は むかしむすばぬちぎりしられて

1473 おもふともこふともなにのかひがねよ よこほりふせる山をへだてて

1474 なれし夜の月許こそ身にはそへ ぬれてもぬるるそでにやどりて

1475 道のべのひとことしげき思草 しものふりはとくちぞはてぬる

     旅

1476 みやこいでてあさたつ山のたむけより 露おきとめぬ秋風ぞふく

1477 ゆふ日かげさすやをかべのたまざさを ひとよのやどとたのみてぞかる

1478 ふるさとにとまるおもかげたちそひて たびにはこひのみちぞはなれぬ

1479 なぐさまずいづれの山もすみなれし やどをばすての月のたびねは

1480 ふしなれぬはままつがねのいはまくら 袖うちぬらしかへるうき波

     山家

1481 猶しばし雲ゐるたにをたちかへり みやこの月にいづるやまみち

1482 松風のおとにすみけむ山人の もとの心は猶やしたはん

1483 月にふくあらし許やむかへけん みなみの山のしものふるみち

1484 たにごしのましばののきのゆふけぶり よそめばかりはすみうからじや

1485 とこなるる山したつゆのおきふしに そでのしづくは宮こにもにず

     眺望

1486 ももしきのとのへをいづる夜ひ夜ひは またぬにむかふ山の葉の月

1487 ふきはらふもみぢのうへのきりはれて 峯たしかなるあらし山哉

1488 泉河ゆききのふねはこぎすぎて ははそのもりに秋ややすらふ

1489 つのくにのこやさく花といまも見る いこまの山のゆきのむらぎえ

1490 雲のゆくかただのおきやしぐるらん ややかげしめるあまのいさり火

     述懐

1491 神かぜやみもすそ河にいのりおきし 心のそこやにごらざりけむ

1492 そのかみのわがかねごとにかけざりし 身のほどすぐるおいのなみ哉

1493 まちえつるふるえのふぢのはるの日に こずゑの花をならべてぞ見る

1494 はからずよ世にありあけの月にいでて ふたたびいそぐとりのはつこゑ

1495 たらちねのおよばずとほきあとすぎて みちをきはむるわかのうら人

     祝

1496 きみをいのるけふのたふとさかくしこそ をさまれる世はたのしきをつめ

1497 霜雪のしろかみまではつかへきぬ きみのやちよをいはひおくとて

1498 世よふともかはらぬ竹のふしておもひ おきてぞいのるきみのよはひを

1499 きみが世をいくよろづ世とかぞへても なににたとへむあかぬ心は

1500 ひさにふるみむろの山のさか木ばぞ 月日はゆけどいろもかはらぬ

   拾遺愚草中

     韻哥百廿八首 建久七年秋
     仁和寺宮五十首 建久九年夏
     院五十首 建仁元年春
     同句題五十首 同年十一月
     女御入内御屏風哥 建久元年正月卅八首
     入道皇太后宮大夫九十賀算屏風哥 建仁三八月十二日
     最勝四天王院名所障子哥 建永二年四十六首
     院廿首 建暦二年十二月
     後仁和寺宮花鳥十二首
     仁和寺宮御十首 承久元年
     権大納言家卅首
     女御入内御屏風哥 寛喜元年十一月
     韻哥
     百廿八首和歌 建久七年九月十八日 内大臣家 他人不詠
     春

1501 いつしかといづるあさ日をみかさ山 けふよりはるのみねのまつ風

1502 かすみぬなきのふぞ年はくれ竹の ひとよばかりのあけぼのの空

1503 むさしのの霞もしらずふる雪に まだわかくさのつまや籠れる

1504 こぞもさぞただうたたねのたまくらに はかなくかへるはるのよの夢

1505 谷ふかくまだ春しらぬゆきのうちに ひとすぢふめる山人の蹤

1506 子日するのべのかたみに世にのこれ うゑおく庭のけふのひめ松

1507 日はおそし心はいざやときわかで はるか秋かのいりあひの鐘

1508 白雲かきえあへぬ雪かはるのきて かすみしままのみよしのの峯

1509 なにはがたあけゆく月のほのぼのと かすみぞうかぶ浪のいり江に

1510 ふかき夜を花と月とにあかしつつ よそにぞきゆるはるの[金+工](ともしび)

