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渋谷栄一翻刻(C)

凡例

1.本文は、天理図書館所蔵本「僻案抄」を『天理図書館善本叢書35 平安時代歌論集』によって翻刻した。
2.本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
3. 注釈項目の下に()を付けて歌集名と歌番号を記した。
4. なお原本には声点が付いているが、それは省略した。

古今哥
袖ひちて結し水のこほれるを
はるたつけふのかせやとくらん
   ひちてとはひたしてといふ心也この詞
   むかしの人このみよみけるにや古今には
   おほく見ゆ後撰にはすくなし今の
   世(世+の哥)にはよむへからすとそいましめられし
春たてははなとや見らむしらゆきの
かゝれる枝にうくひすのなく
  見らんとは見るらんといふおなし心也」1オ
  見るらんといはゝ文字おほかれは見らんと
  よめりことにしたかひてこのころもな
  とかよまさらん万葉集にはおほくよめり
  見えんといふ説つけたる本ありもちゐ
  るへからす
こゝろさしふかくそめてしおりけれは
きえあへぬゆきのはなと見ゆらん
  折けれはを一説居けれはとよむへしと
  いふ折けれはにて下句の心たかふへからす
  居も哥によむ詞なれときゝてよからす」1ウ
  折をもちゐるへしとそ申されし
かすかのゝとふひのゝもりいてゝ見よ
いまいくかありてわかなつみてん
  かすかのにとふひ野といふ事あり[火+逢]
  たてられけるゆへといふその野をまも
  る人を野守といふ野をまもる人なれは
  いてゝ見よ今いくかありてかわかなつむほ
  とになるへきといふ也又一説とふひのゝ
  杜といふ不可用
もゝち鳥さへつるはるはものことに」2オ
あらたまれともわれそふりゆく
  もゝちとりとは鴬ともいふ又春きては
  さま/\のとりきたり囀るとておほくの
  鳥をもゝちとりといふとも申す鴬の
  哥にはなれて柳哥をへたてゝいれたる
  もおほつかなしされともゝちとりといふ
  もうくひすはなるへしとはきこえす
はるくれはかりかへるなりしらくもの
みちゆきふりにことやつてまし
  道ゆきふりとはみちゆかむついての心」2ウ
  也万葉集にたまほこのみちゆきふり
  におもはさるいもをあひ見てこふるこ
  ろかもふるくよめる哥の詞にて心うへし
はるの夜のやみはあやなしむめのはな
いろこそみえねかやはかくるゝ
  あやなしとはたとへはかひなきことをあち
  きなくなといふやうなる詞也又物語なと
  にもあいなしといふこともおなしさま
  の事也ふるき哥をおほく見てことは
  つかへるやうは心うへし」3オ
たれしかもとめておりつるはるかすみ
たちかくすらんやまのさくらを
  たれしかもとはたゝ誰かとめて折つると
  いはんとする文字のすくなけれはたれかも
  といふ猶すくなけれはしをくしてたれし
  もといへる也然といふ説は僻事也ふるき
  哥にはかくいたつらなる文字をそふる也
  然の字ならはたれかしかとそいふへき
さくらはなはるくはゝれるとしたにも
ひとのこゝろにあかれやはせぬ」3ウ
  このさくら花のおきやうをさきにけらし
  なあしひきのといふおなし事に心えて
  あかれやはせぬはいはれすあかれやはする
  とこそいはめといふ人ありけりむけに
  放埒の事也これは桜花とよひて春のひ
  さしき年たに人におかれよとをしふる
  心也かやうの事をよく心えわくへし
はるかせははなのあたりをよきてふけ
こゝろつからやうつろふと見む
  よきてとはのそきてといふ心也心つからとは」4オ
  身のうへにする事はみつからといふわかいふ
  事はくちつからわか手にしいてたる事
  は手つから心にてする事は心つからといふ
  事也うつろふとは花もなにもいろのおと
  ろへかたにかはりゆくをいふ也
まてといふにちらてしとまるものならは
なにをさくらにおもひまさまし
  まてといふにとはしはしまてといふ事也
  やよやまてもまてしはしもおなし心也
いさゝくら我もちりなんひとさかり」4ウ
ありなは人にうきめみえ(△&え)なん
  ひとさかりすきなは人にうきめこそ
  見えめさくらのやうに我もちりなんと
  いへるさせるふかき心もなしこれをい
  とさかりとい文字かきたかへたる本を見
  つけて最と釈する説不可用物かき
  うつすとてあらね僻文字ともかきける
  物のことやうの手なる草子を貫之か自
  筆といひて人すかしけるものをもて
  なしていひいてたるいたつら事也その本」5オ
  つらゆきか手にあらす
ことならはさかすやはあらぬさくら花
見るわれさへにしつ心なし
  ことならはとはかくのことくならはといふ
  心也しもに花のこと世のつねならはといふ
  もおなし心也
みわ山をしかもかくすかはるかすみ
ひとにしられぬはなやさくらん
  しかもかくすか然もかくすか也さもかく
  すかといふ詞也」5ウ
いさけふははるの山へにましりなん
くれなはなけのはなのかけかは
  くれなはなけとはくれぬともなかるへ
  きはなのかけかは夜もはなにましりて
  ねなんとよめる也
はることにはなのさかりはありなめと
あひ見んことはいのちなりけり
  ありなめとゝはあらんすらめともといふ也
はなのことよのつねならはすくしてし
むかしはまたもかへりきなまし」6オ
  此哥世のつねなくはとかきたる本あり
  それも心はたかふましけれと猶つねな
  らはとてこそ心もあらはにきこえめ
こまなへていさ見にゆかんふるさとは
ゆきとのみこそはなはちるらめ
  こまなへてはな顔へて也うちつれたるよし
  也なめてともかくおなし事也
おもふとちはるのやまへにうちむれて
そこともしらぬたひねしてしか
  おもふとちとはおもふ人とちひきくして」6ウ
  そことさしてもゆかぬはるの山にたひ
