拾遺愚草員外(定家)〔134拾員外〕

 

 

拾遺愚草員外雑歌

 

拾遺愚草員外

一字百首       一句百首已上建久元年六月

伊呂波四十七首    二度同二年六月

文字鋂歌廿首  同年同月

三十一字歌二度    十五首歌

十三首歌已上首(百イ)

後書加

文集百首建保六年 四季題百首承久二年秋

韻字四季歌同年

已上片時終篇狼藉左道、依有其恥、雖不加入家集、其中一両首撰取

歌、仍追書入草子奥

建久元年六月有触穢事籠居、依徒然書出上字百、三時詠之

 

春本雖無部分、為一見安書之

一あらたまのとしをひととせかさぬとや霞も雲も立ちはそふらん

二さゆる夜はまだ冬ながら月かげのくもりもはてぬけしきなるかな

三かすが山てらす日影に雪消えてわかなぞ春をまづはしりける

四過ぎがてにつめどたまらぬからなづなうらわかくなく鶯のこゑ

五み山木のかすみは雪のうへとぢて猶雲うづむ草のいほかな

六虫のねはねざめの夢におぼえつつ秋の春にも成りにけるかな

七めづらしきおほ宮人のあづさ弓はるのまとゐのあとをたづねて

八軒ばにぞまだ面影はみえながらさめゆく夢も梅のにほひに

九春の夜のなかばの月の月かげのおぼろけならず身にもしむかな

一〇ながらへん命をいつとおもふにも後をまつべき花のかげかは

一一たれすみて心のかぎりつくすらむ花にかすめるをちの山ぎは

一二まどごしに花ふく風のすぎぬればあつめぬ雪ぞ袖ににほへる

一三やみならばをりてかへらむ時のまにくれぬ山ぢの花の一えだ

一四浪のうへも春はかすみのうちなればさくらがひをぞまづはよせける

一五きの国や吹上のはまの浜風も春はのどけくなりぬべらなり

一六かへる雁なれつる空の雲霞立ちわかれなばこひしからじや

一七きのふまでかをりし花に雨すぎて今朝はあらしの玉ゆらの色

一八つつじさくこけのかよひぢ春ふかみ日かげを分けていづる山人

一九花ちりて後さへ物を思ふかないまいくかかは春のあけぼの

二〇たちかへる春の別のけふごとにうらみてのみも年をふるかな

二一ほどもなくこぞの月日のめぐりあひて又たちきたるしらがさねかな

二二友まちしかきねの雪の色ながら夏をば人につぐるうのはな

二三とりあへずすぐる日数のほどもなくかへしし小田にさなへううなり

二四きなくなるしげみがそこの郭公心の松の色をわくらん

二五すみみばや岩もるし水手にくみて夏よそげなる松の木の本

二六とまびさし煙はたえてほどすぎぬ雲と浪との五月雨の空

二七この比はしづがふせ屋のかきならびすずしくさけるゆふがほの花

二八ならの葉のそよぐ一木の下風にちぎらでつどふ村の里人

二九月まつといはでぞたれもながめつるねやにはうとき夏のよの空

三〇はかなくも命にかくるおもひかなとばかり見まし夏虫の身を

三一夏の夜はうき暁の雲もなし心のそこに月はのこりて

三二たつた山一葉落ちちる夏かげも思ひそめてし色はみえけり

三三ちかしとも秋のけしきのみゆるかなみだるるほたる山のはのほし

三四はちすさくあたりの風もかをりあひて心の水をすますいけかな

三五なにとなくをしまで過ぐる月日にも物あはれなる夏の暮かな

三六おのれのみくだけておつる岩浪も秋吹く風にこゑかはるなり

三七みちしばやはかなき末の露までもいかに結べる秋にかあるらん

三八長月の有明の月のあなたまで心はふくる星あひの空

三九へだつらんいくへの雲のほかにして秋風ふくと雁の聞くらん

四〇しら露のおくてのいな葉うちさわぎひさしく秋の風になるべき

四一鹿のこゑ嵐のかぜもおしなべて秋のあはれは山ちかきいほ

四二野べはいま萩の下露ぬきみだり風に色づく秋の夕ぐれ

四三須磨のうらの秋吹く風にたれすみてもしほたれけん跡はかなしも

四四すてつともいとふ心やよわるべき秋よりのちの月のこのよは

四五霧たちてこの葉は下に色づきぬよわたる月の末をかぞへて

四六二たびとあひみんよよをたのむかないへばかなしき秋のよの月

四七散りにけりまがきの萩の葉のみして露より上に月ぞのこれる

四八はじめなき月のゆくへに身をかへてさらば心のはてをしらばや

四九かるかやのはかなき露のさばかりも秋としいへば袖にこぼれぬ

五〇松風のひびきにたぐふから衣うちたえてただねこそなかるれ

五一はしたかやならすかり庭に日はくれて草のまくらも花の色色

五二霜うづむをばながしたのかれまより色めづらしき花のむらさき

五三物おもはでせかるる袖もなかりけりこずゑのほかの秋の色かな

五四みわたせばよもの梢にもみぢして秋をかぎりの山下の風

五五契りつつしぼるなみだもかばかりぞ空にすぎぬる秋の別に

五六はれくもる空は時雨の心かはまがふ木の葉もおなじ木枯

五七つてにだに人のとへかし神無月もみぢにとづるさとのとざしを

五八夢をだにまだむすばずよささ枕ふしもさだめぬ時雨霰に

五九きぎすなくかた野の原に雪散りてとだちもしらずあるる今日かな

六〇をしのゐるこほりのひまに風さえて心のそこぞまづはくだくる

六一のこりなく暮れぬるとしの色がほにひと葉くもらぬ冬の山かな

六二後の世の心もしらじ網代もりさえたる空の月のよ(をイ)なよな

六三すがはらやふし見のみやの跡ふりていくらの冬の雪つもるらん

六四みなといりのあしまのこほり今朝とぢてさはりさはらず舟もかよはず

六五風さやぐゐなのささ原雪ふりてみちこそたえめおともたえぬる

六六まだふかきあり明の空もそらきりて雪にくまなき遠近の峰

六七うきねするかものうはげにふる雪をかさなる年の数にみるかな

六八つつゐづのゐづつのたるひとけぬまにほどなくくるる冬のかげかな

六九みな人の春をむかふる心こそ年のくれぬるけしきなりけれ

七〇日もくれぬことしは今日をかぎりにてあはれ我がよもしらぬものゆゑ

七一おほかたにききてややまむ人しれずたのむ契のそれもしらねば

七二物おもふ袖のよそめはしるくともさぞとは誰か君につたへん

七三かた見かはただよそながらそれとみていでこしやどの軒の草ばは

七四けふはまたありしよりけにねをぞなくうきだにそひしよその面かげ

七五にほふ夜はさらに物こそかなしけれ梅さく春と人やたのめし

七六ことぞともなくてわかれし夜はのそら月さへあかぬ袖にとまりて

七七人しれぬ涙のそこのみくづよりうきいでてまよふわが心かな

七八我ばかりつらき契は又もあらじ心のあだのむくひひとつに

七九ひさしくもあはですぐべき月日とはかけてもしらずしらばいはまし

八〇てにむすぶほどだにあかぬ山の井のかけはなれゆく袖のしら玉

八一うつろはむ色をかぎりにみむろ山時雨もしらぬ世をたのむかな

八二ちりつもる枕もしらず袖くちてはらひなれたるよどこならねば

八三もろともに見しよの月をかごとにて空に心の行へまつとも

八四ねにたへぬおもひにもえし秋の夜もまだかばかりの露はしぼらず

八五すゑの松まつ夜はあけてかはるともこすてふ波のうへし立てずは

八六あけにけりかざしていづる山かづら人もみるべきひかりばかりに

八七かきすさぶもしほの煙とだえしてあはれをのこすうらの夕風

八八つたかへでしげる山ぢの村時雨たび行く袖に色うつりけり

八九君にのみおもひはかこつ袖なれどはらひもあへぬ山の露かな

九〇はまゆふやかさなる山のいくへともいさしら雲のそこの面影

九一つり舟や月にさをさすあま人をたのみてもこぬ旅のね覚に

九二行きかへり波の上にや年へぬるうきたる身をばかつうらみつつ

九三ふかきよをいそぐたもとの露けさは草の枕の別なりけり

九四かり衣雪うちはらふよをかさねしをれにけりなうつる色色

九五しらざりしをのへの松にめをかけてすぎつるさとのほどをしるかな

九六おもひやる君が八千代をみかさ山心のすゑのしるべたがふな

九七ももしきやてるひのまへにとるほこのたつる心は神もみるらん

九八ふるき跡を見ゆづるかたのあまたあらばいづれの山にいほりしめまし

九九心とて我が物がほにたのめてもつひのすみかの行へやはしる