1511 あれはててはるの色なきふるさとに うらやむとりぞつばさ雙る

1512 風かよふ花のかがみはくもりつつ はるをぞわたるにはの矼

1513 ちる花にみぎはのほかのかげそひて 春しも月はひろさはの池

1514 はるよただつゆのたまゆらながめして なぐさむ花のいろは移ぬ

1515 あさつゆのしらぬたまのをありがほに はぎうゑおかんはるの籬に

1516 あはれいかに霞も花もなれなれて くもしくたににかへる[麗+鳥](うぐひす)
     夏

1517 はるの草の又夏草にかはるまで 今とちぎりし日こそ遅けれ

1518 見ることに猶めづらしきかざし哉 神世かけたるけふの葵よ

1519 夏山の河かみきよき水の色の ひとつにあをきのべのみち芝

1520 はるもいぬ花もふりにし人ににて 又見ぬやどにまつぞ遺れる

1521 ゆふまぐれねにゆくからずうちむれて いづれの山のみねに飛らん

1522 夏の夜はげにこそあかね山の井の しづくにむすぶ月の暉も

1523 しののめのゆふつけどりのなくこゑに はじめてうすきせみのは衣

1524 いは井くむ松にまたるる秋かぜに まくずうらみはわれも帰らん

1525 ゆきなやむ牛のあゆみにたつちりの 風さへあつき夏のを車

1526 たちのぼりみなみのはてにくもはあれど てる日くまなきころの虚 オホソラ

1527 夏の夜は月ぞけぢかき風すずむ ふせやののきのまやの余に

1528 池水にすゑうちさわぐうきくさは まづゆふかぜのふきや初むる

1529 大井河夏ごとにさすかりやかた いくとせか見るくだす桴を

1530 山かげはむすばぬそでも風ぞふく いはせく水におつるしら珠

1531 あとふかきわがたつそまにすぎふりて ながめすずしきにほの湖

1532 折しもあれくものいづらにいる月の そらさへをしきしののめの途

     秋

1533 やへむぐら秋のわけいる風の色を われさきにとぞしかは啼なる

1534 今よりとちぎりし月を友として いく秋なれぬ山の棲に

1535 旅人のそでふきかへす秋風に ゆふ日さびしき山の梯

1536 つま木こりみちふみならす山人も このゆふぎりや猶迷らん

1537 色わかぬ秋のけぶりのさびしきは やどよりをちのやどにたく柴

1538 秋の夜はつむといふ草のかひもなし まつさへつらきすみよしの涯

1539 山水のたえゆくおとをきてとへば つもるあらしのいろぞ埋める

1540 よしさらばともなひはてよ秋の月 こけのいはやに世は乖とも

1541 影を又あかずも月のそふる哉 おほかた秋のころの哀に

1542 色にいでてあきのこずゑぞうつりゆく むかひのみねのうかぶ坏

1543 昔だに猶ふるさとの秋の月 しらずひかりのいく廻とも

1544 おもふとも今はのこらじ秋の色よ 峯ふく風にこの葉摧けぬ

1545 かり人の袖こそうたてしほれぬれ つゆふかくさのさとの鶉に

1546 衣うつひびきぞ風をしたひくる こずゑはとほき月の隣に

1547 おく霜にむすびはてつるのばら哉 つゆのひかりも花の匂も

1548 よろづ世とちぎれる月の影なれば をしまでくらす秋の宮人

     冬

1549 をちの山こなたのそらのむらしぐれ くもればかかるころのうき雲

1550 家ゐすると山がすその神奈月 あけぬくれぬとしぐれをぞ聞

1551 このはちるいたまの月のくもらずは かはるしぐれをいかに分まし

1552 月やそれすこし秋あるまがき哉 ふかきしも夜の菊の薫に

1553 さびしとよおきまよふしものゆふまぐれ をかやのこやののべのひと村

1554 物おもはぬ人のきけかし山ざとの こほれる池にひとりなく鴛

1555 はしたかのかへるしらふに霜おきて おのれさびしきをののしの原

1556 かつ見つつわが世はしらぬはかなさよ ことしもくれぬけふも昏を

1557 ゆくとしのさのみすぎゆくはてよさは いづれかひとつかへる河瀾

1558 くもさえて峯のはつ雪ふりぬれば ありあけのほかに月ぞ残れる

1559 山ふかき雪やいかにと思いづる なさけ許の世こそ難けれ

1560 いとどしくやまゐのそでやこほるらん かへる河風身に寒くして

1561 雪うづみ氷ぞむすぶをしかもの かげとたのめる池のま菅を

1562 すみがまやをののさと人あさゆふは 山地をやくとゆき還つつ

1563 かきくらすみやこの雪も日かずへぬ けさいかならんこしのしら山

1564 おもふとていふかひもなきおほぞらに すゑばやとしのこえぬ関とて

     恋

1565 むねの内よしれかしいまもくらべ見ば あさまの山はたたぬ煙を

1566 しるべしてなるる心のかひぞなき きみをおもひのつもる年どし

1567 かはりゆく袖の色こそ悲けれ ねをなくはてよ秋のうつ蝉

1568 今はみなおもひつくばの山おろしよ しげきなげ木とふきも伝へよ

1569 かたみかはしるべにもあらず君こひて ただつくづくとむかふ霄

1570 たれゆゑにたえぬとだにも白雲の よそにややがて思消なん

1571 おもかげはたつたの山のはつもみぢ 色にそめてしむねぞ焦るる

1572 おくるよりなげきぞいとどかずまさる むなしき日のみつもる朝は

1573 露時雨さてだに人に色見せよ ながめしままのすゑのあさ茅に

1574 なり見ばやしばしもかげをやどすやと 手にむすばるる水の泡とも

1575 おのづからはるすぎばともたのむらん くもにつけたるとりのふる巣は

1576 たまぼこのゆくてのみちもすぎわびぬ おもふあたりのやどの梢は

1577 みだれあしのしたのこひぢよいくよへぬ 年ふるたづのひとりなく皋

1578 人ごころしものかれ葉のさとふりて やがてあとなしもとの蒿に

1579 いとどしくたえぬなげ木はすゑのまつ 我よりこゆる浪の高さに

1580 いかさまにせきかとどめむいろかはる 人のこのはのすゑのしら涛

     述懐

1581 年月は昨日ばかりの心地して 見なれし友のなきぞ多かる

1582 いかにせんはてなき人は世にもなし とまらぬこまのかげは過めり

1583 苔のしたにうづまぬ名をばのこすとも はかなのみちやしきしまの哥

1584 かのきしにこのたびわたせのりのふね うまれてしぬるふるさとの河

1585 みかさ山ふもと許をたづねても あらましおもふみちの遐さ

1586 なにはがたいかなるあしかつみおきし 世よにその身のあとならぬ家

1587 なぐさめは秋にかぎらぬそらの月 はるよりのちもおもかげの花

1588 さてもうしことしもはるをむかへつつ ながめながめむはての霞よ

1589 いつかさはうき世のゆめをさますべき わが思ふ山のみねの嵐に

1590 いそがばやおもふによらぬちぎりあらば すまでもやまむくさの庵を

1591 たれもきけなくねにたつるかりの世よ ゆきてはかへるきたと南と

1592 つひに又いかにうき名のとどまらん 心ひとつの世をば慙れど

1593 三代をへてほしをいただく年ふりて まくらにおつる秋のはつ霜

1594 如何せんみ山の月はしたへども 猶思おくつゆの郷

1595 さまざまにはるのなかばぞあはれなる にしの山のはかすむゆふ陽に

1596 いかで猶まどひしやみをあきらめん このとふ方をてらす光に

     山家

1597 ふもとにや峯たつくもとながむらん わがあけぼのにおはぬ桜を

1598 山ふかみ人は昔のやどふりて 月よりさきにのきぞ傾

1599 心からきく心ちせぬすまひ哉 ねやよりおろすまつかぜの声

1600 たきのおとにあらしふきそふあけがたは ならはずがほにゆめぞ驚

1601 うきよりはすみよかりけりと許よ あとなきしもにすぎたてる庭

1602 年へぬなどとたちいづるしゐがもと よりゐしいしもこけ青くして

1603 わけのぼるいほのささはらかりそめに こととふそでもつゆは零つつ

1604 いくとせぞ見ししばのとは人すまで 石井の水にしげる萍

1605 わがやどのひかりとしめてわけいれば 月かげしろしみやまべの秋

1606 影たえて山もやぬしはしのぶらん むかしせきれし水の流に

1607 山ざとの門田ふきこす夕風に かりいほのうへもにほふあき萩

1608 たちかへり山地かなしきゆふべかな 今はかぎりのやどを求て

1609 我ぞあらぬ雪はむかしににたれども たれかはとはん冬の山陰

1610 いざさらばたづねのぼりてせきすへむ ただこのうへぞ月のいる岑

1611 おのづからしらぬあるじものこしけり やどもるすぎのもとの心は

1612 あらしふく月のあるじはわれひとり はなこそやどと人も尋れ

     旅

1613 おもかげのひかふる方にかへり見る みやこの山は月繊くして

1614 いとどしくいへ地へだつるゆふぎりに あまのもしほ火けぶりたち添

1615 ふるさとのそらさへあらぬ心地哉 ほどなきとこのをかやふく簷

1616 旅衣そでふく風やかよふらん わかれていでしやどの簾に

1617 たちぬるる日かずにつけておもなれぬ 峯なるくもも谷の氷も

1618 いでてこしはるはふゆのにかはるまで もとのちぎりを猶や憑まん

1619 をぎをあめるこやのかりねのただひとよ 風にまたたくよひの灯

1620 すぎゆけど人のこゑするやどもなし 入江の浪に月のみぞ澄

1621 たのむ哉その名もしらぬみ山木に しる人えたる松と杉とを

1622 あくるよりふるさととほきたびまくら 心ぞやがてうらしまの函

1623 有つつとまたれしもせぬをかのかげ ひとよのやどにをかやをぞ芟

1624 くろかりしわがこまのけのかはるまで のぼりぞなづむみねの巌に

1625 山をこえ海をながむるたびのみち もののあはれはをしぞ凡たる

1626 もろともにめぐりあひけるたびまくら なみだぞそそぐはるの盃

1627 人のくに夜は長月のつゆしもよ 身さへくちにしとこの[韋+嶮-山](ふすま)に

1628 こし方もゆくさきも見ぬ浪のうへの 風をたのみにとばす舟の帆

     仁和寺宮五十首 建久九年夏
     詠五十首和歌
                    左近衛権少将藤原定家
     春十二首

1629 いつしかとと山のかすみたちかへり けふあらたまるはるのあけぼの

1630 わかなつむ宮こののべにうちむれて はなかとぞ見る峯のしらゆき

1631 うぐひすはなけどもいまだふるさとの 雪のした草はるをやはしる

1632 おほぞらは梅のにほひにかすみつつ くもりもはてぬはるのよの月

1633 道のべにたれうゑおきてふりにけん のこれる柳はるはわすれず

1634 しもまよふそらにしほれしかりがねの かへる翅にはるさめぞふる

1635 おもかげにこひつつまちし桜花 さけばたちそふ峯の白雲

1636 春をへてゆきとふりにし花なれど 猶みよしののあけぼののそら

1637 さくら花うつりにけりなと許を なげきもあへずつもるはるかな

1638 春の夜の夢のうきはしとだえして 峯にわかるるよこぐものそら

1639 年ふともわすれむ物かかみかぜや みもすそがはのはるのゆふぐれ

1640 ゆくはるよわかるる方もしらくもの いづれのそらをそれとだに見む

     夏七首

1641 へだてつなけふたちかふる夏衣 ころもまだへぬ花のなごりを

1642 たがためのなくやさ月のゆふべとて 山郭公猶またるらん

1643 山のはに月もまちいでぬよをかさね 猶くものぼるさみだれのそら

1644 ゆふぐれはいづれのくものなごりとて 花たちばなに風のふくらん

1645 ゆふだちのすぎのしたかげ風そよぎ 夏をばよそにみわの山もと

1646 うちなびくしげみがしたのさゆりばの しられぬほどにかよふ秋風

1647 松かげやきしによるなみよる許 しばしぞすずむすみよしのはま

     秋十二首

1648 しきたへの枕にのみぞしられける またしののめの秋のはつかぜ

1649 秋きぬとたがことのはかつけそめし おもひたつたの山のしたつゆ

1650 あはれ又けふもくれぬとながめする くものはたてに秋風ぞふく

1651 さとはあれて時ぞともなき庭のおもも もとあらのこはぎ秋は見えけり

1652 秋風にわびてたまちる袖のうへを われとひがほにやどる月哉

1653 年ふれば涙のいたくくもりつつ 月さへすつる心地こそすれ

1654 今よりはわが月かげとちぎりおかむ のはらのいほのゆくすゑの秋

1655 たれもきくさぞなならひの秋のよと いひてもかなしさをしかのこゑ

1656 秋風にそよぐ田のものいねがてに まづあけがたのはつかりのこゑ

1657 露さえてねぬ夜の月やつもるらん あらぬあさぢのけさの色哉

1658 ひとりきくむなしきはしに雨おちて わがこしみちをうづむこがらし

1659 年ごとのつらさとおもへどうとまれず ただけふあすの秋のゆふぐれ

     冬七首

1660 けふそへに冬の風とはおもへども たへずこきおろすよものこのはか

1661 霜うづむをののしのはらしのぶとて しばしもおかぬ秋のかたみを

1662 神奈月うちぬるゆめもうつつにも このはしぐれとみちはたえつつ

1663 あしがものよるべのみぎはつららゐて うきねをうつすおきの月かげ

1664 たまぼこのみちしろたへにふる雪を みがきていづるあさ日かげ哉

1665 そなれ松こずゑくだくる雪をれに いはうちやまぬ浪のさびしさ

1666 あらたまの年のいくとせくれぬらん おもふおもひのおもがはりせで

     雑十二首
     祝二首

1667 君がよはたかのの山にすむ月の まつらんそらにひかりそふまで

1668 うごきなき君がみむろの山水に いくちよのりのすゑをむすばむ

     述懐三首

1669 あすしらぬけふのいのちのくるるまに この世をのみもまづなげく哉

1670 かばかりとうらみすてつるうき身ほど うまれんのちの猶かたき哉

1671 たちかへり思ふこそ猶かなしけれ 名はのこるなるこけのゆくへよ

     閑居二首

1672 わくらばにとはれし人も昔にて それより庭のあとはたえにき

1673 のこる松かはる木くさのいろならで すぐる月日もしらぬやど哉

     旅三首

1674 たび衣きなれの山の峯のくも かさなるよはをしたふ夢哉

1675 こととへよおもひおきつのはまちどり なくなくいでしあとの月かげ

1676 おもかげの身にそふやどに我まつと をしまぬくさやしもがれぬらん

     眺望二首

1677 かへり見るくもよりしたのふるさとに かすむこずゑは春のわかくさ

1678 わたのはら浪とそらとはひとつにて いる日をうくる山のはもなし

     院五十首 建仁元年春
     春日応 太上皇 製和歌五十首
              正四位下行近衛権少将兼安芸権介臣藤原朝臣定家上
     春

1679 にほのうみやけふよりはるにあふさかの 山もかすみてうらかぜぞふく

1680 白妙のそでかとぞ思わかなつむ みがきがはらのむめのはつ花

1681 かすむよりうぐひすさそひふく風に と山もにほふはるのあけぼの

1682 心あてにわくともわかじむめの花 ちりかふさとのはるのあはゆき

1683 あづさゆみいそべのこまつはるといへば かはらぬ色も色まさりけり

1684 ももちどりこゑものどかにかすむ日に はなとはしるしよもの白雲

1685 千世までの大宮人のかざしとや くもゐのさくらにほひそめけん

1686 はるがすみかさなる山をたづぬとも みやこにしかじ花のにしきは

1687 春やいかに月もありあけにかすみつつ こずゑの花は庭のしらゆき

1688 年の内のきさらぎやよひほどもなく なれてもなれぬ花のおもかげ

     夏

1689 さくら色のそでもひとへにかはるまで うつりにけりなすぐる月日は

1690 春くれていくかもあらぬを山かぜに はずゑかたよりなびくした草

1691 神まつるう月まちいでてさく花の えだもとををにかくるしらゆふ

1692 はるかなるはつねはゆめかほととぎす くものただぢはうつつなれども

1693 さみだれの月はつれなきみ山より ひとりもいづる郭公哉

1694 ことわりやうちふすほどもなつのよは ゆふつけどりのあか月のこゑ

1695 夏の日をみちゆきつかれいなむしろ なびく柳にすずむ河風

1696 かげやどす水のしらなみたちかへり むすべどあかぬ夏のよの月

1697 山めぐりそれかとぞ思したもみぢ うちちるくれのゆふだちのくも

1698 夏はつる扇につゆもおきそめて みそぎすずしきかもの河風

     秋

1699 あきかぜよそそやをぎのはこたふとも わすれねこころわが身やすめて

1700 ゆふづくよいるののをばなほのぼのと 風にぞつたふさをしかのこゑ

1701 玉匣ふたみのうらの秋の月 あけまくつらきあたら夜のそら

1702 秋のよは月の桂も山のはも あらしにはれてくももまがはず

1703 秋をへて昔はとほきおほぞらに わが身ひとつのもとの月かげ

1704 つゆおつるならの葉あらく吹風に なみだあらそふ秋のゆふぐれ

1705 はつかりのたよりもすぐる秋かぜに こととひかねて衣うつこゑ

1706 たをやめの袖かもみぢかあすか風 いたづらにふくきりのをちかた

1707 山ひめのぬさのおひ風ふきかさね ちひろのうみに秋のもみぢば

1708 ものごとにわすれがたみのわかれにて そをだにのちとくるる秋哉

     冬

1709 月日のみすぎの葉しぐれふく嵐 冬にもなりぬ色はかはらで

1710 神奈月しぐれてきたるかささぎの はねにしもおきさゆるよのそで

1711 ふゆがれてあをばも見えぬむらすすき 風のならひはうちなびきつつ

1712 と山よりむらくもなびきふく風に あられよこぎる冬のゆふぐれ

1713 さえとほる風のうへなるゆふづく夜 あたるひかりにしもぞちりくる

1714 おほよどの松に夜ふくる浪風を うらみてかへる友ちどり哉

1715 ながめつつ夜わたる月におくしもの すぎてあとなきひととせのそら

1716 神さびていはふみむろの年ふりて 猶ゆふかくる松の白雪

1717 春しらぬたぐひをとへばみかさ山 このごろふかきゆきのむもれ木

1718 日もくれぬことしもけふになりにけり かすみを雪にながめなしつつ

     雑

1719 久方のあまてる月日のどかなる きみのみかげをたのむばかりぞ

1720 秋つしまほかまで浪はしづかにて 昔にかへるやまとことのは

1721 あふげどもこたへぬそらのあをみどり むなしくはてぬゆくすゑも哉

1722 わが友とみかきの竹もあはれしれ よよまでなれぬ色もかはらで

1723 なげかずもあらざりし身のそのかみを うらやむばかりしづみぬる哉

1724 身をしれば人をもよをもうらみねど くちにしそでのかはく日ぞなき

1725 ととせあまりみとせはふりぬよるの霜 おきまよふ袖にはるをへだてて

1726 わがたのむ心のそこをてらし見よ みもすそがはにやどる月かげ

1727 かすがのやしたもえわぶるおもひぐさ きみのめぐみをそらにまつ哉

1728 くもりなき日よしの宮のゆふだすき かくるおもひのいつかはるべき

     院句題五十首 建仁元年十一月
     冬日同詠五十首応製和歌
                    正四位下行

     初春待花
1729 春霞かすみそめぬると山より やがてたちそふ花のおもかげ

     山路尋花
1730 みよしののはるもいひなしのそらめかと わけいる峯ににほへしらくも

     山花未遍
1731 山影は猶まちわびぬ桜花 いたりいたらぬはるをうらみて

     朝見花
1732 かずかずにさきそふ花の色なれや 峯のあさけのやへのしらくも

     遠村花
1733 たれかすむのはらのすゑのゆふがすみ たちまよはせる花のこのもと

     故郷花
1734 あすか河かはらぬはるの色ながら みやこの花といつにほひけん

     田家花
1735 はるをへてかどたにしむるなはしろに 花のかがみのかげぞかはらぬ

     古寺花
1736 ちらすなよかさぎの山の桜花 おほふ許のそでならずとも

     花似雪
1737 みよしのにはるの日かずやつもるらん 枝もとををの花のしらゆき

     河辺花
1738 すずか河やそせの波のはるの色は ふりしくはなのふちとこそなれ

     深山花
1739 山ぶしの人もきて見ぬこけのそで あたらさくらをうちはらひつつ

     暮山花
1740 たれと又くものはたてにふきかよふ あらしのみねの花をうらみん

     古渓花
1741 山人のあとなきたにのゆふがすみ こたへぬ花ににほふはるかぜ

     関路花
1742 さくら色によもの山かぜそめてけり 衣のせきのはるのあけぼの

     羈中花
1743 おもふ人心へだてぬかひもあらじ さくらのくものやへのをちかた

     湖上花
1744 さざなみやさくらふきかへすうら風を つりするあまのそでかとぞ見る

     橋下花
1745 あともなき山地のさくらふりはへて とはれぬしるきたにのしばはし

     花下送日
1746 このもとにまちしさくらををしむまで おもへばとほきふるさとのそら

     庭上落花
1747 はるの色ときえずはけさも見る許 すこしこずゑにはなののこらで

     暮春惜花
1748 いかにせむはるもいくかのさくら花 方もさだめぬ風のにほひを

     初秋月
1749 つゆやおくやどかりそむる秋の月 まだひとへなるうたたねのそで

     月前草花
1750 宮木のに風まちわぶるはぎのえの つゆをかぞへてやどる月かげ

     雨後月
1751 かきくもりわびつつねにしよごろだに ながめしそらに月ぞはれゆく

     松間月
1752 秋のつゆもただわがためやをかべなる まつのはわけの月の衣手

     山家月
1753 おのづから身を宇治山にやどかれば さもあらぬそらの月もすみけり

     月前竹風
1754 ふしわびて月にうかるるみちのべの かきねの竹をはらふ秋風

     野径月
1755 めぐりあはむそらゆく月のゆくすゑも まだはるかなるむさしののはら

     沢辺月
1756 人しれぬあしまに月のかげとめて いり江のさはに秋風ぞふく

     月前聞雁
1757 白妙の月もよさむに風さえて たれに衣をかりのひとこゑ

     浦辺月
1758 浪風の月よせかへる秋の夜を ひとりあかしのうらみてぞぬる

     月照瀧水
1759 秋の月そでになれにし影ながら ぬるるがほなるぬのひきのたき

     杜間月
1760 つゆにうつる月より秋のいろにいでて ときはのもりのかげぞかひなき

     月前秋風
1761 吹はらふとこの山風さむしろに 衣手うすし秋の月かげ

     江上月
1762 すみの江の松がねあらふしら浪の かけてよるとも見えぬ月かげ

     月前虫
1763 よるの風さえゆく月にたが秋の 衣おりはへむしのわぶらん

     月前聞鹿
1764 秋ののにささわくるいほのしかのねに いくよつゆけき月を見つらむ

     旅泊月
1765 むしあけの松としらせよ袖のうへに しぼりしままの浪の月かげ

     月前草露
1766 草の原月のゆくゑにおくつゆを やがてきえねど吹嵐哉

     菊籬月
1767 しらぎくのまがきの月の色許 うつろひのこる秋のはつしも

     暮秋暁月
1768 いまいくか秋もあらしのよこぐもに いづれはしらむ山の葉の月

     寄雲恋
1769 しられじなちしほのこの葉こがるとも しぐるるくもにいろし見えねば

     寄風恋
1770 いかにせんひともたのめぬくれ竹の すゑ葉ふきこす秋風のこゑ

     寄雨恋
1771 あまそそぎほどふるのきのいたびさし ひさしや人めもるとせしまに

     寄草恋
1772 今はとてわするるたねやしげりにし わがすむさとはのきのしたくさ

     寄木恋
1773 せくそでよせぜのうもれ木あらはれて 又こす浪にくちやはてなん

     寄鳥恋
1774 かりにだにとはれぬさとの秋風に わが身うづらのとこはあれにき

     寄嵐恋
1775 わびはつるわが思ひねのゆめ地さへ ちぎりしられてふくあらし哉

     寄船恋
1776 こぬ人をつきせぬ浪にまつら舟 よるとは月のかげをのみみて

     寄琴恋
1777 かたみぞとたのみしことのかひもなく うきなかのをのたえやはてなん

     寄衣恋
1778 見しかげよさてややまあゐのすり衣 みそぎかひなきみたらしのなみ

     女御入内御屏風哥 文治五年十二月
     月次御屏風十二帖和歌
                    左近衛権少将定家
     正月

     小朝拝列立の所
1779 霞しくはるのはじめの庭のおもに まづたちわたるくものうへ人

     野辺小松原に子日する所
1780 こまつばらはるの日かげにひきつれて 千世のけしきをそらに見る哉

     山野に霞立わたりたる所 住吉松もあり
1781 春がすみいまゆくすゑをおしこめて おもふもとほきすみよしの松

     二月

     春日祭社頭儀
1782 みかさ山さしけるつかひけふくれば すきまに見ゆるそでのいろいろ

     花中に鴬ある所人家あり
1783 さとわかぬはるのひかりをしりがほに やどをたづねてきゐるうぐひす

     人家并野辺に梅花さきたる所
1784 をちこちのにほひは色にしられけり まきのとすぐるむめのした風

     三月

     沢辺春駒
1785 はるふかくさはべのまこももえぬれば たちもはなれずあさるこま哉

     山野并人家に桜花盛さきたる所
1786 もろ人の心にかほる花さかり のどけきみよも色に見えけり

     人家の庭に藤盛に開けたる所
1787 はるの日のひかりてります庭のおもに 昔にかへるやどの藤波

     四月

     人家に更衣したる所 卯花かきねあり
1788 けふごとにひとへにかふる夏衣 猶いくとせをかさねてかきん

     賀茂下御社館辺葵付たる人参所
1789 ちはやぶるかものみづがきとしをへて いくよのけふにあふひなるらん

     早苗うゑたる所
1790 あめのしたけしきもしるくとるなへは 水を心にまづぞまかする

     五月

     人家の雲間に郭公ある所
1791 いくさとの人にまたれてほととぎす やどのこずゑに声ならすらん

     菖蒲かりたる所 又人家に葺たる所もあり
1792 あやめ草ながきちぎりをねにそへて ちよのさ月といはふけふ哉

     人家庭になでしこさきたる所
1793 たねまきてちりだにすゑぬとこなつの 花のさかりはきみのみぞ見む

     六月

     山井辺に人々納涼したる所 人家あり
1794 ながき日に春秋とめるやどやこれ むすべば夏もしらぬまし水

     野辺杜間に夏草しける所
1795 わけゆけば夏のふかさぞしられける もりのした草すゑもはるかに

     河辺に六月祓したる所
1796 みそぎしてむすぶ河なみとしふとも いく世すむべき水のながれぞ

     七月

     山野并人家に秋風吹たる所荻あり
1797 てる月のひかりそふべき秋きぬと きくもすずしきをぎのうは風

     野花盛開て人々集たる所
1798 おしなべて花に心はいりにけり 野辺のちぐさをわくるもろ人

     春日野に鹿ある所
1799 かすが山あさひまつまのあけぼのに 鹿もかひある秋とつぐなり

     八月

     人家池辺に人々翫月所
1800 あまつ風みがくくもゐにてる月の ひかりをうつすやどの池水

     会坂関駒迎に行向所
1801 関水の影もさやかに見ゆる哉 にごりなきよのもち月のこま

     田中に人家ある所
1802 秋ふかき山田のなるこおしなべて をさまれるよのためしにぞひく

     九月

     山中に菊盛に開たる辺に仙人ある所
1803 かぎりなき山地のきくのかげなれば つゆもやちよをちぎりおくらん

     山野并人家紅葉盛なるを人々翫所
1804 うつしううる花も紅葉もをりごとに たづぬる人の心をぞ見る

     海辺に霧たちたる所
1805 たちまさるうらわのきりになが月の ひかずばかりをあらはにぞ見る

     十月

     海辺に千鳥ある所 海人しほやあり
1806 きみがよをやちよとつぐるさよちどり しまのほかまでこゑきこゆなり

     あじろに人あつまりたる所
1807 このごろはせぜのあじろに日をへつつ 事とふ人のたゆるまぞなき

     江沢辺に寒蘆しげれる所 つるあり
1808 ゆくすゑもいくよのしもかおきそへむ あしまに見ゆるつるのけ衣

     十一月

     五節参入の所
1809 白妙のあまのは衣つらねきて をとめまちとる雲のかよひ地

     賀茂臨時祭社頭儀式 上御社
1810 ふるそではみたらし河にかげさえて そらにぞすめるうどはまの声

     野辺に鷹狩したる所
1811 いそぎたつ日なみのみかりゆきふかし かたののをのの冬のあけぼの

     十二月

     内侍所御神楽儀式
1812 そらさえてまたしもふかきあけがたに あかほしうたふくものうへ人

     山野樹竹雪ふりつみたる所 人家あり
1813 くれ竹も松のすゑばもをれふして ちよをこめたるゆきのうち哉

     歳暮に下人等自山松切て出たる所
1814 民もみな君がやちよをまつがえに かずとりそむる年のくれ哉

     泥絵御屏風和歌

     夏
     樹陰納涼
1815 すずみにとみちはこのまにふみなれて 夏をぞたどるもりのしたかげ

     冬
     池辺水
1816 やどからば夜をへてこほる池水も かさねむちよのかげぞ見えける

     入道皇太后宮大夫九十賀算屏風哥
     屏風哥十二首  建仁三年八月被撰定
                   左近権中将藤原定家
     春
     霞
     若菜
     花
     夏
     郭公
     五月雨
     納涼
     秋
     秋野
     月
     紅葉
     冬
     千鳥
     氷
     雪
1817 花山のあとをたづぬる雪のいろに 年ふるみちのひかりをぞ見る

     最勝四天王院名所御障子歌
     名所御障子和謌
                   正四位下行左近衛権中将藤原朝臣定家

     春日野
1818 かすが野にさくや梅がえゆきまより けふははるべとわかなつみつつ

     吉野山
1819 みよしのは花にうつろふ山なれば はるさへみゆきふるさとのそら

     三輪山
1820 けふこずはみわのひばらのほととぎす ゆくての声をたれかきかまし

     龍田山
1821 たつた山よものこずゑの色ながら しかのねさそふ秋の河風

     泊瀬山
1822 をはつせや峯のときは木ふきしぼり 嵐にくもる雪の山もと

     難波浦
1823 春の色はけふこそみ津のうらわかみ あしのわか葉をあらふしらなみ

     住吉浜
1824 しらぎくのにほひし秋もわすれぐさ おふてふきしの春のうら風

     葦屋里
1825 あしのやのかりねのとこのふしのまに みじかくあくるなつのよなよな

     布引瀧
1826 ぬのひきのたきのしらいと夏くれば たえずぞ人の山地たづぬる

     生田松
1827 秋とだにふきあへぬ風にいろかはる いくたのもりのつゆのしたくさ

     若浦
1828 よるのつるなくねふりにし秋のしも ひとりぞほさぬわかのうら人

     吹上浜
1829 しほ風のふきあげの雪にさそはれて 浪の花にぞはるはさきだつ

     交野
1830 風をいたみかたののとだちしたはれて しのぶかれはにあられふるなり

     水成瀬河
1831 このさとにおいせぬちよはみなせ河 せきいるる庭のきくのした水

     陬磨浦
1832 すまのあまのなれにし袖もしほたれぬ 関ふきこゆる秋のうら風

     明石浦
1833 あかしがたいさをちこちもしらつゆの をかべのさとのなみの月かげ

     志賀麻市
1834 きみが世はたれもしかまのいちしるく 年ある民のあまつそら哉

     松浦山
1835 たらちめやまたもろこしにまつら舟 ことしもくれぬ心づくしに

     因幡山
1836 これも又わすれし物をたちかへり いなばの山の秋のゆふぐれ

     高砂
1837 たかさごの松はつれなきをのへより おのれ秋しるさをしかのこゑ

     野中清水
1838 たまぼこのみちの夏草すゑとほみ のなかのし水しばしかげ見む

     海橋立
1839 ふみも見ぬいくののよそにかへるかり かすむなみまのまつとつたへよ

     宇治河
1840 あじろ木や波のきりまに袖見えて やそうぢ人はいまかとふらん

     大井河
1841 おほゐがはまれのみゆきに年へぬる もみぢのふな地あとはありけり

     鳥羽
1842 もろ人もちよのみかげにやどしめて とばにあひ見む松の秋風

     伏見里
1843 ふしみ山つまとふしかのなみだをや かりほのいほのはぎのうへのつゆ

     泉河
1844 いづみ河かはなみきよくさすさをの うたかたなつをおのれけちつつ

     小塩山
1845 はるにあふをしほのこ松かずかずに まさるみどりのすゑぞひさしき

     会坂関
1846 今はとてうぐひすさそふ花のかに あふさか山のまづかすむらん

     志賀浦
1847 しかのうらや氷もいくへゐるたづの しものうはげにゆきはふりつつ

     鈴鹿山
1848 秋はきてつゆはまがふとすずか山 ふるもみぢばに袖ぞうつろふ

     二見浦
1849 ますかがみふたみのうらにみがかれて 神風きよき夏のよの月

     大淀浦
1850 おほよどのうらにかりほす見るめだに 霞にたえてかへるかりがね

     鳴海浦
1851 なるみがた雪の衣手ふきかへす うらかぜおもくのこる月かげ

     浜名橋
1852 きりはるるはまなのはしのたえだえに あらはれわたる松のしきなみ

     宇津山
1853 うつの山うつる許の峯の色は わきてしぐれや思そめけん

     佐良之奈里
1854 嵐ふく山の月かげ秋ながら よもさらしなのさとのしらゆき

     冨士山
1855 ほととぎすなくやさ月もまだしらぬ 雪はふじのねいつとわくらん

     浄見関
1856 きよみがたそでにも浪の月を見て かたへもまたぬかぜぞすずしき

     武蔵野
1857 むさしののゆかりの色もとひわびぬ 身ながらかすむはるのわかくさ

     白河関
1858 くるとあくと人を心におくらさで 雪にもなりぬしらかはのせき

     阿武隈河
1859 思ひかねつまどふちどり風さむみ あぶくま河の名をやたづぬる

     安達原
1860 しぐれゆくあだちのはらのうすぎりに まだそめはてぬ秋ぞこもれる

     宮城野
1861 うつりあへぬ花のちぐさにみだれつつ 風のうへなるみや木ののつゆ

     安積沼
1862 ふみしだくあさかのぬまの夏草に かつみだれそふしのぶもぢずり

     塩竈浦
1863 霞とも花ともいはじはるのかげ いづこはあれどしほがまのうら

     建暦二年十二月院よりめされし廿首
     冬日同詠廿首応製和歌
                    従三位行侍従臣藤原朝臣定家上
     春十首

1864 かすが山みねのあさひのはるのいろに たにのうぐひすいまやいづらし

1865 さくらあさのをふのうらかぜ春ふけば かすみをわくるなみのはつ花

1866 我ぞあらぬうぐひすさそふ花のかは 今も昔のはるのあけぼの

1867 雲地ゆくかりのは風もにほふらん むめさく山のありあけのそら

1868 あさみどりたまぬきみだるあをやぎの 枝もとををにはるさめぞふる

1869 あらたまの年にまれなる人まてど さくらにかこつはるもすくなし

1870 たのむべき花のあるじもみちたえぬ さらにやとはんはるの山ざと

1871 みよしのやたぎつかはうちの春の風 神世もきかぬ花ぞみなぎる

1872 いくかへりやよひのそらをうらむらん たににははるの身をわすれつつ

1873 色にいでてうつろふはるをとまれども えやはいぶきの山ぶきの花

     恋五首

1874 おのづから見るめのうらにたつけぶり 風をしるべのみちもはかなし

1875 草のはらつゆをぞそでにやどしつる あけてかげ見ぬ月のゆくへに

1876 なくなみだやしほの衣それながら なれずはなにのいろかしのばむ

1877 秋の色にさてもかれなであしべこぐ たななしをぶね我ぞつれなき

1878 ちぎりおきしすゑのはらののもとがしは それともしらじよそのしもがれ

     雑五首

1879 あとたれてちがひをあふぐ神もみな 身のことわりにたのみかねつつ

1880 ひさかたのくものかけはしいつよまで ひとりなげきのくちてやみぬる

1881 思ふことむなしき夢のなかぞらに たゆともたゆなつらきたまのを

1882 日かげさすをとめのすがた我も見き おいずはけふのちよのはじめに

1883 ふしておもひおきてぞいのるのどかなれ よろづよてらせくものうへの月

     後仁和寺宮、月なみの花鳥の哥のゑに、かゝるべき事あるを、ふるきうたかずのまゝにありがたくは、いまよみてもたてまつるべきよし、おほせられしかば
     詠花鳥和歌 各十二首
                     参議藤原