  ねしてしかとはしてし哉といふ詞はせは
  やと思ことをしてし哉ありにし哉
  とはいふ也
ほとゝきすなかなくさとのあまたあれは
なをうとまれぬおもふものから
  なかなくとはなれかなくといふ心也あまたの
  さとをかけてなけはおもへとも猶うとま
  しといふよし也
やよやまてやまほとゝきすことつてむ」7オ
われ世中にすみわひぬとよ
  やよやまてとはやしはしまてといふ心也
  郭公はしての田をさといふ鳥なれはこの
  世に我すみわひぬ我をとくさそへといふ
  よしの事つて也
さみたれのそらもとゝろになくほとゝきす
なにをうしとかよたゝなくらん
  とゝろとはそらもうこくやうにといふ也よたゝ
  とはよるもしつまらすさはきなくといふ
  こゝろ也」7ウ
むかしへやいまもこひしきほとゝきす
ふるさとにしもなきてきつらん
  むかしへとは又たゝむかしといふに文字たら
  ねはむかしへといふなり
このまよりもりくる月の影見れは
心つくしの秋はきにけり
  此哥おほつかなき事なし例の本にお
  ちくる月とかきたるをめてたき説といふ
  物ありおのかよむ哥もきゝにくゝしな
  なきすかた詞をこのむ物はふるき哥を」8オ
  さへをのか哥のさまにつくりなす也月落
  とは山に入月也おちくるとはいふへくもあら
  す月にかきらすおちくるといふ詞この
  みよむへからす
いつはとはときはわかねと秋の夜そ
ものおもふことのかきりなりける
  いつはとはいつとはわかねとゝいふを文字た
  らねはいつはとはといへり
しらくもにはねうちかはしとふかりの
かすさへみゆる秋のよの月」8ウ
  此哥かすさへかけさへ昔より両説又二首
  哥なといふ明月いたれる時ものゝかけなき
  を本意とすはるかにとふかりのかすさへ
  たしかに見えんこそ月のくまなき
  心にかなふへけれは両説ありともかすさ
  へを用
わかゝとにいなおほせとりのなくなへに
けさふくかせにかりはきにけり
  此鳥さま/\に清輔朝臣等の人/\説々を
  かきて事きらさるむしこの雁はき」9オ
  にけりといふに此鳥かりといふ説はあるへか
  らす時の景気秋風すゝしくなりゆく
  ころ庭たゝきなれきたりておとろへゆ
  く秋草の中におりゐて色もこゑも
  めつらしきころはつかりのそらにきこ
  ゆる当時ある事なれはつねの人の門庭
  なとになれこぬ鳥をとをくもとめいた
  さてめのまへに見ゆる事につくへしと
  思給也
  後年に追注付」9ウ
  ある好士安芸国にまかれりけるに宿所
  よりたちいてたりけるににはたゝき
  のおりゐてなきけるを女のありけるか
  見ていなおほせとりよといひけるをきゝて
  なとこの鳥をはいなおほせ鳥とはいふそとゝ
  ひけれはこの鳥きたりなく時田より稲
  をおひて家々にはこひをけは申也といひ
  けり国々田舎の人はかやうの事をやすら
  かにいひいたすおかしくきこゆこの事
  きゝて後安芸国にかよふ人にとへは」10オ
  みなおなしさまにきゝたるよしを申也
  一州一村にも当時かく申さんにとりては
  ひとへにをしていはんよりはもちゐるへ
  し但可随人々所好
あきはきにうらひれお(お=を)れはあしひきの
やましたとよみしかのなくらん
  うらひれうらふれといふ詞物おもひうれ
  へたる心也しなへ(へ=え)うらふれなといふみなお
  なし心也
おりてみはおちそしぬへき秋はきの」10ウ
枝もたわゝにおける白露
  えたもたわゝとをゝふたつの説をつけ
  たりいつれも露をもくをきて枝の
  たわみなひけるよし也ふかき心なし
ゆきふれは冬こもりせる草も木も
はるにしられぬ花そさきける
  冬こもりとは冬とてもこもる事なき草
  木も花も葉もなく霜雪にうつもれ
  たるをふゆこもりといふ也昔のさくや
  このはな冬こもりよりよみいたしたり」11オ
すかるなくあきのはきはらあさたちて
たひゆく人をいつとかまたん
  すかるは少年の昔古今の説うけ侍し時
  すかる鹿の別名也とそ申されし万葉
  集には春なれはすかるなく野ゝほとゝきす
  ほと/\いもにあはすきにけりそのゝにな
  るといへる鹿にかなはねはさゝり(り+な)と申めり
  この哥にとりては秋のはきはらになかん鹿
  無疑歟綺語抄といふ物にもわかきしか
  又はちなとかきて侍めり」11ウ
物名 すみなかし
はるかすみなかしかよひちなかりせは
あきくるかりはかへらさらまし
  霞の中かよひちなかりせは秋の雁かへら
  さらましとよめりしもしはれいのたら
  ねはそへたり郭公なかなくさとの哥の
  心を汝かしかよひちといふはあしく了
  見したるひか事也
いさゝめにときまつまにそひはへぬる
こゝろはせをはひとにみえつゝ」12オ
  いさゝめとはかりそめの心なり万葉集
  まきはしらつ(つ+く)るそま人いさゝめにかり
  ほにせんとつくりけめやはいさゝ(いさゝ=\)めにおも
  ひしものをたこの浦にさけるふち波
  ひとよへにけり又いさなみ率尓といふ詞
  おなし心歟
  いさなみ(いさなみ=\)にいまも見てしか秋はきのしな
  ひにあらんいもかすかたを
ほとゝきすなくやさ月のあやめくさ
あやめもしらぬこひもするかな」12ウ
  あやめもしらぬとは人こふるあまりに
  わか心ほれ/\しくいふかひなくなりてあや
  めもしらすなりにたりといふ也あやめ
  とは錦ぬひものをはしめてかめのこう
  かひのからまて文なき物はすくなし
  又あみのめこのめきぬめぬのめぬひめう
  ちめなといひて物ゝいろふしみえわか
  れくらからぬ時は文とめとのわかれぬこ
  となきを心もほれ目もみえぬ時はあ
  やも目もわかすしらぬ也ゆふくれのく」13オ
  らく侍を物のあやめわかれぬほとになと
  ふるきものにつねにかきたるなり重代
  心にくかるへきうたよみ又作本文する物
  なともこれをわきまへぬも侍るにやむか