一〇〇としをへて心の空にかくれどもあはれへだつるみねの雲かな

翌日更書出一句百句五時詠之第一、第二、第三、第四、第五、追

春卅

一〇一はるくればいとど光をそふるかな雲井の庭も星のやどりも

一〇二我がやどにけふのねのびの松うゑて風まちつけむ末の松陰

一〇三さても猶たづねてとはんかすみ立つみやこのたつみ山の遠かた

一〇四とひこかしひとよふたよのへだてかは鶯きゐる宿のくれ竹

一〇五いくとせをつめどもさらにかはらぬはみかきが原のわかななりけり

一〇六雪きえぬ木のまの日影うすけれど中中花とまづみゆるかな

一〇七吹きまよふ梅のにほひに袖しめてをられぬ水もけふはわかれず

一〇八こきまずるにしきおれとや青柳のはなだのいとをまづは染むらん

一〇九さもあらぬ草葉も春はみなれけりさわらびあさる山のたよりに

一一〇うつりあへぬ時雨にだにも袖ぬらすみ山のさとにけふは春雨

一一一さくら花心にちらぬ色ながらいくたび春をうらみきぬらん

一一二あれにけるさはべの駒のけしきかな春のあさぢのめぐむ古郷

一一三かきつらねこし玉づさのかへるかり我がものからに誰しのぶらん

一一四これまでも心心はわかれけりなはしろ水もおのがひきひき

一一五たのめおきし人松風のさ夜すみておもひにかよふよぶこ鳥かな

一一六ももの花ながるる色をしるべとて浪にしたがふ春のさかづき

一一七たのむかなさける藤なみ春をへて南のきしの日影てらさば

一一八思ふどち春のかた見にすみれつむ野原のまとゐ雨ぞそほふる

一一九いつしかも都の人にことづてん井手の山吹今ぞさかりと

一二〇おもふことたれにのこしてながめおかん心にあまる春のあけぼの

一二一きぎすなくかたののま柴やどかりて霞になるる春の夕ぐれ

一二二すみわびてあがるひばりのしるきかな又かげもなき春の若草

一二三おもだかやした葉にまじるかきつばた花ふみ分けてあさる白鷺

一二四こよひねてしばしもなれんときは山岩つつじさく峰の通路

一二五いくたびか我が君が代にあらためんかげものどけき玉椿かな

一二六さほひめの心の色にみゆるかな花もかすみも春の山ざと

一二七あしびきの山なしの花ちりしきて身をかくすべき道やたえぬる

一二八としをへてなれけん宮のつばくらめうらやみたえて後もいく春

一二九みくりはふ汀のまこもうちそよぎかはづ鳴くなり雨のくれがた

一三〇鳥は雲花はしたがふ色づきて風さへいぬる春の暮がた

夏廿

一三一夏衣たつは霞の関なれや春の色をもへだてつるかな

一三二山里は卯の花がきね雪折れてすぎふくいほぞあをばなりける

一三三雲の上のちよのみかげにあふひ草神のめぐみをかけて待つかな

一三四し水せくもりの木陰に日は暮れぬ山ほととぎす此世すぐすな

一三五けふといへばよもぎのわか葉かりそへて宮もわら屋もあやめふくなり

一三六さなへとるたごのをがさのさわぐかなうちちる雨やふりまさるらん

一三七あくがれぬ花たちばなのにほひゆゑ月にもあらぬうたたねの空

一三八雲せきてみかさこえ行く五月雨にながめはたえぬ人も通はず

一三九うたがひし心の秋の風たたばほたるとびかふ空につげこせ

一四〇あづま屋のさせるとざしも夏のよは明くるをたたくくひななりけり

一四一ともしする葉山しげ山露ふかしみだれやしぬるしのぶもぢずり

一四二山ざとはせみのもろごゑ秋かけてそとものきりの下葉落つなり

一四三ながめやるふもとのいほのかやりびの煙もすずしおろす山かぜ

一四四うつりがの身にしむばかり契るとて扇の風の行へたづねば

一四五あだにおく露さへ玉とみがかれてうゑしかひあるとこ夏の花

一四六あぢさゐのしをれて後にさく花のただ一枝よ秋の風まて

一四七月さゆる池のはちすに玉こえてこの世ながらの光をぞます

一四八夏ながら秋風たちぬひむろ山そこには冬をのこすと思へば

一四九またれずよ秋のはつ風いくかともむすぶいづみにみなれそなれて

一五〇まだきよりあさのたち枝に秋かけて袂すずしき夏はらへかな

秋卅

一五一秋きぬと露や梢にもらすらん風よりさきに袖のしをるる

一五二さもあらばあれ七夕つめになり見ばや年に一夜も秋の初風

一五三色にいでん心もしらず秋萩の露に露おく宮木野の原

一五四くちなしのいはで物おもふ秋のよはをみなへしにや色をかこたん

一五五みな人の心にしのぶ秋の野をほにいでてなびく花薄かな

一五六かるかやのしげみわけこしふるさとはあはでもいなん心みえなば

一五七吹きまよふ荻のうは風むすぼほれ秋にとぢつるくれの空かな

一五八ぬぎおきしかた見もしらずふぢばかま嵐の風の色にまかせて

一五九秋かぜにたへぬ草葉はうらがれてうづらなくなりをのの篠原

一六〇この葉ふく風の心になびききて枕にかはる日ぐらしのこゑ

一六一秋の田のほのかに露の色わきてまだきかなしき夕づくよかな

一六二今はとてしぎも立つなり秋のよの思ひのそこの露はのこりて

一六三まくずはふいく田のおくの秋風にやがて色づく袖の上かな

一六四しのばれぬ枕のもとの涙かなをのへのしかの声ききしより

一六五しののめのわかれの露を契りおきてかた見とどめぬあさがほの花

一六六初かりのこゑききそむるこの比の空ならはするあさ霧の色

一六七今夜たれ野べのしら露まづ分けて下葉に月の影たたふらん

一六八み山ぢやみねにもをにも霧こめて待つ人もなし問ふ人もなし

一六九もしほやくあまのとま屋に秋ふけて衣うつなりすまの明ぼの

一七〇みかさ山雲井をいづる影そへてけふひきわくるもち月の駒

一七一秋の月千世を一夜にながむともさてもやあくる空ををしまむ

一七二夜をかさねはたおる虫のいそぐかな草のたもとに露やさゆらん

一七三わかれなむ行へやいかにきりぎりす秋はねざめの友とたのみて

一七四とりべ山ふりゆく跡をあはれとや野べのすずむし露に鳴くらん

一七五たつた山すそのの嵐露ふけばやがてみだるる松むしのこゑ

一七六いなづまの光もいまはよわりけりたのもの風のこゑはかはらで

一七七うちそそく秋のむらさめひやかにて風にさきだつしたの浮雲

一七八花を思ふ心もつきぬしら菊のまだ霜おかぬ色をみしより

一七九年をへてよしなき秋のくれにみてもみぢの色のうらめしきかな

一八〇あらためて又さらにやはをしむべきうらみなれたる秋の別を

冬廿

一八一神な月おなじ木の葉のちるおともけふしも名残無き心ちして

一八二時のまにしぐるる空の雲過ぎて又誰がさとに袖ぬらすらん

一八三夜をへては野べの草葉におく霜のきゆれば色のかれまさるかな

一八四嵐だにかごとがましきみ山べに霰ふるなりみねのしひしば

一八五ふりそめてした葉おもりし松が枝を梢もたへずつもるしら雪

一八六しをれあしのほずゑの色に秋過ぎて雪ぞとどまる遠近の岸

一八七友したふ千鳥なくなりひれふりし松浦の山の跡のしほかぜ

一八八つたひこしかけひのし水つららゐて袖にぞいづる冬のよの月

一八九したの思ひうは毛の氷くだくらし浮ねのかもの夜はに鳴く声

一九〇いかがする枕も床もこほりにて月もりあかすせぜのあじろ木

一九一あしたづのこゑも雲井にきこゆなり玉のうてなは霜ふかくして

一九二ふかき夜にをとめのすがた風とぢて雲ぢにみてる万代のこゑ

一九三ちる雪にみことはすみてをとめごの袖の色ますももしきの庭

一九四きぎす立つゆくてに人のしをるかなかりばのをのの柴の立枝を

一九五いく千代とかぎりもしらぬ雲の上にはるかにすめる朝くらのこゑ

一九六すみがまの煙の下につむ物は寒きをねがふ歎なりけり

一九七としくれてほとけのみなを聞く時はつもれるつみものこりあらじな

一九八うちにほふふせごのしたのうづみ火に春の心やまづかよふらん

一九九門ごとに千代の春とやいはふらん松きるしづのおのがさまざま

二〇〇春秋やことぞともなきすさびにてさもいたづらにつもる年かな

建久二年六月つきあかかりし夜ふくるほどに、大将殿よりいろは

の四十七首をつかはして、御使につけてたてまつるべきよし侍り

しかば、やがて書付け侍りし

詠四十七首和歌

 