     正月 柳
1884 うちなびきはるくる風の色なれや 日をへてそむるあをやぎのいと

     二月 桜
1885 かざしをるみちゆき人のたもとまで さくらににほふきさらぎのそら

     三月 藤
1886 ゆくはるのかたみとやさくふぢの花 そをだにのちの色のゆかりに

     四月 卯花
1887 白妙の衣ほすてふ夏のきて かきねもたわにさけるうのはな

     五月 盧橘
1888 ほととぎすなくやさ月のやどがほに かならずにほふのきのたちばな

     六月 常夏
1889 おほかたの日かげにいとふみな月の そらさへをしきとこ夏の花

     七月 女郎花
1890 秋ならでたれもあひ見ぬをみなへし ちぎりやおきしほしあひのそら

     八月 鹿鳴草
1891 秋たけぬいかなる色とふく風に やがてうつろふもとあらのはぎ

     九月 薄
1892 花すすき草のたもとのつゆけさを すててくれゆく秋のつれなさ

     十月 残菊
1893 十月しも世のきくのにほはずは 秋のかたみになにをおかまし

     十一月 枇杷
1894 冬の日は木くさのこさぬしもの色を 葉かへぬえだの花ぞまがふる

     十二月 早梅
1895 いろうづむかきねのゆきのころながら 年のこなたににほふむめがえ

     鳥

     正月 鴬
1896 春きてはいく世もすぎぬあさといでに うぐひすきゐるまどのむら竹

     二月 雉
1897 かり人の霞にたどるはるの日を つまとふきじのこゑにたつらん

     三月 雲雀
1898 すみれさくひばりのとこにやどかりて 野をなつかしみくらすはるかな

     四月 郭公
1899 郭公しのぶのさとにさとなれよ またうの花のさ月まつころ

     五月 水鶏
1900 まきのとをたたくくひなのあけぼのに 人やあやめののきのうつりが

     六月 鵜
1901 みじか夜のうがはにのぼるかがり火の はやくすぎゆくみな月のそら

     七月 鵲
1902 ながき夜にはねをならぶるちぎりとて 秋まちわたるかささぎのはし

     八月 初鴈
1903 ながめつつ秋の半もすぎのとに まつほどしるきはつかりの声

     九月 鶉
1904 人めさへいとどふかくさかれぬとや ふゆまつしもにうづらなくらん

     十月 鶴
1905 ゆふ日かげむれたるたづはさしながら しぐれのくもぞ山めぐりする

     十一月 千鳥
1096 千鳥なくかもの河せのよはの月 ひとつにみがく山あゐのそで

     十二月 水鳥
1897 ながめする池の氷にふるゆきの かさなるとしをおしのけ衣

     仁和寺宮五十首
     詠五十首和歌
                    民部卿藤原定家
     春十二首

     初春
1908 はるの色とたのむまでやはながめつる いふ許なる山の霞を

     雪中鴬
1909 松の葉はいまもみゆきのふるさとに はるあらはるるうぐひすのこゑ

     橋辺霞
1910 影たえてしたゆく水もかすみけり はまなのはしのはるのゆふぐれ

     行路梅
1911 玉鉾のゆくて許を梅花 うたてにほひの人したふらん

     春月
1912 山の葉も霞のほかの花のかに このころふかきいざよひの月

     岸柳
1913 おそくときいづれの色にちぎるらん 花まつころのきしのあをや木

     旅春雨
1914 たびまくらこやもかくれぬあしの葉の ほどなきとこにはるさめぞふる

     遠帰鴈
1915 いくかすみゆくののすゑはしら雲の たなびくそらにかへるかりがね

     山花
1916 あしひきの山ざくら戸をまれにあけて 花こそあるじたれをまつらん

     開花
1917 さくら花たがよのわか木ふりはてて すまのせきやのあとうづむらん

     庭花
1918 跡たえてとはれぬ庭のこけの色も わする許に花ぞちりしく

     河款冬
1919 山吹の花にせかるるおもひ河 浪のちしほはしたにそめつつ

     夏七首

     杜卯花
1920 みぬさとるみわのはうりやうゑおきし ゆふしでしろくかくるうのはな

     早苗多
1921 うゑくらす緑のさなへさとごとに 民の草葉のかずも見えけり

     里郭公
1922 ほととぎすたれしのぶとかおほあらきの ふりにしさとをいまもとふらん

     岡郭公
1923 まだしらぬをかべのやどの郭公 よそのはつねにききかなやまむ

     夜盧橘
1924 たちばなの花ちるさとのゆふづくよ そらにしられぬ影やのこらむ

     籬瞿麦
1925 なでしこのたのむまがきもたわむまで 夜のまの露のぬけるしらたま

     江蛍
1926 こぎかへるたななしを舟おなじ江に もえてほたるのしるべがほなる

     秋十二首

     早秋
1927 あまの河わたせの浪に風たちて ややほどちかき鵲のはし

     萩露
1928 わきてよもあまとぶかりのおきもせじ やどからふかきはぎのあさつゆ

     荻風
1929 今よりのゆふぐれかこつしたをぎを うちつけにふく秋のはつ風

     尋虫声
1930 まつむしのなく方とほくさく花の いろいろをしきつゆやこぼれむ

     山家月
1931 月ならでたれそま山のかげばかり ふかきしばやの秋をとはまし

     野径月
1932 武蔵野はつゆおくほどのとほければ 月を衣にきぬ人ぞなき

     船中月
1933 しらざりき秋のしほぢをこぐ舟は いか許なる月を見るとも

     暁鹿
1934 ながき夜にあかずや月をしたふらん みねゆくしかのありあけのこゑ

     河霧
1935 あすかがはふちせもしらぬ秋のきり なににふかめて人へだつらん

     擣衣幽
1936 秋風にさそはれきえてうつ衣 およばぬさとのほどぞきこゆる

     夕紅葉
1937 龍田姫くものはたてにかけておる 秋の衣はぬきもさだめず

     残菊匂
1938 おきそめていくよつもれるにほひとも いざしらぎくの花のしたつゆ

     冬七首

     朝時雨
1939 秋すぎて猶うらめしきあさぼらけ そらゆくくももうちしぐれつつ

     竹霜
1940 いつ世までなれてふりぬる河竹の またしたかげにしもぞおきそふ

     池水鳥
1941 にほどりのしたのかよひもたえぬらん のこる浪なき池の氷に

     嶋千鳥
1942 はまびさしなげのかたみか友千鳥 とわたりすつるおきのこじまに

     松雪
1943 したたへずこずゑをれふすよなよなに 松こそうづめみねのしらゆき

     湖雪
1944 にほのうみやみぎはのほかのくさ木まで 見るめなぎさの雪の月かげ

     惜歳暮
1945 思やれさすがにもののと許も うらみぬふしにつもる年どし

     恋六首

     寄雲恋
1946 いこま山いさむる峯にゐるくもの うきておもひはきゆる日もなし

     寄露恋
1947 道のべのあだなるつゆをおきとめて ゆくてにけたぬこひぞかなしき

     寄煙恋
1948 如何せんあまのもしほ火たえずたつ けぶりによわる浦風もなし

     寄草恋
1949 すゑまでとたれかちぎりし秋の霜 昔がたりの庭のしたくさ

     寄鳥恋
1950 会坂のゆききにたつるとりのねの なくなくをしきあか月ぞうき

     寄枕恋
1951 思いづるちぎりのほどもみじかよの はるのまくらにゆめはさめにき

     雑六首

     暁述懐
1952 おのづからまだありあけの月を見て すむともなしのうきにたへける

     閑中灯
1953 つくづくとあけゆくまどのともし火の ありやと許とふ人もなし

     山旅
1954 わきてなど我しもたへぬつゆけさぞ 山地はたれもたび人ぞゆく

     海旅
1955 あくる夜のゆふつけどりにたちわかれ 浦なみとほくいづるふな人

     野旅
1956 のべのつゆうつりにけりなかり衣 はぎのしたばをわくとせしまに

     寄松祝
1957 おほかたの松のちとせはふりぬとも 人のまことはきみぞかぞへん

     権大納言家卅首
     詠三十首和歌
                    民部卿

     早春霞
1958 たちそめてけふやいくかのあさまだき かすみもなれぬはるのさ衣

     沢春草
1959 いつの日か色にはいでむよるのつる なくやさはべの雪のしたくさ

     暁梅
1960 まきのとの夜わたる梅のうつりがも あかぬわかれのありあけのかげ

     花満山
1961 花ざかりそらにしられぬ白雲は たなびきのこす山のはもなし

     江上暮春
1962 ほり江こぐ霞のをぶねゆきなやみ おなじはるをもしたふころ哉

     渓卯花
1963 かへるさのゆふべは北にふく風の 波たてそふる岸の卯花

     野郭公
1964 宮木ののこのしたつゆに郭公 ぬれてやきつる涙かるとて

     雨後鵜河
1965 うかひ舟むらさめすぐるかがり火に くもまのほしのかげぞあらそふ

     月前荻
1966 荻の葉も心づくしの声たてつ あきはきにける月のしるべに

     夕虫
1967 つれづれと秋の日おくるたそがれに とふ人わかぬまつむしのこゑ

     海辺鹿
1968 秋のしかのわが身こす浪ふく風に つまを見ぬめのうらみてぞなく

     閑庭薄
1969 まねくとて草のたもとのかひもあらじ とはれぬさとのふるきまがきは

     名所擣衣
1970 久方の桂のさとのさよ衣 おりはへ月の色にうつなり

     朝寒蘆
1971 あさしものいかにおきけるあしのはの ひとよのふしにいろかはるらん

     深夜千鳥
1972 おのれなけいそぐせき地のさよちどり 鳥のそらねも声たてぬまに

     故郷雪
1973 みよしのはまれのとだえのくもまとて 昨日の雪のきゆる日もなし

     聞声恋
1974 いへばえにおさふる袖もくちはてぬ たまのをごとの秋のしらべに

     稀恋
1975 まちわたるあふせうらやむあまの河 そのほどしらぬ年の契に

     増恋
1976 色わかぬやみのうつつのひとごとに 袖のちしほはいとどそめつつ

     怨恋
1977 かけてだに又いかさまにいはみがた 猶なみたかき秋のしほ風

     被忘恋
1978 身をすてて人のいのちををしむとも ありしちかひのおぼえやはせん

     旅行
1979 かへり見るそのおもかげはたちそひて ゆけばへだたる峯のしらくも

     旅宿
1980 山かげやあらしのいほのささ枕 ふしまちすぎて月もとびこす

     旅泊
1981 こぎよせてとまるとまりの松風を しる人がほにいそぐくれ哉

     山家松
1982 しのばれむ物ともなしにをぐら山 のきばの松ぞなれてひさしき

     山家橋
1983 竹の戸の谷のしばはしあらためて 猶よをわたるみちしたふらし

     山家苔
1984 しられじないはのしたかげやどふかき 苔のみだれてもの思ふとも

     寄神祇祝
1985 かすが山峯のこのまの月なれば ひだりみぎにぞ神もまもらん

     寄水懐旧
1986 せく人もかへらぬ浪の花のかげ うきをかたみのはるぞかなしき

     寄雲述懐
1987 なべて世のなさけゆるさぬはるのくも たのみしみちはへだてはててき

     寛喜元年十一月女御入内御屏風和哥
     月次御屏風十二帖和歌
                     定家
     正月

     元日
1988 やどごとにみやこははるのはじめとて 松にぞきみの千世いはふなる

     若菜
1989 とぶひのはまだふるとしの雪まより めぐむわかなぞはるいそぎける

     霞
1990 春のきるたもとゆたかにたつ霞 めぐみあまねきよもの山の葉

     二月

     梅
1991 野も山もおなじ雪とはまがへども はるは木ごとににほふむめがえ

     柳
1992 浪のよる柳のいとのうちはへて いくちよふべきやどとかはしる

     網
1993 おくあみの霞をむすぶはる風に 浪のかざしの花ぞさきそふ

     三月

     桜
1994 山ざくら花のしたひもときしあれば さながらにほふはるの衣手

     款冬
1995 谷河の春もちしほの色そめて ふかきやよひの山吹の花

     藤
1996 紫のくものしるしの花なれば たつ日もおなじやどのふぢなみ

     四月

     更衣
1997 もろ人の袖もひとへにおしなべて 夏こそ見ゆれけふきたりとは

     葵
1998 久方の桂にかくるあふひ草 そらのひかりにいく世なるらん

     早苗
1999 を山だのむろのはやわせとりあへず そよぐいなばのころやまつらん

     五月

     菖蒲
2000 いつかとぞまちしぬま江のあやめぐさ けふこそながきためしにはひけ

     郭公
2001 ほととぎすおのがときはのもりのかげ おなじさ月のこゑもかはらず

     瞿麦
2002 さきまさるいやはつ花の日をへつつ まがきにあまるやまとなでしこ

     六月

     山井
2003 たづねても夏にしられぬすみか哉 もりのした風山の井の水

     納涼
2004 風渡はままつがえのたむけぐさ なびくにつけて夏やすぎぬる

     六月祓
2005 夏衣おりはへてほす河波を みそぎにそふるせぜのゆふしで

     七月

     秋風
2006 おきつ浪あさけすずしき秋風も まつのちとせぞそらにきこゆる

     野花
2007 もろ人の心いるらしあづさ弓 ひぐまののべの秋はぎの花

     虫
2008 山ざとのこやまつむしの声までも くさむらごとにちよいのるなり

     八月

     鹿
2009 草も木も色のちぐさにおりかくる 野山のにしきしかぞたちける

     月
2010 ことわりのひかりさしそへ夜はの月 あきらけき世の秋のなかばに

     初鴈
20117 秋ぎりのたつやとまちしこし地より けふはみやこのはつかりのこゑ

     九月

     菊
2012 老をせく菊のした水手にむすぶ このさと人ぞちよもすむべき

     田家
2013 民の戸のあまつそらある秋の日に ほすやをしねのかずもかぎらず

     紅葉
2014 たつたひめてぞめのつゆの紅に 神世もきかぬみねの色哉

     十月

     水鳥
2015 池にすむをしのけ衣よをかさね あかず見なるる水のしら波

     千鳥
2016 淡路嶋ゆききの舟の友がほに かよひなれたるうらちどり哉

     網代
2017 あじろ木や浪のよるよるてる月に つもるこのはのかずもかくれず

     十一月

     鶴
2018 浦にすむたづのうへにとおくしもは ちよふる色ぞかねて見えける

     鷹狩
2019 いはせのやどりふみたててはしたかの こすずもゆらに雪はふりつつ

     炭竈
2020 くにとめる民のけぶりのほど見えて 雲まの山にかすむすみがま

     十二月

     氷
2021 にほの海や氷をてらす冬の月 浪にますみのかがみをぞしく

     雪
2022 みよしののみゆきふりしくさとからは 時しもわかぬありあけのそら

     歳暮
2023 あしひきの山地にふかきしばの戸も 春の隣は猶やわすれぬ

     泥絵御屏風

     岩清水臨時祭
2024 ちりもせじ衣にすれるささ竹の 大宮人のかざすさくらは

     重陽宴
2025 ここのへのとのへもにほふ菊のえに 詞のつゆもひかりそへつつ

   拾遺愚草下 部類哥

     春

     建久五年夏左大将家哥合 題名所
     春二首之中 志賀浦
2026 こほりとくはるのはつかぜたちぬらし かすみにかへるしがのうらなみ

     建仁元年正月七日院に年始哥講せられ侍し日 初春祝
2027 春ごとのかものはいろのこまなれど けふをぞひかむちよのためしに

     松間鴬
2028 まつの葉もはるはわけとやゆふづく日 さすやをかべにきゐるうぐひす

     朝若菜
2029 霞たちこのめはるさめきのふまで ふるののわかなけさはつみてむ

     承久元年七月哥合十首之内
     野径霞
2030 かすが野のかすみの衣山かぜに しのぶもぢずりみだれてぞゆく

     正治二年九月院初度哥合若草
2031 うちなびきはるのみそらもみどりにて かぜにしらるる野辺のわかくさ

     雪間若菜といふことを
2032 いつしかととぶひのわかなうちむれて つめどもいまだゆきもけなくに

     老後閑居つれづれのあまりとぶらひまうできたる人びとの哥よみ侍しに
     初聞鴬
2033 あらたまのとしのはつこゑうちはぶき あさけのそらにきぬるうぐひす

     霞中梅
2034 とひこかしたちえはむめの見えずとも にほひをこめてたつかすみかは

     湖辺梅花
2035 けふぞとふしかつのあまのすむさとを うぐひすさそふ花のしるべに

     旅宿早春
2036 枕とて草のはつかにむすべども ゆめもみじかきはるのうたたね

     三宮より十五首哥めされし春哥中
2037 あすかがはとほきむめがえにほふ夜は いたづらにやは春風のふく

     建保四年潤六月内裏哥合春哥 十首之中
2038 しるしらずわきてはまたず梅花 にほふはるべのあたら夜の月

     土御門内大臣家哥合 密有臨幸 春題六首之中梅香留袖
2039 梅花ありとや袖のにほひゆゑ やどにとまるはうぐひすのこゑ

     翠柳誰家
2040 うちなびきはるのやどりやこれならむ そともの柳ぬしはしらねど

     内裏哥合に水辺柳
2041 はるの日に岸のあをやぎうちなびき ながき世ちぎるたきのしらいと

     同題 家会
2042 そめかくるはなだのいとのたま柳 したゆく水もひかりそへつつ

     江上霞 内裏哥合
2043 はるがすみかすめるそらのなにはえに 心ある人や心見ゆらむ

     建保二年二月内裏詩哥合 野外霞
2044 たちなるるとぶひののもりおのれさへ 霞にたどるはるのあけぼの

2045 松の雪きえぬやいづこはるの色に みやこののべはかすみゆくころ

     建仁元年三月尽日哥合霞隔遠樹
2046 みつしほにかくれぬいそのまつのはも 見らくすくなくかすむはるかな

     羈中見花
2047 かり衣たちうき花のかげにきて ゆくすゑくらすはるのたびびと

     内裏詩哥合山居春曙 二首之中
2048 と山とてよそにも見えしはるのきる 衣かたしきねてのあさけは

     内裏哥合夜帰鴈
2049 つれもなくかすめる月のふかきよに かずさへ見えずかへるかりがね

     海辺帰鴈
2050 さとのあまのしほやき衣たちわかれ なれしもしらぬはるのかりがね

     賀茂社哥合 御幸日 暁帰鴈
2051 花のかもかすみてしたふありあけを つれなく見えてかへるかりがね

     暮山花
2052 たが春のくものながめにくれぬらむ やどかる花の峯のこのもと

     摂政殿にて哥を詩にあはせしるべしとて、おなじ題を二首よませられし 詩哥合とかやの初也。此後連々百此事 花添山気色
2053 春の花の雲のにほひにはつせ山 かはらぬいろぞそらにうつろふ