  しの人なかころまてはつねにかやうに
  いふ事はみなあまねくしりたりしを
  ちかき世よりかくやすき事をも人に
  ならはてあたらしくつくりいたすほと
  に不分別事も侍也
たちかへりあはれとそおもふよそにても」13ウ
人に心をおきつしらなみ
  此哥の心よそのおもひにてさそとたに
  しられぬ事をなけゝとをしかへし
  おもへはそれもあはれにおほゆさるへきち
  きりありてやなとおもひいれたるよし
  にや人に心をおきつしらなみとは
  心をかけたりといふ也此集のおくになと
  よの中のたまたすきなるといへるもなか/\
  にかけたるをくるしとよめる也
ゆふくれはくものはたてに物そおもふ」14オ
あまつそらなる人をこふとて
  雲のはたてとは日の入ぬる山にひかりの
  すち/\たちのほりたるやうに見ゆるくも
  のはたの手にもにたるを云也又蛛の手
  のよしにかきたる物もあれとあまつそら
  なるなとよめるうた雲ならてうたかふ
  へきことなし
  重之蛛とよみたるも雲のはたなれと
  蛛によそへよまんなかるへきことにあら
  す」14ウ
わかそのゝむめのほつえにうくひすの
ねになきぬむきこひもするかな
  ほつえとかきてそはにはつえとつけた
  る本にてほつえはつえおなしこと梅
  のすゑの枝也又ほつえつほめる枝をいふ
  といふ説もありと申されき万葉集に柳
  をもほつえとよみたりそれも同事歟十
  二月によめる哥也
いてわれをひとなとかめそおほふねの
ゆたのたゆたに物おもふころそ」15オ
  万葉集わか心ゆたのたゆたにうきぬな
  はへにもおきにもよりやかねましこの哥
  の心もうきぬなはなみにゆられてたゆ
  たふ心ときこゆ或は舟に入水をかく手の
  たゆきと云説あれとそれはもちゐす
  たゝとかくたゆたひて物思よしとそき
  き侍し
あはゆきのたまれはかてにくたけつゝ
わかものおもひのしけきころかな
  かてにとはたまれはかつ/\くたけつゝと」15ウ
  いふ心也雪のたまると見れはかつ/\ほろ/\
  とおつるをくたけつゝとは云也
よるへなみ身をこそとをくへたてつれ
こゝろはきみかかけとなりにき
  よるへとはたとへはたちよりたのむ縁な
  とあるあたりを云也無縁にさしはなた
  れたるをよるへなしとは云也この事たゝ
  よるへといぽ詞にて哥にもよみ詞にもか
  けは昔の人は疑思事もなくいひつたへ
  たるをちかき世に物ゝよししらすふ」16オ
  るき事を見とらぬ(見とらぬ=賀茂政平也)ものゝ源氏物語に賀
  茂祭日よるへの水とよみたるは社頭に神水
  とて瓶にいれたる水也なと自由にいひいて
  たるはいたつら事也おなし物語のかたはら
  の巻々をたにみさりけるいふかひなき
  事也
  後撰哥 滋幹少将
  なるとよりさしいたされしふねよりも
  器れそよるへもなき心ちせし
  かすならぬ身はうきくそとなりなゝん」16ウ
  つれなき人によるへしられし
おほかたはわか名もみなとこきいてなむ
世をうみへたにみるめすくなし
  此哥をはたゝわか名もみなとこきいてなん
  よをうみへたにみるめすくなしとよみて
  なにと申さるゝ事なかりしかは海の
  辺たにみるめすくなけれはみなとへこき
  いてなんとよめると思て侍き顕昭法師
  後撰のおきつたまもをかつく身にして
  といふ哥を了見して海へたにと申ける」17オ
  ことはりかなひてさとりいたして侍け
  りされと哥ならぬ詞にもへたといふ事
  つかはまうけれは猶海辺たにとて侍
  なんや但万葉集第十二
  あは海の(あは海の=\)へたは人しるおきつなみ
  きみをおきてはしる人もなし
  これも海のへたとはきこ江たり清輔朝臣奥義
  此哥をかきいたしなから無其釈以往人
  皆うみ辺たにと存歟
あつさゆみひきのゝつゝらすゑつゐに」17ウ
わかおもふ人にことのしけらむ
  此哥の心たとへはおもふ中のいかなる事か
  いてこんとあやふみ思しにすゑつゐに
  この人に事のしけゝむとはよからぬ口舌
  いてきたりといふ心也事しけしとは
  諍論口舌をいひならはしたり万葉集
  ひとことを(ひとことを=\)しけみこちたみ老か世に
  いまたわたらぬあさかはわたる
  後撰事(事=\)繁ししはしはたてれよゐのまに
  おけらん露はいてゝはらはん」18オ
  すゑつゐとは末に成て遂におもふもしる
  く事いてきぬといふ也万葉十一
  玉の(玉の=\)緒をくゝりよてつゝすゑつゐに
  ゆきはわかれすおなしをにあはん
  のち(肝ち=\)つゐにいもにあはんとあさ露の
  いのちはいけりこひはしけれと
  われ(われ=\)ゆへにいたくなわひそのちつゐに
  あはしとおもひしわれならなくに
  高円(高円=\)のゝへはふくすのすゑつゐに
  ちよにわすれんわかおほきみかも」18ウ
  のちつゐすゑつゐたゝ同事也この心にて
  こそ返しの
  夏引の手ひきのいとをくりかへし事
  しけくともたゝんとおもふな
  この哥もかなひてきこゆれ末の字はのち
  とよむ字也
あかつきのしきのはねかきもゝはかき
きみかこぬ夜はわれそかすかく
  此事和哥論義と云物にくはしくかきたり
  いまひとつの哥暁のしちのはしかきもゝ夜」19オ
  かきゝみかこぬ夜はわれそかすかくかやうに
  むかしよりふたつの説ある事はたゝ
  ふたつなからかれもこれもゝちゐるへき
  也とそ申されし院殿上哥合先人思き
  やしちのはしかき/\つめてもゝよもおなし
  まろねせんとはとよまれたるを時の人/\
  事のほかにほまれあるやうに申けるを
  そねみ思ともからしきのはねかきの
  うたをすてゝしちのはしかきにつくかと
  いふ事を申けるとのちにきゝ侍し」19ウ
  もとよりこのうたをしちのはしかきに
  てこそあれといひなすにはあらすふ
  たつあるふるうたなれはひとつにつきて
  よまれたる也