権少将 

春十首

二〇一いつしかもかすめる空のけしきかなただ夜のほどの春の曙

二〇二ろうのうへの秋ののぞみは月のほど春は千さとの日ぐらしの空

二〇三はるはきてたにの氷はまだとけずさはおもひわく鳥のねもがな

二〇四にほひきぬ又このやどの梅の花人あくがらす春の明ぐれ

二〇五ほのぼのとかすめる山のみねつづきおなじきぎすのこゑぞうらむる

二〇六へて見ばやたきのしらいと岩こえて花ちりまじる春の山里

二〇七ときはなるみどりの松の一しほはにほはぬ花の匂なりけり

二〇八ちりまがふ花に山路はうづもれぬたれかきわけて今朝をとふらん

二〇九りうもんのたきにふりこし雪ばかり雨にまがひてちる桜かな

二一〇ぬぎかへむあすの衣の色もをしいたくはなれじ花のにほひに

夏十首

二一一るりの地に夏の色をばかへてけり山のみどりをうつす池水

二一二をの山やまだ冬ごもる雪とみてうの花わくる谷のほそ道

二一三わすられぬこぞのふるごゑ恋恋ひて猶めづらしき郭公かな

二一四かざしてもたのみをかくるあふひ草てる日のかげにいく世なるらん

二一五よせかへる浪のひびきに秋かけて夏はかよはぬいその松かぜ

二一六たのむかなはちすの露に契りおきてきえなん後の玉の行へを

二一七れいよりもこよひすずしき嵐かな秋まつかげの山の井の水

二一八そでかろきせみのは衣なれなれて秋の初風たちわかれなば

二一九つもりける夏の日かずをいとひつつおもへばとしのなかば過ぎぬる

二二〇ねぬにのみあけし夜ごろのはかなさもただけふはつる六月のくれ

秋十首

二二一なにとなくものぞかなしき秋風のやどかりそむる庭の荻原

二二二らいしおかむただ秋はぎの一枝もほとけのたねはむすぶとぞきく

二二三むらさきの露ににほへる花よりも色むつまじきをみなへしかな

二二四うづらなくまくずが原の露分けて袖にくだくる秋の夕ぐれ

二二五ゐな山のやまのしづくも色づきて時雨もまたずふくる秋かな

二二六のちに又たれかきてみん谷川やむすぶしづくに紅葉ちる山

二二七をりごとにあはれもよほす籬かな秋のすゑ葉の菊の白露

二二八くれにけりをしむかひなくゆく秋にまだみぬほどの長月の月

二二九やきにやく秋の入あひのこずゑかな夕くれなゐを分くる山風

二三〇または見じ秋をかぎりのたつた山紅葉のうへに時雨ふる比

冬十首

二三一けぶりさへめにたつけさのすまひかな梢あらはにはるる山里

二三二ふゆきぬとつげの枕のしたさえてまづ霜こほるうたたねの袖

二三三こしの山またこのごろのいかならむなべてのみねにそそく初雪

二三四えのみなみわか葉の草もみどりにて春のかげなる神無月かな

二三五てらでらにおなじくひびく鐘のおとにことしも冬のまづきこゆらん

二三六あとたえておちし木の葉に雪ふりぬたればかりはとまつ人もなし

二三七さほ川のせぜのいはなみふみしだき氷にわぶるさ夜千鳥かな

二三八きぎす鳴くかりばの雪に旅ねせむうだのふし柴しばしやどかせ

二三九雪おもる松のひびきを友として山ぢも冬もふかきやどかな

二四〇めぐりあふほどなきけふはあまたへぬさていくとせをむかふべき身ぞ

恋七首

二四一みづぐきのはかなきことをしるべにてけふせきかぬる袖のしがらみ

二四二しきたへの枕のしたにみなぎりてやがてもくだすみなの川かな

二四三ゑにかける鳥ともさらにみなれじなはねをならぶる契なければ

二四四ひさしくも成りにけるかなかりそめに契りしままの世のはかなさは

二四五もろともにしぼる涙の色なれてたれかおくるる袖はくたさん

二四六せめておもふいま一たびのあふことはわたらむ川や契なるべき

二四七すてやらず猶たちかへる心までおもへばつらきよよの契を

この歌を越中侍従みて、やがてかきつけてつかはしたりし返しに、

春十首

二四八いくかへり山も霞みてとしふらん春たつけさのみよしのの原

二四九ろくやをんてらす朝日に雪消えて春の光もまづや道びく

二五〇はつねなけいまは鶯谷の戸をとぢたる雪のふるすなりとも

二五一にごり江におふるまこもをあさるとてかげにもこまのはなれぬるかな

二五二ほしの影のにしにめぐるもをしまれて明けなんとする春のよの空

二五三へりもいともたえたるみすのひまもみな花にうづめる古郷の春

二五四鳥のねも花のかをりも春ながらながめはれせぬよもぎふの宿

二五五ちぎらねど人のまたるる夕かな猶花のこるけふのたのみに

二五六りちのうたにことのねあへる夕まぐれかたいとなびく庭の青柳

二五七ぬま水のあたりもにほふかきつばたけふのみ春とみてや帰らん

夏十首

二五八るてんするみつのさかひににたるかなをしみし春も別れぬるはな

二五九ををたえてみだるる玉と見ゆるかな雨のなごりの卯花の露

二六〇われのみやききてかたらむ郭公まだ里なれぬ暮の一こゑ

二六一かりそめのつまとはみれどあやめ草軒の匂にいく世なるらん

二六二よきてふけ花橘の下かぜに匂ひも色もさそふ涙を

二六三たづねつる山井のし水岩こえてむすばぬ袖に秋風ぞ吹く

二六四れいのこゑかねのひびきも秋ちかしいほりも寺も山ふかくして

二六五そめぬより時雨まつらし大井河あらしの山の夏の木の本

二六六つりぶねにはかなくあかす旅人のうきねすずしき夏のみじか夜

二六七ねにかへる花をうらみし春よりもかた見とまらぬ夏のくれかな

秋十首

二六八なみぢより秋や立つらんすまの関あさけの空にかはるうら風

二六九らのへうしひもの玉ゆらとき風はあまのかはらに雲やまくらん

二七〇むすぶ露おきふす風の色ごとに心みだるる真野の萩原

二七一うき雲の色さへかはる月影の袖に露おく秋はきにけり

二七二井づつよりなれこしかみのながき夜をひとりかきやる秋のた枕

二七三のこりなくちりなん後のいかならん下葉色づく萩のしら露

二七四をしみわび心もつきぬ夜をかさね月かたぶけば秋もとまらず

二七五くりかへしいく秋風にたぐふらんまさきのかづら色かはりつつ

二七六やみぞうき秋をかぎりとながめても月にわかるるかたみなりせば

二七七まつ風はたぐふこの葉もなきものを秋ののこらぬ声きこゆらん

冬十首

二七八けたずともはかなくおける露をさへ秋のかた見ははらふこがらし

二七九ふかき夜のならの葉わけにつたひきて時雨にかへる夢の通路

二八〇このうちのおもひも冬やまさるらむ霜にまよへる鶴のもろごゑ

二八一えこそみねうちふすほどの夢をだにあられにわぶる椎の下かぜ

二八二てふのゐし花はさながら霜がれてにほひぞのこる菊のまがきに

二八三あしがものさわぐ入江につららゐてかさなる霜のいくへさゆらん

二八四さしかへる宇治の川をさ袖ぬれてしづくのほかにはらふ白雪

二八五きのふけふとはばとへかし雲さえて雪ちりそむる峰の松かぜ

二八六ゆらの戸のしほかぜはげしふなわたり冬をばすぐせ後もあひみん

二八七めぐみつつ雪にひらくる梅がえの下の匂ひに春ぞかよへる

恋七首

二八八みちのくのしのぶもぢずりみだれつつ色にを恋ひんおもひそめてき

二八九したにのみ恋ひてはさらにやましろのみづののまこもかりねなりとも

二九〇ゑるくしのさしてもなれぬ名ごりゆゑとよのあかりのかげぞこひしき

二九一ひきすゑてわがてなれこしあづさ弓かへりて人をこひむとや見し