2054 たますだれおなじみどりもたをやめの そむる衣にかをるはるかぜ

     正治二年三月左大臣家哥合 暁霞
2055 はつせ山かたぶく月もほのぼのと かすみにもるるかねのおと哉

     朝花
2056 世のつねの雲とは見えず山桜 けさやむかしのゆめのおもかげ

     建保三年五月哥合 和歌 春山朝
2057 このねぬるあさけの山の松風は 霞をわけて花のかぞする

     建仁二年三月三躰とかやおほせられてめされし春哥
2058 花ざかり霞の衣ほころびて みねしろたへのあまのかぐ山

     秀能が人びとによませ侍し五首中花哥
2059 おほかたのまがはぬくももかをるらむ さくらの山の春のあけぼの

     三宮十五首之中
2060 ももちどりなくやきさらぎつくづくと このめはるさめふりくらしつつ

2061 みよしのははるのにほひにうづもれて かすみのひまも花ぞふりしく

     建久五年夏左大将家哥合 泊瀬山
2062 かねのおとも花のかをりになりはてぬ をはつせ山のはるのあけぼの

     同六年二月同家五首 春哥
2063 山のははかすみはてたるしののめの うつろふ花にのこる月かげ

     花のさかりに大宮大納言のもとより
2064 かずならぬやどにさくらのをりをりは とへかし人のはるのかたみに

     返し
2065 おほかたの春にしられぬならひゆゑ たのむさくらもをりやすぐらむ

     殷富門院皇后宮と申し時まゐりて侍しに、権亮大輔などさふらひて、夕花といふことをよみしに
2066 つま木こりかへる山地のさくら花 あたらにほひをゆくてにや見る

     建久七年三月関白殿宇治にて、山花留客といふことを当座
2067 春きての花のあるじにとひなれて ふるさとうとき袖のうつりが

     中宮女房船にて人びとうたよみ侍しに
2068 たづぬとてならぶる舟の衣手に 花もさらにや春をしるらん

     大内の花さかりに宮内卿藤少将などにさそはれて
2069 春をへてみゆきになるる花のかげ ふりゆく身をもあはれとやおもふ

     建保五年四月十四日院にて庚申 五首 春夜
2070 山の葉の月まつそらのにほふより 花にそむくるはるのともし火

     建保元年内裏詩哥合 山中花夕
2071 しぐれせし色はにほはずからにしき たつたのみねのはるのゆふかぜ

2072 さくらがり霞のしたにけふくれぬ ひとよやどかせはるの山びと

     建保二年内裏詩哥合 河上花
2073 花の色のをられぬ水にこすさをの しづくもにほふ宇治のかはをさ

2074 なとり河はるのひかずはあらはれて 花にぞしづむせぜのうもれ木

     内裏哥合 朝落花
2075 庭もせにうつろふころのさくら花 あしたわびしきかずまさりつつ

     同詩哥合 山居春曙 二首之内
2076 名もしるし峯のあらしも雪とふる 山ざくら戸のあけぼののそら

     建保四年潤六月内裏哥合 春十首之中
2077 ちる花は雪とのみこそふるさとを 心のままに風ぞふきしく

     正治二年九月十首哥合 落花
2078 わがきつるあとだに見えず桜花 ちりのまがひのはるの山風

     院に詩哥合とてめされし 元久二年六月 水郷春望
2079 宮木もりなぎさの霞たなびきて むかしもとほきしがのはなぞの

2080 あじろ木にさくらこきまぜゆくはるの いさよふなみをえやはとどむる

     承久元年七月内裏哥合 深山花
2081 山人もすまでいく世のいしのゆか 霞に花は猶にほひつつ

     暮春雨
2082 うぐひすのかへるふるすやたどるらん くもにあまねきはるさめのそら

     左大臣殿よりやへざくらをたまふとて 承久三年三月
2083 いたづらに見る人もなきやへざくら やどかはるやよそに春きなん

     御返し
2084 やへざくらやどのさかりのちかければ このはるの日ぞひかりそふらん

     おなじ三月八日、内よりしのびてめされし三首のうち 野花
2085 かくしつつちらずは千世もさくらさく のべのいくかにはるのすぐらん

     海霞
2086 浦にたつもしほのけぶりしたふらし かすみすてたるはるのゆくてを

     老後仁和寺宮しのびておほせられし五首 河上花
2087 みなの河峯よりおつるさくら花 にほひのふちのえやはせかるる

     野外花
2088 ふりまがふさくらいろこきはる風に 野なるくさ木のわかれやはする

     庭上花
2089 月草の色ならなくにうつしうゑて あだにうつろふ花さくら哉

     閑中花
2090 わが身よにふるともなしのながめして いくはるかぜに花のちるらん

     権大納言家五首之中 関路花 貞応三年
2091 山ざくら花のせきもるあふさかは ゆくもかへるもわかれかねつつ

     土御門内大臣家哥合 水辺[足+鄭][足+蜀] 春六首
2092 たつた河いはねのつつじかげ見えて 猶水くくるはるのくれなゐ

     故郷款冬
2093 山吹のこたへぬ色につゆおちて さとのむかしはとふかひもなし

     雨中藤花
2094 しひて猶そでぬらせとやふぢの花 はるはいくかのあめにさくらん

     山家暮春
2095 ちる花に谷のしばはしあとたえて いまよりはるをこひやわたらん

     三位中将公衡卿家にて 旅宿三月尽
2096 いほりさすは山がみねのゆふがすみ たえてつれなくすぐるはる哉

     夏

     春後思花
2097 わすられぬやよひのそらをしたふとて あを葉ににほふ花のかもなし

     郭公初声
2098 まつほどやさすがにしるき郭公 ことしわすれぬくものをちかた

     土御門内大臣宰相中将に侍し時五首 哥よませられ侍し中に卯花
2099 ゆふづく夜いりぬるかげもとまりけり 卯花さける白河のせき

     承元二年祭使かむだちにとまりたるあしたにおくり侍し
2100 思やるかりねののべのあふひぐさ きみを心にかけるけふ哉

     返し            使少将忠明朝臣
2101 葵草かりねののべのあはれをも たれことのはにかけてとはまし

     建保三年五月和哥所哥合 夕早苗
2102 あらたまの年あるみよの秋かけて とるやさなへにけふもくれつつ

     建久六年二月左大将家五首 夏
2103 あれまくも人はをしまぬふるさとの ゆふかぜしたふのきのたちばな

     建久六年民部卿経房卿家哥合に
     初郭公
2104 かはらずもまちいでつる哉郭公 月にほのめくこぞのふるこゑ

     三宮より十五首哥めされし夏哥
2105 とへかしな霞もきりもたなびかぬ のきのあやめのあけぼののそら

2106 時すぎずかたらひつくせ郭公 たがさみだれのそらおぼれせで

     院北面にて講ぜられし二首 菖蒲
2107 てなれつつすずむいはゐのあやめぐさ けふはまくらに又やむすばん

     郭公
2108 まちあかすさよのなか山なかなかに ひとこゑつらきほととぎす哉

     建仁元年三月尽日哥合 雨後郭公
2109 さみだれのなごりの月もほのぼのと さとなれやらぬほととぎす哉

     正治二年二月左大臣家哥合 夕郭公
2110 郭公たそがれ時のくもまより われなのりてぞやどはとふなる

     五月雨朝
2111 たまみづののきもしどろのあやめぐさ さみだれながらあくるいくかぞ

     庭夏草
2112 あげまきのあとだにたゆるにはもせに おのれむすべとしげるなつくさ

     建仁二年三月六首召されし 夏哥
2113 さみだれのふるの神すぎすぎがてに こだかくなのるほととぎす哉

     承元二年潤四月四日和哥所 雨中郭公
2114 たがためにぬれつつしひてほととぎす ふるともあめの山地わくらん

     秀能五首哥中 郭公
2115 こひすとやなれもいぶきのほととぎす あらはにもゆと見ゆる山ぢに

    建保四年潤六月内裏哥合十首之中 夏
2116 郭公たがしののめをねにたてて 山のしづくにはねしをるらん

     承久元年七月内裏哥合 暁郭公
2117 ほととぎすいづるあなしの山かづら いまやさと人かけてまつらし

     水辺草
2118 かりねせし玉江のあしにみがくれて 秋のとなりの風ぞすずしき

     建保五年四月十四日庚申五首 夏暁
2119 なきぬなりゆふつけどりのしだりをの おのれにもにぬよはのみじかさ

     建仁二年六月和哥所にて当座
     田家夏月
2120 かどたふくほむけの風のよるよるは 月ぞいなばの秋をかりける

     水風晩涼
2121 したくぐる水よりかよふ風のおとに 秋にもあらぬ秋のゆふぐれ

     建久五年左大将家哥合龍田河 夏
2122 ゆふぐれは山かげすずしたつた河 みどりのかげをくくるしらなみ

     名所夏月
2123 影きよきなつみのかはと秋かけて しらゆふ花をてらすよの月

     山納涼
2124 夏の日のさすともしらぬみかさ山 松のみかげぞますかげもなき

     権大納言家 海上蛍
2125 みつしほにいりぬるいそをゆくほたる おのがおもひはかくれざりけり

     建仁二年六月みなせ殿のつり殿にいでさせたまうて、六首題をたまはりて、御製にあはせられ侍し中に 河上夏月
2126 たかせ舟くだすよかはのみなれさを とりあへずあくるころの月かげ

     海辺見蛍
2127 すまのうらもしほの枕とぶほたる かりねのゆめぢわぶとつげこせ

     山家松風
2128 松かげやと山をこむるかきねより 夏のこなたにかよふ秋風

     建仁元年三月尽日哥合 松下晩涼
2129 このくれを夏とはたれかいはゐくむ 松かげはらふ山おろしのかぜ

     摂政殿詩哥合 水辺涼自秋
2130 雪とのみおつるしらあわに夏きえて 秋をもこゆるたきのいはなみ

2131 夏衣秋だにたたぬ神奈月 ゐせきの浪のいそぐしぐれに

     建保四年潤六月内裏哥合 夏
2132 なつはつるみそぎにちかき河風に いはなみたかくかくるしらゆふ

     秋

     松尾哥合 初秋風 建暦二年
2133 あらたまのことしもなかばいたづらに なみだかずそふをぎのうは風

     建久五年夏左大将家哥合 秋宮城野
2134 秋きぬな荻ふく風のそよさらに しばしもためぬ宮木ののつゆ

     須磨関
2135 世やはうき秋やはすぐすすまのせき秋やは うら風こゆるそでのしら波

     建保三年七夕内裏七首
2136 あまの河水かけぐさのうちなびき たまのかつらもつゆこほるらん

2137 天河ふるきわたりもうつろひて 月のかつらぞいろにいでゆく

2138 あまのがはかはとのなみの秋風に くもの衣をたつやとぞまつ

2139 天河手たまもゆらにおるはたの ながきちぎりはいつかたえせん

2140 天河もみぢのはしのいろに見よ 秋まつそでのくれをまつほど

2141 天河あれにしとこをけふばかり うちはらふそでのあはれいくとせ

2142 天河あくるいはともなさけしれ 秋のなぬかのとしのひとよを

     建久六年二月左大将家五首 秋
2143 あきといへどこの葉もしらぬはつ風に われのみもろきそでのしらたま

     閑中草花
2144 あとたえて風だにとはぬはぎのえに 身をしるつゆはきゆる日もなし

     元久元年七月宇治御幸 山風
2145 かへり見るすそののくさ葉かたよりに 限なき秋の山おろしの風

     正治二年九月院初度哥合 山風
2146 秋のあらしひとはもをしめみむろ山 ゆるすしぐれのそめつくすまで

     建保元年内裏詩哥合 野外秋望
2147 むらさめのたまぬきとめぬ秋風に いくのかみかくはぎのうへのつゆ

2148 ながめつつくさのたもとはうつろひぬ かりのなみだもをちのしのはら

     同四年潤六月内裏哥合 秋
2149 なほざりのをののあさ地におくつゆも 草葉にあまる秋のゆふぐれ

     承久元年内裏哥合 秋夕露
2150 ゆふぐれの草のいほりの秋のそで ならはぬ人やしぼらでも見む

     建永元年七月和歌所哥合 朝草花
2151 あさなあさなした葉もよほすはぎのえに かりのなみだぞ色にいでゆく

     海辺月
2152 もしほくむ袖の月かげおのづから よそにあかさぬすまのうら人

     建久八年秋哥あまたよみける中に
2153 ながめつつ思しことのかずかずに むなしきそらの秋のよの月

     秀能かよませ侍し 月哥
2154 秋といへば月のただ地をふく風の くもをばすてのひさかたの山

     摂政殿詩哥合 月明風又冷
2155 雲たえてのちさへ月をふくあらし こぬ夜うらむるとこなはらひそ

2156 さむしろにはつしもさそひふく風を いろにさえゆくねやの月かげ

     正治二年九月院に初度哥合 浦月
2157 あは地しま月のかげもてゆふだすき かけてかざせるすまのうら波

     建仁元年八月十五夜哥合月多秋友
2158 千世ふべきたまのみぎりの秋の月 かはすひかりのすゑぞひさしき

     月前松風
2159 ゆふべよりくもはまよはぬ月かげに まつをぞはらふみねのこがらし

     月前擣衣
2160 秋風によさむの衣うちわびぬ ふけゆく月のをちの山もと

     海辺秋月
2161 月にふすいせのはまをぎこよひもや あらきいそべの秋をしのばむ

     湖上月明
2162 さざ波やちりもくもらずみがかれて かがみの山をいづる月かげ

     古寺残月
2163 はつせ山ゆつきがしたにてる月の あくるもしらぬありあけのかげ

     深山暁月
2164 鳥のねもきこえぬ山の山人は かたぶく月をあけぬとやしる

     野月露深
2165 おきあかすのべのかりいほのそでのつゆ おのがすみかと月ぞさえゆく

     田家見月
2166 さをしかのつまどふを田にしもおきて 月かげさむしをかのべのやど

     河月似氷
2167 すみわたる月かげきよみみなせ河 むすばぬ水をこほりとぞ見る

     建保三年八月十五夜内裏 月前竹風
2168 月きよみたまのみぎりのくれ竹に ちよをならせる秋風ぞふく

     月前擣衣
2169 月にうつ民の衣もやどごとに くにさかえたるみよぞきこゆる

     月前眺望
2170 きはもなき田のもばかりにしくくもの ちりもまがはぬ秋の夜の月

     建永元年七月十三日和哥所当座
     湖辺月
2171 さざなみやにほのうら風ゆめたえて 夜渡月にあきのふな人

     元久元年七月宇治御幸 水月
2172 にほのうみやしたびてこほる秋の月 みがくなみまをくだすしばぶね

     正治二年左大臣家哥合 山月
2173 まつことは心の秋にたえぬれど 猶山のはに月はいでけり

     建暦三年後九月内裏哥合 深山月
2174 しらかしのつゆおく山も道しあれば 枝にも葉にも月ぞともなふ

     建久七年九月十三夜内大臣家 未出月
2175 秋のそら月はこよひとはらふなり ひかりさきだつみねのまつ風

     初昇月
2176 さしのぼるみかさの山のみねからに 又たぐひなくさやかなる月

     停午月
2177 秋の月なかばのそらのなかばにて ひかりのうへにひかりそひけり

     漸傾月
2178 物ごとに秋のあはれはかずそひて そらゆく月のにしぞすくなき

     入後月
2179 月はさぞゆきたにのこるころならば それとも見ましみねのあけぼの

     内裏にて 禁庭月
2180 わすれずよみはしの霜のながき夜に なれしながらのくものうへの月

     建久二年法皇栖霞寺におはしましし時、駒牽のひきわけの使にまゐるとて
2181 嵯峨の山ちよのふるみちあととめて 又つゆわくるもち月のこま

     九月十三夜内裏にて 山路月
2182 山かぜは月のさ衣はらへども おもらぬ雪はこのはこそふれ

2183 たまぼこの道もさりあへぬ春の花 それかとまがふ山の月かげ

     建保二年九月十三夜内裏 月前風
2184 すがのねやなが月の夜の月かげを はるかにわたるのべの秋風

     建保六年八月十三日内裏中殿宴秋夜侍宴、同詠池月久明 応製和歌
               参議正三位行民部卿兼伊予権守臣藤原朝臣定家上
2185 いくちよぞそでふる山のみづがきも およばぬ池にすめる月かげ 三行三字書之

     神主重保賀茂社哥合とてよませ侍しに月 元暦元年九月 侍従
2186 しのべとやしらぬむかしの秋をへて おなじかたみにのこる月かげ

     霧
2187 はれくもり山のいはねにたつきりを なづる衣の袖かとぞ見る

     野宿月 権大納言家 貞応
2188 ゆふつゆのいほりは月をあるじにて やどりおくるるのべのたび人

     建久五年八月十五夜左大将家
     見月思旅
21893 まつほどをかたらぬ月にかこつとも しらでやぬらんあらきはまべに

     対月問昔
2190 わすれずやはじめもしらぬそらの月 かへらぬ秋のかずはふりつつ

     月契潤月
2191 月も又しかならふまでなれよとや かずそふ秋のそらをたのめて

     元久元年五辻殿に御わたりののち初て講ぜらる 序通具卿 読師太政大臣
     松間月 応製臣上
2192 このまより月もちとせの色にいでて きみが世契庭のわかまつ

     野辺月
2193 みよしのは雪ふる峯のちかければ 秋よりうづむ月のしたくさ

     田家月
2194 ながめつつとはれずひさに秋の田の ほのうへてらす月のいくよを

     羇旅月
2195 草枕みやこをとほみいたづらに ゆききの月のやどるしらつゆ

     名所月
2196 さとわかずもろこしまでの月はあれど 秋のなかばのしほがまのうら

     同夜当座
     八月十五夜翫月応製和歌
               正四位下行左近衛権中将兼美濃介藤原朝臣定家上
2197 よろづ世はこよひぞはじめやどの月 なかばの秋の名はふりぬとも