  すみ(すみ=\)わひぬいまはかきりの山さとに
  身をかくすへきやともとめてん
  かたはらにつま木こるへきとつけたり
  先人そのかみ
  すみ(すみ=\)わひて身をかくすへき山里に
  あまりくまなき夜はの月哉」20オ
  この哥あまねく人のくちに申き老のゝち
  いまは(いまは=\)とてつま木こるへきやとの松
  千代をは君となをいのるかな
  これ又勅撰にのせられ侍にきたれをもか
  れをもひとつにつくには侍らす
いましはとわひにしものをさゝかにの
ころもにかゝりわれをたのむる
  いましはとは春部に誰しかもの詞のこ
  とし今はと思きりてわひにしものを
  さゝかにの又人をまつへきやうに我をたの」20ウ
  むると云よし也万葉集四いましはと(と=よ)
  名のおしけくもわれはなしいもにより
  てはちへにたつとも今はといふへきをいま
  しとよめる証哥也いましはしといふ心
  にはあらす
あはれともうしとも物をおもふとき
なとかなみたのいとなかるらん
  いとなかるらんはいとまなかるらんといへる也
  最流といふ(といふ$)といふは僻案了見也惣此集
  之中最字をいとゝよめる事不可用之」21オ
みつのおもにしつく花の色さやかにも
きみかみかけのおもほゆるかな
  しつくといふ詞しつむといはゝ沈にあら
  す沈はそこへいりひたるも又水にいるなり
  しつくといふは水にあらはるれとも水にいり
  はてす万水のしたなる石も浪よりい
  つるやうなれとあらはれもはてすかくれ
  もはてぬやうなるをいふ也
  万葉
  藤なみ(藤なみ=\)のかけなる海のそこきよみ」21ウ
  しつくいし(そ=そイ)をもたまとそわか見る
  あしひき(あしひき=\)の山のもみちにしつくあひて
  ちらん山ちを君かこえまく
  催馬楽
  かつらき(かつらき=\)のてらのまへなるやえのはゐに
  白玉しつく山しらたましつくや
  哥の心は池の水に花の枝のすゝかれて
  しつくいろのさやかなるやうにきみのみか
  けのおもほゆるとよめる也」22オ
いろもかもむかしのこさにゝほへとも
うへけん人のかけそこひしき
  此哥させる説あるへきさまにもあらすたゝ
  かきうつす人のしとけなくてむかし
  のこさにを昔のこさすとかきたるにつ
  きてよみにくゝくせみたることこのむ
  ものゝいたつら事を尺しいつるその
  ことゝなき事也
たまたれのこかめやいつらこよるきの
いそのなみわけおきにいてにけり」22ウ
  たまたれのかめをなかにおきてといふ事
  風俗の哥とかやかめのたまたれはかめの
  たまのたれたるかたあるをいふなとあまた
  かきたり哥にはたまたれとてかめによみ
  つゝけたる事この哥の外になしたま
  たれのみすとのみよめりかの風俗の哥
  につきてよめるこそ
おいぬれはさらぬわかれのありといへは
いよ/\みまくほしきゝみかな
  さらぬ別は不去別也のかれぬよしなり」23オ
  むけにこゝろえぬ人はさらぬわかれと
  よみなしき
おいぬとてなとかわか身をせめきけん
おいすはけふにあはまし物か
  せめきけんとは責来けんとは歎悲ぬる
  よしなりなけきこしうらみこしなと
  いぽおなし心也
  毛詩棠棣の詩兄弟[門+児]于([門+児]于=セメクトモ)庸(庸=カキ)外御(御=フセク)其幣(幣=アナトリ)
  といふ[門+児]の字をよめりといふもその心は
  しひてたかふましけれとこの詞つねに」23ウ
  哥なとによみならへる事ならねは
  責来けんにてありなん
さゝのはにふりつむゆきのすゑをゝもみ
もとくたちゆくわかさかりはも
  くたつとは雪のおもれは本のかたふきく
  たるなり
  万葉
  夜(夜=\)くたちにねさめておれは河せとめ
  こゝろもしのになくちとりかも
  夜(夜=\)くたちてなく河ちとりむへしこそ」24オ
  むかしの人もしのひきにけり
  かやうにすかひたる詞也
しりにけんきゝてもいとへ世中は
なみのさはきにかせそしくめる
  風そしくめる後撰(撰+哥)にも白露(白露=\)にかせの
  ふきしく秋のゝはつらぬきとめぬたまそ
  ちりけるともよめりしきりにふく
  かせをふきしくとも風そしくめるとも
  いふなり
よの中のうけくにあきぬおくやまの」24ウ
このはにふれるゆきやけなまし
  うけくは世中のうきといふ同事也山し
  たかせのさむけくにもさむきよし也
  このはにふれる雪によそへておく山へ
  ゆきやきえなましとよめるなり
木にもあらすくさにもあらぬ竹のよの
はしにわか身はなりぬへらなり
  はしにわか身とははしたになりぬる
  よしなり内親王の身おもひのほかに
  入内をして又そのほいあるさまにもなか」25オ
  りけれは木にもあらすくさにもあらす
  はしたなる身とよみ給へるなりはし
  たにわか身とかきたるものもありはしも
  同心也
世中はいつれかさして我ならむ
ゆきとまるをそやとゝさたむる
あふさかのあらしのかせはさむけれと
ゆくゑしらねはわひつゝそぬる
かせのうへにありかさためぬちりの身は
ゆくゑもしらすなりぬへらなり」25ウ
  此三首の哥は蝉丸かよめるを古今には作
  者をあらはさす後撰には作者をかける
  なりとそ金吾申されける古今さつ
  けられける時の物語のうちなれは指事
  ならねと書付之
長哥
かくなはに思みたれてふる雪のけなはけぬ
へくおもへともえふの身なれはなをやます
  金吾申されけるは閻浮の身なれはをえ
  ふとかきたるなりとそ侍ける閻浮とは」26オ
  人界の身なれはおもはしとおもへとかなは
  すといふよしなりこれもよのつねなる詞
  にもあらねとつたへたるやうありてこそは
  申されけめ猶髣髴なれとならひつた
  へたる説なれは注付之
これをおもへはけたものゝ雲にほえけん心地して
  忠岑集にはこれを思へはいにしへのくすり
  けかせるけたものゝかくてはいますこし
  ことはりきこゆこれは淮南王劉安か