二九二もりぬべし涙せきあへぬ床のうへにたえず物思ふ人のなげきは

二九三せをはやみ岩きる浪のよとともに玉ちるばかりくだけてぞふる

二九四すぎてゆく月日もつらし人しれずたのめしままの中の契は

いろはの歌ののち、これもおなじさまに、御使をたてながら、と

りあへざりしいたづらごとにや

春五首

二九五雪のうちに春をきたりとしらするはみのしろ衣梅の花がさ

二九六春といへばつのぐむあしの夜のほどをけしきにみするさはの春駒

二九七あさみどり空に浪よるいとゆふにみだれてまがふ窓の青柳

二九八うゑおきしこずゑの梅の春風をおもふもしるくきゐるうぐひす

二九九いろにちる花にうらみをつくさせてつれなくよそに過ぎぬるやよひ

夏五首

三〇〇いとはるるなをやたつべき年をへて春をへだつるひとへの衣

三〇一たれも世にしたのおもひはやすからじもてもかくさずもゆる夏虫

三〇二また人のこととふやどの籬かはよし跡たえねしげる下草

三〇三すだきけむ人こそしらねふる里のむかしはいまにさけるなでしこ

三〇四なれきつるあふぎの風もいかならん夕のきぎに声はつるせみ

秋五首

三〇五秋よまた心のほかのおもひかな荻のうは風みねになく鹿

三〇六ふく風もおくしら露もてる月も光にみがくかすがのの萩

三〇七我すぎばとはましものを衣うつおともほのかに霧こむる里

三〇八秋の色のまなこにみてるすまひかな門田のなることまやの紅葉

三〇九あぢきなきほかの紅葉の色も見じしばし吹きやめちらす木がらし

冬五首

三一〇さくら花をしみしくれもまだちかきおもかげながら時雨する冬

三一一すずみせしならのひろ葉をけさもがな日影ふせがん雪つもるやど

三一二ときしもあれさびしき池の汀かなあしのかれ葉に友こふる鴛

三一三むらさきも猶くちはつる色かへて三たびうつろふ霜がれの菊

三一四もろ人のなやらふおとに夜はふけてはげしき風に暮れはつる年

建久七年秋ころ、いたはること侍りてこもりゐたる夕つがた、大

将殿よりこの歌をかみにおきてただいまと侍りしかば、使につけ

てまゐらせし、いまみれば歌にてもなかりけり

三一五あけがたになるや秋風立ちそめていささかすずし夏の手枕

三一六きりの葉のうらふく風の夕まぐれそそや身にしむ秋はきにけり

三一七はちすさく池の夕かぜ夏はあれどよし一花の秋のなでしこ

三一八なにはがたいり江は月にゆづりおきてあしのほずゑにうつる白波

三一九をる人はいさしらすげのまのの萩わがたちぬるる露のにしきか

三二〇夢もみずうつつもかなしをしか鳴くみ山べつらき有明のそら

三二一ふたり見し空行く月のにたるかなとおもへばおなじ秋の衣で

三二二またはこじ露はらふ風は篠分けてひとりゐなのの八月長月

三二三くりかへししづのをだまきおもふともかへらぬ月ぞ此比の月

三二四れんよする雲ゐのはしの秋の月心たかくもすみのぼるかな

三二五こす浪もくだくる玉もこほるめりやそうぢ川のいはの月影

三二六そま河(山イ)の秋のよそなる色もみなあらぬ暮にはかはる空かな

三二七たのままし人いかばかりつらからむあとなき秋の古郷の露

三二八竹おひて舟さしよする川むかひ霧のみ秋の明ぼのの色

三二九長月の霜にさえゆくむさしののゆかりに遠き草のもとかな

三三〇らむせいの花のにしきの面影にいほりかなしき秋の村雨

三三一ねぬ夜のみかさなる雲の古郷に涙とぶらへ秋のかりがね

三三二おちつもる木葉はらはぬ紅はさびしかるまじき色ぞとおもへど

三三三きまさずはよひの秋風しばしまてつれなき人に涙かこたん

三三四のこりゆく命にそへてかなしきはとはれし月にむかふ秋風

三三五うすくこき紅葉をやどにこきまぜておのれとまらぬ山おろしの風

三三六はるのねやとぢてしこけは色ふりて秋の枕にうかぶ月かげ

三三七かへりこむ月日かぞふるあさぢふもいまはすゑなる日ぐらしの声

三三八せきとめてしばしも見ばや紅葉ちる秋をさそひておつる山水

三三九はげしさはこの比よりもたつた山松の嵐に紅葉みだれて

三四〇きしのまましげみさえだの露分けて袖をかたみのそが菊の花

三四一野べのほかよもの草葉はおとろへて宮この夢をむすぶはつ霜

三四二しらばやな暮れゆくはてをながめてもわが世になれん秋の契を

三四三たきすさむもしほの煙ほのぼのとなびきなびかず秋の夕暮

三四四つりぶねのうかぶなみぢに月おいて人と秋とのわかれをぞ思ふ

三四五ゆきかへるはてはわが身のとし月を涙も秋もけふはとまらず

建久三年九月十三夜、左大将殿にまゐりたりしかば、にはかに人

人めしにつかはして、いまこんといひしばかりに、といふ歌をか

みにおきてよませられしに、これらはかきとどむべき物にもあら

ねど、筆をだにそめあへぬみだれがはしさもなかなかやうかはり

てやとて

三四六いかならん外山の原に秋くれて嵐にはるる峰の月影

三四七まだきより暮行く秋のをしければいづるもつらき長月の月

三四八こゑよわるむしの鳴くねの友がほに風もすくなきならの葉がしは

三四九むすびける契もつらき(しイ)秋のののすゑ葉の霜のあり明の影

三五〇としのうちはよしただ秋のなからなん心もたへず人もうらめし

三五一いくかへりもみぢきぬらんははそ原ちりしく木葉秋をかさねて

三五二ひきかふる冬のけしきのさびしさをまだきにみする秋の山ざと

三五三しるしらずやどわかるべき今夜かは秋風すさぶ庭の月かげ

三五四はぎのはのはななき末の露の色月のなさけは猶おかれけり

三五五かりがねのはるかになのる一こゑも物おもふ袖の露ぞうけとる

三五六りうたんの花の色こそさきそむれなべての秋はあさぢふのすゑ

三五七にしの空いかなる関とさしこめて月と秋との影をとどめん

三五八なにごとをおもふともしらぬ涙かな秋のねざめのあかつきの床

三五九かねてより思ひし色にすぎにけり嵐の山の秋のくれがた

三六〇つり舟のはるかにいづる浪風にいり江かなしきあきのくれかな

三六一木のはおちぬ草葉はかれぬなにをかは山にも野にも人のながめん

三六二のこりなく消えぬる雲の夜もすがら又たなびかぬ秋のよの月

三六三あたら夜とおもふばかりにやどはいでぬ心のはては月の行へに

三六四りんゑしてたまたまうくる人の世に猶秋のよの月ぞすくなき

三六五あまた見し秋にもさらにおもほえずかばかりすめる月の面かげ

三六六けぶりたつをちのしの屋のくぬ木原そのふしもなく秋ぞかなしき

三六七のきにおふるしのぶの末の露までも秋にしをるるふるさとの空

三六八つきはつる秋のおもひにひびきあひて枕にさむき鐘の声かな

三六九きてとはぬ人のあたりをさはみばやひとりわがすむ里の秋かぜ

三七〇おのれのみ秋をばよそにみむろ山岩むす苔に時雨ふれども

三七一ま野の浦のいり江の浪に秋暮れてあはれさびしき風の音かな

三七二ちる木の葉かさなる霜に跡もなし山路のおくの秋の通路

三七三いまさらにそふべき秋の日かずかはことわりもなきものうらみかな

三七四てりかはる紅葉をみねの光にてまつ月ほそき有明のやま

三七五つまこふる鹿の心もいかならんおのがこゑさへかはるあきかぜ

三七六るりの水にしきのはやし色色に心うきたつあきの山川

三七七から国のむかしの人もたへざりし秋のあはれをたれかしのばん(ぬイ)