     建仁元年三月尽哥合 湖上秋霧
2198 篠波やにほの湖のあけがたに きりがくれゆくおきのつり舟

     建保四年潤六月内裏哥合 秋
2199 をじかなくは山のかげのふかければ あらしまつまの月ぞすくなき

     建暦三年後九月内裏哥合 寒野虫
2200 ゆく秋のすゑののこのはあさなあさな そむればよわる虫のこゑ

     建保三年五月和哥所哥合 行路秋
2201 うちわたすをちかたのべのしらつゆに よものくさ木のいろかはるころ

     建永元年七月十三日和哥所当座 行路風
2202 たまぼこやゆくてののべのあさぢまで うつろふそでの秋のはつ風

     正治二年二月左大臣家哥合
2203 唐衣すそののまくずふきかへし うらみてすぐる秋のゆふ風

     元久元年七月宇治御幸 野露
2204 山しろのくぜのはらののしのすすき たまぬきあへぬ風のしらつゆ

     建仁二年三月六首 秋哥
2205 しもまよふをだのかりいほのさむしろに 月ともわかずいねがてのそら

     建暦三年九月十三夜内裏哥合
     江上月
2206 なには江にさくやこの花しろたへの 秋なき浪をてらす月かげ

     暮山松
2207 秋はいぬゆふ日かくれぬ峯の松 よものこの葉ののちもあひ見む

     元久二年夏院詩哥合 山路秋行
2208 みやこにも今や衣をうつの山 ゆふしもはらふつたのしたみち

2209 夕づくひこのまのかげもはつかりの なくやくもゐの峯のかけはし

     建仁三年和哥所哥合 海辺鴈
2210 ゆくかりのたが秋風とうれふらん なみもふせがぬいそのとまやに

     三宮より十五首哥めされし 秋哥
2211 とぶかりのなみだもいとどそぼちけり ささわけし野辺のはぎのうへのつゆ

2212 久方の月の桂のしたもみぢ やどかるそでぞ色にいでゆく

2213 なみだのみこの葉しぐれとふりはてて うき身を秋のいふかひもなし

     建久六年秋ころ大将殿にて末句十をかきいだしてよむべきよし侍しに当座
2214 しをるべきよもの草木もをしなべて けふよりつらきをぎのうは風

2215 とればけぬわくればこぼるえだながら よしみや木ののはぎのしたつゆ

2216 こし方はみなおもかげにうかびきぬ ゆくすゑてらせ秋のよの月

2217 いざこえしおもへばとほきふるさとを かさなる山の秋のゆふぎり

2218 ふけまさるひとまつ風のくらきよに 山かげつらきさをしかのこゑ

2219 風なびくすすきのすゑはつゆふかし このごろこそははつかりの声

2220 むかしかなあはれいくよときてとへば やどもる風にうづらなくなり

2221 河風によわたる月のさむければ やそうぢ人も衣うつなり

2222 みそぢあまり見しをばなきとかぞへつつ 秋のみおなじゆふぐれのそら

2223 ひとりねのさならぬとこもそでぬれぬ わかれなれたるあか月のそら

     おなじころ大将殿にて五首哥 秋色
2224 そめてけり月の桂のすゑばまで うつろふころののべの秋風

     秋声
2225 さえわたる霜にむかひてうつ衣 いくとせ秋のこゑをつくらん

     秋香
2226 かたみかなくれゆく秋をうらみつつ けふつむそでににほふしらぎく

     秋情
2227 あめおつるこのはをなにのあはれとて なきここちする心わくらん

     秋恋
2228 うかりける山どりのをのひとりねよ 秋ぞちぎりしながきよにとも

     同七年の秋内大臣殿にて文字をかみにをきて廿首哥中に 秋十
2229 をざさはらほどなきすゑのつゆおちて ひとよばかりに秋風ぞふく

2230 峯にふく風にこたふるしたもみぢ ひとはのおとに秋ぞきこゆる

2231 なくせみも秋のひびきのこゑたてて 色に見山のやどのもみぢば

2232 へだてゆくきりも日かずもふかければ わすれやしぬるとほきみやこに

2233 しきたへの枕わすれて見る月の かぞふ許のよなよなのかげ

2234 ふりにけりとしどしなれし月を見て おもひしことのさらにかなしき

2235 ちりぬればこひしきものを秋はぎの けふのさかりをとはばとへかし

2236 はやせ河みなわさかまきゆくなみの とまらぬ秋をなにをしむらん

2237 かりがねのくもゆくはねにおくしもの さむきよごろにしぐれさへふる

2238 松しまのあまの衣で秋くれて いつかはほさむつゆもしぐれも

     内裏秋十五首 秋風
2239 をさまれる民のくさばを見せがほに なびく田のもの秋のはつ風

     秋露
2240 そでぬらすしのぶもぢずりたがために みだれてもろき宮木ののつゆ

     秋月
2241 いつはともわかぬときはの山人も そらにおどろく月のかげ哉

     秋雨
2242 花ぞめの衣の色もさだまらず のわきになびく秋のむらさめ

     秋花
2243 たび衣ひもとく花のいろいろも とほさとをののあたらあさぎり

     秋鴈
2244 このごろのかりの涙のはつしほに 色わきそむる峯の松風

     秋虫
2245 あるじから思たえにしよもぎふに むかしもよほすまつむしの声

     秋鹿
2246 あさなあさなこの葉うつろひなくしかの ことわりしるき秋の山かげ

     秋水
2247 秋風のかつふきはらふ谷の戸に おもふもきよくすめる山水

     秋霜
2248 秋の色にのこるかたみのしもをだに おけかしくさ葉それもとまらず

     秋祝
2249 山水に老せぬちよをせきとめて おのれうつろふしらぎくの花

     秋旅
2250 ふるさとはとほ山どりのをのへより 霜おくかねのながきよのそら

2251 したむせぶもしほのけぶりこがるとて 秋やは見ゆる人はうらみじ

     秋思
2252 老が世はあはれすゑののくさがれに よるのおもひのなが月のそら

     秋雑
2253 わたつうみや秋なき花のなみ風も 身にしむころのふきあげのはま

     仁和寺宮よりしのびてめされし
     秋題十首 承久二年八月
     秋雨
2254 あきの色と身をしる雨のゆくくもに いこまの山もおもがはりして

     秋花
2255 このくれの秋風すずしから衣 ひもとく花につゆこぼれつつ

     秋田
2256 ながめあへぬほむけの風のかたよりに 田のもふきこすみねのもみぢば

     秋霜
2257 世やはうきしもよりしもにむすびおく おいそのもりのもとのくちばは

     秋祝
2258 露しぐれもるにつれなき秋山の まつにぞきみのみよは見えける

     秋恋
2259 はつかりのとほ地もよほす秋風に なれてまぢかきなかぞかれゆく

     秋声
2260 風さわぐをぎのはよくとうきて見し ゆめのただちぞいやはかななる

     秋旅
2261 浪かくるそでしのうらの秋の月 やどかるままにまづやしぼらん

     秋恨
2262 心もてよゝのむかしやならひけむ 秋風いそぐをかのくずはに

     秋雑
2263 しられじななくなくあかすながきよも さわべのたづの秋の心は

     内裏秋十首
2264 夏はててぬるやかはべのしののめに そでふきかふる秋のはつ風

2265 おのづからいくよの人のながむらん あまのかはらのほしあひのそら

2266 わすれじなはぎの白露しきたへの かりいほのとこにのこる月かげ

2267 やどれどもぬらさぬそでのわれからに なれてひさしき秋のよの月

2268 声たててたれ松風のおのれのみ たゆまぬ月に衣うつらん

2269 またれつる月もはるかになくつるの こゑあけがたきながきよのしも

2270 いくかへり梅をばきくにながめつつ しもよりしものそでしほるらん

2271 身をくだく年のいくとせなげきして 思とぢめし秋のなみだぞ

2272 たつた山ゆふつけどりのなくこゑに あらぬ時雨の色ぞきこゆる

2273 山ひめのかたみにそむるもみぢばを そでにこぎいるるよもの秋風

     建保二年みなせ殿にて講せられし秋十首哥 応製臣上
2274 もしほくむあまのとまやのしるべかは うらみてぞふく秋のはつ風

2275 あさぢふのをののしのはらうちなびき をちかた人に秋風ぞふく

2276 おほかたの秋おくつゆやたまはなす 身ながらくちしそではほしてき

2277 いく秋をたへていのちのながらへて なみだくもらぬ月にあふらん

2278 宮木のはもとあらのはぎのしげければ たまぬきとめぬ秋風ぞふく

2279 ゆふづく日むかひのをかのうすもみぢ まだきさびしき秋のいろ哉

2280 高砂のほかにもあきはあるものを わがゆふぐれとしかはなくなり

2281 河波のくぐるも見えぬ紅を いかにちれとか峯のこがらし

2282 たま木はるわが身しぐれとふりゆけば いとど月日もをしき秋哉

2283 しものたて山のにしきをおりはへて なくねもよわるのべの松虫

     承久元年七月内裏哥合
     聞擣衣
2284 なさけなくふく秋風ぞをしふらん こぬよのとこに衣うてとは

     庭紅葉
2285 もる山もこのしたまでぞしぐるなる わがそでのこせのきのもみぢば

     聞擣衣といふことを人びとよみ侍しに
2286 荻の葉のつけふるしてし秋風を 又しもさらに衣うつなり

     依月思秋
2287 いたづらにつもれば人のながき夜も 月見てあかす秋ぞすくなき

     承久元年九月日吉哥合とて内よりのおほせごと
     深夜秋月
2288 おほかたのあらしもくももすみはてて そらのながなる秋のよの月

     遠山暁霧
2289 ほのかなるかねのひびきにきりこめて そなたの山はあけぬとも見ず

     暮天聞鴈
2290 かりがねのなきてもいはむ方ぞなき むかしのつらのいまのゆふぐれ

     紅葉添雨
2291 ふりまさるなみだもあめもそほちつつ そでの色なる秋の山哉

     建保五年四月十四日庚申五首 秋朝
2292 小倉山しぐるるころのあさなあさな きのふはうすきよものもみぢば

     承元三年九月新羅社哥合とて人のよませ侍し紅葉
2293 露しものしたてるにしきたつたひめ わかるるそでもうつる許に

     内裏にて 朝見紅葉
2294 もみぢばの猶いろまさるあさひ山 夜のまのつゆの心をぞしる

     建保二年九月十三夜 内裏暮山紅葉
2295 しぐれつつそでぬれきつる山人の かへるいほりはあらぬもみぢ葉

     対菊惜秋
2296 如何せむきくのはつしもむすぼほれ そらにうつろふ秋の日かずを

     紅葉見秋
2297 龍田河おられぬ水の紅に ながれてはやき秋のかげかな

     九月十三夜侍宴詠三首
     秋山月
2298 ささ枕み山もさやにてる月の 千世もふばかりかげのひさしさ

     秋野月
2299 久方のあまつそらゆく月かげを おのれしめのの秋の白露

     秋庭月
2300 雲の秋うへをてらさむ秋もしらざりき をしへし庭のみちの月かげ

     右大臣家六首哥合 夜深待月
2301 夜をかさねたゆまずひさにながめする 山のはおそき月をこひつつ

     故郷紅葉
2302 うつろひし昔の花のみやことて のこるにしきの色ぞしぐるる

     河辺擣衣
2303 こはた河こはたがためのから衣 ころもさびしきつちのおと哉

     元暦元年宰相中将通親卿 五首之内
     擣衣
2304 さえまさるひびきをそへてうつ衣 かさなるよはに秋やくるらん

     冬

     正治二年毎月哥めされし時 初冬
2305 このごろの冬の日かずのはるならば たにのゆきげにうぐひすのこゑ

     時雨
2306 山めぐりしぐれやをちにうつるらん くもままちあへぬそでの月かげ

     承元四年十月家長朝臣日吉社にて講ずべきよし申し哥 故郷時雨
2307 むらくもや風にまかせてとぶとりの あすかのさとはうちしぐれつつ

     時雨知時 私家
2308 いつはりのなき世なりけり神奈月 たがまことよりしぐれそめけん

     寒草纔残
2309 ふくかぜのやどすこのはのした許 しもおきはてぬにはの冬草

     建保二年内裏三首 時雨
2310 山のゐのしづくもかげもそめはてて あかずはなにの猶しぐるらん

     水鳥
2311 池にすむありあけの月のあくるよを おのが名しるくうきねにぞなく

     寒草
2312 霜か雪かをばなにまじりさく花の のこりし色もむかし許に

     正治二年十月一日院御会当座
     枯野朝
2313 あさしもの色にへだつるおもひ草 きえずはうとしむさしののはら

     建仁元年三月尽日哥合嵐吹寒草
2314 あさぢふやのこるはずゑの冬のしも おき所なくふくあらし哉

     建保四年潤六月内裏哥合 冬哥
2315 よしさらばかたみも霜にくちはてね いまはあだなる秋のしらぎく

     三宮十五首 冬哥
2316 神奈月くれやすき日の色なれば しものした葉に風もたまらず

2317 しがらきのと山のあられふりすさび あれゆくころのくもの色哉

     正治元年十一月七日二条殿新宮哥合 紅葉残梢
2318 冬もふかくしぐれし色ををしみもて はつゆきまたぬみねのひとむら

     寒夜埋火
2319 うづみ火のきえぬひかりをたのめども 猶霜さゆるとこのさむしろ

     文治三年冬侍従公仲よませ侍し
     冬十首

2320 ふるさとのしのぶのつゆも霜ふかく ながめしのきに冬はきにけり

2321 やどからぞみやこの内もさびしさは 人めかれにし庭の月かげ

2322 しもかるるよもぎがそまのかれまより ゆきげににたる冬のわかくさ

2323 雲かかる峯よりをちのしぐれゆゑ ふもとのさとをくらすこがらし

2324 かこたじよ冬のみ山のゆふぐれは さぞなあらしのこゑならずとも

2325 こけふかきいはやのとこのむらしぐれ よそにきかばやありてうき世を

2326 浦風のふきあげの松のうれこえて あまぎるゆきをなみかとぞ見る

2327 ながらへむいのちもしらぬ冬のよの 雪と月とをわがひとり見る

2328 そらとぢて又このくれのいかならん 日ごろの雪にあとはたえにき

2329 又くれぬすぐればゆめの心地して あはれはかなくつもる年哉

     つかさはなれてのち、つくづくとこもりゐたるに、しも月うしの日とききしよるになりて、おほきおとどのふみたまへる
2330 月のゆく雲のかよひぢかはれども をとめのすがたわすれしもせず

     むかしのことかきくづし思いづるをりふし、いとどあはれまさりて
2331 をとめごのわすれぬすがた世よふりて わが見しそらの月ぞはるけき

     建久六年二月左大将家五首 冬
2332 霜のうへのあさけのけぶりたえだえに さびしさなびくをちこちのやど

     正治元年左大臣家冬十首哥合
     寒樹交松
2333 冬きても又ひとしほの色なれや もみぢにのこる峯のまつばら

     池水半氷
2334 池のおもはこほりやはてむとぢそふる よごろのかずを又しかさねば

     山家夜霜
2335 ゆめぢまで人めはかれぬくさのはら おきあかすしもにむすぼほれつつ

     関露雪朝
2336 雪のもるすまのせきやのいたびさし あけゆく月もひかりとめけり

     水取知主
2337 見なれてはこれもなごりやをしかもの なれだにやどのぬしはわきけり

     旅泊千鳥
2338 こぎよするとまりさびしきしほ風に 又ゆめさましちどりなくなり

     湖上冬月
2339 月にいづるかただのあまのつり舟は こほりかなみかさだめかねつつ

     炉辺懐旧
2340 つくづくとわがよもふくる風のおとに むかしこひしきうづみ火のもと

     正治二年九月院にはしめて哥合侍しに水鳥
2341 うすごほりゐるをしかものいろいろに 打いづる浪の花ぞうつろふ

     同年冬内裏にて頭中将通具朝臣人びとにうたよませ侍しに 深夜水鳥
2342 こほりゆくみぎわをいづるをしかもに 山のはちぎるありあけの月

     建仁二年三月六首 冬哥
2343 はまちどりつまどふ月のかげさむし あしのかれはのゆきのした風

     建保四年内裏 寒山月
2344 月のうへにくももまがはでおくしもを あかずふきはらふみねのこがらし

     寒閏月 老後私家
2345 山風のあれにしとこをはらふ夜は うきてぞこほるそでの月かげ

     行路霰
2346 冬の日のゆく方いそぐかさやどり あられすぐさばくれもこそすれ

     遠村雪
2347 あともなきすゑのの竹のゆきをれに かすむやけぶり人はすみけり

     建仁元年十二月八日八幡哥合社頭松
2348 神がきや松につれなきよるのしも かはらぬいろよおきあかせども

     月前雪
2349 ふきみだるゆきのくもまをゆく月の あまぎる風にひかりそへつつ

     承久元年七月内裏哥合 冬氷月
2350 天河氷によどむ風さえて ゆくかたおそき月そひさしき

     杜間雪
2351 はつゆきのいのるやなにのたむけして いそぐいくたのもりのしらゆふ

     正治二年左大臣家哥合 庭雪
2352 とどむべき人もとひこぬゆふぐれの まがきを山とつもるしらゆき

     建仁元年三月尽哥合 雪似白雪
2353 冬のあしたよしのの山のしらゆきも 花にふりにしくもかとぞ見る

     摂政殿詩哥合 雪中松樹低
2354 はなと見る雪も日かずもつもりゐて 松のこずゑは春のあをやぎ

2355 風のまのもとあらのはぎのつゆながら いくよかはるをまつのしらゆき

     秀能が五首哥 雪
2356 あまつかぜはつゆきしろしかささぎの とわたるはしのありあけのそら

     建保内裏哥合十首之中 冬
2357 みそらゆく月もまぢかしあしがきの よしののさとの雪のあさけに

     正治二年九月院初哥合 暁雪
2358 あけぬるかこずゑをれふす松がねの もとよりしろき雪の山の葉

     建久五年左大将家哥合 深草雪
2359 ゆきをれの竹のしたみちあともなし あれにしのちのふかくさのさと

     文治五年十二月後京極摂政殿大納言の時雪十首哥 禁庭雪
2360 さえのぼるみはしのさくらゆきふりて はる秋見するくものうへの月

     故郷雪
2361 山人のひかりたづねしあとやこれ みゆきさえたるしがのあけぼの

     山家雪
2362 まつ人のふもとのみちはたえぬらん のきばのすぎに雪おもるなり

     野亭雪
2363 雪の内はなべてひとつになりにけり かれのの色もたのむかきねも

     社頭雪
2364 春日山おほくの年のゆきふりて はるのあさ日は神もまつらん

     古寺雪
2365 うつしける月のみかほはひかりあひて のきのあれまにつもるしらゆき

     雪中恋人
2366 かきくらすゆふべのゆきにせきとぢて 心やみちにかよひわぶらん

     雪中述懐
2367 かずまさる年にあはれのつもる哉 わがよふけゆく雪をながめて

     雪中遠望
2368 ふりまがふ雪をへだてていでつれど くもまにきゆるあまのとも舟

     雪中旅行
2369 うちはらひやどかりわびぬゆきをれの きぎのしたみちおもがはりして

     建保五年庚申 冬夕
2370 ふりくらすよしののみゆきいくかとも はるのちがさはしらぬさとかな

     ははのおもひにてこもりゐたりし冬、雪のあしたに大将殿より
2371 みよしのやをばすて山のはる秋も ひとつにかすむゆきのあけぼの

2372 しもがれのまがきののべのけさの雪 とほき心をにはに見る哉

2373 このさとはまつべき人のあともなし 庭のしらゆきみちはらふとも

2374 おもへどもきみをたづねぬゆきのよに 猶はづかしき山かげのあと

2375 ながめするわがそでならぬくさも木も しをれはてぬるけさの雪哉

     御返し
2376 おもかげのそれかと見えし春秋も きえてわするる雪のあけぼの

2377 昔今心にのこすそらもなし かれののゆきのにはのひとむら

2378 わがやどの雪はいくへとはるや見む あれにしのちのよもぎふのかげ

2379 おもふてふたださばかりをわが身にて ゆきにへだたる山かげも哉

2380 袖のうへはよもの木くさにしをれあひて ひとり友なき雪のした哉

     正治二年二月左大臣家哥合
     冬述懐
2381 いたづらにことしもくれぬとばかりに 冬はなげきぞそふ心ちする

     山野落葉といふことを 私家
2382 みかりののとだちをうづむならしばに 猶ふりまさる山のこがらし

     松竹霜
2383 庭のまづまがきの竹におくしもの したあらはなる千世の色哉

     報恩会のついて 歳暮述懐
2384 思やれまくらにつもるしもゆきの むそぢにちかきはるのとなりは

     おなじ会 山家懐旧
2385 おもひいるみ山にふかきまきのとの あけくれしのぶ人はふりにき

     おなじ会 歳暮 承久三年
2386 つきもせぬうきおもひいでばかずそひて かはりはつなる年のくれ哉

     賀
     建保二年九月十四日和哥所 月契千秋
2387 きみが世の月と秋とのありかずに おくや木草のよもの白雪

     建仁元年鳥羽殿にてはじめて哥講ぜられ、御あそびなぞ侍し夜
     池上松風
2388 いけ水に千世のみどりをちぎるらし こゑすみわたるきしの松風

     建永元年八月十五夜、鳥羽殿御舟に御あそびありし夜、うた人みぎはにさぶらひて
2389 秋の池の月にすむなることのねを 今より千よのためしにもひけ

     正治二年二月左大臣家哥合
2390 松風のこゑさへはるのにほひにて 花もちとせをちぎるやど哉

     建久五年左大将家哥合 祝春日山
2391 かすが山みねのあさ日をまつほどの そらものどけきよろづ世の声

     建仁元年三月尽哥合 寄神祇祝
2392 あとたれしよものやしろもきみにこそ まもるかひあるちよをならはめ

     正治二年九月哥合 十首 神祇
2393 君をまもるあまてる神のしるしあれば ひかりさしそふ秋の夜の月

     庭松
2394 枝かはすたまのみぎりの松の風 いくちよきみにちぎりそふらん

     建仁三年十一月入道殿和哥所にて、九十賀たまはり給し時
2395 きみにけふととせのかずをゆづりおきて ここのかへりのよろづ世やへむ

     承元二年住吉哥合
2396 わがきみのときはのかげは秋もあらじ 月のかつらのちよにあふとも

     仁和寺宮にて 寄松祝
2397 このさとはをかべのまつ葉もる月の いつともわかぬちよぞ見えける

     建保三年五月哥合 松経年
2398 たむけ草つゆもいくよかちぎりおきし はままつがえの色もかはらず

     一条の家にて、はじめて栽松といふ題を、人びとよみ侍しに
2399 ななそぢのとなりをしむるやどにうゑて 千世のはじめは松やならはん

     夕松風 私家
2400 松にふく風のみどりに声そへて ちよの色なるいりあひのかね

     建暦二年とよのみそぎふたたびとげおこなはれしつぎの日、中将雅経朝臣
2401 きみまちてふたたびすめる河水に ちよそふとよのみそぎをぞ見し

     返し
2402 君がよのちよにちよそふみそぎして ふたたびすめるかもの河水

     皇后権亮公衡朝臣、いろゆるされてともいまだしらざりしに、御禊行幸に菊のしたがさねきられたりしを見て、つぎの日
2403 白菊のねはひともとのいろなれど うつろふほどは猶ぞ身にしむ