  仙薬を服して仙にのほれる時そのく」26ウ
  すりをなめたりし鶏犬みな仙になり
  て雲のうへにほえたりといふ事也
年のかすさへやよけれは
  金吾説年のかすさへいやよきれはといふ
  なりいよ/\すくれはといふなり弥遇也
  とはありしかと猶おほつかなしとそ侍し
旋頭哥
はるされは野へにまつさく見れとあかぬ
花まひなしにたゝなのるへきはなのなゝれや
  はなまひなしとは花もいひなしにたゝ」27オ
  なのるへき花のなゝれや花もいひなしにて
  こそあれやすらかにいかゝなのらんといへる也
  哥をかけるにやう きみてへはといへはなり
  けなはけぬへしきえはきえぬへく也
  ものにさりけるものにそありける
  かやうにかくやうに花もいひなしをはな
  まひひなしとかけるなり
こよるきのいそたちならしいそなつむめさ
しぬらすなおきにおれ浪
  めさし一説あまのいさりすとて物とりいるゝ」27ウ
  籠のやうなる物なり一説海草なとゝる
  めのわらはへなりめをさしきりてとれは
  めさしといふ竹河哥に竹河(竹河=\)のはしのつめ
  なるやはしのつめなるや花そのにわれ
  をははなてやわれをはゝなてやめさし
  たくへてめのわらはへといふもさもありぬ
  へくや
かひかねをさやにもみしかけゝれなく
よこほりふせるさやの中山
  けゝれなくとは心なくといふなりよこほり」28オ
  四郡にふせるといふ説あれとその山さやの
  こほりにありといへは四郡にあらすよこ
  ほりくるやとかきたる本もありくやるも
  おなしき詞にいふ貫之日記にかくてさし
  のほる<自河尻のほる也>に東の方に(に+山)よこほれる
  を見て人にとへはやはたの宮といふ
  古今撰者山のよこほれるとかけるよこほり
  ふせるといふ哥にかなふへくや
序詞之中
まくら詞春のはなにほひすくなくして」28ウ
  金吾説まくらとはわれらといふ詞也而の字
  をまくらといふとそ侍し老後管見而
  の字を汝とはふみにおほくよめりわか身の
  事につかへる事は見をよはす漢高祖
  そわか身を而公となのり給へる事つねに
  あれは公字つゝきたれとこれにや思よそふ
  へからん而字唐韻にはの也豈也自端之詞
  也頬毛也
  玉篇人弖功語助也能也又頬之毛也
物名部」29オ
をかたまの木
  木の名のつゝきにかきならへたれはうたか
  ひなき木名と見ゆされとちかきよにさる
  木ありといふ人なし古哥とて
  おく山(おく山=\)にたつをたまきのゆふたすき
  かけておもはぬ時のまそなき
  この哥ふるくきこゆ若字ひとつを略し
  ていへるにや
  狭衣といふ物語に
  谷(谷=\)ふかくたつをたまきはわれなれや」29ウ
  おもふおもひのくちてやみぬる
  此物語[示+某]子内親王<前斎院>宣旨つくりたりと
  きこゆ昔の女うたよみ皆このころの才
  人よりはふるき事もならひしりたれは
  やうやありけんつたへねはしらす
めとにけつり花させりける
  耆めとゝいふものゝ名也草也
右近馬場のひをりの日
  騎射の手結にとねりとものまさしく褐を
  ひきをりてきたるをひをりといはんた」30オ
  かはすきこゆ荒手結にもおなしすかた
  なれとあら手結はかたのやうにて真手結
  をむねとしたれはこのことあたりてき
  こゆ
人名[穴+龍]
  おほくうつくといひけりとかきたる説とも
  きこゆれと金吾たゝ[穴+龍]とよまれけれは
  其説をうけたり堀川右大臣うつくとよ
  まれけりとかきたる物もあなれと金吾
  まさしくちようとよまれけり」30ウ
あかた見にはえいてたゝしや
  あかたはゐ中をいふ也外官<春>除目をあかた
  めしといふ
後撰
ふるゆきのみのしろころもうちきつゝ
はるきにけりとをとろかれぬる
  ふる雪のみのしろ衣とつゝけたる雪の
  ふれはみのをきるへきかはりにしろき
  うちきをきて春きたりとをとろかると
  よめるか万葉集にはみのしろ衣といふ事」31オ
  見えすこの集にみのしろ衣ぬはすきよ
  とよめるは中原宗興此哥のゝちによめると
  見ゆ又古哥とて
  せな(せな=\)かためみのしろころもうつときそ
  そらゆくかりのねもまかひける
  哥のさまにもふるくはきこえす遠人の
  ためみのしろ衣とよめるにや蘇武耿奔
  なとを思よそへてよめる哥なれは上古の
  哥とは見えす
きて見へき人もあらしなわかやとの」31ウ
むめのはつはなおりつくしてん
  きて見へききて見るへきといふなり
はるのいけのたまもにあそふにほとりの
あしのいとなきこひもするかな
  にほとりのあしのいとまなきといふ心也
やまもりはいはゝいはなんたかさこの
おのへのさくらおりつくしてん
  高砂はりまの名所なれとすへて山をは
  たかさこといふひとつの説なり此哥ひら
  の山にてよめるといふおのへとはおのうへと」32オ
  いふなり
むめのはなちるてふなへにはるさめの
ふりてつゝなくうくひすのこゑ
  紅のふりいてつゝとおほくよめる哥をは
  紅に布をそめてふりいてといふ物をよむ
  と釈する物あなれとなにも物ゝこゑの
  しらへあけてきこゆるをふりいてゝといひ
  ならへるとそきこゆるうちいつるこゑは
  すゝむしならねとふりいつるやうにき
  こゆるゆへなり」32ウ
いもかいへのはひいりにたてるあをやきに
いまやなくらんうくひすのこゑ
  はひいりにたてる門のいりくちをよめると
  きこゆ
たけちかくよとこねはせしうくひすの
なくこゑきけはあさいせられす
  よとこねよるふすとこあらはにきこゆあさい
  せられす芸なる詞なれとふるき哥はたゝ
  ありによめれはかやうの事おほかり
ときわかすふれるゆきかと見るまてに」33オ
かきねもたわにさけるうのはな
  かきねもたわに古今枝もたわゝとよめる
  おなし心也
ゆきかへるやそうち人のたまかつら
かけてそたのむあふひてふなを