三七八なべてにぞみなことのははなりぬべき玉みぬ月の秋の光を

いろはもじぐさりのおなじころのことにや、いづれももとの御

歌にかへむとすれば、色色もいとどありがたくや

十五首歌

三七九国とめる民のかまどの煙にも外山の木木のもとぞしらるる

三八〇ふかき夜の道にさきだつ松の火の光をおくる契ばかりや

三八一わきそめしはじめもしらずあらかねの土よりなれるよもの海山

三八二霜さえて月かげしろき風のうちにおのが秋なるかねのおとかな

三八三行へなき山のしづくの露ばかりながるる水のすゑのしらなみ

三八四あさ日さすきしの青柳うちなびき春くる方はまづしるきかな

西

三八五宮こよりたづねいくのの花薄ほのかにてらすみか月のそら

三八六堂たてし岸のかひある藤波のなびきてともにたのみやるかな

三八七ひかげみぬこなたの軒の陰の雪山のこしぢは空にしられぬ

三八八秋のよの影かたぶかぬもち月のとまるは空のもなかなりけり

三八九かは竹の葉ごしの色にまがふかな玉のすだれにかくるあふひは

三九〇枝かはす岸の款冬はなちりてこがねの露に浪ぞこえける

三九一時雨れつる雲も日影にそめられて紅葉をちらす峰の木枯

三九二白雲のやへたつ峰の山ざくら空にもつづく滝つかは風

三九三烏羽玉のやみのうつつにかきやれどなれてかひなき床のくろかみ

大将殿にて秋ごろ、よゐの僧の経よむをききて、れいのこのもじ

をかみにおきて、秋の歌

三九四なつすぎぬとおもふばかりのあさけよりやがてみだるる袖の露かな

三九五もとめても秋よりほかのやどもがなことぞともなき袖やかわくと

三九六めぐみぬとみればくれにし春の草風におどろく秋はきにけり

三九七うみ山もしらぬわかれの袖の上にこずゑもやがて秋の夕暮

三九八ほのかなる霧よりをちの秋風やおもふ行への竹の一村

三九九うつおとを過ぎゆく宿におくらさで秋の衣の風したふらん

四〇〇歴山のすそ野の小田の秋風やなびきし人のはじめなるらん

四〇一むかしをば夢にのみこそあひみしかただそのままの袖の月かげ

四〇二くれにけり又この秋の花薄ほのめく霧に霜結ぶまで

四〇三ゑじのたく煙ばかりはさもあらばあれ雲井の月の秋風の空

四〇四きくさきてこの葉もおちぬこれぞ此ことしもおなじ秋のつれなさ

四〇五やすらはでねなまし月にわれなれて心づからの露の明ぼの

四〇六うく紅葉玉ちるせぜの色そめてとなせの滝に秋もとまらず

或上人文集の詩を題にてよまむと思ひたつ事ある、けちえむすべ

きよしすすめ申されしかば、老ののちのいたづらごとかきつけて

つかはしし

春十五首

今日不知誰計会、春風春水一時来

四〇七氷とくもとの心やかよふらん風にまかするはるの山水

春風先発花中梅、桜杏桃李次第開

四〇八さきぬなりよのまの風にさそはれて梅よりにほふ春の花園

白片落梅浮澗水

四〇九白妙の梅さく山の谷風や雪げにきえぬせぜのしがらみ

黄梢新柳出城牆

四一〇このさとのむかひの村のかきねより夕日をそむる玉のを柳

春来無伴閑遊少

四一一おもふどちむれこし春もむかしにて旅ねの山に花やちるらむ

鶯声誘引来花下

四一二衣でにみだれておつる花のえやさそはれきつる鶯のこゑ

逐処花皆好、随年貌自衰

四一三やどごとに花のところはにほへども年ふる人ぞ昔にもにぬ

遥見人家花便入、不論貴賤与親疎

四一四はるかなる花のあるじのやどとへばゆかりもしらぬのべのわか草

花下忘帰因美景

四一五時しもあれこし路をいそぐ雁がねの心しられぬ花の本かな

落花不語空辞樹

四一六山吹の色よりほかにさく花もいはでふりしく庭のこのもと

花落城中地、春深江上天

四一七春の空入江の浪にうつる色みやこもふかく花やちるらん

背灯共憐深夜月、踏花同惜少年春

四一八そむけつるまどの灯ふかき夜のかすみにいづる二月の月

歳時春日少

四一九いたづらに春日すくなき一年のたがいつはりにくるるすがのね

留春春不留、春帰人寂寞

四二〇うらむとてもとの日かずのかぎりあれば人もしづかに花もとまらず

厭風風不定、風起花蕭索

四二一春のゆく梢の花に風たちていづれの空をとまりともなし

夏十首

微風吹袂衣、不寒復不熱

四二二たちかふるわが衣でのうすければ春より夏のかぜぞすずしき

新葉陰涼多

四二三陰しげきならの葉がしは日にそへてまどより西の空ぞ少き

廬橘子低山雨重

四二四むらさめに花たちばなやおもるらんにほひぞおつる山のしづくに

池晩蓮芳謝

四二五風わたる池のはちすの夕月よ人にぞあたるかげも匂ひも

風生竹夜窓間臥

四二六風さやぐ竹のよなかにふしなれて夏にしられぬ窓の月かな

青苔地上消残雨、緑樹陰前逐晩涼

四二七夕立のなごりの露を染めすてて苔のみどりにくるる山かな

不是禅房無熱到、但能心静即身涼

四二八嵐山すぎの葉かげのいほりとて夏やはしらぬ心こそすめ

暑月貧家何所有、客来唯贈北窓風

四二九吹きおくるまどの北風秋かけて君がみけしの身にやしまぬと

蕭索風雨天、蝉声暮啾啾

四三〇空蝉の夕のこゑはそめかへつまだ青葉なる木木の下陰

夏臥北窓風、枕席如涼秋

四三一やどからにせみの羽衣秋やたつ風のた枕月のさ莚

秋十五首

夜来風雨後、秋気颯然新

四三二よるの雨のこゑ吹きのこす松風に朝けの袖は昨日にもにず

団扇先辞手

四三三はしたかを手ならす比の風たちて秋の扇ぞ遠ざかり行く

大底四時心惣苦、就中断腸是秋天

四三四さくら花山郭公雪はあれどおもひをかぎる秋はきにけり

八月九月正長夜、千声万声無終時

四三五長月をまつよりながき秋の夜のあくるもしらず衣うつこゑ

相思夕上松台立、蛬思蝉声満耳秋

四三六夕ぐれは物おもひまさる蛬身をかへてなくうつせみのこゑ

遅遅鐘漏初長夜、耿耿星河欲曙天

四三七鳥のねをとしもふばかり待ちし夜の鳴きてもながき暁の空

残影灯閑牆、斜光月穿牖

四三八わがしたふ人はとひこずまどごしに月さしいりて秋風ぞ吹く

黄茅岡頭秋日晩

四三九たれもさや心の色のかはるらむをかのあさぢに夕日さすころ

月陰雲樹外、蛍飛廊宇間

四四〇しぐれ行く雲のこずゑの山のはに夕たのむる月もとまらず

礙日暮山青蔟蔟、浸天秋水白茫茫

四四一山をこそ露も時雨もまだ染めね空の色ある秋の水かな

寒鴻飛急覚秋尽、隣鶏鳴遅知夜永

四四二まきのやにとなりの霜は白妙のゆふつけ鳥をいつかきくべき

老菊衰蘭両三叢

四四三ふぢばかま嵐のくだくむらさきに又しら菊の色やならはん

不堪紅葉青苔地、又是涼風暮雨天

四四四こけむしろもみぢふきしく夕時雨心もたへぬ長月のくれ

葉声落如雨、月色白似霜

四四五こゑばかりこの葉の雨は古郷のにはもまがきも月の初しも

万物秋霜能壊色

四四六した草のしぐれもそめぬかれ葉まで霜こそ秋の色はのこさね

冬十首

十月江南天気好、可憐冬景似春花

四四七この里は冬おく霜のかろければ草のわか葉ぞ春の色なる

寒流帯月澄如鏡

四四八山水にさえゆく月のますかがみこほらずとてもながるとも見ず

策策窓戸前、又聞新雪下

四四九初雪のまどのくれ竹ふしながらおもるうれ葉の程ぞきこゆる

炉火欲消灯欲尽、夜長相対百憂生

四五〇暁は影よわり行く灯にながきおもひぞひとりきえせぬ

唯有数叢菊、新開籬落間

四五一さく花の今はの霜におきとめてのこるまがきの白菊のいろ

南窓背灯坐、風霰暗紛紛

四五二風の上にほしの光はさえながらわざともふらぬあられをぞきく

寂寞深村夜、残雁雪中聞

四五三さととほき薗の村竹ふかき夜の雪の雲まをわたるかりがね

望春春未到、応在海門東

四五四清見がたあけなむとする年なみの関戸の外に春や待つらん

雪尽終南又欲春

四五五いたづらに日数ふりつむ山の雪あかしくらさば春の曙

白頭夜礼仏名経

四五六としふればわがくろかみもしらいとのよるは仏の名をとなへつつ

恋五首

誰為払床塵

四五七あれはてぬはらはば袖のうき身のみあはれいく世の床のうら風

夕殿蛍飛思悄然、秋灯挑尽未能眠

四五八くるとあくとむねのあたりももえつきぬ夕のほたる夜はのともし火

行宮見月傷心色

四五九あさぢふややどる涙の紅におのれもあらぬ月のいろかな

夜雨聞猿断腸声

四六〇恋ひてなくたかねの山の夜のさるおもひぞまさる暁の雨

旧枕古衾誰与為

四六一とこの上に旧き枕もくちはててかよはぬ夢ぞ遠ざかり行く

山家五首

従今便是家山月、試問清光知不知

四六二しるや月やどしめそむるおいらくの我が山のはの影やいく夜と

始知天造空閑境、不為肥人富貴人

四六三明けくらす人のならひをよそにみて過ぐる日かげもいそぎやはする

廬山雨夜草庵中

四六四しづかなる山路の庵の雨の夜に昔恋しき身のみふりつつ

人間栄耀因縁浅、林下幽閑気味深

四六五あらしおく田のものは草しげりつつ世のいとなみのほかや住みうき

山秋雲物冷

四六六秋山の岩ほのまくらたづねてもゆるさぬ雲ぞ旅心ちする

旧里五首付懐旧

前庭後苑傷心中、只是春風秋月知

四六七おほ空の月こそのこれすみなれし人の影みぬ軒の草ばに

蒼苔黄葉地、日暮旋風多

四六八秋風はもみぢを苔に吹きしけどいかなる色と物ぞかなしき

挿柳作高林

四六九なほざりにさしし柳の一枝や日影こだかき夕暮の色

閑日一思旧、旧遊如目前

四七〇おもかげはただ目のまへの夢ながらかへらぬむかしあはれいくとせ

唯将老年涙、一灑故人文

四七一人しのぶ老の涙の玉章をかた見とみればいとどふりつつ

閑居十首

但有双松当砌下、更無一事到心中

四七二わがやどの砌にたてる松の風それよりほかはうちもまぎれず

山林太寂寞、朝闕苦喧煩、唯玆辞閣内囂、以静得中間

四七三あし引の山ぢにはあらずつれづれと我が身世にふるながめする里

偶得幽閑境、遂忘塵俗心、始知真陰者、不必在山林

四七四つま木こるやどともなしにすみはつるおのが心ぞ身をかくしける

更無俗物当人眼、但有泉声洗我心

四七五世のうさもはなれておつる滝のおとに心のそこもいまぞすみぬる

尽日坐復臥、不離一室中、中心本無繋、亦与出門同

四七六あくがるる心ひとつぞさしこめぬまきのいたどのあけくるる空

進不厭朝市、退不恋人衆

四七七さとちかきすみかをわきてしたはねど仕ふるみちをいとふともなし

深閉竹間扉、静払松下地、独嘯晩風前、何人知此意

四七八ゆふまぐれ竹の葉山にかくろへて独やすらふ庭の松かぜ

頽愁環堵客、蘿蕙為巾帯

四七九あらはれてうき世へだつる色やこれ山ぢに深き苔の狭衣

心足即為富、身閑仍当貴、富貴在此中、何必居高位

四八〇なげかれずおもふ心にそむかねば宮もわら屋もおのがさまざま

看雪尋花翫風月、洛陽城裏七年閑

四八一人とはぬ月と花とにあけくれてみやこともなし年年の空

述懐十首

置心世事外、無憂今無喜

四八二心からつつむも袖のよそなればくたすばかりのものもおもはず

欲留年少待富貴、富貴不来年少去

四八三さりともと待ちこしほどはすぎの戸につもれば人の月ぞふりゆく

春去有来日、我老無少時

四八四鶯のふるすはさらにかすめどもうき老いらくの帰る日ぞなき

我有一意君記取、世間自取苦人多

四八五いとまなきあまのつりなはうちはへてうきもしづみもあはれ世の中

従道人生都是夢、夢中歓咲亦勝愁

四八六おほかたのうき世にながき夢のうちも恋しき人をみてはたのまじ

生死尚復愁、其余安足道

四八七たまきはるいのちをだにもしらぬ世にいふにもたらぬ身をばなげかず

身心一無繋、浩浩如虚舟

四八八うら風や身をも心にまかせつつゆくかたやすきあまのつり舟

委形老少外、忘懐死生間

四八九おきふしも人のとがめぬ床の上は長きもしらず秋の夜の霜

我若未忘世、雖閑心亦忙、世若未忘我、雖退身難蔵、我今異於是、

身世交相忘

四九〇よの中もいとふ心も軒におふる草の葉ふかく霜やおくらん

人生無幾何、如寄天地間、心有千載憂、身無一日閑

四九一したむせぶ色やみどりの松風のひと日やすめぬ身をしをりつつ

無常十首

親愛自零落、存者仍別離

四九二むさしのの草葉の露もおきとめず過ぐる月日ぞ長き別路

逝者不重廻、存者難久留

四九三かへらぬもとまりがたきも世の中はみづゆく川におつる紅葉ば

往事茫都似夢、旧遊零落半帰泉

四九四見しはみな夢のただぢにまがひつつむかしは遠く人はかへらず

秋風満衫涙、泉下故人多

四九五老いらくのあはれ我がよもしら露の消えゆく玉に涙おちつつ

原上新墳委一身、城中旧宅有何人

四九六とりべ山むなしき跡はかずそひて見し古郷の人ぞまれなる

生去死来都是幻、幻人哀楽繋何憶

四九七さく花もねをなくむしもおしなべてうつせみの世にみゆる幻

早世身如風裏灯、暮年髪作鏡中糸

四九八世中は木草もたへぬ秋風になびきかねたるよひの灯

幻世春来夢、浮生水上漚

四九九淵となるしがらみもなき早瀬河うかぶみなわぞ消えてかなしき

耳裏頻聞故人死、眼前唯覚少年多

五〇〇みどり子ぞありふるままの友と見てなれしはうとき夕暮の空

古墓何代人

五〇一つかふりてそのよもしらぬ春の草さらぬ別と誰したひけん

法門五首

追想当時事、何殊昨夜中、自我学心法、万縁成一空

五〇二おほ空のむなしき法を心にて月に棚引く雲ものこらず

廻念発弘願、願此現在身、但受過去報、不待将来因

五〇三つらき身のもとのむくひはいかがせんこの世の後の夢はむすばじ

誓以智恵水、永洗煩悩塵

五〇四さとりゆく心の水にあらはればつもりてよものちりものこらじ

由来生老死、三病長相随、除却無生忍、人間無薬治

五〇五舟のうちにうきよの岸をはなれてやしらぬ薬の名をば尋ねん

此身何足恋、万劫煩悩根、此身何足厭、一聚虚空塵

五〇六おほ空にただよふほどもありがほにうかべるちりをなにかはらはん

歌のことよそのうへに思ひなりて後、これは人も見るまじきこと

とて、ただことさらのよし侍りしかば、又筆にまかせて

詠百首和歌前大僧正御房四季題

 