     返し
2404 たぐふなる名を思ふにもしらぎくの うつろふ色はげに身にぞしむ

     少将になりたるよろこびに、おなじ中将身にうらみありてこもりゐられたりしころ、三日をすぐして
2405 うれしさをとはですぎつる日かずにも 思ふ心の色や見ゆらん

     返し
2406 うれしさをとはれぬほどの日かずゆゑ わくる心も色や見ゆらむ

     為家元服したるのち、ほどなく従上のかかいしたるよろこびに

                    まさつねの中将
2407 袖のうちに思なれてもうれしさの このはるいかに身にあまるらん

     返し
2408 そでせばくはぐくむ身にもあまるまで このはるにあふみよぞうれしき

     おなじ中将のこをありきそめにつかはしたる手本のつつみがみに

2409 あとならへおもふおもひもとほりつつ きみにかひあるしきしまのみち

     返し
2410 しきしまのみちしるき身にならひおきつ すゑとほるべきあとにまかせて

     年ごろののぞみかなはで、辞申す三位に猶叙すべきよしおほせごと侍しかば、侍従をひとたびにと申てゆるされたりしに、おなじ中将
2411 うれしさはむかしつつみしそでよりも 猶たちかへるけふやことなる

     返し
2412 うれしさは昔のそでの名にかけて けふ身にあまるむらさきのいろ

     おなじ日           宮内卿
2413 うれしさは昨日やきみがつむきくの とへとや猶もけふをまつらん

     返し
2414 けふぞげに花もかひある菊の色の こきむらさきの秋をまちける

     とは申しかどしづみぬる事をのみなげき侍しに、思よらざりし参議の闕におほくの上臈をこえてなりて侍しあした、宮内卿
2415 ふしておもひおきても身にやあまらるらん こよひのはるのそでのせばさは
     返し
2416 うれしてふたれもなべての事のはを けふのわが身にいかがこたへむ

     水無瀬殿にあたらしくたきおとされ、いしたてられてのちまゐりてあしたに、清範朝臣のもとへ、地形勝絶のよし申し中に
2417 ありへけむもとのちとせにふりもせで わがきみちぎる峯のわか松

2418 かすがのやまもるみ山のしるしとて みやこのにしもしかぞすみける

2419 きみが世にせきいるる庭をゆく水の いはこすかずはちよも見えけり

     院御所、六月庚申扇合のよしにて、左方扇にかかるべき哥、三条宮よりめされ侍よし、清範朝臣申ゝしかば、たてまつりし
2420 をさまれるみよにあふぎの風なれば よものくさばもまづぞなびかむ

     二条中将このゑつかさにて、年たけぬるよし、述懐百首におほくよみて、ほどなく右兵衛督になりて、あしたに
2421 かしは木はけふやわか葉の春にあふ きみがみかげのしげきめぐみに

     返し             兵衛督
2422 春の雨のふりぬとなにか思けむ めぐみもしげきもりのかしは木

     祖父中納言の春日行幸の賞をつのりて、正三位したるあしたに、右兵衛督、
2423 神も又きみがためとやかすが山 ふるきみゆきのあとのこしけむ

     返し
2424 うづもれしおどろのみちをたづねてぞ ふるきみゆきのあともとひける

     宮内卿のぞみ申さぬに、三位ゆるされたるあしたに
2425 きみが世にむかしいかなるちぎりありて おのおのかかるはるにあふらん

     返し
2426 人にいざなれもやすらんきみがよに ひとりそはるにあふ心地する

     右兵衛督子の少将のよろこびに
2427 みかさ山わかばの松にいかばかり あめのめぐみのふかさをか見る

     返し
2428 年の内に春の日かげやさしつらん みかさの山のめぐみをぞ見る

     日吉祢宜親成七十賀に、人哥つかはしし時
2429 ももとせにみそとせたらぬいはね松 ちよをまつらしいろもかはらず

     おなじ八十賀
2430 ももとせはやそぢの坂にちかけれど 神のめぐみのちよぞはるけき

     元久三年正月高陽院殿初度
     応製 庭花春久
2431 あらたまの年のちとせのはるの色を かねてみがきの花にまつかな

     恋

     建仁二年六月みなせ殿のつり殿にいでさせたまうて、にはかに六首題をたまはりて、御製にあはせられ侍し中 恋三首

     初恋
2432 はるやときとばかりききしうぐひすの はつねをわれとけふやながめむ

     忍恋
2433 夏草のまじるしげみにきえねつゆ おきとめて人のいろもこそ見れ

     久恋
2434 わがなかはうき田のみしめかけかへて いくたびくちぬもりのした葉も

     おなじとし九月、十三夜水無瀬殿恋十五首哥合に
     春恋
2435 わすればや花にたちまよふはるがすみ それかと許見えしあけぼの

     夏恋
2436 ほととぎすそらにつたへよこひわびて なくやさ月のあやめわかずと

     秋恋
2437 こよひしも月やはあらぬおほかたの 秋はならひそ人ぞつれなき

     冬恋
2438 とこのしも枕の氷きえわびぬ むすびもおかぬ人のちぎりに

     暁恋
2439 おもかげもまつよむなしきわかれにて つれなく見ゆるありあけのそら

     暮恋
2440 ながめつつまたはとおもふくものいろを たがゆふぐれときみたのむらん

     羇中恋
2441 きみならぬこの葉もつらしたび衣 はらひもあへずつゆこぼれつつ

     山家恋
2442 風ふけばさもあらぬ峯の松もうし こひせんひとはみやこにをすめ

     故郷恋
2443 つれなきをまつとせしまのはるのくさ かれぬこころのふるさとのしも

     旅泊恋
2444 わすれぬは浪地の月にうれへつつ 身をうしまどにとまるふなびと

     関路恋
2445 すまのうらや浪におもかげたちそひて 関ふきこゆる風ぞかなしき

     海辺恋
2446 わかれのみをじまのあまのそでぬれて 又はみるめをいつかかるべき

     河辺恋
2447 名とり河わたればつらしくちはつる そでのためしのせぜのうもれ木

     寄雨恋
2448 ゆくへなきやどはととへばなみだのみ さののわたりのむらさめのそら

     寄風恋
2449 白妙の袖のわかれにつゆおちて 身にしむ色の秋風ぞふく

     建久五年夏左大将家哥合
     恋 三嶋江
2450 うつりにきわが心から見しま江の いり江の月のあかぬおもかげ

     建仁元年三月尽哥合 遇不遇恋
2451 人心ほどはくもゐの月ばかり わすれぬそでのなみだとふらん

     正治二年二月左大臣家哥合 夏恋
2452 よひながらくものいづことをしまれし 月をながしとこひつつぞぬる

     宇治御幸 夜恋 元久元年七月
2453 まつ人の山地の月もとほければ さとの名つらきかたしきのとこ

     建仁二年三月六首之中 恋
2454 たのむ夜のこのまの月もうつろひぬ 心の秋の色をうらみて

     遇不遇恋 承元二年壬四月四日和哥所
2455 とひこかしまたおなじ世の月を見て かかるいのちにのこるちぎりを

     承元四年九月粟田宮哥合 寄月恋
2456 やどりこしたもとは夢かと許に あらばあふ世のよその月かげ

     三宮十五首 恋哥
24573 露しぐれした草かけてもる山の いろかずならぬそでを見せばや

G2458 おほかたはわすれはつともわするなよ ありあけの月のありしひとこと

2459 ならふなと我もいさめしうたたねを 猶物思ふをりはこひつつ

     建保五年四月庚申 久恋
2460 こひしなぬ身のおこたりぞ年へぬる あらばあふよの心づよさに

     建永元年七月和哥所 被忘恋 当座
2461 むせぶともしらじな心かはらやに 我のみけたぬしたのけぶりは

     建暦三年三月内裏 恋哥三首
2462 やどりせぬくらぶの山をうらみつつ はかなのはるのゆめの枕や

2463 ちぎりのみいとどかりはのならしばは たえぬおもひの色ぞまされる

2464 影をだにあふせにむすべおもひ河 うかぶみなわのけなばけぬとも

     建暦三年九月十三夜内裏哥合
     旅宿恋
2465 とどめおきし袖のなかにやたまくしげ ふたみのうらは夢もむすばず

     建保四年閏六月内裏哥合 恋
2466 あふことはしのぶの衣あはれなど まれなるいろにみだれそめけん

2467 こぬ人をまつほのうらのゆふなぎに やくやもしほの身もこがれつつ

     九月十三夜内裏 寄海恋
2468 人ごころうき波たつるゆらのとの あけぬくれぬとねをのみぞなく

     建保四年内にて 寄芦恋
2469 なにはなる身をつくしてのかひもなし みじかきあしのひとよばかりは

     正治元年冬左大臣家冬十首哥合
     契歳暮恋
2470 あらたまのとしのくれまつおほぞらは くもるばかりのなぐさめもなし

     住吉哥合 旅宿恋
2471 やどりせしかりいほのはぎのつゆばかり きえなでそでの色にこひつつ

     恋不離身といふ心を
2472 心をはつらき物とてわかれにし 世よのおもかげなにしたふらん

     仁和寺宮花五首 寄花恋
2473 花のごと人の心のつねならば うつろふのちもかげは見てまし

     建久七年内大臣殿にて文字をかみにをきて廿首よみしに
     恋五首 かたおもひ

2474 神なびのみむろの山の山風の つてにもとはぬ人ぞこひしき

2475 たましひのいりにし袖のにほひゆゑ さもあらぬ花の色ぞかなしき

2476 おくも見ぬしのぶの山にみちとへば わがなみだのみさきにたつ哉

2477 もしほたれすまのうら波たちなれし 人のたもとやかくはぬれけん

2478 ひだたくみうつすみなわを心にて 猶とにかくにきみをこそおもへ

     中納言長方卿五首哥よませ侍し中に 絶久恋
2479 それとだにわすれやすらむいまさらに かよふ心はゆめに見ゆとも

     建久六年二月左大将家五首 恋
2480 おもひねばたが心にて見えねども 夢にぞいとどうかれはてぬる

     建保右大臣家六首哥合 行路見恋
2481 露ぞおくゐでのしたおびさ許も むすばぬのべのくさのゆかりに

     山家夕恋
2482 涙せくやどもは山にかくろへて あらはにこふるゆふぐれぞなき

     承久二年八月土御門院よりしのびてめされし夜長増恋
2483 秋の夜のとりのはつねはつれなくて なくなく見えしゆめぞみじかき

     寄名所恋 私家
2484 こぐ舟の風にまかするまほにだに そことをしへぬあぶの松ばら

     忍待恋
2485 をしほ山千世のみどりの名をだにも それとはいはぬくれぞひさしき

     寄蛍恋
2486 いとど又あまるおもひはもえつきぬ そでのほたるのひかり見えても

     隔遠路恋
2487 たづぬともかさなるせきに月こえて あふをかぎりのみちやまどはむ

     暮山恋 権大納言家
2488 うつせみのは山もりくるゆふ日かげ うすくや人とねをのみぞなく

     貞永元年七月大殿哥合 恋十首
     寄衣恋
2489 秋草の露わけ衣おきもせず ねもせぬそではほすひまもなし

     寄鏡
2490 ゆく水の花のかがみの影もうし あだなる色のうつりやすさは

     寄弓
2491 かり人のひくやゆずゑのよるさへや たゆまぬ関のもるにまどはむ

     寄玉
2492 緒をたえしかざしの玉と見ゆばかり きみにくだくるそでのしらつゆ

     寄枕
2493 わすれずよ三とせののちのにひ枕 さだむばかりの月日なりとも

     寄帯
2494 如何せんうへはつれなきしたおびの わかれしみちにめぐりあはずは

     寄糸
2495 夏ひきのいとしもなれしおもかげは たえてみじかきのちぞかなしき

     寄莚
2496 あづまののつゆのかりねのかやむしろ 見ゆらんきえてしきしのぶとは

     寄舟
2497 白妙の袖のうらなみよるよるは もろこし舟やこぎわかるらん

     寄網
2498 人心あだなる名のみたつしぎの あみのゆくてになどかかるらん

     はじめて人に
2499 かぎりなくまだ見ぬ人のこひしきは むかしやふかくちぎりおきけん

     恋哥とて
2500 うつりにし心のいろにみだれつつ ひとりしのぶのころもへにけり

2501 あともなき浪ゆく舟にあらねども 風をしるべにものおもふころ

2502 世よかけてつらきちぎりにあゐそめて ふかきおもひの色ぞかなしき

2503 なげくともこふともあはむみちやなき きみがつらきのみねのしらくも

2504 あだしののわかばの草におくつゆの そでにたまらぬものをこそおもへ

2505 わきかへりおつればこぼるたきつせの したにくだけていくよへぬらん

     神奈月のころまどろまであかして
2506 かなしさのたぐひもあらじ神奈月 ねぬよの月のありあけのかげ

     つつむことある人の、はるごろとほくわかれけるに
2507 けふやさはへだてはてつる春がすみ はれぬおもひはいつとわかねど

     はるものごしにあひたる人の、梅花をとらせていりにける又のとし、おなじ所にて
2508 心からあくがれそめし花のかに 猶物思はるのあけぼの

     又
2509 我のみやのちもしのばむ梅花 にほふのきばのはるのよの月

     かげばかり見てかへりける道にて、火のあるよし人のいふに
2510 こひこひてあふともなしにもえまさる むねのけぶりやそらに見ゆらん

     ことなることなき女の、こころたかくおもひあがりて、つれなかりければ
2511 さても猶をらではやまじ久方の 月の桂の花と見るとも

     みやづかへしける女のつぼねにて、たづぬるにかくれければ、かがみのふたをとりかくして、かへさざりけるのち、その女ある人のもとにさだまりゐにければ、そのふたをかへしやるとて
2512 ますかがみふたりちぎりしかねごとの あはでややがてかげはなれなん