  やそうち人とは八十氏人なりよにあるおほ
  くの人といふ心なりふるくはかくよめるを
  これにつきて宇治河をやそうち河とよむ
  に又つきて近代宇治の里人をやそうち
  人とよめるうたおほかり」33ウ
こよひかくなかむるそての露けきは
月のしもをやあきと見つらん
  これは月の霜をかきたかへたる字のあやま
  りによりて月の笠と釈したるは僻事也
  月照平沙夏夜霜といふ心をよめる也
けふよりはあまのかはらはあせなゝん
そよみともなくたゝわたりなん
  愚本にはそこゐともなくといふ説をもちゐ
  きそよみとはそれは水ともなくわたらん
  といふ但老後行成大納言筆を見るにそよ」34オ
  みと侍れはその説につくへし
あきくれはのもせにむしのおりみたる
こゑのあやをはたれかきるらん
  野もせとは野もせ庭もせ水もせくにもせこ
  れ皆野面水面に満てあまねきよしの
 院詞也こゑのあやとははたおるこゑのきこゆ
  れはその綾をはたれかきるとよめるなり
  あやとは綾也あやしといふ心とはならはす
山かせのふきのまに/\もみちはゝ
このもかのもにちりぬへらなり」34ウ
  ふきのまに/\とはたゝふくまゝにといふ
  おなし心也すへてまに/\とは随意とか
  きてまに/\とよむ也君のまに/\神の
  まに/\御心にまかすといふよし也この
  もかのもとはこの面かの面也よもにちる心也
  筑波山にこそよめといふ事あれといつく
  にもあるへき事也金吾哥判につくは山な
  らてはいかゝと難せられたるをはゝかりてかの
  門弟不好読」35オ
ひくらしのこゑもいとなくきこゆるは
あきゆふくれになれはなりけり
  いとなく春部にほとり同事也
おほそらにわかそてひ(ひ+と)つと(と$)あらなくに
かなしく露やわきておくらん
  此哥不審なしわかそてひつとかきたる
  本を見て袖ひつ心を書たるは字誤本
  也
あられふるみやまのさとのわひしきは
きてたわやすくとふ人そなき」35ウ
  たはやすくたやすくといふ詞を文字をそ
  へていへる也<哥には勘とありひとには△とあり本のまゝ>(頭注)
おもひかはたえすなかるゝみつのあはの
うたかたひとにあはてきえめや
  うたかたといふ詞は真名には寧なとつかへ
  る詞のやうに思へ(へ$よ)る事かはさなくてはいかて
  かといふよしの詞也それをこの哥ひとつ
  を見てうきたる人といふよしにうた
  かたひとゝ六字つゝけてよめりといふ説は
  ふかく見わかてしりかほはかりにのへやる」36オ
  謬説也人につゝけてはいはすたゝ四字の
  詞也
  万葉集
  うくひすのきなく山吹うたかたも
  きみかてふれぬはなちらめやも
  源氏物語
  かきたれてのとけきころのはるさめに
  ふるさと人をいかにしのふや
  つれ/\にそへてもうらめしう思いてらるゝ
  事おほう侍をいかてかはきこゆへからんと」36ウ
  ある御返
  なかめ(なかめ=\)するのきのしつくに袖ぬれて
  うたかた人をしのはさらめや
  ほとふるほとはけにつれ/\もまさり侍けり
  あなかしことゐや/\しくかきなきなし給
  へり
  養父の御返事あなかしこと基や/\しく
  かきなさんふみにうたかた人うきたる
  よしならは便なくそほれたるへしいかて
  か人をしのはさらんといふよしの詞也」37オ
  此伊勢もまかる所しらせす侍けるころまた
  あひしりて侍けりおとこのもとより日ころ
  たつねわひてうせにたるとなん思つると
  いへりけれはこの返事によめる哥六字
  をつゝけては心さらにかなはす四字の詞に
  てこの三の哥の心はかなふなり
ゆきやらぬゆめちにまとふたもとには
あまつそらなる(る=き歟)露そおきける
  ゆめのうちなれはあまつそらなきつゆや
  おくとよめり」37ウ
かすかのゝとふひのゝもり見し物を
なきなといはゝつみもこそうれ
  とふひのゝもり古今にあり
あふことはとをやますりのかりころも
きてはかひなきねをのみそなく
  きぬなとのすりにはおほく遠山をすれる
  物なれはよめるにこそ一本には遠山鳥とあ
  りねをのみそなくといふにことよれるにや
  すりのとをやまいはれすあるうへに大納言
  の本に遠山すりとあり」38オ
なにはかたかりつむあしのあしつゝの
ひとへもきみにわれやへたつる
  あしつゝはあしのよのなかにうすやうのやう
  なるものなりそれほともへたてすといふよし
  也
おるからにわか名はたちぬをみなへし
いさおなしくははな/\に見ん
  一説には花ことに見むとあり心は同心也
ふかくのみたのむこゝろはあしのねの
わけても人にあはんとそおもふ」38ウ
  あしのねのみたれあひたる物をわけて
  もとは思心のあなかちなれはわけたつね
  てもといふなり
くれはとりあやにこひしくありしかは
ふたむら山もこえすなりにき
  くれはとりは綾の名なりあやにこひし
  くはあやにくにこひしかりしかは遠き
  みちもゆかすなりにきとてふたむら
  をくりけるあやにそへたり」39オ
たれとなくかゝるおほみにふかゝらん
いろをときはにいかゝたのまん
  おほみとは新嘗祭卜合の人は小忌をきる
  さなき人の例の束帯したるをその
  夜は大忌(大忌=オホミ)の公卿といふ也
つのくにのなにはたゝまくおしみこそ
すくもたく火のしたにこかるゝ
  すくもたく火とはうらにすむあまなとは
  もくつをかきあつめてたけはしたにこか
  るとよめり」39ウ
わかやとゝたのむよしのに君もいらは
おなしかさしをさしこそはせめ
  たのむよしのとは山のまに/\かくれなん山
  のあなたにやともかなといふふるうたの
  心を世のうけれは吉野にかくれなんと
  おもふ所に君もいらはかさしとは山にいる
  人しはなとかりてまへにたてゝ鹿にも人
  にも(も+みえしと)かまふる事をおなしかさしをももろ
  ともにさしてんとよめるなり」40オ