民部卿定家 

四季神祇

祈年祭

五〇七あらたまのとしをいのるとひくこまのあとも久しき二月の空

神今食

五〇八みな月の月影しろきをみ衣うたふさざ浪よるぞすずしき

例幣

五〇九みてぐらのたつやいすずの川浪に山の紅葉もぬさやたむくる

臨時祭

五一〇かざしこしさくらも藤もむかしにてみたらし川をおもひこそやれ

四季月

五一一なれそめし雲の上こそ忘られねやよひの月のふるきかたみに

五一二玉川に月のしがらみかけてけりいる影みせぬ卯花のころ

五一三人もみななさけあるべき世とぞみるまだ秋のよに月も澄むめり

五一四天河夜わたる月もこほるらん霜にしもおくかささぎのはし

五一五梅の花にほふ春べと吹く風にたがかきねとかあすも尋ねん

五一六かげしげみむすばぬさきの山の井に夏なき年と松風ぞふく

五一七さとごとに人なすすめそ秋の風こぬ夜うらみようき身なげけと

五一八冬の木の霜もたまらず吹くかぜに星の光ぞまさりがほなる

五一九あさみどり露の玉のをぬきもあへず柳のいとに春雨ぞふる

五二〇水もなき小さかをおつる夕立のたきつせうくるもとの谷川

五二一軒の雨のむなしきはしをうつたへにねられぬ夜はの秋ぞつれなき

五二二さえくらす都は雪もまじらぬに山のはしろき夕暮の雨

五二三里とほき八こゑの鳥の初声に花のかおくる春の山風

五二四色はまだわかれぬ軒のあやめ草さ月となのるあけ暮の空

五二五たが里のいづらは秋の鐘のおとを月よりのちもながめてぞきく

五二六旅人の行方とほくいでぬなりまだ夜はふかき雪のけしきを

五二七庭の雪もかつちる花もあたらしく桜にまじるあさぎよめかな

五二八あかぬ夜の月のなごりのうたたねに衣でしろくあくる山のは

五二九ながき夜に妻どふ鹿ややすむらんあくればひとり松風ぞ吹く

五三〇あさぼらけよどこの霜のいざとさに煙をいそぐ冬の山がつ

五三一おもふには暮れなばなげといそげども花におぼめくたそかれの山

五三二うちはぶきねにゆく空の村がらすおのがあはれは夏の夕ぐれ

五三三ながむとて人もたのめず(ぬイ)月もいでじただ山のはの秋の夕暮

五三四あはれ又こよひの雪のいかならんまがきの竹の夕ぐれの空

五三五まどろまではかなき夢のみえしより春の夜ばかりうき物はなし

五三六宿からやなく一こゑのほととぎすねぬにはかなき夜はの五月雨

五三七昔とてこふともあはん物なれやなに面影の秋の夜の空

五三八いたづらにをり松たきてふけし夜も猶九重のうちぞかなしき

五三九はづかしや花の色かにさそはれてうき世いとはぬ春の山ぶみ

五四〇すずしさをたづねもとむるころだにもさればと山に住む人もなし

五四一秋山は紅葉ふみわけとふ人もこゑきく鹿のねにぞなきぬる

五四二此ごろの霜雪だにもおちちらぬ冬の深山のひるのさびしさ

五四三すみれつむ野べの霞にやどかれば衣をうすみ月はもりつつ

五四四夕すずみとぶひののもりこの比やいまいくかありて秋の初風

五四五むしのこゑ花におく露ものごとに秋は野ばらのほかにやはある

五四六たつきじのかりばのましばかれはてておのがありかのかげもかくれず

五四七けふぞみる春の海べの名なりけり住吉の里住吉のはま

五四八この比は南の風にうきみるのよるよるすずし蘆の屋のさと

五四九さならでも秋のおもひはおほよどの松をつらしとうら風ぞ吹く

五五〇はげしさはしほやの煙たちかねてむら雲なびく冬の浦風

五五一にはもせの花の白雪風ふけばいけのかがみぞくもりはてぬる

五五二わか葉よりひく人なくてしをれにし身ににぬ池のあやめ草かな

五五三秋の夜の月に心やうかびけんむかしの人のふるき池みづ

五五四をしがもの色にうつろふ池水にそれともみえぬあしのしをれは

五五五春といへば空ゆく風にたつ浪の花にうづめるしら川の水

五五六大井河夏のみむすぶとまやかたみじか夜ならす月もやどらじ

五五七秋風によわたる月のすみ田河ながめむ空はみやこなりとも

五五八ゆく人のおもひかねたる道のべをいたくな吹きそ冬の川かぜ

五五九さくら色のうつるもしらぬ山がつも田のもの花は袖にちりつつ

五六〇小山田にしげるさ月のうき草は我が心よりたねやまきけん

五六一秋の田をてらすいなづまよそへてもみればほどなし忘れがた見に

五六二あぜつたひもりくる水もこほりゐてかり田さびしき冬の山かげ

五六三百千鳥さへづる春もふりはててわがやどならぬ花をやはみる

五六四なれをだにまつこともなし郭公われ世の中にとのみうれへて

五六五はつかりにまだ有明とつたふともたれかは月のなさけかくべき

五六六浜千鳥とまらば雪の跡もうし鳴きてもいはんかたはなぎさに

五六七谷の松おのが千とせに春やなきふるきみどりのしらぬひとしほ

五六八夏山の松の煙にいづる雲の五月雨ながらはるるまもなし

五六九秋の色にみねの嵐のかはるより夢路ゆるさぬ松のこゑかな

五七〇のこりなくわがくろかみはうづもれぬ霜の後にも松はみえけり

五七一あさみどりこのめ春雨ふきみだりうすき霞の衣での杜

五七二こととはむこゑもをしまぬ郭公なにかうき田の杜の夜ごとに

五七三なれなれてした葉のこらずおく露にあはでの杜の秋やくるしき

五七四鳴く鹿もよその紅葉も尋ねこずときはの杜の雪の夕ぐれ

五七五春日のの雪の下草おのれのみはるのほかにやむすびおきけん

五七六名もわかず岩かきぬまに引きすててさ月まつべき草葉ならねば

五七七時しらぬ宿ともさらばなりはてずなに夕暮の荻の上かぜ

五七八我がやどは人目も草も草は猶かれてもたてる心ながさよ

五七九花は春春はさくらのゆゑなればこの世の色のたぐひやはある

五八〇ふるさとの花橘の白妙にむかしの袖はいまにほひつつ

五八一白露をもとあらの萩にぬきとめて風たえぬまの月をこそまて

五八二冬ごもり年のうちにはさきながらかきねのほかに匂ふ梅がえ

五八三君が代に万よめぐれをとめ子がつらなる庭のいざよひの月

五八四もろ人のちとせのぶてふ御祓川ながすあさぢの末もはるかに

五八五なが月や老いせぬ菊の下水にたまきはるよは外の白露

五八六あきらけき御代の千とせをいのるとて雲の上人星うたふなり

山家

五八七霞たつみねのさわらびこればかりをりしりがほの宿もはかなし

五八八をぐら山松にかくるる草の庵の夕ぐれいそぐ夏ぞすずしき

五八九こりはてぬかり田の面のいなすまし鴫立つくれのうす霧のやど

五九〇色にいでおとにもたてず柴の庵時雨ののちぞこほる涙は

五九一おきて行くたびねのいほの梅がかにありしながらのしののめの袖

五九二旅まくらしろきあふぎの月影もなれてくやしき我が身なりけり

五九三白露も時雨も袖をまづそめて紅葉にやどる秋のたび人

五九四かへるさは宮こもちかく成りぬらし春のとなりをいそぐ旅人

五九五春のよの夢にまさりて物ぞ思ふほのかにみえし月のうつつは

五九六いとせめてうき鳥のねはおもひやれ猶みじか夜のさ夜はふけにき

五九七いかにせむしたゆふひものむすぼほれとけてねぬよの秋の初しも

五九八河竹の下ゆく水のうす氷ひるはきえつつねこそなかるれ

述懐

五九九涙川春の月なみたつごとに身はしづみぎの下にくちつつ

六〇〇我が心やよひの後の月の名に白きかきねの花ざかりかな

六〇一秋の日は物おもふ人の関なればふりしく木葉行く道もなし

六〇二まづぞおもふことしをおくる命にもむかふるかたのうしろめたさは

釈教草木叢林、随分受潤

六〇三これやそれあまねくうるふ春雨におのおのまさるよものみどりは

除世熱悩致法清涼

六〇四みな月の道行人ぞおもひしる法のすずしさいたすちかひを

衆罪如霜露、恵日能消除

六〇五たのむかなうき世を秋の草の上にむすぶ露霜きゆる日影を

如寒者得火

六〇六いまぞしる冬の霜夜のうづみ火に花の御法の春の心を

付少将内侍経、叡覧建保五年の事にや、内裏に此韻の字を人人たまは

りて詩をつくるとつたへききて、つれづれなりしかば歌にもなり

なむやと心みにかきならべて見侍りしいたづらごとをおもひいで

てかきつく