     返し
2513 身こそかくかげはなるともますかがみ ふたり見しよのゆめはわすれず

     秋のくれをもろともにをしみあかして、さとへいでにける人に、いでぬ人につたへて
2514 如何せんすててし秋をしたふとて 身もをしからずをしきわかれを

2515 うらめしやけふしもかふる衣手に いりにしたまのみちまどふらん

     返し
2516 わすれねよしたひてくれし秋よりも あだにたつなはをしきわかれを

2517 おろかなるなみだも見えぬそでのうへを とどめしたもとたれかたのまむ

     ある所なる人を我にはばかるよしをききて三位中将
2518 きみならでかよふ人なきよひよひを ゐぬせきもりにかこたざらなん

     返し
2519 あふさかはきみがゆききとききしより まだ見ぬ山にふみもかよはず

     心かはりにける人に
2520 あらはれてしもよりのちのいろながら さすがにかれぬしらぎくの花

2521 かはるいろをたがあさつゆにかこちても なかのちぎりぞ月くさのはな

     ふみつたふる人さはることありてかきたえて
2522 ふみかよふみちもかりばのおのれのみ こひはまされるなげきをぞする

     返し
2523 みかりののかりそめ人をならしばに われぞふみみしみちはくやしき

     かぎりなくしのびて人にしらせざりける人に
2524 あぢきなくなにと身にそふおもかげぞ それとも見えぬやみのうつつに

     返し
2525 いつはりのたがおもかげか身にそはむ ゆめにまさらぬやみのうつつに

2526 ありあけのあか月よりもうかりけり ほしのまぎれのよひのわかれは

2527 舟よするおもひもあらじよひのまの わかれはほしのまぎれなりとも

2528 如何せんさすがよなよな見なれざを しづくににごるうちのかはをさ

2529 うき舟のなにのちぎりか見なれざを あだなるそでをくだしそめけん

2530 しのぶともこふともしらぬつれなさに 我のみいくよなげきてかねむ

2531 しのばれずこひずはなにをちぎりとか うきにそへたるなげきをもせん

2532 せきわびぬいまはたおなじなとり河 あらはれはてねせぜのうもれ木

2533 なとり河ゆくてのなみにあらはれて あささぞ見えんせぜのむもれ木

2534 思やれさとのしるべもとひかねて わが身のかたにくゆるけぶりを

2535 とひかぬるさとのしるべに中たえて いまやあとなきけぶりなるらん

     その人のもとより返事に
2536 なにかとふおもひもいとどすゑの松 わがなみならぬなみもこゆなり

     返し
2537 こえこえず心をかくるなみもなし 人のおもひぞすゑのまつ山

     恋哥よみける中に
2538 時のまもいかに心をなぐさめて 又あふまでのちぎりまち見む

2539 かきやりしそのくろかみのすぢごとに うちふすほどはおもかげぞたつ

2540 わかれてのおもひをさぞとしりながら たれかはときし夜はのしたひも

2541 きてなれしにほひをいろにうつしもて しぼるもをしき花ぞめのそで

     とほき所にゆきわかれにし人に
2542 心をばそなたのくもにたぐへても 猶こひしさのやるかたぞなき

2543 あなこひしふきかふ風もことづてよ 思わびぬるくれのながめを

2544 おもひいづる心ぞやがてつきはつる ちぎりしそらのいりあひのかね

2545 人めもりへだつるみちをおもふより やがてもむねにとづるせき哉

2546 たれもこのあはれみじかきたまのをに みだれて物をおもはすも哉

2547 むすびおくなのみながるるわたり河 わがてにかけん浪とやは見し

2548 おのづからあはれとかけんひとことも たれかはつてむやへのしらくも

2549 けふまでは人もわすれずと許も うつつにしらぬなかぞかなしき

2550 ちぎりおきしおとをたのみにしのぶとも おなじ風だにふかずやあるらん

     つつむことありてふみやることもせぬ人のてならひしたるを、人づてに見て

2551 うらうらにただかきすつるもしほぐさ 見るよりいとどたつけぶり哉

     人のもちたるあふぎに、うつの山べのうつつにも、とかきたるを見て
2552 さぞなげくこひをするかのうつの山 うつつのゆめの又し見えねば

2553 おのづからそれと許をよそに見て むねにせかるる水ぐきのあと

     ひさしくかきたえたる人に
2554 いかがせむありしわかれをかぎりにて このよながらの心かはらば

2555 かぎりあらんいのちもさらにながらへし これよりまさる月日へだてば

2556 身をつくしいざ身にかへてしづみみむ おなじなにはのうらのなみかぜ

2557 涙せくむなしきとこのうき枕 くちはてぬまのあふことも哉

2558 こひしさを思しづめむ方ぞなき あひ見しほどにふくるよごとは

2559 よしさらばおなじ涙にくれなゐの いろにをこひむ人はしるとも

2560 山の葉にまたれていづる月かげの はつかに見えしよはのこひしさ

2561 なほざりにたのめしほどもすぎはてば なににかくべきいのちなるらん

2562 いかさまにこひもなげきもなぐさめん この世ながらのあらぬよも哉

2563 あすしらぬ世のはかなさをおもふにも なれぬひかずぞいとどかなしき

2564 はかなしなゆめにかよはむよなよなを かたみにそれと思なすとも

2565 おのづから人もなみだやしるからん そでよりあまるうたたねのゆめ

2566 おもかげの身にそふ袖のにほひゆゑ ただそのいろにしむ心哉

2567 思いづるはるの衣のかたみまで いはぬ色にぞちしほそめてし

2568 身にかへて人をおもはでこひ見ばや なきになしてもあふよありやと

2569 まつらむとちぎりしほどをわすれずは たれとながめて日をくらすらん

2570 かくしらばをだえのはしのふみまどひ わたらでただにあらましものを

2571 をしからぬいのちもいまはながらへて おなじ世をだにわかれずも哉

     雑

     旅
     伊勢の勅使の御ともにすずかのせきこえしに、山なかのさくらさかりなりししたにて
2572 えぞすぎぬこれやすずかの関ならむ ふりすてがたき花のかげ哉

     宇治御幸に 秋旅
2573 わがいほは峯のささはらしかぞかる 月にはなるな秋のゆふつゆ

     建暦三年八月内裏哥合
     山暁月
2574 やどれ月衣手をもしたひまくら たつやのちせの山のしづくに

     河朝霧
2575 あさぼらけいざよふ浪もきりこめて さととひかぬるまきのしま人

     建仁三年秋和哥所哥合 羇中暮
2576 たちまよふくものはたてのそらごとに けぶりをやどのしるべにぞとふ

     山家松
2577 つれづれとまつにくだくる山かぜも さとから人の心をやしる

     正治元年冬左大臣家十首哥合
     羇中晩嵐
2578 いづこにかこよひはやどをかり衣 ひもゆふぐれの峯のあらしに

     同二年二月同家哥合 秋旅
2579 わすれなん松となつげそ中なかに いなばの山の峯の秋風

     建仁二年三月六首 旅
2580 そでにふけさぞなたびねのゆめも見し 思ふ方よりかよふ浦風

     建永元年秋和哥所 暮山雲 当座
2581 あとたえてとはれぬ山をたがみそぎ ゆふべのそらになびくしらくも

     右大臣家哥合 羇中松風
2582 なれぬよのたびねなやます松風に このさと人やゆめむすぶらん

     摂政殿詩哥合 羇中眺望
2583 秋の日のうすき衣に風たちて ゆく人またぬをちのしらくも

2584 かりいほやなびくほむけのかたよりに こひしき方の秋風ぞふく

     建仁元年十二月八幡哥合 旅宿嵐
2585 故郷にさらばふきこせ峯のあらし かりねの山のゆめはさめぬと

     母のおもひに侍し年のくれに、ひえの山にのぼりて中堂にこもりて侍し春の始もわかれず、かつふる雪にあとたえたりしあした、入道殿山のおぼつかなさなど、こまかにかきつづけ給て、おくに
2586 子を思心や雪にまよふらん 山のおくのみ夢に見えつつ

2587 三たびをがみひとたびたてしおののおとを いまきく許思やる哉

     御返し
2588 うちもねず嵐のうへのたび枕 みやこのゆめにわくる心は

2589 おののおとをたてしちかひもいさぎよく 雪にさえたるすぎのしたかげ

     建久七年内大臣殿にて、文字をかみにおきて廿首哥よみし中に、たびのみち
2590 たにの水峯たつくもをこえくれて まくらゆふべの松の秋風

2591 ひかずゆく山と海とのながめにて はるより秋にかはる月かげ

2592 のきにおふるくさのなかけしやどの月 あれゆくかぜやかたみそふらん

2593 みやことてくものたちゐにしのべども 山のいくへをへだてきぬらん

2594 ちぎりきなこれをなごりの月のころ なぐさむゆめもたえて見しとは

     松尾哥合 山家夕
2595 身におひてすむべき山のゆふぐれを ならはぬたびとなにいそぐらむ

     内裏哥合 山夕風
2596 かねのおとを松にふきしくおひ風に つま木やおもきかへる山人

     野暁月
2597 打はらひささわくるのべのかずかずに つゆあらはるるありあけの月

     内よりめされし哥 羇中
2598 そこはかと見えぬ山地にこととへど こよひもうとし白雲のやど

     旅泊
2599 かぢまくらたれとみやこをしのばまし ちぎりし月のそでに見えずは

     みなせ殿の山のうへの御所つくられてのち、まゐりて池など見めぐりてまかりいづとて清範朝臣のもとへ
2600 おもかげにもしほの煙たちそひて ゆく方つらきゆふがすみ哉

2601 見てもあかぬはるの山べをふりすてて 花のみやこぞたび心ちする

2602 思やる月こそ水にやどるらめ まくらむすばぬかへるさのみち

     述懐

     建久五年夏左大将殿哥合 述懐
     浮田杜
2603 きみはひけ身こそうきたのもりのしめ ただひとすぢにたのむ心を

     述懐三首 建永元年秋和哥所
2604 君が世にあはずはなにをたまのをの ながくとまではをしまれし身を

2605 我ぞ見しみよの始の秋の月 年はへにけりもとの身にして

2606 思おくつゆのよすがのしのぶぐさ きみをぞたのむ身はきえぬとも

     承元二年少将具親八幡にて講ずべきよし申しかば、よみておくり侍し
2607 せく袖は唐紅の時雨にて 身のふりはつる秋ぞかなしき

2608 秋風に涙ぞきほふまじりなん むかしがたりのみねの月かげ

     同四年九月粟田宮哥合 于時辞職
     寄海朝
2609 わかの浦やなぎたるあさのみをつくし くちねがひなき名だにのこらで

     寄山暮
2610 おもひかねわがゆふぐれの秋の日に みかさの山はさしはなれにき

     おなじころ
2611 なきかげのおやのいさめはそむきにき こを思みちの心よわさに

     賀茂社哥 社頭述懐
2612 あはれしれ霜より霜にくちはてて 代よになりにし山あひの袖

     承元二年五月住吉哥合 寄山雑
2613 ゆくすゑのあとまでかなしみかさ山 みちあるみよにみちまどひつつ

     松尾哥合 社頭雑
2614 神がきやわが身のかたはつれなくて 秋にそあへぬくずのうら風

     建暦三年潤九月内裏哥 于時従三位侍従
     寄風雑
2615 あすかがは今はふるさとふく風の 身はいたづらに秋ぞかなしき

     三宮十五首 雑哥
2616 あめつちもあはれしるとはいにしへの たがいつはりぞしきしまのみち

2617 つれなくて今もいくよのしもかへむ くちにしのちのたにのうもれ木

     承元のころほひ内より古今をたまはりてかきてまゐらせしおくに
2618 ためしなき世よのむもれ木くちはてて 又うきあとの猶やのこらん

2619 てるひかりちかきまもりは名のみして 人のしもにや思きえなん

     ふるき哥をかきいだして仁和寺宮にまゐらすとて
2620 年深きしぐれのふるはかきぞおく きみにのこさぬ色や見ゆると

     承久三年内寄りめされし述懐哥
2621 神かけていのりし道のむもれ水 むすびもはてぬかげやたえなむ

     為家元服したる春加階申とて兵庫頭家長につけ侍し
2622 子を思ふかきなみだのいろにいでて あけの衣のひとしほも哉

     ゆるさるべきよし御気色侍ければ
     返し             家長
2623 道を思心の色のふかければ このひとしほもきみぞそむべき

     そのたび叙侍にき宰相の中、七人帯釼先例なきよしを申て、侍従を辞したりし時、ふるき人のもとより
2624 おもひとるみにしたがはぬこころもて たちはなれては猶や恋しき

     返し
2625 老らくの世のことわりをみにしれど また面影はたちもはなれず

     京官除目のついでに、下臈参議おほく納言昇進あるべきよしきこえしに、正三位を申とて、清範朝臣につけ侍し
2626 雪の内のもとの松だにいろまされ かたへの木ぎは花もさくなり

     人のよろこびはなくてゆるされ侍にき。建久六年叙位にともにかかいしたるあしたに、左衛門督隆房卿
2627 くれ竹にこづたふとりの枝うつり うれしきふしもともにこそしれ

     返し
2628 ももちどりこづたふ竹のよのほども ともにふみみしふしぞうれしき

     四位してのち臨時祭日越中侍従舞人にて内をいでしほどに
2629 たちかへり猶ぞこひしきつらねこし けふのみつのの山あゐのそで

     返し つぎのひ
2630 山あゐのしだれはてぬる色ながら つらねしそでのなごりばかりを

     小侍従にゆかりある人のむかへにつかはしたれば、「まかるにことづけやする」と申しかば、その人のかいなにかきつけし
2631 怨ばや世にかずならぬうき身をば わきてとふべき人もとはずと

     返し              小侍従
2632 まてとかくとはれぬわれをうちかへし うらむるにこそねたさそひぬれ

     西行上人みもすその哥合と申て判ずべきよし申しを、いふかひなくわかかりし時にて、たびたびかへさい申しをあながちに申をしふるゆゑ侍しかば、かきつけてつかはすとて
2633 山水のふかかれとてもかきやらず きみにちぎりをむすぶばかりぞ

     返し              上人
2634 むすびながすすゑを心にただふれば ふかく見ゆるを山がはの水

     又
2635 神地山松のこずゑにかくるふぢの はなのさかえを思こそやれ

     又返し
2636 かみぢ山きみが心のいろを見む したばのふぢに花しひらけば

     と申おくり侍しころ、少将になりて、あくるとし思ゆゑありて、のぞみ申さざりし四位して侍き。みなせ殿にさぶらひしに、大僧正のながうたをよみてたてまつられたる返し、ただいまつかうまつるべきよしおほせごと侍しかば、やがてかきつけ侍し
2637 さてもいかに わしのみ山の 月のかげ つるの林に いりしより へにけるとしを かぞふれば ふたちとせをも すぎはてて のちのいつつの ももとせに いりにけるこそ かなしけれ あはれみのりの 水のあわ きえゆくころに なりぬれば それに心を すましてぞ わが山河に しづみゆく 心あらそふ のりの師は われもわれもと あをやぎの いと所せく みだれきて 花ももみぢも ちりゆけば こずゑあとなき み山べの みちにまどひて すぎながら ひとり心を とどむるに かひもなぎさの しかのうら あとたれましし ひよしのや 神のめぐみを たのめども 人のねがひを みつ河の ながれもあさく なりぬべし 峯のひじりの すみかさへ こけのしたにぞ むもれゆく うちはらふべき 人も哉 あなうのはなの 世中や 春のゆめぢは むなしくて 秋のこずゑを 思ふより 冬の雪をも たれかとふ かくてやいまは あとたえん とおもふからに くれはどり あやしきよるの わがおもひ きえぬ許を たのみきて 猶さりともと おもひつつ しばし宮こに やすらひて のこるみのりの 花のかに しひて心を つくば山 しげきなげきの ねをたづね しづむむかしの たまをとひ すくふ心を ふかくして つとめゆくこそ あはれなれ み山のかねを つくづくと わがきみがよを おもふにも 峯の松風 のどかにて ちよにちとせを そふるほど のりのむしろの 花の色 野にも山にも にほひてぞ 人をわたさむ はしとして しばし心を やすむべき つゐにはいかが あすかがは あすよりのちや わがたちし そまのたづきの ひびきより みねのあさぎり はれのきて くもらぬそらに たちかへるべき

     反哥
2638 さりともと思ふ心ぞ猶ふかき たえてたえゆく山河の水

     返し
2639 久方の あめつちともに かぎりなき あまつひつぎを ちかひおきし 神もろともに まもれとて わがたつそまと いのりつつ 昔の人の しめてける 峯のすぎむら いろかへす いくとしどしを へだつとも やへの白雲 ながめやる みやこのはるを となりにて みのりの花も おとろへず にほはむ物と 思おきし すゑはのつゆも さだめなき かやがしたばに みだれつつ 本の心の それならぬ うきふししげき くれ竹に なくねをたつる うぐひすの ふるすはくもに あらしつつ あとたえぬべき 谷がくれ こりつむなげき しゐしばの しゐてむかしに かへされぬ くずのうらはは うらむとも 君はみかさの 山たかみ くもゐのそらに まじりつつ てる日をよよに たすけこし ほしのやどりを ふりすてて ひとりいでにし わしの山 世にもまれなる あととめて ふかきながれに むすぶてふ のりのし水の そこすみて にごれるよにも にごりなし ぬまのあしまに かげやどす 秋の半の 月なれば 猶山のはを ゆきめぐり そらふく風を あふぎても むなしくなさぬ ゆくすゑと みつの河波 たちかへり 心のやみを はるくべき 日よしのみかげ のどかにて 君をいのらん よろづ世に ちよをかさねて 松がえを つばさにならす つるのこの ゆづるよはひは わかのうらや 今もたまもを かきつめて ためしもなみに みがきおく わがみちさても たえせずは ことのはごとの いろいろに のち見む人も こひざらめかも

2640 きみをいのる心ふかくはたのむらん たえてはさらに山河の水

     建保五年五月御室にて三首
     寄山朝
2641 けさぞこの山のかひあるみむろ山 たえせぬみちのあとをたづねて

     寄海暮
2642 しき波のたたまくをしきまとゐして くるるもしらぬわかのうら人

     このうたしきなみの下に或本にあり
     承久二年八月新院よりしのひてめされし 閑中満月
2643 春秋ものどけき宿にをしめばや 山のはとほきあり明の月

     御室にて上陽人を
2644 秋の月むなしき軒のいくめぐり よそに出にし雲の上哉

     承久二年二月十三日、内裏に哥講ぜらるべきよし、もよほされしかば、母の遠忌にあたれるよし申て、おもひよらざりしに、その日の夕がたにはかに、忌日をはばからずまゐるべきよし、蔵人大輔家光、三たびつかはしたりしかば、かき付てもちてまゐりし二首

     春山月
2645 さやかにもみるべき山はかすみつつ わがみの外も春のよの月

     野外柳
2646 道のべの野原の柳下もえぬ あはれなげきのけぶりくらべに

     同年九月十三夜前大僧正のもとにたてまつる
2647 ありてうきいのちばかりは長月の 月をこよひととふ人もなし

2648 おもかげにおほくのこよひしのぶれど 月と君とぞかたみ成ける

2649 なにかせん昔恋しき老が世は たへてみるべき月にしあらねば

2650 秋をへてくやしき月になれにけり いでうきすゑの世に宿りきて

2651 さとわかずみをばはからでしたひみし 月もや今はおもひすつらん

2652 今はとておもひはてつる袖の上を ありしよりけにやどる月哉

2653 行すゑの月と花とに情ありて この比よりは人やしのばん

2654 我宿とうゑしこのまの月にだに すみはてがたき世をもきく哉

2655 あはれなほいまさへいたくながらへて いかなる秋の月かみるべき

2656 今年までみにあまりぬる思ひでは 君にうれへて月を見哉

     返事
2657 長月の月はこよひの雲の上に ながむとこそは思ひやりつれ

2658 うきみなを月にならひてかたみならば かへして君を思やる哉

2659 吹はらふ山の嵐をまてしばし しばしぞ月は雲かくるとも

2660 くだりはつる世の行すゑはならひなり のぼらばみねに月もすみなん

2661 月影の人にやどらぬ世とならば しばしもいかがあり明の月

2662 いかさまにいざとよ月はてらすらん すみはてつべき人は人かは

2663 我もさぞ今行末をとはば月 こたへはいかにうれしからまし

2664 誰にいはむおもへばかなしもろともに ながらへん跡の月のかたみを

2665 よのなかをかみにうれへてみる月に おもふこころは今やはるらん

2666 はてて又まじはるよとやてらすらん さらばたのもし秋のよの月

     無常

     きさらぎのころ母のおもひになり侍しとぶらふとて、大輔
2667 つねならぬ世はうき物といひいひて げにかなしきをいまやしるらん

     返し
2668 かなしさはひとかたならずいまぞしる とにもかくにもさだめなきよを

     おなじ三月尽日、大将殿より
2669 春霞かすみしそらのなごりさへ けふをかぎりのわかれなりけり

     御返し
2670 わかれにし身のゆふぐれにくもきえて なべてのはるはうらみはててき

     おなじ年五月になりて      三位季経卿
2671 はかなさをわすれぬほどをしるやとて 月日をへてもおどろかす哉

     返し
2672 月日へてしづまるほどのなげきにぞ こととふ人のなさけをもしる

     秋のわきせし日、五条へまかりて、かへるとて
2673 たまゆらのつゆもなみだもとどまらず なき人こふるやどの秋風

     返し              入道殿
2674 秋になり風のすずしくかはるにも なみだのつゆぞしのにちりける

     三位中将なくなりての秋、ははのおもひにてこもりゐたる九月尽日、山座主にたてまつる
2675 はつしもよなれのみ時はわきがほに 人はかぞへぬ秋のくれかは

2676 みそぢあまりふたとせへぬる秋のしも まことにそでのしたとほるまで

2677 ふりまさるわがよのあらしよわるらし そでまでもろき秋のくれ哉

2678 見し人のなきかずまさる秋のくれ わかれなれたる心地こそせね

2679 霞までとはれし人はまがひにき むなしき秋のくれのしらくも

2680 あけくれてこれもむかしになりぬべし 我のみもとの秋とをしめど

2681 とはぬ人なれつる秋のつゆあらし あとたしかなる庭のあさぢふ

2682 ねがはるるおもひのすゑも風さむく 谷のとぼそも秋やいぬらん

2683 まださめずよしなきゆめの枕哉 心の秋を秋にあはせて

2684 を山田のつゆのかりいほのやどりかな きみをたのまむいなづまののち

     御返し
2685 くれの秋をかぞへてしるはかひもなし しるしありけりにはのはつしも

2686 したとほるそでにてきみも思しれ よそぢかさぬるしものたもとを

2687 わが秋のふくれば冬の山おろし つよく身にしむあかつきのそら

2688 人の世の霜にしぐれをそめかへて わかれなれたる心地こそすれ

2689 ふぢ衣そめけんはるの霞より さてしも秋のくれのしらつゆ

2690 思いづるきのふの秋はむかしにて このころおもふゆくすゑのはる

2691 わがやどはけさこそいとどあはれなれ 秋におくるるにはをながめて

2692 君はさは思しられてやたどるらん ねがふすみかぞ秋のとなりも

2693 ひとりのみ夜もあけやらぬ秋のゆめの さは又さめぬきみもありける

2694 秋も冬もながめばかりはきみをのみ たのむのかりを月にまかせて

2695 ことのはにむすぶちぎりは見えぬれど たのめといかがいはしろの松

     おなじ日、女院の大輔に
2696 とどまらぬ秋のわかれのかずかずに 見なれし人のなきぞおほかる

     返し
2697 つくづくとひとりながめて思いづる 心の内をきみもしりけり

     おなじとしの雪のあした、大将殿より
2698 白妙のと山の雪をながめても まづいろおもふきみがそで哉

2699 人のよは思なれたるわかれにて あさ日にむかふ雪のあけぼの

2700 いかに君思やるらんこけのしたを いくへ山地の雪うづむらん

2701 まださめぬきのふの夢の袖のうへに たえずむすべるゆきのした水

2702 猶のこれあけゆくそらの雪のいろ このよのほかののちのながめに

     御返し
2703 衣手にはてなき涙まづくれて かはると山の雪をだに見ず

2704 ゆきつもりふりゆくかたぞあはれなる 思なれたるわかれなれども

2705 おなじ世になれしすがたはへだたりて ゆきつむこけのしたぞしたしき

2706 こぞは見ぬきのふのゆめのかずそひて さくらににたるのきの雪哉

2707 心もてこのよのほかをとほしとて いはやのおくのゆきを見ぬ哉

     建久元年二月十六日、西行上人身まかりにける、をはりみだれざりけるよしききて、三位中将のもとへ
2708 もち月のころはたがはぬそらなれど きえけんくものゆくへかなしな