ひきまゆのかくふたこもりせまほしみ
くわこきたれてなくを見せはや
  ふたこもりはおなしまゆにかひこのふた
  こもりたるをいふ桑こくによそへてこき
  たれてなくとよめる也
はちす葉のうへはつれなきうらにこそ
ものあらかひはつくといふなれ
  此哥をはすなはとかきてそれを釈した
  る人あり家本には何事もおろかにやす
  き説につきてはちす葉とかきたり」40ウ
  はちすは池にあれはかひつくへき物にあ
  らすとてはすなはにかひをつけんいは
  れあるへけれとかひつくはすなはゝうら
  ある物にあらすうへはつれなきうらにこそ
  と二句まてよみすへたる哥をうら面なき
  ものといはんことその本意なくや池の蓮
  にも水の中にはかひにゝたる物もあり
  うへつれなくうらある物やかなふへからん
  大納言もはちすはとかゝれたり」41オ
伊勢のうみのあまのまてかたいとまなみ
なからへにける身をそうらむる
  此哥先人命云往年参崇徳院之次(次+以)女房給
  草子一帖被仰云此抄物或好士称秘蔵物所持
  也乍坐加一見即可返上物体可然哉所存如
  何依仰於御簾前披見之間不及委細即返
  上申云古来書出如此物之時先賢皆少々事
  誤難遁事候歟此抄物大概優候但此中
  伊勢のうみのあまのまて(て=く)かたいとまなみと書
  て不勘付此哥子細候此哥あまのまてかた」41ウ
  と存候海辺に蛤と申物沙中に候其かたの
  候なるを見付て海人等いそきてこれを
  さし取候なるを假なしと詠する由基俊
  申候きと申件抄物其時不知誰人所進清
  輔朝臣物出仕不経幾程手跡未見知即
  返上訖後経多年此抄号奥義集進二条
  院之時まくかたのと所書加也彼時申旨和
  讒者相語作者之間結意趣書此事云々其始
  書以松物之時惣字誤多き後撰を見て書僻
  事也清輔朝臣於和哥勤学博覧異他哥」42オ
  体又尤優也然而父卿△遠若伝父祖之説候
  最物可書蒔沙子細以後年追勘如犯(犯=非)伝
  授之由分明歟庭訓如此大納言本文まて分明
  也
しつはたにへつるほとなりしらいとの
たえぬる身とはおもはさるらん
  しつはたとはみたれたるよしをいふなり思
  みたれつるほとなりといふなり
おきなさひひとなとかめそかりころも
けふはかりとそたつもなくなる」42ウ
  おきなさひと(と$)は老て猶されすけるよし也
  七十の中納言猶たかゝひの装束かる/\しと
  おもひてよまれたる哥にやたもとにつる
  をぬひたり
てる月をまさ木のつなによりかけて
あかすわかるゝ人をつなかん
  まさきのつなとはまさきのかつらをつなに
  なひてそま木をひくなる事にそへたり
   老後乗船之次聞梶取男之言語あの
   まさ木の綱くりこせといふ哥思聞之」43オ
   答云山の崎に舟を繋綱を申也雖非此
   哥事依聞及注之
限なきおもひのつなのなくはこそ
まさきのかつらよりもなやまめ
  おもひのつな思緒愁緒別緒心緒なといふ事
  の心歟
はちすはのはひにそ人はおもふらん
世にはこひちのなかにおひつゝ
  これは蓮のはひといふ物也
あけてたになにゝかはせんみつのえの」43ウ
うらしまの子をおもひやりつゝ
  浦嶋子万葉集より詠未有其伝士
おもひきや君かころもをぬきかへて
こきむらさきのいろをきんとは
  こきむらさきとは三位袍をいふ袍(袍+は)一位より
  三位まて同色四位紫五位緋六位緑也六位叙
  五位時着五位蔵人袍叙四位之時着蔵人頭
  袍叙三位人着大臣袍也
  庶明卿参議正四位下左大弁天暦五年二月
  任権中納言叙従三位于時九条殿右大臣右大将」44オ
  袍をつかはしける哥なり今の世に四位
  ひとへに公卿におなしくてきる也近世まて
  資房卿なとも三位袍きあらためたりと
  みえたり
いにしへもちきりてけりなうちふき
とひたちぬへしあまのはころも
  とひたちぬへしとは任納言悦喜自愛のよし也
みこしをかいくそのよゝにとしをへて
けふのみゆきをまちて見つらん
  北野にみこしをかといふ岡ありけり」44ウ
  延喜十漆年閏十月十七日行幸北野于時枇杷
  大臣中納言春宮大夫左兵衛督又字誤にみこ
  しをかにてをみこしをかきてとかきた
  る本に不審をなすそのことゝなき事
  なりこのころのおさなき物神社行幸に
  きゝならひて北野大原野を神社のゆへと
  おもふはひか事也むかしは鷹狩御らんせん
  ため野行幸あるなり延喜少時北野にも
  大原野にも行幸あり」45オ
うつろはぬこゝろのふかくありけれは
こゝらちるはなはるにあへること
  此御哥たれも心えわきたる人なきにやこゝ
  らちるはな世人のものいひなとみたれたる
  とかや又うつろはてのとかにはるにあへり
  とにや心えす
なをき木にまかれる枝もあるものを
毛をふきゝすをいふかわりなき
  高津のみこの述懐吹毛求疵之由也
いまこんといひしはかりをいのちにて」45ウ
まつにけぬへしさくさめのとし
  さくさめの刀自諸人一同之説しうとめの
  名のよし金吾も被申けれはさてこそ
  は但なと此しうとのめは此哥の外古も今
  もよむ人なきにか讃岐入道顕綱朝臣
  説とてむすめ伊予三位<堀川院御乳母/亡父之祖母>乃被
  申ける異説ありさくさめの年といふ
  早蕨早苗の早字わか草はつ草の草未通女
  たをやめはつせめなといふめの字わかくさ
  めの年にてまつにきえぬへしとよめる」46オ
  か姑平懐の事ならは詞にあとうかた
  りの心をとりてともかくへしとおほえ
  すすこし常になき事なれはやあとう
  かたりとはいふへきあとうかたりはなそ/\
  かたりといふ事か拾遺にはなそ/\かたり
  とかきたり大納言本に丁年とかきてさく
  さめのとしとかゝれさりけりとかきたる物
  あれと見をよふ本にはさくさめのとしと
  そかゝれたる
そむかれぬまつのちとせのほとよりも」46ウ
とも/\とたにしたはれそせし
  とも/\は友に友にといふ心かことうたにも