芳節愛来望帝畿、先花照耀是春衣

六〇七梅がえのうつす匂はうすからじ霞はよわきはるの衣に

渓嵐吹浪冬氷尽、山気帯霞晩月微

六〇八たれか又花をおそしとしらせまし春ををしふる鳥なかりせば

宿雪猶封松葉重、早梅纔綻鳥声稀

六〇九春とだにまだしら雪のふかければ山路とひくる人ぞまれなる

閑眠徒負南簷日、賓雁従今欲北飛

六一〇谷ふかく鶯さそふ春風にまづ花のかや雲にとぶらん

媚景漸深情感頻、林叢増色鳥声新

六一一春風のこほりをはらふ池水はやどれる月の影もあらたに

妓楼花綻映紅錦、樵径蕨生踏紫塵

六一二吹きはらふ風だにつらし梅花このごろつもれ木のもとの塵

歌吹出霞禁苑夕、綺羅薫洛月城春

六一三ふるさとの花と月とにこととはんこれはみしよのありし春かと

幸逢四海両安世、臨水登山遊覧人

六一四へだつとて花ちる山はかずそはず霞ぞうときをちの里人

節属煙霞風景好、香袂細馬互相尋

六一五世にしらぬおぼろ月よはかすみつつ草の原をばたれか尋ねん

暫難瑩鏡花零水、先欲背灯月出峰

六一六おほ空のまことの雲も匂ふらん花にあまねき三吉野の峰

斜岸夕陽春暮永、古渓昨雨暁来深

六一七色にいでてふりしく庭もうつろひぬ花みてくらす春の深さに

閑居雲物在斯処、牆柳林鶯幾動心

六一八いかならんたえてさくらの世なりとも明ぼのかすむ春の心は

三春芳節徐垂暮、躑躅新開宿露円

六一九はるにすむ山の家ゐをきてとへばやよひの月も影まとかなり

霞隔南山黄綺跡、雲連蒼海碧羅天

六二〇つり舟のさとのしるべも事とほしやそ島かすむ明ぼのの空

草庵雨裏送遅日、花樹月前夢少年

六二一雪とのみつもればつらし春のかぜ別れし花のふるき年年

無事終朝排牖望、紅楼高挿夕陽辺

六二二山人のゆくての蕨てにためてしばしぞやすむ岩のほとりに

親故抛吾忘旧好、忘来誰問暮山霞

六二三をしむらんとはれし花もちりはてて春はいくかのみねの霞を

煙生翠竹村南路、雲聳紫藤川北家

六二四すぎがてにもとの春こそわすられねあるじふりにし道のべの家

遊客漸辞庭有草、樵夫独往嶺無花

六二五春はいぬあを葉の桜おそき日にとまるかたみの夕暮の花

九春将尽幾残日、瞻望巌陰簷間斜

六二六こよひのみ春やかりねの草枕ゆふべのまどに影ななめなり

夏来新樹葉徐暗、当牖家山不得瞻

六二七霜がれの冬はあらはに民のすむこやしげり行くあしまにぞ見る

廬橘匂中開露簟、栟櫚影底春風簾

六二八影みゆるひとへの衣うちなびくあふひもすずし白きすだれに

孤夢未結暁鐘急、団扇暫忘晨月繊

六二九玉のをのながき世ちぎれしらいとにまがふあやめの根はほそくとも

雨後終宵欹枕聴、松声如旧水声添

六三〇すみの江の松のうへふく浪風にこの比蝉のこゑぞうちそふ

節迎晩夏夜初永、夢覚愁人枕上知

六三一かり枕まだふしもみぬあしの葉にまがふ蛍ぞくるる夜はしる

石竹余花多戴種、庭槐一葉旦辞枝

六三二さきにけり野なる草木におく露の秋に先立つ萩の一枝

夕陽染影遠村樹、微雨引涼方丈池

六三三この世にはあまるばかりの光かな蓮の露に月やどるいけ

淅淅好風吹北牖、宜哉林席此中施

六三四すべらぎの昔あまねきめぐみをやこのみな月の民にほどこす

凌汗猶思衙鼓早、嵆康陶令定作嘲

六三五夕立の菊のしをれ葉はらふとて花まちどほに人やあざける

北窓風力贈来客、南澗泉声是淡交

六三六さゆり葉のしられぬしたにさく花の草のしげみになどまじりけん

蛍照洲蘆微月後、蝉鳴宮樹夕陽梢

六三七よるながらなきぬる鳥か行く月のうつろひあへぬ庭の梢に

双蓬霜色先秋変、地芥恩余老叵

六三八みそぎするあさのたち葉はやどごとにかるほどもなくなげうてつなり

金韻忽生残暑尽、独吟古集早秋詩

六三九秋にたへぬことのはのみぞ色にいづる大和の歌ももろこしの詩も

乱風荻葉傷人夕、翻浪荷花結子時

六四〇めにたてぬかきねにまじるかぢの葉も道行人の手にならす時

柴戸掩窓朝雨冷、草廬待隙暁天遅

六四一秋の風にをぎのうはばはそよぐなり妻どふ鹿のねこそおそけれ

蕭条原野催閑望、露色虫声逐夜滋

六四二うらがるる秋の白露そめやわく蓬が杣のもとのしげさを

秋山迢遰秋望遠、仙室泉声老故渓

六四三おのが色のおよばぬ秋も染めかへつ嵐のつてに紅葉ちるたに

清漏移霜銀水石、紅嵐吹浪錦江西

六四四あかつきはかからむ山の月をみよ雲もとまらず秋風の西

平原露重草煙短、遠浦波高松月低

六四五宮ぎのの秋のむら雨すぎやらずそこらの花の枝をたれつつ

無芸無才無所好、琴詩酒興隔提携

六四六月の色に霧なへだてそ難波舟みぎはのあしはたづさはるとも

凄涼八月月明夜、無限秋風吹袖寒

六四七露そむるやたののあさぢしたたへず秋のよわたる風のさむさに

鳴枕暗蛬尋露底、繋書遠雁出雲端

六四八秋の夜を虫のなくなくうれふともつきじおもひの露のかたはし

孤灯背壁暁夢断、急雨灑窓陽景残

六四九昔みし秋やいくよの古郷にいまも在明の月ぞのこれる

鶏犬声稀隣里静、遥村人定漏万闌

六五〇あさなあさなちりゆく萩の下紅葉うつろふ露も秋やたけぬる

万物変衰蕭瑟促、流年徐暮半空過

六五一うづもれて木の葉をさそふ谷川のしられぬ浪に秋ぞ過ぎぬる

芳蘭馮架残花悴、槁葉満階明月多

六五二ながめつついくとしどしの秋の月あらましかばのなきぞおほかる

露染湘山千嶺樹、風清桂水九秋波

六五三たつた川神代もきかでふりにけりからくれなゐのせぜのうき浪

寞閨砧杵向霜怨、酔客徒誇白綺歌

六五四おのづから秋のあはれを身につけてかへるこさかの夕暮の歌

晷悠揚雲物冷、蕭条景色望方幽

六五五たれかすむはやまがしたの秋風に煙とはるる道もかすかに

旦敷桐葉山人路、遥別荻花商客舟

六五六秋の夜の月にいつともわかじかしおのがよわたるあまのつり舟

隣杵暁寒牀上月、行衣夕薄袖中秋

六五七露しぐれ心やすめぬ色色にすさびはこりぬをかのべの秋

秋風吹草空催涙、白露競零似旧遊

六五八こけのうへに昨日のもみぢたきすてて秋の林に誰あそびけん

四運回環推節候、金風不駐属玄冬

六五九たをやめのかふる心に染めつくす紅葉もしるしきたる冬とは

長河霧外失行客、遥嶺嵐中送遠鐘

六六〇さだめなき嵐にかはる山かげのくもりはてぬるいりあひのかね

籬有残花纔紫菊、林無黄葉只青松

六六一色色に菊も紅葉もうつろへど春のままなる庭の若松

都門路僻今誰問、霜上独望麋鹿蹤

六六二うすくこきよもの紅葉を吹きわけてかたもさだめぬ木枯の跡

地民収稼孟冬節、田畝有年万国娯

六六三をみ衣白きをすゑてさかづきのめぐみによへるよはぞたのしき

治世伝声鳴沢鶴、敬神喩礼在汀鳧

六六四かげうつす山の青葉も冬がれてさびしき池にのこるをしがも

暁風払雨斜陽見、寒浪閉氷流水無

六六五ふりまさるよしののみゆき跡たえてもらぬ岩屋は音信もなし

牖終朝頭末流、賢愚進退跡尤殊

六六六老いらくのとしのをながき冬の夢昔と今と身こそことなれ

歳暮時昏思往事、当初幽襟尚難堪

六六七思ひいづる雪ふるとしよおのれのみ玉きはるよのうきにたへたる

侵頭霜色白過半、憶子鶴声絃第三

六六八白たへの色はひとつに身にしめよ雪月花のをりふしはみつ

商老昔客遺嶺雪、鄭公旧跡問渓嵐

六六九年くれて松きるしづの身の上におひてぞ帰る峰の嵐を

家僮心倦皆抛我、寒月巻簾与誰談

六七〇わがともと見しはすくなき年の暮夢かとだにもたれにかたらん

詩申請左相府御点

養和百首披露之後、猶可詠堀河院題之由、有厳訓、仍寿永元年又

詠此歌、今見之一首無可採用之歌、仍漏歌了、而倩案之、当初詠

出此歌時、父母忽落感涙、将来可長此道之由、被放返抄隆信朝臣

寂蓮等、面面吐賞翫之詞、右大臣(後法性寺殿也)殿()故有称美御消息、俊恵来拭饗

応之涙、時之人望以之為始、依思此往事、更書加此奥殊有赭面之

但件人望僅三四年歟、自文治建久以来、称新儀非拠達磨歌、為天下貴賤被悪、已欲被

棄置、及正治建仁、蒙天満天神溟助、応聖主聖朝之勅愛、僅継家跡、猶携此道事、秘

而不浅