     上人先年詠云、ねがはくは花のしたにてはるしなんそのきさらぎのもち月のころ 今年十六日望月也
     返し
2709 紫の色ときくにぞなぐさむる きえけんくもはかなしけれども

     故摂政殿に夢の心地せし御ことのあくる日、宮内卿とぶらひつかはしたりし返事のついでに
2710 昨日までかげとたのみしさくら花 ひと夜のゆめのはるの山かぜ

     返し
2711 かなしさの昨日のゆめにくらぶれば うつろふ花もけふの山かぜ

     そののち日かずへて又あれより
2712 さくら花こふともしらじかげろふの もゆるはる日になくなくぞふる

2713 春の夜のおぼろ月よもおぼろけの 夢とも見えぬ花のおもかげ

2714 なく涙このめもかれしはるのゆめに ぬるるたもとは君もかはかじ

2715 ふしてこひおきてもまどふはるのゆめ いつかおもひのさめむとすらん

2716 思やるこけのしたこそかなしけれ かすみのたにのはるのゆふぐれ

2717 あふぎ見しかりのかすみにきえしより むなしくくるるはるのそら哉

2718 かりそめのやどにせきいれし池水に 山もうつりてかげをこふらし

2719 いつまでかたれもいくたのもりのつゆ きえにしあとをこひつつもへん

2720 たまきはるいのちはたれもなきものを わすれね心思返して

2721 きえぬべし見ればなみだのたきつせに うたかた人のあとをこひつつ

     返し
2722 こひわぶる花のすがたはかげろふの もえしけぶりをむねにたきつつ

2723 せきもあへぬ涙のとがかくもれ月 霞したしきそらとたのまむ

2724 紅の涙ふりいでしはるさめに あらし身をしるそでのたぐひは

2725 夢ならであふよもいまはしらつゆの おくとはわかれぬとはまたれて

2726 うづもれぬたまのこゑのみとまりゐて したひかねたるこけのした哉

2727 かすみにしうき物からのはるのそら くるればかなしそれもかたみと

2728 山の色はせきいれし水にうつるとも こひしきかげをいつか見るべき

2729 春の夢のかぎりにききしゆふべより いくたのもりの秋もうらめし

2730 世よふともわすれし心たまきはる あだのいのちに身こそかはらめ

2731 今はただわが身ひとつのおもひ河 うたかたきえてたぎつしらなみ

     おなじころ人のとぶらへりし返し
2732 道かはるけぶりのはてにたちそはで ゆめならねばぞあけくらすらん

2733 見しもうきかはらぬ夢とかつきけど わが心にはためしだになし

2734 みかさ山あふぎしみちもたのまれず 世のことわりにまどふ心は

2735 見ぬ人もしらぬも涙かかる世に なれてそむかぬそでのつれなさ

2736 おもかげはまだかぎりともたどられず いとしも人のしづのをだまき

2737 世中はうきにあふぎの秋はてぬ なにのわかれのわすれがたみぞ

2738 さきだててしのぶべしとはしらざりき おもへおもひのほかの涙を

2739 あさつゆにぬれてののちの世もしらず 衣にそめぬ色ぞかなしき

     おなじ年の夏ころの事にや人に
2740 わがそむるたもとの色のひまも哉 それゆゑふかきことのはも見む

2241 なくは世にしのばれんとは見し人ぞ おくるる身こそ思にはにね

2742 あけくれもおぼえぬ月日へだたりて それかのくものそらもたのまず

2743 おもひきやまちしやよひの花の色に はなたちばなのよすが許と

2744 あだに見し花のことやはつねならぬ うきはるかぜはめぐりあふとも

2745 よるのつるの心のいかにとまりけん 衣の色にたれもなくねを

2746 おもひかねひとりなごりをたづねつつ そのよにもにぬやどを見し哉

2747 うたがひてうゑしこずゑはあをばにて 人めはにはのよそにかれにき

2748 日をさしていそぎし池の花の舟 みくさのなかにうき世なりけり

2749 おもひ河あはれうきせのまさりつつ いか許なるなみだとかしる

     又のとし、三月七日かもに御幸侍しつぎの日、大僧正十首御哥の返し
2750 うきながら昨日はそれもしのばれき まだしらざりしこぞのあけぼの

2751 けさはいとど涙ぞ袖にふりまさる きのふもすぎぬこぞもむかしと

2752 おくれてはやすくすぎける月日哉 したひしみちはゆく方もなし

2753 おほかたはただあけぬよの心地して しらずことしのきのふけふとも

2754 わすられぬいのちのかぎりなげきして つらきはもとのなさけなりけり

2755 とほざかる月日のうさをかぞへても おもかげのみぞいとどけぢかき

2756 たのまれぬ夢てふ物のうき世には こひしき人のえやは見えける

2757 うかりけるやよひの花のちぎり哉 ちるをや人はならひなれども

2758 神に猶君をいのりしさか木ばの かげにも見えしたまかづら哉

2759 いはへどもわがためつゆぞこぼれそふ ふぢのさかりを松はふりつつ

     建久元年七月和哥所当座 寄風懐旧
2760 月日へて秋のこの葉をふく風に やよひのゆめぞいとどふりゆく

     雨中無常
2761 よそふればかさねてもろきすゑのつゆ 身をしるそでのうへのむらさめ

    六条三位家衡卿人におくれてなげくとききて申おくりし
2762 とどむてふしがらみもなきわかれ地の 秋のなみだをなににせくらん

2763 なきわたるよさむの風のいかならむ とこよはなれしかりのつばさに

     返し
2764 せく袖もなくなくこそはあかしつれ むなしきとこの秋のこのごろ

2765 とはれてもとこよはなれしかりがねの 秋のわかれはかなしかりけり

     承元四年三月七日左大将殿へ
2766 おくれじとしたひし月日うきながら けふもつれなくめぐりあひつつ

     返し             大将殿
2767 かすみにしけふの月日をへだてても 猶おもかげのたちぞはなれぬ

     入道寂蓮身まかりぬとききて、雅経少将のもとへ
2768 たまきはる世のことわりもたどられず 猶うらめしきすみよしの神

     返し
2769 限あればうらみても又いかがせむ かかるうき世にすみよしの神

     承久元年六月故女院御忌日、蓮華心院にまゐりて思いづることどもおほくてまゐられたりし女房の中に
2770 おいらくのつらきわかれはかずそひて 昔見し世の人のすくなさ

2771 をしむべき人はみじかきたまのをに うき身ひとつのながきよのゆめ

2772 けふごとにくさばのつゆをふみわけて あとなききみのあとぞかなしき

2773 今よりのけふこむ人をかぞへつつ これやなごりのかたみなりける

     つぎの日
2774 おいらくの思ひそこらにしられにし うきをかさねしいにしへのゆめ

2775 思きやと許は見し年どしも ことしをしらぬうらみなりけり

2776 しらざりきたれもえしらじいにしへや あとなききみがあとを見むとは

2777 しのぶべきけふこむ人のそのかずに のこるべしとはおもはざりしを

     老耄籠居ののち、秋ごろ母の思ひなる人に
2778 かはりにしたもとの色もいかならん しぐれはてぬるよものこずゑに

2779 いか許秋の夜すがらしのぶらん ひさしきはてのさらぬわかれを

2780 つゆしぐれ袖になごりをしのべとや 秋をかたみのわかれなりけん

2781 かたみとていくかもあらぬ秋の日に うつろひまさるしらぎくのはな

2782 なき人をこふる涙やきほふらん おつるこのはにあらしたつころ

2783 霜のたて山の錦の夜をへては ともなふむしやよわりはつらん

2784 思やる枕の霜もさえはてて 宮このゆめもあらしこそふけ

2785 さだめなくしぐるる雲のゆききにも そなたのそらをわすれやはする

2786 おほかたの身をしる袖におきそへて 猶色ふかき秋のつゆ哉

2787 ふるさとの時雨につけてことづてよ ひとかたならず思やるとは

     女院かくれさせおはしまして、典侍世をそむきにしころ、とぶらひつかはして、前宮内卿
2788 花のいろもうきよにかふるすみぞめの そでやなみだに猶しづくらん

     返し
2789 すみぞめを花の衣にたちかへし なみだのいろはあはれとも見き

     神祇

     後京極摂政殿、伊勢勅使時、外宮にまゐりて
2790 ちぎりありてけふ宮河のゆふかづら ながき世までもかけてたのまむ

     むかしは八幡の哥合とて人のよませ侍し、社頭述懐
2791 たのむ哉くもゐにほしをいただきて わがすみかてふもとのちかひを

     住吉并依羅社に求子の哥よみてたてまつるべきよし、祠官申ゝかばたてまつりし
2792 住吉の松がねあらふしきなみに いのるみかげはちよもかはらじ

2793 きみが世はよさみのもりのとことはに 松とすぎとやちたびさかえん

     承元二年の秋、少将具親三社にて、うた講ずべきよし申し中に、住吉
2794 つれもなく猶すみの江にたむけぐさ ひきすてらるる道のくち葉を

2795 かきつめし松のした浪いろわかぬ もくづなりけり身さへくちぬる

     広田
2796 あはれびをひろたのはまにいのりても いまはかひなき身のおもひ哉

2797 あまのすむさとのしるべのいくとせに われからたへて見るめなりけり

     ことわりと思しことを北野にいのり申とて
2798 ちはやぶる神のきたのにあとたれて のちさへかかる物やおもはん

     そのことばかりしるしあらたになむ侍ける日吉社にこもりて思つづけける事のなかに
2799 見し夢のすゑたのもしくあふことに 心よわらぬものおもひ哉

2800 うしとよを三とせはすぎのうれへつつ かくてあらしに身やまじりなん

2801 かぞへやるほどやなげきをいのりけん 神にまかせてねをぞなきつる

2802 すてはつなちぎりあればぞたのみけむ 神のなかにも人のなかにも

     承久元年九月、日吉哥合とて、内よりのおほせごとにて、六首の中、社頭松風
2803 たのみこししるしもみつの河よどに 今さへ松の風ぞひさしき

     湖上眺望
2804 にほの海のあさなゆふなにながめして よるべなぎさの名にやくちなん

     御熊野詣の御共にまゐりて、哥つかうまつりし中に、本宮

     寄社祝
2805 ちはやぶるくまのの宮のなぎの葉を かはらぬ千世のためしにぞをる

     河千鳥
2806 さ夜千鳥やちよと神やをしふらん きよきかはらにきみいのるなり

     山家月
2807 み山木のかげよりほかにくまもなし あらしにすてしかりいほの月

     新宮

     海辺残月
2808 わたつうみもひとつに見ゆるあまのとの あくるもわかずすめる月影

     庭上冬菊
2809 霜おかぬ南のうみのはまびさし ひさしくのこる秋のしらぎく

     暁聞竹風
2810 あけぬるか竹のは風のふしながら まづこのきみのちよぞきこゆる

     那智

     深山風
2811 風のおともただ世のつねにふかばこそ み山いでてのかたみにもせめ

     瀧間月
2812 やはらぐるひかりそふらしたきのいとの よるとも見えずやどる月かげ

     寺落葉
2813 てらふかきもみぢの色にあとたえて から紅をはらふこがらし

     本宮にて、又講ぜられ侍し、遠近落葉
2814 こけむしろみどりにかふるからにしき ひとはのこさぬをちのこがらし

     暮聞河波
2815 もろ人の心のそこもにごらじな ゆふべにすめる河波のこゑ

     道のほどの哥 山路月
2816 袖の霜にかげうちはらふみ山地も まだすゑとほきゆふづくよ哉

     暁初雪
2817 冬もけさことしの雪をいそぎけり よをこめてたつみねのあけくれ

     深山紅葉
2818 み山地はもみぢもふかき心あれや あらしのよそにみゆきまちける

     海辺冬月
2819 くもりなきはまのまさごにきみがよの かずさへ見ゆる冬の月かげ

     河辺落葉
2820 そめし秋おくれぬとたれかいはた河 またなみこゆる山ひめのそで

     旅宿冬月
2821 いは浪のひびきはいそぐたびのいほを しづかにすぐる冬の月かげ

     羇中霰
2822 冬の日をあられふりはへあさたてば 浪に浪こすさのの松風

     夕神楽
2823 神がきやけふのそらさへゆふかけて みむろの山のさか木はのこゑ

     釈教

     後法性寺入道関白殿舎利講に、詩哥結縁あるべしとて、十如是の心を、相
2824 あともなくむなしきそらにたなびけど くものかたちはひとつならぬを

     性
2825 にごり江やを河の水にしづめども まことはおなじ山のはの月

     躰
2826 かりそめにつるの林の名をたてし けぶりののちのすがたをぞ見る

     力
2827 みなれさほいはまになみはちかへども たゆまずのぼるうぢのかはぶね

     作
2828 春の田に心をつくる山がつも ううるさなへぞ色にいでける

     因
2829 たねまきし春をわすれぬつまなれや かきほにしのぶやまとなでしこ

     縁
2830 年をへて子日になるるひめこ松 ひくにぞちよのかげも見えける

     果
2831 袖のかをよそへてうゑしたちばなも あさおくしもに身をむすぶまで

     報
2832 しらぬよを思ふもつらきめのまへに 又なげきつむのちのけぶりよ

     本末究竟等
2833 あさぢふやまじるよもぎのすゑ葉まで もとの心のかはりやはする

     人のよませ侍し 化城喩品哥
2834 かりのやどにたとふるのりをあふげども しばしやすめぬ身のうれへ哉

     報恩会 五百弟子品
2835 こひしとてこがるる色もあらしふく ははそがはらに人もやどらで

     同会 人記品
2836 もろともに思そめけるむらさきの ゆかりの色もけふぞしらるる

     大輔勧住吉一品経 法師品
2837 たづねゆくし水にちかきみちぞこれ みのりの花のつゆのしたかげ

     報恩会 提婆品
2838 わたつうみのそこのたまもにやどかりて みなみのそらをてらす月かげ

     報恩会 勧持品
2839 きりはれてゆくすゑてらす月かげを よもさらしなとなにながめけん

     涌出品
2840 いかにしてはつねはわかきうぐひすの ふるき野山の春をつげけむ

     分別功徳品
2841 とぶとりのあすか河風それもかと 袖ふきかへし花ぞふりしく

     嘱累品
2842 三たびなづるわがくろかみのすゑまでも ゆづるみのりをながくたもたむ

     亡父十三年の忌日に遺言に侍しかば、うたよむ人びとすすめて、結縁経供養し侍しに、厳王品
2843 この道をしるべとたのむあとしあらば まよひしやみもけふははるけよ

     律師猷円、すすめし法華経、普賢品哥
2844 こち風にちりしく花もにほひきて わしのみ山のあるじをぞとふ

     母の周忌に、法華経六部みづからかきたてまつりて、供養せし一部のへうしにゑにかかせし哥、一巻
2845 あはれしれはるのそなたをさすひかり わが身につらききさらぎのそら

     二巻
2846 をしまずよあけぼのかすむ花のかげ これもおもひのしたのふるさと

     三巻
2847 郭公たづぬる峯もまどはまし かりねやすむるしるべならずは

     四巻
2848 身をしぼる山井のし水おとちかし さきだつ人に風やすずしき

     五巻
2849 をみなへしうけけるたまのあとしあれば きえしうはばにつゆなみだれそ

     六巻
2850 てらさなん世よもかぎらぬ秋の月 いる山のはにひかりかくさで

     七巻
2851 むかはれよこのはしぐれし冬の夜を はぐくみたてしうづみ火のもと

     八巻
2852 歴劫の弘誓の海に舟わたせ 生死の波は冬あらくとも

     無量義経
2853 たのもしなひかりさしそふさかづきを 世をてらすべきはじめとや見ぬ

     普賢経
2854 あさ日かげおもへばおなじよるの夢 わかれにしぼるしののめのつゆ

     心経
2855 むなしさをみよのほとけのははならば 心のやみをそらにはるけよ

     無量義経の心を人のよませしに 2856 わたしもりいだすふなぢはほどもあらじ 身はこのきしにきりはれずとも

     住江殿にて供養すべしとて、人のすすめ侍し解脱房のためとて
     法華経大意
2857 のりの花きくのあさつゆやどりきて もらすかずなきひかりをぞまつ

     海路懐旧
2858 かへり見ばゆくかたしたふしるべせよ 南の海のふかきちかひに

     舎利讃歎のこゝろ
2859 きえせずなつるの林のけぶりにも のこすひかりのつゆのかたみは

     金光明最勝王経王法正論品哥
     国内居人盛蒙利益
2860 よもの海夜わたる月にとざしせで くもりなきよのみかげをぞしる

     なき人の名をおのおのとりて、率都婆くやうすとて、人のすすめしうた

     磐姫皇后
2861 くろかみのながきやみちもあけぬらん おきまよふしものきゆるあさ日に

     二条后
2862 春かけてなくとりのねに雪きえて ひかりをそへよあけぼののそら

     高津内親王
2863 木にもあらぬ竹のしたねのうきふしに むなしきよよをまづやさとらん

     斎宮女御
2864 さそはなんかよひしことのねをそへて むかふるにしの峯の松風

     広幡御息所
2865 うつしおくはちすのうへにみがかなん かきほにさけるなでしこの露

     在原中納言
2866 もしほたれなげきをすまの道かへて うき世ふきこせせきのうら風

     小野宰相
2867 なく涙わかれは雨とふりぬとも まことのみちにかへれとぞ思

     衣通姫
2868 紫のくもまにけふやむかふらん まちにはまたぬこころかよはば

     大伴坂上郎女
2869 心うきさととしりにしこひなれば 輪廻の霞いまやはるらん

     中努
2870 しのぶらんなみだにくもるかげながら さやかにてらせありあけの月

     文治之比、殷富門院大輔天王寺にて、十首哥よみ侍しに

     月前念仏
2871 西をおもふなみだにそへてひくたまに ひかりあらはす秋のよの月

     草庵忘帰
2872 とまりなんくるればやどるつゆのまも おき所なき身はかくれけり

     暁天懐旧
2873 しらざりつ身は在明のつきもせず 昔になしてしのぶべしとも

     薄暮観身
2874 きえはてむ煙のはてとながむれど 猶あともなきゆふぐれのくも

     旅宿浪声
2875 おどろかし夢の枕による浪も こゑこそかはれ袖はなれにき

     船中述懐
2876 あさなきのふなでにだにもわすればや くがにしづめる秋の心を

     厭離穢土
2877 にごり江に猶しもしづむあしのねの 厭ふしのみしげきころ哉

     欣求浄土
2878 思哉さきちる色をながめても さとりひらけん花のうてなを

     掬亀井水言志
2879 もろ人のむすぶちぎりはわするなよ かめ井の水にこうはへぬとも

     於難波精舎即事
2880 ふきはらへ心のちりもなにはがた きよきなぎさののりのうら風

     遁世のよしききて       家長朝臣
2881 すみぞめの袖のかさねてかなしきは そむくにそへてそむく世中

     返し
2882 いける世にそむくのみこそうれしけれ あすともまたぬおいのいのちは

     おなじ時           按察入道
2883 君がいるまことのみちの月のかげ ゆめと見し世をいまやてらさん

     返し
2884 やみふかきうきよのゆめのさめぬとて てらさばうれしありあけの月
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