  ありそむかれぬといふ心もおほつかなし
  此哥中/\に難義ともいはねと師説もなし
  了見もをよはす
此集の作者おほつふね清輔朝臣はおほつ少将
とかきたり家本にはおほつふね也敦忠中
納言の姨中納言おさなくてよひつけられたりけ
る名といふもむけにうちとけたり名なくは棟
梁かむすめともかくへきに勅撰作者にかくて」47オ
のせたれはよくさたまりにける名ときこゆ
大納言本にもおほつふねとあり
宮少将これを家本には藤原敦敏とかきて少
将敦敏哥と申されき佐国目録にも宮少将と
かきたりし僻事と見しかと大納言本にも
宮少将とあれはそれにこそつかめ惣て此集
詞も作者の名もおほやけことゝも見えす最
初草案と見ゆるいかなりける事にか大納言筆
か随事謙徳公蔵人少将之時集えらふ事
を奉行の人なれは彼家々嫡父書つたへられ」47ウ
たれは定て証本と信仰す
拾遺
うちきらしゆきはふりつゝしかすかに
わかいへのそのにうくひすそなく
  うちきらしとはそらのかきくらすをいふ
  しかすかはさすかにといふおなし詞なり
  棚<タナ>霧<キリ>合<アヒ> 天<ソラ>霧<キラ>之<シ>同心也
はるの野にあさるきゝすのつまこひに
おのかありかを人にしれつゝ
  あさるとは草の中なとに物をもとむる心」48オ
  なりしれつゝしられつゝなり
さくらかりあめはふりきぬおなしくは
ぬるともはなのかけにかくれん
  さくらかりさま/\の説きこゆさとくらかり
  あとくらかりさくらかもとへゆきなとをの/\
  かきたれと愚説たゝ物をもとむるをは
  柴かりたけ(たけ=茸)かりともいふ花をたつねるに
  てあるへし
あきたちていくかもあらぬにこのねぬる
あさけのかせはたもとすゝしも」48ウ
  あさけといふ事ふたつありひとつはあ
  さゆふけとて朝夕の食事をいふこれは
  あさあけの風とふるくよりいへるをあさ
  あけとかきて五文字七文字にこのあ文字を
  くはへよむ事はちかくよりそきこゆる
  万葉集にはおのつからあれと三代集には
  見えす万葉集にも
  ほとゝきす(ほとゝきす=\)けさのあさけになきつるは
  君きくらんかあさいやすらん
  けさ(けさ=\)のあさけかりかねさむくきくなへに」49オ
  のへのあさのはいろつきにけり
  この(この=\)ころのあさけにきけはあしひきの
  山をとよましさをしかそなく
  うちまかせてはあさけとかくへきなり
ふしつけしよとのわたりをけさ見れは
とけんこもなく氷しにけり
  とけんこもなくは期もなくといへり期哥の
  詞にあらねばかやうにつかふ事もあめり同
  集五にもえ(もえ=\)はてゝ灰と成なん時にこそ
  人を思のやまんこにせめ」49ウ
  役の字をも焼によそへてあまたよめり
あしひきの山ちもしらすしらかしの
枝にもはにもゆきのふれゝは
  主愚説にはたゝ山をはあしひきそら
  をはひさかたとよむとはかりにて凶日来足を
  引膝の形なといふ事はしらす枝にも
  はにも雪ふれは山ちもしらすとよめる
  なりとてそのうへの事しらす
物名部かくしたる物の名も
  哥のさまもみくるしけなる事おほかり」50オ
  もとめいてらるましくやけにこし
わすれにし人のさらにもまたるゝか
むけにこしとは思物から
  無下にといふ詞哥によまねと隠題のなら
  ひなれはたゝのうたにはよむへからす
ひさかたの月のきぬをはきたれとも
ひかりはそはぬわか身なりけり
  此哥おほかたえ心えす
  鹿皮のむかはき
かのかはのむかはきすきてふかゝらは」50ウ
わたらてたゝにかへるはかりそ
  むかはきとは凡人のむかひすねといふ事を
  よめるにや
  午未申酉戌亥
むまれよりひつしつくれはやまにさる
ひとりいぬるにひとゐていませ
  此第二句さらによみとかすもし櫃し造
  れはとにやてきてもきこえす
かのをかにはきかるをのこなはをなみ
ねるやねりそのくたけてそ思」51オ
  ねるやねりそとはなにを申にかとたつね
  申しかはかく同はさる哥よまんと思ふか
  とゝかめられきはきかるものゝゆふへき縄の
  なけれはかれたる枝をねりよりてゆはんと
  するよしかこの哥まねひよむへからすと
  そ侍し
いにし年ねこしてうへしわかやとの
わか木のむめははなさきにけり
  ねこしてうへしほりうへたるよしとそいふ
  める」51ウ
かのみゆるいけへにたてるそかきくの
しけみさえたのいろのてこらさ
  此哥家々の釈おなしく承和菊黄菊ひと
  もときくなとさま/\かきためりそも/\大
  宝よりこのかた聖代治世にこのみ給へる
  物おほかれとなと天平延暦弘仁といふ物は
  なくてくたれる承和しも菊の名には
  つきけるにか不審のこるへくや
  万葉集にそかとつかへる詞おなし心おほ
  く見ゆそかのむらとりそかひに見ゆる」52オ
  竹そかなとすへておひすかひなる事を
  そかといへり
  かのみゆるといへるに池のむかひときこゆ堤
  にうへたるすかひ菊のいろのてりこく見
  ゆるとあらはにきこゆるいかゝしかみとかき
  なしたりとも心はおなし事にやふるき
  哥にもことはにも貫之をはしめて
  よみあつめたるよるへかことの源氏物語は
  ことにつかへる詞をたにかたはらをはみす
  瓶水帯のかこなといひなさるれは承和」52ウ
  もいかゝ侍らん
われのみやこもたるてへはたかさこの
おのへにたてるまつもこもたり
  此哥たゝに心えす人にもとはすもし
  おのへの松のあたりに小松のおひたる心に
  や」53オ

  往年治承之比古今後撰両集受庭訓
  之口伝年序已久雖恐怱忘先達古賢
  之所注後代之所見猶非無其失況依恥
  管見謬説故不載紙筆今迫耄及之
  期顧余喘之尽至于愚老之没後為
  散遺孤之蒙昧抽最要密々所染筆
  也更莫令他見
            戸部尚書」53ウ

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