春廿首堀河題略之

六七一かすが山ふもとのさとに雪きえて春をしらする峰の松風

六七二子日するをしほののべの小松原はるかにみゆる千代のおひすゑ

六七三みわの山かすみを春のしるしとてそこともみえぬ杉のむら立

六七四春きぬといはせのもりの鶯のはつねをたれにつげはじむらん

六七五春をあさみきえあへぬ雪をつみそへてわかなぞ冬のかたみなりける

六七六枝しげき杉の木陰に消えやらで雪さへとまるあふさかの関

六七七なびけどもさそひもはてぬ春風にみだれてまさる青柳のいと

六七八あぢきなくこの世を身にもしむるかな梅がえすぐる風のなごりに

六七九たにせばみさかしき岩の下わらびいかにをるべきかけ路なるらん

六八〇なべてにぞをしみもせまし桜ばなおもへばなにの契なるらん

六八一つねよりもながめはまさる春雨の雲まをだにもとふ人はなし

六八二つなたえてあれにしこまぞ春の野の花のあたりははなれざりける

六八三ゆく雁の霞の衣たちかさねかへるもきたる心ちこそすれ

六八四あしぶきのこ屋てふかたにやどからん人よぶこ鳥こゑもひまなし

六八五かたがたにまかするを田のなはしろの水にせかるる春の山みち

六八六ふるさととあれゆく庭のつぼすみれただこれのみや春をしるらん

六八七いかにしてあささはぬまのかきつばたむらさきふかく匂ひそめけん

六八八九重のみかきの藤の花ざかり雲井にくものたつかとぞみる

六八九すぎがてに心ぞうつる玉川のかげさへにほふやまぶきの花

六九〇おもひかねむなしき空をながむればこよひばかりの春風ぞ吹く

夏十五首

六九一花の色ををしむ心はつきもせで袖はひとへにかはりぬるかな

六九二さきさかずさとわく影をしるしとて月なきよひにさゆるうの花

六九三いくとせか神のみ山におひぬらん二葉にみゆるあふひなれども

六九四おもひねの夢ぢになのる郭公ききあはすべき一声もがな

六九五夏ごろもたもとのみかはあやめ草心にさへぞけふはかかれる

六九六水まさる山田のさなへ雨ふればみどりもふかくなりにけるかな

六九七ともしするほぐしの松のきえて後やみにまどふはこの世のみかは

六九八五月雨はあまのかはらもかはるらんやへたつ雲の浪のふかさに

六九九夕まぐれ花たちばなに吹く風よあくればあきとおもひけるかな

七〇〇やみといへばまづもえまさるほたるもや月になぐさむ思ひなるらん

七〇一さらでだにいぶせきやどぞかやり火にくゆる煙のたえぬよもなく

七〇二はちすばのにしに契のふかければうへこす露に秋ぞうかべる

七〇三夏の日のてらすにこほる氷室山ことわりならぬ身をやうらみん

七〇四むすぶてにいはもる水をせきとめて夏の日かずをすぐしつるかな

七〇五みそぎ川ながすあさぢを吹く風に神の心やなびきはつらん

秋廿首

七〇六あさまだき霧はこめねどみむろ山秋のほのかにたちにけるかな

七〇七七夕のあひみるとしはかさなれどなるるほどなき天のは衣

七〇八露わくるのばらの萩の花ずりは月さへ袖にうつるなりけり

七〇九をみなへしをるもをしまぬしら露の玉のかむざしいかさまにせん

七一〇あだしのの風にみだるるいと薄くる人なしになにまねくらん

七一一風すぐるかやがしたねの露ばかりほどなき世をや思ひみだれん

七一二秋のきてほころびぬとやふぢばかますそののはらのよもににほへる

七一三荻原や霧のたえまに風ふけば色も身にしむ物にぞ有りける

七一四秋くればたがことづてをまたねども心にかかる初かりのこゑ

七一五山ざとの秋のねざめのさびしきはつまどふ鹿ぞたのみなりける

七一六した草のうへとやよそに思はましひく人もなき露のふかさを

七一七ながめする夕の空も霧たちぬへだたり行くはむかしのみかは

七一八暁の夢のなごりをながむればこれもはかなきあさがほのはな

七一九ひきわたす関の杉むら月もればみなかげぶちの駒とこそみれ

七二〇ながしともおもひはてまし秋の夜にあくるもつらき月の影かな

七二一さびしさをまたうちそふる衣かなおとをねざめの友ときけども

七二二つれづれとながむる宿の夕ぐれに人まつむしの声もをしまず

七二三しら菊の心しかはる花ならば色うつろはぬ秋もあらまし

七二四秋くれてふかき紅葉は山姫のそめける色のかぎりなりけり

七二五けふのみとおもはぬ空のくるるだに秋のゆふべは哀ならずや

冬十五首

七二六いかなれやよものまがきはかれはてて猶冬ごもるみやまべのさと

七二七紅葉ばやしぐるるままにちりはつるまたも野山の色かはりゆく

七二八ちりのこる草葉もかはる朝霜の秋のかたみはおかぬなりけり

七二九おいはつる谷の松がえうづもれて雪さへいとどふりにけるかな

七三〇ありま山おろす嵐のさびしきに霰ふるなりゐなのささ原

七三一あまを舟ややたづさはるあしの葉に心もとまる今朝の雪かな

七三二むしあけの松ふく風やさむからん冬の夜ふかく千鳥鳴くなり

七三三なには江のこほりにとづるみをつくし冬のふかさのしるしとぞみる

七三四水鳥のうきねよなにの契にて氷と霜とむすびおきけん

七三五夕ぐれはあじろにかかるひをゆゑに人もたちよるうぢの川なみ

七三六あまの戸のまだ明けやらぬ月影にきくもさやけきあかほしのこゑ

七三七雪ふかきかたのの道をふみわけてたえぬひつぎのみかりをぞする

七三八すみがまのやくとつま木をこりつめて煙にむせぶをののさと人

七三九みるままにやがて消えゆくうづみ火のはかなき世をもたのみけるかな

七四〇あくるよりくれぬとのみぞをしまるるけふはことしのかぎりと思へば

恋十首

七四一あふまでの契ならずはいかがせむかばかり人を思ひそめても

七四二あはれとも人にしらるる思ひだにつもるはいかがあぢきなき世を

七四三さよ衣うらみを人にかさねつつあはでや世世をへだてはつべき

七四四むすびてもなかなかぬるるたもとかなあぶくま川のふかき思ひに

七四五しをりするは山がみねの露けきもかへるに道はまよはぬものを

七四六あひみてもあはでもおなじなげきにてちかひしことはかはりはてぬる

七四七秋はぎの下葉をむすぶ草枕色づく袖の露をまがへよ

七四八あさましやあさまのたけにたつ煙たえぬおもひをしる人もなし

七四九あぢきなくなげく命もたえぬべし忘られはつるながき契に

七五〇ゆくすゑを思ふもかなし心からこの世ひとつのうらみならねば

雑廿首

七五一さならでも袖やはかわく山里の嵐のかぜのあかつきのこゑ

七五二いかなりしこずゑなるらむかすが山松のかはらぬ色をみるにも

七五三さ夜ふかきねざめにそよぐくれ竹や昔も人の友となりけん

七五四こけも又いたづらにてぞおいにける岩ほの中もたのみなのよや

七五五あしたづのこれにつけてもねをぞなく吹きたえぬべき和歌のうら風

七五六跡もがなたづねてもみん名にしおはばいにしへざまにかへる山かと

七五七よしの川岩うつ浪もよとともにさぞくだけけんしる人はなし

七五八みやぎののこの下露にくらべばや雨よりけなる袖のしづくを

七五九人しれぬなげきはすまの関よただひとのみこえて月日へぬれば

七六〇くちぬとも名はうづもれじあぢきなく跡もながらの橋をみるにも

七六一ひとやりのみちかはあやなわたのはらかへる浪にはめのみたちつつ

七六二草枕たびよりたびの心ちして夢にみやこをほのかにぞみん

七六三わすれぬる日かずをのみやなげかましちぎるにかなふ命なりせば

七六四たれにかはみせもきかせももみぢばのちる山ざとのあり明の月

七六五すごがもる山田のなるこ風ふけばおのが夢をやおどろかすらん

七六六ふりにけるそのみづぐきの跡ごとに人の心をみるぞかなしき

七六七うき世をばゆめの中にも思ひしれ我ならぬ身の心ちやはする

七六八はかなさのためしと見ゆるいなづまの光も又はてらしこそすれ

七六九くらゐ山ふもとの雪にうづもれて春のひかりをまつぞ久しき

七七〇よろづ代の光ぞ袖にくもりなきはこやの山のみねの月かげ

是猶不足言歌也、後鑒有恥

 

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